Mistery Circle

2017-08

《 標本 》 - 2012.01.31 Tue

《 標本 》

著者:夏海





赤黒い液体が、針をつたった。
針の途中で、その液体が溜まって滴となり、その重みで真紅の水たまりに落ち、波紋を作った。


もう、言葉を発することもできない。



言葉にするとあっけなく終わってしまう。
言葉は、それ程の力を持っている。


言葉によって人は創られてゆくし、人は言葉を造ってゆく。


ときに言葉は、人を幸せにするし、感動させたり、人生に影響を与えることもある。


ときに言葉は、武器にもなる。



――「忘れないで。」


優しく深い声が響く。


「これは、私とあなただけの秘密。
あなたの力を引き出す言葉を教えておきます。

それは…――」




暗闇の中に、私ひとり。
静かにうずくまっていた。


ここは、どこ?


宙に浮いているような。
水中を漂っているような。


そこに、影がひとつ現れた。
暗闇よりも、もっと暗く、もっと重い影。
そして影は、冷たい声を放つ。


「お前は、みんなと違う。」


そして、またひとつ増える影。


「お前は、」


私?


影は増え続ける。
まるで細胞分裂を繰り返すように。
姿形を変えながら。
私の周りをぐるぐる囲う。


「違う。」


私は違う?


「お前は、どうしてみんなと違う。」


お父さん、どうしてそんな顔するの?


私は、みんなと違う?


「お前は、何で…」


お母さん、何で頭を抱えているの?


「お前は、みんなと違う。」


突き刺さるような声。
違うと言われる度に、ズキンズキンと心臓に何かが刺さるような感覚。
知らないうちに増えに増えた影達が、みんな一斉に私に手を伸ばす。


違うことは、いけないこと?
私は、存在しちゃいけない?
殺されるの?



私は、駆け出した。
あらゆる全てから逃げたくて。
何も見たくなくて、目を瞑ったまま。
どこに向かえば良いのか、その方向すらわからないのに。



「壱与(いよ)?」


「!」


私は、咄嗟に、目の前の影を手で払い除けた。
「痛っ…」

目の前に、見慣れた顔があった。

「お母さん…!ごめんなさい。
私、怖い夢をみていたみたいで…。」

まだ、ぼうっとした頭で、視線も安定しなかった。

「良いのですよ、壱与。
険しい顔して眠っていたから、きっとそうではないかと思っていたのです。 うなされていましたからね。」

母は、先程の接触によって、ずれてしまった眼鏡を、きちんとかけ直し、申し訳なさそうに私を見ている。

「謝らなければならないのは、私のほうです。
ごめんなさいね、私のせいで、こんな生活をさせてしまって。
きっと、ここにも、もう長くはいられないでしょう…。」

母は、狭い部屋を見回した。
必用最低限のものしか置いていない、殺風景な木造の小部屋で、歩くと少し床が軋んだ。
ベッドにテーブルやカーテンは、初めてここに来たときからあったもので、フライパンや食器や衣服の類は、近所の雑貨屋などで適当に調達したものだった。
ここに来て、そう長くはないし、特に愛着もない。
物心ついたときから、ずっとそういう生活をしてきたからなのかもしれない。 慣れてしまっていた。

昔は、父親のこととか、どうしてこんな生活をしているかとか、細かく色々と聞いていた。
しかし、いつの間にか聞かなくなった。
そういう話をすると、母の表情が曇る気がしたから。
そうして、いつしか、会話自体が減っていった。


「今度はどこへ行くの?」

南に向いた窓から、暖かな光が差し込んでいた。
時折、そよ風が吹いては、母の短い髪をなびかせている。
こちらに顔を向けた母は、日を浴びて、さらに肌が白く見え、綺麗だった。

「もうすぐ、あなたの誕生日でしょう。
だから、連れていきたい場所があります。」

そうだ、すっかり忘れていたけれど、もうすぐ誕生日だった。
連れて行きたい場所って、どこなのだろう。


数日後、最低限の荷物を持って、部屋を出た。
列車を乗り継ぎ、バスにも乗って、また列車に乗った。
こういうときは、ただ移り変わる外の風景を見ているに限る。
母も、片肘をついて、そうしていた。
ほどよくスレンダーで、女性にしては背が高い。
歳は、確か今年で38だったろうか。


列車から降りると、もう日が沈むところだった。
それからは、とにかく歩いた。
その小さな駅から離れていって、駅や線路が見えなくなると、街並みは寂れていった。
風も冷たくなったように感じ、身を縮めながら、それでもまだ歩き続けた。
所々建物はあるものの、辺りに人影は無い。
木々が風に揺られて、さわさわと、ひそひそ話をしているようだ。

「ここです。つきました。」

ずっと長い間、誰にも触れられていなかったような埃っぽいドアの前に並んだ。
今まで住んできたものとは、比べるのもおかしいほどの、とても大きな建物とドア。
母は、がちゃがちゃと鍵を開け、ドアを開けた。
薄暗い、けれどとても広い部屋だった。
先を歩く母について、私は、辺りを見渡しながら、部屋の奥へ進んでゆく。
何かがたくさん置かれているようだが、大き過ぎて、しかも近過ぎて、それが何であるのかも、わからない。
空気がひんやりしているせいなのか、鳥肌が立った。

「ここは…?」

か細い声が、広い部屋に、いやに響く。
まただ。この心臓に突き刺さる感じ。どこかで…。
それに、体の震えを、どうしても止めることができない。

「標本室ですよ。」

そう答えると、母は、続けて言った。

「ついでに言わせていただきますとね、私は、あなたのお母さんではありません。」


え……?


