Mistery Circle

2017-10

《 世界が始まる五秒前 》 - 2012.07.23 Mon


 著者:鎖衝







「今月末で世界は終わっちゃいますからねぇー」
 なんて、ものすごぉく間延びした顔の中年のおばはんに、ものすごぉく端折られた世紀末を告げられた、出勤途中のバス停の前。
 あ、いえ、それ間に合ってますから。差し出されたチラシを断り会釈をすれば、あぁそうですかとばかりに今度は後ろに並ぶ人達に向かって、「今月末で終わっちゃいますからー」と、更に端折った終末を告げに行く。
 どこの宗教か判らないけど、ちょっと終末急ぎ過ぎじゃない? もしかして月末締めの資金繰りに困ってるのかしらなんて思いながらも、「それ間に合ってますから」なんて断る自分なんだかなぁと。
 終末、間に合ってます――か。出来ればメガネの似合うクール系な知的ボーイに、「週末なら空いてますけど」なぁんて、恥じらいながら言ってみたいものだなと。思いながら差し出すSuicaのカード。いやいや、それって誰の事よ。思いながらそっと、自らの頬をビンタする。
 ちっ。週明け早々からツイてねぇぜ。なんて心の中で愚痴りながら吊り革に掴まれば、ちょっとばかり乱暴な急発進でバスは駅前のロータリーを抜けて行く。
 窓の向こうでさっきの間延び顔のおばはんが、誰にも相手にされなくてヒステリックに陥ったか、「世界おわっちゃうんだからー!」と、手に持ったチラシの束を空に向かって放り投げながら叫んでいる。
 あぁ、あれいいなぁ。楽しそうだなぁ。ふわふわ、ぱらぱらと降って来る桜の花びらのようなチラシの紙ふぶきを眺めながら、束の間の現実逃避。今年はお花見行けるかなぁ、なんて感じの三月中旬。
 あぁ、もう――何でもいいから仕事行きたくないよ。思いながら、私は込み上げる欠伸を噛み殺した。

 *

 ぷしっと小気味良い音を響かせて、缶ビールのタブは折れ曲がる。
 濡れた髪にタオルを巻き付け一気に呷る、一日の終了お疲れ様の冷たいビール。――いや、正確には雑酒かリキュール類か。要するに清涼飲料水よりも安い、ビールに似た味のアルコール飲料って奴だ。
 旨い。実に旨い。旨いついでに、目の前には酒の肴のチョコファッション。そして起動途中のノートパソコン。私の一日の最後の至福の時間の到来だ。
 ここは東京都多摩地区某所のワンルームマンション。月額五万円の賃貸物件。都会でもなければド田舎でもない、中途半端に不便で住み心地の良いそんな場所。そしてそこに住み付く二十代女子、“六華(ロッカ)”。私の名前だ。
 もちろん本名ではない。でもとりあえず今の所は特に本名とか必要無いから、敢えてここはハンドルネームのみって事で。
 まず――今朝方見掛けたあのおばはんの言っていた予言は当たってた。とりあえずはその話題から。

“お知らせ 今月末をもちまして、ジオ・タウンのサービスは終了とさせていただきます”

