Mistery Circle

2017-11

《 空っぽの鳥籠 》 - 2012.07.16 Mon

《 空っぽの鳥籠 》(三本目)

 著者:氷桜夕雅








「僕たち、なんで別れたんだと思う?」
薄暗い教会に彼の声が響く。私はその問いに黙って首を横に振るとそっと彼に身体を寄せる。
彼の大きな胸板は私にとって小さな安息の場所だ、これから私達がやろうとしていることそれさえも彼となら乗り越えられる気がするから不思議だ。
私と彼を阻むものはとても巨大でなにも持たない私達が太刀打ちできることなんて結局なかった。
「私達は、別れさせられたの。分からず屋の大人達によって」
私の言葉に彼は小さく頷くとそっと私の長く伸びたブロンドの髪を撫でる。
温かくて優しい、彼の手。何故にこんなにも愛おしい彼と私が身分の差という意味のわからないことで離れ離れにされないといけないのだろうか?
彼の持つカンテラが淡い光で私達を包み込む。
「こうすればアントワープ卿も僕たちを決意が本物だったってわかるだろう」
「そうね……でも」
そこまで言いかけて私は言葉を飲み込んだ。ここで揺らいだら私の心はきっとあの籠の中に戻ってしまう。
お父様、お母様……館の使用人達、私がいなくなったらきっと悲しむだろう。
けどそれでも私は彼と別れさせられるくらいなら一緒に死を選ぶ。死んで今度こそ二人幸せに……
「行くよソルフェリノ」
「うん、パリス」
私が頷くとパリスはカンテラを地面に放り投げる。パリンと割れたカンテラから溢れたオイルが乾いた木材の床に広がり、一気に炎が燃え上がっていく。いずれこの炎はこの教会を焼き、私達の体も焼きつくすだろう。
でも怖くはない、この世で一番好きな人と一緒に逝けるのだから。





