Mistery Circle

2017-05

《 建築家の猫 》 - 2011.01.03 Mon

《 建築家の猫 》

著者:ココット固いの助





猫は建築家だった。何度生まれ変わっても建築家になる。残念だけどそれは間違いだ。
猫は建築家の見習いで・・何度生まれ変わっても建築家の猫に生まれたい。願いがあるとすればただそれだけ。他には何も望まない。
僕がまだ幼い頃僕の両親は事故で亡くなり。しばらく僕のまわりは慌しかった。
まだ幼い僕に弔いの言葉をかけ涙ぐむ人もいた。そんな人たちもやがて僕の前から去り。いよいよ一人ぼっちに なったかと思ったら施設に預けられる事になった。

そんな時僕に救いの手を差しのべてくれたのが彼だった。

どうやら母の遠縁にあたる人らしい。

彼は大層大層有名な建築家らしい。それ以外の事は幼い僕には知る由もなかった。
用意された車に乗り込む時「あんた寸でのとこで救われたね。もう安心だよ。あれだけのお金持ちならね」
どうやら神様とお金持ちは同義語らしい。

「不都合がなければ僕の事はこれから叔父と呼んでくれていい」
と彼が言うので僕はそれに従った。叔父は高名な建築家という肩書きを持っていたが年は随分と若く見えた。

長身痩躯で一流の建築家らしく身なりはいつも.きちんとしてたが髪だけは肩まであった。それが顧客や取り巻 きの御婦人方には大層評判がいい。

都の外れの小高い丘を望む森の入り口にある.ひっそりとした佇まいの邸宅。

黒と白を基調にしたコロニアル風の建築。
それが叔父の住む館だった。

屋敷は英国占領時代の建築様式を現代の技術によって甦らせたものだが。

それはどこか寺院やモスクを連想させる風情があった。    

モスクの護憲が「跪く」に起因するものであれば。

館は日中は外界の自然に無理なく溶け込み。
夜は月の光を浴びて青みがかった白磁を思わせる。   

「内側に入れば別天地とはいかないものさ」とその時叔父は僕に言った。

しかし中に入れば入ったで屋敷は建築家の住いに相応しく隅々まで叔父の目が行き届いていた。

僕は大層その屋敷が気に行った。初めて見た時から「この家に棲みたい」と思った。                                                  
15で叔父の愛人になった。

もっと早くそうなれば良かったと思う。けれど叔父は叔父で考えるところがあったのだろう。
館には沢山の猫が飼われていて・・その数と同じくらい多くの少年たちがいた。女の子はいなかった。

叔父は無類の猫好きである他に僕以外の血の繋がりの無い子供を預かり学校に通わせていた。

僕は最初から学校に通っていない。

叔父は最初から
「この子は私の後を継いで建築家にする」と皆に明言していた。
 
その言葉を聞いて館に仕える者達は皆納得したふりをしていた。
主である叔父を怖れる気持ちよりも皆叔父の事が好きで・・余計な言葉を口にして叔父の機嫌を損ねたいとは思 わなかった。    
僕は一人だけ幼い頃から叔父の仕事場に出入りして遊ぶのを許されていた。

15になる頃には叔父の仕事を手伝って製図を引いたり建築の模型を作ったりしていた。

叔父は時折仕事の手を休めて思索に耽る事が度度あった。

「いつも何を考えているの」
僕が訊ねると叔父は決まって
「建築の事さ」
 そう答える。
「建築って何かって考えるんだ」
「建築家なのに?」
「建築家が建築とは何か・・そう自分に問いかけるのを止めたら.もう建築家でなくなると思うんだ」

「答えは出たの」
「ああ・・でもすぐに変わる。手からすり抜けてしまう。だから僕は猫が好きなんだ」

建築家は皆自らに建築とは何かと問いかけ・・そしてそこに美の所在を見つけたいと願う。

しかし美とは何か・・誰も美について明確な答えを持たない。

君はどう思う?

