読書メーターご紹介 - 2012.05.04 Fri
♪さりなば~ちた さりなば~ちた さりなば~ちた おーほほっほー♪
さぁ! 失われた最後の呪文を唱えるんだ!
そ~んなこんなの内藤クンだよ~っ!

さぁ! 失われた最後の呪文を唱えるんだ!
そ~んなこんなの内藤クンだよ~っ!

さてさて今日は、”読書メーター”って言うサイトの存在をご紹介~っ♪
http://i.bookmeter.com/
これがどんなかって言うと、mixiとかにもある本棚みたいな?
そ~んな感じのアプリみたいな?
多分そう。
きっとそう。
今まさに、つい数分前に登録したばかりなので上手く説明出来ないけれど、多分きっとそんなもの。
そっちのとほぼ同じであるならば~。
どんな事が出来るのかって言うと、とりあえず自分の読んだ本とか漫画、そこに載っけて紹介しちゃえばいいじゃな~い♪
そ~~~んな感じの、自分の本棚!
そんな訳で、ボクも登録してみたから、是非によろしくね~っ!
http://i.bookmeter.com/u/216714
中身はこれからじわじわと増やして行くつもりなんだけど。
これが面白いのは、他の友人達の読書の趣味とかがこっそり覗けるそんなトコ。
もしかしたらここから話が弾むかも知れない。
なのでなので、自分の恥ずかしい趣味の傾向なんかも、ざっくり素直に載せてみてねぇ~っ!
どんどん参加者が増えて行ったら、ここで紹介するかも知れないからね。
よ~ろしく~☆
サイトの紹介は、望月ちゃん。
ボクも登録したから、望月ちゃんのアカウントも教えてね~。
ではでは。
皆様も登録も、お待ちしてるねっ! ぷすすっ♪
内藤クンでした~。
http://i.bookmeter.com/
これがどんなかって言うと、mixiとかにもある本棚みたいな?
そ~んな感じのアプリみたいな?
多分そう。
きっとそう。
今まさに、つい数分前に登録したばかりなので上手く説明出来ないけれど、多分きっとそんなもの。
そっちのとほぼ同じであるならば~。
どんな事が出来るのかって言うと、とりあえず自分の読んだ本とか漫画、そこに載っけて紹介しちゃえばいいじゃな~い♪
そ~~~んな感じの、自分の本棚!
そんな訳で、ボクも登録してみたから、是非によろしくね~っ!
http://i.bookmeter.com/u/216714
中身はこれからじわじわと増やして行くつもりなんだけど。
これが面白いのは、他の友人達の読書の趣味とかがこっそり覗けるそんなトコ。
もしかしたらここから話が弾むかも知れない。
なのでなので、自分の恥ずかしい趣味の傾向なんかも、ざっくり素直に載せてみてねぇ~っ!
どんどん参加者が増えて行ったら、ここで紹介するかも知れないからね。
よ~ろしく~☆
サイトの紹介は、望月ちゃん。
ボクも登録したから、望月ちゃんのアカウントも教えてね~。
ではでは。
皆様も登録も、お待ちしてるねっ! ぷすすっ♪
内藤クンでした~。
| 2012-05-04 | 内藤クンのおもちゃの部屋 | Comment : 1 | トラックバック: : 0 |
Mistery Circle Vol. 42 寸評 - 2012.04.01 Sun
Mistery Circle Vol. 42 はこちらから!
http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
5/26締め切りお題はこちらから!
http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/blog-entry-39.html

さぁ~、ウソつくよ~♪
ウソつくよ~♪
朝二本。
昼は八足。
夜三丁。
それはなぁ~に?
それはボク。
ウソもジョークも絶好調!
そ~んな感じの、なぁ~~~いと、すとぉかあぁぁぁぁ~~~っ♪
きょ~~~ほほほほほほほ♪(巨乳ハンター風
さてさて。
本日は世界中のみなさんが待ちに待ってた超ビッグイベントのエイプリル・フール。(そうかぁ?
ウソついてますか~?
騙しまくってますかぁ~?
とりあえず、ウソは置いておいて寸評行くよぉ~。
Mistery Circle Vol. 42
す~~~んぴょ~~~っ!!!
《 さよなら ギターマン 》 すずはらなずなさん
もう、これ、どうしてなずなさんは、「今回は出すのやめようかと思った」って感じちゃったんだろう。
ボクなんか編集始めて最初の原稿がこれだったんで、「あ~、無理。次行けない」とか独り言つぶやきつつ、べそべそしてたんだよ~。
なんか比較したりするのは失礼な気がするんだけどね。読み終えて真っ先に思ったのが、「これってあさのあつこさんの新作ですか?」みたいな感想。そんな爽快感さえ感じられました。
毎回毎回言ってるような気がするけど、これって凄い。今回はホントに凄い。
そしてこれも毎回毎回言ってるけど、普通なら完全にイチオシな作品です。でもなずなさんのはかなりハードル高めになっているので、今回は見送りでよろしく、ごめんなさいだね~。
でもホントに冗談抜きで、「うあ~っ」とか叫んで泣いてました。
素晴らしい作品だったと思うよ~。お疲れ様~。また次回もよろしくね~。
《 恵理子の場合 》 MOJOさん
無かったなぁ~。今までにこんな作風な原稿、MCでは無かったなぁ~。
なんかしみじみとそんな事を思わせる問題作。どうもありがとうだよ~。
読んでいて一番ハラハラしたのが、「これってどこに向かってるの?」的な焦りかなぁ。全く予測不能だった事が、読了後の安堵に拍車掛けてる気がするね。
そしてボクが素晴らしいなぁって思ったもう一つの事が、読んでいる途中で全然ダレて来ないって所。読み手に“一息”ってのをつかせない。そこがなんか、書き手としての上手さなのかなぁ。それとも真剣にこの作品に取り組んだ結果なのか。
とにかく話の内容共に、凄いの一言だったよ。
新しい人が来るといつもMCには違った風が吹くものだけど。今回も他のメンバーさん達に良い風になってくれたんじゃないかなぁってボクは思ったよ。
どうもお疲れ様だよ~。“イチオシ”贈呈です。
またいつか参加してね~。ずっと待ってるからね~。
《 白の旅路 》 夏海さん
あぁ~~~。判るなぁ~~~。
これに絵を入れて、絵本感覚でやりたかったんだよね? 構想はあったんだけど、間に合わなかったんだねぇ~。残念っ!
いやいや~、これは出来れば本当に絵本でやって欲しかったなぁ~。挿絵入りの作品は今までにいくつかあったけど、完全に絵中心な作品って今までに無かったからね~。
次回の参加には是非、また挑戦して欲しいな。
作品の内容は、なんか凄く切ないって言うか、優しい気持ちになれる哀しいお話しだったね。
夏海さんの性格が良く判る、そんな作品に仕上がってたなと思ったよ~。
次回からはお休みらしいけど、是非にまた参加して欲しいよ。
お疲れ様でしたっ! また今度、よろしくね~!
《 本音と建前友情論 》 ひとみんさん
うんうん~。いいね~、女子トーク。
あ~、なるほど、そう言う気持ちなのか~って。男も判る、そんな一場面だねぇ。
面白いのが表面上の会話のその後ろで、本音とその解説が同時に行われている所。決して裏表あっての事じゃないって判るのに、なるほど女子ってこんな感じなんだなぁ~って感じで読めて、楽しかったよ~。
それより何より、ひとみんさんはこれで……三回目だっけ? MCは。
なんかもう手馴れて来たよねぇ~。初心者っぽい感じじゃなくなって来た。
あ~、楽しんで書いてるなって判るしね。読んでる方も嬉しくなって来るね~。
それで、投げ縄は上手く行ったのかな? ぷすすっ♪
ひとみんさんのあとがきは、なんだかグリコのおまけのようだね。(2pss
お疲れ様でした~! また次回もよろしくね~!
《 冬の陽 》 氷桜夕雅さん
あ~~~! いいね~! 凄いね~!
なんか今までの氷桜さん作品とは一変して、なんか凄くグッと来る、素敵な作品になってるね~!
上手いなぁ~って思うのが、単純な恋愛モノとしてではなく、惨めな主人公の成長やらその性格の素直さなんかを上手に表現している所。
地の文での説明ではなく、行動やら言動なんかでそれらを表現しているって部分に凄く感心させられたねぇ~。
ラストは悲しい終わり方なのに、なぜか拍手を送りたくなるような爽快さもある。
これは素晴らしいと思いました~。文字通りの拍手と、そして“イチオシ”贈呈です~!
お疲れ様だよっ! また次回もよろしくねっ!
《 神様は返事をしない 》 rudoさん
こ……これは来るねぇ~。(汗
rudoさんは人の心理なんかを描くのが凄く上手なんだけど……。今回のはなんか静かな迫力とでも言えばいいのかな。ゾクゾク来るような、そんな不快さも込められた強烈な作品になってるね。
ボクが特にゾクッと来たのが、「この部屋には死の気配が充満していた」って部分。
そんなの体験した事無いのに。そんなの感じた事も無いのに。文章が視覚を通じて、それらをリアルに感じさせてくれる。そんなイメージが伝わって来たんだよね。
いやいや~。ホントに凄い。匂い付きの作品。なんかもう、rudoさんの感性って普通じゃないよね。(汗
そして最後の一文を読んでからタイトルを見直せば、また、「あぁ~、なるほど」って思っちゃう。
いやいや、もう、素晴らしいの一言です。感激です。
お疲れ様だよ~。次回もまたよろしくねぇ~。
《 Hell Hills -ヘル・ヒルズ- 》 鎖衝さん
おぉ~。タイムリーな、エイプリル・フールのお話しだねっ!
一体町で何があったのか、時々挟まれる“ソイツ”って何なのか、全く説明はなかったんだけどね。なんか想像させられるねっ!
なんか怖いって言うよりも、不思議なお話しって感じかな。
お疲れ様だねっ! また次回もよろしくねっ!
《 檻紙 》 すぅさん
うわぁ~~~。病んでる。(汗
でもなんか……いい意味で裏切られた~って気分になるね。一体どんな展開になるんだろうって言う気持ちで読んでいただけに、最後の締めにはうひゃ~ってなったよ。
すぅさんの作品って、いつもいつも驚きがあるよねぇ。必ず、「人を驚かそう」って言う気持ちが見えるからさ。そこが本当に凄いなぁっていつも思うよ。
主人公の葛藤とか、絶望感。そう言うのが凄く良く書かれていたね。
もちろん、病んでる部分も凄く上手かった。(2pss
すぅさんって、ミステリー系の話が上手いんじゃないかなってボクは思ってるんだけど、いつか本格なの書くつもり、ない? ない?(誘惑
今回もお疲れだよ~。また次回もよろしくね~。
《 純粋な染色体 》 幸坂かゆりさん
うっわぁ~~~。
勝手に裏読みしちゃうけど、相変わらずエッチなねーさんだねっ! ぷすすっ♪
この直接的じゃない官能さは、ホントに上手いよねぇ~! 相変わらずの“かゆり節”だよねぇ~!
でもって、実にピュア。なんかもう照れるぐらいに純粋な一面も持っていて。
あ~~~、ホントに美しいなぁって。思いながら読んでたよぉ~~~。
今回は少し倒錯めいた部分も入っていて。なんか切ない気持ちにさせられるって言うか……。
なんかいつもと逆だよねぇ。いつもはなんか、哀しいのにハッピーエンドってな感じなのに。今回は爽やかでいて切ないって言うか。
上手いよねぇ。やっぱ経験がモノを言うよね。(なんのだ?
綺麗でした~! もちろん、綺麗なだけじゃない部分も多くあったけど、それでも凄く綺麗でした~!
お疲れ様だよっ! また今度、よろしくね~!
《 円環奇譚 鳥籠姫 》 ココット固いの助さん
おー、今回はオリジナリティ溢れる凄い作品だねぇ~。
しかも作中には面白い設定が数多く散りばめられているね。
刺青の鍵盤で呪文を唱えるとか、音がその魔法の呪文となっているとか。なんだかハリウッドの映画にありそうな設定で、凄く面白いね。
ホラー仕立てな冒頭も、なかなか良かったよ~。友人達との会話なんかもやけに凝ってて、いいんじゃないかなぁ。
各章のタイトルもやけに凝っているね。一見すると判らないけど、英文字の頭文字に工夫を凝らしているの、編集していて見付けたよ。(3pss
力作でした~。お疲れ様です。また次回もよろしくね~!
《 Key persons 》 知さん
あははははは。冒頭のやり取りに笑った。お題をそう使うのか~って。(5pss
うんうん、うんうん。いいんじゃないかな。長編でも。ボク的にはこれ、まとめて読めた方が判りやすいんじゃないかなとも思うし。
ちゃんと読んでる人でも、二カ月も経てばその繋がりとか忘れている人もいると思うしね。
知ちゃんはこの物語を書くようになってから、やけにキャラクターの作り方が上手くなったよね。ボクは個人的に凄くそう思うよ。
だって読んでいて会話の流れが楽しいと思えるもん。これはなかなかのセンスなんじゃないかなあと。
さて、次回はどんな方向で来るのかな? 楽しみにしてるねぇ。
お疲れ様でした~。次回もまたよろしくねぇ~。
《 an idol in cry ~彼女は流す涙を纏う~ 》 松永夏馬さん
こ……これは凄い!!!(大汗
なんかもう本格推理だよね、これ! 正直に言えばもう、好きな作家さんが書いた新作ミステリーかってぐらいドキドキした。
え、この先の展開はどうなるの? そんな思いで読み進めるなんて、MCのミステリーの中じゃあ初めてかって言うぐらいの心拍数だったように思えるよっ!
なんかもう主人公の女の子が隣の部屋にもう一回戻らなきゃいけないとかさ。その描写があまりにもリアルな恐怖でさ。
もうホントに参った! う~~~ん、これ、MCの初期メンのハンデで、「準イチオシ」にしとこうって思ってたけど、なんかもう一回読んだらダメだったね。
素直に言います。やっぱ今回のMC作品中ではピカイチ! “イチオシ”贈呈って事で!
めちゃ面白かったです! 是非またこのシリーズ、続けてねっ!
お疲れ様だよ! 次回もまたよろしくねっ!
さてさてっ! ホントは今日の午前中にアップする予定だったこの寸評!
必死こいて書いてるんだよ~、これでも。(泣
遅くなってホントにゴメンねぇ~。(泣
あ~、そうそう。
次回のMCのお題はもう出ているの、知ってるよね?
お題の方の記事にも書いているけど、今回は割り振られたお題じゃないから、誰でも参加オーケーだよぉ~。
参加したい人は、ぜひに原稿送ってねぇ~。
それではまた次回、お逢いしましょう。
管理人初号機、内藤クンでした~。
ぷすすっ♪
http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/blog-entry-40.html
5/26締め切りお題はこちらから!
http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/blog-entry-39.html

さぁ~、ウソつくよ~♪
ウソつくよ~♪
朝二本。
昼は八足。
夜三丁。
それはなぁ~に?
それはボク。
ウソもジョークも絶好調!
そ~んな感じの、なぁ~~~いと、すとぉかあぁぁぁぁ~~~っ♪
きょ~~~ほほほほほほほ♪(巨乳ハンター風
さてさて。
本日は世界中のみなさんが待ちに待ってた超ビッグイベントのエイプリル・フール。(そうかぁ?
ウソついてますか~?
騙しまくってますかぁ~?
とりあえず、ウソは置いておいて寸評行くよぉ~。
Mistery Circle Vol. 42
す~~~んぴょ~~~っ!!!
《 さよなら ギターマン 》 すずはらなずなさん
もう、これ、どうしてなずなさんは、「今回は出すのやめようかと思った」って感じちゃったんだろう。
ボクなんか編集始めて最初の原稿がこれだったんで、「あ~、無理。次行けない」とか独り言つぶやきつつ、べそべそしてたんだよ~。
なんか比較したりするのは失礼な気がするんだけどね。読み終えて真っ先に思ったのが、「これってあさのあつこさんの新作ですか?」みたいな感想。そんな爽快感さえ感じられました。
毎回毎回言ってるような気がするけど、これって凄い。今回はホントに凄い。
そしてこれも毎回毎回言ってるけど、普通なら完全にイチオシな作品です。でもなずなさんのはかなりハードル高めになっているので、今回は見送りでよろしく、ごめんなさいだね~。
でもホントに冗談抜きで、「うあ~っ」とか叫んで泣いてました。
素晴らしい作品だったと思うよ~。お疲れ様~。また次回もよろしくね~。
《 恵理子の場合 》 MOJOさん
無かったなぁ~。今までにこんな作風な原稿、MCでは無かったなぁ~。
なんかしみじみとそんな事を思わせる問題作。どうもありがとうだよ~。
読んでいて一番ハラハラしたのが、「これってどこに向かってるの?」的な焦りかなぁ。全く予測不能だった事が、読了後の安堵に拍車掛けてる気がするね。
そしてボクが素晴らしいなぁって思ったもう一つの事が、読んでいる途中で全然ダレて来ないって所。読み手に“一息”ってのをつかせない。そこがなんか、書き手としての上手さなのかなぁ。それとも真剣にこの作品に取り組んだ結果なのか。
とにかく話の内容共に、凄いの一言だったよ。
新しい人が来るといつもMCには違った風が吹くものだけど。今回も他のメンバーさん達に良い風になってくれたんじゃないかなぁってボクは思ったよ。
どうもお疲れ様だよ~。“イチオシ”贈呈です。
またいつか参加してね~。ずっと待ってるからね~。
《 白の旅路 》 夏海さん
あぁ~~~。判るなぁ~~~。
これに絵を入れて、絵本感覚でやりたかったんだよね? 構想はあったんだけど、間に合わなかったんだねぇ~。残念っ!
いやいや~、これは出来れば本当に絵本でやって欲しかったなぁ~。挿絵入りの作品は今までにいくつかあったけど、完全に絵中心な作品って今までに無かったからね~。
次回の参加には是非、また挑戦して欲しいな。
作品の内容は、なんか凄く切ないって言うか、優しい気持ちになれる哀しいお話しだったね。
夏海さんの性格が良く判る、そんな作品に仕上がってたなと思ったよ~。
次回からはお休みらしいけど、是非にまた参加して欲しいよ。
お疲れ様でしたっ! また今度、よろしくね~!
《 本音と建前友情論 》 ひとみんさん
うんうん~。いいね~、女子トーク。
あ~、なるほど、そう言う気持ちなのか~って。男も判る、そんな一場面だねぇ。
面白いのが表面上の会話のその後ろで、本音とその解説が同時に行われている所。決して裏表あっての事じゃないって判るのに、なるほど女子ってこんな感じなんだなぁ~って感じで読めて、楽しかったよ~。
それより何より、ひとみんさんはこれで……三回目だっけ? MCは。
なんかもう手馴れて来たよねぇ~。初心者っぽい感じじゃなくなって来た。
あ~、楽しんで書いてるなって判るしね。読んでる方も嬉しくなって来るね~。
それで、投げ縄は上手く行ったのかな? ぷすすっ♪
ひとみんさんのあとがきは、なんだかグリコのおまけのようだね。(2pss
お疲れ様でした~! また次回もよろしくね~!
《 冬の陽 》 氷桜夕雅さん
あ~~~! いいね~! 凄いね~!
なんか今までの氷桜さん作品とは一変して、なんか凄くグッと来る、素敵な作品になってるね~!
上手いなぁ~って思うのが、単純な恋愛モノとしてではなく、惨めな主人公の成長やらその性格の素直さなんかを上手に表現している所。
地の文での説明ではなく、行動やら言動なんかでそれらを表現しているって部分に凄く感心させられたねぇ~。
ラストは悲しい終わり方なのに、なぜか拍手を送りたくなるような爽快さもある。
これは素晴らしいと思いました~。文字通りの拍手と、そして“イチオシ”贈呈です~!
お疲れ様だよっ! また次回もよろしくねっ!
《 神様は返事をしない 》 rudoさん
こ……これは来るねぇ~。(汗
rudoさんは人の心理なんかを描くのが凄く上手なんだけど……。今回のはなんか静かな迫力とでも言えばいいのかな。ゾクゾク来るような、そんな不快さも込められた強烈な作品になってるね。
ボクが特にゾクッと来たのが、「この部屋には死の気配が充満していた」って部分。
そんなの体験した事無いのに。そんなの感じた事も無いのに。文章が視覚を通じて、それらをリアルに感じさせてくれる。そんなイメージが伝わって来たんだよね。
いやいや~。ホントに凄い。匂い付きの作品。なんかもう、rudoさんの感性って普通じゃないよね。(汗
そして最後の一文を読んでからタイトルを見直せば、また、「あぁ~、なるほど」って思っちゃう。
いやいや、もう、素晴らしいの一言です。感激です。
お疲れ様だよ~。次回もまたよろしくねぇ~。
《 Hell Hills -ヘル・ヒルズ- 》 鎖衝さん
おぉ~。タイムリーな、エイプリル・フールのお話しだねっ!
一体町で何があったのか、時々挟まれる“ソイツ”って何なのか、全く説明はなかったんだけどね。なんか想像させられるねっ!
なんか怖いって言うよりも、不思議なお話しって感じかな。
お疲れ様だねっ! また次回もよろしくねっ!
《 檻紙 》 すぅさん
うわぁ~~~。病んでる。(汗
でもなんか……いい意味で裏切られた~って気分になるね。一体どんな展開になるんだろうって言う気持ちで読んでいただけに、最後の締めにはうひゃ~ってなったよ。
すぅさんの作品って、いつもいつも驚きがあるよねぇ。必ず、「人を驚かそう」って言う気持ちが見えるからさ。そこが本当に凄いなぁっていつも思うよ。
主人公の葛藤とか、絶望感。そう言うのが凄く良く書かれていたね。
もちろん、病んでる部分も凄く上手かった。(2pss
すぅさんって、ミステリー系の話が上手いんじゃないかなってボクは思ってるんだけど、いつか本格なの書くつもり、ない? ない?(誘惑
今回もお疲れだよ~。また次回もよろしくね~。
《 純粋な染色体 》 幸坂かゆりさん
うっわぁ~~~。
勝手に裏読みしちゃうけど、相変わらずエッチなねーさんだねっ! ぷすすっ♪
この直接的じゃない官能さは、ホントに上手いよねぇ~! 相変わらずの“かゆり節”だよねぇ~!
でもって、実にピュア。なんかもう照れるぐらいに純粋な一面も持っていて。
あ~~~、ホントに美しいなぁって。思いながら読んでたよぉ~~~。
今回は少し倒錯めいた部分も入っていて。なんか切ない気持ちにさせられるって言うか……。
なんかいつもと逆だよねぇ。いつもはなんか、哀しいのにハッピーエンドってな感じなのに。今回は爽やかでいて切ないって言うか。
上手いよねぇ。やっぱ経験がモノを言うよね。(なんのだ?
綺麗でした~! もちろん、綺麗なだけじゃない部分も多くあったけど、それでも凄く綺麗でした~!
お疲れ様だよっ! また今度、よろしくね~!
《 円環奇譚 鳥籠姫 》 ココット固いの助さん
おー、今回はオリジナリティ溢れる凄い作品だねぇ~。
しかも作中には面白い設定が数多く散りばめられているね。
刺青の鍵盤で呪文を唱えるとか、音がその魔法の呪文となっているとか。なんだかハリウッドの映画にありそうな設定で、凄く面白いね。
ホラー仕立てな冒頭も、なかなか良かったよ~。友人達との会話なんかもやけに凝ってて、いいんじゃないかなぁ。
各章のタイトルもやけに凝っているね。一見すると判らないけど、英文字の頭文字に工夫を凝らしているの、編集していて見付けたよ。(3pss
力作でした~。お疲れ様です。また次回もよろしくね~!
《 Key persons 》 知さん
あははははは。冒頭のやり取りに笑った。お題をそう使うのか~って。(5pss
うんうん、うんうん。いいんじゃないかな。長編でも。ボク的にはこれ、まとめて読めた方が判りやすいんじゃないかなとも思うし。
ちゃんと読んでる人でも、二カ月も経てばその繋がりとか忘れている人もいると思うしね。
知ちゃんはこの物語を書くようになってから、やけにキャラクターの作り方が上手くなったよね。ボクは個人的に凄くそう思うよ。
だって読んでいて会話の流れが楽しいと思えるもん。これはなかなかのセンスなんじゃないかなあと。
さて、次回はどんな方向で来るのかな? 楽しみにしてるねぇ。
お疲れ様でした~。次回もまたよろしくねぇ~。
《 an idol in cry ~彼女は流す涙を纏う~ 》 松永夏馬さん
こ……これは凄い!!!(大汗
なんかもう本格推理だよね、これ! 正直に言えばもう、好きな作家さんが書いた新作ミステリーかってぐらいドキドキした。
え、この先の展開はどうなるの? そんな思いで読み進めるなんて、MCのミステリーの中じゃあ初めてかって言うぐらいの心拍数だったように思えるよっ!
なんかもう主人公の女の子が隣の部屋にもう一回戻らなきゃいけないとかさ。その描写があまりにもリアルな恐怖でさ。
もうホントに参った! う~~~ん、これ、MCの初期メンのハンデで、「準イチオシ」にしとこうって思ってたけど、なんかもう一回読んだらダメだったね。
素直に言います。やっぱ今回のMC作品中ではピカイチ! “イチオシ”贈呈って事で!
めちゃ面白かったです! 是非またこのシリーズ、続けてねっ!
お疲れ様だよ! 次回もまたよろしくねっ!
さてさてっ! ホントは今日の午前中にアップする予定だったこの寸評!
必死こいて書いてるんだよ~、これでも。(泣
遅くなってホントにゴメンねぇ~。(泣
あ~、そうそう。
次回のMCのお題はもう出ているの、知ってるよね?
お題の方の記事にも書いているけど、今回は割り振られたお題じゃないから、誰でも参加オーケーだよぉ~。
参加したい人は、ぜひに原稿送ってねぇ~。
それではまた次回、お逢いしましょう。
管理人初号機、内藤クンでした~。
ぷすすっ♪
| 2012-04-01 | 寸評 | Comment : 6 | トラックバック: : 0 |
Mistery Circle Vol. 42 - 2012.03.29 Thu
第42回 Mistery Circle
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
●上京を先にいいだしたのがどちらだったか、今では記憶が曖昧になっている。
《 さよなら ギターマン 》
著者:すずはらなずな
「上京を先に言いだしたのがどちらだったかなんて もう覚えちゃいなかったし、本当はどっちだって良かった」
話しかけたのは僕の方だったくせに 相手の口から言葉が出たことに心底驚いた。このひとが自分のことを僕たち相手に話し出すなんて 想像さえしなかった。動揺を隠し先を促す。
「あのギターって その頃からのですか?」
段ボールと板の壁、ブルーシートの天井 少しだけの「家財道具」の後ろ、薄汚れたハードケースに入ったそのギターはある。
「ギターマン」、いや 新谷さんはまぶしいものを見るように目を細め、ギターケースに目をやった。
「一緒にバンド組んでたヤツが置いて行った。もっと話をしてたら、あんな気まずい離れ方をしなかったら、きっと…」
新谷さんはうつむいたまま言った。最後の言葉は消え入るみたいだった。
「もう どこにもいない」
*
バイト先のコンビニは 公園の傍にある。ちょっと名の知れた大きな公園で 桜の時期は花見の客でにぎわうところだ。そしてその隅の植え込みに段ボールやビニールシートで覆われた新谷さんたちの「家」はあった。
そしてそのコンビニの駐車場にしゃがんでいるいつもの面々の中に、良介はいた。店長はそんなメンバーをひとくくりに「ヤンキー」と呼んでいた。
「お、ヒッキーやん。久しぶりっ」
なぜか関西弁まじりで喋り、笑うと妙に人懐こい顔になるこの男は小中一緒だったヤツだ。いつからか僕の苗字の「引田」をもじって勝手にヒッキーと呼んだ。「ヒキコモリのヒッキー」。
新しい友達を上手く作れず 無口な学校生活を送っていた僕に 良介だけは平気で話しかけてきた。
悪意を感じるからかいを受けている時 「コイツをイジっていいのはオレだけや」、意味不明なことを言いながら蹴散らしてくれた。そのありがたさに気がついたのは 残念なことに最近なのだけれど。
消費期限の切れたお弁当を廃棄に出そうと外に出た時、口を出してきたのが良介だった。「久しぶり」と言う程会ってない気はしなかったが そういえば中学の半ばから学校に来ない日も多く、高校は進学したと聞いたがすぐに辞めたらしいと噂は聞いていた。
「レンさんたちが取りに来るから ここの棚に置いとけ。前のバイト、オマエに引き継ぎせんかったんやな」
聞いてなかった。「レンさんたち」というのがどうやら 公園暮らしのひとたちらしいことは 何となくわかった。
*
新谷さんとのかかわりは それより少し後になる。
お弁当を「引き取り」に来るのはいつも代表の「蓮さん」だったからだ。
蓮さんとも結構長い間会話もなかったが、目礼するようになり 少しずつあいさつするようになり 時々話をするようになった。『面倒くせー』が口癖のくせに、聞けば色々教えてくれるし、仲間内でもたよりにされていて 世話焼きでもある。
降り出した雨に文句を言いながら バイトを終えて帰ろうとした時 傷だらけの良介が店の壁に寄り掛かっているのを見つけた。寝てる?一瞬思ったがぐったりした様子にも見える。服の汚れと髪の乱れ、よく見ると顔の傷に血がにじんでいるようだ。覆いかぶさるように大きな黒い箱のようなものを抱えていた。
「な、何?どうした?」
近づいて しゃがみ込む。生きてるよな?
心臓がドクンドクンいう。握った手にじっとり汗がにじむ。
「うーん、ヒッキーかぁ、ちょうどいい」
何が ちょうどいいんだ?
「何しでかした?その箱は何?」
良介は起き上がるどころか そのままズズっと地面に倒れ込み
「あー 寝っころがった方が気持ちいいや、お、飛行機雲」
あるわけがない。雨の降り出した空は重いグレーの雲で覆われていた。
血がにじむ頬と手は、明らかに普通じゃない。だけどその、のんきな物言いと穏やかな表情に それでも何だか少しほっとした。
「まず、『大丈夫?』とかちゃうん?」
「だ、だって…大丈夫じゃなさそうだ」
「へへ、大丈夫やし。アイツらから『ギターマン』のギター守った」
時々 いててと顔ををゆがめながら 良介が話し出す。昨夜そのギターを公園の「家」から盗み出したヤツらがいたという。
「あんなん、仲間ちゃうし」
良介は吐き捨てるように言った。
「こいつは『ギターマン』のもんや。遊び半分で他人の大事なものを盗むなんて オレには我慢できん」
持っていた鞄から探し出して濡らして来たハンカチを手渡すと、良介はすり傷を押さえながらぽつりぽつりと事の経緯を教えてくれた。
正義漢。言ったら本人は怒るだろうけど、良介ってこういうヤツだ。口元が緩んだ。
「ギ、『ギターマン』って…『ギタリスト』じゃなく?」
「突っ込むとこ、そこかい」
やっと良介が笑う。唇の横の擦り傷が痛々しかった。
「弾くのなんて見たことないしな。ギター持ってる男だから『ギターマン』、そんなとこ」
「ギター持ってる?そ、そんな人いたんだ」
「うん、オレもたまたま知った。公園でヒマつぶしてた時 蓮さんと一緒にいてな」
そんな話をしていると 道路を渡って 蓮さんと背の高い男の人がこちらに向かってきた。
「おう、派手にやられたなぁ」
蓮さんが前歯の抜けた口を開けてカラカラ笑う。
「やられたんちゃうし」
「ほれ 『ギターマン』連れてきたぞ」
蓮さんに促され 後ろに立っていたその人が一歩前に出て良介の前にしゃがむ。そっとギターケースに触れた手は意外なほど繊細な印象だ。
「守ってくれてありがとう」
深みのある響く声で その人はそう言った。ウェーブのかかった長い前髪の隙間から 静かで寂しげな眼が見えた。
「新谷さんの大事なものに手ぇ出すなんて ふざけた奴らだよな、本当に」
蓮さんが本気で怒った声を出す。
いてて・・とまた声に出しながら良介は起き上がり
「で、さぁ」
おもむろに切り出すと 新谷さんに向かって意外なことを続けて言った。
「身体張ってギター守った そのお礼なんですけどね、」
何を言い出すんだ。一瞬みんなの視線が良介に集まる。
「オレに教えてくれへん?…ギター」
*
その日から約束どおり新谷さんは良介にギターを教えてくれるようになった。少し暖かくなってきたとはいえまだ肌寒い公園のベンチで いつも新谷さんは待っていてくれる。良介は お兄さんが以前にくれたというギターを抱えてやって来る。
「いっそお兄さんに教えて貰えば良かったのに」
言ってから、しまった、思った。
良介の家は開業医で、7歳上のお兄さんは小さいころから優秀で有名だった。難関中学に入学しトップクラスを維持しながら軽音楽部でバンドを組んでいたと聞く。そのお兄さんを良介がいつも複雑な想いで見ていたことを薄々知っていたからだ。
「あいつの教え方は理屈っぽすぎんねん。何でもお勉強みたいに説明されちゃ たまらんし」
C、G、F、と新谷さんに教えてもらった基本のコードを鳴らしながら言う良介の表情は意外とすっきりしたものだ。もしかしたらずっとこうして ギターを弾いてみたかったのかもしれない。Fの音がちゃんと出るまで 良介は黙々と繰り返し練習する。横顔が真剣だ。
「に しても うるせーなぁ」
横で練習の様子を黙って見ていた蓮さんが 工事の始まったエリアを見やりながら 吐き捨てるように呟いた。
公園に工事の車両が入り出し やたらと「平和」や「自然」を意識したようなカラフルなイラスト入りの囲いが造られ始めたのは 数日前のことだ。
お弁当を受け取りに来る蓮さんも、考えてみれば数か月前から何だか浮かない顔をしていた。
「花見の時期に向け 公園を『きれいで安全』な場所にしたいんだと。」
皆の行き先を探さにゃならんしな、もうちょっと待って欲しいとか 色々交渉にも行ったんだがな…蓮さんが短いタバコを咥えながら残念そうに言う。
「無理やり追い出されるん?皆これからどうするん?」
「それぞれ ちゃんと考えてるさ。頼むからお前 勝手に暴れたりすんなよ」
「暴れるなんて、オレは別に…」
良介がちょっとうろたえる。
「例のギター盗んだ馬鹿どもが、『支援団体』とかいうヤツらとつるんで何かやらかすつもりだったらしくてな。」
蓮さんは苦いものでも食べたような顔をして 吐きだした煙を見つめながら続けた。
「お祭りじゃねぇんだ。何がオレたちためだ」
*
コンビニに珍しい客が来た。
良介のお兄さん、「棚橋医院の若先生」だ。良介とよく似た目鼻立に、人の顔を覚えるのが苦手な僕でさえ気が付いた。
「○○円のお買い上げになります」
レジを打ち声を掛けたが ガラス越しに見える駐車場に視線が向いたままだ。
「あの…?」
「ああ、すみません。あれ、いつもここでやってるんでしょうか?」
飲料代の小銭を台に置きながら 外を見たまま彼は言い
「弟なんです…ご迷惑をおかけしているんではありませんか」
「公園の工事の音が大きすぎてよく聞こえないからって。ここに来るのは今日が初めてです。良介…棚橋君、ギター教えてもらっているんです、あちらは…新谷さんって方で…」
どう説明していいのか解らなかったけれど 勢いで続けた。「ご迷惑」の言葉を打ち消したくて 自分でも驚くくらい強い声が出た。
「た、棚橋君は何も悪くなんかないです。し、新谷さんも蓮さんも、凄くいいひと達なんです。新谷さんはギターが上手で教え方だって…」
息切れして言葉が続かなくなった。一体何を言ってるんだ。何だか泣きそうになる。
「お、教え方だって、教え方だって 丁寧で…」
言葉がうまく出ないまま喋り続けた。僕が一息つくと 困ったような顔で見ていた「若先生」の表情が緩んで 穏やかな笑みがこぼれた。
「ありがとう。良介はいい友達がいるんだ。安心しました」
これからも宜しく、そう言って「若先生」はドアの方に向い ドア越しに良介たちを眺め もう一度振り返ると 問いかけた。
「あの人…あのギターの先生、『シンタニさん』って…?」
まさかね、と呟きながら「若先生」はもう一度扉のガラス越しに新谷さんを見ている。何を気にしているのか測りかねていると 彼は振り返って言った。
「以前 好きだったミュージシャンに『新谷』って人がいてね、グループを解散してその後は行方が解らないままなんだ」
そのひとの創る楽曲の奇麗なメロディと独特のハーモニー、繊細な歌詞が とても好きだったんだ、と「若先生」は言い
「言い方からして何だか古臭いよね?」とテレくさそうに笑い
「僕が音楽やってたことだって もう随分過去の話になってまったからなぁ」
そう言ってこちらを向いて会釈し、何に対してかもう一度「有難う」と言って良介のお兄さんは帰って行った。
*
診察室に乗りこんで その部屋の鍵を「若先生」から受け取るまでの良介の勢いは 驚くべきものだった。
「ヒッキー ついて来い」
「若先生」の唐突な思い出話のことを伝えると 良介はいきなり僕を引っ張って走り出した。診察時間で患者さんがいることも気にせず 良介はお兄さんに詰め寄り「その部屋」を開けることを求めたのだ。
若先生が引き出しの奥の小箱から出した鍵で開けた 離れの2階の奥の部屋は 重たそうなカーテンが掛けられ 目が慣れるまでどんな部屋なのか全く解らなかった。
「な、何?何の部屋?」
「墓場…やな。あいつが封印したあいつの大事な…」
「だ、大事な?」
カーテンを開けるとほこりの匂いがした。目に入ったのはドラムやシンセサイザー、アンプ、棚には沢山の古いCDと本。天井や壁には様々なミュージシャンのポスターが貼られていた。
「初めて引田見た時、この部屋を思い出した。何かよう解らんけど この部屋、思い出した」
良介は僕を正面から見て言う。
「大事なもの好きなものをいっぱい持ってるくせに カーテン締めて鍵掛けて 誰にも見せんと 忘れたふりして」
シンバルの上のほこりをぬぐう。かすかな音を聞き分けるように良介は少しの間の黙っていたが 急に顔を上げると
「探そう、ヒッキー。新谷さんとギターの元の持ち主、きっといる」
棚のCDに手を掛けた。
コトン、ドアの音に気付いて振り返ると若先生が立っていた。
『新谷さん』のバンドのCDならこれとそれ、あの音楽雑誌のここに記事、と何年も封印して顧みもしなかったとは思えないくらいすらすらと あれこれ出してきてくれた。
僕がじっと顔を見ているのに気づき、若先生はテレたように言った。
「どこに何があるかも CDのどんな曲も 好きだった物って、結局忘れたりなんかしないもんだね」
いつまで遊んでいる気かと 医院を継ぐ気はあるのかと お父さんから言われて、自からこの部屋を閉じたのだ、若先生は大きなため息の後、説明してくれた。そうやって閉じたのは部屋だけじゃなく 若先生の大事な時間、言葉にするとあまりに気恥かしいけど「青春」ってヤツなんだろうな、そんな気がした。
3人して『新谷さん』を確認する。間違いない、あのひと「ギターマン」だ。
「路上から ライブハウス、ずっと見守っているファンも多かったのに」
若先生が言う。それはきっと自分自身のことだ。
「大手と契約して他人の作った歌で売れた。今このバンド名を言うとこの歌 思い出す人は多いかもしれない」
「新谷さんには不本意な結果ってことなん?」
「い、嫌な思い出ってことですか?」
そうだなぁ・・・若先生は首を横に振り 周囲には解らないことってあるしな、と言った。こんなものもある、と投げ捨てるように出した古い雑誌類には 小さな囲み記事で 幼馴染と作ったバンドでメジャーデビューした新谷さんたちの紹介があった。そしてもう少し新しい雑誌には「2曲目が売れず解散した」と書かれたものもあった。
若先生が仕事で部屋を離れた後も 僕と良介は残ってCDを聴いていた。
雑誌を手に取って目を通す僕と違い 良介は1冊表紙を見ただけで放り出した。
「バカバカしいやん。こんな記事。新谷さんが本当はどんな気持ちだったかとか ちっとも伝わって来ん」
…そうなんだけど、それは解っているんだけど、と僕は返事する。
それでも こんな閉ざされた部屋や押し込められた若先生の思い出の中に あの公園の住人、寡黙な「ギターマン」がずっと居た。何だか僕たちが来るのを待っていたような気がした。押し開ける人を欲っしていたような気がした。
良介は考え込んでいる様子で窓の外を眺めている。広い敷地の立派な庭の片隅で、白い梅の花が咲いているのが見える。
不本意だったという 歌謡曲風のその1曲を聴いた後 もう一枚古いCDを入れ替えた。「メジャーデビュー」以前の新谷さんたちのCDだ。
「苦い思い出かもしれん。誰にも触れて欲しくないと思ってるかもしれん。
だけどオレ、新谷さんにこのCDみたいな歌、歌って欲しい。今ものすごくそう思う」
そんな話を切り出すことで 取り返しできない程彼を傷つけるかもしれない。良介が投げ出した雑誌にはバンドの解散の経緯、音楽活動の方向性の不一致による喧嘩 メンバーの不仲と 新谷さんの幼馴染の、自殺についての記事があった。
*
工事の音が響く公園の片隅で 僕と良介は蓮さんと会っていた。もうすぐ新谷さんが来る。
「そっか、歌、聴いたか」
蓮さんはさほど驚いた風でもなく僕たちの話を聴いた。
「知ってたん?」
「うん、オレぁ『以前』のファンだし」
メジャーで出したあの曲で新谷さん達のファンになった人を それ以前から応援してきたファンは区別した。それでも一体になって応援できなかったことを 若先生は悔いていた。蓮さんのさっきの言い方にもどこか自嘲的な気持ちが入っているように思える。
持ち出したレコーダーでCDを掛け、3人で黙って聴いた。
曲の合間、音が途切れた時 後ろでカサリと草を踏む音がして 気が付いたら新谷さんが立ち尽くしていた。
*
問いかけに答えて 新谷さんが話し出したのは 3枚目のCDを入れ替えた時だ。口数は少なかったが 今まで自分たちの歌を歌ってきた彼らが 与えられた他の作曲家の歌を歌い それが代表曲のようになってしまったこと、それが 僕らの想像を超えて新谷さんたちに重いものを背負わせたことは 伝わってきた。誰も何も言えなかった。
「誰のせいなんてこと ないのは解っていた」
だけど やり場のない怒りで お互いを傷つけた。いつも前向きで明るい幼馴染、やってみなきゃ解らないよと ずっと背中を押してきた彼を そもそも間違っていたように責めた。
「それでも あいつは笑っていたんだ。ちょっと困った顔をして」
なのに 命を絶った。傷ついていたんだ。それは皆同じ。
「ちゃんと解散ライブをしてケリつけるつもりだったし 感謝と変わらない気持ちを込めた歌も創りかけていたのに」
何もできず いきなり終わった。
「応援してくれた皆と 一緒にやってきた あいつや他のメンバーへ向けて
伝えたいことは沢山あった。それを最後の歌に託そうと思ってた」
そのひとはその歌を知らずに逝ってしまったんだ。
胸の辺りが苦しくて声が出ない。掛けるべき言葉が何も見つからない。
長い沈黙を破り 良介が言った。
「その歌って、完成してるん?できてるんなら聴かせてや。オレ一緒に歌いたい。練習するから オレ マジ練習するから」
工事の音はすぐ近くまできている。どんな音にも負けないくらい良介ははっきり言い切った。
僕らがここに居られる時間も もう少ししかなかった。
*
ひとが集まって来る。桜のつぼみはまだ固く風はまだ冷たい。
工事関係者 市の職員、警察官。支援だ何だといいながらひっかき回しに来た輩。報道に見物人。面白がっているだけの「ヤンキー」たち。
今日「家」がすべて撤去される。
「オレたちのさよならライブにようこそ、や」
蓮さんがひときわ大きく叫ぶ。
昨日皆の行き先を聞いた。蓮さんは大阪に帰ってみることにした、と言った。
「ええ?蓮さん関西人やったん?」
良介が驚いた声を出した。
「いっぺん言うたろと思ってたんや。オマエのエセ関西弁 気色悪うてかなん。ずっと思てた」
そう言いながら大口開けて笑う蓮さんに 背中をたたかれ良介が頭をかく。
「何が気に食わんのか、誰に反発してんのか知らんけど。お前は凄いねんぞ。いいヤツやねんぞ。オレが保証する。しっかり自分を生きろ」
蓮さんに褒められて良介は素直に嬉しそうな顔をした。
「自信持て、大丈夫だから」
蓮さんは今度は僕を見て そう言った。
僕ら誰もがそれぞれの部屋を閉ざしていたんだ。
目をつぶって 僕は息を深く吸い込む。心の中 締めきった部屋、遮光カーテンの隙間から、暖かな春の日差しが漏れてくる。
歩み寄ってカーテンを開けよう。部屋に今光が満ちる。重い窓を開けると、春の風に乗り 桜の花びらが舞い込んだ。
新谷さんと良介の歌声に そんな映像が重なる。
歌声はきっと天にだって届く。
《 さよなら ギターマン 了 》
【 あとがき 】
とあるグループが頭にあります。でも時代背景がちょっと古くなると 主人公が幾つなのか設定できなくなりました。
色々勉強不足です。今もの凄い勢いで仕上げました。
きっと後で後悔するなぁ。
【 その他私信 】
今回はもう出さずに終わろうかと ついさっきまで思っておりました(+_+) 春ですねー。卒業シーズン。
『 STAND BY ME 』 すずはらなずな
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●遮光カーテンの隙間から、晩秋の日差しが漏れていた。
《 恵理子の場合 》
著者:MOJO
遮光カーテンの隙間から、晩秋の日差しが漏れていた。
「もうすぐ冬になるわね。先生、コートとかダウンとかクリーニングに出してあるの?」
先週セットしたばかりの炬燵に入り、蜜柑の皮を剥きながら、恵理子がいった。
「いや、出してないよ。コートは滅多に着ないし、ダウンは買ったっきり。クリーニングなんて必要ないさ。」
「もう! 先生もそろそろいい歳なんだから、加齢臭とか気にした方がいいわよ? 客商売なんでしょ?」
「加齢臭ねえ。おれもそんな歳になるのかな、っていうか、おまえ、おれは匂わない、っていってたじゃないか」
「あれはクヌートと比べてよ。クヌートはノルウェー人。胸毛モジャモジャのコーカソイドじゃない」
「まあ、おれはモンゴロイドのさえないおっさんだけどさ。それにしても、おまえ、よくオスロから思い切って帰ってきたよな」
「先生ならわたしを拾ってくれるって確信があったの。現にこうして一緒に住んでるじゃない」
********************
恵理子は無口な少女だった。
私はかつて、北関東のある町で学習塾の講師をしていたことがあり、恵理子は私が受け持ったクラスの生徒だった。
毎週二回、狭い教室に長机をコの字に配置し、ホワイトボードを背にして立つと、七人の少女たち目が一斉に私に注がれた。
私は多感な少女たちの良き理解者ではなかった。最も反抗的な少女の教科書やノートを窓から放り投げ、二度と来るなと怒鳴りつけたし、その少女の母親が押しかけてきて塾長と同伴で授業を参観されても怯む気持ちにはならなかった。つまり、私は若く気力も充実していたわけだ。しかし、反抗的な少女はそのクラスのリーダー的な存在だったから、その日以来、少女たちの私を見る目は批判的なものになっていった。
そういうなかで、恵理子は皆に同調するでもなく、かといって私の味方である、という態度も示さなかった。ただ一度、少女たちの私に対する糾弾が始まりかけたとき、机に突っ伏し、声をあげて泣いたことがあった。いつもは大人しい恵理子の、激しい感情の迸りに、私より少女たちが毒気を抜かれたようだった。以降、クラスの雰囲気は徐々に元に戻り、彼女たちはそれぞれの志望校を受験し、ある者は合格し、またある者は本意でない高校に進学した。
恵理子はその地区で最も有力な進学校に合格し、私は外資系損害保険会社の契約社員の職を得、彼女達の進学と共に講師の職を辞した。
最後の授業の日、恵理子は私に可愛らしい文面の手紙をくれた。それは私を和んだ心持にさせた。そして私は、縁があれば、再会する事もある旨の返事を書き、ポストに投函した。
外資系損保会社での私の業務は、飛び込みセールスと、付近の幼稚園や老人クラブを巡回訪問することだった。日常の中に愉しみを見出しがたい退屈な毎日だったが、私は大きな問題も起こさずに仕事をこなした。
何年かが過ぎ、勤務する部署を選択できる機会が訪れた。私は旅行関係の保険を扱う部署を希望し、その願いは受け入れられた。
顧客である旅行代理店に通う毎日が続いた。日々彼等と接するうち、彼等の業界の、添乗員、という職は、常に海外を旅する機会に恵まれることを知った。
損害保険会社の業績は安定していた。しかし契約社員である私の立場が安定しているわけではなかった。
ある日、私は新聞の求人欄で、海外旅行添乗員募集、の広告を見つけた。応募してみると、筆記試験と面接の日時が記された封書が届いた。指定された日時にその場所へ行ってみると、私の予想を遥かに越えた人数が集まっていた。これでは受からないな、と諦める気分で筆記試験と外国人との英語での面接に臨んだ。肩に力が入らなかったことが幸いしたのか、私は採用された。
ある年の夏、私は長い休みを持て余す教員たちの、シルクロードの遺跡群を巡るツアーに同行した。
敦煌という街に数日間滞在し、その日はバスで万里の長城の最西端まで足を伸ばした。
バスが目的地に着き、集合時間を決めて自由行動とした。といっても、砂漠の大地には売店一つあるわけではなかった。バスが停まった処からそう遠くない位置に、乾ききった巨大なレンガの積み残しのような遺跡が陽炎にゆれていた。私はエアコンの効いたバスを降りずにいた。
あんなものを観るために、このクソ暑い中、よくここまで来たものだ。
そんな感慨に耽っていると、扉をノックする音で我に返った。扉を開けると、若い女のバックパッカーが首を傾げて立っていた。
「添乗員さん、敦煌まで戻るなら乗せて欲しんですけど。定期便はあと二時間待たないと来ないんです」
バックパッカーたちは、ツアーバスをヒッチハイクして旅費を節約する。私は、彼らを疎ましく感じ、頼まれても決して同乗させなかったが、それは彼らを羨む気持ちと背中合わせのものともいえた。
「お客さんからクレームがくるから、乗せるわけにはいかないんですよ」
「そこをなんとか、お願いしますよ……先生」
「!」
「先生でしょ?」
「……恵理子か?」
「先生、少し太ったね。添乗員なんて楽なことやってるからじゃない?」
「……」
「先生、まさか断らないでしょ?」
恵理子は笑顔のままで目に力を込め、右手で私のTシャツの脇腹あたりを掴んでいる。私は団長格の教員に、体調がすぐれないバックパッカーを同乗させたい、と頼みこんだ。
バスは歩き疲れた教員たちと、私と恵理子を乗せて砂漠に伸びる一本道を延々と走った。車窓からの景色は、どこまで行っても岩と砂だけの荒涼としたものだった。地平線がオレンジ色に染まり、太陽がゆっくり沈みだすと、教員たちは鼾をかきはじめ、私は隣りに座る恵理子と小声で話をした。恵理子はかつてとは違い快活だった。
「先生、保険屋さんになったんじゃなかったっけ?」
「あれはつまらないから辞めたんだ」
「添乗員って一年のほとんどがホテル暮らしなんだってね」
「そうさ、おれみたいな売れっ子になると、年間で自宅にいるのは百日程度なんだぜ」
「そうみたいね、わたし、あっちこっちでツアーバスに乗せてもらうのよ」
「おれ、バックパッカーはいつも断るんだけどな。おまえ、いま大学生か?」
「そう、でも休学中なの」
「なんでだ?」
「だって、旅から旅で忙しいんだもの」
「それで休学なのか?」
「そうよ。見聞を広めるの」
「何を見た?」
「今回は、野生のラクダを沢山」
「ラクダか。別にいいけどな。……しかし、田舎の無口な少女が別嬪さんになったもんだな」
「うふふ、ありがとう先生、でも、いまどきの女の子に、別嬪さんなんて言わない方がいいと思う」
「やっぱりか、小さくボケたつもりなんだけどな」
「そういう小ボケは、小娘には受けないのよ」
バスがホテルに着いても、ロビーのソファーに座り、私と恵理子は暫らく話しこんだ。連絡先を交換し、再会を約束してバックパッカーが集まる小さな宿へ恵理子を送る途中、ホテルの部屋で抱き合う私と恵理子を想像してみたが、私は恵理子を誘うことは出来なかった。
それから一年ほど経って、私はまたしても恵理子と遇会した。
ある証券会社の、研修旅行に同行したときのことである。行き先はアメリカだった。
研修旅行といっても、実際は営業成績の良い者を選抜した慰安旅行で、研修らしい行程は、ニューヨークの証券取引所を、ガラス越しに見学することだけであった。証券取引所への訪問は、ものの三十分程度で終り、私は、やり手の証券マンたちを、ウォール街からマンハッタンとブルックリン地区を渡す橋のたもとの、観光用桟橋まで連れてきた。桟橋沿いのシーフードレストランで昼食をとり、その日はそこで解散となった。
桟橋にはパントマイムやアカペラコーラスの路上芸人や、手作りのアクセサリーを売る露天商が集まる一角があり、私はベンチに座り、翌日のスケジュールや次の訪問地までの航空券の再予約など、とりとめもなく考えながら路上芸人たちを眺めていた。
身体をブロンズ色にペイントし、自由の女神と同じ格好でひたすら静止しつづけている若い白人の女に目が行き、その女が動きだすまでは視線を外さないつもりでいると
「ちょっと、見すぎなんじゃない?」
突然の日本語に驚いて、声のする方へ振り向くと、恵理子が立っていた。
「エッチなこと、考えてたでしょ、先生」
「恵理子、おまえ、こんなところで何してるんだ?」
「先生、わたしに手紙くれた?」
「いや、おれはもう五年以上、年賀状すら書いてないんだ」
「べつに文句言ってるわけじゃないの。わたし、敦煌で先生に教えた住所にはもういないのよ」
「なんだそりゃ?」
「ほら、あそこでアクセサリー売ってるでっかい男がいるでしょ。クヌートっていって、わたしのフィアンセなの。ノルウェー人なのよ」
「おまえ、結婚するのか?」
「そうなの。わたしね、ガンジス河の沐浴場の近くの安宿で、身包み剥がれて放り出されちゃったの。パスポートもお金も全部盗られちゃって、本当にどうしていいか分らなくて、泣きながら歩いていたら、クヌートが助けてくれたの」
恵理子が目配せすると、長めの金髪を後で束ねた大男が笑顔で近づいてきた。クヌートは眉毛や睫も金色で、典型的な北欧人の風貌だった。握手をした右手の肘から手首にかけて、意味不明な模様の刺青が彫ってあった。
クヌートは針金屋だった。針金屋とは、手作りのアクセサリーを路上で売りながら世界中を旅して歩く者たちで、なかには非合法なことをする者もいると聞く。私には、恵理子がボヘミアンになれるとはとても思えなかった。
ホテルに戻ってからも、暗澹とした心持ちは晴れなかった。華奢な恵理子が、あの大男の針金屋に組み敷かれるのは、なんとも理不尽なことに思えた。冷蔵庫のリキュールを呷ってから、私は裏で娼婦の斡旋もする土産物屋のマネージャーに電話をかけた。
ひところ、私は仕事を干されていた。
シンガポールで数百人が参加するある自己啓発セミナーには、添乗員が私を含めて十人以上同行した。そのなかには普段からウマが合わない、と感じていた同僚もいた。
数百人の研修生が競うオリエンテーリングの下準備のため、公園の藪に入った私は、動物園で見るようなトカゲに何度も遭遇し閉口した。苛ついていた私は些細なことで腹を立て、ホテルのロビーで気にいらない同僚を殴った。飛んできたガードマンたちに取り押さえられ、警察に通報された。シンガポール警察に一晩収監され、解雇を覚悟して帰国したが、意外にも処分は始末書と謹慎だけであった。
しかしそれ以来、手配業務の者は私を敬遠し、謹慎が明けても私には仕事が回ってこなかった。
私は自宅から近所の川で小魚を釣り、野良猫が集まる公園でそれを猫に与えたりしながら屈託していた。ときには夜の街で酒を飲み、風俗街をうろつくこともあった。
ある晩、新宿歌舞伎町界隈で酒を飲んだ私は、コマ劇場の裏手の辺りの客引きのいない店を選んで上がった。受付で前金を払い、ボーイが差し出すアルバムから消去法で写真を一枚選び、ボーイが案内する部屋に入ると、白いバスローブを着た女が床に膝まづいていた。
「いらっしゃいませ」
私は女を見た瞬間、恵理子であると気がついた。顔を上げた恵理子は私を確認し、大きく目を見開いた。
私は平静を装った。
「めずらしい処で会うもんだな」
「……」
「酒、あるんだろ?」
恵理子は弾かれたように立ち上がり、冷蔵庫を開けて缶ビールを出した。
「おまえなあ、こういう処では水割りでもつくりながら無駄話して客の緊張を解くものなんだぜ」
恵理子はぎこちない仕草で水割りをつくった。グラスと氷がぶつかり合う音が狭い部屋に響いた。
「まあ、あれだ。おれも出来そうにはないし、サッカーでも観るか?」
私は硬い表情のままの恵理子をベッドに座らせ、テレビのスイッチを入れた。私たちは無言でテレビ画面に見入った。暫らくそうしてから、私は恵理子に決められた額にいくらか乗じた金を渡し部屋を出た。
それから数日後、私は再びその店を訪れ恵理子を抱いた。そうしなければ恵理子を冒涜しているような気がした。
恵理子は数ヶ月その店で客をとり、オスロへ帰っていった。
それから半年ほど経ったある日、恵理子からこんな旨の伝言が自宅の電話の留守録に入っていた。
五反田にいるが、そこには看板がない。三ヶ月しかいないから会いに来てほしい。
その頃になると、ぽつりぽつりと仕事が入るようにはなってはいたが、日当制の雇用だった私は経済的に逼迫しかかっていた。しかし、何とか小銭をかき集め、私は恵理子に会いに行った。
五反田駅に着いて、公衆電話から指定された番号に掛けてみると、呼びだし音が三度鳴り、陰気な男の声が応対にでた。恵理子に会いたい、と告げると電話は転送され恵理子に繋がった。
恵理子の声は明るかった。教えられた道順を歩くと、まだ建って間もないと思しいマンションのエントランスに着いた。意外にも性風俗で有名な繁華街とは、隣町に位置する、昔からの金持ちが住む地域にそのマンションは建っていた。
部屋の扉の前に立ち、呼び鈴を押した。扉が開くのを待つあいだ、菓子折りでも買ってくるべきだった、と後悔する気分が生じたが、恵理子は人懐こい笑顔で私を迎えてくれた。
恵理子の部屋は簡素なワンルームだった。オフ・ホワイトのカーテンが垂れた窓際に、パイプで組まれたベッドが置かれ、ベッドの脇の小さな冷蔵庫と電話機以外、家具や装飾品の類いは見あたらず、フローリングの床が妙に冷たそうだった。寝具は淡い青色で統一され、全体的に無機質な印象だが、それは狙った演出であるようにも思われた。
私はベッドに腰掛けた。恵理子は冷蔵庫から缶ビールを出し、プルトップを引いて私に手渡した。
「ここはビールしか置いてないの。先生、どうせ彼女とかいないでしょうからアパートに留守伝しちゃったけど、問題なかったでしょ?」
「ああ、問題ないさ。しかし、おまえも段々とやることがアレになってくるな。まさか怖いお兄さんがでてきて、おれを脅すわけじゃないんだろ?」
「そういうことは先生にはしないわよ。先生、お金ないんでしょ?」
「そうさ。今日だっておまえに会うためにアコムのカードを使ったんだぜ」
「相変らず冴えないのね。先生って呼ぶの、世界中でわたしだけだと思うわ」
「そうだな。時間は? 一時間か?」
「水臭いわね。居たいだけ居てよ」
「諭吉、三枚でいいか?」
「いいわよ。でも本当は五枚なんだからね。シャワーは? 浴びる?」
「いや、面倒くさ。おれ、臭いか?」
恵理子は私の胸に顔を埋め、匂いを嗅いだ。
「まあ、いいわ。東洋人って匂いが淡いからそんなに気にならないの」
恵理子の裸体は刺青だらけだった。刺青、と言っても任侠風のものではなく、池袋辺りをたむろしている若者が好みそうなものである。タトゥーと言った方が適切かもしれない。
「おまえ、身体にこんなに絵を描いちゃって、それで看板のある店には出れないんだな?」
「そうなの、クヌートの好みなのよ。でも、変った嗜好の男ってどこにでもいるものなの。人数は少ないけど、前より単価が高く取れるから実入りは似たようなものなの」
身体を動かすたびに恵理子の腕に彫られた藍色のリングや、肩に描かれた緑と赤の何かを象徴するような模様が歪む。暫らくその状態がつづき、私の顔の横でMの字に開いた恵理子の足の指先がいびつに変形した。
「先生ってもてないでしょ?」
シャワーを浴びた恵理子はバスタオルで身体を拭きながら言った。
「おまえ、セックスした直後の男によくそういうこと言うな」
私はベッドに仰向けのままで応えた。
「余計な事を言わないのはすごく良いのよ。でも言わな過ぎるのもあれだと思う」
「何か言いたいことがあるのか?」
恵理子はバスローブを着け、ベッドの脇に座った。
「あたりまえじゃない。旦那持ちの女がもぐりの風俗店で働いてるのよ。さりげなく事情を訊いてくれたっていいじゃない」
「いや、言いたくないのかと思ってたんだ」
「そこが駄目なのよ。女の扱い方、勉強するべきね」
「勉強して身に付くものなのか?」
「だから、はやく訊いてよ」
「分ったよ。クヌートは元気か?」
「あの人ね、クスリ漬けでお酒もたくさん飲むの」
「針金屋は繁盛してないのか?」
「繁盛してる針金屋なんて聞いたことがないわ。いま、オスロに帰ってるんだけど、彼はなんにもしないの」
「それで稼いでこい、と言われたわけだな?」
「インドで酷い目にあったわたしを助けてくれた人だからしょうがないの、彼がいなかったら、わたしあそこで死んじゃってたかもしれないもの」
「はいはい。気は済んだか?」
「先生、来てくれてありがとう」
「ああ、このまえはサッカー観ただけだったからな」
「また来るでしょ? 先生、わたしのこと好きだものね」
恵理子は私に、四隅の丸い小さなピンクのカードを手渡した。カードには恵理子の出勤スケジュールが記されていた。
「先生、クヌートね、もうすぐ死んじゃうような気がするの」
「自業自得さ。ヤク中でアル中なんだろ?」
「そうなったら、わたし、どうしたらいいと思う?」
ツアーから戻ると、私は、五反田の恵理子の部屋へ足げく通った。
「そうなったら、新しい男を見つければいいさ。世の中、ヤク中でもアル中でもない男の方がずっと多いんだぜ」
「またあ、無理しちゃってえ。おれの女になれ、とかいえないの?」
「おれはヤク中にはならないが、アル中の方はなる可能性もあるんだ」
「でも、ヤク中にはならないわけね」
部屋を出て、五反田駅まで歩く。途中の公園では、すっかり葉の落ちた木々に囲まれた、流水の止まった噴水池に苔色の水が溜まっていた。池の横手から曲がりくねった小道が伸びていて、その先には赤いよだれかけの地蔵が鎮座していた。私は地蔵に手を合わせ、近いうちに恵理子と私の住む部屋を借りる金を工面しなければならない、と考えていた。思春期の少女たちが使う「赤い糸」という言葉が、ふと心に浮かんだ。そして、こうなることは、あの塾の教室で、恵理子が机に突っ伏して声を上げて泣いたときから、決まっていたようにも思えるのだった。
《 恵理子の場合 了 》
【 あとがき 】
どうも。
初参加のMOJOです。
いや~、まいった。
こういう企画で文章を書くのは、初めての経験で、ものすごく悩んだっす。
悩んだ末に出た結論として、参加は今回限りにし、次回からは、読み手に回ろうかと考えています。
せっかく誘っていただいたのに、申し訳ないのですが。
【 その他私信 】
「あとがき」にも書きましたが、当方、これでめいっぱい、の状態で、次回から参加できそうにありません。
お題の文章をいただいての創作は、当方には向いていないようです。
毎回、投稿する人はすごいなー、と素直に思いました。
『 MOJO HANDS 』 MOJO
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●すっかり葉の落ちた木々に囲まれて、曲がりくねった道が伸びていた。
《 白の旅路 》
著者:夏海
日中であるにも関わらず、薄暗い曇り空が広がる下。
すっかり葉の落ちた木々に囲まれて、曲がりくねった道が伸びています。
その道を、母親と少女が並んで歩いていました。
とても静かで、聞こえてくる音といえば、やわらかな土を踏む音と、たまに遠くから鳥の声が聞こえるくらいです。
息をすれば、清々しい、しんとした空気と、湿っぽい土と木々の香りを感じます。
親子は、防寒具で身をくるんでおりましたが、手袋をしていても、指が、じんじんと痛むほど冷えてきます。
ぷっくりとした少女の頬は、寒さのためか、少し紅く染まっていました。
「風が冷たくて寒いねえ、お母さん。
息が白いよ、ほら。」
少女は、横目で母親を見上げながら、はぁっと息をはいてみせました。
白い息が、もくもくと現れては、消えていきます。
「そうね、冬だからねえ。」
母親は、白い息に夢中になっている娘を、ちらと見て、くす、と笑うと、目線を前に戻しました。
「おばあちゃんち、遠いねえ。」
少女は、話す度に、白い息を目で追っています。
「そうね、おばあちゃんは変わり者だから。
誰も住まないようなところで、1人で住んでいるのよ。
あそこへ行くのは、あなたは、これが初めてだものね。」
「うん。
おばあちゃん、みかん、喜んでくれるかな。」
母親と少女が、手に持つかごには、みかんが沢山入っていました。
「おばあちゃんは、みかんが大好きだから、きっと喜ぶわ。
着いたら、みんなで一緒に食べましょうね。」
母親は、少女に笑いかけました。
「うん!」
2人は、顔を見合せて笑いました。
同じような景色の中を、しばらく歩いていると、木々の隙間から、古いログハウスのような建物が見えてきました。
「あそこよ。」
母親が指さして言いました。
近づいてみると、玄関のそばには、沢山の植木鉢が無造作に置いてありました。
草が生えているものや、何も入っていないものもあります。
ドアをノックして、呼び掛けてみましたが、誰も出てきません。
「どうしたのかしら。」
母親は心配そうな顔をして、外れそうなほど歪んでしまっているドアノブに手をかけました。
すると、ドアは軋む音をたてながら、簡単に開いてしまいました。
部屋を見渡しながら、「いないの?」と声をかけてみましたが、ひとけはありません。
あるのは、ただ使い古された家具類に年期の入った雑貨。
どれも、母親が子どもだった頃からある見慣れたものばかりです。
かわいいクッキーを、一緒に作ったトースター。
大きなハンバーグを作ってもらったフライパン。
勝手に食べて叱られたこともあった煮物が入っていたお鍋。
いつも使ってくれていた、プレゼントしたコップ。
何度も悪戯した鏡台に、読み方を教えてくれた時計、臍の緒がしまってあるタンス・・・。
とても片付いている部屋とは言い難いし、飾り気もないけれど、温もりを感じます。
そのときです。
ふと、目の前に、ぽっと、光るものが現れました。
そして、その光は、ホタルのように、親子のまわりを、ふわふわと漂いはじめます。
「何かしら?」
母親は、怪訝な顔をして、光を目で追い、少女は、光をつかもうとして、手を伸ばしました。
少女の指先が、光に触れると…
「あったかい…。」
少女は、目を細めます。
すると、どこからともなく声がしました。
「きみたちは、おばあさんのおともだち?」
母親と少女は驚いて、お互い顔を合わせたり、辺りを警戒したりしました。
しかし他に人影もなく、あるのは、目の前に揺らめく光だけ。
「まさか、この光が、しゃべった…?!」
2人の驚きなど、気にもかけず、光は、声を発し続けます。
「おばあさんなら、はじまりの場所へ向かったよ。」
光を強めながら。
弱めながら。
「はじまりの場所?」
少女は、母親に目をやりますが、彼女もわからないようでした。
「はじまりは、おわり。
おわりは、はじまり。」
「よくわからないわ。」
母親は、きっぱりとそう言いましたが、光は、相変わらず聞いていない様子で話を続けます。
「おばあさんに会いたい?」
「ええ。
私たち、おばあちゃんに会うために、ここまできたの。」
少女は、光にそう答えました。
「そうか。 それなら連れていってあげる。」
親子は、少し不安そうに目を合わせました。
光は、続けて言います。
「目を瞑ってごらん。
いいよ、と言うまで、目を開けてはいけないよ?」
よくわからないけれど、とりあえず信じてみるしかないので、親子は、手をつないで目を瞑りました。
すると、一瞬、肌に暖かな気流を感じました。
「いいよ。
目を開けて。」
--そっと目を開けると、そこは、白い世界でした。
母親と少女は、放心状態なのか、呆然と立ち尽くしています。
壁も何もなく、ただどこまでも限りなく続く白。
暑くも寒くもなく、風も音も何もありません。
そこに、見覚えのある老女が1人ぽつんと立っていました。
「おばあちゃん!!」
はっとして、少女は、老女に向かって駆けて行きます。
「お前たちは、こっちに来ちゃいけないよ。
お前たちには、まだ早い。」
老女は、優しく穏やかな声で言いました。
短い髪は、すっかり白く、ふくよかな体には、ゆったりとした服を着ています。
「1人で行くの?」
「さみしくない?」
母親と少女は、口々に言いました。
「さみしくないわ。
向こうで、おじいちゃんが待っているし。
ここからすべてが始まるって思ったらすごく幸せ。」
そう言うと、彼女は、バッグからハンカチを取り出し、目の下を押さえました。
「そっか…。
私も、いつか会いに行くと、よろしく伝えてね。」
母親は、そう言って、老女に笑いかけ、抱きつきました。
2人が抱き合うのを、少女は、じっと見つめていました。
その後、老女は少女の方を向き、「大きくなるのよ」と、頭を撫でました。
「ありがとう。」
「こちらこそ。」
「さようなら。」
「さようなら。」
老女は、微笑むと、背を向けました。
そのとき、辺りに光が満ち、母親と少女は眩しくて、目を瞑りました。
「--お母さん!!」
--再び目を開けたとき、そこは元のログハウスでした。
先程、話しかけてきた光は、もう、いなくなっていました。
「おばあちゃん、だいじょうぶかなあ。」
「きっとね。」
「お母さんも、いつかあそこに行くの?」
「うん。
あなたも、いつかは、ね。」
「どうして泣いているの?」
「だいじょうぶ・・・。」
少女は、黙って母親の手を握ります。
しずくが、床に、はたはたと落ち、滲みました。
そのそばには、みかんが転がっています。
すっかり暗くなった部屋の窓から、輝く星が見えました。
《 白の旅路 了 》
【 あとがき 】
毎度やっつけ仕事失礼します・・・。
お題見た当初、違った形のものにする予定でしたが、用意が間に合わず、結局この形になりました^^;
色んなものが足りない私は、早くも書けないので、しばらくお休みいただこうかと思います。
その間、小説に生かせるような何かを得られたら、と思います。
夏海
mixiアカウント http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1707320
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●「ここからすべてが始まるって思ったらすごく幸せだった」彼女はバッグからハンカチを取り出し、目の下を押さえた。
《 本音と建前友情論 》
著者:ひとみん
「ここからすべてが始まるって思ったらすごく幸せだった」彼女はバッグからハンカチを取り出し、目の下を押さえた。
完璧に悲劇の女を演じきった友人に、私はなんて答えたのか覚えていない。
「時々、女を演じることに疲れるときがある」
アイスコーヒーにミルクを入れる手を止めて、彼は私を見た。
「演じてたの?」
私は顔を上げなかった。うん、ともいいえ、とも言いがたかった。演じてるときもあるし、演じてないときもあると思ったからだ。でも、時々女ぶることになんだかな、と違和感を覚えることがあった。
「こないださ、友達に会ったのね」
「うん」
「その友達さ、結婚しようねって言ってた相手に逃げられたんだって」
「へえ」
「その相手が妻子もちで、度々今の奥さんとは別れて、君と結婚すると言ってたから信じてたんだって」
「でも違ったわけだ」
「そう。結局相手は今の生活を望んで友達を捨てたの」
悲劇が起きたと、だから同情してくれという話口調だった。
「これからすべてが始まると思ったらすごく幸せだった」彼女はハンカチを取り出して目の下を押さえた。
このとき私はなんて答えただろう。覚えていない。
「女の会話って共感会話だとか肯定会話だとか言われているけど、それがひどく疲れるときがあるんだ。私は友達の同情してーって空気にどうしても心の底から共感できなかった」
「だけど、一緒にいた友達は大変だったねー、その男ひどいねむしろ結婚しなくてよかったよって言って泣いた友達を慰めてた」
「その時、女ってめんどくさいなって思っちゃった」
しばらく、アイスコーヒーの氷が解ける音だけが部屋に響いた。下を向いて無意味にコーヒーをストローでぐるぐる混ぜていると、彼は私の傍に来てポンポンと頭をなでた。顔を上げて彼を見る。
「何?」
「んー、なんていうか確かに女の友情って男からすれば分からないこともあるけど、その友達のこと嫌いじゃないんだろ?」
「うん、むしろ好きだよ」
「じゃあ、それでいいんじゃないか?そうやってあれこれ考えながらも何だかんだお前も女を演じてるのは嫌いじゃないからなんだろ?」
誰かが話す、共感する、肯定する。相手を一緒になじる。芸能人の恋愛の話題をする。最近のドラマの話をする。今日の服装や髪形について褒めあう。会社の上司の悪口を言う。共感する。肯定する。喫茶店で何時間も中身の無い話をする。またねと言って帰る。中身は無いけれど、一人で帰ってるときのあの充足感。
「そうだね、嫌いじゃない」
「じゃあ、いいじゃないか」
「うん、ホントにそうだね」
感情に振り回されて感情のままに話をして解決しない問題を解決しないまま終わらせる。そんなあいまいな会話。
「そのめんどうくささがいいんだろ?」
私は思い出した。
友達の話を聞く前のことを。
「えみ、話があるから土曜日会える?」
「何かあったの?」
「話したいことがあるから直近で会いたいの!」
「いいよ、会う会う!もちろん時間作るよ!」
「いいの?予定は?」
「んー、今手帳持ってないけど、多分入ってないから大丈夫だよ」
「やった!じゃあ土曜日にいつもの駅にし13時集合ね」
「りょーかい、会えるの楽しみにしてる!」
もちろん手帳を忘れたというのは嘘だった。
手帳はかばんにしっかり入っていた。
でも見ない振りをした。
そしてお気に入りのボールペンで予定をしっかり書き込んだ。
《 本音と建前友情論 了 》
【 あとがき 】
みじかーーーーい!書いて削ってを繰り返したらこんなことに。どうしてこうなったしアッー!自分で何をかいてるのか途中で分からなくなってしまいました。行間の使い方と情景描写って難しい。精進せねば。
納豆が水道から出てくる夢と投げ縄をクリアしないと国外逃亡できず、できなくて泣く夢を見ました。
何がなんだかわからないです。誰か夢診断してください・・・。
ひとみん
mixiアカウント http://mixi.jp/show_friend.pl?id=7558170
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●もちろん手帳を忘れたというのは嘘だった。
《 冬の陽 》
著者:氷桜夕雅
もちろん手帳を“忘れた”というのは嘘だった。
なんていうかこうでもしないと踏ん切りがつかなかった、それくらい僕は自信のない人間なんだ。
「あの、えっとそうだ今から伺ってもよろしいですか?それがないと明日の仕事に影響するんで」
「ええ構いませんよ、お店開けて待っていますから」
「すいません、お願いします」
僕はいつもの癖で携帯電話を耳に当てながら深々とお辞儀をし、会話を終えると携帯電話の通話ボタンを切る。
電話口で少し話しただけだというのに胸の動悸が激しい。生まれて以来こんなこと初めてだった、そりゃまぁ僕だって学生時代に恋の一つや二つしたことはある・・・・どれも実ることはなかったけど。
僕───矢神久胡はしがない営業マン。独り暮らしのご老人向けの話し相手になる犬のぬいぐるみが商売の種。でも話し相手になるとは言っても別に人形が喋るわけでもなくそこいらの玩具屋で千円もだせば買えるような品物、それを毎月二千円の分割24回払いで売り付ける・・・・まぁ悪徳な営業マンってわけだ。
とはいえ僕がいままでこの人形を誰かに売りつけたことはない、おかげで会社じゃ給料泥棒呼ばわりだ。
けれども両親には「大物になるまでは帰らない!」なんて啖呵をきって上京してきたせいで辞めるにも辞めれずずるずると見気力な日々を浪費しているのだ。
だから仕事とはいえいつも会社を出てからいろんな所で時間を潰していた。駅前の本屋で立ち読みしたり、インターネット喫茶でネットゲームやったり、喫茶店でよくわからないサブカル雑誌を読んだり・・・・。
そんな無為無策なことを繰り返している中、ふと立ち寄った喫茶店で僕は彼女と出会った。
小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店『リチェルカーレ』のマスター、木崎友梨那さん。透き通るような肌に栗色の長いウェーブがかった髪、控えめでどこか薄幸そうなオーラを醸し出している彼女に僕は一目惚れをした。
けれども僕には自信がない。仕事はなんてったって悪徳セールスマンだし顔だって平凡、スポーツができるわけでも勉強ができるわけでもない本当は諦めるべきなんだろうけど諦めきれなかった。
だから我ながら情けないとは思うけど僕は手帳を“忘れた”んじゃない“置いて”きたんだ。
更に言えば置いてきた手帳は会社に入ってから使うと思って買った無駄に高級な本革の手帳。書くことが全くなかったんでさも大企業と関わりがある体を装って半年分の予定を書き込んでおいた。
「もうそろそろいいかな?」
僕は携帯電話の待受画面の時計を見ながら考える。手帳を置いてきてから店の斜向かいの路地に待機すること数時間、木崎さんから電話があって数分、そろそろいいだろうか?早過ぎやしないだろうか?ああ、平静を装うよりも焦っている感じの方が良いか?なら全速力で走っていった方がいいのか?
