Mistery Circle

2017-11

《 座敷童子は恋をしたいんだってさ 》 - 2011.09.11 Sun

《 座敷童子は恋をしたいんだってさ 》

著者:松永夏馬




 窓の向こう、遠くに見える国道を派手な大型トレーラーが走っていた。 女性演歌歌手の顔が大きく描かれたいわゆるデコトラというやつだが、あのびっしりと付けられた電飾が何の為に付けられているのか、津島リクには理解できない。エレクトリカルパレードにでも出たいのだろうか。
 高台に停めた車のフロントからは、夕焼けに染まる海岸沿いの高架道路までもよく見下ろせた。隣町へと続く県道から左手に折れて細い農道を進むと、少し開けた空き地にでる。町を一望するこの場所がリクのお気に入りの場所だった。
 何も無い場所である。今はリクが車を停め、また切り返す部分だけが踏み固められた跡になっている、ただの草っ原だ。明るい昼間は俯瞰した町を見下ろし、暗い夜には少しだけ近くなった星空を見上げる。ただそれだけの場所をリクは時々訪れる。中学生の頃から、社会人になった今まで、告白を決めた前日や、失恋の時や、受験勉強の息抜きや、仕事でのグチや、時には一晩かけて本を読んだり、携帯RPGゲームのレベルアップまで、大きな事も小さな事も、1人で何かを抱え込まなければならない事がある度に、ここに来て町と空と自分を見つめた。実家にいる頃はもちろん、一人暮らしを始めたにもかかわらず、何かあればここに来る。

 リクは緩めていた白いネクタイを外し、後部座席に放り出した。ジャケットもとうに脱いでいる。一度着替えて行くよ、と言ったものの、2次会にへと向かう気はとうになかった。同僚の結婚式で2年前に別れた彼女と偶然の再会。彼女が新婦でなければそこそこドラマチックな展開だったのに。
 おまけに、新郎と新婦は3年前から付き合っているとかなんとか。なるほど、新婦がリクに気付いた時の困惑と恐怖を帯びた態度はそういうことか。

 リクは疲労感と虚脱感でシートに深く体を静め、ぼんやりと暮れていく空を眺めていた。風が強く、闇に溶けるような黒い雲が南から勢力を伸ばしている。まるで自分の中身を見ているようだとリクはそんなことを思った。

 別に元カノに未練があるわけではない。2年も経って二股の事実を知らされたことよりも、それを結婚式の最中に口走って二人の門出をぶち壊すのではないかと思われたことのほうが重い。元カノにそういう人間だと思われていたことが、哀しかった。笑顔の裏に垣間見せる怯えた表情。懇願の視線。
「信用されてないんだな」
 そう呟いた。

 その時だった。突然助手席のドアが開いて、白い服を着た女が飛び込んできたのだ。
「車、出して!」
 静かに鋭い声でリクにそう言った女は、シートに放り出していたリクのジャケットを頭から羽織った。唖然とするリクに気付くと、「早く!」と急かす。
「ちょ、ちょっとあの」
「出して! 日本語通じない!?」
 その剣幕にリクは慌ててサイドブレーキをリアに入れ、アクセルを踏む。やや強引に方向転換した車のライトが、農道に場違いな黒服姿を照らし出した。
「げ」
「停まるな!」
 女が叫ぶ。リクがさらにアクセルを踏み込むと、タイヤが砂利を飛ばして回転し、弾け飛ぶように農道へと突っ込んでいった。農道の脇に生い茂る草をなぎ倒し、木立を掠めて車は黒服の男達の間を抜けた。
「大丈夫、はねてない、はねてない」
 人をはねた経験は無いが、それを予感させる衝撃もなく、ほどなくして車は県道へと飛び出した。ハザードを点けた2台の車が、路肩に乗り上げているのに気付いたが、リクは女の指差す方向、自分の町に向かう坂道を滑り降りていった。