 ね? 本当だったでしょ? 鼻から軽くゲップを吐き出し、私は一人、得意気になってみる。まぁ、私があのおばはんの予言を信じていたか信じていなかったかは、この際関係無しって事で。
 とにかく、予言は当たった。私が長い間暮らしたインターネットサイトは、今月一杯で打ち切りだ。
 まぁ――寂しいけど、なるようになったか。なんて納得する程には、さびれていた場所だった。ログイン画面の上部に見える、半年前から更新されずにずーっと出っ放しの、“祝・登録者一万人キャンペーン”のバナーが、やけに派手派手しくて痛々しい。
 さて、一応その“ジオ・タウン”と言うサイトについても触れておこう。
 要は、アレだ。FACE BOOKやらmixiやらと、もはやネット民のみならず、リア充ですら当たり前のように利用していると言うソーシャル・ネットワーキング・サービス。いわゆる、SNSと言う類のものだ。
 ただちょっと大手と違う部分は、登録者は全員、“アバター”と呼ばれる自分の分身を手に入れ、それを使用する事。それは三頭身ぐらいの可愛らしいキャラクターで、ほぼ全てのパーツが組み換え自由の、着せ替え人形のようなものだ。つまりはそれを使って、仮想空間世界の住人に成りきると言う訳だ。
 ちなみに私のアバター、“六華”と言うキャラクターは、現実の私とほぼ同じ。黒とグレイが基調の服に、スカートを嫌ったパンツルック。帽子をかぶってメガネを掛けて、なるべく自分を隠すそんなスタイル。――しょうがないじゃない。昔から目立つ事が嫌いな地味人間なんだし。
 そんな六華の仮想世界の自宅は、サウスウエスタンコーストのE-2876のキャンディビレッジ。28区画の308番地にある、“笑顔喫茶店”の真ん前の一軒家だ。長たらしい住所なんだけど、それぐらいには広大だって事なんだろう。
 で、いつもログインする度に思う。“笑顔喫茶店”ってネーミングはどんなもんでしょうと。尤も、それに対して苦情を言う権利もなければ、苦情を言う相手もいない。多分だけど、この辺り一帯は完全にゴーストタウンだ。喫茶店のオーナーに限らず、この広い町内にログインしているのはきっと私一人。まぁ、それだけ過疎ってしまったサイトなんだしね。
 画面は斜め見降ろし方。四角に切り取った一区画が、ひし形に見えるタイプのマップだ。一見すればSNSと言うよりはRPGに近い感覚なのかも知れない。
“未来をその手で切り開け! 創造型都市、SNS Dio-Town”
 終了を宣言した未来の無いサイトに、そんな恰好いいバナーが点滅している。なんかいかにも日本人的感覚で面白いねと、私は思う。多分本当の世界の終末がやって来ても、日本だけはごく普通に電車が動き、いつも通りに人々は会社に出勤し、「あぁ、今日も残業かなぁ」なんて渋い顔してパソコンに向かうのだろう。
 そして多分それは私も同じ。朝から夕食のメニューに頭を悩ませ、あーあ、今日もひたすらかったるいなぁなんて思いながら終焉を迎えるんじゃないかと思う。あぁ、いやだいやだ。つまんない人生だな。
 さて、このジオ・タウン。さっきも言った通りに、もはやいつ終了してもおかしくはない程度まで、廃れ切っている場所なのである。
 スタート当初はそれなりに人気もあり、ユーザーも大勢いた。次から次へとイベントを打ち出していたし、開発も進んでいた。あっと言う間に登録者数も一千五百万人を超え、順風満帆の予感はさせていた。だが、その元会社で一体何があったのか。経営者が変わり、社名が変わり、突然にほぼ全ての開発は打ち切られ、何もかもが中途半端なままで捨てられたと同時に、ユーザーは一気に消えて行った。
 残ったのは、広大なる一千五百万軒もの廃墟と、ごくごく一部のマニアックなユーザー達。そして私はそのマニアなユーザーの一人って訳だ。
 ここ、ジオ・タウン内での私の活動は、これまた実に地味なもので。一つは、非常に出来の悪いブログスペースで、その日の些細な事を書き記して行く事。そしてもう一つは暇に任せて適当な街へと向かい、廃墟となった通りを歩き、気になった家を見付けては不法侵入。一言コメントを添えて、お花を一輪置いて行く事。もちろんそれで苦情は来た事は無いし、むしろ返事が来た試しもない。要するに、反応してくれる人はどこにもいないって話だ。一度出て行ったユーザーは全く戻って来ないらしい。楽しいと同時に、哀しい事でもある。
 更に私の活動はもう一つ。このサウスウエスタンコーストの中心辺りにある、オレンジ山公園までの散歩。これが私の一日の終了の日課なのだ。
 廃墟となった街を見降ろす高台で、だぁれも来ない隠れ家的公園の片隅で、ビールを飲みながら孤独な夜をのんびりと過ごす。例えSNS内での行動とは言え、物凄く癒される最良の時がこれなのだから、いかに私がコミュニティ下手であるかが伺い知れようものである。
 ちなみに、自宅からオレンジ山までは、アバターの先に出て来る矢印をクリック、クリックしての、片道徒歩十五分。もちろんマップから選んで場所を指定するだけで一瞬で現地まで飛べるのだが、それだと何も面白くない。歩いて行ってこその、最良の時間がそこにあるのだから。
 そして私は今日もその公園へと出向く。もはやバグや不具合の修正をするプログラマーがいないのだろう、文字通り荒れ果てたゴーストタウンを眺めながらだ。
 現実世界で人がいなくなった都市と言うものは、ビルが倒壊し、道路はひび割れ、あっと言う間に自然へと逆戻りして行くそうだが、今のジオ・タウンはまさにそれに似ている。ビルや家屋はその形状ばかりのワイヤーフレームが見え隠れし、道路はパネル単位でモザイク模様に変化している。まるでネット廃墟のモデルのような荒廃ぶりだ。
 そんな世紀末な画面を眺めつつ、やがて私はオレンジ山のふもとへと辿り着く。かつてこの街の初期開発に携わった人々はどんな構想を描いてこんな山を作ったのかは知らないが、ふもとから頂まで全く何も無いのっぺらぼうな山のせいで、街が賑わっていた頃でも人の姿を見掛ける事は少なかった。そりゃそうだろう。なにしろここに来たって、得するような事なんか何一つとして転がっていないんだから。
 でも、私は知っている。ここに来ると二つ、嬉しい事が待っている事を。
 一つ目。山に一歩踏み込んだ所で、街の背景が縮小されて見える事。要するに高い所にいるぞって言う演出なのだろう。あの広大なマップが小さくなって、遠くまで見渡せるようになるのだ。
 もしかしたら開発者は、ここで街の夜景を楽しめるように、こんな山を作ったのだろうか。それならちょっぴりロマンチックにも感じるが、縮小された街を見降ろすには、画面の端へと寄らなきゃいけないから、ちょっと難しいのだけどね。
 そして嬉しい事、もう一つ。
「とうちゃく~」
 なんて浮かれた声を上げながら、私は登坂途中の何も無い山肌の一画をクリックする。
 もちろん私のアバターはその山肌の前で引っ掛かり、動きを止める。それでも私はクリックをやめない。何度も何度も意味の無い行動を繰り返し、アバターも何度も何度もその前でぎこちないダンスを繰り返し、そしてやがて、アバターはその中へと吸い込まれる。
 そうして抜け出た先は、断崖絶壁の淵に作られた秘密の基地だった。
 それはどんな不具合なのだろう。グラフィックなどは全く無く、暗い画面ばかりで形成されているそんな場所。但しそこも山の一部となっているのだろう、端までスクロールさせて行くと街が見渡せるのである。
 しかもどう言う訳か、家の中同様、家具類のアイテムを置く事が出来る。おかげでここは、持ち寄られたレアアイテムばかりで埋め尽くされた、ちょっと豪華な隠れ家となっているのだ。
“ウラヤマ集会所”
 それがこの秘密基地の愛称だ。そして私はそのウラヤマ集会所の管理人であり、ここジオ・タウンの中の秘密結社、“ウラヤマ愛好会”の会長でもある。
 ちなみにこの秘密結社の大きな活動は、愛好会メンバー達とここに集まって、他愛もない雑談を交わす事。でも見ての通り、ここが過疎って以来、メンバーが顔を出す事などほぼ皆無となり、現在の活動はひたすら停止中だ。
 今日も私は、レアアイテムである“革張りソファー”へと腰掛けて、のんびりと街の夜景を楽しみむ。広大な街の中に点々と、ログインしているのであろう人々の家の窓の灯りが見え隠れしている。まだインする人はいるのねぇ。なんて、ちょっとだけ感動しながら。
 なんだか本当に世界の終わりの数日間ね。私は思う。思う事は多々あれど、無気力と倦怠感で、全く何もする気は起きない。
 果たしてここが終わっちゃったら、私はどうなっちゃうんだろうか? 本当に世界が滅びるのならその後の生活なんか考える必要性が無いのだけれど、私には現実世界の明日がある。
 あぁ、もう。逆ならいいのに。もう明日からはあなたにはネットの世界しか生活の場はないですよーって。そうしたらきっと私は歯を食いしばり涙をこらえ、必死に万歳三唱を我慢するのに。
 世界の終わりまで、残り十三日。
 何かをするには短いし、じゃあねバイバイと割り切るにはちょっと長過ぎる。
「ウラヤマ愛好会、全員集合―!!!」
 チャットで号令を掛けてはみるが、誰もインはしないし、全く何の返事もなかった。

