Mistery Circle

2017-07

《 廃レ姫・心霊先生と秘密の恋バナ 》 - 2012.07.20 Fri


 著者:ココット固いの助







【第一夜・camerae obscurae】


一同からの突き刺さるような視線を背中に感じながら私たち二人はリビングを飛び出した。

束の間そんな遠い昔の記憶が私の頭を過る。 

けれどここは私が生まれ育ったあの御屋敷ではない。

ここは東北自動車道から脇道にそれた場所に立つ人里離れた周りを杉林に囲まれた小高い丘の上に立つ廃墟。

私の手を引いてリビングから私を連れ出そうとしている女性も母ではなかった。

ジャンヌダルクと呼ばれる彼女。

夕凪。

本名は知らない。

彼女の華奢な外見からは想像もつかない強い力で掴まれた私の手首の先が暗闇で何かを掴もうと喘ぐ。

その痛みに私は戸惑う。

身長158センチの私より少し背が高い。

私は自然と彼女の横顔を斜めから仰り見上げるようにしてよろめきながら扉の外へ出る。

「明日香さん」

彼女が私の名前を呼んだ。

「後ろ向かないでね…目が合っても触れられても駄目だから」

肉感的な唇が耳元で囁く声を私は聞いた。

右下にある黶は男好きがする彼女の特徴と言えるかもしれない。

彼女クォーターだろうか?

髪は毛筆の掠れなき墨色。

強い意思を秘めたかのようなやや太めのきりりとしたア-チを描く天使眉と鳶色の瞳。

鼻筋はまるで西洋の彫刻のようで羨ましい。

扉の向こうで暗闇の中に沸き追いすがる白いオ-ブの渦に煙るのは翠黛白面の粧と言った趣か。

いい年して厨じみた妄想をいだかせる。

そんな私には霊感や霊体験らしきものなんて微塵もなかった。

しかし彼女は妄想どころか霊すらも呼び寄せかねない器を持った依り代としてどちらとも言える実に凛々しい顔立ちをしていた。

化粧っけはない。一見地味だが1つ1つのパ-ツが目近で見ると恐ろしく整って調和という言葉がまず私の頭に浮かぶのだ。

首に巻きついた黒いチョ-カ-はまさか本物のタトゥーじゃないよね?

一瞬目を閉じたままの父の白い顔が頭に浮かんで消えた。

彼女の趣味なのか…白い骸骨の手首の髪どめは普段からつけているのだろうか?

どこで買ったんだろう?

流行ってるのかな?

夕凪さんてまだあまり話とかしてないけどカタチから入る人みたいだ。

狭い視界の中で目に映る世界。

打ち捨てられ忘れ去られた長い年月を経た廃屋の内部は生物の死骸というよりも私には乾燥した脱け殻のように思えた。

外皮が剥げて剥き出しの神経や血管のなごりを思わせるスプリングだけになったソファーやベッド。

錆びる事もなく埃に煤けた真鍮のノブが握手を求める亡者たちの手に見える。

割れた窓硝子。

雨風に侵食され黒黴に覆われた壁や床。

溶けて腐り果てた新聞や雑誌が奇妙な紋様となって張り付いたリノリウム。

歩く度に胞子のように闇に白く浮遊する埃の帯。

朽ち果てうっかりすれば踏み抜きそうな床や、梁が露出した天井。空を見つめたままの人形たちや住人が誰も居なくなった後も暫くは人知れず時を刻み続けていたであろう柱時計。

生前の主の趣味を窺わせる暗室と割れて床に散乱した硝子の破片と額縁。

二階の軋む階段を登った先にある小さなベッドの残骸が2つ並んだ子供部屋。瓦礫の回廊。

とうに役目を終え閉鎖され今にも雫が垂れて来そうな旧道の煉瓦トンネル。

そんな場所を彼女と共に隈無く歩いた。

それが真夜中の深い時間を見こしての私たちの仕事だった。

彼女の声の低さと落ち着いた物腰に私は随分心救われる思いがしたものだ。

彼女の持つ調和やシンメトリーが与える大いなる安心。

それは恐怖で途切れそうな私の理性の糸を繋ぐものであった。

本来の彼女自身というのが外見の印象とは随分違っている事に人は驚くだろう。

方向感覚すら見失いかねない、こんな夜半の人も近づかない歪な空間にあって私には彼女の存在は大いなる安心をもたらすコンバスや羅針盤を思わせる。

実際そうしたわけではないけれど私はいつも彼女の服の端を摘まんで歩いているようなものだった。

率直に言って彼女は可愛いのだ。

いや寧ろ美人と言った方がより正しいのだろう。

もはや少女と言える年齢ではないにせよ彼女の本職がグラビアアイドルと説明されたら誰もが納得するだろう。

あだ花。そう私たちは廃屋に咲いたあだ花なのだ。

私の職業も彼女と同じグラビアアイドルだった。

今私たちがいるのは携帯端末が圏外になり磁石が狂うような秘境ではない。ここにだって何年か何十年か前は人が暮らしていたのだ。

しかしアラ-ムや着信音がふいに鳴り出せば何もかもが台無しになるので電源は切ってある。

液晶の画面がその夜一番の暗さに思えた。

ここが人の暮らしや世の中のあらゆるルールや理から隔絶されたある意味圏外の地帯なら私たちも崖縁からとうに転がり落ちた圏外のアイドルなのだろう。

でなきゃこんな仕事自分からすすんで引き受けたりはしない。

ふと諦めにも似たそんなシニカルな言葉が私の心に翳りを落とす。折々様々な異なる濃淡の暗闇がそこかしこに吹き溜まり溢れていた。

ぼんやりと光りが灯る場所に私は救いを求めるように目を向ける。

それは私にとって心安らぐさいわいの灯りだった。

いつか教育番組で見た名も知らぬ宗教画には聖人の姿が中央に描かれその周囲には敬い手を合わせたり膝まづく人々の姿があった。

彼はまるで修道院の天井や礼拝のための洞窟の壁画から抜け出した聖人そのもののように人々の輪の中心にいた。

彼を取り囲む人々は気心の知れた撮影クル-で手には照明機材や集音のためのガンマイクを手にしていた。

撮影は録音機材のトラブルとかでロケは中断したままだった。

「柏ノ森先生にこの部屋の事報告しといた方がいいわね」

照明や機材をチェックしているスタッフに囲まれ談笑している輪の中心にいる中年の紳士が彼女の言う柏ノ森先生だ。

世間では心霊先生の愛称で親しまれている有名な心霊研究家でありテレビでもたまに見かけるタレントさんでもある。

私たちは先生が水先案内人をつとめるセル用の心霊スポット探索ビデオの撮影にアシスタントとして呼ばれていたのだ。

「よくテレビの特番なんかで機材のトラブルで照明が落ちたりするのって本当にある事なんですか?」

「まあ半々ってとこかな…半分はやらせだろうね」

現場に向かうロケ車の中で柏ノ森先生先生は私の素人まるだしの質問にも静かに丁寧に答えてくれた。

カメラが回っていない時の先生は私が子供の時にテレビで見ていたような口泡を飛ばして霊の存在を力説したり自らが収集した怪異に纏わる話を語る鬼気迫る様子とは随分違って見えた。

オフの時の先生は上品なグレーの髪の学者さんといった風情の優しい中年男性だった。

テレビで見るよりずっとハンサムで隣に座っている夕凪さんとどこかしら似た雰囲気がある。

2人が親子だと言っても知らない人は多分信じてしまうだろう。
もしくは年の離れた愛人や恋人同士でも。

そんな話を冗談まじりに夕凪さんにしてみたら「私ジャニ系が好きなの」「おじさんに興味はない」とあっさり否定された。

以前事務所の先輩の役者さんが出演しているからと社長に連れ行ってもらったマクベスのリヤ王。

主役のリヤ王は前髪を後ろに撫で付けそれ以外の髪を肩の先まで降ろし芝居の冒頭でいきなり観客の前に姿を現しマントを翻しすぐに舞台の袖に消えた。

シェイクスピアなんてよく知らないけれど私はその姿や物腰に釘付けになったものだ。

「これから何が始まるのだろう」と胸が高鳴った。

先生にもそんな雰囲気があった。

それよりもリヤ王よりも彼は幼い日に別れた私の父親にどことなく面影が似ていた。

父親が普段好んでいた整髪料とは多分違う。

けれど話しているとどこか懐かしい気もちになる。

初めて会った人とは思えないのは「いつもテレビで見ているからなんだろうな」と私は自分で自分を納得させた。

「音声…そう…不可解な声が後で録音されていました、というのも実はないね。後からスタッフの声を足したりだとか…私の番組ではそういう事はしない。私や夕凪君なら音を拾ってるはずなんだ。だから「今声しましたよね?」「ああ聞こえたね」というのはありだけどね」

