Mistery Circle

2017-08

《 灰色の町のピエタ 》 - 2012.07.22 Sun

オススメMC 2015  《《 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆ 星十六作品 》》

 著者:幸坂かゆり








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差し出された本を、ミナはやんわりと少年につき返す。
「それ、もう知ってるわ」
「すごく難しい本だってママが言ってたよ」
「あたし、本は結末から先に読むの。だから知ってる」
風に強く煽られ、頬にくっつく薄茶色の髪をミナは指で払いのけ、マフラーを巻き直し、少年に背を向けて歩く。そのあとを少年は小走りでついてくる。ミナよりも幼く、金髪の巻き毛を持ち、天使のように愛らしい姿。最近、読書が楽しいらしく自分の読む本をミナに貸したくて仕方がない。ほとんどは有名な童話で結末から読まなくてもミナは知っている。
「なんで?」
少年がミナに問いかける。
「なにが?」
ミナは振り返らず少年に問いかけを返す。
「結末から読むって話」
ああ、とミナはつまらなさそうに返事をする。
「読み終わる前に死んじゃったら気持ち悪いじゃない」
「でも先にお姫さまがどうなるか知っちゃったらつまんなくない?」
「お姫さまが出てこない本だってあるのよ。あんた読んだことないの?」
ミナが冷たく言い放つ声に少年は泣きそうな顔になる。
「泣き虫」
少年には構わず、ミナはその場を早足で歩く。寒い。町全体が灰色だ。湖の色さえ。少年はまたミナのあとをついてくる。ミナは凍った湖に張る薄氷の上に乗る。少年は躊躇する。そこに乗ったら大人に怒られるよ、そう言いたいのだが、少年は大人よりミナに嫌われる方がいやだから言わないでいる。氷の上で遠くにぽつんと立つ小屋がミナの視界に入る。その視線の先を追い、少年もそちらを見る。
「ねえ、ミナ。あの丘の上の古い小屋、誰かいるのかなあ」
「うん」
「良かった!お化け屋敷じゃなかったんだ。時々灯りがついてたのは人がいたからなんだね」
ミナはあどけない少年の言葉に微笑む。

古い小屋。アトリエとして使われている。
朝、若い男が鍵を開けて入ってくる。都会での仕事を辞め、退職金でこの町に来て生活する住まいと、残りの人生を捧げるようにこの小屋を借りた。来たばかりの時は死神でもくっついていそうな悲愴感漂う風貌だったが、この町で絵を描き始めてからそれは薄れていった。近隣との付き合いはほとんどないが、望んではいなかったので充分だと思っている。アトリエに改築したこの部屋は屋根裏まで吹き抜けで天井は高く、広々としているが木目の白い色が変色しかけている。アトリエ内はストーブが赤々と燃え、壁には立てかけてあるキャンバスがいくつか。イーゼルに立ててあるのが一枚。隅には首から胴体までの、腕のない木のトルソー。その横に黒い革のソファー。大きくて飾り気のない木のテーブル。何枚かのポラロイドを手にする男がソファーに座っている。藍色のシャツにズボン。素足にエスパドリーユ。この上なくラフないでたち。髪をかきあげてもすぐに元に戻ってしまう。部屋の奥にはコンロがひとつと手軽なオーブンがついた小さなキッチン。その上には両手鍋。アトリエにはそれだけ。
二十時過ぎ。ドアを爪で引っ搔く音。男はソファーから立ち上がり、ドアを開ける。古くなった蝶つがいが軋んだ高音を鳴らす。ミナが立っている。男はすぐに彼女をアトリエ内に迎える。
「夕食は?」
「なにも」
「お腹はすいてる?」
「すいてる」
先ほど男が座っていたソファーにミナが座る。男はミナにポットからカフェオレをボウルに注いで手渡し、テーブルの上に無造作に新聞を広げて、その上でパンを切る。ミナは切った先から手を伸ばす。
「あんまり食べ過ぎるとお腹が出てみっともなくなるわね。今はパンとカフェオレだけにしておくわ」
「平気かい?」
「我慢できなくなったら言う」
「ぜひ、そうしてくれ」
男は柔らかな表情で笑う。ミナはカフェオレに浸したパンを口に運ぶ。

