Mistery Circle

2017-05

《 クリスマスパレード2016 》 - 2012.07.27 Fri

《 クリスマスパレード2016 》

 著者:すずはらなずな






私 明日から絶対に幸せになる。神様よりも誰よりも。
どこかで聞いた台詞の真似だ。どうしてそんな言葉が出たのか自分でも解らない。 神様なんて全く信じちゃいない。信じていないからこそこんな台詞が言えるのかもしれない。そもそも「神様」ってやつは「幸せ」なんだろうか。
今日私はどん底まで落ちる、これ以上落ちられないところまで行く。そうしたら間違い無く 明日は今日より幸せだから。

その日、私は島崎大地に告白した。世の中はクリスマス。昨日からロマンチックだの愛だの幸せだのが街には溢れている。 相手が自分のことを嫌いだろうと思いながらわざわざ告白する自分を馬鹿だと思いながら でも今日 こうしなくてはいけないという私の決意は固かった。
自分を不幸だと思うのは今日限りにしよう、だからすっきりしたいのだ。決してあっちも私を好きだとか、付き合うことになるなんて結果はありえない、期待もしない。
クリスマスケーキ売りのバイトをしている彼を ずっと見ていた。
「中学生がアルバイトなんかしていいの?」
帰りを待ち伏せして話しかけた。口を利くのは初めてだった。上目づかいでちらっと私を見たはずなのに、まるで私なんかいないみたいに島崎大地は通り過ぎようとする。
「待ってよ。待ってくれないと先生に言うから」
立ち止まった相手は振りかえりもせず 低い声で答えた。
「勝手に言えよ。親戚んちの手伝いしてるだけだから」
「嘘」

*

「白坂 麻友」
大地自身は仕事を依頼してきた女の名前を見ても気づかなかった。大地が電話を切った後 その名前のメモを見た橋村が「俺らが知ってるヤツ…かも」と言いだした。
「俺らって、誰と誰?」
全く見当もつかない大地に、「中学の同級生」だと橋村が言う。
中学で同級生と言われてもまだピンともこないと首をかしげ大地が聞くと 同じく同級生の響子は「白坂さん…」と少しだけ間を置いてから ちょっと言い難そうに切り出した。
「3年のクリスマス 大地に告白したっていう、あの?」

大地が「人材派遣」の仕事を初めて2年になろうとしている。植木の剪定とか溝掃除とか買い物代行だとかお年寄りの口コミで少しずつ仕事が増えてはいる。近頃やたら年寄りの知り合いが増えた。仕事を発案しておいて大地に丸投げした市役所勤務の野瀬が最初に挙げたような 「寂しい女性のためのレンタル彼氏」とか「親を安心させるための偽婚約者」なんて仕事は今まで皆無だ。それはそういうことに疎い大地や極端に口べたな橋村をほっとさせたことでもあるのだが。



「中3のクリスマス、その子に告白されたって?」
野瀬が聞きつけて身を乗り出して聞く。指定の日が近づいても大地が望む体調不良にもならず、依頼が込み合う気配もない。ため息をつきながらいつものメンバーでお好み焼屋の鉄板を囲み、豚玉と焼きそばをつついている。野瀬はこういう話を聞き逃す男ではない。何でコイツにそんな話をするんだ、面倒くせ、と大地が橋村の足を蹴る。
「で、その相手が何の仕事の依頼?」
やるなと言われているのに、野瀬はお好み焼の片側もまだ焼けない内につつき回す。
それが…と大地が実に嫌そうな顔をして言う依頼の内容は「プロポーズしようとしている相手から自分を奪って欲しい」ということらしい。
「で、誰がするの?その仕事」
「せ…先方が 大地指名だから…」
橋村が出来る限り関わりたくないのを露わにして、読んでもない漫画のページを捲りながら言う。
「何 それ、その時のクリスマスのリベンジなわけ?」
野瀬がますます身を乗り出して聞く。目が輝く。爽やかなイケメンのはずなのに、そういうところがゴシップ好きのおばさんみたいだ、と以前も誰かに言われた気がする。
「クリスマスと言えば、商店街の飾り付けと宣伝と催事も依頼があったんだよね、何か考えあるの?」
野瀬が嬉しそうに聞く。都合のいい時だけ傍観者の振りをする。そのくせ絶対口を挟んで来る。何も考えていないのか、いまはこっちの「依頼」のことで頭がいっぱいなのか 大地は聞こえないふりをして焼きそばを頬張っている。

