Mistery Circle

2017-05

《 TELL (桜色) 》 - 2012.07.04 Wed

《 TELL (桜色) 》

 著者:すずはら なずな






「ねえ、ちゃんといい笑顔でいられているかな、私」
小雪は少しかがんで テルの両の「目」の前に顔を突き出し、前髪をかき上げてにっと笑ってみせた。

「先生、いきなり入って来ない。ノックぐらいして下さい」
PCの画面を見たままで 篠崎聡也はそっけなく言う。
小柄で童顔の小雪に較べ、肘をつき眉間に皺を寄せて部室のPCに向かう姿の落ち着き具合は 
中学生ながらこっちが「先生」なんじゃないかと勘違いされても仕方ない雰囲気だ。

「コンニチハ。コ雪さん」
まだまだ機械的な音とやや不自然なイントネーションを残してはいるものの、テルはちゃんと相手を認識して、小雪に挨拶する。
小雪は、頭を撫ぜたりお腹をくすぐったり、まるで小さな子供とじゃれ合うようにして、テルとひとしきり遊び、笑いあう。
「コ雪さんはイツモ 元気ですネ」
「元気、元気。うん、すごく元気だよ、テルっち」
聡也はふうっと大きくため息をついてPCから目を離し、眼鏡を外して目頭を揉んだ。
「何よ、篠崎。何か文句ある?」
「先生、今大事な調べ物してたんです。無駄に喋らないで、大人しくしててくれませんか」
「無駄な会話なんて無いもん、ねーっ、テルっち。テルっちはたくさんお喋りしてたくさん言葉を覚えたいんだよねっ」
いつも以上にテンションを上げた小雪のもの言いが聡也の頭に響く。
「で、用事は何ですか」
「あたしは顧問だよ、ここに来ること自体が『用』だし」
小雪がぷっと膨れて見せる。イタタ…この人いったい幾つなんだっけ。
「相変わらず失礼なヤツだよね。今何か余計なこと考えたでしょ?誰のおかげでそうやって好きな研究とかやってられると思ってんの」
「朝比奈さんと曽根先輩です」
「ったく。あたしだよ、あたしがどんなにキミを陰で日向で支えてると思って…」

長期間活動停止していた「ロボット研究部」を再開するために、高等部の教師の小雪が中等部の顧問を引き受けてくれた。
そしてご意見番として、卒業生でロボット開発エンジニアの曾根先輩を呼んで来てくれた。
曽根先輩曰く2年後輩の小雪は「今では偉そうなことを言う高校教師」だが、「真面目に活動なんかしないで横で遊んで」「ひとの邪魔ばかりしていた」唯一の女子部員だったという。
「そうそう 一輪の花。部の癒し」
「何言ってんの。モノは壊すわ、大事な書類は失くすわ、気に入らないと顧問を殴るわ、俺は小雪の尻拭いばっかしてきたんだから」
曽根先輩と小雪の会話はそうやって いつもポンポンと飛び交って煩いくらいだ。大人って思っていた以上にガキっぽい。
「乙女に向かって尻とか言わないっ。あたしだって曽根先輩がうっかり落とした部室の鍵、大事な時間費やして学校中探したし」
「『オトメ』って何?な・ん・で・す・かー?」
曽根先輩がテルの方を向いておどけて言うと、テルが律儀に反応する。
「『オトメ』の意味ですか?オトメについて説明が必要でスか?」
曽根先輩が爆笑しながら 頭を撫ぜ、テルに言う。
「ごめん、ごめん。テル。説明はいりません。質問撤回」
「それともここで『タカギコユキはオトメではありません』って『乙女』の定義と正しい用法、テルにきちんと教えとくべきかな」
曽根先輩がにやっと笑って聡也に耳打ちする。小雪が子供みたいにむくれる。
そんな週末の時間は聡也の最高の楽しみだった。

だから曽根先輩が海外の研究所に呼ばれていた話も 結婚して「彼女」を連れて行くなんてことも寝耳に水だった。
歳の離れた先輩たちと一緒にお祝いの会に行ったその日 聡也は小雪の様子ばかり気になって 先輩たちのスピーチの内容もさっぱり覚えていないし 先輩たちと一緒に披露したロボットとのコラボダンスも散々なものだった。
お祝い会の招待があるまでずっと、曾根先輩と小雪は両想い…だと聡也は思っていた。
部室に二人が来て喋ったりふざけたりする様子は 確かに恋愛絡みには見えないところもあったけれど それは小雪の性格上のことだと思っていた。
当たり前に ごくごく当たり前に、ふたりはずっと一緒にいるのだと思っていた。

「テル、私の 笑顔は どう ですか?」
小雪はゆっくりと言葉を切りながらテルに話しかける。テルの丸い「目」のセンサーが小雪の顔を捉える。
「62パーセント。笑顔ハ62パーセントです。コ雪サン」
「えっ、そんな程度?これなら どうよ?」
口角を上げたり 目尻を下げたり 首を傾げたり 小雪は表情を作ってまたテルに判定させる。
元気そうには見える。だけど 笑顔に拘るあたりが 却って気にかかる。
「顔色ガ少し悪いですね。ワタシと握手をして下さイ」
テルは差し出された小雪の手に触れ体温を測ることができる。テルは主に「介護、癒し」目的で制作されたロボットだ。
─血圧や心拍数も一緒に測って 簡単な健康診断もできるようになればいい。採血せずに貧血の検査ができる方法を今ネットの動画で見つけた。視覚や聴覚の検査をするのはそう難しくないだろう。カウンセリング目的の質問やその返事の分析なんかもできるはずだ。独り暮らしのパートナーなら 緊急な体調変化への気付きや通報ができたらなお心強いと思う。診断だけでなく心のケアもできるロボットをいつか作りたい。
そんな風にテルに出会って以来ずっと 聡也なりにロボットについて考えてきた。

