Mistery Circle

2017-08

《 DEAD BLAZE : Ring the Death Knell 》  - 2012.07.04 Wed

「本当に、嬉しかったんだ。だから、ありがとう。だから……そんな悲しい顔しないで」

 少女はそう言って笑った。その笑顔が、無慈悲な鉄の音とともに喪われる。彼女はそれを見ていた。泣き叫ぶ声も、怒り狂う声も、全ては高らかな笑い声に掻き消された。こんなのは間違っている。自分たちは何も間違っていない。何度叫んでも、何を叫んでも、誰も助けてはくれなかった。
 だから、全てを壊して仕舞いたいと思った。
 だから、全てを壊して仕舞いたいと思っタ。
 だから、全てを壊して仕舞いたいと思ッタ。
 だから、全てを壊して仕舞いたいト思ッタ。
 だから、全てを壊して仕舞いたイト思ッタ。
 だから、全てを壊して仕舞いタイト思ッタ。
 だから、全てを壊して仕舞イタイト思ッタ。
 だから、全てを壊しテ仕舞イタイト思ッタ。
 だから、全てを壊シテ仕舞イタイト思ッタ。
 だから、全てヲ壊シテ仕舞イタイト思ッタ。
 だから、全テヲ壊シテ仕舞イタイト思ッタ。

 ダカラ、『私』ハ



《 DEAD BLAZE:Ring the Death Knell 》
著者:Clown 
 




【 注意 】
 残酷表現が苦手な方は飛ばしてください。


----------------------------------------------


 公国歴022年(D.G.0128年)

「よーし、次はパン屋さんに行くよー!」
「あ、待ってよー!」

 アルシエル公国。
 世界で事実上唯一となった国家は、自らを統一公国と名乗り、暦を改めた。魔法文明の隆盛が世界を『砂没(さぼつ)』させ、軍事という一種の共通言語によってようやく科学と魔法に折り合いのついた時代。人々は数多くの犠牲を強いられ、残されたたった一つの大陸に、たった一つの国家を戴く現在の形でようやく均衡を保っていた。

「あんパンかなー、クリームパンかなー。あ、チョコパンが美味しそう!」
「えー、私はこっちのイチゴバターパンが良いなー」

 しかし、その均衡はガラスの天秤にも等しく、もろい。幾重にも張り巡らされた亀裂が大陸を分断し、今もそれは広がり続けている。
 何よりも巨大な亀裂は、大陸を公国の「内」と「外」に分断する亀裂だ。

「……あ。また巡回の兵隊が来てる……」
「最近多いねー。また『首無し竜』かなぁ」

 公国の台頭は、大陸を国内と国外に大きく分け隔ててしまっていた。公国の支配力は絶大だったが、大陸全土に根を張ることは出来ず、実効支配出来ているのは大陸面積のおよそ三分の一にとどまっている。残り三分の二も名目上は公国の管理区域ではあるが、実際は反公国勢力の跋扈する無法地帯と化していた。
 その中でも最大の勢力を誇るのが、『首無し竜』を自称する戦闘集団だ。公国に敗れた国の軍関係者や政治の中枢にいた人物らが中心となって組織されたこの集団は、首無し、つまり元首を持たず、有能なものが複数人で各部門を指揮して成り立っている。基本はゲリラ的な戦闘を主としているが、場合によっては一個師団相当の軍隊も動かす小国並みの規模を誇っていた。

「早く帰ろっか。また警報が出るかも知れないし」
「そうだねー。早く帰ってイチゴバターパン食べよう!」

 二人の少女が、それぞれの手にパンの入った紙包みを抱え、街を駆けていく。街、といってもそれほど大規模では無く、小さな家が軒を連ね、石畳の大通りには牛馬も行き交うような田舎の町だ。
 公国の支配が及ぶ最外縁。マージナルと呼ばれるその地域には、公国民の中でも貧民層に位置する人間が多く住んでいる。防衛線でもあり、統制のとれた軍隊が駐留していることから、スラムと言うほど治安の悪化は見られないが、常に外敵の襲撃に怯えなければならない境遇は多少なりとも社会の構成要素に影響する。

「あ、サオリ寮母(かあ)さんが外にいるよ! 警報、出たのかな」
「ほんとだ。アーニャ寮母さんも誘導灯持ってる」

 孤児が多いのも、マージナルの特異な社会構成の一つだ。貧困のため生まれた子供を捨てざるを得ない家庭が多く、増えた孤児を収容する施設がないことが社会問題にもなっている。公国は『改正孤児保護法』と呼ばれる法律を打ち立て、孤児を軍施設の労働力として雇い入れるなどの対策を講じたが、幼年者の保護は未だ難しく、慢性的な孤児施設不足を解消できないでいた。
 彼女たちは、まだ幸運な孤児と言える。

「お帰りなさい、アリサ、エミリア。さっき警報が出たわ。はやく防空壕へ行きなさい」
「分かったわ、サオリ寮母さん。行こ、エミリア」
「うん!」

 アリサと呼ばれた少女は、エミリアと呼ばれた年下の少女の手を引いて、孤児院の裏手にある防空壕へと向かった。
 アリサは14~5歳、エミリアは10歳程度と思われるが、誰も正確な年齢を知らない。むしろ、詳細な出自が分かる者など、この孤児院には皆無だった。三人の寮母のうち、最年長のサオリを除く二人も、この孤児院の出身だ。多くの孤児施設が、こうした孤児院出身の寮母・寮夫によって運営されている。
 二人の少女が防空壕に入ると、中には三人目の寮母であるシルビアが誘導灯を持って立っていた。少女達の顔を見てほっとした表情を浮かべると、シルビアは二人を促して奥へと進んだ。どうやら既に他の子供達は避難を終えているらしい。

