Mistery Circle

2017-10

《 笑う門には謎来たる 》 - 2012.07.16 Mon

《 笑う門には謎来たる 》

 著者:白乙








 短い断末魔を最後に男は絶命した。
 よく肥えた腹は倒れた拍子に鞠のように跳ね、数回痙攣したあとぴくりとも動かなくなった。無駄に金をかけられた燕尾服は、刺された心臓のあたりから徐々に赤黒く染まっていく。
「はい、終わり」
 軍服を着た少年はサーベルの血を払って鞘へ戻した。その口元はにんまりと歪んでいる。感情の感じられない、仮面のような笑みだった。
 少年の言葉を皮切りに二人の男がさっそうと遺体に駆け寄る。厚めの麻袋にしまい、遺体を運搬用に持ってきた木箱の中へと押し込んだ。数刻後には彼らの手によって川に流され、水死体として見つかるだろう。血の飛び散った煉瓦に水をかければ、殺人現場はあっというまにただの路地裏へと戻った。片付けを終えた男のうち、がっしりとした体格の男が少年に声をかける。
「守屋、終わったぞ」
 守屋と呼ばれた少年は詰襟に指をかけながら振り返った。体の熱気が逃げて少しだけ楽になった気はするが、それでも窮屈であるのには変わりなかった。
「ご苦労さま。じゃあそいつの後始末はよろしくね。僕は先に帰るから」
「あ、待って守屋」
「なに?」
 遺体の始末をしていた男のうち、今度は長身で優男風の青年が声をかけてきた。彼は自分の羽織っていた外套を脱ぐと、少年に差し出してくる。
「軍服に血が付いてる。そのままじゃ目立っちゃうから、これ着ていきなよ」
 守屋はそこでようやく自分の格好を見た。変装のために着込んだ藍色の軍服には吹き出した血が線上に散っている。軍服の色合いよりもわずかに濃いそれは、たしかに明るい陽の元で見れば血の跡だとわかってしまうだろう。
 そう気づいた守屋は渋々外套を受け取った。
「・・・・・・どうも、でも君のじゃ体格が違うから、けっこうダボダボなんだよね」
 灰色がかったそれは軍服姿の守屋が着ても違和感のない色合いだったが、いかんせん丈が長い。腕で抱えても余るそれは煉瓦のタイルについてしまいそうだ。
「なら俺のがいいか? こっちよりも身長の差は少ないだろ」
「お前のは臭いから論外」
「んだとコラ!」
「まあまあ落ち着いて」
 がなる同僚の男とそれを諌めるもう一人の声を聞きながら、守屋は一人薄暗い路地裏へ戻っていった。



 年号が明治から大正にかわり、第一次世界大戦の余波を受けた大日本帝国は大戦景気に沸いた。成金と呼ばれる富裕層が出現し、経済だけでなく政治に口を出す者も現れ始め、日夜自身の私腹を増やすべく会社の重役や政界の椅子をめぐる醜い争いが絶えない。人知れず闇に葬られる人の数も、また同じ。
 守屋たちはその成金どもから依頼を受け、暗殺を行う殺し屋を営んでいた。拠点を銀座においてそれぞれ単独で依頼をこなすこともあれば今日のように複数人で行うこともある。特に宣伝はしていないのに依頼が後を絶たないということは、それだけこの界隈は血なまぐさいものだということだ。つまりそれほど頭のおかしいやつらが日本の未来を担っているというのだから末恐ろしいものである。
 今日もまた、そんな頭のおかしい人間からの依頼だ。大手銀行株主の社長が会長になるために邪魔な競争相手を消してほしい、かいつまんでいえばそういう依頼だった。
 手際よく暗殺を行うために護衛の警官を装う、という作戦を立てたまではよかったが、あいにく警官用の軍服が一着しか手に入らず、そのため一番採寸の合う守屋が人気のない路地裏へ誘導し暗殺、残りは死体の処理役ということになったのだ。
「こんなまだるっこしいやり方しなくても適当に殺しちゃえばいいのに。その方が多少は面白くなりそうなのになあ」
