Mistery Circle

2017-11

《 名前の無い夜 》 - 2011.01.03 Mon

《 名前の無い夜 》

著者:辻マリ




猫は建築家だった。
何度か生まれ変わったけれど、そのたびに建築家になる。
猫は知っているのだろうか?
次に生まれ変わった時も自分が建築家となる事を。
だとしたらそれは、実につまらない未来ではないのか。
分かりきっているのだ。
次がどうなるか。
どうなるか分からないからこそ、未来は面白いのではないだろうか。
未知数だからこその未来だ。
足元に敷かれたレールが生まれ変わってもまだそのままだなんて、信じたくない。
もしも俺が生まれ変わってもまた俺のままだとしたら、と思うと、ぞっとする。
しかし俺は猫ではない。
死んで生まれ変わった先なんてわからない。そもそも、生まれ変わり自体科学で証明されているわけでもない。
だから、俺の死の、その先は未知数だ。
誰にも分からない。
勿論、俺にもわからないし、死の先を証明した人間なんて古今東西何処にもいやしない。
臨死体験、なんてものもあるが、それもあくまで主観で語られる「体験談」でしかなく、科学的な証明をした奴 は居ないし、証明する方法すら無いも同然だ。
「…」
其処まで考えた所で、俺は手首に押し付けていた剃刀を離す。
洗面台から剃刀を持ち出したところまではかなり乗っていた気分だったんだが、考えがまとまらなくなってきた 途端死ぬ気が失せた。
やめよう。
日曜の夜に自殺なんてするものじゃない。
生まれてきた以上、いつか死ぬんだ。
死ぬのはいつでもできる。
そう呟いて、俺は剃刀を洗面台の棚に戻す。
明日も仕事だ。そろそろ寝よう。
欠伸をかみ殺しながらベッドに向かおうとして、足を止める。
「やめるの?」
説明していなかったが、俺の部屋、ベッドの横には大きな窓がある。
朝日が当たるように、東側に向いた窓なんだが、そこから部屋の中を覗き込んでいる奴が一人。
いや、人…なんだろうかこいつは?
一応姿かたちは俺と同じ、人間の姿だ。
けれど、普通人間はアパートの6階の外壁から部屋の中を覗き込んだりは出来ないと思う。
クライミングのツールをコイツが装備していると言うのなら話は別だろうが。
「ねえ、やめるの?」
独りで考える俺に、そいつはもう一度問いかけてくる。
何を、やめるのかとは言わないでもわかるだろう?と言った様子だ。
「今日は死なない」
「なぁんだ」
そいつの顔をなるべく見ないように俺が言葉を返すと、そいつは「つまらないなあ」と言いながら、少しだけ開 けて顔を突っ込んでいただけだった窓を全開にして、其処から部屋に入ってくる。
黒の燕尾服に黒いワイシャツ、靴も真っ黒な革靴。
それを着ている黒い肌に黒い髪、黒い瞳の男。
此処数ヶ月ほど、俺はコイツに付きまとわれている。
何者だと尋ねた事は無い。
コイツも、名乗った事は無い。
年齢も出身も仕事も、何処に住んでいるのかも、何も知らない。
知っているのは、コイツが神出鬼没で、極度に「イカレてる」奴だと言う事ぐらいだ。
「君ってさ、何時になったら本気で死んでくれるのかな?その無気力加減なら今度こそって思ってたのに、いい 加減にしないと、死ぬつもり詐欺で向こうのブラックリストに載っちゃうかもよ?」
相変わらず意味の分からない話をしながら、黒尽くめが俺の部屋を横切って寝室から台所に移動し、冷蔵庫から 缶ビールを一つ取り出して無許可で開ける。
「かんぱーい。…今夜も煮え切らない君の決意に」
そうして、俺からしてみれば不名誉極まりない音頭で一人勝手に乾杯してビールを一気に飲む。
燕尾服の男が缶ビールを一気飲みしている光景と言うのは中々シュールなのだと最近知った。
「…ふぅ」
喉を鳴らしてビールを飲み、一息つくとそいつはふにゃりと表情を崩す。
「こっちのお酒って良いねえ。美味しいねえ。向こうには無い物だから余計にそう思うのかなあ?」
うふふと笑いながら独り言のような、俺に話しかけているような、良く分からない事を言い始める。
前に現れた時は、バーのカウンターでカクテルを飲んでいたが、その時もこんな感じに酔っ払っていたし、どう やらこいつは酒に弱いのだろう。
