Mistery Circle

2017-07

《 空白のノンフィクション 》 - 2012.07.08 Sun

2013年度 総合オススメMC 《《 ☆☆☆☆☆☆☆ 星七つ作品 》》

Mistery Circle Vol. 49 掲載




《 空白のノンフィクション 》

 著者:幸坂かゆり






「一生チャレンジし続けられることがあるなんて、うらやましいです。」

年下で、アルバイト先の後輩、麻生桃子が大きな声で、大きな目で、来生(きすぎ)にまっすぐと言う。街の中、更には路地にある小さなレストラン、従業員数名と来生はそこで仕事をしている。麻生桃子とはそこで知り合った。仕事以外での関係はない。

麻生桃子が放った言葉の意味。それは、先日来生が受けた映画のオーディションの事だ。
来生はその映画の役を獲得するべく、オーディションを受け、一次審査の書類選考をパスした後、二次審査の結果を待っていた。その通知書が入った封筒を業務用エプロンに入れたままにしてしまい、何かの拍子に落とし、店内で麻生桃子が拾ってくれたのだ。差出人の欄に書かれた名前で、麻生桃子は映画会社と知り、興味から、ごく僅かに話を聞いてきたのだ。
「来生さん、受かったんですか!すごいです!」
「本選じゃないから。」
何となく気恥ずかしくて、ぼそぼそとくぐもった声で話した。
「それでもすごいです!」
麻生桃子の方が受かったように興奮している。店には客がいて、来生の顔をちらちら見るので若干の気まずさを感じた。それに “一生” なんて言葉を持ち出すには大げさすぎる。
「・・・じゃ、僕はそろそろあがります。」
「あ、本当。もうこんな時間。」
麻生桃子はすぐにやりかけていた仕事に戻った。来生は恥ずかしさを隠す為、仏頂面になりながら2階にあるロッカールームに行った。

来生は悔やむ。どうして今朝、封筒を鞄に入れておかなかったのか。朝、時間がなかったので自宅の郵便受けからとってきて、封筒はこのロッカールームで開けた。二次審査を通過したと分かり、動揺したせいか、鞄ではなく、業務用エプロンのポケットに入れてしまったのだろう。
それがあの言葉の発端。エプロンを外し、鞄に押し込み、上着を羽織った後、下に戻った。

店内は夕食時になり、混み始めていた。交代のバイトが入っていたので挨拶をし、引き継ぎ業務を知らせた。
「それじゃ、お先に失礼します」
「はい、お疲れさまー。」
幸い、話は広がっていないようだ。僕はすぐ店を出て、数歩先を歩き、信号待ちをしていた。その時、店のドアベルが大きくカラコロと鳴ったので思わず振り返った。
「来生さん!」
大きな声で僕を呼びかけたのは先ほどの麻生桃子だ。彼女は制服である白いシャツと黒い業務用エプロンのままで走ってきた。
「あの、さっきはたくさんのお客さまの中、大声でごめんなさい。」
「あ、いや、気にしなくていいよ。」
「でも本気で思うんです。夢は大事だと思うんです!」
「まぐれだよ。」
「そんな事ないです!でも来生さんが俳優さんを目指しているなんて知らなかった。」
麻生桃子は少し子どもっぽさを残す高い声と、大きな黒い瞳で来生を見つめながら言う。
「誰にも話した事ないから。それより店に戻った方がいいよ。今混んでるから。」
「あ!そうですね。それじゃ、お疲れ様でした!」
麻生桃子は大きな声で挨拶をすると来生に礼をして、小走りで店に戻って行った。一つに結んだ髪が左右に揺れる。白いシャツから透ける、軽やかに躍動する背中の動きが、彼女の若さと無邪気さで、とても美しかった。それほど年の差に開きがある訳でもないのに、通知書一枚で動揺して、夢に酔っ払って、大事な封筒を落としてしまうような自分を思うとやっぱり恥ずかしくなる。

麻生桃子はアルバイトから正社員へと昇格したので、来生とは労働時間が違った。来生にも正社員にならないか、とチーフから打診はあった。けれど断った。それはやはり麻生桃子の言うように俳優になる事を望んでおり、劇団に所属し、エキストラの募集が出ればすぐに駆けつける。そのため、時間が不規則になるというのが理由だ。

