Mistery Circle

2017-05

《 アンドロイドの道化師 》 - 2011.09.01 Thu

《 アンドロイドの道化師 》

著者:望月




「――君はまだ未熟だ。未完成で器すらできていない」
諭すように、言う。
作業をしている博士の顔を見つめながら、私は些かげんなりして、反論した。
「おかしいですよ、博士」
「……おかしい?」
手元で何本ものカラフルな線をいじっていた博士が、驚いたように手を止めて私を見返す。
「……何がおかしい?」
「だってそうでしょう。完成された存在である、と私が確信して、宣言したなら、それが乃ち私の定義ですよ。別に評価はいりません。自我がある限り、自分の作品、自分の人生は自分のものなのですから、未熟だどうだというのも他人の勝手な線引きだと思うわけです。余計なお世話だと思うだけです。放っておけって感じですよ」
しばらく瞬きのみを繰り返していた博士は、数秒の間を置いて、表情を複雑に崩した。
「お前は生意気だねぇ」
手元の作業を再開する。
軍手を脱いでから、丸めて背後に放り投げた。折り曲げたワイシャツの袖を直し、手を伸ばして机の端から白くて小さな球体を二つ取り上げる。
私はそれが何と呼ばれるものか知っていた。興味を覚えて首を伸ばす。
「それがループエンドですか?」
「うん、そう」
答える間も、博士の手は止まらない。紙に何かを書いて切り抜いて、ごちゃごちゃ詰め込まれた引出からボンドを取り出した。
「君の……好きな色はあるかな?」
「赤が好きですね」
即答する。意識を拡散して、一番強く意識する色。生命の色。
「わかった。水色にしよう」
「おい」
さもわかった、というように頷いて、博士は紙の上に水色の絵具をひねり出した。
書類、壊れた電球、布団、書籍、工具――足の踏み場もないほどに物が散乱した、二十三平米の薄暗い部屋の中。閉めることのできない三段の引出し。削りカスやインクの沁みで汚れたブラウンの机の上。
そこからは、まったく連想できないほどの繊細な手つきと表情で、博士は二つの球体を完成させた。
傍に置いてあったオブジェを引き寄せる。
なだらかな曲線を描くその上方に、球体をポコンとはめ込んで、博士はそれを私の目の前まで持ち上げた。
「どうだい?」
眉間と目じりに皺の刻まれた博士の顔は、ふしぎな表情を湛えていた。
「お前の顔だよ」
博士の瞳に、沢山の線を繋がれた無骨なパソコン画面が映っている。

柔らかくウェーブの掛かった金髪に、透き通るような水色の瞳。すべすべと手触りのよさそうな頬に、ほんのりと朱を乗せている。
いかにもそれは、人形だった。
完成された顔の大きさから推測して、高さは六〇センチほどの、フランス人形だ。
「人形ですね」
「人形だねぇ」
「こういうご趣味が?」
「そういう感想を求めたわけじゃないんだけど」
「ならば言い換えますが、ロリコンという言葉を?」
「僕は年上が好きでね」
人形の顔を片手に乗せたまま、呆れたように嘆息した。
脱力したように椅子の背もたれに背を倒して、天井を振り仰ぐ。椅子のスプリングが軋んだ。
どうでもいいことではあるが、片手に人形の頭を載せたまま嘆息する人間というのも珍しい。人形の長い髪が、とぐろを巻いて掌に収まっている。一見すると、金色のマフラーにくるまった女の子に見えなくも――ない。
「はい、博士質問です」
「どうぞ」博士の視線が戻る。
「これが私なんですか?」
「そうだよ。可愛いだろう」
「可愛い云々はさておいても、疑問なのですが、博士はなぜ私を作るんです? といいますか、なんでそんな外見なんですか」
「おや、不満かい?」
「別に私は今のこの体でも満足しているのですが」
私は自分の体を見下ろそうとした。
良く見えない。それでも、私は自分の体が、機械でできていることを知っていた。認識していた。
私は、私だった。
気付いたらこの体で、視線はこの位置で、自分の体よりも博士の顔と、体から伸びる沢山の線と、そしてこの汚い部屋を見て過ごしてきたのだ。
私が自分を定義して、宣言したのなら、それが乃ち私ではないか。
体などいらない。私にはこの部屋がすべてで、この部屋が世界なのだった。
博士の作業を認識してから、何回もしてきた問いかけ。
そうすると決まって博士は、困ったように笑うのだった。
「だから君は、完成してはいないのだよ」

