Mistery Circle

2017-10

《 双子座の落ちた先 》 - 2012.07.10 Tue

《 双子座の落ちた先 》

 著者:氷桜夕雅








「ぼくが兄さんを殺すんじゃないかって?そんな顔してるな魔術師さん」
私の目の前にいる男は一頻り自分の素性を話した後、そう言った。
しかし私としては全然全く興味がなく、適当に話を聞き流していたので急にそんなことを言われてもどう返答して良いかわからなかった。わかる事と言えば一つだけだ。
「さぁ私にはどうでもいい話だわ・・・・とりあえず魔術師と呼ばないでもらえるかしら、セルリアンって名前があるんだから」
私はそう言ってテーブルに適当に転がっていた枯れ草を試験管の中に放り込み火で炙る。
「それじゃセルリアン、さっき話した薬作ってもらえるか?」
「薬・・・・?さぁ、あいにくと実験に集中していて途中までしか話を聞いてなかったわ、貴方がお暇ならもう一度最初から言ってもらえるかしら」
「まじかよ・・・・」
ほりの深い顔に夜でも目立つんだろうなぁと思うくらいに明るい金髪、そこそこの身なりをしたその男は私の言葉に少し苛立ちながら口を開く。
「どっから聞いてないんだよ、俺の名前くらいは聞いてるよな?」
「ええ、それくらいなら聞いてたわよ。貴方の名前はオーカー、それでお兄さんの名前がクロムってところまでは説明しなくて結構よ。それから先は私全く聞いてなかったわね」
「本当最初の最初しか聞いてないのか」
男は嘆息すると心底面倒くさそうに後ろ首を掻く。どうやら身なりこそ貴族っぽいが私がみる限りこの男は粗雑な印象を受ける。
・・・・と、言うか面倒くさそうにするなら諦めてさっさと帰ってくれるとこちらとしても嬉しいのだけど。
ったく、なんで私がこんな人間の下らない話を聞かなきゃいけないのか。私は人間が嫌いで人間以外のなにかになりたくてわざわざ人里離れたところで研究しているというのに街の人間はなにを考えてるのか私を「便利な魔術師」と思ってるらしく、やれこうゆう薬が欲しいだとか何々で困ってるから相談に乗ってくれだとかでやって来て心底迷惑しているのだ。
いつもなら居留守を使って事なきを得るんだけど今日に至っては同居人の狼男スレートが「困っているようだし話くらい聞いてあげるといい」なんて言ってこの男を中に入れるからこういう面倒なことになるのよ。
大体お悩み相談なんてスレートの奴がやればいいのよ、それなのにあいつはこの男を入れるとさっさと狩りに行くんだから・・・・
「ああっと話してもいいかな?」
聞こえないくらい小さな声でブツブツ言っているとオーカーは怪訝そうな顔でそう聞いてきた。それに私は小さく頷くと火で炙っていた試験管に更に草を放り込む。
「手短に頼むわ」
「・・・・ぼくの家は元々三流の貴族の家柄でね、母さんは小さい頃に病気で死んで、うだつのあがらない親父に勉強も武術もできない屑の兄さん、そしてとびきり優秀なぼくの三人に数人の使用人で生活していた」
「ふぅん・・・・」
自分で自分を優秀というのは驕りなのかなんなのかよくわからないがそれだけ自分に自信があるのだろう。
「このクロム兄さんってのが本当なにやらせてもダメな奴でね、小さい頃からぼくは言ってたのさ『この家の跡取りはぼくがなる』ってね」
オーカーの口振りにはどこか自分の家柄に対して不満があったように聞こえる。
「実際ぼくの方が勉強も武術もできていたし兄さんも『それじゃオーカーに任せようかな』なんてニコニコ笑ってるだけだったからな、ぼくは親父が死んだ後当然のように跡を継ぐつもりだった」
オーカーの語気には怒りが込められていた。とはいえ私にはそう関係ないことだ、私はその辺に転がっていたビーカーを拾い上げるとそこの炙っていた試験管の中身を移す。
「そして親父が死んでぼくが跡取りになろうとした時にとんでもないことがわかったんだ」
「とんでもないこと?」
ビーカーの中身をガラス棒で適当にかき混ぜながら私は言う。本当興味ないけど聞いてる振りくらいはしてあげる。
「親父の奴、莫大な借金を残していきやがったんだ。それも他の貴族の奴等との博打だとかそんなくだらない理由でだ。だからぼくはその借金をおっ被るのが嫌で家を出た」
「それじゃ家はその貴方のお兄さんが継いだのね」
私の言葉にオーカーは頷く。まぁそれが普通でありきたり事なんじゃないか、と私は思う。そもそもできが悪いとはいえ長男が家を継ぐべきだし、誰だって家の借金なんて抱えたくはないわけだから。
「ぼくはあの兄さんが家を継いだところですぐに没落するものだと思っていた。それなのに気がついたらたった数年で兄さんは借金なんて初めからなかったかのように振るまい、今やそこいらの貴族が羨ましく思うくらいの一流の貴族になってやがった」
「あら、それは良かったじゃない」
それはお世辞でもなく私の心からの言葉だ。こいつには言わないが私も元は貴族の家に生まれた人間だ、だが今となっては私の家はなくなってしまった・・・・だからどんな形であれ戻る場所があるということはいいことだ。
