Mistery Circle

2017-09

《 All Hope Is Burned In Flame 》  - 2012.07.03 Tue



 長い砂漠を抜けてきた彼らは、ついにその森のはずれについた。
 誇張無く三日三晩変わらぬ景色を眺め続けてきた兵員達は一様にげんなりとした顔をしていたが、士気は保たれているようだった。通信兵だけは配属されたばかりの新兵だったが、他の兵隊はいずれも歴戦の兵ばかりだ。この程度のことで弱音を吐くような人間はそもそもこの作戦には参加していない。
 荒涼たる砂漠をわざわざ時間を掛けて迂回するような、こんな馬鹿げた作戦には。

「オスロ大尉、第十三魔甲中隊、目標地点に無事到達しました」
「ご苦労、シロタ中尉。これより各小隊に分かれ、索敵を開始。公国の新兵器が試験機動を行っている筈だ。発見次第情報送れ。深入りはするな」
「第一小隊了解」
「第二小隊了解」
「第三小隊了解」

 各小隊長の返礼とともに、輸送車両から次々に魔導戦車が出撃する。その後を装甲車が追走するのを見送りながら、オスロ大尉と呼ばれた男はふっとため息をついた。国の存亡がかかった作戦と言われて赴任してみれば、与えられた戦力はたったの一個中隊。それも、後続の支援はほとんど望めないという。集められたのは確かに歴戦の兵だが、反対に言えば命知らずの連中しか志願者がいなかったとも言える。新人の通信兵は人数合わせにほとんど無理矢理放り込まれたような物だ。

「とんだ貧乏くじだったな、新兵」
「いえ、これも任務ですから」

 スピーカー越しの堅苦しい返答に苦笑しながらも、オスロは半ば苛立ちを隠せずにいた。本国の意図は分からなくも無いが、何故こんな無謀な作戦がまかり通ったのか。
 理由は、彼にも良く分かっていた。まさに今彼らが追いかけている公国の新兵器だ。
 補助動力として魔素──魔力の源となるエネルギー体──を使用する魔導兵器が開発されてより数十年、戦争の主力はそれらを搭載した魔導戦車(魔甲)や魔導戦闘機(魔空)が一般化している。近年は更に駆動系にも魔素を組み込む兵器が開発されつつあり、新兵器はその最新鋭の技術を用いて、魔甲の装備する魔導砲を遙かに凌駕する破壊力と魔空並みの優れた機動力を有するものと噂されていた。
 元は五つの国の連合でしか無かったアルシエル公国は、他国への政治的介入や侵略を繰り返し、大陸の覇権を掌握するほどの巨大国家となった。彼らが籍を置くバルティア帝国も侵略対象として攻撃を受けていたが、広大な砂漠とその後に続く入り組んだ丘陵という地の利を生かした戦略で何とか凌いでいる。
 新兵器は、そのパワーバランスを一気に崩す危険要素になる可能性がある。少しでもその詳細な情報を仕入れておきたいが、何とか拮抗している戦力を他に回す余裕などほとんど無い。そこへ新兵器の試験機動の情報が持ち込まれ、またとない機会を逃すまいと急遽編成されたのが、彼らオスロ魔甲中隊だった。

「大尉。心中お察ししますが、最早我らに道が無いのも事実。麦酒でも飲んで気楽にいきましょう。おつきあいいたしますよ」
「私語は慎め、シロタ中尉。作戦行動中だ……後で付き合え」
「承服しました」

 シロタの気遣いは有り難いが、オスロにとって、いや中隊にとってもここが墓場となる可能性は極めて高い。最悪情報自体が陽動か、運良く新兵器と鉢合わせても噂通りの戦力なら全滅の恐れもある。何しろ、新兵器が一機とは限らないのだ。
 オスロは輸送車両の天蓋から外に出ると、目の前に立ちはだかる森に目を移し、そしてゆっくりと背後に広がる広大な砂漠を見渡した。
 少しずつ、少しずつ死に往く世界で、俺たちはまだこうして減り続けるパイを求め争い続けている。もし神とやらがいるのなら、目の前の死に怯え、後ろから這い寄る死を見ない振りをする俺たちのことを嘲笑うだろう。それでも、俺たちは戦い続けることをやめることが出来ない。最早、それだけが俺たちをこの閉塞した世界から僅かばかり開放することの出来る手段だからだ。
 まるで言い訳のようだ、と自嘲しながら、オスロは再び森の方を見た。さて、鬼が出るか、蛇が出るか。どちらが出ても、やることは一つだ。