「博士はいつもそうですよ」
「ん?」
「この前も言いましたが、私はこれで完成なんですよ。こうして博士と話すことができれば、それで満足しているんです」
「んー」
小さな掌のついた人形の肘関節の可動を確認しながら、博士がふいにククッと笑った。
工具を置こうとして、右肘の位置で湯気の立ち上っているマグカップに触れそうになり、眉を顰めてカップを机の隅――私の目の前へと押しやる。
そうしてまた、思い出したように笑った。
「博士?」
「いや、この前の君の言葉を思い出したんだけどさ。完成された存在、とか、自分の人生、とか、僕に作られた君が随分面白いことを言うなと思ってさ」
「おかしいですか」
「だって君は僕に作られたんだろう? ……違うかい?」
「誰に作られたものだとしても、自分を認識していれば、それは自分の人生とは言えませんか? そして博士、その関節部分は、肘裏の粘土をもっと削らないと直角には曲がりませんよ」
おや、と博士が手に持った人形の腕を目線の高さに持ち上げた。
紙ヤスリをかけていない、いまだ表面の粗い小さな白い腕は、肘裏部分の粘土が十分に削られていないために中途半端な角度を保っている。博士の削り方では直角に曲がらない上に、両腕で不揃いになりそうだ。
「あと上腕の裏ももう少し削らないと両腕で不揃いになりますよ」
「なるほどありがとう。……うん。やっぱり、こういうのはお前が上手いね」
「ありがとうございます」
人形の指が、ぎこちなく宙を掻いている。
人形の、腕。左腕。小指が一本欠けてる。
綺麗な断面を見ながら、仕様だろうか、と私は思った。

――空間に、博士が粘土を彫る音だけが響く。
ゆっくりゆっくりと、時間が過ぎる。
この薄暗い部屋に窓はない。明かりも机の上に一つあるのみ。
いかにもそれは、静かな時間だった。
「……博士」
「ん?」
器用に動く、博士の手元を見ていると、ふと、聞くつもりのなかった疑問まで、するりと出てくる。
「――博士は、ずっとここにいらっしゃいますが、楽しいのですが」
博士の手が止まった。首を傾げて、不思議そうに私を見る。
「どういう意味だい」
「いえ……、以前お話を聞いた、他の人間達のことです。博士は、他の人間達とは会わなくても良いのですか」
「必要ないよ」
「……そうですか」
聞きたいことがあったが、曇らせた表情でばっさりと返されてしまい、それ以上は聞き返せなくなる。
空間にしばしの静寂が漂って、僕には、と博士が呟いた。
「僕には、この空間で、こうしてモノを作りながらお前と過ごす時間が全てなんだよ」
博士の表情は読めない。
だから私は、そうですか、と返した。
「……時に博士」
「うん?」
「その……人形が私の体だとおっしゃいますが、その、本当なんですよね?」
「なぜだい?」
「いえ、今ふと考えたのですが……」
ふと出てきた疑問を、脳内で台詞を検証する間もなく博士に問う。
「私はずっとこの体で、この状態で私でした。今も、この体が自分のものだと認識しています。この環境が当たり前のものだと享受しています。ならば……いきなり違う体をいただいたところで、意識レベルを変えることができるかどうか」
私は、自分の今の環境が当たり前だと思っている。ならば、いきなり違う身体を与えられたところで、果たしてそれが自分だと認識できるかどうか。
「それは僕こそ聞いてみたい質問だなぁ」
「おや」
博士の返答が意外だった。
「確信があって作られているのではないのですか?」
「確たる結果が分かって進める研究などないよ。確信、予測……願望にも近いかもしれない」
意識レベルの問題だ、と言う。
「願望はあるよ。この人形の体を君が自分のものだと思うんだ。電気を流す。プログラムを移植する。……四肢を伸ばして、自分の体が人型になり、自由に動かせる、自分は人間なんだ……と思うんだよ。そうすることで、君の意識レベルに変化が出ないか、そう願っているんだ」
自分の意識の像を、自分で変えるということだろうか。
自分の見ているもの、たとえば目の前で頭をかいている博士の姿を、人形だと思うようなこと、だろうか。
それはとても――
「……難しいです」
「ああ、そうだろうな」
苦笑して博士は、作業に戻る。
真剣なまなざしで、何かの書面を見ながら、工具を操る。
再び空間を、静かな時間が支配した。
机越しに、小刻みに動く博士の手元を見ながら、ゆっくりゆっくりと私の意識は闇に沈んでいった。