 いつのまにか雨が降り出し、リクはワイパーを全開で動かした。
「信号は、守っていいスか?」
 前方の交差点は赤だった。多少の速度超過は容認しても、車の信号無視はさすがに怖い。速度を緩めながらそう訊ねると、後に車がないことを確認していた女がリクのほうを向いた。
「突然すまなかった。助かった」
「……はぁ」
 言い方は偉そうだが、こうして見るとリクよりもかなり若い女だ。もしかしたら10代かもしれない。卵型の小さい顔と切れ長の目。鼻は小さく少し上向き加減だったが、なかなかに愛らしい和風の顔立ちをしている。セミロングの髪は少し乱れてはいたが、艶のある黒髪は気品さも感じられた。
 正直なところ可愛い。一瞬それに見惚れたということをリクは否定しない。交差点のかなり手前で、小さな衝撃を受けて、二人は驚いた。慌てて車を路肩に停める。暗さと雨とで見難い後方の地面にうずくまる小さな生き物がいた。
「……ネコかな」
 リクの呟きを聞くや否や、ドアを開けて雨の中へと女は飛び出した。
「おい、ちょっ」
 リクも車を降りて、彼女の後を追いかける。大粒の雨は瞬く間にリクのシャツを濡らしていった。おなじようにびしょ濡れになった彼女に駈け寄ると、ぐったりとしたネコを抱えようとしているところだった。
「生きてる。まだ生きてるんだ、どうしたらいい?」
 車に飛び込んで来た時のような勇ましさは無く、ただおろおろとしているその姿は、ますます幼く見える。乗りかかった船だ、とリクはネコを抱えあげた。出血が無いのが救いだ。
「動物病院が近くにあったはずだ。行こう」

********************

 当然診療時間外、というかそもそも休日だったその動物病院に、半ば無理矢理頼み込んで野良猫を診てもらった。交差点手前で速度があまり出ていなかったことが幸いしたのか、骨にヒビが入った程度で命に別状は無いらしい。白髪頭の獣医は雨でびしょ濡れのリク達を呆れたように見て、今夜は様子を見る為に預かるから帰れと言った。お前達が風邪をひいてもウチでは診られんと。
 身分証代わりに免許証のコピーをとられ明日中に引き取りに来いと念を押されると、もう用は無いとばかりに動物病院から追い出された。

「……えっと。何から訊いたらいいもんか」
 まだ雨は降り続いていた。動物病院の駐車場に停めた車の中で、リクは再び助手席に女を座らせた。
「名前」
 女がそう言ったので、リクは頷く。
「ああ、そうだね。名前は?」
「こっちが訊いてるのだが」
「ぐぬ」
 リクはさすがにカチンときたが、相手はおそらく年下だ。
「津島リク」
「リク、ね。なんというか、いろいろ助けてもらってありがとう。あの猫にまでケガをさせてしまった」
 はねてしまったのはリクの不注意ではあるのだが。
「これ以上甘えるわけにもいかない」
 女はそう言って車を降りようとする。すでに濡れ鼠だが、外は土砂降りだ。リクは慌てて彼女の白い腕を掴んだ。
「ちょっと待て。いくらなんでも雨の中に放り出すわけにもいかない、家まで送るから」
「家?」
 女は小さく首をかしげる。リクは慌てて頭を振ってみせた。
「別に押しかけようってわけじゃない。それに」
 先ほど獣医に支払った診療費はリクが払っている……が、それはひとまず飲み込んだ。
「とにかく家まで送る。つか、名前とか、さっきの黒服の連中とか。説明はないのか説明は」
 口元に手をやりしばらく女は悩んでいたが、顔をあげるとリクを見た。
「逃げてきたので今のところ『家』は無い。名前は、サチと呼ばれている。さっきの連中は『家』に連れ戻そうと捕まえにきた奴等だ」
 子供が自由研究を発表するかのような、ぎこちなく淡々とした口調でそんなことを言うので、思わずスルーしそうになったがなんとか止める。
「家は無いって」
 逃げてきた、ということは家出娘ということか。身なりは上品だが言葉遣いは若干ズレている、もしかしたら良いとこのお嬢様か何かかもしれない。リクは面倒な物を拾ったようだとため息をついた。しかし時間も遅いし雨も降っている、放り出すわけにもいかない。
「仕方ない。とりあえず」
「リクの家に連れてってくれ」
「……あ、ああ」
 言おうとは思っていたが、先にそう出られるとなんともいえない気持ちになる。平均的な人間の親切心とはそういうものだ。リクは苦笑しつつギアを入れアクセルを踏んだ。
「すまんな。恩は後でちゃんと返す」
 雨を掻き分け続けるワイパーを見つめながらサチが静かに言った。
「いいよ別に」
 もはや乗りかかった船だ。ただ、リクはこの女がどこぞのお嬢様の可能性があると思っている。家出娘の捜索願で警察騒ぎになったり、ましてや誘拐にでも間違われでもしたら大変だ。
「ただ、親には連絡入れろよ。家出すんのは別に止めないけど……なぁ?」