軽食後、ミナは上着を脱ぎ、男がそれを受け取りトルソーにかける。
「寒くない?」
「あったかいわ」
床の一角に毛足の長い絨毯が敷いてあり、ミナは更に靴と服を脱ぎ、一糸纏わぬ姿になってそこに移動して座る。男はイーゼルをがたがたとずらし、定位置に立ち、ミナを描き始める。床がきしみ、絵筆や男の指がキャンバスをこする音が響く。ミナは窓から外を眺める。風が強く、灰色の空が黒い木々を揺らす姿が目に入る。生き物のようだ。男は真剣にミナを写し取る。ミナが動いたとしても気にしない。ミナはあくびをする。目に涙が浮かび、鼻が赤くなる。その瞬間を目に焼き付ける。

霞んだ細い三日月が浮かぶ。星は見えない。ミナは上着以外の服を身につける。男は束になった紙幣をミナに手渡す。スカートのポケットにそれを押し込み、ソファーに座る。男はコンロの上の鍋を暖め直す。火を入れたオーブンから香ばしく焼きあがったステーキを取り出し、皿に乗せる。野菜やきのこをたっぷり煮込んだスープの鍋がやがてくつくつと音を立てる。充分に温まったスープを肉と共に差し出す。ミナは新ためて料理を食べる。頬は桃色に上気する。
「おいしい。器用なのね。いつも思うわ」
「器用貧乏だ」
「お金持ちじゃない」
「絶望で得た金だよ」
「…少なくともこの町に来る選択ができたお金でしょう」
男はミナの言葉をしばらく噛み締めるように聞く。
「そうだね。君の言うとおりだ。このアトリエも借りることができた。ここでこうして君が描けなければ、本当の絶望だった…」

食事を終え、ミナはナプキンで口を拭う。
「ごちそうさま。そろそろ帰るわ」
「ああ。来てくれてありがとう」
男はミナが上着を着るのを手伝う。
「気をつけて。風邪を引かないように」
「ありがと。明日ね」
ミナは立て付けが悪いドアを開け、外に出る。自転車の鍵を外す。
「そろそろ自転車は危ないな」
「雪が降ったら乗らないわ」
ミナは自転車を走らせる。アトリエから遠ざかる。ミナの姿が見えなくなるまで目で追う。ミナ以外誰もいない。小さくなっていくミナは緩やかな坂道を降りながら消えた。男は緑色の目を淋しそうに細める。外気に晒され、体をすくめる。

ミナが帰途に着く。部屋の灯りをつけ、ポケットから男にもらった紙幣を取り出し、何枚か自分の分を抜き取ってから残りをテーブルの上に置く。その辺にある適当な紙に「親愛なる両親へ」と事務的に書き、同じようにその辺にある物を重石にする。両親の姿はない。どこかに出かけていてまだ帰らない。いつものこと。ミナはバスタブに湯を張り、その間に少しだけ本を開く。結末は知っているけれど文章はすべて読む。童話ではない本。

「今日もまたあの女の子と遊んでいたの?」
こちらは母親に叱られている。泣き虫の、ミナに冷たくされた少年。母親の視線が怖くて下を向く。
「あの女の子はあなたより少し大きいから、あなたにはもう少し同じ年の子とも遊んで欲しいわ。それから、あなたは体が弱いからママは心配なのよ」
少年は母親の言葉に含まれるミナへの悪意にまだ気づけない。
「わかってるよ、ママ。心配かけてごめんね」
少年の素直な言葉に感激し、優しく抱擁をする。少年の目は窓に映る揺れる木の枝のシルエットを見る。心にミナを思い浮かべていた。ママの言うことはできる限り聞きたいと思うが、ミナと会わなくなるのはいやだ。きっと涙が出るほど悲しい。本の結末から読むと言っていたミナ。読み終わる前に死んじゃったら気持ち悪いからだなんて変わってる。でもほんとはぼくこそミナのような読み方をした方がいいのかも。すぐに熱を出すし、小学校もよく休むほど体の弱いぼくは明日にでも死んじゃうかも知れない。そんなことを考えながら読みかけの本を持ってベッドに行く。以前はママに読んでもらっていたけど、今は自分で読む。どんなに泣き虫の弱虫でも自分で本が読める。もうすぐ雪がやってきそうなほど寒い夜。

