Mistery Circle

2017-11

《 同級生観察日記 》 - 2012.05.01 Tue

一作目 《 同級生観察日記 》

著者:辻マリ





池谷翼は馬鹿だ。
曲がった事が大嫌いで、中学生の頃から学級委員で、正義感が強くて勉強の成績がいい、馬鹿だ。
先週も下級生と仲良くし始めた同級生に
「社会人であれば年の離れた友人関係も有るだろうが学生の間は先輩後輩の上下の区別はつけるべきだ。下級生と親しくはなすなんて、お前は最上級生としての自覚が無いのか」
と説教して落ち込ませた挙句、そいつと仲良くしていた下級生に殴られて眼鏡をひとつ駄目にした。
本当に馬鹿だ。
下級生から慕ってついてきた可能性に目を瞑ってまず最上級生に話をつけにいくのも馬鹿なら、そもそも他人の交友関係にわざわざ首を突っ込むお節介振りと、それが空回りして挙句自分が怪我をする有様ときたら、腹がよじれるほど笑える大馬鹿野郎だ。
今はまだ上下関係のうるさい学生生活だからいいけど、こいつ社会に出たら一体どうなってしまうんだろう。
あまりの融通の利かなさに何処かで怖い人に心をポッキリへし折られたりするんじゃないだろうか。
そしてへし折られて放り出されたときに、池谷はどれくらい傷ついて、どんな顔を見せてくれるんだろうか。
気になる。
無性に気になる。
「と言う訳で、明日から池谷の観察日記をつけることにしたんだ」
「・・・馬鹿かお前」
そろそろ梅雨明け宣言も出そうな季節。
教室の片隅で弁当を広げてその報告をした僕に、英介は学食の焼きソバを箸で摘んだまま静かに言い返した。
「馬鹿は酷いなあ。せめてストーカーって言ってよ」
「いやそっちの方が酷いだろ」
僕としてはストーカー呼ばわりよりも馬鹿呼ばわりの方が傷つくから、馬鹿呼ばわりの方が酷いんだよと言うと、英介はそれ以上指摘するのを諦めたみたいでポテトサラダを片付け始める。
味の濃い、肉料理がメインの日替わり定食は競争率が激しい事で有名だけど、何時見ても栄養の偏りが気になるメニューだなあと思う。
それを好んで食べている英介は、きっと濃い味付けの料理が好きなんだろう。
ファーストフードは自転車で20分くらい走ったところに有るけど、多分そこのメニューも好きなんだろうな。
「ストーカーってのは目的が有って行動してる状態の一例だけど、馬鹿ってのは要するに分別も判断もつかない愚鈍を指す言葉だからね。僕は目的が有って行動して、自分で判断してるから馬鹿じゃないよ英介」
「ストーカー規正法に引っかかる以上ストーカーだとわかって行動してそれを自称するのは社会的に見て分別のつかない馬鹿のやる事だと思うけどな」
ジャンクな食べ物を好んで食べるのに、英介は実に常識的な言葉を僕に投げかけてくる。
そういうギャップが面白くて僕はこいつと友達をやっているんだけど、たまに少し口うるさくてお母さんみたいだなと思う。