「夕凪さんも、ですか」

私の横で口を開けて気持ち良さそうに眠っている彼女を見て私は言った。

先生の言葉では彼女にも霊感らしきものが備わっている、らしい。

「よだれ…綺麗な顔が台無し」

バックからハンカチを出して彼女の口元を拭いた。

「明日香君は関西の出身なんだね」

「わかりますか?」

「イントネーションでね」

「子供の頃に京都におりました」

「私は奈良県柏森の明日香村の出身でね。君の言葉の訛りの名残や名前を聞いて少し懐かしい気がしたよ」

「確か母の実家がそちら方面と聞きました」

私の明日香という名前は母の生まれ故郷から父親がつけてくれたと聞いた。
柏ノ森先生の本名は柏森国臣。

タレント活動や執筆活動をする的は柏ノ森という姓を使っている。その字面の方が印象に残るからというのが理由らしい。

柏森国臣という名前はいかにも古風で先生の風貌に合った名前だと私は思う。

「これも何かのご縁かな。私も故郷を離れてからもう30年以上になるがやはり郷里に由がある人に会うのは嬉しいものだよ」

そう言って先生は私に優しげに微笑みかけた。

「やはりこの人は父に似ている」

そんな事を思いながら私は先生の言葉に頷きながら耳を傾けていた。

先生は思いの他饒舌で多分とても機嫌も良くて。

少年時代を過ごした奈良県の田舎の話や大学時代建築家を目指して東京の工科系の大学に進学した話など凡そ先生本来の仕事とは関係ないプライベートな話まで私に聞かせてくれた。

「大学を卒業して工業デザインを手掛ける会社に就職してね…たまたまラジオ局に勤める知り合いに頼まれてラジオに出演する機会があって…それがきっかけで放送作家やタレントの仕事も兼ねるようになっていたんだ。その時「何か面白い話はないかと言われてした幽霊の体験談が思いの他好評でね…こんな話退屈かな?」

「いえ」

「そんな事ありません」と私は首をふる。自分でも思いもよらず強い口調になってしまい私は気恥ずかしくなり下を向く。

「元々物作りが好きな性分だったんだろうね」

私の父は一族が大株主である地元有数の地方銀行の役職に就いていた。

「1人でデザインに向き合う仕事も気にいってはいたが、こうして気心が知れたスタッフと番組やビデオ作品を作るのも魅力的だ…私は多分幸運なのだろうね」

父の生家は京都にある名家の1つで別にあくせく仕事をしなくても良いだけの蓄えは御先祖様がしてくれてあった。

父は大学時代から歴史に興味があり地元で名の知れた郷土史の研究家で休日の大半は古い文字が書かれた文献と向き合っていた。

「明日香さんはいいとこのお嬢さんみたいな雰囲気があるね」

「いいとこの子はグラビアで水着の仕事なんてしてないと思いますよ」

いいとこのお嬢さん。ほんとうのお金持ち。

先生の言葉につい私はそんな言葉を返してしまう。

「そうかな。今時なんじゃないかと思ってね」

「水無瀬さんとこのお家は私どもとは違ってほんまのお金持ちですから」

一代や二代で商売を当てた成金ではなく気が遠くなるくらい昔からの本当のお金持ちの家。

私の生家では子供の時は使用人も家人も「みなせのいえ」と屋号を敬うように呼んでいた。

当時漢字の読み書きも出来なかった私でさえも大人たちの口調や胡蝶蘭がそこかしこに惜し気なく飾られた【みなせの家】は他所とは違う特別なおうちなのだと感じていた。

「水無瀬さんとこのお家は私どもとは違ってほんまのお金持ちですから」

同じように面接に来ていた女の子の母親にふいにかけられた言葉。

そう、あれは私立の小学校に入学するための面接試験に両親と一緒に出かけた時の事だ。

緊張を強いられる面接から解放された私たち親子。

父親も含め一族の人間は皆この学校に通い義務教育から大学進学までを目指すのが習わしだった。

父親は今は理事長をしている当時の校長に呼び止められて私と母とは離れた場所で暫く談笑していた。

父を待つ間に私たち母娘の目の前に現れてふいにかけられた言葉。

言葉は風みたいなものだと私は思う。

受け流すにしろ受けとめるにせよ。

共鳴する相手の感情で波紋は変わるものだ。

私は当時不穏という言葉さえ知らず母の顔を見て戸惑っていた。

理事長との会話を終えた父が私たちの前にゆっくり歩いて来るのを見て婦人というには少し若いように見える女性は自分が連れている子供の手を引いた。

すれ違い様に涼やかな顔で父に声をかけ軽く会釈をしてその場を去った。

女の顔は今では思い出せない。

まるで中世の時代の絵画のように着ている洋服や髪は上品に思えた。

一方で私の母親も贅沢品を身につけているという点では負けていなかった。

けれどそれは素人の拵えた余り布を寄せ集めたパッチワークやキュ-ビズムのようでどこかに哀しみがあった。

多分そういう事なんだろう。

あの女の人が母親に投げつけた言葉の意味は。

「あの女誰?喜代孝の知り合い?」

帰りの車の後部席に腰をおろした母は噛みつくようにタバコをくわえると隣に子供の私がいるのも一切構わず気忙しくライターで火を着けて紫煙を吐き出した。

白い外車の天井に煙が立ち込めるのを家の運転手がミラー越しに見ている。

助手席に座った父がベルトの金具を留めながら遠慮がちに口を開く。

「家の古くからの知り合いのお嬢で親戚の勧めで昔お見合いした事がある」

「お見合い!」

母が煙にむせて突然大袈裟な咳をする。

何が可笑しいのかわからないが途端に甲高い声で笑い出した。

「まあでも母が気に入らなくてね」

「断ったんだ!?それで私に今頃突っかけて来たって訳!?」

「あちらの顔もあるから向こうからって事でね。彼女も昔からの知り合いでね。まあ…この辺りではみんな身内みたいなもんさ」

「あまり気にしないで」

そんな風にいつも穏やかな口調で父は母の気性が起こす癇癪をおさめようとするのだが母はもうそんな事は「どうでもいい」とでも言いたげに細いメンソールのフィルターを指に挟んだまま窓の外を眺めていた。

煙草のにおいはきらい。

私は母の手元から車の絨毯に落ちる白いほこを見て「火事になったらどうしよう」とはらはらしていた。

父は私のために何も言わずに後部席の片側のウィンドウの開けさせてから運転手の藤木さんに「出してくれ」とだけ告げた。

古い煉瓦をふんだんに使った白亜の校舎。

春が近い日の午後の陽射しと長い影。

「まあ可愛い」

「ごきげんよう」

そう言って私たちに声をかけて通り過ぎた上級生のお姉さんたち。

真っ白な制服に蝶々みたいな紫のリボンがついた制服も私はとても気にいっていた。

母親の後ろに隠れるようにしてこちらを見ていた女の子。

あの子とだって私はきっと友だちになれたはずだ。

母が駐車場から遠ざかる学校を眺めながら誰に言うともなく「けったくそ悪い」と呟くのを私と父は黙って聞いていた。

母と違い実家の御屋敷もしばらく通った私立の小学校も私は好きだった。

御屋敷の敷地内にある私たちの家は絵画が趣味だった祖父のアトリエを改装したもので新婚だった父と母のために祖母が改装してくれたらしい。

私が生まれた後も私は両親とそこで暮らしていた。

新婚であった両親への気遣いのための仮住まいにしてはあまりに立派な佇まいの瀟洒な家。私はそこで暮らす事にも満足していた。

祖母が買ってくれた外国製の手触りのいい木の玩具やお人形。

座ると音楽が鳴る私だけの特別な赤い椅子もテラスの大きな窓から射し込む日差しも母が庭に植えた季節の可愛いらしい花々も目を閉じれば今でも鮮明に思い出す事が出来た。

いつも私は家の玄関を出て母のささやかな庭の花に挨拶してから蘭の香りが玄関から立ち込める御城のような大きな立派な黒い瓦屋根が整然と並ぶ大きな平屋の祖母のいる本宅へと向かった。