道すがら、コンビニに寄った。何種類かの惣菜とペットボトルに入ったミネラル・ウォーター、そして、少々ためらったが、表紙の可愛いブロンドの女の子に魅かれて、雑誌「PLAY BOY」もカゴに入れた。うさぎの付け耳に下着、両手にカフスだけ、という奇妙な出で立ちをしていた。豊満な体を見せつけるようにこちらを見据えるのは、青いような緑のような目。煽情的なポーズを取り、纏った小さなブラジャーから胸が零れ落ちそうだった。

朝、目覚まし時計が鳴って目を覚ました。
一応とは言え、大学を出たのに家にいるのは両親に忍びないし、もう大人なのだから例えバイトでも自分で生計を立てよう、と一人暮らしをしている。当然、起こしてくれる人はいない。
目覚ましを止め、顔を両手で乱暴にこすり、体を起こした。トイレに行ってから、歯を磨き、洗顔し、その辺に置いてあるTシャツを着てジーンズを履いた。コーヒーメーカーでコーヒーを淹れ、飲んだ。頭がしゃっきりと醒めた頃、冷蔵庫から昨夜買った惣菜、鶏肉のトマト煮込みを取り出し、電子レンジで温め、炊飯ジャーであらかじめ炊いておいたごはんをたっぷり茶碗によそって、野菜サラダ、インスタントの味噌汁と共に食べた。食欲は、今の生活の命綱だ。食事だけはきちんと摂ると決めていた。しかし、食後の煙草がやめられない。これだけは個人の趣向だ、と言い訳をしている。しかし吸おうとして箱を見ると空だった。確かめておけば良かった。短くため息をついて、店に行く前に買おう、とぼんやり思った。
ふと、確かめておけば良かった、と言う言葉の端々に浮かぶ、悔やむような、その、妙に後ろ向きな思考は、本選に行こうかどうか来生を迷わせていた。まだ一ヶ月先ではあるが。書類選考が通った時は、根拠のない自信を持ち、絶対に最後まで残ってやる、めちゃくちゃに個性的な俳優になるのだ、と、意気込んでいたと言うのに。どうしたものだろう。その事すらどうでもよく感じている自分がいる。二次審査通過の封筒は画鋲で壁に貼り付けてある。その封筒を来生は、じっと見つめた。隣に貼ってあるカレンダーが目に入った。
そこには今日の日付けに「休み」と、自分の字で大きく書いてあった。
「やっぱ、オレだめだ・・・。」
やはり悪い方に関連付けてしまう。今日は劇団も大きな舞台を控えた稽古のため、開いておらず、実質上、一日休みだ。部屋にいてもきっと、うだうだと考え事をしてしまうだろう。

結局、いつも仕事に行く時間にバスに乗り込んだ。今日は休み日和の良い天気だ。街の中まで乗って行こう。本屋で立ち読みでもしよう。来生は本を読むのが好きだった。昨日衝動買いした雑誌も、多少言い訳は入るが、気に入ったのだから来生にとっては良い買い物だった。
バスは来生の他に何人か客を乗せていたが、次々に先に降り、来生一人のみを残した。揺れ方が心地良い。もうすぐ停留所だぞ、寝るなよ、俺。と、来生は独り言で自分に喝を入れつつ、首が、がくん、と前後に動くのは止められなかった。

どうにかその眠気と闘いながら、窓を見ると驚いた。
夜になっていた。慌てて時計を見たが数十分しか経っていない。思わず立ち上がろうとしてよろめいた。めまいがする。床がトランポリンのようになっていてうまく進めない。なんだこれは。動揺だけで何もできない。

