Mistery Circle

2017-11

《 ボニン島 》 - 2012.05.01 Tue

《 ボニン島 》

著者:鎖衝





◆“ボニン”とは、無人(ブニン)が訛ったもの。“ボニン・アイランド”は、東京から南に約千キロの太平洋上に位置する小笠原の島々を指して言う。


奥田麻里 アナウンサー
松木健二 アナウンサー
川添幸恵 アナウンサー
坂下真一 プロデューサー兼ディレクター
堀込真理 企画兼アシスタントディレクター
滝本譲治 カメラマン
宇田川俊哉 音声

牧田幸三 巡査部長
奥瀬隆文 巡査



 ゆらゆら、ゆらゆらと、遥か頭上できらめく水面が揺れている。
 私は既に朦朧とし始めた意識のまま、あぁ、水の底から眺める陽の光とはなんて美しいのだろうと、そんなのんきな事を考えていた。
 そうしながら、ようやく気付いた。皆を殺した犯人が誰なのかを。
 そして、“カナウ”の正体を。
 ただ、時が遅過ぎただけ。私が思い出すのが遅かっただけ。私は後悔のまま目を瞑る。
 何とかして健二に伝えなきゃ。彼を助けなきゃと心の奥でそう思うが、もはや身体は言う事を聞かない。
 そして私は抗うのをやめ、満ちて揺蕩う冷たき水と同化する。
 最後にもう一度だけ彼に逢いたかった。彼に愛されたかったなと、密かに小さく呟きながら――。

 *

「暑いじゃあねぇか。ここは一体、どこの国なんだよ」
 言って、上司である牧田幸三巡査部長は禿げ上がった頭皮に浮かぶ汗を、ハンカチで拭った。
「確かに暑いですね。本土とは気候が全然違う」
 僕――奥瀬隆文は、踏み固められたままの未舗装な道を先導しながら、そんな返事をした。
 まだ春の半ばだというのに、風のない道には、夏を思わせる熱く湿った空気が澱んでいた。
 ここは、東京都に属する小笠原諸島の遥か南。母島と呼ばれる島よりもまだ更に南下した場所にある無人の離島。葦不入島(アシイラズ島)と呼ばれる場所だった。
 かつては、「なんぴとの足も入らず」と言う意味でアシイラズと呼ばれていた島らしいのだが、過去の大きな大戦時に「葦不入」と命名されて以来、日本の地図にもそう明記されるようになったのだと言う。
 葦不入は、無人島ではあるのだが、実際は人の手の入った場所がそこいら中に見受けられた。それは既に風化し、ほぼその原型が判別不能な程に崩れ落ちてしまっているコンクリート製の壕や、要塞化された日本軍の基地の跡などであり、それらが戦争当時から手付かずのまま残されているのだ。
 人は住まずとも、幾百人とも、幾千人ともつかない人々の魂が眠る場所。そんな忌まわしき場所でもあった。
「おい、奥瀬。お前本当に大丈夫かよ。まだ青い顔してるじゃねぇか」
 牧田部長に言われ、僕は慌てて、「平気ですよ」と答えた。
 実際はまだ、激しい眩暈で歩くのも容易ではなかった。だが、長い時間の船の酔いで仕事を放り出すなどと言う訳にも行かず、僕は懸命にふらつく足を前へと進める。
 妙に身体がだるい。後頭部に鈍い痛みが走り、歩くごとにそれがズキズキと鳴る。
 本日の捜査は、四日前にこの無人島に上陸したきり安否確認が出来ていない人々の捜索と、発見されたばかりの不審死体の検証。
 現地には既に捜索班と鑑識の面々が到着している筈で、僕達もまたその中に加わる予定であった。
 ――急がなきゃ。思いながら僕は、両側からせり立つ木々が木漏れ日を作る、そんな南国の道を歩いた。