「ああ、もうわかんねぇ!」
色々考えすぎて混乱しかけた頭を振って大きく息を吐くと僕は決意を固める。
「とりあえず、今日はきっかけを作るだけでいいんだ。落ち着いてちょっと息切らせた感じでいこう」
まとまっているようでまとまっていない考えのまま僕は走り出す。信号二つを全速力で駆け抜け喫茶店『リチェルカーレ』の前に着いたときにはフルマラソンを走りきったくらい息が切れていた。フルマラソンなんてやったことないけど。
間抜けで下手くそな演技をしながら扉を開けるとカランと小さくカウベルが鳴る。
「ゼェ、ハァ、す、すいませぇん」
「はい、いらっしゃいませ」
今思えば彼女はいつだって笑顔だった、どんな時でもどんな状況でも。
出迎えてくれた友理那さんはもう店を出るのかいつものエプロン姿ではなく灰色のダウンジャケットにワークハットという出で立ち、格好自体は地味ではあるが普段見ない友梨那さんの姿に思わず僕は少し心ときめいた。
「あ、いや、あのそのええっとこういうときはなんだったかそうだあの夜分遅くにスイマセン!先程電話した、あのその
ええっと手帳、そう手帳を忘れた・・・・」
「矢神久胡さん、でしたっけ?」
「そ、そう!それです!」
友梨那さんを目の前にしてなにがしどろもどろになりながら言葉を選ぶ僕に彼女はゆっくりと歩み寄るとそっと手帳を差し出す。
「あ、ああ!これです、これがないと明日大きな商談がいくつも入ってて分刻みのスケジュールなんですよ」
「まぁそれはお忙しいんですね。言っていただけたら私がお届けしましたのに」
と、届けてくれる?ってことは友梨那さんが僕の家に来るってことか?友梨那さんが僕の家に・・・・いかん、想像しただけで卒倒してしまいそうだ。
「い、い、い、いえ!!!そんなそこまで迷惑はかけられません!」
もう既にわざと手帳を落としたりして迷惑かけている奴が何を言う
「も、も、も、もうこんな時間だ。明日の商談の準備をしないと!えっとあの今日はありがとうございました」
挙動不審に腕時計のついていない袖を見ながら僕は頭を下げと踵を返し足早に去ろうとする。
ちょっと話しただけだって言うのに心臓の鼓動が激しい、友梨那さんの顔をまともにみることもできやしない。
もういいだろ、ちょっとだけどきっかけはできたんだし今日の僕は我ながらよくやったよ。そう考えてた矢先背後から友梨那さんの声がかかった。
「あの矢神さん?」
「は、はい!」
振り返ると友梨那さんの顔がすぐ目の前にあった。もうそれはあと半歩でも前に出れば顔に触れるくらいの近さ。
「ネクタイが歪んでます、ちょっと動かないでくださいね」
そう言うと慣れた手つきで友梨那さんはネクタイを直す。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「あ、あ、あ、ありがちょうごじゃいます」
あまりに緊張しすぎて口の中が乾き頬の筋肉が硬直、まともに言葉も喋れていなかった。そしてなにを思ったのか次の瞬間僕は
「あ、あの!またお店寄ってもいいですか?」
と、なんとも間抜けな事を口走っていた。許可制の喫茶店なんてないだろ、なにをやっているんだバカなのか僕は。
これじゃ変な男だ、馬鹿にされる・・・・口走ってすぐに後悔の念に押し潰されそうになった、けど友梨那さんは違った。
「はい、それじゃお仕事のお暇な時に来てくださいね」
そのとき屈託のない笑顔で答える友梨那さんの姿、それがずっと僕の瞳には焼き付いてしまった。
喫茶店「リチェルカーレ」に通いつめるようになって二週間。
街が黄色い銀杏の葉で埋め尽くされるそんな時期。
緊張は未だにするけどそれでも少しはまともに友梨那さんと話すことができるようになっていた。
ただそんな嬉しいこととは別に苦しいことも増えた。
僕は段々と嘘に嘘を重ねるばかりになっていたんだ。
僕の話は多分きっと普通の女の子なら「つまらない」の一言で一蹴されるような話ばっかりだろう、今度大手のメーカーとの飲み会があってその幹事をやることになったとか。(これは嘘)
アイドルの誰々にキャンペーンをやってもらうことになったとか(これも嘘)、大学時代の武勇伝とか(これはネットで拾ってきた話)、何一つ僕の話をしていない。けれども友梨那さんはいつも笑顔だった、僕はいつも友梨那さんと話がしたくて閉店間際に来て面白くもない話ばっかりしているのにだ。
そりゃそれが仕事だと言えばそれまでかもしれない、けれども僕はそこに彼女の本質というか心の清らかさのようなものを感じていた。
だからこそ、嘘をつき続けている自分が酷くみっともなく思えたのだ。
「コーヒー、もう一杯入れましょうか?」
「あ、ああはいお願いします」
カウンター席に座った僕と向かいに立つ友梨那さん。同じ人間なのになんでこうも差ができてしまうのだろうか。
けど、だからこそ僕は友梨那さんに惹かれているのかもしれない。
「お待たせしました、ブラックコーヒーです」
「ありがとうござい・・・あれ?」
差し出されたものを見て一瞬僕は自分の目を疑った。
「あれ、なんでこれがここに」
ブラックコーヒーの横には実に見覚えのあるモノが置かれていた。僕の持ち物だけど僕がここで出すわけがないものだ。
だってこれを見たら僕の嘘があっさりバレるじゃないか。
「これ僕の名刺、ですよね。あれいやなんでこんなところに?」
僕は恐る恐る尋ねてみる。いや聞きたくはなかったんだけど。
「それはですね、意外と簡単なことなんですけど」
友莉奈さんは表情を曇らせたが少しづつ言葉を選ぶように続ける。
「この名刺二週間前に矢神さんがお忘れになったときに手帳に挟んでありましたよ」
しばしの沈黙、ああやっぱりそうなのか。
「なるほど、いや本当なるほどですね。ということは」
「ええ、実は最初から全部知ってました」
友梨那さんのその言葉で僕は全てが終わったのを理解した。じゃあ僕が今までいい格好しいで嘘をついていたこと。
これが全部バレてしまっていた、それはもう嫌悪されて当然なことを僕はしていたわけだ。
「ごめんなさい。本当はもっと早くに渡すべきだった、言うべきだったんだと思うんですけど」
「はは、いいですよ。友梨那さんが謝ることなんてないです、笑ってください、馬鹿にしてくださいよ」
「いえあの、でもこの名刺を出したのはそんなつもりじゃないんです!!」
嘘がバレてやけになっていた僕に慌てた様子で友梨那さんは言葉を挟む。
「矢神さんがあまりに楽しそうにお話になるので最初はこのまま黙っていようとも思ったんですけど、それだと私本当の矢神さんを知れないまま終わっちゃいそうで」
本当の僕、ああ確かに僕はずっとそれを知ってほしかった。
でもそれを友梨那さんに知られたら嫌われる、だから言えなかった。
「本当の僕なんて知っても良いことなんてないですよ。その名刺を見たなら知ってるでしょう?僕が普段どういう仕事をしているか」
僕の会社はニュースや新聞、ネットなんかでも度々悪徳会社として名前が出るような会社だ、それを友梨那さんが知らないわけがない。
「知ってます。けどそれが矢神さんの全てでは無いですよね」
「え?」
「矢神さんがどういう経緯でそのお仕事についているか私は知りません、けどこうやって話してみて矢神さんがそんなことをするような人じゃない気がしてだから少し気になってしまったんです、本当の矢神さんのことを知りたくて。だから気分を悪くしたらごめんなさい」
静かに頭を下げる友梨那さんに思わず僕は立ち上がる。本当は僕が悪いのに、僕が嘘をついて騙してたのになんで友莉那さんが謝っているんだ。
「あ、頭を上げてください友梨那さん!悪いのは僕なんです、僕が友梨那さんによく見られたくてこんなバカなことしただけで友梨那さんが謝る必要なんてないんです!」
「私によく見られたくて?」
「あっ・・・・。」
顔を上げた友梨那さんと思わず目が合う。そしてすぐに自分が言ったことがどんなに恥ずかしいことなのか理解した。
「ふふっ、そっかそうなんですね」
「あ、いやその・・・・」
今更取り繕ったってどうしようもない、微笑を浮かべるこちらを見つめる友梨那さんから僕はおもわず顔をそむけた。
「まさか今のも嘘ってことはないですよね?」
「それはまぁ、嘘じゃないです」
「そうですか、それはよかった。それじゃこれからもお店に来てくれますよね?」
「え、ええそれはまぁ」
煮えきらない僕の言葉に友梨那さんはカウンターを指先で軽く叩きながら少し窘めるように呟く。
「矢神さん、ちゃんと目を見ていってください。」
「は、はい」
言われるがまま友梨那さんの目を見つめる、真っ直ぐ心の内まで透けて見られているんじゃないかというその視線に
まるで初めて会ったときのように胸の鼓動が大きくなる。
きっと今までは嘘の自分ばかり見せてきていたからだ。
よく見られたいなんて、ちょっと自分の本当の気持ちを晒しただけでどっと身体中に血が流れ熱くなるのを感じる。
「一度嘘をついたらそれを補うために余計な嘘をまたつかなければいけません。私達の間で嘘はやめませんか?」
その言葉と共に子供騙しのように友利那さんは右手の小指を立ててこちらに見せる。いわゆる『指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます』、今になって思えばこれも小さな極小さなではあるがちょっとした契約だ。
「そうですね、僕もそう思います」
いい歳してなにをやっているんだろう?僕はそう思いながらも友利那さんと小指を結び、小さな契約を結んだ。
それからだったのかもしれない。僕と友梨那さんが本当の意味で話をするようになったのは。
骨ってのは一度折れ、治った時には以前よりも強くなる・・・・らしい。骨を折ったことがないんで正直わからないが。
ともあれ僕は嘘が友利那さんにバレてからようやくまともに話せるようになった。
飾る必要はなかった、僕が思っていた以上に友利那さんは心が広いというか寛容だったというか。
いや同じ意味かとにかくあの一件以降僕は変われた気がする。
けど変わったのは僕だけじゃなかった。
友利那さんも今までずっと僕の話を聞いているだけだったのが最近はどんどん僕に話しかけてくるようになったんだ。
自分で言うのもなんだけどこんなにも友利那さんが僕に興味も持ってくれているなんて思わなかった。
「はぁはぁ・・・・」
営業周りも適当に僕は今日も喫茶店『リチェルカーレ』に向かっていた。あの日から二ヶ月が過ぎた11月23日、今日は友梨那さんの誕生日だ。
僕はプレゼントの入った紙袋を小脇に抱え走る。前々からプレゼントしようと思っていた真っ赤なストールがその紙袋の中に入っている。
「ぜぇはぁ」
息を切らし点滅する信号を走り抜けると見慣れた赤茶色の建物が飛び込んでくる。
「言うなら今日しかない、今日こそ言うんだ」
僕は決意を固め喫茶店『リチェルカーレ』の扉を開ける。何を言う?そんなこと決まっている、友梨那さんに告白するんだ、なんだかんだで有耶無耶にしてきたがやっぱり関係を先に進ませたい。そりゃ僕はなにも取り柄もないけどそれでも。
友梨那さんは受け入れてくれる、そんな気がその時はしたんだ。
「こんばんわ、友梨那さん」
店に入ってすぐに僕はなにか違和感を覚えた。店の中が薄暗い、別に休業日でもないはずだし閉店時間でもないはず。
「いらっしゃい矢神君。ごめんなさい、ちょっとでてくるのが遅くなって」
「あのどうかしたんですか?」
奥の部屋からでてきた友梨那さんも少し様子がおかしいように見えた、頬が少し痩け目が真っ赤に充血している。
「うんん、なんでもないの今日は特別な日だからちょっと早めにお店を閉めただけなの」
「そうなんですか。あ、それじゃ僕来たらまずかったですか?」
「大丈夫、大丈夫矢神君が来るのはわかってたから。とりあえずいつものコーヒーでいいかな?」
「お願いします」
言葉を交わしながらカウンター席に座る。でも僕は気がついていた、いつも目を見て話す友梨那さんが先程から一度もぼくと目を合わせていない。
「はい、おまたせしましたコーヒーになります」
「どうも、いただきます」
コーヒカップを口元に近づけながら考える。間違いなく友梨那さんになにかあったのは間違いない、けど僕が聞いてもいい話なんだろうか?
「そういえばその大きな紙包みどうしたんですか?」
「あ、これですか。これはですねえっと」
僕が決意を固める前に友梨那さんから声がかかる。そのときはすでにいつもの明るい友梨那さんに戻っていた。
「あのこれお誕生日おめでとうございます。あのちょっと包装とかないですけど」
僕は友梨那の目の前に赤いストールを差し出す。
「え、これって・・・・いいの矢神君?高かったでしょ」
「大丈夫ですよ。ちょっと前に友梨那さんが欲しいって言ってましたよねこれ」
「うん、そうなんだ・・・・ありがとう矢神君」
友梨那さんはストールを受けとるとぎゅっと抱き締める。僕はその姿にまるで自分が抱き締められているような錯覚を覚え一瞬ドキッとした。
「これ買うために仕事頑張ったんですよ」
「あれ?ということは成約は取れたんですか?」
「あはは、えっとそれは全く取れてないですね。」
「そうなんですか、これ買うために矢神君がお年寄りに一生懸命人形を売り付けたのかと思っちゃいましたよ」
そう言って微笑む友梨那さんにつられるように僕も微笑み返す。さっきまでの暗い雰囲気はなんだったんだろうってくらい楽しい時間だ、それに僕と友梨那の間では嘘はつかないって約束しているんだから先程の様子気にならないかと言えば嘘になるけど僕がそんなに心配するようなことじゃないのだとなんとなくだけど思う。
「そういえば友梨那さん、あのちょっと」
「ん?どうしたの矢神君?」
ちょっと勇み足だったかもしれない、けど今言わなければきっと後悔すると思ったら思わず言葉が口から出てしまっていた。いやけど僕は友梨那さんならきっとそう酷い結末にはならないとは思っていたのは事実だ。告白して受けてもらっても、断られても関係がそう悪くなることはないと思う言うなればノーリスク、ハイリターン・・・・自分でも思うけど打算が酷い。
「僕は、友梨那さんのことが好きなんです!!!」
ずっとこの時を願い待ち望んでいたその言葉は思ったよりあっさりと口から出た、でもなんだろう僕の気持ちとは裏腹に自分でも物凄く薄っぺらい言葉だった気がする、もっとなんだろう告白するってことは重くて大事で心踊るものだと思っていた。少なくとも告白するその直前まではそうだったんだけどな。
「そうなんだ、ありがとう矢神君。でもね、付き合うというのは矢神くんのためにもやめたほうがいいと思う」
ゆっくりとけれどもはっきりした口調で友梨那さんは答えた。
「やめた方がいい?それってどういう・・・・」
どういう意味?と言いかけて僕は思わず言葉を失った。友梨那さんの頬を一筋の涙がスッと流れたのに気がついたからだ。
「友梨那さん?」
「ごめんなさい矢神君。気持ちは嬉しいの、私も矢神君のこと好きだしお付き合いできるのならしたいのよ。でもねもう無理、無理なのよ」
涙を流す友梨那さんを前に僕はどうしたらいいのかわからなくなった。
「泣かないでください友梨那さん、べつになんとなく言ってみただけですよ。それに嫌われてる訳じゃないから大丈夫です。」
「理由、聞かないんですか?」
「理由とかそりゃ気になりますけどならないといえば嘘になりますけど、好きな人に泣かれるくらいなら知らなくていいです。」
それは心からの言葉だった。僕は自分の気持ちを伝えることができただけで充分、嫌われたわけでもないしこれからもっと仲良くなれる時間が一杯あるんだから。
「やだなぁ、こんな姿見せちゃって。私がこの店をやりだしたのは皆に笑顔になってもらうためだってのに」
「笑顔になってもらうため?」
「そう」
友梨那さんは涙をハンカチでぬぐうと少し照れた様子で店内をゆっくりと見渡していく。
「この店に来てくれた人皆に笑顔になってもらうのが私の夢なの。そのためにはまず私自身が笑顔じゃないといけないのに、つい矢神君と話していると本音というか私の弱い部分がでちゃうの」
そう言って無理に笑顔を作ろうとする友梨那さんを見ると心が苦しくなる。
「あ、あの悩みとかあったらなんでも言ってください。なんか多分全然僕なんかじゃ役に立たないだろうけど」
きっと僕には話を聞くことぐらいしかできないだろう、けどそれでほんの少しでも友梨那の負担が軽くなればそれだけで嬉しい。
「ありがとう矢神君、私あなたに逢えて本当に良かったって思うわ」
先程の無理をした笑顔ではなく心からの笑顔を見せてくれた友梨那さんの姿を僕は生涯忘れることはないだろう。
この日は僕にとって忘れられない一日になった。
それからしばらくして友梨那さんは亡くなった。
僕と付き合えないというのは自分が長く生きられないということを悟っていたからだということに気がついたのは彼女がなくなる数日前のことだった。
彼女がなくなった後、彼女の親戚の人から色々と教えてもらったが僕が知っている彼女はほんの僅かしかない。
彼女がどんな人生を歩んできたか、何が好きで何が嫌いで・・・・そんな些細なことも僕は知らずに彼女のことを好きになっていた。一目惚れといえばそれまでだけど今思えば不思議なことだ。
そもそもあのお店「リチェルカーレ」は彼女が余命半年と聞かされてから最期にやりたいからと無理を言ってやりだした店だったのだ。
僕はなにもできなかった、いやもしあの時付き合えない理由を聞いた所でなにかできただろうか?
世の中ドラマや小説みたいに上手くはいきやしない。奇跡だの愛の力などで彼女が、彼女が───友梨那さんが助かるなんて都合の良い展開はなかった。
僕にできる唯一のことは彼女の想いを引き継ぐことだけ。
「友梨那さん・・・・。」
僕はじっと目の前の建物を見つめそれからゆっくりと目を閉じる。今でも脳裏にやきついている、彼女の友梨那さんの優しく微笑む姿、僕が心踊らされ惹きつけられたその笑顔
真似なんかできるわけがない、けど僕もそう生きれたらきっとどれだけいいことだろうか。
「さぁ、店を開けるか」
僕は決意する、喫茶店「リチェルカーレ」そこは小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店だった。
《 冬の陽 了 》
【 あとがき 】
ついカッとなってヒロインを殺してしまった、今は反省している。
話を当初の予定よりかなりカットしてしまった、今は反省している。
やっぱりシュランプ(酒乱とスランプの合成語)だわ、申し訳ない。
『 べ、べつに好きで書いてるわけじゃないんだからね! 』 氷桜夕雅さん
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●そこは小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店だった。
《 神様は返事をしない 》
著者:rudo
私はその時、たいそう 困っていた。
場所は病院の隣の 小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店。
入り口にkeyとかuccとか
コーヒーメーカーの看板が出ていて
テーブルごとにメニューが置いてあって
砂糖つぼが置いてあって
灰皿も置いてあって
ぺかぺかしたプラスチックで
きれいに洗ってあるけども
ちよっと焦げて溶けた部分があったりして
時間は午後4時。
目の前に座っているのは……
バターと蜜の甘ったるい匂いを撒き散らし
パンケーキをつついている
たぶん 8歳か9歳か?
とにかく その位の 男の子。
たぶんというのは この男の子と知り合ったのは
つい 数十分前で 交わした言葉は
「パンケーキ 食べる?」
「うん」
それだけだ。
そして 今に至っている。
この子は きっとお見舞いに来たんだろう。
隣の病院は大きいから きっと迷子になって
そして 目に付いた私にくっついて来たに違いない。
どのあたりからついてきたのかわからないが
喫茶店に入ろうとすると
スカートが どこかに引っ掛けたように攣れて
振り向くと この男の子が裾を握っていたのだった。
それからどうにも離してくれず
しかたなく 連れて店に入り
あれこれ 聞いたが 何一つ答えず
かろうじて パンケーキのやりとりのみ
成立したのだった。
私はかまわない。
遅くなったって。
もう 今日のお見舞いは済ませたし。
隣の病院には 祖母が入院している。
祖母は癌だ。
癌で余命、あと半年と宣告されたが
すでに1年が過ぎようとしていた。
年寄りの癌はやっぱり年寄りで
進みが遅いらしい。
でも この子は だめだろう。
遅くなればなるほど誰かが心配する。
「ねえ 君さ。 病院にいたんだよね?」
「……」
「誰かのお見舞い?」
「……」
「誰と来たの?」
「……」
ふーん。
やっぱり 答えないのか。
何か聞くたびにどんどん下を向く。
どんどん下を向いて 前髪に蜂蜜がくっつきそうになっている。
「パンケーキ おいしい?」
「うん」
ふーん。
パンケーキの話は返事するのね。
どうしようか。 交番に連れて行こうか。
そうか。 そうだ。
何もここに一緒に入らなくても
あのまま病院に引き返せばよかったんだ。
ばかみたい。
パンケーキを食べ終えたら病院に連れて戻ろう
受付の人に言えば家族を探してくれるだろう。
その前に 家族が目ざとく見つけて寄ってくるかも
きっとものすごく心配……
「? えっ? 何か言った?」
「…… おねえさん。神様の学校に行ってるんでしょ?」
「神様の学校? なんで?」
「この間退院した真里菜ちゃんが言ってたんだ
おねえさんが神様の学校に行ってるって
だから 神様と話が出来るって」
「真里菜ちゃん?……って誰?」
「髪が短くて ピンクのパジャマで
よく屋上で 本を読んでる子」
誰だっけ? 屋上?
屋上にはよく行く。
唯一たばこが吸える場所があるからだ。
だけど それもおいおい閉鎖されるらしいけど。
「おかあさんを 助けてほしいの」
「え? 誰?」
「おかあさん。 おかあさん、もう治らないっていうんだ」
「誰がそんなこというの? お医者さんがいったの?」
「おとうさん。おばあちゃんも」
そういうのって この位の子供に言うものなのかな……
君のおかあさんは、あるいはお父さんは もう死にますよって?
だから しっかりしなさいってことなのかな。
「私は医者じゃないし 治せないよ」
「だから 神様に頼んでほしいんだ」
「……」
「お金なら 少しもってるんだ。
お年玉とか貯めてたから」
「私は神様と知り合いじゃないよ」
「でも 真里菜ちゃんが……」
そういって一枚の名刺大のカードを
私に差し出した。
カードには きらきらした目の
かわいい女の子ねずみと
うめよ ふえよ 地にみちよ と言う文が
金の文字で書かれていた。
あー 思い出した。
そうだ そんな子供がいた。
小学校3年か4年かと思ったら 中学生だった。
ただしょっちゅう入院しているから
一年遅れになっていて
もう一度6年生をやらないとならないって
確かそんなことを言っていた。
真里菜ちゃん。
そんな 名前だったかもしれない。
神様の学校?
それは日曜学校のことだ。
よく教会がやっている
日曜日の子供向け聖書の勉強会みたいな。
私は縁あってそこでボランティアをしている。
子供たちが賛美歌を歌うときにオルガンを弾く。
ときどきは聖書を読むこともある。
とくに神様を信じているわけではないが
やっぱり おばあちゃんのことがあって
信じたいと思っているのかもしれない。
真里菜ちゃんは屋上で
泣いていたのだ。
手術が怖いといって泣いていた。
心臓の手術で もう何回も何回も受けていて
でも また受けなくちゃならなくて
そのたびに 今度こそだめかもしれないと
怖くてたまらないのだと泣いていた。
私はどちらかといえば子供嫌いで
そういうのにはかかわらないタイプだが
その時はよほど機嫌が良かったんだと思う。
ものすごく優しい気持ちになっていて。
私はその泣いている女の子に心底、同情し
どうにかして彼女に安心して欲しかった。
それで約束したのだ。
「大丈夫、今回もうまくいく、
うまくいって 今度はきっと学校にすぐ戻れる」
いいかげんだ。
そんな できもしない慰めを言うなんて。
真里菜ちゃんも もちろん信じたわけじゃない。
疑わしそうな目をしながら
でも そうだったらいいのに……
そんな風な希望も少し混じったような目をして
だけどきっぱりとした声で「うそつき」 と言った。
なるほど まったくだ。
だって嘘だもの。
だけど私はさらに 嘘の上塗りをした。
「私は神様の学校に 行っているのよ
私が頼んであげるから大丈夫よ」
まあ 概ねそのようなことを
何度も言葉を変えては繰り返した。
そして一枚のカードを彼女にあげたのだ。
それがこのカード。
お守り、約束の証として。
それは日曜学校で その日に出席した子供たちに配る
聖書の一節を書いた トレーディングカードで
かわいくて、きれいなイラストが描いてあるので
大人でも欲しがる人が結構いる。
先週、日曜学校に行ったときに配ったカードだ
かわいいので一枚もらって
タバコのパッケージに入れておいたのだ。
それを小道具にした。
「ほら、これをあげる。
神様との契約書。
あなたは えーと名前はなんだっけ?
真里菜ちゃん?
これで真里菜ちゃんの手術はうまくいく、絶対。
よかったね」
そうして たばこをぽいと捨てて
立ち去りそのまま 忘れていた。
「なんでこんなの持ってるのよ?」
ちょっと 声に棘が混じったのは
嘘つき とどこからか聞こえたような気持ちになったからだ。
だけど 現実には嘘にならなかったわけだ。
真里菜ちゃんは退院する時、病院の玄関で
しゃがみこんでいたこの男の子に
カードをあげたらしい。
私の人相風体、屋上でよくタバコを吸っているという
情報も添えて。
「おかあさんのことも頼んで欲しいんだ」
どうしたものかと考える。
それは嘘だよ。
真里菜ちゃんのことはたまたまだよ。
たまたま そんな話になって
たまたま カードを持っていたからあげただけで
たまたま 真里菜ちゃんはうまくいっただけで
すべて たまたまの偶然だよ。
そういってしまえば簡単だ。
それで終わり。
だけど私は終わりにしなかった。
でも 今度は安請け合いもしなかった。
「じゃあ とにかく 病院に戻ろう
戻っておかあさんに会ってから考えるよ」
男の子はすでに願いを叶えてもらえたような顔をして
元気に うんっ とうなづいた。
病院に戻りながら あれこれと話を聞いた。
毎日 学校が終わった病院にお見舞いに来て
夜、7時か8時か お父さんが面会にきて
一緒に帰ることとか。
おばあちゃんは 近くに住んでいて
家のことや男の子の世話やら
いろいろ手伝ってくれるけれど
神経痛があって 今はすごく痛んでいて
動けないこととか。
「だから今週はずっと一人で病院にいるんだ
それで ずっとお姉さんを探していたの」 と言った。
「おねえさんは? なんでいつも病院にいるの?
助ける人を探しているの?」
「私もお見舞いだよ。
おばあちゃんが入院しているの」
「ふーん。 でも 安心だね。
おばあちゃんは お姉さんがついているから
きっと すぐ治るんだね」
わくわくしたような目を見てちょっと驚く。
この子は本気でそんなことを思っているんだろうか?
「神様を信じているの?」
神様の学校に行って
神様勉強をしているんだろうに
何を言ってるんだ?というような顔をして
男の子は言い返す。
「もちろんだよ。
だって おかあさんは何度も良くなったんだ
神様にお願いして しばらくすると退院できたんだ」
もう 外来患者のすっかりいなくなったロビーをつっきって
エレベーターに乗る。
おばあちゃんの部屋のほうだなと思っていると
「ここだよ」と指した病室は おばあちゃんの部屋の
隣の隣の個室だった。
こんな近くにいて どちらも毎日のように通っていたのに
今まで会わなかったなんて 不思議だ。
子供なんて目立ちそうなものなのに。
男の子が先にはいり手招きした。
寝ているらしいのでそおっと覗く。
覗いてゾッとした。
どう説明すればいいのか。
とにかく この部屋には死の気配が充満していた。
なんともいえない匂い。
生臭いような 饐えたような
おばあちゃんも同じ匂いがするけれど
これは強烈だ。おばあちゃんの倍も3倍も強烈だ。
それはシーツを洗っても
枕カバーを洗っても
パジャマをいくら取り替えても 消えない。
独特のにおい。 きっと死の匂い。
そんなに近寄らなくても もうだめだとわかった。
少し離れてみる布団にうもれた 母親の顔は
げっそりとこけて 布団からはみ出た手は 折れそうに細いのに
どうしてだか 布団はずいぶんと膨らんでいる。
まるで死神かなにかが一緒に寝ているみたいに。
ドアから一歩進んだきり 入ってこない私を
男の子は不満そうに見ている。
私は耐えられなくなって 外に出る。
そのまま ずんずん進んで階段で一気に屋上まであがった。
「どうしたの? ねえ どうしたの?
どお? 神様にお願いしてくれるんでしょ?」
無理だよ。 もう 今日にでも
いますぐにでも死んでしまいそうだったじゃない。
それでも かろうじて私は恐怖を飲み込む。
「……お願いはしてみるけど……
だめかもしれないよ」
「だめって? なんでだめなの?
神様なのに? なんでだめなの?」
「なんでって……」
だってだめに決まってるよ。
決まってるけど
でもそんなこと この子には通用しないんだ。
だったら…
「わかった。お願いしておくから
一生懸命お願いしておくから
それでいい?」
「うん ありがとう
じゃあ 明日お礼を持ってくるよ
いくら払えばいい?」
「神様はお金なんて取らないよ
いらないの ただだから 」
「でも それじゃ……」
「いいのっ ほんとにちゃんと頼んでおくから
ねっ 大丈夫だからっ」
そういいながら後ずさり
男の子を屋上に置き去りにして
私はもうおばあちゃんの部屋にも寄らずに
家に帰った。
それから一週間あの男の子と会わないですむように
おばあちゃんのところへは午前中に行くようにした。
ときどき遅くなって 夕方になると
喫茶店の前や屋上へ行く階段のところで
男の子の姿を見つけ そのたびに隠れた。
きっと私を探しているんだろう。
ちっともよくならない母親のことを心配して。
10日も過ぎたころ私はやっぱり午前中に病院へ行くと
病院の外来とは別の裏玄関のところに知っている看護師も含めて
数人が立っている。
どうやら退院らしい。
まだ本調子ではないのか車椅子乗っていて
ご主人らしき人が医師と話をしている。
するとその横からひょぃと あの男の子が出てきた。
私が 「あ」というのと その子が私に気がつくのは
ほぼ同時だった。
男の子はやっと見つけたというような顔をして
すばやく私に近づき 手をつかんだ。
まだ小さくて湿った手。
「おねえさん、ありがとう。
おかあさんね 今日退院できるんだ。
これから ずんずんよくなるんだ。
ほんと ありがとう 」
「えっ? そうなの?
よくなったの? 」
あんなにひどそうだったのに?
「あっ カード返さなくちゃ」
そういいながら あちこちポケットを探り
少しよれよれになった カードを私に差し出した。
「ちょっと 汚くしちゃったけど……」
「うん 大丈夫だよ」
「本当にありがとう」
「……うん …… よかった……ね」
「うんっ」
男の子は力強くうなずいて
両親のところへ駆けていった。
母親はとても痩せていて
とても一人で立てそうもなかったけど
にこにこと笑っていて 薄く化粧をしているらしく
顔色もよさそうで 最初に見た時とは別人のように見えた。
「よくわからないけど
まあ よかったじゃない」
私の神様はいなくても あの子の神様はいるのかもしれない。
あの子が返してよこしたカードを見る。
私も頼んでみようかな おばあちゃんがよくなりますようにって。
そんなことを考えながら病院に入ろうとして
さっき見送っていた看護師たちの話が聞こえた。
「無茶だよねぇ」
「たぶん 3日ももたないよね」
「でも だからこそ少しでも連れて帰りたいんだろうね」
背中がぞくぞくする。
やっぱり神頼みなんて気休めなんだ。
真里菜ちゃんは偶然なんだ。
「新藤さんっ」
「えっ? あら お見舞い?」
おばあちゃんの担当をしてくれている 新藤看護師だ。
「新藤さんっ いまの人 私知っているの
退院したのはよくなったんじゃないの?」
新藤さんは私の切羽詰ったような勢いに引き気味だ。
私は 深呼吸をして 新藤さんが不審に思わないよう
今度はゆっくり 違う言い方をした。
「今の人 おばあちゃんの隣のとなりの部屋だったでしょ?
ちょっと 話をしたことがあって。
この間はものすごく具合が悪そうだったから
おばあちゃんが 心配してたの
でも 退院できたなら よかった。
おばあちゃんに 教えてあげないと
おばあちゃんも だからもしかするかもしれないから
がんばんなきゃねって」
「あぁ そうか。 そうね。給湯室とかでも会うことあるものね
あそこの人 岩田さんって言うんだけどやっぱりおばあちゃんが
よくお見舞いに来ていたからね」
「……でもね。 良くなったんじゃなくて
もう本当にだめで、最後だからって許可された退院なの」
「じゃあ もう……」
「まあ でも人の力はわからないから」
しゃべりすぎだと思ったのか新藤さんは
少し顔を赤らめて じゃ 忙しいからまた……
そういって ぱたぱたと小走りに病院の中へと入っていった。
あの子は本当に良くなったと思ってる。
それとも そう思い込もうとしてただけ?
わからない。
だけど私には本当に 良くなったのだと喜んでいるように見えた。
神様のおかげだと全部とは言わないが そう思っているように見えた。
だけど やっぱり神様はいない。
それでも神様を頼る人はたくさんいる。
どうにもならないものにぶつかって
「ああ 神様 助けてください」 とつぶやく。
だけど そんな風につぶやいてしまう人たちの中で
本当に神様がいると信じている人間はいったいどのくらいいるだろう?
少なくとも今 私は1%も神様なんて信じていない。
そして 数日後、 あの男の子もきっと同じことを思うはずだ。
もう日曜学校の手伝いはやめよう そう決心して
よれて湿った とりあえずは一人は助けたらしいカードを
やぶってゴミ箱に入れた。
《 神様は返事をしない 了 》
【 あとがき 】
最後に割り振られた台詞には 神頼みのご利益とありました。 ここでは 単純に神様としています。
神様と 神様のご利益は似て非なる。ごまかしでなんとか 微妙につじつまを合わせようとしています。
姑息なっ
『 すみねこ屋 』 rudo
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●「神頼みをして本当に御利益があると信じている人間は何パーセントいるだろう?」
『 Hell Hills -ヘル・ヒルズ- 』
著者:鎖衝
事の起こりは、最近馴染みになったばかりの、ジルの店の片隅から始まった。
「ジェイ! お前まさか、神を信じてりゃなんでも助けてもらえるとか考えてるんじゃないだろうな!」
俺はそう言って、敬虔なカソリックであるジェイの肩を小突いた。同時に、逆の手に握っていたジョッキから泡立つビールが盛大にこぼれた。
その僅か一瞬だけ、騒がしい酒場の中から声が消えた。
後から考えりゃ、甚だいい加減な絡み方だった。だがその時の俺は、相当に酔っぱらっていたのだ。ジェイは面倒そうに俺の顔を眺めると、小声で何かを呟いてその場を去った。
何を言ったのかは聞こえなかった。ただ、その去り際に見せた十字を切る仕草がやたらと憎らしく感じたのも確かだった。
その日の俺は少々――いや、かなり乱暴だった。もちろん自覚もある。最近やけに運が悪く、何をしていても全てが裏目に出てしまう。特に大きな悪運は巡って来てはいないが、小さなアンラックが積み重なって、俺は自棄を起こしていたのだ。
「クソッ! お前ら、何見てんだよ!」俺は誰に言うでもなく叫んだ。
「いいかお前ら。人間なんてぇのはどいつもこいつも大ウソ吐きのハッタリ野郎ばっかりだ。誰でもちっぽけな自分を誇張してデカく見せようとしているだけ。全部ウソさ。ウソのかたまりさ。どんなに偉そうに見える人間だって、その身体ん中の成分はみな、ウソで出来上がってんだよ!」
言って俺は、いかにも座って下さいと言わんばかりに空いている椅子へと、崩れるようにして腰を下ろした。
――イライラするな。思いながら、俺はジョッキを傾ける。既にビールまでもがぬるく、不味くなっていた。
「なんだ。ヤケに荒れてるな」
声が聞こえた。気が付いて見れば、俺の座るテーブルの向かい側に一人の男がいた。やけに髭の濃い、赤毛で巨漢の中年男性だった。
男は大袈裟なぐらいにケチャップを振ったフレンチフライをつまみながら、ビールを飲んでいた。怖そうな顔だが、短気ではなさそうだと踏んで、俺はその場に居座る事にした。
「そりゃあ荒れるさ。まるでいい事がありゃしないんだからな」
言うと男は口をゆがめ、喉だけで笑うかのように、クックックと声を上げた。
「そう言う時もあるさ。だが、生きてりゃ楽しい事も同じぐらいある。悪い事ばかりを見ていたら、キリが無いぜ」
ちっ。コイツも説教なタイプかよ。思いながら俺は、残った不味いビールを一気に呷る。今夜はもうしまいにして、帰ろうかと思ったからだ。
ガンと派手な音をさせ、俺はテーブルにジョッキを置いた。そうして腰を浮かせ掛けた瞬間だった。俺は瞬時に、帰る事を思いとどまった。目の前の赤毛の男が、面白い事を言ったからだ。
「死んだ方がマシだと思えるぐらいの運の悪さを経験したら、誰でもそう考えるようになるさ」
「――へぇ」俺は再び腰を下ろす。
「じゃあアンタは、そんな運の悪さを経験して来たってのかい?」
聞けば男は自信ありげに、「ある」と言う。
「飛び切り最高の恐怖と、絶望と、そして疲労に飢餓を味わった。あぁ言う経験しておくと、俺みたいなクズでも生きている事に感謝するようになる。生きてりゃこうしてビールも飲めるし、安全な部屋の中で寝起きする事だって出来るんだ。最高じゃねぇか」
「良くわからねぇよ」俺は言った。
「教えてくれないかな。そりゃあどんな運の悪さだい。俺も是非にそいつを経験してみたいものだね」
それを聞いた男は、まるで待ってましたと言うような顔付きになり、遠くのバーテンダーに身振り手振りでビールの追加を二つ頼んだ。
「そいつを教えてもが、俺と同じ経験はしない方がいい。尤も、同じ境遇になれる訳もないだろうけどな」
そうして男は、俺に向かって静かに言った。
「俺はなぁ。昔、地図に存在してない町へと行った事があるんだよ……」
それは、赤土の荒野に突然に現れた、“無人”の町だった。
あぁ、それより先に、どうして俺がそんな場所に行き着いたか。まずはそこから話そうか。
当時、俺には命と同じぐらい大切なものがあってな。
大型のハーレーダヴィッドソンさ。改造に改造を重ねて、この世に一台しか無いってなぐらいにカスタムされた、俺専用の大型バイクだった。
俺はそいつに乗って遠出するのが好きでさ。勝手気ままに、自由にそいつと旅をしていた時代もあった。
楽しかったぜ。ネバダ、オレゴン、アイダホ、ワイオミング。金と時間が許せるのなら、メキシコにまで行っただろうな。――あぁ、もちろんそれは冗談だが。
あぁ、ビールが来たぞ。まず飲もう。こいつは俺の奢りさ。やってくれ。
――ある時俺は、ソルトレイクの近くを走ってた。
深夜だった。霧が濃くてな。良く知らないハイウェイだし、俺はおっかなびっくりで走ってた。
そうしてしばらく走っていたら、看板が見えた。その先を左に折れて十二マイル。“Bell Hills(ベル・ヒルズ)”って言う、その辺じゃあ聞いた事もない町の名前さぁ。それでもそんな深夜なもんだからさ。何でもいいやって気持ちで、そこを曲がった。
なぁんにもない荒野がしばらく続いた。気持ち悪いぐらいに静かで、異様に寂しい場所だった。――どれぐらい走ったんだろうな。もうとっくに十二マイルなんて過ぎててさ。それでも何も出て来ない。こりゃあ間違ったかなと思った頃だった。
最悪な事に、今度はガス欠さ。俺の記憶じゃあまだまだ走れるだけの燃料は入ってた筈なんだが、エンジンがカスカス言い始めて初めて、もうメーターが振り切っているのが判った。
あぁ、運が悪いな。思いながら、最後の惰力が続く限りバイクを走らせ、そして道を外れた荒野の中でバイクを停めた。
――怖かったさぁ。バイクのエンジン音が消えたと同時に、四方から襲い掛かって来るのは絶対的な静寂って奴なんだ。なぁんの音もしねぇ。こんなノイズだらけの世界に生きてる俺達には、全く無縁の世界さ。本当に恐ろしいと感じる程、鼓膜がじんじん言うぐらいの無音の世界に、俺は一人取り残されてるのさ。
やべぇな。今夜はこんな場所で野宿かよ。思いながら腕時計を見たら、いつの間にそんな時間なのか、既に時刻は早朝に近かった。
なんか今夜の俺は、運が悪い以上に何かとんでもない記憶違いしてるな。なんて思ってた時さぁ。真っ暗闇の静寂の中から、鐘の音が聞こえたのは。
澄んだ綺麗な音だった。コォォォォォーーーン――ってな。夜のしじまに響くのさ。
だが、綺麗なだけに余計に不気味だったさ。一人ぼっちで、誰もいない。そして何も無い筈の場所で鐘の音が聞こえるんだ。そりゃあもうこんな俺だって、最悪な想像を働かせちまうよなぁ。
――だが、よぉく見ればそこに何かがあった。暗闇の中、目を凝らせば向こうに何かの灯りがある。それも一つ二つじゃない。何で今まで気付かなかったんだろうって思うぐらいの町の灯りがそこにはあった。
遠かったけど、俺は歩いたさ。動かなくなったバイクを押して、とぼとぼとな。
結局その町に着いたのは陽が昇って明るくなってからの事だった。とにかく俺は、陽が昇るのと同時にその町――Bell Hillsへと辿り着いたのさ。
なんか、近代と過去が入り混じったかのような町だった。町の中心を貫くメインストリート沿いには近代的な店々が立ち並び、道路も舗装されて綺麗なものだったんだが。ちょっとでも脇道の向こうを覗けば、そっちはもう古き良き西部の色を濃く残す、木造な家々が垣間見えた。
あぁ、これで安心だと思った。これ程の規模の町なら、ガソリンだってどこかに売ってるだろうってな安心だ。そうして俺は延々とその町の通りを歩いていたんだが、どうにもおかしい。何かが違っているように思えて仕方ない。
――足りてなかったんだよ。肝心なモノが。
俺は“ソイツ”の前を通り過ぎて、とある一軒の料理店の前に立ち、中を覗いた。――いない。厨房のダクトからは盛大に湯気が出ているってのに、いないんだ。
次の店は、早朝開いているにしては不自然なミュージックショップ。中からはラップの曲が流れ出て来ているってぇのに、やはりそこにもいない。
次はカフェ。その次はストアー。俺は次々と店の中を覗き、ついでに民家らしき窓まで覗いてみたが、やっぱりいない。――“人”がいないんだよ。どこにも。
まだ早朝だからだろうとも思ってた。だが、普通に開いてるストアーにも人がいないんだ。なんか不用心を通り越して薄ら寒く感じるようになって来た。
まさかここ、無人の町じゃねぇだろうな。そんなジョークめいた事思いながら路肩で座り込んでいたんだけどな。やがてそのジョークが当たっている事を知った。俺は昼近くまでその周辺をぶらついていたんだが、どこからも人っこ一人出て来やしねぇんだ。
「冗談だろう、おい! ここには誰もいねぇのか!」
俺は叫んださ。さっきのアンタみてぇにな。――だが、だぁれも出て来やしなかった。俺の声は町のあちこちに反響し、そして消えた。そこには本当に誰もいなかったんだ。
その時ふと、嫌な事を思い出したんだよな。船自体には何の異常も無かったってのに、船員と乗客だけが忽然と消え失せていたって言う、メアリー・セレストの話さ。そっちは捏造された都市伝説みたいなものだが、こっちの方は現実さ。どの店先からも、人がいて当然な雰囲気が漂い出てるってぇのに、誰もいない。良く考えなくても、異常な事態なんだ。
俺は心配になって、今度は裏通りに出て民家のドアを叩き始めた。だがはやり、どの家からも応えは無い。
酒場があったんで、そこも覗いてみた。やはり誰もいない。ただ、テーブルやカウンターにグラスや酒瓶が並んでるだけ。しかもつい先程まで、大勢の人間が酒飲んでたみたいな感じさ。何一つ片付いていないし、グラスの中の酒だって減ってない。ただ、そこから人が消えちまっただけみたいに見える。
今度は俺は、一軒の民家へと向かった。窓越しに電話が見える家があったからだ。
玄関のドアは開いていた。俺は一応声をかけてから中へと入った。
「電話借りるよ!」
叫んだが、誰も何も言わない。ならいいやと思って受話器を上げたが、電話は不通だった。
だが、部屋の向こうからはテレビの音が聞こえていた。俺はそっちの居間らしき方へと歩いて行って、驚いた。――まるでそれは、朝食の最中みたいじゃないか。テレビは点きっぱなしで、トーストは半分だけ齧られていて、珈琲のカップはまだ温かい。そしてテーブルの隅に置かれた新聞は、まさに今朝の日付だ。
悪いジョークだよ。ただそこに、人だけがいないのさ。
「ふざけんなよ!」
俺は部屋の真ん中に突っ立ってる“ソイツ”をぶっ叩き、外へと飛び出した。そうしてようやく気付いたんだ。その町からは、人の気配ってぇものがまるで無いって事にさ。
ホラ、良くあるだろう。第六感的なものだが、目に見えなくても人の気配だけはするって言う奴。――そうそう、それそれ。そいつが無いんだよ。綺麗さっぱり。
俺は勝手にストアーの中の食糧を物色して、腹を満たした。とにかくこんな奇妙な町、早く出ようと思ったんだ。もしもこいつが映画かなにかのワンシーンなら、今度は俺の身に危険が降り掛かるのは予想出来るからな。
もちろん、ゾンビーやらエイリアンなんか信じてもいないけどさ。それでもそんな異常な場所にたった一人だけって言うのは、既に何か別の次元にいるような気がして来るもんじゃねぇかよ。普通じゃ有り得ないような想像働かせてしまうもんじゃねぇかよ。
とにかく、迷わず逃げる事。それが先決だと思ってガソリンスタンドを探した訳なんだが――。
驚いた事に、そいつだけが無い。生活出来る全ての店がそこにはあるってぇのに、どこ探してもガソリンスタンドだけが無い。
いや、まだ不足しているものがあった。通りを歩いていてどうにも奇妙だとは思ってたんだが、その町には車ってぇものが一台も無い。ついでにバイクも無けりゃあ、自転車すらも無い。道路標識はあって、駐車場もあるのに、車の類だけが見付からない。
俺は歩いた。メインストリートを徒歩で通り抜け、その反対側の町の出口までな。だがやはりどこにも誰もいやしない。車も無い。ただ、忽然と人が消え失せたって感じのする店や民家が残されているだけなんだ。
俺はそこで途方に暮れてた。ついでに言えば、どこの家の電話を使っても結果は同じでさ。全くどこにも繋がらないし、音さえも聞こえない。
気が付けばまた陽が沈み始めててな。俺は強烈な空腹感に襲われて、どこかの料理店の中に入って行った。
やはりそこも、テーブルの上に食べ掛けの料理が並んでいた。俺はもうそんな不自然さには構わず、その辺りにある料理掻き集めて食い始めた。
向こうでは点きっぱなしのテレビが、夕方のニュースを流してた。有名なハリウッド女優が二十も年下の男と結婚しただとか、就職率がまた低下しただとか、そんな他愛もないニュースが流れてた。そしてそれをぼんやりと眺めながら、俺は思った。
俺はこうして外界の事を知る事が出来るが、俺がここにいると言う事を、誰かに伝える術が無い。常識的に考えたら、俺はこの町から出る事すら出来ないんじゃないかと。
夜はその晩、町の隅のホテルで一夜を明かした。窓から飛び降りても大丈夫そうな二階の角の部屋に入り、部屋のドアにはしっかりと施錠した上、ベッドを引き摺って開かないように重しにまでした。
ソファーに寝そべり考えた。これは一体、どんな状況なんだろうってな。
普通に考えりゃ、この町に何かが起こって、人々は車に乗って逃げ出したってな感じか。――だが、それはいつ? 酒場には飲み掛けのグラスが並び、民家には朝食のトーストが齧られたままに残されている。――夜と、朝。時間軸がバラバラだ。
雨戸を開け、外を覗く。町の灯りは誰も消さないまま、ずっと点きっぱなしになっている。
人の姿は依然として無い。そしてそれに取って代わるゾンビーの群れも、人狩りを始めた新種の生命体の姿も無い。ただ、無人なだけの静かな町が眼下に広がっているだけだ。
そしてまた一睡も出来ないままに朝を迎え、俺は町の中を歩いた。だがやはり町は、昨日とまるで変わってはいない。
ストアーに入り、サンドイッチを手に取る。流石にこいつは食えないだろうなと思いつつ製造日を見れば、それは三月三十一日。それは今日――いや、今朝作られて運ばれて来て、ここに置かれただろう日付だ。
「おいっ! 誰かいるんだろう!?」
俺は咄嗟にそう叫んだ。だが、思った通りに何の反応も無い。俺はなんかむしょうに腹が立って来て、そのサンドイッチを床に叩き付けると、怒鳴り声を上げて外に飛び出して行った。
そして俺は、店先に立つ“ソイツ”に八つ当たりするかのようにして、あらん限りの力で蹴りを入れた。そうしたら“ソイツ”は、路上に倒れてバラバラになりやがった。
ちょっとだけ、気が晴れたさ。バラバラになった“ソイツ”を見降ろし、俺は唾を吐いてやった――。
「ちょっと待ってくれ」俺はそこで口を挟んだ。
「黙って聞いてると、時々どうしてもわからねぇものが混じるな。さっきからずっと出て来ているんだが、“ソイツ”って一体なんだよ? そこの説明もしてくんねぇかな」
「いや、まだだ」男は人差し指を立てて、そう言った。
「“ソイツ”を語るにはまだ早い。まだその順番じゃないからな。黙って聞いていてくれないか」
「――判った」
「だが、一応は“ソイツ”についてもある程度触れなくちゃならない。俺はバラバラになって壊れた“ソイツ”を見て、ようやく気付いたんだ。――あぁ、ここにもう二つ持って来てくれるかい、お兄さんよ」
最後の言葉は、バーテンダーに向かっての言葉だった。
俺もまた残ったビールを一気に呷り、次のジョッキを待つ事にした。
随分と遅く気付いたもんだなと、俺も自分でそう思ったさ。
なにしろ“ソイツ”は、俺が町に来た時からずっとそこにあった。全く気にも留めていなかっただけで、“ソイツ”は町のあちこちにあった。
実際“ソイツ”は、どこにあってもおかしくはないものだ。――あぁ、いや、それはウソだな。町のあちこちにあったら、実に不自然なものかも知れない。
だが、どうして俺は“ソイツ”の存在に今まで気付かなかったのか。
もしかしたらその時の俺は、ココ(自分の頭を指して)がどっかイカれてたのかも知れない。それとも、町の異変にばかり気を取られて“ソイツ”に気付けなかったのか。とにかく俺は、翌日になってようやくその存在に気が付いたのさ。
さて、どうして“ソイツ”はそこにあるのか。もしかしたら人が消えてしまった事に、これが何か関係しているんじゃなかとも思ってな。俺は“ソイツ”について調べてみる事にしたんだ。
――あぁ、二杯目も俺が奢るよ。なんだか今日はビールが進む。決して面白い話じゃないんだけどな。
俺は、“ソイツ”を探しに歩いてた。“ソイツ”自体はあちこちに突っ立ってはいるが、“ソイツ”達は本物じゃねぇ。必ずどこかにちゃんとした“ソイツ”がある筈なんだ。
町自体はそんなに大きくもない。端から端まで歩いたって、三十分もありゃ辿り着いちまう。だがそれでも、町の全てを探すとしたなら話は別だ。とても一日じゃあ全てを見る事なんか出来やしねぇ。
その内に俺は、町の合同庁舎を見付けた。特にそこが気になった訳でもないが、俺は一応そこも覗いてみた。
小さかったが、近代的なオフィスビルだったよ。エントランスにはその町の歴史を語る工芸品やら何やらが展示されていた。ほとんどがネイティブ・アメリカンの文化だったが、一応はその町が出来たその由来や歴史なんかも紹介されていてな……。
あぁ、そう言う部分には興味無いか。だが、聞いてくれ。話の本筋には関係して来るんだ。
俺はなぁ。どこか、疑ってる部分があった。
もしかしたらここは、架空の町なんじゃないかって疑いさ。もしかしたら何かの実験場だとか、町のまるまる一つがモデルタウンとかね。もしくは有名な映画監督の私有地だとかも考えた。
だが、どう見てもその町の歴史は捏造じゃない。大掛かりな映画のセットでもない。どんな否定的な目で見ても、その町にある歴史は作られたものじゃないと、よそ者の俺でも判った。
しかも――だ。その歴史は尚も継続中だった。
歴史がどこかで途切れているとか、どこかで終わっているとかじゃないんだ。俺はそこで見ちまったんだよ。明日、町の中心にある公園で催される、エイプリル・フールのイベントの告知をさ。まだ継続されている、その町の歴史の一端をさ。
ん? あぁ、笑ってくれていいさぁ。アンタも、俺の壮大なジョークだと思ってんだろ?
実際俺だってそう思ったさ。もしかしたらこれは、町を挙げての大掛かりなジョークなのかもってな。
明日になったら町中の人間が出て来て、マヌケな俺を指差して笑うのさ。この人ったら、とんでもない顔して怖がってたとか言われてな。むしろそうやって俺一人が騙されてたってぇんなら、それこそとびきり最高なジョークさ。帰ったら早速、ゴシップマガジンにそのネタを売り付けに行こうとか思うぐらいにね。
だが実際はそうじゃなかった。俺はそのイベントのビラを片手に、その会場である公園へと歩いて行ってみた。
――もう、会場が出来上がっていたよ。
昨日までは何もない大きな公園だったってのに、今日になって行ってみたら公園の隅にステージが組み上がってた。
そしてそのステージの上に、こんな看板が掲げられていた。
“Day the lie change to truth.(嘘が現実になる日)”――ってな。
ビラにも書いてあった。四月一日の正午の教会の鐘までに、各自“嘘”を持ち寄り披露してくれと。
――嘘? 嘘って、どんなだ? むしろこの現実の方がよっぽど嘘なんじゃねぇか?
