Mistery Circle

2017-08

《 The domain of God 》 - 2011.09.16 Fri

《 The domain of God 》

著者:朔




『君との勝負は、すでに決したんだよ』

 俺はハッとして、目が覚めた。

まただ、と思う。この頃、いつでもこの言葉が付き纏っている。一人でいる部屋の中で、人ゴミの向こう側から、そして、こうして寝ている間でさえも。

まだ重い頭を持ち上げ、更に重く感じる体を起こす。少し目をやって、いつもの部屋であることを確認してから、俺は、体に合わせて作られたベッドから足を下ろす。

ふと、隣を見る。奴はもう、ベッドに腰掛け、こちらに背を向けていた。



 ここに通うようになったのは、いつの頃からだっただろうか。ベッドも、体格に合わせて何度作り変えたかわからない。横になる度に体に取り付けていた妙なコードや機械類も、ずいぶんと様相を変えた。初めの頃に置かれていた馬鹿デカい鉄の箱や、やたらと機械音のする陰気だった部屋も、今じゃ枕元の小さなセラミックのモニター1つと、ワイヤレスのヘッドセットのみとなった。しかしそんなもの、俺にとっては今更どうでも良い事だった。



 俺が起き上がるのを待っていたかのように、強烈な白色で部屋に明かりが点る。仄暗かった視界が一気に開け、少し、眩暈を覚えたが、それもいつもの事。
≪It Ends…≫
機械的な女の声がヘッドセットから直接頭へと響き、『プシュッ』と空気を抜くような音を立てた。それは自動的に頭部への力を減圧する合図でもあった。俺はヘッドセットを手に取りながら、もう一度奴の方を見たが、奴はもう、ドアノブに手を掛け、白い部屋を後にするところだった。俺になど、見向きもせずに。



 自室に戻ると、既に深夜となっていた。書類や様々な保存用メディアが散ばるだけの、およそ生活感には無縁なこの部屋が、ついこの間までは俺の唯一の安息の場だったのだが、昼と夜と無関係に響く奴の声で、俺の生活は乱され始めていた。一度は腰を下ろしたものの、それを思った瞬間、逃げ出したくなる衝動にかられる。考えあぐね、室内を2、3度行ったり来たりした結果、足はスニーカーを引っ掛けていた。そのまま足早に外へと向かう。エントランスで、警備員がニヤついて声を掛けてくる。

「またですか、最近やりますね」

下品な野郎。俺はそう思っただけで、黙ってそこを後にした。



 夜の街は、相変わらず殺風景だった。整えられた区画に、正確に並んだ白銀の尖塔を持つ高層ビル。そのビル群を仰ぎ見れば、向こう側には青白く光る超硬度ファイバーでコーティングされたポリカーボネート・チューブの中を、無数に行き交うシャトルが見えた。
 月はおろか、星さえ見えない無機質な道は、一定距離を保って淡く光を放つ自家発電式の街灯によって、鈍くその直線を浮き上がらせていた。この街灯や、発光するカーボネート・チューブは、数年前に開発されたものだ。地中深くへと長く埋め込まれており、地熱を媒体とした再生可能エネルギーを汲み上げ、それと引き換えに二酸化炭素を取り込んで帯水層へと送り続けている。その作業工程中、地下は絶えずエネルギーを発する。半永久的に活用できる、言わば暗い道を照らす神の光でもあった。 そして、太陽光を集積することで、人工光合成も同時に行っている。排出される水もまた、帯水層へと還っている。この技術はほとんどの建造物へ転用され、形を変えてはいても、今では目にしない事が無いくらい、当たり前の光景となった。必要最低数を保たれた街路樹とのミスマッチさには、いつになっても慣れることは無いのだが。

 長い科学や医療の研究の末、行き着いたのは長命人類の誕生だった。100歳が長寿とされた21世紀には、考えられないような時代がやってきていた。一時は地球温暖化とは無縁だとまで学会で発表されもした二酸化炭素問題は、結果、人類の繁栄と予想外の増殖により、新たな危険を含んだものとなっていたのだ。
 原子力による発電の批判拡大、枯渇エネルギーも底を尽きかけていたその昔、太陽光発電以外には成果の上がらない地上での自然エネルギーに変わり、まだ研究段階だったこれらの方法を形にしたのは、俺と、奴だった。
 それこそ、普及させるには全世界的にも莫大な費用がかかったが、もはや人類は形振り構っていられる程、後が無いのが現実だった。