 ため息まじりにつぶやきながら、守屋は一人路地裏を歩く。明治時代に敷き詰められたレンガの道はところどころ欠けていて修繕される気配はない。誰も通らない建物の裏側など直す必要もないのだ。そういう人々から忘れられた場所が守屋たちの格好の始末場になるのだから、まったくありがたいことだ。
(最近の仕事、簡単なのが多くって退屈だよね)
 今日で何度目かのため息をついた。無意識に動かした手はサーベルの柄にかかっている。鉄の重さが最初より重く感じるのは疲れのせいか、それとも血に塗れたせいか。
 物心ついたときからこの世界に生きてきた守屋にとって、殺しとは生きる糧であり仕事だった。ただ最近はどうにもやる気が起きない。依頼をそつなくこなせるようになってきたからなのかもしれないが、このままだらけているのも嫌な感じだ。なにか新しい刺激でもあれば気分が切り替わるかもしれないが、そんな気配は微塵もない。
「ん?」
 ふと、建物のガラスに写りこんだ自身と目が合う。ガラスにうっすらと浮かび上がったその顔は、感情のない笑みを作っていた。それは人を斬った後でも変わらない。
その視界のすみに、わずかな影の揺れを見た。
(・・・・・・へえ)
 守屋の瞳が、すっと細められる。視線は背後の曲がり角へと向けられていた。
 壁に隠れた姿は見えない。ただ、わずかな呼吸音と存在感を感じることはできた。相手はじっと守屋の動きをうかがっている。これは思っていたよりも早く機会が与えられたようだ。果たして警察か、同業者か、それとも別の第三者か。どれも当てはまりそうなのが殺し屋という職業の悲しい性だ。
「・・・・・・」
 守屋は無言で数秒止まったあと、勢いをつけて走り出した。砂利を蹴る音が二重に響く。守屋は足音を聞きながら一つ目の曲がり角を通りすぎ、つきあたりを左へ、さらに次の角を左、左。くるりと一周分回ってきたところで脇の壁に背を預けた。
 足音が次第に近づいてくる。
 相手の目的は、間違いなく自分だと確信した。
 守屋は初手で切りかかろうと刃を抜きかけ、その姿勢のまま道をふさぐように立ちはだかった。
「わあ!」
 間の抜けた悲鳴が聞こえる。守屋はサーベルを鞘ごと抜き出し、悲鳴の主に向かって押し出すように前へ向けた。
 ぶつかってきたのは瓶底眼鏡をかけた野暮ったい女の子だった。鞘に当たった少女の体は簡単にはじき飛ばされ、砂埃の舞う石畳に尻餅をつく。刃を抜いていれば、今頃このあたり一面が血の海となっていただろう。理由なく一般人を切り殺してしまうとのちのち面倒なことになるのだ。
「僕を追いかけてたのは君?」
「あいたたた、気づいておられましたか」
 少女は瓶底眼鏡のズレをなおし、着物の汚れを叩いて立ち上がった。歳は守屋とそう変わらない、十四、三くらいに見える。海老茶袴と矢車模様の着物という象徴的な服装から私立の女学生だと判断できた。両肩のお下げを揺らしながら、少女は守屋の制服に目を止める。
「おお、やはりその格好は、警官殿で間違いなかったようですね。まさしく天の助け! ここまで追いかけてきたかいがあったというものです」
「・・・・・・君はなに?」
 守屋は外套を深く寄せ、少女に尋ねた。
「はい、私は帝都花宮女学院に通う里山千代子と申します。学校帰りに本屋に寄ろうとしたら道に迷ってしまい、気づけばこのような路地裏におりまして。迷いに迷っていたところに警官殿の姿を見つけ、追いかけてきた次第であります!」
「花宮女学院っていったら、けっこうなお嬢様学校じゃない。いったいどんな道を通ってきたらこんな場所までたどりつくの?」
 少女の鼻につく口調にはつっこまず、守屋は冷静に質問を返した。花宮女学院といえば学校に通ったことのない守屋でも聞いたことのあるほど有名な女学院だ。ご令嬢の花嫁修業のための学校として人気があり、そこに通う女学生は成績優秀、品行方正なそれはそれは立派なお嬢様ばかりと聞く。けっして目の前の野暮ったい少女が通う場所ではないはずだ。