「……ということなのです。お力添え頂けませんでしょうか魔術師様」
その男の言葉に私は試験管の中によくわからない雑草をガラス棒で押し込むと小さく息を吐き、力一杯にテーブルを叩く。
「な、どうしましたか魔術師様!?」
私の行動に目の前の男は細い目を見開き驚く。燕尾服に身を包んだこの小太りの男、───確かスマルトとか言う名前───はなんで私が怒っているか未だに理解していないらしい。
なんなんだ、私のことをなんか便利屋かなにかと勘違いしているのもアレなんだが……どいつもこいつも人の事を魔術師、魔術師って!便利屋みたいな扱いは広まっている癖に『この人は魔術師って呼ぶと怒ります』という話は広まっていないのか……!
「私にはセルリアンという名前があるの、魔術師なんて呼ばないで」
「おお、それはすいません。いやはや、しかしその鍔の広い三角帽子にローブを見るとどうしても魔術師様に見えてしまいまして」
後ろ首を掻きながらスマルトは申し訳無さそうに頭を下げる。私は今日何度目かという溜め息をつくと手に持った試験管を火のついたランプに近づけるために向き直し言葉を吐く。
「それにいくら話されたって受けないわよ、私はそんなに暇じゃないの」
「ソルフェリノお嬢様のためなのです、そこをお願いします魔術師様!」
「はぁ……」
思わず握っていた試験管に力が入る。しかし、もはや言い返す言葉も面倒になってきたのでもうさっさと返ってくれるのなら魔術師でも構わないわ。
「そもそも、そんなの医者にやらせればいい話でしょうが。私の仕事じゃないわ」
スマルトはアントワープ卿のところの執事で全身に火傷をおったアントワープ卿の一人娘、ソルフェリノの治療を私の所に持ち込んできたのだ。
なんでもソルフェリノは使用人の男と恋仲になっていたがまぁ当然貴族と平民の恋など許されるわけもなく、無理矢理別れさせられそうになっていたので教会に火を放ち無理心中をしたって話だ。
「医者ではソルフェリノお嬢様のお美しい顔に傷が残るというのです。ソルフェリノお嬢様はアントワープ様の大事な一人娘、その顔に傷が残ったままというのは許されないのです」
「だからってそんな医者も放り投げた案件を私に持って来られても困るわよ」
ったくいい迷惑だ。そもそも上手く治療できないヘボ医者が悪いんじゃないか、それを私の所に持って来られても困る。
私はただ人間以外のなにかになりたくて実験しているだけなのになんでどこの馬の骨ともわからない貴族の娘の火傷の治療なんかをしなくちゃならないんだ。
「ですがもはや頼れるのは魔術師様しかいないのです!お金ならご用意していますしどうか……!」
そう言いながらスマルトはテーブルの上にどっさりと金貨の入った麻袋を置く。
袋から零れ落ちそうなくらいに金貨が詰め込まれた麻袋には私でも少々心が揺らいだがここで依頼を受けてしまえば面倒くさいことになる。
そもそも最近はやってくる人間に手当たり次第吹っ掛けて諦めさすという体を取っていたのだけども、そのせいで逆に「金さえ払えば依頼を受ける」と思われているらしく金に糸目をつけない貴族がやたらと来るようになった。
確かに金は必要だけどもこう頻繁に来られても困るのよ、別に金儲けのためにやっているわけでもないし最低限の金があれば充分だ。
「いくら金を積まれても受けないわよ、わかったらさっさと返ってちょうだい」
「こんなに頼んでいるのに依頼を受けてくださらないのですか魔術師様!」
「受けないったら受けないわ、しつこいわね……」
「……そうですか、仕方ありません」
私の苛立つ言葉に諦めたのかスマルトは席を立つ。はぁ、ようやく帰ってくれるのか……全く最後まで魔術師呼ばわりだったけど諦めてくれるのなら結構だわ。
……と、思ったのだが
「……今は亡きディースバッハ卿のご息女と言う話でしたので手荒な真似はしたくなかったのですが、入れ!」
「なっ……!?」
スマルトが合図をすると小屋の中にゾロゾロと屈強な男達が入ってくる。どいつも貴族とは無縁そうな粗雑で汚らしい盗賊のような輩ばかりだ。
「くっ……!」
苦虫を噛み潰すような表情で私はスマルトを睨みつける。完全に油断した、この小さな部屋じゃ逃げるに逃げれないし……すぐに使えそうな薬も全部棚の中だ。
「セルリアン=ディースバッハ、進言しますがあまり抵抗なさらないほうが良いですよ。下手すればこの野蛮な盗賊どもはなにをしだすかわかりませんからねぇ」
「卑怯者が……」
吐き捨てた言葉にもスマルトは薄笑いを浮かべるだけだった。なるほど手段は選ばないということか、恐らく別れさせられたソルフェリノと使用人の男もこんな感じで脅したんだろう……はっきり言って虫酸が走る。
「わかったわよ、行けばいいんでしょ行けば」
「物分かりが良くて実に結構」
嫌味な笑いを浮かべるスマルトに拳の一発でも入れてやりたかったが、しかしここで抵抗した所どうにもなるわけでもない、私は黙って従うしかなかった。