俺は無人の酒場に入ると、その日は延々飲み明かした。カウンターの向こうから高そうな酒ばかり選んで、それらを片っ端から飲んでやったんだ。
それで俺は、酔い潰れた。一体どれだけ飲んだんだろうな。気が付けば既に夜になっていた。
俺はその辺りに群がる“ソイツ”等を押しのけながら、外へと出た。
もう二日もまともに寝てねぇんだ。寝れるならどこでもいいやって、近所の民家に押し入って、寝室を探した。
すぐに見付かったさ。どうやらそこはその家の夫婦の寝室らしい、サイドテーブルを挟んでベッドが二つ、置かれてあった。
俺はその片方に寝転んで、サイドテーブルの上の写真立てに手を伸ばした。
そこには、中年の夫婦と女の子が二人、笑顔で写ってた。とても演技ではない、嘘でもないだろう、幸せな笑顔の家族だった。
「なぁ、アンタ等って一体、どこに消えたんだ?」
俺は呟いて、眠りに落ちた。
相当疲れてたんだろうな。もうどうなってもいいやってな気分で、無防備のままに寝た。
色んな夢を見たような気がするよ。なんだか俺が昔住んでいた、デトロイトの裏町の深夜の喧噪を思い出すような夢さ。
パトカーのサイレンがひっきりなしに響いていて、人の叫びやら何やらが轟いて、その内に銃声でも聞こえて来るんじゃないかってな、そんな騒々しさでな。なんかやたらと、物騒な夢を見ていた気がするよ。
――翌朝はまた、鐘の音で起きた。
目を覚ませば、既に朝の九時過ぎだった。久し振りに良く寝たなと思いながら、ベッドの上で起き上がった。
その時にふと、頭の中で色んなパーツが組み上がって行くようなイメージが浮かんだ。
「あぁ……そう言う事か」
俺は手を額にあてながら、そう呟いた。
とりとめもない夢が、俺に回答を授けてくれた。ずっと、“謎の真相”へと行き着くヒントは与えられていたんだ。そう、その町に入ったその瞬間から、“ソイツ”も含めて、ヒントは至る場所に転がっていたんだ。
――どうしようか? 俺は悩んだ。
知る為には、俺はそこへと行かなきゃならない。だが、知ってしまったとしたら、俺はもう二度と現実の世界には帰れないんじゃないかと言う不安もあった。
だが、グズグズしてはいられないとも思った。何故かむしょうに胸騒ぎがしていたんだ。
そうして、部屋のカーテンを開けて驚いた。窓の外、塀の向こう側には、おびただしい程の数の“ソイツ”が突っ立っていた。――そう、まるでこの家を、この俺を包囲するかのようにな。
連中が動かないのは知っている。だがそれでも、あれだけの数にまとまっていると、例え動かなくてもそれは恐怖だ。
俺は家の中を探し回り、バットと散弾銃を見付けた。弾薬は数発しかないが、それでもかなりの心強さにはなる。
俺は玄関のドアを開けると、まず一発銃をぶっぱなしてから躍り出た。バットを滅茶苦茶に振り回しながら、“ソイツ”等を粉砕し、闇雲にそこを突破して行った。
もちろん連中は無力だ。無抵抗だ。面白いようにバットで砕かれ、そして路上に散らばった。俺は何十体かを葬り去った後、メインストリートに向かって走った。大通りにはさすがに“ソイツ”の姿もあまりいない。俺は時々突っ立っている“ソイツ”を見掛けると遠慮も無しに粉砕し、そしてまた走った。
場所は見当が付いていた。その町の中でも目立つ建造物だし、前の晩にホテルの窓から見掛けてもいたしな。
やがて俺は、とある場所へと行き着いた。吹き出る汗を袖で拭い、肩で息しながら、その建物の前に立った。
迷わなかったかと言えば、そうでもない。
後悔はしないかと問えば、実は今でもしている。
だが、人間ってのは不思議なものだな。いつでもどんな場面でも、恐怖よりも勝ってしまうのが、好奇心と知識欲だ。結局俺はその建物のドアを開けてしまった――。
「それで? どうなったんだよ?」
それっきり黙ってしまった男をせっつくように、俺は聞いた。
だが男は黙したままビールを流し込む。なんなんだ、この男は。思いながらもう一度、口を開き掛けたその時だ。
「いや、ここから先は言わない方がいいのかも知れない」と、男は言う。
「なんとなくなんだが、俺があの町を出て、そしてまだこうして生きて酒を飲めると言う事は、俺が今までその話を誰にもしなかったからじゃないかと、ようやく気付いたんだ」
「……なんだって?」
「俺は結局、その町がどうして無人なのか。その原因となるだろうものを、その中で見てしまった。普通に考えたら、決して許されないだろう重大な町の秘密さ」
「――良くわからねぇよ。それでそこには何があったんだよ」
「聞くなよ。俺まで“嘘”になっちまいそうな気がする」
男は言って、残ったビールを一気に飲み干す。
ジョッキをテーブルの上へと置くが、横をバーテンダーが通っても、もう一杯とは言わなかった。
「じゃあ――」俺は尚も聞く。
「“ソイツ”って、なんなんだ? もうそろそろ、教えてくれてもいいんじゃないか?」
だが、予想に反して男はボソリと、「それも聞くな」と、そう言った。
「聞いちゃあいけないよ。俺も少し喋り過ぎた」
「おいおい、冗談だろう? ここまで盛り上げておいて、話の結末はナシって事か?」
「――結末を聞けば満足なのか?」
男の言葉に、俺が頷いた。
「ウォッカを。瓶ごと持って来てくれ」
男は、向こうにいるバーテンダーに呼び掛ける。
そしてまた男は、ゆっくりと話し出した。
町は、静かに異常をきたし始めていた。
どこかでバタンと、店のドアの閉まる音がした。さっきまで外灯の下にいた“ソイツ”が、ちょっとだけ視線を外したその後には、通りの向こうの角まで音もなく移動していた。
――フォォォンと、ハウリングの音をさせ、そいつは突然始まった。
ボソボソ、ボソボソと、何かが話す声。そしてそれよりもずっと鮮明な、人々の笑い声。そんな声が、公園のあちこちに置かれている巨大なスピーカーから流れて来る。
だが、その方向を見ても誰もいない。やはり無人なままの公園だ。
――町は静かに、嘘の世界へと変わり始めていたんだ。
誰もいない、誰の姿もない町こそが本当のその町だと言うのに。嘘が、現実になり始めていた。――そう、その公園に掲げられた看板の謳い文句のようにな。
俺は急いだ。近くのマーケットに飛び込み、ジャンパーのポケットにあらん限りのチョコレートやビスケットを押し込み、どこからかどんどんと湧き出て来る“ソイツ”等を蹴り倒して、俺は急いだ。
その町を、“出る”為にだ。
――あぁ、そうだ。もう一つ、肝心な事を言わなきゃ。
俺は、愛車のハーレーをそこで手放した。俺にとっては自分の命と同じぐらいの重さがあるバイクだと、それまではずっと思っていた。
だがそうして自らの命を問われる場面になると、もうそんな存在なんか、“物”でしかない。自分の命なんかとは、比べられるものじゃあなかった。俺はそいつのボディをもう一度撫でに行こうとか、別れを惜しみに行こうとか、そんな事すら考えられなかった。
ただ、逃げるだけさ。生きる為の準備をして、一刻も早くその町から出る事。それだけさ。
間もなく、昼になろうとしていた。俺はマヌケにもポケットからボロボロと菓子やらミネラルウォーターのボトルを落っことしつつ、はぁはぁ言って、その町のストリートを駆け抜けた。
――バカバカしい光景だろう。だがそれでも本人は大真面目なんだ。そうして町の外れまで来て、いつ鳴るか、いつ鳴るかと背後ばかりを気にしながら、再びあの赤土だらけな荒野の中へと飛び込んだ。
そしてその教会の鐘が荒野の台地を駆け抜ける時。俺は既に町が小さく見える場所まで来ていた。
嘘を吐いていい時間は、そうして終わったんだ……。
「――それで?」
俺は聞いた。すると男は、「それで終わりさ」と言って、ウォッカのグラスを静かに置いた。
「もう話す事なんか何もねぇよ。俺はそのヒビ割れたアスファルトの道を、延々と歩いた。もしかしたらそれはもう既に、廃線となった道なのかも知れねぇな。結局俺が衰弱しきった状態で発見されるまで、何日も何日も歩き続けたんだからな」
「なんか……」俺は言った。
「全く、頭っから信じられないような話だな」
言うと男は怒りもせずに、「それでいいさ」と返す。
「信じられないなら、それで構わない。むしろ信用して聞かれた方が困るかも知れん。実際俺だって、まだどこか疑ってるんだ。本当にあの町に、俺はいたのかってな」
「どう言う意味だよ」
「地図に無かったのさぁ」男は言う。
「あれから何度も地図を広げてみては、自分の走ったルートを幾度もなぞった。もしかしたら記憶違いかも知れないとか思いながら、色んな本なんかも調べてみたよ」
「――それで?」
「見付からなかった。どこにも無いんだ、そんな町。同じ名前の町なら全米中に山ほどあるが、どれも俺の知ってる“Bell Hills”じゃあなかった。一体俺は、どこのなんてぇ町に辿り着いちまったんだろうなぁ」
「おいおい、ふざけんなよ。アンタ、黙って聞いてりゃいい加減な事ばっか……」
「シッ!」男は人差し指を立てながら、俺に言った。
「確かにいい加減だったな。ここまで話すんじゃなかったさ。奴等ぁ、気付いちまったみたいだ」
「何を――」
「もう来てる」
男は俺の背後を指差し、そう言った。
俺は咄嗟に振り向いた。だがそこには何も変わった事はなく、いつも通りな真夜中の酒場の風景が広がっているだけだった。
「なぁ、アンタ。もしかしてただ俺をバカにしたくてこんな話……」
言って振り戻り、俺は驚く。慌てて飛び退いた拍子に、椅子が激しくガタンと鳴った。
周囲からの嘲笑の声が聞こえた。だが俺にはそんな笑い声すらも気にならないぐらいに、その事実に驚いた。
俺が振り向いていた僅かな時間。そのほんの数秒の間に、男の姿はそこから消え失せていた。
周りを見回してもいない。テーブルの下を覗き込んでもいない。
機敏にどこかへと姿を消したとも考えられない。だがそこに、ウォッカの瓶とグラスを残したままで、男は忽然と消えてしまったのだ。
「なぁ、アンタ。もしかしたらミックの亡霊にかつがれたんだろう?」
突然に背中を叩かれ、酒場で良く見掛ける一人の男にそう言われた。
「どう言う事だよ?」
俺が大声でそう聞けば、「そう言う事だよ」と、また別の男がそう言った。
「時々そうやってかつがれる奴がいるんだよ。今のアンタみたいに、酒瓶を前にして延々と話を聞かされるんだ」
「見ていたら一人でずっとしゃべっていたもんなぁ。良かったじゃん。滅多にいないぜ、そう言う奴」
言って、二人の男は大笑いをしながらその場を立ち去った。
そうして誰もいなくなったテーブルに着きながら、俺は今起きた事をゆっくりと反芻した。だがいくら考えても、まともな話じゃないだろうとしか思う事が出来なかった。
大体、なんだよ。ミックの亡霊ってのはなんなんだ?
思った所にバーテンダーが通り掛かり、「大丈夫?」と聞いて来た。
「なぁ、ミックの亡霊って――」
「あぁ、エイプリル・フール近くになると、時々現れるんだよ」バーテンダーは言う。
「君みたい自棄起こして飲んでいる人を見付けては、化かしにかかるらしい。尤も、僕はまだお逢いした事無いんだけどね」
――ホントかよ。俺は心で呟きながらウォッカを呷り、そしてなかなか力の入らない足で立ち上がる。
「いくら?」
聞けばバーテンダーは、「いや、結構」と答える。
「ミックに逢った人から、金は取らない事にしてるんだ。どうせ彼も言ってただろう? 俺の奢りだって」
そう言うバーテンダーの顔もまた、先程の男達のような薄笑いが潜んでいた。
俺は、「サンクス」とだけ答えて店の出口へと向かう。最悪な夜だったなと思いながら。
そんな時だった――。
「気を付けろよ」背中側から、声が聞こえた。
「“Bell Hills”の町に気を付けろ。俺はお前にそれを教えた。今度はお前の番だ……」
――鐘が鳴ったら、嘘は本当になるぞ。
振り向くが、声の主は判らない。ただ、さっきの男、ミックの声に良く似ていたなと俺は感じただけだった。
俺はけたたましいベルの音で目が覚めた。
腕を伸ばして、ダッシュボードの上の目覚まし時計を叩くようにして止める。そうしてまた静寂が戻って来る頃、俺はリクライニングシートの上で背伸びをし、大きな息を吐いた。
目を開けると、そこはまだ深夜のようだった。
窓の外には何も見えない。星すらも輝かない、そんな漆黒の早朝の事だった。
「……起きるか」
俺はぼそりと呟いて、トレーラーのドアを開ける。
夜の冷気が一斉に俺を襲って来た。俺は身を縮ませながら運転席から飛び降りると、誰もいないと言う気安さで遠慮も無しに立ち小便をする。
ディアーロッジを抜け、モンタナの北西、カリスベルへと向かう途中だった。
まだ相当に眠かったのだが、時間は急いていた。向こうに着けてから寝るかと思いながら、俺は再び三両編成のトレーラーへと乗り込んだ。
ウェスタンハットを頭にかぶりながら、イグニッションのキーを回す。だが不思議な事に、キーは空回りするばかり。セルモーターが音を轟かす様子も無い。ただキーが中で空転する、カチカチと言う音が聞こえるだけだ。
「電気系統かな」
俺は顔をゆがませながら、そう呟いた。
面倒な事になりそうだなと思いながら、つい数時間前にドライブインで入れてもらった珈琲を飲もうと、ポットを開ける。
だが、何も出ない。ほんの数滴さえも出て来ない。
飲んだ記憶も無いと言うのに、既にポットは空っぽ。だが、飲んでいないと言う記憶さえ何故か怪しい。ドライブインを出た後の記憶が、どこか不鮮明になっている自分に気付く。
――どうかしちまったのかな。
俺は嘆きながらシートの下の工具箱を片手に、再びトレーラーから飛び降りた。
荒野のど真ん中だった。ただその横に、細く長い一本の街道が伸びているだけ。後は何もない荒野だった。
向こうの山の稜線に、うっすらと紫色の線が浮かび上がる。
間もなく夜明けか。思いながら一つ大きなあくびをする。
コォォォォォーーーン――
静寂の空気の中、どこからか鐘の音が聞こえた。
『 Hell Hills -ヘル・ヒルズ- 了 』
【 あとがき 】
手、抜きました。えぇ、はい。なんかもうかなりいい加減で……はい。
英訳協力Clownさん。どうもありがとうございました。^^
『 上昇既流 』 鎖衝
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●涙はもう出ない。悲しむ気持ちが残っているのかどうかさえ、自分でもわからなくなっていた。
《 檻紙 》
著者:すぅ
涙はもう出ない。
悲しむ気持ちが残っているのかどうかさえ、自分でも分からなくなっていた。
「ナミダッテ、ドウナガスンダッケ?」
「カナシムッテ、ドウスルンダッケ?」
家の本棚で眠っていた辞書で引いても、パソコンで調べても答えは出て来なかった。
どこかの掲示板で質問してみても、皮肉交じりの解答や、中には目の病気を疑う人までいた。
さらに、「悲しいと思ったら、思い切り泣けよ」なんてクサい言葉を投げ掛ける人も居た。
大きなお世話。
悪いけど、自分の身体の不調が分からなくなるほど狂っちゃいない。
きっと他人から見れば馬鹿馬鹿しくて、物語の悲劇のヒロインを演じる人間にしか見えないんだろう。
でも、私は至って正気。
そして、自分でも、ヒトとして当たり前なこんな事を他人に聞くのは間抜けな話だと思う。
それなのに、ナミダとは何か、カナシムとは何か、思い出そうとしても思い出せない。
次の日の朝、家族にも質問してみた。
母さんは、目を丸くしてご飯を作る手を止めてまで、私に熱がないかどうかを確かめた。
父さんは、朝の日課である新聞を読みながら、コーヒーを吹き出しそうになっていた。
一人っ子の私には、問いかける兄弟はいない。仕方なく飼っている犬に聞いても「ワン」と尻尾を振るだけ。
そして、手当たり次第聞いた所で、私は諦める事にした。
いや、寧ろ「諦める」というより、考えるのに「飽きた」と言った方がしっくり来るだろうか。
そして、春が近づいてきた頃、あの時のことをふと思い出した。
・・・そういえばまだ私は、考えることはしたけれど「思い返す」ことはしていない。
明日は日曜日、学校は休みだし特に予定も無い。
私は、眠気覚ましのジュースをコップに注ぎ、部屋に篭ることにした。
嗚呼、なんてベッドは暖かいんだろう。
やっぱり自分の部屋が一番落ち着く。
駄目だ、駄目だ。
布団に潜ろうとする私の身体を、脳で叱り飛ばしてベッドに座り直す。
部屋の鍵を閉める。
これで邪魔者は入らない。
思い返してみよう。あの時のとこ・・・・。
---------------------------------------
確か、最後に泣いたのは高校に入ったばかりの頃だったはず。
私は住んでいる街から、少し離れた高校へ進学した。
当然周りは知らない子ばかり。驚きと戸惑い。
極度の引っ込み思案だった私は、自分から声を掛けに行くことなんて出来ずに居た。
そんな私に声を掛けてくれたのが彼女だった。
「こんにちは。」
・・・誰、この子?
私はそう思ったけれど、口に出せなかった。
「・・・うん。」
適当にも程がある答えを、彼女に返した。
今思えばなんであんな答え方をしたのかわからない。
もし私が彼女だったら、もう二度と話し掛けることはしないだろう。
でも、彼女は違っていた。
「今日お弁当、私と一緒に食べませんか?」
あんなに棘のある返事をしたのに、彼女は微笑みながらそう言ってくれた。
まるで、母が我が子を諭すように。
まるで、穢れを知らない聖母のように。
嬉しかった。
彼女はきっとエスパーに違いない。
引っ込み思案で誰にも声をかけられない私の心を見抜いたんだ。
馬鹿で子供だった私は、何故かそう感じた。
それなのに、私は彼女に、更にこう返してしまった。
「・・・一緒に?貴女と?」
言ってからしまったと思った。嫌われたに違いない。
普通の人ならば、「もういいよ」という捨て台詞でも残して立ち去ってしまうような一言を、私は口にしてしまった。
でも彼女は何事もなかったようにこう言った。
「じゃあ、勝手に横で食べるね?」
なんて素晴らしい子なんだろう。
口元が喜びで上がるのを抑えられなかった。
その時の私にとって、彼女は本当に女神のようだった。
“ありがとう。”
でもその時、この一言は結局言えず終いだった。
それから、彼女と私は毎日お昼休みにお弁当を食べるようになった。
場所は、彼女と初めて出会った私の教室。
でも良く考えてみたら、彼女は同じクラスではなかった。
お弁当を食べながら話を聞いていると、彼女も私と同じで違う街から通っているらしい。
当然見知らぬ街で出会うのは見知らぬ人ばかりでうんざりしていたそうだ。
友達を作るにも、中々気が合いそうな子が居なかった。
これから先どうしよう、そう悩んでいる時に私を見つけた。
教室の前を通り過ぎた時、周りが楽しそうに話している中で、一人だけ机に突っ伏している私がふと目に留まったのだという。
「この子は自分と同じかも知れない」。
そう思って、声を掛けた。
彼女は、玉子焼きを頬張りながら、そう教えてくれた。
話を聞けば聞くほど、彼女の境遇は私と似ていた。
兄弟はおらず、家族は両親とペットのみという所まで同じだった。
もしかしたら、彼女は違う世界の私自身なのかもしれない。
本当にそう思って、彼女を問い詰めたこともある。
真剣な面持ちで質問攻めにする私を、彼女は屈託のない笑顔で答えてくれた。
楽しそうに笑う彼女を見て、私も釣られて一緒に笑った。
ずっとずっと彼女とこれから先、一緒に過ごしていけたらどんなに幸せだろう。
私は、来年のクラス替えを心待ちにしていた。
だが、現実はそううまくはいかなかった。
新しいクラスの発表が先生の手によって、張り出された瞬間、私の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
ガラガラ、なんて音じゃなく、これでもかというぐらい叩き崩す音。
そう、見事に彼女は違うクラス、それも教室は私のクラスのある階と違う階。
「現実なんてこんなもんだよ。でも気にしない、大丈夫だよ。」と私を励ます彼女が分からなかった。
せっかく仲良くなれたのに、なんでなの?
「会えなくなる訳じゃないんだから。」
でも、すれ違ったりも出来なくなるんだよ?
「お昼休みに、これからも一緒にお昼食べるんだから。」
寂しくないの?
「寂しいよ。でも、仕方がないでしょ。」
・・・バカ。
不貞腐れていた私に、彼女は菱形に折られた紙を差し出した。
これは?
「手紙。朝と、昼と、帰る時。これでやり取りしよ?」
思わぬ言葉に、私は言葉が詰まった。
「これが、貴女と私の友情のシルシ。ね?」
そう言って差し出す彼女の手は暗闇の中の光のように見えた。
「うん・・・分かった、ありがとう。」
ようやく、私は感謝の言葉を伝えられた。
やっぱり彼女は、私の女神様だったんだ。
---------------------------------
それからというもの、私は彼女に毎日手紙を書いた。
その前に、菱形の手紙の折り方を何度も彼女に尋ねたのは内緒。
最初は不恰好だった手紙は、回数を重ねる度に見違えるほど綺麗になっていった。
手紙の内容なんて、他愛ないもの。
“今日の朝ごはんは何?”
“何時に起きたの?”
“お弁当美味しかったね”
“今日も一緒に帰ろうね”
“明日も一杯話そうよ”
彼女は、どんな質問にも答えてくれた。
“朝ごはんはパン。私はお米よりパンが好きだから”
“いつも寝坊しちゃう。ちゃんと起きなきゃね”
“美味しかったね、貴女のお弁当も美味しそう”
“うん、ちゃんと待ってるよ”
“明日も宜しくね、楽しみ”
稚拙な文章、でも気持ちが沢山篭った手紙。
今までよりも、彼女の事が沢山分かる。
彼女の事が分かれば分かるほど、やっぱり彼女は私に似ている。
彼女は、もしかしたら私の生き別れの双子なのかも知れない。
いや、きっと彼女は私なんだ。
私の分身なんだ。
そうだ、その後だった。
私がナミダとカナシム事を忘れてしまったのは。
彼女が、学校の敷地内で遺体で見つかったのだ。
私と彼女が、お弁当を食べた後の事だった。
校舎の脇で、彼女が血を流し倒れているのを教員が発見したと聞いた。
警察の捜査が始まった。
当然、最後の目撃者である私も取調べを受けた。
当日、変な様子は無かったか。
何か思い詰めている様子じゃなかったか。
最初から彼女を自殺と決め付ける警察に、私は食って掛かった。
「彼女が自殺するはずなんかない!」
何度も何度も、私は泣きながら抗議した。
でも、腑に落ちない点はあった。
いつもならば、一緒に帰る約束をして別れるのに、その日は約束をしなかったからだ。
そんな事を口にすれば、彼女は自殺として処理されてしまう。
それが嫌だった私は、何度も何度も警察に「彼女は殺されたんだ!」と言った。
しかし、私の抵抗も虚しく、普段の生活の状況から、彼女の死は自殺と断定された。
決め手は屋上のフェンスの上部に、彼女の指紋が発見されたこと。
さらに、彼女が、私以外と話している所を見た事がないという証言も警察は、重要視した。
つまり、彼女は「クラスで孤立していて、寂しさから自ら命を絶った」と結論付けた。
・・・・・認めたくなかった。
私は、彼女の告別式で泣きながら叫んだ。
「彼女は自殺なんかしてない!この中に彼女を殺したヤツがいるんだ!!」
誰も、私を、相手にさえしなかった。
寧ろ周りは、私を憐れんだ。
“可哀想に・・・、一番仲が良かった子が亡くなってショックで気が動転しているんだね。”
誰もが口々に、このフレーズを投げ掛けた。
私、気が動転なんかしていない。
彼女を送り出したその後も、私は変わらず、ずっと言い続けた。
「彼女は殺されたんだ!」と。
---------------------------------
そう・・・思い出した・・・・。
あの時からだ。
私がナミダとカナシム事を忘れたのは。
・・・忘れたんじゃない、気付かない内に封印してしまったのかもしれない。
気付くと、空はもう白み始めていた。
ナミダが、頬を伝ってベッドに落ちる。
一滴、二滴。
カナシクて泣くんじゃない。
彼女の事を忘れかけていた、そんな自分が悔しくて泣くんだ。
もう、忘れないからね。
だって、貴女は私の分身なのだから。
ずっと、一緒だよ。
そう、ずっと一緒。
--------------------------------
あの夜から、もう何年も経つ。
私は、今でも貴女の事を忘れてなんかいないわ。
そうだ、貴女に手紙を書くわね。
楽しかったあの頃と同じように。
何気ない事を書き連ねて、菱形に手紙を折るわ。
貴女の事を、一度忘れてしまった私だけれど。
もうナミダもカナシム事も忘れない。
最後に手紙を書いたのはいつだったかしら。
引き出しの中から、折り紙を一枚取り出す。
綺麗に折れるかな・・・。
折り紙など、20年以上やっていない。
それでも折り方は忘れていなかった。
「そうだ、彼女を殺したのは私だったっけ。」
《 檻紙 了 》
【 あとがき 】
難しいお題で、とても苦労しました。
時間軸の流れが上手く表現できているか、心配です。
とりあえず、間に合ってよかったぁ~。
すぅ
mixiアカウント http://mixi.jp/show_friend.pl?id=18218346
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●折り紙など、二十年以上やっていない。それでも折り方は忘れていなかった。
《 純粋な染色体 》
著者:幸坂かゆり

折り紙など、二十年以上やっていない。それでも折り方は忘れていなかった。
チェストの引き出しを開けてみると、そこには色鮮やかな赤い折鶴が、ちょこん、と、
引き出しを小さな自分の部屋のようにして、あの日のまま鎮座していた。
懐かしかった。あなたはよく病室でも器用に折り紙で色んなものを折っていた。
鶴の隣にはその鶴を折ったものと同じ紙質で違う色の折り紙が袋からすべて出されて、
無造作に置かれていた。いつでも折れる準備がしてあるかのように。
その中から一枚、色を選んで取り出した。陽射しがよく当たる白いこの部屋で、赤によく似合う色が欲しくて、薄い若草色の紙にした。
ほどよく張りのあるその紙を、窓にかざすと、透けて、宝石のように見えた。
その宝石のような紙をコンソールテーブルに乗せた。
折り紙と対面する。
赤い鶴のように完璧に折れるだろうかと思いながら紙をまず三角に折ってみる。三角からだったかな。余計な折りじわをつけたくなかったが、憶えていなかった。紙を折る涼しい音がカーテンに吸い込まれていくような静寂だった。
しばらく時が経った頃、若草色の折鶴は完成した。口ばしも、しっぽも、鋭角にはならなかったが、よく出来た方だ。一羽だけだと均衡が取れず、横に倒れてしまうので赤い完璧な折鶴の横に並ばせてもらった。並ぶと、つがいの鶴はますます鮮やかになり、部屋の中で存在感を増した。
ふう、と大きくため息をつき、チェアに凭れ、部屋を新ためて見渡した。
この部屋はまるで木漏れ日のようだった。
暖かく陽の光を遮るレースのカーテンには、たくさんの繊細な刺繍が施され、優しく色褪せていた。カーテンで隠された足許から天井まで続く大きく広い窓は、しっかりと鍵がかかっていたが、ガラスは磨かれ、水の膜が張っているように潤んでいた。
空調は加湿器と空気清浄機と共に設置してあリ、広々と、ゆらゆらと、空気を踊らせていた。壁は一面に白く、石膏で固めたような柄をして、今にも動き出しそうな立体感がある。
床とドア、置いてある家具類はすべてチーク材で揃えて作られており、明るい色調はカーテンや壁とよく馴染んでいた。その床には同じ材質でもう少し明るい色のベッドが置かれ、枕やベッドカバーなどは、ベッドスプレッドの下にあり、見えなかった。ベッドの横には小ぶりなコンソールテーブルとチェストが置かれ、テーブルの上には小さな時計、黒革でできた馬の頭部を象ったブックエンド、ガラス瓶がひとつ置かれていた。チェストの引き出しはぴったりと閉められ、何が入っているのか外からは見えなかった。更に横を見ると、古ぼけたウィンザーチェアが一脚置いてある。
そのチェアに、僕は今座っている。チェアの上には籠が置かれていたが、床に降ろした。ワッフル織りのクロスが掛けられていたが、持ち上げると軽く、中を覗くと何も入っていなかった。
その他にこの部屋には何もなかった。
床は、歩くとぎゅう、と音が鳴ったので、なるべく傷をつけないようにそっと歩いた。
時が止まったようなこの部屋で、あなたはたった一日だけ暮らした。
幸せそうにたくさん笑っていた。今も笑い声が聞こえて、あなたがベッドの中から顔を出すのではないかと思えるほどだった。そう思いたいほどこの部屋には確実にあなたの存在があった。もちろん、何もかもが古く、飾り気のない木の製品ばかりある部屋だが、あなたの確かな手が、息が、伸びやかにかかっていた。
白い部屋の中にたった一羽の赤。それはまさにあなたの血のように見えた。
「そろそろよろしいですか?」
この部屋の管理人がそっと声をかけてきた。
「ああ。お世話になりました。これほどまでに美しく保管してくださってとても感謝しています。」
僕は深々と頭を下げた。
「いいえ・・・。本当はこのまま置いておきたいくらいです。」
「壊す事は決まってしまったのですか?」
「ええ。どうしようもないですね。中がどれほどきれいでも建物自体が老朽化しているとなれば」
「そうですか。仕方がないことですね。」
「そう仰っていただけると助かります。」
「この部屋の中の家具は素晴らしいものばかりです。持って行かれますか?」
「いいえ。いいんです」
僕はチェストの引き出しをもう一度開けて、赤い鶴を若草色の鶴ともう少しだけ近くに寄り添わせ、見つめた。
あなたの折った折鶴の、何というきりりとした美しさよ。けれど僕の折ったほんの少し不恰好な若草色の鶴は、今、あなたと共に並んでいる。いや、交わっている。
僕は静かに引き出しを閉めた。
あなたは、僕のたったひとりの双子の姉。
幼い頃から入院を余儀なくされ、いつも消毒と薬の匂いがしていた。けれどあなたの肌の色は僕よりも健康的で、極めて自然に薄い茶の色をしていた。
ある日、僕があなたを病室のベッドに横たえた時、あなたはふと僕の肌に触れ、白くてきれいだと僕に言った。わたしもそんな色に生まれたかった、と。僕の方こそ、姉さんみたいな色が良かったよ、と返した。ないものねだりだね、と言いながら互いの腕を見せ合った。
「互いが補えばいいんだよ。僕と姉さんは一心同体みたいなものじゃないか。」
そう言うと、あなたはにっこりと華やかに笑った。
「そうね。じゃ、あなたの肌はわたしのものね。」
「そうだよ。姉さんの肌は僕のものだ。」
僕らは笑った。ただそれだけが僕の誇りになった。女のようだ、とクラスメイトにどれほどバカにされようが、構う事はなかった。
僕は何度、あなたを性的に抱きしめたいと思ったことだろう。そして、何度その腕に抱きしめて欲しいと願ったことだろう。絶対に叶わない、一生の、たったひとつの願い事だった。何もいらなかった。何も欲しくなかった。あなた以外のものは。あなたがもしも白を嫌ったら、僕はすべてを失くしただろう。
あなたは僕の肌を称賛する時のように、ほんのり色のついた白い部屋で暮らしたがった。優しさだけでできた白いシンプルな部屋。質素と言われるくらいの。あなたの体では、病室以外には住める場所がないと承知した上で。
そして、看取る事しかできなくなり、退院許可が下りた。あなたの願いを叶えられる時が来た。僕は必死で部屋を用意した。あなたに言われたとおりの家具を揃え、優しさだけでこの部屋の内装を作った。ただただ、あなたが来るためだけの部屋を。
そして少し痩せたあなたは、ここにやってきた。
まずはカーテンを見て驚愕の声を上げた。レースの刺繍は、あの病室になかったものだと言って思わずカーテンに口づけた。僕は傍で笑う。
次に嬉しそうにチェストに触れ、上に置いてあった馬の頭部のブックエンドを胸に抱きながら、もう一方の手でガラス瓶を取り、香りを嗅いだ。あいにく何の香水も入っていなかったけれどまるで芳しい花の香りでも堪能したかのようにうっとりと微笑む。思い立って引き出しを開けると、持っていた小さなバッグから自分の持ち物を引き出しに移した。ウィンザーチェアの座り心地も確かめては、頷いていた。少し落ち着き、ベッドに座ると、いとおしそうに病室にはないシーツや枕を撫で、その感触を楽しんでいた。
「好きに使っていいからね、思うがままに。」
あなたは僕に向かってあの華やかな笑顔を向けた。顔色は変わらずに健康なままだった。
「ありがとう。これほど素敵な部屋をわたし、初めて見たわ。」
黒髪がさらりと顔を隠すように頬に流れた。これほどこの部屋が似合うひとを僕は知らない。まるで、ずっとこの部屋で暮らしてきたかのようだった。白い部屋に色をつけてゆくのはあなたしかいない。そのためにあなたは部屋を欲しがったのだ。
命の短さを惜しむよりも、生きている間必要な彩色を施すことをあなたは望んだ。そんな染められる前の部屋で僕は恋人のように、お喋りを交わした。
「ねえ、あったかい紅茶が飲みたいな。」
「じゃあ、お湯を沸かしてくるよ。待ってて。」
「うん、待ってる。」
「すぐに来るよ。」
僕は部屋のドアを開けて、紅茶を淹れるためにこの部屋を一旦出た。紅茶をトレイに乗せて戻ってきたとき、あなたは淡く優しい明るさの中で、深い深い眠りについたばかりだった。紅茶の湯気越しに、夢のようにあなたの最期が映っていた。
あなたの唇は、紅茶のように柔らかで透明な赤い色を一筋、流していた。
触れた頬はまだほんのりと温かいのに、完全に閉じきらない半開きの瞼は人形のようだった。命が尽きてもなお、あなたは美しいひとだった。
あなたの持ってきたバッグの上には完成した赤い折鶴があった。僕が紅茶を淹れている間に素早く折ったのだろう。あなたが最初で最期に彩色した素晴らしい赤色だった。
この部屋に来たのはその日以来だった。
あの日の赤い折鶴は僕がチェストの引き出しにしまった。絶対にこの部屋の家具の配置も空気も、何一つ変えてはならない、と、まるで命令のように管理を頼んでいたので、この鶴の存在は誰にも気づかれていない。気づかれていたとしても絶対に触れてはいけないものだった。誰の手にも。
木漏れ日そのもののように明るく、美しかったあなた。
僕はこれからもきっと、あなたのことを時折夢見るだろう。
「それじゃ、行きます。今までどうもありがとうございました」
「こちらこそ・・・。お気をつけて」
たったひとりの姉を亡くした弟。そんな図式で、管理人はひたすら僕を気の毒がっていた。僕はその姿に、精一杯気丈に振る舞う健気な弟、という社交辞令の態度を取った。もちろん多大な感謝は本心である。しかし本当の想いは、誰にも知られたくなかった。
僕は白い部屋に一瞥をくれて、ドアを開け、そっと閉じた。
僕はこの部屋が火葬場で燃える事を想像した。
火の元は赤いあなたの鶴。若草色の僕の鶴を道連れに、一瞬で、けれどふたりのまま、燃え始める。
瞼を閉じると、火に包まれた二羽の鶴がその羽を伸ばし、寄り添う姿が映る。
病室で見比べたあなたの腕は僕の肩に乗せられ、僕の腕はあなたの背中に回る。あなたは、ゆっくりと僕に恍惚を感じさせてくれる。生と死はふたりをますます近づける。あなたと僕はこれからもずっと一緒に心の中で色を染めていく。
《 純粋な染色体 了 》
【 あとがき 】
どうしようもなくもやもやしたお話になってしまいました。
今回参加を決めたくせにまだまだ想いを手放す整理ができていないようでした。
と、言うよりも新たに大きな問題を抱えてしまい、手放すこと以前に、
何を手放したらいいのか、自分でもごちゃごちゃになってしまいました。
それでも、どれほどへたくそでも私は書かなければ、と思った。
私自身を救うものは、唯一、書くことにあるのだから。
書くことに関しては生意気でいようという信条でいるので
時にはこんなひどい小説もどきもあったんだな、と思ってもらえたら。
これが、今の私です。今の私の実力です。精進したいと思います。うわぁぁぁん。
どうもありがとうございました。
『 kayuri Yukisaka Website 』 幸坂かゆり
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●「最善を尽くします」常套文句で応じた。しかし本心でもあった。
《 円環奇譚 鳥籠姫 》
著者:ココット固いの助
【円に纏わる】
「最善を尽くします。既に死亡しているようですが」
そう犬島は来客に告げた。
常套句である。しかし本心でもあった。
客はその言葉を聞いて安堵したようだ。
巨大な鎖に犬のように繋がれた屋敷の主はエジンバラの支部から派遣された使者である男の緊張を解そうという素振りも見せない。
来客が持ち込んだ案件は一枚のROMに収録された動画。
応接間のテレビの画面を先程から眺めていた。
「ずっと回っていますね」
「ええずっと回ってます」
「いつから回ってますか」
「生まれてからずっと」
「もう死んでいるのに」
「ずっと回ってます。ぐるぐる回ってます…怖いです」
粗いテレビ画面の画像に映る少女。
白い夜着をきて廃屋とおぼしき室内を歩き回る。
時計の針のようにゆっくり円を描いて。
顔には蕩けるような微笑みを浮かべ。
歩いていた。
彼女の歩いた痕は絨毯に経年の轍を。
円い軌跡を残している。
「床に書いた絵は」
「クレヨンですね」
「いえ…これは魔方陣では?」
「魔方陣」
「そう見えませんか」
犬島は黙ったまま重ねた拳に顎をのせたまま画面を見入っている。
「生まれた時から部屋に引きこもり。やがて食事もとらなく衰弱死した女の子が誰にも習わず魔方陣を構成し死んだ後も何かを異界から呼び続けているとしたら」
「前例がありません」
「ですから協会としては「星なき夜の書」に登録すべきか貴方様に調査を依頼したいのです」
犬島が凝視する画面を何かが過った
「鳥?…ですかな」
麒麟の翼だ。犬島は言葉を呑み込んだ。
「文字や記号を使わず絵を描いて何かを呼び寄せるというのは」「書き文字にしろ絵にしろ魔法としては高度とは言えません…大切なのは音ですから」「なるほど」
「お引き受けします」
犬島は答えた。
「それを聞いて安堵しました」
本心からの言葉だろうと犬島は思った。
「くれぐれも」
と暇を告げ部屋の扉を開けた男に犬島は言った。
「我々魔道に通じる者は」
男の動きが止まる。
「魔方円を魔方陣と言い間違えたりしないのですよ。バチカンの方」
男が慌ててドアのノブに手をかけ廊下に飛び出す。
途端に屋敷が揺れ男はバランスを崩し.その場に尻餅をつく。
地震ではない。
屋敷が哄笑っていた。
「ここからは出られない」
犬島の声が耳に届く。
「腹を空かしてるのは屋敷だけではないからな」
犬島が右手を挙げると笑い声は止んだ。
しかし別の物音が近づいてくる。
床を踏み抜く勢いで。猛烈な勢いで近づいて来る。
「命が尽きるまで我が家の迷路を逃げ回るか立ち上がり部屋に入って私を見るか」
男は立ち上がり部屋に飛び込んだ。
「お前は空手で帰る。調査は依頼したが結果は見込み違いと報告する」
犬島の目には何も映らない。
ただ暗いぽっかりとした穴が目のあった場所にあるだけだ。
男は魅入られたように頷く。
額はおろか全身汗をかいていた。
「雇い主に伝えろ」
男が持参した土産を持ち上げ言った
「私はバームクーヘンは好きではないとな」
男の前に箱が投げられる
「どうせならお前の主が被るへんな帽子と同じ形の菓子を持って来いとな。あれは美味い」
犬島は溜め息まじりに呟いた。
「秘匿を知れ。星なき夜の書と書かれていたら…星なき夜は.ただ暗黒。Bible Blackと読むのが常識だ」
【歩く】
密やかに歩け。
音もたてずに。
爪先だけで軽やかに。
歩け。
廃墟と化したこの屋敷を歩く者があるとしたら私だけ。
歩け。
緩やかな曲線を曲がればまた曲線。
ふりだしに戻る。
歩け…烈火西蔵。
砂漠の日に灼かれた駱駝の上を。
地平の果ての蒼が果てしなく霞む平原を。
海を星を夜を昼を。私の宇宙を。
やがて私の両足はフワリと宙に浮かぶ。
それでも私は歩くのをやめない。
あら玄関にお客だわ…。
【放課後】
「なあ…行こうぜってなあ行こうぜ」
伊波は先程生活主任に引っ張られて乱れたハイレイヤーの茶髪をしきりに気にしている。
机の上に置かれた携帯端末の動画と鏡に写した自分の髪に目をやりながら
「絶対可愛いじゃん。そう思うだろ?お前等」
口元に笑みを浮かべ3人の同級生を見る。
「心霊スポットなんか行くもんじゃない…と思う」
4人の中で一番色白で華奢な春海は呟いた。
「マユツバだ」
神父という渾名の少年は顔を背けたまま伊波を見ようともしない。イタリア人のような濃い顔立ち。
生真面目な性格というだけではなく実際将来は神学を学びたいと希望している。
日曜になると教会に出かけ子供たちの面倒を見るボランティアをしているらしい。
「マユツバ結構。ならこの子は幽霊じゃなくて生きてるって事…俺もそっちに期待したいね」
「呆れたやつだ」
神父は手をふって立ち上がろうとする。
「俺は放課後生徒会の集まりがあるんでな。
お前も帰宅部だからって放課後うろうろしてないで帰って店でも手伝ったらどうだ。
親父さん喜ぶぞ」
伊波の家は商店街で沖縄ショップを営んでいる。
両親とも沖縄出身だが伊波は両親に顔が似ていない。
たまに店番などする日は近所の人から「出張ホストの日」と呼ばれている。
「その沖縄ショップ‘ちゅら海屋'には本日ペンギン食堂のラ-油が入荷中なんだが」
梳で髪型を整えながら伊波は言った。
「なんだと」
神父の顔色が変わった。
「あれ.お前欲しいって言ってたよな」
「あのラ-油は美味い…一度食べたら病みつきだ。うちの親父も大好物なんだ」
「10個入荷したが店頭に並ぶと5分で売り切れる」
「伊波」
「お前の分は3個確保してある」
「恩にきる」
「神父が拝がんでら…原価売りで構わんが」
伊波は立ち上がり神父の肩に手を回した。
「行くよな…動画のこの場所…場所は調べがついてるんだぜ」
目の前に差し出された動画を初めて見た神父は動画の少女と目が合い…顔を赤らめた。
「これは…」
「決まりだな」
「伊波…お前」
「なんだかひどく良い香りがするな」
「今日はムスクだ」
伊波は先程から机に座って本を読んでいる少年にも声をかけた。
「犬島お前はどうする?」
「美景は駄目だ」
神父が気遣うように言った。
「犬島君は放課後妹さんの病院に…」
「そうだったな悪い」
「別に気にするな」
犬島は「春と修羅」という題名の文庫本を閉じて鞄にしまうとこちらを向いて言った。
「容体はと聞かれても相変わらず眠ったままだ。安定してると言えば安定してる」
「毎日病院に行ってるんだよな」
「眠っている分足や腕の筋肉が萎縮しないようマッサージしないといけなくてな」
「そうか。大変だな」
神父こと藤島は沈痛な面持ちで答えた。
「もう慣れたさ。それに」
犬島は普段めったに見せない屈託の無い笑顔を見せて笑った。
「妹はチュ-ブの流動食も問題なく受けつけるし体温も脈拍も呼吸も心拍数だって通常の人の睡眠中の数値と変わらない。
脳に損傷だって無い。ただ目を覚まさないだけで何時か目を覚ます可能性はある。呼吸だって自分でしてるんだ」
重篤な病を抱えた患者の家族はこんな風に細い藁にもすがるような希望を持って生きるものかと。
犬島以外の友人達3人は沈黙するより術が無かった。
もう何年も犬島美景の妹は病院のベッドで眠ったままだと聞かされていたからだ。
そんな重い空気を察したか犬島は
「僕も放課後つき合う」
突然言い出した。
「妹さんはいいのか?」
伊波が遠慮しがちに聞いた。
「今日はヘルパーさんが来る日だから。
見舞いは夜までに行けばいいんだ」
「そうか…じゃあ行くか」
「ちょっと動画見せてくれ」
犬島に言われて伊波は端末を渡した。
「こんな可愛い子が生きてる事を願わずにはいられないよ」
「最近のこの手ネット動画は.はっきり写り過ぎだと思う」
「言えてるカメラアングルとかバッチリだよな…どうしたワンちゃん」
「世界のホームラン王みたいな呼び方は止めてくれ。この屋敷見た事ある」
「まじでか」
「場所は三鷹市」
「先輩情報だとそうだ」
「この屋敷…最近うちの物件になったやつだ」
犬島の言葉に一同が驚いた。
「妹近々退院するんだ。病状に進展ないから。
今僕が住んでるマンションだと環境悪いから父が郊外に屋敷を買った。来月から改装工場に入る予定だ」
「ご両親は確か仕事で海外だよな」
「何度も送られて来たメールの写真で確認したから間違いない。冒頭に映る屋敷の外観も同じだ…幽霊つきとは聞いてないが」
「やれやれ本物かよ」
「じゃ暗くならないうちに行くか」
「えっ藤島君行くの」
「ラ-油と友人のためだ」
「それと恋な」
「それもだ」
「2人ともすごいや」
「よし行くか」
「犬島君も迷いが無い」
「春海ぐずぐずすんな置いてくぞ」
「いや…僕どっちかって言うと置いてかれたいけどな」
【Mega ShortKake・ House】
既に壊れてしまっているが結界が張られていた痕跡がある。
この屋敷に昔棲んでいたのは魔術師の類いか。
やはりあの娘はこの地場を選んで生まれて来たのか。
「非エコ住宅だな」
伊波が正門から見えない玄関を探すように言った。
「改装も維持費も大変そうだ」
「どんな人が住むんだろうね」
「目の前にいるじゃんか」
春海の頭を軽く小突きながら伊波はまた鏡を覗き込む。
「お化け屋敷に入るのに身だしなみを整えるか」
「うちの屋敷だが」
「身だしなみは大切よ。だからお前はもてないんだよ。それにしてもだ」
伊波は周囲を見渡しながら言った。
「この辺教会でもあるのか?さっきからやけに外国人の神父さんばかり見かけるが…藤島お前も会う度にうやうやしく挨拶すんなつ-の」
「さすがに鼻だけは効く。犬どもが」
「なんか言ったか?」
「いや…日が暮れないうちに入るか」
犬島はポケットから正門の鍵を取り出し開けようとした。
鍵は既に開いていた。
誰も家の外観について触れようとはしない。
まるで西洋のお伽噺に出て来るような屋敷だった。
庭の噴水や児童公園のような遊具。
パステル色の外壁。二階に取り付けられたバルコニー。
今にも玄関からプリキュアやリカちゃんの人形が飛びだして来そうな。
そして暮れかけた西日の中その全てが朽ち果てていた。
そんな建築物が日本に存在するのか?
そう問われれば確かにかつては存在した事がある。
バブル経済全盛時ショ-トケ-キ・ハウスと呼ばれる家屋が都心で数多く建築された。
好景気に沸いた当時の日本。
「かわいい」という概念が日本の文化に定着した頃金に糸目をつけない何もかもが「かわいい」で埋めつくされた家屋が数多く建築された。
ほんの短い熱病のようなバブル景気同様にショ-トケ-キ・ハウスは建築の文化や歴史とは全く関係ないところで顧みられる事は無い。
目の前に威容をさらすのは住宅では無く屋敷。
お城のように見えた。
ここの屋敷の娘は生涯外に出る事は無かったのだ。
両親が用意した遊具や噴水やプールの水にも.かつては良く手入れされていたであろう庭の芝生や植物たちにも彼女は一切手を触れる事は無かった。
【従者たち】
犬島がエントランスの扉を開けると目の前を何かが過った。
犬島は苦もなく素手でそれを掴んだ。
掌の中には蝉の頭を持った裸の人。
背中に透明な羽がある。
犬島は呟いた。
「妖精」
腹のあたりが大きく膨らんでいる。
膨らんだ半透明の膜の中に膝を抱える同じ生き物が蠢いている。
犬島は掌の中の生き物を握り潰した。
指を開くと掌の中には何も居ない。
「アストラル体か」
天井を見上げると同じ有翼の生き物が無数に飛びかっている。「1階からのんびり探索してる時間はなさそうだ」
アストラル体…妖精を構成すると言われているエレメンツが濃く発生しているのは2階からだ。
「さっきから犬島君独り言」
春海が心配声で言う。
「すまない少し考え事してた」
「そりゃそうだろ。こんなヘンメル屋敷…本当に妹さんすまわせるのかってな。俺がお前でも考えちまうよ」
「うちの妹は結構そっち系だったが」
「なあ伊波ヘンメルってなんだ?」
「俺の守備範囲じゃねえが…後で教えてやる」
2階に続く階段を登る犬島の足どりに迷いは無い。
後に続く伊波と藤島も同じだが春海は不安げに周囲を見回している。
階段を登りきり2つ目の部屋。
部屋にかけた女の子の名前の文字は掠れて見えない。
大人の書いた文字。
多分母親だろう。
「わざわざ探すまでも無かったな」
ここが1番濃いアストラル体が…犬島は躊躇わずドアの取っ手に手をかけた。
「いきなり開けちゃうわけ」
「誰か…誰か大勢で階段を登ってくるよ」
「春海背中押すなって」
犬島がドアを開けるのと同時に軽い将棋倒しになった。
4人は部屋の中になだれ込んだ。
「押すなって!ばか」
先に部屋に入った犬島は突っ立つたまま呆然と部屋の奥を見つめていた。
ミサゴの鳴く声が聞こえる。
川のせせらぎに似た木々のざわめきが心地よい。
そこは森の中だった。
犬島の視線の先を皆が息を呑んで見つめた。
日当たりの良い森の真央に白い夜着を来た少女の姿があった。
膝元に小さな白い子馬の首を抱いて眠っていた。
森は折り重なる透明なフィルムの重ねのように。
神話に登場する幻獣たちや悪魔や天使が重なり合いひしめき合い霞のように見え隠れしている。
「一角獣」
小さな子馬には額から生え出た螺旋状の角がある。
「いやあれは似ているが違うぞ」
犬島が左手を上げ全員に後ろに下がるように。
「あれは一角獣に似ているが…モノケロスだ」
気配に気づき目を覚ました子馬は少女の膝から飛び降りた。
物憂げに首を振り前足で地面を掻く。
こちらを向いて見据える。瞳は蒼く虹采も瞳孔も無い。
足元から焔が立ち。躯全てに火の手が上がる。
火は忽ち周囲の木々に飛び火して火の海となる。
目も開けていられぬ程の熱波が4人の元に押し寄せる。
炎の中から巨大な火炎の馬が姿を現す。
「一角獣に似ているが遥かに巨大で狂暴だ」
前に出ようとする犬島を伊波が追い越す。
「危ねえ。脇に退いてろ」
「ドアの外に出ろ」
藤島も残った2人を庇うように前に出る。
「ドア…開かないよ」
春海が叫んだ。
鬣で炎の波を起こしながらモノケロスは目の前に迫る。
犬島は右手の中指の第2関節を折り曲げて音を鳴らす。Ι(イス)の音色は音素文字の「凍結」。
モノケロスは凍りつき砕け散る。
通常は左の二の腕に彫った鍵盤の刺青に触れて音を奏でる。
鍵盤の1つ1つに音素文字の音色が封じ込めてある。
魔法使いの呪文とは声を出して唱える音である。
より早く複雑な音の組み合わせで奏でられる音色こそが高度な魔法であると犬島は考える。
凍結程度の単純な魔法ならば指を鳴らす程度で充分だ。
「一体どうなってやがるんだ」
空中で水蒸気となって蒸発したモノケロス。
その四散した後に残る霧が晴れると聖書を翳して仁王立ちする神父藤島の姿が現れた。
「藤島お前が神の力であの化け物を退けたのか」
「多分違う…祈りはしたが」
「あんなに周りは大火事だったのにタバコの焼け焦げ1つ残ってねえ」
「幻視だ」
「滅茶苦茶熱かったぜ」
「受肉していないとはいえあれは聖獣だ直視したり火に触れたら脳や精神に異常をきたす」
「ちょっとさっきからみんな何言ってるの」
春海は困惑した様子で言った。
「ダメもとで本に書いてある呪文を唱えてみた」
犬島は制服のポケットから「誰でも使える魔法の呪文」という文書本を取り出した。
勿論嘘だ。
呪文なんて唱えていない。
「最近オカルト系の本にはまっていてな」
「犬島先生スゲーな」
「いや…呪文なんて眉唾物だが。この場所がきっと特殊なんだと思う」
「オカルトなんて感心せんが」
「へっぽこ神父が悔しがってら」
「なんだと」
「見てみろ」
犬島の言葉に全員が周囲を見回すと風景は一変していた。
そこは先程まであった森ではなく剥き出しの岩や石ころばかりが散在する荒れ地であった。
目の前にあるのは行く手を阻むかのような断崖。
その背後には山脈が連なる。
「なんか強烈に拒否られてね-か?俺たち」
「そのようだな」
目の前の壁岩には.ぽっかりと口を開けた洞窟の入り口が。
夜の海の水のような暗闇を湛え4人を待ち受けていた。
「ここ入れってか」
「そのようだな」
「トラップ率100%だな」
「まず間違いない」
伊波はお相撲さんみたいに顔を叩いて
「おし決めたぜ。行くぞみんな」
「危険過ぎるぞ。無謀だ」
藤島が伊波を制した。
「虎穴に入らずんばGALは得ずだ。
この俺様がここまで来て空手で帰れるかっての。メルアド1つも無しにだ」
「いやもう死んで…」
「おし!藤島無事帰還したら明日はあの娘も呼んで合コンだ」
「合コン!そのような事は神父志望の自分には」
「なら言葉を変えよう。合コンじゃなくミサだ」
「ミサか…ミサならいい」
「迷える子羊ちゃんたちを導いてやろうぜ」
「でも飲酒はだめだ。いや…ワインなら。ワインはキリストの血だから」
「その話題は合コンの席では御法度だ」
「承知した」
2人は肩を組んで
「ゴウコン!ゴウコン!」と叫びながら洞窟の中に消えた。
「犬島君。もはや死んでるとか突っ込みも入れないんだね」
「ある意味2人は超越者だ」
「あの勇気と熱意を勉強とかに向けたら将来すごい人になれるのに」
「犬島-置いてくぞ-!!春海!タマちゃんみたいな立ち位置からダメだしするな」
想像していたのとは洞窟の内部は違っていた。
天然の鍾乳洞では無い。赤色花膏岩の石畳が敷かれた広大な迷宮。僅かに差し込む地上からの明かりでは天井の高さも壁と壁の距離も伺い知る事は出来ないが。
「明かりが無いんじゃ先に進めないな」
神父藤島は冷静な男だ。
「おし!全員携帯のライトを翳せ」伊波の提案に皆従ってみた。
「途中でバッテリーが切れたら」
犬島も冷静な男だ。
「花輪君」
「犬島だ」
「犬島お前さっき魔法使えたろ?今回も灯明の魔法で地下を照らせ」
「灯明の魔法」
どうだったか…と犬島は考えた。
確か音素は>だったな…音色は…ええと。
初歩の初歩過ぎて思い出せない。
暗闇にはらはらとページを捲る音だけが響く。
「どうした?出来ないのか」
「いや…あの…すまないが携帯のライトをページに」
「仕方ね-よ。犬島は本物の魔法使いって訳じゃね-し」
「素人だしね」
「本物の魔法使いじゃないんだ。
さっきのも多分偶然かまぐれ。過度に期待したら犬島が気の毒だ」
くそ。なんという屈辱。
犬島は必死でページを捲る。
そのうち地面が揺れ始める。
「地震か!?」
「冗談言うなこんな地下で」
どれ程の巨大な拳で壁を叩き床を踏みつけたなら。
敵意に満ちた憤怒の赤色。隻眼の瞳がこちらを目指し近づいて来る。
「迷宮に棲む神獣…まさか」
「実体とかじゃねぇんだろ」
「いや…あれは多分実体。ミノタウロスだ」
闇の中で獲物を見つけた赤い光が跳躍する。
1飛びで距離が縮まる。
「冗談じゃねえ。逃げるぞ」
伊波は後ろ振り向いた。
入り口の通路は消え失せ突き当たりには壁。
周囲に濃密な獣の匂いが立ちこめ。
足音が響く度空気を震えさせる。
高見から赤色がこちらを見下ろす。
「ТΗ(停止)」
右手を掲げた犬島が叫んだ。
音素文字のスリサズの音色を
「思わず口ずさんでしまった。美学に反する」
犬島はミノタウロスを睨み付け言った。
「下がれΨ!!…飯抜きだ」
「難解な呪文だ」
「サイって…牛じゃねえのか」
ミノタウロスは背中を向けると元来た通路をすごすごと帰って行った。
「おおお」
「スゲーぞ。犬島が化け物を追い払ったぜ」
「先に進むか」
「今がチャンスだ」
犬島は皆に向かって言った。
「進んでも無駄だ。ミノタウロスの迷宮に出口は無い。
神話によれば女神が投げてくれた糸巻きの糸を辿れば外に出られるらしいが」
ここにいる女神はそんな気は無いらしい。
「春海」
「え!?なに犬島君」
「お前にはさっきから俺達どう見えてる」
「え…どうって」
「正直に答えろ」
「なんか馬鹿みたい」
「なんだと春海!?お前友達のふりして実は真の敵…」
「伊波飛躍し過ぎだ」
「春海。お前にはさっきの森も火の馬もこの迷宮も見えてない…見えてるふりだけしていた。違うか」
「だってみんなが見えてるって言ってるのに僕だけ」
春海は項垂れた。
「そうだと思った」
「どういう事だ犬島」
「春海俺達は今何処にいる」
「ドアを開けて部屋に入ってから1歩も動いてないよ」
「どういう事だ」
「この部屋はアストラル体というエレメントで満たされている。アストラル体は普通の人間には見えない。魔道者には強く作用を及ぼす。魔を強く信じるものや縁の者は余計に幻視を見やすく術にもかかり易い」
「藤島は対極だぜ」
「魔道の対極にいるという事はその存在を強く意識しているという事だ。つまり魔法使い同様魔法にかかりやすい」
犬島は春海の手に肩を置いた。
「つまりこの中では春海が1番突出した異能者なんだ。この迷宮から出るにはお前の力が必要だ」
「僕の力」
「春海今何が見える」
「部屋…女の子がいてこっちを見てる。円。円の周りの床に沢山の絵と針?」
「部屋の入り口のドアは」
「こっち」
春海は左を指差した。
「女の子のいる方は」
「こっちだ」
左側を指差した。
「では進もう」
「そっちは壁だぜ」
伊波の言葉を遮るように犬島は言った。
「春海自分の目に見えるものを信じろ」
春海は右側の壁に向かって歩くと.突き当たりの壁に手を触れた。
手はそのまま壁をすり抜けた。
春海の後について迷宮を抜け出す事に成功した。
【問う背中】
こともなげに少女は円環の周りを回っている。
円の外側の床一面にヒエログリフのような聖獣や悪魔や天使の絵。
その1つ1つに針。
「まるで昆虫採集だ」
犬島の心に戦慄が疾る。
「呼び出したものたちを髪の毛で作った針で…規格外の能力だ」
「思ってたより高めのお嬢さんだ。燃えてくるね」
伊波が制服の上着を脱ぐと右手で軽く振って春海に投げた。
「悪いが持っててくれ。シワにすんなよ」
「伊波君」
「こっから先はお前等じゃ無理だ」
笑った口元に鋭い犬歯。
「今の俺のこの姿でもちとヤバいぜ」
「本性を現したな。Νευροι」
「その呼び名を聞くのは南世紀ぶりになるか…正教会の枢機卿にして十字軍6度目の東邦遠征部隊を束ねた男バルバシウス」
「懐かしい名だ。その名前で私を呼ぶのは今はお前だけだ。しかし」
藤島は伊波を見据えて言った。
「遠征に私が参加したのは 7度目だ。狼の子よ」
「元々俺は人間様だつ-の」「皆の者聞いて欲しい」
藤島は春海と犬島に向き直るとうやうやしく頭を下げた。
「今までみんなには黙っていたが私の前世は神聖ロ-マ正教会の枢機卿にして聖騎士バルバシウスだ」
「普通そんな事人に言わないよ」
「キリスト教は確か輪廻転生は認めてないはずだが」
「そんときの渾名はプルケル」
伊波がにやついた顔で言った。
「黙れ」
「確か古代ロ-マ語でハンサム」
「犬島君は物知りだなあ」
「プルケルw」
「ハンサムw」
「わ笑うな皆の衆。笑うな」
「ぶわはははは」
「あ犬島君がツボった」
「私の懺悔を聞いてくれ…私の現在の本当の名前はヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニ」
「セリエA?」」
「日本人の高校生藤島真吾は世を忍ぶ仮の姿」
藤島の体は小刻みに震えている。
「本当はイタリア人でしょ」
「な…」
「しかも年齢は30オ-バ-」
「みんな知ってたのか」
「だって見た目が」
「日本場慣れしてるなんてもんじゃない」
「お前よりチンパンジーの方がどちらと言えば日本人だ」
「てっきり日本人の高校生になりきれたと思っていた」
「ホ-ムルームの時先生が皆に言ったんだんだ「なんだかわからないは藤島は必死で日本人になりきって学校に溶け込もうとしている。どんな事情があるにせよ皆で温かく見守ってやろうって」
全学生に通達が回り藤島は日本人として扱われる事となった。
「なんという慈悲深さ」
「泣いてる…」
「これが無声慟哭というやつか」
「ていうか藤島お前アホだ」
「生徒会書記の浅川さんが私に冷たいのも外国人故」
「普通はもてるが」
「藤島君て35歳位だよね」
「32だ」
「原因は体臭がきつい事」
「なんだと伊波。お前浅川さんといつ」
「ただのピロ-ト-クでだ」
「そうか犬島ピロ-ト-クとは何だ?」
「まあまあまあ」
「春海何を赤くなっている」
「お前の事を無神経にそんな風に言う女はだめだ」
「そうか」
「俺がこらしめておいた」
「こらしめるって…」
「お前もカミングアウトしたなら俺もつき合うか。藤島言って見せろ」
「しかし」
「いいから言えよ」
「昔中世ロ-マで正教会の神父を120人喰い殺した人狼がいた。正教会は壊滅状態に陥った」
「その人狼を見事仕留め司教から枢機卿にまでなった男がいたな」
伊波は着ていたシャツをボタンごと首から引き裂いた。
長く伸びた指先の爪は人ならざる者の証。
「騎士道を重んじる男は何故協会の門を叩いた」
「理由があって神の門を叩くのでは無く神によって召喚されるのだ」
「聖騎士とまで呼ばれた男が俺につけた傷だ」
破れたシャツを捨て背中を向けた伊波の背には刀傷があった。
右肩から左の腰の辺りまで。
「生まれた時から背中にあった痣だ。これだけは消えぬらしい。聖バルバシウスは騎士でありながら」
「背後からお前を切った」
「バルバシウス。汝に問う。
お前達の罪は聖書のページ何処の何処を捲れば書いてある」
「私達の罪は…おそらく不寛容」
「そうか。で…てめえは今回は何をするつもりだ」
「今年は聖年に当たる年。
バチカンにあるサンピエトロ大聖堂にて聖なる扉が開かれ世界中のキリスト教信者がそこに集うだろう」
「キリスト生誕2000年を祝う祝典か」
「教皇様は今年で80歳。
近年は体調が思わしくなくこれが最後の務めになるだろうと側近にもらしているらしい」
「式典にあの娘の力を利用するつもりか…俗物どもが思いつきそうな話だ。
そんだけ神父が雁首そろえるなら天使の1柱てめえらで呼び出してみやがれってんだ」
「これをバチカンより預かった」
藤島が懐から取り出したのは教皇の手紙と奇跡の認定証だった。
「そんな紙きれが何になる。
教皇の跡目は決まってのか?」
「いや…まだ決まっておらぬ」
「きな臭いな」
「バルバシウス」
「藤島でいい…そう呼んでくれ」
藤島は手にしていた手紙と認定証を破りすてた。
「ちっとは進歩したか」
背中を向けた伊波の髪が銀色に変わる。
襟足の髪が伸びて鬣となり隆起した肩の筋肉。フォルムが変わって行く。
かつてアジアとヨ-ロッバの境目にある黒海沿岸に存在したと言われるΝευροι族。勇猛果敢で知られたその一族は狼の神を祀る部族であった。
「その一族は年に一度狼に姿を変えると」
「んな訳あるかつ-の。祭りの日に狼の衣装を着るの。コスプレよ。コスプレ。だがしかし」
「キリスト教信者は迷える子羊で狼は悪魔の手先」
「ロ-マからイスラエルを経由して遠征して来たお前等に俺達は格好の標的だった。お前等が行く先々でして来た事は殺戮と略奪と強姦だ。俺の村でもな」
「認める」
「いいね」
「歴史が証明済みだ」
「慈悲深きバルバシウスは信仰と良心の狭間で揺れていた…壊滅させた村の唯一の生き残りの族長の子を殺せず。ロ-マに連れ帰った」
連れ帰った子はサンピエトロの地下に幽閉された。
世にも珍しい狼の子として。
何がしかの利用価値があるだろうと…子供の延命を望んだバルバシウスの教会への進言が認められた。
「幽閉され一年が過ぎても俺は狼になどならなかった。当たり前だ人間だからな」
一年後子供は外に連れ出され祭祀の時の狼の衣装のまま森に捨てられた。
他の異教徒たちと同様に。中世キリスト教社会では異教徒は狼の衣装を着せらた上言葉を話す事も禁じられ野や森に放たれた。
辿り着いた森は水も食料になる草木もなく狼の姿をした人間が倒れた仲間の屍肉を漁っていた。
「牢獄から出され森に連れて行かれるあの時の少年の姿を1度たりとも忘れた事はなかった」
「さもあろう慈悲深きバルバシウス」
狼に変容した伊波は振り向かない。
「しかしお前は来なかった」
「立ち入りを禁止された異教徒の棲む森だからだ」
「さもあろう」
飢えと衰弱で倒れた少年の前に現れたのは奇妙な黒い革靴を履いた男だった。
「顔を上げて私の顔を見てはならぬ」
と黒靴は言った。
「魔法使いは知られる事を何より嫌う」
少年は霞む目で男の革靴を見ていた。
「神秘の探求と秘匿こそ魔法使いの本質と知れ。
今宵は世にも珍しい狼の神の声に導かれて来てみれば」
次代に遠くなる意識の中で少年は男の声を聞いた。
「なぜ傍らにおるのに我を下ろさぬ。と狼は嘆いておるぞ。よもやその統を知らぬとは…そなたの狼の神に代わり問うが」
漆黒の闇。
それに似て男の声は黒いビロードのように滑らかだった。
「狼とともに歩むか」
声すら儘ならず少年は唯1度頷いた。
「良き哉」
男の手が少年の手に触れる。
微かに麝香に似た香りがした。
「この借りはいつか還してもらおう。狼と踊るがいい。死の舞踏を」
男の立ち去る足音は聞こえなかった。
最初から奇妙なかたちの黒靴は宙に浮いていた。
「ロムレスと名乗っていたな」
国中教会という教会が教われ神父が惨殺される事件が起きた。
「女子供も市民も殺さない神父だけだ」
「わかっていたよ」
「お前等とは違う」
「人殺しに代わりは無い」
「神の御加護はどうした」
「教会を1つ1殲しながら分かりやすいぐらい真っ直ぐ私と教皇のいる正教会を目指した」
単身で武器1つ持たずロムレスと名乗る人狼は市内に乗り込んで来た。
ロムレスとはかつて狼に育てられたという逸話を持つキリスト教の聖人の名前だった。
兵士と聖職者を殺しサンピエトロ広場と聖堂を血の海に染めた。聖書の祈りも聖水も効果は無く剣の刃先を彼の体に触れさせる兵士もいなかった。
「当たり前だ。最初から宗派が違う。それに俺は魔道に帰依したわけでもない」
誰も止める事は叶わず。ロムレスは行く先々で屍の山を築いた。ロムレスが教皇が匿われた聖堂の部屋がある階に達した時目の前に立ち塞がったのはバルバシウスだった。
幾度も目の前で仲間の骸を見せられても現れる。
「その度お前の命だけは取らぬ。勿論慈悲では無い」
それでも剣を構え立ち向かって来る。
「前しか向かぬ男だ」あまり賢くないという意味で。
人外の神の力を宿したロムレスの敵にすらならない。
すぐに床に叩き伏せられ背中を踏まれ骨を砕かれた。
「今からお前に生地獄を見せてやる」
そこに隠れ匿われ震えている老い耄れ爺の命など別に欲しくもなかったが。
立ち去ろうとするロムレスの背後でバルバシウスが剣を構えた。
「聖騎士バルバシウスともあろうお方が狼一匹証明から斬れぬとは。やはら貴様らは野盗の類いよ。いいだろう…やって見せろ。剣が俺の体を切り裂くよりも早くお前は抉り出されたお前の心臓を見るだろう」
バルバシウスは剣を降り下ろした。
背中を袈裟懸けに切り裂かれたロムレスは呆気無く床に倒れた。
「そんな馬鹿な」
ロムレスは絶命した。
「心正しき信仰ある者の前で悪行を省みる事の無い狼はけして振り向く事能わず」
教皇が昨夜信託を受けたとロムレスに伝えた言葉だった。
ロムレス自身信じてはいなかった。
3ヶ月前。とある居酒屋のトイレの便座に伊波は腰掛けていた。
「やっぱ合コン3連はきついわ。しかも2オ-ル」
暖房が効いていない居酒屋のトイレはひんやりとしていて酔いを冷ますのには調度良かった。
ふと足元を見ると目の前に黒靴が立っていた。
「貸しを還してもらいに来た」
「てめえ。あの時俺を嵌めたな。教皇に要らぬ耳打ちなんかしやがって」
「振り向けぬ呪をかけたのは確かだが…どのみち振り向く気などなかった」
「まあな。もう殺すのも生きるのも飽きてた。しかし体を操られて死ぬのとそうでないのとじゃダメージが違う」
「結果が同じなら借りはそのままだ」
「まあいい。言ってみろ」
「娘を1人連れて来い。どんなかたちでも構わん」
「今来てる子たちはダメ。みんな俺のもの。合コンなら企画してやっても…」
「随分軽口をきくようになったな.あの時の行き倒れの小僧が」
「軽口だけじゃねえんだぜ…って証明してやろうか」
目の前に写真と住所の走り書きのメモを差し出された。
「お前の命など焼けた鉄瓶に垂らした水滴と同じ。私の主にしてみれば昔も今もな。操り人形だ」
「なんだお前雇われか」
「雇われではない召喚されたのだ」
「どっかの神父みたいな口ぶりだな」
伊波は写真の少女に目を落とした。
「うわ。かわゆ」
顔を上げると黒靴の姿はそこになかった。
伊波は藤島が先ほどしたように紙を破る仕種をした。
「何をしている」
「お前に習って破ったのよ。
クソ下らねえ約束をよ」
伊波は真っ直ぐに正面を指差した。
「見てみろ藤島」
伊波が指差す方向には円環の少女が今は静止した状態でこちらを見ていた。
「野郎共が姫をそっちのけで辛気くさい昔話ばかりしてたらオカンムリにもなるさ」
伊波の言葉通り少女は頬を膨らませ床に刺さった針を抜こうとしている。
少女が抜こうとしている針の下は翼を生やした2本角の悪魔の封印だった。
「まずいぞ」
「藤島。お前が見なきゃならないのは俺の背中でも過去でもねえ。俺は前を向いて先に進むぜ…せっかくまた人に生まれたんだ」
「伊波」
「先に行かせてもらう」
「伊波針は倒すなよ」
「こんなもん一飛びだ」
「伊波。俺はお前みたいに女の子を取っ替え引っ替えしてるやつには負けん」
伊波は藤島に向かって振り返ると言った。
「狼は1度相手を見つけたら生涯対飼いなんだよ」
「伊波。お前には負けん」
「僕だって」
「春海!」
雷鳴のようなヘリの轟音。金と銀の重なり合う2つの鍵に教皇の帽子が描かれた紋章。
白いヘリからロ-プを伝い神父が降下して来る。
窓ガラスを蹴り割って室内に侵入して来た。
「バチカン!」犬島が身構える。
部屋のドアが開いて衛兵と共に神父がなだれ込んで来た。
「外で様子を伺ってたな」
神父立ちは手に花束や教皇の奇跡の認定証を持っている。
「しばらく見ねえうちにアグレッシブになったもんだ」
「今は独立国家だ。バチカンなめんなよ」
「あの棒持った取り巻きの変なアレグリアミタイな連中はなんだ?」
「スイス衛兵だ。政治的に複雑なのだ」
なだれ込んで来る神父は数を増し。4人には目もくれず少女の元に殺到した。
「私有地…なんだが」
犬島は叫んだ。
「床の針を踏むな!!」
しかしその声は押し寄せる黒い人波と飛び交うイタリア語やスイス語にかき消された。
【残響】
静止した時間の中に犬島は立っていた。
誰も耳にした事のない旋律だけが鳴り響く部屋の中。
耳にした者は生きて再び目覚める事は能わず。
人にけして知られてはならぬ犬島だけが知る音素の並び。
氷ついた悪魔と神々や天使と神獣魔物そして人間達。
天井まで染めた深紅の王冠は飛び散る血の飛沫。
そこに向かって犬島はゆっくり歩いて行った。
彼女は犬島に微笑んだ。
聖も邪も闇も光も人も全て彼女を求め彼女の元に集まる
病める薔薇に集まる虫の群れ
深紅の彼女の寝所を暴こうとする
まるでブレイクの詩編のようだ。
その暗い 秘めた愛が
おまえのいのちを.ほろぼしつくす
そこだけは違う。
類類と横たわる屍の山を眺め犬島は思いに耽る。
あるいは虫は私かも知れないと。
【月5つ・同じ月を見ていた】
27秒前。殺到した人間達で少女の姿は見えない。
藤島も駆け出し人塵に紛れた。
「僕も」
前に出ようとする春海の腕を犬島の手が掴んだ。
「犬島君」
春海が振り向く。
「お前には無理だ。
危険な事は止めておけ」
「僕だって!」
藤島の手を振り払って春海は駆け出す。
「僕だって?」
春海の背中を見ながら藤島は呟いた」
「僕だって何だ?命令だぞ。
そんな返事は教えて無い」
犬島の視線は床にあった。
ゆっくりと竜の首が鎌首をもたげようとしていた。
鉤を生やした指が床を食み自身の体を持ち上げようとする者。
封じ込められていた者達が徐々に姿を現す。
床の上で牧神が角笛を吹き鳴らす。
蛇の尾をくねらせ金色の裸の女が舞いを始める。
黒山の人の群れの中を少女は変わらぬ速さで円を廻る。
次第次第に早さを増すと立ち塞がる者の首や手足が弾け飛ぶ。
天井を染血の色に変える血渋き。
渦のように人を巻き込んで止まらない。
自らの尾を食んで回り続ける黒い獣。
伊波には見えた。
顔に7孔無き6枚の羽の天使
。藤島の目にはそう映った。
髪に沢山の小さな赤色のリボンを結んだ勝ち気そうな見知らぬ少女が春海を見ていた。
「ばあか。春海」
3人惚けた顔で立ち尽くすばかりで。
