Mistery Circle

2017-10

《 Requital of a favor 》 - 2012.07.06 Fri

《 Requital of a favor 》


 著者:アンジェリーク・ドゥ・ラ・パトリエール






それはちょうどお盆休みに入った初日の出来事だった。
クーラーの無い部屋に住んでいる俺、小鳥遊大樹(たかなしだいき)は特にどこにも行くことはなくいつも通り部屋でゴロゴロしていた。
今年の夏は例年に増して一段と暑いらしい。なんかもう今年に至っては千年猛暑とか言われているほどだ。
なんだ千年猛暑って、どこぞのワインのように毎年毎年「今年は猛暑」だの「十年に一度の暑さ」だの言っているがもう限界突破した暑さで死んでしまいそうだ。
「あぁ~暑くて死にそうだ」
折角の盆休みだってのに特に行くところがない。社会人になってからは特に遊ぶ友達もいなければ実家に帰るのも面倒ってことでけっきょく家にいるんだがなにか凄く無駄な時間を過ごしている気がしてならない。
部屋には中古で買ったボロい扇風機の微温い風を送ってくる音とテレビから流れてくる高校野球の放送だけが流れ退屈な午後をそれはまた演出している。
このまま惰眠を貪ろうと思ったその矢先だった。
「ミーンミンミン!!!」
まるで目覚まし時計がけたたましく鳴るような勢いで蝉の鳴き声が部屋に響き渡ったのだ。
「んぁ・・・・なんだよ、これから夕方まで寝ようって時に」
俺はだるい体をゆっくりと起こし辺りを見渡す。全くただでさえ五月蝿い蝉の鳴き声が物凄く近くで聞こえている。蝉の鳴き声は夏の風物詩だが正直言ってこれから惰眠を貪ろうとしている俺にとっては邪魔でしかない。
「ミーンミンミンミン!」
「ああ、ウルセェ!!」
あまりの大きい鳴き声に俺は苛立ちその辺にあったクッションを掴むと壁に投げつける。俺が住んでるのは地震の震度1が震度3くらいに感じられるくらいのオンボロアパートだ、クッションが壁に当たった音と振動で壁かどこかにくっついてるだろう蝉もどっかに逃げるだろう・・・・そう思ったのだが。
「全くどこにいやがるんだ・・・・」
鳴き声は鳴り止まないどころか蝉は更に大きな音で鳴き出すものだから俺の怒りは更に膨れ上がり立ち上がると窓際に近づく。
断っておくが俺は自分でも言うのもなんだが普段温厚で優しい人間だ、だがまぁこのお盆休みだってのに特にやると事ないままだらだらと憂鬱な想いに浸りながら寝ようとしているところを邪魔されたらそれは別だ。
「あぁもう鬱陶しい!!」
まぁそんな感じで声を荒らげ網戸に手を掛け力任せに開けようとした、その時だった。
「んぁ?ここにいやがったのか!」
そこには網戸に引っかかっている、そう表現するしかないなんとも間抜けな蝉が一匹羽をばたつかせていた。
逆さまになりながらどうにか体勢を維持しようとする羽をばたつかせるその姿、どうやら網戸の隙間に足が引っかかってしまい必死にもがいているようだった。
「はぁ、しょうがないやつだな」
その間抜けな姿に正直言って俺はさっきまでの怒りを忘れてしまっていた。俺は窓際でしゃがみこむとゆっくりと引っかかっている蝉の足に手を伸ば・・・・そうとして止めた。
「なんていうか素手で触るの嫌だな」
これはもしかしたら俺だけなのかもしれないが子供の頃には平然と触れた虫が大人になると全く触れなくなる、そんなことがないだろうか?
「ということで、これならいいだろ」
俺はその辺に転がっているコンビニの袋を手にはめ手袋代わりにするとかぎづめのようにひっかかっている足を取ってやる。
「ほらよ、全くそんな間抜けでよく自然界にいられるな、今度は引っかかるなよ。じゃないと今度は殺虫剤かけられっぞ」
伝わるわけがないのだけどそんなことを言っているとポトリと逆さまにベランダに落ちた蝉はしばらくジタバタと足と羽を動かすとくるりと体を元に飛び去っていく。
「はぁ、これでいいか」
静けさの戻った部屋、俺はこのくだらない茶番を終えベッドに倒れこむ。なにがお盆休みだ、もう俺はこの連休を全部寝て過ごしてやる・・・・そんなくだらない決意を胸に目を閉じたのだった。



