Mistery Circle

2017-11

《 私はギムレットに毒薬なんて入れたりはしない 》 - 2012.07.21 Sat


 著者:ココット固いの助







その夜二組目の客が来る頃には彼女のことなどすっかり忘れてしまった。

彼女は、美映子は多分今夜もあの人と一緒にいるのだろう。

私はカウンターに座った妙齢の老紳士と御婦人の前でメニューを開き、薄切りのバケットと鴨のパテが盛り付けられた皿をうやうやしく置いた。

もはや戦後ではない。

不思議な言葉だ。

戦争は遠くない日に確かにあったのに。

戦火の焼け野でうちひしがれていたこの国の人々も顔を上げ揚々と復興の道を歩み始めていた。

今はそんな時代だった。

目の前にある分かりやすい民主主義の豊かさの象徴はテレビや冷蔵庫にマイカーやマイホ-ム。

鼻先にぶらさがった人参だと知りつつも誰もが目先ちらつく豊かさに今更足を止める事は出来ない。

私もそんな時代に生まれ戦争を知らず育った子の1人だ。

私が今働いているこの場所こそが俄に戦後の日本とは思えなかった。

私たちの日常とは比べものにならない外国映画のような世界が天然色で目の前にある。

都心から遠く離れた田舎の港町の外れのこんな山間に。それこそが信じ難い事だった。

日毎六和の花瓶に飾られた生花は毎日が婚礼や葬儀の式のような華やかさで着飾った客を出迎える。

鹿鳴館や西洋の貴族の集うサロンを意識して建てられた煉瓦造りの館。

会員制の倶楽部は舶来の外観同様に赤絨毯が床に敷き詰められ調度品1つ1つにも贅がこらされていた。

何世紀の何様式かなんて無学な私には知るよしもない。

田舎町にそぐわない銕のテラス付きの館の入り口には屋号を記した看板も掲げられてはいなかった。

にもかかわらず駐車場の敷地は都心から訪れた黒塗りの高級外車やハイヤーで毎晩埋まった。

人里離れた場所で顧客相手に秘かに違法で怪しげな性的なサ-ビスを提供していたわけではない。

此処は地元の有力者が趣味嗜好道楽から立ち上げた会員制の美食家倶楽部だ。

「生涯最高の寿司だった」

老紳士の言葉にブランデーの入ったグラスの底にハンケチを添えた婦人が頷いた。

「銀座でもついぞお目にかかれませんわ」

「ご満足頂けて幸いです」

「この年になると肉よりも魚…量はいらないんだ。それと肴に合ういい酒があればいい」

カウンターの奥には洋酒の他に越後の華と呼ばれた銘酒や日本各地の酒がずらりと並んでいた。

「是非機会があればお肉の方も試されて下さい。牛はこちらではなく関西から取り寄せたものですがお刺身でも頂けるほど新鮮でお箸でも容易に切れますので」

「わざわざ関西から?空港も未だ開設されていないのに?」

空港も間もなくこの館の主の交通省への口利きで地元への誘致が議会で可決されるはずだと聞いた。

「精肉ではなくあちらから鉄道を経由して運ばせた子牛を最寄りの牧場で育てたものです。卵も牛乳もデザートもすべて同じ牛や鶏からとれた地物を使用しています。地元の良い物を安全に皆さんに召し上がって頂きたいという主催者の理念です」

