Mistery Circle

2017-10

《 Ties of F... 》 - 2012.07.03 Tue

《 Ties of F... 》

 著者:知








 小学二年生のある日迷子になり、その日から私はこの冒険の日記をつけ始めた。
 迷子になったとき私は不思議と家に帰れないかもしれないという心細さよりも、一つ曲がり角を間違えただけで知らない世界が広がっている事に胸が躍った。おそらく、迷子になったのがまだ昼を少し過ぎたぐらいの時間だったというのも大きかったのかもしれない。私は迷子になったときのあの胸の高鳴りを忘れることができず、小さな冒険をし日記につけることを繰り返した。
 勿論、冒険と言っても大したものではない。最初の頃は近所で今まで曲がった事のない曲がり道を曲がってみる程度の事だった。それでも、当時の私はわくわくしながら今日はここで曲がったから明日はここで曲がってみよう、などと思いながら冒険の日記をつけていた。
 同じ道でも季節により違う顔を見せ、身長が高くなり目線が変わることでも違う顔を見せるので何度も同じ道を通ったりもした。
 すぐわかるような大きな変化もあれば、ただ歩いているだけでは気づかないような小さな変化もあった。その変化を見つけるのが楽しかった。

 大きくなり活動範囲が広がるにつれ小さな冒険の範囲も広がっていった。
 私の冒険は基本、徒歩で行われた。少し離れた場所を冒険するときは目的地まで自転車、着いてからは徒歩。というスタイルだった。
 自転車で通るだけでは見えないものが徒歩だと見えたからだ。自転車で通る事で見えてくるものもあったので同じ道を自転車で通ったりもした。
 子供一人では遠くに行けないためガイドブックを見ながら見知らぬ地に思いを馳せたりもした。

 冒険をしていると不思議なものを見つけることがあった。それが何かを調べるのも楽しかった。
 不思議なものを見つけそれが何かを調べるというのを繰り返している内に地域の昔の姿に興味を持ち、図書館の郷土資料のコーナーに何度も足を運んだりもした。
 小学生向けに書かれた本は少なく、それだけでは満足できず大人向けの本を四苦八苦しながら読んだ事もあった。
 ある事を知るとそれに関係する別の事について知りたくなり、それを知るとそれに関係する別の事を……と繰り返していくうちに知識が広がっていく事も面白くなっていった。

 両親や姉は勿論私の小さな冒険の事は知っていたけれど、両親は心配かけない範囲やおこづかいの範囲内ならと暖かく見守ってくれた。姉は呆れながらも私が冒険で発見した事や調べて知ったことについて話すと、時に黙って、時に相槌を挟んで、時に質問をし聞いてくれた。

 私は満たされていた。
 それなのにというべきだろうか、だからこそというべきだろうか、年を重ねるにつれ今の満足では物足りなく感じ始めた。少しでも遠くの地を冒険したい、泊りがけで冒険をしたい、そう強く思うようになった。
 そこで私は中学二年生の春に両親に申請すればアルバイトができる高校へ行きたい旨を伝えた。私が今通っている学校が中高一貫教育校であり、又、入学する事を憧れる人も多いお嬢様学校と呼ばれている学校であるにも係わらずに。
 流石に反対されると思っていた。了解を得るには長い説得が必要だと思っていた。
 けれど両親は私に二つの条件を出しそれが守れるのなら構わないと即答した。
 その条件とは『学業を疎かにしないこと』と『泊りがけの場合は事前に目的地等をを伝え、定期的に家に連絡すること』であり、両親に言われなくてもそうする予定だったことだったので私はその条件を受け入れた。
 この事を姉に話すと、あの学校は私には窮屈だろうから他の高校に行きたいと言い出す可能性は高いと思っていたと、微苦笑を浮かべ、学校側にその旨を伝えると少し騒ぎになるかもね、と、どこか楽しげだった。
 私と姉は色々な点で有名だった。
 姉妹が同じ学年で(姉が4月に生まれ私が翌年の3月に生まれたため同じ学年になっている)、両方とも成績優秀。けれど、性格は姉は淑やかで私は活発だったため、姉妹と言われなければ同じ苗字なだけと思われることも多かった(姉が淑やかだと思われていることに妹である私は疑問を呈したくなるが、それは置いておく)
 私達の学年の顔である二人のうち一人がいなくなるのだから確かに少し騒動になるかも、と思っていると、
「あっ、一部の生徒は大騒ぎするかもね。下級生の一部が、ね」
 と、姉が意地悪そうな表情をしながら言った。
「……ひ、否定できない」
 まだ新学年になって一ヶ月と少ししか経っていないのに、下級生数名から『お姉さまになってください』と直接言われるし、ラブレターの類も数十通貰っている。何でお嬢様学校に通う子ってこういう子が結構いるのだろう、そんな考えても詮方ないことを考えてしまう。
「まぁ、慕われるのはいいことだと思うわ、よ?」
「何で疑問系なの。うー同じ姉妹なのに不公平だ」
 私が項垂れていると、そんな私を見て姉がくすくすと笑った。