ミナはいつものように湖のすぐそばで雑草をかき分けて歩いていた。少年が見つけて歩調を合わせる。ミナの隣が少年の指定席であるかのように。挨拶すらしなくても。
「昨日の夜、寒かったね」
「うん」
「なにしてた?」
「なにも。ああ、本を読んでお風呂に入った。その後すぐに寝たわ」
「ぼくもだよ、おんなじだね」
少年は目を輝かせて言うがミナは顔も見ない。返事は判っている。一緒にしないで。以前そう言われた。けれど冷たい返事の時のミナは少年を見つめる目が優しいから気にしていない。
「ミナ、今度うちに夕食を食べに来ない?」
「お誘い?ありがと。でも夜は用事があるの。悪いわね」
そっけない。少年は少しだけ傷つく。そういえば昼はいつもこうして一緒にいるけどミナのことを何も知らない。
「ミナ、どうしていつもひとりなの?」
「あんただってひとりじゃない」
「違うよ、ミナくらいの年の人はみんな学校に行っているだろ?」
「行ってないだけよ」
「夜、用事があるってどんな?」
ミナは遠くを指差す。
「あの小屋、アトリエなのよ。そこで絵のモデルをやってる。お金をもらって」
「へえ!そうだったのか!すごいね!」
少年は無邪気に目を輝かせる。
「ぼく、見たいな。ミナが絵を描かれてるとこ」
「ほんの少しよ」
「うん!」

その日、早い時間にアトリエに少年を連れて行く、とミナは男に事前に報告を入れた。
少年は小屋の内装に興味津々できょろきょろと見渡していたが、ミナの絵を描いているのが若い男だったことを知り、軽く衝撃を受けた。どことなくミナに似た面差しで男にしては繊細な体つきをしている。男はショコラを入れてくれた。ミナはソファーに座っている。上着を脱ぎ、シャツを上のボタンまできっちりと留めて横を向く。窓からの日差しに目を細める。頬の産毛が輝き、そこにいるミナの存在そのものが絵画のようだ。少年は男の前に行き、ミナがどんなふうに描かれているのかを見る。スケッチブックには実写的な素描画。現実にはない一輪のバラの花がソファーに転がるように描かれている。その柔らかな表情は少年が見たことのないミナの姿。美しい。圧倒される。けれど何となく良い気分じゃない。
「ぼく、もういいよ。ミナ、帰ろう」
「じゃ、今日はここまでにしておこうか」
男とミナは目で合図する。ミナは少年を自転車の後ろに乗せてアトリエから去る。

「退屈になったんでしょ」
「ううん、ミナもあの男の人もすごいと思ったよ」
でも、と言いかけて口をつぐむ。少年は自分の中にどろどろした気持ちがあるのを自覚する。それが少年をすべて覆い尽くし、ミナにまで伝わってしまいそうで戸惑い、慌ててミナの背中にしがみつく。あの男は物静かで優しい態度をとってくれたけど、なんとなく好きになれない。だけど絵はきれいだった。あの絵が欲しい。それだけを考えた。少年の家の前でミナは自転車を停めた。
「もうわがまま言わないでね。仕事なんだから」
「ごめんね」
ミナはつっけんどんに言う。少年は自転車を降り、しょげて家に入ろうとする。自転車を走らせていくミナを見る。少年は気づく。ミナがいつも帰る方角じゃない。少年は暮れそうな日の中、夢中でミナの姿を追い、道を引き返す。

すっかり辺りは深い闇。足元も見えず、途中で迷子になり、べそをかきながらも仄かな灯りを頼りに歩き、小屋を見つけた。玄関先を見るとミナの自転車が停めてある。やっぱり。少年は裏に回る。窓はあるが高い位置にあり、細長く、中は見えにくそうだ。けれどそこらの木や石を積み上げれば届かなくもない。必死に小さい体を伸ばし、手が擦り切れるのを堪えて窓にへばりつく。カーテンの隙間から見える部屋の中は優しいセピア色の光が灯っていた。線の細い男の背中。男の向かいには、床に横たわる神話に出てくるような裸身の女。薄茶色の髪。少年の体から力が抜け、窓枠から指が離れた。永遠に落ちてゆくような錯覚に囚われたが雑草の生えた地上はすぐそこ。背中を強く打ちつけ、息苦しさに呻いた。しかし目は見開かれている。あんなやつ、ミナに似合うもんか。毒づきながら少年は無我夢中でアトリエから離れるように走る。足が絡まって転ぶ。立ち上がりまた走る。目には涙。悔しさ、憎悪、失意。諦めきれない。ミナ。