「……――、――ン、」
「……はい、博士」
蝋燭に火が灯るように、フッと意識が浮上した。
目の前で手を私に伸ばしている博士を意識する。IT回路を意識する。
「大丈夫かい?」
「はい、すみません博士。少々回路が閉じていたようです」
「……ああ、良かった。急に話さなくなるからどこか壊れてしまったのかと思ったよ」
そういったときの博士は、本当にホッとした顔をしていた。はしばみ色の瞳が、ゆらりと波打って細められる。
「博士」
「ごめんなぁずっと様子見ててやれなくて」
そう言って博士は、慈しむように、私を撫ぜてくれた。
機械の私に触覚はない――感覚もない。
それでも私は、確かにその手を心地いいと思った。

時間は過ぎる。
一分一秒たりとも、過去へ戻ることはない。
博士が私に完成はしていないと告げたあの日から、もうどれほどの時間が過ぎたのだろう。
「博士」
「……」
「博士」
「――ああ、なんだい?」
「そこの配線の修理は先ほど終えられたと記憶していますが」
「あー……、何事にも再確認が大切でね」
「その台詞も二回目ですよ」
博士の言動は、日を追うごとに齟齬を生じているようだった。
沈黙が多くなる。同じ言葉を繰り返す。そのくせ、自分から話すときは、いやに饒舌になるのだ。
外見にも変化が表れている。
しきりと目と目の間を擦ったり、目を細める仕草が多くなった。頭皮も禿げ上がり、床を見ればそこかしこに白い頭髪が散乱しているのが分かる。そして、咳を日常的にするようになった。
私の目の前で赤い配線を結ぼうとするその手の甲にも、かつての赤みはない。くすんで皺の多い象牙色の皮膚に、うっすらとした大小の斑点と、ごつごつとした骨、そして浮いた血管ばかりが存在を主張している。
年を、とった。
「歳をとったな」
私が思考するのとまったく同時に、博士が苦々しく呟いたので驚いた。
博士が掌を、目の高さまで持っていく。
すっかり薄くなってしまった、節くれだった細長い指。
私の位置からは、博士の顔が広げた両の手に隠されてしまったかのように見える。
「そうだよなぁ……歳をとるはずだよな」
「博士はおいくつなのですか」
「幾つくらいに見える?」
質問したはずが、同じく質問で返されて少々答えに窮する。
博士は何歳だろう。ただの機械である私に、人間である博士の年齢を、外見から推測することは難題だった。
「わかりません。五十とも、六十とも、八十とも。三十歳と言われても納得してしまいそうです。博士のお若い時も想像できませんが」
「ははっ、難しいか。そうだよなぁ……」
体を思い切り背もたれに倒して、顔の上に腕を乗せていた博士が、ふと思い出したように立ち上がった。
視線のみで博士の姿を追うと、部屋の中で、私の位置とはほぼ対角線上にある衣装タンスを漁りだした。
ガシャン、ガチャッ、と、見ている前でも色々なものが衣装ダンスから背後に投げられる。
「ゲホッ……あったあった」
投げ出したものたちはそのまま踏みつけて、博士が持ってきたものは、一枚の写真立てだった。
それをそのまま私の方に向けて、机の上に立てる。
「年齢の話で、仕舞ったままなのを思い出したよ。ほら、ごらん」
埃を拭った跡が目立つその写真立てには、三人の人間が映っていた。
スーツに身を包んだ長身の男性と、亜麻色の髪を緩く三つ編みに結んで、右肩に垂らしている優しそうな女性。そして、その女性が腕に抱えているおくるみの中に、小さな金髪の赤ん坊が眠っている写真だった。
長身の男性。博士だ。
「博士の若い頃の写真ですか? この女性と赤ん坊は」
「うん。若い頃の写真だ。僕の妻と娘だよ。かれこれ三十五年以上前の写真になる」
今、奥様と娘さんは――、と、私は聞こうとして、ふと聞くことを躊躇った。
私は、記憶しているだけでも十年以上は博士とこの部屋にいる。その間、一度だって博士の家族の話は聞いたことがなかった。
聞かない方がいいのではないか、と、選択した。
だから代わりに私は、違う質問をする。
「どんな娘さんだったんですか」
「おや、おやおや、娘に興味があるかね」
「はい」
博士の表情が柔らかくほころんだ。いつものマグカップを手に取り、中の液体を美味しそうに飲み干して、写真立を後ろから優しくなでる。
「親の贔屓目なしにしても、可愛い娘だったよ。遅くにできた子で、そりゃー可愛かった。
とても器用で、頭の回転がはやくてね。成人する頃には僕の手伝いをするようになってくれた。僕には妻とあの子がすべてだったんだよ」
写真立てを撫でながらこちらを見る博士は、私を通して何かを思い出しているようだった
「大事な、大事な、愛するただ一人の娘だった」
慈しむように笑う。
笑う。
――なぜそんなに、悲しそうに笑うのだろうか。
ふと胸に、不思議な感情が押し寄せた。
感情? そんなものはない。でもそれならば。この回路の不調はなんだろう。