 全てが順風満帆だった。小さな事件はあったけれど大きな事件はなく平和だった。
 でも、中学三年生になり高校生になってからのことを考え胸を躍らせていたそんな時の事だった。
 あーうん、現実逃避している場合じゃないよね。
 でも、一回だけ叫ばしてもらってもいいかな?

「ここ、どこなのーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 私は周りが真っ白で何もない場所に知らないうちに立っていた。


「――私の声はむなしくあたりに響き渡った――」
 思わず抑揚がない口調で言ってしまった。現実逃避もこのぐらいにしないと。
 折れそうになっている(というか折れているかも?)心に活を入れるために両手で頬を強く叩くとパンと小気味いい音が響いた。
「……痛い……夢、じゃないんだよね」
 少しだけ、ほんの少しだけ夢である事を期待したけれどその期待は脆く崩れ去った。
 目の前に広がっている光景は現実離れしているし、更に言えば、私がどのようにこの場所にたどり着いたのかわからない。
 けれど、これが現実ならば、こうやって打ちひしがれていても何の解決にもならない。
 周りを見回しても人一人どころか物すらも見当たらない、というか、見渡す限り白以外の色がない。ならば……
「探すしかないよね。白以外の色を」
 見渡す限り白以外何もない場所なんだ。そう都合よく早く物や人が発見できるとは思えない。なら、先ずは白以外の色を探すことに決め、
「先ずは……真っ直ぐ進もうかな」
 真っ直ぐ歩き始めた。方向が合っているかなんてわからない。けれど、回れ右をして逆方向へと向かうのは後ろ向きな感じがしたので嫌だった。それだけの事が理由で私は真っ直ぐ進む事にしたのだ。
 歩き始めて気づいたけれど、私は今自分が置かれている状況に不安だけでなく少しの楽しみを抱いているようだった。
 この楽しみが消えないうちに何か発見しないと本当に心が折れてしまう。
 そんな危機感も抱きながら私は只管真っ直ぐに歩き続けた。


