Mistery Circle

2017-10

《 DEAD BLAZE : Glory Sky 》  - 2012.07.05 Thu

「3!」

 高らかに、声が響く。

「2!」

 巻き起こる激情の渦。雪崩を起こす歓喜の声。

「1!」

 その場にいる誰もが、その瞬間を待ちわびていた。乾ききった世界で、乾ききった人々の、乾ききった心を癒やす、その瞬間を。
 音の、洪水を。

「0!」

 爆音が空を裂き、絶叫が轟いた。
 産声を上げたエネルギーが、全ての人々の心を励起する。
 ひび割れた大地に水が浸透するように、降り注ぐ音の塊が染み渡っていく。
 巡礼者は祈る。祈りを、叫びに変える。
 音を。もっと、音を!

「いっくよぉーっっっっ!!!!」

 その中心で、彼女は誰よりも力強く、叫んだ。
 もっと。
 もっと。
 もっと、音の、雨を!



《 DEAD BLAZE:Glory Sky 》
著者:Clown 
 




「え、それ本当なのか!?」
「ふっふっふ、それが本当なのよねー」

 一枚の紙をひらひらと翳しながら長身の女性が嬉しそうに語るのを、小柄な少女が目をキラキラ輝かせながら聴いている。目の前に漂う紙をはっしと掴むと、そこに書かれている一字一句を、まるで噛みしめるように読み進めた。

「『アンジェリカ初のワンマンライブ、アルシエル・アルト国立野外劇場で公演決定!』凄い、凄いのじゃ! ロックバンドで国立野外なんて、快挙中の快挙なのじゃ!」
「そうでしょそうでしょー? もうメンバーみんな、今から大興奮なんだー」

 長身の女性は深い緑の髪をかき上げ、 眼鏡の奥のくりっとした黒曜の瞳を輝かせた。小柄な少女は左右に結い上げたピンクのツインテールをひょこひょこと揺らしながら、大きな紅い瞳をくるくる動かして感嘆を表現している。

「ようやく、うさ姫の念願が叶ったのじゃな! めでたいのじゃ!」
「応援してくれたファンのみんなのおかげよ。勿論、フレイアちゃんも、ね」

 うさ姫と呼ばれた女性、ウサギ・ヒメミヤが手のひらを前に出すと、少女フレイア・ファーラントがハイタッチで応えた。二人はじっと互いを見つめていたが、やがて頬が緩むに任せて笑いあう。

「じゃあ、今日は前祝いじゃな! 焼肉パーティーじゃ!」
「フレイアはお肉ばっかりね。ま、いっか。他の子達にも声かけよう」

 言うが早いか、ウサギはポケットから携帯端末を取り出し、バンドメンバー全員にメールを送った。あっという間に返ってきた全員分の返信を見て「皆考えることは同じか」と呆れながらもニヤリと笑う彼女の横で、フレイアは馴染みの店に電話をかけ、自分も含めた五人分の席を既に確保している。
 それぞれの役目を終えて頷き合うと、彼女たちは約束の時間までに今日の仕事を済ませるべくそれぞれの持ち場へと戻った。ほぼ同時に、間延びした電子音の鐘が鳴る。昼の休憩は終わり、労働の時間が、始まる。


 公国歴024年(D.G.0130年)
 魔法文明の隆盛が世界を『砂没(さぼつ)』させ、軍事という一種の共通言語によって科学と魔法に折り合いのついた時代。ただ一つ残った大陸に生き残った人々がひしめき合い、無限の闘争の果てに生まれた『一つの空(アルシエル)』という名の国家の元に、ようやく全てが収束したかに見えた、そんな世界。
 見せかけの平和を嘲笑うかのように、自らを元首を持たぬ共同体『首無し竜』と呼称する戦闘集団が暴れはじめて、既に数年が経つ。統一公国を名乗るアルシエル公国は全勢力をもってこれの鎮圧にあたっているが、成果は芳しくない。さらに、二年前に彼らに合流した強力な『魔女』の存在が、戦況を著しい泥沼に陥れていた。
 公国は約二十年前から実戦投入していた人型の魔導兵器、通称・魔導巨兵を大幅に増産して対抗したが、既に数機の巨兵が彼らの手に落ちている。巨兵同士の戦闘は周囲を容易に焦土へと変え、機動力の高さが戦線を不規則に拡大した。マージナルと呼ばれる最前線だけでなく、公国の首都アルシエルの近郊まで敵巨兵の侵攻を許したこともあった。
 公国にとって、戦力の増強は急務であった。特に、従来兵器よりもコントロールの困難な魔導巨兵を自在に操れる戦力が。出来れば、頭の柔軟な若い人間が望ましい。そのために、公国は一つの法律を打ち立てた。

「公王様も人使いが荒いのじゃ。今月だけで特殊機動訓練は五回目なのじゃ……」
「そう言うな。『首無し竜』の侵攻も活発化しているし、俺たちも日頃の鍛錬は欠かさないようにしないと」

 改正孤児保護法。
 公国内、特に公国の影響力の届くギリギリ境界線上にあるマージナル地区では、貧困などの理由で捨てられていく孤児が後を絶たない。年々増え続ける孤児達を保護するには莫大な費用がかかり、彼らを保護するための孤児施設も全く足りていないのが現状だった。
 これを逆手に取り、公国は『一定以上の養育費を支出する事を条件として、孤児の親権獲得を許可する法律』を打ち立てた。それが改正孤児保護法と呼ばれる法律だ。解釈によっては子供を売買することの出来る狂気の法律だとも揶揄されたが、別項の中で奴隷目的での売買に厳罰を科しているため、おおっぴらな児童売買が起こることは無かった。
 そして、この法律の最も大きな目的の一つが、孤児の公式な徴兵であった。