どうやらつかえず言えた。

私もこの仕事に大分慣れたようだ。

「同じ牛から作られたデザートですって!?」

「はい、そちらはアイスクリームでお肉を焼く鉄板でフランベして提供しています」

香りの良いオレンジのコアントロのソ-スに小麦粉と卵をといた生地を鉄板で薄くやいたのを折り重ねたアイス添え。

私はそのデザートが好きだった。

「残念!地魚にばかりに些か執着が過ぎましたな!」

「貴方、胃袋は1つしかありませんよ」

婦人は鈴を鳴らすような声で笑う。

「先の楽しみに致しましょう。本当に、長生きはするものですわ」
上品な声で婦人が笑う。

幸せそうにブランデーとウイスキーのグラスを合わせる御夫妻の姿を見て私は誇らし気な気持ちで心が満たされていくのを感じた。

私自身はただの雇われの従業員に過ぎない。

私が働くのは美食を求め遠方から訪れた来客が食事前や食後の余韻の酒を楽しむためのバ-。

そのカウンターで来客のお世話をするのが私の仕事だ。

人は成金趣味の悪趣味や飽食と陰口を言うだろうか。

けれどそれは持たざる者の嫉み妬みというものだ。

此処は掃除も行き届いて大変によい香りがする。

べたべたした故郷の訛りで話す者もいなければひそひそと口に戸をたてられぬ人々の嫌な噂話しも耳にせず済むのが何より幸いだ。

「労咳持ちの女房」

などと呼ばれる事もない。

聞こえて来るのは私と同じ雇われマスターが趣味で流しているレコードのカンツォーネやシャンソンの妙なる調べだけだ。

私が私以外でいられる。

何よりも大切に思う…此処が私の居場所だ。

私は此処で働ける事がたいそうに気に入っていた。

「美映子お嬢さんは今夜も無断欠勤か…この時間だと今夜も遅刻ってていでもなさそうだね」

口髭をたくわえた中年のマスター早川さんはグラスを白ダスタで器用に吹きながら私に言った。

「すみません。あの子には次から連絡入れるように私からちゃんと」

「いいんだよ」

マスターは軽い口調で私に言うのだ。

「こっちは燈子さんがしっかり務めてくれてるから…むしろ酒を売る仕事で自分が酒に飲まれちまう子はねえ…場末の飲み屋ならいざ知らずってね」

それだけ言うと後は好きな曲に合わせハミングを繰り返す。

「まあバンジョ-の君みたいな立派なパトロン見つけたら我々みたいにあくせく働かなくたって、ねえ」

「早川さん!もしかしてこっそり一杯ひっかけました?」

仮にも経営者の御子息である棟方さんの悪口を言うなんて。

何処で何時何時誰が聞いてるかわかったものではない。

私は早川さんの軽口をたしなめずにはいられなかった。

「おっと!噂をすればなんとやらだ!?」

エントラスの方から聞こえてくる耳慣れた甲高い女の笑い声を耳にした途端早川さんはレコードの針を上げ脇にあった舶来の革ジャケツに袖を通した。

素早くカウンターから飛びだすと「燈子さん!後お願いしちゃっていいかな!?」と私に目配せする。

オ-ナ-が東京の一流ホテルのバ-から引き抜いて来た彼の仕草はこんな時もいちいち洗練されていた。

目近で見ると案外童顔。

特に気になるわけでもないが年齢を聞いても教えてくれない。

しかし頼み事をされたら無下に出来ない雰囲気を漂わせていた。「いいですよ。後の片付け私がしておきますから」

「悪いね!しばらくなら駐車場で待ってるけど」

「工藤さんが今日は棚で遅くなるって言ってましたから町まで送ってもらいますわ」

「鉄板焼シェフのおじいちゃんか…あの人案外女に手が早いんで気をつけなよ。それでなくても燈子さんはお客にも従業員にも心捧者が多いんだから」

「私亭主持ちですから」

「そういうとこ!そういう清楚で毅然としたとこが実に罪なんだよ…わかる?」

「わかりません」

惑う私の両手を花束を包むように早川さんは握りしめた。

「いつか独立して東京に店を持ったら燈子さんに是非働いて欲しいなあ…勿論お客様でも構わないんだけど」

「ええ…その節はぜひ」

私は笑いを堪えながら頷いた。

「きっとですよ!」

その時ふいに扉が開いたので早川さんは私から手を素早く離した。

「あら?いいとこだったのにお邪魔しちゃった?」

扉から顔を覗かせた美映子の化粧はいつになく派手派手しいものだった。

早川さんは咳払いして彼女に言った。

「美映子さんさあ…休むなら一応連絡の一つも入れてくれないと…一応僕も責任者なんだからね!」

「はあい」

悪びれる様子もなく欠伸するような声で美映子は言った。

そして私に向かってにこやかに手を振るのだ。

「今早川さんに口説かれて困っていたところなの」

「あら…私にたいそうな説教しておいて姉さんを口説くなんて大したたまだこと…ねえマスター」

いかにも作り物の黒い付け睫の下をすべらかに動く美映子の瞳は女の私から見ても時折ぞくりとさせる色気があった。

学年は1つ下の美映子と私は子供のからの幼な馴染みだ。

小さい頃から彼女は可愛らしくて物怖じしない人懐こい性格であった。今も外見とは裏腹に無邪気で中身はまだ子供。

私より年下で私になついて「姉さん姉さん」と慕って私の後をついて来た。

私は私で彼女を本当の妹みたいに可愛がった。

でも私は姉さんだけど、それでも美映子が時々わからなくなる事があった。

私よりも幼い美映子の瞳が時々わからない。

私の知らない深くて暗い場所を覗いた随分大人のように私には映った。

美映子の実父は漁には欠かせない硝子の浮き玉を作る職人だった。

私の町ではよく見かける網にくるまれた西瓜ぐらいの硝子玉は漁師の家でなくても飾りとしてあちこちに吊るされているのを今も昔もよく見かける。

職人気質で誠実で寡黙な男であったと父に聞いた事がある。

一方母親は漁師が仕事明けに立ち寄る歓楽街の女で今風に言えばいかれぽんちな女だった。

実際そんな言葉で美映子の母親は近所で度々噂話の引き合いに出された。

籍を入れる前に美映子を孕みしばらくは一緒に暮らしたがやがて別の男と家を出た。

「せめて美映ちゃん置いて出ればあの子だって今ごろあんなになってないさ」

幼い美映子を連れて3人目4人目の男の元に転がり込んだが美映子の実父と4人目の土地の漁師以外は誰も思い出せない流れ者や破落戸ばかりだった。

美映子と母親が身を寄せた義父は地元でも評判のいい漁師だったがその男とも長くは続かず最後には娘を置いてどこかの土地へ流れて以来噂話すらも聞かなくなった。

最後の義父の家に戻ろうにも美映子の実父は深酒が元で肝臓を煩い既に他界していた。

「ああいう子はそのうちにいなくなるんだ」

父が私にそう言った事がある。

「ああいう子って?」

「つかなくてもいい嘘をついたり人の物を盗んでばかりいる子の事だよ」

それは美映子の事でもあり美映子の母親の事でもあった。

父も幼い頃から美映子の母親や実父とは顔馴染みの仲だったのだ。

美映子は子供の頃から手癖が悪いと近所でも評判になっていた。

小学校に上がっても学年は一つ下でクラスは別だったが美映子の周りではものがよくなくなる、そんな話を耳にした。

もっとも誰も実際美映子が人様のものに手をつけるところを見た物はいなくて。

それでも美映子の周りには大きくなるに連れ柱に傷を残すようにかんばんしくない噂がついて回った。

父にもらったこづかいの銀貨を握りしめ私はよく近所の駄菓子屋に行った。

私の隣にはいつものように美映子がぴたりとくつっいていた。

私はもらったこづかいで飴を買おうかおはじきを買おうか…それともくじを引こうか大いに頭を悩ませていた。

ふいに淀んだ訛り声がしに顔を上げると店番をしていた老婆が私を叱るような怖い顔で立っていた。

「ちょくら腕さ挙げてみ」

私はきょとんとして老婆の言葉の意味が理解出来なかった。

「あの私」

「ええがら!」

詰問や恫喝ねような口調に私はただ怯えた。

言われるままに両手を挙げて万歳する格好になる。

白いワンピースに包まれた体の上を膝をついた老婆の鶏のモミジのような手がぽんぽんと叩いてまわるのを私はぼんやり悲しい気持ちで眺めていた。

「ふむ」

老婆は自分で勝手にうなすくと「もう行っていい」とばかりにそっぽを向くとはみ出た仕切り棚の菓子を直し始めた。

振り向くと店に美映子の姿はなかった。

「あの子が来るど店の物さよおくなくなる」

そんな老婆の呟きが聞こえた。

「泥棒なんてしたら父にしかられます」

「あんだ、どこの娘だ?」

「北町の吹越美影館」

私は父が営む写真館の娘だった。

小さな港町で唯一の写真館は病院やお役所同様に町でその場所を知らない大人はいなかった。

「徳蔵さんとこの娘っ子か?そりゃ悪い事した」

老婆は大袈裟に自分の額を叩いて見せた。

なんだか急にオイルでも注した車輪のようにしゃきしゃきして土地の子供にもわからない早口の訛りで喋りたおしながら棚から紙箱を1つ下ろすと中からピカピカの包装紙と銀紙に包まれた板チョコを一枚取り出した。