 寝息が助手席から聞こえてきて、リクは本日最後のため息をついた。

********************************

 やけに深い眠りで、絨毯の上に毛布を敷いただけの寝床にもかかわらず、一度も起きることなく日曜の朝を迎えた。
「リク、起きろリク」
 揺り起こされて目を開けたリクの顔の真上に、女の顔。まず驚いて飛び起きたところで、サチに気付いて昨夜の出来事を思い出した。夢ではなかったんだなぁと改めてリクは頭を振る。

 濡れた服のままで置いておくわけにもいかず、帰宅すると眠りかけたサチをなんとかたたき起してシャワーを浴びせ、ブカブカながらも適当なリクの室内着を着せた。リクは男1人のアパート暮らし、女性物の服が無いのは当然なので、サチは下着の類をつけていない。普段リクが使っているベッドを提供すると、サチは遠慮なく潜り込んで早々に寝息をたてた。
 独身男のリクなので普通ならば理性よりも本能に傾くはずの展開だったが、サチの素性がわからないこともあってか、努めて冷静でいられた。もっとも、いろいろなことがありすぎて疲れていただけかもしれないが。

 震え続ける携帯電話を手渡された。
「コレ、電話じゃないのか?」
 “進藤美希”と浮かぶディスプレイを見て急に頭がクリアになる。ひとつ年上の職場の先輩の名前。容姿端麗、仕事もできる。いわゆる職場のマドンナというやつだ。
「はいッ、……もしもし」
「津島くん?」
「はい、あ、昨日はすんませんした」
 昨日の結婚式、2次会には彼女も出たはずだ。自分がドタキャンしたことを今更思い出す。
「みんな待ってたんだよ」
「えっと、はい、ちょっと昨日は頭痛が酷くて」
 適当に誤魔化そうとしてそう答えると、美希は途端に「大丈夫?」と心配そうな声になった。
「津島君一人暮らしでしょ? ご飯とか食べれた?」
「へ? あ、えっと、まぁなんとか」
「困ったことあったら、連絡してね」
 驚きの展開である。リクは口をぱくぱくさせながら、礼を述べて頭を下げて、電話を終えた。思わず顔がニヤける。
「少しは役に立てたようで良かった」
 サチが絨毯の上にちょこんと座って笑顔を見せた。リクにはどういう意味かわからなかったが、取り繕うようにして咳払いをすると、手元の携帯電話を思い出してサチに手渡す。
「朝になっちまったけど、親には電話しとけよ。……あれ、なんか顔、青くないか? 風邪ひいてないか?」
「チカラ使ったから少し疲れただけだ。大丈夫。……えっとなんだ」
 携帯電話を押し付けられたサチはまた少し困ったような顔をした。

「母様はもう死んだ。『家』にいたのは私達を利用していた人間だ」

 リクはサチの口から出た言葉をすぐに理解できなかった。理解するよりも早く、サチは次の言葉を紡ぐ。
「ワタナベという男がそこの主だった。私のチカラを利用するために私は部屋の中から出してもらえなかった」
 監禁……?
 リクは言葉よりも先に手を振ってサチを止めた。そのまま右手でサチの頭に触れる。思った以上に難しい展開で、リクはひとつひとつの言葉を選ばなければならなかった。
「ちょっと待ってくれ、サチは……えっと」
 情報が整理しきれていなかったが、不思議な単語が気にかかった。
「まず、そのチカラってなんだ」
「私のチカラだ。今見せただろう?」
「今?」
 今、何があった。サチに起こされてケータイ渡されて職場の先輩から電話が……。
「私は座敷童子だ。家に憑き、幸運を呼ぶ」
「は?」
 ザシキワラシ。混乱していたリクをさらに混乱の渦に巻き込む一言だった。
「座敷童子って」
「私は人間に似て否なるモノなのだそうだ。……もっとも、自分ではよくわからんのだが」
 そう言ってサチは笑った。リクにはどこからどう見ても普通の女の子にしか見えないのだが。それでいてどこか不可思議な捉えどころのなさもあり、リクはこぶしで自分の眉間を小突いた。冷静になれ、と自分に言い聞かせる。サチの言葉をひとつひとつ確かめながら、否定するべきか肯定するべきか考えた。
 サチが人間でないという証拠などは当然ない。電話の件にしてもサチの能力だという保証ももちろんない。普通に考えれば、単にサチがイタイ子だというだけの話なのだが。