それからどれくらいたっただろうか?
「んっ・・・・あぁ、なんだよもう」
俺は物凄い勢いで鳴らされるインターホンの音で眠りの世界から呼び戻される。まったくこのお盆休みでみんなどっかに行ってるんじゃないのか?
「出るのだるいな」
はっきりいって昼からずっと寝ていたが起こされたタイミングが悪く体の調子は悪い。特に宅配便が来る予定もないしおおかたよくわからないセールスかなんかだろう、居留守使って放っておけばその内収まる・・・・と思ったんだが
「すいませ~ん、すいません!すいません!す・い・ま・せぇぇぇぇん!!」
激しく叩かれる扉と女性の大声にこのまま放っておくのは完全に近所迷惑だなと思い、けだるい体を起こすことにした。
「はいはい、今出ますよ。・・・・ったくなんだよ」
というかインターホンにでないんだからいないとおもってさっさと帰ればいいのに扉まで叩き出すとはよっぽどなにか俺に用があるんだろう。
「すいませんっ!すいませーん!」
「わかった、わかった!開けますから」
古い鉄扉の錆びついたチェーンロックを外すと扉を開ける。するとそこには見覚えのない茶髪の女性が息を切らして立っていた。
「や、やっと開けてくれました」
安堵の溜め息をつく女性。白いブラウスに淡い青色をした膝元まである長さのスカートを履き、モカブラウンのシースルーストールを肩から羽織っている。年齢で言えば高校生くらいだろうかくりっとした黒目になぜか嬉しそうに長髪を揺らしながらこちらを見上げる彼女に俺は一つ思うところがある。
「どちらさんですか?」
ない頭をフル回転させるまでもなくこんな可愛い子に親しくされる覚えはない、覚えがあったらお盆休みに家でゴロゴロなんてしていない。
「えっと、えっとですね。これはなんていいますか一言で言うと奇跡と言いますか偶然の巡り合わせと言いますか。私自身これはチャンスだと思っているんで千載一遇っていうんですか、チャンスの順番回ってきたところで頑張らないといけないなぁと思っている所存でして」
俺の言葉に彼女はなにやらもじもじしながら結構な早口でそう言った、が全く話は理解できなかった。
「え~それで結局君はなんの用でこちらに?」
「そ、そうですね。なんといいましょうか、これを言ってしまうと元のお話的に帰らないといけないのですけどでも言わないと誰なのかもわからないと思うのでえっとでもどうなんでしょう、いきなりこんなことを言ってもダメな気がしますけど」
さっきからなぁんか長々と話してるけど全くまるで会話になって無い気がする。
「それでだから君は何の用に・・・・」
「はっきり一言で言えばお世話に来ました!!」
「お世話・・・?」
俺の言葉を遮って言った彼女の言葉に俺の頭の中で思わず良からぬ考えが浮かぶ。
お世話、お世話ってことはあれかシモの世話ってことなんじゃあないのか?まぁ見た目的に彼女は可愛いと思う、ランク付けするとするなら中の上、いや上の中って言ったところかこんな子が来たら全然オッケーだろう。
まぁ今回、俺は頼んでないけどな。
「あのさぁ、言い難いことなんだけどデリヘル頼んだのここじゃないですよ。隣じゃないの?」
隣のおっさん、こんな盆休みにどこの店で頼んだか知らないけど当たりを引いたんじゃないのかなんて思ってると彼女はまたもや早口でまくし立ててくる。
「違いますっ!デリヘルってのがなんなのかわからないのですけど、なんとなくそう言うのとは違う気がします、いえおそらく絶対にっ!」
彼女は力強く主張するけどじゃなんなんだと、俺の憂鬱なお盆休みに一服の清涼剤的存在になりそうな気がするけど逆に言えば厄介なことになりそうで少々の不安を感じていると彼女はぐいっと体を部屋に入れようと割り込んでくる。
「と、とにかく部屋に入れてください!」
「いやいやいやいやちょっと待って俺の部屋は汚いし、なにより君が誰だかわからないし」
「私、そういうの気にしませんから!」
「俺が気にするんだよ!!!」
俺は声を上げるが彼女は強引に部屋に押し入ると俺の想像もしないとんでもないことを言い出したのだ。
「もう、じゃ言います!私・・・・助けてもらった蝉です!!」
「は・・・・蝉?」
蝉・・・・何言ってんだ、こいつは?
正直それがこいつと出会った初めての感想だった。