広い御屋敷の庭には庭園や錦鯉を離した池があり、それぞれ世話をする人がいた。

「おかしん食べや」

屋敷の中の使用人も寄り道する度私にお菓子をくれたり皆親しげに接してくれた。

私にはもらった口に合わない菓子を一つ一つ捨てながら祖母の暮らす母屋に向かう。

私を迎える記憶の中の祖母はいつも着物姿だった。

祖母は自分の母親から受け継いだ藍大島を大切に着ていた。

祖母の着る物の多くは母親から貰い受けた物で祖母の母は自分の母親から。

「藍のいいものは褪せてもいい塩梅になる」

そう常々口にしていた。

屋敷の中では地味な一つ紋を身につけている事が多い祖母であったが織物に関する嗜好や知識は伝統的な京友禅に始まり多岐に及んでいたようだ。

「壁紙や襖にまで反物の生地が織り込まれていた?」

私は先生の言葉に頷いた。

部屋毎に襖を開けると格子模様や日本の伝統的な幾何、森羅万花鳥風月象があしらわれた景色が私を出迎えた。

「ランプにも京和傘の骨組みでそこにも反物の端切れが使われていた気がします。ちょっとした今風の旅館みたいで見飽きはしませんでしたよ」

「それはまた」

傍らで深い溜め息を聞いた。

「豪奢という言い方は失礼か、雅やかというか…私の実家の母などは電話機に謎のレ-スカバーをかけたりするぐらいでして」

私は先生の言葉に思わず笑ってしまった。

「おばさんア-トですね。私の祖母のも根は同じなんじゃないかと思います」

「いやしかし余程腕のいい経師屋でないと失敗は許されないですし…壁の質や湿度も考えませんと」

先生は唸る。

私がした何気ない昔話に思いの他先生が興味を持ってくれた事がな
ぜか私には嬉しく思えた。

「明日香さんのお父様のご実家は一体何坪程あったのでしょう。いや、下世話な話ではなく高価な反物を調度品に使用するとなると、『どれくらいの織物が必要か』と私みたいな庶民は考えてしまうわけです」

先生の建築デザイナーとしての興味は尽きないようだ。

当時家の敷地や坪面積や塀の高さがどれくらいかなんて私は考えるような年齢ではなかった。

そんな事に気がいく年齢になる前に私たちあの家を出た。

あの御屋敷は私が生まれる前からずっとそうだったのだ。

「蔵が必要なほど祖母が反物を集めていたわけではないんです」

身の回りの事は自分でする祖母の私室に立ち入る事を許されていたのは孫の私だけだった。実子である父親や父の弟である叔父でさえ

「女の部屋に気軽に立ち入るもんではありません」と中に入ろうとする度たしなめられていたという。

簡素な祖母の部屋には古木で組まれた不思議な梯子か機械のように見える物体が壁際に置かれていた。

それは祖母が若い頃から大切にしている胡桃材の機織り機であった。

普段折り畳まれている時は短い梯子のようでそれは祖母の手で不思議な図形のように部屋の面積を占めるように展開する。

私はそれを初めて見た時にあんぐりと口を開けて「それはなにですの?」と祖母に聞いた。

「おべべを織る機械です」

祖母の鼻の頭に皺を寄せた笑顔。

誰憚る事なく、どこか座りの良い温かなあかい日溜まりの場所に足を投げ出すようにくずした相好はやはり私の頭を撫でてくれた父の笑顔に似ていた。

祖母の私室は京都でも指折りの名家であった水無瀬の家長の部屋にしたら随分簡素な造りであった。

娘の時から使っている踏み机にベッド機織り機を置けかなり手狭にも感じるところだが隅々まで掃除や整理が行き届いていた。

壁もにも調度品にも凝った装飾は何もなく備え付けの本棚には機織りや染織の専門書や古い文献が整然と並べられまるで職人の部屋を思わせた。

部屋は祖母の性格そのままに無駄なものが何一つなかった。

「むつかしそうなご本ばかりやねえ」

私が祖母の蔵書を見てそう言うと祖母の目線は本棚を泳いで一冊の本の前で止まる。

【紬の里】

それだけが専門書ではなくフィクションと呼ばれるものだった。

「あんたが今読むような本はないけど大きくなったらここにあるものは何でも好きに使ってかめへんよ」

私がなぜその本の題名を覚えているのかといえば祖母が私の名前に「ツムギ」という言葉を使いたかったからだと聞かされたからだ。

ツムギか祖母の名前の凉江から一文字とって万凉…いわれは詳しく知らないが水無瀬の家に生まれた女子には凉の文字が好んで使われた。
けれど私の名前は明日香。

母親が生まれた場所に因んでつけられた。

母がそれを望んだから。その時両親と祖母の間に何かしら感情の軋轢があったのかどうか私には知るよしもない事だった。

私は今でもその本を読んではいない。いつか読もうと思ってはいるが。

私は【紬の里】という言葉とともに生まれ育ったあの御屋敷と祖母の笑顔を思いだす。

「あの人は染め物を習い始めた頃に若い職人と家を捨てかけおちした事があってな」

古くからいる使用人か父の軽口だったか。

私はそんな祖母の話を耳にした記憶がある。

祖母は結局親や親族に諭され水無瀬の家に戻り婿を迎えて家督を継いだ。女系の婿とりの時代が暫く続いたが祖母はこの家で男子を二人産み育てた。

それは私の生まれるずっと前の話でもうその話を祖母に直接聞く事は出来ない。

簡素な祖母の部屋には生前祖父が書いた若い頃の肖像が小さな額縁の中で微笑みを浮かべていた。

凛とした佇まいは今のままで若い時の祖母は美しかった事が伺える。

いつも髪をあげた祖母は相応に年老いて鳥類、それも鷹や鷲などの猛禽類を思わせる風貌をしていた。

元来の気性が穏やかなもの言いや所作とは裏腹に瞳の奥の光に宿っていた。

家に仕える者でなく親族や身内でも祖母の前では緊張し弛みを見せる事はなかった。

「男の子のはすぐに悪戯しますからなあ…それで私のお部屋には入れませんでした」

「あんたは女の子だからよろしいわ」

そう言って桐の箪笥を開けて私に見せてくれた反物たち。

その時私は鮮やかな虹の色彩が部屋中に広がり染めていくのをいつもおどろきや溜め息とともに見まもっていた。

「きれいやねえ」

私にはその言葉以外思いつかなかった。

「あんたにもわかりますか」

祖母はうれしそうに微笑むとブティックめぐりをした後の女の子たちみたいに部屋中に反物や帯を広げてみせた。

「これは米沢…ほんでこっちが上田に郡上に塩沢柄もみんな違うてて綺麗やろ?同じ紬でも手触りも着心地も違うんよ…触ってみて」

箪笥の肥やしではなくて祖母が長年かけて織り込んだ着物や反物は手入れが行き届いていて嫌なショウノウなどの匂いはなく午後の穏やかな日射しの中で微かに乾いた草木の匂いがした。