自分で食べてる食事は栄養バランス悪いのに。
プレートにポテトサラダとレタス一枚しか野菜が乗ってないのに。
「別に池谷に交友関係を無理矢理迫ったり変な手紙送りつけたり池谷の捨てたゴミあさったり池谷の家まで尾行して盗撮したり盗聴器とか監視カメラとかこっそりつけたりはしてないしするつもりも無いから犯罪じゃないよ?」
「其処までやってみろ即座に友達の縁切って通報してやる」
「うん、英介に絶交されるの嫌だからやらないよ」
ここで、キリスト教じゃ考えた時点で罪になるんだぞって言わないのが英介らしい。
知らないだけかもしれないけどその寛容さも魅力の一つだ。
止めるべきところまで僕が暴走しないように、でも有る程度は好き勝手にさせてくれるって素敵な事だと思う。
束縛されるのが嫌い、でもしっかり見ててほしいって言うタイプの女の子には需要有るんじゃないかな。
なのに、どうして彼女居ないんだろうね英介は。
確か池谷は彼女居たっけ。
あんなに口うるさくて馬鹿なのに。
何が決め手なんだろうか。
顔かな?眼鏡かな?
眼鏡男子が人気って最近ネットで見たけどあれって本当かな?
眼鏡かけてても女子から嫌われてるって言うかキモがられてる奴なら知ってるんだけど眼鏡なら何でも良いってわけじゃないんだろうな。だったらなんであれは【眼鏡男子】って括りになってるんだろう?僕も眼鏡かけたら女子に声かけられる回数上がるのかな?いやわかんないぞ。もしかすると眼鏡かけても「あっそう」で済まされる可能性だって有る。そもそも池谷の彼女は池谷の眼鏡が好きなのかどうかをまず検証しないと。
「謎だなあ・・・」
「何が?」
「英介が非モテで池谷がリア充って辺りが実に謎。それも含めて観察日記をつけて研究すると、もしかすると池谷の生態だけじゃなくて女心とかその辺の僕達男には未知の世界が分かるかもしれないよね」
「生態とかまで話が飛躍すんのかよ?なんかすげえな」
「うん。それくらい意味の有る行動だと思うし、それに何より、皆知りたいでしょ?女心」
昆布の佃煮を御飯に絡めながら言うと、英介が丼に盛った御飯をかき込みながら軽く首をかしげる。
「知りたい・・・か?」
「知りたいと思うよ。どっちかって言うと興味の無さげな英介の方が少数意見じゃないかな?」
「そうか?」
「うん、だって謎に浪漫を求めるのが人類の本能だし、浪漫を感じた謎は解き明かさないと!よし、食べたら行こう英介、お前が新しい相棒だ!」
言ってのける僕に、英介はソースとポテトサラダが絡まった唐揚げを齧りながら、
「やっぱお前馬鹿だろ」
と言った。
どうやらこの台詞が先週地上波で放送された映画で主人公が言ってた台詞だって言うのがばれたらしい。
高校生にもなってファンタジーはやめろって?
いいじゃん、好きなんだから。