 そんな守屋の心中を露とも知らず、千代子と名乗った少女は調子はずれな口調でしゃべり続けた。よく動く口である。
「ふふふ、よくぞ聞いてくださいました。実は私、お恥ずかしながら極度の方向音痴でございまして。芦田書店に行こうと出向いたところ、気づけばこのような路地裏に!」
「うん、芦田書店って君の学校から十分もかからないところにあるよね。なんで迷うの」
「それがわかれば苦労しませんよう!」
 自分の責任だというのになぜか逆に怒りはじめ、千代子は唇を尖らせる。守屋はそんな少女の主張を一切無視し、考えをめぐらせはじめた。
(有名女学院の学生ってことは、うっかり殺して行方不明にしちゃったら大騒ぎになるよね。現場を見られたわけでもないし、このまま警察のフリしてごまかそう)
 面倒だがしかたがない。そう自身に言い聞かせると、守屋は咳払いを一つして作り笑いをいっそう深めてみせた。
「ご丁寧な紹介をありがとう、お嬢様。僕でよければ芦田書店まで案内してあげるよ」
「まことでございますか! ありがとうございます、ええと」
「守屋、守屋でいいよ」
「では守屋殿、よろしくお願いいたします」
 ふかぶかと一礼する。お嬢様らしく所作の一つ一つは丁寧なものなのに、言動と性格に救いようがないのが残念だ。
「はい、どうも。じゃあ行こうか」
 適当な相槌を返しながら、守屋は少女とともに歩き出した。



 彼女と歩き始めて数十分、守屋は早くも案内を申し出たことを後悔し始めている。
「いや~守屋殿のおかげで助かりました! このようなへんぴな場所に一人迷い込み途方にくれておりましたが、これで今日中には本屋にたどり着けるでしょう。あ、飴玉食べます?」
 弾丸のような言葉の羅列と一緒に飴玉を押し付けられそうになった。甘味の類を好まない守屋にとってはいい迷惑だ。守屋とそう歳は変わらないはずなのになぜこの少女はこんなにも無駄に元気なのだろうか。守屋はうっかり刃を抜きそうになる手をおさえた。こういった相手と会話をするのは苦手なのだ。
「いらない。それより君、いつもそんな感じなの」
 守屋はその口調や馴れ馴れしい態度のことを聞いたのだが、何を勘違いしたのか千代子は飴玉を食べながら自身の方向音痴について話し始めた。
「むぐ・・・・・・はい! 普段は友人が一緒にいてくれるのですが、あいにく学校の掃除当番で捕まってしまい、あとからの合流となってしまったのです。しかし今日は月刊無羽の発売日! 早く行かねば売り切れてしまうやもしれません」
「あのオカルト雑誌、買う人いたんだ」
「なにせ今月の特集は生と死と動物たちでございますから、どうしても手に入れたかったのです。知っておりますか? なにかの死を理解できる動物はこの世の中で人間と象しかいないそうなのですよ。いや、そもそも死の概念を持ち合わせているのは人間だけとも言われておりますが、私の考えとしては・・・・・・」
 千代子は瓶底眼鏡をきらりと輝かせ、聞かれてもいない内容を熱心に話し始めた。その熱意は買うが、興味のない守屋はうんざりした気分になる。お嬢様の千代子だからこそ、遠い世界にある生と死の世界にここまでの興味をもつのかもしれないが、守屋自身は自分がその死をもたらしめる存在であるわけで。千代子の語り口調はさして現実味のない、くだらないものに思えてならなかった。
(う~ん、相手するのも面倒になってきちゃった。適当に案内して早く帰りたい)
「そういえば、守屋殿はどうしてあのような路地裏にいたのですか?」
 話半分に相槌をうっていたところ、唐突に千代子が質問を投げかけてきた。
「・・・・・・突然なに?」
「いえ、警官殿の見回りにしてはあのような路地裏にいるのはどうにも不自然な気がして。千代子の第六感がビンビンに反応しているのでございます!」