「なるほどなるほど、これが人間の巣ということなんですね。ごちゃごちゃしてますけどこれが機能美ってやつなのですね」
ちゃっかりと座布団に正座しながらキョロキョロと周りを見渡す彼女に俺はなんとも言えない気持ちになりながら冷蔵庫から出した麦茶をコップに注ぎ彼女の目の前に置く。
さてはてしかしどうしたものか、半ば強引に部屋に入られたものの俺に助けられた蝉なんて名乗る彼女をどうすればいいのか正直戸惑っていた。
そりゃいきなりちょっと可愛い女の子に「助けられた蝉です」なんて言われたところでどうしたらいいものか全くわからない。
というか蝉なのに美少女ってどうゆうことだよ、それ以前にこの子はなにしにきたんだよ。いやそもそも蝉っていうところからまだ信じちゃいないんだけど。
「それで君は何しにここに来たの?」
俺はベッドに腰掛けながら問いかける。
「そうですね、なにをしに来たか。これを明確にしないとお互い困ることが多いでしょうし、なによりここでの発言が私がこれからどう動いていくかの道標でもあるわけです、つまるところですね・・・・」
「その前置き長いの止めてくれ、結論だけでいいから」
呆れてそう言葉を挟むと彼女はピタリと動くのを止めてテーブルに手をつくとぐっと体を起こして高らかと宣言する。
「私は、私を助けてくれた貴方に恩返しをしに来ました!」
「ん、ん~いやだから具体的にその恩返しの内容を知りたいんだけど」
高らかに言ってもらったところ悪いんだけど、正直面倒なんだよなぁこの前置きが長いのも結論が結論になってないところも。
「そもそも俺、別に蝉を助けた記憶なんて・・・・って、あ~」
そこまで言いかけて寝る前の出来事がふと頭を過った、『助けた』なんて御大層に言うものだからピンとこなかったけど確かに俺は蝉を助けていた。
「助けたというか寝るのにうるさかったからどけた、ってだけなんだけどなぁ」
俺の独り言をよそにその蝉の彼女はなにかを探すようにあたりを見渡している。
「それでそれで私はなにからやったらいいんでしょうか?お食事の用意ですか?お洗濯ですか?それともお掃除ですか?」
「いやその前に聞きたいことがあるんだけど・・・・本当に蝉なの君?」
「はいっ!」
何度目かの確認にもニッコリと笑顔で彼女は答える。こうみると完全に普通の女の子だ、というか何度だって言うが俺はまだこの子が蝉だっていうのに納得いっていない。そりゃそうだろうアニメや漫画じゃないんだから蝉が女の子に変わるなんて非常識なことがあってたまるかってんだ。
「それじゃもう一つ、君の名前は?」
「名前ですか、ええっとなんて言いましょうか分類でいうところですとカメムシ目・ヨコバイ亜目で蝉科に属するアブラゼミの一種だと思うのですが固有的な私の名前というのは特に無いと思いますのでご自由に呼んでいただけたらいいと思います、です」
「つまり名前はないから好きに呼んでいいってことだな、んじゃセミ子ってことで。ちなみに俺の名前は小鳥遊大樹だ」
俺の言葉に彼女───セミ子は今までにない凄く嫌そうな顔でこちらを見つめてくる。
「セミ子って安直じゃないでしょうか。確かに私は今ご自由に呼んでくださいとは言いましたけども折角人間になった美少女に対して可愛さゼロっていうか小鳥遊さんおしゃれな名前なのにそれはないっていうか付け直しを要求したいというか、変更を要求したいですっ!!」
「め、めんどくせぇ」
長々とした反論も面倒であればなんか蝉のくせに自分で美少女とか言っているのも面倒だわ、やっぱり部屋に入れるんじゃなかったと後悔したくなるんだが今更どうしようもないので仕方なく俺は初対面、見ず知らずの女の子を名前を考える・・・・が正直真面目に考える気はなかった。
「んじゃミンミンとかどうよ、蝉の鳴き声っぽいし・・・・ついでに中国のパンダっぽくもあるけど」
「良いわけないじゃないですか!なぁんで私がミンミンゼミなんかと一緒にされないといけないんですか、アブラゼミって言ってるじゃないですか!それならセミ子のほうがましです!」
「んじゃとりあえずセミ子な、良いの思い浮かんだら変更ってことで」
まぁここで蝉なんてどれも似たようなものじゃん、なんて台詞を言おうもんなら更にセミ子の怒りを買うことは間違いないので黙っておく。
「わかりました、とりあえずセミ子で我慢します。気が向いたらセミーヌとかセミリンとか呼び方変えてもいいんですからね」
少し不満そうに蝉子は言うがセミーヌとかセミリンもネーミングセンス的に大してセミ子と変わらない気がするぞ。
「んで、セミ子は何で人間になってるんだ?」
そんなちょっと虫を助けたくらいでも人間になられたらたまったものじゃないぞ。
「はぁ何でと言われましても地上に出てきて五日、フラフラとしてたらあそこに引っ掛かってしまってこのまま死んじゃうのは嫌~助けて~って鳴いてたら小鳥遊さんに助けてもらったんですよね。それでその後気がついたらいつのまにか人間になってました」
全くもって意味がわからないが恐らくそれはセミ子自身もそうなんだろう。セミ子が言っていることがなまじ嘘ではないのは俺もわかる、まぁ助けたというかさっきも言った通りうるさかったからどけたってだけなんだが実際にあの場面を俺以外に知っているのは助けられた蝉自身なんだからな。
「なのでこれは小鳥遊さんに恩返しするために人間になったと思うんですよね私」
まじまじとこっちを見つめながらセミ子はそう言う。が、言っちゃ悪いがさっきまで樹液吸いながら鳴いてるだけの蝉が人間になったところでなにができるというのだ。鶴の恩返しなら自分の羽で機織りしたりできるんだろうが蝉にできることなんてなにがあるんだよ。
「蝉に料理や洗濯、掃除なんてできるわけじゃないし恩返しと言ってもなにができるんだよ」
「ううっ、それを言われると確かに人間の世界の勝手は全然わかりません」
「そもそも俺はお前を助けたんじゃなくて、お前がうるさかっただけなんだ。恩返しとかされる覚えはない」
少々辛辣な言い方をしてしまったがこれで良い。なんていうかあんまり面倒くさいことには巻き込まれたくないと思ったのだ。
「つぅ~わけで人間になったのは結構だけど別に俺に構うことはないから好きなところ行けよ」
変な物語なんてはじまらなくていいんだ、はいはいさようなら・・・・と、なると思ったんだがセミ子の行動は俺の予想を遥かに越えていた。
「わかりました、確かに私はお料理もお洗濯もやったことはないですけど一つだけ得意なことがあります!」
セミ子は目の前のテーブルをずずいっと横にずらすとベッドに腰かけている俺に急接近してくる。
「な、なんだよ得意なことって」
セミ子のあまりに突拍子のない行動に俺は少々狼狽えながら後ずさるとそれを追いかけるようにセミ子はベッドへと這うようにして上がってくる。
「蝉である私の得意なこと、それは交尾ですよ」
「はっ・・・・こ、交尾?」
交尾?交尾ってあれか二人で漫才とかやるあれか、ってそれはコンビだ、牛肉を塩漬けにしたのはそりゃ・・・・コンビーフ。まずい訳のわからないこの展開に完全に頭が混乱してしまっている。
「人間の雄である小鳥遊さんから見て私ってどうですか?自分で言うのもなんですけど結構美人だと思うんですよ」
「お、おう」
ぐいぐいと近づいて来ながらそんなことを言うセミ子。そりゃ可愛いよ、美人だよ・・・・それが人間なら生唾飲み込む展開だけどどうもセミっていうのが非常に引っ掛かる。
「とりあえずちょっと待て、何をしてる、落ち着けぇ」
しどろもどろになりながらなんとか諭そうとするがもはやセミ子はそんなことおかまいになしだ。
「私は普通に落ち着いてますよ」
「いや、だからさ。何でさっきからブラウスの前をはだけようとしているのか、ってことを訊いているんだけど」
「それは当然交尾するためですよ、扇情的にした方が人間は興奮するというのは、なんでしょう人間になったからなのか本能的にわかってますよ」
セミ子が俺に覆い被さるように四つん這いになると服をはだける。細身の身体、まさに羽化したばかりの蝉のような白く柔らかそうな肌に目を奪われ・・・・っておいっ!なんで今俺蝉で例えたんだ。
と、とにかく確かにその姿はセミ子は自分で言うように扇情的で「あれ、俺もう蝉が相手でもよくね?」みたいな安穏とした気持ちになってしまっているのがダメな気がする。
「小鳥遊さぁん」
セミのくせにどこで覚えたのか甘ったるい声とともにセミ子が顔を近づけてくる。じとっと湿った空気に少し息苦しそうにもなりそうながらも鼓動の高鳴りが抑えられない、もうどうにでもなれと一つ瞬きをしたその刹那
「えっ・・・・」
俺の目に映ったのは少し離れた黒いまんまるの眼に長い口吻、ガッシリと俺の肩を掴む脚・・・・セミ子のその姿は正しくでっかいアブラゼミそのもの、それがなんだ俺を捕食せんとばかりに顔を近づけてくるわけで・・・・
「ぎゃあああああああああああああああああああああああっ!!」
思わず生まれてこのかた出したことのないような酷い叫び声とともに俺はその巨大蝉、もといセミ子を突き飛ばしていた。
「痛ぁい!な、なにするんですか小鳥遊さん!」
「え、いやその・・・・」
突き飛ばされ床に尻もちを着いたセミ子が声を上げる、その時には既にセミ子の顔はアブラゼミなんかじゃなくて普通?いやこれが普通って言っていいのかわからないが美少女の顔に戻っていた。
「大丈夫かセミ子」
自分のしてしまったことに少し後悔しつつ俺はセミ子に手を差し伸べる。さっき見たのはなんだったんだろうか?確かに巨大な蝉の姿に見えたんだが目の錯覚だったのだろうか?
「なんとか大丈夫ですけどいきなり突き飛ばすなんて酷いです!そんなに私と交尾するのが嫌だったんですか?」
「いやなんていうかその、だな」
正直言葉に詰まる。そりゃまぁ「セミ子が蝉に見えたから」なんてのは口が裂けても言えるわけがない。
「ほらあれだ、そういうのは体力を使うわけでその前にあれだ栄養をつけないといけないとかそう言うことだ」
「ううん・・・・なにかとても裏がありそうと言いますかそれがなんで突き飛ばしたということになるのかなにかとても疑問が生じるのですがこのさい私はそれでもいいかなと思っています」
長々とした言葉で納得しているのか納得していないのかわからない感じのセミ子ではあるが、とりあえずなんとかなった・・・・のか?
「ではでは早速精のつくものを取りましょう!ぜひ取りましょう!」
そう言って燥ぐセミ子は乱れた服を直すと立ち上がる。
「ところで精のつくものってなにがあるんでしょう?」
「つっても連休前に買い物してそれからずっと家にいるから大したものなんて無いぞ」
俺は起き上がるとキッチンまで歩き辺りを見渡す。
ほとんど自炊なんてしない俺にとって冷蔵庫の中身なんてのはビールとつまみくらいしか入っていない。そもそも最近インスタントラーメンばかりでまともな食べ物だって食べてやしない。
「あ、これとか精力つきそうですよ!」
後ろをついてキッチンに入ったセミ子がそう言ってどこからか持ってきたのはメープルシロップの入ったボトルだった。
「お前どこからそんなものを」
「えっとですね、そこの棚の上から凄くいい樹液の匂いがしたものでちょっと手を伸ばしてみたところなんといいましょうか少し埃をかぶっていましたがとても精力がつきそうです!」
精力って、ああまぁ蝉の主食は樹液だからなまぁ腹を満たすという意味ではあってるか。しかしよくもまぁそんなものを見つけてきたな。というよりも俺、普段甘いものとか食べないのになんでそんなものを常備して・・・・
「ああ、そうだったな」
なんでメープルシロップなんてのを俺が買ったのか今になって思い出した。
「どうかしましたか小鳥遊さん?」
「あ、いやなんでもない。んじゃまぁホットケーキでもつくるか、確か同じ所にあるだろ」
俺はセミ子がメープルシロップを持ってきた棚の奥を調べるとすぐにホットケーキミックスが見つかった。
そういやあいつ好きだったもんなぁ・・・・。
「なんですかそれ?私としてはこれだけで全然大丈夫なんですけど」
「そのまま食べるもんじゃないんだよそれは、まぁ見てなって」
樹液しか食べない蝉が俺の超絶美味いホットケーキを食べたらどんな顔をするんだろうな。しかしホットケーキなんて作るのは久しぶりだ、あいつがいた頃はそれは毎日のように作っていたんだがなぁ。



