Mistery Circle

2017-07

《 猫も歩けば 》 - 2011.01.03 Mon

《 猫も歩けば 》

著者:松永夏馬





 猫は建築家だった。
 何度か生まれ変わったけれど、そのたびに建築家になる。猫はいつもそんなことを言っていた。猫が持っている生まれ変わりという概念は、私には少し理解しにくい部分もあるのだが、とりあえず私は「はいはい」と頷いくようにしている。理屈っぽい猫に下手なことを言うとやぶへびなのだ。猫なのにやぶへび。

「何かおかしいですか?」
 猫が片方の目で私を見て言った。手元の資料を読んでいるとばかり思っていたのだが、アーモンドのような瞳がしっかりと私に焦点をあわせている。
「いいえ、何も」
 私はすました顔で紅茶のカップを机に置く。冷たいミルクをたっぷり注いだ特製の、つまりは猫の舌にあわせた中途半端な温度のミルクティだ。
「ありがとうございます」
 満足そうにカップを手に、いや前足に取ると、鼻を近づけてヒクヒクと動かした。そして舌をつけるようにして一口飲む。
「うん。サツキ君は紅茶を煎れるのが上手になりましたね」
「先生のご指導の賜物ですわ」
 慇懃にそう言う。茶葉はセイロンなら何グラム、アールグレイなら何グラム。お湯の温度は何度で何ミリリットルでミルクは冷蔵庫から出したてをどれだけ。寒い日はこうして、暖かい日はこうしろ、と。こと細かい指示を出されれば、誰だって上手にはなるだろう。小学校の理科の実験のようだ。そして後は気分しだいだ。紅茶を褒める今日は機嫌が良いらしい。
「先生、と呼ばれるのはやはり好きではありませんね。大仰な敬称はむしろ逆説的に貶めているように感じます」
「そんなつもりは。しかし先生はこの事務所の所長ですし」
「確かに僕は建築家で建造物鑑定調査士ですが」
「ならば良いじゃありません? 私の雇い主でもありますし」
「サツキ君は別に建築家でもなく調査士でもない。事務処理をしてもらっているわけだから、僕が君に何か教えているわけでもないでしょう?」
「しかし、先生にはいろいろと教えてもらえていますよ。紅茶の煎れ方とか」
 にっこりと微笑んで見せると、猫は鼻をヒクヒクと動かした。ヒゲが揺れる。そしてまた紅茶を舐めた。
「サツキ君もなかなか屁理屈を言うね」
「先生のご指導の賜物ですわ」
 猫は少し笑って、再び資料に目を落とす。笑うと左の犬歯がちらりと見えるのが特徴だ。猫でも犬歯。どうでもいいことで私はまた笑いをこらえた。

「やはり」
 猫は資料を机に置くと、まぶたを指で押さえてフゥ、と一息ついた。
「現物を一度見たほうが良いかね」
「でしょうね」
 私は窓の外を見た。冷たい小雨が降り続けているが、明日には回復すると天気予報で言っていた。しかし寒気が流れ込み、冷え込みが増すとも言っている。
「寒い、ですよね」
 憂鬱そうな顔で猫は言った。やはり他の猫同様、彼は雨も寒さも嫌いなのだ。
「サツキ君、いつぞやのコートを着てくることを勧めるよ。ほら明るいブラウンの、フワフワのファーがついたアレだ」
 私のお気に入りのコート。着ることに関してはなんら問題は無いが……。
「あのコートが一番居心地がいい」
 ファーに猫の毛がつくのは正直避けたかった。

********************

 翌日、私は唯一の社用車でもある私の愛車の軽を運転し、町外れの桐咲という土地にやってきた。
 雨はあがったものの生憎の曇り空で、やはり寒さはひとしおだった。コートの胸元、ファーが重なる部分から顔だけを出した猫は、冷たい空気を吸いブルルっと顔を振る。たしかに私も雇い主をカイロ代わりにするという恩恵を受けてはいるが、お気に入りのコートが猫の毛まみれになるのは悲しい。
 道路脇の砂利の空き地に車を停めると、竹林の隙間に作られた石畳をウネウネと進む。この竹林から全てが依頼主の持ち物だという。そしてその竹林をしばらく進むとようやく二階建ての洋館が姿を見せた。
「資料写真でも見ましたが、クロンダイク調の装飾が見事ですね。年代の割に劣化もさほど進んでいない。それにしても、なんていうか……」
「いるんですか」
「うん。いますね。しっかりと」
 ハァ、と私はため息をつく。二階の窓を見上げた猫、その少し細くなった瞳がカーテンの隙間の闇の奥を見つめているような気がして。
「あの部屋ですか。その霊っていうか、思念ていうか」
「この屋敷の本当の主、『住人』ですよ。大丈夫、諭せばわかってくれるでしょう」
 私を含めたヒトには見えない何か。猫はそれを見てそれと話す。猫であるからこそできることかもしれないが、最近は我が事務所に届けられる物件のほとんどがそれらしい。
 らしい、というのもそれを私がまったく認識できないのだから仕方が無い。過去2度ほど実地調査に同行したが、何も見えず何も感じなかった。依頼主も霊だとか思念だとか、そういう意識をまったく持っていなかったようで、猫がもっともらしく言っているだけだとしてもその判別ができないのだ。