「ええがら」

「こんなの買うお金はない」

という私に老婆は無理矢理スカートのポケットに板チョコをねじ込んだ。

「徳さんには今日の事は内職にな…婆との約束だ」

そう言って私の前で仏様を拝むような格好をして見せた。

私の父徳蔵は普段誰に対しても大声を荒げたりしない。

とても温厚な性格の男として知られていた。

私の家は戦前までは地元の漁師を束ねる網元の家系だったと父に聞いた。

明治に新政府が発足してそれまであった網元や地主の制度は崩壊した。


私の家系は代々この土地で多くの網子を抱える網元の家系であったと聞く。

江戸時代の中期から小作人のように多くの漁師を束ね搾取した利益で農地や水産物の加工にも手を広げ金貸しまでして大きな富を得た。

戦後はGHQの指導により新政府が新たに発足すると港町には漁協が開設され探知機などが漁業に転用されるようになった。

漁師もいよいよ個人事業主となり民主化が進んだ。

私の父方の祖父は網元の裕福な子供時代を経験したが網元制度が崩壊した後も地元の男衆と共に船を駆って沖へ漁に出た。

港一番の漁師であったという。

地元の中学を卒業すると漁師の息子は大概親の後を継いで漁に出る。

顔にきびを残した子供顔が船に乗って沖へ漁に出た。

それまで湾は天然の生須と呼ばれる湾は豊かで近海でも沖でも潤沢な漁場であった。

男たちは早くに稼いだ金を手に丘に降りると羽振りのいい漁師目当ての盛り場にくり出し酒を覚えて大人の男になった。

私の父も自分の父親の背中を追うように学校を早くに下がり漁師になった。

マグロの漁が解禁になる頃はもう教室ではなく定置網延縄漁船の船員として遠洋に出ていた。

漁師になる子供は沖に出るために2~3ヶ月は陸に戻れない。卒業式は免状され証書の名前だけが呼ばれる。

そんな風習が当たり前のようにこの土地には長く続いていた。父もその1人だった。

祖父は漁師の稼業には厳しい男で自分の後を継ぐ息子を自分の船には乗せずあえて過酷な遠洋を巡る他所のマグロ漁船に自分の倅を放り込んだ。

波頭さえ凍りつくような冬の日本海で朝の6時から明け方の4時まで父はシベリア方面から吹きつける風と波の中で働き続けた。

船を降りる時期には「さすがに吹越の倅は性根が違う」と一回り二回り歳かさが上の船員たちが舌を巻いた。

父は丘に降り女や酒が待つ盛り場に行きたかったわけではなかった。

父が稼いだ金は自宅の神棚に置かれ。半分は父親に渡した。

それより何より父が欲しかったのはドイツ製ライカのバルナックだった。

当時誰もが羨む高給取りは大卒の銀行員で初任給は70円だった。

ライカのカメラは420円。

国産で当時はまだ性能も見た目も劣ると言われていた小西六のカメラでさえ40円はした。

高価なカメラを持つ事は大変なステイタスでライカやコンタクックスのカメラなど到底庶民に手が届く代物ではなかった。

ト-ゴ-社のカメラはそれよりもかなり安価で旧制中学校の学生でもこづかいを貯めれば買えた。

小学校の頃から父は写真機に強い憧れを抱いていた。

まだ当時の学校には軍隊上がりの教師もいたがそうではない高野という男の教員は東京の大学を出た教員だった。

カメラが趣味という高野先生は自前のカメラで遠足や修学旅行の写真を自らすすんで撮影して教室の廊下に貼り出したりした。

そんな姿に父は憧れた。いつか自分も先生みたいなカメラが欲しいと思うようになっていた。

地元の曳舟の祭りの夜。

神社の境内に集まった出店の中に骨董屋が質流れの品物を広げているのを父は見つけた。

価値がいかほどなのかわからない壺や狸の置物や腕時計が雑然と並べられた中に一台のカメラが4円の値札がつけられて売られていた。

国産のト-ゴ-のカメラだった。

4円という金額は少年だった父には法外でとても今手の届くものではなかった。

あまりにその場から動けず熱心に見つめる父を見て市の老人は「掘り出し物だよ」と言った。

そう言われても少年だった父は項垂れる他なかった。

黙ってその場を立ち去ろとしたが思い直して父は老人に言った。

「もしも売れなかったら俺それ必ず買いに戻る」

老人は頷いて走り書きした手帳の切れ端を父に渡した。

そこに隣町で古物屋を営んでいる老人の店の住所が書かれていた。

「4円だな」

父はそれを受け取ると祭りのお囃子や出店には一切目もくれず神社を後にした。

それから父親に話をして早朝魚が水揚げされる港で魚を敷き詰めたトロ箱を運んだりする仕事や処理した加工場の清掃の手伝いをする仕事をさせてもらうようになった。

子供が大人の中に混じって早い時期から仕事をするのに規制もなく珍しい時代ではなかった。

港に水揚げのない日には女たちに混じって昆布やや海蘊の選り分けを手伝った。

父親の船の整備や網の補修など駄賃を貰う仕事はいくらでもあった。

戦後の復興と共に景気は右肩上がりで外食産業も盛んになり漁業も盛んになり地元で捕れる海産物には築地に運ばれ高値で取り引きされるようになっていた。

国土は荒れ土地は疲弊したが海は豊かなままだった。

それでも父が4円の金を手にするまでに1年以上の月日が必要だった。

机の引き出しにしまった金と老人が書いてくれた店の住所のメモをポケットに突っ込んで家を出る頃には父は三月後に小学校を卒業を控える年齢になっていた。

隣町に行くためには私鉄を二駅と国鉄に乗り換え一駅電車に乗り継がなければならなかった。

隣町というより隣の市と言った方が正しい。

勿論父は余分電車賃など持ち合わせてはいなかった。

日曜日の早朝に徒歩で家を出てメモの切れ端にあった住所に着いたのは夕方だった。

店があるはずの場所はきれいに土が均された更地になっていた。

商店街の向かいの八百屋のおばさんが父に教えてくれた。

老人は連れ合いを亡くしてから随分長い間1人で古物屋を営んで来た。

けれど年齢も年齢なので独立した息子夫婦が「一緒に住もう」と持ちかけてくれたので半年前に店を処分して別の土地に越したのだと。

隣町で大きな祭りがあると聞き店の品を処分するために出向いたのであろう、とも。

父は住所の書かれた紙を握りしめもと来た道をとぼとぼ帰る他はなかった。

もとより何度も見返してメモなど必要ないくらい番町の名前も数字は暗記していたがすべて徒労に終わった。

それでも父は二週間後には老人が市に出していたト-ゴ-社のカメラと同じ製品を手にしていた。

「小遣いを貯めて買ったカメラに飽きた旧制中学の従兄が買い手を探している」そう父に教えてくれた同級生がいたからだ。

木村忠治という同級生は従兄に「質に流すよりも高値で買ってくれるやつがいたら小遣いをやる」と言われ従兄が飽きたカメラの買い手を探していた。

男子の誰もが忠治の話に興味を持ったが売値を聞いて早々に諦めた。

到底小学生に手がのびる金額ではなかったからだ。

父だけが例外だった。

早速忠治と話はまとまりカメラはその翌週には父のものとなった。

「フィルムは一本サ-ビスで中に入ってる。後は説明書を読んでくれ」

忠治の従兄は家の前でカメラの入った木箱を父に渡すと手渡した札や小銭を素早く数えポケットに押し込んだ。

それから憚るように自宅の玄関を伺い忠治の手に小銭をいくらか握らせると「家のもんには内緒だぞ」とそんな意味の事を耳打ちして立ち去るように促しだ。

父は後ろめたい事は何一つないが何か大人相手に取り引きをしたようで胸が高鳴るのを感じた。

「やったな!」

帰りしな舗装されてないぬかるんだ道を歩きながら忠治が小銭を鳴らしながら父に言った。

父は忠治の言葉に黙って頷いた。

忠治とはそれまで特別親しい間柄ではなかったが「なんて礼を言えばわからねえ」と父は言った。

「サイダーでも奢りたい気分だけんども」

父のポケットは忠治の従兄に有り金全部渡してすっからかんだった。

「充分だ」

忠治は掌で小銭を鳴らしながら父に言った。

「でも一つだけ俺ァお前に頼みてえ願いがあるんだ」

忠治の頼み事とは。

「港で銀幕の映画スターみてえに洋行帰りのマドロスみたいな男らしい写真を俺をモデルにして一枚撮ってもらいてえ」

「ずいぶん注文が多いなあ」

しかも漁師の倅の忠治はどこをどうひっくり返しても粋なマドロスには見えない。

「姉さんのセ-ラ服と爺さんの煙管家から拝借すればなんとか格好もつくとおもうんだ!だから一つ・・な!な!未来のカメラマン!この通りだ!」

「まさか最初の写真が忠治の女装写真になるとは」

「上だけなら立派なマドロスさんだ」

父は笑って快く引き受けた。カメラマンと持ち上げられて悪い気はしなかった。

「日がくれる前に早く行がねば!」

二人は船着き場にある港へと急いだ。

「霧に咽ぶ波止場に霧笛男マドロス港に一人」

歌謡曲の司会みたいな調子で忠治はうっとり目を閉じた。

外国の船など入港しないし霧も出ていない。

いつもの見慣れた日本海の荒れた波と灰色の空があるだけだった。

父は素早くピントを合わせてファインダー越しに忠治を覗き込んだ。

説明書を読まなくてもカメラの扱いは雑誌を読んで熟知していた。

カメラの愛好家のためのカメラ朝日はその当時既に創刊されていたからだ。

ただその時それまでは望んでも得られなかったずっしりとした重さがある。

頬にあてられた鉄の冷たさに人知れず胸が熱くなる気がした。

「生まれて一番男前な顔しろや!」

「おうよ」

父はシャッターにかけた指先に力を込めた。

しかしシャッターは溶接でもされたようにピクリとも動かない。何度試しても同じだった。

「なんだお前ら二人して変態か?」

乾いた投網を肩にのせた漁師の若衆が怪訝な顔で二人の前を通り過ぎた。

「徳蔵サ…どういう事だべか?」

ギターを抱えた忠治は係船柱に片足をのせた滅法男前顔のまま聞いた。

カメラのフィルムはしっかり巻かれたままで。にも関わらずシャッターは小気味良い音を聞かせてはくれなかった。

「故障だべか」

忠治が言った。

「故障品を掴まされた?」

忠治の顔色がみるみる変わるのを父は見ていた。

「お前の従兄の兄さんはそんな事する人なのか?」

父の言葉に忠治は黙った。

「昔から親の見てねえとこでは菓子を横取りしたりずる賢いとこはあった…けんども」

忠治は首を振って苦しそうに「すまねえ」と呟いた。

「身を粉にして働いて貯めた金を…本当にすまねえ」

忠治はこの事を親に話すと父に言った。従兄の父親は忠治の父の実弟だ。

父親を通じて話しをしたら渡した金は従兄から取り戻せる。

それはしごく真っ当な提案に思えた。

「それから」

忠治はポケットから取り出した小銭を父の前に差し出した。

「カメラは俺が持って帰って父ちゃに渡すから…な」

それで堪忍してくれと言う忠治を父はいいやつだと思った。

けれど父は首を横に振った。

一度手に入れたカメラを父はもう二度と手放す気にはなれなかった。

「ボロなら」

「ボロって先生に言いつけるのか?それはちょっと」

忠治は困惑した顔で言った。先生なんかに相談したら大事になると怯えていた。

「ボロならばこのカメラ直せるかもしれねえと俺は思うんだ!」

勿論父は小銭のためとはいえ自分のためにここまでしてくれた忠治の名前を出すつもりは毛頭なかった。

ボロというのは父の通っていた小学校の高野という男性教諭のあだ名だった。

昨年病気療養で休職している先生の代用教員として父の通っていた小学校に赴任して来た。

東京の蒲田生まれの東京育ちで大学も東京の大学の理工学部卒というふれ込みの若い先生だった。

四年生の担任でその他にも算数・理科や図画工作などの授業も受持っていた。

父の学年は高野先生の受持ちではなかった。

たまに廊下などですれ違った時に挨拶する程度だった。

「この学校で皆さんと過ご時間は一年間ですが、宜しくお願いします」

始業式での高野先生の挨拶は簡素なものだった。

都会的な外見というのだろうか。

この辺りの男にはあまり見られない華奢な体に面長で端正な顔立ち。

鼈甲や黒縁ではない細い外国製のフレ-ム眼鏡白い開襟シャツに赤色のカ-ディガンは学校では人目を惹いた。特に女子生徒には人気があったようだ。

しかし平素あまり愛想は今一つで男子生徒の評判は芳しくなかった。

「キザな気取り屋」

「あれ伊達メガネでねえか」

等と呼ばれていた。

「メガネ先生」とか行事が近づくと職員室でカメラを磨き始め活発に写真を撮りまくる姿から「カメラ先生」これは概ね好意的なあだ名であった。

他の教職員の先生方にどう思われていたか知るよしもないが器用な手先をこわれ学校の備品をよく修理する姿が見受けられたという。

土曜日の午後父はカメラの箱を手に職員室を訪れた。

他の先生はあらかた帰宅してしまい父の担任の小うるさい教師の姿もなかった。

職員室には高野先生と四隅の離れた机で食事をする低学年の女の先生以外は誰もいなかった。

春が近いとはいえ寒々とした風が残り表には泥に汚れた雪が残るこの季節に薪ストーブは欠かせない。

ヤカンをのせた職員室のストーブは白い煙を吐吐き出している。

教室にもストーブはあったが生徒が手を出してうっかり火傷しないように網で囲われていた。

白墨で行事の予定がびっしり書かれた黒板。

高野先生の横に置かれたがり版刷りのざらんばん紙を裁断するための刃が着いた碁盤目の台。

その日の日誌など当番で届けるにしても思い出したように難癖をつけられたりついでに説教されたり。

とかく職員室は今も昔も生徒には鬼門のような場所で出来ればあまり近づきたくないと誰もが思っていた。

教師という存在は子供たちにとって近隣の大人よりもずっと怖い存在だった。

まず入室する前に「失礼します」と言ってから一礼。

父もそうして職員室に入った。女教師は顔を上げ箸を止めて父を目で追ったが用向きが自分でない事を悟ると再び食事を始めた。

高野の先生にいたっては顔を上げる事すらしなかった。

「2組の吹越です」

父が机の前に立ちおずおずと声をかけるまで机の前で俯き作業に没頭していた。

「何だ俺に用なのか?」

ようやく顔を上げた先生の手には金色の真鍮のハンドルがついた小さな木箱が握られていた。

それはコ-匕豆を挽くためのミールと呼ばれる物だった。

田舎育ちの父にはまったく馴染みなどない道具だ。

高野の先生の机には印字裁断したばかりの束と組の数字が書かれた大きな茶封筒が無造作に置かれていた。

教室での授業以外の作業中だったのだろう。

一息入れるつもりで自前のコ-ヒ-でもたしなむつもりだったが思わぬ生徒の訪問を受け怪訝な顔で父を見た。



「光栄に思います」

高野先生の車の助手席に乗り込んだ父は背負った背嚢を脇に置いて言った。

祖父が学校に上がる際に闇市で見つけて来た軍隊の御下がり品だった。

「何がだ」

車にキ-を差し込みながら高野先生はにこりともせず言った。

校舎の北側にある笹藪が生い茂る舗装もされていない空き地に高野先生はいつも車を停めていた。

なんでもVOLKSというドイツ製の外車らしい。

当時箱形が主流だった国産車とは異なる流線型の黄色い車体では東北の田舎町では異彩異容を放っていたに違いない。

「世辞を言うな!お前らが何て言ってるかちゃんとしってるぞ」

高野先生はアクセスを踏み込みエンジン音を響かせた。

ボロとかボロクソは高野先生の自慢の愛車が由来だった。

「今日は調子がいいようだ」

ハンドルを握る高野先生は鼻唄を歌うように呟く。

舗装されていない道をタイヤが乗り越える度に車内はガタガタ揺れた。父の膝の上にはようやく手に入れたカメラの箱が大切そうにのせられていた。

ハンサムな高野先生が車で登校する度女子はきゃあきゃあ騒いで手を振り男子は鼻を鳴らした。

先生の車はいつもファンベルトが切れたりエンストをお越してフロントから煙を吐いた。

「ふぉるくすじゃなくありゃぼろくそ車だ」

男子はそう言ってよく笑っていた。

父も友人と学校の帰り道で高野先生がエンストした車の前で立ち往生しているのを見た事がある。

「ぼろくその車がまた壊れとるぞ」

友人たちが指さして笑っているのが聞こえたのかその時高野先生は無言でポケットからカメラを出した。

「やばい!レンズで覗かれとる!?」

そう言って一目散に走って逃げ出した思い出がある。

「まあボロって言うあだ名も的を得ている…あながち間違いではないさ」

ハンドルを握りながら高野先生はにこりともせず言った。

「けんど高野先生はこんな外車に乗っておられて身なりも立派でお金持ちだってみんな言ってます」

「これは事故車だ」

「事故車…ですか」


「学生の時銀座の町を走ってるこいつを見つけてどうしても欲しくなってな持ち主に「事故を起こして手放す事があればぜひ連絡して下さい」と住所を書いたメモを渡しておいたんだ…半年ほどして連絡があったよ廃車屋から」

「廃車屋から?」

「持ち主は事故を起こしてもうこの世にはいなかったが車内にあったメモを見て廃車屋が電話して来たって寸法さ。車はそれはひどいものだったが俺の実家は蒲田の小さな板金の工場で側はそっちで中身は工学部のエンジニアの卵と二人でこつこつ直した」