「道中何も無かった?」
「大丈夫だったよ。巡回の兵隊が結構いたから、また警報かなって思って早めに帰ってきたんだ」

 アリサの報告を聞いて「良い判断よ」と彼女の頭をなでるシルビア。へへ、と笑みを浮かべたアリサだったが、その顔がすぐさま緊張の色に染まる。
 ドン、と地鳴りが響いた。シルビアは二人の少女を腕でかばいながら、早足で彼女たちと一緒に奥へと進む。どうやら始まったようだ。何度起こっても慣れないわね、とシルビアがつぶやく。こういった襲撃は、年に一度や二度では無い。それこそ毎月のようにマージナルのあちらこちらで小競り合いが続いている。
 それも、魔甲(魔導戦車)や魔空(魔導戦闘機)による局地戦闘ならまだ被害が少ない方だった。統一公国が誕生したのと時を同じくして投入された人型の新兵器、魔導巨兵同士の戦闘に巻き込まれたある街は、一夜にして瓦礫の海に沈んだという。その姿を見て生きて帰れる人間はいないとまで噂されるほど、それは恐怖のシンボルとなっていた。

「……戦争なんて、早く終われば良いのに」
「そうね。皆仲良く出来る日が来ると良いね」

 エミリアのつぶやきを、アリサが優しく受け止める。拾われた時期が近いせいか、二人は本当の姉妹のように仲が良い。様々な境遇から捨てられ、路頭に迷う子供達は少なからず何らかの心的外傷(トラウマ)によって行動に制限を受けることが多いが、彼女たちからはそういった負の要素があまり感じられない。互いに良い影響を及ぼし合っているのだろう、と寮母長のサオリは言っていた。虐待の末に捨てられたシルビアには、それが少しうらやましくも感じられていた。
 しばらく進むと、細い通路が徐々に広くなり、やがて一気に視界が開けた。防空壕の最奥部だ。既に集まっていた十数人の子供達が、やってきた二人の姿を見てわっと歓声を上げた。互いに無事を喜び合い、二人の買ってきたパンを見てさらに歓声が高まる。簡素な机の上に少しずつ切り分けたパンを並べると、子供達は皆もったいなさそうに少しずつ食べては笑顔を浮かべていた。後からやってきた二人の寮母も、それを見てほっと笑顔を浮かべる。
 子供達がパンを食べ終えた頃、大きな地響きが起こった。続いて幾度か破裂音が続き、最後に爆発音が響く。子供達は互いに身を寄せ合い、恐怖に震えていた。比較的年上の子供達が幼い子供達をなだめ、寮母達が順繰りに子供達一人一人に声をかける。アリサとエミリアは寮母達の声かけにも何とか笑顔を返したものの、他の子供達の表情は硬い。
 防空壕といえど、絶対の安全を保証してくれるわけではない。これまでの襲撃でも何度か壕の外壁が崩れ、そのたびに修復していた。孤児院の裏手にある山に自然に出来た空洞を加工して造られたもののため、多少のことで崩れることは無いだろうが、万が一崩落すれば全員生き埋めになってしまう。それに、市街地にまで敵が侵入してきたら、完全な袋小路のここから逃げ出す術は無い。

「大丈夫だよ……大丈夫だからね」
「うん……」

 地鳴りや爆発音は次第に少なくなり、やがて静寂が辺りを支配した。薄暗い防空壕の中では、外の様子を窺い知る術は音しか無い。サオリが代表して壕の外へ様子を探りに行った。襲撃の警報は軍の回線を通じて各所に通達されるが、回線があるところは限られており、壕の中には無い。警報の解除を知るためには、外に出て孤児院まで戻らなければならない。
 程なくして、サオリが戻ってきた。警報は一時的に解除されたそうだが、再襲撃に備える必要があると軍から通達があったようだ。こうなると、警報が解除されているうちに食糧を確保しなければならない。警報が有効な間は各商店ともに店を閉めてしまうからだ。
 寮母長であるサオリが残り、二人の寮母と年長の孤児を中心として買い出し部隊が編成された。先ほどおやつの買い出しに出かけたアリサとエミリアの二人も、買い出しに参加する。金銭的には非常に厳しいが、数日凌ぐだけの穀物程度なら工面できそうだった。ただし、それも戦闘が激化するとどうなるかは分からない。

「みんな、迷子にならないようにしっかりついてくるのよ!」
「はーい!」

 それぞれの寮母に付く形で子供達は二手に分かれ、八百屋などを訪ねて回る。アリサとエミリアは寮母アーニャと一緒に先ほどのパン屋へと赴き、廃棄される寸前のパンなどを安く分けてもらった。ほとんどは売れ残って堅くなったものだが、今日食べてしまう分には支障は無い。その分、次の日以降へ食料を多く回すことが出来れば御の字だ。
 他にも複数の店で食料を仕入れ、寮母と子供達は孤児院へ戻った。そこへ、サオリが珍しく慌てた様子で飛び出してきた。二人の寮母達が子供達に防空壕へ行くよう目で合図しようとしたとき、彼女の顔に刻まれた驚愕の表情が意味するところを思い知った。

「巨兵よ……魔導巨兵がこの町に来るわ!」

 その事実を、二人の寮母は耳からでは無く、目で確認していた。寮母長も、二人の視線を追って空を見上げる。
 遠くから、漆黒の機体がこちらに向かって飛来していた。血と死のにおいを運ぶ、死神の姿が。
 子供達も空を見上げ、不安そうな顔をしている。寮母達は我に返ると、子供達をつれて防空壕へ避難させるべく動こうとした。同時に、空に一条の光が走る。光は漆黒の機体をかすめるにとどまったが、次いで二本目、三本目の光が機体を襲う。機体は素早くそれらをかわし、反撃とばかりに同様の光を射出する。その向かう先にはおそらく敵の兵器があるのだろう。そして、その正体はすぐに判明した。