 一度猫にそれを問いかけたこともあるのだが、「人間とはなんと即物的な生き物なのだ」と嘆かれた。「神仏も霊魂も地獄も天国も、その姿かたちは人間が生み出したといっても過言ではないのに」と。
「サツキ君、目に見えないからといってそこに何もない、とは言えないんですよ。空気だってそうでしょう?」
「見えなくても空気は観測できますよ」
「貴方自身が観測しましたか? これが空気であるという証明を自らしたわけですか? 違うでしょう? 他者の言葉を鵜呑みにしているだけでは見えるものも見えません。いいですか―――」
 関係無いようなことまで延々と聞かされて辟易した覚えがある。触らぬ猫に祟りなし、だ。


「本当に、いるんですか? こないだの物件もそんなこと言ってましたけど」
 猫はさも残念そうな顔で私の顔をちらりと見上げた。
「いますよ。特にこうした時代を重ねた建物などにはよくあることです。もっとも、僕のところには昔からこの手の依頼が多いとは思いますよ。別に売りにしているわけでもないのですがね。どの世界も蛇の道は蛇、とはよく言ったものです」
 蛇の道は蛇。猫なのに。

 そういうわけで、今日も予想はしていたものの、曰く付きの物件。わかりやすく言うと曰く“憑き”の物件である。

 なんとなく癖なのか無意識に呼び鈴を押してみたが、電池切れなのか故障なのかはわからないが音は鳴らず。
「何してるんですか?」
「いえ、先生のおっしゃる『住人』の方が驚かないように?」
 適当に答えると、猫は前足だけ出してドアノブを示した。開けろというっことらしい。私は書類ケースを足元に置き、依頼人に借りた鍵を出してドアを開けた。

 私が「ごめんくださーい」と声をかけながら玄関をあけると、猫は私のコートの中をスルリと抜けて廊下に降りた。やたら広い玄関ホールだ。ここだけで猫の額ほどの私たちの仕事場が賄えてしまうくらいの広さが十分あった。 
 少々かび臭いので空気の入れ替えをしたいところだが、猫は辺りを眺めながらそのまま歩き出すので、仕方なくついていく。玄関から入ってすぐ左手の開け放たれた扉の向こうは客間らしい洋室で、豪奢なシャンデリアがぶら下がっていた。私はとりあえず廊下の壁にあるスイッチを手探りで見つけて電源を入れた。天井に下がるランプを模したクラシックな照明の白い光がどこか儚げに廊下を照らし出した。わずかに埃で白くなった廊下に、小さな足跡が点々とついていて、その先で猫が振り返る。非難じみた視線を受けた私は少し膨れて言った。
「いや、だって電気つけないと私、見えませんもの」
 夜目の利く猫と違って、明るくないと物は見えない。自分にも自分の仕事がある。憑いているものがなんであれ、現実に依頼主に提出すべきもの報告書は建物の保存状態と価値だし、その報告書を纏めるのは私の仕事だ。
「わかっています。ではまず2階の」
 猫はそう言いかけたところで尻尾を震わせてピンと立てた。まるでアンテナのようだが、本当に何かを受信しているような気さえする。
「先生?」
 分厚い雲覆われた薄暗い空。時代を感じさせる洋館。物々しい装飾と、残された家具にかけられた白い布。そして猫。怪しげな雰囲気に飲まれそうになる。
「もしかして」
「そう、ですね……いや、しかし」
 猫がじっと見つめるそれは、二階へ上がる階段のすぐ隣にある扉。資料の見取り図ではたしか。
「地下室ですね」
「はい」
 猫が私を見上げる。人語を解し手先が器用であっても、丸いノブを握って扉を開けるのはさすがに難しい。私はノブを握るとゆっくりと力を入れた。が、数センチ開いた程度で何かがつっかえてしまった。
「どうしました?」
「あれ? ……なんか、つっかえてるみたいです」
 ぐっと体重を込めてみるも、それ以上はびくともしない。
「ふむ。これじゃ、内側には入りにくいようですね」
「少なくとも私は無理です」
「挑戦もせずに無理だというのは良くありませんよ」
「いや、どう頑張ってもその隙間からは」
 隙間と私を見比べた猫は、なるほど、と頷いた。
「じゃぁ僕が行ってみよう」
 猫は隙間から首をつっこむと、少々窮屈になりながらも通り抜けることができた。小さな踊り場のその先は階段だ。
「なんていうか、その引っかかってるものを退かしてくれませんか? そしたら入れるようにはなるでしょうか?」
 一人廊下に残されるのもあまり気が進まない。いくら自分には見えないとはいえ、猫が「憑いている」と断言している洋館だ。電灯はついていても外は薄暗く、静かで寒い。つまりは、一人になると気味が悪い。
 しばらく猫はドアの陰でなにやらしているようだが、聞こえてきた返事は「残念ながら」だった。
「僕の力ではどうしようもないね。かなり重たいコンクリートの塊だ。とりあえず下を見てくるから、少し待っていてください」
「ええと、一人でですか?」
「他に誰かいますか?」
「いいえ、いませんけど」
 いたら余計に怖い。
「なんとかそっちに行きたいんですけど」
「別にこちら側だって別天地というわけじゃないですよ?」
「それはそうですけど」
 隙間から覗く猫の顔半分がニヤリと笑った。
「もしかして、怖いんですか? 見えないのに? 信じてないのに?」
「そ、それはそれとして、なんていうか」
 不意に猫の気配が遠ざかった。小さな懐中電灯で隙間から中を照らして覗くと、足音も立てずに階段をひらりと飛び降りていく背中が一瞬だけ見えて消えた。
「先生」
 か細い声でうらみがましくそう言ったところで、廊下の照明が点滅した。
「ッ」
 チカチカとまたたくそれは、ただ古くなった電球がちらついているだけなのだが、やはり気味が悪い。冷静になろう冷静に。自分自身に言い聞かせるようにして、私は一度事務所に訪れたことのある依頼主である天野氏を思い浮かべた。下縁の洒落たメガネをかけた、外国の映画に出てくるステロタイプな日本人のような顔をした、中年の男。顔も知らない叔父が死んで、降って湧いたように譲られたこの土地と建物の具体的な価値を知りたいと。
 ……というところで思い出したのは猫が見上げていた2階の窓。