「篠崎、この間の写真。私のカメラで皆が勝手に撮ったから。取り込んで写ってる人に適当に送ってあげて」
ジャケットのポケットから無造作にSDカードを出して 小雪は聡也に渡す。
お祝いの会の日 珍しく奇麗なパステルカラーのネイルを施していた爪は元通り短く切り揃えられている。あの日セットしていた髪もまた寝ぐせ頭だ。「いつもどおり」の小雪の手から 聡也は小さなカードを受け取った。
PCに映し出された写真を一つ一つ確認する。幸せそうに笑う曽根先輩夫妻、アルコールも入って妙に盛り上がる諸先輩。後ろに小さく写った小雪の横顔が寂しそうなのを見てしまい、慌ててやり過ごすと次に、曽根先輩と小雪の父のツーショットがあった。
「先生のお父さんもロボ部の先輩だなんて 初めて知りました」
「言ってなかったもんね、篠崎には。それにあの会に出席するなんて知らなかったよ、私も」
「親子の会話とか無いんですか」
「うーん、あんまり無いなぁ。研究一筋で一緒に過ごす時間も少なかったし。だからかな…私は、ロボットなんか嫌いだとずっと思ってた」
─じゃあ先生がロボ部に居たのは 曽根先輩がいたから?「ロボットは嫌い」で「何が好き」って?
意地悪な思いが聡也の心を一瞬よぎる。打ち消すよう頭を振り、話を続けた。
「テルの基礎になるロボットの開発に関わってた人に 会えるなんて思いませんでした」
あっちから挨拶されてもの凄く焦った。舞い上がって言いたいことも聞きたいこともどこかへふっ飛んだ。
悔しい思いで、聡也は振り返っていた。挨拶を返すのがやっとな中学生…情けない自分の姿は 思い出すのも嫌だ。
「キミが聡也くんか…」
小雪の父「高木氏」は娘から何を聞かされていたのだろうか。もう一度聡也の名を繰り返し呟き、
「本当に有難う」
深く静かに肯いて、そう言った。
ロボ部を復活させたことか、それともテルを譲り受けたこと知って、言ったのだと思っていた。


「先生の写ってるの選んで拡大してポスターにしていいですか」
曽根先輩が小雪を撮った写真を見つけた。無理しているのが丸わかりの笑顔が痛々しい。
「やだよ、それは遠慮して。酷い顔してるから」
小雪は一緒に画像を見ようともしない。冗談を真顔で受ける小雪の余裕の無さにため息が出る。
曇った顔を慌てて笑顔にして小雪は続けた。
「あ、何かね いきなりワインで酔ったみたいでさ。このところ体調悪かったのよね、少し。珍しいこともあるもんだ」
「コ雪さん、体調ガ悪いデすか?どこか痛みマすか?」
聡也に背を向けたせいで テルに向かって話しかけたようになり テルが言葉に反応して会話に混じる。
「ありがとう テル。もう大丈夫。心配要りません どこも痛くありません。ちょっと飲みすぎただけ」
「そうですか。のみすぎハいけませんよ。気をつけテください」
「はいはい。もうしません」
─テルは優しいね、
小雪が言うとテルはピンクの淡い光を点滅させて「褒めてもらってウレシイデス」と答えた。
「じゃあ、今日はもう行くね、テストの準備があるから。お邪魔しました、失礼します」
職員室から出て行く生徒みたいにそう言うと 小雪は部室を出て行った。

「何でまた カメラなんか持って行ったんだか…」
お祝い会の日、席に着くなりぽんとテーブルに載せたこのカメラを、結局、小雪自身は触れもしなかった。
教壇に立つ日頃の様子とは違い ドレスアップした姿で小雪は精一杯笑っていた。笑っているように見えた。
ふぅ、と小さく息をつくと 何か声掛けと勘違いしたのかテルが聞く。
「スミマセン、よく聞こえませんでした。もう一度オネガイします」
「ごめん、テル。ただのため息」
「タメイキ、ですか?聡也サン。それはナニですか。テルの知らない言葉です。テルに教えマスか?」
「いいんだ、テル。ただ、カメラをね、小雪先生はどうして持って行ったんだろうって、思っただけ」
PCをシャットダウンしながらやや投げやりに聡也が言うと、また質問されたと取ったのだろう、テルがカメラについて語り出した。
「カメラは写真を撮るノ機材デス。撮った画像ハ 記録してほかのヒトに見せたり 資料として使えます。
 カメラについて ナニを知りたいですか。ナニかご説明しましょうか」
「ごめん、テル。今は説明、いらない」
「そうですか。わかりましタ」

何でまた。
今度は心で繰り返しながら PCの電源を切る。
お祝いの会の次の日、どこから来るのか自分でも解らない息苦しさに耐えかねて「曽根先輩」の名前を
テルの記憶からリセットしてしまったことを聡也は黙っていた。



