Mistery Circle

2017-06

《 冬の陽 》 - 2012.03.01 Thu

《 冬の陽 》

 著者:氷桜夕雅





もちろん手帳を“忘れた”というのは嘘だった。
なんていうかこうでもしないと踏ん切りがつかなかった、それくらい僕は自信のない人間なんだ。
「あの、えっとそうだ今から伺ってもよろしいですか?それがないと明日の仕事に影響するんで」
「ええ構いませんよ、お店開けて待っていますから」
「すいません、お願いします」
僕はいつもの癖で携帯電話を耳に当てながら深々とお辞儀をし、会話を終えると携帯電話の通話ボタンを切る。
電話口で少し話しただけだというのに胸の動悸が激しい。生まれて以来こんなこと初めてだった、そりゃまぁ僕だって学生時代に恋の一つや二つしたことはある・・・・どれも実ることはなかったけど。
僕───矢神久胡はしがない営業マン。独り暮らしのご老人向けの話し相手になる犬のぬいぐるみが商売の種。でも話し相手になるとは言っても別に人形が喋るわけでもなくそこいらの玩具屋で千円もだせば買えるような品物、それを毎月二千円の分割24回払いで売り付ける・・・・まぁ悪徳な営業マンってわけだ。
とはいえ僕がいままでこの人形を誰かに売りつけたことはない、おかげで会社じゃ給料泥棒呼ばわりだ。
けれども両親には「大物になるまでは帰らない!」なんて啖呵をきって上京してきたせいで辞めるにも辞めれずずるずると見気力な日々を浪費しているのだ。
だから仕事とはいえいつも会社を出てからいろんな所で時間を潰していた。駅前の本屋で立ち読みしたり、インターネット喫茶でネットゲームやったり、喫茶店でよくわからないサブカル雑誌を読んだり・・・・。
そんな無為無策なことを繰り返している中、ふと立ち寄った喫茶店で僕は彼女と出会った。
小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店『リチェルカーレ』のマスター、木崎友梨那さん。透き通るような肌に栗色の長いウェーブがかった髪、控えめでどこか薄幸そうなオーラを醸し出している彼女に僕は一目惚れをした。
けれども僕には自信がない。仕事はなんてったって悪徳セールスマンだし顔だって平凡、スポーツができるわけでも勉強ができるわけでもない本当は諦めるべきなんだろうけど諦めきれなかった。
だから我ながら情けないとは思うけど僕は手帳を“忘れた”んじゃない“置いて”きたんだ。
更に言えば置いてきた手帳は会社に入ってから使うと思って買った無駄に高級な本革の手帳。書くことが全くなかったんでさも大企業と関わりがある体を装って半年分の予定を書き込んでおいた。
「もうそろそろいいかな?」
僕は携帯電話の待受画面の時計を見ながら考える。手帳を置いてきてから店の斜向かいの路地に待機すること数時間、木崎さんから電話があって数分、そろそろいいだろうか?早過ぎやしないだろうか?ああ、平静を装うよりも焦っている感じの方が良いか?なら全速力で走っていった方がいいのか?
「ああ、もうわかんねぇ!」
色々考えすぎて混乱しかけた頭を振って大きく息を吐くと僕は決意を固める。
「とりあえず、今日はきっかけを作るだけでいいんだ。落ち着いてちょっと息切らせた感じでいこう」
まとまっているようでまとまっていない考えのまま僕は走り出す。信号二つを全速力で駆け抜け喫茶店『リチェルカーレ』の前に着いたときにはフルマラソンを走りきったくらい息が切れていた。フルマラソンなんてやったことないけど。
間抜けで下手くそな演技をしながら扉を開けるとカランと小さくカウベルが鳴る。
「ゼェ、ハァ、す、すいませぇん」
「はい、いらっしゃいませ」
今思えば彼女はいつだって笑顔だった、どんな時でもどんな状況でも。
出迎えてくれた友理那さんはもう店を出るのかいつものエプロン姿ではなく灰色のダウンジャケットにワークハットという出で立ち、格好自体は地味ではあるが普段見ない友梨那さんの姿に思わず僕は少し心ときめいた。
「あ、いや、あのそのええっとこういうときはなんだったかそうだあの夜分遅くにスイマセン!先程電話した、あのその
ええっと手帳、そう手帳を忘れた・・・・」
「矢神久胡さん、でしたっけ?」
「そ、そう!それです!」
友梨那さんを目の前にしてなにがしどろもどろになりながら言葉を選ぶ僕に彼女はゆっくりと歩み寄るとそっと手帳を差し出す。
「あ、ああ!これです、これがないと明日大きな商談がいくつも入ってて分刻みのスケジュールなんですよ」
「まぁそれはお忙しいんですね。言っていただけたら私がお届けしましたのに」
と、届けてくれる?ってことは友梨那さんが僕の家に来るってことか?友梨那さんが僕の家に・・・・いかん、想像しただけで卒倒してしまいそうだ。
「い、い、い、いえ!!!そんなそこまで迷惑はかけられません!」
もう既にわざと手帳を落としたりして迷惑かけている奴が何を言う
「も、も、も、もうこんな時間だ。明日の商談の準備をしないと!えっとあの今日はありがとうございました」
挙動不審に腕時計のついていない袖を見ながら僕は頭を下げと踵を返し足早に去ろうとする。
ちょっと話しただけだって言うのに心臓の鼓動が激しい、友梨那さんの顔をまともにみることもできやしない。
もういいだろ、ちょっとだけどきっかけはできたんだし今日の僕は我ながらよくやったよ。そう考えてた矢先背後から友梨那さんの声がかかった。
「あの矢神さん?」
「は、はい!」
振り返ると友梨那さんの顔がすぐ目の前にあった。もうそれはあと半歩でも前に出れば顔に触れるくらいの近さ。
「ネクタイが歪んでます、ちょっと動かないでくださいね」
そう言うと慣れた手つきで友梨那さんはネクタイを直す。
「はい、これで大丈夫ですよ」
「あ、あ、あ、ありがちょうごじゃいます」
あまりに緊張しすぎて口の中が乾き頬の筋肉が硬直、まともに言葉も喋れていなかった。そしてなにを思ったのか次の瞬間僕は
「あ、あの!またお店寄ってもいいですか?」
と、なんとも間抜けな事を口走っていた。許可制の喫茶店なんてないだろ、なにをやっているんだバカなのか僕は。
これじゃ変な男だ、馬鹿にされる・・・・口走ってすぐに後悔の念に押し潰されそうになった、けど友梨那さんは違った。
「はい、それじゃお仕事のお暇な時に来てくださいね」
そのとき屈託のない笑顔で答える友梨那さんの姿、それがずっと僕の瞳には焼き付いてしまった。