そんなわけで俺の作った自信作のホットケーキを食べたセミ子はというと・・・・
「小鳥遊さん、なんといいますかこのフワフワ感ともちもち感が絶妙に口の中に広がって更にそこにこのメープルシロップ、これは楓の樹液ですね。甘さ控えめですけどこのホットケーキにじんわり染み込むと芳醇としていてかつほのかにある渋みがぐっと味を良くしています!!!」
グルメレポーターさながらの相変わらずの長々とした感想、これが蝉でいうところの鳴き声なのかとにかく五月蝿いが、んまぁそれでも俺の作ったホットケーキを美味しそうに頬張るセミ子の姿を見たらなんかこっちも嬉しくなっていた。
「そういえば私ばっかり食べてて、小鳥遊さんは食べないんですか?」
「ん、ああ・・・・俺はいいよ、甘いの好きじゃないんだ」
あいつがいた頃も確かこんな会話をしていた気がする。あいつも甘いモノが好きで小さい体してんのに口に入りきらないだろうっていうくらいのホットケーキを美味そうに食ってたな。
そんな美味しそうにホットケーキを頬張るセミ子の姿があいつの姿と重なり思わず涙腺が緩みそうになったのを俺は必死に我慢した。
「そうなんですかぁ?こんなに美味しいのに・・・・。でもじゃあなんで食べない食料を備蓄しているのですか?」
俺が少し寂しそうに言ったのがわかったのだろうかセミ子はフォークを口に咥えて小首を傾げてる。
「そのホットケーキな、俺が好きなんじゃなくて俺の連れが好きだったんだよ」
「連れ?えっと番のことですか?」
番・・・・つがい、動物で言うなら雄と雌の一組、人間で言うなら夫婦ってことだ。夫婦、そういやあいつとも出来もしない約束で夫婦になるなんて言ったことを思い出した。
というかなんだ、さっきからそんな事ばかり思い浮かべてしまうんだ。
「番って言うほどじゃないがな、そういう相手が以前ここにいたんだよ」
「別れちゃったんですか?」
「死んだんだよ」
まるで子供が「なんで空は青いの?」と言うようなそんな軽い口調でセミ子は問う、そう言われると俺もついぽろっと言葉が漏れてしまっていた。
「・・・・死んじゃったんですか」
俺の言葉に流石にセミ子が罰の悪そうな顔をする。俺もなんでこんな初対面の蝉相手にあいつのことなんて話しているんだか・・・・だけどこんな風に俺の家、俺の目の前にいるセミ子を見るとどうしてもあいつと姿がだぶっちまう。
「ああ、結婚の約束までしたんだけどな」
結婚の約束、それが果たされることがないなんてのはわかっていた。あいつが余命わずかだったことを知って付き合ったしこうなることもわかっていた、けど結婚の約束をしたらもしかしたらあいつの寿命が少しでも伸びるんじゃないかっていう淡い期待をあの頃は抱いていた。
結果は奇跡なんて何もない散々なものだったけどな。
「悪いな、飯食べてる時にこんな話して。まぁ気にせず食べてくれ、俺は一服してくるから」
すっかりフォークを置いて俺の話を聞き入っているセミ子にそう言うとあいつのことを思い出して感傷に浸っちまった俺は立ち上がりセミ子の脇を抜けベランダへと行こうとし
「待ってください小鳥遊さん!」
セミ子にぎゅっと腕を捕まれおもわずつんのめった。
「な、なんだよおかわりか?」
正直この掴まれている手を振り放ってでも俺はベランダに行きたかった。なんていうか男が泣きそうになっている姿なんて見せたくなかった。だがそんな俺の軽口なんてお構いなしにセミ子はぎゅっと俺の手を掴んでいる。
「私、なんて言いましょうか今の話を聞いてわかったことが一つあります。私がこうやって人間の姿になれたのもきっと小鳥遊さんがそうゆう状況だったから何じゃないかと思って」
セミ子はまるですべてわかったような口ぶりで言葉を続ける。
「小鳥遊さんのつらい気持ちとか悲しい気持ちとかそうゆうのを癒やすために私が人間になったんじゃないのかなって、だからこそ私・・・・小鳥遊さんのためになにかしてあげたいんです」
「してあげたいって言われてもお前にできることなんてたいしてないじゃないか。だいたい、そのあれだ・・・・それっぽくあいつが死んだこととお前が人間になったことを繋げようとしてるけど冷静に考えて全然関係ないからな」
そりゃセミ子があいつの生まれ変わりで俺に会いに来てくれた、というのなら歓迎するんだがセミ子は結局俺がちょっと助けただけのセミ、全く関係がないじゃないか。
「そりゃぁ私にできることは交尾だけです。その、代わりにはなれないかもしれませんけど、えっとそのですね・・・・」
そこまでセミ子が言いかけた時だ、話を断ち切るかのように遠くの方でドーンという音が鳴り響いた。
「ひゃう!!な、なんですか小鳥遊さん今の音!?」
「ん?ああ、花火だよ。今日は近くで祭りがあるからそのせいだろ」
毎年この時期になると近所の神社で祭りがあり、近くの河原で花火大会が行われる。といっても俺のアパートからじゃ結構距離はあるし窓の外は大きなビルが視界を遮っているので打ち上がった花火を見ることも難しい。
「花火というのはこの五月蝿い音を楽しむものなのですか?私にはよくわかりません、この音不快になるだけのような気がします」
「俺としては蝉の鳴き声の方が・・・・いや、なんでもない。しかしそうかセミ子は花火知らないのか」
「はい、全然知らないです」
そう言うセミ子に俺は少し考える。いや多分このままさっきの調子で話しているとまたこいつは交尾だとか言い出しかねん、となればなんとかしてセミ子を納得させて帰らせるなりなんなりしなければいけないんだが
「それじゃセミ子、花火でもやってみるか?よくあいつとやったんだよ、思い出すなぁ」
それっぽく言ってみたが別にこれは嘘でも何でもない。実際にあいつとよく屋上で花火をした思い出がある、病弱なあいつはそう遠くに出歩くのは難しかった。今考えたら手術を避けて投薬治療だけで病気をなんとかしようなんて考えが甘かったのかもしれない、今更後悔しても遅いんだが・・・・。
いかん、またそういう方向に思考がいってしまう。だからといってセミ子があいつの代わりになるわけでもなく、これはあくまでセミ子の目的というのだろうか、それを果たしてさっさとお帰りいただくためのそのための誘いなんだと自分に言い聞かせる。
「花火、それがなんなのかよくわからないのですがそれがその番さんとの思い出というのなら、私それやってみたいです!」
セミ子は予想通りの答えをするとともに俺への恩返し?ができることで嬉しそうだ。なにか善意を無為にしているようで少し気が引けるが悪いなセミ子、人間世界じゃそうゆうことばかりがまかり通る世界なのさ