「やはり、おかしいよね、これ」
 私は立ち止まりそう呟いた。
 おかしいことは何個かあるけれど、特に挙げるなら
「かなりの時間歩き続けているはずなのに全く疲れないし、喉が渇かないし、お腹も空かない……どういうこと?」
 後の二つは飲食物を持っていないから助かるのだけれど、おかしいことが沢山ありすぎて頭痛がしてきた。おかしくないことがない、そんな気さえしてくる。
 結局、歩き続けても何も発見する事はできなかった。このまま歩き続けて何かを発見する事ができるのだろうか。でも、ここに立ち止まっていてもどうしようもない。色々な考えが頭の中を走り回り、けれど、どうすべきが結論が出ない。
「何か困った事でもあったのか?」
「はい、どうしたらいいかよくわからなくて」
「なるほど……取りあえず、一息入れるために飲み物でもどうだ?」
「ありがとうございます……ふぅ……」
 水が入ったコップを受け取り一気に飲み干した。喉が渇いたという自覚はなかったけれど、かなりの時間飲まずに歩き続けていたせいか私の心が水を欲しがっていたのか一気に全部飲み干した。
「あ、どうも、ありがとうございまし……た」
 コップを返しお礼を言っている途中である事に気づき、思わず語尾があがってしまった。
「……どうした?」
「いえ、大したことではないです。ただ、自分の間抜けさ加減に嫌になりまして……あの、一つ尋ねたいことがありまして……ここってどこなんですか?」
 この男性――年齢は10代後半~20代中頃ぐらいだろうか――もここがどこか知らない可能性はあるけれど、藁にすがる思いで尋ねてみると、彼は驚いたように目を見開き、私をじっと見つめた。
「……あ、あの……」
 男の人にここまで見つめられた経験がなかったので気恥ずかしくて、何ともいえない感情が私を襲った。
 今、気づいたけれど、彼が見ているのは私の口元のようだ。
「すまない。少し確認したいことがあってね」
 彼は頭を掻きながら私に謝ると、
「ここがどういう場所か説明したいん……だが、長い話になるし座って話した方がいいか。少し歩くけれど大丈夫か?」
 と、私に提案した。
「はい、大丈夫です。疲れは全くありませんし」
 落ち込ませたのはあなたでしょう、と言いたいのを堪え彼の言葉に頷きながらそう答えた。
 知らない男の人についていくのはあまり良いことではないけれど、他に人に出会えるとも限らないし、それに……
「じゃあ、行こうか」
 それに、彼は初対面なのに親しみや懐かしさを感じるのだ。そのせいか、私は警戒心なく彼の後を付いていった。


