Mistery Circle

2017-07

《 離郷 》 - 2012.07.19 Thu

《 離郷 》

 著者:辻マリ







肉の体を得る前に教えてもらったことがひとつ
曰く、酔うというのは、体が夢をみること、なのだと
どうすれば酔えるか尋ねると、何に酔いたいかにもよると返ってきた
何に酔うか
お前は何に酔うと更に尋ねる
俺も色々さと返ってくる
色々とはなんだ
酒に酔う日もあれば勝利に酔うことも、祭りの空気に酔えば女の体に酔う宵も有る、敗北の涙や心痛む悲しみにも酔える奴だって居る
人というものはずいぶん調子がいいのだなと吐き棄てた
そんなに悪いもんじゃないさと返し、そいつは俺にその肉の体を明け渡した




俺は一体、どういう存在なのだろうか
姿かたちは人と同じだ
人から体をもらったのだからそれは当然といえば当然なのだが
肉の体を得てからまだほんの一月程度
洞窟の奥にある祠は真昼にならないと光が差し込むことが無い
真昼のほんの一時だけ、祠の真上にある穴から日の光が差してきて、それが祠の天窓から床板のごく一部分だけを照らし出す
光に照らされない部分はずっと湿っぽく、以前はわからなかったのだけれど何か不快な匂いがする
尋ねてくるものは居た
肉の体を得たその晩に、棒の先に火をともした人が幾人か祠にやってきた
そいつらは俺の名を尋ね、俺が正直に答えて返すと血相を変えて祠を出て行った
それから、祠に昼の光が十回差した
恐らく昼なのだろうと思うけれど、光が差さない昼が二十回有った
昼と夜が一回ずつを三十回過ぎれば一月なのだというのは、肉の体を持っていた人が話していたのを覚えている
此処が洞窟の中にある祠なのだということは、自分の足で外に出て自分の目で確かめた
出て行こうと思えばいつでも出て行ける
洞窟の入り口にも、祠の入り口にも、何の縛りも封印も無い
けれども出て行って何をしたいということがあるわけでなし
幸い肉の体はあるけれども腹が空く事も眠たくなることも無い
だから考えられるだけ考えて、俺はとりあえず気が向くまでは祠の中にいることにした
この祠には誰もやってこない
面倒ごとは誰も来ない限りはやってこない
あれ、でも
この肉の体の前の持ち主はどうして此処にやってきて
どうして俺にこの体を明け渡すことになったのだったっけか
おかしい
これまで考えたことも無かったのだけれど、俺は肉の体を得る前はどうしていたのだったか
改めて考えてみると何も思い出せない
思い出せるのはこの体の前の持ち主が祠に現れてから交わした言葉のいくつか程度
その交わした言葉もどこから始まったのかがわからない
そもそも体を得る前、というのはどういうことなのか
俺は肉の体を持たない、すなわち触れることのできない何かだったのだろうか
思い出せない
そういえば名前も思い出せない
名前がついていたのかすら思い出せない
俺はそこで初めて、困った、と思った
どうして困ったのかまではわからなかった




困った、と思ってから昼と夜が二回過ぎた
昼の光がもうそろそろ差し込んでくる頃だろうかと思っていたら、洞窟の外に何かが近づいてくる気配がした
洞窟の周りには森が広がっているが、近づいてくる気配は森の中にいる四足の生き物とは違うと感じる
二つの足でゆっくりこちらに近づいてくる
これは人だ
何人かの人だ
思わず寝転がっていたのを起き上がり、祠の入り口をじっと見据える
昼だからか松明は持っていないようだ
祠の入り口がゆっくりきしみながら動いて、人が一人、祠の中に放り込まれるようにして入ってきたのが見えた
「おい」
声を掛けると、祠の外に居る何人かは何か声を上げて、祠の入り口を荒く閉め洞窟の外へと走っていった
後には、放り込まれた一人が、祠の入り口近くに転がっている
息をしている音が聞こえるから死んではいないのだろうけれども、妙だと思った
俺の持つ肉の体とはずいぶん形の違う人間だ
何か袋を背中にくくりつけている
「おい」
声を掛けると、人間はもじもじと動き出す
そこでようやく俺はその人間が体の自由が利かないのだとわかった
腕と足を縛られ、顔にも目隠しと口に何か咥えさせられている
これは解いたほうが良いのではないか
まずは指で何とかなりそうな目隠しからはずした
人間の顔が露わになる
差し込んできた昼の光がわずかにほほの端を照らし、その人間が金色の瞳をしているのがわかった
金色の瞳が俺を見る
体を起こしてやると、途端におとなしくなった
次に、口に咥えさせられている縄をはずす
はずしてやると、人間はほう、と大きく息をついた
「ああ苦しかった。ありがとうお兄さん」
金色の瞳の人間が喋ったのは、それが最初だった
その声を聞いた途端、頭の中にこの体の前の持ち主の言葉がよみがえる
女の体に酔う宵もある
ああそうかこれが女というものか
俺の体よりずいぶん小さな人間は、女だった





