Mistery Circle

2017-10

《 レクイエム 》 - 2012.07.21 Sat

 著者:幸坂かゆり






街には、豊かな黒い髪と宝石のような青い瞳を持つ美しい女が住んでいた。とても性的な香りがする、なんて知ったようなことを赤の他人の、それこそまだ子供のような男が言う。それをまた下世話な大人が、いいか、彼女の目的はあの美貌を利用して若い男とさまざまな性を試し、値段をつけることなんだぜ、今にダイヤや毛皮なんかを身に着け始めるからよく見ておくんだな、と得意げに上乗せして説く。しかしどちらも噂だ。ただ得意げに話すのが楽しいのだ。

少し外見が他人と違うだけで根も葉もない物語を仕立て上げて陰口に発展してしまう融通の利かない田舎町。ここには最近老朽化して建て直しをした巨大な児童養護施設がある。経営主が牧師であるため宗教を尊重して屋根の上には十字架があり窓にもステンドグラスの細工があった。美しいので観光地のようになってしまったのは心外だった。施設側はそこに住む子供たちの心情を思い、日夜訪れる旅行客に注意を促しているが未だ真夜中の迷惑な客は絶えない。夕暮れ時には派手なネオンで飾った看板の店が数多く軒を連ねる。そこに黒髪の美女が滑り込まれるように一軒の店に向かう。扉を開け、店の中に消える。狭い石畳の歩道を隔て、向かいにはカフェ。その窓際の席で若い男たちがたむろしてビールを飲み、彼女の姿を目で追っていた。やっぱり美人だな。若くはない、30代くらいか。あれだけ美人なら年は気にならないな。この街の大学の教授も彼女に会いにあの店に行ってるらしいよ。へえ、教授なんてもう老人じゃないか。きっと彼女がさまざまな性の奥儀を隠し持っていて瞬時に男をめろめろにするんだぜ。

ネオン街の猥雑な喧騒の中にトマの住む部屋がある。
治安も悪く騒音が酷い場所なので家賃はとても安いがトマ自身は原色の音や光は気にならないのでありがたく住まわせてもらっている。今日もたくさん黒髪の美女の噂を耳にした。トマは彼女のことを知っている。朝に近い深夜、鍵を開け、ルームシェアの相手が帰って来た。彼女はあの黒髪の美女。
「ごめんなさい。起こしちゃった?」
トマは耳にあてていたヘッドフォンを外し彼女の方を向く。
「いや、寝られなくてさ。お疲れ様。エイメ」
「ただいま。トマ」
仄かな笑みで応えるとエイメと呼ばれた女性は自分の部屋のドアを開ける。彼女の服には仕事の残り香。その背中を見送るとトマはヘッドフォンをつけ直す。聴いているのは雑音。音楽ではなく。トマの部屋には数種類の盗聴器がある。何をする訳でもない。エイメの部屋にも仕掛けていない。ただ街の喧騒を聞いていたいだけだから…悪趣味ではあるけれど。トマはある日突然音が欲しくなったのだ。言葉ではなく音楽でもなく。もちろん音楽も聴くし自然の音だって愛している。けれどそれだけじゃ気が狂いそうになった。すべてが乱雑に交じり合う音。トマが欲しているものが盗聴器にあった。昼間のカフェで男たちが彼女について話していた内容もすべて耳にしていたが興味はない。ただこの音だけがトマの望み。

トマは孤児だった。
「観光名所」になる前の旧施設で暮らしていた。十八歳になると出ていかなければならない規則があったのでそれに則り施設の協力もあって現在の部屋よりは高かったが、当時のトマにとってはぎりぎりの情報だった。条件を削っていくと安アパートはすぐに見つかり施設を出た。生活していくのは容易ではなかったが職種を選ばずに働いて食いつないだ。しかし何を見ても何を聞いても感覚が動かず、人間関係も希薄だったので不感症なのではと思うようになった。それからトマにとって終の棲家とも思えるこのアパートに辿り着き、盗聴器というもので心の安定を見つけてからは世間と折り合いをつけながら過ごせるようになった。黒髪の美女エイメとルームシェアを始めたのはトマがこの暮らしになじんだ数年後で彼女と面識はなかった。エイメは突然やってきてこの安い部屋を更に安くしたいからシェアさせて欲しいとトマに交渉して来た。トマは「常人」には煩わしいであろう深夜のネオンの瞬きや騒音について何度も説明した。しかしエイメは一言、住めるのならいい、と言った。彼女はその日バッグひとつだけを持ってやって来た。

