Mistery Circle

2017-08

《 いつかの日の冒険日記 》  - 2012.07.03 Tue

《 いつかの日の冒険日記 》 subtitle:温かい本棚Ⅱ

 著者:すずはらなずな








□□

「そう、確かに危険はない」
謙行さんは窓の外に目をやったままで祐希に言った。祐希が最近買ったロールプレイングゲームの話をした時だ。

「怪我したり死にそうな目に会う心配もないし なによりお前が帰って来るまで ばあさんが青ざめて待つことも無いわけだ」
非難するとか否定するとかそんな言い方ではない。
今どきのこどもたちが夢中になる遊びを馬鹿にしたり 全く理解できないなんていう言い方をする人ではない。
新しい文化に興味や理解を示すことは大事だと思っているのよね。

祐希は今、小学校の春休み。新幹線に乗ってひとりで泊りにやって来てくれた。
ひとり旅をさせるなんて まだ早いわ、私が反対すると 悠子は受話器の向こうでけろりとして言った。
「父さんが そうしろって言ったのよ。心配ないわ 男の子だもの」
もう、謙行さんが薦めたのね、どうしようもない「冒険好き」。
それにちゃっかり乗っかる悠子にも その遺伝子をしっかりと感じる。
謙行さんと祐希、今日は二人でわたしの見舞いに来てくれている。
明日は朝から琴根山に登るんだと 二人で地図を広げながら盛り上がっている。


この病室はゆったりと流れる琴根川の土手に面しているので 空が広い。
─春になったらきっと川沿いの桜が見事だろう、楽しみだな、ばあさん。魚釣りもできそうだ、ちょっと見て来るかな。
わたしの入院の初日 謙行さんは子供みたいにはしゃいで見せ、わたしにそんな風に言った。

窓近く伸びた桜の 膨らみかけたつぼみを 愛しむように目を細めて見た後、謙行さんは祐希に向き直ってゆっくりと言った。
「危険がないことが一番だとは わしは思わなかったけどな」
ああ、始まるぞ、わたしは思う。




祖父の葬儀の3日後 しんと静まった祖父の書斎の本棚に 僕は「それ」を見つけた。
暖かな日差しが高い窓から差し込んでいる。開け放った窓の外 膨らんだ梅のつぼみが緩い風に揺れ、穏やかな春の気配がした。
母たちが相談の上 この屋敷をいずれは処分すること、本は古本屋に一切を任せるということになったと聞き
最後にゆっくりこの書斎を見たくなって ひとりでやって来た。

祖母を先に亡くし、独り暮らしになっていた祖父の話相手になるよう、母に頼まれていたのもあるが、
僕自身、祖父に会いにここを訪ねるのが楽しみでもあった。そのために下宿先をわざわざこの近郊に選んだというのもある。
「一緒に住ませてもらってもいいよ」
少しは祖父の役に立つかな、そんな気持ちもあっての僕のその申し出を 祖父は微笑みながら辞退した。
─まだまだ 自分でできることを見つけてみたいからね。祐希も独り暮らしをしてみるといいよ。いい経験になる。
自分で出来るようになること、新しい発見、新しい友達…こんな時こそ 世界を広げて楽しまなくちゃ。
祖父はそう言って 僕の肩をぽんと叩き、まだまだ元気だと身体を動かして見せた。

壁いっぱいの造りつけの書棚を見渡す。古典文学に混ざって 新旧のファンタジーやSF、冒険小説、旅関係の随筆や写真集。
揺り椅子に掛けて 本を読む祖父の姿を想い浮かべる。
小さい頃からこの書斎の 本やアルバムの背表紙を眺めるだけでも楽しかった。そして本や絵画にまつわる話を祖父から聞くのが好きだった。
祖父は自分が読むだけでなく、ひとに本を薦めるのが好きで、その選択については いつも本当に感心させられた。
順に訪ねて来る子供や孫たちに さり気なく選んで手渡す本は いつもそれぞれのその時々の心に響き、ずっと宝物になるようなものばかりだったのだ。

そんな話を親族同士お互い確認できたのは 祖父の葬儀の時だっのだけが 残念でならない。

□□

祐希も慣れたもので ゲーム機に置いた指を 時折少しだけ動かしながら 謙行さんの話に少なからず興味を示す様子を見せてくれる。
良い子に育ってくれた、と改めて思う。

高学年になって、親に対する反抗期も始まり、案外冷静に他人を観察する目もあるようだ。
祖父のいつもの「冒険話」だって どこまでが本当で どこからが何かの本の話や他人の受け売りか疑ってもいるだろう。
この頃なんか同じ話を繰り返し何度もするし、同じ話でも少しずつ内容が違っていたりする。
そんな老人の長い話に 肯き、たまに質問を挟み 付き合ってくれるのだ。