「でも よく覚えていたな、パッシー、意外だね。女子の名前なんて」野瀬が橋村に言うと
「ほんとほんと、野瀬くんなら 全員フルネームで覚えてそうだけどね」大地が応える。
「お前こそ 告白された相手の名前も思いださないなんて 何て冷たい…。何て言われて、何て返事したの?」
しまった、また話題がこっちに来たという顔をしてから、大地もしぶしぶ思いだそうと試みる。
「うーん…何だか相手は『明日から神様より幸せになるんだ』とか言ってた」
「それって 大地と付き合えればってこと?」
「いや…なんか良く解らない理屈でさ、そうだ、確か『どうせ私のことなんか嫌いよね』とか『気にせずお前なんか嫌いだって言っていいから』とか言った」
「どういう理屈なんだか」
「ともかく凄く面倒くさい奴だった」
「大地だってそこそこ面倒くさいじゃん」

「でも 大地と白坂さんってそれまでに接点あったっけ…」
ずっと記憶を手繰って黙ったままだった響子が漸く声を出した。じゃれあっていた大地と野瀬、傍で話題をなるべく自分の方に向けないように漫画を読むふりをする橋村の顔が響子の方に一斉に向いた。
「えっ、ええと、そのね、多分3年とも同じクラスじゃなかった…と思うし 大地は女子を避けてた時期だし、白坂さんはその…」
視線を集めて焦る。焦ると赤面する上に挙動不審になるのが響子の特徴でもある。減ってもいないコップの水を継ぎ足し、次は鞄をごそごそかきまわしている。何も探してのいないのは明白だ。

「っていうか、何で大地だったんだろ?どこがいいのこいつの。」
え、わ、私は…焦る響子を横眼で見て 代わって大地が返す。
「学年で2番目に不幸だったらしい」
言い方がやたらそっけない。
「何?それ」
「1番不幸そうなのは俺なんだって。だから告白したんだと」
「ますます 謎だな、結構覚えてるじゃない。もっときちんと説明しないさい、島崎くん。響子ちゃんだって詳しく聞きたいよねぇ」
そんな風に言われて本気で困り顔の響子の顔をちらっと見てから、大地はぽかりと野瀬の頭を叩く。
「お前 本当にうざい」


 指定された喫茶店のドアには大きなクリスマスリースが掛けられている。ジャズバージョンのクリスマスソングが小さく流れているのが心地よい。
「おい、どれだ、白坂って」
「あの水色のセーター。さっきお前に本人が送って来た画像、ほら」
野瀬が、奪っていた大地のスマホを差し出す。
「何だ 意外と美人じゃない。あんなに嫌そうにするからどんな子かと思ったら」
後ろから肩を掴まれ耳元で囁かれる。
「なんでお前までいるんだよ」
「何か 面白そうだし」

入り口近くの通路でツリーに身を隠しながら二人が小突き合いをしている傍を、新たに入って来た客が「失礼」と声をかけて通り抜けた。植物なんて全く興味無いくせにポインセチアの鉢を眺めているふりをしていた橋村が「え?」と言ったまま固まる。橋村の見る方向を二人も見ると、その新客が 水色のセーターの前に腰を下ろした。


「痛み」が必要だったのだ。どうしても。
親戚の強い薦めで父が再婚した。自分の悲しみも癒えない内から仕事と家事と私の心のケアに父も草臥れ切っていた。仕方ない、むしろ父のためには良かったと思った。
相手の「頼子さん」は何の問題も無い良く出来た女性だ。優しくて明るくて、なにより亡くなった母のことを大事に思ってくれる。母を恋しがる私の気持ちを汲んでくれる。「お母さん」と呼ぶことも無理強いはしない。「新しい家政婦さんだと思ってくれてもいいよ」「少しずつ仲良くなろうね」そう言ってくれる。それでも反抗したり拗ねてみせたりもできたのだろう。難しい年頃だからと言っておおらかに付き合ってくれたかもしれない。でも 私にはそれもできなかった。これ以上父が悲しい顔をするが嫌だったのだ。また「母」を失うのを怖れたのだ。美味しいご飯、さっぱりと片付いた家、可愛いお弁当。アイロンの掛ったブラウス、灯りのついた家に「お帰り」の声。それでも、すんなり幸せになってはあまりに母が可愛そうだ。
だから私には「痛み」が必要だった。