まぁあったとしても私は戻る気はないのだけど。
「それで私になにを作らせようって言うの?まさかその兄さんとやらを恨んで殺す毒薬でも欲しいのかしら?」
私はそこまで言ってオーカーが最初?に言った『ぼくが兄さんを殺すんじゃないかって?』という言葉が過ると同時に目の前はオーカーは首を横に振っていた。
「だからそうじゃないって、ぼくが頼みたいのは少しの間でいいから兄さんと入れ替わりたいだけなんだ」
「入れ替わりたい?」
私はそう答えながら頭をめぐらしそんな薬があったかどうか考えるが・・・・すぐに考えるのをやめた。なぜならそんなものができていたのなら人間嫌いで人間以外になりたい私が真っ先に使っているに決まっているのだから。
「ぼくは今、街で細々と暮らしてる。あの家からは勝手に出て行った手前戻るわけにはいかない」
細々と、ねぇ・・・・私がみる限りオーカーの衣服やその手につけたアクセサリーをみると随分と裕福そうな暮らししているように見えるけど。
「ぼくとあの家にはもはや関係なんてない。けどあの兄さんがどうやって借金を返し家を再建させたのか、そして今どんな生活をしているのかぼくは知りたいんだ」
「そんなの直接聞けばいいじゃない」
そっちの方が手っ取り早いし、なによりそんな薬用意しろとか言われても困るんだが。
「聞いたって教えてくれないさ、それに本人じゃなきゃわからないこともあるだろうしな。なに別に成り代わろうだとか兄さんをどうこうしようとか思ってないさ。だから一日だけでいいから頼むよ・・・・金ならほら用意してあるから」
そう言ってオーカーは机の上に皮袋をどんと置く。袋からはパンパン詰まっていて締まりきらない口から金貨が姿をのぞかせている。
「とりあえず相場ってのがわからないが金貨百枚でどうだ?」
「ふむ、だいたいそんなものじゃないかしら相場は」
適当なことを言いながら私はガラス棒から手を離す。相場なんてものあるわけないじゃない、だって私はこんなことを仕事にしているわけじゃないんだし・・・・だがまぁ貰えるものは病気と借金以外は貰っといて問題はない。
「わかったわ、ちょっと待ってなさい」
私はそう言うと立ち上がり薬瓶の置いてある棚の前に立つ。
このオーカーという男の言葉はおそらく嘘ばかりだ、けど私には関係ない。これだけの金貨を用意する辺り、さして貧乏というわけでもなさそうだし、じゃあどうしてそこまで兄と入れ替わりたいのか少し気になるといえばなるのだけど・・・・。
借金をどうやって返したか?今どんな生活をしているのか?
そんな見え透いた嘘をついてまでなにをしようというのだこの男は。
棚の戸を開けるとそこから小さなガラスの瓶を一つ取り出す。瓶には薄い紫色をした液体が入っており、軽く振ると黒い沈殿物がフワリと舞い上がる。瓶になんの札もついてない辺り何故ここに置いてあるかも忘れたが間違いなく失敗作だろう。
「ちょっと不完全だけどこれが入れ替わりの薬ね」
「おお、すでに薬があるなんて流石魔術師様だ」
心の中で「だから私は魔術師じゃないっての・・・・」と愚痴りながらも私は瓶をオーカーに手渡す。オーカーの動向は気になるがこれ以上こいつと話しているのも飽きたし金だけおいてそうそうに帰って頂きたいので私を魔術師と言ったことには噛みつかないでおいてあげる。
「それを・・・・そうね、入れ替わりたい相手と一緒に飲めば時間にしてそうね一日は無理だけど半日は入れ替われるわ。長期間入れ替わる薬は精錬に時間がかかるからすぐには用意できないわよ」
早口で適当な薬の説明をしながら私は思う。オーカーのことを嘘つきと言ったが私も随分な嘘つきだな、まぁ全然心は痛まないけど。
「ああ、それだけもてば大丈夫だ。それじゃぼくはこれで」
オーカーは薬を自分のポケットにしまいこむとそう言い、そそくさと小屋から出ていってしまった。
「おやおやセルリアン、客人は帰ったのかね」
ガラス棒を取り再びビーカーの中のよくわからない液体を混ぜているとこの小屋の居候その二、化け猫のヴァンダイクがスルリと椅子から姿を現しそう言った。
「あんたどっからでてきてるのよ」
「ん~椅子の下は涼しいからのぉ」
ヴァンダイクは流暢な人間の言葉を話ながら椅子の足の周りをくるくると回っている。
「ちょっとそこでノミ落としてるんじゃないわよ、やるなら外でやりなさい外で」
ヴァンダイクは何百年と生きた化け猫で人間の言葉を使い知識も豊富・・・・とある事件をきっかけに私が引き取ったが白い毛むくじゃらでノミだらけ、口を開いたら餌をくれと宣うスレートの奴と共に追い出してやりたい居候だ。
「それでセルリアン、いいのかのぉ・・・・あんな適当な薬渡して」
「いいのよ、騙してなにかを得ようとしている奴なんだから」
私はなにができたか、なにを作っていたのかもよくわからないビーカーの中身を混ぜながらそう呟く。
あんな失敗作飲んだところでせいぜい腹を壊すだけ、オーカーになんの考えがあったかは知らないけど世の中そう上手くなんていかないのよ・・・・私はそのときそう思っていた。