 *

「ちょっと、マリ。何をぼんやりしてるのよ。返事ぐらいちゃんとしなさい」
 言われて私は、「あぁ、ごめん」と、慌てて顔を上げた。
 かがり火の中、円座に腰掛ける皆の顔が暗闇に浮かぶ。
 火のはぜる音に、ささやかな談笑。東京では見られない満天の星空のもとで酌み交わす酒に、誰もがいつも以上の陽気さを漂わせ、したたかに酔っていた。
「どうしたの?」
 私が聞くと、同僚であり同じアナウンサー仲間でもある川添幸恵が、「氷はどこよ?」と聞いて来る。
「それはあなたのお尻の下ね」
 冷やかにそう返したのは、企画兼アシスタントディレクターである堀込真理。
 堀込真理は、私と同じ“マリ”である。尤も私の方は、奥田麻里なのだが、下の名前を声に出して呼べばどちらも“マリ”。おかげでいつも私達は下の名前で呼ばれると、同時に返事をしたりしてしまう。
 幸恵は、「あぁ、ホントだ」と笑いながら腰を上げ、その下に敷いていたクーラーボックスの蓋を開ける。
 途端、また和やかな笑いが起こる。普段は腹の内の探り合いばかりな関係の私達ではあったが、少なくとも今だけはやけにのんびりとした平和な空気が流れているようだった。
 私達は、東京の端の方に位置するローカルなテレビ局のスタッフだ。
 老朽化した貸しビルに機材を詰め込み、総勢四十人ちょっとで運営する極小チャンネル。従って、各人員それなりの肩書きは与えられてこそいるが、その仕事内容はと言えば、“何でも屋”的な能力が求められていたりもした。
 私から見て左隣に座る髭の男は、プロデューサー兼ディレクターの、坂下真一。
 そしてその隣の小柄な女性、眼鏡がトレードマークな、堀込真理。
 真っ黒な肌で短い髪の、カメラマン、滝本譲治。
 どこかミュージシャンのような雰囲気漂う長髪は、音声担当の宇田川俊哉。
 屈託のない笑顔で女性に人気がある、アナウンサーの松木健二。――数カ月前まで、私の恋人だった男でもある。
 そして、普段からやけに肌の露出が大きい川添幸恵と続いて、私に戻る。
 今日のこのキャンプファイヤーは、二週間先に放送が控えている企画のロケーションの、ささやかな前夜祭だった。
 企画の内容は、私達アナウンサー数人が四日間の無人島生活を送り、それをドキュメンタリーに仕上げて放送してしまおうと言うもの。
 普段から地獄のように忙しいウチの局にしてはやけに緩い企画ではあったが、それもその筈。このロケと同時に、三カ月後の夏休みの代休を強制的にこれに当てさせる。つまりは、仕事兼休暇のロケーション。いかにもウチの局らしき休暇の取らせ方だった。
「ちょっと、滝本君。何撮ってるのよ」
 幸恵が叫ぶと、カメラマンの滝本譲治は、「いいから、いいから」と笑いながら、酔った皆の顔を舐めるようにして映して回った。
「ねぇ坂下さん、やめさせてよ。ロケは明日からの予定でしょう?」
「いいじゃない。酔ってる顔も可愛いし」
 ディレクターの坂下真一もまた、普段では見せないぐらいの陽気な笑顔でそう返す。
「えっ、そう? 私すぐ顔赤くなるから恥ずかしいんだよねぇ」
 ――幸恵も良く言うわね。私は心の中でそう呟いた。既に撮られる事など完全に意識して、素足全開なショートパンツ姿で、完全メイクまでしているクセに。
「ところでこの企画どんなイメージで行くのよ。俺達まだその内容、全然聞かされてねぇんだけど」
 滝本が聞くと、坂下は簡素に、「まだ何にも決めてない」と言い切った。
「何も決めてないって、随分いい加減だな。まさか雄大な自然とその解放感を、だらだらとつまらなく流すつもりはないよなぁ?」
「国営放送じゃあるまいし、そんなつまらないもの作るつもりは無い。――ただちょっと、迷ってるんだ。どこまで過激でいいものかって」
 ひゅうと、滝本が口笛を吹く。いかにも待ってましたと言わんばかりの感じだった。
「過激って、まさかセクシー路線じゃないよね?」
 健二がニヤけ顔でそう言うと、幸恵はまるで自分に振られた話題であるかのように、「やだぁ」と嬉しそうに笑う。
 途端、胸がじんじんと痛み出す。健二とは別れて久しいと言うのに、やはりこうして幸恵と仲がいい場面を見せ付けられると途端に心の奥底が苦しくなる。
 健二は私と付き合っていた時とはまるで違い、幸恵との交際をまるで隠そうとはしていない。もう慣れた事とは言え、その扱いの違いに劣等感を抱く事はしばしばあった。
「とりあえず今、案として上がっているのは、この島中に散らばっている日本陸軍跡地の紹介ね」
 同時に企画も受け持つ堀込真理が、ノンアルコールのカクテルの缶を持て余しながらそう言った。
「ただそれを感傷的に作るか。それともダークサイドに掛かるような作りにするか。その方向性で迷ってるの。せっかく来たんだから、少しは凝ったもの作りたいじゃない?」
「そう、そしてもう一つ」坂下が続ける。
「オカルトミステリー風な方向なのものも考えている。これは本当についさっき思い付いたんだが、なんとなくこの島の雰囲気には合うんじゃないかと思っているんだ。――この島、やけに独特な霊気を感じるんだよな。ただ大勢の人が死んだってだけじゃない。妙に薄ら寒い何かを感じる」
「あるなぁ、それ。今この場に旧日本軍の兵士の幽霊がいたっておかしくはない」
「やぁだ、やめてよぉ」
 幸恵は隣に座る健二の腕に絡み付きながら、そう言った。
「なるほど、面白いじゃない。つまりはこんな感じか。戦争の傷跡を昼間の間に紹介し、そして夜はその跡地の中で起きる怪奇現象的なものを映像に撮る……と」
 滝本は坂下に向けてカメラを回しながら聞く。そして坂下は、「あぁ、そんな感じだ」と頷きながら、ビールの缶を大きく傾けた。
「なんか……やだな。局内でもそんな話ばっかりなのに、ここに来てまでそう言う怖い話なんだもん」
 幸恵の言葉に、今までずっと沈黙しながら機材を磨いていた音声の宇田川俊哉が、「それって“カナウ”の事?」と、敏感に反応した。
 途端、皆の顔が曇る。幸恵に至っては、嫌悪の表情がありありと浮かんでいた。
「気持ちわりぃから、ここでそんな名前出すなよ」
 滝本が言うと、健二もまた、「そうだよ」と賛同する。
「局の中でも、もう既に二人も死んでるんだ。ちょっとシャレにならない話なんだから、妙な噂が出る前に、その話題は慎もうよ」
「そう?」宇田川俊哉は言う。
「大いに慎むべきか。それとも明るみに出すべきか」
「やめろ、宇田川」坂下が言う。
「少なくとも……。“カナウ”に関しては、俺達もあまりいい思い出は無いんだ。なるべくその名前は話題に出すな」
「はいはい」
 宇田川はそう言って機材をケースへとしまいにかかる。なんとなく――重い空気が立ち込めた。
 真っ暗闇の中から聞こえて来る潮騒の音が、やけに大きく、そして不気味に、耳へと届く。そうして私達の上陸初日の夜は更けて行った。

 *

「滝本のものと思われる男の死体は、ここ。通称、“砲台の丘”の上で発見されました」
 朽ちてボロボロに錆びた砲台の足が並ぶ一角にて、僕は牧田部長に向かい、そう言った。
 この島の中においては、かなり高台に位置するひらけた場所であった。かつてはここに居並ぶ砲台から、海の向こうの戦艦に向けて砲弾を撃ち込んだのだろう。青く穏やかな海が水平線の向こうまで見える、綺麗な場所である。
「死体の散乱状況から見ての事なのですが、恐らくは最初の犠牲者だったと見て間違いないでしょう。――死因は毒殺。荒らされずに残った臓器等から、アコニチンが発見されています」
「アコニチン? なんだそりゃ」
「猛毒の一種ですよ。主に、トリカブトから抽出される場合が多いようです」
 僕はつい先日知ったばかりの情報を、手帳の走り書きを読みながらそう説明した。
「なぁにがあったんだろうなぁ。つまんねぇ事だ」
 牧田部長はやけに間延びした声でそう呟き、一つ大きなあくびをした。