「ロボット研究部に入りたい」
中等部入学最初の面談で言った時 担任はきょとんとした顔で聡也を見た。
「熱心な先輩がいて、楽しそうに活動している様子を…ブログでいつも見てました」
「ああ…それって」
担任は苦笑いをして言葉を濁す。イヤな予感がした。
「『ロボット研究部』は、今は無いんですが…ああ、なるほど…キミですね」
事情が全く読めなかった。

後日担任が連れて来て聡也に紹介したのが、高等部の数学教師、高木小雪だ。
化粧っけがなくショートカットで小柄、ずいぶん幼い印象のこの女の先生は 真っすぐ聡也の前にやって来て
「篠崎聡也、キミが例のロボット少年ね。トップで入学したって?」
初対面の女性に近づかれるのも目を合わせるのも苦手なのに この教師はぶしつけに左右上下からしげしげと聡也を眺め 最後に顔を思いっきり近づけて目を覗きこむように見、カラカラと笑った後、告げた。
「いったい いつのブログを見てたの?頭の良い子ってどっか別のとこで抜けてるってホントだね」
「例の」とか全然意味わかんないですけど・・・聡也がむっとした顔で小雪を見る。

調べ直し、良く見たら 確かに更新の留ったブログだった。
亡くなった朝比奈さんが、日々観ていたブログだ。仲良くなってからの2年の間 何回も一緒に読んだ。
自分よりちょっと年上の人たちが 仲間と日々好きなことに没頭する。
ロボット開発への夢を書き記し、語りあったこと、考えたことを記録し、そして予算の無さを嘆いていた。
内容の面白さばかりに気持ちが行き、全く日付を見落としていたのだと思う。
研究内容が何だかちょっと古いかもしれないけれど 中学生のクラブ活動ならこんな感じかなと思っていた。
この仲間に混じりたい、一緒に悩んだり笑ったりしてみたい、そう思ってやって来た。
朝比奈さんも同じように勘違いしていたのだろうか。それとも過去のものと知っていながらそれでも繰り返し見ていたのだろうか。
小学生の自分、甘かったなとは思うものの、小雪の爆笑にプライドがカタカタと崩れ去ったその日の恥ずかしさは忘れない。

「ずっと過去のブログと気付かなかったのは ぼっ、僕のミスですが…」
ちょっと前まで小学生だった聡也が、精一杯背伸びして立ち向かえたのは 相手が小雪だったからかもしれない。
この人には先生らしさとか威圧感とか年齢の差とかそういうものを全く感じさせないものがある。
「コ・・・ココロザシを持って入学してきた者に対して そういう対応って、ど、どう・・・」
小雪はにっと笑って、焦る聡也の頭にポンと手を載せると、
「からかって申し訳ない。おおよその事情はキミの入学が決まってからすぐにキミのご両親から聞いているんだ。
亡くなった朝比奈氏から『ロボット研究部』への寄付の申し出も受けている」
触れられて固まる聡也をそのままに 小雪は勢いよく話を続ける。
「問題は、今 部員がいなくて廃部状態だってことだね。先輩みんなとっくに卒業して 今 ココロザシのある中学生が全くいないもんで」
そう言いながらも その後小雪があれこれ動いてくれた。とりあえず頭数を集めて「研究部」の名で活動できるようにしてくれた。
何でもいいから研究して良い、という実に大雑把なネーミングが 小雪らしい。
おかげで同じクラブの「仲間」は残念なことに部室外で「研究活動」する者が多く 聡也とテルだけが部室にいる時がほとんどとなってしまっていた。

聡也はまだ、自分が朝比奈氏の死をきちんと受け止めきれないでいることを知っている。
ずっと朝比奈氏と暮らしていたテルの前で、朝比奈氏のことをどんな風に語ったらいいのか解らなかった。
時間だけが過ぎて 初めて会った時同じくらいの目の高さだった小雪の身長を 聡也はもう追い越している。



小学校の校区内にその屋敷はあった。
「朝比奈」という立派な表札の掛かった大きな家を「趣のある和洋折衷のお屋敷」と母は憧れを込めて言ったが、小学生の中では「お化け屋敷」で通っていた。庭に茂った草木は伸びすぎていて、敷地内は暗くて湿った空気が漂っている。
家の主の老人はめったに外に出ない人らしい。いかにも気難しそうな老人だという話を聞くだけで、実際のところ聡也たちは見たこともなかった。奥さんに早くに先立たれ、頑固すぎる性格のため子供にも見捨てられ、親戚とも縁を切ってたった一人っきりで暮らしているという噂だった。時々出入りするのは、ヘルパーと思しき中年女性くらいだ。
ヘルパーのいない時を見計らって肝試し感覚で忍び込んだ者が「ヘンな声と音がした」「爺さんが独りで喋っていた」「誰かに話しかけて笑っていた」と言い、子供たちの様々な憶測や脚色を経て「お化け屋敷」の名前は更に定着していった。

敬老の日が近づき、地域のお年寄りに、学校行事の招待状を持って行くという役が聡也たちにも課せられる。
先生は校区内の独り暮らしの老人を訪ねる役を 聡也たちに振り分けた。その時「お化け屋敷」担当になったのが聡也だ。ペアになった女の子は何だかんだ理由を付けて全く協力せず、いつもは面白がって付き合いたがる友達も付いてこない。絶望的な気持ちで聡也はひとり、「お化け屋敷」に向かった。