 *

「じゃあまぁそんな訳で、申しわけないけど、オハナちゃんは今月の末で契約終了って事で」
 なんて、ものすごぉく陰気な顔した成瀬店長に、ものすごぉく端折られた理由で契約打ち切りを告げられた休日前の金曜日。ついでに本日の就業終了時間まで、残り十分前って辺りの時刻。
「えーと……ハイ。お、お世話になりました」
 茫然自失と奇妙なデジャブがごちゃまぜになって襲い掛かって来る午後六時五十分。今月末で、私のもう片方の世界も終わりそうな予感がした。
「まぁ、気を落とさないでねハナちゃん。あなたはまだ僕より全然若いから、ね」
 なんて陰気な店長は頼りない引き攣った笑みを洩らす。どうやらここ、オータマ・ブックスの不景気は相当に深刻な様子だ。仕事の量は以前よりもずっとずっと増えているのに、アルバイトと契約社員を減らして、残った正社員だけで店を回すらしい。クビ切られる方も地獄だが、残る方もかなりの地獄っぽいなぁと。
 ――え、と。と言う事は、だ。私達は解雇で正社員は残るのであれば、ダイソンさんは居残り組って事だ。
 うわぁひどい。うひゃぁ残酷。いやいや、別にダイソンさんも一緒になって解雇された所で、逢えなくなるのは一緒なんだけど。
 ちなみにさっき私が呼ばれた“オハナ”ってのは、実は本名だ。――六道小華(りくどうおはな)。その最初と最後の一文字を取っての、“六華”ってハンドルネームだ。
 そしてもう一人。向こうのレジカウンターで手際良くカバーを折っているのが、長身でクール知的メガネのダイソンさん。本名は大村靖也(おおむらやすなり)って言うんだけど、その苗字のおかげでニックネームはダイソン。
 まぁ……なんて言えばいいんだろう。この殺伐とした職場の中での唯一の癒しとでも例えればいいのかな。それともそれとも、目の保養? とにかくどんだけつらくても、彼さえ視界に入れば持ちこたえられる。そんな存在。多分、恋とか愛とかそんな次元とかじゃなく、もっと上のクーカイとかブッダとかマリリン・マンソンとか、そんな高レベルのそんな人。だって放つオーラが違うんだもん。うひゃ、まぶしいっ!
 帰り際。エプロン外して裏口へと廻った所で彼に会った。
「あ、オハナさん」
 名前呼ばれた! しかも下の名前だ! 嬉しいけどなんか屈辱。だってその名前、全然好きじゃないんだもん。
「あ、あぁ、どうも。お疲れ様です」
 しどろもどろに返事をすれば、開口一番、「聞いたよ」と、彼の口から。
「え、何を?」
「今月一杯で辞めちゃうんだってね」
「いや、辞めるって言うか……」
 クビだよ。契約終了だよ。少しは気を使えよ、朴念仁!
 とか心の中で悪態吐けば、「哀しいな」と、大真面目な顔で言う。
 どきっ。それってどう言う意味で――? あらぬ期待のまま、「私もです」と言い掛けて、「残った人間が三人だけじゃあ、どうしていいのかわかんなくて泣きそうになるよ」と言われた。あぁ、もう!
 見てくれとか雰囲気とかは凄く知的でいい感じなのに、どうしてこう喋るといつもガッカリなのか。要するに、私が恋愛対象と見れないのはこの辺りに原因があるらしい。要するに何か、私とは色んな部分で噛み合わないのだ。
「じゃあ、お先に失礼します!」
 乱暴にそう言って、ダイソンさんに背を向ける。
 さぁて、気を取り直して就職活動だ。今度はどんな仕事にするか。本屋は一応接客の要素もあるけれど、そんなに積極的に人と関わらなくてもいい辺りが良かったんだけどな。思いながら店頭のフリーペーパーから、就職案内の小雑誌を何冊か抜き取って行く。
 嫌な気持ちのまま帰宅をし、質素な夜食とシャワーを済ませ、ビールを片手にパソコンの前へ。そしていつも通りにジオ・タウンにログインし、ブログのページを立ち上げる。
“プー太郎になりました”
 そこまで書いて全部消す。ビールを一口呷った後、私は再びキーを打ち込む。
“仕事を辞める事になった。同僚達の寂しそうな表情を見て、切なくなった”
 うん。とりあえず嘘は言ってないな。思いながらいつものようにオレンジ山の秘密基地へと出向く。そうしていつもの通りにのんびりと静かな夜を、不具合だらけのウラヤマ集会所で孤独に過ごす。
 寂しい夜だなぁと思った。いつもはここで心落ち着けて眠りに就くのに、何故か今夜はむしょうに寂しくて仕方がない。
 ジオ・タウン終了のお知らせを聞いて、古い友人達とかがログインして来ないかなぁなんて。思いながら友人一覧の表示を眺める。そこにいくつもの懐かしい名前を見付けながら、とある一人の名前の所で視線が止まる。
“SAY-YAAH!”
 一見すると何て書いているのかわからないけど、何故かこれで“セイヤ”と読むらしい。おかげで最初に知り合った時には、近寄りたくない系のお馬鹿さんかと思ったのだけれど……。
 どきっと心臓が高鳴る。そこに小さく、メール受信のマークを見付けたからだ。
 恐る恐るそれを開いて、思わず笑みがこぼれる。「拝啓、ご無沙汰しております」から始まる堅苦しい彼の文面を眺め、相変わらず彼らしいなと思ったからだ。
 彼からの内容は、まさにこのサイトの終了に関する事だった。
 サービス終了の無念さから、正社員になってからの仕事の激務のおかげでなかなかログインする事が出来なかった事への後悔へと続き、そして彼のメールは、「また全員で、楽しい時間を過ごしませんか?」で、締めくくられていた。
 ふつふつと、胸の奥から何かが込み上げて来たのがわかった。
 そうだ。待ってても仕方がないじゃない。自分から行動しなきゃ何も始まらない。新しい仕事を見付ける事も、そして古い仲間達ともう一度逢う事だって――。
 ガンと音を立てて、飲み掛けのビールの缶を置く。
 こうしちゃいられない。まずは動かなきゃ。そして私はセイヤ名前をクリックし、その住居のおおまかな位置を確かめる。――ノース・ヴィレッジ。意外に遠い。
 こりゃあ今夜は彼一人だけね。覚悟を決めながら、私は集会場を抜け、山を降り始めた。
 荒廃した、バグだらけの夜の道を行く。途中で誰かと出逢う事もない。むしろ進む通りには、灯りのついてる家さえもない。ただ黙々と、黙々と、北を目指して歩くだけ。途中には完全にマップの全てが壊れている場所までもがあり、進むには非常に困難を極めたが、それでも私は永遠に続くような北を目指して歩き続けた。
 そして夜中も零時をまわり、間もなく一時となろうとする辺りで、私はセイヤの住居へと辿り着く事が出来た。その家は、この世界でそして文字だけで彼と接していたにも関わらず、「彼らしいな」と呟いてしまう程にその住居は飾り気が無く、質素な佇まいだった。
 私は一言、「お邪魔します」と断ってから、彼の家へと進入する。
 基本、ここではどの家でも第三者の進入を拒む事は出来ない。むしろ知らない人の家であれ、入る事までは許されているのだ。
 ただもちろん、そこにある家具等の持ち出しは不可能だ。唯一許されているのは、その家の中に一言、“コメント”を残す事。そして私は玄関先に花を一輪添えて置き、セイヤにコメント入りの手紙を贈った。
“ジオ・タウン最終日 ウラヤマ愛好会全員集合!”
 帰りは、マップから自宅を選び、自動ワープで飛んで行く。来る時もそうすれば簡単なのだが、それだとちょっとメッセージの重さが足りないかな……なんて。
 夜はふける。時計を見れば既に一時を大きく過ぎており、私は慌ててベッドの中へと飛び込んだ。

