Mistery Circle

2017-10

《 檻紙 》 - 2012.03.01 Thu

《 檻紙 》

 著者:すぅ





涙はもう出ない。
悲しむ気持ちが残っているのかどうかさえ、自分でも分からなくなっていた。

「ナミダッテ、ドウナガスンダッケ?」

「カナシムッテ、ドウスルンダッケ?」

家の本棚で眠っていた辞書で引いても、パソコンで調べても答えは出て来なかった。
どこかの掲示板で質問してみても、皮肉交じりの解答や、中には目の病気を疑う人までいた。
さらに、「悲しいと思ったら、思い切り泣けよ」なんてクサい言葉を投げ掛ける人も居た。
大きなお世話。
悪いけど、自分の身体の不調が分からなくなるほど狂っちゃいない。
きっと他人から見れば馬鹿馬鹿しくて、物語の悲劇のヒロインを演じる人間にしか見えないんだろう。
でも、私は至って正気。
そして、自分でも、ヒトとして当たり前なこんな事を他人に聞くのは間抜けな話だと思う。
それなのに、ナミダとは何か、カナシムとは何か、思い出そうとしても思い出せない。

次の日の朝、家族にも質問してみた。
母さんは、目を丸くしてご飯を作る手を止めてまで、私に熱がないかどうかを確かめた。
父さんは、朝の日課である新聞を読みながら、コーヒーを吹き出しそうになっていた。
一人っ子の私には、問いかける兄弟はいない。仕方なく飼っている犬に聞いても「ワン」と尻尾を振るだけ。
そして、手当たり次第聞いた所で、私は諦める事にした。
いや、寧ろ「諦める」というより、考えるのに「飽きた」と言った方がしっくり来るだろうか。






そして、春が近づいてきた頃、あの時のことをふと思い出した。
・・・そういえばまだ私は、考えることはしたけれど「思い返す」ことはしていない。
明日は日曜日、学校は休みだし特に予定も無い。
私は、眠気覚ましのジュースをコップに注ぎ、部屋に篭ることにした。
嗚呼、なんてベッドは暖かいんだろう。
やっぱり自分の部屋が一番落ち着く。
駄目だ、駄目だ。
布団に潜ろうとする私の身体を、脳で叱り飛ばしてベッドに座り直す。
部屋の鍵を閉める。
これで邪魔者は入らない。

思い返してみよう。あの時のとこ・・・・。

---------------------------------------

確か、最後に泣いたのは高校に入ったばかりの頃だったはず。
私は住んでいる街から、少し離れた高校へ進学した。
当然周りは知らない子ばかり。驚きと戸惑い。
極度の引っ込み思案だった私は、自分から声を掛けに行くことなんて出来ずに居た。
そんな私に声を掛けてくれたのが彼女だった。

「こんにちは。」

・・・誰、この子?
私はそう思ったけれど、口に出せなかった。

「・・・うん。」

適当にも程がある答えを、彼女に返した。
今思えばなんであんな答え方をしたのかわからない。
もし私が彼女だったら、もう二度と話し掛けることはしないだろう。
でも、彼女は違っていた。

「今日お弁当、私と一緒に食べませんか?」

あんなに棘のある返事をしたのに、彼女は微笑みながらそう言ってくれた。
まるで、母が我が子を諭すように。
まるで、穢れを知らない聖母のように。

嬉しかった。
彼女はきっとエスパーに違いない。
引っ込み思案で誰にも声をかけられない私の心を見抜いたんだ。
馬鹿で子供だった私は、何故かそう感じた。
それなのに、私は彼女に、更にこう返してしまった。

「・・・一緒に?貴女と?」

言ってからしまったと思った。嫌われたに違いない。
普通の人ならば、「もういいよ」という捨て台詞でも残して立ち去ってしまうような一言を、私は口にしてしまった。

でも彼女は何事もなかったようにこう言った。
「じゃあ、勝手に横で食べるね?」

なんて素晴らしい子なんだろう。
口元が喜びで上がるのを抑えられなかった。
その時の私にとって、彼女は本当に女神のようだった。
“ありがとう。”
でもその時、この一言は結局言えず終いだった。






それから、彼女と私は毎日お昼休みにお弁当を食べるようになった。
場所は、彼女と初めて出会った私の教室。
でも良く考えてみたら、彼女は同じクラスではなかった。
お弁当を食べながら話を聞いていると、彼女も私と同じで違う街から通っているらしい。
当然見知らぬ街で出会うのは見知らぬ人ばかりでうんざりしていたそうだ。
友達を作るにも、中々気が合いそうな子が居なかった。
これから先どうしよう、そう悩んでいる時に私を見つけた。
教室の前を通り過ぎた時、周りが楽しそうに話している中で、一人だけ机に突っ伏している私がふと目に留まったのだという。

「この子は自分と同じかも知れない」。
そう思って、声を掛けた。
彼女は、玉子焼きを頬張りながら、そう教えてくれた。


話を聞けば聞くほど、彼女の境遇は私と似ていた。
兄弟はおらず、家族は両親とペットのみという所まで同じだった。
もしかしたら、彼女は違う世界の私自身なのかもしれない。
本当にそう思って、彼女を問い詰めたこともある。
真剣な面持ちで質問攻めにする私を、彼女は屈託のない笑顔で答えてくれた。
楽しそうに笑う彼女を見て、私も釣られて一緒に笑った。
ずっとずっと彼女とこれから先、一緒に過ごしていけたらどんなに幸せだろう。
私は、来年のクラス替えを心待ちにしていた。