「ありもしないものを偉そうに自慢しないでよ」
「では、乙女のカンというもので!」
「もっとないでしょ・・・・・・ただの仕事だよ」
 そういいつつも指先はつい外套を引き寄せてしまう。藍色の布地で見えにくいとはいえ、この少女に気づかれる可能性がないわけではない。第六感だか乙女のカンだか知らないが、守屋の違和感に気づいていることは確かなのだ。
「仕事でございますか! となるとやはり闇取引の証拠を押さえに? それとも好敵手の殺し屋と血で血を争う対決でございますか?」
「うん、本の読みすぎ」
 現実は自分のほうが殺し屋で依頼された人物を暗殺しただけなのだが、そちらのほうが空想小説のように聞こえてしまうのはなぜだろうか。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったものだ。
 そろそろ返答するのも面倒になってきた。着慣れない軍服の息苦しさも相まって、守屋の苛立ちは募るばかりだ。
「守屋殿、守屋殿」
「今度はなに」
「人は殺しましたか?」
 千代子の食べていた飴玉が、がり、と音を立てて砕ける。その音が、守屋には妙に響いて聞こえた。
 さきほどとまったく同じ口調で、同じ声色で、千代子が問いかけてきた。その話ぶりは質問というより、確定された事項を確認するような口調だった。
「なんで、」
 そんなことを聞くの。そう続けるよりも早く、千代子の唇が言葉を紡ぐ。
「私が路地裏に迷い込んだとき、複数の足音が聞こえておりました。ドスドスと大股で歩くような足音と、革靴をはいた足音でございます。幾度かの怒号と低いうめき声とともに大柄な方の足音はぱったりと途絶え、そのあたりをたどっていったところで守屋殿にお会いしたものですから」
 はりつけた笑みがひきつったような気がした。
「守屋殿、もしかすると貴方は警官ではなく」
 その言葉を聞き終える前に、少女の体を思いきり壁に押し付けた。
「ッ」
「もう、君のバカな振りが上手すぎて油断しちゃった」
 とっさの衝撃に少女が目を瞬かせる。抵抗させる前に鞘ごとサーベルを首筋に押し付け、わずかに抜いてみせた。白い首筋に反り返った白銀の刃が鈍い光を放つ。瓶底眼鏡の奥にある瞳が大きく見開かれた。
「君は僕をどこまで知ってるの? 僕の何を知りたいの? 君の目的はなに?」
「私は、そんなのじゃ」
「質問に答えて。じゃないと、うっかり君を殺しちゃうから」
 ぐっと鞘を首元に押し付ける。わざと足を浮かせるように体を持ち上げれば、呼吸を制限された少女の顔が苦痛に歪んだ。
「どのようにお答えしても、私を殺すおつもりなのでしょう?」
 少女は吐き捨てるようにいった。
「そうだね。君が僕の正体に気づいちゃったから」
「・・・・・・かまいませんよ」
「ふうん?」
 思わず眉をあげる。丸みを帯びた少女の手が、サーベルの刃に触れた。そして千代子はそのまま側面に顔を寄せ、刃の流れにそって頬ずりをしてみせる。薄く白い肌は今にも切れてしまいそうだというのに。
 その拍子に瓶底眼鏡がずれ、少女の顔があらわになった。
「――――――」
 びっしりと生えたまつげの隙間からのぞく瞳と目が合う。
 薄く弧を描いた唇から、甘く煮詰めた蜜飴の香りがした。
「かまいませんよ、このまま殺されても」
(―――ああ、黒い)
底の見えない眼差しに、ぞくりと鳥肌が立つ。
「君は、気が狂ってるの?」
「守屋殿がおっしゃるのであればそうなのかもしれません。ですが私とて、ただでこの命を差し上げるわけではありません」
「へえ、僕と取引するつもりなの? なにが目的なのさ」
「・・・・・・」