家に着くと、母親が心配していた。ひとりで歩いてたら迷子になっちゃった、と少年は瞬時に嘘をつく。母親はその言葉を信じて優しくとがめる。素直に謝り、温かい料理が並べられた食卓に母親と父親と少年とが揃って座る。母親はあの小屋とあの男について父親に話す。少年は聞き耳を立てる。突然ふらりと都会からやってきたらしいわね。絵描きだって聞いたけどあんなに古い小屋をわざわざ使うなんて物好きよね。父親は事情があるんだろう、と母親の話には乗らないが、平和に過ごしたいものだな、とやはり男の存在に疑問を持っているようだ。少年は笑いがこみ上げるのを堪える。ほらやっぱり。ぼくのあの男への感情は間違えちゃいないんだ。ここにも味方がいる。あいつはこの町にいちゃいけない。少年の中にふつふつと力が湧いてくる。
この日、ミナが外に出るとうっすらと雪が舞っていた。今年初の雪。ミナは自転車に乗るのを諦め、男に送ってもらう。男は小屋に鍵をかけ、ふたりで男の車に乗った。ミナは車の中で、いきなりお客を連れて来てごめんなさいね、と謝った。男は、楽しかったよ、と微笑んだ。

次の日、アトリエは跡形もなくなっていた。
火事が起こり、木造建ての小屋はあっという間に夜の内に全焼した。
暖房でも消し忘れたんだろう。近隣の住民は噂をする。小屋だけで済んで良かった。山火事にならなかっただけましだな。その時、男が話を聞きつけ、急いでやって来た。住民は好奇心で男を見るが話しかける者はいない。男はアトリエであった場所に近づく。火はとっくに消え去り焦げの匂いしかしない。膝をついて素手で煤を探る。何でもいいから残っていないかと。最初はゆっくりと、その内、狂ったように地面を掻く。何も残っていない。何も。手が震え出し男は静かに嗚咽する。人だかりの声がひそひそと響き、冷たい風に乗って、山を越え、哀しみの雪を運んでくる。

夕方、雑草の茂る湖の傍にミナはいつものようにいた。雑草は昨夜の雪で少しだけ凍っている。少年は背後からそっと近づく。ミナが振り返る。
「燃えちゃったわね」
「…ミナの仕事もなくなっちゃったね」
少年はミナの隣に腰を下ろす。
「平気よ」
その言葉に少年は安堵する。あの男はただの仕事の雇い主だっただけだ。そう思うと自然と口角が上がった。
「じゃあ、夜は時間が空くね。夕食においでよ。招待するから」
「熱心に誘うのね。なんで?」
少年はもじもじしていた手で冷たい雑草に触れる。
「だってぼく…。ミナが大好きだもの…」
顔が火照るのを抑えられないまま、少年は告白する。
ミナは黙って少年の手を取る。少年は驚く。ミナは見つめている。少年の小さな指、明るい色の爪、可愛らしく、まだ幼い、凍った水の感触なんか知らないような手のひらを。ミナはおもむろに少年の服の袖を捲り、細く血管が浮いた白い手首を晒すと唇を寄せ、噛みついた。少年の肩が驚いて跳ね上がる。ミナの硬い歯と温かく柔らかな唇の感触。痛い。けれど手をふりほどけない。ほどきたくない。少年の顔にミナの髪がふわりと触れる。気持ちいい。少年はミナの髪に頬を預け、目を閉じる。しばらくしてミナは少年の手首から唇を離す。白い手首に血が滲んでミナの歯の形がくっきりと浮かび上がっていた。少年の息が荒かった。
「手が擦り傷だらけね」
「え?」
「火をつけたの、あんたでしょう」
少年は、さっと血の気が失せる。ミナの目は責めるふうではなく、ただ少年の姿を捉えている。
「…哀しいわね。哀れな子」
少年の顔がみるみるうちに歪む。涙が目に盛り上がってくる。
「だってあいつ、ミナを裸にして、あんな…悪いことするやつ…」
「知ってるのね」
少年は黙る。背中を冷たい汗が流れる。
「裸でいただけ。無理強いなんてなにひとつない。あの人はあたしの恩人であたしもあの人の恩人よ」
なにを言ってるのかわからない、と少年は言う。ミナは少年の顔を両手で挟み、強引にこちらを向かせる。
「泣き虫毛虫。いい?永遠に口を閉じるのよ。あのアトリエはなかったの。この寒い町が見せた幻影だった。あたしとあんたは出会わなかった。あたしもこの町にはいなかった…」
「いるじゃないか!今ここに」
少年はしゃくり上げる。ミナを留めておきたくて見つめる。無造作に伸びたミナの薄茶色の髪が日差しを浴びて、アトリエで見た時のように美しい。本当にミナはこの世にいない人間なんじゃないだろうか、と不意に思い眩暈がした。けれどミナが噛んだ少年の手首はじんじんと熱くなってゆく。
「あんたがこの間あたしに読ませようとした本の主人公はね。あばずれ女とは決して一緒にはならない。最後は主人公とお似合いの清楚なお姫さまと結婚するのよ」
ミナはそれだけを言うと少年の顔から手を放し、優しい声で、家まで送るわ、と言った。それきり何も話をしてくれなかった。ミナはもう少年に軽口を叩かない。
ぼくは体が弱いんじゃなかったの?ママ。どうしてぼくはこんな時なのに平気で歩いていられるの。こんなに胸が苦しいのに。
少年の腕に残る、いっときの自由を奪われた屈辱の痕。ミナが教えた快楽の痕。無垢な少年から人間になった烙印。少年は結末を知ってしまった。