人間というものは、目の前に居るものが自分と同じ形をしていると言う認識を得られるだけで多少なりとも安心感を抱くものだと話していたのは、俺のこの肉の体を持っていた人間だった
それは何もそっくりそのまま鏡に映したような同じものでなくても良いのだそうだ
五体満足で目がふたつ鼻がひとつ耳がふたつ口がひとつ
その程度が共通していれば良いのだそうだ
「そうとも限らないよ」
と言うのは隣に居る人間である
「あともういくつか条件がある」
それはなんだろうか
「自分よりもそれが見るからに弱そうであること、少なくとも言葉は通じるだろうということ、丸腰であること」
曰く、自分より力が強そうな相手を目の前にするとどうしても緊張する
言葉が通じない、同じ言葉を話していないだろう相手を前にすると困惑する
武器を持った相手を目の前に安心感を抱く人間は居ない
だそうだ
それなら今、俺の目の前に居るこの人間の女は緊張しているのだろうか
「少なくとも見た目五体満足で言葉は通じるから、今すぐ目の前から走って逃げようとは思ってないね」
後の条件はどうなのか
「あんたはどう見ても私より力が強そうで、おまけに武器も持っているから、多少は警戒しているさ」
武器と言うのは、何となく手から離せないでいるこれの事だろうか
俺は左の手に握られたままの物を見る
女の体を起こして縄を外す間以外、何となく掴んだままで居るそれは、刀なのだとぼんやりわかる
分かると言うよりは、この体の前の持ち主がそれについて知っていたのだろうことが伝わってきているのかもしれない
正直俺はこれの使い方がさっぱりわからなかった
武器と言うからには使いようによっては目の前の人間の女を殺す事も出来るのかもしれない
出来るのだろうか
というか、どうやれば人間は殺せるのだろうか
わからない事だらけだ
手の中の武器を見つめながら考えていると、女が隣で妙な気は起こさないでくれよと笑った
妙な気とはなんだろうか
起きたり寝たりするものなのか
人間はわからないことばかりだった




人間の女としばらく過ごしてわかったことがある
人間は腹が減る
人間は眠らないといけない
女は持たされた包みの中の物をいくらか食べて、しばらくしてから隣で寝そべった
なにをするんだと訊くと、寝るのさと返ってきた
「お兄さんは眠くならないのかい?」
逆にそう訊かれた
眠くならないのかと言われても、眠くなるという感覚がわからない
何を眠いのだと感じるのか
素直に返すと、女は本当に面白いねえと笑って、少ししたら静かになった
今は息をする音だけが聞こえてくる
息をしているのだから生きているのは確かだ
どうして人間は眠るのだろうか
女がまだ目を開けたら訊いてみようと思う
それはそうとして、話し相手が隣にいるのに話せないのは少し退屈だ
女が来るまでは退屈など思いもしなかったのに、今俺は退屈という感覚を理解できている
だんだんと俺は人に近づいているのかもしれない
人に近づいていけばいつかは女と同じように腹をすかし、眠ることを覚え、この体の前の持ち主が言っていた言葉の意味を身をもってわかることができるのだろうか
今はまだわからない事ばかりだが、俺は別段困ってはいなかった





