Mistery Circle

2017-11

《 今なら叫びたいくらい 》 - 2011.09.01 Thu

《 今なら叫びたいくらい 》

著者:桜井




 疑問を解くためなら、少しくらい自分自身が傷ついても良いと思う。
 僕はTシャツと短パンで、原発ニ十キロ圏内へと踏み出した。
 ここは世界から置き去りにされてしまったかのようだ。瓦礫の街は、たぶん僕を凝視している。だって地震が起こる前まで、ここにはたくさんの人がいたんだ。崩れた家も姿を消した主人を探しているに違いない。
「もしかして、ここがタバコ屋の交差点?」
 独り言が漏れるほどに強く意識を突いて、思う。
「違う」
 この街の姿は、こんなじゃなかった。見た事のない廃墟を彷徨っているはずだった。しかし、タバコ屋の交差点を目印に二つ曲がった先に、見覚えのある靴が転がっていた。日本未発売モデルのコンバースだ。そうそうその辺に転がってる物じゃない。
「と言う事はここが……」
 僕の家だ。

    ◆    ◆    ◆

 外観は僕の家によく似たアバラ屋だが、中の広さは見覚えがある。でも、物がない。カスミソウを入れた花瓶も、熱帯魚の水槽も、親戚の誰かがくれたマトリョーシカも、玄関を飾った色々がない。津波が突き抜けた跡なのだ。見ているだけで息が苦しくなる。海に沈んだ夢の中だと思いたい。ただ、醒めないだけだ。いつまでも醒めないだけだ。
 居間を覗くのが怖い。そこにあるはずなのだ。母の遺体が。どんな状態で? 生きているような、それともドロドロのグチャグチャに変形したような、だろうか。
 僕は靴のままガラス片の散らばった玄関へ上がり、居間に顔を出した。居間から和室へ、和室から庭へ突き抜けた空間が見えた。倒れたふすまがソファーに折り重なり、その上からタンスが押し潰した重みで床が抜けて赤土が見えている。ふすまをどけたり、倒れたタンスの端を持ち上げたりして、死角を見て回る。
「何もない。誰もいない」
 台所にも、和室にもいない。ニ階に上がる。僕の部屋にもいない。タンスの下から折れたギターが出てきた。掴み取るとベベベンと音を立てて僕の胸に戻ってくる。
 ロックバンドがやりたかった。そんな夢はもう余りにも遠い。夢なんて持て余した元気でしかなかった。今や元気どころか命さえもあるんだか、ないんだか。
 そういや、母さんは音楽をやるの反対だったっけ。
 どこにいるんだよ。
 どこにいるんだよ。
 外に出て携帯を取り出す。カンカン照りの太陽の下に、父さんの声が届く。
「篤、どう……だった」
「母さんは家にはいなかった」
 じゃあ、どこにいるんだよ。
 一体、どこにいるんだよ。
 痛くて。動けなくて。お腹空いてるはずなんだ。コンクリートで肋骨が潰されるような、足が切断されるような、餓死寸前のような状態だっておかしくない。
「ここから海に向かって探してみる」

    ◆    ◆    ◆

 母さんは僕なんかを育てて、一体何が楽しかったんだろうか。きっと楽しくなかったに違いない。それどころか、たくさんのものを失ったはずだ。お金とか、時間とか、趣味とか。毎日の生活の為に。毎日、毎日。
 その果てにいるクソ野郎がここにいる。でも、どこかでそのクソ野郎を待ってるなら、逢ってやりたい。胸が苦しい。
「胸が苦しい?」
 黒い鳥が飛んでいく。異国の寺院の鐘が聞こえる。
 この胸の苦しさは、もう放射能が僕の体を蝕んでいるって事か? 肺の細胞が痛んでるんじゃないだろうか? 想像してしまう。原発。放射能。内部被曝。僕がこうしている事で、母さんが残してくれた命を捨てる事になるんじゃないか?
 臆病になってる場合じゃない。
 逢うだけでいいんだ。それでキンキンに張りつめた気持ちが元に戻るなら、今すぐにでも僕の姿を見せてやりたい。そしたら、好きな事言ってくれりゃいい。いつもみたいに文句でも説教でも好きなだけ言ってくれりゃいい。
 などと考えている内に海岸に着いてしまった。
 ここまでの間に遺体が無かったという事は、津波にさらわれてしまったという事か。この大海原の向こうへと。
「嘘だろ」
 いや、母さんが死んでるのは確実だ。死んでるなら、僕はさっさと避難所に戻るべきじゃないか。こうしている間にも被曝してる訳だし。いや、そんな事考えてる場合か。母さんが死んだんだぞ。いやいや、近所のスーパーで瓦礫に足が挟まって身動きとれないだけかも知れない。どうしよう。諦めるべきか? 諦めないべきか? 分からねえ。もう分からねえよ。
「神様のバカ野郎ーーー!」
 僕の声がこだま、しない。
「はあ……、はあ……」
 意外と自分の声が小さくてバカみたいだ。やまびこが返ってきて欲しかった。
 ここ海だけどな。

