Mistery Circle

2017-07

《 仮想ゲーム 》 - 2012.07.05 Thu

《 仮想ゲーム 》

 著者:松永夏馬








「もう、役に立たないなんて、言われないでくださいね」

 黒いスーツに黒縁メガネ、小柄な男はその体に似合わぬよく響く太い声で言った。上に立つ物らしい堂々とした物言いだ。
「いいですか皆さん。ここが最後ですよ。最後のチャンスなんです」
 ゲームマスターと名乗ったその男を、春堂隆一は見上げていた。春堂がいるのは倉庫のような体育館のような、それなりの広さのある部屋だ。天井も高く周囲をぐるりとキャットウォークのような足場が巡っているが、今いるフロアから上る階段は無い。そこにゲームマスターの黒スーツ男がいる。
「賞金は10億。いいですか、これは貴方達の借金総額と同額の賞金です。全員で協力して分け合うもよし、1人で10億独り占めするもよし」
 集められた7人の男女の共通項がこれだった。おそらくここにいる全員が春堂と同じように1億を越える負債を抱え、社会を、人生をドロップアウトせざるを得ない者のはず。

 拘束時間は長いが金になるいい仕事がある。春堂がそう誘われたのは1ヶ月ほど前のことだった。アルコールに少しボケた頭であっても、1億8500万の借金を一括で返済できる仕事など、危険以外の何者でないとわかる。しかし受けざるを得なかった。それほど逼迫していたのも事実だ。金が欲しい。
 脳裏には別れた妻と子供の姿。数ヶ月ぶりの連絡は「再婚することになった」だった。まだ間に合うだろうか、借金を帳消しにして、さらにありあまる金を得て、そうしたら妻や子供はまた戻ってきてくれるのではないかと。そう春堂は本質を見失っている思考を巡らせて、そしてその話に乗った。

 新型体感アトラクションゲーム『デッド・オア・グローリィ』のモニタリング。場所はわからない。移動中に眠らされて、気付けば海の上。船がたどり着いたのは研究施設があるという孤島だった。


「魔物を退治して経験値を稼ぎながら最終的にはボスモンスターを倒してゲーム終了です。経験値はそれがゲームへの貢献度であり、ポイントが高ければ高いほど賞金に反映すると思っていてください。
 アイテムはモンスターを倒すか、ステージ内を散策中に発見して拾うこともできます。3箇所あるキャラバンで売買も可能です。武器やアイテムを強化することもできます。
 HPの残量には注意してください。あくまでもHPはゲーム内での体力で、自分の体力とはまた別です。 なので攻撃を受け続けてHPがゼロになってしまったらゲームオーバーとなります。逆に、不慮の事態で行動不可能になった場合、HPが残っていたとしてもゲームオーバーとなります」
 小男の説明は簡単だった。大まかなことは説明書を表示させて読め、やりながら覚えろ、ということらしい。その後、初期装備と職業の選択をする為に一人一人個室に通される。職業にはそれぞれ固有のアビリティが存在するということで、戦士ならば耐久性が、騎士ならば攻撃力が付加されることになる。敵を倒す、身を守る、これが直接戦闘には断然有利だが、選択に制限時間を告げられた春堂はそこで少し考えた。直接戦闘に向く職種が本当に有利なのか。

********************

 いくつもの電極が取り付けられた首輪を着けられ、首輪とコードで各所繋がる黒いタイツを着て、小型化された機材の収められたボディバックを背負う。これまた配線の伸びるゴーグルを装着する。どれも厳重にといえるほどしっかりと固定されていた。
 電源が入れられると、プログラミングされたバーチャル空間の風景、そして装備を整えた戦士達の姿が見える。自分の両手を見れば篭手と剣が、その握る感触と重量感を持つ。
「すげぇな」
 思わず声が漏れた。近くの男、長い槍を携えた騎士、にも聞こえたのだろう、目が合って、まったくだというように頷いた。
 倉庫のように殺風景な部屋も、ゴーグルを通して見れば神殿の広場。ゲームマスターと名乗った小男もちゃっかり仮面を着けた司祭のような衣装になっていた。
「さて、舞台は整った」
 芝居がかったように小男は両手を広げた。
「いいかお前達。この世界では経験値こそが価値だ、役立たずなどいらない。弱き者は消え去る運命となる。……では、この国の王よりお前達の任務を拝聴するがいい!」

