Mistery Circle

2017-07

《 神様は返事をしない 》 - 2012.03.01 Thu

《 神様は返事をしない 》

 著者:rudo





私はその時、たいそう 困っていた。
場所は病院の隣の 小さなテーブルが並んだ昔ながらの喫茶店。

入り口にkeyとかuccとか
コーヒーメーカーの看板が出ていて
テーブルごとにメニューが置いてあって
砂糖つぼが置いてあって
灰皿も置いてあって
ぺかぺかしたプラスチックで
きれいに洗ってあるけども
ちよっと焦げて溶けた部分があったりして

時間は午後4時。
目の前に座っているのは……

バターと蜜の甘ったるい匂いを撒き散らし
パンケーキをつついている
たぶん 8歳か9歳か?
とにかく その位の 男の子。

たぶんというのは この男の子と知り合ったのは
つい 数十分前で 交わした言葉は

「パンケーキ 食べる?」
「うん」

それだけだ。
そして 今に至っている。

この子は きっとお見舞いに来たんだろう。
隣の病院は大きいから きっと迷子になって
そして 目に付いた私にくっついて来たに違いない。

どのあたりからついてきたのかわからないが
喫茶店に入ろうとすると
スカートが どこかに引っ掛けたように攣れて
振り向くと この男の子が裾を握っていたのだった。

それからどうにも離してくれず
しかたなく 連れて店に入り
あれこれ 聞いたが 何一つ答えず

かろうじて パンケーキのやりとりのみ
成立したのだった。

私はかまわない。
遅くなったって。

もう 今日のお見舞いは済ませたし。

隣の病院には 祖母が入院している。
祖母は癌だ。

癌で余命、あと半年と宣告されたが
すでに1年が過ぎようとしていた。

年寄りの癌はやっぱり年寄りで
進みが遅いらしい。

でも この子は だめだろう。
遅くなればなるほど誰かが心配する。

「ねえ 君さ。 病院にいたんだよね?」

「……」

「誰かのお見舞い?」

「……」

「誰と来たの?」

「……」

ふーん。
やっぱり 答えないのか。

何か聞くたびにどんどん下を向く。
どんどん下を向いて 前髪に蜂蜜がくっつきそうになっている。

「パンケーキ おいしい?」

「うん」

ふーん。
パンケーキの話は返事するのね。


どうしようか。 交番に連れて行こうか。

そうか。 そうだ。
何もここに一緒に入らなくても
あのまま病院に引き返せばよかったんだ。

ばかみたい。

パンケーキを食べ終えたら病院に連れて戻ろう
受付の人に言えば家族を探してくれるだろう。

その前に 家族が目ざとく見つけて寄ってくるかも
きっとものすごく心配……

「? えっ? 何か言った?」

「…… おねえさん。神様の学校に行ってるんでしょ?」

「神様の学校? なんで?」

「この間退院した真里菜ちゃんが言ってたんだ
おねえさんが神様の学校に行ってるって
だから 神様と話が出来るって」

「真里菜ちゃん?……って誰?」

「髪が短くて ピンクのパジャマで
よく屋上で 本を読んでる子」

誰だっけ? 屋上?
屋上にはよく行く。

唯一たばこが吸える場所があるからだ。
だけど それもおいおい閉鎖されるらしいけど。

「おかあさんを 助けてほしいの」

「え? 誰?」

「おかあさん。 おかあさん、もう治らないっていうんだ」

「誰がそんなこというの? お医者さんがいったの?」

「おとうさん。おばあちゃんも」

そういうのって この位の子供に言うものなのかな……
君のおかあさんは、あるいはお父さんは もう死にますよって?