それが私の記憶の中にある祖母の薫りだった。

そして花。

花弁が蝶に似た白い生花で祖母は屋敷を飾った。

「幸運が舞って来てそこにとどまるという縁起のいい花なんよ」

祖母の部屋にいつも飾られていた一輪挿しはその花とは違っていた。私はその花の名前も花言葉も知らない。

私たちが昔暮らしていたその御屋敷祖母が織りつむぐ紬の家だった。

家長として使用人の世話をやき二人の男の子を育てた。

戦後財閥が解体される前に一族が所有していた地元の銀行の祖母は今でも筆頭株主だ。

土地の縁だけでなく地元内外の有力者との繋がりも深い水無瀬の家。

若い頃から続けた多くの手習い事が花を散らし実を結び年老いて様々な流派の師範や顧問として人々が集う席に招かれる事の多い祖母は常に多忙であった。

そんな中で祖母は自分だけの空いた時間を機織りや染め物に費やした。どんな思いがそこにあったのかは祖母にしかわからない。

私に祖母が見せてくれた反物たち。

衣紋掛けやベッドや床を埋めつくした布地の帯は金糸やラメが入った綾錦や西陣のような派手さはないが祖母が愛した風合いだった。

「それが気に入りましたか?あんたはやっぱり私の血を引いてるみたいやね」

私が数ある反物から手にした反物を見て祖母が目を細めた。

「それは与那国の花織り」

「柄もあんたにおうてるみたいやし私がそれで可愛い付け下げこしらえましょうか…あんた着物着てみたいですか?」

祖母の言葉に私は一も二もなく頷いた。「こんな可愛らし布がお洋服(着物だが)になるなんて」

私は胸をときめかせ祖母の言葉に何度も何度も頷いた。

すると祖母は普段私にも見せないような悪戯するような笑みを顔に浮かべた。

草履を履くなら玄関で揃える事を覚えな格好がつきません」

それは私がそうならないようにと私の母に対する祖母の皮肉だったのか。

私は水無瀬の家の女がそうするように祖母の口ききでお花やお茶といった様々な習い事に行かされる事になった。

私が通っていた保育園や幼稚園でも早くからメソッドとか取り入れていてピアノや英会話など習い事はやらされていたのだが。

私の日常はさらに窮屈なお勉強や習い事で埋めつくされた。

「そんな小さいうちから詰め込んで!あんたからお義母さんに一言言うて」

そんな不満を夫に漏らしながらも母は祖母のいる本宅には近づこうとはしなかった。

母は習い事や塾はおろか運転免許も持っていなかった。

母との関係は幼い頃から希薄だった。

母は身に着ける物から化粧まで水無瀬の家にはそぐわない女だった。
奈良の田舎で公務員をしていた両親とは昔から「そりが合わない」と話していた。

高校を中退して京都で水商売をしている時に父と出会った。

祇園の舞子さんのように幼い頃から修練が必要な世界ではなくキャバクラやクラブのような店を転々としていたのだという。

家にいる時も幼い私が知らない色街の残り香を私の母は残していた。

あの家の家風に溶け込む術を母は知らなかった。

普段から家にいる事も珍しく私が生まれてからも子育てはベビーシッタ-や祖母任せだったと聞いた。

私は物心つくまで祖母を実の母だと思い込み母の事は「紗香おばさん」と呼んでいたくらいだ。

たまに何の気まぐれか母が私を表に連れ出す事はあっても母は私の手を繋いだりしなかった。

私は人混みではぐれて迷子になるのが怖くて母の長い爪が生えた右手の指先をつまんだ。すると軽く私の手を握り返す。

私たちはそんな母娘だった。

私の家族の一家団欒の思い出は家族揃って見るテレビの歌番組だった。

私は幼い頃から歌や踊りが大好きだった。

特にある女の子のアイドルグループに夢中になった。

まだ読み書きも出来ない頃からテレビに出ている彼女たちの歌やふりを覚え両親の前で歌っていた。

母も歌謡曲や歌番組は好きでよく見ていた。

私が裏おぼえの歌詞やでたらめの適当すぎる英語で歌うのを楽しそうに笑って聞いていた思い出がある。

父は私が歌ったり踊ったりするのを目尻を下げて聞いてくれた。

時々手拍子して母に「あんたリズム感ゼロや!もう止めとき!」と突っ込まれても父は笑顔を浮かべていた。

私が歌う歌のサビを母が一緒に口ずさむ事もあった。

「紗香さん上手に歌うなあ」

私がそんな風に言うと。

「せやろ。あんたやっぱり私の子や私に似てあんたも歌が上手やし!」

そう言ってオモチャのマイクを持った私の首を抱きしめた。

祖母の着物の匂いとは違う少しきつめのフレグランスの香りに鼻がむずむずしたのと押しつけられた胸のやわらかさと温かみを私は今でも覚えている。

書斎に込もって古書市で買いつけた書物を眺めている父親を私は頻繁に訪ねた。

父はかけていたメガネを机に置くと「新曲か?」と私に言うのだ。私が頷くとにんまり笑って。

「ママより先に聞かせてくれ」

と私に向かって手招きした。

私はそんな時間が何より好きだった。

私のオシメンは京都府出身の愛菜ちゃんでグループの中で一番可愛くて私と同じ言葉で話すのでとにかく大好きだった。

愛菜ちゃんが単独で出ている番組は必ずチェックして見るようにしていた。

見慣れた夕方ロ-カル番組のスタジオに愛菜ちゃんはゲストとして招かれていた。

国民的アイドルグループの一員で地元出身のスターである彼女の幼い頃の写真やアイドルを目指して通ったアクタ-ズスク-ルを訪ねる映像が画面に流れていた。

私と同い年位の女の子たちに囲まれて握手したり質問に答えたりする愛菜ちゃんを見て私は彼女たちが心底羨ましかった。

「私もここに入って歌やダンスの練習がしたい」

「ここに入ったかて愛菜はおらんで。たまたま番組で来ただけやから」

「お茶やお花なんて全部やめてここに通う!」

「それは、ちょっと困るなあ」

両親は祖母の事を思い浮かべたのか互いに顔を見合せた。

「通えへんのやったら全部やめたるわ」

「この性格、誰に似たんやろ」

「俺と違うで」

「まあええわ将来この子の才能が開花して水無瀬の家からミニスカのアイドルがデビューしたとなればあの人どないな顔しはるか…想像するだけでおもろいわ」

母の動機はいかにも不純だったが父は「他の習い事も勉強もちゃんとするなら」という約束で私がアクタ-ズに通う事を許してくれた。

「でもお祖母ちゃんにはこそりとも言うたらあかん」

そう釘を刺すのも忘れなかった。

アクタ-ズスク-ルに通うのは週2回。

毎日3~4時間のレッスンはかなり本格的で発声やダンスのレッスンはいつも声の出し方や踊りの動き基礎はそこで覚えた。

あっという間だった。

両親にそこに通わせてもらえた事は今も私あらゆる意味での私の原点だ。

ある日祖母と本宅の廊下で出くわした時ふいに。

「あんた、なんでもアフタースク-ルとかのお稽古始めたらしいな」

といきなり言われ私はとっさに頷いた。

「お歌とか踊りとか」

私は恐る恐る祖母に打ち明けた。

「そうか。放課後の部活みたいなものが最近は幼稚園でもあるんやな」

祖母は唇に人差し指を当て考えこむような仕草をした後に「まあ、おきばり」そう言って私の頭を撫でると表に用向きがある様子で玄関の方へと歩いて行ってしまった。

水無瀬の家の人間はどこに行っても知らず知らずのうちに人目をひくという事なのだろうか。

「まあこの辺りのもんはみんな身内みたいなもんだから」

父の言葉があらためて実証されたかたちとなった。

私はきつすぎる帯留めに締め上げらる毎日を送っていたがそれなりに充実していた。

上達して誉められる喜びもこの頃から他の子供より多く知っていた。

けれどそんな水無瀬の家での日常はある日突然終わりを迎えた。

私は水無瀬の御屋敷で暮らす事を疑問に感じた事などそれまで一度もなかった。

祖母も父も使用人の人たちも私を少々気位の高いお姫様として可愛がってくれていた。

毎日のお稽古事は確かに大変であったが新しいエチュードが弾けるようになったりスク-ル時代の愛菜ちゃんの話が聞けたり。

新しく覚えたステップ両親の前で披露したり。

私には帰る度に伝えたい事や話したい人々が待つ大好きな家だった。

いつもの日常。

花束みたいにお土産話を抱えて帰宅した私の手を掴んで母は突然水無瀬の家を飛び出した。

以来あの家には一度も帰ってはいない。

あの日リビングのドアを開けると普段は揃う事はない母と祖母と父そしてお正月なんかに顔を見せる親戚の人たちの顔がリビングにあった。

一斉に扉を開けた私の顔に視線が注がれた。

いつも会う度お小遣いをくれる父の弟の哲士おじさんや祖母の妹である涼子おばちゃん…みな一様に厳しい顔をしてソファーの前で腕を組んだり貧乏揺すりをしていた。