蝋燭に火が灯るように、フッと意識が浮上した。
ヒュゥウヒュウ……という、風が窓の隙間から入ってくるかのような音を聞いて、意識が覚醒する。
意識が自然に。静かな空間に響いている、音を追った。
そうして私は、いつもの机で、いつものようにマグカップを肘のところに置いて、いつものように椅子に腰かけた、土気色の顔をした博士を見た。
「……博士?」
返事がない。唇の色が紫で、完全に血の気が通っていないかのようだ。脂汗が酷い。
「博士。起きてください博士。……博士? 博士!」
異常な、事態。
「博士っ!」
「……、」
声を上げる。声量を。手は、ないのだ。博士に触れることができる手は。
力なく机に投げ出されたままの博士の左手が、ぴくりと動くのを、見た。
「――っ博士!」
「……おー……」
「博士!」
「……シャーリーン」

シャー リー ン
―――その。瞬間の音を何と言おう。
脂汗にまみれた中で、土気色の顔色のままで、机に突っ伏したまま、顔だけを僅かに私に向けて、博士は苦し気な呼吸の下から微笑んだ。
「はか……せ……?」
「ごめんなぁ……シャーリー……ごめん、な」
一度だって博士は、私を名前で呼びはしなかった。
一度だって博士は、苦しげな表情を見せはしなかった。はず、なのに。
「博士、私はシャーリーンでは――」
「お前をもとに戻したくて、……戻したくなくて……戻せなくて、ごめんな……駄目な父親でごめん。ごめんな、シャーリーン」
「博士、待ってください博士!」
博士が激しく咳き込む。体をくの字に折って、口元を抑えた手のひらから、赤い血が漏れた。
「あ……、あ」
どうしよう
どうしよう。なんだこれは、なんだこれはなんだこれは。
「はか、せ」
ズルリと博士の体が椅子からすべり落ちる。
「待って、そんな、どうか……、」
私の視界から、世界から、博士の姿が――
「――お父さんっ!」

金属じみた高音の悲鳴が、自分のものだと理解するまでに、数秒の時間を要した。

「お、おおお、お、お……う、あ」
体が、震えだす。視界がチカチカと歪む。
お父さん? 博士だ。
私を作ってくれた博士だ。でも、お父さんだ。
私は機械だ。私は人間だ。
私はシャーリーンだ。私に名前はまだない。
「う、……ううぅううううううううううううううううううううううう」
博士の行動が珍しい? 比較対象がない私になぜ分かる?
でも、全てはデータと比較しての結果なのかもしれない。
隙間風の音をなぜ知っている?
自我? 考え? 心地いい? 
「う、あ、…………」
静かな部屋。博士の慈しむような笑顔。人形の瞳。博士の瞳に映る無骨な―――
違う。
違う違うちがう違う。

私は、私は――私は。

「お と う さ ん」

体。身体。白い服を着た、人間の体。
空間につきだした細い腕。沢山のチューブ。血管。注射針の跡。
点滴、滴り落ちる水。視界に入る、ボサボサの金髪。骨と皮だけの腕。博士よりもまだ細い。限界まで広げた、鶏の足のような指。
左腕の。小指が一本、欠けている。