先生は父の顔をちらと見て言った。

「いいシ-トだろ?乾いてこびりついた血を拭き取るのに随分苦労したんだ」

それから市街地を抜けて先生の下宿先に向かうまで二人は無言だった。

「冗談だよ」

信号でブレーキを踏むと先生はぽつりと言った。

子供だった父は先生の冗談に笑えなかった。

けれど職員室までわざわざ勇気を出して高野先生を訪ねた事を後悔していなかった。

「服は大学時代から着てるもんで特別高価なものではない。せれでも身の丈以上に気にいったものを買うには少々我慢が必要だがな」高さの先生の言葉に父は黙って頷いた。

「俺は心底気にいって手に入れたものを捨てられず大事にしてるだけだ金持ちじゃない…まあ今は洋服に使う金がないだけだがね」

「けど先生が持ってるカメラ雑誌で見た…ライカって言えば一台で家が建つって聞いた事がある」

「俺のはコピーライカだ」

「コピーライカ?」

「闇市から質に流れた偽物なんだ。戦後はよく出回ったらしい。それに自分で色々手を加えたんだ…どうしてもライカが欲しくてな」

当時ドイツ製のライカとコンタックス社のカメラは世界でも他社の追随を許さぬ性能とデザインでしのぎを削っていた。

特にM型ライカの存在は革新的であった。

世界中のあらゆる国々のカメラメーカーがこぞってその技術を自社製品に取り入れようとしたがそれは現状かなわかった。

戦後他社が模したコピーライカが数多く出回った。高野先生が持っているカメラもその一つだった。

「大学時代に立花肇ってやつが同級生がいてな」

高野の先生と立花は特に仲が良かったわけではない。

立花という男は同じ大学の学部に籍を置く学生の中でも浮いた存在だった。

立花は大学内では評判の悪い男であった。

日本中の学生が集まる大学には立花と同じ高校の卒業生もいた事だろう。

そこから漏れた噂なのか本人の言動からなのかはわからない。

有名企業の創設者一族の御曹司である立花には「学籍を金で買って大学に入学した」という噂が絶えなかった。

当時から狭き門と呼ばれていた高野先生の通う大学に入学出来る学力など立花にはなかったからだ。

講義にはほとんど顔をみせず出席日数も足りず成績は不可ばかり。

にも関わらず落第も留年する事もなく進級だけはきちんと出来ている事が何よりの証拠だった。

苦労して進学を果たし最高学府にまで辿り着き、これからは国の中枢を背負うエリートだと世間から期待される学生たちには当然誇りもあった事だろう。

そんな生徒たちにとってたまに大学に来ては親に買って貰った洋服や装飾品をひけらかし、くだらない自慢話に興じる立花はおもはゆい存在だった。

講義に出ても暗黙の何かがあるのか教授に一度も指名を受けたためしがない。

詰襟の学生服や袴姿のバンカラ男子が大半を占める中で立花だけが常にのりのきいた仕立ての良い洋服を身につけていた。

「俺も大学まで上がれるとは思ってなかった。だけど中学時代の恩師が何度も家に通って親父を説得してくれたり奨学金の話まで取りつけてくれたんだ」

高野先生はいつか父にそんな話をしてくれた。

「奨学金を返済するために職業は選択しなくてはならなかったが今でもその恩師にはとても感謝している」

苦学生だった高野先生にとっても立花は相容れね真逆の存在だった。

「それでもあいつの着てる洋服の着こなしだけは良くて参考にさせてもらったよ」

貧乏学生が多い中で彼には金目当てのとりまきも多少はいたようだ。むしろ高野先生はそういう輩にこそ嫌悪感を抱いた。

「自分とは住む世界がはなから違っているのだ」

そう思っていた。

洒落たビリヤード台や若い女性を揃えた新しい酒場や別荘やボートの話などには一切興味がなかった。

それでも季節の終わりのや年度末の長期休みが始まる学期末には大学構内で立花の姿をよく見かけた。

試験や課題の提出は学生ならば誰でも等しく課せられるものだから。

それは立花だって例外ではないらしい。

進級出来ようが金持ちであろうがなかろうがそれだけは平等だったのだ。

後期試験が近い12月の中場高野先生はキャンバスをうろついている立花を見かけた。

立花は見知らぬ街を訪れた観光客のようにカメラを手にうろうろしていた。

大学の校舎をバックに取り巻きに写真を撮らせたり女子学生に「一枚撮ってあげようか?出来ればもっと景色の良い場所で」などと声をかけている。

「なにをしているんだあいつは」

つい呆れて足を止めた。

「試験が近いというのに…まあ俺には関係ない事だ」

高野先生はその場を立ち去りかけた。

「これすごくいいカメラで高かったんだぜ!ドイツ製の」

「確かにいいカメラだ!」

高野先生は立花の目の前に立って言った。

「あの、君は確か」

突然声をかけられ立花は少し怯えたような目を向けた。

「工学部の高野だ!お前と同級生だ!宜しく!!」

高野先生はにこやかに微笑んで立花の手を握りしめた。

「君は・・確か特待生で入学式の時に代表で挨拶もしていた高野君だよね」

とかく人の噂と本人の印象はあてにならないもの。

高野先生の手を控え目に立花は握り返して来た。

「赤ん坊のような掌だな」とその時思った。

「君みたいな優等生が声をかけてくれるなんて光栄だね!」

全国から優秀な学生が集まるような場所では学力が高い事はそれだけ羨望を集めるし顔も知られたものになる。

もっと疎まれるものだと思っていたが思いの外立花は好意的な様子で頬は紅潮し言葉にも熱を帯びていた。

構内にある木の長椅子に腰を降ろしながら立花は言った。

「君、この間の試験も首席だったんだろ?」

高野先生が羽織った学生服の襟元にはそれを意味する金色のバッジが光っていた。

「それいくつ目の優等賞だい?全部つけたら撃墜王みたいでさぞや壮観だろうね」

「やめてくれ」

悪趣味だとばかりに立花の言葉に首を振る。

「大学や国からの援助で大学に通えてるわけだから『せめて構内では付けるように』と言われてるだけだ」

高野先生は立花を見て言った。

「俺のように実家の財に頼れない貧乏人はこんな風に世渡りするしかないのさ」

「それは僕に対する皮肉かい?」

立花は自嘲気味に笑みを浮かべた。

二人は短い時間押し黙る。

「ところで僕に用って何かな?」

「ああ…立花お前の持ってるカメラなんだが」

「これ誕生日に叔父に買ってもらったんだ『ドイツ製の万年筆とカメラどちらがいい?』と聞かれてね。僕のカメラがどうかしたのかい?」

「そいつを一寸俺に貸して欲しいんだ。無論無料とは言わない!ちゃんと礼はするつもりさ」

立花はぽかんと口を開けて高野先生の顔を見ていた。

「俺は金はないが優なら山ほど持ってる。課題の提出全部と全教科の試験のやまを書いたノ-ト…それでどうだろう?」

「今季のお前の家には間違いなく全部優の成績表が届くはずだ。余所で高い金を払うよりかは信憑性は高いと思うがね」

立花がうっとりした顔で自分の襟についた金バッジを見つめているのを見て「初めてこんな飾りが役にたった」と高野先生は胸の内でほくそ笑んだ。

「まさか先生はコピーと本物すり替えたとか!?」

父の疑惑の眼差しに高野先生はこう答えたという。

「そんな悪知恵をきかすようなら俺は今頃教師になんてなってないしお前たちにも会ってないさ」

学生だった高野先生は実家の工場に立花のカメラを持ち帰り工具を使ってカメラを無惨な姿に分解した。

一つ一つの部品を正解に採寸し材質を調べ製図を起こした。

「寛…お前何してんだ?今更大学辞めて俺と工場やる気にでもなったか!?」

1日の作業を終えた高野先生の兄が熱心に作業している弟の作業台を覗き込んで言った。

「なんだこの部品?」

「触るなよ兄貴!ライカは精密なんだから部品一つなくしたら大変なんだ」

精密機械と聞いて兄がしつこく彼是訊いて来るので高野先生は仕方なく。

「金持ちの同級生に借りたこいつを調べて俺の模造ライカを本物にするんだ」

そう白状した。

完成された本物は高額過ぎて手に入らなくても部品から組めは安く手に入れる事が出来ると高野先生は考えたのだ。

「面白えな」

兄は小躍りしながら言った。

「なんか最近はお前が立派な学士様とかになっちまってようと思っていたが…やっぱ蛙の子は蛙だなあ」

「おたまじゃくし」

弟の皮肉なんて耳に入らぬ興奮した兄は「親父!親父!寛が覚醒した!」と叫びながら工場の奥に消えた。

「ドイツの精密な機械だって!?」

兄と同じ作業着姿の親父が顔についた機械油をタオルで拭いながらやって来た。後ろに引退した爺様までついて来た。

「これはいいもんだ」

自前のルーペで覗き込みながら爺様が言った。

「風船爆弾なんかより、ずっといいもんだ」

戦時中の米軍による大規模な東京大空襲は未だに国民の記憶に新しい。