 俺の足は、繁華街へと踏み込んでいた。風景は相変わらずの殺風景さだが、幾分か人通りが増す。起きてから、最後に出会った人間が、あの下品な警備員だった俺は、やっと人心地がつく。特に、どこか店に入ろうというわけではない。ただ、『人』と交わる時間が欲しい。接触する訳でもなく、会話をする訳でもない。ただ、自分が人であることを忘れていくのが、怖いだけだ。毎夜、当てもなく人波にもまれる。それだけが、人であることの再認識の手段にもなっていた。例えその人々が、欲にまみれた罪人だったとしても、俺には構わなかった。まだ、『人』であることに、変わりはない。こいつらも、俺も。



≪It Begins…≫
ヘッドセットから、機械女の声が聞こえた。昨晩の徘徊の疲労は取れていなかったが、俺は今日も、照明を落とした例の部屋で、奴とならんでベッドに横たわっていた。そっと、奴を窺う。開かれたままの瞳は、瞬きすることもなく、ただ天井を見つめていた。
≪Connection Start…≫
女が続ける。俺は尚も、奴を見つめていた。
≪Favolable Coneition…≫
相変わらずの無反応さに、少し嫌気が差す。
≪The completion of connection…≫
その刹那、奴の眼球が動き、確かにその瞳が俺を捉えた気がした。

≪Starting…≫

その声と同時に、俺は奴の真意も確かめることができないまま、意識を失っていったのだった。



 意識を取り戻したとき、俺は奴と、机を挟んで向かい合うように座っていた。机上には、昨日議論していたままの、数式を書き殴ったメモ類の山。それらを見て、急速に俺の頭が覚醒する。奴も同じように、目の前のメモを見て頭が回転しはじめたようだった。静かだった空気が、二人の思考速度で僅かに熱を帯びてきたように感じた。
 俺はおもむろに口を開く。
「君は、どうするべきと思っている?」
昨日の論点は、再生医療についてだった。これだけ増えてしまった人類に、果たして再生医療は必要か否か?
奴は言う。
「それは俺がする判断なのか?」
今にも机に圧し掛かりそうな位に身を乗り出し、奴は続けた。
「俺は、君が指示した通りに、その研究を重ねてきてはいる。だが、君がそれを否定するというのなら、俺の存在価値は何だったというんだ?」
俺は、言葉に詰まった。長命となり、更に欲深くなった人間達は、ただ長く生きるのではなく、再生医療を用いて、自らの肉体を永遠に若く留めることを望み始めていた。当初、再生医療の研究は不老を目的としていた訳ではなかったとは言え、容易に想像できた未来だった。その現実に相対して、俺は初めて、人が人でいられなくなるかもしれない恐怖を知った。犯してはならない神の領域であることを、漠然と感じながらも、ごまかし続けてきたのだが、もう逃げられない所まで、人々の欲望は高まっていた。
 だがしかし、これを奴に言ったところで、奴には全く伝わらないだろう。何しろ奴は、俺が言った通りにやってきただけなのだ。長い年月を費やしたこの研究を、俺の迷いでふいにされる事は、望むところではないはずだ。もうずっと、この堂々巡りのような言い争いを続けているのも事実だ。
 俺は、奴に自我が芽生えていく様を目の前にして、ただただ、人々の為になればと研究を続けていたころを思い出していた。
その間も、奴は延々と意見をまくし立てていた。もう、何度も聞いている。聞く気にもならない。
俺は、目を閉じた。

一瞬、その様子を見て奴が静まる。だが、次の瞬間に状況は一変した。
「ふざけるのも、いい加減にしろ!」
奴の怒鳴る声と、机を殴りつける音が同時に響きわたり、辺りは一瞬にして暗くなった。

≪Compulsive release…≫

 機械女が、強制解除をヘッドセット越しに伝える向こう側で、警告音がかすかに聞こえた。ヘッドセットが減圧するのを待ち、俺は急いで奴のベッドに駆け寄る。覗き込むと、奴の意識は無く、ただただ、その光彩を持たない瞳が、怒りを含んだように空虚を睨み付けていた。