「ほう、お主がディースバッハ卿の娘か」
アントワープ家の応接間、革製の大きなソファに腰掛けた老人は私の姿を見るなりそう言った。
真っ赤なガウンを羽織り嗄れた顔にくすんだ金髪をした老人は、まるで魚眼レンズかと思うような大きく見開かれた赤い瞳で私の顔を覗き込む。
それは見てはいけない魔眼の一種のようだ。
豪華な絨毯に高そうな家具の数々、目が痛くなりそうな輝きを放つシャンデリアだけどこの老人一人がいるだけでそんなものよりもこの男が気になってしまう。
スマルトの奴は私のことを魔術師呼ばわりしてくれたけどこの老人、アントワープ卿の方がよっぽど狡猾で残忍な魔術師っぽいわ。
「私の出生と依頼は関係ないでしょ」
「ふむ、確かに」
そもそもなんでアントワープ卿もスマルトも私がディースバッハ家の人間だってことを知っているのか?少し気になるが私としてはそちらの話を広げられるよりかはさっさとその火傷したソルフェリノとやらを治療してこんなところからおさらばしたほうが懸命だ。
「アントワープ卿、貴方と話すことはないわ。さっさとその娘さんに合わせていただけるかしら?」
「ソルフェリノの顔を傷ひとつなく治せるのか?」
「それはやってみないことにはなんとも、そもそもまだ私はその火傷したっていう娘さんにすら会ってないのだからね」
「確かにそうだな、すぐに案内させよう」
アントワープ卿は頷くとテーブルに置かれたベルを鳴らす。執事のスマルトがアレだったものだったから、このアントワープ卿の話のわかる感じが少し意外だったがここで油断するほど私も間抜けではない。
私が元はとはいえ貴族の出の人間だからこのような態度なだけであって、恐らく平民に対してはこうもいかないだろう。
「失礼します、お呼びでしょうかアントワープ様」
ノックと共に応接間に姿を現したのはスマルトだった。思わず私はスマルトを睨みつけるがこの小太りの腹黒男は全く私の事など眼中にないようでアントワープ卿の前に立つと一礼をする。
「スマルト、ソルフェルノところへ彼女を案内してやってくれ」
「わかりました、ではセルリアン様こちらへ」
スマルトは私の小屋で見せたような不快な笑みではなく礼儀正しい笑みを浮かべると先導して歩き出す。正直この憎たらしい背中、蹴り飛ばしてやりたいところだが今は我慢しておいてあげるわ。
応接間を出るとスマルトは黙々と歩いていくのを私は周りを見渡しながら着いて行く。まぁ別に逃げる算段をしようってわけでもない、ここまで来たらどこまでできるのかわからないがソルフェリノの火傷というのを直してみせようじゃないか。
ただし、その前にだ……こいつには聞かないといけないことがある。
「ちょっと腹黒執事、聞きたいことがあるんだけど」
「なんでございましょう魔術師様」
まだこいつは私のことを魔術師と呼ぶのか。だがもう世の中言っても無駄なやつってのはある一定数いるものだとわかったのでもう訂正もしない。
だが私は実に根に持つタイプなのだ、嫌味を込めて腹黒執事と呼んでやる。
「ソルフェリノに会う前にどこかにソルフェリノが描かれた絵でも見せてもらえないかしら?元の顔がわからなければ治しようもないわ」
「確かにそれはそうですね魔術師様」
スマルトは一旦足を止めそう言うと再びゆっくり歩き出す。
「こちらにソルフェリノお嬢様の絵画がありますのでそれを見てもらいましょうか。あと腹黒執事は止めていただきましょうか」
「考えておくわ」
適当な返事をしながら私はスマルトの後を追う。
アントワープ家はかなり大きい屋敷のようで使用人達が忙しなく働いている。まるで蟻の巣に放り込まれたかのようで少々気分が悪い。
「いくらなんでも使用人多すぎやしないのかしら?」
「確かに私でも全員把握してないほどですが魔術師様には関係のないことでしょう」
「ま、そうね」
こんなにも使用人がいたらそりゃ一人くらいお嬢様の目に止まるような男がいてもおかしくないだろうな、なんてことを思いながらふと私の頭の中に一つの疑問が浮かんだ。
「そういえばソルフェリノと一緒に心中した使用人はどうなったの?」
「さぁそのまま灰にでもなったのではありませんかね、現場には骨も残ってませんでした。ソルフェリノお嬢様に手を出すような輩としては至極当然の罰が当たったのでしょう」
吐き捨てるようにスマルトは言うと少し足を速める。状況を見てないのでなんとも言えないけど流石に灰になってるなんてことはないと思う。
……が、まぁこいつらのことだ辛うじて生きていたとしても殺しているんだろうな。
「それでこちらがソルフェリノお嬢様の絵画だ」
「へぇ、上手いもんじゃない」
スマルトは真っ赤な絨毯の続く廊下の一つに掛けられた絵画を指さす。そこには椅子に座り優しく微笑むソルフェリノの姿があった。
ブロンドの長髪にアントワープ卿と同じ真っ赤な瞳、整った顔立ちは女性の私でも目を奪われるような美しさだ。
「ヒースとかいう旅の絵師に描かせたもの。この通りに傷跡一つなく、ソルフェリノお嬢様の身体を治すのが魔術師様の役目だ」
「ふぅん……まぁ大体理解したわ。それじゃ今度はソルフェリノの所に案内してちょうだい腹黒執事」
「……わかりました、こちらです」
私の嫌味に一瞬スマルトは眉を顰めたが特になにもいうこと無く再び歩き出す。まぁそうでしょうね、この屋敷の中じゃ貴方のお友達……野蛮で教養のなさそうな賊達は入ってこれないのだから私になにかをしようなんてことはこいつにはできない。
嫌味が効いたのかスマルトは足を早めながら廊下を歩き、一つの扉の前に立つ。
いや扉とは言ったがはっきり言えばそれは鉄格子だった。なんでこんなところに鉄格子があるのかはわからないがスマルトは鍵の束を取り出すとそこから一つを鉄格子に掛けられた錠に差し込み外す。
「まるで猛獣でも飼っているかのようね」
「今のソルフェリノお嬢様のお顔を他の者に見せるわけにはいかないのです」
まぁそれは理解できるが、果たして本当にそれだけなのだろうか?
私にはソルフェリノをどこにも行かさないように閉じ込めているように見える……が、あえてそこには触れなかった。
鉄格子の向こう側はすぐに部屋というわけではないようで、奥は螺旋状に続く狭い石造りの階段がずっと上の方まで伸びている。
恐らくこの一番上にソルフェリノはいるのだろう。