 *

「――死んでるよ」
 坂下が、地べたに直接寝転んでいる滝本の横にしゃがみこみ、簡素に一言、そう告げた。
 数秒を待って後、幸恵が甲高い悲鳴を上げた。私の目の前でそんな幸恵の肩に手を回し、なだめにかかる健二の姿が少しだけ苛立った。
 滝本は大きく目を見開き、片手を喉に当て、強張った顔のまま固まっていた。どう少なく見積もってみても、苦しまずに死ねた様子ではない。
「コイツが怪しいな。残念ながら、もう全部こぼれて流れているが」
 宇田川はそう言って、滝本の近くに転がる携帯型のポットを足で突く。
「どう言う意味だよ。まさか、毒が入っていたとでも言うつもりか?」
「いや、そうは言わないけどね。でもかなり、怪しくはあると思う」
「訳がわからん。どうして滝本はこんな場所まで来て毒を飲まなきゃならないんだ」
「そうじゃなくてさ」宇田川は、坂下に向かって言う。
「飲まされた――ってのが、正しいんじゃないかな。どう考えたって、滝本は自殺するような性格じゃない」
「よせよ、宇田川。それじゃあまるで、滝本は誰かに殺されたように聞こえるじゃないか」
 健二が言うと、「その通りじゃない?」と、宇田川は澄まして答えた。
「自殺したいんなら、今じゃなくていい。夜、誰の邪魔も入らない所でゆっくりとやればいい事だし、それに服毒なんて苦しい死に方を選ぶ必要も無い。その上彼は、僕達をここに呼び出しておいて死んでいる。――どう考えてもこれは、自殺の場面なんかじゃない」
「確かに……ね」
 坂下はそう呟いて、滝本が握り締めていたカメラをその手から外した。
「滝本は何が言いたかったんだろう。朝飯に呼んでも顔も出さず、終わり頃にふらりとやって来て、『丘まで来てくれ』と言い残して去って行った」
「そう……その時、いくつか置いてあった珈琲のポットの一つを、自ら選んで持って行った」
「嫌よ。私もあのポットの珈琲飲んじゃったわ」
 幸恵が悲壮な声でそう言った。
「それを言ったら、ここにいるほぼ全員が同じものを飲んでいる。もしも本当にポットの中に毒物があったとしても、彼はたまたまその当たりの一つを自ら選んでしまった事になるな」
「そうそう。もしも全部に同じものが入っていたなら、もう既に俺達も同じ目に合っているさ」
 坂下と宇田川は、幸恵をなだめるようにしてそう言った。
「珈琲をポットに淹れたのは?」
 聞けば、「私よ」と、堀込真理は答える。
「もしかして……やっぱり私が真っ先に疑われるのかな? どのポットにも同じやり方で珈琲を入れたんだけどね」
「そうは言わないけど、怪しくはあるよね。マリちゃんだけはこのメンバーの中でただ一人、砂糖もミルクも入れないブラック珈琲派だから」
「なるほど。もしも間違えて堀込さんのポットを取ったら、一目でそれは自分のものじゃないと誰もが判る」
「やめてよ! みんな大真面目にそんな疑い持ってる訳?」
 堀込はヒステリックに叫ぶ。無人島生活、第一日目の朝の事だった。

 *

「それで? 残る仏さんは後いくつだ?」
 部長の言葉に、「まだ全員死んでいるとは限りませんよ」と返しながらも、開いた手帳を確認しつつ、「後二人……か」と小声で呟く。
 これまでに発見された遺体は、計四体。その中で、明らかに他殺体だろうと思われる遺体もいくつかあった。
「そうか。後二人か」
 僕の呟きを聞き分けたのか、部長はそんな事を言いながら僕を後を付いて来る。
「いやまだ、生きているかも知れないんですから」
「そうかなぁ」
 部長はまるでその島に感化されたかのような呑気さで、失礼な事を言っていた。

 *

「どうだった?」
 坂下は聞く。海岸近くの広場。昨夜、皆でキャンプファイヤーをした場所での事だった。
 それは、ほぼ時間同じくして戻って来た健二に向けられての言葉だった。もちろん幸恵もまた、健二にべったりと張り付いていたのだが。
「無理でしたね。どこも電波は繋がらない」
「やっぱりか。俺も同じだった」
 二人は、携帯電話の事を指して言っていた。上陸初日から誰もが気付いていた事だが、やはりその文明の利器は、ここでは何の役にも立たない事が証明されただけだった。
「ねぇ、これからどうするんですか?」
 私が坂下にそう聞けば、坂下は深い溜め息を一つ吐き出し、「――どうしようか」と、独り言のようにそう答えた。
 やがて、宇田川と堀込も、その場所に姿を現した。
 誰もが彼等を見つめた。幸恵などは気も早く、既に自分のバッグを肩に担いでいた。
「船は来たのか?」
 坂下が聞く。だが、その二人は同時に首を横に振る。
「どうやら来ないらしい。二時間も待ってはみたけど、船らしき影も見当たらない」
「どうして!?」幸恵は叫ぶ。
「ちゃんと毎日、水と食料は届く手筈になってるんでしょう? のんきな事言ってないで、なんとかしてよ!」
「そう言われても……」
「船のチャーターは誰が担当だ?」
 坂下が聞けば、またしても視線は堀込に集まった。
「私――。ちゃんと手配しましたけど」
「じゃあどうして来ないんだよ!」
 珍しく、健二が怒鳴り声を上げる。
 堀込は宇田川の背に隠れるようにして、身を縮める。そして坂下は健二をなだめるようにして、「落ち着け」と声を掛けた。
「とにかく、外部と連絡を取るには船がここに来てくれる以外無い。悪いが宇田川かマリか、どっちかはしばらく船着き場で待っていてくれないかな」
 言われて私はそれが自分に向けての事かと勘違いしたのだが、坂下の視線が堀込に向いているのを見て、そこは黙った。
 全く、呼び分けぐらいしてくれてもいいのに――。思いながら私が、煮立ちはじめた飯盒の様子を見ようとした時だった。
「嫌っ!」
 突如、幸恵が叫び声を上げた。
 誰もが彼女を見た。だが幸恵は、その身体をこわばらせたまま、一点を凝視していた。
 視線は――私の背後にあった。
 背後にはすぐ密林が迫り、昼でも色濃く陽の射さない暗がりが広がっている。幸恵はそんな私の背中側、密林の奥を見つめている。
 じわじわと、恐怖と戦慄が襲って来る。お尻の方から背中へと、毛が逆立つような感覚を覚える。
 振り向くなと、私の心の中の何かが叫ぶ。だがその声に反して、身体はゆっくりと背後へと向き直る。
 そして視線は背中側の暗闇へと注がれ、ある一点で静止する。
 確かに、何かが動いた。それはほんの僅かな木の枝の葉の揺れであったが、確かにそこで何かが動いた気配はあった。
「何――?」
 言ったと同時に、今度は向こうで騒ぎは起こる。
 いやあぁぁぁぁぁ――と、長い尾を引き、幸恵は叫びながら駆け出していた。
 追ったのは、健二と宇田川の二人だった。私と堀込は坂下の前へと駈け寄り、坂下は、「とりあえず俺達はここにいよう」と、そう言った。