 *

「眠そうですね」
 私が懸命に返品の梱包を作っている横で、手持ちの在庫表に目を走らせながら、ダイソンさんはそう言った。
「あ、あぁ、えぇ。ちょっと……」と、言いよどむ。
「昨夜は遠くまで出掛けていたもので」
「へぇ、デートか何かですか?」
「いや、そう言う訳では」
 と言い掛けて、ちらりと彼の表情を盗み見る。うん、いつもと変わらぬ朴念仁顔。今の発言は、私の行動を気になっての事ではないと即座に理解する。
「はぁ~~~あ」
 盛大に溜め息を吐き出せば、「相当眠そうですね」と、またしても求めていない返事をかます。あぁ……いけない。多分この人とはどこかで完全に相容れてない部分があるわ。
 ちょっとだけふて腐れながら作業へと戻れば、「何かあったのですか?」と、彼。
「いえ、別に何も」と、私は返す。
「ダイソンさんこそ、どうしたんですか? 普段は滅多に話し掛けて来ないのに」
「いや、まぁ」と、口ごもる。
「オハナさんともう逢えないとなると、ちょっと寂しいですからね。なら今の内に少しでもと」
 どきんと、心臓が高鳴る。こう言う朴念仁は、朴念仁なりのストレートさがあるなと再確認。
「あ、や、えぇと……ど、どうも」
 返答に困っていると、「それで、何かあったのですか?」と、同じ質問へ。
「いや、何かあったと言うか」
 私の世界が終わるんです。とは言えないので、その辺りは適当に匂わしながら、「仲の良い友人達の集まるコミュニティが解散するんです」と、誤魔化した。
「へぇ、なるほど」
 言いながらダイソンさんは、擦り落ちて来た眼鏡を右手で直す。その右手首に巻かれた白くて大きな時計が、ちょっとだけお洒落に見えた。
「それはちょっとだけ判りますね。実は僕もつい最近、似たような経験をしました」
「あら、そうなんですか?」
「えぇ。恥ずかしい話ですが、無くなると聞いて初めてその存在に価値があると言う事に気付いたんですね。それまでは、いつでもそこにある。そこに行けば逢いたい人にいつでも出逢えると思い込んでいたんですが、いざ無くなると知って僕は慌てた。価値ある存在は、不変なんかじゃなかった」
「難しいけど……なんか似てますね」私は笑う。
「でも私の場合は、価値ある存在がどうのとかじゃなく、なんかいつもいた場所が突然に消えちゃうって言う喪失感ですかね。なんか居場所を無くしてこれからどうしたらいいのかなぁって言うような」
「それって、この職場の事?」
 聞かれて私は、「あぁ、そう言えばここもですね」と苦笑する。
「そうかぁ。私は今ある居場所を二つ同時に無くすのかぁ。なんか全て一新みたいで、むしろ潔いですね」
 ダイソンさんもつられて苦笑する。そのちょっとだけ哀しそうな笑顔を見て、あぁ、私はこの人の存在も一緒になって無くすのかと、更に深い喪失感に見舞われた。
「でも、ね。すぐに代わりは見付かるものですよ」
 ダイソンさんに言われ、ハッとなる。私はそんなに軽くないです……と喉まで出掛かり、それを飲み込む。そうか、彼は居場所の事について語っているのだなと。
「人は意外に慣れるものです。新しい職場や、新しい環境に。――大丈夫ですよ、オハナさんなら」
 そうかも知れないけど、でも新しい職場や環境に、あなたはいないでしょう? なんて事を思いながら、「そうですね」と、無難な返事をしておいた。

 *

「あぁ、もう! ホントに鈍い男だな!」
 部屋の中、大声で孤独に愚痴りながら、私はマウスをクリックする。なんだか移動の速度がいつもよりも若干早いような気がした。
 その夜は、メンバー二人の家へと訪れる事に成功した。いつもと同じようにして、メッセージを添えた花を一輪。多分、無駄な作業で終わるだろうと予想は付くのだが、やはりどうしてもじっとしてはいられないのだ。
 パソコンの横には、就職情報冊子から切り抜いた面接候補の会社が数件。まぁ、どれも興味がない仕事だし、未経験かつ望み薄なものばかり。それでも活動しない事には始まらない。
 とりあえず最初の面接は明日。場所はここから駅で五つ程向こうの、駅前のオフィスビル。通いは楽だけど、仕事的にはどうなのかしらと。黙々と作業する系ならば得意だけど、営業的なものだとかなり苦手なんだけどな。

「――で、落ち込んでる訳ですね?」
 聞かれて私はこくりと頷く。そこはレジカウンター内側。ダイソンさんはノートパソコンで取り寄せの商品のリストを作成し、私はその横で来月のブックフェアに使う小さなポップを作っていた。
「もうねぇ、酷いんですよ。果たしてそれは面接なのか、それとも採用試験なのか良くわからない感じでしてね。声が小さいだの、笑顔に乏しいだの、化粧が下手だのと、なんかもうボロクソ言いまくりで。最後には容姿がイマイチだとか、もう直しようなんか無いだろう所まで否定されて、もうそんな事まで言われるんなら不採用で結構ですよと」
「言ったの?」
「言ってません」
「我慢したんだ?」
 こくりと頷く。「そこまでは」と、付け加えて。
「あらら。じゃあどこでキレたの?」
「“お辞儀”の所ですね」と、私は言った。
「なんかね。こんな……こんな恰好して、腕を平行に合わせて深々とお辞儀、とか言われてですね」
「あぁ」
「それは日本の作法じゃありませんって」
「言っちゃったのね?」
「言いました。だっておかしいもの。それ受け入れちゃったら、なんか違うもの」
 両手に握りこぶしを作ってそう力説すると、ダイソンさんはハハハと笑ってリターンキーを叩いた。
「いいんじゃないですか、それで。納得しない仕事なんか、やらない方がいい」
「そうですかねぇ?」
「そうですよ」
 しばらくの無言。そしてダイソンさんはぼそりと、「容姿が悪いだなんて思わないけど」と、かなり小さな声でそう呟いた。
「え、今何か言いました?」
「えぇ、はい。まぁ」
「何て言ったんですか? もっかいお願いします」
 聞こえてたけど、わざと聞く奴。しょうがないじゃない、私的には生まれて初めて言われたようなものなのだから。
「その、ねぇ。容姿ねぇ」
「ハイ。それが何か?」
「むしろお辞儀がどうのよりも、容姿を貶された所で怒った方が良いですよ」
 いや、なんか聞きたい部分と違うし。
「それで、次の面接とか入ってるんですか?」
「え……えぇ、まぁ、一応」
「今度はどこ?」
「うぅん……とりあえずファミレスのアルバイトと、大衆居酒屋の店員ですかね」
「どっちも本とは関係ないじゃないですか」
「ありませんよ? それが何か?」
「いや」
 と、言ったきりまた黙る。そしてしばらくしてまたボソリと、「本が好きなのかと思ってた」と呟いた。
 嫌いじゃないけど、特別好きでもないですよ。この朴念仁めと、心の中で付け加えて。