 キャットウォーク、今は神殿のバルコニーの扉が物々しく開くと、恰幅のいい老人が姿を見せた。
「ようこそ我が精鋭達よ。お前達には北の山に住まう魔物の長“ヴェル・ドラゴ”を退治してもらいたい。我が国の安寧と平和の為、お主らの富と栄光の為、尽力を尽くしてもらいたい」
 老人、いや、この国の王はその大きな腹から響く声で言い放つ。そして。
「良いか。我が国の精鋭として無様な姿を晒してはならん。必ずや魔物“ヴェル・ドラゴ”を打ち倒し、我がウィンドニアへ黒の宝珠を持ち帰るのだ! さぁ旅立つがよい!」

 そうして春堂達、いや、ゲーム内の登録名『ハルド』達はウィンドニア城から放り出されたのである。

********************

 7人がウィンドニア城を出ると、そこには森と荒野が広がっていた。ここに連れて来られた時とは若干景色が違う。これもゴーグルに映し出されたバーチャル映像なのだろう。春堂は物珍しそうに周囲を見回す。
「どうする?」
 さきほど春堂の近くにいた長槍の男が皆に声をかけた。
「せっかく同じゲームを攻略する同士なんだ、自己紹介くらいしておくか?」
「お前頭おかしいのか? 10億かかってんだぞ、同士じゃねぇだろ、むしろ敵だ敵」
 大剣を担いだ肩幅のある男が長槍の男を見て低くうなるような声で笑った。見下したようなその物言いに春堂は知性の低さを感じる。
 その時だった。森の木々の影から獣が飛び出してきた。猫科らしい獰猛な野生の獣はしなやかな体を躍らせて7人の前へと立ちはだかる。でかい。ライオンやトラ程の大きさだ。
「きゃぁあ」
 悲鳴を上げたのは弓を携えた長い髪の女だ。とっさに春堂も腰のショートソードを抜いた。
「本物か!?」
 最年長の男が驚愕と恐れを滲ませた野太い声をあげる。
「馬鹿言うな、所詮ゲームだろ」
 大剣の男が自分の得物を握りなおして獣へと飛びかかる。大振りな武器で動作が鈍い、獣はひらりと身をかわし、着地と共に大剣の男に飛びかかり爪を振った。
「ぐッ」
 くぐもった声、大剣の男が横に払われた。2メートルほど宙を舞い地面を滑る。獣はさらに追い打ちをかけるように大剣の男にむかって地面を蹴った。
 ヒュッと風を切る音がして、獣の横っ面に矢が刺さる。弓使いの女が至近距離から矢を放ったのだ。悲鳴を上げたにもかかわらず、攻撃に転じた女の度胸に春堂は驚く。
 大剣の男は獣の2撃目をまともに食らい、武器を手放して地面を転がった。そしてそのまま動かない。
 攻撃を受けてその痛みに吠える獣が、弓使いの女を振り返る。目には怒りの色が光り、体毛が逆立っているように見える。女は再び矢を番え、弓を引き絞る。獣が地面を蹴る。
「うおりゃ!」
 走りだす足めがけ、もうひとりの男が手にしたバトルアックスで薙ぎ払う。前足を掬われてバランスの崩れた獣の目に、2射目の矢が突き刺さる。獣の咆哮は苦しみと怒りの混ざった響きだ。のたうちまわるように地面に転がる獣に向かって走り寄った長槍の男とバトルアックスの男はそれぞれの武器をその首元に叩きおろした。
 感じる衝撃はまるで現実だ。バーチャル映像には思えないほどの錯覚。
 獣の体がモノクロになる。そして姿が空間に消えて、宝箱が残された。
「やったか」
「なんだ、ありゃ」
 長槍の男は突然現れた宝箱に首をかしげる。
「ちょ、マジかよ」
 弓使いの女とは別の、柄の悪い女の声が震えて聞こえる。
「うそ」
 地面に転がったままの大剣の男以外、全員がそちらを見た。

 今倒した獣と同じ姿が4頭、さらに一回り大きな巨大なトカゲがその後ろに。

「とりあえず逃げろ!」
 叫んだのは長槍の男だったろうか。6人はそれぞれに散り逃げる。


 しばらくの時間が過ぎて、春堂はその場所に戻ってきていた。

 大剣の男はそこに転がったままだった。近づき、それに気付き愕然として。……そしてゆっくりとその体に触れる。

 現実なのか、それともバーチャルなのか。感触は冷たく、固く、そして動くことはなかった。わずかに揺らせた拍子に、首だけがゴロリと横を向いた。
 鈍く銀色に光るチョーカーのような首輪が地面に落ちていた。

