Mistery Circle

2017-09

《 アイスクリ-ムの皇帝 》 - 2012.07.13 Fri

《 アイスクリ-ムの皇帝 》

 著者:ココット固いの助








【柊と数多の月と少女】

手にしたソフトクリームも忽ち溶けて落ちる。

季節は6月になっていた。

「ほんと知る必要のないことを頼んでもないのにウダウダと喋る!理系人間の悪い癖だと思うぜ」

修司に向かって滝沢が皮肉まじりに呟く。

「俺まだ理系のクラス選択してないし…今のは理数云々言うより算数だろ?」

皮肉を皮肉とも感じない。

修司の口調はいつもと変わらず冷静だった。

「そこだ!お前のそ~ゆうとこなんだよな理系っぽいのはさ!」

「お前がレジで会計の時小銭出して、まごまごしてるから先に計算してやっただけだろ?」

「まわりに女子たちとかいるのに恥ずいだろうが!?そういうとこだ!お前のデリカシーのなさわ!!」

「そうなのか?」

滝沢は修学旅行の土産物売り場で合計927円の買い物をした。
その時の手持ちの金が1644円。

内訳は1000円札1枚、500円玉1枚、100円玉1枚、10円玉4枚、1円玉4枚。

滝沢は最初財布から掌に小銭を全部出して代金を支払おうとしたがレジに表示された金額が927円だったため慌てて1000円札を店員に渡そうとした。

「1032円」無意識のうちに修司は滝沢にそう告げていた。

「おつりは105円」

滝沢は一瞬面食らった顔をしたが言われた金額を店員に渡たし105円の釣り銭とレシ-トを受け取った。

「なんなんだよ!?」

レシ-トと釣り銭を財布にしまいながら滝沢は不満気な顔を修司に向ける。

「小銭が最小単位で済んだ」

「だから、それが」

「財布の中がすっきりする。悪いな、子供の時からの性分なんだ」

修司は財布の中が無秩序に小銭でごちゃごちゃしているのが昔から我慢出来ない。そんな性格だった。

「そうゆうのはなあ、自分のお会計の時に好きなだけやれよ!」 

「塚本君て暗算が得意なんだね」

修司と滝沢の間から同じ班の女子である篠原繭が顔を覗かせる。

彼女の髪から2人の知らない香りが鼻先をくすぐる。

汗止めだろうか?それとも香水?見えない香りと真っ直ぐに見つめる、くりくりした大きな無遠慮な瞳に気圧されて修司はぶっきらぼうに答える。

なんだか忽ち自分がひどく無粋でダサイやつに思えてしまうのは何故だろう。 

「暗算なんて面倒な事はしない」

実際この時修司は計算らしい計算をほとんどしていなかった。

いつも代金を支払う時点で、いったいいくらのおつりが貰えるか意識した事はない。

いくら払えばいいのかも特に考えたりしない。

それでも、おつりの小銭の数が最小になる事だけは常に解っていた。

説明しろと言われても無意識にやっている事だ。

なかなか言葉にするのは難しい。
 
買い物の値段が927円ならば。

まず一目みれば手持ちの硬貨だけで支払いが可能かどうかという判断。

これは小学生でも出来る。

まずポケットの中の硬貨を掌の上にのせて見る。この時、頭の中で硬貨の枚数を数えたりはしない。

本当に見た目だけ。映像としてだいたい何枚あるかを把握する。

硬貨で払いきれないと解れば1000円札を出す。

次に支払金額の10の桁以下の数字を見れば27円なので30円出せば足りると判断。10円玉を3枚支払う。

最後に支払金額の1の桁が7円なので2円を出しておつりを5円玉にする。

つまりは数字の大小の比較それに基づく条件判断。

「このやり方は暗算をするより早くて楽だからそうしている」

修司は繭に説明した。

「やり方は人それぞれだと思うけどあえて計算するなら引き算よりたし算の方がこの場合有効だと思うんだ」

「俺のこれまでの釣り銭の常識を覆すなよ」

「たし算て言われたら、ようやく理解できたみたい」

「ええ!?理解出来たの?」
 
「コンピュータの計算の基礎は2進数の足し算だろ?つまりは論理演算=条件判断って事さ」

「もう言うな!お前はカレンダー計算が得意なレインマンだって事がよく分かったから!」 
 
「カレンダー計算が得意なレインマンって、お前それ絶対誉めてないよな?」

「ねえ、繭ちゃん。こいつ理系オタっぽくってキモイよね~どうなの?釣り銭とか、ちまちまぐちぐち計算して喜んでる男って」

「素敵!頭がいい男の人ってかっこいいと思う」

「な…!」

繭の言葉に滝沢は絶句した。

「私も2学期になったら理数のクラス選択するの。そしたら塚本君色々教えてね」

繭は修司のシャツの裾を摘むと「私まだ自分のお土産買ってないんだ…一緒に見てくれる?」

修司に甘えるような声で言った。

「別に構わないけど」

修司は少し照れたように頷いた。

「じゃあ、いこ」

「敗残者がおる」

「負け犬が、おる」

「俺も頑張って理数入ろう」

「ああはなりたくないからな」

「うるせえモブどもが!」

背後で囁く男子生徒達に向かって滝沢が吠えた。

「待ってくれ!俺も土産まだ買うからさあ」

滝沢は修司と繭の後をついて歩く。

「お前全財産717円でまだ何か買うのか?修学旅行後1日あるんだぞ。せめてジュ-ス代くらい残しておかないと」

「財布の中までお見通しかよ!やだね~理系男は」

「理系理系言うなよ…俺まだそっちに進むって決めたわけじゃないぜ」

「大体滝沢君はそれ以前に無計画になんでも買い過ぎなんだよ」

「決めたわけじゃないって、どうせお前文系のクラスなんて選択しないだろ?」

確かに滝沢の言う通り進学するとすれば理系の大学だと修司は思った。

しかしこんな場所で口にする事ではないが家の事を考えたら、やはり進学は諦めた方がいいのかも知れない。

修司には将来理工系の大学に進学してエンジニアになりたいという夢があった。

この修学旅行が終われば進路の選択は間近に迫った現実的な問題だ。

家の事を考えたら就職した方がいいのかも知れない。

修司の家の事情。

「今はそんな話はいいよ。せっかくの修学旅行だし楽しまないとな」

自らに言い聞かせるように修司は呟いた。

その声は隣を歩く繭にも聞こえたようで傍らで修司の顔を見上げながら頷いた。

「そうだね。一度きりの修学旅行だものね」

「しかしよ~今時高校の修学旅行が京都ってどうなの?俺たちの高校は日本の北でも南でもないんだぜ。ほぼ真ん中だよ真・ん・中!お前ら中学の時修学旅行どこ行った?」

「京都だ」

「奈良から清水寺まで見て回ったけど」

「俺も京都だ。なのに高校でもまた京都…何なの?この進学校だから修学旅行なんか場当たり的に近場で済ませてさっさと受験に備えましょうみたいな空気」

「文句ばっかり言ってる」

「それと人を貶めるボキャブラリーは一級品だ」

道の駅を思わせる広い敷地内に京都の土産物の箱がそこかしこに積まれた建物の中を三人は歩いた。

どこも観光客や学生で溢れている。

そして滝沢の文句は止まらない。

「大体さ~俺東受けるつもりなかったんだよね。なんかいちかばちかで受けたら受かっちまってさ~でもよく考えたら西の方が制服のボタンとか可愛いな~って今にして思うわけよ」