 *

「次は、ここ――。この崖の真下で、死体は発見されました」
 黄色の矢印のペイントが妙なアンバランスを感じさせる、ゴツゴツとした岩場の崖の真上だった。
「まだ結果は出ていませんが、遺体は恐らく川添幸恵と言う女性アナウンサーのもの。唯一、事故死の疑いが大きい遺体です」
「なるほど。誤って足をを滑らせ、ここから落下――って話か」
 言って、牧田部長は恐る恐る身を乗り出し、崖の下を覗き込む。
「危ないですよ」
 僕が言うと、部長は素直に、「そうだな」と言って首を引っ込めた。
 島の南側。下から海風が吹き上がる、断崖絶壁での事だった。

 *

 夕刻。空が次第に、橙から薄紫色へと変わって来た頃。
 大汗を流しながら戻って来た宇田川に、堀込はタオルを差し出した。それを見て私は、ハンカチーフを取り出そうとした自らの手を引っ込めた。
「松木と川添君は?」
 坂下が聞くと、宇田川は黙って首を横に振る。
「手分けして探したけど、どっちも見失った。小さい島に思えたけど、実際に歩くとかなり広いな」
「確かにね」
 坂下はクーラーボックスからペットボトルの水を取り出し、宇田川に渡す。そして懸命にも宇田川は、そのボトルが開封前なのをしっかりと確かめてから、それに口を付けた。
「嫌なものを見たよ。丘の上に群がる、鳥の姿さ」
 一瞬、何を言っているのかが判らなかった。だがすぐにそれが、今朝亡くなったばかりの滝本の死体の事だと理解し、私は顔をしかめた。
「鳥葬か――。やはり死体は動かしておくべきだったな」
「でも、他殺体だからね。素人が勝手に動かしていいものでもない」
 誰もが言葉に詰まった。
 辺りが静けさに包まれると、まさしく昨日の夜の如く、潮騒と焚火の爆ぜる音だけが周囲の音を支配しようとする。私はそれを聞きながら、ロマンチックと不気味さは紙一重ねと、そんな下らない事を考えていた。
「ところで、今朝あいつが俺達を呼んだのはどんな意味があったんだろうな。珍しく、かなり深刻な顔をしていたからなぁ」
「あぁ、滝本ね。別に丘まで呼ばなくても、その朝飯の場で言えば良かったのに」
 坂下の言葉に、宇田川が応える。すると今度は堀込が、「もしかして――」と、言葉を発した。
「ここじゃあ言えない事だったんじゃない? だから私達を、丘の上へと呼んだ」
「ここで言えない? どうして?」
「だって、幸恵もここで何かを見付けて……」
 堀込が途中で言葉を切る。きっと彼女自身も、気味が悪かったのだろう。何しろ私達の背中側を取り巻くのは、次第に迫り来るひたすらの闇でしかなかったのだから。
「もしくは、彼の撮った映像に何か映っちゃってたとか」
 宇田川が言うと、「それもあるな」と、坂下は言った。
「そこまでは気付かなかった。――ちょっとテントへ戻って来る」
 そう言って坂下は、一人でその場を離れた。私はその背に、「気を付けて下さいね」と声を掛けたが、彼は何も反応せずに、辺りを満たしつつある闇の中へと同化した。
 残された私達は、しばらく無言のままだった。
 火の向こう、宇田川の横へと寄り添う堀込の姿が見えた。
「ねぇ俊哉。私、怖い……」
 堀込の呟く声が聞こえる。珍しくも、常に気丈な彼女とは思えない一面だった。
「大丈夫。明日にはきっと、船は来るさ」
「来るかしら……。もし来なかったら?」
 宇田川の肩にもたれかかるようにして、堀込は顔を寄せた。
 もしかしてこの二人って、そう言う関係だったのだろうか? 思った次の瞬間、堀込は思いも寄らない事を言った。
「私を守って。――“カナウ”から。あの死神から」
「マリちゃん、それは――」
「知ってるわ。局で亡くなった二人だって、死ぬ直前にカナウを見てた。それにその二人だって、あの事件に無関係じゃなかったし……」
「マリちゃん……」
「お願い。私を守ってよ」
 言って堀込は、宇田川へと抱き付く。それを見て私は、「良くやるわ」と、小さな声で呟いた。
 途端、堀込の敵意ある眼差しが私へと向けられた。私は慌てて、「あぁ、ごめんね」と言ったが、時遅く、彼女は私に腹を立てている様子だった。
「悪かったわね。私、向こう行くわ」
 そう言って私は立ち上がる。だが堀込は宇田川の腰に手を回したまま怖い目で私を見上げ、「消えて無くなれ」と小声でそう言った。
「はいはい。今度はそう言う真似、誰もいない時にやってね」
 私はそう告げて、二人の元を離れた。
 どうにも私は、彼女とは昔から気が合わない。同じ名前で呼ばれ、同時に返事をする度に気まずい空気になるせいか、どうにも彼女とは衝突してばかりだ。
 私は孤独にテントの方へと歩き、ただ一つ灯りのともる坂下のテントを見付け、小さく開いた入口から中を覗き込んだ。
 中では坂下が、難しい顔をしてカメラのモニターを凝視している。
「何か映ってました?」
 私は聞くが、坂下は何も答えない。――まぁ、ぶっきらぼうなのはいつもの事だと思い直し、私は小声で「おやすみなさい」と告げ、あてがわれたテントへと戻る。
 その時はまだ、私も気付いていなかった。坂下が覗くそのカメラの映像に、“死の前兆”が――。全ての殺人の犯人が映り込んでいた事を。