「あれは……『首無し竜』の巨兵!?」

 深い蒼に塗られた機体が、反対側の空から現れた。公国の巨兵が白または黒のカラーリングであるのに対し、『首無し竜』が所有する巨兵は所有者独自のカラーリングとなっている。敵軍について知りうることなどほとんど無い彼女達だが、色分けぐらいの知識はあった。そして、それを目にすることがどれほどの非常事態であるのかも。

「皆、急ぎなさい! 防空壕の奥まで走るのよ!」

 サオリの叫ぶ声が、皆を一斉に現実に引き戻した。二人の寮母がパニックに陥りそうな子供達を誘導し、防空壕へ急ぐ。エミリアはアリサについて走り出したが、小石を踏み抜いてバランスを崩し、その場に倒れ込んだ。気づいたアリサとシルビアが引き返し、エミリアを抱え起こそうとする。
 瞬間、爆発音が轟いた。振動と遅れてやってきた爆風に、三人は危うく飛ばされそうになる。熱風と砂礫に閉じた目をゆっくりと開けると、辺りの様相は一変していた。
 孤児院は何とか形を保っていたが、少し離れたところにある民家が数棟崩落している。辺りには煙が立ちこめ、さっきよりはマシだがまだ熱風が吹いている。どこかが炎上しているのだろう。すぐに避難しなければ……そう思い、シルビアが二人をつれて逃げだそうとしたとき、彼女はそれに気づいた。
 孤児院の奥。防空壕のある山。確かにそこにあったはずの景色。
 そこに横たわる、深遠なる蒼。

「う……うそよ……そんな……!!」

 シルビアのうわずった声が、風にあおられて消えていく。アリサとエミリアは、それが一体どういうことなのか、瞬時に理解できないでいた。しかし、それも徐々に現実のものといて彼女たちの心をむしばんでいく。
 山が、抉られていた。正確には、墜落した巨兵が山に激突し、その部分が大きく崩壊している。防空壕の入り口は土砂に埋もれ、その先に続く回廊は見えないが、最早内部がどうなっているかは容易に想像できた。

「い、いや……」
「うそ……」

 幼い二人からも、嗚咽が漏れる。二人の寮母と仲間達の顔が、彼女たちの脳裏をよぎった。目の前の光景が、それらが永遠に失われた事実を叩きつける。今までの戦闘で仲間が負傷することは時にあった。いつか誰かを失ってしまうのでは無いかと、誰もが怯えていた。
 そんな『いつか』が今日では無いことを、いつも祈っていたのに。
 膝をつくシルビアの隣で、残されたアリサとエミリアは泣き叫びそうになるのをぐっと堪えた。そんなことをしても誰一人戻ってこない事を、二人とも分かっている。だから、じっと耐えた。今やるべき事は、生き残った命を次へ繋ぐことだ。

「シルビア寮母さん、早くここから離れよう! あの巨兵、まだ生きてる!」

 アリサの言葉にはっと我に返ったシルビアは、巨兵の腕がまさに動き出したのを見て素早く立ち上がり、少女達の手を引いて走り出した。敵の巨兵がここに落ちたことは、公国の巨兵も気づいている。間もなくここは火の海になるだろう。逃げ切れる保証は無い。それでも、少しでも遠くへ行けば、生き延びる確率は高くなるはずだ。
 地響きと熱風が再び彼女たちを襲う。振り返ると、深蒼の巨兵は既に起き上がり、背に負うリング状の推力補助装置が回転している。二枚の翼のうち一枚は墜落の影響か変形していたが、飛行能力は失われていないようだ。
 浮かび上がる巨兵の上空に、公国の巨兵が姿を現した。蒼い巨兵に向けて手に持つ魔導砲の照準を合わせている。蒼い巨兵は左腕に装備したシールドを展開し、公国の巨兵に向けて突撃した。魔力によって加速された荷電粒子束が放たれるが、シールドに接触すると同時に軌道を反らされる。ねじ曲げられた光の帯は持て余したエネルギーの限りを尽くして軌跡上の家屋を灼いた。遅れて爆音が轟く。
 街は既に阿鼻叫喚の様相を呈していた。逃げる人の群れが路地にあふれかえり、遅々として先へ進まない。悲鳴と怒号の交錯する中、三人は群衆をかき分けて裏通りへと入り込んだ。比較的混雑の少ない通りを選び、交戦地から遠ざかる方向へ走り続ける。
 家屋の合間から見える戦況は、拮抗状態にあるようだった。公国の巨兵はなんとか蒼い巨兵を市街地から外へ追いやろうとしているようだが、相手はそれを見越してか市街地上空を大きく回り込むように動き続けている。民間人を盾にとる戦法は、卑劣ではあるが戦意を削ぐ方法としてはシンプルで確実だ。実際、公国の巨兵は攻めあぐねているようだった。さっきのような飛び道具は地上への被害が大きすぎると判断したのだろう。左手にブレードを持ち、近接戦闘に持ち込む構えを示した。それを受けて、蒼い巨兵も武器をブレードに持ち替える。
 魔力でコーティングされたブレードの唸るような特有の打撃音を頭上に聞きながら、迷路のような路地を駆ける三人。時折魔甲のものと思われる砲音が響き、方々で爆発音が轟いた。一時中断していた地上戦も再開したようだ。こうなると路上を逃げ回るのも危険が大きい。