「アレス兄様は凄いのじゃ。妾はそこまでストイックに物事を考えられないのじゃ……」
「物欲の塊だからな、お前は……」
「そ、そんなこと無いのじゃ! 妾もやるときはやるのじゃぞ!」
「さっきから肉、肉ってことあるごとに言うやつの科白か、それが」
「ぬぐぐぅ……」

 アレスと呼ばれた少年は、一回り小さい妹・フレイアの本気で悔しそうな顔を見て、ため息をついた。フレイアと違い、落ち着いた深い青の瞳をした少年だが、顔立ちは彼女と良く似ている。ただし、コロコロと良く変わる彼女の表情と違って、兄の表情は至って冷たい。
 二人は、どちらも元孤児だ。正真正銘血の繋がった二人の兄妹は、食い扶持を減らすためという理由で両親から捨てられ、街を彷徨っているところを軍に保護された。公王の直属軍を名乗る彼らは二人の意思を確認した上で、彼らを軍に迎え入れた。改正孤児保護法に従い、国は養育費の代わりとして彼らに正規兵と同様の給与を支払い、教育を施した。
 魔導巨兵の専属パイロットとしての教育を。

「とにかく! 今日はさっさと終わらせて、うさ姫と合流するのじゃ! 兄様も来る?」
「俺はいい。女子会だろ? 絡みづらいわ」
「気にせんで良いのに……」
「気にせんのはお前だけだ。それより……」

 アレスはアームバンドに装着している端末を操作し、空中に光のディスプレイを浮かび上がらせる。いくつか命令すると、ディスプレイはめまぐるしく切り替わり、一つの地図を表示した。それは、世界で唯一人類が生存できる大陸。アポカリプティカと名付けられた大陸の、中でもアルシエル公国の支配力が及ぶ地域が拡大される。
 実効支配の最外縁であるマージナル。そこから少し内側に入ると、比較的戦闘が少なく、公国からも安全保証圏と呼ばれる領域に入る。およそ戦闘と無縁な地域であるセントラルと明確な線引きがあるわけでは無いが、その境界線の近傍はボーダーと呼ばれている。

「お前、これ、大丈夫なのか?」
「へ……? う、うわわ! 大変なのじゃ!」

 そのボーダーの、まさに中心。そこに、それはあった。
 アルシエル・アルト国立野外劇場。
 ウサギ・ヒメミヤ率いるアンジェリカが、初の野外ワンマンライブを行う劇場。それは、安全保証圏を僅かに外れた、まさにボーダーライン上に存在した。


「やはは、まさかボーダーの劇場だったとは……迂闊だったわー」
「迂闊、じゃないのじゃ! 下手したら死人が出るのじゃ!」

 ベリーショートの金髪を逆立てたタンクトップの女性が笑いながら言うのを、フレイアは机をバシバシ叩きながら非難した。女性ばかりで構成されたロックバンド、アンジェリカのドラマーを務めるその女性、リンダ・ハービストンは後頭部をポリポリとかきながら気まずそうな笑顔を浮かべている。

「まぁ、何か裏があるとは思っていましたけどね、ワタクシは。いくら何でも条件が良すぎましたもの」

 そう言って紅茶を啜るのは、完璧なまでのゴシックロリータ・スタイルを貫く紫色の髪の女性。ゆらゆらと揺れるツインテールを空いてる左手でいじりながら、ゴスロリギタリスト、ルカ・ヴェデットはしれっとしている。

「そう思ってたなら、ちょっとは反対して欲しかったのじゃ!」
「だって、聞いたのは決まった後ですもの」
「ぐぬぬぅ……」

 歯噛みするフレイアの肩を横からぽんと叩く女性は、ルカとは反対に落ち着いたダークスーツに身を包んだ、まるで男装の麗人。もう一人のギタリスト、シンディ・ リーフマンはふるふると首を振ると、「無駄」と一言つぶやいてオールバックにまとめた銀髪を撫でる。

「決めちゃったものは仕方ないからね。私たちとしては、全力で演(や)るしかないよ」
「うう、うさ姫までそういうことを言う……」

 そして、ベースとヴォーカルを務めるバンドマスター、ウサギ。この四人が、アンジェリカのパーマネントメンバーだ。他にキーボード担当のサポートメンバーもいるが、何かと忙しい彼女は今日の『前祝い』には来ていない。
 バンドメンバー四人とフレイアが集まったのは、アルシエルの首都からかなり外れた繁華街・ポートメシアのさらに端にある小さな焼肉店ヂライヤ。バンドの結成初期から彼女たちを応援してくれている店主が、朗報を聞きつけて二階に席を用意してくれていた。駆け出しで食うにも困っていた彼女たちに格安で食事を振る舞ってくれていた店主も、今やメジャーにのし上がった彼女たちを誇らしげに思っている。そんな彼と店への恩返しと、彼女たちも何かイベントがある度にこの店に来てお金を落とすことにしていた。

「でも、考えようによっては良い場所なのかも知れないよ。交通アクセス自体は国立劇場だけあって悪くないし、今まで地方で私たちの歌を聴きに来れなかった人も来やすい」
「そうそうそれそれ。マネージャーからも連絡あったけどさ、やっぱ反響大きいらしいわ。首都圏の連中からは不満の声もあったらしいけど、アタシらのファンはむしろボーダー寄りに多いからね」
「ワタクシは好きな音楽が出来さえすれば、ボーダーでもマージナルでも一向に構いませんけれど。箱の場所なんてどうでも良いですわ」
「同感」
「うぐぐぐ……みんな楽天的すぎなのじゃ……」