翌日から早速池谷観察日記をつけるべく、購買で小さなノートを一冊買ってくる。
ノートと言うより殆どメモ帳のような大きさだ。
高校の購買で放課後に買えるものなんてその程度だろうとは英介の言い分。
そして僕は早速池谷が放課後何をしているか観察している。
「明日からじゃなかったのか?」
体育館の一階部分に有る柔剣道場の入り口に陣取っていると、英介が通りかかって声を掛けてきた。
「部活動中の池谷もちょっとは見ておこうかなって思って」
振り向いた先で、英介は泥の染みがあちこちについた野球のユニフォームを着ていて、そう言えば僕と違ってこいつは運動部所属だったっけなと思い出す。
僕は運動部にも文化部にも所属していない、いわゆる帰宅部だ。
池谷は柔道部だから、道場の入り口付近で待ち構えてればその内何処かから現れる。
でも柔道部は今走りこみに行ってるらしく、道場の中には剣道部の部員しか姿が見えない。
今日は運動部の活動が休みとは聞いてないし、道場内の運動部員専門のホワイトボードにも練習試合の予定は書かれてなかったから、校内の敷地のどこかには居る筈なんだけど、生徒の出入りもそんなに無いし、僕に声を掛けてくれる生徒も居ないしで、存外退屈なのだ、これが。
「張り込みって退屈だねぇ。警察とか探偵とか、本当に尊敬出来るよ」
欠伸交じりにメモを取り出す僕に、間違いなく部活途中だったのだろう英介は、
「スカウトされないように気をつけろよー」
とだけ言い残してグラウンドに戻っていった。
スカウトはされないと思うよ僕3年生だし、と言い返したけれど、多分聞こえてないに違いない。
英介が立ち去ると、道場前は再び静かになった。
静かと言うか、剣道部の掛け声は間近で聞こえるし、上の階から他の部活動の足音や掛け声、ホイッスルの音がひっきりなしに聞こえてくるから、厳密に言うと静かじゃない。どちらかと言うとうるさいくらいだ。
体育館の隣にはプールも有って、誰かが泳いでいるらしい水音も聞こえてくる。
この高校には水泳部が無いから、多分体育の授業の補習組だろう。
毎日どんどん暑くなって来てるし、プールに入れるのは補習とはいえ羨ましい。
でも、出た事の有る奴に前に聞いたけど、水泳の補習はかなり厳しいらしく、逃げて赤点くらう生徒は二学期後半のマラソンに次いで多いそうだ。
確かに、何でプールが羨ましいかって、暑い時期にそこそこ涼しい水の中に入れるからであって、泳ぐ事自体には大した意味が無いんだよね。だから、遠泳レベルで長時間泳がされるのは真っ平なんだけど、水に入れるって事自体は羨ましい。
それぐらい今日は暑い。
英介も池谷も、よくやってるなあと思う。
こんなに暑いのに運動部なんて、熱中症で倒れたらどうするんだろうと一瞬不安にもなってくる。
「暑ー・・・」
道場付近は部員が動き回る所為で熱気がたまってて、一階の入り口が全開になっているのにまるでサウナみたいな暑さだ。
暑いし、汗臭い。
柔道部はまだ戻ってこない。
いい加減退屈だ。
「今日はもう帰ろうかな・・・」
溜息をつく、その息も生温くて嫌になる。
立ちっぱなしで少し足が痺れていたから伸びをして屈伸運動をして帰る体制を整えていると、待ち構えていた時には全然戻ってこなかった柔道部員達が駆け足で戻ってくるのが見えた。
先頭は多分柔道部の部長だろう。
その後ろに、眼鏡をかけた池谷が居る。
部長と思わしき熊っぽいのよりは一回り細い。
あの熊も僕や池谷と同じ3年生だけど、そう言えば一回も同じクラスにならずに済んだなあ。
ぼんやり帰ってくるのを眺めていると、柔道部員達は入り口前で急停止した。
「一旦休憩ー!水分とっとけよ!」
熊が後ろに声を掛けると、下級生だろうか勢いよく返事をした部員達がグラウンド側に有る水道目掛けて走っていく。
走っていかなかったのは部長の熊と、池谷の二人だけ。
池谷は眼鏡についた汗を指で弾いてから、僕のほうに歩いてくる。
「吉田。何か用か?」
掛けなおした眼鏡の隅、丁度目の下あたりにまだ内出血の痕が残ってるのが見えた。
ハードカバーの小説で殴られたって言ってたけど、場所的に相当痛かっただろうなと考えていると、少し下から池谷が僕の顔を見上げてくる。
ああそうか、僕が何の用で此処にいるか、だったっけ。
「池谷を観察しようと思って」
僕は5センチほど下にある池谷の顔を見下ろして、笑いながら正直に答えた。
「・・・・・・」
返ってきたのは何か汚い物でも見るような池谷の冷たい視線だけだった。
何も其処までどん引きしなくてもいいじゃないか。
異性や幼児相手に言っちゃったら確かにやばいかもしれないけど、僕ら男同士でついでに同じクラスでそれなりに仲のいい間柄なんだから、此処は冗談で流すところだよ池谷?
結論として、観察日記は初日に突入する前から難航する気配濃厚だった。
なんせ池谷は冗談が通じない。
観察するとうっかり言ってしまったから、もしかすると明日から突然避けらる可能性も有る。
避けられたりしたらその時は英介を使うだけだけど、出来れば自分の目と耳で観察したいなあ。
「じゃあ、池谷の顔も見たし、僕帰るね」
極力にこやかに、警戒させないようにいつも通りを装って、僕は一旦体育館前から撤退する事にした。