「お客様」
低く響く声で話しかけてきた運転手を見て、来生は息を飲んだ。にやり、と笑いながらこちらを向いた運転手はいつもの顔なのだが、昔の個性的な芸術家のように生やした髭の先をくるん、とカールさせ、おまけに、うさぎの耳と大げさな蝶ネクタイをつけ、白い手袋をはめたまま、シャツの袖をだらしなく捲り上げていて、昨夜買った雑誌の美女の格好を思わせた。もちろん、こちらは美女ではない。
「まあ、落ち着いて下さい。これは貴方の世界なのですよ。」
「え?」
「お客様、お心に戸惑いを抱えたまま乗車されたでしょう。このバスは、その人の心の景色を表してしまうのです。貴方は今、真夜中の真っ只中にいらっしゃいますね。いけませんね。心配です。そして解決しないことにはバスから降ろせないのです。」
うさぎ運転手はまたしても、にやりと笑う。
「冗談はやめてくれ!降ろせ!」
「降りられるものなら降りてごらんなさい。無理でしょう?今の状態では。」
来生の体は、ぼよんぼよんと跳ねてしまって一歩も前に歩けない。
「今日はお仕事もお休み。劇団も大きな舞台を控えていて貴方が行く必要がありませんね。」
「なんで知ってるんだ?」
「貴方の心の中が教えてくれるのですよ。」
うさぎ運転手、にやり。
頼むから生きて返してくれよ、と、恐る恐る思う。
「大丈夫ですよ。貴方次第ですがねえ。」
心の中が読めるのか。なんて不気味なうさぎなんだ。そんなふうに思いながらも、疲れた。来生はトランポリンのような床に座った。

改めて外を見る。夜の景色。田舎だから灯りが少なくて夜景としてはあまりきれいじゃない。けれど嫌いではなかった。感傷的にさせてくれるもの、それはどこか感情として必要だと思えた。幼い頃から、一人で空想する事が好きだった来生にとって、夜は怖いものではなかった。たくさんの想像をして楽しんだ。あの頃の想像がそのまま今の自分を形成している。そんな想像という夢の中から、オーディションは現実へのドアをひとつ開いたように感じていた。

すると、急にまためまいのように眼前が回転した。

夜から、いきなり夕方になった。今にも沈みそうな太陽の光はバスの中に届かない。魚が空を飛んでいる。金魚だ。大きな。憶えている。幼い頃、両親と露店で金魚すくいをして手に入れた金魚。思い出したくなかった。その日、はしゃぎ過ぎた来生の手から、金魚の入った袋が離れた。
暗かったのと人波に押し出された事で、すぐに探せなかった。両親はそんな来生の頭を撫でて慰めてくれた。来生は泣いた。だからと言って、もう一匹は買ってくれなかった。
次の日早朝、金魚を手放してしまったであろう路地へと急いだ。淡い朝の陽射しの中、土の上で金魚を見つけた。金魚は、少しの間住み家としていたビニール袋の中で、水が流れ出してしまい、そのまま空になり、動けないままラミネート加工されたように、袋にぺったりと張り付いて死んでいた。目をまんまるに開けたまま。僕のせいだ、ごめん。そう言って土の中に埋めた。こんな思いをするのならもう買おうなんて思わない。悲しかった。何もしてあげられなくて、ただ、死に向かわせてしまった事が。
今でも、来生の心を締め付ける、辛い思い出。泣き出しそうになるのを堪える。それからずっと金魚すくいはしていない。祭で露店を見つけるたび、金魚の方は見なかった。ひよこなんてもってのほかだった。あれほど泣いた事はないほど、来生は泣きに泣いた。
数日経つと、家族はみんな金魚の事が頭にないかのようだった。それが悲しく、また、数人のクラスメイトに話した所、泣いた事をからかわれた。
それ以来、心を閉ざした。内に篭もった訳ではなく、本音を話さなくなった。大事な友達、恋人、その想いとは別の心の場所で、ほの暗く、しかし熱く、語りたい思いが積もり、どうして良いのか判らず、持て余すようになっていた。

すると、どこからか音楽が聴こえてきた。かすかな音が、フェードインするように大きくなっていく。来生が小学生の時、初めて目にした映画の音楽だった。あの景色。大きな色彩豊かな観覧車。やけにひん剥いた目を持つ馬が特徴的だったメリー・ゴー・ラウンド。主人公は中年に差し掛かった男だったが、その表情はくるくると変化し、女たちとキスを交わし、物語が進むにつれ、魅力的に映った。