 顔をのぞくと少女の意識が飛びそうになっていた。呼吸を制限していたことを思い出し、ぱっと首元を緩める。地面に倒れこんだ千代子は激しく咳き込んだ。不足していた空気を補うその首筋に、守屋はサーベルの刃をあてがう。
「聞いてあげる。どうして僕を追いかけてきたのか、それと、君が隠していることすべてを」
 口調だけは優しく、しかし歯向かう素振りを見せればすぐに仕留める、そんな意味合いを込めて守屋は問いかけた。
 千代子は荒い息を整えながら、はだけた胸元を押さえた。 
「道に迷っていたのは本当です。路地裏で守屋殿とお会いしたのも、偶然」
 守屋は無言で言葉を待った。自分が聞きたいのはそんな言葉ではない。

「腹が裂けておりました」
 唐突に、少女の薄い唇が物騒な言葉を口にした。
「私めが学校から帰ったとき、居間の床の上で、両親が互いの腹を刺して絶命しておりました・・・・・・もう二年も前のことです」
 千代子がしずかに息をはく。はいた息にふくむ湿り気でサーベルの側面がわずかに曇った。乱れた髪のひと房が刃に触れ、土埃のつもった煉瓦道の上に落ちていく。
「その日の朝は普段となにもかわりませんでした。数日後にひかえた私の誕生日が話題に出て、『千代子が帰ったら祝いの品を買いに行こう』。そう約束をして、私めはいつもどおり学校へ向かいました。両親も普段と何も変わりなく私を見送り・・・・・・それが、最期の姿となりました」
「君の両親は、本当に互いを刺しあって死んだのかな。例えば、警察の捜査をかく乱させるために自殺に見せかけて殺されたとか」
 守屋は自身の経験に基づいた疑問を投げかけた。詳しい家の事情はわからないが、娘を有名な女学院に通わせるほど財力のある家庭なのだ。今日守屋がこなした依頼のように、少女の両親も誰かに依頼されて殺されたのではないか。そんな考えが守屋の頭をよぎる。
しかし千代子は静かに否定した。
「凶器に使われた包丁には血がべったりとついており、手のひらのあとが残っておりました。互いを刺したのは両親で間違いありません。ですが、私はどうにも納得がいかない。両親は普段から喧嘩もほとんどしない仲睦まじい関係でしたし、何より絶命した二人の顔は・・・・・・笑っておりました」
「笑っていた」
 言葉を反芻(はんすう)する。口に出してみても、言葉の意味は理解できなかった。
「まるでこの世のすべての幸福を味わいきったかのような、いっそ薄気味悪ささえ感じるような、満面の笑みでございました。乾いた血と冷め切った体温の匂いがこびりついた居間の中で、両親はそんなふうに死んでいたのです」
 そこでひと呼吸置くと、少女の瞳がくうと細められた。遠い昔を懐かしむように。
「守屋殿が人を斬ったと気づいたのは、あの日と同じ血の匂いがしたからでございます。道案内でわざわざ裏道を通っているのも、その外套の下を大勢のものに悟られぬためでございましょう?」
「・・・・・・そこまで感づいていながら、どうして自分からばらすような真似をしたの? そのまま気づかないふりをしていれば無事に帰ることもできたのに」
「私と出会った際、守屋殿は人を斬ったあとだというのに笑っておられました。この方に聞けば、もしかしたら両親が笑っていた理由がわかるかもしれない。だからこそカマをかけてみたのでございます。その理由さえわかるのであれば、この里山千代子、自身の命なぞ惜しくはありません」
(馬鹿なことを)
 守屋は内心で吐き捨てるように呟いた。守屋のこの顔は一種の癖のようなもので、彼女が求めている答えとは到底思えない。それなのにこの少女は自分の前に命を投げ出したのだ。自身の身体が死への恐怖に震えていることにも気づかずに。
「守屋殿、どうか、千代子へ最期の手土産をいただけませぬか」
 少女は懇願するように言葉を重ねた。
 対する守屋はじっと少女の姿を見つめ、大げさなため息をついた。
「・・・・・・残念だったね、僕は知らないよ」
「では」