喫茶店「リチェルカーレ」に通いつめるようになって二週間。
街が黄色い銀杏の葉で埋め尽くされるそんな時期。
緊張は未だにするけどそれでも少しはまともに友梨那さんと話すことができるようになっていた。
ただそんな嬉しいこととは別に苦しいことも増えた。
僕は段々と嘘に嘘を重ねるばかりになっていたんだ。
僕の話は多分きっと普通の女の子なら「つまらない」の一言で一蹴されるような話ばっかりだろう、今度大手のメーカーとの飲み会があってその幹事をやることになったとか。(これは嘘)
アイドルの誰々にキャンペーンをやってもらうことになったとか(これも嘘)、大学時代の武勇伝とか(これはネットで拾ってきた話)、何一つ僕の話をしていない。けれども友梨那さんはいつも笑顔だった、僕はいつも友梨那さんと話がしたくて閉店間際に来て面白くもない話ばっかりしているのにだ。
そりゃそれが仕事だと言えばそれまでかもしれない、けれども僕はそこに彼女の本質というか心の清らかさのようなものを感じていた。
だからこそ、嘘をつき続けている自分が酷くみっともなく思えたのだ。
「コーヒー、もう一杯入れましょうか?」
「あ、ああはいお願いします」
カウンター席に座った僕と向かいに立つ友梨那さん。同じ人間なのになんでこうも差ができてしまうのだろうか。
けど、だからこそ僕は友梨那さんに惹かれているのかもしれない。
「お待たせしました、ブラックコーヒーです」
「ありがとうござい・・・あれ?」
差し出されたものを見て一瞬僕は自分の目を疑った。
「あれ、なんでこれがここに」
ブラックコーヒーの横には実に見覚えのあるモノが置かれていた。僕の持ち物だけど僕がここで出すわけがないものだ。
だってこれを見たら僕の嘘があっさりバレるじゃないか。
「これ僕の名刺、ですよね。あれいやなんでこんなところに?」
僕は恐る恐る尋ねてみる。いや聞きたくはなかったんだけど。
「それはですね、意外と簡単なことなんですけど」
友莉奈さんは表情を曇らせたが少しづつ言葉を選ぶように続ける。
「この名刺二週間前に矢神さんがお忘れになったときに手帳に挟んでありましたよ」
しばしの沈黙、ああやっぱりそうなのか。
「なるほど、いや本当なるほどですね。ということは」
「ええ、実は最初から全部知ってました」
友梨那さんのその言葉で僕は全てが終わったのを理解した。じゃあ僕が今までいい格好しいで嘘をついていたこと。
これが全部バレてしまっていた、それはもう嫌悪されて当然なことを僕はしていたわけだ。
「ごめんなさい。本当はもっと早くに渡すべきだった、言うべきだったんだと思うんですけど」
「はは、いいですよ。友梨那さんが謝ることなんてないです、笑ってください、馬鹿にしてくださいよ」
「いえあの、でもこの名刺を出したのはそんなつもりじゃないんです!!」
嘘がバレてやけになっていた僕に慌てた様子で友梨那さんは言葉を挟む。
「矢神さんがあまりに楽しそうにお話になるので最初はこのまま黙っていようとも思ったんですけど、それだと私本当の矢神さんを知れないまま終わっちゃいそうで」
本当の僕、ああ確かに僕はずっとそれを知ってほしかった。
でもそれを友梨那さんに知られたら嫌われる、だから言えなかった。
「本当の僕なんて知っても良いことなんてないですよ。その名刺を見たなら知ってるでしょう?僕が普段どういう仕事をしているか」
僕の会社はニュースや新聞、ネットなんかでも度々悪徳会社として名前が出るような会社だ、それを友梨那さんが知らないわけがない。
「知ってます。けどそれが矢神さんの全てでは無いですよね」
「え?」
「矢神さんがどういう経緯でそのお仕事についているか私は知りません、けどこうやって話してみて矢神さんがそんなことをするような人じゃない気がしてだから少し気になってしまったんです、本当の矢神さんのことを知りたくて。だから気分を悪くしたらごめんなさい」
静かに頭を下げる友梨那さんに思わず僕は立ち上がる。本当は僕が悪いのに、僕が嘘をついて騙してたのになんで友莉那さんが謝っているんだ。
「あ、頭を上げてください友梨那さん!悪いのは僕なんです、僕が友梨那さんによく見られたくてこんなバカなことしただけで友梨那さんが謝る必要なんてないんです!」
「私によく見られたくて?」
「あっ・・・・。」
顔を上げた友梨那さんと思わず目が合う。そしてすぐに自分が言ったことがどんなに恥ずかしいことなのか理解した。
「ふふっ、そっかそうなんですね」
「あ、いやその・・・・」
今更取り繕ったってどうしようもない、微笑を浮かべるこちらを見つめる友梨那さんから僕はおもわず顔をそむけた。
「まさか今のも嘘ってことはないですよね?」
「それはまぁ、嘘じゃないです」
「そうですか、それはよかった。それじゃこれからもお店に来てくれますよね?」
「え、ええそれはまぁ」
煮えきらない僕の言葉に友梨那さんはカウンターを指先で軽く叩きながら少し窘めるように呟く。
「矢神さん、ちゃんと目を見ていってください。」
「は、はい」
言われるがまま友梨那さんの目を見つめる、真っ直ぐ心の内まで透けて見られているんじゃないかというその視線に
まるで初めて会ったときのように胸の鼓動が大きくなる。
きっと今までは嘘の自分ばかり見せてきていたからだ。
よく見られたいなんて、ちょっと自分の本当の気持ちを晒しただけでどっと身体中に血が流れ熱くなるのを感じる。
「一度嘘をついたらそれを補うために余計な嘘をまたつかなければいけません。私達の間で嘘はやめませんか?」
その言葉と共に子供騙しのように友利那さんは右手の小指を立ててこちらに見せる。いわゆる『指きりげんまん、嘘ついたら針千本飲ます』、今になって思えばこれも小さな極小さなではあるがちょっとした契約だ。
「そうですね、僕もそう思います」
いい歳してなにをやっているんだろう?僕はそう思いながらも友利那さんと小指を結び、小さな契約を結んだ。
それからだったのかもしれない。僕と友梨那さんが本当の意味で話をするようになったのは。


