Mistery Circle

2017-07

《 a shroud of darkness 》 - 2012.01.31 Tue

《 a shroud of darkness 》

著者:りん




「標本を作る重要性をご理解いただけたでしょうか」
 目の前の頭から爪先まで黒一色を身につけた青年が言う。黒髪に白い肌。目元の涼しい、綺麗な顔の男の子。高校生か大学生くらいだろうか。ついさっき、年の瀬の酔っ払い達でごった返す街の片隅で、ポツンと独りで立っていたのをひっかけた。
 自分の質問に対する答えが返ってくるのを待っているように、あたしの目を見つめる。どことなく彼に似ている。
「そんなことどうでもいいじゃん」
 半ば奪うようにキスをして、服を脱ぐのももどかしく、そのままベッドに倒れこんだ。

 今日、同期入社のあたしの親友が、退社した。輝くような笑顔を振りまきながら。
 社内カンパで集められた塵積のお金で出来た豪勢な花束を抱え、作り笑いと口先だけのお祝いの言葉と拍手を浴びて。
――よりによって、あたしの彼氏だった男と結婚する為に。
 三ヶ月前、あたしの好物のクリームのたっぷり入ったシュークリームを手土産にして、二人は揃ってあたしの部屋に来た。
「……本当にごめん」
 開口一番、彼はあたしにそう言った。彼の話によると、夏の終わり頃に同僚数人で呑み会があったのだが、その時に関係してしまったらしい。あたしはその日、体調を崩して会社を休んでいた。
 彼女であるあたしが居ないのを良い事に「うっかりと酔った勢いで」そういう事をして、事態がオオゴトになって初めて、あたしに謝罪してきたのだ。要するに、オオゴトにならなければ、今もあたしは彼と付き合っていただろうし、彼と結婚するのはあたしの筈だった。けれど、彼が選んだのはあたしではなく、彼女。付き合いの長いあたしじゃなく、うっかり関係してしまった彼女だった。
「そっか」
 あたしはその一言しか言わなかった。いや、言えなかった。
 謝罪の言葉を吐きながらも、陰に隠れるようにして彼の手を握っている親友を庇う彼の態度。
 申し訳なさそうに俯きながらも、彼の手を離すつもりのない、寧ろ勝ち誇った親友の態度。
 二人が部屋を出て行った後、渡されたシュークリームはゴミ箱に放り込まれ、その日以来、食べられなくなった。
 あたしと彼は、今思えばとてもドライな付き合い方をしていたと思う。
 ベタベタするのは好きじゃないと言われた。お互いに深く干渉せず、都合の合う時に一緒に居る。少し寂しいとは感じていたが、お互いの年齢的にも、社会人としても、そういうものかと思い、割り切って数年が経っていた。でも……。

「シャワー、浴びてくるね」
 殆どあたしの自己満足で終了させた数十分の熱っぽい行為の跡を洗い流す為に、バスルームに向かった。
――行為の間、あたしが好き勝手に青年の身体を弄んでも、彼は汗一つかくことも、表情を歪めることもなかった。
 蛇口をひねると熱めの湯が勢いよく降り注ぐ。今日までの色々な事が頭の中をグルグル巡る。じわりと滲んだ涙が、身体を伝う湯と一緒に流れ落ちて排水口に吸い込まれていった。
 不意に背後に人の気配を感じて振り向くと白い湯気の向こうに、さっきあたしが肌蹴させた衣服をキチンと着込み、何事もなかったかのような顔をした黒尽くめの青年が無言で立っていた。
「……服、濡れちゃうよ?」
 青年の雰囲気に薄ら寒さを覚えながら言うと、濡れる事も厭わないのか、頭上から降り注ぐ湯を全身に浴びながら再び数十分前と同じ質問をしてきた。
「標本を作る重要性をご理解いただけたでしょうか」
 濡れて艶やかな黒髪の間から、全てを無に返す闇のような瞳があたしを見据える。じりじりと後退るが、背中はバスルームの壁に阻まれる。
「標本って何の? ねぇ、びしょ濡れだよ? タオルで拭かないと……」
 訳の判らない恐怖がジワジワと心を蝕み、熱い湯で温まっている筈の身体が、爪先から冷えていくのを感じる。怖い。
「『友達だと思っていたのに』」
 ドクン。
「『彼と付き合う時、応援するっていってくれたのに』」
 青年の口が、彼の知る筈も無いあたしの心の中の言葉を発する。
「『仕事のミスもたくさん庇ってやったのに』」
「『男に媚びる事ばっかり必死だったくせに』」
「『男が居なきゃ、生きてけないくせに』」
 一度淀んだ感情は、透明になる事なく、どす黒い濁りを増しながら溢れ続ける。
――何で知ってるの? 怖い。何、この子。嫌だ、聞きたくない。
 次々と彼の口から見苦しい位の親友に対するドロドロとした汚物に塗れた嫉妬の言葉は垂れ流された。
「『彼と結婚するのはあたしの筈だったのに』」
 そして、他人の口から流れ続ける感情は、あたしの心を追い詰めた。
「『いつか結婚できると思ったから……』」
「やめて! それ以上言わないで!!」
 懇願するあたしの制止を無視して、彼は、あたしの最後の膿を無感情に呟いた。