「これが入れ替わりの薬か」
ぼく・・・・いや、俺は魔術師から受け取った薬の瓶をポケットから出すと太陽に翳す。ガラスの瓶に入った紫色の液体、中にはなにかの焦げた粉末だろうか瓶を振ると黒い沈殿物が舞い上がる。
「いささか信じがたいが街でも有名な魔術師様だからな嘘はないだろう」
俺は誰に言うこともなく呟くとポケットに瓶をしまいこむ。
しかし一番厄介な取引がこうも簡単に済んでくれてるとわざわざ糞みたいな演技をした価値もあるというものだ。
嘘なんてつきなれている、まして森の奥に引き込もって世間のことを知らない魔術師を騙すことなんざその辺の女をひっかけるよりも簡単だ。
「しかしこの俺が『ぼく』、とは滑稽だったな」
整えた髪を手ぐしでぐちゃぐちゃにして着ているジャケットの胸元を開ける。
少しでも良い風に見られるように一人称を変え、本音と嘘を上手く混ぜる。
まず俺が弟というのは嘘だ、クロムは兄ではなく俺の弟。まぁ正確に言えば俺とクロムは双子だからたいした差はないがな。
そして出来が良いのが弟クロムのほうで出来の悪かった兄である俺オーカーは賭博で家の金を使い込み、家から追い出され今じゃスラムで麻薬や売春斡旋をして金を稼いでいる。
「まぁ殺す気がないってのは本当だけどな、くくくっ」
俺がクロムの奴と入れ替わりたい、本当の理由はクロムの奴を失脚させ、奴の屋敷から金を引っ張り、破滅に落とすためだ。
殺して楽にさせるよりも生きて苦痛を味わってもらう。
そしてそこを俺が手を差しのべることで奴の貴族としての権力も俺が奪ってやろうと言う魂胆だ。
あいつは俺から屋敷という居場所を無くすだけに飽きたらず地域の安全と平和のためだとか綺麗事をぬかし今度はスラム街を潰そうとしてやがる。
「覚悟しておけよクロム・・・・!」
黙って賢い貴族ちゃんをやってれば俺だってこんなことしなくても済んだんだからな。
俺の足は真っ直ぐクロムのいる屋敷へと向かっている。
奴の苦渋に滲む表情を想像するだけでも俺の心は躍っていた。