今思えば、R18指定にあたる作品だったのだろうが、小さな町にやってきたフィルムはそんな事に構っていられなかったらしい。一度映画館に入ってしまえば何度も何度も席を立つまで繰り返される上映。あの時の映画館は天国だった。あの時、初めて自分の中にある情熱を放出させる術を発見できた気がした。
帰りがすっかり遅くなり、真っ暗になった映画館の外で、怖がるどころか気分が高揚し、まっすぐ家に帰れなかった。内側から感動が噴出しそうになる。きっと家に帰っても母親に遅い時間になったのを叱られるだけだ。もう少し余韻に浸っていたい、そう思い、歩道橋を一気に駆け上がり、上がりきった橋の真ん中で大の字になって空を見た。暗く怖いはずの空は満天の星が照らしていた。歩道橋の手すりはファインダーとなり、その瞬間だけ星空は、来生だけの物になった。それからは、映画が幼い自分を認めてくれる唯一の存在になリ、いつしか自分も役者になりたいと思うようになった。あの中年男の存在は、常識を常識でなく捉える事が、粋にも成りうるのだと言う事を教えてくれたのだから。

気づくと目を閉じて音楽に聴き入っていた。外を見ると、早朝になっていた。深い鶏肉のトマト煮込みの匂い。コーヒーを落とす音がする。今朝だ。
うさぎ運転手は改めて言う。
「貴方の世界なのですよ。」
来生は、もう無言になり、息を整え、改めてバスの窓を見る。
「貴方は非常に感受性が強い。今までの記憶をまるで昨日の事のように呼び出せる。そのレーダーを外に発する時期に来ているのでしょう。迷っていたら永遠にこのバスの中です。」
「それは。」
「はい。」
「本選に行けって事?」
「どう思いますか?そうそう、昨日チャーミングな女性からもらった言葉はどうお感じになりましたか?」
「昨日?ああ、麻生さんの事?」
あの言葉は、本来なら喜ぶべき言葉のはずだった。なぜ素直になれなかったのか。理由は一つ。怖気づいていたからだ。
バスの外の景色は、今や流れるように夕方の眩しい夕陽に変化していて、もう来生は驚かない。この風景は、バイト帰りの道。慣れなくて先輩に怒られてへこんで、このままでいるもんか、と、歯を食いしばって歩いた日の夕陽だ。そして、そうして働きながら夢を実現させるんだ、と、あの中年俳優を思い出していた。
一日一日は長かった。体力もきつく、険しくなり、時折、演劇なんか続けてどうなる、とも思ったが、そんな悩んでいる日の夕方にも、夕陽は変わらずこちらの気持ちも考えず、のほほん、と辺りを照らしていて、天気は心を読んでくれないんだな、と当然の事に気づき、なぜだか笑えて来た。 
それが、今の自分が見ているものすべてで、周りを気にしているのは自分だけで、誰も来生の夢を知らず、ただいつの間にか、時間をかけるうちに不安は不満になり、自分自身と周りとの思考の乖離を怖がるようになっていた。

大きな一歩じゃないか。夢を掴めるかもしれない事を怖く感じるのは当然じゃないか。大切な事なのだから。そんな当たり前の事すら見えなくなっていた方が怖いと思った。明日、麻生桃子に話しかけよう。あの言葉に礼を言おう。どこまで行くか判らないけど精一杯やってみると。来生がそんな思考に持って行った時、うさぎ運転手は自慢の髭をぴん、と弾いた。

バスは、がくん、と音を立てて止まった。その瞬間、我に返った。

辺りを見渡すと、バスの中ではなかった。
静まり返った自分の部屋に来生はいた。カレンダーを見るとやはり「休み」と書いてあリ、二次審査の書類が入った封筒は、壁に画鋲で留めてあった。夢じゃない。瞬時に、わくわくと胸が躍り出し、やってやるぞ、と、心が沸々とたぎる。久しぶりの感覚で。その勢いで、もう一度奇妙な体験をした、あのバスに乗ってみようと思った。もしも同じ事が起こったら、自分の夢や生活以前の問題だ。不安は、抱えたくない。同じ日の朝の行動を繰り返した事になったが、用意をして外に出た。

バスは、いつものようにたくさんの通勤客を乗せ、その中に自分もいて、たくさんの人を降ろし、そして何事もなく、自分の降りる場所でバスは止まった。ちらりと覗き見た運転手は、うさぎの耳もカールした髭もなく、真面目な風貌だった。バスの中を歩いても床はトランポリンにならなかった。

街の中を歩いた。みんなが仕事に出かけているであろう時間帯、バスの車窓から見た幻想のような自分の思い出の場所を一箇所ずつ、来生は歩いてみた。あまりきれいじゃない夜景の見える場所も、金魚を手離してしまった路地も、エネルギーが満ちた映画の帰り道、寝転がったあの歩道橋の階段も。