*
「お父さんとか?」
「いやむしろ爺さんじゃね?」

ひそひそと言いあっているとまた携帯にメールが届く。
「今 割り込めって」 
行けとばかりに野瀬に背中を押され 依頼人のテーブルの脇に大地が飛び出る。向かいに座った予想外の相手のせいで大地が調子を崩し、もたもたしている。
「大地、何しに来たのよ」
依頼人の白坂麻友の方から芝居を始めたことはギャラリーには明らかだったのだが、当の大地はテンパってしまっているので、まともに受ける。
「何しにって、え・・・、それは そっちが…」
大地に気づかせようとしてか、麻友はわざと大きな音を立てて立ち上がった。打ち合わせはある程度しているはずだが結局打ち合わせ通りにはいかないのが常だ。
「今更 どういうこと?私になんか興味ないって言ったはずよ」
頭が真っ白になった様子の大地をどうしたものかと響子がはらはらしていると 橋村がつんのめって通路に飛び出てしまった。
「良太?」
つり目鈎鼻の特徴ある顔は、昔からちっとも変わらないのだろう、橋村の姿を認め、予定外の展開に麻友が少し慌て様子を見せた。更に誰も予想しなかったことが起きる。
図らずも飛びだしたはずの橋村が、いきなり麻友の腕を掴んで 喫茶店から引っ張って出たのだ。
「何よ、どういうこと?打ち合わせ通りにしてよっ」
高飛車な物言いの女だ。珍しく橋村が大きな声を出す。
「あ、あんな爺さん、たっ、たぶらかして…な、何やってんだよっ」
「たぶらかし…って、何よ」
「あいつが お、お前にプロポーズ?金まで払って邪魔してくれって なっ何たくらんでるんだ」
「は?何言ってるの?私が何やってるかなんか 知らないくせに。」

妙に親しげな二人のやりとりを、ぽかんとしたまま見守る大地、後から追ってきた野瀬は事情が解らないまま興味深そうに眺めている。

*
「で、何を知ってるんだ?『良太』?」
部屋に帰った大地が橋村に聞く。 今日は野瀬は自分の仕事で参加していない。そういう日は落ち着いて話ができる、と大地は思う。
「あれは、う…うちの実家の近所で有名な金持ちの 一人暮らしの爺さんだ。」
「お金持ちの爺さん、ね」
「近所って 白坂さんも?」
大地の部屋で慣れた手つきでお茶の用意をしながら響子が聞く。
「うん、俺、麻友の亡くなった母さんのことも知ってる。入院中はあいつもよく病院に通ってた、母さん 励ましに。」
「落ち込んで とぼとぼ歩いてたと思ったら 友達の慰めに急にキレて殴りかかったり。小学校の時だけど」
橋村は結構 麻友のことを心配しながらずっと見てきたようだ。意外な橋村の行動にも何となく説明がつく。
「ふうん…橋村君と白坂さん、幼馴染なんだ」

「中学生にしてあいつが自分のことを『どん底』だの『一番不幸』だの言ってたのは その辺のことか?」
「うん、別に貧乏だったとかでもない。多分今も金に困ってるってことはない、と思う。けど…」
「けど?」
「お父さんも麻友を気遣って気遣って、考えた末 再婚してさ、新しいお母さんも…いい人だったみたいだし」
「随分よく知ってるな」
「う…うちの親 仲良かったから…」
母親の絡む話に、大地も色々思うところがある。 響子の淹れたお茶をゆっくりすすり目を閉じたあと、大地は真面目な顔で言った、
「いい継母ね、それも、いいんじゃないか」
「けど…」
「まだ、『けど』かよ。歯切れの悪い」
橋村がその後口ごもる。
「大地…大地が知らなさすぎるだけだ。っていうか女子の方がよく知ってるんじゃないか…な?」
橋村が響子の方に話を向ける。自分では言いたくない、そんな風だ。

*
ぶつけた跡や噛んだ傷、時にはペンやカッターまでも自分に突き立てた。痛みを感じている「私」なら信じられる気がした。病床で泣いていた母を忘れまい、失った悲しみはそんな 簡単に癒えてはならない。そう信じた。私には「痛み」が必要だったのだ。
私に優しくするな、私に構わないでくれ。誰も。
行為はだんだんエスカレートしてゆき、3年の夏休みの間中私は自分を傷つけ続けた。