孫の気遣いを解っているのかいないのか、相変わらず謙行さんは 昭和の香りのする冒険ごっこの思い出や 学生時代の「自分探し旅」に加え アマゾンで巨大魚を追ったりアフリカの奥地で熱病にかかり瀕死になったり ヒマラヤで遭難しかけたりしている。
この間なんか 黒人の使用人とミシシッピ川を下り、秘宝の谷でUFOと遭遇しているのだ。


─ばあちゃんと結婚してからは そういう冒険旅行とか行かなかったの?
祐希に聞かれて 私の方をちらと見ると「あれほど『冒険』に遠い女はいない」
謙行さんは笑いながらそう言った。
もともと心臓の悪い私を連れて 無理な旅はできなかったのよね。
その上、ふらりと遠出して帰らなかった日 わたしが心配のあまり倒れた後は ぱったり「冒険」を辞めた。
本棚の本だけ どんどん増えた。

うたたねしてると思ってたのね。気遣いさせてごめんなさい。あなたの世界を狭めてしまったことが心苦しい。
謙行さん、でも あなたは気づいてない。
私の人生は小さい頃から『冒険』の連続ですよ、と 心で呟く。



布張りの深緑色の背表紙を見ただけでは 日記帳とは気付かなかった。何の本だろう、と思った。
トムソーヤやハックルベリーに挟まれ、まるで同じような顔をしてそこにあったのは「冒険日記」。
わざわざタイトルにそう書きつけてあり、頁をめくるとそこには 祖母のものと思われるきちんとした美しい文字が並んでいた。
祖父はこの日記の存在を知っていたのだろうか。まず 思う。
そして勝手に亡くなった祖母の日記を開いてしまったという罪悪感より、いつも静かに微笑んでいた控えめな祖母に 久しぶりに会えた気がして心が弾んだ。
『見つかっちゃった』
探し物ごっこ(「かくしんぼ」と祖母は名付けていた)をして遊んだ時の、童女のような祖母の表情が浮かぶ。


頁を繰る内に 文はまるで祖母の声に思え、幼いころ祖母が絵本を読み聞かせてくれた時のように
すぐ後ろに祖母がいるような 後ろから包み込まれるような不思議なぬくもりを感じた。
まさか、ね。
まさか、とは思いながらむやみに振り返ることがためらわれる。
『いいのよ祐希、読んでくれて』
祖母がそう言った気がした。
『見つけてくれてありがとう』
勝手な思い込みかもしれないけれど、祖母ならきっとそう言う、そんな風に思えた。


□□

─引っ込み思案の私にとって「遊ぼ」の一言を誰かに言うことも 猫を追いかけて 知らない道を行くことも
年頃になって 親が気にいるかしら…と心配しながら自分でお洋服を買うことも
ううん、その前に鏡の前で自分の身に合わせてみることだって 私には勇気がいった。

両親にちょっぴり反抗して数日口を聞かなかったこと、計画もなく行く当ても決めず一番高い切符を買って電車に乗ったこと
夜中にこっそり家を抜けて お友達と夜の道を散歩したこと。

何よりも 全く会ったこともないあなたとお見合いした。
写真の中、山登りの格好をした 日焼けしたひげ面の謙行さんは ちょっと怖い感じがした。
でも、こんな風貌の人と会う機会なんて これを逃したら二度とない、と思ったの。
怖いもの見たさかしら、ね。
お見合いの席でも思った通り、冬山の登山だ 野宿だと わたしの平凡な生活からは想像もつかない話ばかり。
私は何だか突然に広い広い世界へ手を引っ張られて連れて行かれたみたいに思った。
今、手を離されたらひとり、迷子になってしまいそうな気がした。


仲人さんへのお返事に迷って 普段のあなたの様子をこっそり見に行ったのだって 探偵小説の主人公になったみたいにドキドキした。
その後もう一度会った時 「あなたのなさるお話はよく解りません」と一度お断りした。
そんなことだっていつものわたしにとっては とてつもなく勇気のいることだったのよ。
もちろんその後もう一度 勝手に私から会いに行ったこと、こちらからお付き合いをお願いしたことも。

両親には怒られ、仲人さんには呆れられたけれど でも その「よく解らない冒険の話」をするあなたのことが やっぱり気になって仕方なかったの。



自然に頬が緩んでいた。ふたりの出会い、その時の祖父の印象が 祖母らしい語り口で描きだされている。
『何度思いだしても可笑しいわ』
祖母が一緒にくすくす笑った気がした。
「お似合いの夫婦だと思ってたよ。『われなべにとじぶた』って聞きかじりの言葉を知ったかぶりして使ったら じいちゃん大笑いしたっけね」
『ふふ、そうそう そんなこともあったわね』