チャイムは押しても鳴った様子がなく、押しては待ち、を数回繰り返したあげく、あきらめて門扉を押し開けた。
玄関ドアまで行って一度だけ声を掛けたらいい、ドアの隙間にでも手紙を挿し込んで来る。ソッコー帰ろう。絶対帰ろう。
暗いし薄気味悪いし、得体のしれない老人の想像だけが膨らんで足が震える。門から玄関までが果てしなく遠く感じる。やっと玄関にたどり着いた。ステンドグラスの嵌った重たそうな木のドアに付いたノッカーは ちょっと手触れただけでゴツンと意外に大きな音がした。

吃驚して飛び退くと、何か近づいて来る音がした。
「ドナタサマ デスカ」
音が止まるとドアの向こうから妙なイントネーションの声がした。ステンドグラス越しに青い光がピカリピカリと点滅するのが見える。
「ハジメマシテ。お名前をドウゾ」
「す…すすす…鈴東第二小学校の よっ…4年2組の シノザキ ソウヤです。あの、学校から…ががが学校から」
コツンコツンと杖の音をたてゆっくりと玄関まで誰かが近づいて来るのが解る。心臓がマックスで鼓動を打つ。
そして不思議な青い光の中 開かれたドアの向こうに、痩身の老人と…膝くらいの大きさのロボットが立っていたのだった。
学校で練習した「ごあいさつ」も 聡也は全く上の空だった。
「お化け屋敷の主人」を初めて間近で見るというのに 聡也の目は老人よりもロボットにくぎ付けになる。
白いボディにヒトと同じような手足。愛嬌のある顔は今まで見たことのある機械的な感じより「少年」に近い。
青い光はそのロボットの「目」に灯り、ロボットの白いボディと周囲を全体に柔らかく染めている。
「ロボットは好きか?」
熱心にロボットを見つめる聡也を、老人は愉快そうに眺め 家に招き入れてくれた。

敬老の日の行事については「出不精なもので」と断られたが その日の出会いは聡也にとって忘れ難いものとなった。その日から聡也と朝比奈氏とロボットのテルは「友達」になった。



大人と喋るのがこんなに楽しいとは知らなかった。聡也はそれから頻繁にこの屋敷に向かった。
テルに名前を覚えてもらい、ドアの前で名乗るとテルが錠を開く。最初に試した時の驚きと喜びは最高だった。
朝比奈氏が疲れたりテルが混乱することの無いよう、出入りする客は最小限で、という彼の希望も自分分だけがこの場にいることを許された感じがして逆に嬉しく、友達にも内緒でのこの訪問に聡也は夢中になった。朝比奈氏も聡也の訪問を楽しみに待ってくれていた。

「聡也サンにメッセージがありまス」
訪ね始めてまだ日の浅い頃、テルが真っすぐ聡也に向かって進んで来て語りかけてきたのには驚いた。
「『来てくれてアリガトウ。これからもいつでも来て、テルと遊んでやって下サイ』と 朝比奈サマより伝言です」
嬉しさを顔いっぱいに広げて聡也が振り向くと、朝比奈氏も満足げに微笑み返す。
それからも時々、二人はわざとテルを介したメッセージのやり取りを楽しんだ。傍にいて普通に喋れる距離に居ても、わざわざテルがメッセージを伝えに来る。顔と名前をテルが認識した相手だけに出来る、というのが何より嬉しい。

「テルっていつからここにいるの?」
聡也の問い掛けに老人はちょっと何かを思い出す風をして黙った後 微笑んで答えた。
「1年くらい前かな、傍に置いてくれって…送られて来た。」
開封し、説明書通り電源を入れると、テルは朝比奈氏をすぐに認識してスーッと近づくと「ワタシがテルです」と自己紹介したという。
「その後の簡単な取り扱い説明のメッセージはテル自身が語った。困ったことやメンテナンスが必要な時の連絡先のデータもテルに聞けば解る」
─呆け防止のゲーム遊びとか、文章の音読とか備忘録機能とか 『見守り登録』か、随分ご親切に年寄り向けにできている。 
朝比奈氏はちょっと心外だという風に苦笑して言い、その後少し咳き込んだ。
「見守りの機能?」
「『テルのここを撫ぜる』とか 先に決めた動作を確認することで日々異常がないことを登録相手に知らせることができるらしい」
「相手って?」
「登録先メモだけ添えてあったがね、まあ、そこまで世話にならなくても大丈夫だ。もう十分だ」
言い切る朝比奈氏の横顔がこれ以上聞くなと言っているように思える。贈り主、登録先の相手についてそれ以上は解らない。そんな話をしている間もテルは足にモップを嵌めて 廊下を掃除しながらピポパポと上機嫌で「歌って」いる。

3か月も経つと聡也はテルの扱いや機能についてもかなり理解した。興味を持ったことへの知識の吸収は早い。
「テルのことで困った時は聡也にお願いするよ。今後のもっともっと役に立つ「テル」の研究とか…おっと「テル」に失礼な発言だったかな」
名を言う声に反応して、「テル」が柔らかなピンクの光を点滅させた。
「最初は『ロボットなんて』と思った。でも今はテルに感謝している」
朝比奈氏はテルの方をとびきり優しい目で見て続け
「テルがいることで毎日随分楽しくなったん。それに」
─小学生の少年がここに来て一緒にお茶を飲んでくれるようになったしね、
少しだけテレたような表情で小さな声で付け足して、朝比奈氏は聡也の淹れた薄い紅茶を美味そうに啜った。