 *

 ウラヤマ愛好会のメンバー全員にメッセージを渡し終えたのは、ジオ・タウン終了の前日だった。
 同時にその翌日は、今の職場の最終日だ。寝不足が続き、へろへろな状態で迎える最終日と言うのもなかなかにキツいものがある。ついでに言うと、次の職場はまだ無い。
 ちょっと嫌な事が一つ。愛好会のメンバー達が、サービス終了の噂を聞いてかちらほらとログインした形跡があったのだが、私の贈ったメッセージに対して反応してくれた人はまだ誰もいないと言う事。私よりも先に、“またここで逢いませんかメッセージ“をくれたセイヤですら、あれから何の反応も無いのだ。
 私の努力が無駄だった――とは思いたくはないが、一時期は毎晩のように逢っていた仲なのに無反応はないじゃないのと、悔しくは思った。
 翌日の職場は、想像以上にいつもと変わらず普通だった。別に花束もらってお別れ会とか期待していた訳じゃないけど、みんなそれなりにしんみりとかして、お別れの一言ぐらいあるものだと思ってた。
 だが実際は、ただ淡々と時間が過ぎて行くのみ。いつものようにアルバイトの人と一緒に昼食を食べ、その際にちらっと、「お互い大変ですね」と言った程度の会話が出ただけ。後はもうひたすらに何も無かった。
 夕刻。申し送り程度の用件を書いた紙片を作り、忙しそうにダンボールを開封している成瀬店長にそれを持って行くと、青い顔をしながら、「ごめん。明日にしてくれる?」とか無茶な事を言う。
「もう明日はありません」
 言うと成瀬店長は、「え、それって僕、今日で死んじゃうって話なの?」と、大真面目な顔で聞いて来る。
「そうじゃなくて、私の契約は今日までって言う話です」
 言った途端、呆気に取られたかのような表情となり、ぽかんと口を開きっ放しにしながら、「あああああ」と、呻き声を漏らし始めた。あらやだ、ホントに死ぬのかしら?
「あ、あ、明日……新書入荷なんだけど。つ、月初めで棚卸しで、フェアも始まるし……」
「大変ですね。お察しします」
「む、む、む、無理。ただでさえ無理。もっと無理」
 要点掴めないような主張を無視し、「では、短い間でしたがお世話になりました」と、頭を下げる。
 他の社員の人にも一応挨拶はしておいて、最後にダイソンさんの所へと向かう。すると彼は私の顔を見るなり、「あ、今日で最後なんでしたっけ?」と、寂しそうな顔。
「ハイ、一応最後なんですが、何か?」
「いや、実はちょっと渡したいものがあったんだけど……」と、照れ笑い。
「残念な事に、家に忘れて来ちゃったんですよね。間抜けな話ですが」
「あ、あぁ……えぇと」なんだろう? 渡したいもの、めっちゃ気になる!
「とりあえず明日も来ますよ。提出しなきゃいけない書類なんかもまだだし」
 なんて嘘を吐きながら、もうとっくに出来上がってる書類等を背中に隠す。
「本当? じゃあ明日、来たらちょっとだけ僕の所に来ていただけますか」
「ハ、ハイ。では、明日」
 なんて声がうわずりながら、そして頬を上気させながら、私は夕暮れの街を急いだ。