その中でも高野先生の実家がある蒲田地区は城南大空襲と呼ばれ線引きがされるほど爆撃は執拗かつ苛烈なものであったという。

今も昔も町工場が軒を連ねる蒲田地区は戦時中は急造の軍事工場群が密集し米軍にとっては格好の標的であったからだ。

高野先生の祖父と家族は避難して幸いにも命だけは無事だった。

しかし殆んどの蒲田の工場や世帯が空襲で焼け落ちた。

疎開先から戻った祖父や土地の人々は雨露をしのぐバラックや廃材で家を建て工場の跡地から使えそうな工具や重機を掘り起こし煤を払い修理する仕事から始めた。

高野先生が物心つく頃にはもの作りの町は既にそこにあった。

「どれどれ、お前なかなかいい図面引くじゃねえか!」

「フレーム部分と研磨は俺の仕事だな」

「いや、それは俺が…」

「いいから寛は工場から材料集めて来い!クロームに使うメッキはうちにはねえから向かいから借りて来るんだぞ!おらもたもたすんな!」

「爺さん!ちょっと両方ばらしたらどっちがどっちか」

「だまれ青二才が!」

町工場の灯りが消えても毎晩そんなやりとりが続いた

「ないものなら作ればいい」

「壊れてるなら直せばいい」

「お前のそのカメラ今は写らないけどな」

ハンドルを握りながら高野先生は父にそう言った。その言葉には温かみがあった。

「やはり勇気を出して高野先生に相談して良かった。」

父は膝にのせた木箱を両手で抱えながら思った。

「必ず直る」

高野先生がそう言ってくれたからだ。

ホウ素、チオ硫酸ナトリウム、ブロムカリ。

後に父が知識として学ぶ事になる薬品の名前だ。

高野先生の六畳一間の下宿にはそれらの薬品が入り雑じった不思議な魔法の薫りがした。

それは調合した現像液の匂いで高野先生は炊事に使う台所に手製の暗幕を張り現像のための暗室にしていた。

それは父が晩年まで過ごした写真館の暗室と同じ心安らぐ隠れ家の匂いであった。

カメラを修理する高野の先生の手捌きも父には魔法のように思えた。

本棚には写真雑誌と教師が読むのであろう教員専門誌とが同じ幅で大切に保管されていた。

父は高野先生にことわり写真雑誌を一冊手にした。

モノクロの美しいプロの写真家たちの作品が目に飛び込んで来た。

裸で議事堂の前に立つ野卑な顔をした女たち。

墓石にのせられたハイヒールの素足。

慌てて次のページを捲ると何処かの国の見知らぬ子供たちが波のように押し寄せる。

本当の瞳の色はわからない。それは戦火に破壊された後の異国の街角の写真だった。

「それ全部同じ人の作品なんだ」

精密なドライバーを回しながら先生は言った。

「尊敬する写真家なんだ」

「初めて見た時に『日本人でもそんな写真が撮れる人がいるんだなあ」って頭を殴られたような気持ちになったもんさ」

先生は学生時代にその写真家に弟子入りしたくて手紙を書いたりもしたが受け入れては貰えなかったらしい。

「明日は日曜だ」

高野先生は修理を終えたカメラを父に渡しながら言った。

「日が暮れてからではそのカメラでは撮影は出来ない。明日そいつ進水式と行こうじゃないか!」

父は休みの日になると高野先生について写真撮影のため山野や港を歩き回った。

高野先生は学校の先生だけど父にカメラに関する様々な知識を教えてくれた師匠でもあったのだ。

「俺の宝物なんだ」

と言って触らせてくれたコピーライカ。ふと見上げると笑った先生の前歯が二本すっぽり欠けていた。

「先生、歯抜けか」

「社会人になって働くようになってライカもさらに3型まで進化している。こいつは大事な相棒だけど最新型も手にしてみたくて金を貯めてるんだ」

「虫歯になって難儀していたが歯医者に行く金をけちっていたらいよいよ痛みがひどくなってきて」

「それで愛想なく見えたんですね」

とは面と向かって言えない父だった。

「決心してペンチで自分で抜いた…他の生徒には内緒にしてくれよ…コダック一つやるからさ」

露出や現像の仕方等父のカメラにはない望遠レンズのピントの合わせ方も高野先生は自分のカメラを使って父に教えてくれた。

忠治の従兄弟がおまけにくれたフィルムは勿論あっという間に終わった。

父は現像液やフィルム代を稼ぎたくて変わらず早朝の浜の仕事に勤しんだ。

父の文机の前の板切れは張りつけた写真ですぐにいっぱいになった。

整理するためのアルバムも購入した。

父は熱心で働き者の子供として近所でも評判だった。

高価なカメラを買う予定はもうなかったので稼いだ金の大半は父親に渡した。

「いい跡取りになるな」

そんな風に言われて祖父も鼻が高かったようだ。

父の写真趣味に口を挟む事はなかったという。

「無類のカメキチでも趣味は趣味いずれは自分の後を継いで漁師になってくれる」

父は周りからも親からもしごく当たり前にそんな将来を期待されていた。

父親は町で一番の漁師で中学を出た男は皆が船に乗る。

そんな町に父は生まれた。
「どうしたら将来写真を撮る仕事が出来ますか?」

ある日野鳥の撮影に訪れた林を歩きながら父は高野先生の背中にそんな質問をぶつけてみた。

思いもよらずその声は切実で切迫した響きがあり自分でも驚いた。木立から鳥が羽ばたく。

そんなざわめきに似た気持ちがいつまでも胸から消えなかった。

「先生ならば、教えてくれるかと思ってたずねてみました」

高野先生は振り向くとじっと父の顔を見つめた。

「みんな土地の人は学校下がったらいい漁師になるのが当たり前みたいに言うけんど俺は…」

「覗いてみろ」

先生は父の手に自分のカメラを渡した。

言われるままに父は先生のカメラをレンズ越しに覗いた。

「何が見える」

春先の見慣れた郷里の山林と高野先生。

見たままの風景がそこにあるだけだった。

レンジファインダー方式…確か父がそんな言葉を口にしていた。

後々世界や日本でも主流となる一眼レフカメラ。

ライカは固くなに自社製品で一眼レフを製造しなかった。

一眼レフカメラのファインダーにはその構造上の特性からレンズに歪みを持たせてある。

それに対しライカのカメラのファインダーから覗く景色は限りなく肉眼に近いものだった。

「吹越、そのファインダーからお前が撮りたいものが見えるか?」

高野先生が言った言葉を父は忘れなかった。

「自分が本当に撮りたいものを見つけたやつだけがプロの写真屋になれるんだ」

弟子入りを志願した尊敬する写真家に先生が言われた言葉だと教えられた。

「自分が撮りたいもの必ず見つけろよ」

高野先生は父にい言った。

「もうこれからは銃を持って殺しあう時代じゃないんだ」



「高野先生はそれを見つけたの?」

私は父に訊ねた事がある。

高野先生と父の交流は卒業式を迎えた後も続いた。

高野先生は父の学年の卒業生と一緒に学校を去った。


学校の小さな図書室には高野先生が撮った子供たちの写真が沢山アルバムに今も大切に保管されている。

卒業式の時も高野先生のカメラは大活躍した。

その写真にもアルバムの写真にも高野先生本人は写ってはいない。

その当時はまだこの町に写真屋さんはいなくて行事などで写真を撮る時は遠方から手配しなくてはならなかった。

ある日、瀬戸内にある離島から小学生たちの写真が封書で父の元に届いた。

赴任先が変わる度に届けられる見知らぬ土地の子供たちの笑顔の写真。

それが高野先生が見つけた本当に撮りたいものだった。

父も返事の代わりに写真を送った。

しかしどれも代わり映えしない故郷の写真ばかり。

年を一つ重ねるごとにカメラを持つ手が重く感じるように思えた。

高野先生は数年後に教職を辞して念願だった写真家の弟子入りを果たした。

父の元に届いた手紙にはその時の様子が詳細に書かれていて「先生よほど嬉しかったんだろうなあ」とその話をする度父は目を細めていた。

東京に戻り写真家の自宅を訪れた先生は「弟子は取らない主義だ」とすげなく断られたという話だ。

「せめて写真だけでも」

取り出して広げた鞄の中には先生のカメラがあった。

「そのカメラは一体何だ?」

という話から始まり大勢の子供たちの写真を見た写真家は先生に興味をもってくれたのだと。

「まるで僕はあの時の君になったような気分でした」

手紙にはそう書かれていた。

高野先生は写真家の弟子となり第2の人生を歩み出した。

そして「これから師匠について訪れた異国の紛争地域に向かう予定だ」という内容の手紙を最後に連絡は途絶えた。

高野先生が師事したカメラマンが現地で行方不明になったという記事は新聞の紙面にも掲載された。

同行者の高野寛という行方不明者の名前もそこには記されていた。

高野先生の安否は不明のまま遺体すらも未だに発見されていないらしい。

「ひょっこりカメラをぶら下げて帰って来るような気がしてなあ。今でも亡くなったなんて俺には思えないんだ…あのボロクソに乗って世界中飛び回ってるんだ…きっと先生の事だから」」