――― 「とりあえず下を見てくるから、少し待っていてください」
    「ええと、一人でですか?」
    「他に誰かいますか?」
    「いいえ、いませんけど」
     いたら余計に怖い ―――

 いた。人じゃないのがいました。
 私はすぐ隣の階段の上に目を奪われた。途中で折れ曲がっているので階上は見えないが、薄暗い踊り場の空気が揺れているような気がする。自分の呼吸がうまくいっていないようで、喉から出る空気の音がやけに響いて聞こえた。
 おばけなんていない。そう言い聞かせる。
 おばけなんていない。おばけなんていない。おばけなんていないばけなんていなけなんていないなんない―――。

 ギシっと階段のひとつが鳴った。そして電灯が消える。
 体が動かない。
 またどこかで床が軋む。
 ゆっくりとした風の流れが肌を撫でる。
 うなり声のようなものが聞こえる。

 その隙間を縫うようにして、自分のものではない声がした。

「…………サツ……キ……」

「ひゃあ!?」
 今度は完全に悲鳴をあげてしまった。思わず放り出した書類カバンが廊下に倒れて埃を舞い上げる。
「何やっているんですかサツキ君、開けてください」
 扉の向こうからドアを引っかく音と猫の声。ドアノブから手を離した拍子に地下室に通じるドアが閉じてしまったようだ。サツキは飛びつくようにしてドアを押し開けると、どこかに何かぶつけたのか、短い猫の悲鳴が聞こえ。

 そして猫は後ろ足を前足で撫でながら、ひょこひょこと姿を見せた。
「先生ッ」
「痛いですよ」
 猫を思わず抱きかかえた私は、心から安堵した。懐に入れてしまえるほどの小さな体であっても、確かなものがあると、それだけで嬉しい。
 猫は目を白黒させながら首を振ってコートのファーから鼻先を出した。
「信じているのかいないのか。本当に人間というのはよくわかりませんね」
「だって、電気も消えたし床も鳴ったし風も吹いたし、変な音も聞こえたし」
「無人の家に人が入ってきたのです。電球だって切れることもありますし、湿度や温度が変われば木も歪んで音を立てたりします。空気の流れができて風を感じることもあります。神経質になって体の感覚が過剰に反応していることもありますがね。そもそも『住人』には実世界に影響を及ぼすだけの力はほとんどありません。電気をつけたり消したり、床を踏み鳴らしたり、そんなことをする『住人』なんていません。『住人』は何も怖くないんですよ」
 少しだけ強い口調で猫はそう言った。取り乱した自分が急に恥ずかしくなって、猫を下ろすと私はうなだれた。猫は私の足に前足を乗せ、もう一度「『住人』は何も怖くないんです」と言い。

「生きている人間のほうがよっぽど怖いですよ」
 と続けた。

「サツキ君、警察に電話を。地下室で天野氏が殺されています」



《 猫も歩けば 了 》



【 あとがき 】
思いつきで特に何にも訴えるものもなく、無意味極まりないものになってしまいましたすいません。

与えられたお題、僕にとっては「猫に小判」だったようです(ウマいこと言ったぜ、な顔で)(やめなさい)

『Missing-Essayist Evolution』 松永夏馬

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