 四人の気楽な感想を聞いて、がっくりと肩を落とすフレイア。彼女たちにとっては、想定される危険性よりも何よりも、演奏し、それを誰かに届けることの方が大事なのだ。だからこそ、ここまで上り詰めることが出来たとも言える。
 世界が砂にまみれ、泥沼の戦争からも逃れられない時代にあって、音楽は最早遺物でしか無かった。音楽を求めるほど人々の心に余裕は無く、また余裕のある人間にとって、音楽に求める価値は忘却であった。すなわち、砂と鉄の支配する世界からひとときの脱却を図るための舞台装置。BGM。好まれるのは、もっぱら湿ったジャズやクラシックの類だ。
 人を衝動させるロックという音楽は、ほとんど死に絶えていた。その火を再び灯らせたのは、彼女たちだと言ってもいい。砂と鉄に生きる力を削がれた人々の心に、彼女たちの音はゆっくりと染み渡った。逃避のためでは無い、前を向くための音。希望を押しつけるのでは無く、支え上げるための歌。文字通り、心を揺り動かす(ロツク)現象。

「ふふ。ロック好きは皆こうなの。諦めて」

 ウサギの言葉に、フレイアも吹っ切れたような笑顔を浮かべた。確かに、ロックに魅せられた自分も同じ穴の狢だ。危険なライブになるかも知れないという予感の傍らで、ワクワクを抑えきれないのだから。そう思いながら、彼女はリンダの方に向き直る。

「ところで、当日の態勢はどうなっておるのじゃ? 国立劇場なら、警備態勢もそれなりに整っておると思うが……」
「一応、軍の警備があるって聞いたよ。ロックバンドの警備なんて前代未聞だって言われたけどな、あっはっは」
「まぁ、そうじゃろうなぁ……」

 公国は国内に点在する国立設備に関して、特に重要な施設には常備軍が配置され、重要度の下がる施設でもイベントの開催される期間は軍が派遣されることになっている。人の集まる場所は、必然的に『首無し竜』の襲撃も多いからだ。アルシエル・アルト国立野外劇場の最大収容人数は一万人を超える。予想される動員数はこの半分程度の予想だが、それだけの規模になれば、彼らの的にもなり得るだろう。

「中央には声がかかっておらんから、地方の駐屯軍かのぅ……妾も仕事にかこつけてライブに行きたいのじゃ……」
「あなたが仕事で来るようなことがあったら、それこそ一大事ですわ。ライブ中にジェノサイドを始められたらかないませんもの」
「うぐぐ……」

 またしても歯噛みして肩を落とすフレイア。ルカの言うとおり、フレイアが仕事でやってくると言うことは、もれなく巨兵を連れてくると言うことだ。公国民からも恐怖の対象とされている巨兵の存在がちらつけば、最早ライブどころでは無いだろう。
 ちなみに、フレイアが巨兵の操縦者であることはバンドメンバー全員が承知のことだ。そもそも、バンドマスターのウサギ自身が公国軍の軍人でもあり、特別に兼業を許可された身でもある。軍内部の人間関係など、限られた情報に関して言えばメンバー全員がともすれば生粋の軍人よりも内情に詳しい。

「うさ姫が羨ましいのじゃ……妾は休暇もなかなか取らせてもらえんからのぅ……」
「空軍は厳しそうだもんね。うちはその辺大雑把だから、お陰様でバンドも続けられるけど。でも、それもいつまで保つか……」

 ウサギの言葉に、急にしんみりする面々。実際、『真紅の魔女』エミリアが『首無し竜』に合流した二年前から戦闘は激化しており、ボーダーから内側が脅かされる場面も多くなった。そのため、警戒態勢によりライブが中止になったり、ウサギが軍から招集を受けて活動できないなどの事態が相次いでいる。
 今回のライブ会場を抑えることが出来たのも、激化する戦闘から戦闘地域に近い施設を忌避する傾向が強くなったためだ。リンダとコンタクトをとって実際に劇場を抑えてくれたマネージャーも、劇場のスケジュールが予想外に空いているのを見て驚いていた。ボーダー近くの劇場とはいえ、平時ならロングランの催し物で一年以上空きが無いこともあるようだが、今や二ヶ月と待たずに抑えることが出来る。
 何となく興奮のしぼんだ空気を、ドンと置かれた大皿が吹き飛ばした。皿の上には、ピンク色に輝く肉の華。目の前に置かれた満開の肉に、フレイアの表情がみるみる明るくなる。

「そんな先の事なんざ考えても仕方あんめぇよ。それより明日のために腹一杯食え! こいつは俺からのお祝いだ!」
「お、おい、おっちゃん。良いのか? こんなに盛って……」
「おぅ、しっかり食って、その分皆に元気分けてやんな。そのためなら、このくらいどうってことねぇよ!」

 そう言って片手をあげて去って行く店主の背中を見送りながら、バンドメンバーの四人は表情を引き締めた。
 次のライブの開催は、最短の二ヶ月後に設定されている。いつまた空きが無くなるか分からないから、というのもあるが、先延ばしにすればするほど、戦況の変化によって中止になるリスクが上がると踏んだからだ。
 チケットの販売はまだだが、既に問い合わせが殺到しているという。彼らは、求めてくれている。自分たちを。自分たちの音楽を。ひたすら前に進むための、行進曲を。

「……確かに、そうだよねぇ。アタシらがへこんでたら仕方がない」
「ワタクシ達は精一杯、音を届けるだけで良いのですわ」
「同意」

 メンバー三人は、それぞれに決意表明じみた言葉をつぶやく。そのまま目の前に置かれた箸を厳かに取ると、この場のリーダーであるウサギの方を一斉に見やる。ウサギは芝居がかったように神妙な表情を作ると、自らも箸を手に取り目の前に掲げた。
 気合いを入れるように、ゆっくりと息を吸い込む。