 部屋に戻って、最初に言ったのは浴室だった。シャワーを全開にし、服のまま水に打たれた。顔を上げると、目の前にある鏡に映る自分が、一気に老け込んだように見えた。
「君も老けたな」
自分に声をかける。
「若かった頃が遠い昔だな」
自嘲のように、つぶやいた。



 幼い頃、『神童』とか『天才』などと呼ばれた。とにかく本をよく読んだ。自分に自覚は無かったが、様々な研究をする夢を見続けていた。両親にそれを話したが、並みの能力しか持たない親は、息子の頭がおかしくなったと思い込み、息子を病院送りにしたのだが、検査の結果はその逆で、知能指数の高すぎる故の夢見であることが判明した。
 両親は打って変わって息子の機嫌を取りだし、世間は騒ぎだし、いくつもの研究室で無条件に受け入れられた。そして、出会ったのが『再生医療』だった。当時はまだ実験動物で確認されていた幹細胞研究が、脳に流用できることがわかってきた頃、いちはやく研究に取り組んでいた。その頃は、まだ一人だったのだが…



 鏡に映る自分の顔が、冷水で冷やされていよいよ青紫になり始めたころ、ようやく俺はシャワーを止めた。びしょ濡れのまま、廊下に出ると、ふらふらと戻り始めた。

 ドアをあけると、案の定、だらしなくベッドに横たわったままの奴がいた。強制解除の衝撃、というのはわかっている。先ほどと変わらず、目を見開いたままピクりともしない様子は、不気味でもある。何しろ奴には、目蓋が無いのだから-。

「再起動コード、N-134…」

俺がつぶやくと、奴のヘッドセットが内蔵されたプログラムを発動させる音が静かに、だが確かに聞こえた。



 学問という学問のほとんどを収めた俺にとって、プログラミング技術を駆使して、医療用ロボットをバージョンアップさせ、自身へ自動でオペレーションを実施させることなど、容易いことだった。再生医療における『人体実験』、それも『脳』への実験を、初めて行ったのは多分、いや、きっと俺だと思う。それも、誰にも知られることなく行うために、自分を使って。
だが、全身クローニングのリスクは高すぎた。おのずと、必要なのは『脳』だけであると気が付く。『奴』は、そうして出来上がった『生体ロボット』であった。そして俺は、奴を世間から隠すために、この研究所を作った。たった一人の警備員を除いては、すべてがオートメーションされたこの要塞を。

 最初は、自分が二人いれば、知識の習得がもっと早くなるのではないか、という甘い考えがあった。
 そして、学んだ事や研究の成果を統合するべく、『奴』の脳と『俺』の脳をリンクさせる、ネットワーク上の疑似空間バイオシステムを構築した。それが、あの議論の間だった。
 
 奴は、自らをショートさせてしまう程にまで感情を露わにした。自らを作った人間が、その行為を否定する側にまわったのだから、さもあらん。
 神になるのに恐怖を覚えた俺は、間違いなく『人間』なのだと思い知る。
 そして、作られたが故にその恐怖を持たない『奴』は、きっと、俺を超えて行く。

「君との勝負は、すでに決したんだよ」
以前、同じような口論の最中に、奴が言った言葉がまた聞こえてきた。それが、すべてを物語っていた。-天才は、俺じゃない。


 俺は、遠い昔に見た、人工知能を持つモノ達が、人類に牙を向ける映画を、ぼんやりと思い出していた。

≪Reboot,Finish…≫

 耳障りな機械女の声が、天井の高い研究室に木霊した。奴のヘッドセットについたライトが点滅し、やがてそれも止まる。




-天才はどんな夢を見るのだろう。






頭を動かさないまま、奴の眼球が、俺を捉えた。



《 The domain of God 了 》



【 あとがき 】
今回、知識も技術も無いクセに、話を壮大に広げすぎました。お陰でまとまらず、しかも間に合わず。。。

つうか、専門分野の方もいるのに、大変申し訳ない為体な出来栄えで、本当お恥ずかしい限りですけど、もう見逃してください、すいません(大汗

【 その他私信 】
毎度遅くてすみません…

自分が終わるまでは、皆様のを読むものかと、我慢して書ききりました(これでか

あとで心置きなく、拝読させていただきます。

『 + AcetiC AciD + 』 櫻朔夜

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