だから しっかりしなさいってことなのかな。

「私は医者じゃないし 治せないよ」

「だから 神様に頼んでほしいんだ」

「……」

「お金なら 少しもってるんだ。
お年玉とか貯めてたから」

「私は神様と知り合いじゃないよ」

「でも 真里菜ちゃんが……」

そういって一枚の名刺大のカードを
私に差し出した。

カードには きらきらした目の
かわいい女の子ねずみと
うめよ ふえよ 地にみちよ と言う文が
金の文字で書かれていた。

あー 思い出した。
そうだ そんな子供がいた。
小学校3年か4年かと思ったら 中学生だった。
ただしょっちゅう入院しているから
一年遅れになっていて
もう一度6年生をやらないとならないって
確かそんなことを言っていた。

真里菜ちゃん。
そんな 名前だったかもしれない。

神様の学校? 
それは日曜学校のことだ。

よく教会がやっている
日曜日の子供向け聖書の勉強会みたいな。

私は縁あってそこでボランティアをしている。
子供たちが賛美歌を歌うときにオルガンを弾く。
ときどきは聖書を読むこともある。

とくに神様を信じているわけではないが
やっぱり おばあちゃんのことがあって
信じたいと思っているのかもしれない。

真里菜ちゃんは屋上で
泣いていたのだ。
手術が怖いといって泣いていた。

心臓の手術で もう何回も何回も受けていて
でも また受けなくちゃならなくて
そのたびに 今度こそだめかもしれないと
怖くてたまらないのだと泣いていた。

私はどちらかといえば子供嫌いで
そういうのにはかかわらないタイプだが
その時はよほど機嫌が良かったんだと思う。

ものすごく優しい気持ちになっていて。
私はその泣いている女の子に心底、同情し
どうにかして彼女に安心して欲しかった。

それで約束したのだ。
「大丈夫、今回もうまくいく、
うまくいって 今度はきっと学校にすぐ戻れる」

いいかげんだ。
そんな できもしない慰めを言うなんて。

真里菜ちゃんも もちろん信じたわけじゃない。
疑わしそうな目をしながら
でも そうだったらいいのに……
そんな風な希望も少し混じったような目をして
だけどきっぱりとした声で「うそつき」 と言った。

なるほど まったくだ。
だって嘘だもの。
だけど私はさらに 嘘の上塗りをした。

「私は神様の学校に 行っているのよ
私が頼んであげるから大丈夫よ」

まあ 概ねそのようなことを
何度も言葉を変えては繰り返した。

そして一枚のカードを彼女にあげたのだ。
それがこのカード。

お守り、約束の証として。
それは日曜学校で その日に出席した子供たちに配る
聖書の一節を書いた トレーディングカードで
かわいくて、きれいなイラストが描いてあるので
大人でも欲しがる人が結構いる。

先週、日曜学校に行ったときに配ったカードだ
かわいいので一枚もらって
タバコのパッケージに入れておいたのだ。
それを小道具にした。

「ほら、これをあげる。
神様との契約書。
あなたは えーと名前はなんだっけ?
真里菜ちゃん?
これで真里菜ちゃんの手術はうまくいく、絶対。
よかったね」

そうして たばこをぽいと捨てて
立ち去りそのまま 忘れていた。

「なんでこんなの持ってるのよ?」

ちょっと 声に棘が混じったのは
嘘つき とどこからか聞こえたような気持ちになったからだ。

だけど 現実には嘘にならなかったわけだ。
真里菜ちゃんは退院する時、病院の玄関で
しゃがみこんでいたこの男の子に 
カードをあげたらしい。

私の人相風体、屋上でよくタバコを吸っているという
情報も添えて。

「おかあさんのことも頼んで欲しいんだ」

どうしたものかと考える。
それは嘘だよ。

真里菜ちゃんのことはたまたまだよ。
たまたま そんな話になって
たまたま カードを持っていたからあげただけで
たまたま 真里菜ちゃんはうまくいっただけで

すべて たまたまの偶然だよ。

そういってしまえば簡単だ。
それで終わり。

だけど私は終わりにしなかった。
でも 今度は安請け合いもしなかった。

「じゃあ とにかく 病院に戻ろう
戻っておかあさんに会ってから考えるよ」

男の子はすでに願いを叶えてもらえたような顔をして
元気に うんっ とうなづいた。

病院に戻りながら あれこれと話を聞いた。
毎日 学校が終わった病院にお見舞いに来て
夜、7時か8時か お父さんが面会にきて
一緒に帰ることとか。

おばあちゃんは 近くに住んでいて
家のことや男の子の世話やら
いろいろ手伝ってくれるけれど
神経痛があって 今はすごく痛んでいて
動けないこととか。

「だから今週はずっと一人で病院にいるんだ
それで ずっとお姉さんを探していたの」 と言った。

「おねえさんは? なんでいつも病院にいるの?
助ける人を探しているの?」

「私もお見舞いだよ。
おばあちゃんが入院しているの」

「ふーん。 でも 安心だね。
おばあちゃんは お姉さんがついているから
きっと すぐ治るんだね」

わくわくしたような目を見てちょっと驚く。
この子は本気でそんなことを思っているんだろうか?