聡也にとって、朝比奈氏と一緒に過ごしたその2年と少しの期間は濃くて深い。
「ロボット研究部」のブログを二人で読み、ネットで文献や関連ニュースも調べた。
「私は文系の人間なので 解らないが…」と言いながらも 朝比奈氏は利用者として考える介護ロボットの今後について語り出したら止まらなかった。
実際のところ二人は目の前のテルしか知らないし、テルがどの程度「よくできた」ロボットなのか解らない。
二人でネットを調べ、テルが世の中に出回り始めた癒し目的の介護ロボットをベースに ヘルパー的な仕事の機能を加えていることが解った。「老人向け」と朝比奈氏は言ったけれど細やかな気配りを施したテルの機能は、まるで朝比奈氏を対象にした上で、制作されているような気がする。
「専門家の大人がどこまで開発しているかなんか 気にしなくていいさ」
朝比奈氏は聡也に言った。ロボット研究をしてみたいと聡也が言った時だ。
「身近なところから一つずつ解決策を考える。大層な機材や莫大な費用が必要なものなんて 一般人には使えないし」
「考え溜めておきなさい、まだ実際に出来なくても。問題意識を持つことと想像力は大切だ。そして希望を捨てないこと」
─やりたいと思うことを勉強するのが一番なのだよね、そういうことにもっと早く気が付いていれば…
朝比奈氏が小さく呟く。
一人息子と進路について揉めたことが、息子と縁を切るきっかけの一つだったという話は 聡也も噂で聞いていた。
通学に1時間半も掛かるその学校をどうしても受験したいと、聡也が自分から言いだした時は 両親は仰天したが、諦めずきちんと話し合うことを薦めたのは朝比奈氏だった。

志望校に合格が決まった後、少しだけ訪問の間が空いた。
入学式前日、久しぶりに屋敷を訪るとヘルパーさんが来ていて、朝比奈氏がその前日に倒れて救急搬送先で亡くなったことを聞かされた。倒れた朝比奈氏を見つけたのはヘルパーさんで テルはその時、歌いながら床掃除をしていた、と言う。
「何だかんだいっても、機械だものね」
そんな風に言いながら、遺書の指示通りに部屋を片付けるヘルパーさんの横 充電が切れたテルが部屋の片隅にぽつんと残されていた。
朝比奈氏の希望で葬儀などは行われず、仕事仲間だった人たちが訪れてささやかな「お別れの時間」を持ったと後で聞いた。



「ロボ部に寄付っていうの、実は2度目なんだよね」
曽根先輩のお祝いの会の写真を先輩たちに送信する作業がひと段落した日、小雪がぽそりと切り出した。二人とテルがいるだけの静かな部室にはグラウンドの運動部の掛け声が響いている。あれから小雪はちょくちょく部室に顔を出すものの 口数が減りもの想いにふけっている様子が多い。

「2度目って…?」
「ずっと、ずーっと前。それこそキミが読んでた大昔のブログにね」
「あの、ロボ部の?」
「そう、予算がないと嘆いている記事を読んで寄付してくれた。でも・・・・あのときは匿名だった」
「匿名で寄付?…それも朝比奈さんなんですか?」
「今はそう思う。さすがに大きなお金だったし 誰がくれたのか気になってはいたけど、子供だったからね、先生が言うように、どっかのお金持ちだって、それだけで納得して。相手の希望どおりにブログの記事でお礼を言い、活動内容をもっと詳しく書き込むようにした。私が書いてたんだよ主に。あのブログの記事」
それは何となく解っていた。文面からひとり元気な女の子の部員がいること、その子が書いた楽しそうな日記の記事。顔をぼかした写真。
「曽根先輩はロボット研究開発を専門に目指した。学生時代いい活動ができたのはあの寄付のおかげだってずっと感謝してた」
─いつか自分で創ったロボットをその人に贈りたい、ずっとそう言ってたんだ。小雪が続けて言った。
「じゃあ 朝比奈さんにテルを送った人って、曽根先輩だったんですね」
朝比奈氏の話を思い出しひとり納得した聡也に 小雪の反応は違っていた。
「いや。『子供たちには絶対匿名で』って約束だからって、当時もその後もずっと教えてもらえなかったはずなんだけど。」
小雪は首をかしげて考えた後、ちょっとむっとした表情になり
「でも、そうだとしたら…曽根先輩、酷いよ。何で私には教えてくれないわけ?」
そう呟くと少しの間黙って指先で窓ガラスをトントン打ち続け、その後コツンと頭を壁にもたせかけた。
「私は朝比奈さんのことを知らずにずっといて、亡くなった後今回の寄付の話で、初めてお名前を聞いた」
朝比奈氏の倒れた日の様子は小雪も知っている。今回の寄付の贈り主について小雪が詳しく知りたがったので 聡也が全て話したからだ。
「もっと前に知りあっていられたら私だって朝比奈さんと仲良くできたかもしれない。独りぼっちで逝かせるなんて寂しいことにもならなかったかもしれない」
「あ、でも・・すみません、僕が勝手にそう思っただけで。曽根先輩じゃなかったかもしれないし」
聡也が慌てて付け足すように言うと 本気で憤慨している様子だった小雪も肩を落とし、また長い沈黙の後小さく呟いた。
「聡也から朝比奈さんの話を聞いた時から ずっと気になっていたんだ。大きなお屋敷でのテルとその人の暮らしぶりとかさ」
最初に朝比奈氏の最期について話した時も、小雪は泣いた。会ったこともない老人の話なのに、聡也の拙い話で小雪はおいおい泣いた。