「……よし! そうと決まったら……」
「決まったら……?」

 そして、

「肉だ!!」
「待ってました!!」

 鬨の声に、五対の箸が一斉に肉に殺到した。銘々好きな部位の肉をかっさらうと、テーブル中央に窪んだ赤外線ヒーター内蔵の鉄板の中に次々ぶち込んでいく。あっという間に肉で埋め尽くされた鉄板から香ばしいにおいが立ちこめ始め、五人は至福の表情を浮かべた。
 焼き上がった尻から次々消費されていく肉を、ガンガン追加注文するリンダ。焼肉に全く合いそうに無いミルクティーを優雅にすすりながらも、箸を肉に伸ばすことを忘れないルカ。黙々と機械のように肉を焼き続けるシンディ。そして、必死の形相でリンダと肉を取り合うフレイア。彼女たちの様子を微笑ましく見ながら、ウサギはそっとポケットの携帯端末に手を伸ばす。彼女たちの死角になるようにメールを開き、そこに並ぶ文字列を流し見て再びポケットに戻した。どうやら、大きな決断をする時期が来たようだ。そう心の中で独りごちると、彼女は気合いの呼吸とともに肉の争奪戦に参戦した。
 今のこのひとときが、きっと明日の糧になる。そう思いながら。


「不許可だネ」
「そ、即答なのじゃ……」

 目の前の男の問答無用なバッサリ具合に、フレイアはがっくりと肩を落とした。ダメ元で頼んでみた上官へのライブ当日の配置換えだったが、返答はにべもない。

「そもそも、そんな私的理由で配置換えを申請するなんて、前代未聞だヨ。ワタシならもっと巧妙な言い訳を考えるネ」
「そ、それは良いのか……?」

 不穏当な発言をする上官に、冷や汗を流すフレイア。事実上、彼女の属する軍の頂点にあたるその人物は、時折恐ろしく空気の読めていない軽薄な言葉をさらりと放つため、各方面から色んな意味で恐れられていた。
 公王の旧い友人、と言う事で彼女からの信頼の厚い男でもあるが、非常に個性的な風貌をしているため、とにかく悪目立ちする。服装こそ軍の正装を守っているが、靴は先の尖ったエナメル加工の革靴、両腕には金属製のガントレットを嵌め、右耳には髑髏をかたどったピアスをしている。光沢のある黒髪は山羊の角の如く左右に分かれてねじくれており、鋭い眼光を宿す両の目の下には謎の入れ墨が施されている。
 フレイアの所属する空軍の中でも、十二体しか配属されていない魔導巨兵。そして、陸軍に所属する十二体を合わせた計二十四体の魔導巨兵で構成された陸空混成軍でもある魔導巨兵隊の特任参謀、グラシャ=ラボラス。公王直属でもあり、相当な地位の人物の筈だが、特異な格好と軍人らしからぬ軽薄さが相まって全くそうは見えない。

「とにかく、諦めることだネ。最近は『首無し竜』の動きも活発で、余分な人員を割くような余裕も無いのだヨ。巨兵も陸軍側が一人欠員のままなのは知っているだロウ? まぁ、こっちはすぐに埋まりそうだがネ」
「ぬぐぐ……世知辛い世の中なのじゃ……」
「恨むなら『首無し竜』を恨むんだネ」

 そう言って踵を返すグラシャ=ラボラス。フレイアは落胆のままにぼそりと不平を漏らす。

「うぅ……うさ姫の勇姿を見れる絶好のチャンスが……」

 その言葉に、上官の足がぴたりと止まった。そのまま、後ろ向きにフレイアの方へと近づいてくる。ぎょっとして半歩後ずさったフレイアの隣までやってくると、無表情のまま彼女に尋ねた。

「……聞きそびれたが、誰のライブかネ?」
「う……うさ姫のいるアンジェリカというロックバンドのライブじゃが……」
「うさ姫、とは、陸軍第七師団魔甲中隊のウサギ・ヒメミヤ副長の事かネ?」
「そ、そうじゃが……」

 グラシャ=ラボラスの放つ謎の圧力に、フレイアはのけぞり気味になる。そんなことはお構いなく、急に深刻そうな顔をする上官。彼女は「まずいことを話しただろうか」と内心冷や汗をかきながら、彼の次の行動をじっと待っている。
 そうしてたっぷり十秒は固まった後、グラシャ=ラボラスはおもむろにフレイアの両肩を掴んだ。思わず悲鳴を上げそうになったフレイアだが、そこはぐっと堪える。そんな彼女の涙ぐましい努力もつゆ知らず、上官は声を低めて言った。

「……チケットは、まだあるのかネ?」
「……は?」
「ライブのチケットはまだ残っているのか、と聞いているのだヨ」

 真剣そのものの顔で言う上官に、フレイアは蛇に睨まれた蛙のように縮こまったままコクコクと首を縦に振った。正式なチケットの販売はまだだが、フレイアにはウサギを通じて五枚分のチケットが確約されている。彼女がライブに行くという夢は今し方破れたばかりだし、かといって他に行く予定の知り合いもいないため、今のところ宙に浮いたチケットになりそうだが、最前列というプレミアムチケットのため市場に出せばかなりの高額で取引されるだろう。
 もしやそれを見越して召し上げようというのでは、と言う予想が頭の中をよぎったが、そんなことをしても上官の得にはならなさそうだ。だとしたら、他の使い道は……。
 もう一つの仮説が頭に浮かぶと同時、上官・グラシャ=ラボラスはフレイアの肩から手を離した。しかし顔は上げないため依然近い距離のまま、彼はゆっくりと語り出す。