次々粉砕される人の中から少女は一瞬だけ3人に一瞥をくれた。
輪の中から白い夜着が飛び出して来る。
天井につく高さ。
3人はそれを見て思う。
神様お願いです。
後少し後少しでパンツが見えるかも…もし願いがかなうなら今死んでも…死ぬのは嫌だけど。
しかし見えたのは5つの宙に浮かぶ三日月。
降り下ろされる鎌のような爪が一閃。
おそらく音速を越えていたが空を切る。
少年たちは腹這いになっていたのでまだ頭に首がついていた。
【君は魔法】
停止の音素1音だけでは対象を1つしか止める事出来ない。
犬島は左腕の袖をまくり鍵盤の刺青を右手で払う仕種をする。
宙に浮かんだ鍵盤の輪が犬島の目前に広がる。
1音1音正確に素早く指先で音を響かせる。
凍りついたように時が止まる。
犬島が音を積むぐの止めても何度もループを繰り返す自動ビアノのように。
犬島は少女の元に歩み拠る。
途中床に這いつくばってにやけた顔をしている3人に一瞥をくれるが.そのまま通り過ぎた。
「こんにちは」
と少女が言った。
「はじめまして」
と犬島は微笑みを返す。
「素敵な曲ね」
「言葉や文字で表現すると冗長なので」
「貴方は誰?」
「僕の名前は犬島美景。魔法使いです」
「魔法使い。ここにいる人たちが皆動かないのは貴方の魔法?」
「そうです」
「私は動けるわ」
「貴女に魔法は効きません。多分どんな魔法も」
「私が幽霊だから?」
「それは違うと思います。貴女は幽霊というより元々人ではありません。肉体は死を迎えたけれど…元々人ではなかった。間違えて人に生まれて来たというべきか」
少女は困惑した様子で犬島を見つめた。
「人でも幽霊でもないなら私は何?」
「魔法そのものと言ってもいいかも知れません。あるいは1つの現象と」
「貴方の言ってる言葉の意味が私にはまるで理解出来ないのだけれど」
犬島は優しく頷いて答えた。
「私はそれを貴方に伝えるために来たのですから」
とは言え犬島は言葉で彼女にそれを伝える事の難しさを感じていた。
最初にここを訪れる事を決めた時から。
「ある男がここにいる貴女の様子を見て言いました。『彼女は誰にも教わっていないのに魔方陣を形成し異界のものを呼んでいる』と」
「魔方陣は数学の言葉よ」
「よくご存知だ」
「ここに来る子たちが教えてくれるの」
「呼び出すのに呪文を」
「呪文なんて1つも知らないし…呼んでもいない。空想はするけど。そしたら来るの」
「やはり」
犬島は何も書かれていない円環の中を見て思う。
「彼らがここに集まる事と.その円は関係ないのですね」
「ただ歩いてたらあとが出来ただけ」
あれが異界のものを呼ぶための魔法円なら中に結界の文字や記号が記されていなければならない。
召喚者は円の外に対象となる物を呼び出し中で身を守る。
呼び出すものは大概人外の人間以上の存在であるのだから。
召喚と自衛の呪文を同時に唱える事は出来ない。
まして呼び出した後コミュニケーションを取る事が出来ない。
彼女は結界を張る処か元々格上の存在なのだ。
呼んでなどいない。聖も魔も人も引き付ける磁石のような存在だ。門や入り口と言い換えてもいい。
しかしそれも未だ本来の彼女の姿には.程遠い。
「私は魔法使いです」
「それはさっき聞きました」
「貴女はこの部屋で魔法使いがするような事をずっとなさっているが。それを魔法使いがやるのはとても大変な事なのです。研鑽と習得に長い時間が掛かるもので。魔法使いの話を少ししても構いませんか?」
「ええ。どうぞ」
「魔法使いの本質は秘匿と神秘の探求です。ある程度基礎的な魔法の知識や技術を学ぶのは誰も皆同じですが.そこから神秘の探求つまり専門分野の研究に入ります」
「学者さんみたいね」
「同じですね。ただ魔法使いは自身の研究を誰かや何かのために寄与しようとは思わないのです」
徹底した秘密主義。
自身の名はおろか姿を人に見られる事も魔法使いは嫌うものだ。自身の探求する魔法が何処からこの世界に辿り着くのか.枝のように細い川の支流を辿り神秘の源流を目指す。
神秘は人に知られ認識された時点でその神秘性を失うと魔法使いは本能でそれを知り恐れる存在である。
「私は貴女に最初に出会った時自分の名を名乗りました。貴女が見ているのを承知で魔法も使った。本来なら魔法使いとしてあるまじき行為なのです」
「それなのに…どうして」
「貴女に私の事を信用して話を聞いて頂きたくて手の内を開かしました」
「とても鮮やかで美しい魔法を使う方だと」
「あれは魔法使いとして私の本分ではありません」
「音の魔法使いさんではないの?」
「私の本来の専門は人形使いです」
「人形使い」
「私と貴女と…貴女の部屋に元からいたもの達意外は全て私の手による人形です」
「ここにいた人達全部お人形なのですか」
「そうです」
といっても大半は彼女によって壊されてしまったが。
「なぜそんな事をとお思いかと思いますが理由は2つあります」
「教えて」
「これが人形使いとしての私の能力だと貴女に知って貰う事が1つ。もう1つは.これから先に起こる未来を貴女に見せる事です」
「未来ですか」
「聖職者や魔道にある者。そして普通の人間さえも貴女に引き寄せられ貴女を求めてここに集まるでしょう。貴女の領域を侵そうとする者は皆こうなります。無意識のうちに貴女は周囲に屍の山を築く事になります」いずれ協会からも「書に登録せよ」との通達が来るだろう。登録とは魔法を記号化した後に書に封印する事に他ならない。
邪なる魔道者ならば彼女に力を独占するために動くだろう。
魔法の協会とはいえ主な役目は個の魔法使いの神秘の独占と暴走を牽制するための組織でしかない。
何しろ秘密主義者の集まりなのだから。
封印する事も独占も彼女の本質をしれば不可能なのだが。
それでも動いて来るに違いない。
事実先日伊波の意識に侵入して来た者がいた。
使い魔に後を追わせたが易々とは捕まらないだろうと犬島は思う。
「貴方の大切な人形を壊してしまいました」
彼女はすまなそうに詫びた。
「彼らにはそれが使命と言い聞かせてあります。貴方の反応は予想がつきましたし。呼び出した物との戦闘も考慮したので彼らには痛覚を与えていません」
彼女に対する予想は確信に変わったが。
意外なのは彼女のパーソナリティ-だった。
人間性や感受性があまり損なわれておらず過去の記憶がかなり人格に反映されている。
つまりは話していると普通の少女なのだ。
「1つ聞いてもいいかしら」
「何なりと」
「こちらのご学友3人は」
「勿論人形ですが他の者とは少し違います」
「随分表情豊かだと思う」
「彼らには魂があります」
「人形なのに」
「召喚の儀によって得た魂が。肉体もそれに合わせて作られました」
「作った方の意識も反映される」
「まあ多少は」
「この人たちさっき私のスカートを覗こうと必死で」
「いや…それは」
少女は犬島の顔を覗きこんでじっと黙った。
こういうのには慣れていない。
「い伊波と藤島は元々呼び出した時2つの魂が絡みあっていて過去の記憶を色濃く反映しています。春海はあの子はまた別で」
「4人随分息があって楽しそうでした」
「魔法使いとリカントと神父と人間…ゲームみたいにしたら面白いかと。同級生という刷り込み意外は自由で。あいつらホント人形。ただの人形…です。でくの棒どもが」
「ゲームのキャラクターはお友だちではない?」
「え」
「あの人たち身を呈して貴方を貴方かばったり。励ましたり」
「15の時から」
人の世を捨て魔法使いの弟子になった犬島には友達がいなかった。
「友達です」
人間以外の友達を数多くもつ少女は断定した。
「そこ大切ですよ」
と犬島に微笑んだ。
【犬島】
なぜ魔法使いになったのかと問われたら
「
「魔法使いに呼ばれたから」
そう答える他無いと犬島は思っている。
魔法使いは魔法使いになる者を呼ぶ。
秘密主義の魔法使いがそうした行動を取るのは矛盾している。
魔法の探求を他人に引き継がせて自分は次のステージに進む時か、あるいは本当の意味で自分の死を予測した時なのか誰も分からない。
ただ魔法使いに呼ばれる者は最初から決まっており.それまで普
通の生活を送っていた時初めてその宿命を思い出す。
誘いを拒んだという者の話は聞いた事が無い。
もし仮に拒んだとしても魔法使いは出会った記憶を消して立ち去るだけである。
犬島は15の時に魔法使いと出会った。
魔法使いの修行を始めるにはかなり遅い年齢らしい。
犬島の師である魔法使いは「出会うべき時に出会った。
「年齢は関係無い」と話していた。
犬島は魔法使いについて家を出て師から魔法を学んだ。
師の名前は最後まで知らないままだが彼は「緑の袖」と呼ばれていた。
緑の袖は人間のような人形を造る魔法使いだった。
基礎的な魔法の知識を学んだ後犬島は人形造りを彼から学んだ。
師の技術を学んだ犬島はすぐに頭角を現した。
緑の袖は人形をより人間に近づける事を本旨としていた。
彼が造る人形は文字通り人並みで人間以上でも以下でもなかった。
彼はそれを市井に溶け込ませる。
社会や家庭や友人同士の輪の中に。
犬島師についてその姿を観察した。
彼らは幸福そうな顔を見せたりそうでなかったり…師が何かそれで恩恵を受けているという風には見えない。
犬島には何が面白いのか.まるで理解が出来なかった。
人形造りに没頭する中で犬島は常に人間以上を目指した。
造形の美にしても身体能力にしても…自らの造り出す器に見合う
高次の魂を求めた。
召喚の儀を用いて高次ね魂の補完。
師に提案したが一蹴された。
召喚は独学で学んだ。
最初の召喚を実践した日それはやって来た。
呼び出した円環の外側にでは無く結界が張られた円の内側に。
犬島の背後にそれは立っていた。
恐怖で振り向く事も出来ず。
永遠に等しい時間が流れた。
結界は過去の魔道の叡知の結集されたものであった。
そこに易々と侵入出来るという事は暗に全ての魔法が無効であると犬島に教えた。
背中越しに。
既に犬島には死が与えられていた。
犬島に縁の者…師や両親彼を記憶に留めている者全て地上から蒸発して消え失せた。
彼を記憶している道や壁や石ころからも記憶は消された。
魂の在処は誰にも分から無い。
しかしこの時犬島にはそれが分かった。
背後に立つ者が犬島の魂に手を伸ばし触れたからである。
犬島の魂の奥底の暗部を掻き回す。
そして掴み取るとその場から消え失せた。
犬島の魂では無い。
彼の妹美景の魂を持って消えた。
誰も犬島美景という存在を知る者はいない。
そんな世界で1人犬島は日本に帰国した。
遺族の中で唯1人妹は病院のベッドの中で今も眠り続けている。犬島が呼び出した者のは過去のどんな書物にも記載が無く。
誰の記憶にも無かった。
【圏外】
「『圏外の者』と私は呼んでいるんだ。それが何処から来たのか何処に行ってしまったのか分からないから」
「妹さんお気の毒ね」
「僕のせいだ」
「でも電話みたいな名前」
「どんな賢人や幻視者の検索にも現れ無かったという意味で」
「それで犬島さんは」
「君に協力を求めたい」
「私が磁石だから?」
犬島は頷いた。
「正式に君にパートナーとして契約を結びたいんだ」
「協力して上げたいのは山々だけど」
少女は哀しげに瞳を曇らせた。
「私自縛っちゃってるからここから出れないの。部屋というか円の周りが可動範囲よ」
「それは違うな」
犬島はキッパリと否定した。
「違うって今までずっとそうだったのに」
「君は円環に縛らた哀れな幽霊じゃない。自分をまだ知らないだけだ」
「教えて。貴方なら…私は一体何なの」
「円環の支配者」
「もう少し具体的に」
「そこの円を指差して見てくれ」
犬島に言われた通り少女は円を指差した。
「思う事は唯1つ。その円環は君のもの」
「この円環は私のもの」
絨毯の擦りきれた円い轍が白色に光り始める。
「指を天井に」
円環が浮き上がる。
「頭の上に」
「小さくして」
「再び床へ」
「すごい魔法みたい」
「僕は何もしていない。君が1人でやった事だ」
「ありがとう!これで退屈しなくて済むわ」
「違う。君はこの円環を通って円から円に何処にでも行けるんだ」
「ほえ」
犬島は名刺を渡した。
「鳥籠屋って書いてあるけど…」
「世を忍ぶ仮にの仕事だ。契約する気になったらそこの屋敷を訪ねて欲しい。結界は開けておくから」
閉じても彼女なら。と犬島は思った。
「この屋敷にも侵入者が入れないように後で仕掛けをして帰る」
「さっき聞いた私の事は教えてくれないの」
犬島は床に転がった神父達の人形の残額を
「これはまだ使える」などと呟きながら吟味し始めた。
「その話を今するのは危険だ」
「何故?」
「魔法使いの目と耳と鼻は遠くにいても常に他の魔法使いの方に向けらていてね。ここでは筒抜けなんだ」
犬島は少女の方を向いて真剣な面持ちで言った。
「報酬は僕の命でも魂でも構わないから」
「そんなのいらないわ」
「なら僕の1番大切なもので支払うさ。待っているよ」
犬島は立ち上るとカウベルをポケットから取りだし鳴らした。
「Ψ仕事だ」入り口の扉が開いてネコを転がしながらミノタウルスが現れた。
「犬島達を屋敷に運べあと他のも回収だ」
ミノタウルスは頷くと伊波達を乱暴にネコに放り込んだ。
「ミノちゃん」
「ミノちゃんじゃない!うちのΨだ。勝手に呼ばれたら困る」
「牛なのにサイって…思ったけど貴方センスないわ」
「Ψの文字が角に似てるだろ?それにこいつはサイクロプスの血が半分混じっててね。Ψは0.5サイクロプスのサイでΨ完璧じゃないか。ちなみに伸縮自在だ」
「だめよ可愛くないわ」
「ミノタウルスだぞ」
「サイクロプスだから片目にアイパッチ?バンダナ巻いてるのは何故?」
「海賊のアニメが好きなんだ。まだ子供だよ」
「可愛いわミノちゃん」
犬島は制服のポケットからマジックを取り出しミノタウルスの額にΨと書いた。
「雇われたくない」
「そろそろ音楽が止む」
犬島は携帯をカメラのモ-ドに切り替えてΨに渡した。折り畳み傘を広げ少女を呼んだ。
「記念に1枚」
「私映るかしら」
「映りますよ」
「可愛いくとってね。…ところで何の記念?」
「これからの僕らの未来に」
音楽が鳴り止んだ。
天井から血の雨が降り注いだ。
「Ψ床掃除」
「契約どうしよう」
【犬と花飾りの鏡】
窓ガラスの修理もΨに頼んだ。
「あいつ最近仕事言いつけても屋敷にいないと思ったら」
彼女に暇を告げ部屋を出る時犬島は思った。
実際自分の召喚能力と彼女のそれはリンクする。
犬島の屋敷が鎖で繋いであるのは屋敷にしているベヒーモスが危うく呼ばれそうになったからだ。
部屋にいた異界の者どもも実は犬島と契約を結んだ者達だったりする。
召喚にも契約にもかなり骨を折った。
なのに彼女は。破格である事に間違いは無い。
果たして真実を彼女に伝えるべきなのか。
部屋を出ると見知らぬ中年の女性が戸口に立っていた。
「どなたですか」
犬島を見るなり驚いた声を上げた。
「そちらこそ」
犬島が言い返す。
「ここは私の屋敷ですが」
女性の口が「あ」と小さい声を漏らす。
そして何度も頭を下げ。
「すみません」と詫びた。
以前のこの屋敷の所有者でつい立ち寄ってしまったのだという。
「亡くなった娘の事が忘れられず。今でもこの屋敷の娘の部屋に来れば娘に会える気がして」
「そうですか」
「あのあつかましいようですが娘の部屋に入っても」
「子供の事を思わない親などおりません。どうぞご自由になさって下さい」
婦人は部屋の前にかけられたプレ-トの掠れて消えかけた名前を指でなぞっていた。
「この部屋を開けても娘さんはいません。
多分お母さんの側か天国にいらっしゃると」
「主人にもそう言ってしかられます
。実は私度々こちらにお邪魔して部屋を開けても何も無いのに」
婦人は部屋にかかったプレートを外し丁寧にハンカチでくるんだ。
立ち去る婦人の背中を見送った後犬島は部屋の扉を開けた。
お見送りのミノタウルスが立っていた。
ハンカチで目頭を押さえている。
「お前ちょっとどけ」
彼女は窓際に立って表を見ていた。
「姿なんて見せないよ。だって私化け物なんでしょ」
「誓って言うが」
「生きてる時は苦労ばかりかけて」
「君は化け物なんかじゃない」
「お願い。あの人達から私の記憶を消して。貴方なら出来るはず」
「断る」
「なぜ」
「それは既に経験済みだ」犬島は呟いた。自ら言い聞かせるように。
「そしてそれはとても辛い事なんだよ」
犬島の世界はある時期を境に問いかけても誰も答えをくれない世界に変貌した。
守るものはある。
でも彼女はベッドで犬島の呼び掛けに答えない。
また1つだけ死んだはずの犬島の世界に守るべきものが1つ。
今犬島の腕の中にいて消え入りそうな声で泣く彼女の声を聞いていた。
部屋の前にかけられた掠れて読めない名前を犬島は呼んでやる事は出来無かった。
屋敷に1人戻った犬島はただ.じっとして彼女が訪れる日を待った。
待ちながら。
「期限を切ればよかった」と思ったりした。
部屋に丸い花飾りのついた鏡を買った。
ここを通って彼女は来ないか。
訪れる姿を想像した。
人を待つ事など今までした事が無い。
彼女に全てを打ち明けるか考えたが答えは出なかった。
【四凶】
古代中国に四凶と人々に恐れられた4匹の怪物の逸話が残されている。
その四凶の中の1つが「混沌」である。
恐らく彼女はそれだ。と犬島は考えた。
聖や魔を引き寄せ円環の軌跡を描き歩き回る様はまさに混沌。
恐らく少女のすぐ側で彼女が犬島の人形を攻撃する様を間近で見た三人の目にはそれぞれ異なる混沌の姿を目にしたに違い無い。
しかし古代の中国人がイメージした混沌同様それは彼女の表層でしか無い。
ギリシャ神話の.混沌から闇が産まれ光や大地・神そして人間が生まれ…これは国産み神話である。
魔法使いの考えはまたそれとは異なっている。
魔法使いの求めるものは神秘。
神秘の探求こそが命題であり全ての行動の原理となりうる。
神秘とは即ち混沌であると犬島は考える。
「魔法とは一体何処で産まれ現世の魔法使いの元に辿り着くのか」
魔法使いという存在がこの世に産まれてから常にその問いかけはあった。
此処では無い何処か別の場所にその源流は必ず存在する。
科学にしろ賢人の叡知にしろ魔法でさえも全てその源流で産まれこの世界に流れ着く。
普通の人間には感知できない一髪のような細く心許ない支流のまた支流。
善と悪・聖と魔。ありとあらゆるものが1つに溶け合い渦巻く円環の源流。
科学を探求するものも賢人も音楽家もそこから得られたものを成果として文明に寄与して来た。
魔法使いはひた隠しにする。それだけの違いである。
何故今この世界に混沌である彼女が生まれたのか知る由も無い。
彼女が死してなお真実の姿と成らないのかは生きていた時の人と
しての人格や記憶がまだ残されているからか。
もしも彼女が真実の姿に戻るなら。
この世界は変容し全ては無に帰す。
何故かと理由を問われてもそこに混沌が生まれるのだから。
神や天国や地獄の概念すら彼岸の彼方の混沌から生まれたものだ。
「そんな事を彼女に伝えてどうなる」
犬島そんな事を1人夜更けに考えていた。
ふいに隣の部屋の扉が開いた。
「犬島さん…私来ました」
そう言って扉から顔を覗かせた少女は昼間と違うワンピースを身に着けていた。
犬島はそれを見た途端深い安堵の気持ちに包まれた。
そちらを選んでくれた事が何より犬島には嬉しかった。
もし部屋の扉から現れたのが妹の美景であったら。
犬島はソファーから立ち上がると少女を部屋に招き入れた。
胸の中に立ち込めていた鬱々とした気持ちは霧消していた。
椅子に彼女を座らせると全てを話した。。
犬島は何時に無く饒舌なのは単純に彼女を待ちわびていたからである。
彼女は遠慮がち部屋に入るとまず花飾りのついた鏡を「素敵」と褒め称えた。
【学校に行こう】
朝高校に通う通学路を歩きながら犬島は今でもあの夜の事を思い出す。
まず彼女は部屋の鏡に目を惹かれ駆け寄った。
「え…何このリボン」
「僕が結んだ」
「いつの間に。魔法ですか」
「違う。手で結んだ」
「何故何時何処で」
「自分の手をつねってみて」
「痛いです」
「君の魂を今包んでいるのは僕が造った君の人形だ」
「私の人形」
ポカンと口を開けた彼女の顔が鏡に映る。
「君は此処にどうやって来た」
「貴方に言われたように円を通って」
「その時どんな事を考えたかな」
「魔法使いの家ってどんな風かなとか…貴方が言ってた命より魂より大切なものって何だろうとかです」
やはり高次の者は契約の際無意識のうち契約者の持つ一番価値のある物を求めるのだ。
もっとも彼女の場合単純に興味がそちらにあっただけかも知れないが。
いずれにせよ人形の中身に入ってもらう手間は省けた。
「私が鳥籠屋と呼ばれる由縁はそんな風に召喚した魂を用意した人形つまり鳥籠に閉じ込めてしまうからなんだ。人形自体が結界になっているから1度入ったら出られない」
「そんな事をしてどうするの」
「好事家や魔法使いに召し使いとして売るのさ」
「酷いわ」
「やつに近親の者を全て殺され妹の魂を取り戻す術も無く私は自暴自棄になっていた。鳥籠屋は既に廃業したよ」
「そうなの」
「君の今の肉体は君を人間以上の存在にしないために制限をかけるためのものだ。言ってくれたらすぐにそこから出してあげられる」
もっとも彼女が本来の姿に戻るなら簡単に食い破ってしまうだろうが。
「君が混沌であるという説明は先程した通りだ。理解して貰えたかな」
「信じ難い事だけど今の私の状況を考えたら」
「その上で君に聞きたい事がある」
「私に聞きたい事」
「そのままその体に残って僕の協力者となるか。本来あるべきの姿になる事を希望するか」
「私が本来の姿になれば全てが無に帰すと貴方は言ったわ」
「多分そうなるね」
「その時私はどうなるの?」
「混沌そのものに今の君のような自我があるのか正直僕には分からない。今の君を君たらしめているのは過去の人として生きた記憶だから」
「唯1人渦の中心にいて生きるのは嫌」
犬島は彼女の話に耳を傾けながら考えていた。
彼女がどちらの選択をしても自分は構わないと。
「告白すると」
彼女を見て言った。
「生涯で2度だけ人を好きになった事がある」
「ええ」
「本当の君ではないかも知れないけど。君の魂を入れるために造った人形が完成した時造形の美しさに恋をした」
「もう1つは」
「君の家で君に出会って魂に触れた時だ」
だから犬島は思う。
もしも彼女が人間でない選択をしても自分は構わない。
世界は無に帰ったとしてもまた新しい世界が生まれる。
見知らぬ神や混沌から生まれた今の世界とは違い彼女から生まれた世界だ。
そこにある石ころだろうと木の枝であろうと自分は構わないのだと。
彼女が混沌ならば魔法使いである自分が目指す道を辿り今自分はそこにいる。
そう確信した。
「貴方と契約するわ」
「ここに着た時点で契約は成立かと思っていたよ」
「貴方の屋敷に来たはずなのに寝室で眠っている私を見て驚いた。そのまま意識が遠くなって気がついたらベッドに寝ていたの」
「君が求めるものと僕が大切に思うものは違うかも知れないけど。僕にはそれ以上の人形は作れない」
彼女の髪に触れるとはらはらと赤いリボンが全て床に落ちた。
「このリボンは何?」
「君の体の年齢だ。君ここで生まれてから君の魂が訪れた今日までの日日…カレンダーだ」
犬島はカウベルを鳴らした。Ψが不思議な形のケ-キを持って部屋に入って来た。
「カウベルの使い方間違ってるわ」
「今朝宅急便でロ-マから届いた。ロ-マ教皇の帽子を型どったケ-キでズコットと言うんだ」
まさか本当に送って来るとは…何でも言ってみるものだ。と犬島は思った。
「中に蝋燭が入ってるな」
「私誕生日を座ってお祝いした事無いの。四六時中歩いてたから」
「今お祝いしよう。今日が君の誕生日だ」
「火を着けてね」
「ライターはどこだっけ」
「魔法使い何だから魔法で着けて」
「えっと」
「どうしたの?」
「呪文忘れた」
犬島には一般常識が無い。と彼女は言う。自分もだが。
「貴方は特に酷い」と。
話が春海に及んだ時。
「あれは普通と違うやり方で生まれた子だ。僕の体と君の体の1部を使って…医学では体外受精というのかな」
「まだデ-トもキスもした事ないのに」
「君の体に触れなくても出来るんだよ。僕は魔法使いだからね」
倫理も欠落している。
「君が僕の大切なものと言った時妹じゃなくて君の体を選らんでくれて良かった。
僕は実は妹を女性として愛してるのではと昔悩んでいて」
闇がどんどん出て来る。
しかも深そう。
彼女の強力な説得もあり犬島は高校に通い始めた。
彼女も妹の美景として今は学校に通っている。
結界の中の屋敷にいてはいつまでも妹さんは救えない。
「私が磁石になってそいつを引き寄せるの」
彼女の提案に最初反対していた犬島も折れた。
伊波や藤島たち3人は師の方法に習い市井に溶け込ませた。色んなところに魔法を使を施さなくてはならず.やってみるとかなり大変だった。
今頃になって師の偉大さに気づいた犬島だった。
今は3人とも別の家から学校に通っている。
朝。校門の前で伊波が生活指導に捕まっている。
妹を連れた犬島は藤島や春海と挨拶を交す。ピアスの耳を引っ張られた伊波が美景(妹)に手を降っている。
「私教室こっちだから」
美景は1年の昇降口に向おうとすると
「僕もブラバンの朝練そっちなんだ」
春海が美景と連れだつって歩きだす。
チラリと犬島を一瞥して。
「あいつ何時ブラバンなんて入ったんだ」
犬島は首を傾げた。
最近犬島は放課後音楽室でピアノを弾いている。
傍らに大人しく座って耳を傾ける妹の姿があった。
2人は気づいていないが教室の外に見学者が鈴なりになっていた。
春海も藤島もその中の1人だった。
「多分原因はそれ」藤島はしかし黙っていた。
「あいつ楽器何?」
「トロンボーンだ」
【プロローグ】
「ったく何でお前とおれがゴミ捨て係なわけ」
教室のゴミ箱を抱えながら伊波が藤島に文句を言っている。
「お前と女子を2人で行かせると帰って来ないだろ」
2人は校舎裏にある焼却炉にゴミを捨てに行く途中だった。
「犬島早退したな」
「病院から電話だってさっき担任が呼びに来てたけど」
「病院って美景ちゃん治って学校来てるしな…料金未払とか?」
「お前じゃあるましいし」
昇降口を出てすぐの場所に在校生から贈られたソメイヨシノの桜の木がある。
今年は例年に無い強い寒波の影響で桜の花は散らずに咲いていた。
桜の木の下に私服姿の少女が立っていた。
目を閉じて桜の芳香を楽しむように。
背がすらりと高いモデルのような体型をしていた。
「ねえねえ君転校生」
「あ・こら」
伊波が駆け寄ると少女は閉じていた目を開けて微笑んだ。
「2年の犬島美景の教室は何処か分かりませんか」
「犬島なら早退したけど犬島の知り合い?」
「妹です。犬島美景と申します。よろしくお願いします」
「犬島美景ちゃん。犬島の妹の1年なら教室にいるはずだけど」
「私です」
「双子?似てないけど」
「名前まで同じな訳あるか」
「だって犬島だって同じ字だし。家風なのかも」
「妹は私1人です」
「犬島に電話かメールしてみた?」
「何回かしてみましたけど…つながらないの」
ふと見ると少女の立っている桜の木が枯れている。
「圏外からだから」
《 円環奇譚 鳥籠姫 了 》
【 あとがき 】
原稿遅れてすみません。次回はきちっと締め切り守ります。音素文字に関しては本当は象文字みたいなやつで・・かけないんでアルファベット表記は発音だと思って頂ければ幸いです。
【 その他私信 】
レストラン勤務なので春休みから連休にむけて地獄車フル稼動中です・・死
ココット固いの助
mixiアカウント http://mixi.jp/show_friend.pl?id=20662502
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●「考えるべきです。たった一人の肉親である息子に、どれほど会いたかったかを」
《 Key persons 》
著者:知
「考えるべきです。たった一人の肉親である息子に、どれほど会いたかったかを」
ドンドンと両の拳を2回机に叩きつけ、少し目に涙を浮かべ彼女はそう言った。
その姿は可愛らしく男の保護欲や庇護欲をかりたてるものであるけど、騙されてはいけない。
その涙は偽物だ。演技である。
何でそう言いきれるかって?
女の魔法使いにとって色気と涙は重要な武器、有効に使わないでどうするの? と豪語してる人なのだ。推して知るべしというものだ。
久しぶりに会ったと言うのに相変わらずなのは元気だという証拠なのだろうけど、思わずため息が出てしまう。
「……はぁ」
「まぁ、久しぶりに会った母親に対する最初の発言がため息なんて……母さん、そんな子に育てた覚えはありませんよ」
母親のあなたがそんなだからため息が出てしまうんだ、とは口が裂けても言えない。
怒られたり喧嘩になるぐらいなら言えるのだけど、この母親は泣き始めるだろう。大声で。
勿論、嘘泣きである。ただ、周りの人達には嘘泣きに見えないから困るんだ。
そして、嘘泣きしているときに大声で言うであろう言葉も困りものなのである。
その言葉とは……
「うわーーーん、おにいちゃんがいじめるーーーー」
である。
えっ? 何で言うであろう言葉が分るのかって?
前に一回それをやられて周りから白い目で見られたんだよ……あの視線は二度と味わいたくない。
俺の母親は見た目が若い。
俺と一緒にいると兄妹に見えるのである。勿論、俺が兄で母親が妹ね。
もう、四十路近くなるというのに見た目は高く見て10代後半。永遠の18歳を地で行くような人なのだ。
「ねぇ、今、考えては行けない事、考えなかった? 例えば私の年……」
「考えてないよ」
「そう? ならいいのだけれど」
危ない。前に年齢の事を言ったら半殺しにされたことがある。あのときの事は思い出したくもない。
思わず言葉を遮って否定してしまった。
「ところでさぁ……」
「何?」
「何で、俺がたった一人の肉親なんだよ。父さん、死んでないだろ」
「てへぺろ☆」
誤魔化すように、ポーズまでとってそう言った。
「はぁ……」
思わず今日2回目のため息を吐いてしまった。
「駄目だよ。若いのにため息ばかりついちゃ」
誰のせいだ、という気力は俺には残っていなかった。
こんな母親ではあるけど、魔法使いとしての実力はかなりのものなのである。
あるレベルまで達した魔法使いは不老になる。
勿論、そのレベルに達する事は難しく一生かけてもたどり着けない人が大半だ。
それなのに母さんは俺を産む前に――10代の頃に達したのだ。
生ける伝説となっていて、彼女の名前を知らない人がいないと言っても過言ではない。
二つ名を数多く持ち、その実力を示す武勇伝も数多く持つ。自慢の母親であり、いつかは追いつき追い抜かす目標でもある。
年を重ねるにつれ彼女の偉大さを、異常さを身に染みて感じたりもしているのだが……
こうやって直接会うと俺にとってはただの(少し変わった)母親でしかなく、そのギャップに違和感を覚えてしまう程だけれど。
「冗談はこれぐらいにしておいて、元気そうでなによりだわ」
俺はセカンダリを卒業後親元を離れた。
その際につけられた条件が俺が一人前になるまで定期的に母親か父親に顔を見せる事だった。
母親も父親もある国に仕えている。
俺もミオの件がなかったなら、母親と父親と同じ道へ進んだだろう。
親子とはいえ、所属先が違うのにこうして定期的に会って俺と手合わせをしてくれる。そういう機会を作ってくれる。いくら感謝してもしたりないぐらいだ。
「まぁ、こうやって親子の会話をずっと続けていたいけれどお互いに暇ではないしね。この半年でどれくらい成長したか、確かめさせてもらうわ」
そう言うとカフェから何時も母親と手合わせをしている場所へと転移した。
相変わらず全く魔力は感じられなかった。思わず鳥肌が立ってしまうほどの鮮やかさだ。
転移魔法は複雑な魔法だ。使える人もそれ程多くない。
転移魔法を使ったと感じさせず転移させることができる人となれば、おそらく両手の指で足りるぐらいだろう。
もし、母親と敵対する事になったとして、転移魔法を罠としてをあちこちに仕掛けられたらそれだけで俺は手も足も出せなくなってしまう。俺から攻撃を仕掛けに行く事ができないのだから。
「ルールはいつも通り。時間無制限で降参するか気絶したら負け。このコインが地面に落ちたら勝負開始ね」
そう言うと、コインを上に弾いた。
チャリンとコインが地面に落ちた音が聞こえた。
俺と母親の実力差は明らか。でも、だからこそ全力を出すことができる。色々な戦術を試すことができる。
今日こそ一矢報いないと。そう思い気合を入れ母親に向かっていった。
「んー約15分……前よりは持ったわね」
結局今日も一矢も報いる事ができなかった。
かすり傷さえ負わせることができない。確かに魔力差がかけ離れているとそうなるのだけれど、母親より魔力が大きいミオと手合わせをするときは傷を負わせることができるのだ(勝つこともできる)。何か別の理由があるはずなのだけれどそれがさっぱりわからない。
ただ、気になった事が一つだけあった。今回はそれに気を取られて負けてしまった。
一瞬覚えた違和感……その正体がわかれば何とかなるかもしれない。
「前回より一段と強くなったわね。並の魔法使い相手だと負ける事はないと思うわ。ただ、上級クラスになると五分五分かしら」
俺は大きな所に属していないので魔法使いの中でどのくらいの強さなのかわからない。だから、母さんがこのように手合わせ後教えてくれるのだ。
「それは、俺の特性も考慮に入れて?」
「勿論。特性を考慮に入れないのなら上級クラスだと2対8というところかな。上級クラスになると実力があって戦闘に慣れている人が多いから、純粋な魔法勝負になると経験不足であることは否めないわね」
俺の特性は簡単に言えば『魔法使い殺し』。対魔法使いに特化しているのだ。
初見の相手ならば魔法使いに限らず剣士などのあらゆるクラスに対して有利に戦闘をすることができるけど、それは対魔法使いに特化した事の産物でしかない。
「わかっているとは思うけど、私に負けているようだとダメだからね。あなたが目指している――達しなければいけない強さはそういうレベルよ。まだ、若いから……なんて言っている余裕はない。その時が何時くるかは誰にもわからないのだから。ミオちゃん本人にもね」
「それは……」
「今のままだとその時はいつか必ずくる。そのときまでに少なくとも彼女を止めることができるレベルになっていなくてはいけない。全力全開の彼女をね」
母さんは所属しているところでも上のポストに就いている。それで俺がまだ知らない事まで知っているのかもしれない。
そしてそれはミオが危険視されていることの表れでもある。
「おそらく、私の方が彼女に関する事は詳しいでしょうね。でも、私が知っていることの殆どはあなたでも知ろうと思えば知ることができるはずよ。真実は絶望を与えるものかもしれない。でも、知る勇気を出しなさい、真実から逃げてはいけない。そして知った上で自分の信じた事をしなさい。そうでないと全てが終わったとき後悔する事になるわ」
母さんはそう言うと腕時計をちらと見て
「時間ね……次も約半年後に手合わせしましょう。どこまで成長しているか楽しみにしているわ」
俺を元いた場所に転移させた。
約半年後、その時までに俺はどのくらい強くなれるのだろうか。
「ふぅ……」
我が息子を転移させ思わずそう息を吐いていた。
言わなくていい事まで言ってしまったかもしれない。けれど、何時かは言わなければならなかったこと。
早めに言う事が息子のためになる、そう信じたい。
「真実から逃げるな……か」
自分が言った言葉に思わず苦笑を漏らしてしまう。
逃げているのは私なのにね。
「ディスペル」
魔法を解除する魔法を自分にかける。すると身に着けていたアクセサリーが音を立てて壊れ、制御するのがやっとな程の魔力が私の体からあふれてきた。
そして、肩のあたりで切りそろえていた黒髪が腰のあたりまで伸び、髪の毛も銀髪へと変わっていった。
この状態は体に負担がかかるけれど、数年に一度封印をかけ直さないと封印が壊れてしまう。
「……ふぅ。魔力の量に変化はなし……ね。私が血を濃く受け継いでいるとはいえ、あの人やミオちゃんとは違う見たいね。もう、魔力が増えなくなって何年になるかしら」
制御できているけれどこのままの状態でいるのは危険。早く魔力を封じ込める魔法をかけないと。
「……っと。よし、問題ないわね」
封印をかけ体に異常がないかを確認しそう呟く。
あの人は制御するのがやっとな魔力をかかえどのような気持ちで生きていたのだろうか。魔力が際限なく増え続けついに制御できないところまで来てしまったとき、どのくらいの絶望をかかえたのだろうか。
あの人――人類に多大な成果をもたらし、そして、多大な被害をもたらした人。その被害の大きさに歴史に名前はおろか存在した痕跡すら残されていない人。も更に言えば、一般には被害があった事さえ知られていない。ある一定の地位にいる人なら被害があった事は全員が知っている。だけど、あの人の存在を知っている人間は私以外いないと思う。
何故、私が知っているか。
簡単な話。私があの人の子孫だからだ。でも、あの人の事は両親も祖父母も知らなかったはず。
先祖代々受け継がれていた開ける事のできない大きな箱があった。
その箱には『この箱を開けることができる者が現れないことを願ってこれを残す』と書かれたプレートがつけられていた。
最初はこのプレートに書かれた言葉の意味がわからなかった。だけど、私がこの箱を開けることができ、中に入っていた何冊もの手記の中身を見たとき理解した。
その手記にはあらゆることが書かれていたと言っても過言ではなかった。普通の魔法使いなら知ることができないような事まで書かれていた。
逆にそのせいで疑問が生じた事もあった。
私のような存在が将来生まれてくることがわかっていて、何故あの人の子を生かしたのか。という事だ。
未来を予知できる人がいるのだ。
ならば、あの人が子どもを産んだ事もわかっていたはず。そして、血を濃く受け継いだ子孫が生まれることもわかっていたはず。
あの人やミオちゃんのような危険性がないことがわかっていたからなのだろうか。
それとも、私に――あの人の血を濃く受け継いだ子孫に――何らかの役割があるから生かしたのだろうか。
おそらく、私が今この時代に生まれたことも偶然ではない。
仲良くしていた夫婦に子供が生まれたときに気づいた。見た瞬間あの人の生まれ変わりだとわかった。それがミオちゃんだ。
生まれ変わりだとしても力に目覚めずに一生を終えることもあると手記に書いてあったけれど、ある事件が起こりプライマリに入る前に力が目覚めてしまった。
もしかしたら、私の役割はミオちゃんが力に目覚めないか監視し、もし、力に目覚めたらその瞬間に殺すことにあるのかもしれない。
そう思っていた私は力が目覚めたことに気づいた瞬間、力に目覚めたことによる体への負荷により気絶しているであろう彼女の元へと向かった。
気絶しているとはいえ、彼女を殺すことができるのは私だけだった。ここで殺さないと将来大きな事件が起こる。
全てが上手くいきこのまま暴走せずに暮らすことができる。そう思われていたあの人でさえ暴走したのだ。
手記にも書いてあったけど、何かが足りなかった。その何かさえあれば……でも、その何かがわからない。
手記を全部読み終わり彼女が力に目覚めるまでの間色々調べたけれどわからなかった。
ならば、大きな事件が起こる前に私の手に負えなくなる前に……そう思っていた。
でも、気絶しているであろう彼女を発見しその首の骨を折ろうと力を込めようとしたができなかった。
私の子どもも彼女と同じ年に生まれたこともあり、家族ぐるみで子供が生まれる前より深い付き合いになっていた。
そして、彼女も私が遊びに行くと「おばちゃん、おばちゃん」と無邪気な笑顔を浮かべて懐いてくるのだ。
彼女の両親も「人見知りが激しい子なのに、不思議ね」とその光景を見て微笑みを浮かべていたのだ。
2、3度首の骨を折ろうと力を込めようとする度にそれが思い出され、結局、私には彼女を殺す事はできないと諦めた。
今後彼女に関してどうすればいいのか、そう考えていたときにふと思った事があった。
何故、彼女達は生まれ変わってくれるのだろうか、と。そして、何故、暴走したら殺すのか、と。
生まれ変わってこないようにすることはできないのか。そうできるのならそうした方が問題が生じないのは明らかだ。もし、そうできるのにしないのならば彼女達が生まれてくることに何らかの意味があるのだろうか。
そして、そうできないとしても、殺さずに封印する事が可能ではないのだろうか。暴走してしまえば封印は難しいかもしれない。けれど、赤ん坊の頃に封印してしまえばその問題は解決するのだ。
非人道的な事だからしない? そんな事はありえない。世界のためにならないと判断したら何人であれ殺し存在を抹消させるような存在だ。
ならば、彼女達が暴走せずに生き続けることに何らかの意味があると考えるのがいいのだろうか? もしかしたら、暴走しないという事が重要なのかもしれない。
少なくとも今まで私達のような存在――彼女達の子孫が彼女達の生まれ変わりと同じ時代に生きた事はなかったはず。そもそも、彼女達の子孫が私達以外にいるのか疑問がある。いないと考えるのが妥当だろう。
だとすると、私達は「あの人が足りなかった何か」を埋めるためのピースのひとかけらとなる事を期待されて生かされたのではないだろうか。
そう推論を出した数日後、ある事に気がついた。
それは、私の息子がミオちゃんの『パートナー』に選ばれていた、という事だ。
『パートナー』は魔法使いが互いに足りないところを補い合うために組むものだけれど、そういう意味ではない。
彼女達の『パートナー』にもそういう意味は含まれているが、決定的な違いがある。
それは、暴走したときに彼女達を殺す役割を持った人間、という意味だ。
どういう理由かは知らないけれど、暴走していても『パートナー』だけは殺すことができないらしく、逆に、『パートナー』は彼女達の防御がどんなに頑丈だろうと殺すことができる。
あの人も『パートナー』の手で殺された。その『パートナー』の名前はマユ。今は大図書館の司書の主をやっている人だ。いや、もう「人」ではなくなっているか。
私が大図書館に行く事ができるようになり彼女と初めて会ったとき、私の顔を見て驚いていたのが印象に残っている。
そのときの私はまだあの大きな箱を開けることができていなかったからその理由がわからなかった。でも、あの箱を開け手記を読んだら分った。
私があの人にそっくりだったからだ。上手く誤魔化して私があの人の子孫である事は隠せているけれど、もし、封印を解いた姿を見られたらばれてしまうだろう。ばれても私には大きな問題はないけどね。
どのような経緯で知り合ったのかはしらないけれど、息子はマユの指導を受けているみたい。
かつて自分が『パートナー』だったという事は教えていないみたいだけれど、放っておけないのだろう。
本来なら私が伝えるべき事も彼女から伝えられている(又は伝えられる)だろうし、おかげで私は「あの人が足りなかった何か」を探す事に集中することができている。
最近になって「あの人が足りなかった何か」の手がかりをつかんだ。
すぐにでもその手がかりの下へ向いたいのだけれど、向おうとすると何らかの邪魔が入る。どうやらまだその時ではないという事のようだ。
ここまであからさまに「未来を予知できる人」が干渉してくるという事は正解と考えていいのだろう。
そう遠くない将来手がかりの下へ向うことになるとき、おそらく息子にも私達があの人の子孫であると伝えなければならなくなるだろう。そして、私が血を濃く引き継いでいて、暴走してないミオちゃんと同じ魔力を私が持っているということも伝える事になるだろう。それを知ったとき彼はどのような反応をするのだろうか。
手がかりを知った今、様々な疑問が新たに発生している。その疑問は考えれば考えるほど深まるばかりで、その疑問の解答を知ることに恐怖を覚えるというのが素直な気持ちだ。人には知らなくてもよい事がある。人が知るべきではない事実がある。無知でいた方が幸せなこともあるのだ。
人が背負うには大きすぎる荷物を抱えた今、私はどんなに逃げたくなろうと逃げる事は許されない。
『勇気を出せ、真実から逃げるな、自分の信じたことをやれ』
手記の最後に書かれていた言葉だった。あの人はこのような事態になる事を予想していたのだろうか。
そんな事を考えていると時計のアラームが鳴り響き時間が来たことを知らせた。
「さて、色々しなければいけないことが溜まってるし……頑張らないと」
私は1回深く深呼吸をし家路へと歩き始めた。
《 Key persons 了 》
【 あとがき 】
はい、今回も同じ世界の話。MC vol.39で触れた「息子に魅了の魔法をためらいなくかけてくるだろう母親」が登場
この母子はこの世界の話のキーパーソンなのに名前が全く話の中に出てこないという……
時系列的には前回の話より数年前になります。
ここまでくるとこの世界の話で長編書けよ、と言われても仕方ないね。
今回の話もそうだけど、わざとはぐらかして書いている部分があって、そこをどう書くかに凄く苦労した。
ただ、そのはぐらかした部分のせいで分りづらくなっている一面があるかも。
以下、意味不明な文章を置いておく。
本来ならAはこの世界が進むべき航路を示す存在のはずだった。
本来ならBは示された航路にしたがって船を進ませる存在のはずだった。
けれど、あるときから進むべき航路が正しく示されなくなった。Aがいなくなったのだ。
そのときからBは進むべき正しい航路を手探りで探しながら、Aを探し続けた。
Aを発見したとき、AはAでなくなっていた。
Bはそうなった原因を探しながら、Aが元に戻る方法を探し始めた。
『忘れられた丘』 知
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●勇気を出せ、真実から逃げるな、自分の信じたことをやれ、と。
《 an idol in cry ~彼女は流す涙を纏う~ 》
著者:松永夏馬
勇気を出せ、真実から逃げるな、自分の信じたことをやれ、と私の中の誰かが叫ぶ。躊躇うな、恐れるな、考えるな。過ちを犯したのはそいつだ、間違っているのはそっちのほうだ。
光永ナツミは全身びしょ濡れになりながらも、湯の張られたユニットバスに水戸平仁美の頭を押し込む。驚きと恐怖で見開かれた目だけがやたらと目立つが、薬とアルコールで呆けた頭でどれだけのことを理解しているだろうか。ゴボリと一際大きな泡が口から溢れ出すと、突っ張っていた手足が急に弛緩した。
ぐにゃりとした仁美の体から、ナツミはなかなか手を離せなかった。力を抜いたら飛び掛ってくるような気がしたからだ。そのまましばらく、10分近くもそうして硬直していた。湯気と、湯の中の髪だけが、ゆらゆらと揺れていた。
ヒト×ナツ。深夜番組の企画、公開オーディションによって選ばれた、今一部のいわゆるオタク層を中心に人気の、ヒトみんこと水戸平仁美、ナツみんこと光永ナツミからなる二人組ユニットだ。アイドルという単語の意味から程遠いが、2流だろうと3流だろうとアイドルはアイドルである。今回の仕事は地方の営業で、町の行政が主催の地方振興イベントのステージ。イベント企画職員が例の深夜番組のファンだったらしく、オファーが来たという話だ。まだまだ知名度の低い『ヒト×ナツ』だが、一部の濃いファンは東京からわざわざ出張ってきたりしていて、また地域住人にも温かく受け入れられたこともあってステージはそれなりに盛況だった。
さて、光永ナツミが高校時代からの友人であり今共に夢を掴みかけていた仁美を殺害するに至るきっかけは仁美の夜遊びにあった。いちおう二十歳の二人だが、特に小柄で幼く見える仁美にそのイメージはマイナスだ。おまけにその夜遊びを共にした男性陣にはあまり良い噂が無い。
そして違法薬物に関して追求したナツミの問いを仁美は悪びれず肯定した。あっさりと。
恐怖と怒りと混乱とに渦巻き言葉を失くしたナツミをよそに、仁美は浴室へと入っていった。浴槽に溜めていたお湯を止めたらしく水音が静まる。
「お湯入れすぎちゃった」
能天気にそんなことを言いながら出てきて服を脱ぐ。換えの下着を手にし、ナツミに向けた顔はアルコールで少し緩んでいて、そして赤くなった目元が笑った。
「もう話は終わった? アタシお風呂入るから、また明日ねー」
浴室の扉が閉じられる音を聞きながら、ナツミは特に何も考えずに動いた。そのわりに、できるだけ濡れないようにと洗面台に用意されていたアメニティのヘアキャップを被り下着とシャツだけになる。
子供の頃から見ていた夢を台無しにされた怒り。単純に言えばつまりはそういうことなのだが、この時はあくまでも冷静沈着だったと思い込んでいたのだろう。
********************
宿泊先のホテルはイベント会場のある市街地から少し離れた高台の上にあり、高級ホテルのスイートとまではいかないものの、ちゃんと個人個人に部屋をもらえた。したがってここは仁美の部屋である。バスルームから出たナツミは、濡れた顔とシャツを洗面所のタオルで軽く拭いた。着替えまで持ってはいないのでこのまま部屋に戻るしかないが、ナツミの部屋も同じフロアでしかも隣だ。このフロアには他の客が泊まっていないということなので、誰かに見咎められることもないだろう。室内を見回すと、さっきまで仁美が飲んでいたビールやチューハイの缶がいくつも転がっているし、食べ散らかしたスナック菓子も出しっぱなしだ。そしておそらく。ナツミは仁美のキャリーバッグを開けて中身を探る。やはり。
「……ナサケナイ」
説明書きの無いPTP包装の薬剤。これがアイドルの実情か、と苦笑せざるをえない。テレビやステージでで見える華やかで煌びやかな、そして笑顔で彩られた世界は表面の見える部分でしかない。どれだけ可愛いドレスを着ていても、一番下はババシャツだ。酒もタバコも、バカな薬も。そして自分に気づいて空虚に笑う。そして殺人も、だ。
とにかく自分の部屋に戻ろう。仁美は酒と薬で酔っ払って風呂に入り溺死。それで問題はないはずだ。
もう一度洗面所に入り浴室を覗く。先ほどとほとんど変わらない形で仁美が浴槽に沈んでいる。完全に物体となったことを自分でも理解したのか、先ほどまでの恐怖や震えはなく、しっかりと観察ができた。大丈夫、自分の痕跡は残していない。そこで気づいたのは被ったままのヘアキャップと握り締めた湿ったタオル。入浴中に死んだのならばタオルが湿っているのは不自然だし、仁美の髪はお湯の底だ。しかしこれなら自分の部屋のアメニティと入れ替えれば済む。
ホテルのドアはオートロックだから、自分の部屋に戻るだけならばそのまま出て行けば良い。しかし、タオルやヘアキャップを取って戻らなければならない。いくら誰も出入りが無いはずのフロアであっても、ドアを開けっ放しで往復する勇気は無かった。入り口のドア脇のキーポケットに刺さっているカードキー、自分の指紋を付けぬようティシュペーパーをつかって取り出すと部屋は真っ暗になった。窓から差し込む月明かりがレースのカーテンの花模様をカーペットに映し出す。
ドアを開ける時は公開オーディションの時以上に緊張した。ドアスコープを覗き、耳をすませ、そしてゆっくりとドアを開ける。仁美の部屋の出入りを見られることだけは絶対に避けなければならない、廊下は静まり返っていて不気味なほどだ。部屋に入る前と後とで明かりの照度が落とされているのは、時間によるものだろうか。と、ドアを閉めかけた時に室内で電話が鳴った。ホテルの備え付けのものだ。ナツミはびっくりして慌ててドアを閉めた。閉めてしまえばほとんど音は漏れず、ドアに顔を近づけてかすかに聞こえる程度。何の電話だろう、と思ったが、今はそれよりも証拠隠滅が先決だと思いなおして、自分の部屋へと急ぐ。もっともすぐ隣の部屋、こちらは特に気にすることなく堂々と開けて中へと入った。照明をつけ、脱衣所に入って洗面台の脇に濡れたタオルとヘアキャップを放ると、下の籠の中から未使用のタオルを掴んだ。白一色のもので、仁美の部屋のものと同じ。小さく折りたたまれてビニルに包まれたヘアキャップもタオルに挟む。そこで今度は自分の部屋の電話が鳴った。これはとるべきだろう。
「もしもし」
「ナツミか、良かった」
マネージャー矢口の男の割りに高い声が響く。
「何かあったんですか?」
「いや、どうもこのホテルにウチらが泊まってるってことがネットに流れてたらしいんだ。『ヒト×ナツ』にはちょっと熱心すぎるファンもいるからな、下でちょっとおかしな男と押し問答になったらしい」
とりあえずはホテルのスタッフが追い返したという。
「あまり出歩かないように。とりあえずこっちも手を打ったから」
「わかりました」
「お前よりも仁美のほうが心配なんだがなぁ」
マネージャーも仁美の夜遊びに関しては頭を痛めている。注意はしたが効果が無かったらしい。
マネージャーの声を聞きながら、どうやら会社には『薬』のことはまだ耳に入っていない様子だとナツミは考える。とはいえ仁美の“事故”死体が発見されれば薬も発見される。相棒が薬でラリって事故死となれば自分もアイドルを続けていくのは難しいだろうか。噂は止められなくとも行過ぎるのも早い世界だ、まだ諦めるのは早い。ナツミはそう願う。
「今電話したんだが出ないんだ」
「お風呂に」
思わず言いかけて止まる。
「ん?」
「いえ、お風呂に入ってるんじゃないですかね」
ベッド脇のデジタル時計を見ると23時10分。時間帯を考えても特に不自然な返答ではないはずだ。
「部屋にいてくれりゃいいんだが。念のため窓のカーテンは開けないようにな」
「はい」
ナツミは受話器を下ろすと急いで窓へと駆け寄った。市街地のまばらな夜景が広がっている。目下にはホテルの玄関前のロータリーがあるはずだが小さなベランダが目隠しになっていて中からは見えなかった。これならば望遠鏡でも使わなければ外から部屋の中を覗くことは不可能だろう。ベランダにさえ出なければ人の姿は確認できまい。矢口は見かけによらず心配性だ。
それはそれとして。ナツミは遮光カーテンを閉めた、覗かれないとしても気分が良くない。
「早く、片付けないと」
そう口に出すことで、そのままベッドに倒れこみたくなるのをなんとか耐えたナツミは、立ったままテーブルの上のペットボトルのお茶を一口飲んだ。
テーブルの上に置いたタオルとそれに挟まれたヘアキャップ、仁美の部屋のカードキーを見つめる。持って行く物はこれだけだ。仁美の部屋には長居はしない。キーボックスに鍵を、洗面台の下のカゴにタオルとヘアキャップを戻す。それだけのこと。2分、いや1分で済む。
ふと気づくとほとんど残っていたはずのお茶が空になっていた。自分で思っている以上に緊張状態にあることをナツミは実感した。
「行こう」
そう自らに言い聞かせる、劇場での初ライブのオープニングを思い出した。ステージに飛び出す時に、同じように自分で自分にゴーを出した。あの時は二人だったが今は一人だ。
荷物を手に廊下へと出ようとノブに手をかけたその時。ナツミの部屋のドアが廊下からノックされた。
********************
「手は打った」という矢口マネージャーの言葉の意味を、ナツミは今理解した。
「県警捜査2課のマユズミです」
黛禄郎巡査はそう言いながら手帳を開いて見せた。黒っぽい地味なスーツを着たひょろりとした痩躯にもっさりとした黒髪とメガネ。年齢は20代か30代か、いまいち掴めない。外国の映画に出てくる日本人のように特徴の薄いことが特徴のような男だった。
「警察に協力してもらえたんだ」
中年だが学生時代に柔道部だったという矢口のほうがよっぽど頼りになりそうだとナツミは思う。
「とはいえすぐに動けたのが自分だけ申し訳ないです。とりあえず朝までは自分が廊下で立ち番させてもらいます。明朝の移動時には交代して3名体制の警備で会場までお送りします」
もともと矢口とそういう話に決めていたらしく、黛はナツミの顔を見てそう告げた。困ったのはナツミである。2流アイドルのボディガードに警察が動くとは想像していなかったし、このまま廊下に朝までいられたら仁美の部屋にタオルを戻せなくなってしまう。
5分だけでいいから、このフロアから人払いしたい。
アイドルには演技力も必要だとナツミは思う。天啓が閃いた瞬間、矢口の腕を掴んで室内に引っ張り込んだ。若干大げさな気もしたが、怯えた表情を見せながらも窓を指差す。
「さっきベランダから下を見たら怪しい人影があって」
そう言いながらカーテンを開け窓のクレセント錠をあげる。が、窓は開かない。戸惑うナツミの背後から矢口の手が伸び、窓枠の上部の小さなボタンを押し込んだ。二重ロックの窓をあけて小さなベランダに出たナツミはまだ春とはとても呼べない冷たい風に体を振るわせる。
「あそこの木の下あたりの」
指先が震えるのは寒さによるものだが、悪くはない。斜め下、玄関の明かりが届かない暗がりを示した。
「カメラのフラッシュみたいな光もあって」
「どこです?」
黛刑事がいつのまにかベランダに出てきょろきょろと見回していた。隣の部屋、つまり仁美の部屋を気にしているようだが、部屋毎のベランダは独立しているうえに間に衝立のような目隠しがあるので、身を乗り出したところで部屋の中は覗けない。
「あっちです」
少し強めの口調で黛刑事に告げる。黛はメガネの奥の細い目をさらに細めて暗闇を見つめる。
「……よく見えますね」
「2.0です」
「なるほど」
「まだいるかも。矢口さん」
少し甘えを滲ませて矢口の名を呼んだ。体育会系の矢口は力強く頷くと「ちょっと見てこよう」と部屋へと戻る。
「ナツミも中に。もうベランダにも出るなよ」
「は、はい。でも矢口さん一人じゃ危ないです」
「わかりました、僕も行きましょう。光永さんは部屋から出ないようにお願いします。誰が来ても開けないように」
黛の言葉にナツミは心の中でガッツポーズ。下まで降りて戻ってくるだけでも必要な時間は確保できる。
「はい。黛さんも十分お気をつけて」
両手を組んで上目使いのサービスに、黛は少し照れた様子で、矢口を伴って部屋を出て行った。
ナツミは廊下への扉に張り付いて、エレベーターの音を確認する。そして静寂。自分の鼓動だけが聞こえそうなほど大きい。目を閉じ、10数え、そして。
********************
カードキーを戻し、タオルとヘアキャップを洗面台の脇の籠に放り込むだけ。時間は2分で済んだ。自室に戻ったナツミはベッドに倒れこんだ。そのまま眠ってしまいたい程体は疲弊していたが、まだ気を抜くわけにもいかない。
仁美の部屋の様子を思い出し、何か間違いは無いか考える。多少指紋があっても問題はないが浴室には不用意に残していないだろうか。薬は処分しておいたほうが良かっただろうか。
ナツミは首を振る。そもそもすでに鍵の閉じられた部屋、こちらからはもう何もできないのだから、そこに囚われてはいけない。
朝になっても起き出さない仁美の部屋が開けられ、死体は発見されるだろう。浴室での溺死、体内からはアルコールも、場合によっては薬物も検出される。多少疑いは持たれるかもしれないが、その場合はおあつらえ向きの人物もいる。ホテルのフロントで揉めた熱烈なファンという男。ストーカーまがいの行為はこちらの疑いも引き受けてくれるに違いない。
黛刑事の登場は予想外だったが、それでも大きな差は無いだろう。そう願いたい。
シャワーでも浴びようかとベッドから起き上がると部屋のドアをノックする音が聞こえた。スコープを覗くとマネージャーの矢口と、その後ろには黛刑事。まるで矢口の影のように静かに立っている。早い。彼らがエレベーターで降りて行ってからまだ10分も経っていない。
バーロックをかけたまま細くドアを開ける。
「どうしました?」
「開けてもらってもいいですか?」
黛が遠慮もせずにそう言った。中に入りたいという。もちろんナツミは渋る。
「気になることがあるんです」
黛はあくまでも静かに淡々と言う。じっとナツミを見つめているであろう目は度の強い眼鏡が光ってよく見えない。
「どうもその、仁美の部屋が気になるらしいんだ」
矢口の補足。拒否すると不自然かもしれない、とナツミは一度ドアを閉じてロックを外した。
「どうぞ」
そう言いかけたナツミを横をすり抜ける黛。
「どうも」
言うが早いが窓へとまっすぐに歩み寄り、ベランダへと出た。冷気が一気に部屋へと流れ込む。刑事はベランダの手すりから身を乗り出すようにして仁美の部屋を見ようとするが、死角になるのでベランダの手すりくらいしか見えない。しかしそれでも黛は部屋の中にいる二人に向かって言った。
「仁美さんの部屋に内線をかけてください。できれば携帯電話も一緒に」
ナツミは驚くが、矢口はすでに聞いていたのだろう、ベッド脇に置かれた室内電話をとった。ナツミは仕方なく机の上のケータイを操作して電話をかける。コール音が鳴るが、当然誰も出ることは無い。そしてそれは矢口の内線電話も同じだろう。
「出ませんね」
矢口が黛を見る。部屋に入ってきた黛は矢口から受話器を受け取り、しばらく耳に当てていたものの、やがて無言で下ろした。
「ホテルの人に言って鍵を開けてもらいましょう」
「わかりました」
これまた矢口にはすでに伝えてある様子で、すばやく踵を返して部屋を出て行く。呼び止めることも忘れ、ナツミはあっけにとられてドアが閉まるのを見ていた。
「どういう、こと?」
ようやく出した声は少し間のぬけた感じで恥ずかしくなった。それを慌てて押し隠すように、少し憤懣を滲ませた。
「仁美に無断で部屋に入るのってヒドくないですか?」
「何故です?」
「だって……女の子ですよ? 寝てるとかお風呂はいってるとか」
「光永さんは開けてくれたじゃないですか」
「私だって寝てたら開けませんよ」
黛刑事は深刻な顔だ。
「さきほどこのベランダから見た時は水戸平さんの部屋のベランダは真っ暗だったのに、今は明かりが漏れている。部屋の電気が点いている証拠です、光永さんも確認しますか?」
「寒いからけっこうです」
消えていた照明が今はついている。消えていたのはカードキーを抜いていたから。動揺を見せてそれを悟られるわけにはいかない。ナツミは努めて冷静に断った。黛は続ける。
「さっきは部屋は暗く、矢口さんが電話を何度もしていましたが通じなかった。矢口さんは、水戸平さんが寝入っているのだろうと、思ったそうです。それは順当な予測です、僕もそう思います」
黛は腕時計を見た。時刻はまもなく次の日になる。
「しかし今、灯りは点いているにもかかわらず、連絡が取れない。中にいるはずなのに、反応が無い」
「暗い時は寝ていた。灯りがついた今は入浴中。何かおかしいですか?」
「可能性の問題ですね」
「私的には高いと思いますけど?」
「仕事柄悪い方向に考える癖がついているようですみません。ただ、ホテルにまで押しかけるような熱狂的な、言い換えれば偏執的なファンがいた以上、確認してもバチは当たらないと思いますがどうでしょう。もちろん、部屋に入るのは矢口さんとホテルの女性スタッフだけにします」
屁理屈にも聞こえそうだが正論には違いない。ナツミは素早く考える。
遅かれ早かれ死体は見つかる。多少早くなっただけのこと。しかも黛刑事は偏執的なファンの存在を念頭に置いている様子で、それはむしろ好都合ではある。
「……それなら、うん、まぁ」
しぶしぶ、といった様子で頷くナツミに、黛刑事は小さく頷いた。
そうしてナツミの予想よりも数時間早く、仁美の死体は発見された。
********************
最初に浴室を覗き死体を発見したのはホテル従業員の女性で、悲鳴を聞いて矢口が、そして廊下で待機していた黛が呼ばれ死亡を確認した。
「仁美が死んだって本当なんですか? 信じられません」
「残念ながら」
抑揚の薄い声ではあるが、どこか残念そうにも聞こえた。先に少し話を聞きたいという黛の言葉に、ナツミは頷く。問題は警察が到着して捜査が始まってからで、今のうちに少しでも相手の手札を見ておきたいという意識もあった。
「もうしばらくしたら警察が到着し担当者がお話を聞かせてもらうことになりますが、よろしくお願いします」
「……はい。あの、仁美はいったいどうして」
黛がドアを閉める。深夜に不釣合いな廊下の喧騒は途切れたものの、落ち着かない雰囲気にナツミは部屋の奥の腰掛まで戻った。
「死因はおそらく溺死、浴槽のお湯の中に仰向けになって沈んでいました」
記憶の中にある通り。ゆらゆらと揺れる髪が動き続けている。ナツミは顔をしかめて目を閉じる。
「なんでお風呂で」
「お酒も飲まれていたようです、部屋で飲んだ跡がありました」
「……事故、ってことですか」
「いえ殺人です」
「え」
即答されてナツミは喉を鳴らすような声を出した。
「私見ですが亡くなった直後という感じではありません。鑑識が来ればもう少しハッキリとするでしょうが、とにかく部屋の照明が点いた時にはすでに水戸平さんは亡くなっていたと思われます」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ナツミは時計を見ながら黛を遮った。
「灯りが点いた時にすでに死んでたとしても、別に殺人と決まったわけじゃ」
黛は不思議そうな顔をする。
「じゃぁ誰が電気を点けたんですか?」
あくまでも冷静で真っ当な黛の物言いに、ナツミは黙るしかなかった。灯りを点けたのは自分だが、それだけを言うことはできない。
「第3者が関与しているということで問題ないですかね」
殺人事件と断定されるようなものだ。不安が足元からじわりと体を冷やしていく。
「……それなら。……そうだ、犯人はアイツよ。ホテルにまで乗り込んできた頭のおかしなファン!」
ホテルのフロントで押し問答になったという熱狂的なファン。顔も知らないその男にナツミは容疑を押し付ける。黛刑事がここにいることの元凶でもあるその男ならば殺人犯呼ばわりしてもナツミとしては問題ない。自分勝手なことではあるが。怪しさで言えば自分よりもよっぽど怪しいはず。
「そうよ。電気が点いた時、隣の部屋にあの男がいたってことじゃない! 刑事さん、もしかしたら私も殺されるかもしれない! 助けて!」
立ち上がり縋ろうとした手を、黛はやんわりと押しとどめた。優しい動作だが冷たくもあった。
「落ち着いてください」
黛は視線を窓に向けた。自分もつられるようにして顔を向けると、ガラスには室内が映りこんでいてまるで鏡を見るようだった。そしてそこに映る黛刑事は、不吉な黒猫のよう。黒猫が小さく笑う。
「では犯人は何故照明を消したのか」
「……点けた、ではなくて?」
違いの意味がわからない。
「この場合、点いている状態が自然なんです。入浴中の事故にみせかける思惑があったのならば尚のこと。まっ暗でお風呂に入る人なんていませんから」
黛はナツミから離れて室内をうろうろと歩きながら喋り続けた。
「暗い部屋を明るくする理由ならわかる。でも、明るい部屋を暗くする理由がわかりません」
「暗い部屋で何かしていた、とか」
「たとえば?」
「……それはわかりませんけど」
「暗くする理由、ではなく、暗くせざるをえない理由があったと考えたらどうでしょう」
黛刑事は歩きながら入り口のドアに向かう。そして壁の一画に指をつける。鍵。カードキーが差し込まれたボックスが、そこにある。
「失礼します」
そう言ってカードを抜くと、部屋は一瞬にして真っ暗になった。差し込む月明かりでナツミの座っている辺りはほんのりと明るいものの、黛刑事は闇の中だ。
「一度部屋を出る必要があったとしたらどうでしょう。ドアはオートロックだからカギを持ち出さなければなりません。では何故、そうまでして部屋を出入りする必要があったのか」
暗い。暗闇の無言。
「いい加減灯りを点けてもらえませんか」
「すみません」
少しだけ間があいて、再び部屋が明るくなった。
「部屋を出るのではなく、また戻る必要が生じた。後になって何かに気づいたのではなく、戻ることを前提に部屋を出た。オートロックだからカードキーを持ち歩く必要があり、結果部屋の照明を落とさざるを得なかった。では何故。
犯人は入浴中の事故にみせかけるつもりでした。しかし、何かに殺人の証拠を残してしまった。そしてそれを持ち出して処分するのは不自然です。ならばどうするか。自分の部屋のものと入れ替えれば良い」
黛の視線を受け、ナツミは理解した。この刑事は自分を疑っている。
「……頭のおかしなファンがこのホテルに泊まっていると?」
「いえ、僕は別にそのファンの人は疑っていません」
「私を?」
「はい」
「疑っている?」
「確信しています」
ナツミは息を呑んだ。しかしまだだ、まだ言い返せる。
「部屋の備品ではないかもしれませんよね。証拠を消す為の、たとえば汚れをふき取る雑巾や洗剤とか」
「そもそも水戸平さんが不審者を部屋に入れるとは思えないんですよ」
「方法は無くもないでしょ。適当なことを言って強引に」
「たとえそうだとしても、それならばこそ水戸平さんはお風呂に入ろうとはしない。水戸平さんは入浴中に襲われたのですよ」
「それも強引に。事故に見せかける為に入浴中を装った」
「水戸平さんの服は脱ぎ散らかされてはいましたが、濡れたり破れたりしていません。何より、換えの下着が脱衣所に用意されていたんですよ、水戸平さんは普通にお風呂に入り、普通に出るつもりだった」
言葉はもう出ない。ナツミは目を閉じて背もたれに体を預けた。
「犯人は、水戸平さんが無防備な姿を見せられるほど信頼していた相手なんです」
「違うわ。信頼じゃない。甘えよ」
ナツミは仁美の顔を思い浮かべた。屈託の無い笑顔。人の気も知らないで自由に勝手に行動する女。好きなことを好きなようにして、尻拭いは誰かがやってくれると、思うことすらしない女。腹立たしいことばかりが思い出される。それなのに。それなのに後悔の念しか無い。
「……なんでこんなにすぐバレちゃったわけ?」
そこでナツミは気づいた。仁美の部屋の電気が点いたことに気づくのがこの刑事は早すぎやしないか。フロアを追い出してから10分も経っていない。不審者を探しに降りたはずなのに何故はるか階上の部屋の明かりに気づくのだ。気にしていなければ気づくはずがない。
「……もしかして、最初から」
「最初に気になったのは、部屋の電気が点いていなくて連絡がつかないのに光永さんは『水戸平さんが外出している』とは思っていなかったことです。結果的に部屋で亡くなっていたわけすが、どうして部屋にいると思い込んでいるのか、と」
知っているからこそ思いつかなかった。部屋にいてくれればいい、確かに矢口はそう夜遊びを懸念していたのに。
「そしてもうひとつ、ベランダに出ようとした時、カギの開け方がわからなかったですよね。あれが引っかかってたんですよ。もしかしてベランダに出たことが無かったんじゃないかと。単に僕とマネージャーさんを遠ざけたかったんじゃないかと。そしたら水戸平さんがあんなことになってて」
そこまで言って黛が携帯電話を取り出した。着信が入ったらしく耳に当てる。そして一言だけ告げてまたポケットに戻した。警察が到着したのだろう。
「最後にお願いがあるんですけど」
ナツミは立ち上がり、黛に告げた。
「メイク直す時間をちょうだい。いちおうアイドルなんで」
黛が静かに頷いて、そしてハンカチを差し出す。そこでナツミは自分が泣いていたことに気づいた。
********************
ドレッサーの前に座り、鏡の中の自分と対面する。
仁美とは高校時代に出会い、意気投合した。芸能人になりたい、アイドルになりたいというまるで子供のような夢を平気で語れる仁美が羨ましかった。そして自分も幼い頃からテレビの中に憧れていたから、仁美に振り回されているような体を装いつつ、休日には東京まで出かけて意味もなく闊歩した。上京を先にいいだしたのがどちらだったか、今では記憶が曖昧になっている。
とにかく化粧を直そう。そのためにもまずこの涙を止めなければ。
《 an idol in cry ~彼女は流す涙を纏う~ 了 》
【 あとがき 】
無理矢理連作短編。すんません懲りてません。お題の最初の一文からして「犯罪者っぽい」と思ってしまう自分がどうかと思います。
今回は夏海さんとひとみんさんのお名前を勝手に拝借しました、ごめんなさい。回文になっているのは単なる趣味です。あ、知さん(矢口)もいた。
あ、そうそう、先日とある場所で「矢口知矢」さんという名前を発見しましたが、もしかして知さんだったりします?