女は手持ちの食料がなくなると外に出たいと言い出した
別にかまわないと言うと驚いた様子だった
なぜ驚くのか逆に訊き返したくらいだ
「あんた、もしかして私がなんで此処に連れてこられたかわかってないのかい?」
そう言われた
・・・そういえばどうしてこの女は祠に来たのだろうか
聞いた事が無かったから今の今まで特に考えようとも思っていなかった
わからないと答えると、おかしいと思ったよと女は大きく息を吐き出して眉間に皺を寄せる
「私は、生贄なのさ」
生贄?
「生贄の意味もわからないのかい?」
そうだな、わからない
この体の前の持ち主はそんな言葉は教えてくれなかった
恐らく俺は女の目の前で間の抜けた顔になっているのだろう
女は何か考え込んでいる様子で小さく首を横に振る
どうしたと尋ねると、何を言って良いのかすらわからないと返ってきた
そのまま女はしばらく沈黙し、俺は何か不味い事でも口走ったのかと考え始めた頃になってようやく顔を上げ、
「一緒に外に出てみないかい?」
と切り出してきた





祠の外に出るのは二度目だ
相変わらず洞窟の外は木々が生い茂り、近くに人の気配は無い
「外に出られないわけじゃなかったのに、どうしてずっとあそこにいたのかね、あんたは?」
女が不思議そうな顔をして俺の顔を覗き込んでくる
どうしてと言われても、何と無くとしか答えられない
何せ体を得る前は、自分が何をどう考えて過ごしていたのかすら曖昧になってきている
本当に、こうなる前の俺は一体どうやって日々を過ごし、何を考えていたのだろうか
「いい天気だね」
女が言う
顔を上げると、いつもは真昼の時間祠の天井から見えるだけだった光が、すぐ其処にあった
洞窟の外なら、いつでもこうやって光を見ることができるのか尋ねると、雨の日もあれば夜もくるのだと教えられた
「ところで、それも持っていくのかい?」
言われてふと、ずっと持ったままの刀も持って出てきたことを思い出す
手放すと言う考えは端から頭に無かったし、あれば何かと使えるのではないだろうかと返すと、それもそうかと頷かれた
「使い方はわかってるよね?」
使い方?
どうだっただろうか
首をかしげると女に何故かにらまれた
そういえばこの刀は白木の鞘に入っているのだ
ぼんやりとそんな記憶だけがふと浮かんでくる
鞘から引き抜く動作は、この体が覚えていてくれたのか、何と無くだがわかった
ただ今はそれを使うときでは無いように思う
使うべきときがくれば使えばいい
その程度に考えて、俺はまた女と足並みをそろえ森の中を歩き出した
「それにしても、暑いねえ」
女がため息をついてそんな事を言った
「洞窟の中はあんなに涼しかったのに、まるで地獄の釜で煮られてるみたいだよ」
そんなに暑いのか
残念なことに俺にはその暑さは理解できなかった
女は俺を見て目を細め、二度と忘れられない夏になりそうだよと声を上げて笑った






森の出口近くまで来たところで、女は妙に足取りが重くなった
どうかしたかと訊くと、
「ほら、一応私は生贄だからさ、簡単に戻るのは色々都合が悪いんだ」
生贄と言うのは人前に出てはいけないのだろうか
ならほかの道を行くかと尋ねると、森の外に行くにはどうしても女の居た村を通らないといけないと言われた
村の周囲には畑が有るから、物陰に隠れて移動しても誰かには見つかるようになっている
「どうしようかね…」
難しい顔でううんと考え込んでいる女に、俺はだったらこうしたらどうかと、今思いついたばかりの村を抜ける方法を話した
「…仕方ないねぇ…」
女に思い切り睨まれたが、ため息交じりに結局は賛同してもらう
人間と言う物は色々とややこしい事情があるようだ
女が持ち出してきた荷物の中から、眠るときに使うらしい広い布を出して、その中に女を座らせる
布の四方を集めて女を包み込んで四方の端を結ぶと、大きな包みが出来上がった
それが破れてしまわないかどうか少し気にはなったが、小さな村を通る道を移動する間だけなのだから問題は無いだろうと踏む
苦しいかと訊くと、良いからさっさと済ませておくれと、腹立たしそうな声が包みの中から聞こえて来た
布が裂けないように底の部分から肩に担ぐようにして、のんびりと村の中を歩いていく
畑仕事をする村人だろう人影がいくつか見えたが、こちらに話しかけてくることは無い
包みの中からは流石に苦しいのか何度かため息が聞こえた
やがて村を通り過ぎ、出発した森よりは小さな茂みまで辿り着いてから、俺は肩の包みをゆっくりと下ろす
結びをほどいて包みを開けると、ぐったりとした様子の女が手足を投げだし、草の上に座り込んだ
「ああもう、二度とごめんだよこんなの!」
何処か痛かったかと訊くとどこもかしこもだと言って、女は手元の落ち葉を掴んで投げて来る
軽い落ち葉は俺の足もとまで届くことも無く、その場でひらひら風に流れて行った
何でこんな目にと悪態をつくから、お前が村の人間に見られるのは困ると言ったんだろうと返すと、女はしばらく黙って、そうだったね、とうなだれる
会いたい誰かでもいたのだろうか
訊いてみると
「…良いよ、もう」
と暗い声が返って来た