「……隣町の公国軍基地まで行きましょう。そこなら民間人も受け入れてくれるわ」
「でも、結構遠いよ? エミリア、大丈夫?」
「だ……大丈夫……」

 既にかなりの距離を走ってきた彼女たちだが、目的地はさらに倍は距離がある。アリサも少し息が上がってきていたが、隣を走るエミリアはより辛そうだった。しかし、休んでいる暇は無い。上空にも不穏な空気が漂い始めている。
 不意に、彼女たちの上を巨大な影が通り過ぎた。暗鉄色に塗られた巨大な鳥のような影は、公国の魔空のものだ。巨兵の加勢に来たのだろう。蒼い巨兵のシールドにビーム兵器は無効だったが、実弾なら効果がある。五機で一編成を組んだ魔空は巨兵に向けて次々とミサイルを射出した。流れるような動きでそれらを躱す蒼の巨兵だが、弾道を縫って迫る公国の巨兵に気をとられ、左肩に被弾した。装甲が剥がれ、露出した関節を逃すこと無くブレードの一閃が捉える。蒼い巨兵の左肩から先は切り落とされ、街の外へと投げ捨てられた。腕と一緒にシールドを失った巨兵は、一気に劣勢となる。
 ブレードを手に捨て身の特攻を計る蒼い巨兵を、公国の巨兵は流れるような動きでいなし、反対に相手の胸元めがけてブレードを突き立てた。バチッと地上まで響くようなスパーク音が響き、蒼い巨兵の動きが一瞬止まる。だが次の瞬間、蒼い右手がブレードを持つ巨兵の手首を掴んだ。公国の巨兵は振り払おうとしたが、まるで関節をロックされたかのように蒼い巨兵は離れない。
 ブレードを持たない手で相手のコックピットを狙おうとした巨兵だが、急激に方向を変えた引力に体勢を崩した。蒼い巨兵が公国の巨兵の手首を掴んだまま、地上に向けて急加速したのだ。狙いに気づき、咄嗟に両翼を展開して推力補助装置を最大出力にしたが、ほとんど効果無く地上へと落下していく。

「……! そんな……!」

 走りながら様子を窺っていたシルビアは、絶望に顔をゆがめた。二体の巨兵が、こちらに向けて墜落してくる! 次第に大きくなる影に、二人の少女も気づいたらしい。背後を振り返り、恐怖に悲鳴を上げる。墜落まで、もう間もない。街の人々の叫喚が聞こえる。死を纏う巨大な質量が、来る。
 少女達は立ち止まり、身をすくめた。もう、逃げ場は無い。例え直撃を免れても、巻き起こる衝撃は彼女たちを軽々と吹き飛ばし、小枝のように易々とその命を折るだろう。これ以上の抵抗に意味は無い。
 心身ともに限界を突破したエミリアは、その場に膝をついた。祈るように、両目を閉じる。轟音が迫り、熱風が三度少女の肌を灼くが、不思議と苦しさは感じられなかった。確定した死が、一足先に全ての感覚を奪い去ってしまったのか。天地の別すらも曖昧になりつつある少女の目の前が、次第に赤く染まっていき、

 ──モウ、諦メルノ?

 まるで深淵から湧き上がるように、声が響いた。そのあまりの冷たさに、エミリアは目を見開く。取り巻いていた熱は、もう無い。そして、代わりにそこにあったのは。

「アリサ……お姉ちゃん……?」

 砂埃に塗れ、薄汚れたアリサがそこにいた。呆然とした表情をしていた彼女だが、次第に表情が和らいでいく。少し離れた場所にいたシルビアは、まだ何が起こったのか分からないという表情でそこに座り込んでいる。それは、エミリアも一緒だった。
 墜落してきていたはずの巨兵は、どこにもいなかった。周囲の家屋は何かになぎ倒されたかのように崩落しており、思い描いていた未来予想図を再現していたが、それを成すはずだった原因だけがぽっかりと欠落している。
 一体、何が起こったの? 頭をよぎった疑問符に、予期せぬ方向から答えが投げかけられた。

「魔女だ! あそこに魔女がいるぞ!」
「……え?」

 呟きが漏れると同時、エミリアの頭部を衝撃が襲った。周囲の音がすっと消え去り、目の前に闇が、降りた。


 ざわざわと、音が聞こえる。
 重く粘り着く闇を振り払うように、少女はゆっくりとかぶりを振った。頭が鈍く、痛い。鉄のカーテンのように垂れ下がるまぶたを、何とか押し上げる。闇に慣れた脳が光に拒絶反応を示すが、次第に目の前にぼんやりとした形を構築していく。
 石畳。灰色の不正な凹凸を、エミリアはそう解釈した。手足に触れる堅く冷たい感触も、その解釈を肯定している。どうやら石畳の上に横たわっている状態らしいことを把握し、彼女はゆっくりと体を起こそうとする。
 手足が、鉛のように重い。体が意識に追いついていない所為かとおぼろげに考えたが、耳に付く「ジャラリ」という音と、一定以上動かない手足がそれを否定する。ようやく正常に戻りつつある視覚が、石畳の先にある自分の両手首を捉えた。そこには、見慣れない鈍色のリングが嵌められている。その先には、同じく鈍色の鎖。手を動かすと、忠実な僕の如く鎖も付いてくる。目視で確認できないが、どうやら足首にも同じものが装着されているようだ。
 何故こんな事に? ここは一体何処なの? エミリアの思考が疑問符に埋もれる前に、一段と大きなざわめきが聞こえてきた。ずっと聞こえていた音の正体は、どうやら群衆の声らしい。個々の声はうまく聞き取れないが、声の響きからは怒りや侮蔑といった負の感情が渦巻いているのが分かる。
 その中で、一際大きな声が、彼女の耳朶を打った。

「これより、魔女の処刑を執り行う!」

 魔女? 処刑? 一体何のこと?
 混乱する頭を巡らせるエミリア。ふと視線をあげると、そこによく知る人影が映り込む。
 その姿を見て、一気に覚醒したエミリアは思わず叫び声を上げた。