「はぁはぁ……こちらがソルフェリノお嬢様の部屋だ」
長い階段を上がりきり、少し息を切らした様子でスマルトは告げる。見た感じ小太り中年のスマルトには少々辛い運動だったようだ。
「それじゃお邪魔するわよ」
私は軽くオーク材の戸を叩く。返事こそなかったが私は構わずそのまま扉を開ける。
円形の部屋に窓には鉄格子、先程猛獣と言ったがどちらかと言えば鳥籠のようだな、となんとなく思う。
そしてその真ん中のベッドに全身に包帯を巻いたソルフェリノは寝かされていた。
「これは数日でどうにかなるようなものでもないわね」
ソルフェリノの様子を見て思わず私はボヤいた。正直に言えば想像していたのよりも酷い状況だ、顔に少々火傷がある程度ではない、なにせ顔全体……口以外はほぼ全部包帯に覆われているほどなんだから。
これは命を取り留めたというだけでも御の字のような状態でこれを傷跡残さないように治すなんてことはヘボ医者じゃなくても逃げ出すような依頼だと思う。
「必要な物があったらなんでも用意させる。だからソルフェリノお嬢様をなんとか救ってくだされ」
スマルトは私に向かって深々と頭を下げる。私のことを魔術師だのなんだの言ってはいるがアントワープ卿だけではない、こいつにとってもソルフェリノが大切だというのは間違いないことなんだろう。
「わかったわ、それじゃ早速だけど今から言う材料を用意してスマルト」
だから私はこの時だけ、腹黒執事とは呼ばなかった。