「おはよう、池谷」
「ああ、おはよう」
翌日、特に警戒される事も無く、池谷はあっさりと僕からの朝の挨拶に応じてくれた。
「今日から観察開始だよ」
部活の朝練はもう終わったのか、制服に眼鏡で席に座っている池谷を見つけて挨拶をし、正直にそう告げると、池谷はちらりとこちらを見ただけで、何も言わないまま手元の参考書に目線を戻す。
受験勉強もがんばっているという事は、池谷は多分柔道での推薦じゃなくて普通に進学を希望しているんだろう。
傍から見ると僕の言葉に対する反応は冷静に見えるかもしれないけど、本当は参考書の中身を頭にインプットするのに意識を大幅に割いているから、僕の言葉に興味が持てないだけであって、観察してるなんて言われても、自分の事で手一杯なだけかもしれない。
そういう視野の狭さも含めて、やっぱり馬鹿だなあと思う。
愚鈍ではない、分別も普段はつく。
でも、冷静に見せかけて実際は何も見えなくなっているだけだって、分かる奴から見ればわかる程度には馬鹿だ。
もっと柔らかい考えで周りを見回せば、人生楽しいのに。
「・・・勿体無いなあ」
「何か言ったか?」
「ううん、なんでもない」
やっぱり僕の言葉を半分も把握できて無いらしい池谷を、今度は少し離れた場所からじっくり観察する為に、僕は自分の席に向かう。
窓際に近い席から教室の中を見回すと、池谷の他にも何人か参考書と睨み合ってる奴が居た。
もうすぐ夏休みだし、本当に受験勉強まっしぐらなんだろうな。
実を言うと、僕は進学以外に既に進路が決まっているから、受験勉強には参加していない。
大学に進学するのも選択肢としては存在していたけど、モラトリアムを引き延ばすのは本意じゃないから断った。
英介の進路も、池谷の進路も詳しくは知らないけど、多分卒業すれば離れ離れになるような気がする。
そういえば噂に聞く池谷の彼女はどうなんだろうか。
進学してからも付き合うのかな。
それとも卒業をきっかけにさようならの予定なのかな?
さようならってのもどうなんだろうか。
別れる前提で付き合うのってなんだかおかしいように思うんだけど。
考えている内に予鈴が鳴って、担任がホームルームの準備の為に教室に入ってきた。
色々話も有るから、この時間だけは皆参考書から目を離して教卓に居る担任教師の顔を見る。
本日の話題は夏休み中に学校で実施される集中講義の申し込み締め切りについてだった。
少しでも受験勉強の助けになるように学校が夏休み返上でやってくれる講座なんだけど、受験勉強に重点を置くので当然ながら僕には余り関係の無い話題になる。
このクラスは進学、就職と半々の進路らしいので、別に話題に取り残されているような気配は無いけれど、一応耳には入れておく。
進学はしないと決めて、家族もそれは了解済みだけれど、何だかんだで受験組の様子が気になるらしく、あれこれ僕から聞き出そうとしてくるのだ。
特に親父が。
親ってのは、子供にとって何が一番最善か凄く悩む生き物なのだとは色んな本やテレビの情報を見て感じてるけど、自分の親もやっぱりそれに当てはまるんだなあと最近身をもって理解した。
変な親だ変な親だと思っていたのに、理解した途端「やっぱうちの親も普通の親だったんだな」と思えた。
集中講義の申し込み締め切りは来週らしい。
朝のホームルームを終えて、担任が出て行くのを目で追いかけていると、ついでのように廊下側の席が目に入る。
池谷が、女子に話しかけているのが見えた。
あれはいっつも本ばかり読んでる長谷部だ。
何を話してるのかなと少し気になる。
池谷が付き合ってる彼女は確か長谷部じゃなくて隣の5組にいるはずだ。
結構意外なものを見たな、と思い、僕は早速昨日買っておいたノートにそれを書き留める。
観察日記と言うか、殆ど覚書になりそうだけど、予想以上に池谷観察は楽しかった。