日記を読みながら 僕は祖母と会話している気持ちになる。
窓からの日差しがきらきらと本と僕を包み込み 身体の中から温かくなるような不思議な時間だった。


□□

もうすぐ私にはお迎えが来る。
謙行さん 誤魔化しても解るわ。自分のことだもの。ちゃあんとすべて覚悟しての入院ですもの。
でも もう少し 孫たちの成長を見たかった。できることならあなたの冒険について回りたかった。
でも。
でもね、私 思うことにした。わたし、これから「冒険の旅」に出かけるの。
謙行さんも知らないところよ。先に行かれるの、悔しいでしょ?
独りで行くのはちょっと怖いけれど いつか あなたもきっと 追いかけて来る。

計画していたオーロラを見に行く旅は お一人でも行って下さいね。
私はいいの、もともと「冒険に遠い女」ですからね。
旅先で気の合う方と出会うといいわね。一緒に冒険できる、語り合えるお友達 きっと見つかる。わたしに遠慮はしないで。どうぞそういう方を探して下さいね。
今までできなかった分、好きなだけ冒険をなさってね。でも 無理はしないで。



祖母が最後に入院した時に付け始めた日記だった。小学生の僕が見舞いに行った日のことも書かれていた。
一時帰宅の時にこの本棚に置いたのだろうか。その日まで 毎日少しずつ、祖母のささやかな「冒険」についてが綴られていた。
強いひとだったんだな。繊細な文字を追いながら そう思う。
穏やかな笑顔をいつも僕らに見せ、泣き言を聞いたこともなかった。

「オーロラを見に行くの じいちゃんに付き合って行ったの、オレですから」
声に出して言う。
『そうね ありがとう』
祖母が答えた気がした。

□□

「冒険に遠い女」
謙行さんが ああ言った日、さすがに考えた。
私ってそんなにつまらない女かな、私の人生って そんなにドキドキやわくわくがなかったかしらって。
だからね、その日から、わたしはこの「冒険日記」をつけ始めた。意外と気にするたちなのよ、わたし。
でも感謝してるの。
この日記を付けることで わたし、自分の人生にいっぱいのドキドキを見つけた。たくさんの わくわくを思い出した。
そして今までと今の、幸せを実感することができた。

謙行さん、今この日記を読んでますか?私がいなくて大丈夫ですか?
これを見つけたっていうことは 本でも読もうと思って書棚を見たってことよね。
それとも孫にお薦めの一冊を探しているのかしら。
あなたが繰り返し読みそうな冒険小説の間に入れておきますね。
見つけてくれるかしら。それとも見つからないまま もっと先に他の誰かが気づくのかしら。
実はね、あなたを置いて行くことが最大の冒険なのよ。意外と寂しがり屋さんなの 私知ってるんだから。

有難う あなた。
いつかまた、あなたと 新しい場所で会えますように。



何かに驚いたように 小さな鳥が庭の梅の木を揺らして飛び立った。
「ばあちゃん?」
僕は声をかける。

今これ読んでるのはオレです。
ばあちゃん 今、ここにいるんだろ? 
じいちゃんとはもう会えた?
じいちゃんはこの日記読んだっていってた?

ひらり、最後の頁を捲ると一枚の写真が床に落ちた。オーロラだ。僕と行った日の日付が入っている。祖父がここに挟んだのだろう。
そうだ、日記だったんだ・・・祖父が旅先でこんな深緑色の本を読んでいたことを思い出した。
重いのにそんな本持って来たんだ?何の本?僕が聞くと、じいちゃんは答えたんだよ。
「今世紀最高の冒険の本だ」

静かな書斎に 遠くの学校からチャイムの音が流れ来む。
祖母がくしゃりと触ったように 窓から吹き込んだ春の風が 僕の髪を少しだけ乱していった。


「行ってきますね。雪乃ばあちゃん。」
今日から僕はリュックひとつで飛行機に乗り 学生最後のひとり旅に出る。





《 いつかの日の冒険日記 了 》





【 あとがき 】
「冒険」なんてお題を頂いてホントに困りました。
いい機会だからファンタジーとかもっと規模の大きなテーマとかに挑戦を・・・とも一瞬思ったけど 一瞬で辞めてしまい このようなお話に落ち着きました。


【 その他私信 】
花粉症で目の上がかゆい。瞼が下りて来て眠いです。
春っぽくなりましたねー。


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