それから数週間、ソルフェリノの火傷の治療は良くなるまでにはかなり時間がかかった。
だがまぁ、そもそもが無理難題であった中執事のスマルトは私の指示通り文献や調合材料をちゃんと用意してくれたし、流石に数週間帰らないのはスレートやヴァンダイクが心配するかもと思い頼んだ伝言もきちんとこなしてくれた。彼の働きがなければもっと時間はかかっていたのだろう……まぁそれでも私は腹黒執事と呼ぶのだけど。
なんだかんだで嫌々だったこの依頼も順調に回復し、少しづつ包帯ではなく白く美しい身体に戻っていくソルフェリノの様子を見ると私も少しは嬉しくなる。
「後は顔だけねソルフェリノ」
ベッドに腰掛けた私がそう言うとソルフェリノは小さく頷く。まだ喉は炎と煙で痛めたせいで喋れないが初めて会った時からはかなりの回復具合だ、身体はしっかりと傷跡を残さずに元通りになっているし腰まで伸びたブロンドの髪は絵画で見た時と同じように美しい。
この調子でいけば数日中にもソルフェルノは元の美しい姿に戻ることができるだろう。ただこの辺りから私としては懸念はが一つあった。
そりゃ初めの方はほぼ死に体であって治るかどうかもわからなかったのでとにかく必死だったが、ソルフェルノの身体が治っていくにつれてその懸念は沸々と試験管の中の液体が沸騰するように浮かび上がってくる。
それはソルフェルノが一緒に心中しようとした使用人パリスのことだ。
パリスの所在についてはスマルトもアントワープ卿も口を開くことはなかった。しかしどのみち生きてはいないのだろう、心中したときに死んだのか生きていたがスマルト達が殺したのか……この世にはいないのは間違いない、そのことを私はソルフェルノに伝えれずにいた。
でもいつかは伝えなければならない、彼女の愛し心中しようとまでしたパリスはもうこの世にいないことを。
それを伝えたらソルフェルノはどうするのだろう?
恐らくアントワープ卿はソルフェリノの身体が元通りになったとしてもこの鳥籠のような部屋から彼女を出すことはしないだろう。
ソルフェリノはずっとここで自分の愛したパリスのことを想い続けるだけの人生を送るのだろうか?
考えれば考えるほど私の胸は締め付けられる。
いっそのことソルフェリノの記憶を消してしまおうか、そんなことを考えたこともある。
だがそれは本当にソルフェリノのためになるのだろうか?そう思うと私にはその手を使うことはできなかった。
「それじゃ顔の包帯を取っていくわよ」
そんな不安な気持ちを見せずに私はソルフェリノに告げるとゆっくりと彼女の頭に巻かれた包帯をほどいていく。
顔を最後に残したのは傷跡を残さないために一番気を使い時間をかけたというのもあるがもう一つ理由がある。
パリスのことで不安になっている私の顔を彼女にできるだけ見せたくなかったのだ。
でもおそらく私の顔を見たらソルフェリノは気づいてしまうだろうから・・・・・・。
「よし、傷はないわね・・・・・・目は開けられる?」
私の言葉にソルフェリノは頷く。ソルフェリノの顔は元通りに戻っている、もうここまで来たら後に引くことはできない。
彼女が、ソルフェリノが望むというのならアントワープ卿やスマルトがどう言おうと私は彼女の言う通りにしよう。
パリスのことを忘れたいのであればそのための薬を用意しよう。
パリスの元へと行きたいのであればそのための薬を用意しよう。
「・・・・・・なるほど、そういうことなのね」
だが目を開いたソルフェリノを見て、私の考えは大きく変わった。