【6月23日。観察日記その一
池谷は彼女以外の女子とも普通に話せる。意外にチャラい。でも長谷部は嫌がってた】







「ねえ長谷部、池谷に何聞かれてたの?」
休み時間に尋ねてみたら、小さな手で分厚い本のページを捲りながら、長谷部は僕の顔を見ないで答える。
「夏休みの集中講義、受けるのかどうかって」
「へぇ、行くの?」
「行かない。予備校申し込んでるし」
文章を追いかけながら会話も出来るのは凄いなあと思う。
これが池谷や英介相手だと、返って来るのは大抵生返事だ。
池谷は長谷部がおちこぼれだと思い込んで世話を焼こうとしてるみたいだけど、長谷部はそんなに馬鹿じゃないと思う。
「ところで何読んでるの?」
「メソポタミア神話」
うん、長谷部も結構面白い。
多分図書館で借りたんだろう分厚い神話の本のチョイスが渋いのも高得点。
先月図書委員が利用者リクエストで変な本仕入れたって嘆いてたけど、あれもしかして長谷部がリクエストしたんじゃないかな。
「図書室の新刊って、あれ長谷部のリクエスト?」
「はずれ。3組の川島さんがリクエスト」
本を読みながらもちゃんと会話してくれるのが面白くて、僕はもう少し長谷部と話すことにした。
「川島さん見た目体育会計なのに意外だね」
「見た目体育会系だけど、漫画研究部の部長よ、あれ」
漫画研究部でもあの本は無いと思うけどなぁと僕が笑うと、中学二年生から精神育ってないのよ、と返って来る。
長谷部は小さくて大人しいように見せかけて、結構毒舌だ。
そりゃまあ、確かに高校生にもなって【黒魔術入門】は無いよなあ、と僕も思うけど。
この毒舌を隠さないから長谷部は友達が少ない。
それを気にかけて池谷は余計に長谷部を構う。
事実、今、長谷部と話してる僕の背中を池谷が睨んでいるのが気配で分かる。
て言うか長谷部の横の窓ガラスに映ってる。
睨んでないで話に混ざりに来れば良いのに。
別に長谷部と僕はただの同級生だし、池谷だってその同級生同士なんだから、遠巻きにする必要性は全く無いんだけど、どういうわけか混ざろうとせずに僕の背中を睨んでいる。
その行動の意味はわからない。
「池谷が睨んでくるんだけど」
「放っとけば?」
視線が心苦しくて小声で長谷部に言ってみたけど、長谷部は僕よりも神話の内容を読み解く方が大事だったみたいで、結局助けてくれなかった。