「だけど、君の命を奪う気もない」
「なぜでございますか」
「覚えておいて。自ら投げ出すような安っぽい命なんて、切る価値もないんだよ」
 それだけ伝えると、サーベルを腰の鞘に収めた。早くしないと日が暮れる、目線だけで少女に促し、守屋はそのまま歩き出した。しばらく呆けていた千代子も、離れていく少年の後ろ姿に緩慢な動作で立ち上がる。
 それからは無言で歩き続けた。街の喧騒も遠く、革靴が煉瓦をふみしめる音だけが路地裏の影を深めていた。まるで世界にいるのは自分たちだけのようだ、などと空想小説じみた言葉が浮かんでくる。
「ほら、着いたよ」
 しばらく歩いたところで、守屋はすっと路地の向こうを指し示した。革手袋の指した先には夕方の仕事帰りの職業人たちがごった返す銀座通りがあり、その真向かいに、『芦田書店』と踊るように筆で描かれた巨大な文字が見えた。
「この先を行けば大通り、芦田書店は目と鼻の先。いくら方向音痴の君でも迷いようがないよね」
「よろしいのですか。私を返してしまって」
 いいわけがない。殺し屋であるこの界隈の人間は、自身の正体を知った一般人を生かしておくほど生優しい世界ではない。もしこのことが同業者に知られてしまえば、守屋は違反者として追われる身になるだろう。つまりそれは、守屋の存在がこの世界から消えることを意味している。職業人としても、守屋という個人としても、文字通り抹消されるわけだ。
 それでも守屋は笑みをつくろい、嘘を吐いた。
「女の子一人逃がしたせいで死ぬような殺し屋じゃないからね、僕は」
「左様でございますか」
 虚勢のような嘘を、果たして彼女が見抜いたのかはわからない。ただ、千代子は守屋のとなりに並び、うっすらとまぶたを細めた。
 視線の先には大通りの景色。仕事帰りの勤め人や買い物帰りの主婦がごった返している街道は、路地裏に立つ二人の影をより異質に感じさせた。
「守屋殿、先ほど話したことはどうかお忘れください」
 不意に、千代子の唇から言葉がこぼれた。守屋が視線を向けると、千代子が眼鏡ごしにこちらを見つめてくる。その顔に浮かんでいたのは初めて会ったときのようなおちゃらけた笑顔はない。
「両親が亡くなってから、もう二年でございます。あてどなく手がかりを探して奔走しておりましたが、世間からも親族からも、あの日の記憶が少しずつ忘れられようとしているのです。そしてそれは、私自身も例外ではありません」
「・・・・・・」
「今日、守屋殿とお会いできてよかった。薄らいでいた記憶を思い出すことができましたし、記憶が『薄らいでいた」ということにも気づくことができました。いいかげん私も、折り合いをつけなければならないのかもしれませんね・・・・・・では、もう会うこともありませんでしょうが、お元気で」
 一歩ずつ、ブーツの足音が大通りへと向かっていく。夕焼けに広がる袴の裾が寂しげに揺れていた。
「まちなよ」
 不意に少女を呼び止める。おさげの髪がこちらをふりかえった。
「どうかされましたか? 守屋殿」
「道案内をした上に命まで見逃してあげたんだからさ、なにかお礼とかない? できれば今すぐに欲しいんだけど」
「ええ? 突然そのようなこと言われましても、持ち合わせもなければ守屋殿が大通りに出るわけにもいかないですし」
「じゃあ飴玉、さっき持ってたよね? それでいいからちょうだい」
「飴玉、ですか。そんなのでよければ、いくらでもどうぞ!」
 守屋から急かすように言われ、千代子は懐からいくつかの飴玉を取り出した。そうして守屋のもとへと運んでくる。
 一瞬、守屋の笑みがさらに深まった。
「今あるのはこれだけですが、本当にこれでよろし・・・・・・んう!?」
 唇に柔らかいものが当たる。固まった少女の手から飴玉がこぼれた。懐紙に包まれたそれは無残に煉瓦の道に転がっていくのを視界のすみで捉える。