 暫く歩くと大きな木が立ちその下にテーブルと椅子が一脚ずつある場所についた。
 他には何もなく他の場所と同じで真っ白な空間なので、その光景に違和感を覚えた。
「取り合えず、座って」
 彼は椅子に座りながらそう言うと、彼が座った対面に椅子がもう一脚どこからか出てきた。
「……はい」
 やはり、ここは普通ではない場所のようだ。
「ああ、飲み物も用意した方がいいな。紅茶でいいか?」
 私が無言で頷くと、紅茶の入ったティーカップが私の前に現れた。
 あ……意外と美味しい……
 紅茶に軽く口をつけてそんなことを思うぐらい、私は混乱しているようだった。
「さて、何から説明すればいいか……」
 そんな私の様子を見、微笑みを浮かべながら彼はそう切り出した。
「おそらく、君も実感しているだろうけど。ここは現実の世界ではない」
 どんなに歩き続けても疲れることがなく、喉が渇かないし、お腹も空かない。そして、何処からともなく椅子や紅茶が出てくるこの場所が現実の世界であることの方が普通に考えたらおかしく、ここが別世界であると言われたほうが納得がいくというものだ。
「言うならば……夢の世界と現実の世界の狭間の世界だ」
「夢の世界ってどんな場所なんですか?」
 私はそう彼に尋ねた。この場所が二つの世界の狭間の世界なら、その二つの世界について知っておいたほうがいいだろうしね。
「そのままだよ。寝ているときに見る夢。君も俺も――世界中のあらゆる人が夢を見ているとき夢の世界にいるんだ。普通ならこの狭間の世界に人が留まることはないのだけれど、何らかの要因が重なり合って君や俺のような者が稀に現れる、ということらしい」
 荒唐無稽な話……けれど、私が今いるこの場所は明らかに現実世界ではなく……
「……なるほど……」
 彼の説明に納得するしかなかった。
「……意外とあっさり受け入れるんだな。普通は否定しそうなものだが」
「確かに私の心の平穏のためにあなたの言った事を否定したくなりますが、そんな事をしても現実問題何も変わりませんし。ありのままに受け入れることが大事かと」
「……それが何よりも一番難しいのだけれどな。どうやら君は稀有な存在のようだ」
 私の言葉に肩をすくめそう返した。
「……馬鹿にしてません?」
「いや、逆だよ。感心してる。あんな夢の世界からようやく抜け出せたと思ったらこんな世界に辿り着いたからな。俺が君にしたような説明を受けたときはすぐには受け入れ難かったよ」
「……あんな夢の世界……ですか?」
 彼のその一言が気になりそう聞き返すと、
「……ん?」
「……えっ?」
 彼は思いもよらない言葉を聞いたかのように驚きの表情を浮かべ、私は何かおかしなことを言ったかと素っ頓狂な声を上げた。
 彼は暫く私の顔をまじまじと見つめ、
「ああ、そうか、勘違いしていたようだ。君は俺と同じではないのか。プリズナーではなくロストチャイルドだったのか」
 と、言いながら下を向き頭を掻いた。
 プリズナーは囚われ人や虜という意味で、ロストチャイルドは迷い人という意味だったかな。
「……念のため聞いておこう……今、君には痛覚はあるかい?」
「はい、あります」
 彼の質問にそう答えると
「どうやら、君はロストチャイルドのようだ。君が夢の世界について尋ねてきたときに気づくべきだった……ああ、根っこの部分は両者に違いはないからそんな顔しなくていいよ」
 彼の言葉を聞いている内に不安がわきあがりそれが顔に出ていたのだろう、彼が苦笑いを浮かべながらそう付け加えた。
「ただ、夢の世界についてある程度説明しなくてはいけないな。さっき、世界中のあらゆる人が夢を見ているとき夢の世界にいる。と言ったけれどそれは正確ではない。世界中のあらゆる時代の人がいるんだ」
「あらゆる時代の人……ですか」
「ああ、時代が離れた人とは会うことはできないが、あらゆる時代の人が夢の世界には存在している」
「時代が離れた人とは会うことはできない……ああ、夢の中でも例えば……江戸時代の人と会うのは色々問題がありそうですね」
「……君は突拍子もない話なのによくついてこれるな。その通り。まぁ、夢の中の出来事だから現実世界に戻ったら忘れていることが殆どだろうけれど、余程の縁や理由がない限り出会わないようにできているようだ」
 できている……か……
「……現実世界に戻ってこの会話覚えていたら、私は神の存在――少なくとも創造神の存在は否定できなくなりそうですね」
「それについては同感だな。夢を見る事は人が人らしい心を維持する為に必要不可欠な要素、誰かが言った言葉だがその通りだと実感するよ。ただ、夢の世界はあまりに安らか過ぎて優しすぎて人にとって猛毒だけれどな」
「猛毒……ですか」
