Mistery Circle

2017-09

《 箱内生死未確定 》 - 2012.07.14 Sat

《 箱内生死未確定 》

 著者:氷桜夕雅








ルルルルル、と受話器が鳴った。
男はその音に顔を上げる。だがすぐに電話に出ようとは思わなかった。
状況が状況だ、そもそも今このおかしなことになっているのも理解できていない……なぜ自分がいつからこんなところにいるのかすらわかっていない。
男は改めて部屋を見渡す。
窓も扉もない、壁は四方真っ白でまるでそれは箱だった。
部屋の中にあるのはよくわからない金属で出来た箱と黒塗りの古い電話、そして目に入る年老いた男性の死体。
「蔵王先生……」
男は掠れた声で呟く。その死体の身元は蔵王和成、小説界の巨匠で男の師でもある人物。外傷も血も流れてはいないが蔵王の頬は病的に痩け浅黒く変色してしまっている、何度も確認したが蔵王は男がこの部屋で気づいた時には既に死んでいた。
「誰がこんなことを、もしかして俺に罪をなすりつけるためか?」
男は何故自分がこんな密室で死体と共にいるかを考える。
もう外ではどれくらいの時間が経っているのかわからないが男は蔵王に呼び出されて郊外の別荘を訪ねた、そこまでは覚えているがそこから先の記憶がない。
そして気がついた時にはこの白い部屋の中に男はいた。
『やぁ、よく来てくれたな。ささ、上がってくれたまえ』
別荘の玄関先で蔵王がそう言ったのを男は覚えている。つまりその時は蔵王和成は生きていたはずなのだ。
その後なにがどうしてこんなことになっているのか、そもそもこの出入口の無い白い部屋はなんなのか、男を混乱させる要因は数多にあった。
蔵王はそれなりに金は持っているだろう、だからそれを狙って殺されたのだろうか?
そしてその罪を犯人は自分になすりつけた、と考えるのが普通なのだろうがいささか男には不穏に思うところがいくつかあった。
まず密室に置かれた金属製の機械と電話機。これらはここに元からあったというよりもわざわざ用意されたと言ったほうがいいだろう。
外と連絡が取れるかとここに来た時に真っ先に男は電話を使おうとしたがこの電話は発信はできないようになっていた。そして壊れているのかと諦めたところにこうやって電話が鳴り出したのが先程の話だ。
「でて、みるか」
男は恐る恐る電話に近づく。この状況で電話が鳴ること自体が異常、恐らく電話の相手は蔵王を殺した犯人であることに間違いないと男は確信していた。
「……あんた誰だ?」
受話器を取ると男は相手の声を聞く前に言葉を投げる。蔵王の財産目当て、人殺しの罪を男になすりつけたいだけならこんな風に通話をしてくるはずがない、なにか目的があって電話をしてきたはずだ。
「ハローハロー、こちらは観測所。そして私は観測者」
「観測者だって?」
電話の相手は意外にも男の質問に男性とも女性とも取れる機械的な音声で答えた。自分が優位に立っている状況での余裕なのか質問に答えがくるとは思っていなかったので少し男は面食らった。
「その観測者さんがなんのために俺を閉じ込めたんだ?」
その答えが簡単に返ってくるとは男も思っていない。だがその観測者はまたもその男の言葉に対して一つの回答を提示する。
「ハローハロー、こちらは観測所。これはシュレーディンガーの猫」
「シュレ……なに?」
男は聞き返すが返ってきたのは等間隔の電子音だけ、通話は切られてしまった。
「シュレーディンガーの猫って、あのシュレーディンガーの猫だよな」
通話の切れた受話器を戻し男は呟く。観測者の言った『シュレーディンガーの猫』というのに男は聞き覚えがあった。
『知る必要のないことを頼んでもないのにウダウダと喋るのは理系人間の悪い癖だ』
男がよく友人に言っていた言葉だ。『シュレーディンガーの猫』についてはその友人が嫌というほど良く語っていたため覚えている。
『シュレーディンガーの猫』というのは量子力学における一つの実験の一つ。
実験は猫と放射性物質を発生させるラジウム、そして放射線測定器に青酸ガス発生装置を用いて行われる。
まず箱の中にそれらを入れて蓋をする。箱の中で、もしラジウムからアルファ粒子を放出するとそれに反応して青酸ガスが発生し、猫が死ぬ。
一時間以内にラジウムからアルファ粒子が放出される確率が50%としたときに一時間後、猫はどうなっているのかという実験。
猫が死んでいるのか、死んでいないのかは箱を開けた観測者でなければわからない。観測者が開けるまでは箱の中には生きている猫と死んでいる猫の二つの状態が重なりあっているというものだ。
「つまり俺は実験の猫ってことか?」
白い箱とも言える部屋の中、死んでいる蔵王和成と生きている男。お誂え向きに部屋には一つ怪しい機械の箱が置いてある。中の様子は伺えないがこれがラジウムと青酸ガス発生装置となるのだろう、そう考えたら男の背筋に寒気が走った。
この電話の主、観測者とやらは自分を『シュレーディンガーの猫』に当てはめて実験を行おうとしている、こいつはただの遺産目的の殺人犯なんかじゃない、もっと恐ろしい存在だというのがはっきりとわかった。
「くそっ!どうすりゃいいんだ!?」
怒り任せに地面を殴りつける。この不条理さをどこにぶつけていいかわからなかったのだ。
目の前の機械の箱を止める術が男にはない。工具どころか財布から携帯電話まで全てが手元にないし、ちょっとしたことでラジウムからアルファ崩壊が起き、青酸ガスが発生してしまうかもしれないのだ。