「今にして思うなよ」

「制服のボタンで入った高校悔やむ人なんて初めて」

「大体おかしいよ、この高校「今回の中間は平均点80取れたからまあまあかな」…なんて期待したら何で学年順位があんな事に…」

「平均が50点じゃなくて80点ならそうなる」

「そもそもが滝沢君て何でうちの学校にいるのか七不思議の一つに数えられてるんだよ」

「それは、マンガやアニメで主人公が通う高校がそこそこ優秀なのに何故か番長や不良がいる…の法則だよ」

「なるほど滝沢君て超イリ-ガルな存在なんだね…気持ち悪い!」

「あまり滝沢いじると嬉しすぎて興奮と高揚が止まらなくなるからほどほどに」

「気持ち悪いなあ」

「しみじみと旅情を噛みしめるみたいに言うの止めてもらえる?」

繭はそんな滝沢の言葉も聞こえない素振りで携帯のストラップが吊るされている売り場に足を止めた。

「自分用に一つ欲しいんだけど…なんか記念になるやつ」

屈み込んだ姿勢で前髪をかきあげながら繭は修司を見上げた。

白い夏の制服。

屈んだ背中に浮かんだインナーの線は黒で修司は何となく目線を泳がせてしまう。

あの時は…今と違って携帯にストラップをつけるのは当たり前の事だったと今にして思う。

「何か記念になるもの」

「そう…私らがここに2人で来てたんだって記念になるものが欲しいな!」

「語尾がいい感じに上がってますけど三人です」

修司は土産物用のストラップに目をやると「これなんかどうかな?」柊のマスコットが尖端に着いたストラップを指差した。
柊のストラップを映す繭の瞳が輝いた。

「いいね!お土産っぽくないし…それに…」

昨夜の修司たちの高校が宿にしたのは看板に柊の名がついた和風旅館だった。

襖や障子だけでなく出された食事の箸置きや絵皿にも柊が施されていた。

京都市左京区下鴨泉川町。

下鴨神社のある近くに宿はあった。

通称柊神社。正式には比良木神社。

さらに正しくは出雲井於神社と称される下鴨神社の境内摂社のひとつだ。

比良木神社、地元ではその名前で親しまれているらしい。

旅館もこの土産物のストラップもそれに因んだものだろう。

「思い出っていうなら、こうゆうのもいいかなって思うんだ」

繭は修司の言葉を待たずにストラップを手に取った。

「私これにする」

修司の方を見て少し熱っぽいような目で呟いた。

「塚本君が選んでくれたやつだから、私絶対これにする」

やや熱をおびて、思いきって言ってみたそんな言葉。

短いため息。

修司は同じストラップを手に取る。

「俺もこれ買う事にする」

繭の手からビニールで包装されたストラップを取ると「一緒にお願いします」そう売り子の女性に伝えた。

「ええ?悪いよ塚本君、私そんなつもりじゃ…」

「いいんだ、俺も記念だし」

「ありがとう、ずっと大切にするから」

「えじんじゃさんの「何でも柊」は昔から鬼が嫌うと云われて魔除けになるんですよ」

売り子の中年の女性はストラップを受けとると丁寧に千代紙に包装してくれながらそんな事を教えてくれた。

「確か素戔鳴命に縁があるとか」

「そうそう。お兄さんよう知ってはりますな」

代金と引き替えに品物を受けとる間繭は黙って口を結んで下を向いていた。

「同じもの一つ俺にもおくれやす」

「一つ1200円だ。滝沢お前金が足りないぞ」

「滝沢君には…この【松茸もっこり君】の方が似合うかも…【3Dあぶらとり紙さん】とか…」

「姉さん…かんにんしとくれやす」



それから篠原繭と並んで神社の境内を歩いた。

初夏の盆地地方特有の茹だるような容赦ない日差しに辟易しながら。

社殿の付近には柊の他にも金木犀や様々な植物が植えられていた。

売り子さんの言葉や旅行の栞にあるように、どの植物の葉もみな柊と同じ形状をしている。

何でも柊の所以はここから来ている。

午までの地熱を蓄えこんだ腐葉土に育まれた糺森を抜けて比良木神社の小さな社殿を目指して歩く。

歩きながら修司は時より繭の横顔を見ながら「自分は彼女の事が好きなんだろうか」と考えたりした。

学校に戻れば彼女と付き合ったり受験に備えたり。

そんな日常が待っているのだろう。

このところ将来の事とか考えて少しだけ暗い気持ちになったり自然と無口になってしまう事もあった。

けれど「修学旅行の積み立てを解約しようか?」と父親に言ったらその時ばかりは普段穏やかな父親に怒鳴られた。

「いくらうちが零細だからって子供の旅行の金まであてにするほど落ちぶれちゃいないぞ!」

そう言って旅行に送り出してくれた。

同級生の繭と滝沢は班を決める時真っ先に自分の机に来て誘ってくれた。

「やっぱり来て良かった。場所がどこかなんて関係ないんだ」

そう心から思えた。

「修司君お金かして~」

「だから何でお前に俺が金貸さなくちゃならないんだよ?」

「僕と違って守銭奴で計画的で何でも持ってる君なら傷心のこの僕に貸す金ぐらい余裕でもってるはず。いや貸すべきだ!!」

「それどんな理屈だ!?」

「理屈じゃなくて処世術」

神さびた御社の両脇に備えられた灯心。

柊の葉のかたちにくり抜かれたれた石灯篭が据えられていて、独特の風情を醸し出している。

 
「冬に花を咲かせるから柊なのではありません。葉にある鋭い鋸歯に刺されると疼ぐことから疼木と名付けられたのだそうです。この柊の棘は鬼が嫌うと昔から信じられております」

「こうゆう雅な言葉遣いを京都でははんなり」

「し!黙って!宮司さんがせっかく説明してくれてるんだよ」

「素戔鳴命って何の神様だっけ?こっちはなけなしの賽銭払うんだから効能ぐらい聞いておかないと」

「効能じゃなくてご利益だ…これじゃ文系のクラスも危ないな」

「温泉じゃないんだから!素戔鳴命って言うのは天照大神の弟でマザコンでオラオラ系の暴れ者だった上にお姉さんの国で引き取られても散々暴れ回った上に姉さんの側近まで次々殺して…哀しんだ姉さんは在宅になってしまったの」

「そうなの?」

「今ので大体合ってると思う」

「なんでそんなオラオラの神様に賽銭あげるんだよう。かつあげじゃん」

「柊は鬼避けになるっていったでしょ?この神社は厄除けのご利益があるんだよ。栞やガイドブックぐらい読みなさいよ!」

「なんだか夫婦漫才みたいだ」

「ちょっと塚本君やめて!」

「じゃ繭ちゃん俺たちそ~ゆう事で」

「すり寄って来るなあ。厄除け!厄除けの御守り!私買わなきゃ!!」

ずっと笑っていた。

旅行の間中何も考えず笑顔でいられたのはこいつらのおかげだ、と修司は思った。

「雰囲気があってここは好きだな」

参拝する時に通った参道を歩きながらの帰り道、修司は繭にそう言った。

「よかった」

繭は修司の横を歩きながら微笑んだ。

「意外に人も少なくて」

「修司君がずっと楽しそうに笑ってて、私、本当によかった」

繭が急にそんな言葉を口にする。

修司は驚いて繭の横顔を見た。

「心配してたんだ。私も滝沢も、最近修司君学校でもなんか無口だし…話しかけても何か上の空だし。本当に心配してたんだよ」

「ごめん」

普段から口数はそれほど多い方ではないが最近の自分は言われてみれば確かに繭の言う通りだったかも知れない。

「でも大丈夫。本当に大丈夫だから…心配かけてごめん…というか、ありがとう」

先の事で色々悩んだりもしたが今はなぜか本当にそんな気分だった。

「修司君がそう言うなら絶対に大丈夫だと思う」

繭の言葉に修司は頷いた。

「でも、これから何か悩んだりする事があったら話して欲しいと思う、私には」

いつの間にか繭が修司の事を姓ではなく名前で呼んでいる事に修司は気がついていた。

けれど旅行中修司はやっぱり繭の事を名前では呼べなかった。

意識はしていたけれど。

背後で女子生徒の悲鳴がしたので驚いて振り返ると記念写真の列に滝沢が割り込みしようとしていた。



「決めた!俺は学校に戻ったら文系のクラスを選択する」

帰りの新幹線の車内で滝沢は修司と繭にそう宣言した。

「ていうか、お前今から理系のクラスは無理だろ」

「文系どころか下手したら就職組よ」

繭の言葉が胸にちくりと刺さる。

1年生の時から毎日7時間の授業に加え早朝7時と3時までの2時間の補修が義務づけられている。

修司たちの通う高校では就職を希望する者はほとんどいない。

自分だって今も勿論進学希望だ。

「俺は文系の大学を出て将来は小説家になろうと決めたんだ。これは神の掲示だと思う」

「滝沢君が本読んでるのなんか見た事ないけど」

「君らと神社仏閣を参拝するうちに俺には天才故の閃きがあったんだ」

「小説って例えばどんな話なんだ…ジャンルとか色々あるだろう」」

「ジャンルはゾンビだ」

「ホラーなのか?」

「やだ、私怖いのもグロいのも苦手」

天然なのか、滝沢は意図してるなら本当に天才だと修司は思う。

こちらの気持ちが負の方向に向かいそうになると滝沢はいつも強引にてんてつきを倒して自分の世界へ線路を変えてしまう。

しかし女の子には概ね眉をひそめさせる話題ばかり選んでしまうのもある意味天賦の才と言うべきかも知れない。

ゾンビと聞いて早くも眉は嫌そうな目で滝沢を見ている。

「舞台は理系のやつばっかり集まる理系の大学…そこに俺みたいなやつが間違って入学してしまうんだ」

「お前みたいなやつが間違って入れる理系の大学なんてこの世界にはない!」

「そう!そ~ゆうやつばっかりなんだよ、その大学は…例えば自販機の前でジュ-ス一本買うのに発光ダイオ-ドの素晴らしさについて延々語るような、そんなキモオタばかりが」

「それ、まんま俺じゃないか!」

「主人公はそんな大学で違和感を感じながら学生生活を送っているのだが、ある日大学構内で謎の爆発が起きてゾンビが溢れ出すんだ」

「それで?」

「【滑車は滑らかでなくてはならないw】とか【そもそもベクトルが違うとかw】【放射能浴びるってw放射線の間違いw】みたいなわけわかんない事呟きながら襲い来るゾンビを片っ端から撃ち殺すの、俺様がw」