「それが花火・・・・セットなのですか?」
日も落ちて薄暗くなったアパートの屋上、俺が持ってきた花火セットを見てセミ子は少し、いやかなり呆けた顔をする。
「そうだけど?」
「なにかその花火セットからはとても大きな音がするようには思えないのですが?想像していたのだともっと大きな物を想像していました」
ああ打ち上げ花火の音からもっと大きなものを想像していたんだろう、残念ながら俺が持ってきたのはコンビニで買った安い花火だ。
「まぁそんなこと言ってられるのも今のうちだぜ」
俺はそう言うと水の入ったバケツを置いて花火の袋から一本花火を取り出すとセミ子に手渡し、次に蝋燭を地面に置きライターで火をつける。
「ほれそれに火をつけてみな」
「うう、火とか物凄く怖いんですけどやってみます」
恐る恐る花火を近づけるセミ子、いやまぁこの時点で怖がってるようだともう次の瞬間にセミ子が絶叫をあげるのは想像するまでもなかった。
「な、あなななあ!ちょっとあの!小鳥遊さん、これなんですか花火から火花が聞いてないです聞いてないです」
じわっと金魚の尾ひれのような包み紙が燃えると一気にパチパチと鮮やかな色の火花が花火から飛び出す・・・・がセミ子は完全に恐怖にとらわれて目を瞑って花火を振り回してやがる。
「おいおい、それじゃなんの意味もないだろうが、というかこっちに向けるなって」
「そ、そんなこと言われてもドーンって音もしませんし火花が出てますしなんとかしてください小鳥遊さぁん!!」
「はぁ全くしょうがないな」
このままじゃ埒があかない、俺は完全にパニックになっているセミ子の後ろに回り込むと抱き締めるような形で振り回している腕を掴む。
「セミ子、俺も持ってやるから落ち着いて目を開けてみろ」
「ふ、ふあぁい」
涙声になりながらもセミ子はゆっくりと目を開ける。そこにはきっと今まで見たことのない景色が広がっていただろう。
「うわぁ・・・・凄く綺麗!」
感嘆の声をあげるセミ子に俺は嘆息する。だがまぁこれでセミ子も花火に怖がることもないだろう。
「な、別に怖がるもんじゃないんだよ。それじゃあとは一人で・・・・」
「待ってください小鳥遊さん、もう少しこのままでいてください」
「んあ?なんでもう怖くないだろ」
「怖くないですけどこうしていて欲しいんです。小鳥遊さんも見えてますか?」
じっと花火を見つめながら静かにセミ子は呟く。セミ子の肩越しに見える見える花火はどこか寂しくそして懐かしく見える。
「ああ、見える」
「番さんとの思い出っぽくなってますか?」
セミ子のその言葉を聞いて俺はようやくこいつがなんでこうしたかったのか理解した。セミ子はセミ子なりに俺のことを気にしてあいつの代わりになろうとしているんだ。正直交尾は勘弁だがこのセミ子の気持ちには素直に答えてやるべきだと思う。
「確かに懐かしいな、よくこうやって花火をした」
まともに歩けなくなったあいつをよくこうやって支えながら花火をしたものだ。これが図らずともセミ子の思惑通りって言うのならクリティカルヒットだよ。
力を入れたら折れてしまうんじゃないかってくらいに華奢で痩せ細ったあいつの体を抱き締めながら神様に何度も祈ったもんだ。「こいつを連れていくのはやめてくれ」ってな。
「小鳥遊さん、火消えちゃいました」
「お、おう。それじゃ次は線香花火だな」
溢れる涙をセミ子に気付かれないようにしながら俺達二人は二人だけの花火をしばらく楽しむことにした。
色んな想いを綺羅びやかな火花の中で燃やし尽くすように。