「ダメだ、ダメだ!お前みたいな奴をクロム様に会わせるわけにはいかん!」
クロムの屋敷に着いて俺は真っ先に厄介な障害に道を塞がれた。屋敷の戸をノックして出てきたのは先代、つまりは俺の親父の代から働いている執事のオウドの奴だった。
この偏屈爺は俺とクロムの教育係でもあって優秀なクロムを誉めちぎり俺にはネチネチと嫌みを言ってくる野郎だ、まだ生きてやがったとは。これが俺の素性を知らない普通のメイドとかならすんなりと屋敷に入れただろうに全く幸先が悪いぜ。
「なんだよ、ちょっと話したいってだけじゃないか。それに俺は元々この屋敷の貴族だぜ?使用人のくせに意見するんじゃねぇよ」
「なにを言う!聞けばオーカー、お前はスラムで悪どいことをしているらしいではないか、そんな奴がこんなところに来てなにを企んでいる!?」
「だからぁ!俺はただクロムの奴と話がしたいだけ・・・・」
「なんだいオウド?そんなに大声だして」
俺とオウドの言い争いにスッと通る声が割って入る。それが誰の声なのかということは何年も会ってないがすぐにわかった。
「クロム!俺だ、オーカーだ」
オウドの肩越しに見えるクロムに話しかける。数年は見てないが銀髪に俺と同じ顔をしたクロムは相変わらず気の弱そうな表情でこちらを見つめている。
「に、兄さん?」
「よう、ちょっと話があるんだが中に入れてくれないか?」
「クロム様、こやつの妄言なんぞ無視してくだされ!屋敷の中に入れるなどあってはなりませぬ」
オウドの口振りはもはや俺を完全に疫病神扱いだ、この様子からじゃ気弱なクロムの奴も屋敷の中には招き入れない、と思ったのだが
「オウド、すまない。兄さんを中に入れてくれないか?」
クロムの予想外の言葉に俺、いやオウドの奴が一番驚いていた。
「く、クロム様!?」
「兄さんはぼくに話があるんだろう?ぼくも兄さんに話があるんだ、中に入ってよ」
そう言って屋敷の奥へと進んでいくクロムを前にさすがのオウドも俺に道を開けざるをえなかった。
しかしクロムの奴、俺に話があるなんてどういうことだろうか?
やはりスラム街のことなんだろうがまぁどんな話であろうとここまできたら関係ない、やることをやるだけだ。俺はポケットに入れた薬の瓶を握りしめクロムの後を追った。



「さてと、久しぶりだね兄さん」
クロムの普段働いているだろう執務室へと通された俺にクロムは振り返ると初めて口を開いた。
「ああ、そうだな五年振りと言ったところか」
屋敷を追い出されての五年間は俺にとっては苦痛しかなかった。なにをするにしたって時間と労力は必要だ、スラム街の屑どもに頭を下げ取り入るのには辛酸と苦痛を伴った、だがまぁ俺がまともな仕事につけるとも思えないし結果として今じゃスラム街をまとめる立場にいるんだからいいのかもしれないがな。
「元気だったかい兄さん」
「まぁそこそこにな。しかしこの屋敷は客人に茶の一つも出さないのかい?」
「ああ、そうだね。ちょっと待って」
わざと嫌味っぽく俺は言うとすぐにクロムはテーブルのベルを鳴らす。するとすぐに俺の背後の扉が開き、一人のメイドが入ってきた。この早さ、俺を警戒して扉の前で待機でもしてたんだろう。俺は振り返りそのメイドの姿を見て少し驚いた。
紺のロングスカートに長い黒髪を頭頂部で束ね、細い眼鏡を掛けたそのメイドは俺が小さい頃からいたミカドと言う名のメイドであった。
「随分と印象が変わったなミカド」
「・・・・ご用でしょうか、クロム様」
ミカドは俺を鋭い目つきで一瞥するとすぐに向き直しクロムに話しかける。ミカドは俺やクロムとそう歳は変わらず小さい頃はよく一緒に遊んだりもしたもんだがこの五年でなにがあったのだろうか随分とキツそうな性格になったように見えた。
「ミカド急だけどすまない、紅茶を用意してくれないか?茶葉は任せるよ」
「かしこまりました、すぐに用意しますのでしばらくお待ちください」
ミカドは俺だけでなく主人であるクロムにもまるで機械人形のような対応をしている。一礼をし踵を返すとそそくさと部屋を出ていくミカドの様子を見送ると俺は軽く息を吐くと共に椅子にどっと座り込む。
「なんだミカド、あんな奴だったか・・・・?」
俺の印象からすればミカドはもっと明るくて良く喋るそんなメイドだった気がしたが。
「彼女、今メイド長なんだ。だから他のメイド達の模範になるようキッチリしているんだよ」
「ふぅん、そういうもんかね」
クロムの説明にそれとなく相槌を打つがいかんせん釈然としない。他のメイド達の模範というのはわかるがなんで主人である
クロムにまであんな態度なんだ?模範となるなら普通逆だろ・・・・
「それで兄さん、話ってなんだい?」
「あ・・・・ああ、それなんだが」
関係ないことに構っていてクロムの声に反応が遅れる。ともあれこの屋敷に入るためだけに話があるなんて言ったもんだから特に話すことはない。
「まぁミカドが紅茶を持ってきたら話すさ」
「そっか、それじゃあぼくの話もミカドが来てからかな」
クロムは屈託の無い笑顔でそう言う。全くこいつのお人好しさは変わらないな、スラム街に落ちた兄にこんな風に接してくるんだからな。
「失礼します、紅茶の用意が出来ました」
しばらくして俺の背後の扉がノックされるとミカドが紅茶をカートに乗せてやってくる。俺はここぞとばかりに席を立つとミカドの前に立つ。
「ああ、悪いが後は俺がやるからミカドは戻りな」
「・・・・いえ、客人を饗すのもメイドとしての仕事で」
「はぁ?さっきは無視したくせによく言うぜ。俺のことなんて客人とも思ってないだろ、こっちは大事な話があるんだよ。だから下がってな」
「そうですか、わかりました。失礼します」
クロムに聞こえないように小さな声で俺は言うとミカドは鋭い目つきで俺を睨みつけ、すぐに踵を返し部屋を出て行く。フン、うざったい女だが、まぁさっさと出て行ってくれただけオウドの奴よりかはマシか。
俺はクロムに背中を向けたままポケットに入れておいた魔術師の小瓶を取り出すとティーポットの蓋を開け、小瓶の中の液体を注ぎ込む。
「いい香りだな、昔からミカドの紅茶は美味かった」
「へぇ兄さんもそう思ってたんだ、ならきっとミカドの紅茶あれからもっと美味しくなってるから気に入ってもらえると思うよ」
「ああ、そうだな」
背中越しに聞いたクロムの声に俺は笑いを堪えるのに必死だった。紫色をした小瓶の液体は紅茶の緋色に溶けて何事もなかったかのようになっている。
これなら味や香り、見た目からも薬が入っているなんてバレないだろう。後の問題は効果だけってところだ。
「ほらよ、さぁさっさと飲もうぜ」
用意された二つのティーカップを返すと紅茶を注ぎ俺はテーブルへと戻るとクロムの前に自然に差し出す。
「ありがとう、兄さん。やっぱりミカドの淹れた紅茶は美味しいな」
なんの躊躇もなく紅茶に口をつけたクロムの様子を窺いながら俺自身も紅茶を口へと運ぶ。
「それで兄さん、ぼくの話なんだけど」
「そういやそうだったな、それで・・・・ぐっ!!」
そこまで言いかけた瞬間だった、急に胸を締め付けるような痛みが襲い思わず胸を抑える。
「ど、どうしたの兄さ・・・・ぐぅ!!」
クロムが俺の様子に立ち上がろうとしたがすぐに俺と同じように胸を抑え苦しみだす。
「き、聞いてねぇぞ・・・・あの、アマっ!!」
これがあのセルリアンって魔術師のくれた薬の力なのはすぐにわかったがこんなに苦しいなんてのは聞いてねぇ!
「にい、さ・・・・ん!」
「くっ・・・・・がはっ!!」
クロムが机に突っ伏し倒れるとほぼ同時だっただろうか胸を締めつける力が急に強くなったかと思うとまるで操り人形の糸が切れるようにして俺の意識は闇へ落ちた。