「そやからそういう疑いみたいなもんがあるんやったら病院!病院行けばすぐわかる話やろ!?」

「そんな話が出てくる事自体あかんの違いますか?この水無瀬の家で!だいたい私は最初から反対だったんです!姉さんともあろう人がこんなよりにもよって…ねえ」

「喜代孝君どうなの?そういう事…君わかるだろ?」

「そういう事は女が一番わかってるはずです」

「まあ跡目や相続の問題も後々あるわけやし。やはり病院で検査して一族みんなが納得する結果を見せてもらわな収まりがつかへんな」

「それでなくても紗香さんは使用人からもいい話は聞けません。ここは襟を正してもらって…まあ元々裸みたいな服着て働いてた人やから正す襟言うても」

祖母が今まで私には見せた事のない険しい目で唇を噛んで母を見た。

「叔母さんいくらなんでも」

父が母を気遣い助け船を出す。

「紗香さん」

祖母が母に向かって口を開きかけた時やおら母はソファから立ち上がり部屋を出た。

入り口に立ったいた私の手を鷲掴みにすると今まで見せた事もない力で私の手を引いて部屋を出た。

「ほら見てみい」

「後ろめたい事があるからや」

そんな言葉が私と母の背中にぶつけられた。

母はその日私を連れて水無瀬の家を出た。

「お車のらへんの?」

「もうおうち帰りたい」

そんな私の言葉など一切聞こえていないように私の手を掴み、駅までずんずん歩いた。

母が時々横を向き鼻を啜るような仕草をしていたのは泣いていたからだろうか。

お稽古事や愛菜ちゃんみたいになれるはずの歌と踊りのスク-ルもその日を境に泡みたいに私の前から消えてなくなった。

おばあちゃんも父も親切なお手伝いの人たちも誰も私たちを引き止めたり連れ戻しに来てはくれなかった。

紬の里の祖母の家は今は夢の中にしか出て来ない。

きれいだった織物の壁やランプやおばちゃんが祇園の祭り用に拵えてくれると言ってた着物も。

それは浴衣ではなくて大きな神輿に乗って市内を練り歩くための特別な着物だった。

祖母が機を織り紡ぎいだ家。

錦の帯や紋がある池の魚でさえも彼女の作品であったかのように今は思える。

知らずに幼い足で飛び降りた石の段差は百年千年の歴史があるものだった。

幼い私には母が家を飛び出した理由がまったく理解出来なかった。

ただ今思うのは母だけでなく私たち二人はあの家には最初からそぐわない徒花だったのだという事だ。

「今明日香さんが言われていた布地は柄やデザインから言ってジャワ沙羅ではないですかね…その前のは芭蕉布かなあ」

なぜ京都のお金持ちの家に生まれたはずの私が今はグラビアの仕事もないような廃れたアイドルなんてしているのかなんて…先生は聞かないんですね。

きっと先生も色んな苦労もなされて、何よりも優しい人なんだろう。

「着物の柄にもお詳しいんですね」

「一応デザイナーのはしくれですから様々な紋様には興味があります」

先生は私に言うのだ。

「紋様には1つ1つ其所に込められた意味や思いがある」

「歴史ある建築物なら尚更だ」と。

「もっとも私は偉そうに建築家やデザイナーを気どれるほど多くの仕事をこなして来たわけではないですから」

それでも先生の仕事のいくつかは今私が住む東京の街並みの中にあるという。

「渋谷駅の近くの劇場ね。演劇なんかを専門にやる大きな建物」

「私あそこでリヤ王っていうお芝居見ました!あれ先生の設計なんですか!?」

「いやいや滅相もない。劇場の前にある駐車スペースの車止め…あれ私のデザインなんだよね」

先生はばつが悪そうに首を振る。

「誰も見向きもしないんだが東京で少し凝ったデザインが評価されて賞をもらって「これでデザイナーでやってけるかな」…なんて若い頃の話さ」

「すごいです!人の目にたとえ止まらなくても、ずっと残る立派なお仕事です!?私今度渋谷に行って見てみます」

「ありがとう。そんな風に言ってもらえると嬉しいな…山ちゃん!今回のアシスタントさん選びは君いい仕事したね」

助手席のディレクターさんに笑顔で声をかける。

声をかけられたディレクターさんは振り向いて私たちに親指をつき出して見せた。

「まあ…この仕事もあっちの仕事も全然違ってるようでそうでもないんだ」

「建築とは時を刻む時計の振り込むようなものだ」

いつか先生は私にそう教えてくれた。

「建築家は唯一無二の誰も見た事のない斬新なデザインの建築を生み出そうと野心を燃やす。そして行き過ぎたデザインは受け入れられず過去の様式に戻る」

人の考える建築のデザインには常にこの二つしかないと先生は言う。

「そして人が何かの事情で住まなくなった廃墟、これがまたなんとも言えないものなんだ」

荒れ果て自然の雨や風雪にさらされ朽ち果てるまかせるばかりの人工物。

そこから読みとけるものもあるのだと先生は言う。

「だから今アイドルをしている君にとってはこの仕事は些か不本意かもしれないが見方や仕事の仕方で色々変わって来る、事もあるかもしれないね」

「だから腐らず頑張りなさい」

先生は私を励ましてくれた。

「いつか私もこの仕事を辞めたら。自分が余生を過ごす家は自分で吟味した資材を集め設計したいと思っているんだ」

そんな先生の将来の夢を私は聞いた。

「奈良の山奥の田舎で育ったから昔から海辺に家を構えるのが夢でね」

今は多忙なので谷中の小さな一戸建に奥さんと二人で暮らしているらしい。

「恥ずかしながら今も昔も仕事仕事で…見かねた親に見合いをすすめられてねえ。30で結婚した。お見合い結婚だよ」

「長く連れ添ったが今もよくしてくれる…私には過ぎたいい妻だと思うよ」

先生との話は楽しいし感銘を受ける事ばかり。

でも私はその時別に奥さんののろけ話など聞きたいとは思わなかった。

というか世の中の男というのは私のような若い女の子の前では妻の事は良く言わないものだし「上手くいってない」などと色気を見せたがるものだと思っていた。

先生のそんな素振りは微塵も見せないところが少々憎らしく思えた。つねりたい。

今私が先生の二の腕に爪を食い込ませて力いっぱいつねったら先生はどんな顔をするだろう。

「先生がこだわって建てた本当に住みたい家いつか私も見てみたいです」

「終の栖ってやつかな…でも君の生まれた京都の御実家には到底及びもつかない東屋だと思うよ」

私の生まれた家。

母と連れだって出て以来それは記憶の彼方にあり色すらも失いつつある。

これから向かう曰くつきのお化け屋敷とやらと何ら違いはないのだ。

母とあの日乗った新幹線。

母が駅の窓口で思いなおして喫煙席のチケットを買った。

ヤニであちこち黄ばんだ車内に押し込められた私は立ち込める煙で吐きそうになり忽ち気分が悪くなったのを覚えている。

こんな子供に対して簡単な気遣いも出来ないような母親といて幸せになれる道理がなかった。

母が水無瀬の家を出た時周囲の人間たちは誰もが同じ事を思ったはずだ。

私たちがテレビドラマの登場人物ならば「この女の人生はこれから下り坂だ」と。

「大人しく角を隠して時が経つのを待てば良かったものを」

「巻きぞいをくった子供も可哀想にね」

けれど実際は母の人生はドラマの筋書きのようには進まなかった。

母と一時期身を寄せていた奈良の母の実家の事はあまり覚えていない。

ただ私たち母娘は思いもよらぬ手厚い歓迎を受けた。

母は嫁ぎ先から娘を連れて出戻りであったがそれ以前に母の両親は娘に嫌というほど苦労や落胆を味あわせていた。

「あんなたいそうな家に嫁いでよく七年も…嫁に行った日から『今日か明日にも追い出されるんじゃないか』ってねえ」

こちらの祖母は近所の人と噂していたらしい。

母の母である奈良のおばあちゃんは台所から食べきれない量の手作りの料理を運んで来てくれた。

私はそれを少ししか食べなかった。

科学調味料が舌にピリピリして苦手だった。

祖母と一緒にエプロンをつけて台所に立つ母の姿は水無瀬の家では見た事がない光景だった。

祖母は「あんたと一緒に台所に立つのが一生の夢だったんよ」とエプロンの裾で涙を拭いていた。

母が昔からどんだけ悪さばかりして来たかが窺い知る事が出来た。

夜になると母が子供時代から使っている部屋にお布団を敷いてもらった。

布団の固さも外の藪で鳴く蟋蟀や鈴虫の音も気にはならなかったが1つしかない部屋の窓には牢屋みたいに鉄格子が嵌まっていた。

「中2の時に2ヶ月くらい家出して腹がへったから家に帰ったら両親ともすごいニコニコして出迎えてくれてん『ご飯作るから待っててね』って部屋に入ったら外から鍵かけられて窓には逃げれんようにアレが嵌まってた」