エイメは人目を引く美女だが暗い影が体全体を包んでいた。彼女ほど美しい人がなぜこんな街の片隅のオンボロな部屋を選んだのかは、彼女の人生の中でそう選択せざるを得ない何かがあったのだろうとトマは推測しているため、エイメの歩んで来た人生をトマは訊ねない。エイメもトマに訊ねたりしない。互いに私生活を干渉しないからこそシェアは成り立っている。その時はまさかエイメが街で噂のヒロインだとは知らなかったけれどそれもエイメに直接聞いた訳じゃない。どこまで真実かなんてエイメ本人にしか判らないことだ。…トマの盗聴器は男と女の話し声をキャッチした。近くのバーだろう。殺人犯がこの辺をうろついているらしいと男が大げさに話し、女が怯えた声を出す。ちいさい街のくせに物騒な。別の盗聴器からは夜中に起きてしまった赤ん坊の泣き声とあやす母親の声。ノイズ。またノイズ。声か音か判別がつかなくなった頃トマは眠りにつく。浅い眠り。もうすぐ仕事の時間だ。衣食住を確保するためだけの単純労働。あとは盗聴に。

明るく照りつける太陽の陽射し、草原の中で笑い転げる少女の顔。鳥の雛のように頭皮が透けて見えそうに薄い栗色の柔らかな髪。年は五歳か六歳かそのくらい。話ができない。正確には声は出るが言葉にならない。傍らには十五歳のトマ。言葉は話せないが器用な少女はトマに小さな草花で花冠を編んでくれた。笑いながらちいさな手でトマの頭にそれを乗せる。トマは微笑む。少女は嬉しそうに奇声を発する。それが少女の嬉しさの表現。アスファルトの上に絵を描く。描かれた絵をトマが覗き込む。これはなに?少女は両手を大きく動かして説明する。十字架が屋根の上に乗った教会。少女はそれが施設だとかトマが暮らす場所だとかそんなことは知らない。ただ好きだからいつもその絵を描いた。あんなに晴れていたのに急な雨雲が空を覆い、雨が降ってきた。トマと少女は走って目についた家の軒先で雨宿りをする。少女は視線を地面に落とす。絵が雨で流れてしまった。ふたりの他には誰もいない。いつもいない。

仕事帰り、地下鉄を降りたところでトマは目の前が突然暗くなった。景色が揺れた瞬間、大きな体に受け止められた。肩で息をしながらその体の主を見る。
「大丈夫?」
目の前に柔和な声を持つ男性の姿があった。
「ありがとう…急に具合が悪くなってしまって…」
「救急車を呼ぶかい?」
「いや、休めば落ち着くよ」
トマは男の手を借り、構内のベンチまで歩き身を横たえた。視界が回っている。電車は轟々と音を立て、ふたりの男を無視して規則的に発車と停車を繰り返す。男はトマのために自分のハンカチを水で濡らして絞り、額に乗せてくれた。汗が酷い。男が言う。
「車内…香水の香りがきつかったからかな」
「ああ、そういえば」
甘い花のような強烈な香りがしていた。それで頭が…。けれど不快ではなかった。包容力のある良い香りだと思っていた。
「好きな香りでも具合が悪くなったりするんだろうか」
トマの何気ないつぶやきに男はあっさりと答える。
「もしそれが媚薬的なものであったなら君の体に合わなかったのかも知れないね」
男の答えにトマは感心する。
「それは…もったいなかったな」
ふたりは笑う。しかしトマの首筋を後から後から汗が伝う。
「今はただ休むといい。僕は勝手に君を助けただけだ。予定もないし安心して。君が歩けるようになるまで付き添うよ」
「ありがとう」
トマは迷わず見ず知らずの親切なこの男に頼ることにした。
仮に、トマがここで眠りに落ちてその隙に財布を盗まれたとしてもそれはこちらの感覚の設定ミスだ。それよりもこうしてここに連れてきてくれて安堵感まで与えてもらい何の礼もできないのがもどかしい。そんなことを考えながらトマは少しだけ眠りについた。強烈な音も光も平気なのに香りだけは苦手だ。嫌いなんじゃない。ただ香りによって自分の過去、思い出さなくても良いような記憶まで揺り起こされるような不安を感じてしまう。