「ふぁぁ、花火って結構疲れるですね小鳥遊さん」
「そうだな」
俺達が部屋に戻ってきた頃にはもうすでに時計は次の日を指していた。俺がベッドに腰掛けるとセミ子は目の前の座布団に座るとほぼ二人同時に深く息を吐く。なんていうかあいつのことを思い出して涙腺崩壊していた俺は部屋にあったありったけの花火セットを使い切りセミ子の後ろでひっそりと涙を流していた。
きっとセミ子の奴も気づいていただろう、だけどあいつは何も言わずに黙っていてくれた。セミ子がどう思ってそうしたのかはわからない、けどなにか変に繕った言葉を言われるよりも俺としては何も言わないでくれたほうが嬉しかった。
「お、お茶でも淹れるか。セミ子も喉乾いただろう」
「ありがとうございます小鳥遊さん」
お互い少し緊張気味な言葉を交わすと俺はキッチンに入りやかんをコンロの上に置き、火をつける。
俺はなんだかんだ言ってセミ子に甘えちまった恥ずかしさで、セミ子の方はあれかまだ交尾をしようとタイミングを見計らっているのかお互いがお互いを気にして口数が減っていた。
コンロから出てくる火の音だけが静寂な部屋の中で響いている。
セミ子は良い奴だ、あった当初は全然感じなかったが蝉にしとくには惜しいくらいに気遣いができる奴だ。そして俺はそれになんだかんだで甘えてしまった。
甘えちまった今となると抱いてしまってもいいんじゃないかっていう心がどこかに芽吹きだしちまってる。
蝉とか人間とか関係なく、単純な男とあいつに笑われちまうかも知れないがセミ子のことを好きになってしまってるのかもしれない。
・・・・でも、
「小鳥遊さん!」
いろんな考えが頭の中で巡っていると突然セミ子が大きな声を張り上げる。
「な、なんだよセミ子そんな大声出して」
俺が振り返るとセミ子は俺のすぐ後ろで頬を染めじっとこちらを見つめていた。
その様子からさっきまでとはちょっと違う、でもなにを言おうとしているのかはすぐに察してしまった。
「なんと言いましょうか、ずっと恩返しなんて言っておいて今更こんなことをいうのもあれなのですが交尾は私のためでもあるんです。私だってこの短い夏の間に子孫を残さないといけないんです、命がけなんです、それに小鳥遊さんの思い出のために、だから・・・・」
言葉を慎重に一つ一つ選ぶように口にするセミ子。
セミ子の気持ちは嬉しいが俺の思い出のためにセミ子を抱くというのは間違いだ、セミ子はセミ子として蝉の幸せを掴むべきだと思う。
それにセミ子がいつまでも人間でいられるかなんてわからない、この一線を越えてしまうときっと悲しいことになると言う気がしてならないんだ。
「ありがとなセミ子、でも俺はお前を抱くことはしないよ」
俺はセミ子の頭を優しく撫でながら言う。
「お前の気持ちはよくわかったし、嬉しい。俺もセミ子のことが好きだ」
「だったらなんで・・・・」
うっすらと涙を浮かべこちらを見つめてくるセミ子に心がぎゅっと掴まれ、辛くなるがきっとここで抱いてしまうと余計辛くなってしまうだろう。
「セミ子だっていつまでもその姿でいられるかわかんないだろ。抱いてしまったら別れるのが辛くなる」
優しく諭すように言う。最初会ったときにはただただ五月蝿い蝉だったってのにまさかこんなことになるとは思いもしなかった。
「恩返しなら充分してもらったよ。あとはセミ子自身の幸せを見つけるんだ、いいな?」
「は、はい・・・・。」
少し複雑そうな表情を浮かべながらもセミ子は小さく頷く。
「それじゃお茶淹れて飲んだら寝るぞ。あ、寝るって言っても交尾はしないからな」
「ううっ、わかってますよぉ。あ、でも一つだけお願いが」
「ん?なんだ、交尾以外のことならなんでも聞いてやるぞ」
コンロの火を止め俺はティーポットやティーカップや出しながら答える。
「一緒に寝ても良いですか?あのえっと、それはもう別に交尾とかじゃなくて、でも小鳥遊さんがそのしたくなったら私全然構いませんので」
顔を真っ赤にしながら下を向きセミ子は消え入りそうな声で呟く。なんだろう会ったときには平気で交尾交尾言ってたのが人間に近づいたのかなんなのかはわからないが恥ずかしいというのがわかってきたということなんだろうか?
「ああ、まぁそれくらいならいいぜ」
「ありがとうございます!」
ともかくこれくらいのことなら聞いてやっても良いかなとセミ子の提案に俺は二つ返事で返した。
後々考えればこれが間違いだった、のだろうがそのときにはあんなことになるなんて思いもしなかったんだ。