母は寝返りをうちながら欠伸を噛み殺し私にそんな話をしてくれた。

奈良の祖母の家では朝6時に起きて夜10時に家の明かりが全部落とされる。食事は大概煮物や漬物やおひたし。

「ちょっと用事を思い出した」

と言って出かけたきり母は一月戻って来なかった。

いよいよ捨てられたと思った私はこのままここで祖父母と暮らすか水無瀬の家に戻れないものかと子供心に算段をしていた。

ある日表に出ると庭の痩せた楡の木の影に隠れるように白いワンピの母が立っていた。

手招きをするので愚かな私は母の元にかけ寄った。

「逃げるよ」

母は再び私の手を掴むと祖父母の家から何度目かわからない脱走をした。

京都や奈良に比べると随分ごみごみしたビルが建ち並び空気が悪い。なんかいけすかない場所東京。

そこに私は母が借りた2LDKのマンションで暮らす事になった。小綺麗な、2人で住むには充分な、ちゃんとオ-トロックも完備されたマンションだった。

母は東京で知り合いのつてを頼り銀座とまではいかないもののそこそこ高級なクラブに職を見つけていた。

「ねえ私本当は誰の子供なの?水無瀬のお父さんの子供じゃないから追い出されたんだよね?」

ある日成長した私は思いきって母にそんな質問をぶつけてみた。

私にすればかなり勇気と決断が必要な気持ちで母に問い質した。

「わかんない」

出勤前の母は足の指にマニキュアを塗りながら答えた。

「あんたのお父さんと出会った頃の私やりたガ-ルだったから」

私は歯軋りしながら耳が腐りそうなその言葉を聞いた。

私の母親を一言で表現するなら【くそ女】だ。

母はくそ女には間違いないが容姿だけは飛び抜けていた。

独身と嘘をつけば…いやもしかしたらそうでなくてもサラリーマンの何倍もの高給が稼げるクラブでも余裕で働けた。

幼い頃は綺麗な母親に憧れたりもした。

「お母さんにそっくりやねえ」

と使用人の誰かに言われるのはくすぐったくて嬉しかった。

でもあれは本当は子供にはわからないような遠回しの皮肉だったのかもしれない。

「『あんたの子かどうかわからんよ』って言ってもあんたのお父さんは『それでも』って言ってくれた…それじゃだめ?」

下着姿でマニキュアを塗りながら母は私をちらりと見た。

「あんたはやっぱりあの家の子かもね~私の事見る目があのオバサンにそっくり」

母はすぐに東京の水に慣れ国の言葉もこの頃はすっかりなりを潜めていた。

「疚しい事がないならちゃんと身の証しを立てればいいじゃない」

「身の証しか…あんたそんなに水無瀬の家が恋しい?」

私はその言葉に口をつぐむ。

「じゃあ行けば」

母は多分そんな風に軽く言うだろう。

今の私には母親以外頼る身内がいないのだとその時身に沁みた。

私が母親の元を離れてあの家に戻っても迎え入れてくれるとは正直自分でも思えなかった。

私は母と違い当時の環境にまったく適応出来てはいなかった。

母が住民届けを出した区の公立小学校にも一応通ってみた。

出される給食も、がさつで無神経な同級生たちにも馴染めずすぐ学校にも通わなくなった。

「ごきげんよう…ごきげんようだって!」

「別にお金持ちでもないんでしょ?」

最後に聞いた同級生の言葉。

私はそんな嘲りや笑い声から逃げ出すように教室を飛び出した。

中学を卒業する年齢になる頃洗面台の姿見に映る私は背や手足ばかりがひょろひょろ伸びて真っ白な顔をしたアルビノ。

まるで幽霊だった。

部屋に籠りきりで好きなアイドルの動画ばかり見ていた。

母は仕事の帰り買ったコンビニの弁当や宅配物を取るための金を置いて行った。

母が自分で料理を作らない女であるのが私にはむしろありがたく思えた。

少しでも自分で手間や時間をかけて拵えた物なら箸をつけない事を少なからず不快に思っただろうし諍いの種にもなっただろう。

しかし私と母の間にそんな衝突はまったく起きなかった。

私は好きなものしか口にしないし飲みたい物しか飲まなかった。

東京のマンションに引っ越して半年経った頃に父が訪ねて来た。

父は私を見なり。

「元気にしてたか?」

涙ぐみながら頭を撫でて抱き上げてくれた。

私は冷蔵庫からグラスに麦茶を注いだりソファで向き合う両親のまわりをうろちょろしていたが「お話がすむまであっちの部屋にいて」と母に言われた。

「実家を出る事にした」

父は母にそう確かに言っていた。

「こちらで仕事を見つけようと思うんだ」

「あんたにあの家を出て一体何が残りますの?」

久しぶりに聞く母の国訛りは冷淡なものだった。

「また家族で一緒にな」

そう切り出した父に母が投げ返した言葉は最も冷酷なものだった。

「お父さんとまって…とまっていくんでしょ?」

立ち上がった父の服の裾を掴んで私は帰らないように懇願した。

父は私に力なく笑いかけ頭を撫でた。

先程の母の言葉に父の顔はまだ少し気色ばんでいた。

母はもう父の他に別の相手を見つけている。

そう私の父親に告げたのだ。

母が付き合ってる男の事なんて私は知らない。

会った事もなければ家に来た事もない。

けれど母は父に言ったのだ。

「この子も随分なついている」と。

父が亡くなったという報せを受けたのはそれから七年後の話だ。

父と母の離婚はその時既に成立していたが年齢から考えてもあまり早すぎる死だった。

父は私たちと別れた後も水無瀬の実家には戻らなかったらしい。

東京の何処かにアパートを借りて肉体労働や除染作業員といった、とにかくお金になる仕事を次々かけもちしながら私と母の口座にお金を振り込んでくれていたのだ。

私はそんな話はまるで母から聞かされてはいなかった。

毎日学校にも行かずアルバイトするでもなくパソコンやゲーム機の前に座って1日が暮れて終わる。ただの引きこもりだった。

自撮りした写真を芸能事務所のアイドルオ-デイションに送ったりもした。

しかしよく考えて見れば骨と皮だけの幽霊みたいな女の子が写真審査で落とされるのは至極当たり前の事だったと今にして思う。
私は安全な部屋やベッドの中で夢見ていた。

大きな水無瀬の家の中にあった私と両親の家。

私はいつも大好きな歌を歌っていた。

あの頃にはもう戻れないとわかっていたけれど。

もしも私がアイドル歌集になれたなら。

お父さんは私が歌うのをテレビで見て。

私の事を忘れずにいてくれて。

きっとあの日みたいに喜んでくれるはずだから。

だから私はアイドルになろうと心に決めた。

父がこの世を去ってからますますその思いだけが深く心に残った。

人生の最後の一年間を父は静岡県の須山市で過ごした。

そこにはバブルの時代に婿養子だった祖父が水無瀬の家の資産を増やそうと購入した別荘があった。

水無瀬家には資産を運用して祖父が購入したり建てたそうした物件が各地にあったが今や資産価値は半分以下に下落していた。

家賃がかからないその家に父は1人で住み養護施設の運転手をしていたらしい。

父が亡くなったのは交通事故で原因は父の居眠り運転だった。

運転手が1人しかおらず付近にはコンビニもス-パ-もない僻地にあったために車まで1日に市内と施設を何往復もする仕事で朝も早かった。

早朝は季節を問わず霧が深くスピードを出したトラックしか往来のないような急勾配が続く坂道の一つだった。

一車線の県道で父の車はトラックと正面衝突して大破した。

中学を卒業する年になっていた私は母と駆けつけた市内の病院の霊安室で父の遺体と対面した。

白い布で覆われた父の顔は傷らしい傷もなく白蝋で出来た作り物の人形のように白い顔をしていた。

「お顔だけにして下さい」

傍らにいた看護師さんの言葉も耳に入らなかったのか。

母が左手で口元を覆い摘んだ布の下の父の首には百足の足か蚯蚓腫れのような縫い痕があった。

事故の衝撃で父の首と胴体はちぎれて離れてしまったのだという医師の説明を私は現実とは思えず呆然と聞いていた。

当時の母にはライムンドさんというブラジル人の恋人がいた。

それが父が私と母のマンションを訪ねて来た時に言った「他の好きな人」だとは私には思えない。

ライムンドさんは一言で言えば陽気であたたかな人柄の人である時期から母が頻繁に家に連れて来るようになった。

私がどんなに冷淡で素っ気ない無礼な態度をとろうがお構い無しの笑顔と大きな笑い声で押し返した。

時々顔に唾がかかるくらいに。私や母の誕生日にはお花や大きなケ-キを手に家を訪れるのを忘れなかった。

私の事を気にいって可愛がろうと一生懸命だった。

キッチンの上に置かれたままの冷めたコンビニの弁当を見ていたかと思えば翌日見馴れない食材が詰まった紙袋を抱えて湯を沸かす以外火の気が上がった事など殆んどないキッチンに材料をぶちまけて料理を始めた。