父はよく酒に酔うとそんな話を私にしたものだ。

中学を卒業すると父は漁師になった。

子供の時に働いて貯めた金に手をつけず祖父は長靴や漁に出る支度を一式揃えてくれていた。

赤飯を炊いたり鯛を神棚に供えたりする父親を見て「漁師になるのも悪くない寧ろ本道なんだ」と自分にいい聞かせようとした。


明け方近く遠洋から帰港する船の上に父はいた。

「炊きはもう卒業だ」

船頭に言われた言葉は素直に嬉しい。

中学をでて飯の支度や雑用をこなす炊きが2年3年続くのは漁師の世界では当たり前の事だから。

マキハダと甲板の板に染みついた魚の鱗や内膓や血の匂いは洗い流しても消える事はない。

冴えざえとした星空と江戸黒の波音の真ん中にいると

「あと何度船に乗ればよいのか」

そんな言葉が胸の内から溢れ出して来る。

漁り火も消え港から見えるのは灯台の灯りだけだった。

「後何れくらい船に乗り丘を離れれば」

三脚、蛇腹、待合の洒落た椅子、暗室を供えたスタジオ、そこが自分の居るべき場所だ…灯台の灯りだけが夜も明けぬ海の中で自分を導く救いに思えた。

私が生まれた時に父がつけてくれた灯子という名前はその時父が見ていた灯台の灯りからつけられた。

父を乗せた漁船はそれから幾度となく父を遠い沖の海へと運んだ。

そうして漁船が帰港する明け方や夜半父を出迎えたのは浜の灯りで私の母は父からその話を聞くのがとても好きだったらしい。

私は母親の顔を写真でしか知らない。

写真館に飾られている若い娘時分の母の写真。

生まれたばかりの私を抱いた着物姿の写真。

それが父が撮った母の遺影となった。

母は私を産むとすぐに産後の日経ちが悪く二十歳になる前にこの世を去った。

子供の頃から病弱で「とても漁師の女房などつとまらない」と周囲から随分反対があったらしい。

それでも父は母と結婚し母わ医者に「命の保証は出来ない」と云われたが私を産んでくれた。

母と私の写真はあるけれど家族三人並んだ写真は一つもない。

「起き出して写真一枚が精一杯だった」

父は私に教えてくれた。

手が悴みシャッターなど降りないような真冬の海でも。

カメラなんて構えてたら海に放り出される。

父は引き網を手繰る上気した漁師たちの背中や大漁の甲板の上での酒盛り風景を自分だけのフレ-ムに納めていた。

母とも既に出会っていた父はもう自分が撮りたいものを既に見つけていたのだ。

子供時分あらぬ事で駄菓子屋の婆に疑われた私は大量の飴玉と板チョコでポケットを膨らませ路地を曲がる。

駄菓子屋の婆が父の名前を聞いて態度を変えたのにはわけがある。

父は船に乗っている間は地元でも知らぬ者はいない性根の座った漁師だった。

口数は少ないが怒らせたらただでは済まない。

私の知る父は物心ついた時は写真館の主でそれなりに客を迎えるための身綺麗な格好をしていた。

カッターシャツやネクタイに腕宛。

それらは生前母が写真館を開業する際に買い揃えたものだという。、

洋服は歳月と共に綻びて箪笥の肥やしになっても。

まるで制服のように父は同じ服を用品屋に注文した。

多分他の写真屋と一つ出で立ちが違うとすれば、それはYANMARの文字が入った帽子だろう。

祖父と同じ船に乗り込む時に古くなったエンジンだけは取り替えた。

その時業者にもらった帽子をいつも父は被っていた。

「徳さんまだ頭だけ船乗りだなあ」

七五三や婚礼の写真を頼みに訪れた地元の人に父はよくからかわれた。

私が小学校に上がった時同級生の男子たちにひどい悪戯をされた事があった。

机に座って帰り仕度をしていた私の髪を男子が後ろから鋏で切ったのだ。

床に落ちた髪と鋏を手ににたにた笑っている男の子たちを見て私は

おそろしくなり泣きながら家に帰った。

なぜそんな事を私がされなくてはならないのか未だに理由はわからない。

しかし翌日から私が登校すると男子たちは平謝りで私は「ヤンマ-の娘」と呼ばれ恐れられた。

事情を聞いた父が私の手を引いて私をいじめた男子の家を一件一件回ったからだ。

その時の父の形相や玄関先での恫喝は娘の私でも失禁しそうな迫力があった。

少々の事では動じない浜の漁師の親たちでさえそれは同じ事だった。

若い時分は思いが叶わず荒れた時期もあったという。

そんな話は狭い漁港の町でよく知られた話だった。

駄菓子屋の角を曲がると路地の土壁に凭れ美映子が私を待っていた。

小さなズックの片方が地面の土を所在なくぐりぐり掘っていた。

「み-ちゃん手だして」

空き地に積まれたトロ箱の一つに腰を下ろしても美映子は下を向いたままだった。

「これあげる」

顔を上げた三映子の掌に私はありったけの飴玉の紙包みを置いた。

たちまち美映子の顔が明るく輝くのを私は見た。

「人の持ってるもの黙って取ったらいかんよ」

私は美映子に言った。

「もし欲しかったらお姉ちゃんのにしたらいい。私お姉ちゃんだから貸してあげるわ」

美映子は私の言葉に何度もこくこくと頷いて嬉しそうに小さな指で飴玉を数えていた。

私は包み紙を破ると板チョコにかじりつく。

あの時初めて食べたチョコレートは今考えると少し粉っぽくてしびれるような甘さとほろ苦い味がした。

「見て見て!み~ちゃん!私の歯…お歯黒さん!