「……ワタシはこう見えても、ロックを敬愛していてネ」
「は……はぁ……」

 どう見てもロックどころか、喪われて久しいヘヴィメタルの信者ではないかと勘ぐりたくなる風貌をしているが、とは口が裂けても言えず、曖昧な返事に留めるフレイア。そんなことはお構いなく、上官は自分語りを続ける。

「ウサギ・ヒメミヤ副長の活動内容について非常に関心を抱いていたワタシは、公王様に進言して特別に彼女の活動許可を取り付けていたのだヨ」
「そ、そんな裏事情が……ていうか、それこそ私的理由じゃ……」

 思わぬところでウサギの活動許可の出所が判明したが、同時に上官の権威は何となく地に墜ちた。それも全く気にとめる様子無く、ようやくフレイアから顔を離したグラシャ=ラボラスは、何処か遠くを見つめるように言う。

「そんな彼女たちが、ワタシの予想を遙かに超えて大きな存在になったことに、ワタシは感動を禁じ得ないヨ」
「そ、それはなによりなのじゃ……」

 全く話の着地点が見えず、困惑するフレイアをよそに、何やら天を仰いでみたりするグラシャ=ラボラス。取り敢えずこの場から逃げ出したい、とすら願うようになったとき、ようやく、唐突に、話は完結を迎えた。

「……是非生ルカたんを見に行きたいネ」
「やっぱり職権乱用なのじゃ! ずるいのじゃ!」

 最早己の欲望を隠そうともしない上官に向けて、精一杯抗議の声をあげるフレイア。彼女からチケットを召し上げて、自分だけライブに行こうというのだから、始末に負えない。加えて目当てのギタリストを「たん」付けで呼ぶ残念さ具合だが、これまで散々株の下がった今となってはどうでも良いことだった。
 大声で上官に噛みつく彼女を、遠くの方にいた整備兵達が何事かと振り返ったが、相手がグラシャ=ラボラスだと見るやそそくさと立ち去っていった。腐っても公王直属の特任参謀である彼に、臆面も無く意見できる人間は限られている。たいていの人間は厄介ごとに巻き込まれまいと距離を置く。そう言う意味で、フレイアは彼とほぼ対等に渡り合える数少ない人間だった。
 怒り心頭のフレイアを両手を挙げてなだめながら、グラシャ=ラボラスは内緒話を強調するかのように再び彼女に顔を近づけて声を潜めた。

「その代わりに、キミの配置換えを許可しようというのだヨ。アルシエル・アルト国立野外劇場の近くには魔導巨兵を格納出来るアストン空軍基地がアル。流石に観客席に入らせるわけにはいかないが、舞台袖での鑑賞ぐらいは許可するヨ」
「ほ、本当なのじゃな?」

 上官の甘い言葉にあっさりと乗っかかるフレイア。グラシャ=ラボラスはその反応を見るや否や、懐から携帯端末を取り出し、普段ほとんど使わない軍事回線を気軽に開いてアストン基地に繋いだ。

「あぁ、カリナ中佐かネ? グラシャ=ラボラス特任参謀だヨ。再来月の末、そっちに巨兵を置くから準備をしておきたマエ。理由? 聞かない方が身のためだヨ。フレイア少佐の機体だから、識別コードを間違えないようメモしておく事だネ。当日のフレイア少佐の動向に関しては、一切の詮索と制限を禁じるヨ。デハ」

 それだけ言ってしまうと、端末の向こうから上がる困惑の声を無視して一方的に通話を切る。アストン基地のカリナ中佐はフレイアの上司だが、ほとんど面識が無く、同じ空軍でも所属が違うため何故急にそんな話が出たのか不審がるのも無理は無い。

「これで、めでたく取引成立だネ!」
「ほ、本当に良かったんじゃろうか……」

 考える間もなくあっさりと事が運んでしまい、喜びよりも狼狽が先に立つフレイア。上官は「何も問題無いヨ」と上機嫌で彼女の肩を叩くと、そのまま去って行った。後に残されたフレイアは、自分も携帯端末を開くと、プレリザーブ状態になっているライブチケットの一枚のIDをグラシャ=ラボラスの端末に送信した。これでチケット販売開始と同時に彼の端末にチケットが配信される手はずとなる。

「……悪魔の囁きに乗ってしまった気分なのじゃ……」

 フレイアのつぶやきが、広い基地内で誰が聞くことも無くこだました。


 ライブ会場は、あっという間に満席になった。
 チケット販売開始前に軍から「警報が鳴ったら側中止」という警告が成されていたにも関わらず、一万枚近いチケットは関係者の予想を大幅に上回ってほとんど即日ソールドアウトした。軍からの異例の警告が、皮肉にも話題を集めたらしい。ロックバンドで初の国立劇場、という物珍しさも手伝って、普段は来ないような遠方からも客が来ているようだ。
 ライブ衣装に身を包んだ四人を見ながら、興奮を隠せないフレイアは既に体がリズムを刻んでいる。グラシャ=ラボラスの根回しの甲斐もあって、アストン基地での彼女の扱いは完全なフリーとなっていた。警報が出たときはすぐに基地に駆け戻り、巨兵を出撃させるというのが、唯一課せられた条件だ。いかにも軍人、といった迫力を醸し出していた女性幹部であるカリナ中佐は険しい表情をしていたが、魔導巨兵の操縦者は軍の中でもエリート中のエリートだ。いかにフレイアの方が階級が下とは言え、特任参謀の口添えもあるとなれば邪険に扱うわけにはいかない。
 そういうわけで、フレイアにとってはある意味特等席から彼女たちの勇姿を見るという目標は果たされつつあるが、当の彼女たちはやや緊張した面持ちをしている。これまでにない会場の規模、ボーダーという場所、そしていつ打ち切られるかも分からないというシチュエーションは、乗算された重圧として彼女たちにのしかかる。