「神様を信じているの?」

神様の学校に行って
神様勉強をしているんだろうに
何を言ってるんだ?というような顔をして
男の子は言い返す。

「もちろんだよ。
 だって おかあさんは何度も良くなったんだ
 神様にお願いして しばらくすると退院できたんだ」

もう 外来患者のすっかりいなくなったロビーをつっきって
エレベーターに乗る。

おばあちゃんの部屋のほうだなと思っていると
「ここだよ」と指した病室は おばあちゃんの部屋の
隣の隣の個室だった。

こんな近くにいて どちらも毎日のように通っていたのに
今まで会わなかったなんて 不思議だ。
子供なんて目立ちそうなものなのに。

男の子が先にはいり手招きした。
寝ているらしいのでそおっと覗く。

覗いてゾッとした。
どう説明すればいいのか。
とにかく この部屋には死の気配が充満していた。

なんともいえない匂い。
生臭いような 饐えたような
おばあちゃんも同じ匂いがするけれど
これは強烈だ。おばあちゃんの倍も3倍も強烈だ。

それはシーツを洗っても
枕カバーを洗っても
パジャマをいくら取り替えても 消えない。
独特のにおい。 きっと死の匂い。

そんなに近寄らなくても もうだめだとわかった。
少し離れてみる布団にうもれた 母親の顔は
げっそりとこけて 布団からはみ出た手は 折れそうに細いのに
どうしてだか 布団はずいぶんと膨らんでいる。

まるで死神かなにかが一緒に寝ているみたいに。

ドアから一歩進んだきり 入ってこない私を
男の子は不満そうに見ている。

私は耐えられなくなって 外に出る。
そのまま ずんずん進んで階段で一気に屋上まであがった。

「どうしたの? ねえ どうしたの?
 どお? 神様にお願いしてくれるんでしょ?」

無理だよ。 もう 今日にでも
いますぐにでも死んでしまいそうだったじゃない。

それでも かろうじて私は恐怖を飲み込む。

「……お願いはしてみるけど……
 だめかもしれないよ」

「だめって? なんでだめなの?
 神様なのに? なんでだめなの?」

「なんでって……」

だってだめに決まってるよ。
決まってるけど 
でもそんなこと この子には通用しないんだ。
だったら… 

「わかった。お願いしておくから
 一生懸命お願いしておくから
 それでいい?」

「うん ありがとう
 じゃあ 明日お礼を持ってくるよ
 いくら払えばいい?」

「神様はお金なんて取らないよ
 いらないの ただだから 」

「でも それじゃ……」

「いいのっ ほんとにちゃんと頼んでおくから
 ねっ 大丈夫だからっ」

そういいながら後ずさり
男の子を屋上に置き去りにして
私はもうおばあちゃんの部屋にも寄らずに
家に帰った。

それから一週間あの男の子と会わないですむように
おばあちゃんのところへは午前中に行くようにした。

ときどき遅くなって 夕方になると
喫茶店の前や屋上へ行く階段のところで
男の子の姿を見つけ そのたびに隠れた。

きっと私を探しているんだろう。
ちっともよくならない母親のことを心配して。

10日も過ぎたころ私はやっぱり午前中に病院へ行くと
病院の外来とは別の裏玄関のところに知っている看護師も含めて
数人が立っている。

どうやら退院らしい。 
まだ本調子ではないのか車椅子乗っていて
ご主人らしき人が医師と話をしている。

するとその横からひょぃと あの男の子が出てきた。

私が 「あ」というのと その子が私に気がつくのは
ほぼ同時だった。

男の子はやっと見つけたというような顔をして
すばやく私に近づき 手をつかんだ。

まだ小さくて湿った手。

「おねえさん、ありがとう。
 おかあさんね 今日退院できるんだ。
 これから ずんずんよくなるんだ。
 ほんと ありがとう 」

「えっ? そうなの?
 よくなったの? 」

あんなにひどそうだったのに?