「切ないよね。もう、やだ。テル、どうしてこんなに…切ないんだろうね」
小雪がテルに呼び掛けたため テルは律儀に回答しようとする。
「スみません。シツモンの意図が解りません。もう一度 お願いします」
「ゴイが不足しています。使用法が解りません。知識が不足しています。文例が足りマセン。コ雪さん、セツナイの主語をもう一度…」
テルが混乱し始めた。テルの返答可能な質問では無かったようだ。
「ごめん。ごめんね、テル。質問を 撤回します。自由にして下さい」
テルを落ち着かせると、今度はテルに聞こえないように小声で
「『切ない』なんて言葉、朝比奈さんがテルの前できっと、使わなかったんだね」
子供みたいな泣きべそ顔を聡也に向けて 小雪は言った。
「テルやキミと一緒の日々、朝比奈さんは『切なく』なかった、少しでもそう思ってもいいのかな」
音楽室の辺りから吹奏楽の練習の音がする。楽曲に合わせた滑らか動きで、テルがくるくると踊ってみせる。



「よう、元気にやってるか?」
部室のドアを勢いよく開け 曽根先輩が顔を覗かした。「お祝いの会」後、久々の帰国だ。
「ハジメマシテ。お名前をドウゾ」
テルが初めての相手への挨拶をする。
「あれ?テル オレのこと忘れた?おかしいなぁ」
「ドナタサマですか。ヨロシクお願いします。お名前を聞かせて下さい」
「酷いな、テルがオレのこと誰かって聞いてるぞ」
小雪の反応の鈍いことにも 曽根先輩が突っ込みを入れる。
「お前まで 俺を忘れたっていうんじゃないだろうな」
頭の上をげんこつでぐりぐりされても やや身を引いて困った顔をするだけの小雪に 聡也が慌てて声を上げた。
「あー、曽根先輩にこれからあんまり頼れないと思って色々触って…」
「それは感心、んで、俺の名前、テルの記憶から、リセットしちゃったわけ?」
「いや、まあ それは 何といいますか…」
あんなに小雪が解り易く落ち込むなんて思わなかったんだ。あんなに無理して笑うなんて思わなかったんだ。
やり場の無いもやもやした気持ちを持て余して…そう、きっとこれは八つ当たりだ、聡也だって解っていた。

「先輩、聞きたいことがあるんですが。事によっちゃ先輩なんかリセットしてももしたりない」
小雪が切り出した。
「私達の頃の寄付も朝比奈さんからって まさか解ったのに教えてくれなかったってことないですよね?テルをお礼に贈ったとか…ないですよね?」
先輩の顔から笑いが退く。返事が出ない様子を見て、小雪の疑念が確信に変わる。
「どういうこと?何で私は知らないままだったの?何で皆で朝比奈さん訪ねないの?何でテル贈って終わりなの?訳わかんないよ。腹立つよ。何でなの?」
言い続けているうちに更に腹が立ってくるみたいだ。
「当時の学園長まで聞きに行って、寄付の贈り主を聞きだした」
曽根先輩は怒った顔の小雪と困り顔の聡也を順に眺め首を左右に振ると ゆっくりした動作で傍の椅子に座った。
「簡単じゃなかったよ。相手は学園長の古い知り合いで、何だか事情もあって固く約束をさせられていたみたいだったから」
「朝比奈さんには間違いないの?朝比奈さんは そんなに匿名にこだわったの?」
曽根先輩は少し視線を落とし、考えている様子だった。
身を乗り出して答えを待つ二人に まあ、落ち着いて座れ、と言うように椅子を指し、手振りで促した。
「学園長がやっと教えてくれたのは朝比奈という名前だけだった。ご本人がお礼など不要と固辞されているからって、その後やたら歯切れが悪かったのが印象に残っている」
曽根先輩は一瞬言葉を切って 深く息を吸い込み そして続けた。
「そこまで解っているのにと、こちらも少し意地になったね。一言くらいお礼言ったって構わないじゃないか。こんな額をぽんと寄付するような人なら、きっとロボット研究に理解のあるお金持ちか、学校自体の関係者だろう、と思った」
「ロボット開発のスポンサーになるような人ならご存知かもしれない。小雪の親父さん、高木先輩に連絡したんだ…いつも色々相談に乗ってもらっていたしね」
「父に?」
「うん…それがさ、思わぬことにそこから事態が複雑になった」
「どういうことですか?」
曽根先輩は椅子を回転させて小雪を正面に見る。見つめられて小雪が一瞬うろたえるのが聡也にも解った。
「小雪のお父さんにその人の名前を言ったら、急に顔色が変わった」
「あの無表情なひとが?」
「沢山の感情を心に秘めたひとだよ、僕は尊敬している」
小雪の言葉を制し、曽根先輩は続ける。
「ロボ部のブログを見てたのも偶然じゃないだろうって高木先輩は言った。あいつは自分の知りたい事のためならどんなことでもするんだって」
「あいつって…?」
「孫娘も息子の母校に通っていることも調べたんだろう。そして息子の時と同じようにその子もロボ部にいること、ブログを書いていること。一体何のつもりの寄付なんだ…って。」
「『孫娘』って?『息子』って?」
解りそうで解らない。繋がりそうで繋がらない もどかしさに声が聡也の声も大きくなる。テルがピピピ…と小さく反応した。