「……考えても仕方ないね。私たちに今できる精一杯を出し切ろう」

 最初に口火を切ったのは、やはりリーダーのウサギだ。積み重ねてきたものは決して裏切らない。これまでの歩みに裏打ちされた自信が、プレッシャーをわずかに上回った。
 後を引き継ぐように、リンダがからからと笑う。

「そうだそうだ、アタシらはこれまでも、これからも進んでいくしかないんだからさ!」
「同感」
「この場所をワタクシたちの音で染め上げるなんて、想像しただけで濡れちゃいそう」
「濡れ……な、何を言っておるのじゃ!」

 一人不謹慎な言葉を吐くルカに、赤面しながら叫ぶフレイア。そんな彼女の様子を見てひとしきり笑うと、ウサギはまじめな顔に戻ってメンバー全員、そしてフレイアを見渡し、静かに言った。

「皆、聞いて欲しい」

 涼しい顔のルカと、それに掴みかからんとしていたフレイア、そしてそれをなだめようとしているリンダとシンディも、彼女の雰囲気にただならぬものを感じて居住まいを正した。ウサギはしばらく黙って空を見上げていると、ゆっくりと息を吐き出し、ためらいを振り払うように言葉を紡いだ。

「今日、ステージで何が起こっても、絶対に取り乱さないで欲しいんだ」
「え……?」

 フレイアの声が、全員の気持ちを代弁した。彼女の言葉の意図が、まるで分からない。メンバー全員が表情に疑問符を浮かべていることから、誰も予測の付かなかったことなのだろう。メンバーが取り乱しかねないようなことを、ウサギはやらかそうとしているのだろうか。
 その言葉から嫌な予感しか感じられないフレイアは、一転して泣きそうな顔でウサギを見た。その不安を感じ取ったウサギは、自然に笑って首を振る。

「別に悪いことをしようって言うんじゃないよ。ただちょっと、過剰な演出が入るかも知れないって事」
「演出……?」
「そう。それに、何事も起こらないかもしれない。正直言って、私にもまだどうなるか分からないんだ」

 ウサギは苦笑しながらメンバーの顔をもう一度見渡す。彼女たちの顔にはまだ不振の色が残っているが、それでも先ほどよりは和らいだ様子だった。彼女が言葉を濁すような言い方をするのは珍しいことだが、彼女の言うとおり恐らく悪いことでは無いのだろう。皆が彼女を信じている。だからこそ、その一点が保証される。
 残りのメンバーは顔を見合わせると、少しずつ立ち位置を変え、ウサギとフレイアを含めて円陣を描くように並び直した。そして右手をその中心へと差し出す。

「行こうぜ!」
「行きましょう」
「行動」

 三者三様の肯定の言葉に、ウサギは黙って頷く。フレイアも開きかけた口をぐっと引き結ぶとウサギとともに右手を円の中心に差し出した。五人分の右手が重なり、意思が一つになる。
 開戦の合図が、静かに響く。

「行くよ……!」
「「「「オーッ!!!!」」」」

 フレイアをその場に残し、アンジェリカのメンバー達は次々と舞台へ踊り出す。一人舞台に上がる度に、大地を揺るがすような歓声が轟いた。まるで巨大な一匹の怪獣があげる咆吼のようだ。大昔には、偉大なロックスターを指してロックモンスターと呼称したという。これは、まさにロックモンスターの産声だと、フレイアは感じた。
 舞台の方では、各々が自分の楽器を装備し終えていた。この場で彼女たちの唯一の武器であるそれらは、日を浴びて燦然と輝いている。
 ウサギが、右手を高々と掲げた。歓声が、一際大きくなる。
 カウントダウンが、始まる。

「3! 2! 1!」

 マイクを通して、ウサギの声が空気を振動させる。その先ににいる誰もが、その瞬間を待ちわびるように手を伸ばす。乾ききった世界。乾ききった人々。乾ききった心に浴びせかけられる、音の洪水。爆音とともに命を揺らす、無形の揺り籠。

「0!」

 歓声は、絶叫に変わる。

「いっくよぉーっっっっ!!!!」

 四人から放射される音の奔流が、会場を覆った。それだけで、フレイアの目から涙が零れそうになる。普段意識することは無いが、彼女たちの生活は苛烈だ。軍人である彼女だけではない。皆、常に戦火の拡大に怯え、明日の無事を祈りながら眠りについている。今はセントラルにいる彼女ですらそうなのだ。ボーダーやマージナルにいる人々の恐怖は、その比では無い。
 だが、この音を聞くと、不思議と力が湧いてくる。鼓舞され、包まれていくのが分かる。次の一歩を進むために、そっと背中を押してくれる。そんな感触。
 最初にフレイアが彼女たちの音楽に出会ったとき、彼女はまだ孤児だった。偶然に出会ったその音は、彼女の心を大きく揺らした。改正孤児保護法によって軍に拾われ、その音の主と出会ったのは偶然では無いと彼女は信じていた。それ以来、彼女はウサギたちを追い続けている。魔導巨兵の操縦者に選ばれ、彼女たちの音を守るための力を手に入れた。それなのに、今でも自分は彼女たちに背中を押してもらい続けている。
 だからこそ。