「ああ、夢の世界では決してなくしたくなかったけどなくしてしまった大切なものを取り戻すことも可能だから。それが大切なものであればある程、現実世界に戻ったときに夢の記憶が残り、夢の世界が安寧であればあるほど現実世界の辛さに耐えられなくなる。ずっと夢の中にいられたらいいのにと強く思うようになる。その思いが募り実際に夢の世界に囚われ夢から覚めなくなり現実世界との繋がりがなくなった人をプリズナーと呼んでいる」
 なるほど、確かにそれは猛毒だ。
「ただ、ずっと安寧の中にいると違和感を覚える人も出てくる。今自分がいるのが夢の世界だと気づいたとき夢の世界にい続けるか現実世界に戻るか選択することになる。心の底から夢の世界から出たいと思う事ができたら夢の世界から解放される」
「……でも、心の底から夢の世界から出たいと思うのはかなり難しい事なのでは?」
 自分から大切なものを再び手放す事になるのだから。
「ああ、夢の世界に囚われたら大概はそのまま囚われたままらしい」
 彼は私の事を彼と違いロストチャイルドだと言っていた。彼は夢の世界から脱出できた一人なのだろう。では、何でこの狭間の世界にいるのだろうか。
 その事を彼に尋ねてみると、
「本来なら夢の世界から出たら狭間の世界に現実世界への扉が見えるはずらしいのだけれど、俺にはその扉が見えなくてね」
「扉……ですか」
 私も扉を見つけることができれば現実世界に帰れるのだろうか。
「狭間の世界を彷徨っていたときにこの世界の管理人と自分を紹介した少女に会い、『戻れない原因が全てなくなった人には現実世界への扉が見える。扉が見えるようになるまでこの世界で好きにしていて』と、言われて今に至るというわけ」
「……私も現実世界への扉が見えるようになれば帰れるのかな?」
「おそらく……扉以外に現実世界とこの狭間の世界が混ざり合っている場所はないと少女が言っていたからね」
 元の世界に帰る方法は分ったけれど、どうやったら扉が見えるようになるのだろうか。戻れない原因が全てなくす……愕然としすぎている。
「プリズナーに関する説明はこのぐらいかな。ロストチャイルドはこの狭間の世界に迷い込んだ人のことを言い、プリズナーとの大きな違いは現実世界との繋がりがあることだ」
「現実世界との繋がり……ですか」
「ああ、だから君には痛覚がある。細かい違いは色々あるけれどそれは現実世界との繋がりのあるなしから生じるものが多い」
「なるほど……」
 ここまで彼の話を聞いてふとある疑問が浮かんだ。
「あの、何でそんなに詳しいのですか?」
 その少女から話を聞いたにしても詳しすぎる感じがしたのだ。
「ああ、少女からこれを借りてね」
 そう言うと分厚い本を取り出した。
「この本に夢の世界や狭間の世界についての記述があって、扉が見えるようになる鍵がないかと読んでいる内に詳しくなったんだ。知られてはいけないところはよめなくなっているようだけれどね、軽く読んでみるかい?」
「はい」
 彼の提案に頷くと私はページを開いた。
「えっ……何……これ」
 その本は見たことのない文字で埋め尽くされていた。けれど、文字を読むと何が書かれているのかわかるのだ。いえ、これは頭の中に書かれている内容が入ってくるような感覚……少し読むだけで頭痛がしてきた。
「慣れるまでは少しずつ読んだ方がいい」
「……そうする……」
 開いたページを閉じると頭痛が引き、一息ついた。
「どうやら、夢の世界や狭間の世界では知らない文字や言葉、言語でも分るように翻訳されるようでね」
「……私の口元を見ていたのは日本語を話しているか確認するため、ですか」
 私がそう言うと彼は頷いた。
「この本、お借りしてもいいですか?」
「ああ、俺はもう読み終えたしな。本来はあの少女に伺いをたてるべきなのだろうけど、問題があったらその内回収しにくるだろうし」
「では、お借りしますね」
 先ずはこの本を読んで何か現実世界に帰るための手がかりがないか探そうかな。
「あの、あなたはどうやって帰るための手がかりを探しているのですか?」
 彼はこの本は読み終えたと言った。なら、どうやって今は手がかりを探しているのか疑問に思ったのだ。
「ああ、夢の世界に入っているよ」
「……えっ?」
 思いがけない言葉に驚き、素っ頓狂な声を出してしまった。
「自分だけで解決しないなら他人の力を借りるのがいい。夢の世界は自分の檻に囚われなかったら色々便利だし面白いところだよ。現実世界に戻ったら夢の世界を自由に歩き回る事なんてできないし、手がかりを探すという目的がなくても行く価値があると俺は思っているよ」
「便利で面白い……ですか」
「制限があるとはいえ普段会話ができない人と会話をすることができるからな」
「……私も夢の世界に入れるのかな?」
 本を全部読むには時間がかかるし、一気に読むこともできない。空き時間に夢の世界に行けるならそれも手だと思い、彼にそう聞いてみた。