「黒服の連中は、サチを連れ戻そうという連中なんだな? じゃぁ、なんで、そのワタナベの家から逃げたんだ?」
 とりあえず、リクはサチの話を肯定する方向で進めた。
「座敷童子は大人になるにつれその能力を失う。いや、失うというか……。子供の頃は、何もしなくてもその家に幸運を呼ぶんだ。そこにいるだけで、存在するだけで私はその家を豊かにした」
 昔話かなにかで読んだような気がする。座敷童子が住む家は繁栄し、座敷童子がいなくなると落ちぶれる。
「私はワタナベの家で生まれた。ワタナベは私達のことを知っていたから、ずっと地下の部屋で生活させられた。母様が死んでからはずっと一人だ」
 リクは頷いただけで、サチの話を遮らなかった。サチがウソを言っているようには見えないが、さすがに座敷童子などという存在を簡単に認めてしまうわけにもいかない。つまり、遮らなかったのではなく、何も言えなかっただけだ。
「座敷童子は大人になるにつれ、チカラが使えなくなる。さっきみたいに無理すればできるけど、つまりそれは、その、無理やり搾り出してるみたいなことで、自分の意識でしかチカラは使えなくなる」
「完全な大人になると普通の人間と変わらないということか?」
 リクの問いにサチは首を振る。
「チカラは使える。使えるが使いすぎると死ぬ。母様はそうして死んだ」
 人在らざるモノである座敷童子が死ぬということがどういうことなのかは想像できなかったが。
「だからそれまでに子供を作らなければならないのだ」
 子供を作る。まだ子供のような顔をしたサチがそんなことを言うので、リクはどこか居心地が悪くなった。
「母様はワタナベと契り、私を生んだ。そうして座敷童子を家に居続けさせようとしたんだ」
 ということは。サチはワタナベの娘?
「ワタナベは母様と私をずっと閉じ込めた。私がいるから幸運はワタナベに訪れるにもかかわらず、私を守る為に母様はチカラを使った。そうしなければ私はご飯も食べさせてもらえなかったし、打たれたりした」
 その時のサチの目は暗かった。母親にチカラを使わせる為に、サチはワタナベから虐待じみたことをされていたようだ。リクは会ったこともない男に嫌悪感を抱く。
「母様が亡くなってからもずっと私は閉じ込められていた。だから私はワタナベが嫌いだ。無意識に存在そのもので幸運を呼ぶ子供の頃ならいざ知らず、自分の意識でしかチカラが使えないのならば、ワタナベの為に使いたくはない」
 頷くことだけしかできなかったリクだったが、サチの次の言葉で咽を詰まらせそうになった。

「だからワタナベは、母様の時と同じように、私と契ろうとしたんだ」
「え。ちょっと待て」
 それは近親―――。
「新しい子供の座敷童子を産ませる為に。私を」

 リクの視界が一瞬狭まった。世界を知らない娘にそんなことを。だから彼女は逃げたのか。

「母様が最期に私に言った。本当に好きな人と契りなさい、と。……母様をずっと部屋に閉じ込めて自由を奪った男なんて嫌いだ。ワタナベなんかと子供を作りたくない」
「サチ」
 とだけ、リクは言葉を絞りだした。

 ワタナベ興産という同族企業の名がリクの頭に浮かんだ。昭和の終わり頃から急激に勢力を拡大し、この地域の産業を牛耳っていると言ってもいいくらいの影響力を持つ大きな複合企業。そのトップは極端なワンマン社長だという話だが、その発展の影に本当に座敷童子の功績があるのだとしたら、サチやサチの母親は。