「・・・・・・っ、ぃ!?」
 がり、と肉の切れる感触。それから、じわりとにじみ出る鉄の味。
 鉄の味をたっぷり味わった守屋が唇をはなすと、夕焼けに負けないくらい顔を赤くした千代子が呆然と座り込んだ。ずり落ちた瓶底眼鏡の奥から濡れた黒い瞳が睨んでくる。 強い眼差しに、守屋は内心ほうと息を吐いた。
「痛ぁ、いきなりなにをするのですか」
「いいじゃない別に。僕が見逃した命なんだから僕の好きなようにしてもいいでしょ?」
「それは、絶対、ちがいます! そ、それに今、口に」
「うん、口付けだね。西洋風に言うならキス、だっけ?」
「わざわざ言わなくても結構です!!」
 さきほどまで飄々としてた千代子が慌てふためく姿に思わず吹き出しそうになる。その姿をひとしきり眺めたあと、守屋はしてやったりという表情を浮かべながら話し始めた。
「両親のこと、別に諦めなくたっていいじゃない」
「え?」
 守屋が再び千代子に手を伸ばす。一瞬身構えた千代子だったが、その手は先ほどのように強引に引き寄せるものではなく、切れた唇にふれた。革手袋の上に赤い玉が浮かぶ。
「君がグダグダくだらないことを言ってるからつい噛み付いてやりたくなったんだ。君は君が納得できるまで謎を追い続ければいい。そうすれば、いつかなにかをつかめるかもしれないよ?」
 指先に付着した血を自分の口に寄せる。ぺろりと舌先で舐めてみれば、やはりそれは鉄の味がした。ただ、染み付いた冷たい血と違ってまだ温かく、どこか甘味さえ感じられた。
「で、ですが、私は」
「うん、それ以上言い訳するつもりなら、また噛みついていい?」
「失礼します!」
「ふふ、またね」
 とうとうこらえきれなくなった少女は雑踏の中へ走っていった。派手に転んだのか、短い悲鳴とどよめきが夕方の銀座通りをふるわせた。
 守屋は背後でそれを聞きながら、ゆっくりと路地裏の道を戻っていった。さきほど少女が落としていった蜜色の飴を拾い、そのうちの一つを口に含む。とたん顔をしかめた。やはり守屋の舌には甘すぎるようだ。
「さっき食べた時は美味しく感じたんだけどなあ」
 なにげなく呟いた一言に、思わず吹き出しそうになる。自分がこんなに誰かに執着するとは驚きだ。気づけばいままでの疲れなど吹き飛んでいた。
(よし、帰ったら事件について調べてみないとね・・・・・・もらった分に見合うくらいの情報は返してあげないと)
 にんまりと歪んだ笑みを浮かべながら、守屋は静かに闇の方へと消えていく。その笑顔は不気味というより、なにか新しいおもちゃを見つけた子供のようにわくわくした表情をしていた。
 路地裏を染めていく夕焼けは移りゆく町並みの影を色濃く残し、やがて薄明かりの夜を引き連れてきた。





《 笑う門には謎来たる 》





【 あとがき 】
初めましての方は初めまして、白乙と申します。
今回のテーマは『恋愛』ということだったのですが、普段あまりメインに書かないジャンルだったのでだいぶ苦戦しました。お題文が『死』だったり『世界から消える』というものだったのでテーマと絡めて組み込むにはあまりに殺伐としすぎてしまい・・・・・・;
最終的に少女漫画でよくある『壁ドン(?)』『突然のキス』『メガネとったら可愛い』的な要素を取り入れて少しでも恋愛っぽくしてみたので多少は甘くなっている、といいなあ・・・・・・(顔をそらしつつ)
少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
では、読んでいただきありがとうございました!


【 その他私信 】
おつかれさまです。
よろしくお願いします(*^o^*)


白乙
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