「入れるんじゃないか? そうだな……こっちの方向に何か見えるか?」
 彼はそう言うと、向かって右の方を指差した。
「……トンネルのようなものが見えますね」
 彼に指差されるまでわからなかったけれど、彼の指差した方向にトンネルのようなものがあることに気づいた。
「あれを抜けると夢の世界に辿り着くよ。一つ提案があるんだけれどいいかい?」
 彼がそんなことを言ってきた。
「提案ですか?」
「ああ、夢の世界に入ってどの――誰のと言った方が正確か――夢の中に入れるかは人によって違うんだ。行けばわかると思うけれど入れない夢もあるんだ。だから、得た情報を互いに交換しあわないか、と思ってね」
 なるほど、それはいい提案に思える。
「それに、情報交換関係なしに君と会話する中で手がかりが見つかる可能性もあるし、勿論、君にとってもな。あっ、この提案を飲む飲まないに関係なしにこの場所――テーブルと椅子は自由に使っていいから」
 彼はそう続けた。私の返事は勿論、
「わかりました。一人より二人、ですしね」
 彼の提案を受け入れた。
「よろしくお願いするよ。期限はどちらかが元の世界への扉が見えるようになるまで。扉が見えるようになったらこの狭間の世界には長くいられないからね」
 彼はそう言うと握手を求めてきたのでそれに応え握手をした。
「ああ、そう言えばお互いに名前を知りませんね」
 ふと、そんな事に気づいた。
「ああ、でもお互いに本名は名乗らない方がいいな」
 私の言葉を受け、彼がそんな事を言った。
「どうしてですか?」
「実際に試した方がわかりやすいな……」
 彼はそう言うと少し考え、
「今、現実世界では何年? 和暦で答えて?」
「○○○○年ですけど……あれ?……○○○○年……」
 何故か声に出すことができなかった。
「どうやら、君は俺より生まれたのが後で、しかも、俺の元の世界より和暦が一回以上変わっているようだ。このように知ると不都合が生じる可能性がある事は声に出せなくなっている」
「……でも、声に出せない事から想像できることがありますよね?」
 和暦なら口に出せない時点で最低一回変わっていることがわかるように。又、そのことから彼が私より20歳以上は離れていることも推測できた。
「ああ、名前は将来もしくは過去に繋がりがない限り声に出せないことはないみたいだけど」
「逆に言えば、声に出せなかったら何らかの繋がりがあることになってしまう、と」
「ああ、しかも、ある程度濃い繋がりがあることがわかってしまうからね。夢の世界や狭間の世界で起こったことの大半は現実世界に戻ったら、夢のことをはっきり覚えている人は少ないように忘れてしまうらしい。けれど……」
「印象に残る夢の一場面は覚えている可能性が零ではない」
 彼の言葉に続きそう言うと彼は頷いた。
「何気ない会話でどうでもいいことが声に出せないのは構わないし仕方ない。けれど、回避できることは回避した方がいいと思う。お互いに現実世界に戻ったときのことを考えてね」
「なるほど……では、本名に全く関係ない名前の方がいいですね……では、私の事はミカと呼んでください」
「ミカちゃん、ね。俺のことはショウと呼んでくれ」
「わかりました、ショウさん」
 お互いにこの世界だけの名前を交換した。
「ミカちゃんは今からどうする? 俺は夢の世界に向かうけれど」
 彼が椅子から立ち上がりそんなことを聞いてきた。
「この本をある程度読み終わるまで、少しずつでも読むことを優先しようと思います」
 夢の世界や狭間の世界に関してある程度の知識を彼から教えられたけれど、まだ知らない事が多すぎる。それを彼に聞くのは負担になるだろうし。
「そうか、じゃあまた」
 私の返事を聞くと彼は夢の世界へと向かうため歩き出し始めた瞬間、彼に聞いておきたいことがあったのを思い出した。
「すみません。一つだけいいですか? ショウさんが椅子や紅茶を出したのはどういう仕掛けなんですか? それ私にもできるのでしょうか?」
「ああ、俺も伝え忘れていた。大抵のものは想像すれば現れるよ」
「想像……んーノートと鉛筆……あ、本当だ」
「慣れるまで出しづらいものはあるけれど慣れれば色々な物を簡単に出せるよ」
「ありがとうございます」
 お礼を言うと彼は夢の世界へと向かい、私はそれを確認するとノートの表紙にタイトルを書いた。
「……少し不謹慎かな?」
 自分で書いたタイトルを見てそう思ったけれど訂正することなく表紙をめくり、この狭間の世界で起こったことをノートに記し始めた。
『冒険日記 狭間の世界編 No.1』
 そうタイトルをつけたこの日記を何冊つけたころ現実世界に戻れるのだろうか、そんな考えても意味のない事をふと考えた。