「その台詞全部俺が前にお前に言った俺の言葉…」

「大丈夫だ!お前は死ぬけどゾンビと化してるから。死体をいくら撃っても罪にならない!」

「それ、ただの私怨だろ!?」

「修司ハザードだ」

「修司君にお金まで借りてるくせに。そんな事したら私が滝沢を撃ち殺してやるから!」

「大丈夫大丈夫!修司はクライマックスにちゃんと大事な役で登場する事になってるんだ」

「どうせゾンビ菌をばらまいたマッドサイエンティストか何かだろ?」

「この世界は美しい…美しい私の書いた公式通りに滅びの時を迎えるのだ!!とか何とか言って現れるんだぜ」

「修司君それはちょっと私ひくなあ」

「俺…そんな事言ってないぞ」

「最後はゾンビたちに食われて…」

「やめろ」

「話はそれで終わり?」

「まあ大体の粗筋は」

「頑張ってね!私出来たら絶対読むからね」

「本当に?」

「本が出たら買うね」

「絶対読まねえし買わねえな…」

そんなバカ話をしながら帰路についた。

「でも修司君は何年後かには本当に白衣来て言ってそうだな「この美しい式は」とか」

「絶対言わねえし」

「白衣にメガネの修司君かあ。キュンときちゃうな」

「目は悪くない。オプションつけて妄想するのは止めてくれ」

「美しい式か…美しい式ってホイラ-の公式とか有名だけど」

修司は座席にもたれてそんな言葉を口にした。

「そんなのまだ全然習ってないよ。修司君どこまで数学とか進んでるの!?」

「いや、たまたま深夜に見た映画に出て来ただけだよ。それで図書館でブルーブックスとかに書いてあるの見て覚えたんだ。全然意味なんか分かるはずないさ」

「分からないのに美しいの?」

「そうだね、分からないのに不思議だね」

「それ、書いてみてくれる?」

繭は生徒手帳のページを開いてお土産に買ったボールペンと一緒に修司の前に差し出した。修司は言われるままにペンを走らせた。

e^iπ=-1


-1を移頂すると

e^iπ+1=0


数学で重要な自然対数の底e

復素数分野で最も重要なi

三角関数で重要なπ

そして数学全般で重要な1と0

全く違う数学の分野が全て繋がっていると言う事を表している

同じ世界にありながらけして交わる事のない3つの記号と導き出される数字。

0と1。0は数学では1でもある。

そしてそこにあるのは自明の2文字だけ。

これが美しいと言われる理由だ。

無駄なものが1つもない。

レジで思い通りの買い物をして受けとる最小単位釣り銭。

恥ずかしくて人には言えない事だけれど修司はそれを美しいと思う。

小さな財布の中にさえ美しさは潜んでいて人はそれを見つける事が出来る。

子供の頃から父親が作業義を着て自動車の小さなネジやビスを作るのを見るのが好きだった。

自宅に併設された工場と作業着と父親と小さなネジ。

そしてそれを見つめる自分。そんな時間。

そこにいるのが好きだった。

普通の生活をしている人間には及びもしないような万物の物理法則や数学の定理。

その命題に出会い向き合い公式から解に至る。

そんな人生を送る人の一生は美しいのだろうか。

考えてみれば自分はまだその階にすら立っていない。

何度も同じ場所を思考が巡り巡っているようで本当はそうじゃない、と修司は思った。

奨学金制度だって大学にはあるし大学に行ったら行ったでバイトだってすればいい。

どうやら自分はマイナスな方向にばかり物事を考えたがる傾向にあるようだ。

だけど…地元に向かう新幹線の車内で修司は改めて思った。

まだ自分は1つの過程を模索している段階に過ぎないじゃないか…何とかなる。

胸の中に希望の灯りが1つ点るのが見えたような気がした。

「ま~た修司君難しい顔して考えごとしてるな」

気がつけば白くて細い繭の指先がそっと修司の手から生徒手帳を奪い去る。

「へへへ」と笑いながらサインをもらったアイドルのファンみたいに手帳を大切そうに制服の胸のポケットにしまい込んだ。

「なに…この偏差値60以下立ち入り禁止の恋愛みたいな空気…」

そう言いながらも滝沢は欠伸を噛み殺していた。

周りを見れば旅の疲れや寝不足でクラスメートたちの大半が座席で眠っていた。

滝沢も繭もいつしか口数が少なくなると眠ってしまった。

修司は2人のあどけなさが残る寝顔をしばらく眺めていた。

記憶の中に残る彼らの顔はいつもあどけなさが残る笑顔だった。

やがて自分も座席に身をあずけるように満足気に瞼を閉じた。

市内の駅に列車がつく頃に担任の声で目を覚まし駅前に駐車されたバスに乗って学校で解散した。

修司はそれ以来繭にも滝沢にも他のクラスメートにも会ってはいない。



「お前の話はつまらない」

彼女はこともなげに彼にそう言うのだ。

「退屈の極みもいいとこ」

朝だと言うのに部屋に遮光のカ-テンは閉められたまま。

窓際にある彼女専用の猫足のルッチ机があって特に椅子は昔から彼女のお気に入りだった。

腰掛けに左足の方膝を立てて座る癖は昔から変わらない。

「女の子なんですからもう少しお行儀良く」

そう言っても聞き入れたためしがない。

あの頃と違うのは随分と手足や身長が伸びた事。

一度きりしか会った事はないが彼女は最近母親に見た目がますます似て来ていた。

勿論彼はそんな事は口にはしない。

「朝ですからカ-テンを開けませんと」

彼は彼女の机の前を通り朱の遮光の緞に手をかける。

書棚と机しかないこの部屋に遮光を入れたのは彼女の要望だからだ。

理由は「本が傷むから」部屋中に整然と並んだ書棚と年代物の書物たち。

宛ら本の森と形容するに相応しいこの場所が広い屋敷の中で彼女のもっぱらの居住区であり城であった。

勿論寝室は別にある。

きちんと掃除が行き届いた天蓋のベッドや可愛らしい調度品に囲まれた女の子らしい部屋が彼女には用意されている。

しかし1日の大半を彼女はここで過ごす。

彼がここを初めて訪れた時から彼女は本に夢中だった。

読書好きのお嬢様というと言えばいかにも深窓の御令嬢の姿を想像しがちだが。

「なあに?私の顔に何かついてる?」

遮られた日光の暗がりの中から彼女が問いかける。

昨夜いとまを告げて自室に下がった時見た彼女とは明らかに様子が違って見えるのだが。

彼はあえてそこにも触れない。

暗がりの中で彼女の深紅の色をした2つの瞳が彼の動くのを見据えていた。

彼が黙ってカ-テンを横に引き窓を開けて朝の空気を部屋に入れた。

すると窓の外から差し込む日差しに照らされた彼女の金色の髪が靡いた。

「溶けてしまいそう」

そう彼女は呟いた。

「昨夜最後に会った時は黒髪でしたね」

彼女は彼のそんな言葉を待っていたに違いない。

しかし彼が彼女に言った言葉は「朝食のご用意が出来ています」だった。

「いらない」

と彼女は不満気に言った。

「いくら夏だからと言ってもアイスばかり食べていては体がもちませんよ…肉や野菜やパンもバランス良く摂らないと。せめてス-プだけでも今お持ち致します」

夜着でないのはせめてもの救いと彼は思う。

下手をしたら1日その格好で過ごそうとするし着替させるのも日によっては一苦労だからだ。せっかくの上品な白のフォクシイのワンピースがその格好では台無しだ。