シュラスコ、フュージョン豆の煮たやつ、タピオカとバナナのプリン…サラダはない。

「アスカ!食え!これ食ってブラジルの女はみんな美人ばっかり!」

ほとんど恫喝に近いような大声で急き立てれ私はそれらの食べ物に手を出した。

ライムンドさんの手料理は大雑把で大味だがどれも素朴で食べ始めるとなぜか止まらない。

コンビニの弁当とは違い豆は豆、肉は肉の味がしっかりした。

何より舌がぴりぴりする嫌な感じがしなかった。

「アスカはどれが好き?」

思わぬ量を食べ終えた私の顔をライムンドさんはくりくりした大きな目で覗き込んだ。

「マテ茶」

私は初めて飲んだマテ茶が本当に気に入ったので思わずそう答えた。

「ごめんなさい」

私は慌ててライムンドさんに謝った。

彼は爆笑して「アスカは正直!正直はいい事だよ」と言った。

横で料理を口に運んでいた母は穏やかな笑い顔をしていた。

私の誕生日に彼が私の部屋をノックしたので扉を開けると彼はリボンのかかったとてつもなく大きな箱を抱えていた。

よろめきながら「ハッピースデーアスカ!」満面の笑みだ。

それはいいが額に玉の汗を浮かべている。

「これは一体なんですか?」

私が慌てて聞くと部屋の入り口に荷物を置いて「開けてみて」と片目を瞑る。

それは金色に光る天井旋・シ-リングファンと呼ばれる天井に取り付ける大きなプロペラみたいな旋風機だった。

私はそんなもの欲しいと口にした事は一度もない。

母とライムンドさんがいる時にリビングで洋画を見た時「ちょっといいかも」と思った記憶はある。

ライムンドさんはそれを見ていたのだろうか。

彼は私の部屋にキッチンの椅子を運んで苦労してそれを天井に取り付けた。

くるくる回る金色のプロペラ。

私ははっきり言ってそれをとても気に入った。

「ありがとう」

素直な言葉が口から漏れた。

「アスカの部屋に似合うと思ったんだ」

額の汗を拭いながら白い歯がこぼれる。

「今12月だけどね」

私とライムンドさんは笑った。

私の母は沢山のお金と自分だけ惜しみなく愛してくれる人がいないとだめな女らしい。

父もライムンドさんもそういう人だった。

ライムンドさんは若い頃から日本の工場で働いてお金を貯めた。

それを元手に日本デブラジル料理のお店を成功させ母国ではタクシーの会社やリゾート施設を経営する実業家だった。

いつも日本と母国を行き来していて日本にいるのは1年の内半年位だ。

お金持ちで気前が良くて格式にこだわらない。

母には理想的な相手だったのかもしれない。

父の訃報を聞くまで私も彼と親しくなっていた。

「この人が母と暮らして父親代わりになるのも悪くはないのかも」

そう心の片隅で思い始めたいたのも事実だ。

父が亡くなり病院で父の遺体と対面した。

病院まで車を出してくれたのはライムンドさんだ。

帰宅してから母はソファーにぐったりと力が抜けたように身を投げ出し大声で誰憚る事なく泣いた。

隣にはライムンドさんがずっと母の肩を抱いて彼女の事を慰めていた。

私には水無瀬の家の事も両親の事も未だにわからない事が多い。

「泣きたいのはこっちだ」

と母を一喝してやりたい気持ちになったが一つ言える事は母はこんな人だけど男運だけはすこぶる悪くない。

私は少しだけ父とあまり年が変わらないハンサムで大人の外国人の母の恋人に心惹かれていた。

父が亡くなる数日前に母は父と電話で話をしていた。

用向きは母からで「近々結婚して籍を入れる予定だから養育費はもう必要ない」といった内容だった。

父が遺した最後の言葉。

「俺の子やから」

そう言って父は電話を切った。

だから私はライムンドさんを父親と思う事はしないし彼もそれを理解してくれていたと思う。

そんな彼が好きだった。

私は昔からファザコンでどこか好きな男性には父親の影を求めてしまう。

間もなく母とライムンドさんは結婚した。

母国と日本を行き来していた母の新しい夫は母国の事業を清算し日本で暮らすようになった。

母は私が定時制の高校に通い昼間はアルバイトという生活を始めた頃にライムンドさんの子供を妊娠して翌年双子の男の子と女の子を出産した。

肌の色は私や母と同じ日本人と変わらない。

義理の妹と弟はくりくりした大きな瞳と筆で描いたような睫毛は外国のお土産の人形のようで、ライムンドさんにそっくりだった。

セラとユメ。

私の義理の弟と妹は物心つくと私の名前を覚えて「アスカ!アスカ!」と私の後をついて回り私にとてもなついてくれた。

私に「私は子供が嫌いでない」事を教えてくれた。

「私もいつか二人みたいな子供が欲しい」

そう思わせてくれた。

そんな風に思うようになった時「私はもう子供ではない」と気づいた。

ある夜部屋から出るとリビングには母とライムンドさんとソファで眠る双子たちの姿があった。

ライムンドさんは子供たちをあやすように1人を膝で寝かせ1人を抱き抱え私の知らない母国の歌を子守り歌のように歌っていた。

母も両手を膝に置いて時折頭を撫でながらその歌を口ずさんでいた。

リビングで重なる二人の歌声を聞きながら私は自分の部屋に戻った。

定時制高校は私がろくに通わなかった公立の小中学校の連中以上に馴染めないような気持ち悪いやつばかりだったけど。

昼間始めたレストランのバイトも接客業を選んだ事もその日のうちに後悔したものだ。

それでもそんな中で私が芸能事務所に送った写真の中では一番まともな顔をしていたに違いない。

その時の化粧は母に習った。

私は芸能事務所のオ-ディションに一つだけ受かった。

音楽配信に強い事務所ではなくグラビアアイドルを多く抱える会社だった。

高校を卒業する前に母と暮らしたマンションを出て1人暮らしを始める事になった。

母は私のバイト代からちょいちょい金を引き出してその度大喧嘩になったりしたけど。

父が私のために振り込んでくれていた銀行の通帳を私が出て行く時に手渡してくれた。

「おろした分はあとで必ず振り込むから」

と私に手を合わせた。

母がその後金を振り込んだかどうか。

私はその今もお守り代わりにしていて通帳の金に手をつけていないのでわからない。

出来ればお金なんかじゃなくて、あの日の父親の笑顔にもう一度会いたいと私は思った。


「3年坂に2年坂…京都にはそこで躓くと2年後3年後に不幸になったり死んでしまうって言われる坂って確かにあるよね」

「私は行った事はないですが子供の頃によくそんな話聞きました」

「そっちの方面の絵も欲しいねえ」

先生は子供みたいな笑顔を私に向ける。

「京都はそんな場所や謂ればかりですよ」

父の遺体が安置されている霊安室の前で本当に何年ぶりかで水無瀬の祖母と再会を果たした。

祖母は経年と共に年を重ねて年齢以上に窶れて見えた。

最初は私たちにさえ気づかぬ様子で目の前を通り過ぎ霊安室の中へ
消えた。

懐かしい祖母の着物は水無瀬の家にいる時好んで身につけていた藍の紬だった。代々受け継ぐ価値のある着物には違いない。

しかしそれは本来外出などには用いる事はなく着物の知識に長けた祖母ならば知っていて当然の事だった。

それだけ取り乱していたのだろう。

しかし祖母は人前で私の母のように大声で泣いて見せたりはしなかった。

ただ血の気の失せた息子のうっ血した青紫の唇のあたりに干からびた艶のない指先をあて息子の名前を一言呼んだ。

声は哀れなほど掠れて震えていた。

戸口で母に促され私は祖母と父を二人だけにしておくために廊下に出た。

母が他人に気遣いを見せる姿など私は今まで見た事がなかった。

看護師さんや医師に深々と頭を下げながら部屋を出た祖母の背筋は真っ直ぐ伸びていた。

暮れの大晦日にはたきを持って掃除する女のように見えない襷掛けをしているように私には思えた。

祖母は私に気づくと「大きゅうにならはりましたな」と優しく声をかけてくれた。

「なんぼお母さんと暮らしてる言うても電話ぐらいな…いつでも迎えの車ぐらいな…」

「はい!ありがとうございます…」

それは祖母も意識せぬ口から漏れた空虚な言葉に思えた。

口を閉ざせば担いきれない過酷な現実がお互いの身にのし掛かる。

それを私たちは知っていたからだ。

祖母は廊下の隅っこにいる私の母に歩み寄り何事か小声で話し始めた。

母は時折口元にハンカチを当てて祖母の言葉に頷いていた。

おそらく父の亡骸の今後の処置についての話を祖母は母にしていた。

母が時折祖母に何か言おうとするのを祖母は右手で制していた。

私は遠慮がちに二人に歩み寄る。

祖母が母に言った言葉を今も覚えている。

「あんたは…もっと、ちゃんとせなあきまへんで」

父の遺体の状況と京都までの移動距離を考慮して市内のセレモニーホ-ルで父の葬儀はしめやかに執り行われた。

そこで父は火葬され小さな骨壷に納められ祖母の手に抱かれ郷里の先祖が埋葬されている地に埋められた。

改めて水無瀬の家が檀家の寺院で告別式しきや葬儀は行れたはずだ。

私と母にも勿論連絡はあった。

しかし私と母はきちんと父の葬儀には出席した。

だから京都には行かなかった。

「これからの事もあるしあんただけでも…って向こうさんの話だけど」

私は首を横に振った。

「だよね~今更犬神家みたいな相続争いにダイブさせるほど私も強欲な女じゃないし」

そんな母の軽口にも何だか迫力が足りなかった。

「私はお父さんが残してくれたお金だけで充分だよ!」

「私あの人にはひっどい女だったかも知れないけど、あんたにした事は悪くないって思ってるんだ」

「何それ?図々しい」

「あんたのお父さんに『もうお金はいらない』って言ったら、あの人こう言ってた『これはお前の嫌いな水無瀬の金じゃない。俺が働いた金だ』って「お金はお金じゃない!私みんな好きよ」って言ったらあの人絶句してたけどね」

