Mistery Circle

2017-05

《 短い絵本 》 - 2011.01.03 Mon

《 短い絵本 》

著者:空蝉八尋





 猫は建築家でした。
 何度か生まれ変わったけれど、そのたびに建築家になるのです。
 今はただ、土が積まれただけの空き地で気ままに暮らし、老いています。
 うららかな日差しを浴びて、ぼんやりと目を細め、尾を時折揺らして寝そべる。
 段々と重くなる体を休ませながら、猫はなにかを思い出せそうでした。
(また、例のあれと会うんだろうか)
 猫の深い記憶は、人間とは違い、遠い遠い過去までも思い出せるのです。 




 春には春の花が咲き、冬には冬の花が咲く、小さな町がありました。
 清潔という言葉が最も似合うような、そんな美しい町でした。
 ある冬の朝、青年マレクは花束を両腕で抱え、愛しいアンナの待つ家への道を急いでいたのです。
 前の晩、雪が降り積もった道でした。
 氷がはった湖のそばを、急ぎ足で通り過ぎるマレクは、出会った事のない感覚に見舞われたのです。
「ああ!」
 目の前で、持っていたはずの花束が空に散っていきます。
 氷が割れる音が聞こえます。続いて水音、跳ね上がった雪と泥しぶき。
 マレクは目が回るようでした。
 そして誰かが、マレクの手を取り、振り返らせました。
 この町では見ない、鳶色の髪を垂らした細身の女性です。
「貴方は誰です?」
 マレクの質問に、女性はただ首を横に振りました。
 そしてこう言うのです。
「死ぬ前に、貴方の願いをひとつだけ叶えましょう」
「なんですって? 僕は、死んでしまうのですか?」
 驚くマレクは、女性が誰なのかも分からないまま尋ねました。  
「貴方は今、この湖に落ちたのです。ですから、死ぬ前に願い事を聞いて、叶えるのがわたくしの仕事なのです」
 鳶色の髪の女性は、静かにこう告げました。
 マレクは自分のまわりに落ちた花を見て、そしてこの女性の言う事は本当なのだと思いました。
 自分の命の終わりを、不思議と鮮明に感じられたのです。  
「では、湖に落ちて死んでしまう運命の僕を、助けてください」
「それは出来ません。死を変えることは出来ません」
 女性は付け加えて言いました。
「わたくしがこうして貴方の前に居る事も、貴方のおばあさまが亡くなったとき、願いとして託されたからです」
 マレクは一昨年亡くなった祖母を思い出し、感謝しました。
 そして自分も、誰かの為に願いを叶えたいと思ったのです。
「では、僕の恋人の、アンナの願いを叶えてあげてほしいのです」
 鳶色の髪の女性は頷くと、マレクの手を引いて言いました。
「貴方が願いを聞いて下さい。私は、まだ死ぬ運命でない人には見えないのです」 
 マレクは、悲しい道のりをゆっくりと歩き出しました。
 つい先ほどまでの弾む気持ちはどこにもありませんでした。
 涙は不思議とこぼれてはきません。
 ただ、アンナとどんな顔をして会えばいいのかを考えていました。 
「アンナ、アンナ」
 マレクが扉を叩くと、嬉しそうなアンナはすぐに顔を出しました。
 外の寒さに頬を赤くさせ、結んでいた艶やかな黒い髪をおろします。
「誕生日おめでとう、アンナ」
「ありがとうマレク!」
 胸元に飛び込むアンナの髪を、マレクはそっと撫でました。
「あら、貴方の体……とっても冷たいわ」
 アンナはそう言って、マレクの背中をコート越しに擦ります。
 マレクはここで初めて、目に涙が滲むのを感じました。
「ところで、アンナ。誕生日プレゼントなんだけど。今日は特別なんだ」
「えっ、特別?」
 特別、という言葉にアンナは無邪気な笑顔を浮かべます。
「君の願い事をね。なんでもひとつ、叶えてあげるよ。なんでも。どんなことでも、いいんだよ」
「私の願い事を? わあー、どうしよう!」
 アンナは手を手を擦り合わせて、嬉しそうに悩み始めました。
「よーく、考えて。どんなことでも、叶えてあげられるんだから」
「そうねえ、うーん……私、貴方が居てくれるだけでいいんだけど……」
 マルクの耳元で、鳶色の髪の女性の声がしました。
(貴方が生き延びるための願いは、叶えられません)
 マレクは滲みだしそうな涙を堪えて、アンナを背中から抱きかかえました。
「少しだけでも、確かなものがあると、嬉しいんだ」
「……じゃあ、決まったわ」
「本当に、ひとつだけに決めたかい?」
 アンナは頷いて、マレクの腕の中でくるりを正面を向き、見上げて視線を合せました。
 


「貴方よりも先に、死にたいわ」

 
 
 アンナ!
 
 

 
 マレクは、思わず、深い息を吐きだしました。

 ああ、ああ。
 なんてこった!
 視界が鳶色に染まって、そして、寒さを感じたのです。
 湖に浮かんだ靴と花が、アンナの両親に発見されたのは、もう日が暮れてからでした。




 猫は鳶色が好きではありませんでした。
 建築家になって、鳶色の屋根を塗ることは、これまで一度もないのです。  



《 短い絵本 了 》



【 あとがき 】
遅刻して大変すみませんでした。
牛肉ペッパーランチが食べたかったのに、母に頼んだら「チキンが新登場だった」という理由でチキンにされました。
だいぶテンション落ちました。
私は心が狭いのでしょうか。

【 その他私信 】
暫くお休み頂きます~!

『片翼てふてふ。』 空蝉八尋

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