「……ああ。なんだ。そういうことか」

呟くのと同時に。私の体がぐらりと揺れて、ズルリと体勢が崩れて、ベットから落ちる自分の体を意識した。

腕と背中が激しく痛む。
落ちた衝撃で腕からは注射針が残らず抜けてしまった。背中から強かに打ち付けてしまった。
背中が痛む。――痛い。
「お父さん」
膝を立てて、体を起こそうとして失敗する。当たり前だ。
顔をずらすと、机の脚の間、手を伸ばせば届く距離に、あおむけに横たわる父親がいて、口元には変わらず血泡が付着していた。
心臓が、どくりとはねる。
「おとうさん……お父さん」
仰向けは、いけない。
歩けない。手も足も、自分とは違う物のようで、動いてくれない。
だから私は、顎を使って這い寄る。
腕も足も動かせないままに、体を不格好に捩じらせて、顎だけを使って、ずりずりと前進する。匍匐前進とすら呼べはしない。
不格好でも良い。博士を助けられれば、それでいい。
「博士、はかせ。お父さん」
手は、動かない。
それでも、腕だけが動くならば、腕を道具にすることはできる。
博士の体を、肩を無理やり押し下げて、背中からのしかかるようにして、体の向きを横にする。重力に従って、博士の口からぽたぽたと血が垂れてきた。
「お父さん。お父さん! しっかり!」
頭がクラクラする。身体が震えて体勢を保つことができない。父親を起こしたい。頬を叩きたいのに手が動かない。
心臓の音がうるさい。今まで聞こえなかった音が、こんなにもうるさい。
視界が暗くなっていく。
待ってくれ。待ってくれ。
「お父さん!」
父親の頬に噛みついた。
父親の瞼は、僅かに痙攣している。血の匂いが絡みつく。血の、泡が。
「……痛、いよ」
「お父さん!」
「良い年した娘が……父親を噛む、ってな」
父親は、細く細く目を開けていた。
「……シャーリーン」
目だけを僅かに和ませる。父親の、笑い方だ。
視界が歪んだ。
「お父さん、私……」
言葉が続かない。何を言えばいいのだろう。一緒にいて、今更、一体、なぜ。
「良かった、な」
「え?」
「お前がお父さん、ってまた言ってくれて……、年を重ねるごとに、少しづつ良くなっていったもんな……やっぱりあの医者たちはヤブ医者、だったなぁ。見返してやりたいよ」
「訳が、なんで私こんな、ここまで」
「良いよ、シャーリー……でも、ごめんな」
シャーリーと。愛称を呼ぶ。
なぜ父親が謝るのか分からない。首を振る。
体勢を直した父親が、深く息を吐いた。どこかぼんやりと私を眺める。
「僕は……どこかで諦めていた、のかもしれない。そして、お前が僕を……博士と慕ってくれたのが、嬉しかっ、た……。この隔離された世界の中で、シャーリーと……暮らしていくなら、それも悪くない、と、思ってしまったんだ」
「お父さん」
「なぁシャーリー……? お前に何があったんだい……? 自分の姿、を、意識レベル、で否定してしまうほど、怖いことがあった……の、か」
何も、言えない。分からない。分からない。
展開が急すぎてついていけない。
父親の。口元についた血泡が、言葉を話すたびに小さく泡立つ。
苦し気に吐き出された新たな血痰に、震えながら首を振ることしかできない。
身体が寒かった。床につけたままの顎ががくがくと震えて、視界はゆらゆらと揺れている。
瞬いてもしばたいても、視界は水分を張らんで曇ったままだった。
「無理をして、思い出さな……も、良い」
「おと――」
「ずっと一緒に……て、楽しかった、なぁ、シャーリー、」
そう言って。瞳を閉じた父親を、私は茫然と見つめた。

「――お父さんはなんで、私を生かしてくれたの?」
酷い顔色と脂汗の中で、呼吸の浅くなり始めた父親に問う。
自分の姿すら、世界すら、認識できていない面倒な娘を、なぜ。
生かしてくれた。そばにいてくれた。
「…………」
応えはなし。
顔を歪めたまま、咳き込む父親を見て、私は床に立てた腕に思い切り力を入れた。

足の健がミシリと音を立てて、私は痛みの呻きを呑み込んだ。
痛い。痛い。身体が全然動かない。力が入らない。
だが――それでも。
私は痛む首の筋を無視して、背後に無理やり背負った父親を見る。
途切れ途切れに、浅く呼吸する人間。
お父さん。博士。私の為にずっと――そばにいてくれた人。

足を出す。
狂っていたのはどっちだろう。どちらでもいい。
お父さんは、なぜ、私を、生かしてくれたのだろうか。
傍にいてくれたのだろうか。

その答えをまだ、聞いていない。聴いていない。

疑問を解くためなら、また父親と話せるならば、この身が受ける痛みなど、些細なことにすぎなかった。



《 アンドロイドの道化師 了 》



【 あとがき 】
秋ですね。ご飯が美味しくて幸せです。
最近秋刀魚が美味しくてたまりません。
シンプルに焼いてよし。
出汁で似てもよし。潰した梅と煮てもよし。
新鮮なものは生姜と一緒に握りにしても最高ですし、三枚におろして片栗粉を付けてあげて、野菜と一緒に南蛮漬けにしてもご飯が進みます。
明日の夕ご飯は秋刀魚にしようと思いました。

【 その他私信 】
投稿のメールフォームなのですが、もし可能であれば、カテゴリとして一つ作ってくださると助かるなぁ…などと思いました^^;

長くなってしまいすみません。
編集よろしくお願いいたしますー

『 kaleidoscope 』 望月

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