『 Missing-Essayist Evolution 』 松永夏馬
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●上京を先にいいだしたのがどちらだったか、今では記憶が曖昧になっている。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
お題当てクイズ正解発表
《 『 麒麟の翼 』講談社 著:東野圭吾 》
正解者 : 無し
次回出題者指名 : ひとみんさん ⇒ 鎖衝さん
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
●上京を先にいいだしたのがどちらだったか、今では記憶が曖昧になっている。
《 さよなら ギターマン 》
著者:すずはらなずな
「上京を先に言いだしたのがどちらだったかなんて もう覚えちゃいなかったし、本当はどっちだって良かった」
話しかけたのは僕の方だったくせに 相手の口から言葉が出たことに心底驚いた。このひとが自分のことを僕たち相手に話し出すなんて 想像さえしなかった。動揺を隠し先を促す。
「あのギターって その頃からのですか?」
段ボールと板の壁、ブルーシートの天井 少しだけの「家財道具」の後ろ、薄汚れたハードケースに入ったそのギターはある。
「ギターマン」、いや 新谷さんはまぶしいものを見るように目を細め、ギターケースに目をやった。
「一緒にバンド組んでたヤツが置いて行った。もっと話をしてたら、あんな気まずい離れ方をしなかったら、きっと…」
新谷さんはうつむいたまま言った。最後の言葉は消え入るみたいだった。
「もう どこにもいない」
*
バイト先のコンビニは 公園の傍にある。ちょっと名の知れた大きな公園で 桜の時期は花見の客でにぎわうところだ。そしてその隅の植え込みに段ボールやビニールシートで覆われた新谷さんたちの「家」はあった。
そしてそのコンビニの駐車場にしゃがんでいるいつもの面々の中に、良介はいた。店長はそんなメンバーをひとくくりに「ヤンキー」と呼んでいた。
「お、ヒッキーやん。久しぶりっ」
なぜか関西弁まじりで喋り、笑うと妙に人懐こい顔になるこの男は小中一緒だったヤツだ。いつからか僕の苗字の「引田」をもじって勝手にヒッキーと呼んだ。「ヒキコモリのヒッキー」。
新しい友達を上手く作れず 無口な学校生活を送っていた僕に 良介だけは平気で話しかけてきた。
悪意を感じるからかいを受けている時 「コイツをイジっていいのはオレだけや」、意味不明なことを言いながら蹴散らしてくれた。そのありがたさに気がついたのは 残念なことに最近なのだけれど。
消費期限の切れたお弁当を廃棄に出そうと外に出た時、口を出してきたのが良介だった。「久しぶり」と言う程会ってない気はしなかったが そういえば中学の半ばから学校に来ない日も多く、高校は進学したと聞いたがすぐに辞めたらしいと噂は聞いていた。
「レンさんたちが取りに来るから ここの棚に置いとけ。前のバイト、オマエに引き継ぎせんかったんやな」
聞いてなかった。「レンさんたち」というのがどうやら 公園暮らしのひとたちらしいことは 何となくわかった。
*
新谷さんとのかかわりは それより少し後になる。
お弁当を「引き取り」に来るのはいつも代表の「蓮さん」だったからだ。
蓮さんとも結構長い間会話もなかったが、目礼するようになり 少しずつあいさつするようになり 時々話をするようになった。『面倒くせー』が口癖のくせに、聞けば色々教えてくれるし、仲間内でもたよりにされていて 世話焼きでもある。
降り出した雨に文句を言いながら バイトを終えて帰ろうとした時 傷だらけの良介が店の壁に寄り掛かっているのを見つけた。寝てる?一瞬思ったがぐったりした様子にも見える。服の汚れと髪の乱れ、よく見ると顔の傷に血がにじんでいるようだ。覆いかぶさるように大きな黒い箱のようなものを抱えていた。
「な、何?どうした?」
近づいて しゃがみ込む。生きてるよな?
心臓がドクンドクンいう。握った手にじっとり汗がにじむ。
「うーん、ヒッキーかぁ、ちょうどいい」
何が ちょうどいいんだ?
「何しでかした?その箱は何?」
良介は起き上がるどころか そのままズズっと地面に倒れ込み
「あー 寝っころがった方が気持ちいいや、お、飛行機雲」
あるわけがない。雨の降り出した空は重いグレーの雲で覆われていた。
血がにじむ頬と手は、明らかに普通じゃない。だけどその、のんきな物言いと穏やかな表情に それでも何だか少しほっとした。
「まず、『大丈夫?』とかちゃうん?」
「だ、だって…大丈夫じゃなさそうだ」
「へへ、大丈夫やし。アイツらから『ギターマン』のギター守った」
時々 いててと顔ををゆがめながら 良介が話し出す。昨夜そのギターを公園の「家」から盗み出したヤツらがいたという。
「あんなん、仲間ちゃうし」
良介は吐き捨てるように言った。
「こいつは『ギターマン』のもんや。遊び半分で他人の大事なものを盗むなんて オレには我慢できん」
持っていた鞄から探し出して濡らして来たハンカチを手渡すと、良介はすり傷を押さえながらぽつりぽつりと事の経緯を教えてくれた。
正義漢。言ったら本人は怒るだろうけど、良介ってこういうヤツだ。口元が緩んだ。
「ギ、『ギターマン』って…『ギタリスト』じゃなく?」
「突っ込むとこ、そこかい」
やっと良介が笑う。唇の横の擦り傷が痛々しかった。
「弾くのなんて見たことないしな。ギター持ってる男だから『ギターマン』、そんなとこ」
「ギター持ってる?そ、そんな人いたんだ」
「うん、オレもたまたま知った。公園でヒマつぶしてた時 蓮さんと一緒にいてな」
そんな話をしていると 道路を渡って 蓮さんと背の高い男の人がこちらに向かってきた。
「おう、派手にやられたなぁ」
蓮さんが前歯の抜けた口を開けてカラカラ笑う。
「やられたんちゃうし」
「ほれ 『ギターマン』連れてきたぞ」
蓮さんに促され 後ろに立っていたその人が一歩前に出て良介の前にしゃがむ。そっとギターケースに触れた手は意外なほど繊細な印象だ。
「守ってくれてありがとう」
深みのある響く声で その人はそう言った。ウェーブのかかった長い前髪の隙間から 静かで寂しげな眼が見えた。
「新谷さんの大事なものに手ぇ出すなんて ふざけた奴らだよな、本当に」
蓮さんが本気で怒った声を出す。
いてて・・とまた声に出しながら良介は起き上がり
「で、さぁ」
おもむろに切り出すと 新谷さんに向かって意外なことを続けて言った。
「身体張ってギター守った そのお礼なんですけどね、」
何を言い出すんだ。一瞬みんなの視線が良介に集まる。
「オレに教えてくれへん?…ギター」
*
その日から約束どおり新谷さんは良介にギターを教えてくれるようになった。少し暖かくなってきたとはいえまだ肌寒い公園のベンチで いつも新谷さんは待っていてくれる。良介は お兄さんが以前にくれたというギターを抱えてやって来る。
「いっそお兄さんに教えて貰えば良かったのに」
言ってから、しまった、思った。
良介の家は開業医で、7歳上のお兄さんは小さいころから優秀で有名だった。難関中学に入学しトップクラスを維持しながら軽音楽部でバンドを組んでいたと聞く。そのお兄さんを良介がいつも複雑な想いで見ていたことを薄々知っていたからだ。
「あいつの教え方は理屈っぽすぎんねん。何でもお勉強みたいに説明されちゃ たまらんし」
C、G、F、と新谷さんに教えてもらった基本のコードを鳴らしながら言う良介の表情は意外とすっきりしたものだ。もしかしたらずっとこうして ギターを弾いてみたかったのかもしれない。Fの音がちゃんと出るまで 良介は黙々と繰り返し練習する。横顔が真剣だ。
「に しても うるせーなぁ」
横で練習の様子を黙って見ていた蓮さんが 工事の始まったエリアを見やりながら 吐き捨てるように呟いた。
公園に工事の車両が入り出し やたらと「平和」や「自然」を意識したようなカラフルなイラスト入りの囲いが造られ始めたのは 数日前のことだ。
お弁当を受け取りに来る蓮さんも、考えてみれば数か月前から何だか浮かない顔をしていた。
「花見の時期に向け 公園を『きれいで安全』な場所にしたいんだと。」
皆の行き先を探さにゃならんしな、もうちょっと待って欲しいとか 色々交渉にも行ったんだがな…蓮さんが短いタバコを咥えながら残念そうに言う。
「無理やり追い出されるん?皆これからどうするん?」
「それぞれ ちゃんと考えてるさ。頼むからお前 勝手に暴れたりすんなよ」
「暴れるなんて、オレは別に…」
良介がちょっとうろたえる。
「例のギター盗んだ馬鹿どもが、『支援団体』とかいうヤツらとつるんで何かやらかすつもりだったらしくてな。」
蓮さんは苦いものでも食べたような顔をして 吐きだした煙を見つめながら続けた。
「お祭りじゃねぇんだ。何がオレたちためだ」
*
コンビニに珍しい客が来た。
良介のお兄さん、「棚橋医院の若先生」だ。良介とよく似た目鼻立に、人の顔を覚えるのが苦手な僕でさえ気が付いた。
「○○円のお買い上げになります」
レジを打ち声を掛けたが ガラス越しに見える駐車場に視線が向いたままだ。
「あの…?」
「ああ、すみません。あれ、いつもここでやってるんでしょうか?」
飲料代の小銭を台に置きながら 外を見たまま彼は言い
「弟なんです…ご迷惑をおかけしているんではありませんか」
「公園の工事の音が大きすぎてよく聞こえないからって。ここに来るのは今日が初めてです。良介…棚橋君、ギター教えてもらっているんです、あちらは…新谷さんって方で…」
どう説明していいのか解らなかったけれど 勢いで続けた。「ご迷惑」の言葉を打ち消したくて 自分でも驚くくらい強い声が出た。
「た、棚橋君は何も悪くなんかないです。し、新谷さんも蓮さんも、凄くいいひと達なんです。新谷さんはギターが上手で教え方だって…」
息切れして言葉が続かなくなった。一体何を言ってるんだ。何だか泣きそうになる。
「お、教え方だって、教え方だって 丁寧で…」
言葉がうまく出ないまま喋り続けた。僕が一息つくと 困ったような顔で見ていた「若先生」の表情が緩んで 穏やかな笑みがこぼれた。
「ありがとう。良介はいい友達がいるんだ。安心しました」
これからも宜しく、そう言って「若先生」はドアの方に向い ドア越しに良介たちを眺め もう一度振り返ると 問いかけた。
「あの人…あのギターの先生、『シンタニさん』って…?」
まさかね、と呟きながら「若先生」はもう一度扉のガラス越しに新谷さんを見ている。何を気にしているのか測りかねていると 彼は振り返って言った。
「以前 好きだったミュージシャンに『新谷』って人がいてね、グループを解散してその後は行方が解らないままなんだ」
そのひとの創る楽曲の奇麗なメロディと独特のハーモニー、繊細な歌詞が とても好きだったんだ、と「若先生」は言い
「言い方からして何だか古臭いよね?」とテレくさそうに笑い
「僕が音楽やってたことだって もう随分過去の話になってまったからなぁ」
そう言ってこちらを向いて会釈し、何に対してかもう一度「有難う」と言って良介のお兄さんは帰って行った。
*
診察室に乗りこんで その部屋の鍵を「若先生」から受け取るまでの良介の勢いは 驚くべきものだった。
「ヒッキー ついて来い」
「若先生」の唐突な思い出話のことを伝えると 良介はいきなり僕を引っ張って走り出した。診察時間で患者さんがいることも気にせず 良介はお兄さんに詰め寄り「その部屋」を開けることを求めたのだ。
若先生が引き出しの奥の小箱から出した鍵で開けた 離れの2階の奥の部屋は 重たそうなカーテンが掛けられ 目が慣れるまでどんな部屋なのか全く解らなかった。
「な、何?何の部屋?」
「墓場…やな。あいつが封印したあいつの大事な…」
「だ、大事な?」
カーテンを開けるとほこりの匂いがした。目に入ったのはドラムやシンセサイザー、アンプ、棚には沢山の古いCDと本。天井や壁には様々なミュージシャンのポスターが貼られていた。
「初めて引田見た時、この部屋を思い出した。何かよう解らんけど この部屋、思い出した」
良介は僕を正面から見て言う。
「大事なもの好きなものをいっぱい持ってるくせに カーテン締めて鍵掛けて 誰にも見せんと 忘れたふりして」
シンバルの上のほこりをぬぐう。かすかな音を聞き分けるように良介は少しの間の黙っていたが 急に顔を上げると
「探そう、ヒッキー。新谷さんとギターの元の持ち主、きっといる」
棚のCDに手を掛けた。
コトン、ドアの音に気付いて振り返ると若先生が立っていた。
『新谷さん』のバンドのCDならこれとそれ、あの音楽雑誌のここに記事、と何年も封印して顧みもしなかったとは思えないくらいすらすらと あれこれ出してきてくれた。
僕がじっと顔を見ているのに気づき、若先生はテレたように言った。
「どこに何があるかも CDのどんな曲も 好きだった物って、結局忘れたりなんかしないもんだね」
いつまで遊んでいる気かと 医院を継ぐ気はあるのかと お父さんから言われて、自からこの部屋を閉じたのだ、若先生は大きなため息の後、説明してくれた。そうやって閉じたのは部屋だけじゃなく 若先生の大事な時間、言葉にするとあまりに気恥かしいけど「青春」ってヤツなんだろうな、そんな気がした。
3人して『新谷さん』を確認する。間違いない、あのひと「ギターマン」だ。
「路上から ライブハウス、ずっと見守っているファンも多かったのに」
若先生が言う。それはきっと自分自身のことだ。
「大手と契約して他人の作った歌で売れた。今このバンド名を言うとこの歌 思い出す人は多いかもしれない」
「新谷さんには不本意な結果ってことなん?」
「い、嫌な思い出ってことですか?」
そうだなぁ・・・若先生は首を横に振り 周囲には解らないことってあるしな、と言った。こんなものもある、と投げ捨てるように出した古い雑誌類には 小さな囲み記事で 幼馴染と作ったバンドでメジャーデビューした新谷さんたちの紹介があった。そしてもう少し新しい雑誌には「2曲目が売れず解散した」と書かれたものもあった。
若先生が仕事で部屋を離れた後も 僕と良介は残ってCDを聴いていた。
雑誌を手に取って目を通す僕と違い 良介は1冊表紙を見ただけで放り出した。
「バカバカしいやん。こんな記事。新谷さんが本当はどんな気持ちだったかとか ちっとも伝わって来ん」
…そうなんだけど、それは解っているんだけど、と僕は返事する。
それでも こんな閉ざされた部屋や押し込められた若先生の思い出の中に あの公園の住人、寡黙な「ギターマン」がずっと居た。何だか僕たちが来るのを待っていたような気がした。押し開ける人を欲っしていたような気がした。
良介は考え込んでいる様子で窓の外を眺めている。広い敷地の立派な庭の片隅で、白い梅の花が咲いているのが見える。
不本意だったという 歌謡曲風のその1曲を聴いた後 もう一枚古いCDを入れ替えた。「メジャーデビュー」以前の新谷さんたちのCDだ。
「苦い思い出かもしれん。誰にも触れて欲しくないと思ってるかもしれん。
だけどオレ、新谷さんにこのCDみたいな歌、歌って欲しい。今ものすごくそう思う」
そんな話を切り出すことで 取り返しできない程彼を傷つけるかもしれない。良介が投げ出した雑誌にはバンドの解散の経緯、音楽活動の方向性の不一致による喧嘩 メンバーの不仲と 新谷さんの幼馴染の、自殺についての記事があった。
*
工事の音が響く公園の片隅で 僕と良介は蓮さんと会っていた。もうすぐ新谷さんが来る。
「そっか、歌、聴いたか」
蓮さんはさほど驚いた風でもなく僕たちの話を聴いた。
「知ってたん?」
「うん、オレぁ『以前』のファンだし」
メジャーで出したあの曲で新谷さん達のファンになった人を それ以前から応援してきたファンは区別した。それでも一体になって応援できなかったことを 若先生は悔いていた。蓮さんのさっきの言い方にもどこか自嘲的な気持ちが入っているように思える。
持ち出したレコーダーでCDを掛け、3人で黙って聴いた。
曲の合間、音が途切れた時 後ろでカサリと草を踏む音がして 気が付いたら新谷さんが立ち尽くしていた。
*
問いかけに答えて 新谷さんが話し出したのは 3枚目のCDを入れ替えた時だ。口数は少なかったが 今まで自分たちの歌を歌ってきた彼らが 与えられた他の作曲家の歌を歌い それが代表曲のようになってしまったこと、それが 僕らの想像を超えて新谷さんたちに重いものを背負わせたことは 伝わってきた。誰も何も言えなかった。
「誰のせいなんてこと ないのは解っていた」
だけど やり場のない怒りで お互いを傷つけた。いつも前向きで明るい幼馴染、やってみなきゃ解らないよと ずっと背中を押してきた彼を そもそも間違っていたように責めた。
「それでも あいつは笑っていたんだ。ちょっと困った顔をして」
なのに 命を絶った。傷ついていたんだ。それは皆同じ。
「ちゃんと解散ライブをしてケリつけるつもりだったし 感謝と変わらない気持ちを込めた歌も創りかけていたのに」
何もできず いきなり終わった。
「応援してくれた皆と 一緒にやってきた あいつや他のメンバーへ向けて
伝えたいことは沢山あった。それを最後の歌に託そうと思ってた」
そのひとはその歌を知らずに逝ってしまったんだ。
胸の辺りが苦しくて声が出ない。掛けるべき言葉が何も見つからない。
長い沈黙を破り 良介が言った。
「その歌って、完成してるん?できてるんなら聴かせてや。オレ一緒に歌いたい。練習するから オレ マジ練習するから」
工事の音はすぐ近くまできている。どんな音にも負けないくらい良介ははっきり言い切った。
僕らがここに居られる時間も もう少ししかなかった。
*
ひとが集まって来る。桜のつぼみはまだ固く風はまだ冷たい。
工事関係者 市の職員、警察官。支援だ何だといいながらひっかき回しに来た輩。報道に見物人。面白がっているだけの「ヤンキー」たち。
今日「家」がすべて撤去される。
「オレたちのさよならライブにようこそ、や」
蓮さんがひときわ大きく叫ぶ。
昨日皆の行き先を聞いた。蓮さんは大阪に帰ってみることにした、と言った。
「ええ?蓮さん関西人やったん?」
良介が驚いた声を出した。
「いっぺん言うたろと思ってたんや。オマエのエセ関西弁 気色悪うてかなん。ずっと思てた」
そう言いながら大口開けて笑う蓮さんに 背中をたたかれ良介が頭をかく。
「何が気に食わんのか、誰に反発してんのか知らんけど。お前は凄いねんぞ。いいヤツやねんぞ。オレが保証する。しっかり自分を生きろ」
蓮さんに褒められて良介は素直に嬉しそうな顔をした。
「自信持て、大丈夫だから」
蓮さんは今度は僕を見て そう言った。
僕ら誰もがそれぞれの部屋を閉ざしていたんだ。
目をつぶって 僕は息を深く吸い込む。心の中 締めきった部屋、遮光カーテンの隙間から、暖かな春の日差しが漏れてくる。
歩み寄ってカーテンを開けよう。部屋に今光が満ちる。重い窓を開けると、春の風に乗り 桜の花びらが舞い込んだ。
新谷さんと良介の歌声に そんな映像が重なる。
歌声はきっと天にだって届く。
《 さよなら ギターマン 了 》
【 あとがき 】
とあるグループが頭にあります。でも時代背景がちょっと古くなると 主人公が幾つなのか設定できなくなりました。
色々勉強不足です。今もの凄い勢いで仕上げました。
きっと後で後悔するなぁ。
【 その他私信 】
今回はもう出さずに終わろうかと ついさっきまで思っておりました(+_+) 春ですねー。卒業シーズン。
『 STAND BY ME 』 すずはらなずな
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●遮光カーテンの隙間から、晩秋の日差しが漏れていた。
《 恵理子の場合 》
著者:MOJO
遮光カーテンの隙間から、晩秋の日差しが漏れていた。
「もうすぐ冬になるわね。先生、コートとかダウンとかクリーニングに出してあるの?」
先週セットしたばかりの炬燵に入り、蜜柑の皮を剥きながら、恵理子がいった。
「いや、出してないよ。コートは滅多に着ないし、ダウンは買ったっきり。クリーニングなんて必要ないさ。」
「もう! 先生もそろそろいい歳なんだから、加齢臭とか気にした方がいいわよ? 客商売なんでしょ?」
「加齢臭ねえ。おれもそんな歳になるのかな、っていうか、おまえ、おれは匂わない、っていってたじゃないか」
「あれはクヌートと比べてよ。クヌートはノルウェー人。胸毛モジャモジャのコーカソイドじゃない」
「まあ、おれはモンゴロイドのさえないおっさんだけどさ。それにしても、おまえ、よくオスロから思い切って帰ってきたよな」
「先生ならわたしを拾ってくれるって確信があったの。現にこうして一緒に住んでるじゃない」
********************
恵理子は無口な少女だった。
私はかつて、北関東のある町で学習塾の講師をしていたことがあり、恵理子は私が受け持ったクラスの生徒だった。
毎週二回、狭い教室に長机をコの字に配置し、ホワイトボードを背にして立つと、七人の少女たち目が一斉に私に注がれた。
私は多感な少女たちの良き理解者ではなかった。最も反抗的な少女の教科書やノートを窓から放り投げ、二度と来るなと怒鳴りつけたし、その少女の母親が押しかけてきて塾長と同伴で授業を参観されても怯む気持ちにはならなかった。つまり、私は若く気力も充実していたわけだ。しかし、反抗的な少女はそのクラスのリーダー的な存在だったから、その日以来、少女たちの私を見る目は批判的なものになっていった。
そういうなかで、恵理子は皆に同調するでもなく、かといって私の味方である、という態度も示さなかった。ただ一度、少女たちの私に対する糾弾が始まりかけたとき、机に突っ伏し、声をあげて泣いたことがあった。いつもは大人しい恵理子の、激しい感情の迸りに、私より少女たちが毒気を抜かれたようだった。以降、クラスの雰囲気は徐々に元に戻り、彼女たちはそれぞれの志望校を受験し、ある者は合格し、またある者は本意でない高校に進学した。
恵理子はその地区で最も有力な進学校に合格し、私は外資系損害保険会社の契約社員の職を得、彼女達の進学と共に講師の職を辞した。
最後の授業の日、恵理子は私に可愛らしい文面の手紙をくれた。それは私を和んだ心持にさせた。そして私は、縁があれば、再会する事もある旨の返事を書き、ポストに投函した。
外資系損保会社での私の業務は、飛び込みセールスと、付近の幼稚園や老人クラブを巡回訪問することだった。日常の中に愉しみを見出しがたい退屈な毎日だったが、私は大きな問題も起こさずに仕事をこなした。
何年かが過ぎ、勤務する部署を選択できる機会が訪れた。私は旅行関係の保険を扱う部署を希望し、その願いは受け入れられた。
顧客である旅行代理店に通う毎日が続いた。日々彼等と接するうち、彼等の業界の、添乗員、という職は、常に海外を旅する機会に恵まれることを知った。
損害保険会社の業績は安定していた。しかし契約社員である私の立場が安定しているわけではなかった。
ある日、私は新聞の求人欄で、海外旅行添乗員募集、の広告を見つけた。応募してみると、筆記試験と面接の日時が記された封書が届いた。指定された日時にその場所へ行ってみると、私の予想を遥かに越えた人数が集まっていた。これでは受からないな、と諦める気分で筆記試験と外国人との英語での面接に臨んだ。肩に力が入らなかったことが幸いしたのか、私は採用された。
ある年の夏、私は長い休みを持て余す教員たちの、シルクロードの遺跡群を巡るツアーに同行した。
敦煌という街に数日間滞在し、その日はバスで万里の長城の最西端まで足を伸ばした。
バスが目的地に着き、集合時間を決めて自由行動とした。といっても、砂漠の大地には売店一つあるわけではなかった。バスが停まった処からそう遠くない位置に、乾ききった巨大なレンガの積み残しのような遺跡が陽炎にゆれていた。私はエアコンの効いたバスを降りずにいた。
あんなものを観るために、このクソ暑い中、よくここまで来たものだ。
そんな感慨に耽っていると、扉をノックする音で我に返った。扉を開けると、若い女のバックパッカーが首を傾げて立っていた。
「添乗員さん、敦煌まで戻るなら乗せて欲しんですけど。定期便はあと二時間待たないと来ないんです」
バックパッカーたちは、ツアーバスをヒッチハイクして旅費を節約する。私は、彼らを疎ましく感じ、頼まれても決して同乗させなかったが、それは彼らを羨む気持ちと背中合わせのものともいえた。
「お客さんからクレームがくるから、乗せるわけにはいかないんですよ」
「そこをなんとか、お願いしますよ……先生」
「!」
「先生でしょ?」
「……恵理子か?」
「先生、少し太ったね。添乗員なんて楽なことやってるからじゃない?」
「……」
「先生、まさか断らないでしょ?」
恵理子は笑顔のままで目に力を込め、右手で私のTシャツの脇腹あたりを掴んでいる。私は団長格の教員に、体調がすぐれないバックパッカーを同乗させたい、と頼みこんだ。
バスは歩き疲れた教員たちと、私と恵理子を乗せて砂漠に伸びる一本道を延々と走った。車窓からの景色は、どこまで行っても岩と砂だけの荒涼としたものだった。地平線がオレンジ色に染まり、太陽がゆっくり沈みだすと、教員たちは鼾をかきはじめ、私は隣りに座る恵理子と小声で話をした。恵理子はかつてとは違い快活だった。
「先生、保険屋さんになったんじゃなかったっけ?」
「あれはつまらないから辞めたんだ」
「添乗員って一年のほとんどがホテル暮らしなんだってね」
「そうさ、おれみたいな売れっ子になると、年間で自宅にいるのは百日程度なんだぜ」
「そうみたいね、わたし、あっちこっちでツアーバスに乗せてもらうのよ」
「おれ、バックパッカーはいつも断るんだけどな。おまえ、いま大学生か?」
「そう、でも休学中なの」
「なんでだ?」
「だって、旅から旅で忙しいんだもの」
「それで休学なのか?」
「そうよ。見聞を広めるの」
「何を見た?」
「今回は、野生のラクダを沢山」
「ラクダか。別にいいけどな。……しかし、田舎の無口な少女が別嬪さんになったもんだな」
「うふふ、ありがとう先生、でも、いまどきの女の子に、別嬪さんなんて言わない方がいいと思う」
「やっぱりか、小さくボケたつもりなんだけどな」
「そういう小ボケは、小娘には受けないのよ」
バスがホテルに着いても、ロビーのソファーに座り、私と恵理子は暫らく話しこんだ。連絡先を交換し、再会を約束してバックパッカーが集まる小さな宿へ恵理子を送る途中、ホテルの部屋で抱き合う私と恵理子を想像してみたが、私は恵理子を誘うことは出来なかった。
それから一年ほど経って、私はまたしても恵理子と遇会した。
ある証券会社の、研修旅行に同行したときのことである。行き先はアメリカだった。
研修旅行といっても、実際は営業成績の良い者を選抜した慰安旅行で、研修らしい行程は、ニューヨークの証券取引所を、ガラス越しに見学することだけであった。証券取引所への訪問は、ものの三十分程度で終り、私は、やり手の証券マンたちを、ウォール街からマンハッタンとブルックリン地区を渡す橋のたもとの、観光用桟橋まで連れてきた。桟橋沿いのシーフードレストランで昼食をとり、その日はそこで解散となった。
桟橋にはパントマイムやアカペラコーラスの路上芸人や、手作りのアクセサリーを売る露天商が集まる一角があり、私はベンチに座り、翌日のスケジュールや次の訪問地までの航空券の再予約など、とりとめもなく考えながら路上芸人たちを眺めていた。
身体をブロンズ色にペイントし、自由の女神と同じ格好でひたすら静止しつづけている若い白人の女に目が行き、その女が動きだすまでは視線を外さないつもりでいると
「ちょっと、見すぎなんじゃない?」
突然の日本語に驚いて、声のする方へ振り向くと、恵理子が立っていた。
「エッチなこと、考えてたでしょ、先生」
「恵理子、おまえ、こんなところで何してるんだ?」
「先生、わたしに手紙くれた?」
「いや、おれはもう五年以上、年賀状すら書いてないんだ」
「べつに文句言ってるわけじゃないの。わたし、敦煌で先生に教えた住所にはもういないのよ」
「なんだそりゃ?」
「ほら、あそこでアクセサリー売ってるでっかい男がいるでしょ。クヌートっていって、わたしのフィアンセなの。ノルウェー人なのよ」
「おまえ、結婚するのか?」
「そうなの。わたしね、ガンジス河の沐浴場の近くの安宿で、身包み剥がれて放り出されちゃったの。パスポートもお金も全部盗られちゃって、本当にどうしていいか分らなくて、泣きながら歩いていたら、クヌートが助けてくれたの」
恵理子が目配せすると、長めの金髪を後で束ねた大男が笑顔で近づいてきた。クヌートは眉毛や睫も金色で、典型的な北欧人の風貌だった。握手をした右手の肘から手首にかけて、意味不明な模様の刺青が彫ってあった。
クヌートは針金屋だった。針金屋とは、手作りのアクセサリーを路上で売りながら世界中を旅して歩く者たちで、なかには非合法なことをする者もいると聞く。私には、恵理子がボヘミアンになれるとはとても思えなかった。
ホテルに戻ってからも、暗澹とした心持ちは晴れなかった。華奢な恵理子が、あの大男の針金屋に組み敷かれるのは、なんとも理不尽なことに思えた。冷蔵庫のリキュールを呷ってから、私は裏で娼婦の斡旋もする土産物屋のマネージャーに電話をかけた。
ひところ、私は仕事を干されていた。
シンガポールで数百人が参加するある自己啓発セミナーには、添乗員が私を含めて十人以上同行した。そのなかには普段からウマが合わない、と感じていた同僚もいた。
数百人の研修生が競うオリエンテーリングの下準備のため、公園の藪に入った私は、動物園で見るようなトカゲに何度も遭遇し閉口した。苛ついていた私は些細なことで腹を立て、ホテルのロビーで気にいらない同僚を殴った。飛んできたガードマンたちに取り押さえられ、警察に通報された。シンガポール警察に一晩収監され、解雇を覚悟して帰国したが、意外にも処分は始末書と謹慎だけであった。
しかしそれ以来、手配業務の者は私を敬遠し、謹慎が明けても私には仕事が回ってこなかった。
私は自宅から近所の川で小魚を釣り、野良猫が集まる公園でそれを猫に与えたりしながら屈託していた。ときには夜の街で酒を飲み、風俗街をうろつくこともあった。
ある晩、新宿歌舞伎町界隈で酒を飲んだ私は、コマ劇場の裏手の辺りの客引きのいない店を選んで上がった。受付で前金を払い、ボーイが差し出すアルバムから消去法で写真を一枚選び、ボーイが案内する部屋に入ると、白いバスローブを着た女が床に膝まづいていた。
「いらっしゃいませ」
私は女を見た瞬間、恵理子であると気がついた。顔を上げた恵理子は私を確認し、大きく目を見開いた。
私は平静を装った。
「めずらしい処で会うもんだな」
「……」
「酒、あるんだろ?」
恵理子は弾かれたように立ち上がり、冷蔵庫を開けて缶ビールを出した。
「おまえなあ、こういう処では水割りでもつくりながら無駄話して客の緊張を解くものなんだぜ」
恵理子はぎこちない仕草で水割りをつくった。グラスと氷がぶつかり合う音が狭い部屋に響いた。
「まあ、あれだ。おれも出来そうにはないし、サッカーでも観るか?」
私は硬い表情のままの恵理子をベッドに座らせ、テレビのスイッチを入れた。私たちは無言でテレビ画面に見入った。暫らくそうしてから、私は恵理子に決められた額にいくらか乗じた金を渡し部屋を出た。
それから数日後、私は再びその店を訪れ恵理子を抱いた。そうしなければ恵理子を冒涜しているような気がした。
恵理子は数ヶ月その店で客をとり、オスロへ帰っていった。
それから半年ほど経ったある日、恵理子からこんな旨の伝言が自宅の電話の留守録に入っていた。
五反田にいるが、そこには看板がない。三ヶ月しかいないから会いに来てほしい。
その頃になると、ぽつりぽつりと仕事が入るようにはなってはいたが、日当制の雇用だった私は経済的に逼迫しかかっていた。しかし、何とか小銭をかき集め、私は恵理子に会いに行った。
五反田駅に着いて、公衆電話から指定された番号に掛けてみると、呼びだし音が三度鳴り、陰気な男の声が応対にでた。恵理子に会いたい、と告げると電話は転送され恵理子に繋がった。
恵理子の声は明るかった。教えられた道順を歩くと、まだ建って間もないと思しいマンションのエントランスに着いた。意外にも性風俗で有名な繁華街とは、隣町に位置する、昔からの金持ちが住む地域にそのマンションは建っていた。
部屋の扉の前に立ち、呼び鈴を押した。扉が開くのを待つあいだ、菓子折りでも買ってくるべきだった、と後悔する気分が生じたが、恵理子は人懐こい笑顔で私を迎えてくれた。
恵理子の部屋は簡素なワンルームだった。オフ・ホワイトのカーテンが垂れた窓際に、パイプで組まれたベッドが置かれ、ベッドの脇の小さな冷蔵庫と電話機以外、家具や装飾品の類いは見あたらず、フローリングの床が妙に冷たそうだった。寝具は淡い青色で統一され、全体的に無機質な印象だが、それは狙った演出であるようにも思われた。
私はベッドに腰掛けた。恵理子は冷蔵庫から缶ビールを出し、プルトップを引いて私に手渡した。
「ここはビールしか置いてないの。先生、どうせ彼女とかいないでしょうからアパートに留守伝しちゃったけど、問題なかったでしょ?」
「ああ、問題ないさ。しかし、おまえも段々とやることがアレになってくるな。まさか怖いお兄さんがでてきて、おれを脅すわけじゃないんだろ?」
「そういうことは先生にはしないわよ。先生、お金ないんでしょ?」
「そうさ。今日だっておまえに会うためにアコムのカードを使ったんだぜ」
「相変らず冴えないのね。先生って呼ぶの、世界中でわたしだけだと思うわ」
「そうだな。時間は? 一時間か?」
「水臭いわね。居たいだけ居てよ」
「諭吉、三枚でいいか?」
「いいわよ。でも本当は五枚なんだからね。シャワーは? 浴びる?」
「いや、面倒くさ。おれ、臭いか?」
恵理子は私の胸に顔を埋め、匂いを嗅いだ。
「まあ、いいわ。東洋人って匂いが淡いからそんなに気にならないの」
恵理子の裸体は刺青だらけだった。刺青、と言っても任侠風のものではなく、池袋辺りをたむろしている若者が好みそうなものである。タトゥーと言った方が適切かもしれない。
「おまえ、身体にこんなに絵を描いちゃって、それで看板のある店には出れないんだな?」
「そうなの、クヌートの好みなのよ。でも、変った嗜好の男ってどこにでもいるものなの。人数は少ないけど、前より単価が高く取れるから実入りは似たようなものなの」
身体を動かすたびに恵理子の腕に彫られた藍色のリングや、肩に描かれた緑と赤の何かを象徴するような模様が歪む。暫らくその状態がつづき、私の顔の横でMの字に開いた恵理子の足の指先がいびつに変形した。
「先生ってもてないでしょ?」
シャワーを浴びた恵理子はバスタオルで身体を拭きながら言った。
「おまえ、セックスした直後の男によくそういうこと言うな」
私はベッドに仰向けのままで応えた。
「余計な事を言わないのはすごく良いのよ。でも言わな過ぎるのもあれだと思う」
「何か言いたいことがあるのか?」
恵理子はバスローブを着け、ベッドの脇に座った。
「あたりまえじゃない。旦那持ちの女がもぐりの風俗店で働いてるのよ。さりげなく事情を訊いてくれたっていいじゃない」
「いや、言いたくないのかと思ってたんだ」
「そこが駄目なのよ。女の扱い方、勉強するべきね」
「勉強して身に付くものなのか?」
「だから、はやく訊いてよ」
「分ったよ。クヌートは元気か?」
「あの人ね、クスリ漬けでお酒もたくさん飲むの」
「針金屋は繁盛してないのか?」
「繁盛してる針金屋なんて聞いたことがないわ。いま、オスロに帰ってるんだけど、彼はなんにもしないの」
「それで稼いでこい、と言われたわけだな?」
「インドで酷い目にあったわたしを助けてくれた人だからしょうがないの、彼がいなかったら、わたしあそこで死んじゃってたかもしれないもの」
「はいはい。気は済んだか?」
「先生、来てくれてありがとう」
「ああ、このまえはサッカー観ただけだったからな」
「また来るでしょ? 先生、わたしのこと好きだものね」
恵理子は私に、四隅の丸い小さなピンクのカードを手渡した。カードには恵理子の出勤スケジュールが記されていた。
「先生、クヌートね、もうすぐ死んじゃうような気がするの」
「自業自得さ。ヤク中でアル中なんだろ?」
「そうなったら、わたし、どうしたらいいと思う?」
ツアーから戻ると、私は、五反田の恵理子の部屋へ足げく通った。
「そうなったら、新しい男を見つければいいさ。世の中、ヤク中でもアル中でもない男の方がずっと多いんだぜ」
「またあ、無理しちゃってえ。おれの女になれ、とかいえないの?」
「おれはヤク中にはならないが、アル中の方はなる可能性もあるんだ」
「でも、ヤク中にはならないわけね」
部屋を出て、五反田駅まで歩く。途中の公園では、すっかり葉の落ちた木々に囲まれた、流水の止まった噴水池に苔色の水が溜まっていた。池の横手から曲がりくねった小道が伸びていて、その先には赤いよだれかけの地蔵が鎮座していた。私は地蔵に手を合わせ、近いうちに恵理子と私の住む部屋を借りる金を工面しなければならない、と考えていた。思春期の少女たちが使う「赤い糸」という言葉が、ふと心に浮かんだ。そして、こうなることは、あの塾の教室で、恵理子が机に突っ伏して声を上げて泣いたときから、決まっていたようにも思えるのだった。
《 恵理子の場合 了 》
【 あとがき 】
どうも。
初参加のMOJOです。
いや~、まいった。
こういう企画で文章を書くのは、初めての経験で、ものすごく悩んだっす。
悩んだ末に出た結論として、参加は今回限りにし、次回からは、読み手に回ろうかと考えています。
せっかく誘っていただいたのに、申し訳ないのですが。
【 その他私信 】
「あとがき」にも書きましたが、当方、これでめいっぱい、の状態で、次回から参加できそうにありません。
お題の文章をいただいての創作は、当方には向いていないようです。
毎回、投稿する人はすごいなー、と素直に思いました。
『 MOJO HANDS 』 MOJO
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●すっかり葉の落ちた木々に囲まれて、曲がりくねった道が伸びていた。
《 白の旅路 》
著者:夏海
日中であるにも関わらず、薄暗い曇り空が広がる下。
すっかり葉の落ちた木々に囲まれて、曲がりくねった道が伸びています。
その道を、母親と少女が並んで歩いていました。
とても静かで、聞こえてくる音といえば、やわらかな土を踏む音と、たまに遠くから鳥の声が聞こえるくらいです。
息をすれば、清々しい、しんとした空気と、湿っぽい土と木々の香りを感じます。
親子は、防寒具で身をくるんでおりましたが、手袋をしていても、指が、じんじんと痛むほど冷えてきます。
ぷっくりとした少女の頬は、寒さのためか、少し紅く染まっていました。
「風が冷たくて寒いねえ、お母さん。
息が白いよ、ほら。」
少女は、横目で母親を見上げながら、はぁっと息をはいてみせました。
白い息が、もくもくと現れては、消えていきます。
「そうね、冬だからねえ。」
母親は、白い息に夢中になっている娘を、ちらと見て、くす、と笑うと、目線を前に戻しました。
「おばあちゃんち、遠いねえ。」
少女は、話す度に、白い息を目で追っています。
「そうね、おばあちゃんは変わり者だから。
誰も住まないようなところで、1人で住んでいるのよ。
あそこへ行くのは、あなたは、これが初めてだものね。」
「うん。
おばあちゃん、みかん、喜んでくれるかな。」
母親と少女が、手に持つかごには、みかんが沢山入っていました。
「おばあちゃんは、みかんが大好きだから、きっと喜ぶわ。
着いたら、みんなで一緒に食べましょうね。」
母親は、少女に笑いかけました。
「うん!」
2人は、顔を見合せて笑いました。
同じような景色の中を、しばらく歩いていると、木々の隙間から、古いログハウスのような建物が見えてきました。
「あそこよ。」
母親が指さして言いました。
近づいてみると、玄関のそばには、沢山の植木鉢が無造作に置いてありました。
草が生えているものや、何も入っていないものもあります。
ドアをノックして、呼び掛けてみましたが、誰も出てきません。
「どうしたのかしら。」
母親は心配そうな顔をして、外れそうなほど歪んでしまっているドアノブに手をかけました。
すると、ドアは軋む音をたてながら、簡単に開いてしまいました。
部屋を見渡しながら、「いないの?」と声をかけてみましたが、ひとけはありません。
あるのは、ただ使い古された家具類に年期の入った雑貨。
どれも、母親が子どもだった頃からある見慣れたものばかりです。
かわいいクッキーを、一緒に作ったトースター。
大きなハンバーグを作ってもらったフライパン。
勝手に食べて叱られたこともあった煮物が入っていたお鍋。
いつも使ってくれていた、プレゼントしたコップ。
何度も悪戯した鏡台に、読み方を教えてくれた時計、臍の緒がしまってあるタンス・・・。
とても片付いている部屋とは言い難いし、飾り気もないけれど、温もりを感じます。
そのときです。
ふと、目の前に、ぽっと、光るものが現れました。
そして、その光は、ホタルのように、親子のまわりを、ふわふわと漂いはじめます。
「何かしら?」
母親は、怪訝な顔をして、光を目で追い、少女は、光をつかもうとして、手を伸ばしました。
少女の指先が、光に触れると…
「あったかい…。」
少女は、目を細めます。
すると、どこからともなく声がしました。
「きみたちは、おばあさんのおともだち?」
母親と少女は驚いて、お互い顔を合わせたり、辺りを警戒したりしました。
しかし他に人影もなく、あるのは、目の前に揺らめく光だけ。
「まさか、この光が、しゃべった…?!」
2人の驚きなど、気にもかけず、光は、声を発し続けます。
「おばあさんなら、はじまりの場所へ向かったよ。」
光を強めながら。
弱めながら。
「はじまりの場所?」
少女は、母親に目をやりますが、彼女もわからないようでした。
「はじまりは、おわり。
おわりは、はじまり。」
「よくわからないわ。」
母親は、きっぱりとそう言いましたが、光は、相変わらず聞いていない様子で話を続けます。
「おばあさんに会いたい?」
「ええ。
私たち、おばあちゃんに会うために、ここまできたの。」
少女は、光にそう答えました。
「そうか。 それなら連れていってあげる。」
親子は、少し不安そうに目を合わせました。
光は、続けて言います。
「目を瞑ってごらん。
いいよ、と言うまで、目を開けてはいけないよ?」
よくわからないけれど、とりあえず信じてみるしかないので、親子は、手をつないで目を瞑りました。
すると、一瞬、肌に暖かな気流を感じました。
「いいよ。
目を開けて。」
--そっと目を開けると、そこは、白い世界でした。
母親と少女は、放心状態なのか、呆然と立ち尽くしています。
壁も何もなく、ただどこまでも限りなく続く白。
暑くも寒くもなく、風も音も何もありません。
そこに、見覚えのある老女が1人ぽつんと立っていました。
「おばあちゃん!!」
はっとして、少女は、老女に向かって駆けて行きます。
「お前たちは、こっちに来ちゃいけないよ。
お前たちには、まだ早い。」
老女は、優しく穏やかな声で言いました。
短い髪は、すっかり白く、ふくよかな体には、ゆったりとした服を着ています。
「1人で行くの?」
「さみしくない?」
母親と少女は、口々に言いました。
「さみしくないわ。
向こうで、おじいちゃんが待っているし。
ここからすべてが始まるって思ったらすごく幸せ。」
そう言うと、彼女は、バッグからハンカチを取り出し、目の下を押さえました。
「そっか…。
私も、いつか会いに行くと、よろしく伝えてね。」
母親は、そう言って、老女に笑いかけ、抱きつきました。
2人が抱き合うのを、少女は、じっと見つめていました。
その後、老女は少女の方を向き、「大きくなるのよ」と、頭を撫でました。
「ありがとう。」
「こちらこそ。」
「さようなら。」
「さようなら。」
老女は、微笑むと、背を向けました。
そのとき、辺りに光が満ち、母親と少女は眩しくて、目を瞑りました。
「--お母さん!!」
--再び目を開けたとき、そこは元のログハウスでした。
先程、話しかけてきた光は、もう、いなくなっていました。
「おばあちゃん、だいじょうぶかなあ。」
「きっとね。」
「お母さんも、いつかあそこに行くの?」
「うん。
あなたも、いつかは、ね。」
「どうして泣いているの?」
「だいじょうぶ・・・。」
少女は、黙って母親の手を握ります。
しずくが、床に、はたはたと落ち、滲みました。
そのそばには、みかんが転がっています。
すっかり暗くなった部屋の窓から、輝く星が見えました。
《 白の旅路 了 》
【 あとがき 】
毎度やっつけ仕事失礼します・・・。
お題見た当初、違った形のものにする予定でしたが、用意が間に合わず、結局この形になりました^^;
色んなものが足りない私は、早くも書けないので、しばらくお休みいただこうかと思います。
その間、小説に生かせるような何かを得られたら、と思います。
夏海
mixiアカウント http://mixi.jp/show_friend.pl?id=1707320
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●「ここからすべてが始まるって思ったらすごく幸せだった」彼女はバッグからハンカチを取り出し、目の下を押さえた。
《 本音と建前友情論 》
著者:ひとみん
「ここからすべてが始まるって思ったらすごく幸せだった」彼女はバッグからハンカチを取り出し、目の下を押さえた。
完璧に悲劇の女を演じきった友人に、私はなんて答えたのか覚えていない。
「時々、女を演じることに疲れるときがある」
アイスコーヒーにミルクを入れる手を止めて、彼は私を見た。
「演じてたの?」
私は顔を上げなかった。うん、ともいいえ、とも言いがたかった。演じてるときもあるし、演じてないときもあると思ったからだ。でも、時々女ぶることになんだかな、と違和感を覚えることがあった。
「こないださ、友達に会ったのね」
「うん」
「その友達さ、結婚しようねって言ってた相手に逃げられたんだって」
「へえ」
「その相手が妻子もちで、度々今の奥さんとは別れて、君と結婚すると言ってたから信じてたんだって」
「でも違ったわけだ」
「そう。結局相手は今の生活を望んで友達を捨てたの」
悲劇が起きたと、だから同情してくれという話口調だった。
「これからすべてが始まると思ったらすごく幸せだった」彼女はハンカチを取り出して目の下を押さえた。
このとき私はなんて答えただろう。覚えていない。
「女の会話って共感会話だとか肯定会話だとか言われているけど、それがひどく疲れるときがあるんだ。私は友達の同情してーって空気にどうしても心の底から共感できなかった」
「だけど、一緒にいた友達は大変だったねー、その男ひどいねむしろ結婚しなくてよかったよって言って泣いた友達を慰めてた」
「その時、女ってめんどくさいなって思っちゃった」
しばらく、アイスコーヒーの氷が解ける音だけが部屋に響いた。下を向いて無意味にコーヒーをストローでぐるぐる混ぜていると、彼は私の傍に来てポンポンと頭をなでた。顔を上げて彼を見る。
「何?」
「んー、なんていうか確かに女の友情って男からすれば分からないこともあるけど、その友達のこと嫌いじゃないんだろ?」
「うん、むしろ好きだよ」
「じゃあ、それでいいんじゃないか?そうやってあれこれ考えながらも何だかんだお前も女を演じてるのは嫌いじゃないからなんだろ?」
誰かが話す、共感する、肯定する。相手を一緒になじる。芸能人の恋愛の話題をする。最近のドラマの話をする。今日の服装や髪形について褒めあう。会社の上司の悪口を言う。共感する。肯定する。喫茶店で何時間も中身の無い話をする。またねと言って帰る。中身は無いけれど、一人で帰ってるときのあの充足感。
「そうだね、嫌いじゃない」
「じゃあ、いいじゃないか」
「うん、ホントにそうだね」
感情に振り回されて感情のままに話をして解決しない問題を解決しないまま終わらせる。そんなあいまいな会話。
「そのめんどうくささがいいんだろ?」
私は思い出した。
友達の話を聞く前のことを。
「えみ、話があるから土曜日会える?」
「何かあったの?」
「話したいことがあるから直近で会いたいの!」
「いいよ、会う会う!もちろん時間作るよ!」
「いいの?予定は?」
「んー、今手帳持ってないけど、多分入ってないから大丈夫だよ」
「やった!じゃあ土曜日にいつもの駅にし13時集合ね」
「りょーかい、会えるの楽しみにしてる!」
もちろん手帳を忘れたというのは嘘だった。
手帳はかばんにしっかり入っていた。
でも見ない振りをした。
そしてお気に入りのボールペンで予定をしっかり書き込んだ。
《 本音と建前友情論 了 》
【 あとがき 】
みじかーーーーい!書いて削ってを繰り返したらこんなことに。どうしてこうなったしアッー!自分で何をかいてるのか途中で分からなくなってしまいました。行間の使い方と情景描写って難しい。精進せねば。
納豆が水道から出てくる夢と投げ縄をクリアしないと国外逃亡できず、できなくて泣く夢を見ました。
何がなんだかわからないです。誰か夢診断してください・・・。
ひとみん
mixiアカウント http://mixi.jp/show_friend.pl?id=7558170
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●もちろん手帳を忘れたというのは嘘だった。
《 冬の陽 》
著者:氷桜夕雅
もちろん手帳を“忘れた”というのは嘘だった。
なんていうかこうでもしないと踏ん切りがつかなかった、それくらい僕は自信のない人間なんだ。
「あの、えっとそうだ今から伺ってもよろしいですか?それがないと明日の仕事に影響するんで」
「ええ構いませんよ、お店開けて待っていますから」
「すいません、お願いします」
僕はいつもの癖で携帯電話を耳に当てながら深々とお辞儀をし、会話を終えると携帯電話の通話ボタンを切る。
電話口で少し話しただけだというのに胸の動悸が激しい。生まれて以来こんなこと初めてだった、そりゃまぁ僕だって学生時代に恋の一つや二つしたことはある・・・・どれも実ることはなかったけど。
僕───矢神久胡はしがない営業マン。独り暮らしのご老人向けの話し相手になる犬のぬいぐるみが商売の種。でも話し相手になるとは言っても別に人形が喋るわけでもなくそこいらの玩具屋で千円もだせば買えるような品物、それを毎月二千円の分割24回払いで売り付ける・・・・まぁ悪徳な営業マンってわけだ。
とはいえ僕がいままでこの人形を誰かに売りつけたことはない、おかげで会社じゃ給料泥棒呼ばわりだ。
けれども両親には「大物になるまでは帰らない!」なんて啖呵をきって上京してきたせいで辞めるにも辞めれずずるずると見気力な日々を浪費しているのだ。
だから仕事とはいえいつも会社を出てからいろんな所で時間を潰していた。駅前の本屋で立ち読みしたり、インターネット喫茶でネットゲームやったり、喫茶店でよくわからないサブカル雑誌を読んだり・・・・。
そんな無為無策なことを繰り返している中、ふと立ち寄った喫茶店で僕は彼女と出会った。
小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店『リチェルカーレ』のマスター、木崎友梨那さん。透き通るような肌に栗色の長いウェーブがかった髪、控えめでどこか薄幸そうなオーラを醸し出している彼女に僕は一目惚れをした。
けれども僕には自信がない。仕事はなんてったって悪徳セールスマンだし顔だって平凡、スポーツができるわけでも勉強ができるわけでもない本当は諦めるべきなんだろうけど諦めきれなかった。
だから我ながら情けないとは思うけど僕は手帳を“忘れた”んじゃない“置いて”きたんだ。
更に言えば置いてきた手帳は会社に入ってから使うと思って買った無駄に高級な本革の手帳。書くことが全くなかったんでさも大企業と関わりがある体を装って半年分の予定を書き込んでおいた。
「もうそろそろいいかな?」
僕は携帯電話の待受画面の時計を見ながら考える。手帳を置いてきてから店の斜向かいの路地に待機すること数時間、木崎さんから電話があって数分、そろそろいいだろうか?早過ぎやしないだろうか?ああ、平静を装うよりも焦っている感じの方が良いか?なら全速力で走っていった方がいいのか?
「ああ、もうわかんねぇ!」
色々考えすぎて混乱しかけた頭を振って大きく息を吐くと僕は決意を固める。
「とりあえず、今日はきっかけを作るだけでいいんだ。落ち着いてちょっと息切らせた感じでいこう」
まとまっているようでまとまっていない考えのまま僕は走り出す。信号二つを全速力で駆け抜け喫茶店『リチェルカーレ』の前に着いたときにはフルマラソンを走りきったくらい息が切れていた。フルマラソンなんてやったことないけど。
間抜けで下手くそな演技をしながら扉を開けるとカランと小さくカウベルが鳴る。
「ゼェ、ハァ、す、すいませぇん」
「はい、いらっしゃいませ」
今思えば彼女はいつだって笑顔だった、どんな時でもどんな状況でも。
出迎えてくれた友理那さんはもう店を出るのかいつものエプロン姿ではなく灰色のダウンジャケットにワークハットという出で立ち、格好自体は地味ではあるが普段見ない友梨那さんの姿に思わず僕は少し心ときめいた。
「あ、いや、あのそのええっとこういうときはなんだったかそうだあの夜分遅くにスイマセン!先程電話した、あのその
ええっと手帳、そう手帳を忘れた・・・・」
「矢神久胡さん、でしたっけ?」
「そ、そう!それです!」
友梨那さんを目の前にしてなにがしどろもどろになりながら言葉を選ぶ僕に彼女はゆっくりと歩み寄るとそっと手帳を差し出す。
「あ、ああ!これです、これがないと明日大きな商談がいくつも入ってて分刻みのスケジュールなんですよ」
「まぁそれはお忙しいんですね。言っていただけたら私がお届けしましたのに」
と、届けてくれる?ってことは友梨那さんが僕の家に来るってことか?友梨那さんが僕の家に・・・・いかん、想像しただけで卒倒してしまいそうだ。
「い、い、い、いえ!!!そんなそこまで迷惑はかけられません!」
もう既にわざと手帳を落としたりして迷惑かけている奴が何を言う
「も、も、も、もうこんな時間だ。明日の商談の準備をしないと!えっとあの今日はありがとうございました」
挙動不審に腕時計のついていない袖を見ながら僕は頭を下げと踵を返し足早に去ろうとする。
ちょっと話しただけだって言うのに心臓の鼓動が激しい、友梨那さんの顔をまともにみることもできやしない。
もういいだろ、ちょっとだけどきっかけはできたんだし今日の僕は我ながらよくやったよ。そう考えてた矢先背後から友梨那さんの声がかかった。
「あの矢神さん?」
「は、はい!」
振り返ると友梨那さんの顔がすぐ目の前にあった。もうそれはあと半歩でも前に出れば顔に触れるくらいの近さ。
「ネクタイが歪んでます、ちょっと動かないでくださいね」
そう言うと慣れた手つきで友梨那さんはネクタイを直す。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「あ、あ、あ、ありがちょうごじゃいます」
あまりに緊張しすぎて口の中が乾き頬の筋肉が硬直、まともに言葉も喋れていなかった。そしてなにを思ったのか次の瞬間僕は
「あ、あの!またお店寄ってもいいですか?」
と、なんとも間抜けな事を口走っていた。許可制の喫茶店なんてないだろ、なにをやっているんだバカなのか僕は。
これじゃ変な男だ、馬鹿にされる・・・・口走ってすぐに後悔の念に押し潰されそうになった、けど友梨那さんは違った。
「はい、それじゃお仕事のお暇な時に来てくださいね」
そのとき屈託のない笑顔で答える友梨那さんの姿、それがずっと僕の瞳には焼き付いてしまった。
喫茶店「リチェルカーレ」に通いつめるようになって二週間。
街が黄色い銀杏の葉で埋め尽くされるそんな時期。
緊張は未だにするけどそれでも少しはまともに友梨那さんと話すことができるようになっていた。
ただそんな嬉しいこととは別に苦しいことも増えた。
僕は段々と嘘に嘘を重ねるばかりになっていたんだ。
僕の話は多分きっと普通の女の子なら「つまらない」の一言で一蹴されるような話ばっかりだろう、今度大手のメーカーとの飲み会があってその幹事をやることになったとか。(これは嘘)
アイドルの誰々にキャンペーンをやってもらうことになったとか(これも嘘)、大学時代の武勇伝とか(これはネットで拾ってきた話)、何一つ僕の話をしていない。けれども友梨那さんはいつも笑顔だった、僕はいつも友梨那さんと話がしたくて閉店間際に来て面白くもない話ばっかりしているのにだ。
そりゃそれが仕事だと言えばそれまでかもしれない、けれども僕はそこに彼女の本質というか心の清らかさのようなものを感じていた。
だからこそ、嘘をつき続けている自分が酷くみっともなく思えたのだ。
「コーヒー、もう一杯入れましょうか?」
「あ、ああはいお願いします」
カウンター席に座った僕と向かいに立つ友梨那さん。同じ人間なのになんでこうも差ができてしまうのだろうか。
けど、だからこそ僕は友梨那さんに惹かれているのかもしれない。
「お待たせしました、ブラックコーヒーです」
「ありがとうござい・・・あれ?」
差し出されたものを見て一瞬僕は自分の目を疑った。
「あれ、なんでこれがここに」
ブラックコーヒーの横には実に見覚えのあるモノが置かれていた。僕の持ち物だけど僕がここで出すわけがないものだ。
だってこれを見たら僕の嘘があっさりバレるじゃないか。
「これ僕の名刺、ですよね。あれいやなんでこんなところに?」
僕は恐る恐る尋ねてみる。いや聞きたくはなかったんだけど。
「それはですね、意外と簡単なことなんですけど」
友莉奈さんは表情を曇らせたが少しづつ言葉を選ぶように続ける。
「この名刺二週間前に矢神さんがお忘れになったときに手帳に挟んでありましたよ」
しばしの沈黙、ああやっぱりそうなのか。
「なるほど、いや本当なるほどですね。ということは」
「ええ、実は最初から全部知ってました」
友梨那さんのその言葉で僕は全てが終わったのを理解した。じゃあ僕が今までいい格好しいで嘘をついていたこと。
これが全部バレてしまっていた、それはもう嫌悪されて当然なことを僕はしていたわけだ。
「ごめんなさい。本当はもっと早くに渡すべきだった、言うべきだったんだと思うんですけど」
「はは、いいですよ。友梨那さんが謝ることなんてないです、笑ってください、馬鹿にしてくださいよ」
「いえあの、でもこの名刺を出したのはそんなつもりじゃないんです!!」
嘘がバレてやけになっていた僕に慌てた様子で友梨那さんは言葉を挟む。
「矢神さんがあまりに楽しそうにお話になるので最初はこのまま黙っていようとも思ったんですけど、それだと私本当の矢神さんを知れないまま終わっちゃいそうで」
本当の僕、ああ確かに僕はずっとそれを知ってほしかった。
でもそれを友梨那さんに知られたら嫌われる、だから言えなかった。
「本当の僕なんて知っても良いことなんてないですよ。その名刺を見たなら知ってるでしょう?僕が普段どういう仕事をしているか」
僕の会社はニュースや新聞、ネットなんかでも度々悪徳会社として名前が出るような会社だ、それを友梨那さんが知らないわけがない。
「知ってます。けどそれが矢神さんの全てでは無いですよね」
「え?」
「矢神さんがどういう経緯でそのお仕事についているか私は知りません、けどこうやって話してみて矢神さんがそんなことをするような人じゃない気がしてだから少し気になってしまったんです、本当の矢神さんのことを知りたくて。だから気分を悪くしたらごめんなさい」
静かに頭を下げる友梨那さんに思わず僕は立ち上がる。本当は僕が悪いのに、僕が嘘をついて騙してたのになんで友莉那さんが謝っているんだ。
「あ、頭を上げてください友梨那さん!悪いのは僕なんです、僕が友梨那さんによく見られたくてこんなバカなことしただけで友梨那さんが謝る必要なんてないんです!」
「私によく見られたくて?」
「あっ・・・・。」
顔を上げた友梨那さんと思わず目が合う。そしてすぐに自分が言ったことがどんなに恥ずかしいことなのか理解した。
「ふふっ、そっかそうなんですね」
「あ、いやその・・・・」
今更取り繕ったってどうしようもない、微笑を浮かべるこちらを見つめる友梨那さんから僕はおもわず顔をそむけた。
「まさか今のも嘘ってことはないですよね?」
「それはまぁ、嘘じゃないです」
「そうですか、それはよかった。それじゃこれからもお店に来てくれますよね?」
「え、ええそれはまぁ」
煮えきらない僕の言葉に友梨那さんはカウンターを指先で軽く叩きながら少し窘めるように呟く。
「矢神さん、ちゃんと目を見ていってください。」
「は、はい」
言われるがまま友梨那さんの目を見つめる、真っ直ぐ心の内まで透けて見られているんじゃないかというその視線に
まるで初めて会ったときのように胸の鼓動が大きくなる。
きっと今までは嘘の自分ばかり見せてきていたからだ。
よく見られたいなんて、ちょっと自分の本当の気持ちを晒しただけでどっと身体中に血が流れ熱くなるのを感じる。
「一度嘘をついたらそれを補うために余計な嘘をまたつかなければいけません。私達の間で嘘はやめませんか?」
その言葉と共に子供騙しのように友利那さんは右手の小指を立ててこちらに見せる。いわゆる『指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます』、今になって思えばこれも小さな極小さなではあるがちょっとした契約だ。
「そうですね、僕もそう思います」
いい歳してなにをやっているんだろう?僕はそう思いながらも友利那さんと小指を結び、小さな契約を結んだ。
それからだったのかもしれない。僕と友梨那さんが本当の意味で話をするようになったのは。
骨ってのは一度折れ、治った時には以前よりも強くなる・・・・らしい。骨を折ったことがないんで正直わからないが。
ともあれ僕は嘘が友利那さんにバレてからようやくまともに話せるようになった。
飾る必要はなかった、僕が思っていた以上に友利那さんは心が広いというか寛容だったというか。
いや同じ意味かとにかくあの一件以降僕は変われた気がする。
けど変わったのは僕だけじゃなかった。
友利那さんも今までずっと僕の話を聞いているだけだったのが最近はどんどん僕に話しかけてくるようになったんだ。
自分で言うのもなんだけどこんなにも友利那さんが僕に興味も持ってくれているなんて思わなかった。
「はぁはぁ・・・・」
営業周りも適当に僕は今日も喫茶店『リチェルカーレ』に向かっていた。あの日から二ヶ月が過ぎた11月23日、今日は友梨那さんの誕生日だ。
僕はプレゼントの入った紙袋を小脇に抱え走る。前々からプレゼントしようと思っていた真っ赤なストールがその紙袋の中に入っている。
「ぜぇはぁ」
息を切らし点滅する信号を走り抜けると見慣れた赤茶色の建物が飛び込んでくる。
「言うなら今日しかない、今日こそ言うんだ」
僕は決意を固め喫茶店『リチェルカーレ』の扉を開ける。何を言う?そんなこと決まっている、友梨那さんに告白するんだ、なんだかんだで有耶無耶にしてきたがやっぱり関係を先に進ませたい。そりゃ僕はなにも取り柄もないけどそれでも。
友梨那さんは受け入れてくれる、そんな気がその時はしたんだ。
「こんばんわ、友梨那さん」
店に入ってすぐに僕はなにか違和感を覚えた。店の中が薄暗い、別に休業日でもないはずだし閉店時間でもないはず。
「いらっしゃい矢神君。ごめんなさい、ちょっとでてくるのが遅くなって」
「あのどうかしたんですか?」
奥の部屋からでてきた友梨那さんも少し様子がおかしいように見えた、頬が少し痩け目が真っ赤に充血している。
「うんん、なんでもないの今日は特別な日だからちょっと早めにお店を閉めただけなの」
「そうなんですか。あ、それじゃ僕来たらまずかったですか?」
「大丈夫、大丈夫矢神君が来るのはわかってたから。とりあえずいつものコーヒーでいいかな?」
「お願いします」
言葉を交わしながらカウンター席に座る。でも僕は気がついていた、いつも目を見て話す友梨那さんが先程から一度もぼくと目を合わせていない。
「はい、おまたせしましたコーヒーになります」
「どうも、いただきます」
コーヒカップを口元に近づけながら考える。間違いなく友梨那さんになにかあったのは間違いない、けど僕が聞いてもいい話なんだろうか?