「っ・・・・ぐぅ、頭いてぇ」
それからどれくらいの時間が経っただろうか。目覚めは最悪だった、先程までの胸の苦しみはなくなったものの変わって頭に重たい錘を押し付けられているような鈍い痛みが走り思わず俺は頭を抑える。
「それで、どうなった・・・・?」
痛みに耐えながら俺は目を開き辺りを見渡す。目の前で倒れている“俺の体”、そして俺が“クロムの体”にいるのがわかると痛みなんてどっかに吹っ飛んでいった。
「くくく、あの魔術師やるじゃないか・・・・完璧だ」
胸が締め付けられる痛みがあったときには大丈夫かと、騙されてたりしないのかと焦ったが実際クロムと魂的なものが入れ替わっているところを見るとあの魔術師の奴、腕は確かなようだ。
「とりあえずクロムの奴にはしばらく出ていってもらおうか」
未だ目覚める様子のないクロムに向かって俺は吐き捨てるように言うと紅茶を手に取り自分の服に浴びせかける。
「あとは・・・・おーい、誰かいないか!」
ティーカップを放り投げ今度はテーブルにあるベルを鳴らすと大声で叫ぶ。
「どうされましたかクロム様!」
俺の声に数人の使用人とオウドが慌てた様子で部屋に駆け込んでくる。俺はそいつらの前で紅茶で濡れたシャツを指差し
「悪いがぼくに無礼を働いた兄さん、いやこいつを追い出して二度と屋敷に近づけないでくれ。もはやぼくはこいつのことを兄さんとは思わない!」
少し演技かかった口調でそう言うと使用人達はなんの疑惑も持たず俺の体を乱暴に引き起こす。
「クロム様、やはり私の言った通りだったでしょう!クロム様のような方がこんな野蛮人と口を利くこと自体ありえないことなんです!」
俺を追い出せるのが嬉しいのか、はたまた自分の意見が正しかったことが嬉しいのか早口で捲し立てるオウドに俺は一瞥をくれてやる
「ああ、そうだな。お前の言う通りだったなオウド・・・・。それじゃついでにお前もこの屋敷から出ていってもらおうか」
「は・・・・はい!?」
俺がさらりと言った言葉にオウドは一瞬なにを言われたのかわからず、馬鹿みたいに口を開け唖然としてやがる。
「聞こえなかったのか?オウド、お前は今日でクビって言ったんだよ」
もとの体に戻った時にこいつに居られると厄介だし、こういうクロムに入れ知恵をしそうな奴はさっさと排除したいからな。
まぁなにより俺がこいつのことを気に入らねぇってのが理由の殆どだがこの屋敷をぶっ潰す最初の一手としては充分だろう。
「わ、私は先代の頃からこの屋敷に仕えてきたのですよ!!それをなにをもって急に・・・・」
「あ~煩いな、これ以上話すことなんてない。使用人ども・・・・さっさと連れて行ってくれ、あとついでにミカドに寝室に服を用意させるように言っておいてくれ」
騒いでいるオウドを無視し俺はそう言うと隣の寝室へ入る。
「クロム様、どうしてしまったんですか!クロム様!!」
扉の向こう側ではまぁだオウドの奴が騒いでやがる、だがそれもしばらくして声が遠くなっていく、使用人に本物のクロム共々連れて行かれたのだろう。
「ばっかじゃねぇのアイツ、一緒に連れてかれてるのがクロムだっての」
ほくそ笑みながら俺は着ているシャツを脱ぐと上半身裸になりベッドに腰掛ける。寝室は随分と綺麗に手入れされていてさぞこんなところで寝たらよく眠れるんだろうなと思う。
少なくともスラムにはこんな綺麗なベッドもそこでゆっくり寝るなんてこともできやしない。油断してたら財布どころか身ぐるみ剥がされ、最悪命まで取られかねない。この屋敷を追い出されてから五年間、常に危険に晒されまともに寝れた日なんてなかったと言ってもいいだろう。
「まぁ一日だけだけどせいぜい楽しませてもらうぜクロム」
ベッドに倒れこみ天井に飾られた豪華なシャンデリラを見上げながら呟く。まぁ一日経ってこの体がクロムに戻った時には散々なことになっているだろうがな。
想像するだけでも笑いがこみ上げてくる。全てを失い、路頭に迷ったところで俺が手を差し伸べてやるんだ、服従という名の地獄へのな。
そんなことを思っていると不意に部屋の扉がノックされ思わず体を起こし、身構える。
「誰だ?」
「すいませんミカドです。クロム様、服をお持ちしましたが入ってもよろしかったでしょうか?」
「な、なんだ・・・・ああ、いいぞ入れ」
ミカドの声に嘆息すると俺は声をかける。よくよく考えたら今の俺はクロムであり、ここはスラム街じゃなくて貴族の屋敷の中なんだからそうそう賊なんてでやしない、いつもの癖で身構えた自分が馬鹿みたいだ。
「それでは失礼しま・・・・きゃっ!く、クロム様!?」
部屋へ入ってきたミカドはなぜか俺の姿を見ると驚き持っていた服で顔を隠す。俺はなにか変なのかと自分の体を見てみるが上半身裸って事以外に特に変わりはない。
「なにかおかしいか?」
「あっ、いえすいません。あまり私、クロム様の体・・・・いえ、男性の体なんて見たことありませんので」
頬を染め、ミカドはそう言うが俺には少々ピンと来なかった。別に全裸になっているわけでもないし、ましてやスラムの売春宿じゃちょっと裸になってたくらいでこんなにも初心な反応をする奴なんざ一人もいやしないからな。
だが、そう考えていると俺の中でまた一つクロムへの復讐の計画が浮かび上がり自然とミカドを自分の元へと来るようにと手招きしていた。
「なんでもいい、服をよこせ」
「は、はい。申し訳ございません・・・・きゃっ!」
俺は近づき服を差し出そうとしたミカドの腕を掴むと強引に引き寄せる。ミカドはバランスを崩しあっさりと俺の胸へとた折れ込んだ。
「え、あのクロム様・・・・なに、を」
「なにをって男と女が寝室にいてやることと言ったら決まってるだろ」
そう言うと体を返し強引にミカドをベッドへと押し倒す。
クロムの奴とミカドの関係、二人の会話を聞く限りどういうわけかまでは知らねぇがミカドの奴はあまりクロムを良い風に思っていない。
「く、クロム様・・・・いけません、こんな」
頬を真っ赤に染めてミカドは顔をそむける。恐らくミカドはこういうことに慣れてない、俺の体を見ただけであんなにも恥ずかしがってるくらいだからな。
「ったく、似合わねぇ眼鏡なんて掛けやがって」
「あっ・・・・!」
俺はミカドの眼鏡を掴むとベッドの外へと放り投げぐっと顔を近づける。そんなミカドを強姦まがいに犯してやればクロムの信頼はがた落ち、ミカドはメイド長でもある・・・・この話が広がれば他のメイドもおちおちとこの屋敷で働いてなんていられないだろう。権力を盾にメイドを性欲の捌け口にするような主人の元でなんかはな!!!
「たっぷり俺を楽しませろよミカド!」
「いや、そんなクロム様っ、やめ・・・・て!!」
ミカドの悲鳴にも似た声だけが部屋を支配していた。