それから一週間後、私はアントワープ卿のいる応接間にいた。
私の手には白い鳥の入った鉄製の鳥籠が握られている。
この鳥籠は私がアントワープ家に来て考えた一つの答えだ。
「それでセルリアン、ソルフェリノの傷は完治したのだな?」
「ええ勿論、私に不可能ってないみたいね。自分でも驚くほどに完璧に治せたわ」
「おおっ!そうか!」
私の言葉にアントワープ卿は喜びの声をあげる。それもそうだろう、あんな状態から元の美しい姿に戻ったのだからね。
「それでソルフェリノはどこに?早く我が娘の元通りになった姿を見せてくれ」
「そんな興奮しないでください、お体に悪いですよ。まぁ風にでも当たって落ち着いてください」
急かすアントワープ卿に私は冷静に言葉を返すと窓際まで歩いていき両開き窓を開け放つ。
「なにを勿体ぶる必要があるのだセルリアン、早く娘を・・・・・・」
「ところでアントワープ卿は鳥は好きですか?」
「なにを言っている?」
怪訝そうな表情をするアントワープ卿に私は手に持った鳥籠を目の前に突きつける。
「この鳥を差し上げようと思いまして、名前もつけてあるんですよソルフェリノって、ね?」
「なっ・・・・・・!」
私の言葉にアントワープ卿は言葉もでないと言った感じであった。だが次第に鳥籠の鳥を見つめているアントワープ卿の顔はみるみるまるで茹で蛸のように真っ赤になっていく。
「ふざけるなセルリアン!!私は人間のソルフェリノを出せと言っているのだ、鳥にソルフェリノと名をつけたものを出せと言った覚えはない!!」
アントワープ卿はそう叫ぶと共に私から鳥籠を奪い取り壁に投げつける。壁にぶつけられたその拍子に鳥籠の戸は開き、白い鳥は鳥籠から飛び立つ。
「あらあら人の話は最後まで聞くべきですよアントワープ卿」
「話だと?ふざけるなよ、セルリアン・・・・・・ソルフェリノの傷跡が消せなかったからこんな茶番をしたのだろうがそんなことで私は・・・・・・」
「ですのであの鳥が正真正銘ソルフェリノなんですよ」
私がそう言うとほぼ同時だっただろうか、部屋の中をぐるぐると旋回して飛んでいた白い鳥は私が開けた窓から飛び去っていったのは。
「アントワープ卿、貴方がどこまでご存じかは知りませんが私は人間以外のなにかになるためにあの森の奥で研究を続けているのです。人間を鳥に変えるくらいなら造作もない、鳥にはなりたくないので自分には使いませんけど」
「なんだと・・・・・・」
アントワープ卿はにわかには信じがたいと言った感じで私を睨みつける。
「私がソルフェリノを鳥に変えたのは私を無理矢理ここに連れてきた復讐のため。いいですかアントワープ卿、私にとってこれくらいの芸当は容易いことなのです」
「くっ・・・・・では最初からソルフェリノを治す気などなかったのか」
「それは違う、ソルフェリノの傷跡はちゃんと完全に消したわよ。ただ私は交渉の材料としてソルフェリノを利用させてもらっただけ」
私は静かにそう言うとローブからアントワープ卿の瞳の色と同じ真っ赤な液体の入った小瓶を一つ取り出す。
「この薬を飲ませればソルフェリノは元の人間の姿に戻る。今後一切私に近づかない、私の身の安全を保障すると約束するのならこの薬は差し上げるわ」
「なるほど、流石はディースバッハ卿の娘だ。わかった・・・・・・約束しようセルリアン、お前にはもう近づくことはない、だから・・・・・・」
はやる気持ちを押さえきれないと言った感じのアントワープ卿は私の差し出した小瓶をなかば強引に奪いとるとベルを激しく鳴らしながら窓際へと駆け寄る。
「あれか?あの鳥か?スマルト、スマルトはいるか!!」
窓の外、広葉樹の枝に止まっている鳥を見ながらアントワープ卿は叫ぶ。
やれやれ、そんなにベルをかき鳴らし大声で叫んだら逃げるわよ・・・・・・と言いたくなったがそれを言うよりも先に部屋の扉が勢いよく開けられる。
「アントワープ様、どうされました!?」
「スマルト、使用人達を呼んであの鳥を捕まえさせろ!今すぐにだ!!」
「は、はぁ・・・・・・わかりました」
なにがなんだかわからないと言った様子のスマルトだったが私の姿に気がつくと怒りに顔を滲ませ詰め寄ってくる。
「魔術師、貴様なにをした!?」
「さぁ答えてあげてもいいけど貴方、そんなことをしてていいのかしら?その間にどこかに行ってしまうわよ、あの鳥」
スマルトの追求をさらりとかわすと私は彼の脇を抜け応接間からでていく。
「残念だけれども鳥籠に鳥は最初からいなかったのよ」
その言葉一つを残して───