「『朝比奈』は小雪の親父さんの旧姓だろ。まさか小雪、知らなかったの?」
「聞いたことも無い・・・かもしれない」
「親子関係がうまくいかず、喧嘩の果て息子は朝比奈の家を出、結婚して相手の姓を名乗った。そして二度と戻らず、結局会わないままでずっといた」
「うちの娘にストーカーみたいな真似して、って高木先輩は憮然としてた。怒った顔を見たのは初めてだったけれど、その後の沈んだ何とも言えない表情が印象に残っている。触れちゃいけないところに触れてしまったんだと 酷く後悔したよ」
「朝比奈さんは…ブログ、ただ読んで、何度も読んで…。いつもいつも楽しそうで、古いブログなんて解らなかったくらい楽しそうで。ストーカーなんて、そんな…」
朝比奈さんのために何か言いたかった。聡也の知っている朝比奈氏は穏やかで優しかった。独りで静かに暮らしていた。微笑んだ顔 テレた顔しか思い出せない。
「離れたところで ただ息子の通った学校のブログを眺めて 孫が書いたかもしれない記事見つけて、匿名で寄付をくれた。朝比奈さん 全然悪くないと思う、悪くないっていうか…」
どれだけの確執があったのか解らない。父と息子の関係がこじれたままだったからって 朝比奈氏を責める理由があるとは聡也には思えなかった。。

「先輩がテルを朝比奈さんに贈ったの?どうしてその後ほったらかしに?」
小雪がまだ納得いかないという顔で食い下がる。
「ちょっと待って。テルを贈ったのは俺じゃない」
「違うの?」「違うんですか?」
二人が同時に乗り出して声を上げた。
「それは…きっと…」
そこまで言って曽根先輩は少しの間口を開かなかった。壁の時計の音がやたら大きく聞こえる。長い沈黙に感じた。
「贈ったのは意地っ張りの息子、そして受け取ったのはこれまた意地っ張りの父親…だったってことだ。俺もようやく理解した」
「父が、テルを、送りつけたってこと?」
「うん、俺には礼はしなくていい、本人が固辞してるっていうんだし、ってそこから何も教えてくれなかった」
「で、高木…先輩がテルを?」
「意図が解り辛い。ややこしい。何てヤツだ。いい大人のくせに。馬鹿みたい」
小雪が声を詰まらせながら 毒づく。
「それだけ色々な感情の行き違いがあったんだろうね。小雪と親父さんだって近いところあるんじゃない?」
「何で そこで私が出るかな」
そう返す小雪にも、少なからず心当たりはあるようだ。
「どんなつもりで送ったのか、高木先輩の気持ちは本人に聞いてみないと解らないけれど…」
「テルに感謝してるって言ってた、テルをとても可愛がっていた。朝比奈さんはテルがいて幸せだって言ってた。」
聡也は続ける。声が震えた。
「そしてテルは最初っから朝比奈さんを認識した。ちゃんと『朝比奈さんのために』創られていたんだよ」
お互いに思いあっているのに。ちゃんと伝えてあげればよかったのに。

会話に何度も出て来る自分の名をテルは聞きながら 近づいたり離れたりしていたが、呼びかけられたわけではないと解るので会話に入ることはなかった。
「テル、テルと朝比奈さんは仲良く暮らしていたんだよね、朝比奈さんはテルのこと大好きだったよね」
聡也がテルの前に進み出て声を掛けると テルは待っていたように答えた。
「テルと朝比奈サンは仲良しデす。テルと朝比奈サンは毎日挨拶しまス。テルと朝比奈サンは」
テルが止まる、どうしたのかと皆が見守る中
「朝比奈サンがいません。朝比奈サンが挨拶しません。朝比奈サンはどこですか」
テルが立てつづけに言い、探しでもするように部屋を動き出した。
「朝比奈サンがいません。朝比奈サンはどこですか。テルは朝比奈サンに新聞を取りに行きますカ。今日のニュースを読みますカ」
テルが混乱し出したのが解る。声までが悲鳴のように聞こえた。
「テル、ごめん。質問を撤回します。テル、ごめん、質問を撤回します。テル、お願い、落ち着いて下さい」
聡也が叫ぶ。いたたまれない。誰がテルにそのことを教える?どうやってテルの「気持ち」を宥めたらいい?
部屋の中をむやみに動き回る内、テルの声が重くなり やがて壁に向いたままピタリと止まった。朝比奈さんの不在を理解できないまま テルは小さな声で問い続けていた。
小雪がとっさに携帯を取り出し相手に叫んだ。
「お父さん、すぐ来て。テルが…テルが壊れちゃう」
相手は高木先輩、小雪の父だ。
「テルが…テルが朝比奈さん、ううん『お爺ちゃん』に会えなくて切ながっています。お父さんお願い、助けてやって下さい」