「そういえばその大きな紙包みどうしたんですか?」
「あ、これですか。これはですねえっと」
僕が決意を固める前に友梨那さんから声がかかる。そのときはすでにいつもの明るい友梨那さんに戻っていた。
「あのこれお誕生日おめでとうございます。あのちょっと包装とかないですけど」
僕は友梨那の目の前に赤いストールを差し出す。
「え、これって・・・・いいの矢神君?高かったでしょ」
「大丈夫ですよ。ちょっと前に友梨那さんが欲しいって言ってましたよねこれ」
「うん、そうなんだ・・・・ありがとう矢神君」
友梨那さんはストールを受けとるとぎゅっと抱き締める。僕はその姿にまるで自分が抱き締められているような錯覚を覚え一瞬ドキッとした。
「これ買うために仕事頑張ったんですよ」
「あれ?ということは成約は取れたんですか?」
「あはは、えっとそれは全く取れてないですね。」
「そうなんですか、これ買うために矢神君がお年寄りに一生懸命人形を売り付けたのかと思っちゃいましたよ」
そう言って微笑む友梨那さんにつられるように僕も微笑み返す。さっきまでの暗い雰囲気はなんだったんだろうってくらい楽しい時間だ、それに僕と友梨那の間では嘘はつかないって約束しているんだから先程の様子気にならないかと言えば嘘になるけど僕がそんなに心配するようなことじゃないのだとなんとなくだけど思う。
「そういえば友梨那さん、あのちょっと」
「ん?どうしたの矢神君?」
ちょっと勇み足だったかもしれない、けど今言わなければきっと後悔すると思ったら思わず言葉が口から出てしまっていた。いやけど僕は友梨那さんならきっとそう酷い結末にはならないとは思っていたのは事実だ。告白して受けてもらっても、断られても関係がそう悪くなることはないと思う言うなればノーリスク、ハイリターン・・・・自分でも思うけど打算が酷い。
「僕は、友梨那さんのことが好きなんです!!!」
ずっとこの時を願い待ち望んでいたその言葉は思ったよりあっさりと口から出た、でもなんだろう僕の気持ちとは裏腹に自分でも物凄く薄っぺらい言葉だった気がする、もっとなんだろう告白するってことは重くて大事で心踊るものだと思っていた。少なくとも告白するその直前まではそうだったんだけどな。
「そうなんだ、ありがとう矢神君。でもね、付き合うというのは矢神くんのためにもやめたほうがいいと思う」
ゆっくりとけれどもはっきりした口調で友梨那さんは答えた。
「やめた方がいい?それってどういう・・・・」
どういう意味?と言いかけて僕は思わず言葉を失った。友梨那さんの頬を一筋の涙がスッと流れたのに気がついたからだ。
「友梨那さん?」
「ごめんなさい矢神君。気持ちは嬉しいの、私も矢神君のこと好きだしお付き合いできるのならしたいのよ。でもねもう無理、無理なのよ」
涙を流す友梨那さんを前に僕はどうしたらいいのかわからなくなった。
「泣かないでください友梨那さん、べつになんとなく言ってみただけですよ。それに嫌われてる訳じゃないから大丈夫です。」
「理由、聞かないんですか?」
「理由とかそりゃ気になりますけどならないといえば嘘になりますけど、好きな人に泣かれるくらいなら知らなくていいです。」
それは心からの言葉だった。僕は自分の気持ちを伝えることができただけで充分、嫌われたわけでもないしこれからもっと仲良くなれる時間が一杯あるんだから。
「やだなぁ、こんな姿見せちゃって。私がこの店をやりだしたのは皆に笑顔になってもらうためだってのに」
「笑顔になってもらうため?」
「そう」
友梨那さんは涙をハンカチでぬぐうと少し照れた様子で店内をゆっくりと見渡していく。
「この店に来てくれた人皆に笑顔になってもらうのが私の夢なの。そのためにはまず私自身が笑顔じゃないといけないのに、つい矢神君と話していると本音というか私の弱い部分がでちゃうの」
そう言って無理に笑顔を作ろうとする友梨那さんを見ると心が苦しくなる。
「あ、あの悩みとかあったらなんでも言ってください。なんか多分全然僕なんかじゃ役に立たないだろうけど」
きっと僕には話を聞くことぐらいしかできないだろう、けどそれでほんの少しでも友梨那の負担が軽くなればそれだけで嬉しい。
「ありがとう矢神君、私あなたに逢えて本当に良かったって思うわ」
先程の無理をした笑顔ではなく心からの笑顔を見せてくれた友梨那さんの姿を僕は生涯忘れることはないだろう。
この日は僕にとって忘れられない一日になった。
それからしばらくして友梨那さんは亡くなった。
僕と付き合えないというのは自分が長く生きられないということを悟っていたからだということに気がついたのは彼女がなくなる数日前のことだった。
彼女がなくなった後、彼女の親戚の人から色々と教えてもらったが僕が知っている彼女はほんの僅かしかない。
彼女がどんな人生を歩んできたか、何が好きで何が嫌いで・・・・そんな些細なことも僕は知らずに彼女のことを好きになっていた。一目惚れといえばそれまでだけど今思えば不思議なことだ。
そもそもあのお店「リチェルカーレ」は彼女が余命半年と聞かされてから最期にやりたいからと無理を言ってやりだした店だったのだ。
僕はなにもできなかった、いやもしあの時付き合えない理由を聞いた所でなにかできただろうか?
世の中ドラマや小説みたいに上手くはいきやしない。奇跡だの愛の力などで彼女が、彼女が───友梨那さんが助かるなんて都合の良い展開はなかった。
僕にできる唯一のことは彼女の想いを引き継ぐことだけ。
「友梨那さん・・・・。」
僕はじっと目の前の建物を見つめそれからゆっくりと目を閉じる。今でも脳裏にやきついている、彼女の友梨那さんの優しく微笑む姿、僕が心踊らされ惹きつけられたその笑顔
真似なんかできるわけがない、けど僕もそう生きれたらきっとどれだけいいことだろうか。
「さぁ、店を開けるか」
僕は決意する、喫茶店「リチェルカーレ」そこは小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店だった。
《 冬の陽 了 》
【 あとがき 】
ついカッとなってヒロインを殺してしまった、今は反省している。
話を当初の予定よりかなりカットしてしまった、今は反省している。
やっぱりシュランプ(酒乱とスランプの合成語)だわ、申し訳ない。
『 べ、べつに好きで書いてるわけじゃないんだからね! 』 氷桜夕雅さん
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●そこは小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店だった。
《 神様は返事をしない 》
著者:rudo
私はその時、たいそう 困っていた。
場所は病院の隣の 小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店。
入り口にkeyとかuccとか
コーヒーメーカーの看板が出ていて
テーブルごとにメニューが置いてあって
砂糖つぼが置いてあって
灰皿も置いてあって
ぺかぺかしたプラスチックで
きれいに洗ってあるけども
ちよっと焦げて溶けた部分があったりして
時間は午後4時。
目の前に座っているのは……
バターと蜜の甘ったるい匂いを撒き散らし
パンケーキをつついている
たぶん 8歳か9歳か?
とにかく その位の 男の子。
たぶんというのは この男の子と知り合ったのは
つい 数十分前で 交わした言葉は
「パンケーキ 食べる?」
「うん」
それだけだ。
そして 今に至っている。
この子は きっとお見舞いに来たんだろう。
隣の病院は大きいから きっと迷子になって
そして 目に付いた私にくっついて来たに違いない。
どのあたりからついてきたのかわからないが
喫茶店に入ろうとすると
スカートが どこかに引っ掛けたように攣れて
振り向くと この男の子が裾を握っていたのだった。
それからどうにも離してくれず
しかたなく 連れて店に入り
あれこれ 聞いたが 何一つ答えず
かろうじて パンケーキのやりとりのみ
成立したのだった。
私はかまわない。
遅くなったって。
もう 今日のお見舞いは済ませたし。
隣の病院には 祖母が入院している。
祖母は癌だ。
癌で余命、あと半年と宣告されたが
すでに1年が過ぎようとしていた。
年寄りの癌はやっぱり年寄りで
進みが遅いらしい。
でも この子は だめだろう。
遅くなればなるほど誰かが心配する。
「ねえ 君さ。 病院にいたんだよね?」
「……」
「誰かのお見舞い?」
「……」
「誰と来たの?」
「……」
ふーん。
やっぱり 答えないのか。
何か聞くたびにどんどん下を向く。
どんどん下を向いて 前髪に蜂蜜がくっつきそうになっている。
「パンケーキ おいしい?」
「うん」
ふーん。
パンケーキの話は返事するのね。
どうしようか。 交番に連れて行こうか。
そうか。 そうだ。
何もここに一緒に入らなくても
あのまま病院に引き返せばよかったんだ。
ばかみたい。
パンケーキを食べ終えたら病院に連れて戻ろう
受付の人に言えば家族を探してくれるだろう。
その前に 家族が目ざとく見つけて寄ってくるかも
きっとものすごく心配……
「? えっ? 何か言った?」
「…… おねえさん。神様の学校に行ってるんでしょ?」
「神様の学校? なんで?」
「この間退院した真里菜ちゃんが言ってたんだ
おねえさんが神様の学校に行ってるって
だから 神様と話が出来るって」
「真里菜ちゃん?……って誰?」
「髪が短くて ピンクのパジャマで
よく屋上で 本を読んでる子」
誰だっけ? 屋上?
屋上にはよく行く。
唯一たばこが吸える場所があるからだ。
だけど それもおいおい閉鎖されるらしいけど。
「おかあさんを 助けてほしいの」
「え? 誰?」
「おかあさん。 おかあさん、もう治らないっていうんだ」
「誰がそんなこというの? お医者さんがいったの?」
「おとうさん。おばあちゃんも」
そういうのって この位の子供に言うものなのかな……
君のおかあさんは、あるいはお父さんは もう死にますよって?
だから しっかりしなさいってことなのかな。
「私は医者じゃないし 治せないよ」
「だから 神様に頼んでほしいんだ」
「……」
「お金なら 少しもってるんだ。
お年玉とか貯めてたから」
「私は神様と知り合いじゃないよ」
「でも 真里菜ちゃんが……」
そういって一枚の名刺大のカードを
私に差し出した。
カードには きらきらした目の
かわいい女の子ねずみと
うめよ ふえよ 地にみちよ と言う文が
金の文字で書かれていた。
あー 思い出した。
そうだ そんな子供がいた。
小学校3年か4年かと思ったら 中学生だった。
ただしょっちゅう入院しているから
一年遅れになっていて
もう一度6年生をやらないとならないって
確かそんなことを言っていた。
真里菜ちゃん。
そんな 名前だったかもしれない。
神様の学校?
それは日曜学校のことだ。
よく教会がやっている
日曜日の子供向け聖書の勉強会みたいな。
私は縁あってそこでボランティアをしている。
子供たちが賛美歌を歌うときにオルガンを弾く。
ときどきは聖書を読むこともある。
とくに神様を信じているわけではないが
やっぱり おばあちゃんのことがあって
信じたいと思っているのかもしれない。
真里菜ちゃんは屋上で
泣いていたのだ。
手術が怖いといって泣いていた。
心臓の手術で もう何回も何回も受けていて
でも また受けなくちゃならなくて
そのたびに 今度こそだめかもしれないと
怖くてたまらないのだと泣いていた。
私はどちらかといえば子供嫌いで
そういうのにはかかわらないタイプだが
その時はよほど機嫌が良かったんだと思う。
ものすごく優しい気持ちになっていて。
私はその泣いている女の子に心底、同情し
どうにかして彼女に安心して欲しかった。
それで約束したのだ。
「大丈夫、今回もうまくいく、
うまくいって 今度はきっと学校にすぐ戻れる」
いいかげんだ。
そんな できもしない慰めを言うなんて。
真里菜ちゃんも もちろん信じたわけじゃない。
疑わしそうな目をしながら
でも そうだったらいいのに……
そんな風な希望も少し混じったような目をして
だけどきっぱりとした声で「うそつき」 と言った。
なるほど まったくだ。
だって嘘だもの。
だけど私はさらに 嘘の上塗りをした。
「私は神様の学校に 行っているのよ
私が頼んであげるから大丈夫よ」
まあ 概ねそのようなことを
何度も言葉を変えては繰り返した。
そして一枚のカードを彼女にあげたのだ。
それがこのカード。
お守り、約束の証として。
それは日曜学校で その日に出席した子供たちに配る
聖書の一節を書いた トレーディングカードで
かわいくて、きれいなイラストが描いてあるので
大人でも欲しがる人が結構いる。
先週、日曜学校に行ったときに配ったカードだ
かわいいので一枚もらって
タバコのパッケージに入れておいたのだ。
それを小道具にした。
「ほら、これをあげる。
神様との契約書。
あなたは えーと名前はなんだっけ?
真里菜ちゃん?
これで真里菜ちゃんの手術はうまくいく、絶対。
よかったね」
そうして たばこをぽいと捨てて
立ち去りそのまま 忘れていた。
「なんでこんなの持ってるのよ?」
ちょっと 声に棘が混じったのは
嘘つき とどこからか聞こえたような気持ちになったからだ。
だけど 現実には嘘にならなかったわけだ。
真里菜ちゃんは退院する時、病院の玄関で
しゃがみこんでいたこの男の子に
カードをあげたらしい。
私の人相風体、屋上でよくタバコを吸っているという
情報も添えて。
「おかあさんのことも頼んで欲しいんだ」
どうしたものかと考える。
それは嘘だよ。
真里菜ちゃんのことはたまたまだよ。
たまたま そんな話になって
たまたま カードを持っていたからあげただけで
たまたま 真里菜ちゃんはうまくいっただけで
すべて たまたまの偶然だよ。
そういってしまえば簡単だ。
それで終わり。
だけど私は終わりにしなかった。
でも 今度は安請け合いもしなかった。
「じゃあ とにかく 病院に戻ろう
戻っておかあさんに会ってから考えるよ」
男の子はすでに願いを叶えてもらえたような顔をして
元気に うんっ とうなづいた。
病院に戻りながら あれこれと話を聞いた。
毎日 学校が終わった病院にお見舞いに来て
夜、7時か8時か お父さんが面会にきて
一緒に帰ることとか。
おばあちゃんは 近くに住んでいて
家のことや男の子の世話やら
いろいろ手伝ってくれるけれど
神経痛があって 今はすごく痛んでいて
動けないこととか。
「だから今週はずっと一人で病院にいるんだ
それで ずっとお姉さんを探していたの」 と言った。
「おねえさんは? なんでいつも病院にいるの?
助ける人を探しているの?」
「私もお見舞いだよ。
おばあちゃんが入院しているの」
「ふーん。 でも 安心だね。
おばあちゃんは お姉さんがついているから
きっと すぐ治るんだね」
わくわくしたような目を見てちょっと驚く。
この子は本気でそんなことを思っているんだろうか?
「神様を信じているの?」
神様の学校に行って
神様勉強をしているんだろうに
何を言ってるんだ?というような顔をして
男の子は言い返す。
「もちろんだよ。
だって おかあさんは何度も良くなったんだ
神様にお願いして しばらくすると退院できたんだ」
もう 外来患者のすっかりいなくなったロビーをつっきって
エレベーターに乗る。
おばあちゃんの部屋のほうだなと思っていると
「ここだよ」と指した病室は おばあちゃんの部屋の
隣の隣の個室だった。
こんな近くにいて どちらも毎日のように通っていたのに
今まで会わなかったなんて 不思議だ。
子供なんて目立ちそうなものなのに。
男の子が先にはいり手招きした。
寝ているらしいのでそおっと覗く。
覗いてゾッとした。
どう説明すればいいのか。
とにかく この部屋には死の気配が充満していた。
なんともいえない匂い。
生臭いような 饐えたような
おばあちゃんも同じ匂いがするけれど
これは強烈だ。おばあちゃんの倍も3倍も強烈だ。
それはシーツを洗っても
枕カバーを洗っても
パジャマをいくら取り替えても 消えない。
独特のにおい。 きっと死の匂い。
そんなに近寄らなくても もうだめだとわかった。
少し離れてみる布団にうもれた 母親の顔は
げっそりとこけて 布団からはみ出た手は 折れそうに細いのに
どうしてだか 布団はずいぶんと膨らんでいる。
まるで死神かなにかが一緒に寝ているみたいに。
ドアから一歩進んだきり 入ってこない私を
男の子は不満そうに見ている。
私は耐えられなくなって 外に出る。
そのまま ずんずん進んで階段で一気に屋上まであがった。
「どうしたの? ねえ どうしたの?
どお? 神様にお願いしてくれるんでしょ?」
無理だよ。 もう 今日にでも
いますぐにでも死んでしまいそうだったじゃない。
それでも かろうじて私は恐怖を飲み込む。
「……お願いはしてみるけど……
だめかもしれないよ」
「だめって? なんでだめなの?
神様なのに? なんでだめなの?」
「なんでって……」
だってだめに決まってるよ。
決まってるけど
でもそんなこと この子には通用しないんだ。
だったら…
「わかった。お願いしておくから
一生懸命お願いしておくから
それでいい?」
「うん ありがとう
じゃあ 明日お礼を持ってくるよ
いくら払えばいい?」
「神様はお金なんて取らないよ
いらないの ただだから 」
「でも それじゃ……」
「いいのっ ほんとにちゃんと頼んでおくから
ねっ 大丈夫だからっ」
そういいながら後ずさり
男の子を屋上に置き去りにして
私はもうおばあちゃんの部屋にも寄らずに
家に帰った。
それから一週間あの男の子と会わないですむように
おばあちゃんのところへは午前中に行くようにした。
ときどき遅くなって 夕方になると
喫茶店の前や屋上へ行く階段のところで
男の子の姿を見つけ そのたびに隠れた。
きっと私を探しているんだろう。
ちっともよくならない母親のことを心配して。
10日も過ぎたころ私はやっぱり午前中に病院へ行くと
病院の外来とは別の裏玄関のところに知っている看護師も含めて
数人が立っている。
どうやら退院らしい。
まだ本調子ではないのか車椅子乗っていて
ご主人らしき人が医師と話をしている。
するとその横からひょぃと あの男の子が出てきた。
私が 「あ」というのと その子が私に気がつくのは
ほぼ同時だった。
男の子はやっと見つけたというような顔をして
すばやく私に近づき 手をつかんだ。
まだ小さくて湿った手。
「おねえさん、ありがとう。
おかあさんね 今日退院できるんだ。
これから ずんずんよくなるんだ。
ほんと ありがとう 」
「えっ? そうなの?
よくなったの? 」
あんなにひどそうだったのに?
「あっ カード返さなくちゃ」
そういいながら あちこちポケットを探り
少しよれよれになった カードを私に差し出した。
「ちょっと 汚くしちゃったけど……」
「うん 大丈夫だよ」
「本当にありがとう」
「……うん …… よかった……ね」
「うんっ」
男の子は力強くうなずいて
両親のところへ駆けていった。
母親はとても痩せていて
とても一人で立てそうもなかったけど
にこにこと笑っていて 薄く化粧をしているらしく
顔色もよさそうで 最初に見た時とは別人のように見えた。
「よくわからないけど
まあ よかったじゃない」
私の神様はいなくても あの子の神様はいるのかもしれない。
あの子が返してよこしたカードを見る。
私も頼んでみようかな おばあちゃんがよくなりますようにって。
そんなことを考えながら病院に入ろうとして
さっき見送っていた看護師たちの話が聞こえた。
「無茶だよねぇ」
「たぶん 3日ももたないよね」
「でも だからこそ少しでも連れて帰りたいんだろうね」
背中がぞくぞくする。
やっぱり神頼みなんて気休めなんだ。
真里菜ちゃんは偶然なんだ。
「新藤さんっ」
「えっ? あら お見舞い?」
おばあちゃんの担当をしてくれている 新藤看護師だ。
「新藤さんっ いまの人 私知っているの
退院したのはよくなったんじゃないの?」
新藤さんは私の切羽詰ったような勢いに引き気味だ。
私は 深呼吸をして 新藤さんが不審に思わないよう
今度はゆっくり 違う言い方をした。
「今の人 おばあちゃんの隣のとなりの部屋だったでしょ?
ちょっと 話をしたことがあって。
この間はものすごく具合が悪そうだったから
おばあちゃんが 心配してたの
でも 退院できたなら よかった。
おばあちゃんに 教えてあげないと
おばあちゃんも だからもしかするかもしれないから
がんばんなきゃねって」
「あぁ そうか。 そうね。給湯室とかでも会うことあるものね
あそこの人 岩田さんって言うんだけどやっぱりおばあちゃんが
よくお見舞いに来ていたからね」
「……でもね。 良くなったんじゃなくて
もう本当にだめで、最後だからって許可された退院なの」
「じゃあ もう……」
「まあ でも人の力はわからないから」
しゃべりすぎだと思ったのか新藤さんは
少し顔を赤らめて じゃ 忙しいからまた……
そういって ぱたぱたと小走りに病院の中へと入っていった。
あの子は本当に良くなったと思ってる。
それとも そう思い込もうとしてただけ?
わからない。
だけど私には本当に 良くなったのだと喜んでいるように見えた。
神様のおかげだと全部とは言わないが そう思っているように見えた。
だけど やっぱり神様はいない。
それでも神様を頼る人はたくさんいる。
どうにもならないものにぶつかって
「ああ 神様 助けてください」 とつぶやく。
だけど そんな風につぶやいてしまう人たちの中で
本当に神様がいると信じている人間はいったいどのくらいいるだろう?
少なくとも今 私は1%も神様なんて信じていない。
そして 数日後、 あの男の子もきっと同じことを思うはずだ。
もう日曜学校の手伝いはやめよう そう決心して
よれて湿った とりあえずは一人は助けたらしいカードを
やぶってゴミ箱に入れた。
《 神様は返事をしない 了 》
【 あとがき 】
最後に割り振られた台詞には 神頼みのご利益とありました。 ここでは 単純に神様としています。
神様と 神様のご利益は似て非なる。ごまかしでなんとか 微妙につじつまを合わせようとしています。
姑息なっ
『 すみねこ屋 』 rudo
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●「神頼みをして本当に御利益があると信じている人間は何パーセントいるだろう?」
『 Hell Hills -ヘル・ヒルズ- 』
著者:鎖衝
事の起こりは、最近馴染みになったばかりの、ジルの店の片隅から始まった。
「ジェイ! お前まさか、神を信じてりゃなんでも助けてもらえるとか考えてるんじゃないだろうな!」
俺はそう言って、敬虔なカソリックであるジェイの肩を小突いた。同時に、逆の手に握っていたジョッキから泡立つビールが盛大にこぼれた。
その僅か一瞬だけ、騒がしい酒場の中から声が消えた。
後から考えりゃ、甚だいい加減な絡み方だった。だがその時の俺は、相当に酔っぱらっていたのだ。ジェイは面倒そうに俺の顔を眺めると、小声で何かを呟いてその場を去った。
何を言ったのかは聞こえなかった。ただ、その去り際に見せた十字を切る仕草がやたらと憎らしく感じたのも確かだった。
その日の俺は少々――いや、かなり乱暴だった。もちろん自覚もある。最近やけに運が悪く、何をしていても全てが裏目に出てしまう。特に大きな悪運は巡って来てはいないが、小さなアンラックが積み重なって、俺は自棄を起こしていたのだ。
「クソッ! お前ら、何見てんだよ!」俺は誰に言うでもなく叫んだ。
「いいかお前ら。人間なんてぇのはどいつもこいつも大ウソ吐きのハッタリ野郎ばっかりだ。誰でもちっぽけな自分を誇張してデカく見せようとしているだけ。全部ウソさ。ウソのかたまりさ。どんなに偉そうに見える人間だって、その身体ん中の成分はみな、ウソで出来上がってんだよ!」
言って俺は、いかにも座って下さいと言わんばかりに空いている椅子へと、崩れるようにして腰を下ろした。
――イライラするな。思いながら、俺はジョッキを傾ける。既にビールまでもがぬるく、不味くなっていた。
「なんだ。ヤケに荒れてるな」
声が聞こえた。気が付いて見れば、俺の座るテーブルの向かい側に一人の男がいた。やけに髭の濃い、赤毛で巨漢の中年男性だった。
男は大袈裟なぐらいにケチャップを振ったフレンチフライをつまみながら、ビールを飲んでいた。怖そうな顔だが、短気ではなさそうだと踏んで、俺はその場に居座る事にした。
「そりゃあ荒れるさ。まるでいい事がありゃしないんだからな」
言うと男は口をゆがめ、喉だけで笑うかのように、クックックと声を上げた。
「そう言う時もあるさ。だが、生きてりゃ楽しい事も同じぐらいある。悪い事ばかりを見ていたら、キリが無いぜ」
ちっ。コイツも説教なタイプかよ。思いながら俺は、残った不味いビールを一気に呷る。今夜はもうしまいにして、帰ろうかと思ったからだ。
ガンと派手な音をさせ、俺はテーブルにジョッキを置いた。そうして腰を浮かせ掛けた瞬間だった。俺は瞬時に、帰る事を思いとどまった。目の前の赤毛の男が、面白い事を言ったからだ。
「死んだ方がマシだと思えるぐらいの運の悪さを経験したら、誰でもそう考えるようになるさ」
「――へぇ」俺は再び腰を下ろす。
「じゃあアンタは、そんな運の悪さを経験して来たってのかい?」
聞けば男は自信ありげに、「ある」と言う。
「飛び切り最高の恐怖と、絶望と、そして疲労に飢餓を味わった。あぁ言う経験しておくと、俺みたいなクズでも生きている事に感謝するようになる。生きてりゃこうしてビールも飲めるし、安全な部屋の中で寝起きする事だって出来るんだ。最高じゃねぇか」
「良くわからねぇよ」俺は言った。
「教えてくれないかな。そりゃあどんな運の悪さだい。俺も是非にそいつを経験してみたいものだね」
それを聞いた男は、まるで待ってましたと言うような顔付きになり、遠くのバーテンダーに身振り手振りでビールの追加を二つ頼んだ。
「そいつを教えてもが、俺と同じ経験はしない方がいい。尤も、同じ境遇になれる訳もないだろうけどな」
そうして男は、俺に向かって静かに言った。
「俺はなぁ。昔、地図に存在してない町へと行った事があるんだよ……」
それは、赤土の荒野に突然に現れた、“無人”の町だった。
あぁ、それより先に、どうして俺がそんな場所に行き着いたか。まずはそこから話そうか。
当時、俺には命と同じぐらい大切なものがあってな。
大型のハーレーダヴィッドソンさ。改造に改造を重ねて、この世に一台しか無いってなぐらいにカスタムされた、俺専用の大型バイクだった。
俺はそいつに乗って遠出するのが好きでさ。勝手気ままに、自由にそいつと旅をしていた時代もあった。
楽しかったぜ。ネバダ、オレゴン、アイダホ、ワイオミング。金と時間が許せるのなら、メキシコにまで行っただろうな。――あぁ、もちろんそれは冗談だが。
あぁ、ビールが来たぞ。まず飲もう。こいつは俺の奢りさ。やってくれ。
――ある時俺は、ソルトレイクの近くを走ってた。
深夜だった。霧が濃くてな。良く知らないハイウェイだし、俺はおっかなびっくりで走ってた。
そうしてしばらく走っていたら、看板が見えた。その先を左に折れて十二マイル。“Bell Hills(ベル・ヒルズ)”って言う、その辺じゃあ聞いた事もない町の名前さぁ。それでもそんな深夜なもんだからさ。何でもいいやって気持ちで、そこを曲がった。
なぁんにもない荒野がしばらく続いた。気持ち悪いぐらいに静かで、異様に寂しい場所だった。――どれぐらい走ったんだろうな。もうとっくに十二マイルなんて過ぎててさ。それでも何も出て来ない。こりゃあ間違ったかなと思った頃だった。
最悪な事に、今度はガス欠さ。俺の記憶じゃあまだまだ走れるだけの燃料は入ってた筈なんだが、エンジンがカスカス言い始めて初めて、もうメーターが振り切っているのが判った。
あぁ、運が悪いな。思いながら、最後の惰力が続く限りバイクを走らせ、そして道を外れた荒野の中でバイクを停めた。
――怖かったさぁ。バイクのエンジン音が消えたと同時に、四方から襲い掛かって来るのは絶対的な静寂って奴なんだ。なぁんの音もしねぇ。こんなノイズだらけの世界に生きてる俺達には、全く無縁の世界さ。本当に恐ろしいと感じる程、鼓膜がじんじん言うぐらいの無音の世界に、俺は一人取り残されてるのさ。
やべぇな。今夜はこんな場所で野宿かよ。思いながら腕時計を見たら、いつの間にそんな時間なのか、既に時刻は早朝に近かった。
なんか今夜の俺は、運が悪い以上に何かとんでもない記憶違いしてるな。なんて思ってた時さぁ。真っ暗闇の静寂の中から、鐘の音が聞こえたのは。
澄んだ綺麗な音だった。コォォォォォーーーン――ってな。夜のしじまに響くのさ。
だが、綺麗なだけに余計に不気味だったさ。一人ぼっちで、誰もいない。そして何も無い筈の場所で鐘の音が聞こえるんだ。そりゃあもうこんな俺だって、最悪な想像を働かせちまうよなぁ。
――だが、よぉく見ればそこに何かがあった。暗闇の中、目を凝らせば向こうに何かの灯りがある。それも一つ二つじゃない。何で今まで気付かなかったんだろうって思うぐらいの町の灯りがそこにはあった。
遠かったけど、俺は歩いたさ。動かなくなったバイクを押して、とぼとぼとな。
結局その町に着いたのは陽が昇って明るくなってからの事だった。とにかく俺は、陽が昇るのと同時にその町――Bell Hillsへと辿り着いたのさ。
なんか、近代と過去が入り混じったかのような町だった。町の中心を貫くメインストリート沿いには近代的な店々が立ち並び、道路も舗装されて綺麗なものだったんだが。ちょっとでも脇道の向こうを覗けば、そっちはもう古き良き西部の色を濃く残す、木造な家々が垣間見えた。
あぁ、これで安心だと思った。これ程の規模の町なら、ガソリンだってどこかに売ってるだろうってな安心だ。そうして俺は延々とその町の通りを歩いていたんだが、どうにもおかしい。何かが違っているように思えて仕方ない。
――足りてなかったんだよ。肝心なモノが。
俺は“ソイツ”の前を通り過ぎて、とある一軒の料理店の前に立ち、中を覗いた。――いない。厨房のダクトからは盛大に湯気が出ているってのに、いないんだ。
次の店は、早朝開いているにしては不自然なミュージックショップ。中からはラップの曲が流れ出て来ているってぇのに、やはりそこにもいない。
次はカフェ。その次はストアー。俺は次々と店の中を覗き、ついでに民家らしき窓まで覗いてみたが、やっぱりいない。――“人”がいないんだよ。どこにも。
まだ早朝だからだろうとも思ってた。だが、普通に開いてるストアーにも人がいないんだ。なんか不用心を通り越して薄ら寒く感じるようになって来た。
まさかここ、無人の町じゃねぇだろうな。そんなジョークめいた事思いながら路肩で座り込んでいたんだけどな。やがてそのジョークが当たっている事を知った。俺は昼近くまでその周辺をぶらついていたんだが、どこからも人っこ一人出て来やしねぇんだ。
「冗談だろう、おい! ここには誰もいねぇのか!」
俺は叫んださ。さっきのアンタみてぇにな。――だが、だぁれも出て来やしなかった。俺の声は町のあちこちに反響し、そして消えた。そこには本当に誰もいなかったんだ。
その時ふと、嫌な事を思い出したんだよな。船自体には何の異常も無かったってのに、船員と乗客だけが忽然と消え失せていたって言う、メアリー・セレストの話さ。そっちは捏造された都市伝説みたいなものだが、こっちの方は現実さ。どの店先からも、人がいて当然な雰囲気が漂い出てるってぇのに、誰もいない。良く考えなくても、異常な事態なんだ。
俺は心配になって、今度は裏通りに出て民家のドアを叩き始めた。だがはやり、どの家からも応えは無い。
酒場があったんで、そこも覗いてみた。やはり誰もいない。ただ、テーブルやカウンターにグラスや酒瓶が並んでるだけ。しかもつい先程まで、大勢の人間が酒飲んでたみたいな感じさ。何一つ片付いていないし、グラスの中の酒だって減ってない。ただ、そこから人が消えちまっただけみたいに見える。
今度は俺は、一軒の民家へと向かった。窓越しに電話が見える家があったからだ。
玄関のドアは開いていた。俺は一応声をかけてから中へと入った。
「電話借りるよ!」
叫んだが、誰も何も言わない。ならいいやと思って受話器を上げたが、電話は不通だった。
だが、部屋の向こうからはテレビの音が聞こえていた。俺はそっちの居間らしき方へと歩いて行って、驚いた。――まるでそれは、朝食の最中みたいじゃないか。テレビは点きっぱなしで、トーストは半分だけ齧られていて、珈琲のカップはまだ温かい。そしてテーブルの隅に置かれた新聞は、まさに今朝の日付だ。
悪いジョークだよ。ただそこに、人だけがいないのさ。
「ふざけんなよ!」
俺は部屋の真ん中に突っ立ってる“ソイツ”をぶっ叩き、外へと飛び出した。そうしてようやく気付いたんだ。その町からは、人の気配ってぇものがまるで無いって事にさ。
ホラ、良くあるだろう。第六感的なものだが、目に見えなくても人の気配だけはするって言う奴。――そうそう、それそれ。そいつが無いんだよ。綺麗さっぱり。
俺は勝手にストアーの中の食糧を物色して、腹を満たした。とにかくこんな奇妙な町、早く出ようと思ったんだ。もしもこいつが映画かなにかのワンシーンなら、今度は俺の身に危険が降り掛かるのは予想出来るからな。
もちろん、ゾンビーやらエイリアンなんか信じてもいないけどさ。それでもそんな異常な場所にたった一人だけって言うのは、既に何か別の次元にいるような気がして来るもんじゃねぇかよ。普通じゃ有り得ないような想像働かせてしまうもんじゃねぇかよ。
とにかく、迷わず逃げる事。それが先決だと思ってガソリンスタンドを探した訳なんだが――。
驚いた事に、そいつだけが無い。生活出来る全ての店がそこにはあるってぇのに、どこ探してもガソリンスタンドだけが無い。
いや、まだ不足しているものがあった。通りを歩いていてどうにも奇妙だとは思ってたんだが、その町には車ってぇものが一台も無い。ついでにバイクも無けりゃあ、自転車すらも無い。道路標識はあって、駐車場もあるのに、車の類だけが見付からない。
俺は歩いた。メインストリートを徒歩で通り抜け、その反対側の町の出口までな。だがやはりどこにも誰もいやしない。車も無い。ただ、忽然と人が消え失せたって感じのする店や民家が残されているだけなんだ。
俺はそこで途方に暮れてた。ついでに言えば、どこの家の電話を使っても結果は同じでさ。全くどこにも繋がらないし、音さえも聞こえない。
気が付けばまた陽が沈み始めててな。俺は強烈な空腹感に襲われて、どこかの料理店の中に入って行った。
やはりそこも、テーブルの上に食べ掛けの料理が並んでいた。俺はもうそんな不自然さには構わず、その辺りにある料理掻き集めて食い始めた。
向こうでは点きっぱなしのテレビが、夕方のニュースを流してた。有名なハリウッド女優が二十も年下の男と結婚しただとか、就職率がまた低下しただとか、そんな他愛もないニュースが流れてた。そしてそれをぼんやりと眺めながら、俺は思った。
俺はこうして外界の事を知る事が出来るが、俺がここにいると言う事を、誰かに伝える術が無い。常識的に考えたら、俺はこの町から出る事すら出来ないんじゃないかと。
夜はその晩、町の隅のホテルで一夜を明かした。窓から飛び降りても大丈夫そうな二階の角の部屋に入り、部屋のドアにはしっかりと施錠した上、ベッドを引き摺って開かないように重しにまでした。
ソファーに寝そべり考えた。これは一体、どんな状況なんだろうってな。
普通に考えりゃ、この町に何かが起こって、人々は車に乗って逃げ出したってな感じか。――だが、それはいつ? 酒場には飲み掛けのグラスが並び、民家には朝食のトーストが齧られたままに残されている。――夜と、朝。時間軸がバラバラだ。
雨戸を開け、外を覗く。町の灯りは誰も消さないまま、ずっと点きっぱなしになっている。
人の姿は依然として無い。そしてそれに取って代わるゾンビーの群れも、人狩りを始めた新種の生命体の姿も無い。ただ、無人なだけの静かな町が眼下に広がっているだけだ。
そしてまた一睡も出来ないままに朝を迎え、俺は町の中を歩いた。だがやはり町は、昨日とまるで変わってはいない。
ストアーに入り、サンドイッチを手に取る。流石にこいつは食えないだろうなと思いつつ製造日を見れば、それは三月三十一日。それは今日――いや、今朝作られて運ばれて来て、ここに置かれただろう日付だ。
「おいっ! 誰かいるんだろう!?」
俺は咄嗟にそう叫んだ。だが、思った通りに何の反応も無い。俺はなんかむしょうに腹が立って来て、そのサンドイッチを床に叩き付けると、怒鳴り声を上げて外に飛び出して行った。
そして俺は、店先に立つ“ソイツ”に八つ当たりするかのようにして、あらん限りの力で蹴りを入れた。そうしたら“ソイツ”は、路上に倒れてバラバラになりやがった。
ちょっとだけ、気が晴れたさ。バラバラになった“ソイツ”を見降ろし、俺は唾を吐いてやった――。
「ちょっと待ってくれ」俺はそこで口を挟んだ。
「黙って聞いてると、時々どうしてもわからねぇものが混じるな。さっきからずっと出て来ているんだが、“ソイツ”って一体なんだよ? そこの説明もしてくんねぇかな」
「いや、まだだ」男は人差し指を立てて、そう言った。
「“ソイツ”を語るにはまだ早い。まだその順番じゃないからな。黙って聞いていてくれないか」
「――判った」
「だが、一応は“ソイツ”についてもある程度触れなくちゃならない。俺はバラバラになって壊れた“ソイツ”を見て、ようやく気付いたんだ。――あぁ、ここにもう二つ持って来てくれるかい、お兄さんよ」
最後の言葉は、バーテンダーに向かっての言葉だった。
俺もまた残ったビールを一気に呷り、次のジョッキを待つ事にした。
随分と遅く気付いたもんだなと、俺も自分でそう思ったさ。
なにしろ“ソイツ”は、俺が町に来た時からずっとそこにあった。全く気にも留めていなかっただけで、“ソイツ”は町のあちこちにあった。
実際“ソイツ”は、どこにあってもおかしくはないものだ。――あぁ、いや、それはウソだな。町のあちこちにあったら、実に不自然なものかも知れない。
だが、どうして俺は“ソイツ”の存在に今まで気付かなかったのか。
もしかしたらその時の俺は、ココ(自分の頭を指して)がどっかイカれてたのかも知れない。それとも、町の異変にばかり気を取られて“ソイツ”に気付けなかったのか。とにかく俺は、翌日になってようやくその存在に気が付いたのさ。
さて、どうして“ソイツ”はそこにあるのか。もしかしたら人が消えてしまった事に、これが何か関係しているんじゃなかとも思ってな。俺は“ソイツ”について調べてみる事にしたんだ。
――あぁ、二杯目も俺が奢るよ。なんだか今日はビールが進む。決して面白い話じゃないんだけどな。
俺は、“ソイツ”を探しに歩いてた。“ソイツ”自体はあちこちに突っ立ってはいるが、“ソイツ”達は本物じゃねぇ。必ずどこかにちゃんとした“ソイツ”がある筈なんだ。
町自体はそんなに大きくもない。端から端まで歩いたって、三十分もありゃ辿り着いちまう。だがそれでも、町の全てを探すとしたなら話は別だ。とても一日じゃあ全てを見る事なんか出来やしねぇ。
その内に俺は、町の合同庁舎を見付けた。特にそこが気になった訳でもないが、俺は一応そこも覗いてみた。
小さかったが、近代的なオフィスビルだったよ。エントランスにはその町の歴史を語る工芸品やら何やらが展示されていた。ほとんどがネイティブ・アメリカンの文化だったが、一応はその町が出来たその由来や歴史なんかも紹介されていてな……。
あぁ、そう言う部分には興味無いか。だが、聞いてくれ。話の本筋には関係して来るんだ。
俺はなぁ。どこか、疑ってる部分があった。
もしかしたらここは、架空の町なんじゃないかって疑いさ。もしかしたら何かの実験場だとか、町のまるまる一つがモデルタウンとかね。もしくは有名な映画監督の私有地だとかも考えた。
だが、どう見てもその町の歴史は捏造じゃない。大掛かりな映画のセットでもない。どんな否定的な目で見ても、その町にある歴史は作られたものじゃないと、よそ者の俺でも判った。
しかも――だ。その歴史は尚も継続中だった。
歴史がどこかで途切れているとか、どこかで終わっているとかじゃないんだ。俺はそこで見ちまったんだよ。明日、町の中心にある公園で催される、エイプリル・フールのイベントの告知をさ。まだ継続されている、その町の歴史の一端をさ。
ん? あぁ、笑ってくれていいさぁ。アンタも、俺の壮大なジョークだと思ってんだろ?
実際俺だってそう思ったさ。もしかしたらこれは、町を挙げての大掛かりなジョークなのかもってな。
明日になったら町中の人間が出て来て、マヌケな俺を指差して笑うのさ。この人ったら、とんでもない顔して怖がってたとか言われてな。むしろそうやって俺一人が騙されてたってぇんなら、それこそとびきり最高なジョークさ。帰ったら早速、ゴシップマガジンにそのネタを売り付けに行こうとか思うぐらいにね。
だが実際はそうじゃなかった。俺はそのイベントのビラを片手に、その会場である公園へと歩いて行ってみた。
――もう、会場が出来上がっていたよ。
昨日までは何もない大きな公園だったってのに、今日になって行ってみたら公園の隅にステージが組み上がってた。
そしてそのステージの上に、こんな看板が掲げられていた。
“Day the lie change to truth.(嘘が現実になる日)”――ってな。
ビラにも書いてあった。四月一日の正午の教会の鐘までに、各自“嘘”を持ち寄り披露してくれと。
――嘘? 嘘って、どんなだ? むしろこの現実の方がよっぽど嘘なんじゃねぇか?
俺は無人の酒場に入ると、その日は延々飲み明かした。カウンターの向こうから高そうな酒ばかり選んで、それらを片っ端から飲んでやったんだ。
それで俺は、酔い潰れた。一体どれだけ飲んだんだろうな。気が付けば既に夜になっていた。
俺はその辺りに群がる“ソイツ”等を押しのけながら、外へと出た。
もう二日もまともに寝てねぇんだ。寝れるならどこでもいいやって、近所の民家に押し入って、寝室を探した。
すぐに見付かったさ。どうやらそこはその家の夫婦の寝室らしい、サイドテーブルを挟んでベッドが二つ、置かれてあった。
俺はその片方に寝転んで、サイドテーブルの上の写真立てに手を伸ばした。
そこには、中年の夫婦と女の子が二人、笑顔で写ってた。とても演技ではない、嘘でもないだろう、幸せな笑顔の家族だった。
「なぁ、アンタ等って一体、どこに消えたんだ?」
俺は呟いて、眠りに落ちた。
相当疲れてたんだろうな。もうどうなってもいいやってな気分で、無防備のままに寝た。
色んな夢を見たような気がするよ。なんだか俺が昔住んでいた、デトロイトの裏町の深夜の喧噪を思い出すような夢さ。
パトカーのサイレンがひっきりなしに響いていて、人の叫びやら何やらが轟いて、その内に銃声でも聞こえて来るんじゃないかってな、そんな騒々しさでな。なんかやたらと、物騒な夢を見ていた気がするよ。
――翌朝はまた、鐘の音で起きた。
目を覚ませば、既に朝の九時過ぎだった。久し振りに良く寝たなと思いながら、ベッドの上で起き上がった。
その時にふと、頭の中で色んなパーツが組み上がって行くようなイメージが浮かんだ。
「あぁ……そう言う事か」
俺は手を額にあてながら、そう呟いた。
とりとめもない夢が、俺に回答を授けてくれた。ずっと、“謎の真相”へと行き着くヒントは与えられていたんだ。そう、その町に入ったその瞬間から、“ソイツ”も含めて、ヒントは至る場所に転がっていたんだ。
――どうしようか? 俺は悩んだ。
知る為には、俺はそこへと行かなきゃならない。だが、知ってしまったとしたら、俺はもう二度と現実の世界には帰れないんじゃないかと言う不安もあった。
だが、グズグズしてはいられないとも思った。何故かむしょうに胸騒ぎがしていたんだ。
そうして、部屋のカーテンを開けて驚いた。窓の外、塀の向こう側には、おびただしい程の数の“ソイツ”が突っ立っていた。――そう、まるでこの家を、この俺を包囲するかのようにな。
連中が動かないのは知っている。だがそれでも、あれだけの数にまとまっていると、例え動かなくてもそれは恐怖だ。
俺は家の中を探し回り、バットと散弾銃を見付けた。弾薬は数発しかないが、それでもかなりの心強さにはなる。
俺は玄関のドアを開けると、まず一発銃をぶっぱなしてから躍り出た。バットを滅茶苦茶に振り回しながら、“ソイツ”等を粉砕し、闇雲にそこを突破して行った。
もちろん連中は無力だ。無抵抗だ。面白いようにバットで砕かれ、そして路上に散らばった。俺は何十体かを葬り去った後、メインストリートに向かって走った。大通りにはさすがに“ソイツ”の姿もあまりいない。俺は時々突っ立っている“ソイツ”を見掛けると遠慮も無しに粉砕し、そしてまた走った。
場所は見当が付いていた。その町の中でも目立つ建造物だし、前の晩にホテルの窓から見掛けてもいたしな。
やがて俺は、とある場所へと行き着いた。吹き出る汗を袖で拭い、肩で息しながら、その建物の前に立った。
迷わなかったかと言えば、そうでもない。
後悔はしないかと問えば、実は今でもしている。
だが、人間ってのは不思議なものだな。いつでもどんな場面でも、恐怖よりも勝ってしまうのが、好奇心と知識欲だ。結局俺はその建物のドアを開けてしまった――。
「それで? どうなったんだよ?」
それっきり黙ってしまった男をせっつくように、俺は聞いた。
だが男は黙したままビールを流し込む。なんなんだ、この男は。思いながらもう一度、口を開き掛けたその時だ。
「いや、ここから先は言わない方がいいのかも知れない」と、男は言う。
「なんとなくなんだが、俺があの町を出て、そしてまだこうして生きて酒を飲めると言う事は、俺が今までその話を誰にもしなかったからじゃないかと、ようやく気付いたんだ」
「……なんだって?」
「俺は結局、その町がどうして無人なのか。その原因となるだろうものを、その中で見てしまった。普通に考えたら、決して許されないだろう重大な町の秘密さ」
「――良くわからねぇよ。それでそこには何があったんだよ」
「聞くなよ。俺まで“嘘”になっちまいそうな気がする」
男は言って、残ったビールを一気に飲み干す。
ジョッキをテーブルの上へと置くが、横をバーテンダーが通っても、もう一杯とは言わなかった。
「じゃあ――」俺は尚も聞く。
「“ソイツ”って、なんなんだ? もうそろそろ、教えてくれてもいいんじゃないか?」
だが、予想に反して男はボソリと、「それも聞くな」と、そう言った。
「聞いちゃあいけないよ。俺も少し喋り過ぎた」
「おいおい、冗談だろう? ここまで盛り上げておいて、話の結末はナシって事か?」
「――結末を聞けば満足なのか?」
男の言葉に、俺が頷いた。
「ウォッカを。瓶ごと持って来てくれ」
男は、向こうにいるバーテンダーに呼び掛ける。
そしてまた男は、ゆっくりと話し出した。
町は、静かに異常をきたし始めていた。
どこかでバタンと、店のドアの閉まる音がした。さっきまで外灯の下にいた“ソイツ”が、ちょっとだけ視線を外したその後には、通りの向こうの角まで音もなく移動していた。
――フォォォンと、ハウリングの音をさせ、そいつは突然始まった。
ボソボソ、ボソボソと、何かが話す声。そしてそれよりもずっと鮮明な、人々の笑い声。そんな声が、公園のあちこちに置かれている巨大なスピーカーから流れて来る。
だが、その方向を見ても誰もいない。やはり無人なままの公園だ。
――町は静かに、嘘の世界へと変わり始めていたんだ。
誰もいない、誰の姿もない町こそが本当のその町だと言うのに。嘘が、現実になり始めていた。――そう、その公園に掲げられた看板の謳い文句のようにな。
俺は急いだ。近くのマーケットに飛び込み、ジャンパーのポケットにあらん限りのチョコレートやビスケットを押し込み、どこからかどんどんと湧き出て来る“ソイツ”等を蹴り倒して、俺は急いだ。
その町を、“出る”為にだ。
――あぁ、そうだ。もう一つ、肝心な事を言わなきゃ。
俺は、愛車のハーレーをそこで手放した。俺にとっては自分の命と同じぐらいの重さがあるバイクだと、それまではずっと思っていた。
だがそうして自らの命を問われる場面になると、もうそんな存在なんか、“物”でしかない。自分の命なんかとは、比べられるものじゃあなかった。俺はそいつのボディをもう一度撫でに行こうとか、別れを惜しみに行こうとか、そんな事すら考えられなかった。
ただ、逃げるだけさ。生きる為の準備をして、一刻も早くその町から出る事。それだけさ。
間もなく、昼になろうとしていた。俺はマヌケにもポケットからボロボロと菓子やらミネラルウォーターのボトルを落っことしつつ、はぁはぁ言って、その町のストリートを駆け抜けた。
――バカバカしい光景だろう。だがそれでも本人は大真面目なんだ。そうして町の外れまで来て、いつ鳴るか、いつ鳴るかと背後ばかりを気にしながら、再びあの赤土だらけな荒野の中へと飛び込んだ。
そしてその教会の鐘が荒野の台地を駆け抜ける時。俺は既に町が小さく見える場所まで来ていた。
嘘を吐いていい時間は、そうして終わったんだ……。
「――それで?」
俺は聞いた。すると男は、「それで終わりさ」と言って、ウォッカのグラスを静かに置いた。
「もう話す事なんか何もねぇよ。俺はそのヒビ割れたアスファルトの道を、延々と歩いた。もしかしたらそれはもう既に、廃線となった道なのかも知れねぇな。結局俺が衰弱しきった状態で発見されるまで、何日も何日も歩き続けたんだからな」
「なんか……」俺は言った。
「全く、頭っから信じられないような話だな」
言うと男は怒りもせずに、「それでいいさ」と返す。
「信じられないなら、それで構わない。むしろ信用して聞かれた方が困るかも知れん。実際俺だって、まだどこか疑ってるんだ。本当にあの町に、俺はいたのかってな」
「どう言う意味だよ」
「地図に無かったのさぁ」男は言う。
「あれから何度も地図を広げてみては、自分の走ったルートを幾度もなぞった。もしかしたら記憶違いかも知れないとか思いながら、色んな本なんかも調べてみたよ」
「――それで?」
「見付からなかった。どこにも無いんだ、そんな町。同じ名前の町なら全米中に山ほどあるが、どれも俺の知ってる“Bell Hills”じゃあなかった。一体俺は、どこのなんてぇ町に辿り着いちまったんだろうなぁ」
「おいおい、ふざけんなよ。アンタ、黙って聞いてりゃいい加減な事ばっか……」
「シッ!」男は人差し指を立てながら、俺に言った。
「確かにいい加減だったな。ここまで話すんじゃなかったさ。奴等ぁ、気付いちまったみたいだ」
「何を――」
「もう来てる」
男は俺の背後を指差し、そう言った。
俺は咄嗟に振り向いた。だがそこには何も変わった事はなく、いつも通りな真夜中の酒場の風景が広がっているだけだった。
「なぁ、アンタ。もしかしてただ俺をバカにしたくてこんな話……」
言って振り戻り、俺は驚く。慌てて飛び退いた拍子に、椅子が激しくガタンと鳴った。
周囲からの嘲笑の声が聞こえた。だが俺にはそんな笑い声すらも気にならないぐらいに、その事実に驚いた。
俺が振り向いていた僅かな時間。そのほんの数秒の間に、男の姿はそこから消え失せていた。
周りを見回してもいない。テーブルの下を覗き込んでもいない。
機敏にどこかへと姿を消したとも考えられない。だがそこに、ウォッカの瓶とグラスを残したままで、男は忽然と消えてしまったのだ。
「なぁ、アンタ。もしかしたらミックの亡霊にかつがれたんだろう?」
突然に背中を叩かれ、酒場で良く見掛ける一人の男にそう言われた。
「どう言う事だよ?」
俺が大声でそう聞けば、「そう言う事だよ」と、また別の男がそう言った。
「時々そうやってかつがれる奴がいるんだよ。今のアンタみたいに、酒瓶を前にして延々と話を聞かされるんだ」
「見ていたら一人でずっとしゃべっていたもんなぁ。良かったじゃん。滅多にいないぜ、そう言う奴」
言って、二人の男は大笑いをしながらその場を立ち去った。
そうして誰もいなくなったテーブルに着きながら、俺は今起きた事をゆっくりと反芻した。だがいくら考えても、まともな話じゃないだろうとしか思う事が出来なかった。
大体、なんだよ。ミックの亡霊ってのはなんなんだ?
思った所にバーテンダーが通り掛かり、「大丈夫?」と聞いて来た。
「なぁ、ミックの亡霊って――」
「あぁ、エイプリル・フール近くになると、時々現れるんだよ」バーテンダーは言う。
「君みたい自棄起こして飲んでいる人を見付けては、化かしにかかるらしい。尤も、僕はまだお逢いした事無いんだけどね」
――ホントかよ。俺は心で呟きながらウォッカを呷り、そしてなかなか力の入らない足で立ち上がる。
「いくら?」
聞けばバーテンダーは、「いや、結構」と答える。
「ミックに逢った人から、金は取らない事にしてるんだ。どうせ彼も言ってただろう? 俺の奢りだって」
そう言うバーテンダーの顔もまた、先程の男達のような薄笑いが潜んでいた。
俺は、「サンクス」とだけ答えて店の出口へと向かう。最悪な夜だったなと思いながら。
そんな時だった――。
「気を付けろよ」背中側から、声が聞こえた。
「“Bell Hills”の町に気を付けろ。俺はお前にそれを教えた。今度はお前の番だ……」
――鐘が鳴ったら、嘘は本当になるぞ。
振り向くが、声の主は判らない。ただ、さっきの男、ミックの声に良く似ていたなと俺は感じただけだった。
俺はけたたましいベルの音で目が覚めた。
腕を伸ばして、ダッシュボードの上の目覚まし時計を叩くようにして止める。そうしてまた静寂が戻って来る頃、俺はリクライニングシートの上で背伸びをし、大きな息を吐いた。
目を開けると、そこはまだ深夜のようだった。
窓の外には何も見えない。星すらも輝かない、そんな漆黒の早朝の事だった。
「……起きるか」
俺はぼそりと呟いて、トレーラーのドアを開ける。
夜の冷気が一斉に俺を襲って来た。俺は身を縮ませながら運転席から飛び降りると、誰もいないと言う気安さで遠慮も無しに立ち小便をする。
ディアーロッジを抜け、モンタナの北西、カリスベルへと向かう途中だった。
まだ相当に眠かったのだが、時間は急いていた。向こうに着けてから寝るかと思いながら、俺は再び三両編成のトレーラーへと乗り込んだ。
ウェスタンハットを頭にかぶりながら、イグニッションのキーを回す。だが不思議な事に、キーは空回りするばかり。セルモーターが音を轟かす様子も無い。ただキーが中で空転する、カチカチと言う音が聞こえるだけだ。
「電気系統かな」
俺は顔をゆがませながら、そう呟いた。
面倒な事になりそうだなと思いながら、つい数時間前にドライブインで入れてもらった珈琲を飲もうと、ポットを開ける。
だが、何も出ない。ほんの数滴さえも出て来ない。
飲んだ記憶も無いと言うのに、既にポットは空っぽ。だが、飲んでいないと言う記憶さえ何故か怪しい。ドライブインを出た後の記憶が、どこか不鮮明になっている自分に気付く。
――どうかしちまったのかな。
俺は嘆きながらシートの下の工具箱を片手に、再びトレーラーから飛び降りた。
荒野のど真ん中だった。ただその横に、細く長い一本の街道が伸びているだけ。後は何もない荒野だった。
向こうの山の稜線に、うっすらと紫色の線が浮かび上がる。
間もなく夜明けか。思いながら一つ大きなあくびをする。
コォォォォォーーーン――
静寂の空気の中、どこからか鐘の音が聞こえた。
『 Hell Hills -ヘル・ヒルズ- 了 』
【 あとがき 】
手、抜きました。えぇ、はい。なんかもうかなりいい加減で……はい。
英訳協力Clownさん。どうもありがとうございました。^^
『 上昇既流 』 鎖衝
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●涙はもう出ない。悲しむ気持ちが残っているのかどうかさえ、自分でもわからなくなっていた。
《 檻紙 》
著者:すぅ
涙はもう出ない。
悲しむ気持ちが残っているのかどうかさえ、自分でも分からなくなっていた。
「ナミダッテ、ドウナガスンダッケ?」
「カナシムッテ、ドウスルンダッケ?」
家の本棚で眠っていた辞書で引いても、パソコンで調べても答えは出て来なかった。
どこかの掲示板で質問してみても、皮肉交じりの解答や、中には目の病気を疑う人までいた。
さらに、「悲しいと思ったら、思い切り泣けよ」なんてクサい言葉を投げ掛ける人も居た。
大きなお世話。
悪いけど、自分の身体の不調が分からなくなるほど狂っちゃいない。
きっと他人から見れば馬鹿馬鹿しくて、物語の悲劇のヒロインを演じる人間にしか見えないんだろう。
でも、私は至って正気。
そして、自分でも、ヒトとして当たり前なこんな事を他人に聞くのは間抜けな話だと思う。
それなのに、ナミダとは何か、カナシムとは何か、思い出そうとしても思い出せない。
次の日の朝、家族にも質問してみた。
母さんは、目を丸くしてご飯を作る手を止めてまで、私に熱がないかどうかを確かめた。
父さんは、朝の日課である新聞を読みながら、コーヒーを吹き出しそうになっていた。
一人っ子の私には、問いかける兄弟はいない。仕方なく飼っている犬に聞いても「ワン」と尻尾を振るだけ。
そして、手当たり次第聞いた所で、私は諦める事にした。
いや、寧ろ「諦める」というより、考えるのに「飽きた」と言った方がしっくり来るだろうか。
そして、春が近づいてきた頃、あの時のことをふと思い出した。
・・・そういえばまだ私は、考えることはしたけれど「思い返す」ことはしていない。
明日は日曜日、学校は休みだし特に予定も無い。
私は、眠気覚ましのジュースをコップに注ぎ、部屋に篭ることにした。
嗚呼、なんてベッドは暖かいんだろう。
やっぱり自分の部屋が一番落ち着く。
駄目だ、駄目だ。
布団に潜ろうとする私の身体を、脳で叱り飛ばしてベッドに座り直す。
部屋の鍵を閉める。
これで邪魔者は入らない。
思い返してみよう。あの時のとこ・・・・。
---------------------------------------
確か、最後に泣いたのは高校に入ったばかりの頃だったはず。
私は住んでいる街から、少し離れた高校へ進学した。
当然周りは知らない子ばかり。驚きと戸惑い。
極度の引っ込み思案だった私は、自分から声を掛けに行くことなんて出来ずに居た。
そんな私に声を掛けてくれたのが彼女だった。
「こんにちは。」
・・・誰、この子?
私はそう思ったけれど、口に出せなかった。
「・・・うん。」
適当にも程がある答えを、彼女に返した。
今思えばなんであんな答え方をしたのかわからない。
もし私が彼女だったら、もう二度と話し掛けることはしないだろう。
でも、彼女は違っていた。
「今日お弁当、私と一緒に食べませんか?」
あんなに棘のある返事をしたのに、彼女は微笑みながらそう言ってくれた。
まるで、母が我が子を諭すように。
まるで、穢れを知らない聖母のように。
嬉しかった。
彼女はきっとエスパーに違いない。
引っ込み思案で誰にも声をかけられない私の心を見抜いたんだ。
馬鹿で子供だった私は、何故かそう感じた。
それなのに、私は彼女に、更にこう返してしまった。
「・・・一緒に?貴女と?」
言ってからしまったと思った。嫌われたに違いない。
普通の人ならば、「もういいよ」という捨て台詞でも残して立ち去ってしまうような一言を、私は口にしてしまった。
でも彼女は何事もなかったようにこう言った。
「じゃあ、勝手に横で食べるね?」
なんて素晴らしい子なんだろう。
口元が喜びで上がるのを抑えられなかった。
その時の私にとって、彼女は本当に女神のようだった。
“ありがとう。”
でもその時、この一言は結局言えず終いだった。
それから、彼女と私は毎日お昼休みにお弁当を食べるようになった。
場所は、彼女と初めて出会った私の教室。
でも良く考えてみたら、彼女は同じクラスではなかった。
お弁当を食べながら話を聞いていると、彼女も私と同じで違う街から通っているらしい。
当然見知らぬ街で出会うのは見知らぬ人ばかりでうんざりしていたそうだ。
友達を作るにも、中々気が合いそうな子が居なかった。
これから先どうしよう、そう悩んでいる時に私を見つけた。
教室の前を通り過ぎた時、周りが楽しそうに話している中で、一人だけ机に突っ伏している私がふと目に留まったのだという。
「この子は自分と同じかも知れない」。
そう思って、声を掛けた。
彼女は、玉子焼きを頬張りながら、そう教えてくれた。
話を聞けば聞くほど、彼女の境遇は私と似ていた。
兄弟はおらず、家族は両親とペットのみという所まで同じだった。
もしかしたら、彼女は違う世界の私自身なのかもしれない。
本当にそう思って、彼女を問い詰めたこともある。
真剣な面持ちで質問攻めにする私を、彼女は屈託のない笑顔で答えてくれた。
楽しそうに笑う彼女を見て、私も釣られて一緒に笑った。
ずっとずっと彼女とこれから先、一緒に過ごしていけたらどんなに幸せだろう。
私は、来年のクラス替えを心待ちにしていた。
だが、現実はそううまくはいかなかった。
新しいクラスの発表が先生の手によって、張り出された瞬間、私の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
ガラガラ、なんて音じゃなく、これでもかというぐらい叩き崩す音。
そう、見事に彼女は違うクラス、それも教室は私のクラスのある階と違う階。
「現実なんてこんなもんだよ。でも気にしない、大丈夫だよ。」と私を励ます彼女が分からなかった。
せっかく仲良くなれたのに、なんでなの?
「会えなくなる訳じゃないんだから。」
でも、すれ違ったりも出来なくなるんだよ?
「お昼休みに、これからも一緒にお昼食べるんだから。」
寂しくないの?
「寂しいよ。でも、仕方がないでしょ。」
・・・バカ。
不貞腐れていた私に、彼女は菱形に折られた紙を差し出した。
これは?
「手紙。朝と、昼と、帰る時。これでやり取りしよ?」
思わぬ言葉に、私は言葉が詰まった。
「これが、貴女と私の友情のシルシ。ね?」
そう言って差し出す彼女の手は暗闇の中の光のように見えた。
「うん・・・分かった、ありがとう。」
ようやく、私は感謝の言葉を伝えられた。
やっぱり彼女は、私の女神様だったんだ。
---------------------------------
それからというもの、私は彼女に毎日手紙を書いた。
その前に、菱形の手紙の折り方を何度も彼女に尋ねたのは内緒。
最初は不恰好だった手紙は、回数を重ねる度に見違えるほど綺麗になっていった。
手紙の内容なんて、他愛ないもの。
“今日の朝ごはんは何?”
“何時に起きたの?”