「『堕ろしたのに……』」

 そう。彼と親友があたしの居ない所で番いあった日、あたしは自分の内に宿った愛しい彼の子を無に返したのだ。
 大丈夫。きっと時期が来たら、あたしは彼と幸せになれる。その時は必ず、あたしの元へ生まれてきてね……。

あたしの赤ちゃん。

「なのに、彼は自分で好きじゃないって言ってた付き合い方しか出来ないような女を選んだ」
「あたしには今は無理だって言ったくせに、あの女の赤ちゃんの為に結婚する事を選んだのよ!」
 真っ黒に染まった感情がタールのように粘々と心に絡みつく。身体は熱を帯びていたが、頭の芯は冷え冷えとしていた。呼吸が上手くできないのは、降り注ぐ湯の熱と湯気のせいか。それとも、あたしの感情を見透かすこの無感情な二つの闇のせいか。
「綺麗に染まりましたね」
 青年が言った。
――染まる? 何が? 何のこと?
「嫉妬と、悲哀と、憎悪。綺麗な闇に」
――言われなくても解ってる。いい年してみっともない位、真っ黒い感情で心が満たされてるわよ。
「じゃぁ、仕上げをしましょうか」
――仕上げって何よ。こいつ、頭おかしいんじゃないの? 怖い、逃げなきゃ……。
 意味不明な【仕上げ】という単語に、理性ではなく本能が恐怖する。身体が鼓動を早め、脳に向けて警鐘を鳴らしている。
 しかし、背中は濡れたタイルに押し付けられただけで、それ以上青年との距離を拡げることは出来なかった。
「くすっ。逃がしませんよ?」
 滔々と流れ続ける湯を浴びながら、青年の手にはいつの間にか大きなサバイバルナイフが光っていた。
「僕は、美しい闇の感情に染まった人間の心臓を抉って標本にしているんですよ」
 それまで無表情に近かった涼しい目元が、さも楽しそうに歪んでいる。あたしは彼の握るナイフから目が離せない。
――何で。何の為に。
「理由なんて簡単な事ですよ。僕が愉しむ為。それ以外の理由なんて必要ないでしょう?」

――助けて、殺される。

 心が絶望の黒に染まり、恐怖の叫びが喉を伝って体の外へ出る瞬間、私の目に見えた光景は。
 降り注ぐ湯と混じりながらもバスルームの壁一面に広がる鮮やかな赤と、青年の穏やかに微笑む闇の瞳。
 そして少しだけ遅れて、研ぎ澄まされたナイフに切り裂かれた私の喉は「ひゅう」と空気の漏れただけの間の抜けた返事をした。



《 a shroud of darkness 了 》



【 あとがき 】
最初は、ダッチワイフの話にしようかななんてツラツラ書いてたモノが、チビ共の壁にぶち当たり、どうするよーなんてぼんやり考えてたんだけど、気が付いたら腐った香りがする死神ネタにズルズルと浸ってました。


りん
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