 *

「次はこの中か」
 牧田部長の言葉に、僕は、「そうです」と頷いた。
 部長が片手でそのテントのファスナーを開ければ、中からうぉんと音をさせ、蠅が数匹飛び出して来た。
「まだ血なまぐさいな」
「えぇ、ただ遺体を運び出しただけですからね」
 言うと部長は再びテントのファスナーを閉め、「ここはいいか」と、手を振った。
「凶器は?」
「はい。現物は鑑識へと回っていますが、写真にある通り、日本刀ですね」
「なるほどね」
 部長は特に感心を持つでもないような声でそう言って、今度は他のテントの方へと近付いて行った。
 それにしても今日は暑い。僕はそう思いながら、既に濡れそぼってしまったハンカチで額を拭う。
 あぁ、早く本土に戻りたい。思いながらも、またしてもあの船に乗らなきゃいけない事を考えて、僕は少し憂鬱になった。

 *

 朝、焚火跡のある海岸へと向かうと、そこには全身泥だらけになった健二がいた。
「どうしたの?」
 聞くが、返事は無い。ただその押し殺した嗚咽と揺れる肩で、彼が泣いているのが判った。
 何も言わず、燃え残りの焚火を挟んだ向かい側に腰を下ろす。
 早朝、山から下りて来る冷気と靄が、まだ辺りに充満していた。
 しばらくして、坂下がやって来た。片手には、滝本のカメラがあった。
「どうした、松木」
 坂下は聞くが、やはり健二は何も答えない。ただより一層、その嗚咽が激しくなるだけだった。
 なんとなく、理解が出来た。恐らくは幸恵の身に何かがあったのだろう。彼の落胆とその身体の汚れで、それが判った。
 最悪な夏休みね。私はそんな事を思い、溜め息を吐く。
 坂下が、昨日見掛けたままの様子で、またしてもカメラの映像を再生し始める。私はそっと彼の背後へと寄り、その映像を覗く。
 それは、滝本が撮った上陸初日のキャンプファイヤーの様子だった。
 きゃあきゃあと、幸恵のはしゃぐ声が聞こえ、そしてそれに次いで、「ちょっと、マリ。何をぼんやりしてるのよ。返事ぐらいちゃんとしなさい」と、あの時聞いたセリフが続く。
 私が見たままの、あの夜のあの場面そのものだった。皆の姿を舐めるようにして撮る滝本以外の六人全員が、そこには映っている。
 だが坂下は一体何を不振がっているのか。首を傾げたり、ぶつぶつと何かを呟いたりしながら、何度も何度もそれを再生する。だがやはり私の目には、特に変わったものは見当たらない。
「幸恵が……死んでた」
 突然、健二は言った。
「何だって?」
 坂下は映像を停め、カメラを横に置き、そう聞き直した。
「崖の下にいたよ。何度もそこの前を通り掛かりながら、全然気付いてやれなかった。もしももっと早く見付けてたら……助けられたかも知れないのに」
 そして健二はまた自分を責めるようにして、両手で顔を覆い、泣き始める。
 私はそれを見ながら、じんじんと痛み出す胸を押さえる。だがその痛みはいつものものとは少しだけ違い、やけに切ないものだった。
「とにかく、宇田川達を起こして来よう。話はそれから聞こうか」
 言って坂下は立ち上がる。私もなんとなくその場に留まるのがいたたまれなく、坂下の後を付いて行く事にした。
 テントはどう言う意図があるのか、その一つ一つがやけに離されて建てられていた。
 もしかしたら夜の間に関係を持つ男女を気にしての事だったのだろうか。そんな下衆な疑いを持ちながら、私と坂下は、宇田川のテントの前に立つ。
「おい、宇田川!」
 坂下は叫ぶが、応えは無い。
 ――もしかしたら? そんな不吉な想いに囚われながら、私は目の前で開かれるテントのファスナーを眺めていた。
 そしてその予感は、想像以上の形で当たっていた事を知る。
「いやあああああーっ!!!」
 私は叫ぶ。
 薄暗いテントの中、二人はいた。
 二人は全裸だった。仰向けの宇田川に、うつ伏せた堀込真理が抱き付くように重なり合い、そしてその堀込の背中からは一本の長い棒のようなものが生えていた。
 死んでいるのは明らかだった。流れ出て来るその匂いと、二人から流れ出したのだろうその真っ赤な血溜まりが、それを物語っていた。

 *

「そしてここに、坂下真一のものと思われる遺体が転がっていました」
 島の、船着き場と呼ばれる場所だった。実際に僕達もまた、そこに船を接近させて上陸をした場所でもある。
 かなり老朽化した板が数枚、海側へと張り出されたそんな場所。その突端部分に、坂下の遺体はあった。
「どこから入手したものなのかは知りませんが、死因はロシア製の拳銃による頭部の損傷。――多分、自殺でしょうねぇ、これは」
 口に咥え、引き金を引く。昔流行ったような、自らのこめかみに向けて行うようなスタイルではなく、脳を吹き飛ばして確実に死ねる。そんな方法での事だった。
「何があったんだろうなぁ」
 牧田部長がその太い首を撫でまわしながら呟く。
「何があったんでしょうねぇ」
「何があったんだろうなぁ」
 僕達は、埒のあかない言葉を何度も何度も繰り返した。