私は呆気にとられて、開いた口が塞がらない。

「あなたのお父様と、本当のお母様は、あなたがまだ小さい頃に、あなたを守ろうとして、死にました。」

それは、ずっと私を騙していたということ?嘘でしょう…?
私には母しかいないと、ずっと思ってきた。
本当は、母すらも死んでいたなんて。
私は、ひとりぼっちだったのだ。
また、心臓の鼓動が激しくなった。
吐き気のせいだろうか、涙目になるのは。
視界が熱く滲んでゆく。
母だった人との、これまでの思い出が歪んでゆく。


「正確に言うと、私によって殺されたということになるでしょうね。 邪魔をするからですよ。」

そう言いながら、彼女は、険しく目を細めた。

自分自身が心臓になったのではないかと思うくらいに、私の心臓は、激しく脈を打ち続け、呼吸が不自由だ。

「あなたは役に立つ!
あなたを研究することで、新しいエネルギーが開発され、どれだけの人が救われることでしょう!」

彼女は、目を輝かせて叫ぶように言った。興奮で周りが見えていないようだ。


その時、頭痛がして、幼い頃の記憶の断片が、ふと、よみがえってきた。


――「私の力?」


「決して誰にも言っては駄目。 利用されてしまうわ。
力を使うのには、あなたの生命力を削ってしまうのに。」


でも、私は、約束を破って、人がいるところで、力を使ってしまったんだ。


見殺しになんか、できなかったから。


でも、みんな、私をひきつった顔で見た。
まるで、化け物を見るかのような目で。


私、間違っていた?



記憶の奥底に押し込めていたのは、認めたくなかったから? ――・・




「私は、こんな力いらなかった…!」

現実に戻って、私が、ようやく出せた言葉は、それだけだった。
言いたいことは、もっとたくさんあるのに!
こんな力のせいで、父も母も自分の人生をも失っていたなんて。

「あら、ご自分の力をお恨みになるのでしょうか?
それほどにまで素晴らしい力をお持ちになっていらっしゃるのに?」

彼女が、にやにやしながら話すせいなのか、私は胃までキリキリと痛みはじめた。

「お母様が悲しみますよ。」

「母が?」

私は眉間に皺を寄せ、彼女を睨んだ。

「そう噂されています。
あなたに力を授けたのは、お母様でしょうとね。
あなたのお母様は、右に出るものはいないと言われるような生物学者でしたから。
あなたは、産まれたとき瀕死の状態で、お母様は産まれたばかりのあなたを連れて研究室に籠りきりだったとか。
そうして、数日後、奇跡の生還を遂げたあなたが現れた!というわけです。」

彼女は面白可笑しそうに言った。

「おまけにその娘は、不思議な力を持っていた!」

そんなことで母を殺して、私を奪って今まで…。
怒りを通りこし、おかしな震えかたをしている気がする。
ぐらぐらと揺れているのは、自分なのか、周りなのか。

「勿論、みんながその方法を知りたがりました。
でも、あの女は、それを独占しようとしたのです。
悪い女でしょう?」

「お母さんは悪くない!!」

思わず、私は叫んだ。
何の根拠も無いし、母のことなんて何一つ知らないのに。
でも、母は、私を救ってくれていたのだ。

「あら、まあ。素晴らしい親子愛ですね。
私が言うまで、お母様のことなど忘れていたというのに?」

クスクスと呆れたような笑いをあげる。
私が歯を食いしばって、両手の拳を思い切り握りしめると、爪が掌にくい込んだ。

「仕方ないでしょうね。
まだ、ほんの小さな子供だったのですから。
ところであなた、標本ってご存知?」

もはや私は、俯いたまま、ただ彼女の話を聞き流すだけで精一杯だった。

「対象とする個体の詳細な情報を得るために捕獲し、殺して保存する場合には標本作製の方法を用いるものなのですよ。」

彼女の淡々と話す言葉の単語単語が頭を過るが、彼女が何を言い出しているのか理解できない。

「生きた状態だと生物は変化し続けてしまうし、勝手に死ぬと腐敗して構造が変化してしまうでしょう?
なので、生きた採集品はできるだけ素早く殺すべきなのです。
でも、飼育を行った後に標本とする場合もあります。
例えば、植物なら花を咲かせてから標本にするとか、昆虫採集のコレクターなんかだと、傷が付いていない標本ほしさに、わざわざ幼虫から飼育したりするものもいるのです。」

そう言うと、彼女は、そばに立て掛けてあった、巨大な針のようなものを高く掲げ、言葉を続けた。


「今が、そのときですよ、壱与。
あなたには…」


私は、もう体に力が入らなかった。

頭の中が、真っ白なのか、真っ黒なのかも、わからない。
父と母は、どんな人だったろう。もし、生きて、一緒に生活できていたなら……

ふと、そんなことが脳裏を過ったとき、針を持つ細い腕が振り下ろされ、生暖かい液体が飛び散った。


「標本を作る重要性をご理解いただけたでしょうか。」



《 標本 了 》



【 あとがき 】
毎度荒削りですみません。
標本の知識が全くなかったので、お題を見て、ウィキ何とかで調べました。人間て怖い!
実は、はじめは恋愛話書きかけましたが、行き詰まり書き換えました^^;

毎回、とあるジェントルマンに助けられていますが、そろそろ自立しなきゃ;と思っています。


夏海
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