「全体、逐次報告を怠るな。新たな命令を伝える。新兵器と思われる機影を見かけ次第、報告と同時に攻撃を開始せよ。繰り返す。発見次第破壊せよ(サーチ・アンド・デストロイ)」
「「「了解」」」

 寸分狂わぬ返礼を聞き届け、オスロはじっと森を睨み付けた。その奥で、何かが笑みを深めた気がした。


 世界は、砂に飲まれた。
 二百余年前に人類が得た新たな能力『魔法』は、世界の在り方を大きく変えてしまった。唯一絶対と思われていた科学はその歩みを止め、魔法の従者に成り下がった。魔法を使役する能力、つまりは魔素を操る能力に長ける者が新たな力の象徴となり、世界の勢力図はめまぐるしく塗り替えられた。
 しかし、魔法時代の栄華も百年に満たず終焉を迎えることになる。魔素は魔法としてエネルギーを放出すると、質量を有する既存の物質に変換される。そのほとんどがケイ素を含む物質、つまりは砂となる。これにより、地表は次第に砂に埋もれ、生物の住めない死の大地が拡大した。
 また、魔素は星の核から湧き出て大気中に存在すると考えられており、魔法の乱用によって核のエネルギー低下、ひいては星の寒冷化が進んだ。両極に近い土地は氷に閉ざされ、益々人の住める土地は無くなった。
 その結果、ついに人の住める大陸はたった一つとなってしまった。
 皮肉をもってアポカリプティカ(黙示録の大地)と名付けられたその大陸には五十を超える国々が乱立し、世界は混迷を極めた。小国同士が併合し、或いは大国が分裂し、過剰な新陳代謝をもって混沌の渦に沈みかけていた世界は、電撃的に結成された五大国連合によって真っ二つに割れた。

「それにしても、公国が正式に勃興してからわずか十年。短期間でよくもあれだけ巨大になったものですね」
「確かにな。連合だった時代を含めても二十年足らず。いまや大陸全土を手中に収める勢いだ。俺達にとっちゃ悪夢みたいな話だがな」

 一つの空(アルシエル)、と名付けられた互助機構はやせ細る資源を共有することで生き残りを図ることを目的として設立された。その後、国家間の通商における関税の撤廃から始まり、貨幣の統一、出入国の半自由化などを推し進め、ついには軍を統合してアルシエル公国として統一された。各国に元々あった議会や議員制度が廃止され、新たな議会が発足すると、五大国の首長はそれぞれ『公爵』を名乗り、議会のトップに立った。基本的には議会の決議によって政治が行われるが、公爵はそれぞれに拒否権と強行権が与えられており、国の方向性を左右する決定はほとんどが公爵の権利にゆだねられている。
 それが、世界を二分する原因の一つでもあった。

「公国は完全に大陸を支配するつもりだ。この五年間は特に熾烈だった。マルク共和国、サンダルシア法国、カプラン共和国、そしてグングニル王国。名だたる国家が次々撃滅された」
「グングニルが落ちたのは驚異でしたね。大陸最強を謳われた魔甲師団が壊滅する日が来るとは思いもしませんでした」

 議会は穏健派が大勢を占めていたが、代替わりした五人の公爵のうち三人は積極的な領土拡大を訴えていた。強行権を行使出来る公爵三人の意見は強く、大幅な軍備増強と隣国への侵略が開始されたのはちょうど五年ほど前の話だ。
 公国の軍備増強に不安を抱いていた国々は公国を非難したが、その声は圧倒的な武力の前に叩きつぶされていった。当初は事態をそれほど重く見ていなかった強国も、次第に広がる戦火と公国の予想を超えた戦力に緊張感を高めていった。
 特に常勝無敗を誇っていたグングニル王国の魔甲師団が敗れてからは、各国の緊張はピークを迎え、恐慌状態から無条件降伏に屈した国も出現した。

「魔空大隊を有するヴィヌシュカ帝国も、かなりの苦戦を強いられているらしい。あそこが落ちれば、最早公国の勢いを止めることは出来ん。そうなれば俺達はただの道化だ」
「その程度で済めば御の字ですよ。最悪灰も遺らない可能性もあるのですから」
「ふ……その方が潔いかも知れんな」