    ◆    ◆    ◆

「家からスーパーまでを探す。それでダメなら避難所に戻る」
 そう呟いて振り返った道の先。来た道をただ戻るだけの視界に人がいた。女だ。緑のカーディガンを羽織り、下は綿パンのオバサンだった。さっきまで誰もいなかったのに。っていうか……ていうか、この人は……。
「母さん!」
「篤、こっち」
「どこ行ってたんだよ! 一体!」
 駆け寄って尋ねるが、母さんはどんどん歩いていってしまう。
「お祖母ちゃんが言ってた話なんだけど、戦争が終わってすぐの頃に、お祖母ちゃん、占い師に見てもらったのよ」
「祖母ちゃん?」
 祖母ちゃんがどうしたって? 二年前に亡くなった祖母ちゃんの話? 前にも聞いた事あるような……。いや、故人の話より今まで何やってたか答えて欲しいんだが。
「その占い師、何て言ったと思う?」
 空高く飛行機が進む。
「あなたの夢は全部叶います! って言ったらしいのよ」
 瓦礫の廃墟からビルが建つ。道路には車が走り、車達はそれぞれの家に帰っていく。村中の人間が金持ちの家に集まって見ていたテレビは全家庭に普及し、何よりも、毎日三食十分な食材でご飯が食べれる。それが戦後、弟をおぶって小学校に通った少女の夢の全てだった。
 そんなような話だったか。前に母さんから聞いたのは。
 ライブ終わったら追っかけの女の子を飲みに誘って一夜を共にするとか、大金持ちになってスーパーカー乗り回すとか、何人ものアイドルとスキャンダル……みたいな夢とは全然違うだろうけども。
 遠くの空へと飛行機雲が続いていく。
「そんな説教より今まで何して……」
 ふと視線を戻すと母さんはいなくなっていた。
「何だ? どこ行った?」
 辺りを見回すがよく見えない。雲が流されて日差しが強くなっていた。家々と瓦礫の光と影が、白黒の幾何学模様に見えてくる。
 眩しい。
 暑い。
 眩しい。
「幻覚だったのか……?」
 いや、黒く見える四角形の中に誰かいる。建物の壁の影だ。目が慣れて黒がだんだん青に変わる。コンクリートの地面と緑の雑草。その上に横たわっていた。近付いてよく見ると、顔や手に水膨れのような斑があるが、ただ眠っているようだった。でも、少し苦しそうな表情にも見える。
「母さん」
 手が冷たい。脈がない。死んでる。
 現実に死体を前にしても一体どうすればいいか分からない。だって死んだ母さんに会う経験は今までなかったから。僕は死んだ母さんとどう接すればいいか知らない。僕が知ってるのは生きてる母さんと喋る事だけだ。
「あー、これからは料理、僕が作……る。たぶん。料理だけじゃないか。洗濯も、掃除も、やるよ。家があんなだし、暫くは避難所生活だけど、もし仕事見つかって、どっか部屋見つけたらの話ね。家事も仕事もやるから、別に、心配……しなくても……いいから……さ」
 こんな事になるなら、もっとたくさん喋っておけば良かった。いなくなる前まではいつもそばにいたし、それが当然だと思っていた。



《 今なら叫びたいくらい 了 》



【 あとがき 】
 なぜ、被災者の気持ちも分からない名古屋人がこんな話を書いたかと言うと、お題に合う話がこれしか思いつかなかったからです……。ごめんなさい。
 私はそもそも小説を書いた経験があまりないのですが、“傷付く”人物が書けません。精神的に傷付くってどんな話にすればいいか全く分からない。なので、肉体的に傷付きつつの謎解きにしました。それで原発圏内に突入する一行を書いてしまい、そのままプロットもクソもなく一行ずつ書いて完成です。
 ちなみにお祖母ちゃんの話は、私のお祖母ちゃんの実話です。創作ですらない……。

『 アリエン by 桜井 』 桜井

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