 夢を見ている。
 仰向けに寝転んで白い天井を見ている。ただ、それだけの夢。
 体を動かすどころか首も動かすことができず、ただただ、真っ白な天井を見続ける。そんな夢だ。
 ずっと天井を眺めていると浮遊が私を襲った。
 天井をすり抜けどこかに向かっているようだけれど、未だ私は首一つ動かすこともできない。
 光に包まれ眩しくて眼を閉じる……眼を開けると私はテーブルに突っ伏して眠っていたようだった。

「……あれ、夢?」
 うん、体を動かす事ができる。
「狭間の世界でも寝ることってできるんだな」
 いつの間にか彼が夢の世界から戻ってきていたようで、起きた私を興味深いものを見たというような顔で私を見ていた。
「おはようございます?」
「……寝ぼけているのか?」
「……少し、頭が上手く回っていないみたいで……ショウさんは眠らないのですか?」
 軽く頭を振り眠気を吹き飛ばし、気になることを言っていたのでそれについて尋ねてみる。
「ああ、眠くならないし、寝ようと試したこともあるけど眠れなかったしな」
「そうですか……寝ているとき夢を見ていた気がします」
 狭間の世界で眠り見た夢、これはどういうことになるのだろうか。眠らなくても夢の世界に行く事ができるのに。
「……推測だけど、夢で見ていたのは夢の世界ではなく、現実世界なんじゃないか? 現実世界との繋がりが残っている状態だしその可能性はあると思う」
 彼は少し考えてからそんなことを言った。
 あれが現実世界? だとしたら、私が全く身動き取れなかったのは。
 そんな事を考えていると、
「……っ、痛っ」
 激しい頭痛が私を襲った。
 頭痛はすぐに治まり、治まった瞬間、私はある事を思い出した。
「……おい、大丈夫か?」
 思い出したことがあまりな事だったので、知らずと体が震えていて、彼はそんな私の様子を心配に思いそう声をかけてきた。
「はい……少し思い出したことがありまして。いえ、そもそも先ほどまで忘れていた事にさえ気づかなかったのですが……」
 私はそこで一旦一息をついてから、
「どうやら、私、狭間の世界にくる前に現実世界で交通事故に合っていたようです」
 私の言葉に彼は目を見開いて驚いた。
「どうやら、交通事故に合った事が原因でこの世界に迷い込んでしまったみたいですね。ここに迷い込んだ原因がわかっても帰る方法のヒントにならなそうなのは辛いですね」
「……意外に冷静だな」
「はい、自分でも驚くほどに。おそらく、現実世界の私の体が無事だとどこかで分っているからだと思います」
「そうか」
 私の言葉を受け彼は肩を竦めそう言った。
「現実世界の私の状態も気になりますが、どうしようもないですからね。心配してもどうしようもない心配はしない方が心の安定に繋がりますから」
 私がそう言うと、彼が呆然と私を見ていることに気づいた。
「…………」
「あの、何て言いました? 聞こえませんでしたので」
 彼が何か言ったようだけれど、声が小さかったせいか私には何と言ったのか聞き取れなかったため、そう聞き返した。
「……いや、何でないでもない」
 私の声にビクとなり、少し間が空いてからそう彼は答えた。
「どうするんだ、夢の世界にいくのか? それとも本の続き読むのか?」
 彼が取り繕うかのようにそんな事を聞いてきた。
「まだ、あまり読めていませんから、本の続き読みます」
 私の返事を聞き、彼は椅子から立ち上がった。
「そうか、じゃあまた」
「はい」
 彼が夢の世界へと向かったのを確認すると、冒険日記をつけてから本の続きを読み始めた。