そんな私の言葉を幼い美映子が真に受けたのかどうかはわからない。

けれど私の身の回りで私の物が頻繁に無くなるようになったのはその頃からだ。

私だけではなく美映子のいた場所ではよく物が「無くなった」と騒ぎ出す人が必ずいた。

盗癖というものだろうか。美映子の手癖の悪さは私だけに止まらなかった。

中でも忘れられない悲しい思い出が一つある。

父は私の誕生日が来ると私を隣町にある県庁所在地市街まで私を連れて行ってくれた。

そこは私が住む町に比べたら随分ひらけていて出来たばかりの立派なデパートがあった。

父はそこで私に好きな物を買ってくれた。

デパートの中にある洋食屋さんで帰りにお子様ランチやプリンを食べるのが年に一度の私の楽しみだった。

玩具売場で父に「好きな物を選んでいい」と言われた時私は父が煙草を吸いに行くまで時間をたっぷりかけるのが習わしだった。

煙草を二本ほど吸い終えた父が私が手にしていた箱を見て以外な顔をした。

私が抱えていたのは可愛らしいお人形やぬいぐるみではなかったからだ。

「私これが欲しい」

私が手に抱えていたのは模型売場に置いてあった理科教材だった。

【科学教材・カメラの仕組み】

それは組み立て式のカメラキットだった。

当時はカメラの玩具なんて発売されていなかった。

私が手にしたのは組み立てれば実際に写真が撮れるというカメラの模型だったのだ。

自宅は二階にあり一階は写真スタジオという環境に育った私は日頃から父の仕事場にはよく出入りしていた。

時にはお客様にお茶を入れる真似事をして喜ばれたりもした。

父は引き豆のコ-ヒ-を待合の客に振る舞った。

コ-ヒ-にはこだわりがあって引き豆はけちらなかったという高野先生の影響だろう。

私はそこでコ-ヒ-の味も化粧の仕方も覚えた。

私は写真館の手伝いをよくしたが父は商売道具のカメラには触らせてくれなかった。

それほど強い気持ちがあったわけではない。けれど自分も父のようなかっこいいカメラが欲しいとその時は思った。

「フィルムを入れた本当に写真が撮れるのか?」

父は感心したように言った。

「しかしこれは高学年から中学生向けと書いてある。お前には組み立ては無理だ」

「作って」

私がそんな風にわがままを言っても父は寧ろ嬉しそうな顔で私の頭を撫でた。

「本当にこれでいいんだな?」

レジで父は財布の金を数えるはめになる。

通常の玩具よりも模型のカメラは値がはる代物だったらしい。

翌朝目が覚めると父が夜なべして拵えた模型のカメラが私の枕元に置いてあった。

私は寝床飛び起きると父に礼を言うために二階の階段をかけ降りた。

父は記念写真の予約に訪れた若い男女を前にカタログを広げて接客中だった。

「フィルムは入れてある。シャッターを押すだけた。一枚撮ったらネジを巻いて…暗い場所では撮れねえからな。それから」

私は父に礼を言うと表に飛び出した。

「レンズに指さかけるなよ!」

今思えば安でのブラスチックで作られた他愛ない仕組みの本物には程遠い仕組みの玩具のカメラだった。

だけど私には父が買ってくれた大切な宝物だった。

プラスチックの覗き窓から覗く世界は見慣れた町とは明らかに違って見えた。

「トコ姉…それなに?」

私は道端で出くわした美映子をレンズ越しに覗きながらイシシと笑った。

「今日から私カメラマンになったのだ!」

私はぽかんと口を開けたまんまの美映子に向かってシャッターを切った。

私は家に遊びに来る途中の美映子を引き連れてあちこち無駄にフィルムを消費しまくった。

「うちにもカメラ貸して」

美映子はそう言って私にせがんだ。

「これはダメ!カメラマンは他人に仕事道具を貸さないの!それにみ-ちゃんにまだカメラなんて早い…」

ほらまた途端に泣きべそになる。

美映子がぐずり出すとそれは厄介な事になると私は知っていた。

「一寸だけよ」

カメラを手渡すと美映子は途端に機嫌が直りけらけら笑いながら私の目の前でいきなりシャッターを押した。

「近!み-ちゃんそれじゃ撮れてないよ!?」

私は笑いながら美映子の手からカメラを奪った。

「そうだ!せっかくだから」

私は通りがかりの近所のおじさんを捕まえると「写真撮ってもらえますか!?」と声をかけた。

「はあ?写真…なんかの記念日かい?」

「カメラマンになった記念日です」

「トコ姉さんと仲良し記念日です」

「まあなんでもいいです!二人で一枚記念にお願いします!!」

あのカメラには私が生まれ育った町の切り取られた風景や幼い頃の私と美映子の姿が納められていたはずだ。

調子に乗ってシャッターを押しまくった私はフィルムが残り少ない事に気がついた。

「フィルムは大切にしないとね…全部撮り終えたら焼き増ししてみ-ちゃんにもあげるから待っててね」

そんな風に美映子に約束したのに。家に帰って二人でおやつを食べて。

お風呂から上がり机の上を見た時そこに置いたはずの私のカメラが無くなっていた。

写真上げるって約束したのに。大切なカメラだって言ったじゃない。

お父さんしかこの町では写真に出来る人はいないんだよ。

私が美映子にあんな事を言ったからいけないんだ。

私の中に生まれた暗い疑いと悲しみの気持ち。

「そうだ!もしかしたらお父さんが写真に現像するためにカメラを持って行ったのかもしれない」

私は胸に微か希望を抱いて父のいる居間に向かった。

父は居間で堀炬燵に座り黙って紙幣を数えていた。

「何度数えても千円冊が一枚足りない」

父は冊を数えながらそう呟いた。

「灯子お前知らないか?」

父の言葉に私は首を振った。父は黙って頷いた。

その年に初めて千円の冊が発行された。

父は特別それが必要ではなかったが珍しい新札を私に見せようと昨日出かけた際に銀行で下ろして来たのだと言った。

居間に置いた金は封筒に入れて卓袱台に置いた。

裏口は施錠されていて誰も入れないようにしてある

店の入り口からしか二階の住居には入れない。

今日家に上がった人間は私と父親の家族の他は美映子一人だった。

「お前はどうかしたのか?」

と父に訪ねられて私は震える声で夕べ父に買ってもらったカメラが見当たらないと告白した。

てっきり父にひどくしかられると思った。しかし父は私を責めたりはしなかった。

「証拠がなにもないうちは仕方がないが」

そう言って苦い顔をした後に私に言ったのだ。

「もうあの子は家に入れるな。誘われても遊んだりするんじゃないぞ」

私は翌日その事を聞きたくて空き地に美映子を呼び出した。

玩具やカメラは借りたつもりで持ち帰ったというなら後で返してもらおう。

でもお金となれば泥棒だ。

いやどちらも泥棒なのだが。

お金は私のものではなくお父さんのものだ。

私のものは好きにしていいと美映子に言ったがそれ以外はダメだと約束したはずだ。

つまり美映子は私との約束を破ったのだ。

「み-ちゃん私のカメラ知らん?」

私は単刀直入に美映子に訊ねた。

語彙に乏しい子供なのでそんな聞き方しか出来なかった。

美映子は無造作に首を振る。

「お金は?」

「知らない」

美映子はじっと私の顔を見返した。

「ぜんぜん知らない」

硝子の浮玉みたいに綺麗な曇りない瞳だった


それでも翌日美映子はけろりとした顔で訪ねて来た。

「お父さんが…み-ちゃんとは遊ぶなって」

私が玄関先で遊ぶのを断ると美映子はひどく悄気た様子で肩を落とし帰って行く。

その背中がいつまで心に焼きついて離れなかった。

学校の帰り道やお使いの途中で私はばったり美映子に出くわした。

時には家を出てすぐ。おそらく私が学校から帰る時間や家から出て来るのを見越して待っていたのだろう。


何か言いたそうにもじもじしている彼女を見ていると私はつい口元が揺るんでしまう。

「一緒に遊ぶ?」

「ああゆう子はいつかいなくなるんだ」

父は私にそんな風に言った。

けれど美映子は私の前からなかなかいなくならなかった。

子供心に私は彼女との間に不思議な縁を感じていた。

「この間の話なんだが」

ある日父がすまなそうに私に言った。

「家の千円が足りないと言ったろう…あれ俺の数え間違いだったらしい」

父はあの日私のカメラの模型を買うために金が足りなくて確かに千円冊をくずしたのを思い出だした。そう私に告げて詫びた。

「あんな小さい子が千円なんて金を盗むなんて俺もどうかしてたよ」

「じゃあ…み-ちゃんはお金盗ったりしてないんだね」

私は心のつかえがおりて気持ちが明るくなるのを感じた。

自分が本当は美映子を疑いたくなくて彼女の事が好きな事に今更気がついた。

「私からみ-ちゃんには言っとくから平気だよ」

子供には子供の世界やルールがある。

父は私が玄関先で彼女を追い返すような真似をした後ひどく塞ぎ込んだりする様子を見ていたのだろうか。

「お前それでカメラは」

「それはいいの」

いいわけはなかった。

けれど私は「私のものは好きにしていい」と彼女に言ったのだから。「今は貸してるだけだよ」と自分で自分を納得させた。

彼女が人の物に手を出さない場所で遊ぶなら問題はない。

私が気をつけていよう。

彼女に限って言えば私は美映子の盗癖を受け入れつつあった。

小学校に上がり月日が経てば誰しも気の合う友達の一人や二人は出来るものだ。

私にも香苗ちゃんという親友が出来た。

町に昔からある釣り宿の娘でおっとりした性格で私とはとても気が合った。

中学まで同じ学校に通い今でも町で会えば親しく言葉を交わす仲だった。

誕生日には私を家に呼んで一家御馳走してくれた。

父は大変恐縮して私の誕生日には家に香苗を呼ぼうと約束してくれた。

そんな時でも美映子は私について来たがった。

私のうちはともかく友人の家で私は泥棒の火の粉を被るのは勘弁して欲しがった。

結局美映子はついて来て私はせっかくの御馳走も喉を通らない始末だった。

私には香苗のような友達が何人か出来た。

けれど美映子はいつ会っても一人だった。

中学に上がり二年生にもなると私は勉強やら家の手伝いでいつも忙しくしていた記憶がある。

ある日店の前を箒で掃除している時「トコ姉」と不意に声をかけられた。

顔を上げると中学に入ってから暫く会っていなかった美映子だった。

「相変わらず綺麗だね」

そんな世辞を言うようになったのかと立ち上がると彼女は私と背丈が変わらない位に成長していた。

すらりとした美しい少女に美映子はなっていた。

「春からトコ姉と同じ中学に通うの」