夏休み明けだった。あの子、肩とか腕に痣とか傷が複数あると、誰かが言い出した。衣替えもまだなのに長袖のブラウスや体操服を着て、先生に指摘されていたのを響子も覚ている。無口な子で、いつも一人で本を読んでいた。苛められていたという話は聞かないが、自分から距離をおいている感じだった。彼女の他人の目を気にしない自ら孤立する態度に苛立ちを感じる子もいただろう。痣や傷を指摘して声を掛けたのはそういう子だったのだと思う。彼女のことを「心配して」という形で。虐待を受けているんじゃないの、そう言えばお母さんって 本当のお母さんじゃないんだよね、大丈夫?そんな風に。
「いい加減な噂が広がって 先生もほおっておけなくなったんだと思う」
響子も噂話は嫌いだ。人の家の事情を詮索したり心配を装って聞き出しするのは違うと思っている。大地の家庭だけでなく、響子の家にもそれなりに問題があったからだ。

響子が覚えている話を少しずつし出したのは 次に会った時だ。野瀬の家で鍋をするからと大地、橋村、響子が呼ばれた。野瀬は早くも妻子持ちだ。子供は大地に懐いていて、いつも転げまわって一緒に遊んでいる。
「お母さんが呼び出された日、白坂さんが職員室で大暴れしたって。虐待なんて見当違いだ、余計なお世話だって。なだめる先生に掴みかかって…お母さんは泣くし…」
大騒ぎになったから、学校でも有名な話なのに大地が思い出さないのも意外だった。
「それからあいつ、学校来なくなった。2学期の半ばごろだったかな。来ても保健室登校だった。」
橋村はやっぱり麻友の様子をよく見ている。
「クリスマスのすぐ前くらいだったかな、今度は家が火事になって、お母さんが入院したの。そんな話も大地は全然覚えてない?」
「ちょっと待って…、その火事の話なら覚えているかも」
あまり反応のない大地に代わってそう口を挟んだのは、中学校の違う野瀬だ。

隣町でも同じ学年の女子の家が火事になったという大きなニュースなら話題に上る。中三の娘は夜中なのに外出だったという情報もあった。警察に細々と事情を聞かれはしたが原因は布団がたまたま被さったストーブだったと解った。学校でも家庭に何か問題があると親を呼び出した直後のことだったので近所や校内で、心無い憶測が広がっていた。

「成程 どん底ではあるな。大地に告白したクリスマスって その年なんだ?」
「お前は またその話に戻したがる」
大地があきれ顔で、割って入る野瀬に言う。野瀬は家族の中での苦労とか他人に知らせたくない秘密、暗い過去話なんかには全く無縁の男だ。 部屋には孫のためにと両祖父母に買ってもらったおもちゃが溢れている。鍋の湯気の温かさ 子供のはしゃぐ声 パッチワークの壁飾り、奥さんの微笑み。幸せな家庭ってこういうのだよね、と響子は思う。

*
大垣内幸助氏と道でばったり会ったのは偶然だったのだろうか。大地は思う。会って麻友のことを話すために俺を探していたのかもしれない。
大地の顔を認め、相手は一瞬で気がついたようだ。にこやかに会釈して近づいて来た。あの日麻友に「プロポーズ」するはずだった相手だと こちらもすぐに気がついた。
「少しお話できませんか?島崎大地さん、ですよね」

例の喫茶店がお気に入りのようで 誘われて大地はそこに入る。赤い布張りの椅子。長年磨かれてきた深い光沢のあるテーブル、温厚で生真面目そうなこの話し相手に、ぴったりの店だと思う。
「ここで彼女と知り合いました」
背筋を伸ばしたまま相手は大地に言った。
「若い人の来ないこんな店に 初めはふらりと入って来た感じでした。それからたびたび来るようになって 会釈するようになりました」
事情は全く知らされていなかった。あの日も結局 その場に乱入して麻友を橋村が連れて出ただけで 何をしたということもない。怒って帰って行った麻友だったがその後、黙って振り込まれた約束の額を見ると 仕事は結果オーライだったのだと思っていた。