そこからまた少しばかり歩いて、隣の集落で食べ物を手に入れた
女は俺の顔を覗き込んで、此処からどうするのか尋ねて来る
今から帰れば夜には洞窟まで戻れるとは思うが、女の生まれた村をもう一度通らないといけない
そう返すと、女は
「じゃあ、このまま行きつくところまで行ってみる?」
と言いだした
この先の道をずっと歩いて、気の向くまま何処までも歩くのだと言う
それはそれで興味が有るのだけれども、と考えていると
「ああ、それとも森に戻らなきゃいけなかったりするかい?」
聞き返されたので、いや別に、と返す
森の外自体がそもそも俺にとっては未知の世界だったし、この先も知らない場所ばかりなのは間違いない
だがこの女はどうなのだろう
俺と一緒にこのまま行動することに問題は無いのだろうか
尋ねてみると
「今更だよ」
と女は笑った
なら、何処か行ってみたい場所は有るのかと訊いてみる
俺には目指す場所などないから、この女が言う場所に一緒に進んでいくのも良いだろうと思えた
「…海を、見てみたいかな」
海?
それは俺も見た事が無かった
記憶には海と言う言葉の概念は有るけれども、それがどんなものなのかと言う感覚は無い
それではまず、海を目指そうと、俺たちは更に先へと進むことにした
どれくらいで海にたどり着くのかもわからない
だから取り敢えず、眠る前に食べたいものは有るかとまた女に尋ねる
「そうだねえ…」
女は前を向いて進みながら考え始めた






「それで、どうなったんだい?」
小さなカウンターしかないその店で、スキンヘッドの店主はその夜一人だけの客が話す与太話に耳を傾けていた
この辺ではあまり見ない顔の客だった
背が高く整った顔をしていて、昼間街を歩けばたいていの女は振り向くだろう色男だ
そんな男がこんな小さな店で、さほど酔った様子も無いのになんだか不思議な話を聞かせてくれる
だから店主は収入が少々苦しくてもこのバーを経営していると言っても過言では無かった
男は空になったグラスを揺らして微かに笑う
「二人は海の見える家で幸せに暮らしましたとさ、が良いか?」
「どうだろうなあ…」
男の言葉に店主は一つ謎が有るぞと返す
「人間じゃないんだろうな、とは思うんだが、結局男の正体はなんだったんだ?」
好奇心からの店主の質問に、男は笑って答えようとはしなかった
「次の一杯を注文しても良いか?」
話をそらす男に、追及することも無いかと自己完結し、店主は何が良いか彼に尋ねる
「ミルクをくれ。ストレートで」
注文に、彼はカクテル用のミルクをグラスに注ぐ
男はミルクを受け取ってそれを見つめ
「…俺の親父は不思議な奴でな」
何やら話し始めた
「酒も煙草も飲まないどころか、俺は一回も、親父が飯を食ってる所を見た事が無いんだ」
「へえ?」
だが惹かれる内容だったので、店主は続きを促す
「ただ牛乳だけ飲めるんだ。それだけは、よく飲んで、実家の冷蔵庫にはいつでも牛乳のでかい瓶が入ってた」
そう言えば男の顔は日本人のようでそうでないような、不思議な顔立ちだった
「海の見える家で、家族みんな毎日牛乳飲んで、それなりに幸せで、今でも幸せなんだろうと思う」
「実家、帰ってないのかい?」
「そのうち、帰ろうかな」
ぽつりぽつり店主の言葉に応える男は、それからしばらくミルク一杯で居座っていた





《 離郷 了 》





【 あとがき 】
お久しぶりの方も、はじめましての方も
またしても書かせていただきました
日本一梅雨が長引く地域にて、なんとか元気にやっています
不思議なキャラが出て来る話が好きです


辻マリ
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