********************

 モンスターとの戦闘をできるだけ避けてキャラバン到着を優先して行動した結果、まだ日の高いうちにひとつ目のキャラバンに春堂は到着できていた。キャラバンには武器や防具を強化新調できる武具屋やアイテムを売買できる道具屋、情報を調べたりパーティを登録するギルド、そしてプレイヤーの休息施設などがあった。その休息施設にプレイヤーは夜に戻ってくる必要がある。むろん戻らずに夜間もゲームはできるが、照明が無いので危険であることと、食事はキャラバン内の施設でしか摂れない。そこでは各自個室が与えられていて、仮眠や入浴も可能だった。
 キャラバン内も歩き回りNPCということらしい人達から情報を仕入れながら、春堂はゲームの攻略法をずっと考えていた。

 ゲームマスターの小男や『王』の言葉、ゲーム中に逐一確認したマニュアルの画面を思い浮かべる。10億円の賞金を手に入れる為にはどうすべきか。

 そして死なない為にはどう動くべきか。具体的にあの大剣の男がどうなったのか。つまり、死んだのかそうでないのか。あくまでもゲームの世界の話のはずだ。バーチャル映像のはずだが。
 しかし、10億という賞金がそもそも正気の沙汰ではない。この近未来的で大掛かりなゲームにもどれだけの金がかかっていることやら。となれば、命がその対価としてベットされていてもおかしくないような気がする。

 攻撃力のあがる騎士や、耐久性の上がる戦士。そういった戦闘そのものを有利に運ぶ職業を普通は選択する。初見のゲームならば皆、必ずといっていいほどそうするだろう。しかし。

 このゲームには魔法の類がまったくといっていいほど無い。バーチャルリアリティとして表現が難しいかといえばけしてそうではないはずなのに。そして魔法が無いということは、フィールド上での体力の回復は『アイテム』に頼らざるを得ない。アイテムはモンスターを倒すことで手に入るが、効果の高いアイテムはキャラバンでしか手に入らない。モンスターを倒し、アイテムを入手し、キャラバンで売買して、効果の高いアイテムを手に入れる。この流れを簡略化する職業が春堂の選択した『魔技士』だ。
 モンスターから手に入るアイテムを合成し別のアイテムを作ることができる能力。春堂が目をつけたのはこの特殊技能だった。そしてこのゲームは必ずしも個人戦でなくてもいいはずだ。なぜならキャラバンにあるギルドでパーティ登録ができるからだ。チームプレイも可ということだ。
 死んだ(ゲームオーバーになった)男が「敵同士だ」と怒鳴っていたが、それは見事な妄言だろう。回復役となりえる技術職を選択した自分こそ、このゲームの本質を見抜いていたと、春堂は満足げな笑みを浮かべた。どう見ても残りの連中は騎士や戦士だ。メンバーの顔を思い浮かべ春堂は考える。
 あと二人、行動力のあったバトルアックスの男か、頭の働きそうな長槍の男。あとはそう、射手という遠距離攻撃の使い手である女がいい。春堂は勝手に自分を護衛するプレイヤーを決めた。

 いた。キャラバンの敷地内をうろうろと歩いて、春堂は彼女を見つけた。

 弓を背負った後ろ姿。駆け寄って「無事だったか?」と声をかけた。振り向くとやはりあの女だった。
「あなたは……」
「まだ名前も名乗ってなかったよな。オレは……ハルドだ。君は?」
「マリン。ちょっと可愛い名前つけすぎちゃったわ」
「いや、悪くないと思うよ? でさ。ちょっと話っていうか、相談があるんだけど」
 と、そこへ男の声が。
「おお、また会えたなお前ら。大丈夫だったか?」
 バトルアックスを担いだ男。バンと名乗った男はどこか嬉しそうに春堂の背を叩く。幸運だ、春堂は思わず拳を握った。
「ちょうどいい、君も探してたんだ」
 春堂は二人を建物の陰へと連れていくと、自分がアイテム合成のできる職種であることを告げ、そしていかに回復役の存在がポイントになることを力説した。そして攻撃力の高い戦士と、戦闘の幅を広げることのできる射手という、ベストな布陣。
 7人中3人のパーティ、しかも唯一の回復役がいる。これでもう十分勝算があることを説明した。賞金10億総取りは難しくとも、3人で10億ならば分け合って3億3333万。それぞれが借金を返しても十分残るくらいにはならないか、と。
「むろんオレも戦える。こう見えて元剣道部なんだ」
 ショートソードを構えて見せると、バンもマリンも笑顔を見せる。悪くない反応だ。3人はギルドへと行き、そこでパーティ登録を済ませた。明日以降の取得経験値は3人で平等に配分されることになるという。