「私とのお付き合いを終わりにするために 頼まれたんでしょう?」
「はあ…」
「いいんです。何をお話し頂いても。今後彼女が困るようなことは致しませんから」
そう言われても 何も話す内容が無い。
「彼女は優しい女性です」
「はあ…」
「彼女が私と一緒にいてくれるのが嫌でなければこのままお友達でいたいと思います。初めはお金目当てだったとしてもかまわない、お金が必要だと言われたら全財産でも渡すつもりでした。もちろん結婚なんて形が、Noならそれでもいいんです」
「結婚…詐欺とか?」
相手の顔を大地が驚いて見る。変わらず穏やかな笑みを浮かべている。
「と、周囲は皆…嫁いだ娘も妹も言いました。騙されているに決まっている。恥ずかしいことですが勝手に彼女のことを調べたりもしたようです。」
「何か解ったんですか?」
「以前にお付き合いを した男性たちも幾人か解りました。確かにそこそこ裕福な感じの方が続いていたように思います。」
「何か被害に合ったとか?」
「いえ、それがね、何もないんです。ただ、少し付き合っては 彼女から別れを切り出しています」
「あなたも、疑ったんですか?」
「若い女性ですからね。こちらがいくら好意をもったとしても まさか同じように想ってもらえているわけはないとは思いました。ただ会って話すうち、本当に彼女が欲しいものはお金ではないはずだ、と思うようになりました。だからこそ…」
「最初の目的が詐欺でも かまわない、と?」
「ええ。どちらにせよ、彼女には人を騙すことが出来ないんだと思います。」
「なるほどね。」
「彼女とは沢山の話をしました。実はあなたの名前も聞いたことがあったんです。彼女は僕に君の名前まで話したこと 忘れていたようです」
「俺の名前って?」

*
草野球チームのメンバーが沢山来ていてたまたま込み合ったその喫茶店でカウンター席に並んだことがきっかけで 話す間柄になったのだ、と大垣内氏は穏やかに微笑みながら話す。幸せな記憶なのだろう。
「珍しく騒がしいですね、今日は」「すみませんね、こんなおじいさんと隣席で」「こちらには良く来られているようですが お近くなのですか、お仕事とか、ご自宅とか」
そんな何でもない言葉かけが初めだったという。麻友は始終にこやかで、そして、話しかけられることが嬉しそうに見えた。その日は僅かばかりの取りとめない話で終わったが 次に会った日は親しみを込めた会釈を、その次は天候の挨拶から始まる軽い会話を そしてその次は、というように時間を掛けて とても自然な流れで同席して話をする仲になった。体調を崩した時心配してくれた、喉に良いからと手作りの「はちみつ大根」を作ってきてくれた。電話番号もメールアドレスも聞かなかったけれど、喫茶店に行く日がすれ違って何日も顔を見なかった時、話で聞いていたからと家を探して訪ねて来てくれた。若くして亡くなった妻の墓参りから帰って来た日だった。
「奥さん亡くなってから 娘さんをおひとりで育てられたんですか?」
結婚した娘がいることは彼女も知っていた。その時彼女が早くに母親を亡くしたこと、父親が再婚したことを聞いた。「自分自身のせいで不幸だった」 ということも。

*

「お母さんに悪いことをした、ってずっと自分を責めてたんだと」
「呼び出された時のこと?」
「虐待なんかじゃない、あるわけないのにって」
じゃあ、何だったんだろう、その問いは誰も口にしなかった。おそらく皆の考えていることは同じだったろう。 大垣内氏はそれも聞いたのかもしれない。

「で、彼女の本当に欲しいものって、遺産とかじゃないんだろ?」
野瀬が話題を変える。
「愛と安定とかそれこそ、「幸せ」? そういうことなのかな。それを解ってて 手を差し延べようとした大垣内氏との関係を 何で白坂は大地を使ってまでぶち壊そうとしたんだ?」
響子と大地も答えを出しかねて考え込む。
「あついは…麻友…えっと…白坂は…」
橋村がおずおずと話に入ってきた。幼い頃名前で呼びあって一緒に遊んだ時期もあったようだ。
「お…俺、最初はあいつがあの人騙して何かするつもりだと思ったんだ。大地も巻きこんで。でも、やっぱ違う。そんなことできる奴じゃない…と思う。あの人の…気持ちをちゃんと考えたら上手く断れなくなっただけだと思うんだ」
珍しく橋村が雄弁だ。
「小さい時からあいつ、上手く自分の気持ちを言えないとこ あった。お…俺が言うのも変だけど。」
「まあ それもそうだな」「うん、言えてる」
折角の橋村の意見に 男二人の返事はあんまりだ、響子は橋村を気の毒に思う。どうもしてここに集まる人は同じような性格なんだろう、野瀬は別として。