 吐き捨てるように呟き、オスロはビールジョッキを煽った。シロタは曖昧な笑みを浮かべると、自身も目の前のビールを一口舐めた。
 作戦の一日目は、何の収穫も無く終わりを迎えていた。森の中を捜索した第一・第二小隊は人の踏み入った形跡すら見つけられないと報告し、砂漠を更に進んだ第三小隊に至っては砂嵐に遭遇して一次通信不能となる有様だった。
 帰還した各小隊の報告をまとめたシロタを交え、オスロは約束通り輸送車の奥にある司令室で麦酒を振る舞った。ざっと斜め読んだ報告書を机に投げ出し、オスロは今日何度目かの自嘲めいたため息をついた。

「事前に魔空にでも偵察させておけばある程度の目処はついたものを。この有様では無駄に消耗するだけだ」
「公国に悟られるのを恐れたのでしょう。偵察に感づかれて場所を移動されては元も子もありませんから」
「それを言うなら、情報を得てからここへ辿り着くまでの五日はどうなる。情報の漏洩など、向こうもとっくに気付いていると思わんか?」
「それは否定できませんけどね」

 シロタも苦笑気味に答える。彼らの行動は常に公国の後手に回っている。それは紛れもない事実だった。防戦一方で何の戦果も挙がっていないと国民から非難が出始めてもいるが、現状の戦力差を考えると無い物ねだりに等しい。
 今回の作戦にしろ、新兵器をここで発見・排除したところで戦力差を逆転できるわけではない。圧倒的な負け戦になる可能性をせいぜいイーブンに戻すことができるだけだ。それも、あくまで一時しのぎなのは誰もが承知している。試験機動が行われる完成度ということは、既に実戦投入の目処が立っているということだ。ここで試験機を破壊しても、すぐに別の機体が制作されるだろう。量産体制すら整っている可能性がある。もちろん、破壊に成功すればそこから有用なデータを得られるかもしれないが、対抗策としては心許ない。
 結局は、国の延命を図るだけの姑息的な作戦なのだ。最早死期の見えたこの国の。

「死神に会えるのも運次第とは、世知辛い世の中になったものだ」
「全くです」

 皮肉交じりに言うオスロに同意するシロタ。そのまま、二人は沈黙する。いずれの視線の先にも、映るのは暗澹とした未来のみ。だが瞳の奥に宿るのは、それでも、例え代えられぬ未来であっても、終わりの来る間際まで戦い続ける意思。
 二人は、どちらからともなくジョッキを掲げた。金属の音色が控えめな乾杯を告げ、二つのジョッキが空になる。
 シロタが退出した後、司令室に一人になったオスロは懐中時計を取り出し、二重底になった底面を開いた。変わらぬ微笑みをたたえる女性と、無邪気な笑顔の幼子を確認し、そっと蓋を閉じる。窓の外に目をやると、月明かり一つない闇が無限に広がっていた。まるで、これからの彼らの運命を明示するかのように。


 探索は二日目を迎えたが、やはり成果は芳しくなかった。捜索範囲を広げてはいるが、三個小隊では限度がある。特に砂漠は運悪く砂嵐の頻発する時期に入ったらしく、度重なる通信障害の末に捜索が打ち切られた。

「森林地帯も、深奥は木々が密集していて魔甲での捜索に限界があります。歩兵が中心となって探索していますが、やはりめぼしいものは見つかっていません」
「人跡一つないとは、よほど巧妙に隠されているのか、それともやはり偽情報だったか……或いは罠か」
「そもそも、こんな森の中で試験機動を行うものでしょうか? よほど小型の兵器でない限り、障害物の多いこの環境ではまともに動くこともできないと思うのですが」

 シロタの言葉に、オスロは頭を巡らした。

「以前コレスカ共和国が実戦投入を考慮していた無人兵器の可能性もある。ボットと呼ばれる自動索敵機能のついたやつだ」
「同士討ちが相次いだお笑い兵器ですか? 索敵性能が向上していればあるいは、ですが……っ!?」
「……どうした、シロタ中尉」

 一瞬、短く緊張したような声が混じったのを、オスロは聞き逃さなかった。数秒、通信機のノイズだけが司令室に響く。やがて短い吐息が漏れ聞こえると、まだ張り詰めた様子のシロタの返答があった。