「アリサお姉ちゃん!!」

 名前を呼ばれた少女は、ゆっくりと彼女の方を向き、弱々しく微笑んだ。
 アリサは、両手足を鎖で縛られそこに立たされていた。逃げていたときに着ていた服では無く、何故か簡素な麻布の服を着せられている。服から覗く腕や足には多数のあざや縄の痕が浮き、特に左腕には大きく皮膚が裂けた痕があった。それらも、逃げていたときには無かったはずの傷だ。
 彼女の周囲には、猟犬をモチーフにした模様をあしらった軽装鎧を纏う兵士が四人。さらに奥の方に数人の兵士がいるようだった。先ほど朗々と処刑宣告をした兵士は、四人のうちアリサの向かって右隣にいる長身の兵士のようだ。全員が銀の軽装鎧の中、一人だけ深紅の鎧を着用している。おそらくはこの兵士達のトップだろう。
 エミリアにはあまり馴染みの無い兵士達だったが、彼らが何者であるかはある程度知っていた。マージナルを防衛するために公国から雇われた傭兵団の一つ、『猟犬の鎌(ハウンズ・サイズ)』だ。公国の正規兵だけでは広範なマージナルをカバーできないことから導入された傭兵だが、中には問題の多い傭兵達もいる。彼らも、どちらかと言えばそのカテゴリーに入る。
 一体自分が気を失っている間に何があったのか、どれくらい時間が経っていたのか、何故アリサや自分が彼らに捕らえられる羽目になったのかなど、エミリアには分からないことだらけだったが、一つ朧気に分かったことは、アリサが今まさに魔女として処刑されようとしていると言うことだった。

「やめてよ! アリサお姉ちゃんを離して! お姉ちゃんは魔女なんかじゃない!」
「黙れ、小娘! 魔女の従者として、お前も一緒に処刑してやっても良いんだぞ?」

 深紅の鎧の男が、居丈高に怒鳴った。エミリアはびくりと身をすくめる。長身なだけでなく、鎧から突き出た手足はまるで丸太のように太く、獰猛に牙をむく男は幼い彼女にはまるで巨大な獣のように見えた。

「複数の証言者が、この女が魔導巨兵を魔法で吹き飛ばしたところを目撃している! このような所行は魔女にしか行いえない!」
「そ……そんな……」
「魔法の使用は公国の法によって厳しく制限されている! 特に魔法能力の高い魔女の処遇は、我々傭兵にも一任されている!」

 公国が出来るずっと以前から、世界に残存する各国は、世界の砂没を早める魔法の個人使用を厳しく禁じてきた。魔法を使用すれば、エネルギーを放出した魔素は既存の物質に転換され、必ずケイ素化合物……すなわち砂が出来上がる。人類はそれに気づいていながら魔法への依存を止めることが出来ず、やっと重い腰を上げたときには世界のほとんどが砂に埋もれてしまっていた。たった一つの大陸に、無数の国家が勃興・消滅を繰り返す混乱の時代を経て、世界はようやく壊れかけた天秤の釣り合いを保った。魔法は科学と融合することで世界に影響を与えない範囲の使用に限定され、普通の人々はいつしか魔法の使い方そのものを忘れてしまった。
 しかし、そんな魔法を誰からも教わること無く、自然に、しかも通常では考えられないほどの威力をもって使用できる人間がいる。突然変異的に生まれ、必ず女性であることから『魔女』と呼ばれる彼女たちは、魔素から高効率でエネルギーを取り出し、廃砂を最小限に抑える術を生まれ持って体得していた。戦国時代にあった各国は彼女たちを徴用し、自国の戦闘を有利に導こうとしたが、過ぎた力は国を滅ぼす力にしかならなかった。

「魔女は、我々人類の敵だ! 速やかに処刑すべきだ! そうだろう!」
「そうだ! 魔女は処刑だ!」
「処刑だ!」

 魔女は、いずれ精神に異常を来し、暴走する。
 原因は未だに不明だが、魔女は成人を迎えるまでに悉くが錯乱し、強大な魔法を制御すること無く周囲に撒き散らす存在となった。強力な魔法の使用が脳に負担をかけているのでは無いかと推測されているが、例え魔法を使わずに生活していても、暴走せず成人を迎えた魔女は皆無だった。
 これを受け、各国は手のひらを返し始める。魔女は世界を滅ぼすものだと喧伝され、魔法を使用した者は何の証拠が無くとも魔女と認定され、多くは処刑された。中には軍事力として魔女を使い続けた国もあったが、ほとんどの国は暴走を恐れて魔女の情報を広く集め、魔女と推測される者を秘密裏に葬ってきた。
 魔女狩り。
 遙か昔に行われていた忌まわしい風習は、千余年の時を経て今によみがえった。

「やめて! アリサお姉ちゃんは巨兵を吹き飛ばして、私たちを助けてくれたんでしょ!? アリサお姉ちゃんがいなかったら、みんな助からなかったかもしれないのに!!」
「黙れと言っている! その魔法が、今度は我々に牙を剥くのだ! そうなれば、より多くの犠牲が出る! 我々はそれを阻止しなければならない! やれ!」

 アリサの左隣にいた兵士が、彼女をその場に跪かせた。頭をおさえ、下に置かれていたくぼんだ台の上に彼女の首を乗せる。その上から、別の兵士が持ってきた台が乗せられ、彼女の首はそこに固定された。
 エミリアは悲鳴を上げ、その場で激しく手足を動かした。しかし、彼女の体は少しも前に進まない。鉛で出来た枷は、少女をその場に縫い付けたままだ。石畳に直接くさびを打ち込んで固定しているらしい。非力な少女に、それを打ち砕くことは出来ない。