【6月23日。観察日記その二
どうして会話に加わらないで僕を睨んでるのか分からない】





「お前、マジで観察日記付けてるのかよ・・・」
今日は土曜日なので、昼までの授業が終われば放課後に突入する。
ノートにあれこれ書き込んでる僕を呆れ半分で覗き込んでくる英介は、この後部活らしく近所のパン屋で買って来たらしい弁当を食べていた。
うん、あそこのパン屋のオムライスは美味しいよね。
「そりゃあ、つけるって決めたんだからつけるよ」
言い返しながら何か頂戴と手を差し出したら、大人の掌くらい有るクッキーを差し出された。
これもあのパン屋の商品だってのは知ってるけど、一体何を考えてこんな馬鹿でかいクッキーを開発したのか是非一度職人を問いただしてみたい形状をしてると思う。
明らかに子供のおやつサイズじゃない。
誰が食べるのさ。
「でも意外に書く事少ないよね、池谷って」
英介を観察対象にすればよかったかなあとクッキーにかぶりつきながら言う僕に、目の前の英介がやめてくれと物凄く嫌そうな顔をする。
「なんで嫌なのさ?」
「お前に学校に居る間中観察されるかと思うと飯が喉を通らなくなる」
とか何とか良いながら英介はオムライスの次に食べるつもりらしいサンドイッチの封を開けていた。
よく食べるなあ。別に太っては居ないんだけど、本当に良く食べる。
部活動で消費が激しいんだろうか?
「食べ過ぎると脇腹痛くなるよ?」
「慣れた」
「あっそ」
生理現象までねじ伏せる体育会系の根性には恐れ入る。僕は真似しようとは思わないけど。
「今日も暑いねー」
何となく間が持たないような気がしたので話題を変えた。
梅雨明け宣言はまで出てないとニュースで言っていたけど、僕達の通う高校がある地域は梅雨が明ける前からもう既に真夏みたいに暑い。
水の入れ替えでもしたのか、窓の外に見える体育館の壁にプールの水面が反射して、ゆらゆら揺れる光の模様が浮かんでいる。
こういうとき、プールサイドから助走で勢いをつけて、思い切りプールに飛び込むと凄く気持ち良い。
水着よりも、服を着たままの方が楽しいし、飛び込んだ瞬間すっきりする。
プールから上がった後の事はその時はまだ考えない。
後先考えず気持ちよさ優先だからこその楽しさなんじゃないだろうか。
「市営プールじゃ駄目なんだよなぁ」
「何か言ったか?」
サンドイッチを食べ終えつつある英介は食べるのに集中して僕との会話のキャッチボールに参加してこなかったので、僕が口から出した言葉は独り言になって終わった。
なんでもないよと返して、僕は部活動に参加する英介や、まだ参考書を読んだり問題を解いたりしてる他の同級生を横目に帰る仕度を始める。
教室の中に池谷は居ない。
もう部活に行ったのか、それとも他のクラスで昼食を食べているのか、其処まではわからないし、敢えて所在を突き止めようとも思わなかった。







【6月28日。観察日記その二十七
今日も池谷は朝練の後参考書の問題を解いていた。毎日同じ事しかやってないような気がする】









例年よりも結構早い梅雨明け宣言から二日。
それ以前から暑かったけど、昨日と今日は輪をかけて暑い。
どうして学校には職員室や一部の教室以外冷暖房がついていないのか偉い人に問い詰めてやりたいくらいの暑さに、僕は辟易していた。
今日も池谷は部活動と授業以外は殆ど参考書と睨み合いを続けている。
熱心な事だとは思うけれど、毎日同じ行動ばかりってのはどうなんだろうか。
観察日記もそろそろ開始して一週間になるんだけど、変化の無い記録ばっかりでちょっと飽きてきたかもしれない。
言いだしっぺは行動をやり遂げなきゃ駄目な気もするんだけど、暑いのと退屈なのも手伝って、最後までやるぞって言う気力がどんどん殺がれていく。
せめて池谷の日常がもう少し波乱万丈なら良かったのに。
「・・・うーん・・・」
波乱万丈を求めてつけはじめた観察日記じゃないんだけど、退屈すぎてちょっと気が滅入ってるみたいだ。
浮かんできた考えを振り払うべく、僕は目の前のプールに向かって思いっきり飛び込んだ。
それを咎める声は聞こえない。
だって今は水泳の授業中だから。
本当は水着より普通の服で泳いだ方が気持ち良いけど、授業で泳ぐにはまず水着に着替えないといけないし、そういうルールには従っておいて間違いでは無いから(と言うか制服でプールに入ったら確実に怒られる。わかりきった事で怒られたくは無い)僕も当然水着でプールに入る。
今回は、50メートル泳ぐ訓練。
25メートルのプールをクロールで泳いで、息継ぎもそこそこに向こう側の縁を蹴ってターンする。
蹴った力でそのまま進む間に目を開けて、塩素水の下から空を眺めた。
温いように感じるプールの水の中、水流でほんの少し眼球が押される感触。
出来る限り距離を稼ぐ為に、プールの其処近くから水面に向かって上昇する途中の光景。
揺れる水の向こう側で、太陽の光が反射する隙間に、嫌に濃い色の空と、順番待ちの水着の群れだけ確認すると、僕はすぐに手足の動きを再開する。
水を腕で掻きながら少しだけ考えた。
今この瞬間、三つ向こうのレーンに池谷が居る。
水の中、池谷も目を開けて水面の上を覗いたりするんだろうか。
50メートル泳ぎきって顔を上げると、少し遅れて池谷もゴールしたのが見えた。
運動神経は結構良いはずだけど、水泳は僕の方が早いタイムを残せるみたいだ。
プールの中で目を開けてるかどうか、いつ尋ねてみようか?
「そこー!早く上がれー!!」
考えながらプールの中で立ち止まっていたら、次がつかえてるとせかされた。