だが、現実はそううまくはいかなかった。
新しいクラスの発表が先生の手によって、張り出された瞬間、私の中で何かが崩れ落ちる音が聞こえた。
ガラガラ、なんて音じゃなく、これでもかというぐらい叩き崩す音。
そう、見事に彼女は違うクラス、それも教室は私のクラスのある階と違う階。
「現実なんてこんなもんだよ。でも気にしない、大丈夫だよ。」と私を励ます彼女が分からなかった。


せっかく仲良くなれたのに、なんでなの?
「会えなくなる訳じゃないんだから。」
でも、すれ違ったりも出来なくなるんだよ?
「お昼休みに、これからも一緒にお昼食べるんだから。」
寂しくないの?
「寂しいよ。でも、仕方がないでしょ。」
・・・バカ。

不貞腐れていた私に、彼女は菱形に折られた紙を差し出した。
これは?
「手紙。朝と、昼と、帰る時。これでやり取りしよ?」
思わぬ言葉に、私は言葉が詰まった。
「これが、貴女と私の友情のシルシ。ね?」
そう言って差し出す彼女の手は暗闇の中の光のように見えた。
「うん・・・分かった、ありがとう。」
ようやく、私は感謝の言葉を伝えられた。
やっぱり彼女は、私の女神様だったんだ。

---------------------------------

それからというもの、私は彼女に毎日手紙を書いた。
その前に、菱形の手紙の折り方を何度も彼女に尋ねたのは内緒。
最初は不恰好だった手紙は、回数を重ねる度に見違えるほど綺麗になっていった。

手紙の内容なんて、他愛ないもの。

“今日の朝ごはんは何?”
“何時に起きたの?”
“お弁当美味しかったね”
“今日も一緒に帰ろうね”
“明日も一杯話そうよ”

彼女は、どんな質問にも答えてくれた。

“朝ごはんはパン。私はお米よりパンが好きだから”
“いつも寝坊しちゃう。ちゃんと起きなきゃね”
“美味しかったね、貴女のお弁当も美味しそう”
“うん、ちゃんと待ってるよ”
“明日も宜しくね、楽しみ”

稚拙な文章、でも気持ちが沢山篭った手紙。
今までよりも、彼女の事が沢山分かる。
彼女の事が分かれば分かるほど、やっぱり彼女は私に似ている。
彼女は、もしかしたら私の生き別れの双子なのかも知れない。
いや、きっと彼女は私なんだ。
私の分身なんだ。


そうだ、その後だった。
私がナミダとカナシム事を忘れてしまったのは。







彼女が、学校の敷地内で遺体で見つかったのだ。
私と彼女が、お弁当を食べた後の事だった。
校舎の脇で、彼女が血を流し倒れているのを教員が発見したと聞いた。
警察の捜査が始まった。
当然、最後の目撃者である私も取調べを受けた。

当日、変な様子は無かったか。
何か思い詰めている様子じゃなかったか。
最初から彼女を自殺と決め付ける警察に、私は食って掛かった。
「彼女が自殺するはずなんかない!」
何度も何度も、私は泣きながら抗議した。
でも、腑に落ちない点はあった。
いつもならば、一緒に帰る約束をして別れるのに、その日は約束をしなかったからだ。
そんな事を口にすれば、彼女は自殺として処理されてしまう。
それが嫌だった私は、何度も何度も警察に「彼女は殺されたんだ!」と言った。
しかし、私の抵抗も虚しく、普段の生活の状況から、彼女の死は自殺と断定された。


決め手は屋上のフェンスの上部に、彼女の指紋が発見されたこと。
さらに、彼女が、私以外と話している所を見た事がないという証言も警察は、重要視した。
つまり、彼女は「クラスで孤立していて、寂しさから自ら命を絶った」と結論付けた。
・・・・・認めたくなかった。
私は、彼女の告別式で泣きながら叫んだ。

「彼女は自殺なんかしてない!この中に彼女を殺したヤツがいるんだ!!」

誰も、私を、相手にさえしなかった。
寧ろ周りは、私を憐れんだ。
“可哀想に・・・、一番仲が良かった子が亡くなってショックで気が動転しているんだね。”
誰もが口々に、このフレーズを投げ掛けた。
私、気が動転なんかしていない。
彼女を送り出したその後も、私は変わらず、ずっと言い続けた。
「彼女は殺されたんだ!」と。

---------------------------------

そう・・・思い出した・・・・。
あの時からだ。
私がナミダとカナシム事を忘れたのは。

・・・忘れたんじゃない、気付かない内に封印してしまったのかもしれない。
気付くと、空はもう白み始めていた。

ナミダが、頬を伝ってベッドに落ちる。
一滴、二滴。

カナシクて泣くんじゃない。
彼女の事を忘れかけていた、そんな自分が悔しくて泣くんだ。

もう、忘れないからね。
だって、貴女は私の分身なのだから。
ずっと、一緒だよ。
そう、ずっと一緒。

--------------------------------

あの夜から、もう何年も経つ。
私は、今でも貴女の事を忘れてなんかいないわ。
そうだ、貴女に手紙を書くわね。
楽しかったあの頃と同じように。
何気ない事を書き連ねて、菱形に手紙を折るわ。

貴女の事を、一度忘れてしまった私だけれど。
もうナミダもカナシム事も忘れない。

最後に手紙を書いたのはいつだったかしら。
引き出しの中から、折り紙を一枚取り出す。

綺麗に折れるかな・・・。

折り紙など、20年以上やっていない。
それでも折り方は忘れていなかった。






















「そうだ、彼女を殺したのは私だったっけ。」



《 檻紙 了 》



【 あとがき 】
難しいお題で、とても苦労しました。
時間軸の流れが上手く表現できているか、心配です。
とりあえず、間に合ってよかったぁ~。


すぅ
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