「……いえ、どうやらレーダーの誤動作のようです。一瞬妙な信号をとらえたのですが、すぐに消滅しました」
「誤動作だと? 根拠はあるのか」
「もしこれが敵影だとすれば、百メートルを一秒強で移動したことになります。この森林地帯でそれはあり得ません。空中を移動する魔空なら話は別ですが」
「ふむ……」

 シロタの返答に、オスロは短く唸った。確かにいくら新兵器が優れているといえども、ランダムに配置された障害物を避けながらそれほどの高速移動をできるとは考えにくい。
 しかし、どれほど頭の中で否定しようとしても、オスロは疑念を振り払うことができなかった。可能性が『限りなく低い』ことと『ゼロ』の間には大きな隔たりがある。どれほど小さな可能性であっても、無視するには大きなリスクが伴う。

「……念のため、データをこっちに回せ。引き続き警戒を怠るな」
「了解。転送します」

 送られてきたデータは、ほんの数秒のレーダー映像だった。明滅する点が三回記録されている。レーダーの端に一度映った後、二度目はやや近づいた位置に、そして三度目は再び遠ざかる位置に。
 およそ一秒間隔でうがたれる点は、確かにレーダー上でおよそ百メートル程度の距離をあけている。線で結ぶとちょうどV字型の軌道を描いており、見ようによってはこちらの存在に気づいて撤退したかのようにも見える。
 やはり看過できない。オスロは全隊に命令を下すべくマイクを握りしめた。
 その直後。

「て、敵影!! 高速で移動する物体をレーダー上に確認!!」

 第三小隊の無線回線から、突如悲鳴のような報告が聞こえてきた。例の新兵のものらしい。司令室に再び緊張が走った。別個の隊で同様の報告。偶然とは思えない。オスロは改めてマイクを握ると、全隊の回線を開いた。

「全隊、警戒態勢。魔甲は魔素装填しつつ散開。レーダー映像は全てこちらに回せ。ただし、レーダーに頼りきるな、目視でも常に確認せよ」
「「了解」」「りょ、了解!」

 ワンテンポ遅れる第三小隊の返礼に苦笑し、オスロは輸送車両の全クルーに向けて命令を発した。

「これより戦闘態勢に入る。総員戦闘配置につけ。砲撃班は迫撃砲を所定位置に。周辺の警戒を怠るな」
「了解」

 命令を受けたクルーは一斉に持ち場に向けて走った。オスロは自身も司令室のコンソールに向かい、全隊から発信されるレーダー映像と位置情報を一手に把握する。小隊あたり三機配属された魔甲から送られてくる計九機分のデータを見ながら、彼は各個に移動指示を出した。
 シロタの乗り込む第一小隊隊長機、および第三小隊の通信兵が乗り込む魔甲の位置とレーダーに映った機影から、敵機のおよその予測位置を割り出す。そこを中心に小隊を配置し、なるべく網を広げて相手を補足する。レーダーを信じるなら、相手は木々を躱しながら高速移動が出来ることになる。そうであれば端から撃破という選択肢を捨て、相手の正体を少しでも明るみに引き出すことを優先した方が良いとオスロは判断した。撃破命令は撤回していないが、完遂できる確率は極めて低いだろう。
 しばし、沈黙が場を支配した。レーダーには何の反応も見られない。各隊の配置はおよそ整い、互いのレーダー有効範囲を重ね合わせながら、ゆっくりと移動していく。
 補助動力に魔素を用いた魔導戦車は、少しの燃料で長距離走行が可能となっている。また、小口径でも威力の高い魔導砲が普及してからは戦車の小型化が進み、機敏で小回りの利く機体が増えた。それでも、木々の合間を縫って移動するのは至難の業だ。砲塔が木々に引っかからないように細心の注意を払いながら、道無き道を進んでいく。装甲車に搭乗した歩兵は周囲を警戒しながら、後方に継続する。
 相変わらず、レーダーには何も反応が無い。既にこの場を離脱してしまったか、それとも何処かにまだ息を潜めているのか。
 やや先行していた第三小隊が、最初にレーダーに反応があった地点に近づいた。魔甲から目視で様子を窺っていたリベルタ小隊長は、すぐにその場の異常に気付いた。