そんな母は今も時々私にフォト展付のメールを送って寄越す。

仕事を辞めて久しい母は昔ほど派手好みなお姉ファッションではなくなった。

目尻にもそこそこ皺が目立つ。

そこら辺を突っ込でやりたくなるが。

「それがどうした」

家族に囲まれた母の顔は今にもそう言いたげに見えた。

祖母は水無瀬の家に戻った後父の仮葬儀で役に立たない母を小間使いしたのと同じように京都で父を見送り、居並ぶ親戚共に睨みをきかせ跡目争いにケリをつけ。

また自室に戻り亡くなる日まで機織り機に向かっていたのだろうか。

私には祖母の想いを想像する事しか出来ない。

「3年坂で躓いて『あと3年しか生きられぬ』と嘆き悲しむ老人に誰かが言ったそうです『ではあと10回転んだらいい。寿命が10年のびるから』」

「それは・・いい話を聞きました」

ロケは2泊3日の強行軍でその間に心霊スポットを夜間に4つと昔からその土地にある伝説や昔話に出て来る神社や史跡を昼間に3箇所回る予定になっていた。

今日はその初日。

怪異と名のつくものなは民間伝承にも詳しい先生なら知っていて当然の私の話にも先生は優しく相づちを打ってくれる。

そんな先生の事が私は出会ってからずっと好きだった。

今私の隣には肩を預け眠りたい背中がそこにあるのを感じていた。

人は誰でも躓いて坂道を下る。

私の父も母も祖母も私のいる華やかな世界の女の子たちも皆坂を下り消えて行くさだめだ。

私はアイドルになりたくて芸能事務所に入った。

「最初はグラビアの仕事から」

言われた通りグラビアの仕事をしながらオ-ディションも山ほど受けた。

しかし一つも受からないまま時間だけが流れた。

テレビで歌ったりしているあまり可愛くない女の子たちを見る度「私の方が歌だってダンスだって上手いのに」とテレビの画面を拳で殴りたくなる。

「君素材はいいんだからもう少し笑顔…恋人に見せるように出来ないかな?」

普段絶対出来ないような体が悲鳴をあげるようなポーズとかわざとらしい笑顔とかみんな嘘だ。

2次元とか3次元とか人は言うけどあんなしみ一つないアニメ絵みたいな女がいるはずかない。

「明日香ちゃんももうティーンじゃないんだし・・もう少し大人っぽい見せかたとか展開をしていかないといけないと思うんだ」

「私こんな水着着れません」

現場でそんな事を言ったら半年間仕事が来なかった。

ようやくマネージャーが持って来たたのがこの心霊スポット巡りのビデオのロケの仕事だった。

人は誰かが人生の絶頂だと思える場所から躓いて坂を下るのを見て大概は不幸の烙印を押したがる。

けれど私の知る人たちは祖母も母も父も坂を下りながらけして不幸ではなかった。

何より今それを私自身が強く感じていた。

深夜の県道を走る。

深い闇にライトを灯し着かず離れず距離を保ちながら走る2台のロケ車。

窓の外に流れる景色は気持ち悪いぐらい整然と並んだ路肩に植林された杉林。

道の先には普段ならけして訪れる事のない死者が棲み潜むと巷で噂の廃墟が私たちを待っている。

それでも私は車の照らすハイビ-ムの先に今までとは違う明日や未来や希望が待っている。

そんな気がしてならなかった。

私の隣でにこやかに微笑む彼を私は心霊先生と呼んだ。心霊先生と過ごしたこの夜の時間を私は生涯忘れないだろう。

現場に着いてからの彼はまるで魔法使いのように私を魅了した。

「そろそろ現場近いんで車内の映像撮ります。先生コメント段取り通りよろしくです!」

そして彼女。

心霊界のジャンヌダルくと彼女は世間で後に言われる事になる。

今は大口を開けて車内で思いきりのびをしている。

「八重歯あるんだ」

私は彼女の口の中を見て思った。

「彼女すごいんだよ」

先生が彼女が寝ている時に私にそんな風に話していた。

先生が魔法使いなら彼女は魔法使いの弟子といったところだろうか。

「先生、最初のやつは『軽めだから』って私に言いましたよね!?私もう頭痛いんですけど…」

「君は寝過ぎですよ」

夕凪さんは欠伸を先生は笑いを噛み殺していた。

和やかな空気か現場について一変するのを私は2人の側にいて目の当たりにしたのだった。

私たちを拒むように何時の間にか振り出した雨粒がフロントガラスを叩き狭い林道に入ると杉林の群れは風に身をくねらせ視界を遮ろうとする。

間もなく現場に車が到着する。

魔法使いの時間が始まろうとしていた。

                【了】

「これは私の家じゃない」

廃墟の埃で煤けて消えかけた壁の模様はヒ-スの柄だった。

よく見ると壁紙の至るところところにヒ-スの模様があしらわれている。生前の主の趣味だろうか?

こんな風に屋敷が荒れ果てる前はきっと素敵なお屋敷だったに違いない。

だけど壁紙は単調でおそらくは高価な既製品。

私の住んでいた水無瀬の御屋敷には到底及ばない。

今頃はまだ母の腹から生まれていなければ私はあの家で暮らしていただろうか。

ツムギ?万涼?

いずれにせよ私は母ではなく強い祖母の心の人知れぬ柔らかな場所から生まれたのではないか?

でなければ祖母が私の母を家に迎える道理がなかった。

果たせぬ想いや叶わぬ恋といった。

私は壁に向かい同じ言葉を繰り返す。

「明日香!明日香・・さん」

夕凪さんの声に私ははっとして振り向く。

「大丈夫?」

「大丈夫です!私こういう仕事初めてなんで雰囲気に飲まれそうで…それよりさっき夕凪さんが言ってた「触れられる」ってどういう事なのか私気になります!」

「それはまあ撮影終わったらゆっくり話すわ」

「私もしかしたら触られました?」

「それは大丈夫!私もいるし先生だっているし」

夕凪さんは私を安心させようと笑顔で声のト-ンを上げて見せた。

私はグラビアアイドルだからわかる。

それが作り笑顔なのか本心からわき出た笑顔なのか。

私は夕凪さんの笑顔を見て安心出来た。

その間も夕凪さんは先ほど私たちが開けてしまった彼女の言う当たり部屋の扉を抜け目なく伺っている。

私には幽霊なんてちっとも見えないし過去にも見た経験がない。

今はむしろこんな場所ではそれが幸いしているようにも思えた。

ごとり。

何か重たい花瓶でも転がすような物音が私たちの背後で鳴るのを聞いた。

振り向いたが何もない。

目の前には建物の二階へ続く階段と踊り場に吹き溜まる闇があるだけだ。

「そっちか」

急に夕凪さんの表情が険しいものに変わる。

「大丈夫…ですか?」

「ちょっと腕が重たいかな…これはちょっと経験がない」

「先生を呼んで」

慌てて駆け寄ろうとした私は彼女の顔を見て背筋がぞくりとした。

なぜ彼女は、夕凪さんはこんな状況で…こんなに慈悲深いマリア様みたいな微笑みを浮かべているのだろう。

冗談で私をからかっているなら少したちが悪い気がした。

「機材チェック終了!間もなく撮影始めます!」

入り口で手を振るスタッフさんたちのシルエットが私たちを呼んでいた。





《 廃レ姫・心霊先生と秘密の恋バナ 了 》





【 あとがき 】
すみません・・原稿大変遅くなったわりには・・です。最近何をするにも時間が足りずこのあり様なのであります

【 その他私信 】
腰が限界・・


ココット固いの助
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