彼女の好みは昔からシルクよりリネンだった。

昨日も此処で本を読み耽り終わるあてもない物語を最近子犬のように抱えて離さないワインレッドのVAIOのテキストに綴っていたのだろうか。

彼女は誰が見ても文句なしの美人だ。

しかし読書や執筆に夢中になると食事はアイスしか食べない。

夜更かしし過ぎるせいで見た目がサナトリウムから逃げ出した女に見える。

「お前の話がつまらない。だから朝食はいらない。『面白い話を1つしてくれたら食べてもいい』そういう約束だったはずだ」

「約束した覚えなどありませんが。私が楽しかった話を思い出してみました」

「その繭とかいう女の子とは何もなかったのか?」

「何もありません。今話した事がすべてです…その後一度も会ってませんし」

「何処かに2人で抜け出したとか、神社の藪に押し倒したとか、そういうエピソードはないのか」

「ございません、ね」

「ねは余計だ…今更ながらつまらない男だ」

彼女は唇に指をあてた仕草で暫く黙りこんだ。

「しかしゾンビの話は、やや面白い」

「面白いですか、あれが?」

「お前の数式がどうしたこうしたよりは興味深い。彼、滝沢か…話の続きは書いたのかな?」

「作家になったなんて話は聞きませんね。書店でもそんな本は見かません」

お嬢様のお使いで年中書店に出かける彼は言った。

「小説を書くような根気強い男ではなかったような気がします」

ワゴンに載せた茶器の用意をしながら彼は彼女に言った。

「主人公は男ではなく女の子だ。理系の大学に通う1年生の女子が主人公…その娘に向かって大学内で発生したゾンビが襲って来るんだ」

主の唐突さにはもう慣れていた。

彼女は右腕にパワースト-ンをつけていたから。ゾンビが彼女ばかり集団で襲って来るのはそれが理由だ」

彼女が掲げた細い右腕にはパワースト-ンはおろか指先にも装飾品の類いは何もない。

年頃になっても装飾品や宝石には一切興味を示さなかった。

唯一彼女が興味を持ったのは彼が昔携帯に着けていた柊のストラップだけ。彼が彼女にそれを渡すとそれをいつも腕に巻いていた。

今はさすがそれはない。

彼女がまだ幼い頃の懐かしい思い出だった。

「女の子が恋のまじないに身につけるようなブレスレットだ」

「それが、どうしてゾンビを引き付けるんですか?なにかの魔法とか?」

つい彼女の言葉に引き込まれ聞き返してしまう。

「理系の頭があるならそれで考えてみたらどうだ?というかお前パワーストーンとかどう思う?」

「立証困難…ですか」

彼女はにやりと笑った。

その髪と瞳でそれをされると、とても禍々しいのですが…という言葉がつい口から漏れそうになる。

「理系の本能が残っているゾンビなら立証困難でナンセンスな物に過敏に反応するのではないか?」

「ゾンビの存在自体立証困難でナンセンスですよ」

「だから彼らは死んでも死にきれない、自分の存在が許せない…というのはコミカル過ぎるな。ダメだ!緊張感が削がれてしまう」

何故かゾンビの話がツボにはまったのか彼女は。

「狂犬病のキメラウィルスが…」

「半分生きていて死んでるホストの存在が…」

「ヒロインは実は拳法使いで…」

あれこれ楽しげに妄想の翼を広げていた。

そんな楽しげなお嬢様を見るのは正直言って和む。

しかし、うっかり話に付き合えば日が暮れてしまう。

この物語もまた完結はしないだろう。

彼の主である彼女はいつも1日の大半の時間を読むか綴るか現実ではない物語の世界に費やしている。

彼女は最近自分の創作のライフワ-クとも言うべき作品に取り組んでいるようだ。

完成はまだまだ先のようだが、それだけは投げ出す事なくこつこつと書き続けている。

「どんな物語にも必ず結末の○をつけなくてはならないの」

そこだけは彼女の譲れないポリシーらしいのだが。

誰かがどこかに書いた事なのかどうか彼には知る由もない。

書いては行き詰まり。

行き詰まると突然彼に謎かけのような質問をするので困る。

彼女の書く物語は彼女の口から断片的にしか知らされない。

「読ませて下さい」と言ってもその時ばかりは天から別人のような乙女が舞い降りてPCを閉じてしまうのだ。

話だけ聞くと酷く倒錯した物語のように思える。

読まれるのは嫌なのに口で話すのはありなのかと彼は主の行動を不可解に思わざるを得ない。

彼の頭は先程のような突拍子もない発想をするのに都合良く出来ていないようで。いつも主である彼女の問いかけに答えはするものの。

「お前の話はつまらない」

一蹴されてしまうのだ。

思えばこれ程自分に適さない仕事もあるまいとティ-カップに注いだダ-ジリンを彼女の前に起きながら思うのだが。

その時彼はつい口元に笑みを浮かべてしまうのだ。

彼女しか知らない彼の笑顔だった。

「死体はいくら撃っても罪にならない…そこは使えるかしらね」

「お食事をして頂きませんと」

つい自分の役割を忘れそうになる時間だが彼は自らを戒めるようにそう彼女に告げる。

「学校にも行って頂きませんと」

「勉強なら、あんたが教えてくれた分でテストの成績は充分でしょ?」

「いくら成績が良くても単位が足りなくなります」

自分はきちんと卒業出来なかった。

けれどせめて彼女には楽しい学生時代も経験して欲しい。

だから「つまらない」と言われるのを象徴で学生時代の話を引っ張り出してみたのだが。

「お前は私の家来なのに昔から「あれをしろこれをしろ」と要求が多い」

「その家来と言うのそろそろ止めて頂きたく、せめて執事とか」

「下僕という言葉も世の中にはある。アイスがもうなくなった」

空になったガラスの器の柄を摘まんで目の前でひらひら催促をする。

「駄目です。小さい子供じゃあるまいし」

「では、先日お前に出した宿題の答えを聞かせてくれ、そしたら何でもお前の言う事聞くいい子になってやる」

昨夜から徹夜で読み耽っていた小説の文庫本の端を摘まんで彼女は言った。

彼が彼女に言われて書店で購入した本ではなかった。

彼が直接買った本ならば裏の解説など彼が目にする可能性がある事を彼女はちゃんと知っていた。

勿論ネットなどで本の内容を検索するのは禁止事項だし彼は彼女とのルールはけして破らない。



アイスクリームの皇帝

太い葉巻の巻き手を呼んでおいで

たくましい男を、そして彼に台所のカップに入った
好色な凝乳を泡立てるよう言いつけるんだ

娘たちにはふだんのドレスで

ぶらぶらさせておいていい、男の子たちに
花束を先月の新聞で包んで持ってこさせなさい

【ある】を以て【見える】のフィナーレとすることだ

唯一の皇帝はアイスクリームの皇帝

ウォレス・スティーヴンズという詩人の【アイスクリームの皇帝】という詩をある日彼女は彼の前で諳じてみせた。

「どういう意味ですか?」

彼が問い返すと彼女は「さあね。私にもわからない。意味なんてないのかも」

そう答えた。

「ただ私が今読んでいる小説の冒頭にその詩が出て来るんだ。この本の作家はこの詩からインスピレーションを得たのかな…まったく別のものにそれを例えた。この物語に出て来るアイスクリームの皇帝って何だと思う?」