そう彼に問いかけられたが僕は   
「難しくて分からない」
 その時はそう答えるしかなかった。

叔父はその頃になると僕をよく外に連れ歩いた。会う人会う人に
「この子には才能があります。いずれ私の仕事を全て任せるつもりです」と言っていた。

実際に叔父の建築のデザインは殆ど僕が手がけていた。

夜になると叔父の寝室で

あるいは人の来ないアトリエで

叔父は僕の耳元で昼間人に言うのとは違う言葉を囁いた

「お前は僕の猫だ」

僕は叔父の用意した猫の衣装を着せられて

叔父の前では常に四足で過ごすように言われ

そのように主の前で振舞った。

猫として過ごす時間僕は自由で気儘で我侭だった。

余所から貰われた孤児でも建築家の弟子でも愛人でもない本当の自分。

僕に手をのばしてくる叔父を拒絶したり時には冷たい顔であしらう。

叔父はなお.いっそう激しく僕を求めた。
叔父の長い黒髪が乱れるのを見るのが好きだった。

人から見ればどれほど恥知らずな行為も屈辱的に思える行為でも平気だった。

僕は叔父が本当に好きだった。

最近次第に成長して行く僕と年を重ねる毎に僕の顔色を伺うようになった叔父。それでさえ僕は愛おしく思って いたんだ。

それで叔父を嫌う事なんて無かった。

叔父には時より
「一人になりたいから」と言って籠る部屋があった。

そこには誰も立ち入る事は出来ない。

叔父が部屋から出てくるまで家政婦や執事といった.この屋敷で仕事がある者以外部屋に籠って出て来ない。

それはルールではないがこの館にある習わしだ。

僕もそれに習い大概は部屋で過ごす。

最近の叔父はつまらない。部屋にいて.ふとそんな事を考える。  
一緒にいても僕の顔色や機嫌ばかり覗う叔父。

「お前が大人になっても私を捨てたりしないと約束してくれ」
などと.しれっと言ってみたり。
むやみやたらに体に触れようとしてみたり・・前はそうじゃ無かったのに。

あの時両親を亡くして捨て猫同然だった僕を道端から拾い上げてくれた叔父。

いらつく。いらついた気分を抱えて部屋を出る。

屋敷の中をあても無く彷徨い歩く。

叔父が部屋に籠っている間館全部が喪に服したかのように静寂に包まれている。

こんなにも貴方はこの場所で愛されているのに。

老いて行く事がそんなにも怖いのか。

僕が貴方の事をいつか見限る日が来ると本気で思っているのか。

白壁の廊下を拳で叩きながら歩く。叔父が作ったステンドグラスを見ると椅子を振り上げて叩き割りたくなる。

ふとアトリエの前を通り過ぎようとして立ち止まる。

部屋に入ると書きかけのデザイン画に乱暴にペンで線を入れる。

「建築家になんてなりたくない」

そんなものはどうでもよかった・・僕はただ叔父が喜ぶ事を一つでも多くみつけて.それをしたかっただけなの に。少しでも確かなものがあると嬉しい・・安心できた。

ふと見ると叔父の机の上に鍵が置いてある。金色のアンティークの鍵。
叔父がいつも籠るあの部屋の鍵がそこにある。

叔父は今そこに居ないのか。好奇心と不安から鍵を手に取る。  
それを握りしめ部屋を出る。

叔父に初めて逢って以来・・次第に遠く鳴り止んでいた。早鐘を打つ心。

廊下を歩く足が何時しか早足に変わる。

僕は叔父にこれまで様々な物を与えられ僕自身が与えられるものは全て叔父に捧げたつもりでいた。

実は根こそぎ奪っていただけかも知れない。

あの部屋にいる叔父は以前ぴかぴかの黒塗りの車で僕を迎えに来た叔父の姿ではないかと・・愚かしくも思って しまうのだ。

廊下を急ぐ自分の背中が汗ばんでシャツが張り付く。

容赦の無い夏至の太陽と暑さのせいだ。

部屋の前で立ち止まる。

部屋の扉は開いていた。

少しだけ開いていたが中までは見えない。

叔父は中にいるのだろうか。

そっと中を覗いて見る。

また扉が少し開く。

一斉にこちらを見て睨むのは猫の衣装を着せられた少年達だった。

刺すような視線が体を貫く。嘲りと憎悪が籠められた少年達の眼差し。

知っている顔もあれば見知らぬ顔もある。

叔父は部屋の一番奥に一つだけあるソファーに腰掛ていた。

僕は足が震えて崩れ落ちそうになるのを辛うじて堪えた。

ソファーの叔父は頬杖をついたままの姿勢で何も見ていなかった。

少年達の姿も部屋の風景喪何もかも叔父の瞳には映らない。

目の前の景色が溶けていくようだ。

僕はわざとゆっくりと.みすぼらしい衣装を身に纏った彼らの前を通り過ぎる。

君たちが彼に与えられた衣装は雑巾みたいな代物だ。

僕のとは違う。

以前貴方が僕にした問いかけ今なら答えて上げられる

建築とは何か?

それは鉛筆でもなければ
犬でも猫でも電車でもない・・

領域だ。

それを貴方はここに作った。

そこに美はあるのか?
そもそも美とは何だ?  

美は人を愛する事?
それとも人を愛する心?

違う

人が愛するものこそが本当の美だ

叔父の前に立つ

叔父が僕を見て微笑む

足元にいた猫が喉を鳴らす代わりに舌打ちをして何処かに去った後で

僕は叔父の隣に座り大きなのびを一つしてから

彼の傍らに寄り添った。



《 建築家の猫 了 》



【 あとがき 】
一月かけてコツコツ書いた作品は直前で没に・・・
「時間ねえヤベェ!!」あせって書いた方が残るのだから.ものを書くって不思議だなぁ・・と。              
読んで下さった方と途中励まして下さった方に心から感謝です。

没と言えば・・こちらに提出する時考えたペンネームは「仏蘭西人形軍団」でした没

ココット固いの助
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