 *

“祝・自由人!”
 私のジオ・タウンでの最後の日記は、そんな内容のものだった。
 ビバ・無職! でも良かったんだけど、それはちょっと痛過ぎる。
 今夜はちょっとだけ、奮発した内容のご褒美を並べてみた。まずはロング缶のヱビスビール。そして醤油マヨネーズ掛けのオイルツナ。更にはチョコファッションドーナツに加え、エンゼルクリームとフレンチクルーラまでも。
 そんな孤独な宴。でも結構満足。
 やはりと言うか、思った通りと言うか、ウラヤマ愛好会のメンバーは誰も来なかった。
 時刻は既に夜の八時。もう残り数時間で、この世界は消滅を果たす。やり残したかなぁと思う事は多々あるけれど、もう全ては遅い。私は何をする気力も無いままに、ツナ缶をつまみながらオレンジ山を目指した。
 アジトへと辿り着けば、私は在庫のアイテムをフルに使い、集会場を花で埋め尽くした。
 そして寂しげな夜景を見降ろしながらソファーへと腰掛け、私はそこで独り、ビールを開けて乾杯をする。
 いつもよりも、殊更に静かな夜だなと私は思う。BGMも、ラジオの音さえも必要が無いそんな夜。パソコンのファンの音だけが絶え間なく続く狭い部屋の中で、特に何をする訳でもなく、ポツリポツリと点き始める街の灯りを眺めつつ、のんびりとお酒を飲むだけ。
 あぁ、もしかしたら世界の終わりの時なんて、今の状況と大して変わらないのかも知れない。暴動、略奪、事件、事故。そんな物騒な事など全く起きないまま、皆が皆、最後の時を大切なままにゆったりと過ごすのではないだろうか。
 ならば私は孤独のまま、消えて行くのね。なんてちょっぴりセンチになりながら苦笑を漏らす。望むならば、誰とその瞬間を迎えたいかなんて事は敢えて考えずに。
 でも、こうして何も無いままだと眠くなって来るなぁ。なんだかカウントダウンなんか出来ないまま寝落ちしちゃいそうだなぁ、なんて思っていると――。
 ポロン。音が鳴る。同時に手紙のマークのポップアップがモニター下部に表示される。
 なんだろう? 私は急に目を覚まし、それをクリックしてみる。
 そして驚く。“ありがとう”から始まるそのメールは、懐かしき友人、セイヤからのものだった。
 ――ちょっとトラブルがあって、到着は少し遅れる。でも、呼んでくれてありがとう。忘れないでいてくれてありがとう。
 何言ってんのよと、私は笑う。随分と御無沙汰じゃない。でも、最後の日に来てくれてこちらこそありがとう。
 どうでもいいけど、そのメール本文の最後の一行が良く判らない。――なんか凄い事になってるね。何やったの?
 何やったのって、何の事なの? 何に対して言ってるのかが判らないおかげで、物凄く大きな疑問を持ったままメールを閉じる事となる。まぁいいや、彼が来たら真っ先にそれ聞こうと思いながら。
 時間は徐々に、零時へと向かって進んで行く。そうして九時半を少し過ぎた辺りでようやく、仲間の一人がログインした。“座間トシ”と言う名前の男性だ。いつかの話の内容で、九州に住んでいると言う事だけは知っている。
 トシさんは挨拶もそこそこに、「凄い事になってるね」と切り出す。ちょっと、トシさんまでそう言う事いう訳? 食って掛かるとトシさんは、「六華ちゃん、もしかして国際交流チャット消してるの?」と、問い返して来る。
「うん、消してる」
 と、私は答える。ちなみに国際交流チャットとは、地域やら何やらの制限を全く設けていない、ジオ・タウン全ての人のログが表示される大型チャットの事だ。
「点けてみなよ」
 トシさんが言うので、私は渋々とその機能をオンにする。そして驚く。次々と流れて来る、“六華”の文字。
「え、なにこれ?」
 聞けばトシさんは、「そんなの俺が聞きたいよ」と笑う。
 やがて、ログに流れて来る、“ありがとう!”の文字に私は気付く。あぁ、これはきっと――。
“訪問ありがとう! お礼言っても、もう届かないかも知れないけれど”
 届いてるよ。呟きながら、私は照れ笑いする。こちらこそ、受け取ってくれてありがとう、なんてね。
 そうして私は交流チャットに釘付けになりながら、グループチャットでトシさんとだらだら会話を始めると、これまた久し振りなポリンさんがログインして来る。懐かしさと嬉しさで会話が盛り上がると、これまた久し振りな加瀬さんが入って来る。やがて、次々と昔の仲間がやって来て、いつかの過去のどこかの夜のような賑わいの中、ようやくセイヤはやって来た。皆の会話が交差する中、何事も無かったかのようにたった一言。
「やぁ」
 やぁって何よ、やぁって。何年何カ月振りだと思ってるのよ。少しは感慨深そうにとか、申し訳なさそうにとか、なんか無いの?
 そしてセイヤは想い出の通り、誰からも注目されないまま空気のように、“さっきからずっといるよ”とさりげなく主張しているかのように、場に溶け込む。それが彼の特技であり、同時に欠点でもある。
「あれ、セイヤ? お前いつからいたっけ?」
 こんな感じで、大体いつも気付かれ難い。まぁ、そこが彼の持ち味なんだけれど。
 時間を見ればもう既に十時半を過ぎている。気の早い人は国際交流チャットでカウントダウンを始めている。
 そして私達、ウラヤマ愛好会のメンバーはと言うと、このジオ・タウンに来たきっかけやら皆と逢ったなれ初めや、この愛好会の昔話で花を咲かせていた。そして私はと言うと、なかなか発言しないセイヤにちょっとだけ苛立ち、思わず滅多に使う事のなかった個人チャット欄をクリックする。
「セイヤ」
「え……? あぁ、六華さん。どうしたの?」
 どうしたのじゃないわよ、この朴念仁。って言うか、どうしてこう私の近くにはこんなタイプの朴念仁ばかりなのだろうか。いや、もしくは、どうして私はこう、朴念仁な人ばかりを好きになってしまうのだろうか。
「いよいよここも閉鎖しちゃうね」
「そうだね。哀しいけど」
 途端に会話に詰まる。うぅん、相変わらずストッパーな返答だわ。
「これからどうするの?」
 聞けばセイヤは、「これから? 多分、洗濯物干してから寝ると思うけど」と。いや、そうじゃない。そう言う話じゃない。
「またどこかのSNSとか行くの?」
「SNSかぁ。考えてなかったなぁ」
 で、会話終了。君はどうするのとか、どこかいい所探そうかとか、そう言うのって無いの?
 相変わらず国際交流チャットでは、“謎の花束娘・六華”の話題が流れて来ており、セイヤの会話の盛り上がらなさも手伝ってか、思わずそこに書き込みしてしまう。
“六華です。皆さん、こちらこそありがとう!”