「……なんだこれは……」

 地面が抉れたように凹み、周囲の木々が押しのけられるように放射状に傾いでいる。まるで砲弾の着弾痕を見ているようだった。しかし、傾ぐ木々にはほとんど傷は無く、地面の凹み方も何かが爆発したと言うよりは勢いよく何かを押しつけたように見える。
 よく見ると、押し倒された木々はその場から分岐して二つの方向へと続いている。方角は、レーダー上の軌跡と一致していた。そこを、何かが通ったのだ。
 傾ぐ木々は、さながらその何者かに傅くようにも見える。リベルタは背筋に寒い物が走るのを感じた。レーダーに映ったものがこれを成したというなら、それは間違いなく化け物の仕業だ。兵器という枠組みを逸脱している。
 とにかくこの状態を司令部に報告しよう。そう思い、無線機を手に取った瞬間。
 空が、黒く染まった。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああッッッッ!!!!」

 司令室に悲鳴が鳴り響き、オスロは思わずあたりを見渡した。スピーカーのランプが点滅しているのは第三小隊。例の新兵の声だ。ひったくるようにマイクを取ると、オスロは努めて冷静に状況を問うた。

「何があった、第三小隊。状況を報告しろ」
「ひ、ヒトが……巨人が……!! ああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「巨人? 何のことだ、状況を正確に報告しろ、通信兵!」

 全く用をなさない混乱した報告に苛立つオスロだったが、その後に続く爆発音とノイズを耳にして危急の自体であることを再認識すると、第一・第二小隊の回線も同時に開いて全員に通達した。

「第三小隊が状況不明。交戦中と思われる。例の新兵器の可能性が濃厚だ。第一・第二小隊は直ちに現地へ迎え。位置はマーカーを転送する」
「第一小隊、目視で第三小隊の信号弾を確認。信号赤、既に隊は壊滅したものと思われます」
「第二小隊、同じく目視で信号弾を確認。これより急行します」

 各隊の報告と時を同じくして、輸送車両のクルーからも信号弾の報告が届いた。オスロはクルーに命じて車両を回頭させると、第三小隊がいたであろう方角に目を向ける。信号
は既に消滅していたが、遠く木々の合間から白煙が立ちこめていた。おそらく信号弾の残滓ではあるまい、とオスロは確信していた。間違いない、あそこに新兵器がいる。
 席に着き、第三小隊のレーダー映像を呼び出す。通信兵が気の触れたような絶叫をあげる前後。そこに映る機影は、無い。オスロ自身もリアルタイムで見ていたはずだった。見逃すことはあり得ない。そして、まさにその通りだった。自分は見逃していない。確かに、そこには何も映っていなかった。
 あり得ない訳では無い。ステルス性能を備えた兵器も確かに存在する。だが、通信兵は最後の通信で『巨人』と叫んだ。それが文字通りにしろ比喩にしろ、何か巨大なものに襲われたとみるべきだ。
 それはつまり、目視ですら直前まで認識できなかったということを意味する。そんなことを可能にする技術を、オスロは一つしか知らなかった。

「全隊に通達。敵機は光学迷彩を実装している可能性が高い。可能な限り周囲の音にも警戒せよ」
「光学迷彩ですって? 歩兵ならいざ知らず、兵器全体を覆うほどの光学迷彩など聞いたことがありませんよ」
「聞いたことがある技術で作った兵器など恐るるに足らんよ。第三小隊の予見無き壊滅が事実のすべてだ。違うか?」

 オスロのたたきつける辛辣な現実に、シロタは押し黙るほかなかった。いくら新兵器が優秀だったとしても、熟練の魔甲乗りであるリベルタが率いる第三小隊が為す術も無く撃滅させられるとは彼にもにわかに信じられなかったはずだ。しかし、現実にそれは起こった。しかも、オスロが第三小隊の報告を受け取ってから多少のタイムラグがあるとは言え、通達とほぼ同時に戦闘不能を表す信号弾が上がるのを彼は見ている。それはつまり、交戦と同時に敗北したということだ。
 いや、交戦と呼べるほどの物すら起こらなかったかも知れない。距離があるとは言え、誰一人魔甲が放つ砲弾の炸裂音を耳にしていないのだから。