「ふぅ、まだまだだな」
俺はベッドで静かな寝息を立てているミカドを一瞥すると吐き捨てるように言う。
ミカドは初めこそ少しの抵抗があったものの行為の最後の方ではほぼ無抵抗だった。もう少し抵抗してくれた方がこっちとしても犯しがいがあったんだが、まぁ恐怖に無抵抗になったとそういうことなんだろう。くく、もしかしたらミカドの奴これで男性恐怖症になってしまったりしてな!
「後は・・・・そうだ、金を移動させないとな」
俺は笑いを堪えながらミカドが用意した服に着替えるとそのまま執務室へと戻る。
「確か机に鍵があって金庫は絵画の裏だったな」
クロムの執務室は以前は親父が使っていたものだ、だからどこになにがあるのかくらいは把握してある。なにせ散々俺がここから金を盗んで博打に使ってたんだから忘れるわけもねぇ。
俺は机の引き出しを開けると奥から銀色の鍵を取り出す。全く危機管理なってねぇ、相変わらず同じ場所にあるんだからな。
俺はそのまま鍵を片手に壁に掛けられている湖の描かれた絵画を外す、するとそこには小さな戸があり鍵穴に鍵を差し込み回すとあっさりと開いた。
「ふん、あっさりだな・・・・って、なに?」
後は金を移動させるだけと思った俺の目の前の金庫にはあるべきはずの金はなかった。
「おかしい、絶対にここだと思ったんだが」
まさか金の置場所を変えたのか?そう思ったその時だった。
「あの、クロム様」
「誰・・・・だって、なんだミカドか」
突然した背後の声に慌てて振り返るとそこにはメイド服を着直したミカドが立っていた。
「なんだもう起きたのか、脅かせやがって」
髪をほどき、眼鏡をかけていないミカドは俺の言葉に「はい」とだけ言うと小さく頷く。
「ん・・・・?」
俺はミカドのその様子に俺は違和感を覚えた。
俺の勘違いでなければミカドの表情は恐怖というよりかは喜びに近いような気がしたからだ、更に次にミカドの口から出た言葉は更に俺を混乱させる。
「あのクロム様、ありがとうございます」
「は?」
いま、こいつ『ありがとう』って言ったのか?
それはあまりに突然の言葉だ。なにかがおかしい、だってミカドはクロムを嫌っていてそんな嫌いな相手に強引に犯されておいて返ってきた言葉が『ありがとう』ってなんだよそれ!
「クロム様にどうゆう気持ちの変化があって私を抱いてくれたのかはご存じありません。ただ情欲にかられただけ、だとしても私の想いを受け止めてくださってとても嬉しいです」
俺にはミカドがなにを言っているかさっぱりわからなかった。
だがそんな俺の顔をミカドは頬を赤く染めて柔和な笑みを浮かべ見つめてくる。
「主人とメイド、決して結ばれて良いものではないのは理解しています。でも・・・・クロム様さえよかったら、また」
「い、いやけどミカド最初抵抗してたじゃないか」
「それは当然じゃないですか、お慕い申し上げているクロム様に汗や汚れがついた体を抱いて欲しくなかったのです」
恥ずかしそうにそう言うミカドに俺は言葉を失った。
つぅことはミカドが眼鏡をかけ事務的にクロムに接していたのはクロムへの想いをメイドの仕事に必死に従事することで隠していたと?そしてその壁を俺が強引に壊してクロムとミカドをくっつけたってことなのか・・・・?
くっ、なんて予定外な話なんだ。だがこんなところで動揺していても仕方ない、もともと思い付きでやった嫌がらせだからな。
問題は今金庫に金がないってことの方だ。
「ところでミカド、確認したいんだがこの金庫の鍵を持っているのは俺以外にいたか」
俺はのろけているミカドに問いただす。全く知らねぇよてめぇの身分差の恋だとかそういうのには俺には興味も関係ねぇ。
「金庫の鍵、ですか?それならオウドさんが持っていたかと思いますがそれがなにか?」
「オウドの奴が・・・・?」
まさかとは思うがオウドの奴を屋敷から追い出した腹いせに金を持ち逃げたとかそう言うんじゃないんだろうな。
そうなると面倒ちゃ面倒なんだがある意味目的は達してるとも言えなくもない。
「すいません、クロムさんでしたか?入ってもよろしいですかね?」
そんなことを考えていると部屋の扉が叩かれ向こう側から男の声がする。
「誰だ?開いているから入ってきていいぞ」
「ああ、これはすいません。俺は自警団のタンジーといいます。それじゃ失礼しますよ」
口振りや扉の叩き方からして屋敷の人間ではないのはわかったが自警団だと?自警団が何用でこの屋敷になんて訪れる?
様々な考えが頭を過っては消えしていると扉が開き人が転がるようにして入ってきた。その人物は・・・・
「オウド?なにをしている」
転がるというよりタンジーに突き飛ばされ部屋に入ってきたのは縄で腕を縛られたオウドだった。それに続いて短く髪を切り揃え自警団の制服を着た男、タンジーが入ってくる。
「ああ・・・・説明すると長いのだが一言で済ますならこの男がクロムさん、貴方の屋敷の金を持ち逃げしようとしているのを俺が捕まえたと言うわけです」
少し間延びした口調で言うタンジーに俺はどう言えば良いかわからなかった。なんでだ、オウドは親父のからこの屋敷に勤めてるって自分でも言ってたくらいなのに。
「更にこいつは日常的に屋敷から金を盗んでいたようです」
「オウドさん、あなた・・・・どうしてこんなことを」
「うっ・・・・ぐっ・・・・それは」
ミカドの言葉にもオウドは頭を垂れ項垂れるだけ、しかしオウドの奴が日常的に屋敷から金を盗んでいたとは・・・・なんのためだ?
「どうやらこいつには病気の妹がいてですね、薬を買うために金を盗んでいたようです」
「妹が病気・・・・」
タンジーの説明に大体のことはわかった。まぁ俺には興味ない、どうでも言い話・・・・と、思っていたのだが次にタンジーが口走った言葉は状況を一変させる。
「しかしクロムさん、貴方は凄い方だ。金が盗まれているのを知っていてあえて何も言わなかったんですね」
「は?」
盗まれているのを知ってて?あえて何も言わなかった?
いやそんなことないし全然俺は知らないわけなんだが・・・・だってそうだろう、俺はオーカーであってクロムじゃねぇんだから。
「そ、そうなんですかクロム様・・・・?」
オウドが驚いた様子でこちらを見上げるが正直どう答えりゃ良いんだよ。
「当然だろう、屋敷の金庫はクロムさんとお前しか持ってなかったんだ金がなくなっていればすぐに気がつく。それをお前の妹のために黙ってくださったんだ」
「く、クロム様・・・・」
タンジーはそう言い、オウドが感動してんのか涙を流しているがなんなんだこの茶番は。というかさっきから嫌がらせをしようとしているのに何故か逆効果ばかり起こりやがるんだがこれはこのクロムの奴の力なのか?なんかこうやることなすこと良い方向へ行ってしまう、そんな感じの。
そう考えるとこんな雑魚どもの相手をしないでもっと極悪なことをしないと意味がねぇ。
「そうだったんですか、申し訳ございませんクロム様。そして私の妹のために・・・・ううっ、ありがとうございます」
「ったく、自分の主人に感謝するんだな!けども金は必ず返させますので、今日のところはこれで」
「あ、ちょっと待ってくれ」
オウドを縛る縄を引っ張りタンジーが部屋から出ようとするのを俺は呼び止める。こうなったら仕方ない、金なんか返してもらっても困るんであえてここは良い人を演じてやる。
「なにかありましたかクロムさん」
「自警団のえ~タンジーとか言ったな。ひとつ間違いがある、オウドが持ち出した金って言ったがそれはぼくが退職祝いとしてあげたものだ」
「え、ええ!?」
俺の言葉に部屋にいる全員が驚きの声をあげる。そしてすぐに理解できたはずだ、これが嘘だってことくらいは。
「いやクロムさん、こいつは自分で盗んだと自供したんですよ」
「なに、そりゃオウドの奴が手にしたこともない大金ですからね。少し動揺してしまったんでしょう」
俺はそう言うとオウドのもとへ歩み寄り肩にそっと手を乗せる。
「その金で妹さんと田舎で暮らすって言ってたもんな、長い間ぼくのもとで働いてくれてありがとう、達者で暮らせよ」
「く、クロム様・・・・」
「・・・・と、いうことなんで金はオウドの物ですタンジーさん。縄をほどいてやってくれませんか?」
自分でそう言ってて虫酸が走りそうだった。だがこの屋敷に金を残すわけにはいかない、くっそ!なんでこんな良い話を俺は演出しないといけないんだよ。
「わかりました、本人がおっしゃるのなら“そういうこと”として処理しましょう」
タンジーは俺の意図になっとくしたのか小さく頷くとオウドを縛っていた縄をほどく。
「あ、ありがとうございますクロム様!このご恩は一生、一生忘れません」
「ああ、はいはい。わかったからさっさとその妹のところへ行ってやりな」
何度も頭を下げ感謝するオウドに俺は嘆息しながら手の甲を振る。なに感謝されてんだよ、ただむかつくから追い出しただけだってのに。
金はオウドに押し付けることで無くせたが、これじゃクロムの名誉だとか評判はだだあがりじゃないか。
くっそ、どうにかしてクロムの奴を地の底に落としてやりたい。
「タンジー団長、大変です」
そんなことを考えていると扉が開き自警団の制服を着た女性が一人少し慌てた様子で入ってくる。
「どうしたフェンネル、そんなに慌てるなんて珍しい」
タンジーの言葉にフェンネルと呼ばれた少女は乱れた制服を正し目元でバッサリ切られた青髪に合わせて姿勢良く敬礼する。
「申し訳ありません団長。報告します、先程スラム街の一角で殺人事件がありまして・・・・」
「殺人事件だと?被害者は?」
フェンネルの報告をなんとなく横聞きしながら俺は「早く帰らねぇかな」なんて呑気なことを思っていた。だがしかし次にフェンネルが口にした言葉は俺の計画をすべて不意にする最悪の一言だった。
「亡くなったのはオーカーという男性です」




その日の夜は満月がとても綺麗だった。
「何度も言うけど全くもって不味い、パサパサしてるし固いし」
「ふむ、では私も何度も言うがセルリアン、干し肉ってのは本来そう言うものだよ」
私の愚痴に騎士団の制服に短い銀髪を逆立てたスレートが笑顔でそう返してくる。全くこの笑顔いつ見ても腹立つわ。
「でも今回はスモークウッドを変えてみたんだ、仄かにか良い香りがするだろう?」
「たぶん私普段から薬品の匂いとか嗅いでるせいでさっぱりわからないわ、うん」
干し肉を咀嚼しながら私は言うと読んでいた本を閉じ大きく背伸びをする。
「はぁ、今日は一日実験してて疲れたわ。私は寝るから、これしまっといて」
私は本をスレートに放り投げフラフラとした足取りでベッドに倒れ込む。シーツの柔らかさに顔を埋めそのまま眠りの世界へ落ちようとしたその時だった。
「魔術師!!!魔術師いるか!!!」
睡眠を妨害する男の大声と共に小屋の扉が激しく叩かれる。ったくなんなのよこんな時間に、不快を通り越して嫌悪すら感じるわ。
「うるさい・・・・ちょっとスレート、適当に追い返して」
「ん、まぁ時間も時間だしな。話を聞くだけにした方がいいかもな」
私の言葉にスレートは頷くと立ち上がる。ちょっと待ちなさいよ、誰も話を聞くなんて言ってないっての!
「魔術師!いるんだろ、緊急事態なんだ!」
「ああ、すぐ開けるから待ってください」
そう言ってスレートが鍵を開けるともうそれは塞き止められていた水門が一気に解放されたといわんばかりな勢いで一人の男が入ってくる。
「ん、確か貴方は・・・・」
その男に私は既視感を覚えた。いや正確には見覚えのある人物に似ていると言った方がいいだろう。
入ってきた男は昼間私のところに来たオーカーとか言う男に良く似ていたのだ、違うところがあるとすれば確かオーカーは金髪で今肩から大きく息をしながらこちらに歩み寄ってくる男は銀髪。
「魔術師頼む!厄介なことになったんだ、助けてくれ!」
「私は魔術師じゃない、セルリアンって名前があるの。というか貴方誰なの?」
「誰なのって俺だ、今日の昼会ったオーカーだ」
オーカーと名乗った男に「なんか面倒な奴が来たな」と思いながらも私は体を嫌々ベッドから起こす。
あれか渡した薬が効果がなかったからって金を返せとかどなりこんできたのか・・・・と推測したがオーカーの言う「厄介なことになった」という部分が妙に私の中で引っ掛かる。
「それでそのオーカーさんがなんの御用?急ぎじゃなければ明日にして欲しいんだけど」
「いや今すぐにあの入れ替わりの薬の効果を伸ばす方法教えてくれ!」
「入れ替わりの薬の効果を伸ばす?ん・・・・あれ、もしかして成功してたの」
焦るオーカーには悪いが思わずそんな言葉が漏れた。ということは今目の前にいるオーカーは兄だったか弟だったか忘れたけどクロムの体と本当に入れ替わってるというの?
まぁ確かにオーカーの髪の色は銀色に変わってるし服も貴族が着るような上品なもので、演技とかそういうのではなさそうだ。
「そんな効果を伸ばす薬なんてそうそう作れないわよ、諦めなさい」
私は嘆息するとそう言う。そもそもあの最初に作った失敗作が本当に入れ替わりの薬になってたなんて予想もしてないし、どうやって作ったのかも覚えてない。
更にその効果を伸ばすだなんて高等技術急にできるわけがないじゃない。
「作ってもらわないと困るんだよ!!」
「うるさいわね、一体何があったのよ」
鬼気迫る形相でオーカーが私の服を掴む。正直なんでこんな夜中に面倒くさいことに巻き込まれないといけないのよ。
「・・・・入れ替わったクロムの奴が死んだんだよ、俺の体で」
「ん、死んだ?」
「ああ、入れ替わったところまでは良かったんだがクロムの奴スラム街で売春宿に流されようとしている女を助けようとして刺されたんだ」
その言葉に私はなんでオーカーがこんなにも焦っているのか理解した。つまりはあれね、このまま入れ替わりの薬の効果が切れるとオーカーは死んだ体に戻ると・・・・そういうわけか。
「くっそ、こんなはずじゃなかったのに!クロムの奴
が面倒なことをしてなきゃ今頃・・・・っ!!」
「自業自得じゃない?どうせ入れ替わって酷いことをしようとしてたんでしょう?嘘をついてまで薬を手に入れた者の末路ね」
私は少し煽るようにしてそう言い放つ。
ま、私もこいつに嘘をついているから人のこと言えないけどね。私からすればオーカーやクロムがどうなろうとしったことじゃないのだ。
「それがどうした、俺はこんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよ!」
オーカーはポケットからナイフを取り出すと私に突きつける。
「とにかく今すぐ作ってもらうぜ、断るってのならその綺麗な顔がズタズタに傷つくことになる」
「はぁ・・・・落ちるところまで落ちたわね、みっともないわよ」
オーカーの脅しに私は小さくため息をついて答える。脅されているとはいえこの距離だ。オーカーには見えてないだろうがすぐ後ろでスレートが剣に手をやっている、オーカーがナイフを振り上げた瞬間スレートに斬られて終わりだろう。
「それなんだ、ふざけているのか・・・・それとも俺が本気で刺さないとでも思ってるのか魔術師」
「魔術師じゃなくてセルリアンだって言ってるじゃない、物覚え悪いわね貴方」
「それが答えか魔術師!!!」
オーカーが叫び声をあげると共にナイフを振り上げる。
「セルリアン!!」
瞬間スレートが剣を引き抜きオーカーに斬りかかる、私はそれを・・・・
「ちょっと待ったスレート」
手で制していた。その声に反応しスレートの剣はピタリとオーカーの体に触れる前に止まる。うんまぁ元騎士団長というだけあって良い反応だわ。
「ぐっ・・・・まずい、この痛みは!!」
私がスレートを止めた理由、それは簡単なものだった。目の前でナイフを振り上げたオーカーの表情が苦悶に歪んだからだ。
「貴方と違ってよくできた人よねクロムってのは、自分の身を呈してまで人を助けたんですから」
「ぐが・・・・くっ、くそぉ」
ナイフが地面を転がりオーカーが倒れる。もはや私の言葉も届いてないのだろう。
「セルリアン、これは・・・・?」
「恐らく薬の効果が切れるのね、いやまぁよく知らないけど」
剣を納めるスレートに私はそれだけ言うとベッドに腰かける。
「ぐはっ・・・・たすけ、たすけ・・・・て」
オーカーは震える声を上げながら天井に手を伸ばし
「しにたく・・・・な・・・・い!」
その言葉を最後にガクリと腕が落ち意識を失った。おそらくこれでオーカーとクロムの意識が入れ替わったのだろう、そして死んだクロムの意識はこの体に戻り、生きていたオーカーの意識は死体へと戻る。
「んっ・・・・こ、ここは?」
しばらくしてクロムは目を覚ました。死んでしまっていたから本当に入れ替わるのか不安だったが上手くいったらしい。
「ここは貴方の来るようなところではないわよ、初めましてねクロム」
「あれなんで貴方ぼくの名を・・・・ってつぅ!頭が痛い」
痛みに頭を抑えるクロムに私はベッドに転がりながら適当な言葉を返す。
「二日酔いかなにかじゃない?随分と酔っていたわよ、勝手に部屋に入って寝だすしね」
「ぼくが・・・・?そうなんですか、よく覚えてないのですがご迷惑をお掛けしました」
頭を下げるクロムに私は「別にいいわよ」と手を振る。なるほど会話してわかったけど出来が良いのはやっぱりクロムの方なのね。
「じゃああれも夢だったのかな、兄さんが屋敷に帰ってきてくれて・・・・もう一度一緒に住もうって言おうと思ったんだけど」
うわ言のように呟くクロムにつくづくオーカーと言う男はかわいそうな奴だったんだと思う。まぁ今更言っても遅いんだけど
「スレート、丁重に家まで送ってあげて」
「ああ、わかった」
私の言葉にスレートは頷きクロムに肩を貸すとそのまま一緒に小屋を出ていく。
「はぁ、やっとこれで寝れる」
「いやしかし入れ替わりの薬を作ってしまうとはやるのぉセルリアン」
私がベッドに倒れ込むと事の終わりを確認したヴァンダイクがひょっこりテーブルの下から出てきて、いつものように口を開く。こいつは大体話が終わってから口を挟んでくるのよねこの化け猫。
「あんたまだ起きてたの、さっさと寝たら?」
「まぁそうなんじゃが、あれが入れ替わりの薬だというのならもう一本あったと思ってな」
「はぁ!?」
ヴァンダイクの言葉に思わず私はベッドから跳ね起きる。私の目的は人間以外のなにかになることだ、偶然出来たとはいえあの入れ替わりの薬が本物ならじっくり解析すればもっと錬度の良いものが、期間も半日とは言わず一生入れ変われるものが作れるかもしれない。
「セルリアンは覚えとらんかもしれないがその薬作っていたとき二本作っておったの見ておったからな」
ヴァンダイクは薬棚まで一息の跳躍で飛び上がると器用に尻尾で薬瓶を掴み私に放り投げる。
「ほれこれじゃ」
「確かにあの薬と同じ・・・・」
手の中を転がる薬瓶は確かに昼間オーカーに渡した薬と同じ札のついてない紫の薬だった。
「物は試しで飲んで見るかセルリアン?儂も協力するぞ」
「ん、あんたが?」
ヴァンダイクは私の目の前まで飛んでくると尻尾を振りながら小さく「にゃぁ」と声をあげる。
確かに少し飲んでみたい気持ちがある。それにヴァンダイクは化け猫だから不老不死だし、悪くはないのだけど
「いやよ、だってあんたの体ノミが沢山いるんでしょ」
私はヴァンダイクから受け取った薬の瓶を棚に戻すと振り返りため息混じりに呟いた。
「あんたは、今のお前のままでいなさい。





《 双子座の落ちた先 了 》





【 あとがき 】
二本目~♪セルリアンの話は二年ほど前に書いて以来なので久しぶりです、なんでスレートやヴァンダイクって誰だよな感があるけど気にしてはいけない
そしてなんか書くこともないや
あ、どうでもいいけど燻製作るときのスモークウッドはクルミがオススメだよ(どうでもいい知識

【 その他私信 】
セルリアン・ディースバッハさんの どうでもいい歌♪

 別に気分良くないし面倒臭いけど、やれっていうから歌います。
セルリアン「どうでもいいですよ~♪」
・この話はいつも登場人物の名前を色の名前からとっているという、どうでもいいネタ
セルリアン「ど~でもいいですよ~♪」
・イエローオーカー、クロムイエロー、ミカドイエロー、黄土色・・・・全部黄色縛りで頑張ったという、どうでもいいネタ
セルリアン「ど~でもいいですよ~♪」
・まぁ結局これわざわざ言っちゃってる辺り気づいて欲しいんだという、作者は寂しがり屋
セルリアン「ど~でもいいですよ♪」
・本編完成してから十二時間後書きを考えてでてきたネタがこれ、しかも微妙、私は悪くない、元ネタが悪い
セルリアン「ど~でもいいですよ・・・・はぁ」

【 お題当てクイズ回答 】
急にわかるようになるわけがないんだよなぁ


べ、べつに好きで書いてるわけじゃないんだからね!  氷桜夕雅
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