「……妾も、戦うのじゃ」

 緊急出動の振動を伝える携帯端末を、彼女はぐっと握りしめた。


 会場に警報が鳴り響いたのは、フレイアが出発してから約十分後、ちょうど二曲目を終えたときだった。
 突然のけたたましい音に、会場は今までとは違うざわめきを呈した。警報が出ればライブは終了。そういう条件が最初から提示されていたため、怒号や悲鳴に混じって諦めるようなため息をつく客の姿も見て取れた。遙か遠方から来た客もいる中、たった二曲でライブ終了という結末は、いくら明示されていたとは言え残酷だ。
 劇場スタッフも困惑の中、客の避難を優先させるべく出入り口などに誘導する準備をしている。だが諦めきれない客が大半を占め、誘導は思うようには行かないようだ。荒い息をしながらステージ上に立ち尽くす四人を、誰もがすがるような目で見ている。
 実際、八方塞がりだった。契約は契約。これ以上のライブ続行は劇場側も軍も許さないだろうし、逆に彼女たちが強行しようとしても電源を止められてしまえばどのみち続行は不可能だ。
 悔しそうに歯噛みする面々を見渡し、ウサギ自身も身を切られる思いだった。ライブも大事だが、一番大切なものを見誤ってはいけない。彼女も軍人だ。人命を第一にしなければならない。
 そのとき、ふと客席に目を落とした彼女に、あり得ない人物が映った。普段絶対にこんな場所にいるはずの無い人物。つい先日話を聞いた時とはまるで違う着衣だが、特徴的な髪型と顔の入れ墨は間違いようが無かった。
 その人物の口が、ゆっくりと開く。声の届きようのない距離で、しかしその声ははっきりとウサギの耳朶を打った。

「ウ タ イ ナ サ イ」

 そして、彼の指が、彼女の背後を指さす。それだけで、彼女は理解した。なるほど、彼にとって、お披露目にこれ以上の演出は無いのだろう。わざわざここまで足を運んだのは、それを見届けるためか。
 ウサギは再びバンドメンバー一人一人を見渡した。目が合う度、それぞれに肯きかける。三人は一様に目を丸くしたが、彼女の自信に満ちた顔を見て納得したようだった。半ば浮いていた足をしっかりとステージに打ち込み、しっかりと前を向く。
 ステージ上の気迫が伝わったものか、観客達、それに誘導に難渋していたスタッフ達までもが、彼女たちに釘付けになった。ウサギはマイクを手に取ると、客席を見渡して、噛みしめるように言葉を紡ぐ。

「今日ここに集まってくれた皆。そして、これまで私たちを応援してくれていた皆。ありがとう。次が、ラストの曲です」

 客席が、しんと静まる。突然始まった彼女の言葉に舞台裏のスタッフも泡を食ったようだが、流石にプロフェッショナルだけあってすぐさま曲の準備に取りかかる。
 言葉は、続く。

「私は……知っての通り、軍の人間です。皆の命を守り、戦うことが第一義の人間です。それは今も変わりません。警報が鳴った今、私がやるべき事は皆を無事に送り出すことです。無事に、明日の営みを続けてもらうことです」

 誰も、一言も発しない。ウサギの言葉の一つ一つが、まるで世界からそれ以外の音を消してしまうかのように。

「本当ならすぐに機材を畳んで、皆を誘導すべきなのかも知れません。たった二曲だけど、皆と共有できた時間を大切に思うなら、そうする方が良いのかも知れません。だけど」

 静寂の中、彼女の吐息が響く。

「だけど、だからこそ、もう一曲だけ。皆を守るための翼が開くまで、もう一曲だけ、聴いて下さい」

 聞き慣れない単語に引っかかりを覚える人はいたが、彼女の言葉に疑問を持つ人間は、皆無だった。それほどまでに、彼女の言葉は会場の人間の心を打った。
 大きく掲げられた手が、空を指す。
 最後の幕が、開いた。

「『Glory Sky』」

 かき鳴らされるギターに、叩きつけるようなドラムが乗る。ベースが淡々とリズムを刻み始めると、ウサギの少しハスキーな声が響き渡った。


  蒼い夜に月明かりを隠した
  何処に行けば 何をすれば 光は見えるの
  溺れそうな暗い空に生まれた 星も消えて
  悲しみだけ 胸を焦がしても

  どうか 君が 君らしく笑えるように
  どんな未来でも 君にまた逢えるまで


 会場の誰もが、そこに立ち尽くした。溢れ出す音が、降り注ぐ声が、その場を満たしていく。ある人は涙を流し、ある人はその場に膝を折る。その歌に内包される感情の渦に、誰もが飲み込まれていく。


  色褪せたこの世界で涙の代わりに 笑顔で満ちるように
  この声が潰れるまで祈りを込めて 最期まで歌おう

  この想いが 君に届くように


 曲が終盤にさしかかり、楽器隊の音がいよいよ盛り上がると同時、光がステージの上に降り注いだ。それは徐々に強くなり、ただの演出では無いと誰もが気付き始める。
 その場にいる全員が、息をのんだ。
 叫ぶように歌うウサギの後ろ、セットの一部だと思われていた扉を模した絵柄の壁が左右に開き、純白に輝く魔導巨兵が姿を現したのだ。背に負うリング上のジェネレーターから青白い炎が吹き出し、まるで翼のように広がる。跪いて右手を差し出す巨兵の操縦席が開き、まるで彼女を迎え入れるかのように低くうなり声にも似た駆動音をあげた。
 演奏は続いている。ウサギは歌いながら、もう一度観客席に目を向けた。誰もが唖然としていたが、彼女たちの歌が続いていることに安心し、再び盛り上がりを見せ始めていた。皆気付いたのだろう。彼女の言っていた『翼』が、一体何だったのか。


  果てしないこの世界で涙を拭って 強く手を繋いで
  今ここに虹を架けて 輝け 永遠を求めて 


 歌が収束していく。
 マイクを握りしめたまま、ウサギは巨兵に向けて歩き出す。演奏はまだ続いている。巨兵の差し出す右手に乗り、そこからもう一度客席を眺める。皆の目が、輝いていた。少しでも、彼らの心を揺らすことが出来たのだろうか。それを思うと、彼女の中に強い希望が芽生え始める。
 さぁ、ここからは、もう一つの戦いの時間だ。
 駆け上るギターソロ。疾走するドラムロール。煌めくアルペジオの旋律に導かれ、ウサギは操縦席に乗り込んだ。