「莫大な金になる」
 リクはつぶやいた。
「座敷童子のチカラがあれば、大金持ちになれる」
 サチの視線を感じて、リクは彼女の正面に座りなおした。
「……サチのこと訊いたのはオレだけど。そんな話聞いたらそのワタナベと同じことを考えるぞ。もしくは、サチをワタナベに売るとか」
「するのか?」
「しねぇよ」
「なんだ、ならいいじゃないか」
 ハァ、とリクはため息をつく。
「お前さ、他の人間とロクにかかわらずに生きてきたんだろ。ちょっとは警戒しろよ」
 信用したら裏切られる。丸一年浮気されてあっさり乗り換えられる。
「だってリクはいい奴じゃないか。車にも乗せてくれたし、猫も助けてくれた。行くところが無いあたしを泊めてくれた」
「サチが女でオレが男だからだよ。会って一日も経ってねぇし」

「リクは信用できると思ったんだ」

 リクは信用できると思ったんだ。
 不意にリクの左目から涙がこぼれた。

 なんの根拠もなく自分を信用してくれたことが、正直嬉しかった。数年も付き合ったはずの恋人から向けられた視線と、数時間前に飛び込んできたばかりの少女が向ける視線。人だろうと人在らざる者だろうと、そんなことは関係が無い。

「……リクなんで泣いてる?」
「うるせぇ」

 子猫を拾った気分だ。自己中心的なくせに、こちらが危害を加えないものだと無条件に思っている。勝手だ。勝手だけれど。リクは鼻をすすって左目をこすり、そして改めてサチを見た。

「で、どうすんだこれから」
 一人で生きていくには彼女は世界を知らなすぎる。
「決まってるだろう、恋をするんだ」
「は?」
 ワタナベの話をしていた時とは打って変わったキラキラした目でサチはそんなことを言った。
「子供を作る為には夫になる相手を探さねばならん。誰でもいいわけじゃない」
「……まぁ、そりゃそうだ」
「だから、恋をせねばならん。母様もそう言っていた」
 なんだか急におかしくなって、リクは笑った。その様子に不満そうなサチの顔に気づき、笑いをこらえてはみたものの、しばらく腹の痙攣は続いた。

********************

 それから3週間程過ぎた。行く宛ての無いサチは今もリクのアパートに暮らしている。ちなみに『鈴』と名付けたあのネコも一緒だ。ペットに関しては無頓着な古いアパートだったので、とりあえず問題は無い。
 一通りの服などは、兄に同棲相手ができたと勘違いした妹に頼んで用意してもらったが、サチ1人では出かけることはしていないようだ。たまたま家にあった『人生ゲーム』を1人4役で遊ぶのが楽しいらしい。
 
 リクはサチに極力チカラを使わないように言い含めていたのだが、ある朝仕事に出るリクをサチが引きとめた。
「リクには世話になりっぱなしだからお返しをしたい」
 ニュースや新聞、リクとの毎日の会話で、社会の仕組みや常識を少しずつ学んでいたサチは、宝くじでもギャンブルでもすれば大儲けさせてやると言った。しかしそれをリクは固辞する。
「昨日サイフを拾ったけど、アレお前のチカラだろ」
「そう、たぶん、だけど」
 サチの食費や身の回りの物を買う程度の幸運ならサイフを拾ったりする程度で十分だ。
「もしオレがサチのチカラを乱用したら、ワタナベと同じことをするぞ。監禁して閉じ込めて利用して逃がさない」
「リクはそんなことしない」
「あのな」
 苦笑気味にリクは答えた。
「ここにきてワタナベ興産の株価が急落し、潰れる子会社がいくつか出たらしい。おまけに社長宅が火災。まぁ、死人が出たとは聞いてないけど。サチのチカラを頼りに出来なくなった反動なんだとしたら、そんなハイリスク・ハイリターンなんか怖くて手が出せるか」

 行ってきます、といって部屋を出たところで、振り返る。

「お返しすんなら、料理とか洗濯とかもうちょっと上達してくれると助かる」
「……努力はする」
 少し不満そうな顔でサチが答えた。洗濯は機械がしてくれるのでまだ良いが、料理はあまり得意ではない。そもそもあまり器用ではないのだ。
 