夜。店のネオン管が切れそうになっていて慌しく点滅している。猥雑な賑わいを見せる時間。人の波。妙に急いで走る車。信号機。光るアスファルト。エイメは店の仕事を終え、もうひとつの仕事へ急ぐ。ホテルの階段を上る。トレンチコートのウエストをベルトで絞り、頭にスカーフを巻き、サングラスをかけている。フロントからキーを受け取り部屋へと向かう。ドアにキーを差し込み、入る。照明のスイッチを押す。目に入るのはベッド。それがふたつ。擦り切れた絨毯の床を歩き狭い通路を抜け、窓辺に向かう。ゆっくりとカーテンを開け、窓側のベッドに座る。サングラスを外し、スカーフを取る。うねりをつけた長い黒髪が背中に広がる。暖房のスイッチを入れ、部屋が暖まるのを待つ。口紅をティッシュで拭う。淫靡な外のネオンを映し出すエイメの瞳は昼間の澄んだ空を溶かし込んだように青い。

親切な天使と別れ、部屋に戻ったトマはいつものようにヘッドフォンを耳にあてる。安心する。ヘッドフォンの中で若い奴らがセクシーな噂をする中、今日も殺人犯の話題が上った。エイメに気をつけるように言わなくては。ふとノイズに声が混ざる。
『昼間ここの前を通った方、噂の女性ですよね』
盗聴器に入った声に思わずトマは耳を傾ける。
『……噂?』
『若い男性ばかり誘うって言う…』
『ああ…絶対公の場で他の人間にその話をしてはだめだよ』
『判ってます』
『彼女は以前、診察したよ』
…ノイズ。トマは苛ついてヘッドフォンの音量をいっぱいに上げる。盗聴器が本来の役割をすることに少々心が咎めたがエイメのことであれば先ほどの事件関連の噂共々聞いておきたかった。いくつかの聞き取れない話の後、男は言う。

ホテル。
エイメは香を焚き、ベッドに座っている。顔にも髪にもネオンライト。時折ヘッドライトが走る。部屋には濃厚な甘い香りが漂う。ホテルの外で車のクラクションが激しく鳴る。そんな音も聞こえないようにエイメは両手を組んで祈るように目蓋を閉じる。

『性依存症だ』
トマは盗聴器のヘッドフォンをつけたまま窓を開け、辺りを見渡す。どこで話している?男は医者だろう。話し相手は看護師?この会話が拾える範囲の病院は…。男はまだ話を続ける。紙を捲るような音。カルテ?
『ご主人と離婚して無気力になった。それから急に貪るように男と寝るようになったんだ。その瞬間だけ自分が生きている実感があると。終わると罪悪感がひどいとも。しかしその気力がないと生きていけないから続けているってね。典型的な症例だが依存症は難しい。とてもひたむきに話してくれたから何とかしてやりたいと思ったがそれから来なくなってしまったんだよ…』
トマはヘッドフォンを外す。ノイズが鳴る。しかし盗聴器からではなくトマの頭の中で。葬り去ったはずの記憶の断片。エイメの青い瞳。少女の青い瞳。頭痛。ヘッドフォンを床に落とす。ノイズが大きくなる。サイレンになる。救急車の。

あの日、少女はいつもトマと遊ぶ場所でうつ伏せに倒れていた。トマの気配を感じたのか顔をゆっくり起こすと頭と鼻から血が流れていた。何があった?トマは急いで駆け寄り少女の顔のそばに同じように倒れ込み話しかけた。少女の小さな手がトマの手を探し当てると、トマの手のひらに絵を描いた。車を。それが少女に向かってくる瞬間を。

階下で急ブレーキの音。トマは驚いて体が跳ね上がった。甲高い声の女がドライバーに罵声を浴びせている。心臓を押さえる。汗が噴出す。またノイズ。床に倒れこみ、呻いた。自我が壊れてしまいそうだ。苦しい。床をのた打ち回り、意識が遠のいてゆく。

「トマ?トマ、大丈夫?」
甘い香り。囁くような細い声。トマは声の方に目を向ける。
「どうしたの?部屋に入ったらあなたが倒れてて…大丈夫?」
トマを覗き込むエイメの青い瞳が心配そうに揺れている。トマが何か言おうと口を開きかけ体を捻った。その瞬間、無理な力のかかったヘッドフォンのコードが目一杯に伸び、機材の差込口から外れた。部屋の中に、街の中の声が、音が、渦のように拡がった。トマは慌てて一番大きな音量と思われる盗聴器を探して消した。その他はどれがどれだか今は判断できなかった。恐る恐るエイメを見る。
「…驚かせてごめん。君の部屋にはつけてないから。本当だ」
「気にしなくていいのよ」
意外にもエイメは落ち着いていた。唇に微笑まで携えている。