「皆、ありがとう。願わくば、もう一度、この音の下に」

 歓声が、一段と大きく響き渡る。ゆっくりと操縦席が閉じる。会場の熱気を閉じ込め、一斉に励起したコンソールが、感化されたように電子音をつま弾く。
 事前にたたき込まれた操作法に従い、ウサギはオートモードの巨兵をマニュアルに切り替えた。ぐんと引っ張られるような重力を感じ、巨兵が立ち上がる。コンソールに認証画面が遅れて出現し、それ以上の操作についての権限確認を求めた。ウサギはコンソールに指紋を読ませると、口頭で自分に与えられたコードを読み上げた。

「陸軍第七師団魔甲中隊副長改め、陸軍魔導巨兵部隊第三守兵、ウサギ・ヒメミヤ少佐。認識コードMGZ0130CC:Anelique、機動許可」

 コンソールに『認証』の文字が浮かび、全方位モニターがフルオープンになる。眼下にはこちらを見上げて手を振るメンバーと、観客の姿。思わず手を振りかけて、向こうからは見えないんだと苦笑する。
 一通り眺めて、ウサギはゆっくりと両手のレバーを手前に倒した。エンジン音が響き、巨兵が浮上を始める。ある程度浮上すると、こちらに近づいてくるもう一体の白い巨兵に気付いた。双肩に浮かび上がる識別記号は不死鳥、番号は2。フレイアの機体だ。
 巨兵専用の回線が開き、驚いたような声が飛び込んでくる。

「だ、誰なのじゃ!? 見たことの無い識別記号なのじゃ!」
「私だよ。ウサギだ」

 慣れない操作に戸惑いながら返答する彼女に、輪をかけて驚愕の声が届く。

「う、うさ姫!? じゃ、じゃあ陸軍の欠員補充の話は……」
「それが私のことだよ。ずっと前から打診があったんだ。特任参謀からね」
「な……」

 フレイアはあのときの去り際の上官の様子を思い出していた。「何も問題無い」と言った彼は、確かに笑っていた。このとき言っていた「問題」は、取引のことだけではなかったのだ。彼は最初から、ライブに来るつもりだった。ウサギに巨兵を引き渡すために。そこへ渡る船を出す形で、フレイアが配置替えを打診した。彼はそれを利用して、まんまと正規ルートで会場入りを果たしたのだ。
 フレイアはグラシャ=ラボラスの顔を思い出して頬を膨らませた。上手く利用されたのもそうだが、折角のプレミアムチケットを事務的なことに扱われたのにも腹が立つ。

「あの山羊頭、今度会ったら文句言ってやるのじゃ!」
「何か言ったかネ?」
「「うわッ!?」」

 二人の巨兵の回線に同時に割り込んだのは、山羊頭ことグラシャ=ラボラスの声だった。まさか聞かれているとは思わなかったフレイアは目を白黒させる。

「勘違いしてもらっちゃ困るネ。ワタシは純粋にロックファンなのだヨ。ほぅら、ちゃんとルカたんのサイン入り色紙もここに」
「いや、あの。見えませんから、特任参謀」

 苦笑するウサギに、グラシャ=ラボラスはクツクツと堪えるような笑いを返した。

「どうだね、フレイア君。悪魔との約束も悪くないだロウ?」
「き、聞かれておったのじゃ……」

 頭を抱えるフレイアに「さぁ、お仕事の時間だヨ」と言い残し、彼は回線を閉じた。全くどこまで本気なのか分からない。だが、彼には物事の先を見通す力があるようだ。
 彼の言葉を体現するように、水平線の向こう側に小さな点が見えた。驚異的な速度で大きさを増すそれは、美しいエメラルドグリーンに塗り替えられた『首無し竜』の巨兵だ。

「それじゃあ、行こうか。私は今日が初めてだから、色々と教えてよ、フレイア先輩」
「なんだかむず痒いが……任せておくのじゃ!」

 そう言って速度を上げるフレイアの機体を、ウサギの機体が追う。その双肩に、翼の生えた兎をモチーフとした識別記号と、3の文字が浮かび上がる。

「色褪せたこの世界で、涙の代わりに笑顔で満ちるように。私は戦うよ。そして、歌い続けるよ。最期まで、きっと」

 彼女のつぶやきを、そこに残して。
 純白の巨兵は、空を駆けた。






《 DEAD BLAZE:Glory Sky 了 》
 





【 あとがき 】

 砂の世界シリーズ3作目です。今回は前回までとは違い、少し明るめの話を。
 過去のキャラクターの再利用も兼ねている本シリーズ、今回はうさぎ姫と『魔王』フレイア、そして正式に『悪魔犬』グラシャ=ラボラスが出てきます。当然皆設定は違いますが、基本的な人格やしゃべり方などは踏襲しています。
 いやー、もうなんか大丈夫かな、これ(’Д`;)
 取りあえずこれで短編シリーズは終わりの予定なので、これから長編に取り組みます。次からの通常MCは、全く別の傾向の作品に挑もうと思ってますので、今後とも宜しくお願いします……○∠\_
 あ、劇中の歌詞はDEATHGAZEというバンドの名曲Glory Skyから引用させてもらっています。タイトルもそうですね。名曲です。ただし、諸般の事情で今後歌詞だけ差し替わるかも知れません……最近は歌詞の引用一つとっても色々と問題がね……。


【 その他私信 】

 8月末が専門医試験のため勉強してます……頑張ります○∠\_



『 道化師の部屋 』 Clown

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