部屋に入って来た高木輝樹氏と向き合っても、テルはしばらく黙っていた。混乱したテルはやがて落ち着きを取り戻したが まるで充電が切れたように動きが止まり、小さな機械的な音をプツプツと途切れ途切れに出すだけだ。
皆が見守る中、高木氏は静かにテルの前に進み出、「おう、テル、久しぶりだな」と声をかけた。
少しの沈黙の後 テルの目が一瞬点滅し、指先がピクと動く。テルはゆっくりと相手を認識した様子で、「コンニチハ、お久しブリです。テルキさん」と答えた。
「覚えていてくれてありがとう。テル」
高木氏がテルの手に触れる、高木氏がその手をそっと握り、もう一方の手でテルの頬を撫ぜる。やがてテルの目にゆっくりと柔らかいピンクの光が灯り、辺りを照らし出した。

静かな時が流れて行く。部室の中でそれぞれが思い思いの場所で 黙って朝比奈氏のことを考えていた。聡也も高木氏に聞きたいことはたくさんあったが 小雪自身が聞くのが先だと思っていた。
最初に沈黙を破ったのはテルだった。テルは首を傾けて何か考える様子をした後 高木氏の正面に進み出てに告げた。
「テルキさんにメッセージを一つ預かっています」
「僕に?」
「ハイ。テルキさんに朝比奈サマからです。今 読みあげますカ?」


「朝比奈さんから父にメッセージを預かっていたんだね。テル」
「ハイ。テルは朝比奈サンからテルキさんへのメッセージを何回も預かりマシタ」
「何回も?」
「ハイ。毎日 朝比奈さんは新しいメッセージに入れ替えマス」

あの日高木氏とテルを部屋に残し皆は部屋を辞し、その後 少しテルを預からせてくれと小雪を通して高木氏から連絡があった。
長い間、テルとふたりきりで小雪の父は何を話していたのだろう。
朝比奈さんは長い間離れていた息子に、どんなメッセージを残したのだろう。小雪とはきちんと話ができたのだろうか。ひとつ聡也に解ることは あれからテルが沢山の言葉を覚え 沢山の「感情」を現す言葉を語るようになったということだ。

小雪が部室を出て行った後 ふっとため息をついてテルを見る。
「ため息、デすか?」
テルが聞く。
「うん、テル。先生、少しは元気になったのかなって思って」
「ハイ。コ雪さんは、少し 元気になりマシタ」
「ため息、なんて言葉も覚えちゃったんだね」
「テルは『タメイキ』を覚えましタ。タメ息について説明しますカ?」
「そう、テルもたくさん言葉を知ったんだ」
「テルはタクサン コトバを教えてもらいまシタ。テルは沢山テルキさんとオハナシしました。テルは…」
テルの目が淡いブルーの色を帯び、点滅した。

「伝えたイ相手に 気持ちを 届けられないコトヲ…」
「え?」
「『切ない』ト言います。テルは使えるようになりマシタ。使えるようになりマシタ」
「そうなんだ。テル、そう教わったんだ」
「朝比奈サンは もう居ません。テルは切ないデス」
「朝比奈サンは もう居ません。テルキさんは切なかったデス」
「そうだね。テル、本当に」
「朝比奈サンも 切なかったデス」
テルの贈り主が誰か、朝比奈さんも解っていたんだ。なのに連絡や「見守り」を不要とした。
拒んだ訳じゃなかったんだ、それはきっと。
「見守リたかった、テルキさんは切なかったデス。切なかったデス。セツナカッタデス」
テルの声がだんだん低く重くなる。
気が付かない内に 窓の外は日が暮れかかり、暗い部室にテルの放つ青い光が満ちた。
聡也はテルに向かってゆっくり手を差し伸べ、頭から肩へそっと優しく撫ぜた。
「解ったよ、テル。よく解りました。『切ない』ってこういう気持ちなんだね、ありがとう。お願いだから、テル 落ち着いて下さい」
撫ぜているとだんだん、テルの放つ光がすみれ色からゆっくり暖色へ変わっていく。

眼鏡が曇って仕方ないや、聡也が眼鏡を外してデスクに置いた。手がすぐ傍に置かれた写真立てに触れる。高木氏、小雪、そして朝比奈さんの写真を合わせたものを小雪のために作った。今日渡そうとしたのに、渡せなかった。
「ちゃんと先生に渡してあげないとね」
写真の小雪の顔をちょんとつついてから テルを振り返り聡也が呟いた。
「聡也サン、大丈夫デス。コ雪サンは居ます。届けることができマス。それは『切なく』ナイ」
「そうだね、テル。そうだね、テル。本当に。」

─テルは優しいね。
聡也が言うとテルが答える。
「聡也サン、褒めて貰えテ嬉しいデス テルは嬉しいデス」
光はすっかり色を変え、部屋全体を柔らかな桜色に染めた。





《 TELL (桜色) 了 》





【 あとがき 】
何の知識もないくせに書き始めてしまい、酷く後悔しました。
ごめんなさい ごめんなさい。
どうぞ 色々引っかかった方がいらしたら、大昔の人が過去に書いたSFかなんかだと思って失笑で済ませてください。
なんて、こんなこと言ってるからいつまでもシロウトなのよ。(シロウトですが)


【 その他私信 】
なんとカ、ナリました。送信しますカ。送信しますカ。


STAND BY ME  すずはらなずな
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