「あっ カード返さなくちゃ」
そういいながら あちこちポケットを探り

少しよれよれになった カードを私に差し出した。

「ちょっと 汚くしちゃったけど……」

「うん 大丈夫だよ」

「本当にありがとう」

「……うん …… よかった……ね」

「うんっ」
男の子は力強くうなずいて
両親のところへ駆けていった。

母親はとても痩せていて
とても一人で立てそうもなかったけど
にこにこと笑っていて 薄く化粧をしているらしく
顔色もよさそうで 最初に見た時とは別人のように見えた。

「よくわからないけど
 まあ よかったじゃない」

私の神様はいなくても あの子の神様はいるのかもしれない。

あの子が返してよこしたカードを見る。

私も頼んでみようかな おばあちゃんがよくなりますようにって。
そんなことを考えながら病院に入ろうとして
さっき見送っていた看護師たちの話が聞こえた。

「無茶だよねぇ」

「たぶん 3日ももたないよね」

「でも だからこそ少しでも連れて帰りたいんだろうね」

背中がぞくぞくする。
やっぱり神頼みなんて気休めなんだ。
真里菜ちゃんは偶然なんだ。

「新藤さんっ」

「えっ? あら お見舞い?」

おばあちゃんの担当をしてくれている 新藤看護師だ。

「新藤さんっ いまの人 私知っているの
 退院したのはよくなったんじゃないの?」

新藤さんは私の切羽詰ったような勢いに引き気味だ。
私は 深呼吸をして 新藤さんが不審に思わないよう
今度はゆっくり 違う言い方をした。

「今の人 おばあちゃんの隣のとなりの部屋だったでしょ?
 ちょっと 話をしたことがあって。
この間はものすごく具合が悪そうだったから
おばあちゃんが 心配してたの 
 でも 退院できたなら よかった。
 おばあちゃんに 教えてあげないと
 おばあちゃんも だからもしかするかもしれないから
 がんばんなきゃねって」

「あぁ そうか。 そうね。給湯室とかでも会うことあるものね
 あそこの人 岩田さんって言うんだけどやっぱりおばあちゃんが
よくお見舞いに来ていたからね」

「……でもね。 良くなったんじゃなくて
 もう本当にだめで、最後だからって許可された退院なの」

「じゃあ もう……」

「まあ でも人の力はわからないから」

しゃべりすぎだと思ったのか新藤さんは
少し顔を赤らめて じゃ 忙しいからまた……
そういって ぱたぱたと小走りに病院の中へと入っていった。

あの子は本当に良くなったと思ってる。
それとも そう思い込もうとしてただけ?
わからない。

だけど私には本当に 良くなったのだと喜んでいるように見えた。
神様のおかげだと全部とは言わないが そう思っているように見えた。

だけど やっぱり神様はいない。

それでも神様を頼る人はたくさんいる。
どうにもならないものにぶつかって
 「ああ 神様 助けてください」 とつぶやく。

だけど そんな風につぶやいてしまう人たちの中で
本当に神様がいると信じている人間はいったいどのくらいいるだろう?

少なくとも今 私は1%も神様なんて信じていない。
そして 数日後、 あの男の子もきっと同じことを思うはずだ。

もう日曜学校の手伝いはやめよう そう決心して
よれて湿った とりあえずは一人は助けたらしいカードを
やぶってゴミ箱に入れた。



《 神様は返事をしない 了 》



【 あとがき 】
最後に割り振られた台詞には 神頼みのご利益とありました。 ここでは 単純に神様としています。
神様と 神様のご利益は似て非なる。ごまかしでなんとか 微妙につじつまを合わせようとしています。
姑息なっ


『 すみねこ屋 』 rudo

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