それが彼女が彼に出した問題だった。

「私が本を読み終わるまで待ってあげるから考えてみて」

そして今、彼女は言った。

「答えは出た?」

彼は詩を紙にペンで書き写して何度も頭の中でその詩を反芻してみた。今ではそらでその詩が読めるほど。

彼女は椅子の上で膝を抱えて微笑みを浮かべて彼の答えを待っている。

「考えたのですが」

「分からない?」

「申し訳ありません」

「答えは吸血鬼よ」

彼女の声が楽しげに響いた。

「こんなにわかりやすいヒントが目の前にいるのに」

声を聞くだけで今の彼女の機嫌の良さがわかる。

「さあ、早くアイスのお代わりを!さもないとお前の喉笛に噛みつくから」

「かしこまりました」

「せいぜい畏まりなさい!それから負けと察知したら迅速に動く事!あんたは本当に一歩遅いのよ!」

確かに彼女の言う通りだと思った。

自分はお嬢様の事となるとあれこれ迷って一歩遅れてしまう傾向がある。

今だって「もしかしたら」と答えが浮かんでいたのに言うのを躊躇って先に言われてしまった。

それでも彼は主が上機嫌な様子なので心から満足する事が出来た。

「答えなんて別に何でもいいの!詩の解釈なんて言った者勝ちなんだから。インスピレーションよ」

御機嫌麗しい主の声を背中で聞きながら彼は「自分に足りないものを彼女は持っているのだ」といつも思う。

しかし1日はまだ始まったばかり。それを考えると、どっと疲れる。苦笑せざるを得ない。それも確かな事ではあった。

【ある】を以て【見える】のフィナーレとすることだ。どういう意味なんだろう。

お嬢様は「意味などない」と自分に言ったが。
彼にはなにか特別な意味があるような気がした。

けれど考えても思いあたる解答には辿り着けず。

「得てして哲学とか詩編とはそういうものか」

自分には理解不能で必要ないものという考えに落ち着き山程ある彼を待ち受ける日々の雑事に追われすぐに忘れた。

扉振をしめようとして振り返ると彼の主である若い娘は椅子の上で胡坐をかいて目薬注すように赤のコンタクトを目から外していた。






修学旅行を終えて帰宅すると今までの生活はその日を境に一変した。

人生そのものが変わった。

そんな言葉は修二にとってけして大袈裟なものではなかった。

午過ぎだというの自宅の横に併設された工場はシャッターを下ろして物音一つしない。

入り口には資材を運ぶためのトラックが駐車されたままになっている。

修司が生まれた時から父親の工場は休みなく稼働を続け平日こんなにひっそりとして物音一つしない事は今まで記憶になかった。

父親か従業員の誰かが作業中に大きな怪我でもしたのか。

それとも自宅にいるはずの母親か妹に何事か起きたのか。

携帯には何の連絡も入っていない。

何かあれば携帯に着信なりメールが届いているはずだ。

自宅のガレージは空で、いつもそこにあるはずの98年式のフィリ-が今はなかった。

まずは自宅に入ってみようと門を開けて中に入りドアノブに手をかける。

鍵はかかっていなかった。

「帰ったよ」

玄関から家の中に声をかけてみたが誰も返事を返す者はいなかった。

自宅の廊下も入ってすぐに見える2階へ上がる階段も静寂の中にあった。

先月母親は病院から生まれたばかりの妹の沙祐美と自宅に戻ったばかりだ。

この時間母親は必ず家に赤ん坊の妹といるはずだった。

いなければおかしい。

修司は靴を脱いで家の中に入った。

他所とは違う我が家の匂い。

やや懐かしい気がするが平素と変わらぬ実家の姿がそのままそこにあった。

和室の居間に入ればいつもと同じ修司や父親の洗濯された下着やシャツがきれいにたたまれて置かれていたし、その横にはビニール包装された紙オムツの袋が一つ置いてある。

旅行に出かける時はご近所や知り合いから貰った紙オムツがが重ねて置かれていた気がするが。どこかにしまったのだろうか。

キッチンの横にあるテ-ブルには茶碗や箸や皿がそのまま置かれていた。

そこにだけ微かな違和感があった。

修司の母親は食事をした後の食器をテブ-ルにそのまま置いて置くような、ずぼらな生活ではなかった。

少なくとも母親が妊娠中や出産後も食器は自分や父親が率先して洗っていた。

テ-ブルの上に置かれた深皿の煮物の汁には膜が浮いて、

すえた嫌な匂いがした。

暑さのせいでそこに置かれた食べ物の大半は腐敗していた。

テ-ブルの上に便箋が一枚置かれていた。

中には修司に宛た走り書きの手紙が入っていた。



修司へ

こんな事になって本当に申しわけなく思います

必ず後で連絡します

必ず後で迎えに行きます

それまで御幸のお祖母ちゃんの家に居て下さい



「なんだよこれ」

紙が置いてあった封筒の中には千円札が数枚入っていた。

御幸町にある祖母の家までの交通費という意味だろうか。

ダイニングの奥の出窓の前には母親の携帯が充電器に差し込まれたまま置かれていた。

修司はその携帯を手に取るものの一体何処に電話すればいいのかと思い呆然とするより他はなかった。

玄関の外で人の話し声が聞こえた。

修司は母親の置き手紙と封筒を制服のボケットにしまった。

「やっば明け方のうちに飛んだみたいっすね!」

「こっちも夜中までは注意してたんですが…」

玄関を荒々しく開ける物音と大勢の男たちの噛みつき喚くような喚き声。

否応なしに修司は理解せざるを得なかった。

修司の父親と母親は自分が修学旅行に出掛けている間に生まれたばかりの妹を連れ夜逃げをしたのだと。

家の中に土足で押し掛けて来たのは債権者とは名ばかりの細身の、似合わないス-ツを着た、見るからにごろつき風の顔をぶら下げた男共だった。

修司1人がこの家に残されて、押し掛けた連中に取り囲まれた。

数人の男たちは忽ち修司を壁際に追い詰めると。

「親父やお袋は何処に逃げた!?」

「知ってんだろ?さっさと話した方が身のためだ…」

口泡を飛ばさんばかりの勢いで口々に恫喝や威嚇の言葉を繰り返した。

端から見れば野犬の群れに追い詰められた小動物のように見えたかも知れない。

ヤクザな男たちって映画で見るようにこんな感じなかのか。

いや実際映画でこんな場面を見た記憶がある。

なんの映画か忘れたが。

しかし映画に出て来る債権者の男はもっと冷静で残忍そうで、もったいぶった言い回しをしていた気がする。

やはり映画だからか。それともこの連中が頭が悪いのか。

もっと筋道を立てて1人1人喋れないものなのか。ヤ

クザだから仕方ないのかも知れない。

とんでもなく追い詰められた状況の中で冷静にそんな事を思う自分がいた。自分が特別度胸や肝が座っている訳ではない。

実際こんな連中に遭遇した事はないし怖いと言われれば膝や唇が震えるほど恐ろしかった。

修司は冷静なのではなく絶望していたのだ。

絶望、それは状況を目の当たりにすれば考えるまでもなくそれはやって来た。

経営は思わしくないとは聞いていた。

けれど両親がこんな連中に金を借りた挙げ句に借金で首が回らなくなり、すべてを捨てて逃げ出した。

そうして自分は1人、こうして、とり残された。

つまりは親に捨てられたのだ。

洒落にならない状況には違いなかった。

洒落にならないどころか、のっぴきならない命にさえ関わる事態だった。

気持ちが絶望の淵に沈んで行く時。心は座礁した船のように雨が降ろうと暴風に曝されようと虚ろなまま動きを止める。

ふと足元に目をやる白い蝶ネクタイの柄のついた茶色のクマの顔がにっこり笑ってこちらを見ていた。

病院で妹が産まれて母親と初めて家に来た日。修司は学校の帰りに商店街のオモチャ屋でそれを買った。

アルバイトの店員のお姉さんが「オ-ガニックコットン製でやわらかくて赤ちゃんが握っても安心ですよ」そう説明してくれた。

とりあえず何を買って良いのかわからずそれを買って帰った。

赤ちゃんをあやす鳴り物のオモチャ。

1人っ子だった自分に妹が出来るなんて最初は全然実感出来なかった。

病院で産まれたばかりの妹に対面しても家に来てからでさえも。

顔もくしゃくしゃだしベッドの中でもぞもぞ動くだけだし。

ちっとも女の子らしいところはまだ見られない、妹。

しかし学校から帰宅する時ふと妹の事を考えると不安になった。

あんなに小さくて弱々しくて何かあったら忽ち壊れて死んでしまいそうな気がして。

妹の顔が見たくてつい帰り道が早足になる。

そんなつい最近の記憶。

置き捨てられた鳴り物のオモチャを目にした時ふいに胸の中に悲しさでいっぱいになった。

学校から帰るといつもハンガーに掛けてある父親の作業着がなくなっていた。

いつも修司の父親は作業着を着ていた。

冬はコ-ト替わりに、夏の暑い日でもシャツ一枚に作業ズボンをはいていた。今でも思い出す。

「まったく!出勤で首が回らねえ間も子作りだけは熱心に励んでたってか」

男の1人が居間にあった妹の紙オムツを蹴り飛ばした。

生まれて初めて聞いた。こんなにも下卑た声で笑う人間たち。

「親父とお袋どこだ?お前知ってんだろ?」

さっきから目の前でガムをぐちゃぐちゃ噛んでいた男が修司に詰め寄る。

「知らねえ」

修司はそう呟いた。

「は?お前なんったんだ今!!」

「知らねえっていったろ。聞こえなかったのか?」

修司の声は低く怒気を孕んでいた。

こんな状況になった時自分がどんな風に行動するかなんて予想もつかない。経験した事もなかった。

いきなりシャツの胸ぐらを掴まれ目の前で襟のボタンが弾け飛んだ。

殴りたけりゃ殴ればいい。

両親や妹の行き先も自分は知らないし金だってない。

これから先この家に住む事も学校に戻る事だって出来やしないんだ。

今までそこにあるのが当たり前だって思っていたものが、あっという間に目の前から消え失せた。

俺を殴って何か解決するなら好きなだけ殴ればいい。修司は男を睨み返した。

「…てめえ何だよ!?その面はよ!!」

男は掴んだ胸ぐらに力を込めると空いている右手の拳を振りあげた。

「うるさいよ君たち」

玄関から顔を覗かせた男がこちらを見ながら言った。

「漆原さん!」

のっぺりしたハンペン顔の長身の男が居間に入って来た。

他の男たちとは違い柄物の安っぽい服装ではなく上下黒のス-ツ姿の男を見た途端に男たちに緊張が走る。

自然と修司のシャツを掴んでいた男の手も緩んだ。

「一応今日は俺運転手…その後は直帰の予定なんだけど…電話もらって来てみたら案の定君たちこんだけがん首ならべて昼間から何の騒ぎ?通報されちゃうよ?」

明らかに他の連中とは立場が違うその男の後ろにはもう1人中年の男が立っていた。

「別に漆原さんにわざわざ来て頂かなくても私らだけで…か会長まで…」

一番年長に見える男は息を飲んだ。

「まだ…俺は現役のつもりなんだが」

「失礼しました!社長」

全員が一斉に社長と呼ばれる男に向かって一礼した。

「社長ってのも何だか、しっくりこねえなあ漆原よ。まあ俺がそう呼ばせてるんだからしょうがねえか」

「そんな事はありません」

漆原と呼ばれた男は生真面目にそう答えた。

その場居合わせた男たちは先程の猛々しさは消え時より顔を見合せ不安気にさえ見えた。

怯えていると言ってもいいだろう。

1つだけ修司にわかる事は今自分は男に殴られかけたが2人の男が家に来た事でその難は逃れた。