 本を読んだり夢の世界に行っているときにいつの間にか眠ってしまい現実世界の私の様子を夢の中で確認する、そんな事を繰り返している間に現実世界の私の体は無事であり、ただ意識が戻らない状態である事が分った。他にも現実世界の様子は断片的ではあるけれどわかった。その中で姉が私が通う予定だった高校の制服を着てお見舞いにきていたことが気になった。気にしてもどうしようもないんだけれど、ね。
 けれど、現実世界へ帰るための扉を見ることができるようにはならず、本を読み終えてからは夢の世界へと行き、狭間の世界に戻り休憩がてら冒険日記をつけることを繰り返した。勿論、彼と会話する事で情報をまとめたりもした。
 会話をした後どちらかが夢の世界へと向かう場合は『「じゃあ、また」「はい」』や『「それでは、また」「ああ」』と言い合うことが習慣みたいになっていた。
 こんなことがどのくらい繰り返されるのかと思うようになった……冒険日記もNo.3の半分ぐらいまで埋まったときだった、私が夢の世界から狭間の世界に戻ると彼が夢の世界へと繋がるトンネルがある方向と逆の方向を見つめていた。
 私が夢の世界から戻ってきたことに気づいたのか、私の方に振り返り、
「よかった、最後に話をすることができて。何も言わないままさよならは嫌だったからな」
 と、微苦笑を浮かべ言った。
「……そう、扉が見えるようになったのですね」
「……ああ」
 彼が見つめている方向にその扉があるのだろうか。いくら見ても私には扉は見えなかった。
「おめでとうございます。少し寂しくなりそうですが」
「……ありがとう。君のおかげだよ、扉が見えるようになったのは」
「そう……ですか。色々教えてもらったお返しができたみたいですね。私も、ショウさんとの会話のおかげで見えるようになるための糸口を見つけることができました。後、何か少しの切欠で見えるようになりそうなのですが」
「……そうか」
 彼はそう言うと握手を求めてきたので握手をすると彼は左手で私の右手を包み込んだ。
「……じゃあ、また」
「……はい」
 私に背を向け歩き出そうとしたとき、彼はいつものようにそう言ったので私もいつものようにそう返した。
 何故、こんなにこの別れを名残惜しく感じているのだろうか。現実世界に帰る事ができれば忘れ去っている記憶になる可能性もあるのに。
 彼の背中を見ながらそんなことを考えていると、彼が途中でこちらへ振り返り何かを言った。
「何ですか? 聞こえません」
 私の問いかけに彼は答えることなく前を向き歩き始めると、彼の姿は消えた。
 彼は最後、私に何を言ったのだろうか。暫くの間、そんな考えても答えの出ないことを考えていた。
 彼が最後に言った言葉。それが凄く大切な事だという気がしたから。





《 Ties of F... 了 》





【 あとがき 】
 ついかっとなって(この話を)書いた今は反省している。
 お題が発表された当初考えていた話ではなく、後で、よく考えたらあの話を書けるお題だよな、という事に気づきこの話を書きました。
 はしょった部分があるのは残念だけれど、凄く満足してます。自己満足です。
『MC参加者に聞け』で書いた、2,3種類しかない核の1つの作品。今まで書いた作品の設定がこの作品に散見されるかと思います。
 分りづらい作品になっていたら俺の説明不足です。
 姉に関する部分は本編のための設定なので、あまり気にしてはいけない(謎)

 あっ、これだけは書いておこうか。
 最後にショウが「じゃあ、また」と言ったのは彼にはミカとまた会えることが分っていたからだったりします。


忘れられた丘  矢口みつる(知)
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