「これ、可愛いですね!番さんが着てたんですか?」
ピンクの花柄をしたパジャマに身を包んだセミ子が俺の目の前でくるりと一回転する。
「ああ、よく着てた奴だな」
お茶を飲んだ後、俺はすぐにあいつの遺品であるパジャマを引っ張り出してきた。
もうほとんどあいつの物は処分したんだがなんとなくこれだけは大事にとっておいたんだ。
生前のあいつが殆ど寝たきりになっていた頃はずっとこのパジャマを着ていたからあまり良い印象なんてなかったんだが目の前で元気に踊るセミ子がそれを着ているのを見るとなんかあいつが元気になったように見えて少し嬉しい。
「はいはいもうじゃ寝るから電気消すぞ」
そんな嬉しさを照れ隠しに俺は部屋の真ん中にある電灯の紐を掴む。
「えええ、暗くしたら何も見えないじゃないですか!」
「寝るんだからいいだろ、それとも俺と寝るんじゃなかったのかセミ子?」
「そ、そうでしたね。それじゃ寝ましょう小鳥遊さん」
俺の言葉に楽しそうにセミ子がごろんとベッドに転がり込んだのを確認すると俺は掴んでいた紐を引っ張る。ガチャンと電灯の明かりが消えると部屋には扇風機の回る音だけが静かに響く。
「それじゃおやすみセミ子」
「は、はい・・・・おやすみなさいです小鳥遊さん」
そう言って俺がベッドに寝転がるとセミ子はすぐに俺の袖をぎゅっと掴んでくる。
その行為に俺は何も言わず、セミ子も何も言わなかった。
俺はじっと天井を見つめ、セミ子はずっと俺の顔を見ていたんだろう。
今でもセミ子を抱かないと決めたことに揺らぎがないといえばそれは嘘になる。だからこそ、この沈黙がすごく長く感じられる。

それからどれくらい経っただろうか?疲れているとはいえこの状況でそんな簡単に寝れるわけもなくぼうっとしていると不意にセミ子がこんなことを呟いた。
「私やっぱり、いつかは蝉に戻っちゃうんでしょうか」
独り言のように小さく呟かれた言葉に俺も独り言のように言葉を返す。
「さぁな、蝉が人間になったなんて話聞いたこと無いからな。だけどセミ子が恩返ししたと満足したら元に戻るのかもな」
根拠なんて無い、ただ絵本の物語なんかじゃそんな展開定番というかよくある話だと思う。
「恩返しに満足・・・・」
「ついでに言うと俺は満足しているからな」
そう一応釘を刺すというか俺の本心を語る。セミ子に感謝しているのは本当のことだからな、だからこそ俺が適当に助けたその恩返しなんかで終わっちまうのはもったいないんだ。
「もう寝ようぜ、そんなわからない話してもしょうがいないだろ」
「そうですね。でももしずっとこのままだった・・・・そうしたら私、小鳥遊さんのところにいてもいいですか?」
セミ子の質問に答えるのは正直難しかった。そりゃセミ子は蝉だから戸籍もないしここに住むといっても色々問題はあるだろうし・・・・。そこまで考えて俺はなんて臆病で自分のことしか考えてない人間なんだと思わず痛感した。
そりゃそうだろうセミ子がこのままってのには色々問題、障害はあることくらいわかってる、わかってるけど男なら即答するべきだった。
あいつが寿命が短いって知っていてなお付き合ってくれって強引に言ってたあの時の俺みたいに・・・・できるかわからないけど勢いで言ってた頃の俺にそろそろ戻らないといけないな。
「ああ、セミ子が人間に戻らなかったらずっとここにいていいぜ」
即答までとは言えなかったがなんかその言葉を口にした時なにか俺の中で何かが戻ったようなそんな気がした。
「ありがとうございます小鳥遊さん、なにかこれで安心して眠れそうです」
ぐっと袖を掴む力を強めセミ子はそれだけ言うとそれ以上何も言わなかった。
「ああ、おやすみ」
俺も静かにそう言うとゆっくりと目を閉じる。するとさっきまでは全く寝れそうになかったってのにあっさりと意識は深い眠りへと落ちていった・・・・。




突然だが『金縛り』って現象になったことがある人はいるだろうか?そう、あの体が動かなくなるってあれだ・・・・なんていうか突然の告白になるんだが俺、小鳥遊大樹は金縛りって言うのによくなる。
いや、いやいや別に心霊的なものじゃない。だからセミ子みたいなのを見てしまうってのも関係ない。だいたいあんなもの簡単に言えば脳は起きてるのに体が起きてない状態ってだけだ。
疲れているときによくなるらしい、俺はちょくちょくなるんだがこれは疲れすぎているのか?
まぁともかく金縛りになったとしても結構冷静に対処できるんだ、「はいはい金縛り金縛り」でもう一度寝直せば良いんだからな。
しかし今夜は違った。そう、俺の隣にはセミ子がいたんだ。

「んんんっ・・・・」
ぼうっとした意識のなか不意に目が覚める。まだ辺りは真っ暗でいつのまにか開いているカーテン、窓からは月明かりが漏れ部屋の中を淡く照らしている。
体を動かそうとするがピクリとも動かない、ああなんだ金縛りかやっぱり疲れているんだ寝よう、はい寝ようと思った時胸元辺りに違和感を覚えた。
『あ、あれセミ子?』
俺の胸元に抱きつくようにしていつの間にかセミ子が体を寄せていた。
「んっ、小鳥遊さぁ・・・・ん」
甘ったるく高揚した声色でセミ子は自らの体を動かしている。パジャマをはだたセミ子の体は月明かりを受け真っ白に光っている様に見える、いやいやそんなことはどうでもいい。
『おいセミ子なにしてる・・・・!』
そう言ったつもりなんだが金縛りのせいか言葉になっていない。その間にもセミ子は激しく悶えながら俺の上で体を動かすのを止めない。
ぬちゃりぬちゃりと嫌らしく粘膜の擦れ合う音と共に下腹部、及び全身に快楽の波が押し寄せてくる。
「気持よすぎてヘンになってしまう、ですか?」
そんなことをセミ子が言った気がするが俺は体の奥から押し寄せてくる快楽に耐えきれなくなってくる。
「私、好きな人と繋がれてこれで満足して帰れ・・・・んっ、そうですっ」
その言葉と共にセミ子は更に体の動きを激しくする。
だめだ、中で果てるのだけは・・・・ご利用は計画的にって言うだろ。
俺は力の入らない体で必死に叫んだ!
「だからちょっと待てってセミ・・・・子!」