「それがさ…俺のしたことが決定的な痛手だったと思うって、あの爺さん、言うんだ。」
大地が珍しく真顔で言う。付き合いを断ったのは確かだと思うものの こんな時が経ってから責任を感じるような酷いことをしたのだろうか。野瀬にも橋村にも想像もつかない。女性なら解るのだろうか、と二人して響子を見る。
「確かにあの頃の大地って突っ張ってて 酷い女嫌いだったけど」
響子が思い出しながら言う。小学校から大地を見ていたからその変化と理由はよく知っていた。
「そんなに?」
「女の子にも女の先生にも 絶対に近づくなって感じだった。汚いもの見るみたいに目を逸らしたり 睨んだり…」
「響子ちゃんにも?」
「私には?…どうだったっけ。」
いつまでそんな目をしているんだろうと、大地の横顔を見守ってきた。自分にも向けられていたかというとよく解らない。もしかして 自分は女子の範疇にも居なかったのかもしれない。響子も少し不安になる。


島崎大地は女が嫌いだ。いつも癒えない怒りを抱えている。

まだ「友達」と噂話なんかをしていた中学に入りたての頃 島崎大地と同じ小学校から来た子からそのことについて聞いたことがある。母親が、夫と幼い息子より 他の男を選んで家を出て行ったという。あいつが女嫌いになるには十分な理由だと思った。残念なことに全く同じクラスにはならず、近づくきっかけは何もない。気づかれずに観察するのには好都合でもあった。拗ねた表情の島崎大地、女子に向けるぎらりと冷たい目。いっそ母が勝手に私を置いて出て行ったのならあんな風になれたのに、父が私のために再婚なんてしなければ、頼子さんが酷い継母だったら…とりとめもない想像をした。私の中の島崎大地は私を嗤い、責め、意地悪を言って困らせ、そして慰め 励ましてくれた。現実では何の接点もないまま 島崎大地は私の心の中で勝手に大事な存在になっていった。

自分を痛めつけ、そのことで頼子さんを泣かせた。こんなこともう止めようと 何度も夜中に家をこっそり抜け出して気を紛らした。でも、今度は戻ったら家が燃えていたのだ。私が家に居ると思っていた頼子さんは 家中、私を探し、煙にやられて救急搬送されたと後で知った。病院で眠る頼子さんに、ごめんなさいと、それでもまだ上手く言えなくて そんな自分に絶望した。



「何かこのままじゃ もやもやするっ」
大地が言いだして 結局 白坂麻友を呼び出すことにした。
「一体 俺が何したっつーの」

大地の部屋に 同級生だの幼馴染だの狭い世界の面子が顔を突き合わせている。白坂麻友は固い表情のまま膝を崩さず座っている。話し出しにくい空気が漂う。
「白坂さん、私 一度あなたに救われたことがある。」
麻友の前に湯気の立つコーヒーカップをことりと置くと、響子が意外なことを口にした。きょとんとする麻友に向かって 響子は続ける。
「何だったかな、委員会で一緒だったの。発言しなくちゃいけない場面で ぐずぐずしている私に あなたが言ってくれた。『自信もちなよ、あなたの声 凄くいいと思う』って」

低い可愛くない声がコンプレックスだった。大地が「癒しのハスキーボイス」と言って高校の放送部を薦めてくれるよりずっと以前に 褒めてくれたのがあなただったのだ、と響子が言った。
「そんなこと言った…かな…」
照れているのか 本当に忘れていたのか、それでも麻友の頬が少ゆるむ。
「ねえ、大地が失礼なこと言ったのなら きちんと思い出させて謝らせた方がいいよ、こいつの物忘れはもっと酷いから」
野瀬が言う。何だかんだ言ってほぼ野瀬の仕事のオフの日ばかりに集合している。こいつも案外寂しがり屋なのかもしれない、と大地は思っている。