【50メートルクロールのタイムは僕の方が池谷より早い事を発見】






「観察日記飽きてきたんだけど」
そう言った僕に、英介はそら見たことかとでも言いそうな顔をする。
場所は教室のいつもの席じゃなくて、屋上。
たまには気分を変えて暑いけど外の風に吹かれながらの昼食にしようと僕が言った。
ついさっきまで水泳の授業で泳いでいたから、濡れた髪に吹いてくる風が気持ち良い。
日差しは随分きつくなってきたけれど、梅雨の間の蒸し暑さのような不快感は無かった。
屋上から見えるのは、学校のすぐ傍を走る車道と、その向こうのビニールハウスに、田んぼ。
夏休みに入ったらすぐに稲刈りが始まるらしく、風に緑の穂がそよいでいる。
「池谷じゃなくて稲穂の観察日記にしたほうが有意義だったかな?」
「小学校の時にやったな、稲穂観察」
パックの苺牛乳を飲みながら英介は僕に話をあわせているけど、顔はこっちを向いてない。
来週からの期末試験に備えて教科書にボールペンで何か書き込みながら焼きソバパンを食べている。
勉強と食べる事に夢中で、僕の話にはそんなに興味が無いみたいだ。
僕も勉強しないとな、と溜息をつくと、観察日記は横において、英語の教科書を取り出してノートに試験範囲の例文を書き込んでいく。
直射日光の下で勉強をするのは眼に悪いって、多分見つかったら注意されるだろうけれど、遊んでるんじゃなくて勉強なんだから、其処まで目くじら立てなくてもいいんじゃないかなって思う。
「ねえ、英介」
「あ?」
家でも教室でもこの屋上でも、もう何回も書いてすっかり覚えてしまった例文を書きながら、英介に向かって呼びかけてみる。
「観察日記どうしようか?」
実は結構こまめに書き込んでいたから、ノートの半分近くまで埋まっている池谷観察日記。
今更捨てるのもどうかと思うし(と言うか、捨てて誰かの目に触れたら色々問題だとは僕も思う)かと言ってこれ以上続ける気力も無くなって来ているし、さてどうしようか。
池谷に進呈したら物凄く怒るだろうなあ。
「燃やすかシュレッダーにかけるかしたらどうだ?」
ああ、証拠隠滅的な方向性で来たか。
燃やすなら完璧に残らないようにしたいし、シュレッダーも良いなあ。
「やっぱ、証拠は残さないほうが良いと思う?」
「池谷以前に、他の奴や先公に見つかってもやばいだろ、それ」
「だよねえ」
もしも観察日記が見つかって、同級生の男子の観察日記つけてました、なんて言い訳でもしたら職員会議に掛けられそうな気がする。
そんでもって僕はカウンセラールーム行きの上に親に話が行って・・・
あ、嫌だ。
それは嫌だ。
何が悲しくて自分の親から変質者扱いされる展開を迎えなきゃいけないの。
「作業室でこっそりシュレッダーにかけちゃおっか」
「そうしとけ」
ノートを一枚一枚破ってシュレッダーで刻むのは結構面倒な作業になりそうだな、と思いながら、僕は英語の教科書の下に置いていた観察日記を軽く撫でる。
「処分すんの、あやしまれんなよ」
英介の言葉は多分、一応僕の事を心配しての事なんだろう。
「ノープロブレムだよ」
ペットボトルのお茶を喉に流し込みながら僕は言った。
勿論、英介から「かっこつけんな馬鹿」と返された。