「いやだ! アリサお姉ちゃんを離せ! 離してよ!!」

 台の上に空いていたスリットに、二人の兵士が運んできた大剣が差し込まれる。刃先はまるで斧のように丸みを帯びており、柄が左右に異様に長い。二人の兵士はその柄を片側ずつ両手で持ち、高く掲げた。刃先は、アリサの首筋に向けて、伸びている。

「やめて! いや! いやだ! アリサお姉ちゃん! だめ!」
「……エミリア」

 びくり、とエミリアの体が硬直した。今まで幾度となく聞いてきた中で、きっと一番優しい声。何もかもを包み込む、声。

「もう良いのよ、エミリア。いつかこうなるって、分かってたから」
「……アリサ……おねぇちゃん……」

 告白。
 彼女は、自分が魔女であると自覚していたことを、暗に示した。
 今まで怒声をあげていた聴衆は、いつの間にか静かになっていた。今まさに処刑を執行しようとしていた兵士達ですら、まるで彼女の声に取り憑かれたかのようにじっと黙っている。

「私ね、みんなと暮らせて、本当に楽しかった。エミリアと一緒に色んなことして、色んなもの食べて、嬉しかった。両親にまで気味悪がられて捨てられた私のことを、本当の家族みたいにしてくれて……ううん、きっと、本物の家族だったんだ」

 まるで歌を紡ぐように、彼女は言葉をつなげた。自分の首が処刑台に預けられていることなど、何でも無いというように。

「だから、最後にエミリアのことを守れて……嬉しかった。こんな私の力でも、家族を守れたんだって、嬉しかった」
「いや……そんなこと言わないで……」

 最後。彼女は、言った。エミリアは叫びだしそうになった。最後なんて言わないで。もっともっと、一緒にいよう。一緒に暮らそう。お願いだから、一緒にいて。だけど、声が出ない。アリサ以外の声が、音が、世界から失われてしまったかのように。
 ようやく、それが彼女の魔法だと理解した。アリサが、エミリアに最後の声を届けるためだけに使った、魔法。
 深紅の鎧の男も、それに気づいた。剣を掲げる二人の兵士に、手で合図を送る。兵士は柄を握り、足を踏みしめた。

「本当に、嬉しかったんだ。だから、ありがとう。だから……そんな悲しい顔しないで。笑って、ね?」

 少女はそう言って、笑った。
 笑ったまま、ゴトリと首が、落ちた。
 鉄を打ち付けた残響が、広がっていく。音が、戻った。群衆のざわめきが、兵士達の鬨の声が、堰を切ったようにあふれ出した。その中で、少女は見ていた。彼女の顔を。鮮血に塗れてなお、微笑み続ける、顔を。

「……いや……」

 笑って。アリサは言った。なぜ? エミリアはつぶやいた。何故、笑っていられるの? どうして、笑っていなければいけないの? 誰も助けてくれなかった。何度叫んでも、何を叫んでも、誰も助けてはくれなかった。お姉ちゃんは悪くないのに、皆を助けてあげたのに、誰もお姉ちゃんを助けてはくれなかった。救ってくれなかった。それなのに、笑っていられるの? 笑わなくちゃいけないの? 変だよ。おかしいよ。こんなのは間違っている。自分たちは何も間違っていない。間違っているのは、皆だ。間違っているのは、世界だ。間違ってるのは……全てだ。

「イヤアアアアアアアァアァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

















ringthedeathknell.jpg

















 がくり、と一人の兵士が膝をついた。突然膝の力が抜けた兵士は「あれ?」などと間の抜けた声を出したが、立ちくらみでも起こしたのだろうとそのまま立ち上がろうとする。しかし、いくら力を入れてみても、足が動こうとしない。不審に思い足下を見ると、真っ赤な血が足下まで流れてきていた。どうやら血に足を取られたらしい。そう納得し、再び足を動かそうとして、兵士はその違和感に気づいた。
 何故、魔女の死体から離れた場所に血だまりが出来ている?

「ぎ……ギヤァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 疑念は確信を経て、絶叫へと変わった。兵士が見下ろした膝。そこから先が、無い。力を入れるべき足は、既に失われていたのだ。

「……アハ、取れちゃった♪」

 急激に襲いかかる激痛の中、兵士が聞いたのは場違いなほど明るい声だった。吹き荒れる苦痛と混乱の嵐の中、見上げた先には一人の少女が立っている。それは、先ほどまで処刑台の前で泣き叫んでいた少女だった。しかし、その手足にあるはずの枷が、無い。代わりに彼女の手にあるのは……。

「お、俺の足……!!」
「ごめんねー、ちょっと動かすだけのつもりだったのー。返してあげるね♪」

 そう言って、少女は無造作に彼の膝から先を放り投げる。反射的に受け取ろうとした彼は、崩れるように地面に倒れ込んだ。そのまま、ぴくりとも動かなくなる。よく見ると、彼の体は胸の辺りで二つに分かれていた。最初からそこに継ぎ目があったかのように、きれいな割面を残して。

「あーあ、急に動くから分解しちゃった」

 少女の声が、何でも無いつぶやきの如く、虚空に吸い込まれていく。
 あまりに唐突で衝撃的な光景に、兵士達は一瞬何を成すべきなのかを見失った。その一瞬は、彼らにとって永遠を失うに等しい。

「仕方ないから、あなたたちで遊んであげるね☆」

 無邪気に宣言される、遊びの時間。
 大剣の柄を握っていた右の兵士の腕が、取れた。続いてもう一方の腕が、両足が、そして最後に首が胴体から離れて飛んだ。反対の柄を握っていた兵士が慌ててその手を離そうとしたが、既に柄を握る指は失われていた。五本の赤い筋を引きながら、肘から先が宙を舞う。辛うじて残った左手で腰の銃を構えようとしたが、ねじった腰がぐるりと一回転した。
 奥から駆けつけた兵士は、いつの間にか自分の視界が闇に包まれているのに気づいた。だが窪んだ眼窩にまでは気づけず、彼の体は左右に分かれていく。その様を見た背後の兵士は恐怖に回れ右をしたが、首が回ることを許されなかった。
 光を失う前の瞳に、少女の笑顔が、焼き付く。