“お弁当美味しかったね”
“今日も一緒に帰ろうね”
“明日も一杯話そうよ”
彼女は、どんな質問にも答えてくれた。
“朝ごはんはパン。私はお米よりパンが好きだから”
“いつも寝坊しちゃう。ちゃんと起きなきゃね”
“美味しかったね、貴女のお弁当も美味しそう”
“うん、ちゃんと待ってるよ”
“明日も宜しくね、楽しみ”
稚拙な文章、でも気持ちが沢山篭った手紙。
今までよりも、彼女の事が沢山分かる。
彼女の事が分かれば分かるほど、やっぱり彼女は私に似ている。
彼女は、もしかしたら私の生き別れの双子なのかも知れない。
いや、きっと彼女は私なんだ。
私の分身なんだ。
そうだ、その後だった。
私がナミダとカナシム事を忘れてしまったのは。
彼女が、学校の敷地内で遺体で見つかったのだ。
私と彼女が、お弁当を食べた後の事だった。
校舎の脇で、彼女が血を流し倒れているのを教員が発見したと聞いた。
警察の捜査が始まった。
当然、最後の目撃者である私も取調べを受けた。
当日、変な様子は無かったか。
何か思い詰めている様子じゃなかったか。
最初から彼女を自殺と決め付ける警察に、私は食って掛かった。
「彼女が自殺するはずなんかない!」
何度も何度も、私は泣きながら抗議した。
でも、腑に落ちない点はあった。
いつもならば、一緒に帰る約束をして別れるのに、その日は約束をしなかったからだ。
そんな事を口にすれば、彼女は自殺として処理されてしまう。
それが嫌だった私は、何度も何度も警察に「彼女は殺されたんだ!」と言った。
しかし、私の抵抗も虚しく、普段の生活の状況から、彼女の死は自殺と断定された。
決め手は屋上のフェンスの上部に、彼女の指紋が発見されたこと。
さらに、彼女が、私以外と話している所を見た事がないという証言も警察は、重要視した。
つまり、彼女は「クラスで孤立していて、寂しさから自ら命を絶った」と結論付けた。
・・・・・認めたくなかった。
私は、彼女の告別式で泣きながら叫んだ。
「彼女は自殺なんかしてない!この中に彼女を殺したヤツがいるんだ!!」
誰も、私を、相手にさえしなかった。
寧ろ周りは、私を憐れんだ。
“可哀想に・・・、一番仲が良かった子が亡くなってショックで気が動転しているんだね。”
誰もが口々に、このフレーズを投げ掛けた。
私、気が動転なんかしていない。
彼女を送り出したその後も、私は変わらず、ずっと言い続けた。
「彼女は殺されたんだ!」と。
---------------------------------
そう・・・思い出した・・・・。
あの時からだ。
私がナミダとカナシム事を忘れたのは。
・・・忘れたんじゃない、気付かない内に封印してしまったのかもしれない。
気付くと、空はもう白み始めていた。
ナミダが、頬を伝ってベッドに落ちる。
一滴、二滴。
カナシクて泣くんじゃない。
彼女の事を忘れかけていた、そんな自分が悔しくて泣くんだ。
もう、忘れないからね。
だって、貴女は私の分身なのだから。
ずっと、一緒だよ。
そう、ずっと一緒。
--------------------------------
あの夜から、もう何年も経つ。
私は、今でも貴女の事を忘れてなんかいないわ。
そうだ、貴女に手紙を書くわね。
楽しかったあの頃と同じように。
何気ない事を書き連ねて、菱形に手紙を折るわ。
貴女の事を、一度忘れてしまった私だけれど。
もうナミダもカナシム事も忘れない。
最後に手紙を書いたのはいつだったかしら。
引き出しの中から、折り紙を一枚取り出す。
綺麗に折れるかな・・・。
折り紙など、20年以上やっていない。
それでも折り方は忘れていなかった。
「そうだ、彼女を殺したのは私だったっけ。」
《 檻紙 了 》
【 あとがき 】
難しいお題で、とても苦労しました。
時間軸の流れが上手く表現できているか、心配です。
とりあえず、間に合ってよかったぁ~。
すぅ
mixiアカウント http://mixi.jp/show_friend.pl?id=18218346
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●折り紙など、二十年以上やっていない。それでも折り方は忘れていなかった。
《 純粋な染色体 》
著者:幸坂かゆり

折り紙など、二十年以上やっていない。それでも折り方は忘れていなかった。
チェストの引き出しを開けてみると、そこには色鮮やかな赤い折鶴が、ちょこん、と、
引き出しを小さな自分の部屋のようにして、あの日のまま鎮座していた。
懐かしかった。あなたはよく病室でも器用に折り紙で色んなものを折っていた。
鶴の隣にはその鶴を折ったものと同じ紙質で違う色の折り紙が袋からすべて出されて、
無造作に置かれていた。いつでも折れる準備がしてあるかのように。
その中から一枚、色を選んで取り出した。陽射しがよく当たる白いこの部屋で、赤によく似合う色が欲しくて、薄い若草色の紙にした。
ほどよく張りのあるその紙を、窓にかざすと、透けて、宝石のように見えた。
その宝石のような紙をコンソールテーブルに乗せた。
折り紙と対面する。
赤い鶴のように完璧に折れるだろうかと思いながら紙をまず三角に折ってみる。三角からだったかな。余計な折りじわをつけたくなかったが、憶えていなかった。紙を折る涼しい音がカーテンに吸い込まれていくような静寂だった。
しばらく時が経った頃、若草色の折鶴は完成した。口ばしも、しっぽも、鋭角にはならなかったが、よく出来た方だ。一羽だけだと均衡が取れず、横に倒れてしまうので赤い完璧な折鶴の横に並ばせてもらった。並ぶと、つがいの鶴はますます鮮やかになり、部屋の中で存在感を増した。
ふう、と大きくため息をつき、チェアに凭れ、部屋を新ためて見渡した。
この部屋はまるで木漏れ日のようだった。
暖かく陽の光を遮るレースのカーテンには、たくさんの繊細な刺繍が施され、優しく色褪せていた。カーテンで隠された足許から天井まで続く大きく広い窓は、しっかりと鍵がかかっていたが、ガラスは磨かれ、水の膜が張っているように潤んでいた。
空調は加湿器と空気清浄機と共に設置してあリ、広々と、ゆらゆらと、空気を踊らせていた。壁は一面に白く、石膏で固めたような柄をして、今にも動き出しそうな立体感がある。
床とドア、置いてある家具類はすべてチーク材で揃えて作られており、明るい色調はカーテンや壁とよく馴染んでいた。その床には同じ材質でもう少し明るい色のベッドが置かれ、枕やベッドカバーなどは、ベッドスプレッドの下にあり、見えなかった。ベッドの横には小ぶりなコンソールテーブルとチェストが置かれ、テーブルの上には小さな時計、黒革でできた馬の頭部を象ったブックエンド、ガラス瓶がひとつ置かれていた。チェストの引き出しはぴったりと閉められ、何が入っているのか外からは見えなかった。更に横を見ると、古ぼけたウィンザーチェアが一脚置いてある。
そのチェアに、僕は今座っている。チェアの上には籠が置かれていたが、床に降ろした。ワッフル織りのクロスが掛けられていたが、持ち上げると軽く、中を覗くと何も入っていなかった。
その他にこの部屋には何もなかった。
床は、歩くとぎゅう、と音が鳴ったので、なるべく傷をつけないようにそっと歩いた。
時が止まったようなこの部屋で、あなたはたった一日だけ暮らした。
幸せそうにたくさん笑っていた。今も笑い声が聞こえて、あなたがベッドの中から顔を出すのではないかと思えるほどだった。そう思いたいほどこの部屋には確実にあなたの存在があった。もちろん、何もかもが古く、飾り気のない木の製品ばかりある部屋だが、あなたの確かな手が、息が、伸びやかにかかっていた。
白い部屋の中にたった一羽の赤。それはまさにあなたの血のように見えた。
「そろそろよろしいですか?」
この部屋の管理人がそっと声をかけてきた。
「ああ。お世話になりました。これほどまでに美しく保管してくださってとても感謝しています。」
僕は深々と頭を下げた。
「いいえ・・・。本当はこのまま置いておきたいくらいです。」
「壊す事は決まってしまったのですか?」
「ええ。どうしようもないですね。中がどれほどきれいでも建物自体が老朽化しているとなれば」
「そうですか。仕方がないことですね。」
「そう仰っていただけると助かります。」
「この部屋の中の家具は素晴らしいものばかりです。持って行かれますか?」
「いいえ。いいんです」
僕はチェストの引き出しをもう一度開けて、赤い鶴を若草色の鶴ともう少しだけ近くに寄り添わせ、見つめた。
あなたの折った折鶴の、何というきりりとした美しさよ。けれど僕の折ったほんの少し不恰好な若草色の鶴は、今、あなたと共に並んでいる。いや、交わっている。
僕は静かに引き出しを閉めた。
あなたは、僕のたったひとりの双子の姉。
幼い頃から入院を余儀なくされ、いつも消毒と薬の匂いがしていた。けれどあなたの肌の色は僕よりも健康的で、極めて自然に薄い茶の色をしていた。
ある日、僕があなたを病室のベッドに横たえた時、あなたはふと僕の肌に触れ、白くてきれいだと僕に言った。わたしもそんな色に生まれたかった、と。僕の方こそ、姉さんみたいな色が良かったよ、と返した。ないものねだりだね、と言いながら互いの腕を見せ合った。
「互いが補えばいいんだよ。僕と姉さんは一心同体みたいなものじゃないか。」
そう言うと、あなたはにっこりと華やかに笑った。
「そうね。じゃ、あなたの肌はわたしのものね。」
「そうだよ。姉さんの肌は僕のものだ。」
僕らは笑った。ただそれだけが僕の誇りになった。女のようだ、とクラスメイトにどれほどバカにされようが、構う事はなかった。
僕は何度、あなたを性的に抱きしめたいと思ったことだろう。そして、何度その腕に抱きしめて欲しいと願ったことだろう。絶対に叶わない、一生の、たったひとつの願い事だった。何もいらなかった。何も欲しくなかった。あなた以外のものは。あなたがもしも白を嫌ったら、僕はすべてを失くしただろう。
あなたは僕の肌を称賛する時のように、ほんのり色のついた白い部屋で暮らしたがった。優しさだけでできた白いシンプルな部屋。質素と言われるくらいの。あなたの体では、病室以外には住める場所がないと承知した上で。
そして、看取る事しかできなくなり、退院許可が下りた。あなたの願いを叶えられる時が来た。僕は必死で部屋を用意した。あなたに言われたとおりの家具を揃え、優しさだけでこの部屋の内装を作った。ただただ、あなたが来るためだけの部屋を。
そして少し痩せたあなたは、ここにやってきた。
まずはカーテンを見て驚愕の声を上げた。レースの刺繍は、あの病室になかったものだと言って思わずカーテンに口づけた。僕は傍で笑う。
次に嬉しそうにチェストに触れ、上に置いてあった馬の頭部のブックエンドを胸に抱きながら、もう一方の手でガラス瓶を取り、香りを嗅いだ。あいにく何の香水も入っていなかったけれどまるで芳しい花の香りでも堪能したかのようにうっとりと微笑む。思い立って引き出しを開けると、持っていた小さなバッグから自分の持ち物を引き出しに移した。ウィンザーチェアの座り心地も確かめては、頷いていた。少し落ち着き、ベッドに座ると、いとおしそうに病室にはないシーツや枕を撫で、その感触を楽しんでいた。
「好きに使っていいからね、思うがままに。」
あなたは僕に向かってあの華やかな笑顔を向けた。顔色は変わらずに健康なままだった。
「ありがとう。これほど素敵な部屋をわたし、初めて見たわ。」
黒髪がさらりと顔を隠すように頬に流れた。これほどこの部屋が似合うひとを僕は知らない。まるで、ずっとこの部屋で暮らしてきたかのようだった。白い部屋に色をつけてゆくのはあなたしかいない。そのためにあなたは部屋を欲しがったのだ。
命の短さを惜しむよりも、生きている間必要な彩色を施すことをあなたは望んだ。そんな染められる前の部屋で僕は恋人のように、お喋りを交わした。
「ねえ、あったかい紅茶が飲みたいな。」
「じゃあ、お湯を沸かしてくるよ。待ってて。」
「うん、待ってる。」
「すぐに来るよ。」
僕は部屋のドアを開けて、紅茶を淹れるためにこの部屋を一旦出た。紅茶をトレイに乗せて戻ってきたとき、あなたは淡く優しい明るさの中で、深い深い眠りについたばかりだった。紅茶の湯気越しに、夢のようにあなたの最期が映っていた。
あなたの唇は、紅茶のように柔らかで透明な赤い色を一筋、流していた。
触れた頬はまだほんのりと温かいのに、完全に閉じきらない半開きの瞼は人形のようだった。命が尽きてもなお、あなたは美しいひとだった。
あなたの持ってきたバッグの上には完成した赤い折鶴があった。僕が紅茶を淹れている間に素早く折ったのだろう。あなたが最初で最期に彩色した素晴らしい赤色だった。
この部屋に来たのはその日以来だった。
あの日の赤い折鶴は僕がチェストの引き出しにしまった。絶対にこの部屋の家具の配置も空気も、何一つ変えてはならない、と、まるで命令のように管理を頼んでいたので、この鶴の存在は誰にも気づかれていない。気づかれていたとしても絶対に触れてはいけないものだった。誰の手にも。
木漏れ日そのもののように明るく、美しかったあなた。
僕はこれからもきっと、あなたのことを時折夢見るだろう。
「それじゃ、行きます。今までどうもありがとうございました」
「こちらこそ・・・。お気をつけて」
たったひとりの姉を亡くした弟。そんな図式で、管理人はひたすら僕を気の毒がっていた。僕はその姿に、精一杯気丈に振る舞う健気な弟、という社交辞令の態度を取った。もちろん多大な感謝は本心である。しかし本当の想いは、誰にも知られたくなかった。
僕は白い部屋に一瞥をくれて、ドアを開け、そっと閉じた。
僕はこの部屋が火葬場で燃える事を想像した。
火の元は赤いあなたの鶴。若草色の僕の鶴を道連れに、一瞬で、けれどふたりのまま、燃え始める。
瞼を閉じると、火に包まれた二羽の鶴がその羽を伸ばし、寄り添う姿が映る。
病室で見比べたあなたの腕は僕の肩に乗せられ、僕の腕はあなたの背中に回る。あなたは、ゆっくりと僕に恍惚を感じさせてくれる。生と死はふたりをますます近づける。あなたと僕はこれからもずっと一緒に心の中で色を染めていく。
《 純粋な染色体 了 》
【 あとがき 】
どうしようもなくもやもやしたお話になってしまいました。
今回参加を決めたくせにまだまだ想いを手放す整理ができていないようでした。
と、言うよりも新たに大きな問題を抱えてしまい、手放すこと以前に、
何を手放したらいいのか、自分でもごちゃごちゃになってしまいました。
それでも、どれほどへたくそでも私は書かなければ、と思った。
私自身を救うものは、唯一、書くことにあるのだから。
書くことに関しては生意気でいようという信条でいるので
時にはこんなひどい小説もどきもあったんだな、と思ってもらえたら。
これが、今の私です。今の私の実力です。精進したいと思います。うわぁぁぁん。
どうもありがとうございました。
『 kayuri Yukisaka Website 』 幸坂かゆり
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●「最善を尽くします」常套文句で応じた。しかし本心でもあった。
《 円環奇譚 鳥籠姫 》
著者:ココット固いの助
【円に纏わる】
「最善を尽くします。既に死亡しているようですが」
そう犬島は来客に告げた。
常套句である。しかし本心でもあった。
客はその言葉を聞いて安堵したようだ。
巨大な鎖に犬のように繋がれた屋敷の主はエジンバラの支部から派遣された使者である男の緊張を解そうという素振りも見せない。
来客が持ち込んだ案件は一枚のROMに収録された動画。
応接間のテレビの画面を先程から眺めていた。
「ずっと回っていますね」
「ええずっと回ってます」
「いつから回ってますか」
「生まれてからずっと」
「もう死んでいるのに」
「ずっと回ってます。ぐるぐる回ってます…怖いです」
粗いテレビ画面の画像に映る少女。
白い夜着をきて廃屋とおぼしき室内を歩き回る。
時計の針のようにゆっくり円を描いて。
顔には蕩けるような微笑みを浮かべ。
歩いていた。
彼女の歩いた痕は絨毯に経年の轍を。
円い軌跡を残している。
「床に書いた絵は」
「クレヨンですね」
「いえ…これは魔方陣では?」
「魔方陣」
「そう見えませんか」
犬島は黙ったまま重ねた拳に顎をのせたまま画面を見入っている。
「生まれた時から部屋に引きこもり。やがて食事もとらなく衰弱死した女の子が誰にも習わず魔方陣を構成し死んだ後も何かを異界から呼び続けているとしたら」
「前例がありません」
「ですから協会としては「星なき夜の書」に登録すべきか貴方様に調査を依頼したいのです」
犬島が凝視する画面を何かが過った
「鳥?…ですかな」
麒麟の翼だ。犬島は言葉を呑み込んだ。
「文字や記号を使わず絵を描いて何かを呼び寄せるというのは」「書き文字にしろ絵にしろ魔法としては高度とは言えません…大切なのは音ですから」「なるほど」
「お引き受けします」
犬島は答えた。
「それを聞いて安堵しました」
本心からの言葉だろうと犬島は思った。
「くれぐれも」
と暇を告げ部屋の扉を開けた男に犬島は言った。
「我々魔道に通じる者は」
男の動きが止まる。
「魔方円を魔方陣と言い間違えたりしないのですよ。バチカンの方」
男が慌ててドアのノブに手をかけ廊下に飛び出す。
途端に屋敷が揺れ男はバランスを崩し.その場に尻餅をつく。
地震ではない。
屋敷が哄笑っていた。
「ここからは出られない」
犬島の声が耳に届く。
「腹を空かしてるのは屋敷だけではないからな」
犬島が右手を挙げると笑い声は止んだ。
しかし別の物音が近づいてくる。
床を踏み抜く勢いで。猛烈な勢いで近づいて来る。
「命が尽きるまで我が家の迷路を逃げ回るか立ち上がり部屋に入って私を見るか」
男は立ち上がり部屋に飛び込んだ。
「お前は空手で帰る。調査は依頼したが結果は見込み違いと報告する」
犬島の目には何も映らない。
ただ暗いぽっかりとした穴が目のあった場所にあるだけだ。
男は魅入られたように頷く。
額はおろか全身汗をかいていた。
「雇い主に伝えろ」
男が持参した土産を持ち上げ言った
「私はバームクーヘンは好きではないとな」
男の前に箱が投げられる
「どうせならお前の主が被るへんな帽子と同じ形の菓子を持って来いとな。あれは美味い」
犬島は溜め息まじりに呟いた。
「秘匿を知れ。星なき夜の書と書かれていたら…星なき夜は.ただ暗黒。Bible Blackと読むのが常識だ」
【歩く】
密やかに歩け。
音もたてずに。
爪先だけで軽やかに。
歩け。
廃墟と化したこの屋敷を歩く者があるとしたら私だけ。
歩け。
緩やかな曲線を曲がればまた曲線。
ふりだしに戻る。
歩け…烈火西蔵。
砂漠の日に灼かれた駱駝の上を。
地平の果ての蒼が果てしなく霞む平原を。
海を星を夜を昼を。私の宇宙を。
やがて私の両足はフワリと宙に浮かぶ。
それでも私は歩くのをやめない。
あら玄関にお客だわ…。
【放課後】
「なあ…行こうぜってなあ行こうぜ」
伊波は先程生活主任に引っ張られて乱れたハイレイヤーの茶髪をしきりに気にしている。
机の上に置かれた携帯端末の動画と鏡に写した自分の髪に目をやりながら
「絶対可愛いじゃん。そう思うだろ?お前等」
口元に笑みを浮かべ3人の同級生を見る。
「心霊スポットなんか行くもんじゃない…と思う」
4人の中で一番色白で華奢な春海は呟いた。
「マユツバだ」
神父という渾名の少年は顔を背けたまま伊波を見ようともしない。イタリア人のような濃い顔立ち。
生真面目な性格というだけではなく実際将来は神学を学びたいと希望している。
日曜になると教会に出かけ子供たちの面倒を見るボランティアをしているらしい。
「マユツバ結構。ならこの子は幽霊じゃなくて生きてるって事…俺もそっちに期待したいね」
「呆れたやつだ」
神父は手をふって立ち上がろうとする。
「俺は放課後生徒会の集まりがあるんでな。
お前も帰宅部だからって放課後うろうろしてないで帰って店でも手伝ったらどうだ。
親父さん喜ぶぞ」
伊波の家は商店街で沖縄ショップを営んでいる。
両親とも沖縄出身だが伊波は両親に顔が似ていない。
たまに店番などする日は近所の人から「出張ホストの日」と呼ばれている。
「その沖縄ショップ‘ちゅら海屋'には本日ペンギン食堂のラ-油が入荷中なんだが」
梳で髪型を整えながら伊波は言った。
「なんだと」
神父の顔色が変わった。
「あれ.お前欲しいって言ってたよな」
「あのラ-油は美味い…一度食べたら病みつきだ。うちの親父も大好物なんだ」
「10個入荷したが店頭に並ぶと5分で売り切れる」
「伊波」
「お前の分は3個確保してある」
「恩にきる」
「神父が拝がんでら…原価売りで構わんが」
伊波は立ち上がり神父の肩に手を回した。
「行くよな…動画のこの場所…場所は調べがついてるんだぜ」
目の前に差し出された動画を初めて見た神父は動画の少女と目が合い…顔を赤らめた。
「これは…」
「決まりだな」
「伊波…お前」
「なんだかひどく良い香りがするな」
「今日はムスクだ」
伊波は先程から机に座って本を読んでいる少年にも声をかけた。
「犬島お前はどうする?」
「美景は駄目だ」
神父が気遣うように言った。
「犬島君は放課後妹さんの病院に…」
「そうだったな悪い」
「別に気にするな」
犬島は「春と修羅」という題名の文庫本を閉じて鞄にしまうとこちらを向いて言った。
「容体はと聞かれても相変わらず眠ったままだ。安定してると言えば安定してる」
「毎日病院に行ってるんだよな」
「眠っている分足や腕の筋肉が萎縮しないようマッサージしないといけなくてな」
「そうか。大変だな」
神父こと藤島は沈痛な面持ちで答えた。
「もう慣れたさ。それに」
犬島は普段めったに見せない屈託の無い笑顔を見せて笑った。
「妹はチュ-ブの流動食も問題なく受けつけるし体温も脈拍も呼吸も心拍数だって通常の人の睡眠中の数値と変わらない。
脳に損傷だって無い。ただ目を覚まさないだけで何時か目を覚ます可能性はある。呼吸だって自分でしてるんだ」
重篤な病を抱えた患者の家族はこんな風に細い藁にもすがるような希望を持って生きるものかと。
犬島以外の友人達3人は沈黙するより術が無かった。
もう何年も犬島美景の妹は病院のベッドで眠ったままだと聞かされていたからだ。
そんな重い空気を察したか犬島は
「僕も放課後つき合う」
突然言い出した。
「妹さんはいいのか?」
伊波が遠慮しがちに聞いた。
「今日はヘルパーさんが来る日だから。
見舞いは夜までに行けばいいんだ」
「そうか…じゃあ行くか」
「ちょっと動画見せてくれ」
犬島に言われて伊波は端末を渡した。
「こんな可愛い子が生きてる事を願わずにはいられないよ」
「最近のこの手ネット動画は.はっきり写り過ぎだと思う」
「言えてるカメラアングルとかバッチリだよな…どうしたワンちゃん」
「世界のホームラン王みたいな呼び方は止めてくれ。この屋敷見た事ある」
「まじでか」
「場所は三鷹市」
「先輩情報だとそうだ」
「この屋敷…最近うちの物件になったやつだ」
犬島の言葉に一同が驚いた。
「妹近々退院するんだ。病状に進展ないから。
今僕が住んでるマンションだと環境悪いから父が郊外に屋敷を買った。来月から改装工場に入る予定だ」
「ご両親は確か仕事で海外だよな」
「何度も送られて来たメールの写真で確認したから間違いない。冒頭に映る屋敷の外観も同じだ…幽霊つきとは聞いてないが」
「やれやれ本物かよ」
「じゃ暗くならないうちに行くか」
「えっ藤島君行くの」
「ラ-油と友人のためだ」
「それと恋な」
「それもだ」
「2人ともすごいや」
「よし行くか」
「犬島君も迷いが無い」
「春海ぐずぐずすんな置いてくぞ」
「いや…僕どっちかって言うと置いてかれたいけどな」
【Mega ShortKake・ House】
既に壊れてしまっているが結界が張られていた痕跡がある。
この屋敷に昔棲んでいたのは魔術師の類いか。
やはりあの娘はこの地場を選んで生まれて来たのか。
「非エコ住宅だな」
伊波が正門から見えない玄関を探すように言った。
「改装も維持費も大変そうだ」
「どんな人が住むんだろうね」
「目の前にいるじゃんか」
春海の頭を軽く小突きながら伊波はまた鏡を覗き込む。
「お化け屋敷に入るのに身だしなみを整えるか」
「うちの屋敷だが」
「身だしなみは大切よ。だからお前はもてないんだよ。それにしてもだ」
伊波は周囲を見渡しながら言った。
「この辺教会でもあるのか?さっきからやけに外国人の神父さんばかり見かけるが…藤島お前も会う度にうやうやしく挨拶すんなつ-の」
「さすがに鼻だけは効く。犬どもが」
「なんか言ったか?」
「いや…日が暮れないうちに入るか」
犬島はポケットから正門の鍵を取り出し開けようとした。
鍵は既に開いていた。
誰も家の外観について触れようとはしない。
まるで西洋のお伽噺に出て来るような屋敷だった。
庭の噴水や児童公園のような遊具。
パステル色の外壁。二階に取り付けられたバルコニー。
今にも玄関からプリキュアやリカちゃんの人形が飛びだして来そうな。
そして暮れかけた西日の中その全てが朽ち果てていた。
そんな建築物が日本に存在するのか?
そう問われれば確かにかつては存在した事がある。
バブル経済全盛時ショ-トケ-キ・ハウスと呼ばれる家屋が都心で数多く建築された。
好景気に沸いた当時の日本。
「かわいい」という概念が日本の文化に定着した頃金に糸目をつけない何もかもが「かわいい」で埋めつくされた家屋が数多く建築された。
ほんの短い熱病のようなバブル景気同様にショ-トケ-キ・ハウスは建築の文化や歴史とは全く関係ないところで顧みられる事は無い。
目の前に威容をさらすのは住宅では無く屋敷。
お城のように見えた。
ここの屋敷の娘は生涯外に出る事は無かったのだ。
両親が用意した遊具や噴水やプールの水にも.かつては良く手入れされていたであろう庭の芝生や植物たちにも彼女は一切手を触れる事は無かった。
【従者たち】
犬島がエントランスの扉を開けると目の前を何かが過った。
犬島は苦もなく素手でそれを掴んだ。
掌の中には蝉の頭を持った裸の人。
背中に透明な羽がある。
犬島は呟いた。
「妖精」
腹のあたりが大きく膨らんでいる。
膨らんだ半透明の膜の中に膝を抱える同じ生き物が蠢いている。
犬島は掌の中の生き物を握り潰した。
指を開くと掌の中には何も居ない。
「アストラル体か」
天井を見上げると同じ有翼の生き物が無数に飛びかっている。「1階からのんびり探索してる時間はなさそうだ」
アストラル体…妖精を構成すると言われているエレメンツが濃く発生しているのは2階からだ。
「さっきから犬島君独り言」
春海が心配声で言う。
「すまない少し考え事してた」
「そりゃそうだろ。こんなヘンメル屋敷…本当に妹さんすまわせるのかってな。俺がお前でも考えちまうよ」
「うちの妹は結構そっち系だったが」
「なあ伊波ヘンメルってなんだ?」
「俺の守備範囲じゃねえが…後で教えてやる」
2階に続く階段を登る犬島の足どりに迷いは無い。
後に続く伊波と藤島も同じだが春海は不安げに周囲を見回している。
階段を登りきり2つ目の部屋。
部屋にかけた女の子の名前の文字は掠れて見えない。
大人の書いた文字。
多分母親だろう。
「わざわざ探すまでも無かったな」
ここが1番濃いアストラル体が…犬島は躊躇わずドアの取っ手に手をかけた。
「いきなり開けちゃうわけ」
「誰か…誰か大勢で階段を登ってくるよ」
「春海背中押すなって」
犬島がドアを開けるのと同時に軽い将棋倒しになった。
4人は部屋の中になだれ込んだ。
「押すなって!ばか」
先に部屋に入った犬島は突っ立つたまま呆然と部屋の奥を見つめていた。
ミサゴの鳴く声が聞こえる。
川のせせらぎに似た木々のざわめきが心地よい。
そこは森の中だった。
犬島の視線の先を皆が息を呑んで見つめた。
日当たりの良い森の真央に白い夜着を来た少女の姿があった。
膝元に小さな白い子馬の首を抱いて眠っていた。
森は折り重なる透明なフィルムの重ねのように。
神話に登場する幻獣たちや悪魔や天使が重なり合いひしめき合い霞のように見え隠れしている。
「一角獣」
小さな子馬には額から生え出た螺旋状の角がある。
「いやあれは似ているが違うぞ」
犬島が左手を上げ全員に後ろに下がるように。
「あれは一角獣に似ているが…モノケロスだ」
気配に気づき目を覚ました子馬は少女の膝から飛び降りた。
物憂げに首を振り前足で地面を掻く。
こちらを向いて見据える。瞳は蒼く虹采も瞳孔も無い。
足元から焔が立ち。躯全てに火の手が上がる。
火は忽ち周囲の木々に飛び火して火の海となる。
目も開けていられぬ程の熱波が4人の元に押し寄せる。
炎の中から巨大な火炎の馬が姿を現す。
「一角獣に似ているが遥かに巨大で狂暴だ」
前に出ようとする犬島を伊波が追い越す。
「危ねえ。脇に退いてろ」
「ドアの外に出ろ」
藤島も残った2人を庇うように前に出る。
「ドア…開かないよ」
春海が叫んだ。
鬣で炎の波を起こしながらモノケロスは目の前に迫る。
犬島は右手の中指の第2関節を折り曲げて音を鳴らす。Ι(イス)の音色は音素文字の「凍結」。
モノケロスは凍りつき砕け散る。
通常は左の二の腕に彫った鍵盤の刺青に触れて音を奏でる。
鍵盤の1つ1つに音素文字の音色が封じ込めてある。
魔法使いの呪文とは声を出して唱える音である。
より早く複雑な音の組み合わせで奏でられる音色こそが高度な魔法であると犬島は考える。
凍結程度の単純な魔法ならば指を鳴らす程度で充分だ。
「一体どうなってやがるんだ」
空中で水蒸気となって蒸発したモノケロス。
その四散した後に残る霧が晴れると聖書を翳して仁王立ちする神父藤島の姿が現れた。
「藤島お前が神の力であの化け物を退けたのか」
「多分違う…祈りはしたが」
「あんなに周りは大火事だったのにタバコの焼け焦げ1つ残ってねえ」
「幻視だ」
「滅茶苦茶熱かったぜ」
「受肉していないとはいえあれは聖獣だ直視したり火に触れたら脳や精神に異常をきたす」
「ちょっとさっきからみんな何言ってるの」
春海は困惑した様子で言った。
「ダメもとで本に書いてある呪文を唱えてみた」
犬島は制服のポケットから「誰でも使える魔法の呪文」という文書本を取り出した。
勿論嘘だ。
呪文なんて唱えていない。
「最近オカルト系の本にはまっていてな」
「犬島先生スゲーな」
「いや…呪文なんて眉唾物だが。この場所がきっと特殊なんだと思う」
「オカルトなんて感心せんが」
「へっぽこ神父が悔しがってら」
「なんだと」
「見てみろ」
犬島の言葉に全員が周囲を見回すと風景は一変していた。
そこは先程まであった森ではなく剥き出しの岩や石ころばかりが散在する荒れ地であった。
目の前にあるのは行く手を阻むかのような断崖。
その背後には山脈が連なる。
「なんか強烈に拒否られてね-か?俺たち」
「そのようだな」
目の前の壁岩には.ぽっかりと口を開けた洞窟の入り口が。
夜の海の水のような暗闇を湛え4人を待ち受けていた。
「ここ入れってか」
「そのようだな」
「トラップ率100%だな」
「まず間違いない」
伊波はお相撲さんみたいに顔を叩いて
「おし決めたぜ。行くぞみんな」
「危険過ぎるぞ。無謀だ」
藤島が伊波を制した。
「虎穴に入らずんばGALは得ずだ。
この俺様がここまで来て空手で帰れるかっての。メルアド1つも無しにだ」
「いやもう死んで…」
「おし!藤島無事帰還したら明日はあの娘も呼んで合コンだ」
「合コン!そのような事は神父志望の自分には」
「なら言葉を変えよう。合コンじゃなくミサだ」
「ミサか…ミサならいい」
「迷える子羊ちゃんたちを導いてやろうぜ」
「でも飲酒はだめだ。いや…ワインなら。ワインはキリストの血だから」
「その話題は合コンの席では御法度だ」
「承知した」
2人は肩を組んで
「ゴウコン!ゴウコン!」と叫びながら洞窟の中に消えた。
「犬島君。もはや死んでるとか突っ込みも入れないんだね」
「ある意味2人は超越者だ」
「あの勇気と熱意を勉強とかに向けたら将来すごい人になれるのに」
「犬島-置いてくぞ-!!春海!タマちゃんみたいな立ち位置からダメだしするな」
想像していたのとは洞窟の内部は違っていた。
天然の鍾乳洞では無い。赤色花膏岩の石畳が敷かれた広大な迷宮。僅かに差し込む地上からの明かりでは天井の高さも壁と壁の距離も伺い知る事は出来ないが。
「明かりが無いんじゃ先に進めないな」
神父藤島は冷静な男だ。
「おし!全員携帯のライトを翳せ」伊波の提案に皆従ってみた。
「途中でバッテリーが切れたら」
犬島も冷静な男だ。
「花輪君」
「犬島だ」
「犬島お前さっき魔法使えたろ?今回も灯明の魔法で地下を照らせ」
「灯明の魔法」
どうだったか…と犬島は考えた。
確か音素は>だったな…音色は…ええと。
初歩の初歩過ぎて思い出せない。
暗闇にはらはらとページを捲る音だけが響く。
「どうした?出来ないのか」
「いや…あの…すまないが携帯のライトをページに」
「仕方ね-よ。犬島は本物の魔法使いって訳じゃね-し」
「素人だしね」
「本物の魔法使いじゃないんだ。
さっきのも多分偶然かまぐれ。過度に期待したら犬島が気の毒だ」
くそ。なんという屈辱。
犬島は必死でページを捲る。
そのうち地面が揺れ始める。
「地震か!?」
「冗談言うなこんな地下で」
どれ程の巨大な拳で壁を叩き床を踏みつけたなら。
敵意に満ちた憤怒の赤色。隻眼の瞳がこちらを目指し近づいて来る。
「迷宮に棲む神獣…まさか」
「実体とかじゃねぇんだろ」
「いや…あれは多分実体。ミノタウロスだ」
闇の中で獲物を見つけた赤い光が跳躍する。
1飛びで距離が縮まる。
「冗談じゃねえ。逃げるぞ」
伊波は後ろ振り向いた。
入り口の通路は消え失せ突き当たりには壁。
周囲に濃密な獣の匂いが立ちこめ。
足音が響く度空気を震えさせる。
高見から赤色がこちらを見下ろす。
「ТΗ(停止)」
右手を掲げた犬島が叫んだ。
音素文字のスリサズの音色を
「思わず口ずさんでしまった。美学に反する」
犬島はミノタウロスを睨み付け言った。
「下がれΨ!!…飯抜きだ」
「難解な呪文だ」
「サイって…牛じゃねえのか」
ミノタウロスは背中を向けると元来た通路をすごすごと帰って行った。
「おおお」
「スゲーぞ。犬島が化け物を追い払ったぜ」
「先に進むか」
「今がチャンスだ」
犬島は皆に向かって言った。
「進んでも無駄だ。ミノタウロスの迷宮に出口は無い。
神話によれば女神が投げてくれた糸巻きの糸を辿れば外に出られるらしいが」
ここにいる女神はそんな気は無いらしい。
「春海」
「え!?なに犬島君」
「お前にはさっきから俺達どう見えてる」
「え…どうって」
「正直に答えろ」
「なんか馬鹿みたい」
「なんだと春海!?お前友達のふりして実は真の敵…」
「伊波飛躍し過ぎだ」
「春海。お前にはさっきの森も火の馬もこの迷宮も見えてない…見えてるふりだけしていた。違うか」
「だってみんなが見えてるって言ってるのに僕だけ」
春海は項垂れた。
「そうだと思った」
「どういう事だ犬島」
「春海俺達は今何処にいる」
「ドアを開けて部屋に入ってから1歩も動いてないよ」
「どういう事だ」
「この部屋はアストラル体というエレメントで満たされている。アストラル体は普通の人間には見えない。魔道者には強く作用を及ぼす。魔を強く信じるものや縁の者は余計に幻視を見やすく術にもかかり易い」
「藤島は対極だぜ」
「魔道の対極にいるという事はその存在を強く意識しているという事だ。つまり魔法使い同様魔法にかかりやすい」
犬島は春海の手に肩を置いた。
「つまりこの中では春海が1番突出した異能者なんだ。この迷宮から出るにはお前の力が必要だ」
「僕の力」
「春海今何が見える」
「部屋…女の子がいてこっちを見てる。円。円の周りの床に沢山の絵と針?」
「部屋の入り口のドアは」
「こっち」
春海は左を指差した。
「女の子のいる方は」
「こっちだ」
左側を指差した。
「では進もう」
「そっちは壁だぜ」
伊波の言葉を遮るように犬島は言った。
「春海自分の目に見えるものを信じろ」
春海は右側の壁に向かって歩くと.突き当たりの壁に手を触れた。
手はそのまま壁をすり抜けた。
春海の後について迷宮を抜け出す事に成功した。
【問う背中】
こともなげに少女は円環の周りを回っている。
円の外側の床一面にヒエログリフのような聖獣や悪魔や天使の絵。
その1つ1つに針。
「まるで昆虫採集だ」
犬島の心に戦慄が疾る。
「呼び出したものたちを髪の毛で作った針で…規格外の能力だ」
「思ってたより高めのお嬢さんだ。燃えてくるね」
伊波が制服の上着を脱ぐと右手で軽く振って春海に投げた。
「悪いが持っててくれ。シワにすんなよ」
「伊波君」
「こっから先はお前等じゃ無理だ」
笑った口元に鋭い犬歯。
「今の俺のこの姿でもちとヤバいぜ」
「本性を現したな。Νευροι」
「その呼び名を聞くのは南世紀ぶりになるか…正教会の枢機卿にして十字軍6度目の東邦遠征部隊を束ねた男バルバシウス」
「懐かしい名だ。その名前で私を呼ぶのは今はお前だけだ。しかし」
藤島は伊波を見据えて言った。
「遠征に私が参加したのは 7度目だ。狼の子よ」
「元々俺は人間様だつ-の」「皆の者聞いて欲しい」
藤島は春海と犬島に向き直るとうやうやしく頭を下げた。
「今までみんなには黙っていたが私の前世は神聖ロ-マ正教会の枢機卿にして聖騎士バルバシウスだ」
「普通そんな事人に言わないよ」
「キリスト教は確か輪廻転生は認めてないはずだが」
「そんときの渾名はプルケル」
伊波がにやついた顔で言った。
「黙れ」
「確か古代ロ-マ語でハンサム」
「犬島君は物知りだなあ」
「プルケルw」
「ハンサムw」
「わ笑うな皆の衆。笑うな」
「ぶわはははは」
「あ犬島君がツボった」
「私の懺悔を聞いてくれ…私の現在の本当の名前はヴィンチェンツォ・ヴィヴィアーニ」
「セリエA?」」
「日本人の高校生藤島真吾は世を忍ぶ仮の姿」
藤島の体は小刻みに震えている。
「本当はイタリア人でしょ」
「な…」
「しかも年齢は30オ-バ-」
「みんな知ってたのか」
「だって見た目が」
「日本場慣れしてるなんてもんじゃない」
「お前よりチンパンジーの方がどちらと言えば日本人だ」
「てっきり日本人の高校生になりきれたと思っていた」
「ホ-ムルームの時先生が皆に言ったんだんだ「なんだかわからないは藤島は必死で日本人になりきって学校に溶け込もうとしている。どんな事情があるにせよ皆で温かく見守ってやろうって」
全学生に通達が回り藤島は日本人として扱われる事となった。
「なんという慈悲深さ」
「泣いてる…」
「これが無声慟哭というやつか」
「ていうか藤島お前アホだ」
「生徒会書記の浅川さんが私に冷たいのも外国人故」
「普通はもてるが」
「藤島君て35歳位だよね」
「32だ」
「原因は体臭がきつい事」
「なんだと伊波。お前浅川さんといつ」
「ただのピロ-ト-クでだ」
「そうか犬島ピロ-ト-クとは何だ?」
「まあまあまあ」
「春海何を赤くなっている」
「お前の事を無神経にそんな風に言う女はだめだ」
「そうか」
「俺がこらしめておいた」
「こらしめるって…」
「お前もカミングアウトしたなら俺もつき合うか。藤島言って見せろ」
「しかし」
「いいから言えよ」
「昔中世ロ-マで正教会の神父を120人喰い殺した人狼がいた。正教会は壊滅状態に陥った」
「その人狼を見事仕留め司教から枢機卿にまでなった男がいたな」
伊波は着ていたシャツをボタンごと首から引き裂いた。
長く伸びた指先の爪は人ならざる者の証。
「騎士道を重んじる男は何故協会の門を叩いた」
「理由があって神の門を叩くのでは無く神によって召喚されるのだ」
「聖騎士とまで呼ばれた男が俺につけた傷だ」
破れたシャツを捨て背中を向けた伊波の背には刀傷があった。
右肩から左の腰の辺りまで。
「生まれた時から背中にあった痣だ。これだけは消えぬらしい。聖バルバシウスは騎士でありながら」
「背後からお前を切った」
「バルバシウス。汝に問う。
お前達の罪は聖書のページ何処の何処を捲れば書いてある」
「私達の罪は…おそらく不寛容」
「そうか。で…てめえは今回は何をするつもりだ」
「今年は聖年に当たる年。
バチカンにあるサンピエトロ大聖堂にて聖なる扉が開かれ世界中のキリスト教信者がそこに集うだろう」
「キリスト生誕2000年を祝う祝典か」
「教皇様は今年で80歳。
近年は体調が思わしくなくこれが最後の務めになるだろうと側近にもらしているらしい」
「式典にあの娘の力を利用するつもりか…俗物どもが思いつきそうな話だ。
そんだけ神父が雁首そろえるなら天使の1柱てめえらで呼び出してみやがれってんだ」
「これをバチカンより預かった」
藤島が懐から取り出したのは教皇の手紙と奇跡の認定証だった。
「そんな紙きれが何になる。
教皇の跡目は決まってのか?」
「いや…まだ決まっておらぬ」
「きな臭いな」
「バルバシウス」
「藤島でいい…そう呼んでくれ」
藤島は手にしていた手紙と認定証を破りすてた。
「ちっとは進歩したか」
背中を向けた伊波の髪が銀色に変わる。
襟足の髪が伸びて鬣となり隆起した肩の筋肉。フォルムが変わって行く。
かつてアジアとヨ-ロッバの境目にある黒海沿岸に存在したと言われるΝευροι族。勇猛果敢で知られたその一族は狼の神を祀る部族であった。
「その一族は年に一度狼に姿を変えると」
「んな訳あるかつ-の。祭りの日に狼の衣装を着るの。コスプレよ。コスプレ。だがしかし」
「キリスト教信者は迷える子羊で狼は悪魔の手先」
「ロ-マからイスラエルを経由して遠征して来たお前等に俺達は格好の標的だった。お前等が行く先々でして来た事は殺戮と略奪と強姦だ。俺の村でもな」
「認める」
「いいね」
「歴史が証明済みだ」
「慈悲深きバルバシウスは信仰と良心の狭間で揺れていた…壊滅させた村の唯一の生き残りの族長の子を殺せず。ロ-マに連れ帰った」
連れ帰った子はサンピエトロの地下に幽閉された。
世にも珍しい狼の子として。
何がしかの利用価値があるだろうと…子供の延命を望んだバルバシウスの教会への進言が認められた。
「幽閉され一年が過ぎても俺は狼になどならなかった。当たり前だ人間だからな」
一年後子供は外に連れ出され祭祀の時の狼の衣装のまま森に捨てられた。
他の異教徒たちと同様に。中世キリスト教社会では異教徒は狼の衣装を着せらた上言葉を話す事も禁じられ野や森に放たれた。
辿り着いた森は水も食料になる草木もなく狼の姿をした人間が倒れた仲間の屍肉を漁っていた。
「牢獄から出され森に連れて行かれるあの時の少年の姿を1度たりとも忘れた事はなかった」
「さもあろう慈悲深きバルバシウス」
狼に変容した伊波は振り向かない。
「しかしお前は来なかった」
「立ち入りを禁止された異教徒の棲む森だからだ」
「さもあろう」
飢えと衰弱で倒れた少年の前に現れたのは奇妙な黒い革靴を履いた男だった。
「顔を上げて私の顔を見てはならぬ」
と黒靴は言った。
「魔法使いは知られる事を何より嫌う」
少年は霞む目で男の革靴を見ていた。
「神秘の探求と秘匿こそ魔法使いの本質と知れ。
今宵は世にも珍しい狼の神の声に導かれて来てみれば」
次代に遠くなる意識の中で少年は男の声を聞いた。
「なぜ傍らにおるのに我を下ろさぬ。と狼は嘆いておるぞ。よもやその統を知らぬとは…そなたの狼の神に代わり問うが」
漆黒の闇。
それに似て男の声は黒いビロードのように滑らかだった。
「狼とともに歩むか」
声すら儘ならず少年は唯1度頷いた。
「良き哉」
男の手が少年の手に触れる。
微かに麝香に似た香りがした。
「この借りはいつか還してもらおう。狼と踊るがいい。死の舞踏を」
男の立ち去る足音は聞こえなかった。
最初から奇妙なかたちの黒靴は宙に浮いていた。
「ロムレスと名乗っていたな」
国中教会という教会が教われ神父が惨殺される事件が起きた。
「女子供も市民も殺さない神父だけだ」
「わかっていたよ」
「お前等とは違う」
「人殺しに代わりは無い」
「神の御加護はどうした」
「教会を1つ1殲しながら分かりやすいぐらい真っ直ぐ私と教皇のいる正教会を目指した」
単身で武器1つ持たずロムレスと名乗る人狼は市内に乗り込んで来た。
ロムレスとはかつて狼に育てられたという逸話を持つキリスト教の聖人の名前だった。
兵士と聖職者を殺しサンピエトロ広場と聖堂を血の海に染めた。聖書の祈りも聖水も効果は無く剣の刃先を彼の体に触れさせる兵士もいなかった。
「当たり前だ。最初から宗派が違う。それに俺は魔道に帰依したわけでもない」
誰も止める事は叶わず。ロムレスは行く先々で屍の山を築いた。ロムレスが教皇が匿われた聖堂の部屋がある階に達した時目の前に立ち塞がったのはバルバシウスだった。
幾度も目の前で仲間の骸を見せられても現れる。
「その度お前の命だけは取らぬ。勿論慈悲では無い」
それでも剣を構え立ち向かって来る。
「前しか向かぬ男だ」あまり賢くないという意味で。
人外の神の力を宿したロムレスの敵にすらならない。
すぐに床に叩き伏せられ背中を踏まれ骨を砕かれた。
「今からお前に生地獄を見せてやる」
そこに隠れ匿われ震えている老い耄れ爺の命など別に欲しくもなかったが。
立ち去ろうとするロムレスの背後でバルバシウスが剣を構えた。
「聖騎士バルバシウスともあろうお方が狼一匹証明から斬れぬとは。やはら貴様らは野盗の類いよ。いいだろう…やって見せろ。剣が俺の体を切り裂くよりも早くお前は抉り出されたお前の心臓を見るだろう」
バルバシウスは剣を降り下ろした。
背中を袈裟懸けに切り裂かれたロムレスは呆気無く床に倒れた。
「そんな馬鹿な」
ロムレスは絶命した。
「心正しき信仰ある者の前で悪行を省みる事の無い狼はけして振り向く事能わず」
教皇が昨夜信託を受けたとロムレスに伝えた言葉だった。
ロムレス自身信じてはいなかった。
3ヶ月前。とある居酒屋のトイレの便座に伊波は腰掛けていた。
「やっぱ合コン3連はきついわ。しかも2オ-ル」
暖房が効いていない居酒屋のトイレはひんやりとしていて酔いを冷ますのには調度良かった。
ふと足元を見ると目の前に黒靴が立っていた。
「貸しを還してもらいに来た」
「てめえ。あの時俺を嵌めたな。教皇に要らぬ耳打ちなんかしやがって」
「振り向けぬ呪をかけたのは確かだが…どのみち振り向く気などなかった」
「まあな。もう殺すのも生きるのも飽きてた。しかし体を操られて死ぬのとそうでないのとじゃダメージが違う」
「結果が同じなら借りはそのままだ」
「まあいい。言ってみろ」
「娘を1人連れて来い。どんなかたちでも構わん」
「今来てる子たちはダメ。みんな俺のもの。合コンなら企画してやっても…」
「随分軽口をきくようになったな.あの時の行き倒れの小僧が」
「軽口だけじゃねえんだぜ…って証明してやろうか」
目の前に写真と住所の走り書きのメモを差し出された。
「お前の命など焼けた鉄瓶に垂らした水滴と同じ。私の主にしてみれば昔も今もな。操り人形だ」
「なんだお前雇われか」
「雇われではない召喚されたのだ」
「どっかの神父みたいな口ぶりだな」
伊波は写真の少女に目を落とした。
「うわ。かわゆ」
顔を上げると黒靴の姿はそこになかった。
伊波は藤島が先ほどしたように紙を破る仕種をした。
「何をしている」
「お前に習って破ったのよ。
クソ下らねえ約束をよ」
伊波は真っ直ぐに正面を指差した。
「見てみろ藤島」
伊波が指差す方向には円環の少女が今は静止した状態でこちらを見ていた。
「野郎共が姫をそっちのけで辛気くさい昔話ばかりしてたらオカンムリにもなるさ」
伊波の言葉通り少女は頬を膨らませ床に刺さった針を抜こうとしている。
少女が抜こうとしている針の下は翼を生やした2本角の悪魔の封印だった。
「まずいぞ」
「藤島。お前が見なきゃならないのは俺の背中でも過去でもねえ。俺は前を向いて先に進むぜ…せっかくまた人に生まれたんだ」
「伊波」
「先に行かせてもらう」
「伊波針は倒すなよ」
「こんなもん一飛びだ」
「伊波。俺はお前みたいに女の子を取っ替え引っ替えしてるやつには負けん」
伊波は藤島に向かって振り返ると言った。
「狼は1度相手を見つけたら生涯対飼いなんだよ」
「伊波。お前には負けん」
「僕だって」
「春海!」
雷鳴のようなヘリの轟音。金と銀の重なり合う2つの鍵に教皇の帽子が描かれた紋章。
白いヘリからロ-プを伝い神父が降下して来る。
窓ガラスを蹴り割って室内に侵入して来た。
「バチカン!」犬島が身構える。
部屋のドアが開いて衛兵と共に神父がなだれ込んで来た。
「外で様子を伺ってたな」
神父立ちは手に花束や教皇の奇跡の認定証を持っている。
「しばらく見ねえうちにアグレッシブになったもんだ」
「今は独立国家だ。バチカンなめんなよ」
「あの棒持った取り巻きの変なアレグリアミタイな連中はなんだ?」
「スイス衛兵だ。政治的に複雑なのだ」
なだれ込んで来る神父は数を増し。4人には目もくれず少女の元に殺到した。
「私有地…なんだが」
犬島は叫んだ。
「床の針を踏むな!!」
しかしその声は押し寄せる黒い人波と飛び交うイタリア語やスイス語にかき消された。
【残響】
静止した時間の中に犬島は立っていた。
誰も耳にした事のない旋律だけが鳴り響く部屋の中。
耳にした者は生きて再び目覚める事は能わず。
人にけして知られてはならぬ犬島だけが知る音素の並び。
氷ついた悪魔と神々や天使と神獣魔物そして人間達。
天井まで染めた深紅の王冠は飛び散る血の飛沫。
そこに向かって犬島はゆっくり歩いて行った。
彼女は犬島に微笑んだ。
聖も邪も闇も光も人も全て彼女を求め彼女の元に集まる
病める薔薇に集まる虫の群れ
深紅の彼女の寝所を暴こうとする
まるでブレイクの詩編のようだ。
その暗い 秘めた愛が
おまえのいのちを.ほろぼしつくす
そこだけは違う。
類類と横たわる屍の山を眺め犬島は思いに耽る。
あるいは虫は私かも知れないと。
【月5つ・同じ月を見ていた】
27秒前。殺到した人間達で少女の姿は見えない。
藤島も駆け出し人塵に紛れた。
「僕も」
前に出ようとする春海の腕を犬島の手が掴んだ。
「犬島君」
春海が振り向く。
「お前には無理だ。
危険な事は止めておけ」
「僕だって!」
藤島の手を振り払って春海は駆け出す。
「僕だって?」
春海の背中を見ながら藤島は呟いた」
「僕だって何だ?命令だぞ。
そんな返事は教えて無い」
犬島の視線は床にあった。
ゆっくりと竜の首が鎌首をもたげようとしていた。
鉤を生やした指が床を食み自身の体を持ち上げようとする者。
封じ込められていた者達が徐々に姿を現す。
床の上で牧神が角笛を吹き鳴らす。
蛇の尾をくねらせ金色の裸の女が舞いを始める。
黒山の人の群れの中を少女は変わらぬ速さで円を廻る。
次第次第に早さを増すと立ち塞がる者の首や手足が弾け飛ぶ。
天井を染血の色に変える血渋き。
渦のように人を巻き込んで止まらない。
自らの尾を食んで回り続ける黒い獣。
伊波には見えた。
顔に7孔無き6枚の羽の天使
。藤島の目にはそう映った。
髪に沢山の小さな赤色のリボンを結んだ勝ち気そうな見知らぬ少女が春海を見ていた。
「ばあか。春海」
3人惚けた顔で立ち尽くすばかりで。
次々粉砕される人の中から少女は一瞬だけ3人に一瞥をくれた。
輪の中から白い夜着が飛び出して来る。
天井につく高さ。
3人はそれを見て思う。
神様お願いです。
後少し後少しでパンツが見えるかも…もし願いがかなうなら今死んでも…死ぬのは嫌だけど。
しかし見えたのは5つの宙に浮かぶ三日月。
降り下ろされる鎌のような爪が一閃。
おそらく音速を越えていたが空を切る。
少年たちは腹這いになっていたのでまだ頭に首がついていた。
【君は魔法】
停止の音素1音だけでは対象を1つしか止める事出来ない。
犬島は左腕の袖をまくり鍵盤の刺青を右手で払う仕種をする。
宙に浮かんだ鍵盤の輪が犬島の目前に広がる。
1音1音正確に素早く指先で音を響かせる。
凍りついたように時が止まる。
犬島が音を積むぐの止めても何度もループを繰り返す自動ビアノのように。
犬島は少女の元に歩み拠る。
途中床に這いつくばってにやけた顔をしている3人に一瞥をくれるが.そのまま通り過ぎた。
「こんにちは」
と少女が言った。
「はじめまして」
と犬島は微笑みを返す。
「素敵な曲ね」
「言葉や文字で表現すると冗長なので」
「貴方は誰?」
「僕の名前は犬島美景。魔法使いです」
「魔法使い。ここにいる人たちが皆動かないのは貴方の魔法?」
「そうです」
「私は動けるわ」
「貴女に魔法は効きません。多分どんな魔法も」
「私が幽霊だから?」
「それは違うと思います。貴女は幽霊というより元々人ではありません。肉体は死を迎えたけれど…元々人ではなかった。間違えて人に生まれて来たというべきか」
少女は困惑した様子で犬島を見つめた。
「人でも幽霊でもないなら私は何?」
「魔法そのものと言ってもいいかも知れません。あるいは1つの現象と」
「貴方の言ってる言葉の意味が私にはまるで理解出来ないのだけれど」
犬島は優しく頷いて答えた。
「私はそれを貴方に伝えるために来たのですから」
とは言え犬島は言葉で彼女にそれを伝える事の難しさを感じていた。
最初にここを訪れる事を決めた時から。
「ある男がここにいる貴女の様子を見て言いました。『彼女は誰にも教わっていないのに魔方陣を形成し異界のものを呼んでいる』と」
「魔方陣は数学の言葉よ」
「よくご存知だ」
「ここに来る子たちが教えてくれるの」
「呼び出すのに呪文を」
「呪文なんて1つも知らないし…呼んでもいない。空想はするけど。そしたら来るの」
「やはり」
犬島は何も書かれていない円環の中を見て思う。
「彼らがここに集まる事と.その円は関係ないのですね」
「ただ歩いてたらあとが出来ただけ」
あれが異界のものを呼ぶための魔法円なら中に結界の文字や記号が記されていなければならない。
召喚者は円の外に対象となる物を呼び出し中で身を守る。
呼び出すものは大概人外の人間以上の存在であるのだから。
召喚と自衛の呪文を同時に唱える事は出来ない。
まして呼び出した後コミュニケーションを取る事が出来ない。
彼女は結界を張る処か元々格上の存在なのだ。
呼んでなどいない。聖も魔も人も引き付ける磁石のような存在だ。門や入り口と言い換えてもいい。
しかしそれも未だ本来の彼女の姿には.程遠い。
「私は魔法使いです」
「それはさっき聞きました」
「貴女はこの部屋で魔法使いがするような事をずっとなさっているが。それを魔法使いがやるのはとても大変な事なのです。研鑽と習得に長い時間が掛かるもので。魔法使いの話を少ししても構いませんか?」
「ええ。どうぞ」
「魔法使いの本質は秘匿と神秘の探求です。ある程度基礎的な魔法の知識や技術を学ぶのは誰も皆同じですが.そこから神秘の探求つまり専門分野の研究に入ります」
「学者さんみたいね」
「同じですね。ただ魔法使いは自身の研究を誰かや何かのために寄与しようとは思わないのです」
徹底した秘密主義。
自身の名はおろか姿を人に見られる事も魔法使いは嫌うものだ。自身の探求する魔法が何処からこの世界に辿り着くのか.枝のように細い川の支流を辿り神秘の源流を目指す。
神秘は人に知られ認識された時点でその神秘性を失うと魔法使いは本能でそれを知り恐れる存在である。
「私は貴女に最初に出会った時自分の名を名乗りました。貴女が見ているのを承知で魔法も使った。本来なら魔法使いとしてあるまじき行為なのです」
「それなのに…どうして」
「貴女に私の事を信用して話を聞いて頂きたくて手の内を開かしました」
「とても鮮やかで美しい魔法を使う方だと」
「あれは魔法使いとして私の本分ではありません」
「音の魔法使いさんではないの?」
「私の本来の専門は人形使いです」
「人形使い」
「私と貴女と…貴女の部屋に元からいたもの達意外は全て私の手による人形です」
「ここにいた人達全部お人形なのですか」
「そうです」
といっても大半は彼女によって壊されてしまったが。
「なぜそんな事をとお思いかと思いますが理由は2つあります」
「教えて」
「これが人形使いとしての私の能力だと貴女に知って貰う事が1つ。もう1つは.これから先に起こる未来を貴女に見せる事です」
「未来ですか」
「聖職者や魔道にある者。そして普通の人間さえも貴女に引き寄せられ貴女を求めてここに集まるでしょう。貴女の領域を侵そうとする者は皆こうなります。無意識のうちに貴女は周囲に屍の山を築く事になります」いずれ協会からも「書に登録せよ」との通達が来るだろう。登録とは魔法を記号化した後に書に封印する事に他ならない。
邪なる魔道者ならば彼女に力を独占するために動くだろう。
魔法の協会とはいえ主な役目は個の魔法使いの神秘の独占と暴走を牽制するための組織でしかない。
何しろ秘密主義者の集まりなのだから。
封印する事も独占も彼女の本質をしれば不可能なのだが。
それでも動いて来るに違いない。
事実先日伊波の意識に侵入して来た者がいた。
使い魔に後を追わせたが易々とは捕まらないだろうと犬島は思う。
「貴方の大切な人形を壊してしまいました」
彼女はすまなそうに詫びた。
「彼らにはそれが使命と言い聞かせてあります。貴方の反応は予想がつきましたし。呼び出した物との戦闘も考慮したので彼らには痛覚を与えていません」
彼女に対する予想は確信に変わったが。
意外なのは彼女のパーソナリティ-だった。
人間性や感受性があまり損なわれておらず過去の記憶がかなり人格に反映されている。
つまりは話していると普通の少女なのだ。
「1つ聞いてもいいかしら」
「何なりと」
「こちらのご学友3人は」
「勿論人形ですが他の者とは少し違います」
「随分表情豊かだと思う」
「彼らには魂があります」
「人形なのに」
「召喚の儀によって得た魂が。肉体もそれに合わせて作られました」
「作った方の意識も反映される」
「まあ多少は」
「この人たちさっき私のスカートを覗こうと必死で」
「いや…それは」
少女は犬島の顔を覗きこんでじっと黙った。
こういうのには慣れていない。
「い伊波と藤島は元々呼び出した時2つの魂が絡みあっていて過去の記憶を色濃く反映しています。春海はあの子はまた別で」
「4人随分息があって楽しそうでした」
「魔法使いとリカントと神父と人間…ゲームみたいにしたら面白いかと。同級生という刷り込み意外は自由で。あいつらホント人形。ただの人形…です。でくの棒どもが」
「ゲームのキャラクターはお友だちではない?」
「え」
「あの人たち身を呈して貴方を貴方かばったり。励ましたり」
「15の時から」
人の世を捨て魔法使いの弟子になった犬島には友達がいなかった。
「友達です」
人間以外の友達を数多くもつ少女は断定した。
「そこ大切ですよ」
と犬島に微笑んだ。
【犬島】
なぜ魔法使いになったのかと問われたら
「
「魔法使いに呼ばれたから」
そう答える他無いと犬島は思っている。
魔法使いは魔法使いになる者を呼ぶ。
秘密主義の魔法使いがそうした行動を取るのは矛盾している。
魔法の探求を他人に引き継がせて自分は次のステージに進む時か、あるいは本当の意味で自分の死を予測した時なのか誰も分からない。
ただ魔法使いに呼ばれる者は最初から決まっており.それまで普
通の生活を送っていた時初めてその宿命を思い出す。
誘いを拒んだという者の話は聞いた事が無い。
もし仮に拒んだとしても魔法使いは出会った記憶を消して立ち去るだけである。
犬島は15の時に魔法使いと出会った。
魔法使いの修行を始めるにはかなり遅い年齢らしい。
犬島の師である魔法使いは「出会うべき時に出会った。
「年齢は関係無い」と話していた。
犬島は魔法使いについて家を出て師から魔法を学んだ。
師の名前は最後まで知らないままだが彼は「緑の袖」と呼ばれていた。
緑の袖は人間のような人形を造る魔法使いだった。
基礎的な魔法の知識を学んだ後犬島は人形造りを彼から学んだ。
師の技術を学んだ犬島はすぐに頭角を現した。
緑の袖は人形をより人間に近づける事を本旨としていた。
彼が造る人形は文字通り人並みで人間以上でも以下でもなかった。
彼はそれを市井に溶け込ませる。
社会や家庭や友人同士の輪の中に。
犬島師についてその姿を観察した。
彼らは幸福そうな顔を見せたりそうでなかったり…師が何かそれで恩恵を受けているという風には見えない。
犬島には何が面白いのか.まるで理解が出来なかった。
人形造りに没頭する中で犬島は常に人間以上を目指した。
造形の美にしても身体能力にしても…自らの造り出す器に見合う
高次の魂を求めた。
召喚の儀を用いて高次ね魂の補完。
師に提案したが一蹴された。
召喚は独学で学んだ。
最初の召喚を実践した日それはやって来た。
呼び出した円環の外側にでは無く結界が張られた円の内側に。
犬島の背後にそれは立っていた。
恐怖で振り向く事も出来ず。
永遠に等しい時間が流れた。
結界は過去の魔道の叡知の結集されたものであった。
そこに易々と侵入出来るという事は暗に全ての魔法が無効であると犬島に教えた。
背中越しに。
既に犬島には死が与えられていた。
犬島に縁の者…師や両親彼を記憶に留めている者全て地上から蒸発して消え失せた。
彼を記憶している道や壁や石ころからも記憶は消された。
魂の在処は誰にも分から無い。
しかしこの時犬島にはそれが分かった。
背後に立つ者が犬島の魂に手を伸ばし触れたからである。
犬島の魂の奥底の暗部を掻き回す。
そして掴み取るとその場から消え失せた。
犬島の魂では無い。
彼の妹美景の魂を持って消えた。
誰も犬島美景という存在を知る者はいない。
そんな世界で1人犬島は日本に帰国した。
遺族の中で唯1人妹は病院のベッドの中で今も眠り続けている。犬島が呼び出した者のは過去のどんな書物にも記載が無く。
誰の記憶にも無かった。
【圏外】
「『圏外の者』と私は呼んでいるんだ。それが何処から来たのか何処に行ってしまったのか分からないから」
「妹さんお気の毒ね」
「僕のせいだ」
「でも電話みたいな名前」
「どんな賢人や幻視者の検索にも現れ無かったという意味で」
「それで犬島さんは」
「君に協力を求めたい」
「私が磁石だから?」
犬島は頷いた。
「正式に君にパートナーとして契約を結びたいんだ」
「協力して上げたいのは山々だけど」
少女は哀しげに瞳を曇らせた。
「私自縛っちゃってるからここから出れないの。部屋というか円の周りが可動範囲よ」
「それは違うな」
犬島はキッパリと否定した。
「違うって今までずっとそうだったのに」
「君は円環に縛らた哀れな幽霊じゃない。自分をまだ知らないだけだ」
「教えて。貴方なら…私は一体何なの」
「円環の支配者」
「もう少し具体的に」
「そこの円を指差して見てくれ」
犬島に言われた通り少女は円を指差した。
「思う事は唯1つ。その円環は君のもの」
「この円環は私のもの」
絨毯の擦りきれた円い轍が白色に光り始める。
「指を天井に」
円環が浮き上がる。
「頭の上に」
「小さくして」
「再び床へ」
「すごい魔法みたい」
「僕は何もしていない。君が1人でやった事だ」
「ありがとう!これで退屈しなくて済むわ」
「違う。君はこの円環を通って円から円に何処にでも行けるんだ」
「ほえ」
犬島は名刺を渡した。
「鳥籠屋って書いてあるけど…」
「世を忍ぶ仮にの仕事だ。契約する気になったらそこの屋敷を訪ねて欲しい。結界は開けておくから」
閉じても彼女なら。と犬島は思った。
「この屋敷にも侵入者が入れないように後で仕掛けをして帰る」
「さっき聞いた私の事は教えてくれないの」
犬島は床に転がった神父達の人形の残額を
「これはまだ使える」などと呟きながら吟味し始めた。
「その話を今するのは危険だ」
「何故?」
「魔法使いの目と耳と鼻は遠くにいても常に他の魔法使いの方に向けらていてね。ここでは筒抜けなんだ」
犬島は少女の方を向いて真剣な面持ちで言った。
「報酬は僕の命でも魂でも構わないから」
「そんなのいらないわ」
「なら僕の1番大切なもので支払うさ。待っているよ」
犬島は立ち上るとカウベルをポケットから取りだし鳴らした。
「Ψ仕事だ」入り口の扉が開いてネコを転がしながらミノタウルスが現れた。
「犬島達を屋敷に運べあと他のも回収だ」
ミノタウルスは頷くと伊波達を乱暴にネコに放り込んだ。
「ミノちゃん」
「ミノちゃんじゃない!うちのΨだ。勝手に呼ばれたら困る」
「牛なのにサイって…思ったけど貴方センスないわ」
「Ψの文字が角に似てるだろ?それにこいつはサイクロプスの血が半分混じっててね。Ψは0.5サイクロプスのサイでΨ完璧じゃないか。ちなみに伸縮自在だ」
「だめよ可愛くないわ」
「ミノタウルスだぞ」
「サイクロプスだから片目にアイパッチ?バンダナ巻いてるのは何故?」
「海賊のアニメが好きなんだ。まだ子供だよ」
「可愛いわミノちゃん」
犬島は制服のポケットからマジックを取り出しミノタウルスの額にΨと書いた。
「雇われたくない」
「そろそろ音楽が止む」
犬島は携帯をカメラのモ-ドに切り替えてΨに渡した。折り畳み傘を広げ少女を呼んだ。
「記念に1枚」
「私映るかしら」
「映りますよ」
「可愛いくとってね。…ところで何の記念?」
「これからの僕らの未来に」
音楽が鳴り止んだ。
天井から血の雨が降り注いだ。
「Ψ床掃除」
「契約どうしよう」
【犬と花飾りの鏡】
窓ガラスの修理もΨに頼んだ。
「あいつ最近仕事言いつけても屋敷にいないと思ったら」
彼女に暇を告げ部屋を出る時犬島は思った。
実際自分の召喚能力と彼女のそれはリンクする。
犬島の屋敷が鎖で繋いであるのは屋敷にしているベヒーモスが危うく呼ばれそうになったからだ。
部屋にいた異界の者どもも実は犬島と契約を結んだ者達だったりする。
召喚にも契約にもかなり骨を折った。
なのに彼女は。破格である事に間違いは無い。
果たして真実を彼女に伝えるべきなのか。
部屋を出ると見知らぬ中年の女性が戸口に立っていた。
「どなたですか」
犬島を見るなり驚いた声を上げた。
「そちらこそ」
犬島が言い返す。
「ここは私の屋敷ですが」
女性の口が「あ」と小さい声を漏らす。
そして何度も頭を下げ。
「すみません」と詫びた。
以前のこの屋敷の所有者でつい立ち寄ってしまったのだという。
「亡くなった娘の事が忘れられず。今でもこの屋敷の娘の部屋に来れば娘に会える気がして」
「そうですか」
「あのあつかましいようですが娘の部屋に入っても」
「子供の事を思わない親などおりません。どうぞご自由になさって下さい」
婦人は部屋の前にかけられたプレ-トの掠れて消えかけた名前を指でなぞっていた。
「この部屋を開けても娘さんはいません。
多分お母さんの側か天国にいらっしゃると」
「主人にもそう言ってしかられます
。実は私度々こちらにお邪魔して部屋を開けても何も無いのに」
婦人は部屋にかかったプレートを外し丁寧にハンカチでくるんだ。
立ち去る婦人の背中を見送った後犬島は部屋の扉を開けた。
お見送りのミノタウルスが立っていた。
ハンカチで目頭を押さえている。
「お前ちょっとどけ」
彼女は窓際に立って表を見ていた。
「姿なんて見せないよ。だって私化け物なんでしょ」
「誓って言うが」
「生きてる時は苦労ばかりかけて」
「君は化け物なんかじゃない」
「お願い。あの人達から私の記憶を消して。貴方なら出来るはず」
「断る」
「なぜ」
「それは既に経験済みだ」犬島は呟いた。自ら言い聞かせるように。
「そしてそれはとても辛い事なんだよ」
犬島の世界はある時期を境に問いかけても誰も答えをくれない世界に変貌した。
守るものはある。
でも彼女はベッドで犬島の呼び掛けに答えない。
また1つだけ死んだはずの犬島の世界に守るべきものが1つ。
今犬島の腕の中にいて消え入りそうな声で泣く彼女の声を聞いていた。
部屋の前にかけられた掠れて読めない名前を犬島は呼んでやる事は出来無かった。
屋敷に1人戻った犬島はただ.じっとして彼女が訪れる日を待った。
待ちながら。
「期限を切ればよかった」と思ったりした。
部屋に丸い花飾りのついた鏡を買った。
ここを通って彼女は来ないか。
訪れる姿を想像した。
人を待つ事など今までした事が無い。
彼女に全てを打ち明けるか考えたが答えは出なかった。
【四凶】
古代中国に四凶と人々に恐れられた4匹の怪物の逸話が残されている。
その四凶の中の1つが「混沌」である。
恐らく彼女はそれだ。と犬島は考えた。
聖や魔を引き寄せ円環の軌跡を描き歩き回る様はまさに混沌。
恐らく少女のすぐ側で彼女が犬島の人形を攻撃する様を間近で見た三人の目にはそれぞれ異なる混沌の姿を目にしたに違い無い。
しかし古代の中国人がイメージした混沌同様それは彼女の表層でしか無い。
ギリシャ神話の.混沌から闇が産まれ光や大地・神そして人間が生まれ…これは国産み神話である。
魔法使いの考えはまたそれとは異なっている。
魔法使いの求めるものは神秘。
神秘の探求こそが命題であり全ての行動の原理となりうる。
神秘とは即ち混沌であると犬島は考える。
「魔法とは一体何処で産まれ現世の魔法使いの元に辿り着くのか」
魔法使いという存在がこの世に産まれてから常にその問いかけはあった。
此処では無い何処か別の場所にその源流は必ず存在する。
科学にしろ賢人の叡知にしろ魔法でさえも全てその源流で産まれこの世界に流れ着く。
普通の人間には感知できない一髪のような細く心許ない支流のまた支流。
善と悪・聖と魔。ありとあらゆるものが1つに溶け合い渦巻く円環の源流。
科学を探求するものも賢人も音楽家もそこから得られたものを成果として文明に寄与して来た。
魔法使いはひた隠しにする。それだけの違いである。
何故今この世界に混沌である彼女が生まれたのか知る由も無い。
彼女が死してなお真実の姿と成らないのかは生きていた時の人と
しての人格や記憶がまだ残されているからか。
もしも彼女が真実の姿に戻るなら。
この世界は変容し全ては無に帰す。
何故かと理由を問われてもそこに混沌が生まれるのだから。
神や天国や地獄の概念すら彼岸の彼方の混沌から生まれたものだ。
「そんな事を彼女に伝えてどうなる」
犬島そんな事を1人夜更けに考えていた。
ふいに隣の部屋の扉が開いた。
「犬島さん…私来ました」
そう言って扉から顔を覗かせた少女は昼間と違うワンピースを身に着けていた。
犬島はそれを見た途端深い安堵の気持ちに包まれた。
そちらを選んでくれた事が何より犬島には嬉しかった。
もし部屋の扉から現れたのが妹の美景であったら。
犬島はソファーから立ち上がると少女を部屋に招き入れた。
胸の中に立ち込めていた鬱々とした気持ちは霧消していた。
椅子に彼女を座らせると全てを話した。。
犬島は何時に無く饒舌なのは単純に彼女を待ちわびていたからである。
彼女は遠慮がち部屋に入るとまず花飾りのついた鏡を「素敵」と褒め称えた。
【学校に行こう】
朝高校に通う通学路を歩きながら犬島は今でもあの夜の事を思い出す。
まず彼女は部屋の鏡に目を惹かれ駆け寄った。
「え…何このリボン」
「僕が結んだ」
「いつの間に。魔法ですか」
「違う。手で結んだ」
「何故何時何処で」
「自分の手をつねってみて」
「痛いです」
「君の魂を今包んでいるのは僕が造った君の人形だ」
「私の人形」
ポカンと口を開けた彼女の顔が鏡に映る。
「君は此処にどうやって来た」
「貴方に言われたように円を通って」
「その時どんな事を考えたかな」
「魔法使いの家ってどんな風かなとか…貴方が言ってた命より魂より大切なものって何だろうとかです」
やはり高次の者は契約の際無意識のうち契約者の持つ一番価値のある物を求めるのだ。
もっとも彼女の場合単純に興味がそちらにあっただけかも知れないが。
いずれにせよ人形の中身に入ってもらう手間は省けた。
「私が鳥籠屋と呼ばれる由縁はそんな風に召喚した魂を用意した人形つまり鳥籠に閉じ込めてしまうからなんだ。人形自体が結界になっているから1度入ったら出られない」
「そんな事をしてどうするの」
「好事家や魔法使いに召し使いとして売るのさ」
「酷いわ」
「やつに近親の者を全て殺され妹の魂を取り戻す術も無く私は自暴自棄になっていた。鳥籠屋は既に廃業したよ」
「そうなの」
「君の今の肉体は君を人間以上の存在にしないために制限をかけるためのものだ。言ってくれたらすぐにそこから出してあげられる」
もっとも彼女が本来の姿に戻るなら簡単に食い破ってしまうだろうが。
「君が混沌であるという説明は先程した通りだ。理解して貰えたかな」
「信じ難い事だけど今の私の状況を考えたら」
「その上で君に聞きたい事がある」
「私に聞きたい事」
「そのままその体に残って僕の協力者となるか。本来あるべきの姿になる事を希望するか」
「私が本来の姿になれば全てが無に帰すと貴方は言ったわ」
「多分そうなるね」
「その時私はどうなるの?」
「混沌そのものに今の君のような自我があるのか正直僕には分からない。今の君を君たらしめているのは過去の人として生きた記憶だから」
「唯1人渦の中心にいて生きるのは嫌」
犬島は彼女の話に耳を傾けながら考えていた。
彼女がどちらの選択をしても自分は構わないと。
「告白すると」
彼女を見て言った。
「生涯で2度だけ人を好きになった事がある」
「ええ」
「本当の君ではないかも知れないけど。君の魂を入れるために造った人形が完成した時造形の美しさに恋をした」
「もう1つは」
「君の家で君に出会って魂に触れた時だ」
だから犬島は思う。
もしも彼女が人間でない選択をしても自分は構わない。
世界は無に帰ったとしてもまた新しい世界が生まれる。
見知らぬ神や混沌から生まれた今の世界とは違い彼女から生まれた世界だ。
そこにある石ころだろうと木の枝であろうと自分は構わないのだと。
彼女が混沌ならば魔法使いである自分が目指す道を辿り今自分はそこにいる。
そう確信した。
「貴方と契約するわ」
「ここに着た時点で契約は成立かと思っていたよ」
「貴方の屋敷に来たはずなのに寝室で眠っている私を見て驚いた。そのまま意識が遠くなって気がついたらベッドに寝ていたの」
「君が求めるものと僕が大切に思うものは違うかも知れないけど。僕にはそれ以上の人形は作れない」
彼女の髪に触れるとはらはらと赤いリボンが全て床に落ちた。
「このリボンは何?」
「君の体の年齢だ。君ここで生まれてから君の魂が訪れた今日までの日日…カレンダーだ」
犬島はカウベルを鳴らした。Ψが不思議な形のケ-キを持って部屋に入って来た。
「カウベルの使い方間違ってるわ」
「今朝宅急便でロ-マから届いた。ロ-マ教皇の帽子を型どったケ-キでズコットと言うんだ」
まさか本当に送って来るとは…何でも言ってみるものだ。と犬島は思った。
「中に蝋燭が入ってるな」
「私誕生日を座ってお祝いした事無いの。四六時中歩いてたから」
「今お祝いしよう。今日が君の誕生日だ」
「火を着けてね」
「ライターはどこだっけ」
「魔法使い何だから魔法で着けて」
「えっと」
「どうしたの?」
「呪文忘れた」
犬島には一般常識が無い。と彼女は言う。自分もだが。
「貴方は特に酷い」と。
話が春海に及んだ時。
「あれは普通と違うやり方で生まれた子だ。僕の体と君の体の1部を使って…医学では体外受精というのかな」
「まだデ-トもキスもした事ないのに」
「君の体に触れなくても出来るんだよ。僕は魔法使いだからね」
倫理も欠落している。
「君が僕の大切なものと言った時妹じゃなくて君の体を選らんでくれて良かった。
僕は実は妹を女性として愛してるのではと昔悩んでいて」
闇がどんどん出て来る。
しかも深そう。
彼女の強力な説得もあり犬島は高校に通い始めた。
彼女も妹の美景として今は学校に通っている。
結界の中の屋敷にいてはいつまでも妹さんは救えない。
「私が磁石になってそいつを引き寄せるの」
彼女の提案に最初反対していた犬島も折れた。
伊波や藤島たち3人は師の方法に習い市井に溶け込ませた。色んなところに魔法を使を施さなくてはならず.やってみるとかなり大変だった。
今頃になって師の偉大さに気づいた犬島だった。
今は3人とも別の家から学校に通っている。
朝。校門の前で伊波が生活指導に捕まっている。
妹を連れた犬島は藤島や春海と挨拶を交す。ピアスの耳を引っ張られた伊波が美景(妹)に手を降っている。
「私教室こっちだから」
美景は1年の昇降口に向おうとすると
「僕もブラバンの朝練そっちなんだ」
春海が美景と連れだつって歩きだす。
チラリと犬島を一瞥して。
「あいつ何時ブラバンなんて入ったんだ」
犬島は首を傾げた。
最近犬島は放課後音楽室でピアノを弾いている。
傍らに大人しく座って耳を傾ける妹の姿があった。
2人は気づいていないが教室の外に見学者が鈴なりになっていた。
春海も藤島もその中の1人だった。
「多分原因はそれ」藤島はしかし黙っていた。
「あいつ楽器何?」
「トロンボーンだ」
【プロローグ】
「ったく何でお前とおれがゴミ捨て係なわけ」
教室のゴミ箱を抱えながら伊波が藤島に文句を言っている。
「お前と女子を2人で行かせると帰って来ないだろ」
2人は校舎裏にある焼却炉にゴミを捨てに行く途中だった。
「犬島早退したな」
「病院から電話だってさっき担任が呼びに来てたけど」
「病院って美景ちゃん治って学校来てるしな…料金未払とか?」
「お前じゃあるましいし」
昇降口を出てすぐの場所に在校生から贈られたソメイヨシノの桜の木がある。
今年は例年に無い強い寒波の影響で桜の花は散らずに咲いていた。
桜の木の下に私服姿の少女が立っていた。
目を閉じて桜の芳香を楽しむように。
背がすらりと高いモデルのような体型をしていた。
「ねえねえ君転校生」
「あ・こら」
伊波が駆け寄ると少女は閉じていた目を開けて微笑んだ。
「2年の犬島美景の教室は何処か分かりませんか」
「犬島なら早退したけど犬島の知り合い?」
「妹です。犬島美景と申します。よろしくお願いします」
「犬島美景ちゃん。犬島の妹の1年なら教室にいるはずだけど」
「私です」
「双子?似てないけど」
「名前まで同じな訳あるか」
「だって犬島だって同じ字だし。家風なのかも」
「妹は私1人です」
「犬島に電話かメールしてみた?」
「何回かしてみましたけど…つながらないの」
ふと見ると少女の立っている桜の木が枯れている。
「圏外からだから」
《 円環奇譚 鳥籠姫 了 》
【 あとがき 】
原稿遅れてすみません。次回はきちっと締め切り守ります。音素文字に関しては本当は象文字みたいなやつで・・かけないんでアルファベット表記は発音だと思って頂ければ幸いです。
【 その他私信 】
レストラン勤務なので春休みから連休にむけて地獄車フル稼動中です・・死
ココット固いの助
mixiアカウント http://mixi.jp/show_friend.pl?id=20662502
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●「考えるべきです。たった一人の肉親である息子に、どれほど会いたかったかを」
《 Key persons 》
著者:知
「考えるべきです。たった一人の肉親である息子に、どれほど会いたかったかを」
ドンドンと両の拳を2回机に叩きつけ、少し目に涙を浮かべ彼女はそう言った。
その姿は可愛らしく男の保護欲や庇護欲をかりたてるものであるけど、騙されてはいけない。
その涙は偽物だ。演技である。
何でそう言いきれるかって?