「エイメ、少しだけ僕の話につき合ってもらっていい?夢の話だと思ってくれて構わないから」
「もちろんよ、話して」
トマは甘い『媚薬』に似た香りのするエイメの膝を貸してもらった。
「この街の巨大な児童養護施設があるだろう。まだ建て直す前の古い時だったけど、僕はあの施設で育った孤児なんだ。こんな話なんだけどいい?」
エイメは淡く微笑し、片方の眉を上げて頷くとトマに話の先を促した。
「僕はおとなしくてメランコリックな気質で、いつも施設の窓から外ばかり見ていた。外では僕より年下の子供たちが元気に遊んでいたけどひとりの…五歳かそこらの女の子だけいつも相手にされていなかった。いじめられているふうでもなくて。観察してみたら子供たちは仲良くしたくても、その子の『何か』を持て余していて上手に仲間に入れてあげられないようだった。実際に話しかけてみて判ったよ。その子は言葉が話せなかったんだ。少なくとも僕が知る五歳くらいの子供と同様には。僕は考えて彼女に絵を教えた。ものすごく嬉しそうに感情を絵と文字のような何かで僕に伝えようとしてくれた。僕らはその瞬間に仲良くなったんだ。僕はその時十五歳でその子と随分年の差はあったけど構わなかったし、他の子供たちも僕という友達が少女に現れたことで安心して自分達だけで遊ぶことに没頭できたようだ。ただどんなに気をつけていても…事故は避けられなかった…」

少女が救急搬送されていく。救急隊員がトマに電話を貸してくれたが、彼女の母親の仕事も連絡先も知らないと説明した。隊員が聞いた。君とこの子の関係は?いつも遊んでいる友達です。僕は人見知りで…気が合ったんです。ごめんなさい…あまり施設以外の人と話をしたことがないからうまく話せなくて…。会話の中で僕が施設の人間だと判るとなぜか納得してくれた。隊員のひとりがトマを呼んだ。よくわからないけど君と話をしたがってるようだ、こっちに。曖昧に空を彷徨っていた少女の視線がトマの顔を捉えた。少女はトマの顔を見るとにっこりと笑った。トマも救急隊員もその笑顔につられたように微笑んだ。少女はゆっくりとトマの手を取り、血のついた小さな指でトマの手のひらに何かを描いた。教会の屋根。十字架。いつもの絵。少女は突然大きな声を上げた。隊員が酸素マスクをつけようとしたが少女は首を振った。声の中に言葉が混じり、唇は何かを伝えようとしている。トマは少女の唇に耳をあてた。言葉を初めて捉えた。その言葉にトマが頷くと一瞬目を細め、大人のような深みのある微笑をトマに見せ、青い瞳はそのまま揺れることをやめた。

「…僕は思うんだ。あの子は決して不幸な子供じゃなかった。いつも幸せそうに笑っていた。それは僕がよく知ってる。いつも一緒にいたから。あの子の母親がどんな人かは知らないけどあんなに情緒の安定した素晴らしい子だったんだからきっと家でたくさんの愛情を注がれていたんだと思う。それから数週間後、僕宛に匿名で結構な高額の寄付金が届いたんだ。あの子の母親からだと僕は確信してる。知る術はなかったけれど」
十八歳になり施設を出る時、その寄付金は事実上トマを生かしてくれる命綱となった。仕事を持ってからもできる限り給料だけを使って生活し、寄付金は最後のコイン一枚になっても生き物のように大事に扱った。エイメはトマの髪を優しく撫でながら話を聞いていた。話し疲れてうとうとする。少し眠るといいわ、エイメは言う。ありがとう。トマは昼間地下鉄で出会った天使との会話を思い出す。エイメの存在に自分に合った『媚薬』を思う。その効能は症状によく効き、副作用を持たない。

