Mistery Circle

2017-05

《 タイムカプセル(ひまわりの庭4) 》 - 2012.07.13 Fri

《 タイムカプセル(ひまわりの庭4) 》

 著者・すずはらなずな








ルルルルル、と電話が鳴った。秋晴れの日曜の午後のことだ。
とっさに受話器を取ってしまって 後悔する。
相手は 返事をする隙も与えずマニュアル通りのセリフを滑らかに話し続けている。
「奥さん、奥さん」と、こちらが何者かちゃんと解らないまま呼びかける相手に辟易して 何とか無理やり電話を切り上げた。
どっと疲れた気がして小さくため息をつき 振り向くとナッツを口に放り込みながら食卓に両肘をついて こちらを向いている義人がいた。

「何?にやにやして…」
「『愛に満ちた温かいまなざしを向けて微笑んでいる』と言ってほしいな。」
上手い反応ができず 黙ってしまった私を面白そうに見て 義人は言葉をつないだ。
「いや、のりさんが電話出てるなぁと思って」
ああ、そういうことか。そうだよね…私、電話に出ている。改めてそのことを思う。
「不動産屋のセールス。固定電話に掛ってくるのなんか そんなのばっかりだ」
─「奥さん」なんて呼ばれてもね…と言いかけて 言葉を呑み込んだ。
義人が細い目を更に細くして笑う。
「のりさん 聞こえるようになって良かったなぁって、オレはしみじみ感動したぞ」



昨年突然母が亡くなり、慌ててこの家に戻った。
集まってきたのは 何年も付き合わずにきた親類だ。余計に気を使う。
出来る限り自分だけでしようとしたものの、葬儀だけでなく後片付けも思ったよりずっと大変で、押しかけるように付いてきた義人が 随分心の支えになってくれた。
けれど 色々落ち着いたと思って職場に復帰した直後 耳が聞こえなくなったのだ。驚いた。
医者はストレスだと言った。聞こえるようになるまで 時間が必要だった。


「もしもし のりちゃん」
今度は母のすぐ上の姉 幸恵叔母さんからの電話だ。振り返って義人の様子をチラと見ると 縁側から草履をつっかけて庭に出ていくところだった。
夏も終わり 庭いっぱいに項垂れたひまわりがこげ茶色の種を沢山付けている。義人の作った「ひまわりの庭」の終焉だ。

「どうしてるの?この間から何度も掛けてるのにずっと電話出ないし」
「ちょっと耳の調子が悪かったから。ううん、もう大丈夫だって。ちゃんと聞こえてる」
「そんなの聞いてないわよ。酷かったの?ちゃんとお医者様に診てもらったの?」
「うん。それより 用があるならメールアドレスも教えたじゃない。メールくれたらよかったのに」
「えー、無理無理、私そういうの苦手なんだから。知ってるでしょ」
便利よ、息子に教えてもらって 練習したら?とメールを薦める私に、まだぶつくさ言いながら 話題はやはり思った方に向かった。
「まあ、いいわ、それよりさ、そこにまだ、あの子いるの?義人君」
「いるよ。庭の手入れしてる。朝ごはんも作ってくれる」
「なあにそれ。あの時会っただけだけど、なかなかいい子のようだわね…でも一緒にずっと住むんだったら、ちゃんと結婚しなさいよ。婚約もしてないのに実家で同棲してます、なんて、あんたの母さん生きてたら何て言うか」
幸恵叔母さんの話は延々と続く。この夏、庭がひまわりだらけになったこともちゃんと知っていた。
「あんたの家なんだから 好きにしたらいいけれどね。私と兄さんの育った場所でもあるんだし、近所で見てる人も多いのよ。わざわざ私に聞いてくる人もいるんだから。ひまわり植えるのもいいけど植えすぎじゃないかとかさ、のりちゃんはいつの間に結婚したのか 子供はまだかとかさ、言いたくないけど こんなこと」