女の魔法使いにとって色気と涙は重要な武器、有効に使わないでどうするの? と豪語してる人なのだ。推して知るべしというものだ。
久しぶりに会ったと言うのに相変わらずなのは元気だという証拠なのだろうけど、思わずため息が出てしまう。
「……はぁ」
「まぁ、久しぶりに会った母親に対する最初の発言がため息なんて……母さん、そんな子に育てた覚えはありませんよ」
母親のあなたがそんなだからため息が出てしまうんだ、とは口が裂けても言えない。
怒られたり喧嘩になるぐらいなら言えるのだけど、この母親は泣き始めるだろう。大声で。
勿論、嘘泣きである。ただ、周りの人達には嘘泣きに見えないから困るんだ。
そして、嘘泣きしているときに大声で言うであろう言葉も困りものなのである。
その言葉とは……
「うわーーーん、おにいちゃんがいじめるーーーー」
である。
えっ? 何で言うであろう言葉が分るのかって?
前に一回それをやられて周りから白い目で見られたんだよ……あの視線は二度と味わいたくない。
俺の母親は見た目が若い。
俺と一緒にいると兄妹に見えるのである。勿論、俺が兄で母親が妹ね。
もう、四十路近くなるというのに見た目は高く見て10代後半。永遠の18歳を地で行くような人なのだ。
「ねぇ、今、考えては行けない事、考えなかった? 例えば私の年……」
「考えてないよ」
「そう? ならいいのだけれど」
危ない。前に年齢の事を言ったら半殺しにされたことがある。あのときの事は思い出したくもない。
思わず言葉を遮って否定してしまった。
「ところでさぁ……」
「何?」
「何で、俺がたった一人の肉親なんだよ。父さん、死んでないだろ」
「てへぺろ☆」
誤魔化すように、ポーズまでとってそう言った。
「はぁ……」
思わず今日2回目のため息を吐いてしまった。
「駄目だよ。若いのにため息ばかりついちゃ」
誰のせいだ、という気力は俺には残っていなかった。
こんな母親ではあるけど、魔法使いとしての実力はかなりのものなのである。
あるレベルまで達した魔法使いは不老になる。
勿論、そのレベルに達する事は難しく一生かけてもたどり着けない人が大半だ。
それなのに母さんは俺を産む前に――10代の頃に達したのだ。
生ける伝説となっていて、彼女の名前を知らない人がいないと言っても過言ではない。
二つ名を数多く持ち、その実力を示す武勇伝も数多く持つ。自慢の母親であり、いつかは追いつき追い抜かす目標でもある。
年を重ねるにつれ彼女の偉大さを、異常さを身に染みて感じたりもしているのだが……
こうやって直接会うと俺にとってはただの(少し変わった)母親でしかなく、そのギャップに違和感を覚えてしまう程だけれど。
「冗談はこれぐらいにしておいて、元気そうでなによりだわ」
俺はセカンダリを卒業後親元を離れた。
その際につけられた条件が俺が一人前になるまで定期的に母親か父親に顔を見せる事だった。
母親も父親もある国に仕えている。
俺もミオの件がなかったなら、母親と父親と同じ道へ進んだだろう。
親子とはいえ、所属先が違うのにこうして定期的に会って俺と手合わせをしてくれる。そういう機会を作ってくれる。いくら感謝してもしたりないぐらいだ。
「まぁ、こうやって親子の会話をずっと続けていたいけれどお互いに暇ではないしね。この半年でどれくらい成長したか、確かめさせてもらうわ」
そう言うとカフェから何時も母親と手合わせをしている場所へと転移した。
相変わらず全く魔力は感じられなかった。思わず鳥肌が立ってしまうほどの鮮やかさだ。
転移魔法は複雑な魔法だ。使える人もそれ程多くない。
転移魔法を使ったと感じさせず転移させることができる人となれば、おそらく両手の指で足りるぐらいだろう。
もし、母親と敵対する事になったとして、転移魔法を罠としてをあちこちに仕掛けられたらそれだけで俺は手も足も出せなくなってしまう。俺から攻撃を仕掛けに行く事ができないのだから。
「ルールはいつも通り。時間無制限で降参するか気絶したら負け。このコインが地面に落ちたら勝負開始ね」
そう言うと、コインを上に弾いた。
チャリンとコインが地面に落ちた音が聞こえた。
俺と母親の実力差は明らか。でも、だからこそ全力を出すことができる。色々な戦術を試すことができる。
今日こそ一矢報いないと。そう思い気合を入れ母親に向かっていった。
「んー約15分……前よりは持ったわね」
結局今日も一矢も報いる事ができなかった。
かすり傷さえ負わせることができない。確かに魔力差がかけ離れているとそうなるのだけれど、母親より魔力が大きいミオと手合わせをするときは傷を負わせることができるのだ(勝つこともできる)。何か別の理由があるはずなのだけれどそれがさっぱりわからない。
ただ、気になった事が一つだけあった。今回はそれに気を取られて負けてしまった。
一瞬覚えた違和感……その正体がわかれば何とかなるかもしれない。
「前回より一段と強くなったわね。並の魔法使い相手だと負ける事はないと思うわ。ただ、上級クラスになると五分五分かしら」
俺は大きな所に属していないので魔法使いの中でどのくらいの強さなのかわからない。だから、母さんがこのように手合わせ後教えてくれるのだ。
「それは、俺の特性も考慮に入れて?」
「勿論。特性を考慮に入れないのなら上級クラスだと2対8というところかな。上級クラスになると実力があって戦闘に慣れている人が多いから、純粋な魔法勝負になると経験不足であることは否めないわね」
俺の特性は簡単に言えば『魔法使い殺し』。対魔法使いに特化しているのだ。
初見の相手ならば魔法使いに限らず剣士などのあらゆるクラスに対して有利に戦闘をすることができるけど、それは対魔法使いに特化した事の産物でしかない。
「わかっているとは思うけど、私に負けているようだとダメだからね。あなたが目指している――達しなければいけない強さはそういうレベルよ。まだ、若いから……なんて言っている余裕はない。その時が何時くるかは誰にもわからないのだから。ミオちゃん本人にもね」
「それは……」
「今のままだとその時はいつか必ずくる。そのときまでに少なくとも彼女を止めることができるレベルになっていなくてはいけない。全力全開の彼女をね」
母さんは所属しているところでも上のポストに就いている。それで俺がまだ知らない事まで知っているのかもしれない。
そしてそれはミオが危険視されていることの表れでもある。
「おそらく、私の方が彼女に関する事は詳しいでしょうね。でも、私が知っていることの殆どはあなたでも知ろうと思えば知ることができるはずよ。真実は絶望を与えるものかもしれない。でも、知る勇気を出しなさい、真実から逃げてはいけない。そして知った上で自分の信じた事をしなさい。そうでないと全てが終わったとき後悔する事になるわ」
母さんはそう言うと腕時計をちらと見て
「時間ね……次も約半年後に手合わせしましょう。どこまで成長しているか楽しみにしているわ」
俺を元いた場所に転移させた。
約半年後、その時までに俺はどのくらい強くなれるのだろうか。
「ふぅ……」
我が息子を転移させ思わずそう息を吐いていた。
言わなくていい事まで言ってしまったかもしれない。けれど、何時かは言わなければならなかったこと。
早めに言う事が息子のためになる、そう信じたい。
「真実から逃げるな……か」
自分が言った言葉に思わず苦笑を漏らしてしまう。
逃げているのは私なのにね。
「ディスペル」
魔法を解除する魔法を自分にかける。すると身に着けていたアクセサリーが音を立てて壊れ、制御するのがやっとな程の魔力が私の体からあふれてきた。
そして、肩のあたりで切りそろえていた黒髪が腰のあたりまで伸び、髪の毛も銀髪へと変わっていった。
この状態は体に負担がかかるけれど、数年に一度封印をかけ直さないと封印が壊れてしまう。
「……ふぅ。魔力の量に変化はなし……ね。私が血を濃く受け継いでいるとはいえ、あの人やミオちゃんとは違う見たいね。もう、魔力が増えなくなって何年になるかしら」
制御できているけれどこのままの状態でいるのは危険。早く魔力を封じ込める魔法をかけないと。
「……っと。よし、問題ないわね」
封印をかけ体に異常がないかを確認しそう呟く。
あの人は制御するのがやっとな魔力をかかえどのような気持ちで生きていたのだろうか。魔力が際限なく増え続けついに制御できないところまで来てしまったとき、どのくらいの絶望をかかえたのだろうか。
あの人――人類に多大な成果をもたらし、そして、多大な被害をもたらした人。その被害の大きさに歴史に名前はおろか存在した痕跡すら残されていない人。も更に言えば、一般には被害があった事さえ知られていない。ある一定の地位にいる人なら被害があった事は全員が知っている。だけど、あの人の存在を知っている人間は私以外いないと思う。
何故、私が知っているか。
簡単な話。私があの人の子孫だからだ。でも、あの人の事は両親も祖父母も知らなかったはず。
先祖代々受け継がれていた開ける事のできない大きな箱があった。
その箱には『この箱を開けることができる者が現れないことを願ってこれを残す』と書かれたプレートがつけられていた。
最初はこのプレートに書かれた言葉の意味がわからなかった。だけど、私がこの箱を開けることができ、中に入っていた何冊もの手記の中身を見たとき理解した。
その手記にはあらゆることが書かれていたと言っても過言ではなかった。普通の魔法使いなら知ることができないような事まで書かれていた。
逆にそのせいで疑問が生じた事もあった。
私のような存在が将来生まれてくることがわかっていて、何故あの人の子を生かしたのか。という事だ。
未来を予知できる人がいるのだ。
ならば、あの人が子どもを産んだ事もわかっていたはず。そして、血を濃く受け継いだ子孫が生まれることもわかっていたはず。
あの人やミオちゃんのような危険性がないことがわかっていたからなのだろうか。
それとも、私に――あの人の血を濃く受け継いだ子孫に――何らかの役割があるから生かしたのだろうか。
おそらく、私が今この時代に生まれたことも偶然ではない。
仲良くしていた夫婦に子供が生まれたときに気づいた。見た瞬間あの人の生まれ変わりだとわかった。それがミオちゃんだ。
生まれ変わりだとしても力に目覚めずに一生を終えることもあると手記に書いてあったけれど、ある事件が起こりプライマリに入る前に力が目覚めてしまった。
もしかしたら、私の役割はミオちゃんが力に目覚めないか監視し、もし、力に目覚めたらその瞬間に殺すことにあるのかもしれない。
そう思っていた私は力が目覚めたことに気づいた瞬間、力に目覚めたことによる体への負荷により気絶しているであろう彼女の元へと向かった。
気絶しているとはいえ、彼女を殺すことができるのは私だけだった。ここで殺さないと将来大きな事件が起こる。
全てが上手くいきこのまま暴走せずに暮らすことができる。そう思われていたあの人でさえ暴走したのだ。
手記にも書いてあったけど、何かが足りなかった。その何かさえあれば……でも、その何かがわからない。
手記を全部読み終わり彼女が力に目覚めるまでの間色々調べたけれどわからなかった。
ならば、大きな事件が起こる前に私の手に負えなくなる前に……そう思っていた。
でも、気絶しているであろう彼女を発見しその首の骨を折ろうと力を込めようとしたができなかった。
私の子どもも彼女と同じ年に生まれたこともあり、家族ぐるみで子供が生まれる前より深い付き合いになっていた。
そして、彼女も私が遊びに行くと「おばちゃん、おばちゃん」と無邪気な笑顔を浮かべて懐いてくるのだ。
彼女の両親も「人見知りが激しい子なのに、不思議ね」とその光景を見て微笑みを浮かべていたのだ。
2、3度首の骨を折ろうと力を込めようとする度にそれが思い出され、結局、私には彼女を殺す事はできないと諦めた。
今後彼女に関してどうすればいいのか、そう考えていたときにふと思った事があった。
何故、彼女達は生まれ変わってくれるのだろうか、と。そして、何故、暴走したら殺すのか、と。
生まれ変わってこないようにすることはできないのか。そうできるのならそうした方が問題が生じないのは明らかだ。もし、そうできるのにしないのならば彼女達が生まれてくることに何らかの意味があるのだろうか。
そして、そうできないとしても、殺さずに封印する事が可能ではないのだろうか。暴走してしまえば封印は難しいかもしれない。けれど、赤ん坊の頃に封印してしまえばその問題は解決するのだ。
非人道的な事だからしない? そんな事はありえない。世界のためにならないと判断したら何人であれ殺し存在を抹消させるような存在だ。
ならば、彼女達が暴走せずに生き続けることに何らかの意味があると考えるのがいいのだろうか? もしかしたら、暴走しないという事が重要なのかもしれない。
少なくとも今まで私達のような存在――彼女達の子孫が彼女達の生まれ変わりと同じ時代に生きた事はなかったはず。そもそも、彼女達の子孫が私達以外にいるのか疑問がある。いないと考えるのが妥当だろう。
だとすると、私達は「あの人が足りなかった何か」を埋めるためのピースのひとかけらとなる事を期待されて生かされたのではないだろうか。
そう推論を出した数日後、ある事に気がついた。
それは、私の息子がミオちゃんの『パートナー』に選ばれていた、という事だ。
『パートナー』は魔法使いが互いに足りないところを補い合うために組むものだけれど、そういう意味ではない。
彼女達の『パートナー』にもそういう意味は含まれているが、決定的な違いがある。
それは、暴走したときに彼女達を殺す役割を持った人間、という意味だ。
どういう理由かは知らないけれど、暴走していても『パートナー』だけは殺すことができないらしく、逆に、『パートナー』は彼女達の防御がどんなに頑丈だろうと殺すことができる。
あの人も『パートナー』の手で殺された。その『パートナー』の名前はマユ。今は大図書館の司書の主をやっている人だ。いや、もう「人」ではなくなっているか。
私が大図書館に行く事ができるようになり彼女と初めて会ったとき、私の顔を見て驚いていたのが印象に残っている。
そのときの私はまだあの大きな箱を開けることができていなかったからその理由がわからなかった。でも、あの箱を開け手記を読んだら分った。
私があの人にそっくりだったからだ。上手く誤魔化して私があの人の子孫である事は隠せているけれど、もし、封印を解いた姿を見られたらばれてしまうだろう。ばれても私には大きな問題はないけどね。
どのような経緯で知り合ったのかはしらないけれど、息子はマユの指導を受けているみたい。
かつて自分が『パートナー』だったという事は教えていないみたいだけれど、放っておけないのだろう。
本来なら私が伝えるべき事も彼女から伝えられている(又は伝えられる)だろうし、おかげで私は「あの人が足りなかった何か」を探す事に集中することができている。
最近になって「あの人が足りなかった何か」の手がかりをつかんだ。
すぐにでもその手がかりの下へ向いたいのだけれど、向おうとすると何らかの邪魔が入る。どうやらまだその時ではないという事のようだ。
ここまであからさまに「未来を予知できる人」が干渉してくるという事は正解と考えていいのだろう。
そう遠くない将来手がかりの下へ向うことになるとき、おそらく息子にも私達があの人の子孫であると伝えなければならなくなるだろう。そして、私が血を濃く引き継いでいて、暴走してないミオちゃんと同じ魔力を私が持っているということも伝える事になるだろう。それを知ったとき彼はどのような反応をするのだろうか。
手がかりを知った今、様々な疑問が新たに発生している。その疑問は考えれば考えるほど深まるばかりで、その疑問の解答を知ることに恐怖を覚えるというのが素直な気持ちだ。人には知らなくてもよい事がある。人が知るべきではない事実がある。無知でいた方が幸せなこともあるのだ。
人が背負うには大きすぎる荷物を抱えた今、私はどんなに逃げたくなろうと逃げる事は許されない。
『勇気を出せ、真実から逃げるな、自分の信じたことをやれ』
手記の最後に書かれていた言葉だった。あの人はこのような事態になる事を予想していたのだろうか。
そんな事を考えていると時計のアラームが鳴り響き時間が来たことを知らせた。
「さて、色々しなければいけないことが溜まってるし……頑張らないと」
私は1回深く深呼吸をし家路へと歩き始めた。
《 Key persons 了 》
【 あとがき 】
はい、今回も同じ世界の話。MC vol.39で触れた「息子に魅了の魔法をためらいなくかけてくるだろう母親」が登場
この母子はこの世界の話のキーパーソンなのに名前が全く話の中に出てこないという……
時系列的には前回の話より数年前になります。
ここまでくるとこの世界の話で長編書けよ、と言われても仕方ないね。
今回の話もそうだけど、わざとはぐらかして書いている部分があって、そこをどう書くかに凄く苦労した。
ただ、そのはぐらかした部分のせいで分りづらくなっている一面があるかも。
以下、意味不明な文章を置いておく。
本来ならAはこの世界が進むべき航路を示す存在のはずだった。
本来ならBは示された航路にしたがって船を進ませる存在のはずだった。
けれど、あるときから進むべき航路が正しく示されなくなった。Aがいなくなったのだ。
そのときからBは進むべき正しい航路を手探りで探しながら、Aを探し続けた。
Aを発見したとき、AはAでなくなっていた。
Bはそうなった原因を探しながら、Aが元に戻る方法を探し始めた。
『忘れられた丘』 知
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●勇気を出せ、真実から逃げるな、自分の信じたことをやれ、と。
《 an idol in cry ~彼女は流す涙を纏う~ 》
著者:松永夏馬
勇気を出せ、真実から逃げるな、自分の信じたことをやれ、と私の中の誰かが叫ぶ。躊躇うな、恐れるな、考えるな。過ちを犯したのはそいつだ、間違っているのはそっちのほうだ。
光永ナツミは全身びしょ濡れになりながらも、湯の張られたユニットバスに水戸平仁美の頭を押し込む。驚きと恐怖で見開かれた目だけがやたらと目立つが、薬とアルコールで呆けた頭でどれだけのことを理解しているだろうか。ゴボリと一際大きな泡が口から溢れ出すと、突っ張っていた手足が急に弛緩した。
ぐにゃりとした仁美の体から、ナツミはなかなか手を離せなかった。力を抜いたら飛び掛ってくるような気がしたからだ。そのまましばらく、10分近くもそうして硬直していた。湯気と、湯の中の髪だけが、ゆらゆらと揺れていた。
ヒト×ナツ。深夜番組の企画、公開オーディションによって選ばれた、今一部のいわゆるオタク層を中心に人気の、ヒトみんこと水戸平仁美、ナツみんこと光永ナツミからなる二人組ユニットだ。アイドルという単語の意味から程遠いが、2流だろうと3流だろうとアイドルはアイドルである。今回の仕事は地方の営業で、町の行政が主催の地方振興イベントのステージ。イベント企画職員が例の深夜番組のファンだったらしく、オファーが来たという話だ。まだまだ知名度の低い『ヒト×ナツ』だが、一部の濃いファンは東京からわざわざ出張ってきたりしていて、また地域住人にも温かく受け入れられたこともあってステージはそれなりに盛況だった。
さて、光永ナツミが高校時代からの友人であり今共に夢を掴みかけていた仁美を殺害するに至るきっかけは仁美の夜遊びにあった。いちおう二十歳の二人だが、特に小柄で幼く見える仁美にそのイメージはマイナスだ。おまけにその夜遊びを共にした男性陣にはあまり良い噂が無い。
そして違法薬物に関して追求したナツミの問いを仁美は悪びれず肯定した。あっさりと。
恐怖と怒りと混乱とに渦巻き言葉を失くしたナツミをよそに、仁美は浴室へと入っていった。浴槽に溜めていたお湯を止めたらしく水音が静まる。
「お湯入れすぎちゃった」
能天気にそんなことを言いながら出てきて服を脱ぐ。換えの下着を手にし、ナツミに向けた顔はアルコールで少し緩んでいて、そして赤くなった目元が笑った。
「もう話は終わった? アタシお風呂入るから、また明日ねー」
浴室の扉が閉じられる音を聞きながら、ナツミは特に何も考えずに動いた。そのわりに、できるだけ濡れないようにと洗面台に用意されていたアメニティのヘアキャップを被り下着とシャツだけになる。
子供の頃から見ていた夢を台無しにされた怒り。単純に言えばつまりはそういうことなのだが、この時はあくまでも冷静沈着だったと思い込んでいたのだろう。
********************
宿泊先のホテルはイベント会場のある市街地から少し離れた高台の上にあり、高級ホテルのスイートとまではいかないものの、ちゃんと個人個人に部屋をもらえた。したがってここは仁美の部屋である。バスルームから出たナツミは、濡れた顔とシャツを洗面所のタオルで軽く拭いた。着替えまで持ってはいないのでこのまま部屋に戻るしかないが、ナツミの部屋も同じフロアでしかも隣だ。このフロアには他の客が泊まっていないということなので、誰かに見咎められることもないだろう。室内を見回すと、さっきまで仁美が飲んでいたビールやチューハイの缶がいくつも転がっているし、食べ散らかしたスナック菓子も出しっぱなしだ。そしておそらく。ナツミは仁美のキャリーバッグを開けて中身を探る。やはり。
「……ナサケナイ」
説明書きの無いPTP包装の薬剤。これがアイドルの実情か、と苦笑せざるをえない。テレビやステージでで見える華やかで煌びやかな、そして笑顔で彩られた世界は表面の見える部分でしかない。どれだけ可愛いドレスを着ていても、一番下はババシャツだ。酒もタバコも、バカな薬も。そして自分に気づいて空虚に笑う。そして殺人も、だ。
とにかく自分の部屋に戻ろう。仁美は酒と薬で酔っ払って風呂に入り溺死。それで問題はないはずだ。
もう一度洗面所に入り浴室を覗く。先ほどとほとんど変わらない形で仁美が浴槽に沈んでいる。完全に物体となったことを自分でも理解したのか、先ほどまでの恐怖や震えはなく、しっかりと観察ができた。大丈夫、自分の痕跡は残していない。そこで気づいたのは被ったままのヘアキャップと握り締めた湿ったタオル。入浴中に死んだのならばタオルが湿っているのは不自然だし、仁美の髪はお湯の底だ。しかしこれなら自分の部屋のアメニティと入れ替えれば済む。
ホテルのドアはオートロックだから、自分の部屋に戻るだけならばそのまま出て行けば良い。しかし、タオルやヘアキャップを取って戻らなければならない。いくら誰も出入りが無いはずのフロアであっても、ドアを開けっ放しで往復する勇気は無かった。入り口のドア脇のキーポケットに刺さっているカードキー、自分の指紋を付けぬようティシュペーパーをつかって取り出すと部屋は真っ暗になった。窓から差し込む月明かりがレースのカーテンの花模様をカーペットに映し出す。
ドアを開ける時は公開オーディションの時以上に緊張した。ドアスコープを覗き、耳をすませ、そしてゆっくりとドアを開ける。仁美の部屋の出入りを見られることだけは絶対に避けなければならない、廊下は静まり返っていて不気味なほどだ。部屋に入る前と後とで明かりの照度が落とされているのは、時間によるものだろうか。と、ドアを閉めかけた時に室内で電話が鳴った。ホテルの備え付けのものだ。ナツミはびっくりして慌ててドアを閉めた。閉めてしまえばほとんど音は漏れず、ドアに顔を近づけてかすかに聞こえる程度。何の電話だろう、と思ったが、今はそれよりも証拠隠滅が先決だと思いなおして、自分の部屋へと急ぐ。もっともすぐ隣の部屋、こちらは特に気にすることなく堂々と開けて中へと入った。照明をつけ、脱衣所に入って洗面台の脇に濡れたタオルとヘアキャップを放ると、下の籠の中から未使用のタオルを掴んだ。白一色のもので、仁美の部屋のものと同じ。小さく折りたたまれてビニルに包まれたヘアキャップもタオルに挟む。そこで今度は自分の部屋の電話が鳴った。これはとるべきだろう。
「もしもし」
「ナツミか、良かった」
マネージャー矢口の男の割りに高い声が響く。
「何かあったんですか?」
「いや、どうもこのホテルにウチらが泊まってるってことがネットに流れてたらしいんだ。『ヒト×ナツ』にはちょっと熱心すぎるファンもいるからな、下でちょっとおかしな男と押し問答になったらしい」
とりあえずはホテルのスタッフが追い返したという。
「あまり出歩かないように。とりあえずこっちも手を打ったから」
「わかりました」
「お前よりも仁美のほうが心配なんだがなぁ」
マネージャーも仁美の夜遊びに関しては頭を痛めている。注意はしたが効果が無かったらしい。
マネージャーの声を聞きながら、どうやら会社には『薬』のことはまだ耳に入っていない様子だとナツミは考える。とはいえ仁美の“事故”死体が発見されれば薬も発見される。相棒が薬でラリって事故死となれば自分もアイドルを続けていくのは難しいだろうか。噂は止められなくとも行過ぎるのも早い世界だ、まだ諦めるのは早い。ナツミはそう願う。
「今電話したんだが出ないんだ」
「お風呂に」
思わず言いかけて止まる。
「ん?」
「いえ、お風呂に入ってるんじゃないですかね」
ベッド脇のデジタル時計を見ると23時10分。時間帯を考えても特に不自然な返答ではないはずだ。
「部屋にいてくれりゃいいんだが。念のため窓のカーテンは開けないようにな」
「はい」
ナツミは受話器を下ろすと急いで窓へと駆け寄った。市街地のまばらな夜景が広がっている。目下にはホテルの玄関前のロータリーがあるはずだが小さなベランダが目隠しになっていて中からは見えなかった。これならば望遠鏡でも使わなければ外から部屋の中を覗くことは不可能だろう。ベランダにさえ出なければ人の姿は確認できまい。矢口は見かけによらず心配性だ。
それはそれとして。ナツミは遮光カーテンを閉めた、覗かれないとしても気分が良くない。
「早く、片付けないと」
そう口に出すことで、そのままベッドに倒れこみたくなるのをなんとか耐えたナツミは、立ったままテーブルの上のペットボトルのお茶を一口飲んだ。
テーブルの上に置いたタオルとそれに挟まれたヘアキャップ、仁美の部屋のカードキーを見つめる。持って行く物はこれだけだ。仁美の部屋には長居はしない。キーボックスに鍵を、洗面台の下のカゴにタオルとヘアキャップを戻す。それだけのこと。2分、いや1分で済む。
ふと気づくとほとんど残っていたはずのお茶が空になっていた。自分で思っている以上に緊張状態にあることをナツミは実感した。
「行こう」
そう自らに言い聞かせる、劇場での初ライブのオープニングを思い出した。ステージに飛び出す時に、同じように自分で自分にゴーを出した。あの時は二人だったが今は一人だ。
荷物を手に廊下へと出ようとノブに手をかけたその時。ナツミの部屋のドアが廊下からノックされた。
********************
「手は打った」という矢口マネージャーの言葉の意味を、ナツミは今理解した。
「県警捜査2課のマユズミです」
黛禄郎巡査はそう言いながら手帳を開いて見せた。黒っぽい地味なスーツを着たひょろりとした痩躯にもっさりとした黒髪とメガネ。年齢は20代か30代か、いまいち掴めない。外国の映画に出てくる日本人のように特徴の薄いことが特徴のような男だった。
「警察に協力してもらえたんだ」
中年だが学生時代に柔道部だったという矢口のほうがよっぽど頼りになりそうだとナツミは思う。
「とはいえすぐに動けたのが自分だけ申し訳ないです。とりあえず朝までは自分が廊下で立ち番させてもらいます。明朝の移動時には交代して3名体制の警備で会場までお送りします」
もともと矢口とそういう話に決めていたらしく、黛はナツミの顔を見てそう告げた。困ったのはナツミである。2流アイドルのボディガードに警察が動くとは想像していなかったし、このまま廊下に朝までいられたら仁美の部屋にタオルを戻せなくなってしまう。
5分だけでいいから、このフロアから人払いしたい。
アイドルには演技力も必要だとナツミは思う。天啓が閃いた瞬間、矢口の腕を掴んで室内に引っ張り込んだ。若干大げさな気もしたが、怯えた表情を見せながらも窓を指差す。
「さっきベランダから下を見たら怪しい人影があって」
そう言いながらカーテンを開け窓のクレセント錠をあげる。が、窓は開かない。戸惑うナツミの背後から矢口の手が伸び、窓枠の上部の小さなボタンを押し込んだ。二重ロックの窓をあけて小さなベランダに出たナツミはまだ春とはとても呼べない冷たい風に体を振るわせる。
「あそこの木の下あたりの」
指先が震えるのは寒さによるものだが、悪くはない。斜め下、玄関の明かりが届かない暗がりを示した。
「カメラのフラッシュみたいな光もあって」
「どこです?」
黛刑事がいつのまにかベランダに出てきょろきょろと見回していた。隣の部屋、つまり仁美の部屋を気にしているようだが、部屋毎のベランダは独立しているうえに間に衝立のような目隠しがあるので、身を乗り出したところで部屋の中は覗けない。
「あっちです」
少し強めの口調で黛刑事に告げる。黛はメガネの奥の細い目をさらに細めて暗闇を見つめる。
「……よく見えますね」
「2.0です」
「なるほど」
「まだいるかも。矢口さん」
少し甘えを滲ませて矢口の名を呼んだ。体育会系の矢口は力強く頷くと「ちょっと見てこよう」と部屋へと戻る。
「ナツミも中に。もうベランダにも出るなよ」
「は、はい。でも矢口さん一人じゃ危ないです」
「わかりました、僕も行きましょう。光永さんは部屋から出ないようにお願いします。誰が来ても開けないように」
黛の言葉にナツミは心の中でガッツポーズ。下まで降りて戻ってくるだけでも必要な時間は確保できる。
「はい。黛さんも十分お気をつけて」
両手を組んで上目使いのサービスに、黛は少し照れた様子で、矢口を伴って部屋を出て行った。
ナツミは廊下への扉に張り付いて、エレベーターの音を確認する。そして静寂。自分の鼓動だけが聞こえそうなほど大きい。目を閉じ、10数え、そして。
********************
カードキーを戻し、タオルとヘアキャップを洗面台の脇の籠に放り込むだけ。時間は2分で済んだ。自室に戻ったナツミはベッドに倒れこんだ。そのまま眠ってしまいたい程体は疲弊していたが、まだ気を抜くわけにもいかない。
仁美の部屋の様子を思い出し、何か間違いは無いか考える。多少指紋があっても問題はないが浴室には不用意に残していないだろうか。薬は処分しておいたほうが良かっただろうか。
ナツミは首を振る。そもそもすでに鍵の閉じられた部屋、こちらからはもう何もできないのだから、そこに囚われてはいけない。
朝になっても起き出さない仁美の部屋が開けられ、死体は発見されるだろう。浴室での溺死、体内からはアルコールも、場合によっては薬物も検出される。多少疑いは持たれるかもしれないが、その場合はおあつらえ向きの人物もいる。ホテルのフロントで揉めた熱烈なファンという男。ストーカーまがいの行為はこちらの疑いも引き受けてくれるに違いない。
黛刑事の登場は予想外だったが、それでも大きな差は無いだろう。そう願いたい。
シャワーでも浴びようかとベッドから起き上がると部屋のドアをノックする音が聞こえた。スコープを覗くとマネージャーの矢口と、その後ろには黛刑事。まるで矢口の影のように静かに立っている。早い。彼らがエレベーターで降りて行ってからまだ10分も経っていない。
バーロックをかけたまま細くドアを開ける。
「どうしました?」
「開けてもらってもいいですか?」
黛が遠慮もせずにそう言った。中に入りたいという。もちろんナツミは渋る。
「気になることがあるんです」
黛はあくまでも静かに淡々と言う。じっとナツミを見つめているであろう目は度の強い眼鏡が光ってよく見えない。
「どうもその、仁美の部屋が気になるらしいんだ」
矢口の補足。拒否すると不自然かもしれない、とナツミは一度ドアを閉じてロックを外した。
「どうぞ」
そう言いかけたナツミを横をすり抜ける黛。
「どうも」
言うが早いが窓へとまっすぐに歩み寄り、ベランダへと出た。冷気が一気に部屋へと流れ込む。刑事はベランダの手すりから身を乗り出すようにして仁美の部屋を見ようとするが、死角になるのでベランダの手すりくらいしか見えない。しかしそれでも黛は部屋の中にいる二人に向かって言った。
「仁美さんの部屋に内線をかけてください。できれば携帯電話も一緒に」
ナツミは驚くが、矢口はすでに聞いていたのだろう、ベッド脇に置かれた室内電話をとった。ナツミは仕方なく机の上のケータイを操作して電話をかける。コール音が鳴るが、当然誰も出ることは無い。そしてそれは矢口の内線電話も同じだろう。
「出ませんね」
矢口が黛を見る。部屋に入ってきた黛は矢口から受話器を受け取り、しばらく耳に当てていたものの、やがて無言で下ろした。
「ホテルの人に言って鍵を開けてもらいましょう」
「わかりました」
これまた矢口にはすでに伝えてある様子で、すばやく踵を返して部屋を出て行く。呼び止めることも忘れ、ナツミはあっけにとられてドアが閉まるのを見ていた。
「どういう、こと?」
ようやく出した声は少し間のぬけた感じで恥ずかしくなった。それを慌てて押し隠すように、少し憤懣を滲ませた。
「仁美に無断で部屋に入るのってヒドくないですか?」
「何故です?」
「だって……女の子ですよ? 寝てるとかお風呂はいってるとか」
「光永さんは開けてくれたじゃないですか」
「私だって寝てたら開けませんよ」
黛刑事は深刻な顔だ。
「さきほどこのベランダから見た時は水戸平さんの部屋のベランダは真っ暗だったのに、今は明かりが漏れている。部屋の電気が点いている証拠です、光永さんも確認しますか?」
「寒いからけっこうです」
消えていた照明が今はついている。消えていたのはカードキーを抜いていたから。動揺を見せてそれを悟られるわけにはいかない。ナツミは努めて冷静に断った。黛は続ける。
「さっきは部屋は暗く、矢口さんが電話を何度もしていましたが通じなかった。矢口さんは、水戸平さんが寝入っているのだろうと、思ったそうです。それは順当な予測です、僕もそう思います」
黛は腕時計を見た。時刻はまもなく次の日になる。
「しかし今、灯りは点いているにもかかわらず、連絡が取れない。中にいるはずなのに、反応が無い」
「暗い時は寝ていた。灯りがついた今は入浴中。何かおかしいですか?」
「可能性の問題ですね」
「私的には高いと思いますけど?」
「仕事柄悪い方向に考える癖がついているようですみません。ただ、ホテルにまで押しかけるような熱狂的な、言い換えれば偏執的なファンがいた以上、確認してもバチは当たらないと思いますがどうでしょう。もちろん、部屋に入るのは矢口さんとホテルの女性スタッフだけにします」
屁理屈にも聞こえそうだが正論には違いない。ナツミは素早く考える。
遅かれ早かれ死体は見つかる。多少早くなっただけのこと。しかも黛刑事は偏執的なファンの存在を念頭に置いている様子で、それはむしろ好都合ではある。
「……それなら、うん、まぁ」
しぶしぶ、といった様子で頷くナツミに、黛刑事は小さく頷いた。
そうしてナツミの予想よりも数時間早く、仁美の死体は発見された。
********************
最初に浴室を覗き死体を発見したのはホテル従業員の女性で、悲鳴を聞いて矢口が、そして廊下で待機していた黛が呼ばれ死亡を確認した。
「仁美が死んだって本当なんですか? 信じられません」
「残念ながら」
抑揚の薄い声ではあるが、どこか残念そうにも聞こえた。先に少し話を聞きたいという黛の言葉に、ナツミは頷く。問題は警察が到着して捜査が始まってからで、今のうちに少しでも相手の手札を見ておきたいという意識もあった。
「もうしばらくしたら警察が到着し担当者がお話を聞かせてもらうことになりますが、よろしくお願いします」
「……はい。あの、仁美はいったいどうして」
黛がドアを閉める。深夜に不釣合いな廊下の喧騒は途切れたものの、落ち着かない雰囲気にナツミは部屋の奥の腰掛まで戻った。
「死因はおそらく溺死、浴槽のお湯の中に仰向けになって沈んでいました」
記憶の中にある通り。ゆらゆらと揺れる髪が動き続けている。ナツミは顔をしかめて目を閉じる。
「なんでお風呂で」
「お酒も飲まれていたようです、部屋で飲んだ跡がありました」
「……事故、ってことですか」
「いえ殺人です」
「え」
即答されてナツミは喉を鳴らすような声を出した。
「私見ですが亡くなった直後という感じではありません。鑑識が来ればもう少しハッキリとするでしょうが、とにかく部屋の照明が点いた時にはすでに水戸平さんは亡くなっていたと思われます」
「ちょ、ちょっと待ってください」
ナツミは時計を見ながら黛を遮った。
「灯りが点いた時にすでに死んでたとしても、別に殺人と決まったわけじゃ」
黛は不思議そうな顔をする。
「じゃぁ誰が電気を点けたんですか?」
あくまでも冷静で真っ当な黛の物言いに、ナツミは黙るしかなかった。灯りを点けたのは自分だが、それだけを言うことはできない。
「第3者が関与しているということで問題ないですかね」
殺人事件と断定されるようなものだ。不安が足元からじわりと体を冷やしていく。
「……それなら。……そうだ、犯人はアイツよ。ホテルにまで乗り込んできた頭のおかしなファン!」
ホテルのフロントで押し問答になったという熱狂的なファン。顔も知らないその男にナツミは容疑を押し付ける。黛刑事がここにいることの元凶でもあるその男ならば殺人犯呼ばわりしてもナツミとしては問題ない。自分勝手なことではあるが。怪しさで言えば自分よりもよっぽど怪しいはず。
「そうよ。電気が点いた時、隣の部屋にあの男がいたってことじゃない! 刑事さん、もしかしたら私も殺されるかもしれない! 助けて!」
立ち上がり縋ろうとした手を、黛はやんわりと押しとどめた。優しい動作だが冷たくもあった。
「落ち着いてください」
黛は視線を窓に向けた。自分もつられるようにして顔を向けると、ガラスには室内が映りこんでいてまるで鏡を見るようだった。そしてそこに映る黛刑事は、不吉な黒猫のよう。黒猫が小さく笑う。
「では犯人は何故照明を消したのか」
「……点けた、ではなくて?」
違いの意味がわからない。
「この場合、点いている状態が自然なんです。入浴中の事故にみせかける思惑があったのならば尚のこと。まっ暗でお風呂に入る人なんていませんから」
黛はナツミから離れて室内をうろうろと歩きながら喋り続けた。
「暗い部屋を明るくする理由ならわかる。でも、明るい部屋を暗くする理由がわかりません」
「暗い部屋で何かしていた、とか」
「たとえば?」
「……それはわかりませんけど」
「暗くする理由、ではなく、暗くせざるをえない理由があったと考えたらどうでしょう」
黛刑事は歩きながら入り口のドアに向かう。そして壁の一画に指をつける。鍵。カードキーが差し込まれたボックスが、そこにある。
「失礼します」
そう言ってカードを抜くと、部屋は一瞬にして真っ暗になった。差し込む月明かりでナツミの座っている辺りはほんのりと明るいものの、黛刑事は闇の中だ。
「一度部屋を出る必要があったとしたらどうでしょう。ドアはオートロックだからカギを持ち出さなければなりません。では何故、そうまでして部屋を出入りする必要があったのか」
暗い。暗闇の無言。
「いい加減灯りを点けてもらえませんか」
「すみません」
少しだけ間があいて、再び部屋が明るくなった。
「部屋を出るのではなく、また戻る必要が生じた。後になって何かに気づいたのではなく、戻ることを前提に部屋を出た。オートロックだからカードキーを持ち歩く必要があり、結果部屋の照明を落とさざるを得なかった。では何故。
犯人は入浴中の事故にみせかけるつもりでした。しかし、何かに殺人の証拠を残してしまった。そしてそれを持ち出して処分するのは不自然です。ならばどうするか。自分の部屋のものと入れ替えれば良い」
黛の視線を受け、ナツミは理解した。この刑事は自分を疑っている。
「……頭のおかしなファンがこのホテルに泊まっていると?」
「いえ、僕は別にそのファンの人は疑っていません」
「私を?」
「はい」
「疑っている?」
「確信しています」
ナツミは息を呑んだ。しかしまだだ、まだ言い返せる。
「部屋の備品ではないかもしれませんよね。証拠を消す為の、たとえば汚れをふき取る雑巾や洗剤とか」
「そもそも水戸平さんが不審者を部屋に入れるとは思えないんですよ」
「方法は無くもないでしょ。適当なことを言って強引に」
「たとえそうだとしても、それならばこそ水戸平さんはお風呂に入ろうとはしない。水戸平さんは入浴中に襲われたのですよ」
「それも強引に。事故に見せかける為に入浴中を装った」
「水戸平さんの服は脱ぎ散らかされてはいましたが、濡れたり破れたりしていません。何より、換えの下着が脱衣所に用意されていたんですよ、水戸平さんは普通にお風呂に入り、普通に出るつもりだった」
言葉はもう出ない。ナツミは目を閉じて背もたれに体を預けた。
「犯人は、水戸平さんが無防備な姿を見せられるほど信頼していた相手なんです」
「違うわ。信頼じゃない。甘えよ」
ナツミは仁美の顔を思い浮かべた。屈託の無い笑顔。人の気も知らないで自由に勝手に行動する女。好きなことを好きなようにして、尻拭いは誰かがやってくれると、思うことすらしない女。腹立たしいことばかりが思い出される。それなのに。それなのに後悔の念しか無い。
「……なんでこんなにすぐバレちゃったわけ?」
そこでナツミは気づいた。仁美の部屋の電気が点いたことに気づくのがこの刑事は早すぎやしないか。フロアを追い出してから10分も経っていない。不審者を探しに降りたはずなのに何故はるか階上の部屋の明かりに気づくのだ。気にしていなければ気づくはずがない。
「……もしかして、最初から」
「最初に気になったのは、部屋の電気が点いていなくて連絡がつかないのに光永さんは『水戸平さんが外出している』とは思っていなかったことです。結果的に部屋で亡くなっていたわけすが、どうして部屋にいると思い込んでいるのか、と」
知っているからこそ思いつかなかった。部屋にいてくれればいい、確かに矢口はそう夜遊びを懸念していたのに。
「そしてもうひとつ、ベランダに出ようとした時、カギの開け方がわからなかったですよね。あれが引っかかってたんですよ。もしかしてベランダに出たことが無かったんじゃないかと。単に僕とマネージャーさんを遠ざけたかったんじゃないかと。そしたら水戸平さんがあんなことになってて」
そこまで言って黛が携帯電話を取り出した。着信が入ったらしく耳に当てる。そして一言だけ告げてまたポケットに戻した。警察が到着したのだろう。
「最後にお願いがあるんですけど」
ナツミは立ち上がり、黛に告げた。
「メイク直す時間をちょうだい。いちおうアイドルなんで」
黛が静かに頷いて、そしてハンカチを差し出す。そこでナツミは自分が泣いていたことに気づいた。
********************
ドレッサーの前に座り、鏡の中の自分と対面する。
仁美とは高校時代に出会い、意気投合した。芸能人になりたい、アイドルになりたいというまるで子供のような夢を平気で語れる仁美が羨ましかった。そして自分も幼い頃からテレビの中に憧れていたから、仁美に振り回されているような体を装いつつ、休日には東京まで出かけて意味もなく闊歩した。上京を先にいいだしたのがどちらだったか、今では記憶が曖昧になっている。
とにかく化粧を直そう。そのためにもまずこの涙を止めなければ。
《 an idol in cry ~彼女は流す涙を纏う~ 了 》
【 あとがき 】
無理矢理連作短編。すんません懲りてません。お題の最初の一文からして「犯罪者っぽい」と思ってしまう自分がどうかと思います。
今回は夏海さんとひとみんさんのお名前を勝手に拝借しました、ごめんなさい。回文になっているのは単なる趣味です。あ、知さん(矢口)もいた。
あ、そうそう、先日とある場所で「矢口知矢」さんという名前を発見しましたが、もしかして知さんだったりします?
『 Missing-Essayist Evolution 』 松永夏馬
゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。.。:+* ゚ ゜゚ *+:。.。:+* ゚ ゜
●上京を先にいいだしたのがどちらだったか、今では記憶が曖昧になっている。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞ ∞
お題当てクイズ正解発表
《 『 麒麟の翼 』講談社 著:東野圭吾 》
正解者 : 無し
次回出題者指名 : ひとみんさん ⇒ 鎖衝さん
| 2012-03-29 | Mistery Circle(メインカテゴリ) | Comment : 10 | トラックバック: : 0 |
5/26締め切りお題 - 2012.03.27 Tue

Heil Mighty へっくしッッッッ!!
……嫌な季節になったものね……。
ご無沙汰ね、アンヂェラ伍長よ。
最近すっかり外に出るのが億劫になって、自室にこもってばかりいたら、案の定地獄から遣いが来たわ。
働かないと部屋を取り上げるって言うから、仕方なく外に出たら、アレが大量に浮遊してて一気にやる気を失ったわ。
そう、アレよ。黄色っぽい天使の軍勢よ。
毎年この季節になると、呼ばれてもいないのに鬱陶しいほど召喚されてくるアレには毎年辟易してるわ。
誰か滅ぼしてくれないかしら。
さ、本題に入りましょう。
いよいよ次のお題が発表されるわ。
今回は一風変わった「イメージングMC」が開催されるわ。
これは今までと違って輪にならない、一つのイメージから放射状に伸びる物語を紡ぐという企画ね。
過去に開催されたときは「階段を下りて行き着く半地下のバーと、そのマスターとの会話」がイメージに選ばれたらしいわね。
今回はまた違ったイメージが設定されているわ。
「水底からキラキラと光る水面を見上げている」
これが今回のイメージよ。
回想でも、夢でも、空想でも。
呼吸をしなければ死ぬ、それでも水底から水面を見上げてぼんやりとしている主人公を、必ずどこかに入れること。これが今回の縛りよ。
なかなか官能的な光景ね。
加えて、今回は「カナウ」と言う名前のキャラクターを必ず何処かに出演させ、一言以上喋らせるというおまけのお題がつくわ。
そして、以下の5つの文章からどれか一つ以上を選んで文中に挿入すること。
●まだ春の半ばだというのに、風のない道には、夏を思わせる熱く湿った空気がよどんでいる。
●おいしそうな紅茶色の、まずいコーヒーをすすりながら、私は早速仕事を開始することにした。
●こんなダイスの同じ目が十回連続して出るような偶然など、あるはずがない。
●「ノープロブレム」 私は言った。
●「よし、行こう。お前が新しい相棒だ」
これが今回のお題よ。
ややこしいから整理するわ。
1)「水底からキラキラと光る水面を見上げている」主人公のシーンを入れること
2)「カナウ」と言う名前のキャラクターを必ず何処かに出演させ、一言以上喋らせること
3)5つの文章から1つ以上を選んで文中に挿入すること
分かった?
参加者は以下の通りよ。
・すずはらなずなさん
・ひとみんさん
・氷桜夕雅さん
・rudoさん
・鎖衝さん
・すぅさん
・ココット固いの助さん
・知さん
・松永夏馬さん
・望月さん
・辻マリさん
・Clownさん
・七穂さん
今回は輪にならない性質上、これ以上の飛び込み参加も歓迎よ。
我こそはと思う兵(つわもの)は、是非参戦なさい。
ちなみに、今回の出題者は、鎖衝さんよ。
指名したひとみんさんからは、こんなメッセージが届いているわ。
『鎖衝さんにお願いしたいです。この方がどんな小説からどんな文章引っ張ってきてくださるのかがとても興味があるからです』
今回の締め切りは5月26日よ。
黄金の一週間もあることだし、余裕よね?
それでは、全員の健闘と健康を祈るわ。
伍号機、アンヂェラ伍長でした。
Satan My へっくちッッッッ!!
提出先はこちら
http://form1.fc2.com/form/?id=662490
ご無沙汰ね、アンヂェラ伍長よ。
最近すっかり外に出るのが億劫になって、自室にこもってばかりいたら、案の定地獄から遣いが来たわ。
働かないと部屋を取り上げるって言うから、仕方なく外に出たら、アレが大量に浮遊してて一気にやる気を失ったわ。
そう、アレよ。黄色っぽい天使の軍勢よ。
毎年この季節になると、呼ばれてもいないのに鬱陶しいほど召喚されてくるアレには毎年辟易してるわ。
誰か滅ぼしてくれないかしら。
さ、本題に入りましょう。
いよいよ次のお題が発表されるわ。
今回は一風変わった「イメージングMC」が開催されるわ。
これは今までと違って輪にならない、一つのイメージから放射状に伸びる物語を紡ぐという企画ね。
過去に開催されたときは「階段を下りて行き着く半地下のバーと、そのマスターとの会話」がイメージに選ばれたらしいわね。
今回はまた違ったイメージが設定されているわ。
「水底からキラキラと光る水面を見上げている」
これが今回のイメージよ。
回想でも、夢でも、空想でも。
呼吸をしなければ死ぬ、それでも水底から水面を見上げてぼんやりとしている主人公を、必ずどこかに入れること。これが今回の縛りよ。
なかなか官能的な光景ね。
加えて、今回は「カナウ」と言う名前のキャラクターを必ず何処かに出演させ、一言以上喋らせるというおまけのお題がつくわ。
そして、以下の5つの文章からどれか一つ以上を選んで文中に挿入すること。
●まだ春の半ばだというのに、風のない道には、夏を思わせる熱く湿った空気がよどんでいる。
●おいしそうな紅茶色の、まずいコーヒーをすすりながら、私は早速仕事を開始することにした。
●こんなダイスの同じ目が十回連続して出るような偶然など、あるはずがない。
●「ノープロブレム」 私は言った。
●「よし、行こう。お前が新しい相棒だ」
これが今回のお題よ。
ややこしいから整理するわ。
1)「水底からキラキラと光る水面を見上げている」主人公のシーンを入れること
2)「カナウ」と言う名前のキャラクターを必ず何処かに出演させ、一言以上喋らせること
3)5つの文章から1つ以上を選んで文中に挿入すること
分かった?
参加者は以下の通りよ。
・すずはらなずなさん
・ひとみんさん
・氷桜夕雅さん
・rudoさん
・鎖衝さん
・すぅさん
・ココット固いの助さん
・知さん
・松永夏馬さん
・望月さん
・辻マリさん
・Clownさん
・七穂さん
今回は輪にならない性質上、これ以上の飛び込み参加も歓迎よ。
我こそはと思う兵(つわもの)は、是非参戦なさい。
ちなみに、今回の出題者は、鎖衝さんよ。
指名したひとみんさんからは、こんなメッセージが届いているわ。
『鎖衝さんにお願いしたいです。この方がどんな小説からどんな文章引っ張ってきてくださるのかがとても興味があるからです』
今回の締め切りは5月26日よ。
黄金の一週間もあることだし、余裕よね?
それでは、全員の健闘と健康を祈るわ。
伍号機、アンヂェラ伍長でした。
Satan My へっくちッッッッ!!
提出先はこちら
http://form1.fc2.com/form/?id=662490
| 2012-03-27 | 出題 | Comment : 1 | トラックバック: : 0 |
締め切り延期願い&参加受け付け~☆ - 2012.03.24 Sat
※今回の”Mistery Circle Vol. 42”の締め切りは、3月27日(火)に延期となりました。
掲載日はその週の終わり頃となる予定です。もう少々お待ち下さい。
このマウス反応悪いな~とか言いながら、携帯電話をクリックしたりしているあなた。
大丈夫です。
そんなあなたを応援します。
”Mistery Circle”
いやぁ~、花粉絶好調ですね~。つらいですね~。
どうも。アレルギー性鼻炎のプロ(自称)、管理人零号機、”伊闇かなで”です。
最近は鼻炎用の薬もいいのが出ましてね。
一日一錠で、あまり副作用の無い素晴らしいのがあったりしてね。
アレルギー症状が出ないってのは、これほど気持ちに余裕が出るものかと実感したりしてね。
うわあああああ! 世界中の草木を枯らしてやりてえええええ!(絶叫)
そんな叫びとも無縁になった、あ・た・し☆
下手したら草ポケモンにまで当たったり、野菜にまで憎しみ覚えたりね。
なんて極端な性格なんでございましょう。
掲載日はその週の終わり頃となる予定です。もう少々お待ち下さい。
このマウス反応悪いな~とか言いながら、携帯電話をクリックしたりしているあなた。
大丈夫です。
そんなあなたを応援します。
”Mistery Circle”
いやぁ~、花粉絶好調ですね~。つらいですね~。
どうも。アレルギー性鼻炎のプロ(自称)、管理人零号機、”伊闇かなで”です。
最近は鼻炎用の薬もいいのが出ましてね。
一日一錠で、あまり副作用の無い素晴らしいのがあったりしてね。
アレルギー症状が出ないってのは、これほど気持ちに余裕が出るものかと実感したりしてね。
うわあああああ! 世界中の草木を枯らしてやりてえええええ!(絶叫)
そんな叫びとも無縁になった、あ・た・し☆
下手したら草ポケモンにまで当たったり、野菜にまで憎しみ覚えたりね。
なんて極端な性格なんでございましょう。
さて皆様。
御存じの通り、本日がMC締め切りなんですが~。
ついでに延期願いもここで一緒に聞いちゃいま~す♪
締め切り伸ばして~って言う方は、本日の真夜中11時59分58秒までにおっしゃって下さいね~♪
え? 後の2秒って何か意味あるのかって?
そう言う事をレディに聞くのは、ちょっと野暮じゃありません事?
そしてそして~。
次回の参加受け付けもここでしちゃいま~す。
参加したい方はコメント欄に、「人には聞かれたくない失敗談」を添えて、申し出て下さいね~。(いや、それ要らないから!
それでは、原稿アップを楽しみに~☆
伊闇かなででした。
御存じの通り、本日がMC締め切りなんですが~。
ついでに延期願いもここで一緒に聞いちゃいま~す♪
締め切り伸ばして~って言う方は、本日の真夜中11時59分58秒までにおっしゃって下さいね~♪
え? 後の2秒って何か意味あるのかって?
そう言う事をレディに聞くのは、ちょっと野暮じゃありません事?
そしてそして~。
次回の参加受け付けもここでしちゃいま~す。
参加したい方はコメント欄に、「人には聞かれたくない失敗談」を添えて、申し出て下さいね~。(いや、それ要らないから!
それでは、原稿アップを楽しみに~☆
伊闇かなででした。
| 2012-03-24 | 参加受付 | Comment : 14 | トラックバック: : 0 |
NEW ENTRY « | BLOG TOP | » OLD ENTRY