「あの頃 色んなことがあって」
俯いたまま麻友が話し出す。
「勝手に島崎君を心の支えにしていた。どうしようもない事に怒ってて…生きるのが辛そうな姿にどこか通じる気がしてた。勝手に想像の中の島崎君に相談して、勝手に慰められたり慰めたりしてた。」
言ってから自分で相当恥ずかしかったのか、麻友は顔を真っ赤にして俯きながら言う。
「情けない、イタい女だと思うでしょ、嗤っていいのよ、むしろ…嗤って…下さい…っていうか」
誰も嗤わなかった。
「それで 大地にクリスマスの告白?」
うわ、野瀬君 このタイミングで、それも何てストレートな…焦る橋村と響子。
「『嫌い』だって言われてすっきりしようと思った。妄想の中の島崎君じゃなく、本物の島崎君にきっぱり言われよう、私も自分自身がつくづく嫌になっていたから」
「でも『嫌い』なんて…言わなかったよな?俺」
俯いていた麻友が 弾かれたように顔を上げ、キッと大地を見据えて語気を荒げる。
「そんなこと、全然言わなかったわよっ」
さっきの気弱な感じの麻友はどこにいったんだ。皆 会話の先が見えなくて黙る。
「『お前、誰」って」
学校で色々皆が自分のことを言ってる、悪い噂とか聞いているでしょ、酷く嫌ってる人もいるはずだ。と焦った麻友がネガティブな自己紹介をたたみかけると
「『好きかとか嫌いかとか言われても困る。そもそもお前に全く興味が無い』って。あの時そう言った。そのくせ 『悪いな、じゃあな』って見たこともないような優しい笑顔を見せた」
「意味不明だな」
「そうよ、意味不明だったのよっ」



商店街のクリスマスの飾り付けの仕事の後、宣伝とイベントの企画を考える。クリスマスまでもう一カ月を切っているというのに 暢気な商店街だ。差し出された昔ながらのキラキラのモールや原色のカラフルな電飾を笑顔で拒否して シンプルでシックな飾り付けが出来た。針金で作った大きなツリーはなかなか良い出来だと大地も満足顔だ。
「クリスマスパレードっての考えたんだけど。ディズニーランドみたいなの。ここ長さだけはあるし。」
野瀬がまた思いついたままを言う。
「えらく壮大な計画だな、どうやってそんなことするんだ。ところで俺らって誰と誰?」
「そりゃ、大地と、愉快な仲間たち、でしょ。賑やかにやりたいから商店街の人だけじゃなく、依頼で知り合った爺さん婆さんとか、白坂麻友ちゃんも誘って、ねぇ良太くん」
名前で呼ばれた橋村が 思い切り嫌な顔をする。
「良太くんって顔じゃねぇなぁ」
大地も笑う。
「麻友ちゃんを誘う時は『僕らは君に思いっきり興味があるから』って言ってあげるんだよ」
「何で そんな…」
「だって このところ 集まれば彼女の話ばかりしてたじゃない」
「まあ そう言えばそうだが」
麻友は来るだろうか。これからは妄想じゃなく「「本物の大地」が麻友の支えになるんだろうか…でも…橋村がちょっと不安げに、ツリーを見上げる響子の笑顔を窺った。


軽トラや自転車それに台車、お年寄りの手押し車を飾り立てて練り歩こう。道行く人も仮装して。サンタだらけになっても構わないし この際ゾンビもアニメキャラもコスプレもOK。ごちゃごちゃで 目が回るほど派手で笑えるのがいいと大地が言う。地域の人だけじゃない、もっと広く皆来るように呼びかけよう、草野球チームも老人会のサンバチームもストリートダンサーもカラオケ好きのおばちゃんも。麻友の母さんも父さんも大垣内さんも。
「大地のお母さんもね」
響子が付け加える。
隣町に一人で住む母親と大地は、再会してから少しずつ会う時間が増えていることは皆が知っている。
「うん、そうだな」
大地も珍しく素直に肯いた。

こうなったら盛大で格好いいイベントにしよう。大地は思う。
昨日まで泣いていた人が明日から思い切り笑えるような。昨日まで不幸だった人が明日から「神様みたいに」幸せになるような。

Merry Xmas.





《 クリスマスパレード2016 了 》





【 あとがき 】
クリスマスが今年もやってくる~。
クリスマス頃になると現れるシリーズの連中です。
「私にまるで興味ない~♪」の歌詞とわちゃわちゃと大勢の人が踊るPVの歌がありましたが 書いている間それがぐるぐるしていたことは事実です。関係なかったはずなんですが・・・。

【 その他私信 】
遅くなってすみません。今年はなんとか復帰できてうれしかったです。
ここの人たちのやってる仕事(響子ちゃんは電話相談の仕事)でちゃんと食えるかどうかが気になり バイトさせるとかこっちをバイトにして転職させるとか考えたりしましたが今回はこれで…。


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