しかし救いの神が現れたわけではけしてない事。

会長だの社長だのと呼ばれている中年の男は連中の元締め。

隣の若い男はその側近のような存在なのだろう。

漆原という男は「今日は運転手」と言っていたから、このヤクザのボスと思える男を乗せた車を運転して部下から連絡をもらって車をこちらに回しただけ。

元々ここに来る予定はなかった…という状況が会話から推察できた。

しかし奇妙に思えるのは社長と呼ばれるこの男の服装だった。

漆原という男が見るからカタギでないのは風貌や服装から一目瞭然だ。

しかしもう1人の中年の男は…蛍光色のオレンジ色のジャケットに黄色のキャップという服装。

一見すると横断歩道の前に立つ学童の交通誘導員か、さもなくば夜間歩道に立つ警備員のように見える。

「なんだこの小僧は?」

興味深けに修司の前まで来ると繁々と顔を覗き込む。

鼻の下にはちょび髭をたくわえ黄色のキャップには漢字が3文字。

猟友会と書かれていた。



「ハンカチを使いなさい」

そう言って鰐淵という男は修司にハンカチを差し出した。

目尻の下がざっくりと切れていた。

手で抑えていないとまだ傷口から出血があるかも知れないが。

修司は無言で俯いたまま鰐淵の申し出を断った。

しかし鰐淵は強引に修司の傷口にハンカチを押し付け右手に握らせた。

「それ返さなくていいから」

傷口はかなり深いようで押し当てた木綿のハンカチに血が染みて見るうちに白が赤に染まる。

「若い人の血は綺麗なんだろうね。煙草とか勿論吸いそうにないよね。君は一見してそういうタイプじゃない」

車内で鰐淵は1人そん風に話す。

どこかうれしそうな声の響き。

終止目を細め笑っているように見えるが元々細目でそういう顔立ちだった。

鰐淵は三月という助手席に陣取るヤクザの元締めと寸分違わぬ同じ服装をしていた。

「一滴でも車のシ-トに血をたらしてごらん?劉さんのこの車すごく高いんだから大変さ」

漆原が運転するBMの車内。右隣には鰐淵。

修司を挟むように左隣にはダルメシアンが一頭舌を出したまま大人しく座っていた。

外車に乗るのは生まれて初めてだった。

しかし修司に車の乗り心地や本皮張りのシ-トの感触を楽しむゆとりなどある筈がなかった。

車は見慣れた県道沿いにある高速のインターの前を通過した。

『県外に出るわけではなさそうだ』

とりあえず車は町中を走っている。

どこか人里離れた場所で頭を撃たれたり埋められる心配だけはなさそうだ。

修司はじんじんと疼く傷口を抑えながら、ぼんやりとそんな事を考えた。

車が向かう先が何処であれ、これは自分の言動が招いた結果だ。

漆原がハンドルを右に切ると車は交差点の前で車線を変える。

信号機が青になるのを待って再び走り出す。

どんな状況でも。これは自分で選んだ選択肢。

車はやがてそこに着くだろう。

男の名前は三月陸朗。

大正時代までは一族は劉の姓を名乗っていた。

大昔大陸から渡来した部族の姓だ。劉には【何か特殊な技能を持つ渡来人】という意味が大和の時代にはあったらしいが彼は先祖が過去に何をしていたのか知らない。

大正時代に漢字だけを日本人の姓に習い同じ読みの三月に変えたと…三月が親から教えられたのはそれだけだった。



「この小僧は何だ?」

修司は隣にいて自分の胸ぐらを掴んだ男が秘かに口にいれたガムを飲み込むのを見た。

側にいた漆原がすぐに状況を説明した。

「今まで何処で何をしてた?」

そう聞かれたので修司は「修学旅行に出掛け今帰宅したばかりだ」と男に伝えた。

状況を考えたら随分間抜けな答えだと修司は我ながら思った。

しかし三月は床に置かれた修司の鞄に目をやると頷いた。

「わざわざ家族で夜逃げした後に1人で戻って来るバカもいるまい」

間違で見ると日焼けして年齢のわりには筋骨隆々とした体をしていた。

何よりこちらに向ける目の奥が炯々として威圧的である。

取り巻きの男たちが恐れる理由も理解出来た。

口調は穏やかであっても何時何時こちらに向かって角を翳して襲って来るかわからない牡牛のような雰囲気が男にはあった。

「親から連絡があるかも知れん、携帯出せ」

修司は手にしていた母親の携帯を男に渡した。

そこに連絡がある事はけしてない。

ボケットに入れた自分の携帯が今は鳴らない事を修司は祈った。

母親の携帯は実は料金滞納で不通になっていた。

家を出る時母親は迷惑がかかりそうな友人や親類のアドレスや連絡先をすべて消去していた。

そこまでして、もう2度と手にする事のない携帯を充電器にさして置いた理由は今も分からない。

余程出掛けに気が動転していたのか生来の性格がそうさせたのか今では修司には知る由もない事だった。

自分の携帯料金だけは修司はバイト代から支払っていた。

「追い込みはかけてんだろうな?」

三月は携帯を修司から受け取ると部下の1人に聞いた。

「今すぐに手配します」

「今すぐにだあ?」

漆原が男を睨み付ける。

睨み付けられた男が携帯を取り出すと大声で電話口の誰かにわめきながら表に飛び出して行った。

一方の三月は修司から聞きたい事を聞いて携帯を取り上げた後は興味が失せたように背中を向けた。

「この小僧どうしますか?」

「フクシマかどっかのタコ部屋にでも放り込みますか?」

「さっそくバラして売っちまいますか?」

ご機嫌を伺うようにヘラヘラ笑う男たちを見て漆原は頭を掻いた。

「お前ら…『ここは俺たちだけで』ってさっき俺に言ったよね?ああ言った!確かに言った!この耳でちゃんと聞いたぞ!!」

漆原という男は部下たちに向かって担保物件、つまりは修司の実家のや工場の土地や機械の売却の手筈はついているのか?

更地にするのか?新たにリフォームした場合費用はいくらかかるのか相手が飛ぶ前に見積りは出しておけと言ったはすだ…喚きたてた。

「お前ら社長から給料頂いてるサラリーマンだって事忘れんな!」

社長と呼ばれた男三月の顔を時より伺いながら「自分はこの中で一番出来る男だとアピールしたいのだろう。

なんというか茶番に思えて仕方ない。

「そんなの1人で充分だ」

思わずそんな言葉が口をついて出た。

気がつくとキッチンの椅子にどっかりと腰を下ろした三月が修司の顔をじっと見つめていた。

やがてジャケットから葉巻入れを取り出すと葉巻の先を紙契り部下が差し出したライターを断り専用の小型バ-ナ-で炙り始めた。

「保険の契約書はには、ちゃんと印鑑つかせたのか?」

「はい、その辺りは万事ぬかりなく」

「ならいい」

葉巻は煙草と違い煙が臭くないとか甘い香りがすると聞いた事がある。しかし男が吐き出す煙は甘い香りなどしなかった。

「追い込みをかけるって」

噎せるような白煙を吐き出す男に修司は聞き返した。

「追い込みかけるって、保険って、どうゆう事だ!?」

「言葉通りだ」

男はつまらなそうに答えた。

「こんなのは俺の仕事じゃねえ。山程ある商いのうちの一つに過ぎねえ」

「お前は俺やここにいる連中がよって集ってお前の家を離散に追い込んだ…そっち側から見れば確かにそうだろうよ。だがな小僧、よおく考えてみろ。こんな連中に金を借りたのはどこのどいつだ?」

「ヤクザや高利の金貸しと世間が蔑むような人間から金を貸りた挙げ句に尻を捲って逃げる…そんな人間は俺たちより人間以下なんじゃねえのかな。小僧お前はどう思う?」

男の言葉が正論だとは修司は間違っても思いたくはなかった。

しかし男の言う通り、こんな汚い連中から両親が金を借りたのは事実だ。

借りた金を返済しない限りは。借りた金を…修司は拳を握りしめた。

初めて妹の頬に触れた感触や指で手のひらに触れた時に握り返す怖いくらい小さくて柔らかい指の感触。

「旅行ぐらい行って来い」

痩せ我慢ばかりして働き続けた父親や試験の時やコタツで眠ってしまった時気がついたら毛布をかけてくれていた母親。

必ず迎えに

それは嘘じゃない、そう修司は思った。

男は修司に向かってこう言った。

「俺の趣味は狩猟でな」

はっとして修司は顔を上げた。

「色んな遊びに手を出したが…こればっかりは止めれねえ。唯一の道楽だよ」

「俺が全部働いて借金を返す!なら文句ないだろう!?」

そんな叫びにも似た言葉が口をついて出た。

「そんな言葉は期待しちゃいねえ」

そう言いたげに男は右手を振る。

葉巻の煙を払うような仕草に見えた。

「今日まで親の脛鍛って生きて来たお前が、家の台所の事情も知らねえで悠長に生きてきたガキが!」

「あんたの言う通りだ!」

その時の自分の中に吹き出した感情は今もはっきりと理解出来ない。

家族を守るため?

それとも追い詰められてヤケクソになったいただけなのか。

しかしけしてそれだけではなかった、と今も修司は思う。

「確かに俺はあんたらから見れば世間知らずのバカなだけのガキに見えるかも知れない。俺をバラバラに切り刻んでどっかに売りたきゃ売ればいいさ」

「言葉には気をつけて話せよ小僧」

「俺を殺して内臓や目玉から角膜を取り出して…それで終わりなら、あんたは大損だ!本当の物の価値がわからないって言うのはそういう事をいうんだ」

「社長…すいません。すぐにこの頭のおかしいガキ黙らせますから」

修司は男たちの前を素通りし納戸がある客間の和室へと向かった。

「おい!この小僧!逃げるつもりか!?」

修司は男たちの声になど一切耳を貸さなかった。

客間の襖を開けて中央の間仕切りにある引き出しを開ける。

そうしてそこに母親が大切に仕舞っている和菓子の紙の箱を手に取った。

「金目のものならまだこの家にだって残ってるんだ」

それを三月の前に放り出した。

修司の異様な気迫に押され「金目の物」と聞いて男たちは顔を見合せていた。

三月は黙って紙箱の蓋を外した。

「なんだこりゃ、学校の成績表じゃねえか」

修司が黙って立っているので三月は片手でそれを開いて見た。

「ほう学年トップか・・大したもんだ」

「中学からずっとだ」

「こんなもんがちり紙にもならねえ。喜ぶのはお前の親か学校の先生だけだ」

修司は落ち着いた声で言った。

「俺は医者にだって弁護士にだって何だってなれる」

「だか、もうなれねえ。残念だったな、秀才」

「合法の企業家にだって俺はなれるんだ…あんたが望むものに!ここにいる連中が逆立ちしたってなれやしない人間に、俺はなれるんだ」

修司に掴みかかろうとする部下を三月は右手で制した。

「そんなには待てねえな。言うまでもなく慈善事業には縁がねえし、うちの会社には債務者のための親切な返済計画のマニュアルもねえんだ」

「頼むから俺を雇ってくれ。俺は必ず!必ずあんたの役に立つ人間に…だからそれまで両親に追い込みをかけるのは待って欲しい」

修司は三月に向かって深々と頭を下げた。

「黙って聞いてりゃ調子のいい戯言ばっかり並べやがって!!」

男の1人が修司の肩をつかんで引き摺り倒そうとするが今度は三月はそれを止めさせようとはしなかった。

修司はその手を自分で払い除けた。

「あんた、パソコン使える?」

「…な!そんなもんぐらいテメエに言われなくても!」

「ワ-ドとかぐらいエクセルとか知ってる?サラリーマンだよね?40過ぎて覚えるのは大変だよ…新聞とか読んでるは人は暴力団新法当然ぐらい知ってるよね?ヤクザなんだから」