 書くと物凄い勢いでレスが付く。あぁ、凄い。恥ずかしいけど嬉しい。なんだか生まれて初めて人に注目されてるわ。
 するとそのレスに混じって、“セイヤ”の名前の後に、“お花、ありがとう!”と一言。
 なんでここで言うんだろうか。変な人。出来ればもっと、気の利いた事を言って欲しいんだけどね。
 それから私は、セイヤと色んな話をした。もちろん、国際交流に返事をしながら、愛好会メンバー達と昔話をしながらなので、そんなに多くは話せなかったけど。
 とりあえずセイヤは、、同じ関東圏に住んでいると言う事。Gショックと言う腕時計をコレクションしていると言う事。そしてまだ独身だと言う事も判った。まぁ、たったそれだけの情報量なのだが。
 いよいよ時刻は、閉鎖まで残り十五分となった。私は思い切って聞いてみた。「ねぇ、一度、逢ってみない?」と。
 しばらくの無言の時間の後、「リアルで?」と、彼に返された。
「そりゃあ……もちろん」
 そしてまたしばらく無言が続き、その後で、「ごめん」の文字が。
 うわぁ、振られたなぁ。なんてダメージ受けながら落ち込んでいると、「自信が無いんだ」と、続いた。
「自信って、何が?」
「自分にさ。逢ったら君に嫌われるだろう自信は凄くあるけど」
 そんな事無い――と、言い掛けてやめた。私だってそうだ。自分と言う人間に全く自信を持てない。中身も、そして容姿も。もし今夜、こんな形でサイトが終了しなければ、「逢いたい」なんてこの先もずっと言う度胸なんかなかったかも知れないし。
“さようなら!”
なんて台詞が、国際チャットで流れ始めて来た。そろそろお別れの時間だ。
「ほななぁ。滅多来れんかったけど、ここ好きやったで」
「ウラヤマ愛好会、万歳! いつかまた何かの偶然で再会出来たらよろしくな!」
 メンバー達も、お別れの言葉ばかりとなる。私はなんか――上手い事が何も言えないまま、黙ってそれを眺めていた。
 残り八分。どこのチャットも、“ありがとう”と、“さようなら”の文字で埋め尽くされて行く。メンバーの一人が、「ちょっとこう言うの慣れてないんで、先に消えますね」と、ログアウト宣言。
「さいなら。またいつかどこかで」
「あぁ、またな」
「元気で」
 なんて皆は言うけれど――知ってるよ。もう今度は無い事を。
 多分、ここで経て来た時間はここにしかない。きっと新天地を見付けて皆がまた再会したって、今と同じ時間の再開にはならないんだ。
 残り三分。そんな場面でセイヤは、「また逢おうね」と、個人チャットから。
「またどこかで逢おう。僕はどこに行っても、このハンドルネームでいるから」
「そうだね」私は返す。
「もし偶然にどこかで出逢えたらよろしくね」
 多分――無いだろうと思いながら、私も同意するような言葉を返す。
 もうきっと、探さないよ。とは言わないままに。
「後、二十秒」トシさんが言う。
「十五秒」と、ポリンさん。
「十秒」と、加瀬さん。
「ありがとう。みんな元気でね!」と、私。
「さいなら」
「さようなら」
「元気で!」
 そして、終末は始まった。
 終わりは、国際交流チャットからだった。“バイバイ”とか、“さよなら”の文字が、物凄い勢いでユーザーネームと共に消えて行く。そして同時に、眼下に見える街の灯りが凄い勢いで消え始めて行った。
「どうなるんだろう」
 なんて、ポリンさんが呟く。どうやらまだチャット機能は使えるらしい。
 街が、消えて行く。どの建物もワイヤーフレーム化しているのか、緑色に点滅しては
消えて行く。そして私達はそれを、山の中腹から見降ろしているのだ。
「あぁ、俺の街が飲まれたなぁ」と、加瀬さん。
 もうそろそろ、私の自宅も飲み込まれるだろう辺りまで、“無”は近付いて来ていた。
「世界の終わりって、こんな感じなのかね」と、トシさん。
「怖いわ。いや、怖いって言うよりもなんか――」
「美しいね」
 ポリンさんの言葉に続いて、セイヤが呟く。
 そう、だね。なんか美しい。物凄く怖くて、哀しくて、そして絶望的だけど、なんだかどこかで美学を感じる。これが――終末なんだね。
 そしてとうとう、画面までもが崩壊を始めた。
「来たぞ」
 誰かが呟く。そして“無”は、足元からやって来た。
 不思議な光景だった。ゆっくりと一マスずつ床や壁が消えて行き、そしてやがて家具と皆のアバターだけを残して、闇となった。
「まだ……話は出来るのかな?」
「そのようですね」
 時刻は既に、零時を五分も過ぎている。だがまだ、完全な崩壊には至っていないのだろうか。この広い世界に、私達、“ウラヤマ愛好会”のメンバー達だけが存在していた。
「もうお別れは済んだのに、なんか妙な感じだね」
「お祭りの後の帰り道みたいだね。私まだ何かを期待しているみたい」
 ポリンさんが言うと、一同に笑いが起こった。
「何か僕達、特別な存在みたいだね。どうしてここだけ、完全な崩壊をしないんだろうか」
「元々、なんらかのバグで出来上がったほころびの空間だからなぁ。そう言う事もあるんだろう」
 聞いて私は、「妙な感じですね」と呟く。同時に、「ハハハ」と笑った加瀬さんが、真っ先に消えた。
 ――え? なにこれ?
「発言した途端に消えましたね」
 ポリンさんが言う。そしてその発言した当人は、一瞬にして掻き消えた。
 ようやく事情が呑み込めた。要は、次のコメントを打てばそれが最後の一言になると言う訳だ。
 どうやらそれは他の人にも理解出来たらしく、メンバー達は次々と、粋なコメントを残して消えて行った。
「俺はここにいたぞ!」
「ジオ、最高! ウラヤマ愛好会、最高!」
 そしてトシさんが、「またどこかで」と残して消え去ると、その世界に残ったのは私とセイヤの二人だけだった。
 一言――残すはたったの一言だけ。言っても言わなくても、いつ全てが消え去るかも判らないこの状況で、私の指はキーボードの上を彷徨う。
 さようなら? それとも、また逢う日まで? なんか違う。どれも違う。でも、好きだとか愛してたとか、そんなのはもっと違う。
 どうしようか? 何て言おうか? 気が付けばなんだか私はボロボロ、ボロボロと、訳もわからなく泣いていた。
 何も言えない。きっと私は何も言えない。思いながらパジャマの袖口で涙を拭えば、セイヤはそっと私の傍へと歩いて来て、キスするかのように軽く重なると、最後の言葉を残して消えた。
「世界はまた、ここから始めよう」
 訳、わかんないよ。私は笑った。そして誰もいなくなったこの世界で独りきり、私は何も喋らないまま、いつまでもいつまでもその暗い画面を眺め続けた。