「のりさーん、お客さん」
今度は玄関先から義人が呼ぶ。電話を切るには有難いタイミングだったが、私に客なんて誰だろう。のろのろと出ると 5歳くらいの子供を連れた女性が玄関先に立っていた。
「のりちゃん?久しぶり、加奈子よ、加奈子、小学校で一緒だった…あれ、覚えてない?」
「岩本、さん?」
その名を私が忘れていなかったのは 地味な私と違い彼女が細身で可愛いしっかり者の優等生だったからだ。でも、彼女が私を覚えていて「のりちゃん」と親しげに呼ぶのが何だか不思議な気がした。相変わらず上手く表情を崩せない私に気が付いたのか すっかりふくよかになった彼女はくすくす笑い。
「大丈夫よ セールスとか勧誘じゃないから。子供がね、何だかすごい『ひまわり畑』があるっていうからちょっと寄ってみたの。そしたら、のりちゃんちだって気が付いて」
岩本さんの視線を追って庭を見ると、義人が女の子を招き入れて楽しげにお喋りしながら、ひまわりの種を集めている。
「声かけてから 別の人が住んでたらどうしよう、って思ってたんだけどね…彼、旦那様?」
そう、とも違うとも答えかねていると
「うーん やっぱり時期遅かったね、みんな枯れちゃってる」
岩本さんが子供に向かって声を掛けると、女の子は 「ほうら、ママがなかなか一緒に来てくれないんだもん」と頬を膨らませた。
こっちで一緒に見る?と誘って岩本さんと縁側に座った。本当を言うと何を話したらいいのか全然解らなかった。
今までだったらこんな風に家に入ってもらうなんて絶対しなかっただろう。相手がそれほど自分を覚えているとも思えない、話がはずむ自信がない、そんな風に先に思ってしまう、そんな自分がずっと嫌だったし それが自分だと諦めてもいた。
義人のせいかな。初めて会った子供とすっかり馴染んでふざけ合っている義人の姿をぼんやり見ていた。

「ねぇ、覚えてるかな、のりちゃん。『タイムカプセル』」
ひまわりの種をいっぱいに入れた袋をこちら掲げて見せながら笑いかける子供に手を振り返して 岩本さんが言った。
見上げる空にはいつか見たのと同じうろこ雲。「お母さん」になった彼女と居ることは解っているのに、こうして並んで座っていると自分の歳を忘れてしまいそうになる。
忘れていたたくさんの時間がぼんやりと形を成してくるような気がした。
でも「タイム、カプセル」?卒業のときの話だろうか。確か…6年は彼女とは同じクラスじゃなかった気がする。誰かと勘違いされているのではないかと少し不安になった。
何のことか問い返せないでいる私の顔を見て 岩本さんはいたずらっぽく笑う。
「ふふ、案外皆、覚えてないんだ」

「いいなぁ、花の咲く庭と縁側のある家。ほっとしちゃう」
縁側に腰かけたまま足を前に伸ばし、岩本さんは うーん、と気持ち良さそうに伸びをした。
「枯れたひまわりだらけ、だけどね」
「うん、なかなか凄みのある光景よね…でも、ほら、うちってさ、マンションだったから。のりちゃんちみたいな一戸建てのおうちにずっと憧れてた」
「そうだったんだ」
私は…私は最初マンションに戻りたいとばかり思っていた。こことは違う町で父と母と一緒に過ごした日ばかり懐かしがっていた。
「結婚してその『憧れの一戸建て』に住んで、子供が生まれて。でも別れて…で、元のマンションに舞い戻って来ちゃった」
ふふふ、と岩本さんは明るい目をして笑う。気を遣わせることなく さりげない様子で自分の「今」を相手に伝えられる、凄いな、と思った。
「あ、さっきのね、『二分の一成人式』の時の話。あたし、のりちゃんと班、一緒だった…」
にぶんのいち、せいじんしき、にぶんのいちせいじんしき。そんな言葉があったことを今思い出す。
ということは10歳。4年生の私はどんなだったろう、記憶を手繰る。

ひゅうっと秋の風が通り抜け 10歳の私がそこに立って今の私を見ている気がした。肩までで下ろした髪、俯きがちな目、気弱な表情。痩せっぽちで無口な女の子。
転校生だったのだ。父が亡くなって、私と母はここに来た。母にとっては「戻ってきた」のかもしれないけれど 私にとってはたまに遊びに来たことのある「おばあちゃんの家」だった。何をやってもぎこちない気がして、そんな私を皆が笑って見ているように思った。卑屈で自意識過剰の嫌な子供。
「もう忘れたかな?のりちゃんが意見出したのよ、何か記念になることしようって決める時」
だんだん記憶が戻って来ると、何で今まで忘れていたのかと不思議に思う。
班ごとにまず意見をまとめましょうと先生が言い、私のいた班に…そうだ、岩本さんもいた。
「タイムカプセル」と案を出したのが私だからと 班を代表して発表することになった。心臓がばくばくして頬が熱くなり 手の平が汗で濡れた。
黒板を背にしてしゃがみこんだ。泣いてしまったのだと思う。
結局 人望も無く説得力も無い私の案は採用されず、保護者と近所のお年寄りを招待して歌と合奏を聞かせることになった。
そしてそれだけじゃなく、将来の夢や希望を一人ずつ前に出て述べる 私にとって最悪な企画に決まったのだ。