私がアントワープ卿の屋敷を出た頃には屋敷は騒然となっていた。
「あの鳥か!?」
「いや違う、さっき飛んでいった奴じゃないのか!?」
鳥となったソルフェリノを追いかけ使用人達が走り回っている。
「なにをしているスマルト、あれじゃあの鳥じゃ!ああ、ソルフェリノ待っておくれ!」
「は、はいアントワープ様」
その中にはアントワープ卿と息を切らし顔に疲れが犇々と見せているスマルトの姿もあり、まぁ私からすれば実に滑稽で微笑ましい光景だ。
「あのセルリアン様・・・・・・」
そんな騒然とした中、一人のメイドが私に話しかけてきた。
長いブロンドの髪にメイドにしては美しい顔立ち、碧色の瞳をした彼女の姿を見た私は小さく息を吐く。
「一応探すふりでもしたほうがいいんじゃないオリーブ」
「は、はい!そうなんですけど私おっちょこちょいですし、邪魔になるだけかと」
いや、いやいや、そうじゃないだろう。あの鳥の秘密を知っているのは私とこの目の前にいるオリーブだけで、捕まえる必要がないというのが正解なのだがどうにもオリーブは微妙にわかっていないらしい。
今、アントワープ卿達が血眼になって探し回っているのは実はソルフェリノでもなんでもないただの鳥だ。私が渡した薬も勿論ただの色をつけた液体であって「ソルフェリノを人間に戻す薬」なんてものは存在しない。
全ては辻褄を合わせて私が逃げるためとオリーブに追求がいかないようにするために打った私の策。
なぜなら私がこの屋敷に連れてこられたときからすでにソルフェリノはあの鳥籠の部屋にはいなかったのだから。
「それにもうセルリアン様行ってしまわれるんですよね」
「ええ、もう用はないからね」
「ありがとうございます。セルリアン様のおかげで私は助かりました」
深々と頭を下げるオリーブに私は小さく首を横に振る。
「別に礼を言われることじゃないわ。でも、ソルフェリノとパリスのためとはいえ随分と思いきったことをしたわね」
私はそう言いながら思い出す、あの鳥籠のような部屋でソルフェリノの顔に巻かれた包帯をほどいたときのことを。
包帯をほどき開いた目はあの絵画で見た真っ赤な色ではなく碧色をしていた・・・・・・そう、私がずっと火傷の治療をしていたのはアントワープ家の一人娘ソルフェリノではなく、この目の前にいるメイドのオリーブだったのだ。
確かに絵画と見比べて髪はブロンドだし背丈格好もソルフェリノとオリーブはよく似ている。顔こそ違うが火傷した状態だったなら区別なんてつかないだろう。
「心中するより、お二人には生きていてほしいですから」
そう言うオリーブの表情は穏やかで優しい。
心の底からソルフェリノとパリスのことを想っているのだろう。
まぁでなければこんなことできやしないか。
ソルフェリノとパリスが心中しようとしたあの教会にはかつて戦争の時に作られた地下への抜け道というのがあり、二人が心中を決意したのを察したオリーブはそこから二人を逃がし、ソルフェリノの代わりに炎に焼かれた。
言葉にしてしまえばあっさりとしたものだが下手すれば死ぬし、良くても大火傷だ。それをこのおどおどして頼りなさそうなオリーブがやってのけたというのだけは今でも信じられない。
けどオリーブのおかげでソルフェリノとパリスはアントワープ卿に捕まることなく逃げ出すことができた、ただ逃げたのではすぐに見つけ出され屋敷に連れ戻されていたに違いない。
「今頃どうしているのかしらね、ソルフェリノとパリスは」
私は遠くの空を眺めながらなんとなくそう呟いた。
オリーブがソルフェリノとしてあの部屋にいたころからすでに一ヶ月、どこか遠くの街で上手くやっているのだろうか?
二人はまだ大きな一つの壁を越えただけ、これから先色々なことが二人を待ち受けているだろう・・・・・・もしかしたらもうすでに壁にぶつかって悩み苦しんでいるのかもしれない。
「ソルフェリノお嬢様、よく私のところに来てパリスさんと一緒になったらやりたいことが一杯あるっておっしゃってました。その時のソルフェリノお嬢様の楽しそうに話すのを見ていると私も楽しくて・・・・・・だからきっと上手くやってますよ、きっと幸せに・・・・・・。」
そう語るオリーブの姿が私の目に一瞬だけ違う人物に見えて私はすぐに視線を外す。
『セルリアンお嬢様、やっぱりちゃんと想いを伝えた方がいいです!』
幻聴か、思わず聴こえてきた懐かしいあの子の声に私の口許は少しだけ緩む。
でもメイドと恋の話に花を咲かすなんてこと、私にはもう一生ない話だ。
「オリーブ、人の心配ばかりしてないで貴女も幸せになりなさいよ」
空を見上げポツリと呟く。そんな私の頭上を番の鳥達が仲睦まじく空を飛んでいった。





《 空っぽの鳥籠 了 》





【 あとがき 】
お題無視したけどーたぶん、これが一番まともだと思います(四本目)
三本目は?ないよ、そんなもの(すっとぼけ


【 その他私信 】
アントワープ アントワープブルー
ソルフェリノ マゼンタ 
オリーブ オリーブ色
パリス パリスブルー 
スマルト 花紺青 


べ、べつに好きで書いてるわけじゃないんだからね!  氷桜夕雅
http://maid3a.blog.shinobi.jp/

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