骨ってのは一度折れ、治った時には以前よりも強くなる・・・・らしい。骨を折ったことがないんで正直わからないが。
ともあれ僕は嘘が友利那さんにバレてからようやくまともに話せるようになった。
飾る必要はなかった、僕が思っていた以上に友利那さんは心が広いというか寛容だったというか。
いや同じ意味かとにかくあの一件以降僕は変われた気がする。
けど変わったのは僕だけじゃなかった。
友利那さんも今までずっと僕の話を聞いているだけだったのが最近はどんどん僕に話しかけてくるようになったんだ。
自分で言うのもなんだけどこんなにも友利那さんが僕に興味も持ってくれているなんて思わなかった。
「はぁはぁ・・・・」
営業周りも適当に僕は今日も喫茶店『リチェルカーレ』に向かっていた。あの日から二ヶ月が過ぎた11月23日、今日は友梨那さんの誕生日だ。
僕はプレゼントの入った紙袋を小脇に抱え走る。前々からプレゼントしようと思っていた真っ赤なストールがその紙袋の中に入っている。
「ぜぇはぁ」
息を切らし点滅する信号を走り抜けると見慣れた赤茶色の建物が飛び込んでくる。
「言うなら今日しかない、今日こそ言うんだ」
僕は決意を固め喫茶店『リチェルカーレ』の扉を開ける。何を言う?そんなこと決まっている、友梨那さんに告白するんだ、なんだかんだで有耶無耶にしてきたがやっぱり関係を先に進ませたい。そりゃ僕はなにも取り柄もないけどそれでも。
友梨那さんは受け入れてくれる、そんな気がその時はしたんだ。
「こんばんわ、友梨那さん」
店に入ってすぐに僕はなにか違和感を覚えた。店の中が薄暗い、別に休業日でもないはずだし閉店時間でもないはず。
「いらっしゃい矢神君。ごめんなさい、ちょっとでてくるのが遅くなって」
「あのどうかしたんですか?」
奥の部屋からでてきた友梨那さんも少し様子がおかしいように見えた、頬が少し痩け目が真っ赤に充血している。
「うんん、なんでもないの今日は特別な日だからちょっと早めにお店を閉めただけなの」
「そうなんですか。あ、それじゃ僕来たらまずかったですか?」
「大丈夫、大丈夫矢神君が来るのはわかってたから。とりあえずいつものコーヒーでいいかな?」
「お願いします」
言葉を交わしながらカウンター席に座る。でも僕は気がついていた、いつも目を見て話す友梨那さんが先程から一度もぼくと目を合わせていない。
「はい、おまたせしましたコーヒーになります」
「どうも、いただきます」
コーヒカップを口元に近づけながら考える。間違いなく友梨那さんになにかあったのは間違いない、けど僕が聞いてもいい話なんだろうか?
「そういえばその大きな紙包みどうしたんですか?」
「あ、これですか。これはですねえっと」
僕が決意を固める前に友梨那さんから声がかかる。そのときはすでにいつもの明るい友梨那さんに戻っていた。
「あのこれお誕生日おめでとうございます。あのちょっと包装とかないですけど」
僕は友梨那の目の前に赤いストールを差し出す。
「え、これって・・・・いいの矢神君?高かったでしょ」
「大丈夫ですよ。ちょっと前に友梨那さんが欲しいって言ってましたよねこれ」
「うん、そうなんだ・・・・ありがとう矢神君」
友梨那さんはストールを受けとるとぎゅっと抱き締める。僕はその姿にまるで自分が抱き締められているような錯覚を覚え一瞬ドキッとした。
「これ買うために仕事頑張ったんですよ」
「あれ?ということは成約は取れたんですか?」
「あはは、えっとそれは全く取れてないですね。」