男は借家で少ない荷物を鞄に詰め込んでいた。この町を出るのだ。スケッチブックだけが残った。ソファーに座る着衣のミナ。救いだ。その他はすべて失った。もう何もない。顔を覆う。苦しい。愛しい。その時、ドアを引っ搔く音。ノックではなく。男の耳は風に消されそうな幽かなその音を逃さない。弾かれたように立ち上がり、玄関へと急ぐ。ドアを開けるとミナが立っていた。いつものように寒さに鼻の頭を赤くして。
男は壊れ物を扱うように抱き寄せ、部屋の中にミナを招き入れた。
「すべて燃えてしまった…すまない…。何もかも失くしてしまったよ」
「燃えたのは…」
男はミナの顔を見る。
「あなたの絶望だけよ」
ミナは男と似た緑色の目を向ける。言葉は確かな希望を紡ぐ。立ち尽くす男の手を取り、くちづける。ミナは男の手を見る。短い爪の間に絵の具が入り込み、取れなくなってしまった手。灰色の町の中で唯一、黄金に輝く美しい時間の色を閉じ込めた手。ミナは男に抱きつく。ふたりは強く抱き合う。元からひとつの体であったかのようにふたりの体はぴたりと重なる。唇を求め、貪るようにくちづけ合う。傍らにスケッチブックが落ちてページが捲れる。あのとき描き込まれた一輪のバラから色彩豊かな花が生まれ、舞う。この町の乾いた雑草ではなく、しっとりとした春の花々は蔦になり、ふたりの体に伸びて絡まる。冬が尽きてゆく。





《 灰色の町のピエタ 了 》





【 作者コメント 】
●まずは、私のこの作品を掲載してくださった、
「Mistery Circle」のオーナーであり、物書き応援ブログを代表する、
管理人初号機、night_stalkerこと内藤さん、
管理人零号機、伊闇かなでさん、管理人弐号機、天野真理さん、
管理人伍号機、アンヂェラ伍長さんに大きな敬意と、
そしてこの素晴らしいお題を与えてくださった作家の皆様、
そしてMCで私と一緒に戦ってくれているメンバーに、
最大の感謝を送りたいと思います(注・町田樹氏のインタビューのオマージュ)

今年投稿した2作品共に投票していただき、洵に感謝しております。
特に「レクイエム」はわざと難しいお題を割り振られたというのを知り、
復讐の2文字が頭をかすめたお題だっただけに本当に嬉しいです。
しかし難しいと言っても最高に充足感があり「私、生きてる!」と実感できます。
票を投じて下さった方、どうもありがとうございます。

そして…グランドスラム賞をいただいてしまいました。
という事は私はホンジャマカにエアホッケーでも勝利して、
ディズニーランド行きも獲得したのですね!(微妙に古い。知っている方はおられるか…)

しかし図に乗らず精進したいと思います。
なぜならやはり書き終えて他人になって自分の作品を読み返すと、
書きたいことの半分も文章として表現しきれていないからです。
多分、毎回そう感じてしまうのでしょうが、それでもその時その時書くものには、
全身全霊をかけていきたいと思っています。
えっと…「くっそ偉そうなコメントを一発」と言われたのですが、
普段から私、意味もなく偉そうじゃないですか(笑)なのでこの辺で。
自分へのご褒美に大好きな北海道のビール、サッポロクラシックを開けます!
どうもありがとうございました。


Kayuri Yukisaka Website 幸坂かゆり総合案内所  幸坂かゆり
http://kayuri39.strikingly.com/

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