 *

「さて、残ったのはもう俺達だけなんだが……」
 坂下が、沈んだ声でそう告げた。そしてそれに対し、私も健二も何も言わない。
「一つ、気付いた事があるんだが。聞いてくれないかな?」坂下は言うが、もちろん反対の声は上がらない。
「何か……不思議な関連性があるように思えるんだ。なぁ、松木は気付かないか?」
「何を?」
「――“カナウ”だよ。あいつが亡くなった時の最後の収録、覚えていないか」
 聞いてしばらく健二は考えていたが、ようやくそれに気が付いたかのように、「あぁ」とだけ声を上げた。
「そう。カナウの亡くなったあの収録。ウチの局にしては珍しく、かなり馬鹿げたバラエティー企画だった。アナウンサー対抗の、ドタバタな運動会」
 健二は何も返事はしない。ただ両手で頭を抱え、うずくまる。
「何も問題はない筈だった。実際、俺達だって何度もリハは繰り返したし、安全も確認したしな。――ただ、カナウの番を除いての話だが」
 坂下はそこで言葉を区切り、胸のポケットから煙草を取り出し、火を点けた。
「最初の障害は、青汁の一気飲み。そしてそのままコースを駆けて坂道を登り、今度は十メートルの高さからマットの上へと飛び降りる」
 あぁ、と、健二のうめく声が聞こえた。
「次は、落とし穴だらけの床を渡る。落ちたらスポンジで出来た針の山で串刺しになる」
「やめてくれ……」
「そして次は、巨大な大砲で撃たれながらの平均台渡り。落ちたら深いプールの水に真っ逆さま」
「もうやめてくれよ……」
「最後はロープに掴まって振られながら、小さなゴールの台へと目掛けて飛び移る」
「もうやめてくれって言ってるだろう!」
「ただそれだけの競技だった。民放なんかでは良くある下らないお遊びだ。――だけど俺達は、何も知らされていないカナウ本人にだけ悪戯を仕掛けた。そしてその結果、あいつは命を落とした。俺達はみんなで口裏を合わせたからこそ罰は逃れたが、あいつ本人は知っていた筈だ。水の底へと沈んで行きながら、俺達を呪っていた筈だ」
 うあぁぁぁと、またしても健二は泣き始めた。
「今の状況と、出来過ぎてるぐらい似ているだろう。最初は毒入りの珈琲を飲まされ、次は崖から飛び降り、そして串刺し。次は恐らく水責めだな」
「じゃああんたは、“カナウ”が幸恵を殺したって言うのかよ!」
「そうだろうと思う。何しろ局でも、“カナウ”を見掛けた奴はみんな死んでる。それに、きっとそうなるんじゃないかと言う確信もあるんだよ。あの朝、滝本が俺達に何を言いたかったのか、ようやく判ったんだ」
 そして坂下はカメラを健二の横へと置き、私に向かって、「勘弁な」と言うと、どこかへと向かって歩いて行ってしまった。
 ――今のはどう言う意味なんだろう。私は悩む。
 カメラはまだ、先程坂下が映像を停めたまま、静止画像の状態にあった。
 そして健二はその映像を覗き込みながら、今度こそどうしようもないと言うぐらいに泣き崩れた。――カナウ、カナウと呟きながら。許してくれと、謝りながら。
 私はただ、その場に立ちすくむだけ。ぼんやりと、亡くなった“カナウ”の事を思い出しながら。
 次は……私かも知れない。そんな絶望が胸中に渦巻く頃、島中に聞こえるかのような銃声が響き渡った。

 *

「また一つ、遺体が発見されました!」
 焚火跡へと向かっている最中、僕と牧田部長は呼び止められ、そう聞かされた。
「今度はどこだ?」
 部長が聞けば、その若い巡査は、「泉です」と答える。
「この先に湧水の溜まる岩場のような場所があるんですが、その泉の底に石を抱かされて沈んでいたようです。先程、腐って浮いて来た遺体の一部を見付け、発見しました」
 聞いただけで顔をしかめそうになる、そんな話だった。
「行ってみようか」
 部長は言う。そして僕もまた、その後に続いた。

 *

 ゆらゆら、ゆらゆらと、遥か頭上できらめく水面が揺れている。
 私は既に朦朧とし始めた意識のまま、あぁ、水の底から眺める陽の光とはなんて美しいのだろうと、そんなのんきな事を考えていた。
 私は、自ら命を絶つ決心をして、飛び込んだ。
 昨日たまたま見付けた、恰好の場所だった。きっとその底の方から湧き出て来るのだろう、岩場の中の小さな泉。冷たく、澄んだ、綺麗な水の溜まり。
 戻れば既に、健二はいなかった。彼は私を待っていてはくれなかったのだ。
 絶望と、落胆しかなかった。きっと次は私の番。もしかしたらあの場に健二がいなかったのは、彼が殺される番だったからかも知れない。
 あぁ、もうどうでもいいや。なんだか凄く疲れた。
 思えばなんだか、あまり楽しいとも思えない、そんな人生だった気がする。出来れば最後にもう一度恋をしてみたかったとか思いながら、私はその水の底で背を伸ばし、ゆったりとその身を横たえた。
 ――と、その時突然、何かが浮上して来るかのように一つのシーンを思い出す。
 なんだかこれと同じ光景を、どこかで見たような気がした。
 どこだっけ? どこでそれを見たんだっけ? そしてその記憶がぼんやりと蘇って来るのと同時に、私は気付いてしまった。
 皆を殺した犯人が誰なのかを。
 そして、“カナウ”の正体を。
 ただ、時が遅過ぎただけ。私が思い出すのが遅かっただけ。私は後悔のまま目を瞑る。
 何とかして健二に伝えなきゃ。彼を助けなきゃと心の奥でそう思うが、もはや身体は言う事を聞かない。
 そして私は抗うのをやめ、満ちて揺蕩う冷たき水と同化する。
 あぁ、本当につまらない人生だったわ。最後にもう一度だけ健二に逢いたかった。彼に愛されたかったなと、密かに小さく呟きながら――。思いながら何気なく、視線を横へと走らせた。
 そして健二は、そこにいた。