 *

 ――翌日。
 午後になり、ようやく瞼の腫れも引き始めて来た頃。私はのろのろと服を着替え、家を出た。
 向かう先は“元”の職場。いつもはただ面倒なだけで行く気がしなかったあの店だが、今はなんだかちょっと違う。もうそこの従業員ではないと言う気まずさから来るものなのか、昨日までとは違う抵抗感があった。
 駅前で、いつか逢った宗教屋さんのおばはんを見掛けた。あら、先月で全てが終わる筈だったのにまだまだ元気ねと、前の通り月末の終末を叫ぶその姿を見て、可笑しくなった。
 バスを降り、オータマ・ブックスの前に立つ。やはりなんか違う。もうここは私の世界じゃないのねと心の中で言い聞かせながら、頑張ってその一歩目を踏み出した。
「いらっしゃいませ」
 入った途端に声が掛かる。聞き慣れないその声にハッとして顔を上げれば、店の中には見た事のない男性店員さんが二人いた。
 え……ウソ? やけに補充、早くない? って言うか、店長はどこ? ダイソンさんはどこ? きょろきょろと見回すが、見当たらない。まさかとは思うが、二人共、私と一緒に辞めちゃったのだろうか。
 最初は客の振りを装って店内を物色していたが、なんだか落ち着かなくて、ついつい店員の一人に声を掛けてしまう。
「あの……店長は?」
 聞けばその三十代ぐらいだろう男性店員は、「大村さんなら奥にいますが」と答える。
 ――はい? なんでそこでダイソンさんの名前が?
「え? じゃあ成瀬さんは?」
 聞き返せば、その店員さんはちょっとだけ考え込んだ後、「あぁ」と、指を立ててこう聞いた。
「あなたもしかして、オハナさん?」
 言われて驚く。「え、えぇ、そうです……けど?」
 するとその男性店員さんは、「待ってましたよ」と笑いながら、店の奥へと引っ込んで行く。やがて店員さんが戻って来ると、その後ろには困った顔のダイソンさんがいた。
「あの……」
「オハナさん、大変だよ。ちょっと来てもらえます?」
 言って、引っ張って行った先は店の事務所。そこで私は、昨日遅くに成瀬店長が過労で倒れた事を知らされる。
「本当ですか?」
「本当ですよ。もう大変だったんですから」ダイソンさんはそう言って、大きな溜め息を吐き出した。
「オハナさんが帰った直後、うわごとのように、もう無理だ、もう無理だって呟きながら、突然バッタリと」
 ――あぁ。なんかそれ判るわぁ。昨日の店長、相当に切羽詰ってたもんなぁ。
「おかげで昨日は早番だったにも関わらず、家に帰ったのは夜の十時半ですよ。もう疲れちゃって疲れちゃって」
 そう言って彼は、赤いリボンの付いた小さな箱を差し出した。あぁ、これが昨日言っていた、“渡したい物”ね。
「ありがとうございます」
 言って受け取る。やはりこう言うものは、その場で開けるべきなのかしら。なんて考えあぐねていると、「腕時計ですよ」と、ダイソンさんは笑う。「だからここで開けなくてもいいですよ」と。
 あぁ、もう。相変わらず朴念仁な人だなぁ。なんでこうコミュニケイションが下手なんだろう。彼はまだ何か用事があるのか、くどくどと何かを説明しているそのその瞬間――。
 セイヤ!? 私は気付く。
 朴念仁で、関東近郊に住んでいて、正社員になって仕事が忙しくなった事や、昨日のセイヤのログイン時間等が、全て彼に当てはまる事に気付いたのだ。
 あぁ、そう言えば彼はGショックと言う腕時計が好きだった。そして――そう、そして、ダイソンさんの本名である大村靖也(おおむらやすなり)の下の名前も、言い換えたら“セイヤ”じゃない!
 私はよほど驚いたのか、酷く心配そうな顔をして、「大丈夫ですか?」と彼に問われるまで、ひたすら放心をしていた。
「え、えぇ、ごめんなさい」
「いえ、大丈夫ですよ。それで話の続きなんですが――」
「セイヤ?」
「……え?」
「セイヤさん、ですよね?」
 問い返せば、ダイソンさんはちょっとだけ困った顔をした後、えへへと笑って頭を掻いた。
「良く知ってますね」
 やっぱり! どうして今まで気付かなかったの? セイヤはずっと傍にいたんじゃない!
 思わずプレゼントの箱のリボンを解く。そして箱を開けると、思った通りの白い腕時計が中から出て来た。
「ありがとう」言って私はそれを手に巻いてみる。
「Gショックってもっと大きいのかと思ってたんですけど、案外そうでもなかったんですね」
 言うとダイソンさんはちょっとだけ首を傾げ、そして――。
「いえ、それはGショックじゃないですよ」
「え……だって、Gショック好きですよね?」
 聞けばダイソンさんは、「いいえ」と、首を振る。 え? どう言う事?
「むしろ僕は、Gショックは好きじゃないですけど。――なんで?」
「いえ、だって……あなた、セイヤでしょう?」
「まぁ、ねぇ。むかぁし、学生の頃にそう呼ばれてた時がありましたね」
 え、なにそれ。ちょっと色々と食い違ってるじゃない。
「あの……私、六華です」
 言うとダイソンさんは、「はぁ」と、気のない返事。
「なるほど、六道小華の最初と最後で、六華ね。オハナさんの昔のニックネームは、そんなでしたか」
 いや、なんか違う。ちょっと違う。いやいや、かなぁり違う。
「ダイソンさん……ジオ・タウン、やってましたよね?」
「ジオ? なんです、それ」
「……」
 違った。彼はセイヤじゃなかった。――いや、そんなの当たり前だけど、なんかショックだ。今さっきまで、奇跡と言う偶然を信じていたのに。
「いえ、何でもないです。変な事言っちゃってごめんなさい」
「いえいえ、いいですよ。ところで……どうです? さっきの件」
「さっきの件? なんでしたっけ?」
 聞いてなかったよ。って言うか、もうどうでもいいよ。思った所で、「店長候補って事で、お願い出来ません?」と、告げられた。
「はい?」
「いや、だから、成瀬さんの復帰はちょっと難しそうなんで、正社員急募なんですよ。しかも店長候補も同時募集で」
「何を無茶言ってるんですか。私は昨日、解雇されたばかりですよ!」
「いいじゃないですか。オーナーもオハナさんなら大丈夫って言ってたし、それにまだ、次の仕事は見付かってないんでしょ?」
「え、えぇ、まぁ」
 それを言われるとつらい。
「じゃあ、決まりですね」今度は店のエプロンを差し出される。そして私はそれを渋々と受け取ると、「やるけど、店長はダイソンさんでいいじゃないですか」と答える。
「えぇ、僕もまた店長なっちゃいましたけど?」
「僕もまた……って。店長は二人も要りませんよね?」
 言うと、「あぁ」と頷き、「ここじゃないです」と、彼は言った。
「オハナさんは、向こう。二駅隣のT川駅ビル店ですね。そっちでお願いします」
 えぇ、なんだそりゃ。またここで一緒に働けるんじゃないの? 文句を言おうとしたその瞬間――。
「あなたの世界は、またここから始まるんですよ」
 ふと、昨日のセイヤの言葉がだぶって聴こえる。
 そう――か。そうね。一度終わった世界なんだもん。ここから新しく始まるって訳ね。
「了解しました、ダイソン店長。やるけど、困った事があったら――」
「困った事があったら、向こうのアルバイトさんに聞いて下さい。大丈夫、みんな優しい人ばかりだそうですから」
 あぁ、もう。この朴念仁め。少しは気の利いた事言えないのかなぁ。
 無造作にエプロンを鞄に詰め込み、この後のスイーツバイキングを泣く泣くキャンセルして、「では、今度こそ、お世話になりました」と敬礼し、事務所のドアを開ける。
「あ、待って――」
 呼び止められて、私は振り向く。「まだ何か?」と聞き返せば、「あの……」と、言いにくそうにダイソンさんは切り出した。
「今度、良かったら……」
「良かったら、なんですか?」
「いや、あの……」
 イラッとしながら、ドアを後ろ手に閉める。そして彼の目の前まで歩いて行くと、「勇気出して言って下さい」と、詰め寄った。
「ハイ……」
「良かったら、何ですか?」
「今度、食事……とか、どうですか? 就職祝いって事で」
 ふっと、肩の力が抜ける。同時に、彼がセイヤじゃなくて良かったなとさえ考えた。
「リアルで、ですね?」
「え、リアルって?」
「何でもないです。じゃあ今夜、仕事終わったらまたこっち来ますね」
「あ、いや、別に今夜じゃなくても」
「明日の世界は普通にやって来るなんて保証、どこにも無いんですよ?」
 言って、手を振りながら事務所を出る。窓の向こうで呆気に取られた顔で手を振り返すダイソンさんが見えた。
 そうね。私の世界はまたここから始まる。
 お客さんや他の店員さんの目なんか気にしない。私は足取り軽く店の外へと飛び出せば、白い腕時計を巻いた左腕を上に突き上げ、「みんな、またどこかでね」と、空に向かって呟いた。
 春の空はやけに高く、終末など微塵も感じさせない程に澄み渡っていた。





《 世界が始まる五秒前 了 》





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