「そうなんですか、これ買うために矢神君がお年寄りに一生懸命人形を売り付けたのかと思っちゃいましたよ」
そう言って微笑む友梨那さんにつられるように僕も微笑み返す。さっきまでの暗い雰囲気はなんだったんだろうってくらい楽しい時間だ、それに僕と友梨那の間では嘘はつかないって約束しているんだから先程の様子気にならないかと言えば嘘になるけど僕がそんなに心配するようなことじゃないのだとなんとなくだけど思う。
「そういえば友梨那さん、あのちょっと」
「ん?どうしたの矢神君?」
ちょっと勇み足だったかもしれない、けど今言わなければきっと後悔すると思ったら思わず言葉が口から出てしまっていた。いやけど僕は友梨那さんならきっとそう酷い結末にはならないとは思っていたのは事実だ。告白して受けてもらっても、断られても関係がそう悪くなることはないと思う言うなればノーリスク、ハイリターン・・・・自分でも思うけど打算が酷い。
「僕は、友梨那さんのことが好きなんです!!!」
ずっとこの時を願い待ち望んでいたその言葉は思ったよりあっさりと口から出た、でもなんだろう僕の気持ちとは裏腹に自分でも物凄く薄っぺらい言葉だった気がする、もっとなんだろう告白するってことは重くて大事で心踊るものだと思っていた。少なくとも告白するその直前まではそうだったんだけどな。
「そうなんだ、ありがとう矢神君。でもね、付き合うというのは矢神くんのためにもやめたほうがいいと思う」
ゆっくりとけれどもはっきりした口調で友梨那さんは答えた。
「やめた方がいい?それってどういう・・・・」
どういう意味?と言いかけて僕は思わず言葉を失った。友梨那さんの頬を一筋の涙がスッと流れたのに気がついたからだ。
「友梨那さん?」
「ごめんなさい矢神君。気持ちは嬉しいの、私も矢神君のこと好きだしお付き合いできるのならしたいのよ。でもねもう無理、無理なのよ」
涙を流す友梨那さんを前に僕はどうしたらいいのかわからなくなった。
「泣かないでください友梨那さん、べつになんとなく言ってみただけですよ。それに嫌われてる訳じゃないから大丈夫です。」
「理由、聞かないんですか?」
「理由とかそりゃ気になりますけどならないといえば嘘になりますけど、好きな人に泣かれるくらいなら知らなくていいです。」
それは心からの言葉だった。僕は自分の気持ちを伝えることができただけで充分、嫌われたわけでもないしこれからもっと仲良くなれる時間が一杯あるんだから。
「やだなぁ、こんな姿見せちゃって。私がこの店をやりだしたのは皆に笑顔になってもらうためだってのに」
「笑顔になってもらうため?」
「そう」
友梨那さんは涙をハンカチでぬぐうと少し照れた様子で店内をゆっくりと見渡していく。
「この店に来てくれた人皆に笑顔になってもらうのが私の夢なの。そのためにはまず私自身が笑顔じゃないといけないのに、つい矢神君と話していると本音というか私の弱い部分がでちゃうの」
そう言って無理に笑顔を作ろうとする友梨那さんを見ると心が苦しくなる。
「あ、あの悩みとかあったらなんでも言ってください。なんか多分全然僕なんかじゃ役に立たないだろうけど」
きっと僕には話を聞くことぐらいしかできないだろう、けどそれでほんの少しでも友梨那の負担が軽くなればそれだけで嬉しい。
「ありがとう矢神君、私あなたに逢えて本当に良かったって思うわ」
先程の無理をした笑顔ではなく心からの笑顔を見せてくれた友梨那さんの姿を僕は生涯忘れることはないだろう。
この日は僕にとって忘れられない一日になった。