 *

「牧田さん。本部から無線が入っておりますぞ」
 年輩の地元警察官がそう言って、牧田部長を呼びに来た。
「無線? どこだ」
「船ん中です。持って来れんから、御足労ですけど船まで行ってもらえますかな」
「――了解」
 渋々と頷きながら、部長は今来た道を戻り始めた。
 その時だった。向こうの茂みで何かが動いた。
 鑑識の誰かだろうか。思いながら注意深くそちらを見れば、どうやらそれは大間違いで、この状況にはどうにも不釣り合いなサマードレス姿の若い女性だった。
「君……誰?」
 僕が聞けば、その女性は慌てて逃げ出す。
「待って!」
 僕は叫んで、その後を追う。
「おい、奥瀬! お前どこに行くんだ!」
 背後から聞こえて来る部長の声に、「ちょっと、あの女の子を追います」と告げ、僕は走り出した。

 *

「やっぱりあなただったのね」
 私は、彼に向かってそう言った。
 その時彼は、上半身裸のまま火を起こしている所だった。
 一体どこで何をしていたのか。血糊で染まったのだろう、洗っても落ち切れていない白いシャツを木の枝でぶら下げながら。
「あぁ、なるほど。噂は本当だったんだ……」
 彼はまるで独り言のような事を言い、それから私の方へと向き直った。
「やぁ、マリさん。お久し振り」
 彼は言った。――宇田川俊哉。皆を死へと追いやった、この事件の首謀者だ。
「どうして?」
 私が聞けば、彼はオウム返しに、「どうして?」と、聞いて来る。
「どうして……じゃないわ。何であなたがこんな真似を?」
 ふんと、宇田川は鼻を鳴らし、「殺してやりたかったからさ」と答えた。
「彼等は面白半分に、僕の大事なものを奪った。――その報いさ。もうこれで充分に満足さ」
「あなたの大事なものって……」
「彼女さ。そう、“カナウ”。彼等は僕の大事な彼女を奪った。僕はただ彼女を見つめ、一緒にいられればそれで良かった。彼女と同じ空間にさえいられればそれで満足だった。例え彼女が誰を愛していようともね」
 ぐっと、胸が詰まる。まるで私が健二を想う、それに良く似ていたからだ。
「最初は滝本か。別に最初の死は誰でも良かったんだけど、運良くあいつは“当たり”のポットを持って行っちゃった。もちろん毒を混入させたのは、堀込さんと一緒に朝食を作っていた僕なんだけどね」
 宇田川は語る。そして私はそれを黙って聞いていた。
「次は川添さんか。あれも運が良かった。僕と松木君とで彼女を追い掛けたんだけど、途中で見失った。そして二人で手分けしたんだけど、見付けたのは僕が辿ったルートだった。そして更に運のいい事に、彼女は崖のすぐ近くにいた。――後は判るよね? ただ力尽くで彼女を突き落せばそれで終わりさ」
「酷い……」
「酷くなんかないさ。彼女がカナウにした事に比べればね」
「……」
「そして堀込さんか。彼女も簡単だったさ。なにしろ彼女は、僕に惚れていたみたいだからね。上手にテントまで誘って、隙を見て刺した。もちろんあの刀の歯は途中で折れているから、他人には僕にまで刺さったように見えていただろうけど」
「……」
「でも実際、死体の真似だけは大変だったね。彼女の生血を全身に塗りたくって、口にまで含んで吐き出して、そしてその死体を一晩中抱いたまま発見を待ってたんだもん」
「……」
「坂下さんは単純に自殺さ。ただ、拳銃は僕が仕込んでおいた。彼のテントに置いておけば、きっと彼ならそうするだろうって思っていたからね。何しろあの自尊心の高さだ。殺されるぐらいなら自ら死を選ぶだろうって確信してた」
「……」
「そして最後に、松木の奴を沈めて来た。――面白かったよ。拳銃で脅して、自分で自分に石を括りつけさせたんだ。実際アイツは、弱い奴だよね。女に対して手は早い癖に、上からの圧力にはからっきし弱かった。だから人気のある君との交際も諦めたんだろうけど」
 ――そんな事があったんだ。私はようやく、健二が途端に冷たくなった理由が判った。
「僕は彼等が許せなかった」宇田川は言う。
「彼等はあの企画で、カナウに恥をかかせてやろうと試みた。何しろ彼女は当時から売れっ子アナウンサーだったしね。半分は嫉妬で、半分はからかいだったんだろうけど、それでも売れっ子な美人アナウンサーが醜態を見せるシーンは、彼等も望む所だった。だってそれだけで視聴率が稼げるんだもんね」
「そうね。――でもそれは、上手くは行かなかった」
「うん。実にアンラッキーな事に、彼女は渡る平均台の上で樹脂製の砲弾を頭に食らい、そのまま脳震盪を起こしてプールへと落ちた」
「知ってるわ。カナウの時だけ、大砲の威力を強くしていたんでしょう」
「そうさ。そして他にもある。最初に飲まされる青汁は、彼女のだけ抹茶味の強いカクテル。落とし穴のある床には油が塗られ、落ちたら服を脱がなきゃ上がれないように、粘着テープがその下に貼ってあった」
「成功したら大笑いね。確かに面白い企画だわ」
「面白くなんかないさ。だって君は――僕の見ている前で、死んでしまったじゃないか」
 彼の投げ付けた枝が、燃え始めた火の中に刺さり、火の粉を巻き上げた。
 私はそれをぼんやりと眺めながら、懸命に彼へと掛ける言葉を探した。