「あんなのはハッタリだ市警でも県警でもよくのぼりが出てんだろ【暴力団撲滅キャンペーン】みたいなやつ…撲滅されたためしがねえがな】

三月が葉巻を弄りながら言った。

「キャンペーンじゃなくて今回のは法律の施行だ」

「社長は警察官僚にもねんごろ…知り合いが多いんだぞ」

「そのねんごろな人たちは法律が施行されてもあんたらと友達だって保証があるのか」

1つ修司にはわかった事がある。

それは自分が鼻持ちならない人間だと言う事だ。

家族や家を蹂躙され蔑まれた。こんな連中に…そんな思いが今の自分をつき動かしていた。

蔑まれてたまるか、こんな連中に。

抗えるだけは抗ってやる。

平穏な生活の中では顔を見せる事がなかった修司の暗い闇の顔。それが目の前に座る三月の毒気に触れた事で俄に露になる。

どこかで自分より劣る者に対して自分は蔑みの気持ちを抱いて生きて来たのかも知れない。

「これからの時代何をするにもヤクザってだけで規制される。俺みたいな民間の優秀な人間が1人でも…」

「なるほど」

三月は葉巻の火を修司の成績表に押し当ててもみ消した。

「なかなかためになる話だったぞ」

立ち上がると修司の前に立つとこう言った。

「俺のとこで働いて借金返済する。そんな話だったな?」

修司は頷いた。

「なら口を開けろ」

男の言葉に戸惑う間もなく顔を拳で殴られた。

男の指にはえげつない大きさのダイヤモンドや金の指輪が嵌められていた。

かわそうとするのが少し遅れたなら間違いなく眼球に届いていただろう。

腹にもう一つ拳がめり込んだ

左手には指輪も何もしていなかったが拳は石のように固く重かった。目尻の下がざっくり裂けた。

床に血が滴り落ちる。

おそらくダイヤモンドで皮膚が裂けたのだろう。

修司は堪らずに口を開けた。

「虫歯はねえか」

修司の血に濡れた口の中を覗きながら男は言った。

「虫歯があると人間だめだ。何にも手につかねえ。何でも特別に訓練された工作員でも歯を拷問されると忽ち自白するらしいな」

部下に向かって言う。

「どうだ中々俺も物知りだろ?学校は出てねえがな」

修司に男は言った。

「勤めるんじゃねえ。仕える尽くすだ…覚えとけ小僧」

後に三月は修司に訊ねた事がある。

「社長は人を雇う時あんな風に奴隷商人みたいに歯を調べるんですか?」

三月は笑って言った。

「あれは猟に使う犬を選ぶ時だけだ」と。

「しまったな」

修司を叩きのめした拳を見ながら三月は言った。

「かけてねえかな、指輪」

倒れ込んだ修司に三月は言う。

「金さえ返せば…お前も金借りた連中も皆そう言う。まあ俺も帳簿に俺が貸した金と利息が満額入ってれば大概文句は言わねえ。だがこの世界はそれだけじゃねえって事だ」

三月は部下に言った。

「教えてやれ」

修司は男たちに固い靴の先や踵でそこら中を蹴りつけられた。一瞬「このまま死ぬかも知れない」と思ってほど男たちの暴力は情け容赦なかった。

しかし時間にすればそれはそれほど長い時間ではなかった。

「劉さん」

玄関からひょっこり顔を出した男に修司は救われた。

「まだかかりそうかな?」

顔を除かせた細目の男はこちらに向かって笑っているように見えた。

けれど元々の顔が民芸品の狐の面のような顔をしていた。

「や!鰐さん、待たせちまってすまねえ」

三月は帽子を取って詫びるように額を叩いた。

鰐淵という男の足下から車から一緒に降りたダルメシアンが舌を出してこちらを見ていた。

「何か御用はありそう?」

倒れ込んだ修司を一瞥して鰐淵は言った。

「鰐さんは車ん中で冷たいもんでも飲っててくれ。すぐ行くから」

鰐淵は残念そうに顔を引っ込めた。

家の中に上がり込もうとするダルメシアンに「おいたはダメだよ」とたしなめる声がした。

「そのへんにしとけ」

三月は部下の男たちに言った。

「俺は引き上げる」

「後の事は自分らにお任せ下さい」

部下の中から漆原が1人進み出た。

「どうしたもんだかな」

「は…」

「その小僧を俺の車に連れてけ」

「はい、しかし、こちらで事務所の方で処理いたしますから」

「いいから早くしろ!」

三月に一喝されると部下たちは慌ててシャツが破けてボロ雑巾みたいになった少年を引き摺り起こした。

「オラ!さっさと立て!」

「ガキにはガキか」

三月の呟きは修司にも周りにいた者の耳にも届かなった。

「それからな漆原ァ」

射竦めるような眼で漆原を見ると三月は言った。

「この家は誰のもんだ?」

「それは…勿論社長…」

「おめえひとんちって知りながら土足とはどういう了見だ?下のやつにも言っとけ」

漆原の顔が見る見るうち青ざめて行く様子がここまで何とか1人で歩いて来た修司にもわかった。

「も…申し訳…」

「表札外すまではこいつの家だ」

ふらつきながら後をついて行く時修司はそんな言葉を聞いた。

三月だけが玄関に靴を揃えて置いてあった。




「私血の匂いしない?」

「それは俺の」

鰐淵がそんな風に修司に言うので修司は重い口を開いた。

「そうじゃなくて今日は山で仕留めた鹿の血を抜いたからね」

先ほどから車内では一方的に鰐淵という男が修司に話かけていた。

「今日は劉さんがご機嫌であんた本当に運がいいわ」

助手席に座った三月は特に何か言うわけでもなく前を向いて時おり手にした缶ビールに口をつけている。

聞けば鰐淵という男は三月の狩猟仲間のようだ。

三月の組織には今の姓の三月では劉の文字が使われている事など別に知りたくもない事を鰐淵は修司に話した。

「血を抜くのはもっぱら自分で劉さんは撃つ専門でそういうのは好きじゃない」…とか。

「今日は成果があったから劉さんの機嫌がいい」

鰐淵は修司に向かって言うのだ。

「あんたは運がいい!だってトランクには仕留めた鹿が入ってるんだから」

車は閑静な郊外の県道を通り日に透ける緑の影を銀色の車体へと落とす。

一等地にある高級住宅街の中でも一際豪奢な屋敷の門を潜ると直ぐ人相の悪い召使いのような男たちが出迎えた。

車を一度降りた三月は出迎えた男の1人に何事か話しかけていたが再び助手席に乗り込んだ。

修司だけが車から下ろされた。

鹿の遺体は屋敷の前で下ろされる事なく三月と鰐淵を乗せた車は入って来た門を潜り再び屋敷の外へと消えた。

一緒に車を降りたダルメシアンは他の男にリ-ドをつけられて屋敷のどこかにある自分の棲みかへと連れて行かれた。

体の一番大きなSPのようなスキンヘッドの男に促され修司は屋敷の中へと入った。

豪華なエントランスや玄関入ってをすぐ視界に飛び込んで来る中世の貴族の館を思わせるような手刷り付きの階段やゲストル-ムは見事なものだった。

けれどあちこちに飾られた高価そうな美術品や調度品は何の調和もなくただそこに置かれたり飾られたりしているだけで逆に品の欠片も感じられない。

第一そこらを彷徨いている男たちからしてそうだ。

まるで物語に出て来る盗賊のアジトか伏魔殿。

ミノタウルスの迷宮のような高い天井の廊下を男について歩く。

幾つ部屋の扉があって誰が使うのだろう。

「親父さ…いや、社長から何か聞いているか?」

歩きながら男が急に話しかけて来た。

「いえ…なにも」

修司は答えた。

「この屋敷にはお嬢さんが1人いてな…まだ子供だ」

「三月…さんの娘?」

男は頷いた。

「奥さんとこの屋敷にいたが男と逃げた。オフレコだがな…ここは野郎ばっかで子供の相手は皆不得手だ…というかお嬢さんが…ちょっとやっかいなんだ」

やっかいって子供だろ…修司は思った。

「メイドのような女も雇ったが俺たちにびびってな…いやそれよりあのガキ…いやお嬢さんが懐かなくて正直奥さんがいなくなって食事もろくに…社長からは怒られるし。まあ社長が言うように『ガキはガキ同士面倒見させてみろ』ってのも妙案かも知れねえな」
男は1人だけ納得したように頷いた。