「ごめんね、ずっと謝らなきゃと思ってたんだ。意見出したんだからのりちゃんに前に出てもらおうって あたしが強く言ったんだと思う」
この人はずっと覚えていて気にしてくれていたのだ、私は今まですっかり忘れていたのに。自分のことでいっぱいいっぱいで、私は多分周囲のことなんか全く見えていなかった。

「どこに埋めたか 覚えてる?」
「え?だって あの意見は…」採用されなかったんじゃなかったっけ?そう言いかけると 岩本さんは
「折角だから うちの班だけでやろうって。大事なもの持って集まった記憶があるんだ」
そうだっただろうか。私と岩本さん、男子が2人の確か4人の班だった。
「あたしね、同じ班だった笹井君のこと好きだったんだ、一緒に秘密持つとか思い出作るとか そういうのやりたかったのね、きっと」
─子供なりに結構真剣に恋してたんだよねぇ、岩本さんは遠くを見ながら言った後、視線を落として少しの間黙った。
「全部あたしの都合だったのよね、ほんと巻き込んでごめん、酷い話だよね、迷惑だったよね、ごめんね、ほんと」
深く息を吸った後、岩本さんは神妙な顔になってそう言い、何度も何度も謝りながら頭を下げた。
「いいよ、気にしてない。それより本当に埋めたんだっけ?タイムカプセル。皆何を持って来たんだっけ」
「うん、ビーズ細工とかビー玉とか他愛ないものだったと思う。そういうの持ち寄っただけで終わったのか 埋めたのかがどうも思い出せないんだよね、埋めたとしてもどこだったかがどうしても解らないの。」
「私もすっかり忘れてた。用意した大事なものって…私、その時何を選んだんだろう」
「あたしは多分、アクセサリーと手紙。将来の自分宛に将来何になりたいかとか今何が好きかとか書いたと思う」
「笹井君のおよめさん、とか?」
「うーん…書いたかも。うわぁ 恥ずかしい、赤面ものだね」
「でも 何かいいな、可愛い」


ママたち何笑ってるのぉ…と岩本さんの子供が駆け寄ってきて 膝に飛びつきながら聞く。
義人が離れたところで「グッジョブ」と親指を立てて笑った。「友達?のりさん、めっちゃ楽しそうじゃん」と言っているのが口の動きでわかった。
「もらったよぉ。うちもひまわりのお庭にするっ」
「良かったねぇ、おじちゃんに有難う言った?」
子供の頭を包むように両の手で撫ぜながら 岩本さんは義人に会釈した後 耳打ちするように私に顔を近づけて言った。
「優しいダンナ様じゃない。のりちゃん幸せだね」




岩本さんが訪ねて来た日から 昔のことを少しずつ思い出している。色んなことを忘れていた、というより忘れたことにしていたんだと思う。
父との死別、ここへの転居と転校。馴染みの無い場所 上手く溶け込めない自分。いっぱい泣いたこと。
その日タイムカプセルの話はそこまでで終わったが 他の二人にも連絡取って、埋めた記憶が少しでもあれば一度一緒に探してみようと約束した。
結局その日は、私が何を持って来たのかは 私も岩本さんも思い出せなかったのだった。

手掛かりを見つけたくて 私は子供の頃の自分の持ち物がまだ残る押し入れや引き出しを改めて開けてみた。
形見整理の時にも、母が取っておいてくれた私の成績表や絵や作文のいくつかが見つかったが 自分で残しているものは少なかった。
学年が上がる度、少し前の自分が嫌いになっていた。その時々大切だったものも沢山捨ててしまったのだと思う。
10歳の私は その時何が宝物だったんだろう。何を記念に残したかったんだろう。

「のりさん、最近 何探してるの」
義人がまた面白がって聞いてくる。
「それって 『自分探し』ってヤツだよね。一緒に探してあげよっか?」
「結構です。一人で探す」
気恥ずかいから 思いっきり拒否して まだからかってくる義人の鼻先でぴしゃりとふすまを閉めた。
「のーりさーん、何照れてんのー」
冷たくしたって義人は全然動じない。

押し入れの中 アルバムが数冊入った段ボールを見つけた。一冊ずつ開いてみる。
赤ちゃんの私、仲よさそうな両親の写真、若い母の姿。祖父母。私はいつも恥ずかしそうに笑っている。
写真の数は減ったけれど ここに来てからの写真もあった。花の咲く庭で撮った写真が多い。
小学校の、ちょうど10歳の頃。ふとページをめくる手を止めた。
庭の一角で咲く大輪のひまわりと私が並んでいる写真があった。「おばあちゃんのひまわり」と母の字でコメントが付いていた。