 *

「ほぉ、それじゃああの時のアナウンサーが死亡した事件、その容疑者達は全員死んでしまったと、そう言う訳ですな」
「そうだ。怪しいと思った連中まで全員だ。おかげで極秘裏に調査していた事件は、完全に暗礁乗り上げだ」
「そりゃ痛い……」
 牧田幸三巡査部長は、船の操舵室にある無線機を掴みながら、そう言った。
「じゃあ、こっちのヤマは?」
「そっちも終わりでいい。おおやけにする事は無い。局側も、集団自殺って事にしといてくれと言って来ている」
「そうもいかんでしょう」
 牧田は、吐き捨てるようにそう言った。
「もういいんだ、牧田。何しろおかしな事ばかりだ。あのカメラの映像と言い、局の連中の死に方と言い――」
「カメラがどうかしたんですかい」
「あぁ、あのカメラにはとんでもないものが映っていた。おかげで向こうの局の連中は、大騒ぎだったぞ」
「何が映っていたんです」
「“カナウ”と呼ばれた、女性アナウンサーだ。映る筈がないのに、そこに映っていた」
「どう言う意味です?」
「そのままの意味だ。カナウってアナウンサーは、既に死んでいるんだ。名前は“奥田麻里”。小さい頃からその名前のせいで、“オサダマリ”とか、“ミズタマリ”とか呼ばれて嫌な思いをしたんで、改名したらしい。――奥田叶(オクダカナウ)。お前も知っているだろう。あの局の最初の事件の犠牲者だった、女性アナウンサーだ」
 あぁ、と牧田は呻き、そしてその顔までをも思い出した。
 確かにあんな顔だった。最初にカメラの映像を観た瞬間、どこかで見た顔だと思った筈だと。
「局では噂だったらしい。死んだカナウが化けて出ると。そしてそれを見掛けたって言う奴が二人程いたんだが、そいつらはこぞって死んじまったらしい。――尤も、他殺の疑いが大きい、そんな死なんだが」
「えぇ、それは私も存じております」
「従って、合計六つの遺体が見付かればそれで終わりだ。後はこっちで何とか誤魔化す。早く残りの一体を探して、お前も上がって来い」
「いや、しかし――」
 言い掛けて、口を噤む。牧田にも経験はあるのだが、こう言う常識では図れない事態が起こっている事件に関しては、結局はまともな解決が出来ない事がままあるからだ。
「了解しました。早急に探します」
 そう言って、牧田は無線機を置く。
 さぁ、奥瀬にはなんと言って説明するか。思いながら、奥瀬の姿が無い事に気付く。
 あぁ、そう言えばあいつ、誰かを見付けて後を追うとか言っていたなと。
 こんな無人の島に一体誰がいるんだと、牧田は不思議がりながら。

 *

 ようやくその女性に追い付き辿り着いた場所は、かつては何かの軍施設だったのだろうか。それは森林の中にひっそりと佇む、コンクリート製の小さな建造物だった。
 大袈裟とも思える程に蔦が絡まり、その外壁のほぼ全てを埋め尽くしている。そしてその草の団子のような建物に一つだけ、ぽっかりと開いたドアの無い入口が見えた。
 女性は、その中へと飛び込んで行った。外から見た感じでは他に出入り口はありそうにもなく、僕はようやく安心して、ふらつくその足を緩めた。
 心音と共に、激しい頭痛が襲う。僕はこめかみに手を当てながらそれを懸命に堪え、そしてその建物の入り口に立った。
 奥に一つだけ、その暗闇を切り取ったかのように明るい、正方形の大きな窓があった。
 そして、そこに誰かがいた。天井からロープ一本でぶら下がり、窓から吹き込む風で揺れている、髪の長い誰か。
 それはやけに不気味な光景だった。窓の明かりを受け、シルエットだけで揺れている死体が一つ。そして地を離れ、揺れている死体の足元にうずくまる先程の女性。
「何をしてるの?」
 僕が声を掛ければ、女性はその僕の視線を遮ろうとするかのように、両手で自らの顔を隠す。
「あれ? 君は――」
 ふと、気が付く。最初にその女性を見た時から感じていた事だったのだが、どこかで見た顔だなと言う疑問が、ようやくそこで氷解した。
 それは、この島に残されていた持ち主不明のカメラの映像の中、焚火に照らされ笑っている人々の中の一人。
「ねぇ、君……」
「見ないで!」
 女性は叫ぶ。
「見ないで……って? 何を」
「私を見ないで! 私に話し掛けないで!」
 ――気の毒にと、僕は単純にそう感じた。
 気が、おかしくなっているのだろう。こうして、まだ見付かっていなかった最後の二人をここで見付けた。そしてその内の一人は自らの行動だろう、首を括って死んでいた。
 そんな状況の中、彼女は一人、ここで生き残ったのだ。この、誰もいない島。無人島の中で……。
「誰も……いないのよ」
 女性は言う。涙声のまま、何かを諦めてしまったかのような口調で。
「ここは、ブニン(無人)の島。人の住まない寂しき場所。誰もいない……この島には、死者しか存在していないのよ」
「何を言って……」
 僕はそう言い掛けて、慌てて湿ったハンカチで鼻を押さえた。風邪でもひいてしまったのだろうか。鼻水が、滴り落ちて来る感触を覚えたからだ。
「とにかく、早くここから出よう。もう大丈夫だからさ。もう安心だから」
 言うが彼女は首を振る。それが嫌だと言わんばかりに。もしくは、もっと他の何かを否定しているかのように。
「もう……無理」
 窓の外、甲高い南国の鳥の鳴き声と共に、密かな彼女の呟きが聞こえて来た。
 驚いた事に、鼻を押さえただけのそのハンカチは、まるで大量の血を吸ってしまったかのように真っ赤に染まっていた。そして彼女を見る僕の視界はやけに朦朧と霞み掛かり、頭痛は異常な程までに酷くなっている。
 僕はまだ、彼女に対してどんな言葉を掛ければいいのか、その返答を見付けられずにいた。
 無言のまま。静かなまま。まるでそこで、時が止まってしまったかのように。
 やけに暑い――。めまいがする程暑い、そんな島の午後の事だった。



《 ボニン島 了 》



【 あとがき 】
松永さんリスペクト & 挑戦状叩き付けです。w
やっぱり人の書く“自分の好きなジャンル“って、読んでいて燃えますね。
前回までの松永さんの正統派ミステリーを読みながら、「負けてたまるか」と、書いた作品です。
私のは決して正統派ではありませんが、こんな形のミステリーが自分スタイルです……みたいな主張で締めさせて頂きます。
ちなみに作中に出て来る舞台となる島は、実在しておりません。
小笠原諸島の皆様、申し訳ございませんでした。


『 上昇既流 』 鎖衝

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