「ふぅ。兵隊さんの『お人形』遊びはこれでおしまい♪ 次は、一般市民の『お人形』で遊ぼうかな?」

 先ほどまで魔女の処刑に沸いていた群衆は、一転して恐怖と絶望に悲鳴を上げながら蜘蛛の子を散らすように逃げ惑った。しかし彼らもまた、少女が言う『人形』のように次々とくずおれ、解体され、血の海に投げ出されていく。男も、女も、老いも、若いも、全て平等に。
 その場に唯一残された兵隊である深紅の鎧の兵士は、目の前で起こる惨劇に身動きも取れずにいた。一体何が起こっている? 自分は、夢でも見ているのか? そんな思考に支配されそうになったとき、彼の前に笑顔の少女が現れた。ひ、と短い声を上げ、思わず後ずさりする深紅の兵士。よく見ると、目の前に現れたのは先ほど処刑した魔女の首で、それを抱えるようにしてもう一人の少女が宙に浮いていた。
 あどけない笑顔。花畑にでも立っていれば、誰もが思わずほほえましく思うような。しかし、血に塗れた笑みで、笑顔の生首を抱える少女は、どんな醜悪な怪物よりもおぞましく、狂気じみている。

「き……貴様も、魔女、だったのか」

 乾ききった喉でようやくそれだけを口にすると、深紅の兵士はわずかに後ずさった。もう、周囲に動く者は誰もいない。自分一人だけが残されたらしい。どういう意図があるのかは分からないが、逃げ出す機会はあるかもしれない。

「えっとねー、ちょっと聞きたいことがあるんだー」

 そんな彼の心情を知ってか知らずか、生首を抱えた少女・エミリアは無邪気そのものの笑顔で彼に質問した。

「私とこの子と、もう一人女の人がいたでしょ? 何処に行ったか知らない?」

 彼女が目覚めてから一度も見かけていない、寮母シルビアのことだ。深紅の兵士もすぐに誰のことか分かったようだったが、その顔は蒼白だった。

「お……俺は、知らない……」
「えー? そんなハズないんだけどなー?」
「……!? ガァァァァァッ!?」

 しらを切ろうとした兵士の左腕が、異音を立てて捻れた。エミリアが楽しそうに腕をひねると、ぶちぶちと筋肉を引きちぎりながら、若木を捻り切るように彼の前腕がちぎれていく。

「や、やめろォォッッ!! あ、あの女は死んだッ! 俺の部下が殺したんだッ!!」
「なーんだ、やっぱり知ってたんじゃない♪」

 エミリアの腕が動きをやめると、彼の腕はだらりと垂れ下がった。ほとんど皮一枚でつながったそれは、最早用をなさない。痛みと恐怖で引きつった表情を愉しそうに眺めながら、少女は次の質問を続けた。

「じゃあ、次ね。この子の体を汚しちゃったのは、誰かな?」
「そ、それも俺の部下がやったことだ! 俺は命じてない! 俺の部下が、勝手に……」
「ふーん? そうなんだー」

 少女は処刑台に移動すると、未だそこに横たわったままのアリサの体を優しく撫でた。あちこちに傷の付いた体は、見た目にも痛々しい。彼女はしばらくそうしていたが、やがて抱えていたアリサの首に向けてほんの少し憂うような声でつぶやいた。

「残念だけど、この体はもうダメだねー。こんなに汚されちゃったもの。外側も……『内側』も」
「……ひッ!!」

 最後の一言に込められた圧力に、深紅の兵士は完全に気圧されていた。その場にくずおれ、落ちそうな左腕を抱えながら、ずるずると後退する。彼は嘘をついていない。魔女の証拠を暴くと言って兵舎に幽閉し、アリサを嬲り者にしたのは、彼の部下達だ。彼は一切関与していない。ただ、見ていただけだ。彼女が嬲られる様を、嗜虐の愉悦に浸りながら、ただじっと。
 いつの間にか、エミリアは再び兵士の前に浮かんでいる。歯の根も合わぬほど震える彼に向けて、少女は先ほどまでの質問など無かったかのようにほほえみかけた。

「ねぇ、私、その鎧が欲しいなー。血みたいに赤くて、かっこいいんだもん☆」
「は……こ、こんなもの、いくらでもくれてやる……! だから……」
「ほんと? やったー♪」

 命乞いの台詞を吐こうとした兵士を遮り、エミリアは兵士の鎧に手をかけた。鎧は胸部の金属プレートの他は、伸縮性の高い特殊な布で出来ているようだった。袖に当たる部分の無い、所謂スリーブレスなスタイルで、普通の服のように頭からすっぽりと着脱できる仕様になっている。
 エミリアは鎧を上に引き上げようとしたが、腕を抜いていない状態では脱げるはずも無い。慌てて兵士が腕を上げて通そうとしたが、既に遅かった。

「ギヒィィィィィィィィィィィッッッッ!!!!」
「ごめんね☆ 腕、邪魔だから外しちゃった♪」

 両肩から先が引きちぎられ、兵士は芋虫のようにその場に倒れ込んだ。鎧はあっさりと脱げ、エミリアは満足そうにそれを傍らに置く。無様に這いずり、それでも彼女から逃げようとする兵士に、エミリアは「ばいばーい♪」と笑って手を振った。必死の形相で、彼女の気が変わらぬうちにと這い続ける兵士。何かにぶつかり、思わず足を止める。目の前にそびえる白い足に悪態をつこうとして、見上げた顔が凍り付いた。
 彼は、一つだけ、嘘をついていた。