「ちぃ……なんとか外にでる方法でも探さない限りいつ死ぬかわからないぞ」
男は吐き捨てるように言うと立ち上がり壁に触れる。白い壁は石膏のような触感の乾いた石造りでレンガのような隙間がない、それが四方を完璧に取り囲んでいる。
それはここに来てから男が何度も確かめたことだ、じゃ一体どうやって蔵王と男はこの部屋に入れられたのか?
まさに『シュレーディンガーの猫』のようにここは箱で上の天井が蓋のようになっているとでもいうのだろうか?
どの道天井に出口があるとしても今の男には外へ出るという手段がない。
「だとすれば後は……」
男の瞳に先程観測者と話をした電話機が映る。男に残る方法は一つしかない、この観測者を説得するという方法だ。
だが観測者は普通の考えをもった人間ではない、人をこんなところに死体と閉じ込める人間が普通な感覚を持っているとは考えにくかった。
「・・・・・・もしかしたら、これでいけるか?」
男の頭の中に様々な考えが巡り一つの答えを見つけ出す。
思ったよりも頭の中は冷静だった。あまりの出来事に現実を受け止めていないからなのかもしれない。
男は電話機の前にどっしりと腰を下ろし、観測者からの連絡を待つ。話が通じる相手ではないことと、それ以前に観測者がまた電話を掛けてくるとは限らない。
男にとってそれを待つ時間は永遠のように長い時間だった。
いつラジウムがアルファ崩壊を起こし、青酸ガスが発生してもおかしくない状態なのだ。
ただ男は幸運だった。待つこと一時間、青酸ガスが発生する前よりも先に電話機が再び鳴り出したのだから。
「もしもし?少し、話したいことがあるんだが」
男は受話器を取るとゆっくりとそう話す。完全に主導権は観察者側にある、観察者の気分次第では即電話を切られ再び永遠とも思える時間を過ごさないといけないことになる。何分後、何時間後にくる次の電話、それが来る前に青酸ガスが発生し蔵王と同じ末路を辿ってしまうことになってもおかしくはない。
「ハローハロー、こちら観測所。猫は喋らない、猫は喋らない」
「・・・・・・あんた、蔵王さんの心の支えだった人だろ?」
実験の被験者に口を挟む隙はないと言いたげな観測者の言葉を無視し俺は言いたかった言葉を投げ掛ける。
あえて心の支えと言った。蔵王は男が知っている限り独身であり妻やましてや愛人なんてのの存在を確認したことがない。
『私は宮沢賢治に憧れているからね、ましてこの歳で若い女性に近づかれると遺産目的ではないかと不安になるよ』
蔵王は生前、そんなことを話していた。だがそれでも彼にとって心の支えになっていた人物がいるのは間違いない。
それが男性か、女性かわからないのであえて心の支えと男は言ったのだ。
「ハローハロー、こちら観測所。質問の内容が理解不能」
「いや、わかっているはずだ!あんたは蔵王さんが死んだことを受け入れたくないからこういったことをしている、違うか?」
男は叫ぶ。観測者は蔵王和成を恐らく殺した人物ではない、むしろ蔵王と親密な関係な人間で死んだことを受け入れたくないがためにこんなことをしている人物だと男は確信していた。
「『シュレーディンガーの猫』は観測者が箱を開けるまで箱の中にいる猫の生死は未確定だ」
「ハローハロー、こちら観測所。そう、故に蔵王和成はまだ死んではいない」
「それは違う!『シュレーディンガーの猫』は元々量子力学における批判実験だ、生きている猫と死んだ猫が重なりあった事象を観測者は見ることはできないというな!」
男は今はもう動かない師である蔵王和成を見つめる。
「あんたが現実を見ない観測者というのなら俺が観測者として言う!蔵王和成は死んでいるんだ、現実を受け止めてくれ!」
観測者は蔵王が死んで精神喪失状態になっている。だがこの現実を受け入れることができないからこうやって箱の中に入れて見ないようにしているだけでは永久に先に進むことはできない。
「ハローハロー、こちらは観測所。それでも箱の中の生死は観測するまで未確定。蔵王和成が生きている世界と死んでいる世界は平行世界的に存在し混ざりあっている。それでもそれを否定するのなら・・・・・・」
観測者の言葉が途切れる。それと同時に受話器から聞こえたのはなにかの軋む音。
「ハローハロー、こちらは観測所。この実験を観測者の消滅によって完成させる」
「なにをしている・・・・・・?おい、ちょっと待て!」
ギィギィと軋むその音の正体に気づき男は叫ぶ。この軋む音は間違いなく観測者が自らの首に縄をかけ首吊り自殺を図ろうとしているその音。
「待て、早まるな!!」
男は力一杯に叫び声をあげるが観測者からの返答はなく、代わりに聞こえたのはなにかが倒れる音と、なにかが揺れる度に大きくなる軋み音だけ。
その二つのなにかをもはや語るまでもなかった。
「おいっ!おい!!!・・・・・・くっ!!」
いくら男が呼び掛けてもそれ以上観測者はなにも言わない。
観測者は死んだ。これで蔵王の生死を観測者が確認することは一生ない、つまり観測者風に言えばこの箱の中は生きている蔵王と死んでいる蔵王の二人が重なりあっている状態が永遠に続くわけだ。
「くそっ!とんでもないことに巻き込まれた!」
男は苛立ちをぶつけるように受話器を放り投げる。それとほぼ同時だった、ずっと沈黙を続けていた機械の箱が鳴り出したのは・・・・・・