「……了解、引き続き索敵を続行し……」

 不意に、シロタの声が途切れた。オスロは通信機の状態を確認したが、目立った異常は見当たらない。

「……? どうした、シロタ。応答しろ」
「…………ジ……まさか、こ…………」

 雑音に混じって再び声が聞こえたが、それもすぐに途絶する。すぐに第二小隊にも通信を試みたが、そちらも同様にノイズが聞こえてくるのみだった。ジャミングかと疑ったオスロだが、すぐにそれが全くの見当違いだと思い知らされる。
 窓の外が、突如赤く輝いた。次いで、青く、白く。まるで雷のごとき爆音と衝撃が、後を追って襲いかかる。輸送車が大きく傾ぎ、オスロは危うく転倒しかけた。地鳴りが低く続き、たっぷりと十数秒を要してようやく収まる。
 揺れが収まるのを待つのももどかしく、オスロは司令室から飛び出した。輸送車両の天蓋を開け放ち、外へ躍り出る。
 そして、彼は悟った。
 自分たちが、もはや道化以外の何物でもないと言うことを。

「莫迦な……人型、だと……」

 紅蓮の炎を背に、黒い巨人が立っていた。巨人、としか形容できないその異形は、数え切れないほどの装甲板を重ね合わせた鎧をまとい、冷たいガラスの眼球でこちらを見下ろしている。無機質な金属の顔には寒々しい笑みが象られ、その背に負う二枚の翼と巨大な円環が、神々しいまでに光り輝いていた。
 戦い止むことを出来ぬ彼らを、嘲笑う神の如く。
 輸送車両を取り囲む熱気に煽られその場から動くこともままならないオスロの前に、巨人が手を伸ばした。手のひらが開き、そこに何かが横たわる。オスロは目を見張った。煤と血に塗れてはいるが、それは先ほどまで森にいたはずのシロタだった。まだ息はあるようで、胸郭が軽く上下動している。
 駆け寄ってやりたい衝動を抑えながら、オスロは巨人と対峙した。ようやく目の前にした、公国の新兵器。その偵察こそが自分たちに課せられた目的なら、今やるべきことは無事に帰還出来るよう努力することだ。そのためには、相手を刺激してはならない。
 巨人はしばし不動のままだった。表情の変わらぬ巨体の内で、それを繰る者が何を思うのかはわからない。しかし、自分もまた観察されているのだとオスロは何となく感じていた。こちらの行動次第で、全てを灰にすることも、生かして返すことも出来る。派手に過ぎる爆炎と、重傷ながらも返還されたシロタは、その象徴なのでは無いか。
 ギリ、とオスロは歯噛みした。抗う術など、最早無いに等しい。例え抵抗したところで、あれが手を振るうだけで自分の体などボロ雑巾のように吹き飛ばされて終わりだ。或いは、先のように閃光とともに灰燼に帰すか。ならば、選択肢は一つしか無い。
 一つしか、無いはずだ。
 オスロは腰に吊り下げたホルスターから魔導銃を抜き、巨人に向けた。氷の微笑をたたえたガラスの瞳に照準を合わせる。巨人は、動かない。雄叫び一つあげ、オスロは引き金を引いた。一発、二発、三発。計六発の弾丸が巨人に殺到するが、そのどれもが標的に到達する前に四散する。
 失意すら感じること無く、オスロは腕を下ろした。これで、自分たちの命運は絶たれた。惨めに敗残してでも、生きて帰ることを優先すべきなのはわかっていた。だがそれでも、それでも彼には耐えがたかったのだ。全てを弄ぶ目の前の巨人が。圧倒的な力を見せつけ、不可避な未来を見せつけ、そして選択肢の無い選択を提示する鋼鉄の微笑みが。
 勢いやまぬ炎の中で、巨人が動いた。機械の翼が展開し、円環が回転を始める。オスロは既に死を覚悟していた。まだ息のあるシロタの元に膝をつき、詫びるようにそっと頭を垂れる。轟音が耳をつんざいた。全ては、一瞬で終わる。そう思い、目を伏せた時。

『……往きなさい』
「……!?」

 直接脳に囁きかけられたような感覚に、オスロは目を見開き頭を上げた。そこに、巨人の姿は無い。微かな風切り音を捕らえて目を向けると、歪む景色が遙か彼方を遠ざかっていくのが見えた。それも、すぐさま目視で捕らえられなくなる。
 見逃された。オスロは呆然と前を見ていたが、やがて握る拳に力が入り始める。周囲の炎が次第に息を潜めるにつれ、オスロの中で沸々と失いかけた感情がわき上がってきた。
 怒り。
 最期に至る覚悟まで弄ばれた怒り。そして何より、言外に押しつけられた自分への役割に気づいた怒り。
 巨人は、彼らを生かして残した。それは、伝えるためだ。新兵器としての巨人の恐怖を。全てを一瞬で屈服させ、抵抗の意志を摘み、生きる意思すら刈り取るほどの恐怖を刻み込み、流行病の如く伝播させるために。

「ウオオオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッ!!!!」

 オスロの咆吼が、空に響いた。
 戦争は、終わるだろう。公国の繰る黒い巨人達のもとに。伝えられる恐怖は実体験となって人々の心を呪縛し、掌握され、公国の名の下に一つの世界が誕生するだろう。
 彼らの敗北を、橋頭堡として。


「……状況を終了しました。損害なし。これより帰投します」
「了解、シオリ=マギの帰投を許可する。……お疲れ様」
「ありがとう」

 空間投影ディスプレイを脇へ追いやり、シオリと呼ばれた女性は長い黒髪を掻き上げた。新兵器のお披露目としては上出来だ。一個中隊とはいえ、二分弱で壊滅させることが出来たなら十分及第点といえる。後は、生き残った彼らが『恐怖体験』をばらまいてくれるのを待つだけだ。多少尾ひれがついてもかまわない。それで、一つでも多くの無血降伏が得られるのなら。
 シオリはほんの数秒目を閉じ、目的のために犠牲にした敵国の兵士に祈りを捧げた。そして操縦桿をしっかりと握り、アクセルをいっぱいに踏み込む。黒い巨人と評された公国の試験兵器は、音速に近い速度で彼女の命に応えた。

「……少し、寄り道するよ」

 巨人に向けてつぶやき、シオリはあるポイントを目指す。巨兵の目から送られてくる映像がコクピットを覆う全方位型スクリーンに投影され、時の移り変わりを告げていた。太陽が背後で地平線に沈んでゆき、あたりは月の光に支配されていく。
 変化の無い砂ばかりの大地が、不意に途切れた。
 目の前に広がったのは、深い青と黒のコントラストを成す広大な海。それはかつてないほどの美しい鏡となって、夜の天体を映していた。静かに凪ぐ海原を、シオリは速度を落としてゆっくりと散歩するように空から眺める。乱反射する光の舞踏が、無限の舞台の上で繰り広げられるのを、彼女は飽きること無くじっと見ていた。

「世界は、まだまだ美しいな」

 ぽつりとこぼれた言葉が、夜の帳に溶け込んでいく。
 その真意を知るのは、忠実なる巨人と、深遠なる海と。


 D.G.(Desert Globe)0107年。
 アルシエル公国は最後の国、ヴィヌシュカ帝国を陥落させ、統一公国を公称する。
 そしてこれが、新たなる闘争の幕開けでもあった。












deadblaze

《 DEAD BLAZE:All Hope is Burned in Flame 》
著者:Clown





【 あとがき 】

 ……これで後に引けなくなってしまいました('Д`;)
 今年のMCは時代の違う同じ舞台、同じタイトルの物語を連作しようと思っています。タイトルは最後に出てきた『DEAD BLAZE』。DEATHGAZEというバンドのシングル曲のタイトルを使わせてもらっています。日本語に訳すと『死の閃光』、意訳して死の間際に見せる一瞬の輝き、位の意味を持たせています。
 舞台は魔法が発見されてから200年以上後、魔法の過剰使用の副作用で砂に埋もれてしまった世界で、科学と魔法が兵器転用を主としてある程度の融合を果たした時代。以前MCで発表した『黒魔法ブックマーク』の世界とある程度連動しています。一度魔法に依存した世界は完全には魔法の使用を放棄することが出来ず、少しずつ少しずつ砂に飲まれて死を待っている状態で、それでもなお残った世界を奪い合おうとしている。そんな世界で、様々な人達が、様々な理由で戦い、生き残り、或いは散り果て、歴史に爪痕を刻んでいく。そう言う物語。
 MC50がその集大成みたいなお話になる予定……なんだけど、設定だけが無駄に増殖して、未だに物語が始まっても無いという('Д`;)
 一応、各物語は独立して読めるように工夫していくつもりなので、少しでも楽しんで貰えれば幸い。
 それでは、また砂の世界でお会いしましょう……多分○∠\_


『 道化師の部屋 』 Clown

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