 サチを匿ってから、リクは空き時間を利用してワタナベ興産とその社長・渡辺郷輔について調べていた。サチの自由な生活の為には、彼の存在がどうしても問題だ。リクに何かできるわけでもないが、なんとかしてやりたいと思う。あの馬鹿みたいに単純に自分を信用しきった世間知らずな人あらざるモノの為に。

 昼休み終了直前、リクはネットニュースの速報で、ワタナベ興産社長が脱税と収賄容疑で任意出頭したことを知った。先日の火災が発端になっていろいろ調べたらいろいろ出てきた、ということらしい。文字通り火のあるところに煙が立ったわけだ。
 これで少しはサチも安心できるだろうか。

 そしてもうひとつ。これはその昼休み終了直後にリクに訪れた。

********************

「トーキョー?」
「ああ、栄転といっていいんじゃないかな。……これもサチのチカラか?」
 本社での新しいプロジェクト発足に各地からスタッフが集められることになったらしく、そのメンバにリクを推薦すると部長に言われたのだ。
 リクが少し硬いご飯を口に運びながら訊ねると、サチは首をかしげた。
「どうかな。わかんない」 
 自然な感じで言うから、少しホッとした。仕事の評価までサチの幸運のチカラで得るのはさすがに複雑だからだ。本社勤務になっても、数年でこちらに戻って来るにしても、どちらにしてもチャンスであることに変わりは無い。
「このアパート、引き払わないとならんのだけど。……サチはどうする?」
 渡辺郷輔の逮捕はテレビの地方ニュースでもやっていた。事業経営に関して黒い部分が多く、まだまだ話題になりそうだ。
「これでワタナベもサチどころじゃないだろうし、安心して外を出歩けるんじゃないか?」
 サチは箸を咥えたまま目を伏せて考えこんだ。どことなく寂しそうな印象を受け、リクは緊張した眉間を拳で叩いて誤魔化す。
「その、なんだ。……サチも来るか?」
 サチが顔をあげる。箸は咥えたままだ。
「さすがに鈴は連れてけないだろうからウチの実家に頼むけど、社員寮とかじゃないから別にサチがいても問題はない、かな」
 なんだこれ、とリクは自分の顔が赤くなっていくのに気づく。まるでこれじゃ。
「あ、いや、なんつーか。東京ならサチみたいにワケありでも生活しやすいだろうし、人も多いから、アレだ、ほら、サチ念願の『恋』もしやすいんじゃねぇかな?」
 少し慌てて取り繕うようにそう言うとリクはご飯と豚の生姜焼きを口に詰め込んで、味噌汁で流し込む。サチは箸は咥えたままにんまりと笑顔を見せた。

「じゃあ行く。恋はもうしてるからいいけど」

 まだまだ旨くない味噌汁を噴出しそうになるのをなんとか堪える。
 欲を出したらハイリスク。渡辺郷輔の盛衰が脳裏を駆け巡る。ちらりと視界の隅に映ったのは、昼間サチが遊んでいた出しっぱなしのボードゲームだ。

「……この人生ゲームの参加者は命懸けだな」
 リクの呟きが聞こえたのか聞こえないのか、サチは笑顔だ。



《 座敷童子は恋をしたいんだってさ 了 》



【 あとがき 】
相変わらずいろんなものに影響を受けやすい人間です。何に影響を受けているのかは置いといて。
なんにせよ締め切り前に提出できたことに安心しております。締めのお題の使い方については形変えすぎな気もしますが背に腹は変えられねぇ。

最初に書き出したのは、仮想体験ゲームのネタで、前回の寸評で内藤君が提示した「真夏の砂丘にできたミステリーサークルのど真ん中に凍死体」を絡めて・・・とかやろうとしたら当たり前だがまったく書けなかった。つか書けるかゴルァ!

ということで完全に一回リセットして書き直し。

ラストはワタナベとリクが命懸けの戦い(ゲーム)をしてサチの幸運でもって・・・みたいなもんを書いてたんですけど、いくらホレたからって出会ってすぐの女(しかも自称座敷童子)に命懸けるのはちょっとリクが痛すぎるかと思ってまた書き直した。ていうかあとがき長いな。

ということで今回は、ツジマ・リクさんでした。

『 Missing-Essayist Evolution 』 松永夏馬

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