作業室にあるシュレッダーを使うには鍵を借りないといけなくて、そのためには職員室に有る使用記録に名前を書かないといけない。
「何に使うんだ?」
使用記録を管理しているのは学年指導を担当してる教師で、実を言うと僕はその教師が少しだけ苦手で、でもテスト期間が近いのを利用した。
「テスト勉強用にプリントを作ろうと思って」
作業室には印刷用の機械が有るから、利用する生徒の殆どはシュレッダーじゃなくてそっちを使いに来る。
案の定、プリントを作るんだといったらあっさり信じてくれた。
鍵を借りてすぐに作業室に向かい、昼休みの内に破いておいた観察日記をシュレッダーに送り込む。
勿論、テスト勉強用のプリントも印刷しながら。
あっという間に細切れの紙くずになっていく観察日記。
ほんの少し、自分で作ったものを破棄する事に対する勿体無さは感じるけれど、見つかった時のリスクの方が大きいと言い聞かせてどんどん送り込んでいく。
結局、シュレッダーの実働は3分程度で、観察日記は残らず紙くずになった。
プリントの印刷も完了し、証拠隠滅はこれで完了する。
やろうと決めて、書き始めて、飽きて辞めるまで一週間。
有意義だったのか無駄だったのか、僕個人の意見としてはどちらとも言えないような計画はこうして終了した。
どうせなら、池谷にも公言した上で観察日記をつければよかったな。
もしもお互いに分かった上で日記を書いていたなら、池谷はもう少し違う行動を取ったかもしれないし、僕はもう少し面白い一週間を過ごせたかもしれない。
後悔しても遅いとは思うけれども。
シュレッダーの中のゴミを片付けて、作業室の鍵を閉める。
職員室に戻って、プリントが無事作れたことを報告してから、僕は使用記録の退室時間に時計で確認した時間を書き込んだ。

【3年4組 吉田カナウ 使用開始16:45 退室17:00】

「次は何をしようかなあ」
とりあえずはテスト期間が終わってから考えようと決めて、僕は帰る準備を始める。
生徒用玄関まで出たところで、池谷と遭遇した。
テスト期間だから部活動はやってないみたいで、普段よりも荷物が少ない。
「やあ池谷」
声を掛けると、嫌そうな顔で返事を返してきた。
「・・・何か用か?」
眉間に皺を寄せて、明らかに僕を警戒する態度を見ていると笑いがこみ上げてくる。
池谷の態度は物凄く分かりやすい。
融通が利かなくて分かりやすくて馬鹿正直で。
英介みたいに僕に調子を合わせる、なんて真似は多分出来ない性格で。
いつかその真っ正直な心が何処かでぽっきり折れてしまうんじゃないかと思えてならない。
でも一週間観察日記をつけた結果分かったのは、真っ正直な分普段は結構退屈な日常を過ごし、その退屈さを退屈とも思わないで池谷が受け入れているという事で。
きっと僕がこのまま話題を広げようと話しかけても「テスト期間中だから早く帰れ」と言うに違いない。
だから僕は敢えて話題をひろげないまま、
「別に用は無いよ。其処に池谷が居たから声を掛けただけ」
と言った。
池谷は警戒をとかないまま、「そうか」とだけ言って靴を履いて外に出て行く。
実に冷たい。
そこは「また明日」とでも言えば良いのに。
なんて考えながら、僕は池谷の背中に向かって大声で呼びかけた。
「池谷バイバーイ!まーたーあーしーたー!」
返事は無かった。







ところで池谷の彼女には話聞いたのか?と英介に言われて、僕は池谷の彼女に取材する事をすっかり忘れていたのを思い出したのは、観察日記を処分してから二日後の事だった。
早く言えよ英介の馬鹿。



《 同級生観察日記 了 》



【 あとがき 】
《 言い訳 》
こちらの話には、以前書かせていただきましたピンクシュガーの登場人物が少しだけ出て来ております。時間軸はあれから一週間後くらいです。
彼らの通う高校とか、近所のパン屋とか、高校生時代の記憶を総動員させて再現してみました。


辻マリ
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