歩道橋に着いた時には既に夕方になっていた。あの頃のように寝そべりはしなかったが、手すりに腕を凭れ掛け、胸ポケットを探った。やはり煙草はないままだった。夕陽は、今にも街の中に消えてなくなりそうだったけれど、沈むものか、と意地のように光を放っているように眩しかった。目を細めると雲をかぶったように輪郭があやふやになる。まるで、夕陽が泣いているように。来生は自分に似ている、と思った。自分は今、どんな顔をしているのだろう。決してドラマティックではない人生でも、諦めずに生きてきて、まだまだ夢も始まっていない。けれど動き出している。そんな、不器用に出発しようとする男の顔つきは、一体どんな。

「来生さん?」
いきなり現実に戻す声がした。声の方に目をやると麻生桃子がいた。
髪は長さそのままに下ろしていて、職場で見るより大人びて見えた。
「麻生さん?」
「こ、こんばんは。」
「こんばんは。仕事以外で会うの初めてだね。驚いた。」
「私もびっくりしました。お休み、一緒の日だったんですね。」
麻生桃子がにっこりと笑う。うさぎの運転手が言うようにチャーミングだった。
「急に話しかけてごめんなさい、来生さん、すごく雰囲気があって、びっくりしちゃって」
「雰囲気?僕が?」
思わず吹き出した来生に、麻生桃子は少しだけムキになって言う。
「だって素敵で、本当に、俳優さんみたいだったから。」
来生は思わず言葉をなくした。
「ご、ごめんなさい、私、昨日から余計な事ばかり言っちゃって・・・。」
「余計な事じゃないよ、麻生さんの言葉、焼きついてたよ、それなのに感じ悪い言葉を返しちゃって悪いなと思って、明日、きちんと君に話しかけようと思ってたんだ。」
麻生桃子は、やはりまっすぐな瞳で来生を見つめる。

「落ちたらかっこ悪いけど、本選、がんばろうと思う。」
麻生桃子は一瞬、ぱぁっと華やかな笑顔を浮かべ、少しだけ間が空いた後、
「かっこ悪くなんかないです。挑戦してる来生さんはかっこいいです!」
と、また大きな声で言った。
「照れるね、でも、ありがとう。」
「いいえ!」
麻生桃子は大きく首を左右に振る。黒髪が揺れる。
言えた。彼女にありがとうが。これで大丈夫だ、と来生は思う。一人の人間として。麻生桃子の笑顔は、弾力のある頬が夕陽に照らされてつやつやとしていた。その笑顔が来生にはとても感動的で、確信はないけれど、大きな力になる気がした。例え落ちたって次がある、と、強い心で思える。

明日、また元気に麻生桃子が挨拶をしてきて、仕事が始まる。夕方まで。そしてくたくたになるまで働いて、疲れた体でコンビニに寄って、少しスケベな雑誌なんかも買ったりするのだろう。そんな現実に、ふとため息が出る。しかし、どれほど疲れた心に埋没して、やりたい事を見失い、時に忘れたとしても、どうしてもはみ出してしまう熱さが胸に刺さっているのなら、心は蘇る。何度でも。情熱で。
来生はクセでポケットの中を探ったが、煙草がなかった事を思い出し、諦めた。
「まったく、社会ってヤツは、本当に鬱陶しいな・・・。」
自分勝手な、台詞のような言葉とは裏腹に、来生は微笑んでいた。





《 空白のノンフィクション 了 》





【 あとがき / 受賞の言葉 】

ひゃー。
ひゃー。
票をいただけてとても嬉しいです!

Mistery Circleさんでは、
結構な古株になってしまいましたが、
その割に毎年一年に一作しか参加できないと言う、
とんでもない遅筆ですが、
読んでくださる方がいてくださり、
本当にありがたく思っています。

これからも(遅筆ですが)、
常に今以上のものが書けるように、
精進して行こうと思います。
一緒に書いている「仲間」である皆さんがいてくれて、
この場所があるから諦めずにいられたのだと思います。
今年もありがとうございました。
来年もどうぞよろしくお願いします。

Loveーーーー♪

幸坂かゆり




kayuri Yukisaka Website 幸坂かゆり
http://adrianalimabean.web.fc2.com/


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