「よろしくな」
「よろしく」
 日が落ちて来る頃、休息施設へと入る際、バンが握手をしてきた。マリンも微笑みを向け、そっと耳打ちをする。
「ありがとハルド。誘ってくれて嬉しい」
 悪くない、いや上出来だ。春堂はゲームのクリアに向け確実に進めていることに満足していた。ゲームを進めるにあたってまず必要なことは情報、そして考える力だ。

********************

 個室に入りスタッフによってスーツを脱がされると、急に現実に引き戻される感じがする。先ほどまで両手を覆っていた鈍く光る篭手ももう見えないし感じない。チョーカーのような首輪だけはそのままで、ネクタイをつけっぱなしにしているようでどこか寛げないが。

「大剣の男、彼はどうなったんですか?」
 おもわずスタッフを問いただしていたが、スタッフは「ゲームオーバーとなりました」としか言わない。
 個室に備え付けられていたモニターが突然作動した。静かな起動音と共に光が差し、映像が映る。映像は昔懐かしいドット絵で演台に立つ女の姿だった。

『では本日の途中経過報告です』
 ボイスチェンジャーで作られたような高い声が淡々と続く。

『本日のクエストにてゲームオーバーとなった者が3名おりました』
 3人? 春堂は7人の顔を思い浮かべる。あの大剣の男以外にも脱落者が出たということか。初日で7人中3人? では残りはもう4人しかいないこととなるが。

『ガイアーグ騎士ブレイク、ウィンドニア戦士ジーク、フレアルド戦士ドランの3名です』
 ウィンドニア。たしかゲーム開始時に王が言っていた。このウィンドニアへと宝珠を持ち帰れと……。つまり、ウィンドニアやガイアーグ、フレアルドという3つの国があるということ。春堂は愕然とした。7人で10億を争うのではない、もっとたくさんのプレイヤーがいるのだ。自分の借金額を考えると、パーティは4人が限界だが、必要だ。明日の朝一番でもう一人誰かを探さなければならない。できればやはり、あの長槍の男がいい。

『それでは続きまして』

 モニターの画面はまだ続いていた。

『本日のMVPの発表です。EXポイント632、アクアスタ戦士クラウン、です。アクアスタ戦士クラウンにはさらに100ポイントのボーナスが加算されます』

 モンスターを倒した経験値の高い者にボーナスポイントがあるらしい。結果としてラスボスを倒したプレイヤー、パーティが賞金を手に入れるのだから、焦ることはないと春堂はソファに沈み込む。が、そこで疑問がひとつ。では何故この経験値というシステムがあるのか。

 この世界では経験値こそが価値だ、役立たずなどいらない。弱き者は消え去る運命となる。

 ゲームマスターの小男の言葉が急に蘇った。得も言われぬ不安。なぜならそう、春堂は今日、ほとんどモンスターを倒していない。

『それでは最後に、本日の脱落者を発表します。弱き者が消え去るは、この世界の道理なり。現在、この島で、最もケタが下なのは……』

 ゲームから脱落したらどうなる。春堂は震える指で首輪にそっと触れた。





《 仮想ゲーム 了 》





【 あとがき 】
公私ともに忙しく、今年はいろいろなことが起きています。それを言い訳にしていてはダメだとは思うのですが・・・。
いつも湧いてくれたお題からのインスピレーションも乏しく、書いても書いても納得ができず。スランプなどというのもおこがましいのですがこれほどまでにダメダメな時期は初めてで戸惑いまくりでございます。せめて今回はまだ形だけでも提出できたということで、お許しください。


Missing-Essayist Evolution  松永夏馬
http://yaplog.jp/natsuma76/


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