「どうだろうか、こんな話は」
蔵王和成は嗄れた頬をなぞりながら満足そうにそう言った。
「そうですね、僕は良い話だとは思いますよ」
答えたのは蔵王の向かいに座る男だ。ティーカップの中のロシアンティーを啜りながら話をまるで食べ物を噛み砕くように頷きながら聞いている。
「ですがこの後どうするんですか?まさかバッドエンドってことです?」
「それを考えるのが君たち若い者の仕事さ」
「はは、先生はいつもそれだ」
蔵王が笑うと男も合わせて笑みを浮かべた。蔵王の創作話はいつも途中で終わる、これは本業の小説作りの合間の趣味のようなもので「続きは君が考えたまえ」と来る客人に放り投げる。いつものことなので男もそれは重々承知していた。
「僕としてはバッドエンドは苦手なんでこの主人公の機転で脱出させてやりたいです」
そう言って男は腕を組み考えを巡らす。
密室、目の前には死体、謎解き・・・・・・脳内でキーワードをパズルのピースを合わすようにクルクル回転させる。
「あっ・・・・・・この話って」
「ん?どうしたんだこの話に致命的な欠陥でもあったのか?」
「いえ、そういうことではないです」
興味津々と言った蔵王の言葉を男は否定する。男の脳裏に浮かんだのはこの話が以前観た映画に少しだけ似ているということだ。あれの舞台は浴室で鎖に繋がれた男同士がどちらかを殺さないと外に出れないとかそんな話。
……いや悲しくなってきたのでこれ以上考えるのはやめておこう。そんなことを言い出したらどんな話だってなにかの模倣になってしまう。
「実は蔵王さんは死んだと思わせておいて実は生きていたというのはどうでしょう?」
ただその映画の結末から男は一つの回答を得ていた。男の言葉に蔵王は嬉々として身を乗り出す。
「ほうそれは面白そうな展開だな、続けたまえ」
「いや続けると言ってもなにもないですよ。ただ観測者は観測しないことで蔵王さんの死を認識しないでいようとしたのになぜか箱の中の主人公へ電話をかけているのが気になります。なので恐らく観測者と言うのは初めから存在せず、蔵王さんが死を偽装して主人公の行動を監視していたのではないのか、と思いまして」
「なるほど、では蔵王と主人公の対決になるわけだな?」
蔵王の言葉に男は頷く。蔵王は自分の創作話に蔵王和成本人を出すので男としては死体で発見されるよりもその展開の方が蔵王本人も喜ぶだろうと思ってこの続きを考えた。
だが良かれと思ったその話に対して蔵王は予期せぬ言葉を吐く。
「では、試してみようか」
「試す?なにを試・・・・・・ぐっ」
男の視界が歪む。目の前にいるはずの蔵王の姿がグルグルと回転し目蓋が重く重くなる。
ガシャンと手にしていたティーカップが床に落ち割れる音がする。そして一気に全身の力が抜け男は突っ伏すようにテーブルに倒れ込む。
「ではゲームスタートだ」
蔵王がそう言ったのを最後に男の意識は張った糸を切るようにプツリと事切れた。





《 箱内生死未確定 了 》





【 あとがき 】
先に言っておくとSAWって映画は観たことないです。ただ最初こんな風に始まってちょっとネタバレを知っているだけです。
なんか似てる気がするので言われるよりもまえに作品で言っておきました、これで大丈夫、大丈夫へーきへーき!
締め切り延長決定後に書き出したので物凄く短いです、あとどうも作品の内容の関係上滅多にやらない三人称で書いたんだけどてんで上手くいってないからごめんね、ごめんね!
そしてこの話はループ物っぽくみせかけただけでループ物ではありません。男の一人称が違いますので・・・・・・たまにはこういう一々説明が必要な作品書いても良いじゃない、人間だもの(だものー!)

【 その他私信 】
特に書くことないです(・∀・)

【 お題当てクイズ回答 】
なんだろー全然(><; ) わかんないんです!
(※ダウトです。イエローカード一枚!)


べ、べつに好きで書いてるわけじゃないんだからね!  氷桜夕雅
http://maid3a.blog.shinobi.jp/

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