「まさか俺の仕事は子守りですか?」

「まあな!他にお前に何が出来る?人とかバラした事あんのか?」

「ありません」

「じゃあだめだ。とりあえず雑用と子守りでもしてろ」

通りかかったチンピラに男が「お嬢さんは?」と聞くと「いつもの部屋ッス」という返事が返って来た。

クモノス。立派な木製の扉材質が樫なのか檜なのかなんて修司には勿論分からない。

しかしその立派な漆塗りの光沢がある扉にはクレヨンで蜘蛛の絵が掻かれていた。

「ナスカの地上絵みたいだ」

そう修司は思った。

「これは何ですか?」

「俺は藤堂だ」

藤堂という男はタイミングはともかく初めて名前を名乗ってくれた。

「立ち入り禁止の意味らしい…おまじないとか…俺には子供の考える事は分からん!まったく分からんのだ」

「失礼します。お嬢さん入りますよ」

扉をノックしても返事がないので藤堂は扉を恐る恐る開けた。恐る恐るという仕草がこれほど不似合いな風体の男も珍しい。

「立ち入り禁止なのにいいんですか?」

「まあ顔合わせだからな」

扉が開かれた先に広がる光景に修司は思わず息を飲んだ。

古いアンティークの書棚に納められた書物がずらりと並ぶ様はまさに本の森という形容が相応しい。

扉一枚隔てた悪党の棲みかの中にこんな場所があるとは一体誰が想像出来るだろう。

紙とインクの香り。

まるで誰にも読まれる事のない古い書物がひっそりと呼吸しているように思える。何処か懐かしい。

特に読書家というわけではない修司でさえもそこはそんな感慨を与える場所だった。もう、こんな場所には縁がないと思っていた。

「この本は」

「全部債務者からの押収品だ。高価な物らしいからみだりに触るんじゃないぞ」

藤堂の言葉に否応なしに現実へと引き戻される。

真っ直ぐに歩く藤堂について部屋の一番奥へと向かう。

窓際には置かれた洒落た机と椅子が置かれていて、そこには小さな女の子が背中をこちらに向けた姿勢で座っていた。

白いワンピース…ではなくて下着姿のようだ。

椅子の足元には何だか着せ替え人形の洋服みたいな水色の光沢のある子供ようのドレスとリボンと靴が脱ぎ散らかしてある。

「お嬢さん。藤堂が参りました!」

「入ったらダメって言ったでしょ?呪われても知らないから」

こちらを向こうともせず不機嫌な返事だけが返って来る。

「家の中でもお洋服はちゃんと着て頂きたく」

「嫌いなの!ごわごわしててなんだかバカみたいな服だから着たくない」

「ご用意した食事は」

「いらない!アイスが食べたい」

「先ほどお持ちしたのではダメですか?」

「あれは私の好きなアイスじゃないから食べない」

「では、どのような」

「お前には教えない」

横で見ていた修司はその時の藤堂の表情を的確に表現するボキャブラリーは自分にはとうていないと思った。

「用が済んだら出て行って」

「いえ今日は社長のいいつけでお嬢さんに新しいお世話に係を連れて参りました」

「いらない」

「お勉強相手」

「いらない」

「お遊び相手に」

「犬がいるからいい」

藤堂は思案した挙げ句。

「家来では」

その言葉に少女の肩がぴくりと動いた。

「家来か」

少女はようやく椅子のひじ掛けを右手で掴むとこちらを向いた。

「家来か」

うっとりするような視線をこちらに向ける。

黒髪の頭蓋骨の半分が目じゃないかと思える。

修司には美しい者を喩えるボキャブラリーが不足していたが瞳の大きな色白の可愛らしい女の子だと思った。

しかし行儀わるく椅子の上で片膝をつく少女に修司は何となく不穏なものを感じた。左手は後ろを向いている時には気がつかなかったが痛々しい石膏のギブスが嵌められていた。

「これ、どういう事だ?」

修司に向かって開いて見せた本のページは子供が読む絵本とはほど遠いソファーで裸で絡み合う男と女のラフスケッチだった。修司が言葉に詰まる。

少女はつまらなそうに修司を見た。

「私の家来になりたいの?」

あどけない顔で訪ねる。少女というよりまだまだ幼女というのが相応しい年齢なのだろう。

「宜しくお願いしますだ!」

藤堂が強引に修司の頭を下げさせた。

「…よろしく…お願い…します」

修司は屈辱に耐え言葉を絞り出した。

顔を上げると無表情なまま少女は修司に言った。

「その顔の傷が気にいったからお前を家来にしてやろう」

修司にはまったく意味が理解出来なかった。

「では万事そう言う事で!私は夕食の準備を見て参ります!」

藤堂は手を合わせその場から立ち去ろうとする。

去り際に修司に向かって「後は任せた。夕食は必ず食べてもらうようにさもないと…」

指のピストルで修司の胸を撃つ真似をした。

「何しろ大事な人質様だからな」

そう修司の耳に囁いた。

「では後はお2人仲良く」

藤堂はいそいそと軽い足取りで部屋を出て行く。

「後20年と6ヶ月来なくていい!」

少女は藤堂の背中に向かってそう叫んだ。

「20年と6ヶ月って」

少女は窓の外から見える古びた教会風の結婚式場に目をやった。

「その頃には私もお嫁さんになっているからな」

教会を見ながら「私お嫁さんになれるかな」そう呟いた。

「私の名前は三月五月。五月と書いてメイ。お母さんがトトロの大ファンだったって。私は見てないしトトロは嫌い。主人の名前くらい一回で覚えてね」

見てないのに嫌いって嫌いなもんばっかしだな…三月五月って月がいくつあるんだ?全然ダメだ。

あの親の娘…そう考えただけで修司は憎しみ感情が沸いて来るのが自分でもわかった。

こいつが、このバカみたいにでかい屋敷でぬくぬくとワガママ放題暮らしている間に俺や両親は妹は…!!

「家来、あんたのお名前は?」

そう聞かれて修司は思わず横を向いた。

誰がお前なんかに…今に見ていろ。

お前もお前の親父も俺の家族と同じ目にあわせてやるからな。

視線を反らした先に書棚に並んだ本の背表紙が目に入った。

【国木田独歩 全集】

その作家の作品は読んだ事がなかった。

独りで歩く…か。

そうだ今の自分は世間からも家族からも離れた場所で独りで生きていかなくちゃならないんだ。

そう思った時言葉が自然と口をついて出た。

「国木田…俺の名前は国木田っていいます」

「クニキダかクニキダ…ちゃんと覚えてた!」

以来修司は自分を国木田と名乗って生きて来た。

自分なりに過去と決別したつもりだった。

この世界に入ってしばらくしてから戸籍屋からその姓と戸籍を実際に手に入れた。

あの時とは違う今はお嬢さんが自分を「国木田」と呼ぶから自分は国木田だ。

「クニキダクニキダ」

と五月が呪文のように繰り返す。

忘れないためらしい。

その時ふいにポケットの中の携帯電話がメールの着信を告げた。

ポケットから携帯を取り出し画面の表示を見る。

メールは繭から届いたものだった。

「電話?」

修司は黙ってメールも見ずに携帯をたたんだ。

口を開けて五月が修司の携帯にぶら下がっている柊のストラップを凝視している。

「なんだ、これが欲しいのか?」

ストラップを携帯から外した五月の目の前にぶら下げた。

「魔除けの御守りらしいけど欲しけりゃやるよ。俺には…」

「本当に!?本当にくれるの!?」

五月が喜び勇んでで手をのばす。

「お前にだけは絶対差し上げません。お嬢様」

修司は五月の手の届かない場所にまでストラップを高々と持ち上げた。

五月は一瞬打ちのめされたような表情になった。

泣くなら泣けばいいさ…このくらいお前の親父が俺の家族にした仕打ちに比べたら何でもない事だ。

修司は顔を歪め五月を見下ろすと言った。

「ほら、欲しかったら自分の力で取ってみろよ」

今思えば自分は世界で一番卑屈で惨めな男だったと思う。

五月は泣くどころか口を固く結んで烈火の如く怒りに燃える瞳で修司からストラップを奪おうとした。

「嘘つき!嘘つき!くれるって言ったくせに!家来のくせに!よだればっかりたらすバカ犬の…くせに!!」

時折修司の足を激しく蹴りつける。

「お嬢さん!?どうかしましたか!?」

騒ぎを聞きつけて屋敷の中にいた男たちが部屋に駆け込んで来た。

「こいつが!こいつが!私に意地悪ばかりするの」

興奮した五月は男たちに目もくれず目の前で飛び跳ねていた。

修司は五月の目の前で殴り倒された。

「お嬢さんに何しやがる!?」

「てめえ自分の立場をわきまえろ」

そんな言葉も遠く聞こえるくらい殴られ蹴り倒された。

「やめて!お願いだから!やめて!」

遠くで五月の声がした。

男たちの足の隙間からびょんぴょん跳ねる彼女の足が見えた。

それも興奮した男たちの目や耳には届かないようだ。修司は思った。

「おとなげねえし…情けねえ…こんな子供相手に何やってんだ俺…」

今度ばかりは殴られても仕方ない。

けど、このままじゃ確実に死ぬ…死ぬのは嫌だな。

「あの人に言いつけるから!」

そんな五月の声で男たちの動きがぴたりと止まった。

「出て行け!みんなこの部屋から出て行け!」

男たちがいなくなり五月と修司は2人だけになった。

「ごめんなさい!ごめんなさい!」

五月の大きな黒い瞳から大粒の涙がはらはらと溢れていた。

五月お嬢様は泣かない。とても強い女性だ。

後にも先にもお嬢様が泣いているのを見たのはこの時だけ。

国木田として生きようと決めたその日から修司も泣くまい、けしてこの人を泣かすまいと心に誓った。

「ごめんな…意地悪して…嫌な事があったんでつい…」

「あいつでしょ?あいつがひどい事あんたにしたんでしょ?」

あいつって誰だ?ひどい事なら多すぎて誰が誰だかわからないや。

後で聞いた話だ。

三月と五月に血が繋がりはない。

五月の母親が男と屋敷から逃げた時五月は母親の後を追いかけた。

服の袖にしがみついた時母親に突飛ばされて左手を挫いた。

やっぱり小さくても女の子なんだな、修司は思った。

五月は床に両膝をついて、か細い腕で修司の頭を抱きしめた。

少女の胸は膨らみもなく固いばかりでむしろ痛いくらいだ。

それでも修司は彼女の胸の中でその時ばかりは声を上げて泣いた。

「傷大丈夫?痛くない?」

「ああ大丈夫…俺ゾンビみたいに不死身だから」

「ゾンビって?」

「死体みたいなもんだからいくら撃っても死なないんだ」

この家では自分は生きる価値もないゾンビみたいなものだ。

たとえ撃ち殺されたって罪になるどころかどこかに棄てられて終わり。

「そうだ。これ、さっき意地悪したから…やるって言ったからな」

修司は五月に柊のストラップを差し出した。

「悪いやつらから守ってくれる御守りなんだってさ」

五月は修司からストラップを受けとると言った。

「なら、これからは私がクニキダを守ってあげる」

「ねえクニキダ。私があんたをバンバンピストルで撃っても絶対死なない?」

「それはちょっとカンベンして欲しいな」

そういやソンビで思い出した。

滝沢に金返してもらってないや。

まさかと思ったが、修司はその日、この場所で確かに笑っていた。





《 アイスクリ-ムの皇帝 了 》



月は巡り年は流れる。

国木田は1人外車の後部座席で携帯端末の画面に見入っていた。

古びた下町の工場がある通りに高級外車はひどくそぐわない。

ウィンドウのガラスを軽く叩く音がして国木田は顔を上げる。細身のス-ツを着た若い男が国木田に向かって首を振る。

「どうにもなりません」

という意味だ。国木田は右手の指を三つ立て再び画面に見いる。

今日はこんな仕事で来たんじゃない。

国木田は五月からのメールを目で追っていた。

この間の話なんだけど…禁断の恋の話ね。ヒロインは暫定で私の名前にしたけど兄の方を皐にしたいから、このままでいいかって思うんだ。どうかな?

まったく絵文字くらい使えばいいのに。国木田は五月のメールを見て微笑む。

「いいと思いますよ(^^)d」

そう返信を返した。今日は元イタリアンレストランだった店を視察した。

居抜き物件を利用してアイスクリーム店を開店する予定だが五月

お嬢さんにはまだ秘密にしている。

店の名前はもう考えてある。

Holly Tree 柊という意味だ。

オ-プンの日にこっそり招待するの悪くない。

その時は自分が給士に出るのも、悪くない。

顔を上げると町工場の主がこちらに向かって何か喚いていた。

隣にいる女が泣いているようだ。

それでも国木田は思う。

指3本で人生が買い直し出来るなら安いもんだと。

「もっとも今自分がそうしたいか?」

そう問われたら…国木田は首を横に振るだろう。

店の入り口の前に突っ立っていたいかにもな、とっぽい男が国木田と目が合う。

男は黙って頷くと中から店のシャッターを下ろした。





【 あとがき 】
今回は超ごめんなさいです。パソコンの故障とかメ-ルのサ-バ-ダウンとかで原稿送信できなくて。管理人さんや他の書き手さんたち皆々様方にご迷惑おかけしました。お詫び致します。二年間かかわったこの物語次回完結です。それともう一作かけたよいな・・いずれしろ原稿葉はやめはやめに・・

【 その他私信 】
いろいろありすぎて自分がゾンビです・・


ココット固いの助
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