それからしばらくして友梨那さんは亡くなった。
僕と付き合えないというのは自分が長く生きられないということを悟っていたからだということに気がついたのは彼女がなくなる数日前のことだった。
彼女がなくなった後、彼女の親戚の人から色々と教えてもらったが僕が知っている彼女はほんの僅かしかない。
彼女がどんな人生を歩んできたか、何が好きで何が嫌いで・・・・そんな些細なことも僕は知らずに彼女のことを好きになっていた。一目惚れといえばそれまでだけど今思えば不思議なことだ。
そもそもあのお店「リチェルカーレ」は彼女が余命半年と聞かされてから最期にやりたいからと無理を言ってやりだした店だったのだ。
僕はなにもできなかった、いやもしあの時付き合えない理由を聞いた所でなにかできただろうか?
世の中ドラマや小説みたいに上手くはいきやしない。奇跡だの愛の力などで彼女が、彼女が───友梨那さんが助かるなんて都合の良い展開はなかった。
僕にできる唯一のことは彼女の想いを引き継ぐことだけ。
「友梨那さん・・・・。」
僕はじっと目の前の建物を見つめそれからゆっくりと目を閉じる。今でも脳裏にやきついている、彼女の友梨那さんの優しく微笑む姿、僕が心踊らされ惹きつけられたその笑顔
真似なんかできるわけがない、けど僕もそう生きれたらきっとどれだけいいことだろうか。
「さぁ、店を開けるか」
僕は決意する、喫茶店「リチェルカーレ」そこは小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店だった。



《 冬の陽 了 》



【 あとがき 】
ついカッとなってヒロインを殺してしまった、今は反省している。
話を当初の予定よりかなりカットしてしまった、今は反省している。
やっぱりシュランプ(酒乱とスランプの合成語)だわ、申し訳ない。


『 べ、べつに好きで書いてるわけじゃないんだからね! 』 氷桜夕雅さん

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