そんな風に嬉しそうに話す美映子と立ち話をした後私は彼女に「お茶でも飲んでく?」と声をかけた。

美映子は鼻の下を馬みちいに伸ばし店の中を覗いた。

「おじさんいる?」

「女の子がそんな顔したら」

私は笑いをこらえて彼女をたしなめた。

「今日は寄り合いで夕方まで帰らねえから…あんたコ-匕-はまだ無理か」

「トコ姉が入れてくれるなら苦くても飲む!」

「紅茶にしとけ」

久しぶりに美映子と話し込み楽しい時間を過ごした。

美映子が帰ると撮影の時化粧直しに使う口紅や白粉が一つずつ無くなっていた。

「まだ色気づく年でもあるまいに」
私は呆れて苦笑した。

あれさえ無ければあんな可愛い子はいないのに。

私にはもはや妖精の仕業としか思えなかった。

美映子はしばらくして私と同じ中学に入学して来た。

入学して早々に彼女は学校を騒がす有名人になった。

「まだ一年生なのに派手な化粧をして職員室に引っ張られた女子生徒がいる」

北原という姓を聞いてすぐ美映子だとわかった。

「早速うちの化粧道具を使ったのだろう。何を考えているのか頭のネジが外れてるんじゃないの!?」

日直だった私は朝の日報を届けに行くついでに職員室を覗いた。

そこには既に美映子の姿はなかった。

「あの一年生の北原美映子さんは…」

恐る恐る職員室にいた担任に美映子の事を訪ねた。

「なんだ吹越はあの子の知り合いなのか?」

「家が近所で小さい時から知り合いなんです」

「お前…あの子の家の事とか聞いた事あるか?」

「あまり詳しい事は知りません。お母さんが今いなくてお父さんが違う人だって事くらいしか」

担任の教師は黙って頷いて私の話を聞いていたが詳しい話は何も話してはくれなかった。

一年生の美映子の教室に放課後行ってみた。

そこにも美映子はいなかった。

ただ美映子のクラスメートの女子に話を聞く事は出来た。

派手な化粧をして登校した美映子はすぐ学年主任の先生に捕まり水道で化粧を落とすように言われた。

化粧も問題だったが美映子の頬には殴られたような痣があり唇も少し切れていた。

美映子は授業を受ける事なく担任と家に帰った。

そんな話を聞いた。

美映子はそれ以来中学に来る事はなかった。

「施設に入った」

「盛り場をうろうろしているのを見かけた」

そんなよくない話ばかり聞くようになった。

学校が終わる夕方に美映子の家を訪ねてみた。

東屋と言えば聞こえはいいが。

めったに陸に上がらぬ独り身の鰥の寝床ならいざ知らず。

浜の吹きさらしの小屋は凡そ子供と暮らすに相応し家だとはお世辞にも言えなかった。

日が暮れるまで待ったが家の灯りは消えたままだった。

帰って父に訊ねた。

「あいつの義父は先日遠洋に出たって話だ。二月は戻らねえはずだ」

「いつもそうなの?」

「あまり人付き合いがいい男じゃねえ。金が無くなれば漁に出て昔からそうだった」

私は美映子の家がそんなだなんて全然知らなかった。

義理の父親が漁に出て家を明ける間幼い彼女はどんな風にして過ごしていたのだろう。

それから美映子を学校で見かけなくなった。

「盛り場で悪い連中とつるんでるみたいだ」

「母親と同じじゃないか」

「血は争えないもんだ」

餌を見つけた鴨女がぎゃあぎゃあ騒ぐようだ。

この狭い町に嫌気がさす。

それはそんな心ない噂を耳にした時だ。

暗い冷たい海に飛び込んで耳を塞ぎたくなる。

しかし私は海に飛び込む事も町から逃げ出す事も出来ず年を重ねていった。





その夜遅い時間にバ-を訪れたのは美映子と彼女の恋人でありオ-ナ-の御子息である棟方真一郎さんだ。

「灯子さん彼のためにレコードをかけて差し上げたら」

捨て台詞まじりの言葉を残してマスターは店を出て行った。

余程美映子のつれがお気に召さないとみえる。

いつも一悶着あるのが二人の男の見慣れた風景だ。

私はマスターがタ-ンテ-ブルに置いたレコード盤に黙って針を落とす。

流れて来たのは【Some day my prince will com】ビル・エバンスの曲だ。


「Sonny Rollinsの 【St. Thomas】を」

「生憎オ-ナの意向で安い酒は置かないようにしてます!」

「ジャズやブルーグラスの音楽を流すようにと再三お伝えしたはずですが」

「ですから安酒はここには似合いませんて」」

「別に音楽なんてどうでもいいでしょ?男ってつまんない事でばかり張り合うんだから」

「ジャズなんて僕に言わせれば子供の音楽。せいぜいノンポリの大学生の暇潰しに過ぎないんだよね」

早川さんは真一郎が好きなジャズやブルーグラスという音楽が嫌いで「特にあのブルーグラスというやつに使われるバンジョ-の野蛮な音色と来たら耐えらない」と常々漏らしていた。

経営者の御子息でありアメリカ帰りの棟方真一郎を「バンジョ-の君」などと呼ぶのはそんな理由からだ。

「だけど君は雇い主に従う義務がある」

「残念ですが…私を引き抜いて下さったの先代のオ-ナでして真一郎坊っちゃんではございません!」

「でもこれからは真一郎さんが経営者なんだからさあ…早川さんももう少しやわらかくなった方がいいと思うよお」

「美映子さんはいずれその経営者様の奥方ですからね!でも今は早川さんじゃなくマスターと呼んで欲しいなあ」

「そういう顔をしたいなら就業時間はきちんと守り給え」

真一郎は腕時計の針に目を落としながら言った。

この館には目につく場所に時計は置かれていない。

お客様に時間を忘れて寛いで欲しいという配慮からだ。

二階には勿論豪奢な天蓋ベッドを備えた寝室も用意されていた。

「だそうですよ美映子さん」

「ええ~私なの!?」

「僕は人件費の事も考え早上がりするので経営者ならば言わずともそこは汲みとって欲しいものですな」

「そもそも君は時間給で雇われていないという事を忘れてはいまいね?」

「どうやら時間のようです」

マスターは真一郎の時計に鼻先を近づけバ-を出て行った。

「ギムレットを一杯頂きたいんだが!」

「それなら僕より灯子さんの方がずっと上手ですよ」

彼は真一郎さんがアメリカからレシピを持ち込んだギムレットも嫌いだった。

「退屈で甘ったるくてうつろな味しかしない。好んで飲む人間のお里が知れるってもんさ」

そのギムレットを真一郎はいつも注文した。

「ねえねえ、この曲なんて曲?」

真一郎の隣に座った美映子は彼の腕に手を置いて甘えるように訊ねた。

指先には彼からもらったのであろう大きなダイヤの婚約指輪がシャンデリアのように豪勢に光っていた。

「訳させるの?恥ずかしいよ」

私がギムレットを2つ用意する間真一郎は彼女の質問に首を振る。

「いつか王子様が…今の二人にぴったりじゃありませんか?」

「あの皮肉屋が」

その皮肉屋の雇われマスターは今頃駐車場で煙草に火を点けながら真一郎さんの車のタイヤに小便でもかけているのだろう。

「前輪左のホイールだけ妙に錆びるのが早い」

真一郎はいつも首を傾げていた。

私はギムレットが嫌いではない。

翡翠色がとても綺麗なお酒でとても甘くて飲みやすい。

花の一つ一つに花言葉があるように外国のお酒にも込められた言葉があるらしい。

ギムレットの酒言葉は【遠い人】もしくは【長いお別れ】だそうだ。

私はジンとローズ社製のライムジュ-スを半々に注ぐ。

「このロ-ズ社のライムジュ-スでなければ本物じゃない」という拘りが彼にはあった

今目の前にいる二人。美映子と真一郎は私にとってどんな今は間柄になるのだろう?

美映子は私の幼馴染みで。真一郎は私のかつての恋人だった。

今思えば女学生時代の一時の夢みたいな短い恋の思い出。

これはもう縁を越えた運命のようなものだろうか。

私が差し出したいつものギムレットを美映子は思い直したように「ごめんなさい」と断った。

「それトコ姉さんが飲んで」

「珍しいわね。あんたがお酒飲まないなんて」

「だって・・」

美映子は俯いて真一郎の顔を恥ずかしそうに見た。

「彼女お腹に赤ちゃんがいるんだ」

そう真一郎は私に告げた。

「どうしてもっと早く言ってくれないの」

客が途絶えた深夜のバ-はささやかな祝いの席となった。

私と真一郎さんはギムレットで美映子はオレンジジュ-スで乾杯した。

思えば不思議な縁だ。

私は真一郎さんと恋人だった時美映子は私たちの側にはいなかった。

私が真一郎と別れた後結婚した私は美映子と再開し`それがきっかけで彼とも再開を果たしたのだから。

「ところでご亭主の六朗さんのご容態はいかが?」

「今はいい薬もあって環境のいい療養所にも移れて大分安定しているのだけれど」

私の亭主の六郎は写真館の父が選んだ入婿で医者には「病が進んでもう先は長くないだろう」と宣告されていた。

「あんたのおかげ…だからあんたには幸せになって欲しいの」

亭主の六郎が病に伏して写真館の経済が立ち行かなくなった時私に盛り場の仕事を世話してくれたのは美映子だった。

その後海外に留学していた真一郎さんと私たちが働く酒場で再開し美映子と彼はやかて懇意になった。

美映子の口利きがなければ私はここで働けてはいないのだから。

「ここの仕事はどうですか?」

真一郎の言葉に私は答えた。

「お給料も充分に頂いてますし。それに私この職場もとてもとても気に入ってます」

それは私の世辞でも何でもない心からの本音だった。

私はここで働ける事が何より生き甲斐でそれは真一郎にも美映子にもいくら感謝の言葉を並べても足りないくらいだった。

「彼女もここがとても気に入っていてね」

「結婚して子供が生まれたら改装してここに住みたいって真一郎さんにお願いしたの」

私は彼女の屈託のない笑顔に言葉を失った。

「出来る事なら彼女が望む環境で家庭を築きたいと僕も考えていてね」

私は手にしたギムレットの残りを口に含んだ。

「残念だけどここは来年で閉じてしまおう、そう考えているんだ」

なるほど、確かにギムレットはぬるくなり退屈で今はうつろな味がした。

それでも私はギムレットに毒薬なんて入れたりはしなかった。

少なくとも今はまだ。





《 私はギムレットに毒薬なんて入れたりはしない 了 》





【 あとがき 】
この作品の本当の題名は【ギムレットとブラジャ-】というのですが・・今回もお時間足らず・・限界っす・・よよよ(嘘泣き

【 その他私信 】
個人的にはもっと続き書きて-と思いつつ閉店がらがら。


ココット固いの助
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