エイメはトマのすべてを知っている。知った上でこのアパートに来た。
トマの言うとおり、寄付金は少女の母親であるエイメが名前を明かさずトマに送った。いつも娘と遊んでくれていたトマに。娘を亡くした直後のエイメは自暴自棄になり毎晩男に体を投げ出した。その時は自分をごまかすかのように似合わない安っぽい金髪に染め、自分を痛めつけて金を稼ぎ、一時期だけ噂のとおり娼婦になった。しかしトマが十八歳になり施設を出たことを知り、現実と向き合い、自分を戒めた。その後、行方が判らなくなってしまったトマを興信所に依頼し、居場所を突き止めた。トマが盗聴を趣味にしていると知った時は心を痛めたが実際のトマはまるで子守唄を聴くように盗聴器を耳にしていたので見守っていた。精神科に赴きカウンセリングを受けたが通院はしなかった。一度のカウンセリングに込めたのは病院という告解室での懺悔だったから。エイメは生き方を変えた。髪も黒髪に戻し、安ホテルは男と寝る場所から娘を供養するための儀式をする聖なる場所に取って代わった。ホテルの窓からは施設の十字架が見えた。ネオンに照らされた派手な十字架は自分に合っていると思った。毎日その十字架に手を合わせて祈り、賛美歌を歌う。エイメは確かに夜の時間に仕事をしているがそこは売春宿でもなんでもなく誰もが集うバーだった。そのあとの儀式がもうひとつの、人生をかけた仕事。トマも言ったように過去を知る術なんてもうない。けれどそれでいい。知らなくていい。エイメの願いはたったひとつ。娘に優しくしてくれた同じく優しい心を持ったトマに、自分のできる限りをしてあげること。エイメの行動の何もかもはトマが苦しんでやしないかと、ただそれだけを案じてのこと。

部屋の外は相変わらず救急車やパトカーのサイレン、罵声に悲鳴、嬌声、様々な音が聞こえ、盗聴器から洩れるノイズが重なって不協和音を奏でた。眠っていたトマはその音に反応し、苦悶するような表情を浮かべ、どれでもいいから手に届く範囲で盗聴器の音量を切って行った。ひとつずつ音が切れる。点滅していたネオン管もとうとう力尽きたようにじりじりと消えた。部屋の中を静寂が満たす。すべてを話し終えたトマに盗聴器はもう役目を終えたようだった。不意にトマが膝の上からエイメを見上げる。エイメ、泣いてるの?暗くて見えないけれど時折外のライトが照らし、その美しい頬に光る筋が見えたから。いいえ、心遣いをありがとう。小さな声でエイメは言って窓に目をやる。髪で顔が半分隠れているが、僅かに見えるエイメ顔をトマは見る。その揺れる瞳に石でアスファルトに絵を描く無邪気な少女の面影を見る。
「あの子を見ていてきれいな目をしていると思ってた。いつも見惚れていた。あの子の瞳は、エイメ、君に似ているよ」
「嬉しいわ」
街の雑音はもはやふたりにとって荘厳な鐘の音に聞こえる。

少女の墓は小さく可憐に建てられた。トマが花を持って行くと、いつも彼より先に新鮮な花が供えてあった。ある日いつものように花を持って墓を訪ねると誰かが墓の前に跪いていた。金髪の女性。少女の母親であるあなただ。細い体で背中を丸め、泣いていた。十五歳のトマ少年は遠くからあなたを見つめる。顔はよく見えない。彼は落ちていた枝を踏んで大きな音を出してしまい、あなたはトマの方を振り返る。ハンカチでほぼ顔を覆っていてよく見えなかったがあなたはトマを怯えたように見てすぐその場を駆け出した。トマが呼び止めても背中は振り返らなかった。絶望の中にいるあなたはまだ知らない。かれが施設を出る三年後、やがてあなたはかれを救うことになるのだと。かれもまた、あなたを救うことになるのだと。





《 レクイエム 了 》





【 あとがき 】
今回、自分から書かせてくださいと言った割に、
お題の難しさに四苦八苦&七転八倒しました。
言い訳ですが何となく文章がよろよろしてしているのはそのせいです(ハハッ
しかも!最後まで!「二十歳の檻を破る」という台詞も何も出なかった!ごめんなさい!
設定だけで5作書きましたがどうしても入りませんでした!
お題、難しいよ、お題…゜(゜´Д`゜)゜

愚痴はさておき、
MCの管理人さま、作家さま、
今年も一年お世話になりました。
温かい批評と融通を利かせた運営に感謝しております。
また来年も参加できると幸いに存じます。
まだまだ作業はあると思いますが、
どうぞ、肩の力を適度に抜いて継続してくださいませ。
今年もどうもありがとうございました。


Kayuri Yukisaka Website 幸坂かゆり総合案内所  幸坂かゆり
http://kayuri39.strikingly.com/

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