やっと口から出た言葉にハッとなると目の前はすっかり朝で俺は部屋に一人だった。日はまだ上がりきっていないが空は雲ひとつない青空で部屋には明るい太陽の光が差し込んでいる。
「セミ子・・・・?」
辺りを見渡すがどこにもセミ子の姿はなかった。だがあいつが着てたパジャマは綺麗に畳まれ座布団の上に置かれているを見てなんとなく状況を察してしまった。
「蝉に戻ったのか、帰るんなら一言言ってくれればいいのに」
思わず愚痴をこぼす。ただセミ子も別れが辛くなるから黙っていったのかもしれない。
「煙草でも吸うか・・・・」
ぼんやりとしたまま俺は玄関を出るとポケットから煙草を取り出し火をつける。
「はぁ~~~~~~」
煙を吹かしながら昨日のことを思い出す、結局あれがなんだったのかいなくなっちまった今となってはよくわからない。
あいつの生まれ変わりかとも一瞬思ったりしたがよくよく思えばあいつとセミ子じゃ似ても似つかないし、いやそんなことよりも。
「俺、あいつと一線超えてないよな」
そこだけがなにか今は一番気がかりだった、いやまぁ済んでしまったことっぽく考えれば別にどうでもいいことなのかもしれないがなんとなく昨夜の呆然とした状態での体験、あれが本当にやっちまってるとしたらどっちから誘ったかはわからないがあんだけ言っておいてなにやってんだろうって感じだ。
「セミ子がいなくなったのもやることやったからって考えると怖くなるから止めよう、それはうん。あれは夢、夢だったことで」
人間の姿をしているとはいえ蝉なんかと交尾した人間なんていないだろ、いやいて欲しくない。
とりあえず今の俺にできることはすべて忘れることだ。あいつのこともついでにセミ子のことも、忘れて前を進むこと。いつまでも引きずられてたってダメなのはわかってる、落ち込んでばかりだから変なセミ子みたいな幻を見たりするんだろうしな。蝉にまで心配されるとは全く俺もダメな奴だな・・・・ちょっと嬉しかったけども。
けどまぁ昨日のことは幻覚と決めつけよう、考えちゃダメだ。
そう思って大きく息を吐くとゆっくりとアパートの下を見る、その視線の先には小学生だろうか小さな子供達が俺の憂鬱なんか気にしない様子で虫取り網を手にはしゃいでいた。
「えいえいっ!くっそぅ、捕まんないよぉ」
「甘い甘い、そんなんじゃダメよ、ダメー!」
いやその子供達の中に一人異質な存在がいた。真っ黒のゴシックパンクに真っ赤なツインテールを揺らしている高校生くらいの超絶美少女、付き添いというよりかは自分自身が一番楽しんでいるような様子で子供達に混じり虫取り網を振り回している。
普通女子高生くらいなら虫とか毛嫌いしそうなもんだがその超絶美少女は虫取り網をまるで槍のように振り回すと自信有りげに構える。
「ふふふ、この蝉取り名人と呼ばれた北条政子様の妙技、とくと目に焼き付けておきなさいっ!」
言うが否や北条政子と名乗った超絶美少女は近くにある木に向かって走りだすと
「秘技、『飛んで火にいらないけど夏の虫キーック』!!」
へんてこな技名を叫びながら木にとび蹴りをかます。その衝撃で木に留まっていた蝉達が一斉に飛び立つのは当然のことで、思わずなにやってんだこの超絶美少女はと思ったのだが次の瞬間北条政子は蹴った木を足場に空中に逃げる蝉達向かって一気に跳び上がるとぐるんと虫取り網を回転させて地面に着地。一瞬の早業だったが俺には見えた、その一振りで少なくとも虫取り網には蝉が三匹は捕まえられたであろうことを。
「政子姉ちゃんすげぇ~!」
「かっけー!」
「ふふーん、まぁ私にかかれば朝飯前のお茶漬けしば漬け付きよぉ」
子供達に囲まれて自信満々に答える政子。なんていうかまぁ小学生と全力で遊んでる高校生なんて今どき珍しいなぁと思いながら確かにあんな技見せられたら子供の時の俺なら三日はヒーローと崇めるなぁと思う。
「セミ子、お前は元気にやってるのか?子供達に捕まらずにちゃんと子孫残せよな」
いなくなっちまった幻覚の相手を想い、俺は誰に言うわけでもなくそう呟くと深く息を吐いた。
セミ子だって蝉に戻ったら一週間の寿命だ。今となってはいなくなっちまうと少し寂しい気がするが一緒にいたら、また俺だけ置いてきぼりをくらっちまうのはわかりきったこと。
きっとセミ子もそう思って俺の前からいなくなったんだろう
だから昨日のことはもう忘れるんだ。
だからこれでいい、これでいいんだ・・・・。

そんなことを思ってるとまた別の子供が奥の方から蝉を手に政子に向かって駆け寄ってきた。
「ねぇねぇ政子姉ちゃん、蝉捕まえられたよ。ところでこいつってオスなのかなメスなのかな?」
「ん~?なになに、もしかして雄雌の区別もつかないでいたの?そんなの簡単、蝉ってのは『雄しか鳴かない』のよぉ~」
子供相手でも完全に視線を合わせるでもなく上から目線で答える政子、いや彼女にとっては子供の相手をしてやっているというよりかは完全に子どもと一緒くたになって遊んでいるところからしてとにかく自慢したいだけなんだろう、まぁなんというか微笑ましい光景だ。
しかしそうなのか、蝉は雄しか鳴かないんだな。なんていうかそんな知識初めて知った・・・・・・・・ん?あーそれじゃ、うんそうなるよな。
「くっそ、あいつ・・・・そうだったのかよ」
俺はあれが生産性のない行為だったことに安堵した後、急に思い出したようにでてきた尻の痛みに乾いた笑いとくだらない涙がでたのだった。





《 Requital of a favor 了 》





【 あとがき 】
皆さんはじめまして、アンジェと申します。今回初めて投稿させていただきました、正直皆さん上手な方ばかりで私の書いた駄文はお目汚しにしかならないと思いますがご感想いただけると励みになりますのでどうかよろしくお願いします。

【 独り言 】
今回勝手に氷桜夕雅さんの北条政子ちゃんを本編に出してしまいました。これは決して内◯カボチャに「北条政子ださないとボツ!」と
言われたからではありません、あしからず


 アンジェリーク・ドゥ・ラ・パトリエール


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