「お……俺が悪かった……助けて……助けてくれ……」

 鼻から、口から、そして撃ち抜かれた心臓から止めどなく血を流し、そこに立ち尽くす女。彼の手で命を奪われたはずの女の白く細い手には、傭兵達に支給されていた銃が握られている。無表情に、無慈悲に、引き金が引かれた。両足、腹、両肺、頸。灼けるような痛みと自らの血に溺れる苦悶に身をよじりながら、それを訴える術も奪われて、兵士はついに動かなくなった。濁った目でそれを見届けると、女もその場に倒れた。

「ウソツキはダメだよね、シルビア寮母さん♪」

 そう言ってエミリアが女の頬に触れると、血で汚れていた顔が見る間に安らかな微笑へと変化する。

「そうそう、笑って♪ 楽しく、楽しく。キャハ☆」

 無垢な笑顔で、エミリアは宙を舞った。両手で抱えたアリサの首を、愛おしそうに撫でる。

「さ、それじゃ、アリサお姉ちゃんの『新しい体』を探さなきゃ♪ あんな汚れた体じゃ、かわいそうだもんね!」

 まるでお気に入りの人形に何を着せるか迷う子供のような、無垢な笑顔で。
 壊れた世界から、小さな魔女は、姿を消した。


「……そうか。伝令、ご苦労だった。下がって良い」
「は!」

 予想を大きく裏切られた。それも、かなり悪い方へ。報告を受けた女は、漏れ出そうになるため息をぐっと堪えた。伝令と入れ替わりにやってきた男が、そんな彼女の様子を見てクツクツと笑う。

「おやおや、傷心だネ、『公王』様?」
「……なんだ、犬にも傷心なんていう心の機微が分かるのか」

 公王と呼ばれた女の皮肉めいた言葉に「クォン!」などと鳴き真似をしてみせる男。女は苦笑いをすると、先ほど受けた報告を反芻した。

「迂闊だったよ。魔女の存在に気づいていながら、保護することが出来なかった。あまつさえ、未確認の魔女の覚醒と暴走を許した」
「エミリア・キャンディッドだネ? 瞬間的な魔力だけなら、ワタシを上回るかもしれないヨ?」
「ふん? なら特別な対策を、講じる必要があるか」

 男の発言に、考え込む素振りをする女。だが男はあっけらかんと言い放った。

「普通で、良いんじゃないかネ?」
「ほぅ?」
「アクマで、瞬間的な魔力に限っての話だヨ。それに……」

 男は、笑みを深めた。

「殺し合いは不可避だヨ。暴走した時点で、ネ」

 そう言って去って行く男を見送り、女はさっきは堪えたため息をついた。彼の言葉は、当を得ている。暴走した魔女を止める術は無い。彼女たちの世界は、その時点で壊れてしまっているのだ。壊れた世界で、彼女たちは歌い続ける。破壊の歌を。破滅の詩を。世界の全てを、壊してしまうために。
 女は、手にした杖に結わえられた鈴を、チリンと鳴らした。壊れてしまった彼女たちの世界を、悼むように。



《 DEAD BLAZE:Ring the Death Knell 了 》
 






【 あとがき 】

 絶好調だった前作に比べ、今回は超難産でした……。前回同様書く内容や出てくる人物はあらかた決まっていたものの、読んで戴いた人は分かるとおりの鬱展開、スプラッタ、前回出した巨兵同士の戦闘と、盛りすぎて目的地を見失うこと数知れず、何とかゴールにたどり着いたときには当初の1.5倍くらいの長さになってしまったという(’Д`;)
 宣言通り、今回も前回と同じ舞台です。登場人物も今までのキャラクターをリメイクする形で、今回は「ワルプルギスの夜」から魔女キャンディド(エミリア・キャンディッド)を。そして、姿形の描写は一個も無いけど分かる人は分かる「あの男」がいます。この二人は、今後長編でも出てきます(言い切った)。今回出てきた『魔女』も、この世界のキーワードの一つです。でも、そんな難しいことは考えず、いつもどおりだらっと、ちょっぴり背筋が寒くなりながら読んで戴けると幸いです。
 では、また砂の世界でお会いしましょう……次はもう少し軽いお話がいいにゃあ……。


『 道化師の部屋 』 Clown

● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/tb.php/184-a9a7f9c0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

《 オブザデッド・ラブハート 》 «  | BLOG TOP |  » 《 All Hope Is Burned In Flame 》

プロフィール

MC運営委員会

Author:MC運営委員会
このブログの八割は、カボチャで構成されております。

カテゴリ

Mistery Circle(メインカテゴリ) (39)
寸評 (29)
MCルール説明 (1)
お知らせ (35)
参加受付 (23)
出題 (34)
メールフォーム (3)
内藤クンのおもちゃの部屋 (8)
天野さんの秘密の部屋 (8)
Ms.伍長の黙示録の部屋 (0)
伊闇かなでの開かずの部屋 (4)
未分類 (27)
亞季 (2)
いつき (1)
伊闇かなで (2)
空蝉八尋 (4)
黒猫ルドラ (12)
ココット固いの助 (21)
桜井 (1)
桜朔夜 (1)
鎖衝 (11)
知 (21)
しどー (12)
瞬 (3)
白乙 (12)
すぅ (13)
すずはらなずな (29)
田川ミメイ (2)
辻マリ (14)
夏海 (3)
七穂 (1)
氷桜夕雅 (30)
ひとみん (4)
松永夏馬 (12)
望月 (8)
幸坂かゆり (21)
李九龍 (13)
りん (3)
ろく (1)
Clown (12)
MOJO (1)
pink sand (9)
rudo (8)
×丸 (4)
MC参加者に聞け (7)
Mistery Circle ヒストリー (1)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム