Mistery Circle

2017-05

《 ツンデレ武将がやってきてラブコメになるとおもいきや俺が征夷大将軍になっていた 》 番外編その2:美少女アイドルやってきて、握手だ課金だ散財だ - 2012.07.10 Tue

《 ツンデレ武将がやってきてラブコメになるとおもいきや俺が征夷大将軍になっていた 》 番外編その2:美少女アイドルやってきて、握手だ課金だ散財だ

 著者:氷桜夕雅






廊下にはもう生徒の姿は見えない。みんな教室に戻ってしまった。
「ったく、遅刻ギリギリセーフだと思ったのに」
僕、平野頼友がそう言ったとほぼ同時だったろうか一時間目の始まりを意味するチャイムが鳴ったのは。
それは僕と隣にいるねぇ校則違反じゃないの?これ校則違反じゃないの?って聞きたくなるような真っ赤なツインテール、北条政子の遅刻が決定した非情のチャイム。
「んまぁ頼友、朝の連続テレビ小説見てたからしょうがないよね」
「見てたのは政子だろ!いっつも録画して観ればいいっていってるのに終わるまで観やがって!」
呑気に下敷きを団扇代わりにそんなことを僕の隣で言っている北条政子に僕は苛立ちをぶつける・・・・まぁ全然効いてないんだけどな。
「そんなこと言われてもリアルタイムで見ないと学校で話についてけないもん」
「なにゲーム機欲しがる小学生みたいなこと言ってるんだよ」
我介せずと言った感じで真っ赤なツインテールを揺らしている政子にそれ以上僕は呆れてものも言えない。
「全くなんなんだよ、遅刻とかすると内申書に響くんだぞ」
僕は思いっきり深い溜め息を吐くと遅刻した原因、廊下で僕達の前に対峙した目の前の二人の男女に愚痴る。
よもや遅刻ギリギリで校舎に入ったところを変な二人に止められるなんて予想にもしてないよ。
「いやぁ~金を持ってないと心も荒んでしまうものだね利家」
「会話パターン同意、そうですね南条院様」
そんな僕の苛立ちを更に煽るように目の前の男女の男の方がやたら金ぴかな扇子をあおぎ、もう一人の女の方が変なイントネーションで頷く。
そもそも大体こいつらはなんなんだ、南条院とか呼ばれた男の方は僕と同じ制服を着ているが利家とか呼ばれた女の方は染めているにしては鮮やかな緑色のストレートロングにこれはまた学校には場違いなピンクのフリルが沢山ついた一言で言えば“一世紀前のアイドル”な格好だ。
とまぁアイドルっぽいんだけど頭にはなぜか算盤が乗っているし、これはツッコミ待ちかなんかなのか?
それに男の方は全然見覚えはないのだけどその女性の方はどっかで見たような、なにやら利家なんて名前から間違いなくまぁた『イクサカーニバル』からやってきたキャラクターなのはわかるんだが・・・・
「さてとタイム~イズ、マニー!時は金なりっていうだろ、さっさとアイドルとしての頂点を決めようじゃないか北条政子!」
そんな僕の考えを遮るように実にウザイ感じで髪をかきあげると南条院は政子を指差す。
「アイドル?はえ、なんかあったっけ頼友?」
「ああ、そういうことか・・・・ってなんで政子覚えてないんだよ!アイドルっていったらあれしかないだろ!」
南条院の言葉で僕はなんでこいつらが僕たちの前に現れたのか、なんとなくだけどようやく理解した。
ここで肝心なワードは『アイドル』だ。偶像、なんてのは昔の言い方過ぎるけどアイドルは一般人な僕からすれば憧れの象徴だ。そりゃきらびやかなステージで鮮やかな衣装を身に纏い、歌と踊りで人々を魅了する姿に心惹かれない者はいない。
でも大体の奴は憧れるだけで終わるものなんだ、それをまぁうちのツンデレ武将はって言うと・・・・
「急にアイドルとか言われてもね~。あっ、もしかして頼友ってば童貞なのにアイドル目指してたの?」
「んなわけがないだろうが!ついでに童貞は関係ないっての!!」
いつもの童貞弄りに壮大なツッコミを入れつつ僕は叫ぶ。
「アイドルになりたいって言ったのお前だろ、政子!」
そうだよ、この朝っぱらから全くもって厄介な事に巻き込まれているのは今から一ヶ月ほど前、突如として「私、アイドルになる!」って言い出した政子に原因があるんじゃないか!



一ヶ月前───の僕の部屋
『では今年の選抜総選挙、第一位は!!!』
「はぇ~」
夏休み明け、追い上げと言わんばかりの猛勉強をしていた僕を尻目に我らが北条政子はいつものパンクゴシックの格好にポテチとコーラを側に置きテレビに食いついていた。
『私一人はちっぽけなアイドルです。でもファンの皆様のおかげで一位を取ることができました、ありがとうございます!!』
「わぁ、凄い~おめでと~♪」
政子がポテチを口にくわえたままテレビに向かって拍手をする。しかしなんだね、こう言いたくはないけどゴールデンタイムにアイドルの総選挙を放送するなんて日本は平和だなぁと思ってしまう。
「ねぇねぇ頼友!この子総選挙一位だってぇ~凄くない?凄くないったら凄くない?」
「ああ、そうだな」
はしゃぐ政子におざなりな相槌を打ちながら僕は机のスマートフォンを手にする。まぁ別にアイドルは正直言っちゃうとあんまり興味ないんだよね僕は。
ただ総選挙ってのには興味はある、と言っても現実世界のアイドルのではなくて僕の場合はいつもやってるインターネットゲーム『イクサカーニバル』の総選挙だ。
スマートフォンを操作し昨日から始まったその総選挙のページを開く。『イクサカーニバル』の総選挙はよくある普通のゲームの人気投票とはちょっと違うところがある。
普通はキャラクター毎に投票したりするもんなんだけど『イクサカーニバル』ではアカウント毎に投票がなされる。
簡単に言えば『織田信長何票、武田信玄何票』じゃなくて『平野頼友の織田信長に何票』と言った感じになるんだ。
だからエントリーした人は自分の使うキャラクターに色々と見映えの良い装備をさせたり、人によってはそれ専用のブログなんかを立ち上げてスクリーンショットやちょっとしたショートストーリーを書いてたりもする人もいるくらいだ。
なにせこの総選挙で一位になった人のキャラクターはゲーム内での待遇が良くなるのはもちろん、各種イベントにゲストとして呼ばれたりグッズ化したりするっていうんだからそこまでやる人がでてくるのもしょうがないだろう。
かくゆう僕も去年は伊達政宗ちゃんでギリギリベスト三十位という位置にいた。流石にブログまではやってなかったけど当時はトップランカーだったし装備もレアなので揃えてたからってのもあっての順位だけど、流石に今年は仕様が大きく変わったので無理そうだ。
「そりゃ重課金者が勝つに決まってるんだもんなぁ」
僕は静かにそう言うと指を操作し総選挙ランキングのページへと変移させる。
去年までは『イクサカーニバル』に課金要素がなかったから感じんな総選挙ランキングを決める投票券はせいぜい毎日ログインで一日二枚、投票期間が二週間なんで精々三十枚ほどだったが今年からはガチャ一回につき投票券一枚なんてことになったのでインフレしまくりの投票数になって僕には手を出せない領域になってしまってる。こいつらなんなんだよ、給料全部突っ込んでるのか?それともアラブの油田王かなんかなのか?
「それにしても凄いな・・・・ってこの人は!!」
ランキングの上位に見覚えのある人物がいて思わず変な声が出た。ランキング二位で現在約十万票を獲得している武田信玄、アカウント名「maymaylove」はこの夏休みの前半、海の家でバイトしたときに出会った雪村芽衣ちゃんのアカウントだ。
「十万票って一体いくらだよ・・・・」
無料で貰えるのがさっきも言った通り三十枚ほどで、あとはガチャでしか投票権はもらえない・・・・ガチャは一回三百円だから、うんあまり考えたくないな。
しかもこれきっと芽衣ちゃんが投票したってわけじゃないんだろう?芽衣ちゃんはリアルJCというのを巧みに利用した姫キャラだ・・・・ネットゲームにおける姫キャラは男をたぶらかし貢がせ要らなくなったらぽーいな極悪非道残忍凶悪、童貞の敵であってこの投票もその騙した男たちのものに違いない。
なにせ僕も海の家のバイトで危うく騙されるとこ・・・・
「なになに頼友?なに見てるの~?」
芽衣ちゃんのことを思い出してまた姫キャラの恨み辛みを永遠と垂れ流そうとしてたところで政子に声をかけられて僕は我に返った。
「え、あっ・・・・ああ、総選挙だよイクサカーニバルの」
「イクサカーニバルにもアイドル総選挙があるの!?」
総選挙と聞いて目を輝かせる政子に僕は自分のスマートフォンを政子に見せてやる。
「昨日から始まったんだ。んで二位に芽衣ちゃんの武田信玄さんがいてちょっと驚いてたところ」
「ほへ~本当だ、しかもなにこれウェディングドレス着てるじゃない変なの~」
「ま、まぁ意表をついた作戦なんじゃないのかな」
政子のツッコミにそれとなくフォローを入れる。芽衣ちゃんがどういうわけでこの格好をさせているのかはわからないが確かにあの豪快な印象の武田信玄さんがウェディングドレスを着てるのはこう言っちゃあれだがイメージとは違う、似合ってないということは全然ないんだが僕の気のせいだろうか画面の中の信玄さんも気難しい顔をしているように見える。
「ふぅん、それでじゃ一位は誰なの?」
「現在の一位は・・・・って、はぁ!?」
一位のキャラクターを見て僕は驚きのあまり変な声を出してしまった。
「どしたの頼友?」
「どうしたってこれおかしいだろ、この前田利家」
一位のキャラクターは前田利家だった。緑色のストレートロングにピンクのフリルが沢山入ったドレス、装備品は頭になぜか算盤と右手には槍の先にマイクのついたユニーク装備“マイクスタンドランサー”、左手にはこれまたユニーク装備“ドーナツブレスレッド”・・・・と、まぁそこそこのレア装備である。ああ、ちなみにユニーク装備ってのは装備品としての強さは全然なく見た目だけな装備品のことだ、こと強さよりも見た目を重視するこういうイベントなら有効ってのはわかる、わかるんだけど僕が言いたいのはそういうことじゃなくて。
「投票数五千万ってなんだよ、イベント始まったの昨日だぞ!」
芽衣ちゃんの十万票ってのも大概だと思ったけどまさかその倍どころじゃない投票数を稼いでるとはいったいいくらつぎ込んでるんだよ!
一位の前田利家のアカウントは「more_money」、聞いたことないアカウントだ。まぁいつものバトルランキングとこの総選挙じゃ方向性が違うから上がってくるプレイヤーも違うのはわかるけど一体何者なんだよ。
「ふぅん一位は五千万かぁ、ねぇねぇ頼友~私は今何位なの?」
「は?」
あまりに桁違いの投票数に唖然としてたところに政子がそんなこと言い出したので僕は小さく息を吐いて答える。
「出れるわけないじゃん」
常識的に考えてテスト用キャラクターが出れるわけはないだろ。
ましてなんでか戦国時代のゲームなのに北条政子は鎌倉時代の人間がデータでいる方が変だって話だ。
って言ってあの政子が納得するわけもなく、両手を振りながらふくれっつらで不服そうな声をあげる。
「はぁ~!?なんなのよったら、なんなのよ~!超絶美少女の私が出れないってどうゆうことなのよ!!」
「どうゆうこともなにもないっての。あれだよ、可愛くて美人な北条政子さんは殿堂入りなんじゃないんですか」
僕は適当におだてた台詞を吐く。といってもそんなことで政子の奴が諦めたりしそうにはないんだけど・・・・
「まぁそうよね。気立ても良くて~お料理もできて~超絶美少女な私が出ちゃったら他の子が相手にならないもんね」
意外にもあっさりとおだてにのってご機嫌な様子の政子。こういうことを本気で思っててさらっと言ってのけるのが政子なんだよな、まぁこれで諦めてくれたら僕としてはなんでもいいんだけど・・・・そう思ったのだが次に政子はとんでもないことを言い出したのだ。
「だから現実世界でアイドルになることにしよっと」
「はぁ!?」
「ふふ~ん。私のTBD、超絶美少女度からしたら二次元世界で収まる器ではないのよ。現実世界でも人気アイドルを目指すわ!」
そこそこ張りのある胸を突きだし自信満々にそう言う政子に僕は思わず頭を抱えた。
なんだよTBDって、ただ英語かと思ったらただローマ字にしただけだし、政子の奴自分の本来の目的忘れてるだろ。
お前の現実世界での目的は「娯楽を楽しむ」ことといるわけのない「源頼朝を探す」ことだろうに・・・・なにアイドル目指してるの?
「それで頼友、アイドルになるにはどうしたらいいの?」
「そりゃ~あれだろ、オーディションに行くとかスカウトされるとかなんじゃないの?」
アイドルのなりかたなんて急に聞かれてもね。別に目指したことないし、でもだいたいこんなところだろうという案を提示してみる。
「他にもほら地下アイドルみたいな?路上でライブみたいなのしてそこから地道に努力してけばなれるんじゃない?」
「なにそれ面倒くさい」
政子は僕の提示に膨れっ面でそう言うとそっぽ向く。全くお前の相手をしてる方が面倒だよ、って言いたくなるが言うと更に面倒になるのでそこは抑えて僕は話を続ける。
「あのなぁ、面倒くさいって言ってたらなにも始まらないだろ?というか政子、やる気あるの?」
「やる気はあるけど面倒くさいのは嫌いなの、だからてっとり早くアイドルになってちやほやされる方法を考えて頼友は私の征夷大将軍なんでしょ~」
相変わらず政子の奴は無茶苦茶な要求を突きつけてくる。というか征夷大将軍関係ないし!・・・・とはいえ以前に政子に征夷大将軍をなんかうやむやの内に命じられたせいかそう言われるとどうにも僕の頭は政子のために否応なしにフル回転し出すようで、気がつけばそれとなく新しい案を考え付いてしまってたりする。
「それじゃインターネットアイドルなんてどうだ?それなら自称とはいえすぐにアイドルになれるし」
ちやほやされるかどうかはわからないがな、と付け加える。まぁでも政子は見た目は確かに美少女だし人気はでると思う。
「ふむふむ、それは面白そうね。活動はブログでするの?」
「そうなるな、まぁ写真をあげたり日記書いてたりすればいずれ人気は出るんじゃないか?」
「なるほど~それじゃ頼友、私のためにブログつくって♪」
屈託のない笑顔でそう言ってくる政子にこっちはもう腸煮えくり返りそうだった。まさかブログまで作れっていうのか!
「あのなぁやる気あるんだったらブログ位自分で作れよ、最近は簡単に作れるんだから」
「だって私ブログなんて作ったことないもん。頼友はあるじゃない、あの童貞の妄想垂れ流しのブログが」
「童貞の妄想垂れ流しブログじゃねぇーし!とにかくやりたきゃ自分でやれよ、僕はこれでも勉強しなくちゃいけないんだから」
それだけ言ってスマートフォンを机に置いて政子に背中を見せる。全くこっちには夏休み中に勉強しまくって新学期のテストで『この問題、ゼミでやったところだ!』ってやらないといけないのに・・・・そりゃまぁちょっとさっき政子が総選挙総選挙うるさいから気になって『イクサカーニバル』の総選挙ページみちゃったけどさ、メインは勉強なんだよ!ブログなんて作ってられるか!
「ぐすっ、頼友のいじわる・・・・」
背中越しに政子がなんか言ってるが無視して鉛筆を取り勉強に集中する。
「ブログ、つくったことない私が作っても・・・・」
なにやら啜り泣くような声が聞こえるが無視だ、無視!
「未経験な私が作っても、『キリ番の踏み逃げは絶対にしないでください!』とかマウスに変なキラキラつけたり、管理人の百の質問に途中で飽きて三十問くらいで止めちゃうよ」
「くっ・・・・!!!」
思わずツッコミを入れたくなるがそれをぐっと抑えて勉強に集中する。ったく、なんでそうお前が作ろうとするとインターネット黎明期にありがちなホームページみたいなもんができあがるんだよ!!
「きっとソースページ開いURL打ち込まないと見れないページとか作っちゃうよ?」
「だぁ~なんだよそれ!アングラ時代かっての!!」
あまりの言葉に思わず振り返りついツッコミをいれてしまう。そしてこうやっていつものペースに持ち込まれるのはわかってるってのにな。
「お願い、頼友!私のためにブログつくって!ついでにSEO対策して検索で一番上に来るようにして!」
「お前実は詳しいだろ!だから作りたけりゃ自分で・・・・」
「キスしてあげるから!!えっと五分、はちょっと長いから一分!」
僕の言葉を遮って政子が唐突にそんなことを言う。いやまぁわかってるよ、これで喜んじゃうと偉い目に遭うってのは。
というか何回この手が通じると思ってるんだよ政子の奴は、流石に童て・・・・いや童貞は関係ないが女性経験が少ない僕でもそんなのには引っ掛からない。そしてなんで五分が一分って短くなっているのかそれに激しく突っ込みたいところだ。
「ね、ね?童貞の頼友が超絶美少女の私とキスできるなんて夢みたいでしょ?」
政子が唇を指でなぞりながらゆっくりと顔を近づけてくる。近くで見るとよりはっきりわかる白く決め細やかな肌に、グロスでも塗ってるのか、はたまたただ単にポテチの油がついているだけなのかわからないけど艶っぽい朱色の唇、紫水晶のような二つの瞳がじっと僕を捉える。
・・・・正直わかっていてもドキドキはするし、ちょっと期待しちゃうところもあるけど!
「どうせ油断させておいて傀儡政権の始まりよ~!ってやるつもりなんだろ、その手は食わないっての」
「な、なんでわかったの!?」
呆気にとられている政子にむしろ毎度なんでそれで通じると思ってるんだよ!!と言いたくなるよ。
「ともかく、僕は手伝わないからな」
政子の“傀儡政権”を受けないようにおでこを手で隠しながらそう言うと僕は再び机に向かう。
“傀儡政権”、『かいらいせいけん』と読む『イクサカーニバル』のテスト用キャラクター北条政子に誰がつけたか知らない厄介な特殊能力。
政子のやつが「傀儡政権の始まりよ~」なんて言いながら人のおでこを指で弾くだけで時間にして約五分ほど政子の言うことを聞いてしまうというくっそ恐ろしい能力なのだ、これのせいで僕は日々苦労をして枕で涙を濡らして・・・・じゃなかった涙で枕を濡らしているんだよねぇ。
まぁでも最近は不意打ちでさえなければ対策はばっちりだからね、大体さっきから僕は勉強するって言ってるんだ。
そしてテストで良い成績を取ってクラスの可愛い子に「平野君もゼミやってるんだ!ゼミは一日三十分でいいから部活と勉強両立できるよね!!」なんて説明口調で言われたいんじゃ!
ゼミやってないけど!
「ぶ~!わかったわよ、もうこうなったらあれを名前付きで世間にばらまいてやるんだから!」
「ばら撒く?な、なにをする気だよ」
突拍子もなく出てきた政子の言葉にさすがに身の危険を感じ向き直すと政子はしめたと言わんばかりのしたり顔で手に持ったUSBメモリを天井に向かって掲げていた。
・・・・ん?USBメモリ?
「ここには実は頼友のパソコンの奥の方~に隠してあったちょっとエッチな画像や動画が入っているのでーす!」
「はぁぁぁぁっ!?なにしてんの!」
「いやぁ~ゲームを探していたら見つけちゃって、でもこういうときに役に立つかなって思ってファイルを移動しておいたの!」
なんちゅうことを、なんちゅうことをしてくれたんだ政子はんは!
というかゲームを探してたって嘘だろ!ソリティアなんかわざわざデスクトップにショートカットまでつくってやったのになに人のパソコン漁っているんだよ!
しかも秘蔵のアレは奥の奥の方に隠しフォルダにしてあったはずだ、こいついつのまにかパソコンスキルあがってやがる!
「本当は心優しい私はこんなことしたくないんだよ、でももしかしたら何かの手違いがあってこれをリビングのテーブルにぽいって置き忘れちゃうことあるかもだよ!ぷすす!」
「やめろ、たのむからやめてくれ」
どこぞの息子の部屋を勝手に掃除したあげくにエロ本を机の上に山積みにする母親かよ。しかし政子のことだ、さらっと本気でやりかねないのでここはもう僕が折れるしかないようだ。
「わかった、わぁ~ったよ作りますよブログ」
「やった~」
両手離しに喜ぶ政子を尻目に僕は大きく息を吐く。こうして僕、平野頼友はアイドルを目指す北条政子のブログを作ることになったのだ。



舞台は戻って───

「あ~そういえばそんなのあったね」
「あったね、じゃないっての!」
呑気に言う政子に僕はため息混じりに答える。
僕の作ったブログのタイトルは『インターネットアイドルまさこちゃん17歳』。なんだこのインターネット黎明期に流行って乱立したニュースサイトみたいなブログはって感じだがこれが政子たっての希望だからしかたない。
日に数回アイドル?となった北条政子の写真とちょっとした日記をアップするだけのこのブログで政子が更新するのかと思いきや日記からなにからすべて僕に任せっきりだったから覚えてないのも無理ないか。
だいたいあんなポテチを美味しそうに食ってる政子やゲームがクリアできず不機嫌な政子、漫画読み疲れて寝ている政子の写真が掲載されているだけのブログ誰が見るってんだよ。
「それで頼友、あのブログまだやってんの?」
「やってんの?ってなんだよ・・・・いや、そういえば学校始まって一週間ほど更新してないな」
「んっん~それはいけないな、アイドルとして!」
僕と政子の会話に南条院が割り込んでくる。いかんいかん、なんかこいつのことすっかり忘れてた。
「アイドルが一週間もブログ放置とはいただけない、利家を見習ったらどうだい?」
「会話パターン同調。私は一日三回ブログの更新をし、ついたコメントには一人一人返信をしています、私えらい」
そう言って利家が突き出したのはタブレットPCで、見るとそこにはタイトルにでかでかと「イクサカーニバル総選挙一位の前田利家のブログ」と書かれているのが目に入る。っていうかそれがブログのタイトルってどうなんだよとツッコミを入れたくもなるが、それよりも・・・・
「総選挙一位ってことは、やっぱりアカウント名「more_money」さんか」
一ヶ月前あの十万票も取っていた芽衣ちゃんの遥か数十倍の票数を稼いでいた前田利家の使い手がこいつだったのか。
結局イクサカーニバルの総選挙はこの前田利家があれから更に数百倍の票数を取ってダントツ一位で終わったんだよな。しかしそんなやつが現実世界の方にでてくるとは・・・・
「会話パターン・・・・肯定。そうです、そして南条院様はTBD、超絶美少女度の高い私を現実世界のアイドルとしても活躍させようとお考えなのです、はい」
「へ、へぇ~」
どこかぎこちないしゃべり方で利家はそう言う。というかそのTBD、超絶美少女度って流行ってるのか?政子も言ってた気がしたけど。
「そういうこと、そしてその最初の足掛かりとしてアイドルとしてイクサカーニバルの世界から出てきている北条政子!君に勝負を挑みたいってことさ」
一々髪をかきあげ金の扇子をこちらに突きつけてくる南条院に少々苛つかされるが話はだいたいわかった。そして勝負するまでもなくブログもほったらかしの政子がこんな面倒くさそうなことするわけがないじゃないか。
「なるほど話はわかったけど、まさ・・・・北條さんはそういう勝負みたいなことはしな・・・・」
そこまで言いかけたときだった。政子の奴が僕の頭を下敷きでペシンと叩くと一歩前に出る。
「ふふ~ん、超絶美少女アイドル北条政子様に勝負を挑むなんて良い度胸じゃない!ゲーム内で一位だったのかもしれないけど、現実のアイドルの厳しさ教えてあげるんだから」
なぜか妙に張り切っている政子。いやそりゃ別に良いんだが一つだけ言わせてもらうならお前アイドルとしてなんにも活動をやってないだころか完全に忘れてただろ・・・・。
「それでそれで、いったいどんな対決をするの?歌?ダンス?それともお料理?」
「フッ、アイドルの人気を表すものといえばそりゃ当然握手会だ!アイドルの中のアイドル、でてこいやぁー!」
耳をつんざくような大声で高らかに宣言する南条院。握手会、うんまぁ話はわかる。が、彼の言う握手会ってのがとんでもない規模のものだってことに僕はその時まだ気がついていなかった。




「ええっと、それじゃあ皆さんお忙しいところをお集まりいただいて誠にありがとうございます!これより握手会を始めたいと思います~」
生徒会長である東條綾音さんの声が体育館中に広がる。三年と言う学校生活でも上がることなんてほぼないだろうと思っていた壇上から見る景色はほぼ全生徒が集まると言う僕にとっては予想外な様相をなしていた。
「俺は生徒会長と握手したーい!」
「生徒会長こっち向いて~」
「は、はい、ええっと~私は握手会には参加しませんので、その皆さんお静かにお願いします~」
急遽作られたであろう原稿に目を通しながらあたふたした感じに生徒達の言葉に返事をしている東條さんを見ながら僕は本当巻き込んでしまってすいませんと心の中で思う。
金持ちってのは何をやり出すかわからないとは思っていたが南条院の奴、まさか今日の授業を全部中止にして全生徒を集め体育館で握手会を開くとは思ってみなかった。
「うんうん、良い感じに人が集まってきた。そう思わないかい源頼朝くん」
「平野頼友だよ、僕の名前は。ったく、こんな大事にしなくても良かったんじゃないのか」
午前中の授業が潰れたおかげで僕の遅刻はなくなったが政子の奴なんてはっきり言ってやる気ないんだし勝負すること自体無駄な気がするんだけど。
「ああ、すまないすまない頼友君。まだ転校してきて三日目だからね、よく庶民の名前を覚えてないんだ僕は」
「だろうね、ずっと前からいたら嫌でも目立つよ君」
言葉で牽制仕合ながら思わずため息をつく。またとんでもない転校生が来たもんだ、そう思ったときだ。
「それではえっと、今日握手会を行う二人に登場してもらいましょう~」
東條さんの言葉と共に軽快な音楽が鳴り出し辺りの照明が薄暗くなると壇上の両裾にスポットが当たり利家と政子が姿を現す。ちゃっかりと政子の奴、私服であるいつもの赤と黒を基調としたパンクゴシックに着替えてるところを見るに本当にやる気なんだな。
「ではまず、前田利家さんからキャッチフレーズお願いします」
「会話パターン、自己紹介。・・・・了解しました、やります」
東條さんの言葉に利家は小さく頷くと真ん中に用意されたマイクスタンドの前に立つ。
前田利家、見た目こそバリバリにアイドルだけど、さっき話した感じだと妙に機械っぽいしゃべり方するんだよな。今までイクサカーニバルから出てきた武将にはそんなしゃべり方をする人はいなかったし、なんだろうアンドロイドアイドルみたいなコンセプトなのかな?
前田利家といえばそれはまぁ金持ちってイメージしか僕は持ってないんだけど。
「みんなぁ~!!!今日は私たちのために集まってくれてありがとう~~~!」
「うぉっ!」
体育館中に大きく通る利家の声。ぼうっと考え事してた僕が思わずビックリしたその通る声、それがよく聞けばマイクを通してない素の声だと言うことに気がついて更に驚かされた。
「最近は口パクのアイドルが多いけど利家はボイストレーニングからパーペキ、ペキパーでこなしてあるのさ」
「へ、へぇ~」
南条院の説明にあくまで平静を保つように言葉を返すが正直、この前田利家って子は本当にアイドルを目指してますって感じがひしひしと伝わってきて焦りを感じる。
さっきまでの機械的な喋りもまるで誰かがスイッチを入ったかのように流暢で、表情も明るく愛嬌がある風に変わりなにか役に入りきった女優みたいな印象だ。
「ではまず私から自己紹介しまぁす!槍をブンブン振り回し、若い頃は歌舞いてなんぼ!目指せアイドルの加賀百万石 、槍の又差な前田利家ですっ!みんな盛り上がっていこ~!」
『うおおおおおおっ!!』
利家のキャッチフレーズで一気に体育館内に歓声が湧く、いつものくっそ長い校長先生の話の時のような淀み停滞していた思い空気が利家の言葉で一気にうねりを起こし動き出す。
・・・・しまった、これはまずいぞ。
「利家ちゃーん!!」
「きゃーこっちむいてー」
声をあげる観客をよく見ればなんか特攻服に『前田利家・命』と刺繍の入った大段幕持った生徒までいる。
言葉にはしなかったが始まる前から状況が悪くなっているのがわかる。キャッチフレーズの順番なんて適当で良いと思ってたけどあの利家のキャッチフレーズで風は完全にあちらに吹いている、このまま握手会が始まれば・・・・考えるまでもない。
これはなんか簡単な勝負かと思ったけど結構厄介だぞ、政子に策はあるのか?・・・・と、心配で政子の方を見てみると
「ふむふむ、キャッチフレーズってああやるのね~」
なんか呑気なこと言いながら箸でポテチを掴み口に放り込んでいた。
はぁ・・・・なにをもってしてそんなに余裕なのかわかんねぇ、そしてお上品なのは結構だけど今やることじゃねぇ!!!
「お、おい政・・・・」
「それでは次、北条政子さんキャッチフレーズをお願いします

「はぁ~い!」
呑気にポテチかじってる政子に一言苦言を呈してやろうとしたが僕が声をかけるよりも先に司会進行の東條さんの声にかき消され政子はそのままマイクスタンドへと向かってしまう。
しかも思いっきりポテチを抱えたまま・・・・。
「あ、えーと。あーあーただいまマイクのテスト中~、よしマイクは入ってるわね」
大観衆が見守るなかいつも通りの様子でマイクをポンっと手で叩く。
「んまぁ自己紹介って言っても今さらって感じあるよね。この学校で超絶美少女と言ったら私、北条政子でしょ?」
『うおおおおおおっ!!』
なんでか政子の言葉に盛り上がりを見せる観衆。なんていうか噂には聞いてたんだけど政子の奴の学校内の人気って結構あるんだな。
ま、まぁ別に僕からすれば政子の奴が人気だろうがどうだってもいいんだけどね。
「まぁ一応その、キャッチフレーズってのやろうかな?今さっき考えたんだ~」
『うおおおおおおっ!!!』
先程の前田利家の作り出した勢いもあるだろうが観客の盛り上がりはどんどん上がってきている気がする。政子はそれに満足そうに頷くとマイクを握り叫ぶ
「私の名前は北条政子。通称尼将軍。傀儡政権の天才よ。藤原頼経の後家人となって幕府の実権をにぎにぎ握っちゃうわよ~♪でも流刑だけは勘弁ね!」
『きゃあああああああっ!!!!』
「な、なんだ・・・・あれ」
政子のどこかで聞いたようなキャッチフレーズに今までで一番の盛り上がりを見せる体育館内。いやいやいや、なんで盛り上がってるんだよ、無茶苦茶じゃないか!
政子の奴はそれこそ歴史上の“北条政子”がベースになっているとはいってもただの『イクサカーニバル』のテスト用キャラクターであって藤原頼経とか関係ないじゃん!
なにが幕府の実権じゃ!いつもポテチを食べながらコーラをラッパ飲みしつつ漫画読んでるかゲームしてるだけのくせに!
・・・・と、いう僕の心の中の愚痴もかき消す歓声にもはや会場の雰囲気は盛り上がりの一途を辿っているのがよくわかる。
「はい、ありがとうございました。それでは皆さん一人三枚持っている握手券を好きに使って握手会を楽しんでください~!」
『うおおおおおおっ!!!』
東條さんの透き通る声に観客は声をあげぞろぞろと僕たちのいる壇上へと向かってくる。
ううむ、なんだかんだでこの茶番にも似た握手会始まってしまうのか。
「まぁこれ当たり前すぎて言ってなかったけど最終的に握手券が多い方が勝ちってことから、そこのところ頼むよ頼友君」
政子と利家、お互いの長テーブルにはご丁寧に握手券を入れるアクリル製の箱が設置してあるのが見える。
「ああ、それはわかってるよ」
「そして負けた方がアイドルを辞める、それもわかってるよね」
「ん、ああそうだな」
南条院に言葉を返すが正直言ってアイドル辞めると言われても政子の奴、アイドルらしきことなんて一つもやってないからなどうだっていいんだけど。
とはいえここまで盛り上がっている以上中止するわけにもいかない。
「ほいほ~い、頼友。ポテチ預かっておいて~。あっ、ちょっとでも食べたら三日は口聞いてあげないんだからね」
「流石にこの状況で食べないよ」
ポテチを僕に手渡し、政子が木製の長テーブルに簡易なパイプ椅子の前に立つ。
僕はその後ろで手渡されたポテチの袋を抱き締めながら呆然と政子の背中を見つめる。
「なんなんだろうな、この気持ち」
思わずそんな言葉が漏れた。言葉にするのは難しいけどなんだかさっきからもやもやした気持ちが心の中に渦巻いている。
アイドルって言うとそりゃ僕みたいな一般人からすれば遠い星のような存在だ。
そこに、全然活動してないとはいえ今政子がいるわけで・・・・沢山の生徒が政子と握手するために並んでいるのを見るとなんか嫌な気分になる。
会場が盛り上がれば盛り上がるほどどんどん心が締め付けられる感じだ、この感じってもしかして僕嫉妬してるのか?
「いや、それはないな。うん、きっと朝食べた魚肉ソーセージが美味くなかったのが原因だな!」
頭を横に振り下らない考えを払拭する。ちょうど僕がそんなことをしていると同時だった、政子の前に一人の目の握手者?が現れたのは。
「よっしゃー鍵開けはこの三奈本様が頂きだぜぇ~!!!」
「って、なんで三奈本なんだよ!!!」
気がつけばちょっとセンチメンタル入ってたのも忘れて僕はツッコミをいれていた。なんでまたよりによって最初に僕の悪友である三奈本が出てきてんだよ!
「いやぁ~鍵開け狙ってたんだよね!政子ちゃん同じクラスメイトとして応援してるよ!」
「お~三奈本君、応援ありがとう~!また来てね~」
僕のツッコミも気にせず政子は三奈本と軽い握手を交わすと手を振り次の相手へと移っていく。
「ってか、三奈本の奴鍵開けとか言ってたけどなんなんだ?」
「おや?おやおやおや?まさかジャーマネだというのに鍵開けを知らないのですか頼友君!?」
握手会の真っ最中とはいえスルーされたツッコミに少し寂しくなっているとぐいっと南条院の奴が僕に顔を近づけてそんなことを言う。
「いや知らないよ。というか僕はマネージャーじゃなくて征夷大将軍なんだけど、とりあえずその顔近づけるの止めてくれ」
「征夷大将軍?よくわからないがまぁ知らないと言うのならこの南条院が教えて差し上げようではないか!」
僕から顔を離し高笑いする南条院。ってか教えてくれるんだ、意外と良い奴なのかもこいつ。
「いいかい頼友君、握手会における鍵開けというのはだね。握手会で最初に握手する人のことをいうのさ」
「ほ、ほう」
最初に握手する人、確かに三奈本の奴は一番最初に政子に握手しにきたよな・・・・えっ、でもそれがなにか意味あるのか?
そんな僕の心を読んだかのように南条院は頷くと扇子をたたみ、ビシッと前に突き出す。
「鍵開けってのはその日の握手会をやるアイドルのコンディションを左右するともも言っても良い大事なポジションなんだ」
「コンディション?ポジション?」
早々になにを言っているかわからなくなってきている僕に南条院は構わず続ける。
「単純な話さジャーマネ、鍵開けとの会話でどんと盛り上がったりすればアイドルの調子は上がるのはわかるだろ?」
「ああ、それはなんとなく」
何事も最初が肝心とは言うしな、しかも長時間ある握手会の一番最初となれば影響は少なからずあるだろう。
「けれど鍵開けで会話が上手くいかない、酷いのになれば避難するアンチだったりすればそれは大きく影響する」
「ふぅん、ってかアンチが一々アイドルの鍵開けにくるの?」
「意外とくるよ、アンチってのは大体元はファンであることが多しね。自分の言葉がアイドルに大きく影響を与えるのがわかっていて暴言を吐いたりするのはいる、無論そんな奴はすぐに出禁だけどね・・・・向こうとしては最後っ屁と言ったところなんだろう」
南条院は真面目な表情で扇子を開く。なんていうか最初会ったときはただのふざけた成金野郎と思ったけどここまで真剣に語られるとよっぽどアイドルが好きなんだなと言うのが伝わってくる。
「けどアイドルにはすぐ次の握手へと移らないといけない。どんなことを言われても感情をリセットし、笑顔で次の握手をする。それをやり遂げるのがアイドルだ。しかしアイドルと言えど人間・・・・最初に否定されると少なからず尾を引き、何十人何百人と握手していくうちに表情が強張ったりいつもの自分が出せなくなったりする、最悪体調を崩し握手会自体が中止になることもある」
「な、なるほど」
南条院の力説にただただ僕は頷くしかない。
「それほど鍵開けというのは大事な仕事なんだよ。どうやら君の鍵開けは知り合いだったようで鍵開けとしてはいい仕事をしたと思うね」
「いい仕事・・・・ねぇ」
正直ここまでのことを考えて三奈本が鍵開けというのをやってくれたとは思えないがまぁいきなり嫌なこと言われてたら政子の奴不貞腐れてただろうし確かにいい仕事をしたのだろう。
「まぁそれでも僕の前田利家には勝てないと思うけどね!」
「そりゃまだ始まったばかりだからな」
扇子をあおぐ南条院に吐き捨てるように僕は言う。
生徒の流れも今はまだ一定で政子にも前田利家にも並んでいる、これがどれだけ長く続くか・・・・それが問題だ。



一時間後───
状況は僕の目からしてもはっきりとわかるほどに変わっていた。
「いやぁ~まさか利家ちゃんに二枚も握手券使うことになるとはすまんすまん、頼友」
「はぁまぁ別に三奈本に期待してた訳じゃないからいいよ」
握手券三枚を早々に使いきった三奈本に僕は嘆息しながら列を見つめる。
どこから変わったのか、どこに差があるのか僕にはわからないのだがいつのまにか前田利家に並ぶ列よりも政子に並ぶ列が圧倒的に短くなっていた。
「なぁ三奈本、僕にはよくわからないんだがこの差ってなんなんだ?」
僕にはここまで見てきて北条政子と前田利家に差らしい差があるようには見えない。そりゃまぁ政子の奴はアイドルなんて目指してたのは口だけで、それこそアイドル目指して一直線な前田利家とは志的なもんで言えば差はあるだろうけど、見た目や今やっている握手にさほど違いがないように見える。
「ん~あれかな、握手したらわかるんだけど政子ちゃんは塩対応になってるんだよね」
「塩・・・・対応?」
三奈本からさらりと出た謎の言葉に僕の頭の上には疑問符が湧く。
というか塩対応ってなんだ?塩化ナトリウムか?ってそんなことはどうだっていい!
「なんだよ三奈本、その塩対応ってのは」
「塩対応ってのはさ、ようは握手の対応が悪いってことだよ。まぁ政子ちゃんの場合は利家ちゃんの対応が神過ぎて相対的にそう見えてしまってるんだけどな」
「はぁ?握手の対応が悪いって僕には二人とも同じようにしか・・・・」
「違うんだな、これが!握手会素人の頼友にはわからないだろうけど、ほら利家ちゃんをよぉく見ときなって」
政子と利家にどんな差があるっていうんだ?
僕は三奈本に言われるがままに前田利家のやっている握手に注視する。
「利家ちゃんまた来たよ!頑張ってね!」
「応援ありがとうございます~!」
握手会でのアイドルとの会話なんて数秒だ、長い話や込み入った話しなんてできるわけもない。
「三奈本さ・・・・こう言ってはなんだけど全然わからないんだけど」
喋りも握手も僕には至って普通に見える、いったいこれのなにが違うって言うんだ?
「手だよ、手。握手したときに握手してない方の手で手の甲を・・・・擦ってるんだよ」
「手を擦って・・・・」
三奈本の言葉にハッとなって今一度前田利家の握手の様子を見る。そして確かに注意して見れば前田利家は両手で包み込むようにして握手すると本当ここからじゃ気にしてなければわからないくらいの感じで相手の手の甲を擦っていた。
「あれがまさ・・・・北条さんと前田利家との違い?」
「そういうこと」
僕の言葉に三奈本は頷きで返すと人差し指をピンと立てる。
「正直ちょっとした差だよ、けどそのちょっとした差がこの大きな差になっているのわかるだろ」
「確かに・・・・」
気がつけばもう政子の前の列はなくなりつつあるのに前田利家の列は最初の頃と変わらない、長い列のままだ。
「へぇ、三奈本君だっけ?君アイドル詳しいね」
「まぁな、だが一つ訂正させてもらえるなら俺は女の子全般に関して詳しいのさ」
南条院に向かって指でピストルを作りもばきゅーんとポーズを決める。全くなんなんだよ握手会って、こんな奥が深いものだったのか・・・・ちょっとしたバトル漫画みたいじゃないか。
そして南条院と三奈本、ただアイドルの話をしているだけなのになんか妙に頼もしく聞こえるから困る、全然羨ましくないけど。
「ふむ、そろそろ休憩時間だ。後半戦は少し趣向を変えてくから僕は少し準備をしてくるよ」
「後半戦?趣向を変える?」
南条院の言葉は意外だった。正直僕はこのまま前田利家の勝ちで終わる・・・・ものだと思ってたからだ。
いやだってそうだろう、朝からやってきたこの握手会。流石にあれだけいた生徒の数も三枚という握手券を使いきっている。
南条院は趣向を変えると言ったけど今更変えたところで結果は変わらないしやる意味なんてないんじゃないか、そう思うんだけど。
「後半戦なんてやる必要ないんじゃないかって顔してるね、ジャーマネ頼友」
「ま、まぁね」
「それは僕も思っているんだけど握手し足りないって感じのお客さんがいるからね、後半戦ってのはいわばそのためのものさ。そんなわけで僕は行くよ」
そう言って扇子をあおぎながら去っていく南条院。
お客さんのため?もはや勝敗は決して余裕ってことか、いやまぁこっちとしても元々やる気のない勝負だったといっても過言ではないし、別に負けてしまっても構わないんだけど。
「それでは三十分の休憩に入りたいと思います。三十分後からはまた握手会を始めたいと思いますのでよろしくお願いします」
そんなくだらないことを考えているうちに東條さんの声が体育館内に響き握手会の前半戦は終了した。
「おっ、休憩みたいだな。頼友、俺もちょっと戻るわ」
「うん、さっきのこと教えてくれてありがとうな」
「おうっ!政子ちゃんによろしくな!」
そう言うと僕の肩をポンと叩き去っていく三奈本。ちょうどそれと入れ替わりで政子が僕のところに戻ってくる。その面持ちはやはり負けているのがあってなんというか実に暗かった。
「おかえり政子、ポテチ食べるか?」
「うん・・・・」
僕の差し出すポテチの袋を力任せに奪い取ると政子はその場にへたり込み、無言のままポテチを食べだす。
「いやでも握手会なんて凄いよな、本物のアイドルみたいで」
「うん・・・・」
どうでもいい勝負と思っていてもここまでへこんでいるのを見ると僕も胸が苦しくなって気がつけば励ましの声をかけていた。でも政子の奴は俯いたままポテチを齧るだけでどう言えばいいのかよくわからない。
「おいおいどうした政子?いつものうざったいくらいの元気はどうしたよ」
「だって・・・・悔しいもん」
消え入るような声とともにポツリと政子の白い太腿に透明な液体が落ちる。え、ちょっと待てよ、まさか泣いてるのか政子?
「お、おい政子・・・・もしかして泣いてる?」
「泣いてるわけ、無いじゃない、無いじゃないったら無・・・・ううっ」
俯いてるからなのかウィッグがずれてるからなのかわからないけど悔しさからか間違いなく政子の奴は泣いてやがった。全くもう、こんなくだらない勝負で負けてるからって泣くか普通?
「超絶美少女の私が負けるなんてありえないんだから・・・・なんとかしてよ頼友、征夷大将軍なんでしょ・・・・」
「はいはい、ったく一々泣いてんじゃねぇよ」
急にアイドルになりたいとか言い出して、人にブログを作らせたと思ったら放置でいざアイドルとなって握手会となったら負けてて泣く・・・・本当好き放題やってるよ、羨ましくなるくらいにな。
「いいか政子、前田利家のやつは握手してるときにこうやってんだよ」
僕は嘆息するとそっと政子の手を取り握手の形を取る。そして前田利家がやっていたように握手してない方の手で手の甲を撫でてやる。
「ん、頼友・・・・そんなところ見てたの?」
僕の行為に政子が驚いた様子で顔をあげる。僕はそれに静かに頷き答えた。
「まぁ僕も気がついてなくて三奈本に教えてもらったんだけどな。そりゃアイドルにさ、握手してもらえるだけじゃなくてコッソリと手の甲を撫でてもらったりされたらそっち行っちゃうよ」
「むっ、つまりは相手は小細工してたってことね!」
「そういうこと。ようは向こうはちょっとした細工をしてて人気を集めていたわけだ。どうせお前のことだ自分が可愛さで負けてるとか考えて涙目になってたんだろ。大丈夫、政子は充分可愛いんだからさ」
「なっ!えっ・・・・なによいきなり頼友!」
僕の言葉に政子は急に顔を真っ赤にして俯く。あれもしかして僕、無意識に変なこと言ったか?
「どうしたんだよ、政子?腹でも痛いのか?」
「んなわけないでしょ!だって今さっき頼友、私のこと可愛いって・・・・」
「ん、可愛い?ああ、前田利家と政子に可愛さではそんな差はないってことを言いた・・・・痛たたたたたっ!!!」
僕が言葉を言いきる前になぜか政子の奴、思いっきり強い力で握手に込めてくる。えっ、あれ?なんで?僕は慰めてやろうと思って良かれと思って言ったつもりなんだけどぉ!?
「全く、童貞の頼友に可愛いとか言われても全然嬉しくないわ」
「つぅ~!ったく、なんなんだよ!童貞は関係ないと言うか僕と童貞は関係ないわ!」
すっかり元通りの表情を政子は見せるが僕としてはなんで手をぎゅーって握られたのかのかさっぱりわかんないんだけど。
「ま、ともかく向こうは卑怯にも小細工を使ってきたってわけなんだからそれならこっちにも考えがあるわ」
小細工っていうかまぁテクニック、って言った方がいいんだが政子のやりそうなことなんて察しがつく。
「どうせあれだろ、『傀儡政権』使うつもりだろ」
「はい、残念でした~今回は使いませ~ん」
しかし政子の答えは意外だった。いやてっきりいつもの感じでいたいけな学生を操って握手させるのかと思ったのだけど。
「悪いけど今回だけはアイドルとしての魅力と技能で勝つんだからね!」
「ふぅん、まぁ僕としてはなんでもいいさ」
しかし生徒はまだ残っているとはいえ、握手券を持っている人は少ないだろう。あとは南条院の言っていた後半戦がどうなるのかだけど・・・・
「お二人、お手て繋いで仲良さそうで、いやがりますね」
「「わわっ!」」
突然横からした声に僕と政子は慌てて握手していた手を離し揃って声のした方を向く。そこにいたのはさっきまで政子と握手会で競っていたアイドル、前田利家だった。
「失礼しました、私はみんなのアイドル前田利家ですっ!」
「いや知ってるし・・・・。それでえっとなにか用だった?」
わざわざライバルである前田利家が僕達の前に現れるなんて一体どういうことなんだろうと思っていたら利家は言葉を探すように軽く上を見上げながら喋り出す。
「会話パターン、肯定。そうです、用がありまして・・・・その、すいません私口が下手な、ようでして」
「いやでもアイドルのキャッチフレーズとかは凄かったけど?」
僕の言葉に利家は首を横に振る。
「あれは定型文ですから。しかしながら口下手と言うのには語弊ありで、実際の私は『イクサカーニバル』で生まれてからまだ時間がさほど経っていないので言葉の蓄積が足らない、です」
「言葉の蓄積?」
「ああ、あれよあれ規約にも書いてあったでしょ」
言葉の意味がよくわからなかったがそれを意外にも政子の奴が口を挟み解説しだす。って、規約ってなんだ?まさかとは思うけど『イクサカーニバル』の規約のことか?
「あのゲームでのプレイヤーの会話ログはサーバーに保存されて私たちの人格形成や会話パターンに利用されてるの、んでこの子はその言葉が蓄積しきる前にこっちの世界に来ちゃったから言葉をよく知らないのよ」
「へ、へぇ~・・・・って、そんな重要そうなことなんで教えてくれなかったんだよ」
つまりそれって『イクサカーニバル』の運営は最初からキャラクターに人格を与えてなにかをしようとしていて動いてるってこと、だよな。なんのつもりなのかまではわからないけどゲームのキャラクターを現実世界に移動させる『扉形成プログラム』といい相変わらず運営は怪しいな。
「いやだって規約に書いてあるんだもん、知ってると思ってたわよ」
「あのなぁ、あんな長い規約なんて読むわけないじゃん。政子だってゲームやるときに説明書読まないだろ」
「そんなことない・・・・いや、確かにそう言われると読まないかも」
僕の言葉に政子は頷く。まぁ政子の奴もある種ゲーマーだからなこう言えば納得するとは思っていた。
「だろ~?そんなもんなんだって規約とか説明書ってもんわ、困ったときに初めて開けばいいんだから」
「あの、すいません伝言あるのですが・・・・話してオーケーです、か?」
「あっ、ゴメン・・・・なんだっけ?」
完全に政子との会話に夢中で利家がなにかを伝えに来ていることをすっかり忘れていた。
「伝言・・・・それは、握手会の後半戦のことについてです」
「後半戦について?」
政子の言葉に利家が小さく頷く。そしてたどたどしい様子で今南条院の奴が準備していると言う握手会後半戦について話し始める。
「後半戦では体育館の入り口に、商品・・・・物販、ブロマイド?というのを買う場所を作り、作りですね、買うと握手券がつくようになってるとのことです」
「ブロマイドに握手券が・・・・」
つまりそれは一人三枚までという前半戦のある意味縛りのような物が撤廃されるということを意味している。
握手会に興味のない人は最初に配られた握手券で終わりだろうが南条院の言っていた『握手し足りない人』って人はそれこそごっそりブロマイドを買うわけで、そうなると前半戦なんて目じゃないほどの戦いになるってことか。
「いや、ちょっと待って。こっちはブロマイドなんて用意してないんだけど」
なんとなくで話を聞いてたがこちらには肝心のブロマイドがないじゃないか、政子の画像ってだけならデジカメに入ってるけどそんなすぐに現像できるものでもない。となると用意されているのは前田利家のだけ・・・・?そんなんじゃ勝負にならないじゃないか。
「そのことなら、大丈夫・・・・オフトーク、おふとん?違う、オフコースです。この学校に来て三日間、北条政子さんの写真色々撮ってきましたから」
そう言うと利家は僕達の前にいくつかの写真を取り出し見せる。
「へぇ~流石私、いついかなるときも超絶美少女やってるわね」
「というかこんなのいつのまに撮ったんだ・・・・」
渡された写真は教室でなんかいつもの感じとは違う真面目な様子で授業を受けている政子に体育の授業で鉄棒でこれは大車輪か、ぐるぐる回っている写真に・・・・
「なんだこれ、保健室で白衣を着てるけど」
「それは、あれですね。北條さんが二日前に授業をさぼって保健室で寝ていたところ寒くて保険医の白衣を着た瞬間、です!」
「なにやってんの政子」
利家の説明に思わず頭が垂れる。全く授業さぼって保険医の白衣借りて寝るとかなにやってんだよ。
「いいじゃん、寝たかったんだから。でもよく撮れてるよね~あれでもこれだけ縁に金色の枠ついてる」
政子が反省の色なしと言った感じでそう言う。
白衣を着た政子の写真、それには確かに金色の枠がついている。
「ちなみにその白衣で寝そべる北条政子さんブロマイドはSRなので金枠がついてます。そして出現確率は1,12%です」
「えっ・・・・レアリティあるの!?」
「はい、なお今なら40連ガチャをやっていただけると確定でこのSRがゲットできるようになります。しかも普通なら一万二千円のところをなんと一万円で引くことができてお得です」
「お得って・・・・完全に搾取に来てるじゃないか」
思わずそんな言葉がこぼれる。
このなんかふざけた政子のブロマイドを欲しがる奴なんているのか?でないでない言いながらお金をつぎ込む奴がいるのか?
それはわからないがこの課金要素が後半戦の勝負をとんでもないものにするんだろうということだけは僕でもわかる。
「それではえっと、そろそろ後半戦を始めたいと思います~」
そんなことを考えていると体育館に東條さんの声が響き渡り決戦の時はもうすぐそこまで来ている、覚悟を決めないといけない。
「それでは、良いデュエル?バトル?勝負をしましょう北条政子さん」
「望むところじゃない、ないじゃないったらないじゃない!」
政子と利家が勝負前の握手を交わしお互いの定位置である木製の長テーブルへと進んでいく。
「なお後半戦は体育館入り口前に北条政子さんと前田利家さんのブロマイドを販売しております。一枚300円で一回ごとに握手券がついてくるそうです」
それと同時だっただろうか東條さんがそう説明すると体育館は様相は一気に熱気を帯びだす。
後ろを何度も振り返りブロマイド販売所の場所を確認する者、財布を取り出し現金を確認する者、そんなこと気にもとめずじっと政子と利家を見つめている者・・・・
「それでは握手会後半戦、はじめまぁす!」
獲物を狙う野獣のような緊張感、それが東條さんの後半戦開始の言葉と共に一気に放たれる。
その勢いたるや前半戦なんかとは比べ物にならないほどの
勢い、これが課金者の札束による殴りあいって奴か。
「ここからが本当の勝負ってわけだね」
「南条院・・・・。ああ、そうだな」
いつのまにか戻ってきていた南条院の言葉に僕は頷く。政子のやつ、『傀儡政権』を使わないでも作戦があるみたいに言ってたんだが本当になにか策があるのだろうか?アイドルらしきことも全くせずに今回いきなり握手会なんてのをやった政子になにか考えがあるとは思えないんだけど。
「むぅ!?」
そんなことを考えていると今までずっと余裕を見せていた南条院の顔が急に焦りを見せ始める。
「どうしたんだ南条院?まだ後半戦始まったばかりだぞ」
「まさかあの禁じ手をここで出してくるとは・・・・」
「禁じ手?」
なにか言葉にするのも恐れている様子の南条院だが僕にはさっぱりわからない。そしてなにより握手会に禁じ手なんてのがあるって言う方が驚きだ。
「北条政子がやっているあの握手、あれは某国民的アイドルの握手会ではもはや禁止されている技・・・・食らいつく双竜の牙(ダブルクロスシェイクハンド)!!」
「だぶ・・・・くろ・・・・?ていうかなにその中二病全開な技名は」
南条院があまりに大袈裟に言うので政子の方を見てみると政子は自分の手をクロスさせ相手の右手を右手で左手を左手で同時に握手していた。
「まさかこの技の使い手がまだ存在していたとは!!!」
「いや、ただ両手で握手しているだけじゃないか」
さすがに禁じ手だとか使い手だとか大袈裟すぎる気がする。ただまぁ前半戦の前田利家の手の甲スリスリだけであれだけ差がつけられたんだ、政子の禁じ手ってのが大きな影響を与えるのはありえなくもない・・・・のか?
「両手ということはそれだけで二倍の労力だけどまるで二回握手したかのようなお得感があるんだよ!!」
「へ、へぇ・・・・」
「これは普通に一本釣りが発生しかねない状況だな」
「一本釣り?」
南条院の口からまた何やら握手会専門用語的なものが飛び出す。っていうかなんだ、どんだけ専門用語あるんだよ・・・・。
「君、ジャーマネなんだからそれくらいの用語は知って・・・・ってうぉぉぉぉぉぉぉい!!!!」
溜め息をついて一本釣りってのを解説しようとしていた南条院が素っ頓狂な声をあげる。
「な、なんだよ急に大声なんか出して」
「あれだよ、あれ!!!くぅ~一本釣りされてる!」
そう言って南条院は政子の前に並んでいる列を指差す。
「あれは・・・・」
視線を動かすと政子の前に並んでいるのは真っ黒な特攻服に身を包んだ一団がいた。見覚えあるなぁって思ったらそういえば握手会が始まる前、大段幕に『前田利家・命』なんて刺繍を入れてた人達だ。
なんとなく南条院の言おうとしていた一本釣りの意味がわかった気がする。つまり一本釣りってのは元のファンを握手で釣り上げて鞍替えさせるって意味か。
「あっれぇ?みんな前田利家ちゃんのファンの人じゃなかったっけ?」
「今!このときより!我々は北条政子様ファンに一本釣りされましたぁぁぁぁっ!」
「わぁ~ありがと!じゃ特別にあだ名つけちゃう!」
「あだ名・・・・だと!?」
政子の言葉に南条院が敏感に反応する。なんだろう政子があだ名をつけることになにか意味でもあるのだろうか?
なんていうか僕としてはこの南条院が色んな意味で翻弄されているのを見るのも楽しくなってきた。
「あだ名は~そう!黒い服着てるからく~ちゃん!私絶対に覚えてるからまた来てね!!」
「来ます!!!絶対にきまぁす!!」
「まずい、これはまずい・・・・!!」
手を振って去っていく特攻服の人達を見つめながら南条院はわなわなと震えだし手元から金の扇子が落ちる。
南条院からすると、なんだか知らないけど政子があだ名をつけているのは相当都合が悪いらしい。
「なにかあだ名つけるのがそんなに異常事態なのか?」
「あれはで、伝説の“連なる仮初めの名”という技だよ!!まさかあの技を使う者がまだいたとは!!」
「ほ、ほう・・・・」
もうよくわからな過ぎる。なんだ握手会に伝説の技があるなんて聞いてないぞ。
そもそも政子があだ名をつけているだけで伝説の技とは些か信じがたかったのだけど・・・・。
「こんにちわ政子ちゃん!僕は黒崎って言います!僕にあだ名をつけてください!」
「いいよぉ~!じゃ黒崎君だから、く~ちゃんでいいかな!?」
「はい、ありがとうございます!」
「私、政子ちゃんの大ファンです!!久美って言います、名前憶えて欲しいです!!」
「おっけぇ~!それじゃ久美ちゃんの最初の文字からく~ちゃんに決定~」
「あっ、そういうことか」
握手での会話の流れを見ていてさすがの僕も政子のやっているあだ名つけの意味を理解した。
そんなことを思っていると政子のあだ名を付けられた特攻服の男が再び政子の前までやって来る。
「政子ちゃん、二回目だよ!あだ名つけてもらったんだけど憶えてくれてる?」
「んっとね~ええっと・・・・そうだ!く~ちゃんだ!ふふ~ん、私の記憶力すごいでしょ~」
なんかこっから見ていてもわざとらしい演技でそう言う政子。そんなことしなくてあだ名なんてわかってるだろうに、全部同じあだ名つけているんだからな。
「アイドルに認知、名前を覚えてもらうのはファンとしては嬉しいことだ。しかもあだ名をつけてもらえるなんてのは尚更嬉しい・・・・」
フラフラとした足取りで落ちた扇子を拾い上げそう言う南条院。よくわからないが政子のよくわからないアイドルの策で相当ダメージを負っているみたいだ。
「だけどこっちもまだ負けてないよ、こっちにはトップオタがいるんだからね」
「トップオタ?」
何度目かと言う握手会専門用語に困惑しているとちょうど前田利家のいる方で一際大きな歓声が上がる。僕がその声にそちらの方を見るとそこにはすんごく見覚えのある男が前田利家の前に立っていた。
「へっ、前田の利家ちゃんのためにこの三奈本健、百枚握手券買ってきたぜ!」
「ありがとうございます~これでもっと長くお喋りできますね」
見覚えのある裏切り野郎、三奈本はそう言ってなんか束になった握手券を差し出す。
「あいつ・・・・百枚とか言ってたよな、買いすぎだろう」
百枚ってことは一枚が三百円で、いや四十枚だと一万円だったっけか?ああ、考えるだけでもひどくお金を使ってるのがわかる。全くこっちは海の家でのバイト代も毎日政子のポテチ代に消えているんだ、羨ましくて仕方ないよ。
「そのアイドルを一番推している人の事をトップオタって言うんだ。握手券一枚でだいたいアイドルと話せる時間というのは四秒、それを百枚ということは単純に四百秒・・・・六分弱アイドルと話せるってことだ。それが産み出す他のファンの独占欲への煽りは大きい、トップオタっていうのは言うなればカンフル剤みたいな存在なんだよ」
「つまりファン同士を張り合わせるってことか」
全くアイドル業界ってのはアイドル同士だけならずファン同士でもえげつない戦いになっているな。
「だからまだまだ勝負はこれからだ頼友君!」
「お、おう・・・・お互い頑張ろうな」
南条院の勢いに負けて思わずそう言ってしまったが僕としては勝負とかいいから早く終わってくれないかなぁって、心の底から思っていた。



そんな僕としてはどうでもいい勝負が唐突に終わったのはそれから一時間ほどしてからだった。
と、いうのも南条院が用意していたブロマイドについてくる握手券というのが完全に底をつき、なくなってしまったからだ。
「それでは今から集計に入りますのでしばらくお待ち下さい~」
東條さんの指示の元、政子と利家両方のアクリル製の箱が回収される。前半戦じゃその箱の半分も握手券が入っていなかったが今は箱から溢れんばかりに握手券が詰まっている。
「ん~ねぇねぇ頼友、私勝てるかなぁ?」
「いや正直わかんねぇ・・・・それくらいギリギリの勝負だったと思う」
少し不安そうな政子に僕はそう言うしかできなかった。というかそれくらいに握手会後半戦は白熱したものだった。
毎度のことながらやることなすことやたらと大げさに言ってた南条院とアホみたいに握手券を買い込むファン達を呆然と見ていたが結局最後の最後まで列は途切れなかった。
「くぅ、ここまで苦戦するとは思わなかったよ」
「会話パターン、肯定。そうですね、正直結果がどうなっているのか気になります」
それは南条院側も同じことでそれこそ僕にはさっぱりなんにも関係ない勝負なんだけど、さすがにこの投票結果を待つって状況は緊張する。
そんな無駄な緊張感も数分後には結果が出て勝敗が決る、泣いても笑ってもな。
「勝ってるかなぁ~どうかなぁ~」
珍しく不安そうな様子でそんなことを言いながらポテチを齧ってる政子を横目に見る。なんていうか全然真面目にアイドルなんてしてなかった政子だけど僕としては勝って欲しいと思う。
いやそりゃあ本来なら真面目にアイドルしてる前田利家が勝った方がいいだろう、っていうかそっちのほうが自然だ。なにせ努力しているのに努力してない奴が勝つってのも理不尽なもんだとは思う・・・・けど、なんていうか単純に政子が泣いてるのを見たくないなんて思うからだ。
「はい、えっと・・・・集計結果がでました!!ではでは発表したいと思います!」
壇上の東條さんの声に僕達だけじゃなく体育館内にいる全員が注目する。
くっそ、自分のことじゃないってのに胃がキリキリしてきやがった。
「北条政子さん、そして前田利家さんお互い死力を尽くして頑張りました。これからその結果を発表しますが私は二人共に素晴らしかったと思います」
大して長くない東條さんの総評というか寸評、そんなのでさえ煩わしさを感じるほどに余裕がなくなってきている。
とはいえ僕がここで焦ったところで何にも始まらないんだけどな。
「ではまず北条政子さんの握手券の枚数を発表します!!総枚数、五千八百四十一枚!」
『おおおおおおっ!』
握手券の枚数が発表されると観客から一気に歓声が湧く。かなりの票数だと思うが、ってもそれでも安心はできない。
「そして次は前田利家さんの握手券の枚数ですが・・・・総枚数、五千八百四十一枚です!」
『うおっ・・・・おおおおおおおっ?!』
「えっと、結局それで結果は・・・・同数、つまりは引き分けってことか」
思わずそんな声が漏れる。そして結果が引き分けだった、そのことに僕は政子の泣き顔を見ずに済んだと少しだけ安堵した。
「なぁんだ、引き分けかぁ」
「いやいやよくやったと思うぞ、引き分けに持ち込めただけでも」
納得いかなそうに愚痴る政子に労いの声をかける。本当アイドルなんてろくにやってないのに引き分けにできただけ凄いことだ。
「会話パターン、同意。そうです、まさか引き分けになるとは思っても見なかったです」
そう言って前田利家が僕達の前に立つ。その表情には悔しさや憂いもない、すべてをやりとげたと言う爽やかな笑顔だけ。
「同じアイドルとして戦えたことを光栄に思います。握手してもらってもいいですか?」
「いいよ~、これからも超絶美少女北条政子をよろしくね」
まぁなんにせよ勝負を終えて握手を交わす二人を見るとこうやって無事に握手会が終わったことそれを喜ぶべきな・・・・
「よおおおおし!僕は決めたぞ!」
「な、なんだよ南条院。これからまとめて終わろうとしていると言うのに」
「フフフッ、いいことを思い付いたのだよ頼友くん!」
てっきり勝てなくて落ち込んでいるかと思いきやなにやら元気有り余っていると言うか興奮しきっているご様子。
「本当は北条政子に勝った勢いでアイドル全国制覇を狙っていたがこの際だ、僕がプロデュースするから二人でアイドルユニットを組もうじゃないか!」
「アイドル・・・・」
「ユニット・・・・?」
唐突に言い出した南条院の提案に政子と利家がお互いを見つめる。
こうしてあまりにもいきなりな話だが南条院のプロデュースのもと前田利家とアイドルユニット“法人所得税”が誕生したのだった。





あの握手会から二週間、それからの政子はというと・・・・なにか大変なことになっていた。
北条政子と前田利家で組んだアイドルユニット、なんでそんな名前がついているかよくわからないが“法人所得税”は南条院の金に糸目をつけないプロデュースのかいもあっという間に大人気になり、気がつけばお茶の間のテレビにまででるようになっていた。
しかも、しかもだ!嬉しいことにちゃっかりギャラが僕のところにも入ってきていてこれがまさかの臨時収入としてウハウハな生活を送れるようになったのだ!
いやぁ、本当僕としてはいいことばかりなんだけど・・・・
「はぁ~もうアイドルなんてこりごりだよぉ~ちゃんちゃんってならないの?」
仕事から久しぶりに帰ってきた政子は実に青色吐息な様子で床にへたりこむ。
「なるわけないだろ、そもそもなんだその昔のギャグアニメの終わりかたみたいなのは。まぁ早く休んだら?明日も仕事だろ」
疲れているのはわかるけどこれが政子のやりたかったアイドルなんだから僕としても応援する他ない、そりゃするさだってちゃっかりお金がなにもしてない僕にも入っているんだから。
「むぅ・・・・あっ、そうだ!!」
膨れっ面をして愚痴る政子が急に何を思ったのか立ち上がるとゆっくりと僕に近づいてくる。
「頼友、良いこと考えたからカメラ貸して」
「ん?いいけど・・・・なにをするつもりだよ」
政子の良い考えなんてどっかのロボット総司令並みに不安要素バリバリなんだが僕はしぶしぶ机にあったデジカメを政子に手渡す。
「なぁんでもっと早くに気がつかなかったんだろう。えっとこれを自撮りモードにしてっと」
自撮りをするようにデジカメを構えるとそのまま政子は僕の体に倒れこむようにして抱きついてくる。
「わっ、ちょっとなにすんだよ政子!」
突然の行動とフワリと香るシャンプーの甘い匂いにドキドキしていると政子は僕の耳元で小さく囁く。
「ふふっ、頼友。良かったわね、役得よ」
「は?役得ってな・・・・えっ!?」
カシャリ。デジカメのシャッター音が僕の言葉をかき消す。
いや、そんなことよりも先に頬に触れた柔らかい感触に僕は言葉を失っていたんだ。
「これ、後でブログにあげといてね。はぁ、これで引退できる~」
「えっ、あ・・・・うん。というかですね、政子さん今さっきなにを」
「はぁ~これで明日からポテチとコーラを食しながら漫画読んだりゲームばっかりな素敵生活に戻れるわ~」
僕のう言葉を無視して政子はデジカメを返してくるとベッドに転がり込む。照れ隠しなのかなんなのかわかんないけどデジカメなんだから撮った写真はすぐ、見れるんだぜ?
僕はデジカメを操作し先程政子が撮った写真を見る。
・・・・そして、その写真の中の僕と政子の姿に少し恥ずかしくなりつつも嘆息する。
「まぁ確かにこれは引退、だな」
アイドルってのはいつもこうやって終わりを告げるものだ
いつでも。何世紀もまえから





《 ツンデレ武将がやってきてラブコメになるとおもいきや俺が征夷大将軍になっていた 》 番外編その2:美少女アイドルやってきて、握手だ課金だ散財だ 了





【 あとがき 】
アイドルの握手会なんてぶっちゃけどうでもよくねな三本目
一回だけ、一回だけ行ったことあるんだけど4時間並んで4秒ですよ、4秒!辛かったわぁ・・・・
あ、ちなみに本編に出たどーでもいいですよーな握手会テクニックは実際にあるものから全部引っ張ってきました、こういう無駄知識も小説に書くのに役立つんだなぁとしみじみ思いました、まる
あ、禁じ手の両手で交差して握手するってのは最近あった鋸でアイドルが襲われた事件から本当に禁じ手になったらしいです
こわいね、こわいね!!!
あと話を当初の予定よりも大幅に変更してしまいました、反省!
最初は東雲さんが出る予定だったし、試合も政子さまが勝つ予定でした・・・・でも書いてると変わってくるんだもん仕方ないよね!!ね!?
そういうところが小説書いてて面白いところだからいいんだよー個人的には!(あれ普通の後書きだ

【 その他私信 】
スクープ!!!衝撃のデビューを果たした人気アイドル“法人所得税”のメンバーのキス写真流出!!!


メンバーの一人、前田利家さんのコメント
「はい、はい・・・・北条政子先輩はアイドルから一人の女の子に戻ったんだと思います!だから法人所得税のことは嫌いになっても北条政子先輩のことは嫌いにならないでください!!!」


プロデューサー、南条院さんのコメント

「私はねぇ・・・・小さな子供が大好きなんです。ですからぁ、ご指摘を受けるのが本当に辛くって、情けなくって子供たちに本当に申し訳ないんですわ!!!」

ざわざわ・・・・(なんだーロリコンかー!?)

「皆さんの、ご指摘を真摯に受け止めてぇ・・・・アイドルというクッ!カテゴリーに比べたらぁ・・・・北条政子のポテチ費の、報告ノォォォ!折り合いをつけるって言うーことでもう一生懸命本当に流出問題、ポテチぇぇえええええっ!ッハハハハハァン!」

ざわざわ・・・・(早く結婚した方がいいんじゃないかー!)

「ポチテ費問題は!我がアイドルのみウウハッハハーン!!!我がアイドルのハァーーーーン!!!我がアイドルのみならず桜陵、日本中の問題じゃないですか!!!そういう問題ひょぉほぉー!解決したいがためにっ!俺はねぇ!!!ブハハハハァン!!ゴノッ!ゴノ世の中ボヘェェェェン!!!」

ざわざわ・・・・(はやく結婚しろー!!!)

「ああーーーーっ!この世の中をカエダイ!!その一心でぇ!!一生懸命訴えて桜陵に、縁もゆかりもない桜陵高校の学生の皆様に・・・・選出されて、やっとアイドルユニットになったんですぅー!!!」

うん、なんていうかこのネタ飽きた!!!
なので中途半端になったお詫びとしてSR北条政子ちゃんをプレゼントします!(お知り合いに描いてもらいました)


《 夏季限定SR北条政子 》
25204623_2093003794_202large.jpg
イラスト:かちょうさん
twitterアカウント:https://twitter.com/hirahagu





【 お題当てクイズ回答 】
三回聞かれてもわからんもんはわからぬ


べ、べつに好きで書いてるわけじゃないんだからね!  氷桜夕雅
http://maid3a.blog.shinobi.jp/

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