上半身をゆらゆらと揺らして、上機嫌でそいつは部屋の中を移動する。
革靴を履いているのに、足音一つ立てない。足運びが優雅なわけでは無いのに、足音は聞こえない。
ふらふらゆらゆら移動して、燕尾服のまま俺のベッドにダイブする。
シーツにうつぶせになって深呼吸をするので、寝たのかと思うといきなり顔を上げて、
「ねえ、このまま寝て良い?」
と、問いかけてきた。
当然俺は、
「帰れ」
と、一言返す。
相手は意に介してないようで、シーツに顔を半分埋めながら「冷たいなあ」と言ってうふふと笑う。
変な笑い方だ。
気持ち悪くは無い、似合った笑い方だとは思うが、変だ。
「君は本当、薄情だし、冷たいよねえ。ぱっと見、誰にでも優しそうな顔に見えるのにさあ」
シーツの上で寝そべったまま燕尾服の男が笑う。
そろそろベッドに寝る事を半分諦め始めている俺は、ソファに毛布と枕を移動させながら、ベッドの方向に背中 を向けたまま言葉を返す。
「見えるだけだ」
優しそうだなんて今まで言われた事は無い。
多分、こいつの目が悪いだけだろう。
本当に、変な奴だ。
「おい、寝るなら寝るで良いけど、靴と上着は脱いでから寝ろよ」
ソファに横になりながら、俺は黒尽くめに一つ大事な事を言いつける。
「なんで?」
当然のように聞き返してくる。
まさか、ベッドで寝た事も無いのか、こいつは。
「シーツが汚れる。洗濯がめんどくさいから、汚すな」
理由を伝えると、そいつは何がおかしいのか笑いながら言い返してきた。
「週に一回は洗濯しなよ~」
ああ、シーツはこまめに洗うものだっていう認識は有るのか。
そう思う俺の目の前でそいつは上着と革靴を脱ぐ。
靴下も真っ黒だった。
「電気消すぞ」
手元に持って来たリモコンで部屋の明かりを消す。
部屋が暗くなり、壁に外からの明かりが映りこむ。
遠くから、幹線道路を走る車のエンジン音が聞こえてくる。
何の変哲も無い夜の空気を、俺はやっと自覚する。
夜の空気に馴染むように、眠気が早く訪れるようにと目を閉じると、暗闇の中に声がした。
「ねえ、忘れないでね」
早く寝ろ。
「君が自分の命を終わらせる決意を固めて実行する時には、必ず駆けつけて、見届けてあげるよ」
これから寝ようと言うのにまた喋りだす。
旅先で興奮したガキかお前は。
「だから、事故で突然死んだり、誰かにいきなり殺されたりなんてしないで欲しいな」
まるで子守唄のように、愉快そうな、不愉快な言葉が耳に流れ込んでくる。
「幸せになって、家族に囲まれて、年老いて大往生なんでのもやめてね。出来たら若い内に、君を向こうに連れ て行きたいからさ」
向こうって何処だよ。
そう思っただけで言葉が返ってくる。
「この世界の内側…かな。まあ、内側ったって、別天地ってほどでもないよ?かつて死んだ人達が、こちら側と 変わらない感じで生活してるのを想像してくれればそれで良い」
俺の心でも読んでいるのか、眠りに向かう中、喋らなくても会話が成立するのは実に便利だ。
「死んだら天国にいける、地獄に落ちるなんて言うけどさあ、それほど特別な事は起きないものだよ。存在の形 が変わるだけ。それでも夢を見ていたいのが君達なんだろうね」
御託は良いが、そろそろ眠い。
「…そうだね、お休み。よい夢を」
それきり暗闇の中で黒いアイツは黙り込む。
俺は深呼吸をして本格的に眠る準備を整え、最後に、先ほど手首に剃刀を押し当てながら考えていた事をもう一 度思い浮かべる。
猫は建築家だった。
何度か生まれ変わったけれど、そのたびに建築家になる。
俺はどうだろうか?
生まれ変わったらまた俺になるのか?
それはわからないし、生まれ変わりなんてそもそもあるのかどうか。
けれど一つ確かな事は、俺が死ぬその時、少なくとも最低一人、その死を看取る奴が居ると言うことだ。
誰にも気づかれず、孤独に死ぬ事だけは無い。
それだけは、あのわけの分からない奴が保証してくれている。
未来の事なんて何もわかりはしないけれど、後ろ向きでも、少しだけでも、確かなものがあると、嬉しい。



《 名前の無い夜 了 》



【 あとがき 】
黒い方はホモです。

辻マリ
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