いつまでも馴染めずに無口なままの私に 祖母は花の世話を手伝って、と言った。土いじりの好きな人だった。
土を整え、種を撒く。土の触感が気持ち良かった。爪の中に土が入っても気にならなかった。虫も触れたし みみずだって平気だった。
水をやり、小さな芽を見つけ、やがてつぼみが膨らみ、花の咲くのを見るにつけ 祖母と居る時間と、この家が少しずつ好きになっていった。
花の世話をしながら祖母は色々な話をしてくれた。沢山の歌を教えてくれた。笑顔を見せる私を見て 祖母は本当に喜んでくれた。



「のりさーん、玄関 誰か来てる」
義人の声が庭から聞こえる。この間来た岩本さんが「私の友達」だったせいで、あれから毎回 誰か来るたびに愛想良く対応しているみたいだ。

若い生真面目そうな女の子が『奥様』を連発しながらのいきなりセールストークを始める。何とか途中で遮って購入を断ると
「でも 奥様…」と 更に続けようとする。
─わざわざ呼んで悪かったな…と口を動かして手を合わす動作をする義人に、「そうだよ、本当に」と顔をしかめて見せ 口の動きと視線で抗議した。

「『奥様』、でもありませんから」
『奥様』を否定するのに きつい言い方をしたつもりでもなかったのに 若い女性は真っ赤になって 随分慌てた様子で訂正した。
「ああ、すみません ご兄弟・・・とかだったんですね、私てっきり…」
また勝手に納得して、もごもごと言い訳し続けながら 説明用のバインダーを鞄にしまう。訪問販売は会社の研修の一環なのかもしれない。
不器用そうな彼女に 少し同情した。


「えー 兄でも弟でもないですよ オレ」
気が付いたら義人がすぐ後に出て来ていて ふざけた様子で口を挟む。
─もう、義人は引っ込んでて。
後ろ手で振り払うのに、そんな私を更に面白がるように 義人は私の後ろから両肩に手を掛けてきて言う。
「でも『奥さん』かぁ…『奥さん』。それいいなぁ。うん いいっ いいよ、のりさん」


岩本さんから電話があった。
「思い出した?、缶に入れて埋めたよ、確か校庭の隅。今度笹本君たちも呼んで、皆で探しに行こう、ね、のりちゃん」
得意げな岩本さんの声を聞いていると 10歳の彼女の姿が目に浮かぶ。
「有難う。あれから私も色んな大事な事、思い出した。」
「タイムカプセルに入れた物も、思いだした?」
「はっきりとは思い出せないんだけど…祖母宛の手紙と…種じゃなかったかなって。」
「種?」
祖母が体調を崩し一緒に庭に出ることも叶わなくなったのが その頃だったと思う。
最後に一緒に採ったのは「ひまわりの種」だったかもしれない。


「そうそう、『あの子を元気づけるにはひまわりを植えなさい』って のりさんのおばあちゃんが夢に出てきて言ったんだ」
夕食時 いきなり義人が言う。小芋の煮つけがお箸から転げ落ちそうになった。
「おばあちゃん…って」
タイムカプセルのことやそれから思いだした様々な話は、まだ義人に詳しくしていないのにどうして?と思い、驚いて聞いた。
「ずっと花いっぱいだった時、あったんじゃん、この庭」
「あーっ。勝手にひとのアルバム見た?」
義人がひまわりを植えるきっかけが、「夢」だなんて言われても信用なんかできないけれど 義人と祖母が夢の中で会えて、仲良くなっているのもいいな、とちょっと思う。

今年採れたひまわりの種がひとつ 食卓の隅っこに残っていた。さっき義人がテーブルの上でひとつひとつ見ながら仕分けていた。
拾い上げて手の平の上でそっとゆすってみる。
縁側の向こうに見える庭に、10歳の私と祖母と母、そして今の義人が、沢山の花を背にして こちらを向いて笑っているのが目に浮かんだ。

義人が居る。相変わらず いつもどこかズレていて お調子者で、能天気なオトコだ。
ひまわりはまた、来年もさ来年も 庭いっぱいに咲く予定らしい。





《 タイムカプセル(ひまわりの庭4) 了 》





【 あとがき 】
回収しないままの物語がもうひとつありました。
ひまわりの庭、一作はここのお題で作らせてもらっています。誰やねん こいつらと思われる方のため 参考リンクを貼っておきますね。宜しかったら読んでください。
http://nazunashortstories.blog12.fc2.com/blog-category-24.html

【 その他私信 】
珍しくリア充なお話で プロポーズさせてしまおうか何か大人な展開しちゃったりしようかと思いましたが 相変わらず作者テレ屋さんなもんで。


STAND BY ME  すずはらなずな
http://nazunashortstories.blog12.fc2.com/

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