Mistery Circle

2017-11

《 忘れ雪の知らせ 》 - 2012.07.28 Sat

《 忘れ雪の知らせ 》

 著者:×丸







3月も終わりのころ、わずかに春が薫り始める季節。
私は今日、4年間通った大学を卒業する。もうすぐ私は、新たな門出を迎えるのだ。

だというのに部屋で目覚めた私は愕然としていた。
鳴りやまない携帯電話の着信音、それは画面を確認するまでもなく里桜のものだろう。卒業式におそろいの袴を着ることになっている友だち。

……いや、友だち、ではないのだけれど。まあ……そういうことにしておいてほしい。うん。

とにかく、私たちは馴染みの美容院でヘアメイクと着付けをしようと約束していたのだ。そのために早朝から待ち合わせ、一緒に向かう手はずとなっていた。
前の日にあれだけ遅れるなと釘を刺したのは私だ。目覚ましのアラームだって何重にも設定しておいたし、今までで一番早くベッドに入った。

楽しみすぎて寝付けなかった、なんて子どもでもしないことをやってしまうなんて、きっと里桜は怒りを通り越して呆れるのではないだろうか。


結論から言って私は寝坊した。起きた時には約束の時間を10分ほど過ぎていたのだ。
しかし私が言葉を失ってしまったのはそれだけではなかった。

慌てて支度をし、勢いよく玄関を飛び出した私の視界に広がっていたのは……

大粒の雪が絶え間なく降り注ぐ一面の銀世界。


――それはあの頃と同じ、季節外れの雪景色だった。




『え? う、うん……気を付けて来てね……?』
謝り倒す私に、電話先の里桜はどこか抜けたような声色で答えてくれた。
予想とは違った反応に戸惑いつつも、今は彼女の優しさに感謝して急ぐほかなかった。

履いていたパンプスをブーツに履き替えて、白に染め上がった道に一歩ずつ足跡を残していく。
雪国育ちの私にとって今の雪の深さはそれほどでもないものだったが、こっちでこれほど積もったことは一度だってなかった。
どこで足を取られるか分からない不安から、思うように足が進んでくれない。そうしている間にも時間は刻一刻と過ぎていくというのに。

ここ数日の陽気で雪はほぼすべて溶けきっていたはずなのに、どうして今日に限ってこんな天気なのか。
着付けに必要なものは予め美容院に運んでおいてあるので、身軽であることが唯一の救いだった。


この雪では電車が止まっている可能性もあり得る、もしそうなったら完全にアウトだ。
でもだからと言って足を止めるという選択肢はない、最悪タクシーを拾うにしてもまずは駅に向かわなければ。

そう、私は急いでいた。何があっても決して立ち止まらないし、誰かに声をかけられたって無視する、そのくらいの気持ちでいたはずだった。


道端にいる一人の女の子に出会うまでは。

そのこと自体はなんということもない。早朝とはいえ子どもがいたっておかしい時間ではないし、周りは住宅地なのだからきっと家族も近くにいるのだろう。
事実、私はそれだけだったなら何も気にすることなくすれ違うつもりでいたのだ。

しかし視界の端に映ったその子の姿に、忙しなく動かしていた足がぴたりと止まる。
泣いていた、なんてものじゃない。泣きじゃくっていた。声は出ていないが、とめどなく流れる涙がその悲しみの深さを物語っていた。
溢れる悲しみを必死に押さえつけるように、女の子の肩が上下に揺れる。

次の瞬間には思わず話しかけていた。そんな暇はないと理解していながら、不思議な衝動に駆られてその子に視線を合わせるように屈む。

「……どうしたの?」
「う……ぐ、ひっく……ない、ないの」
「ない……? なにかなくしたの?」
「ゆ、ゆき……ひぅ、ゆきだる、ま……」

途切れ途切れの言葉ではあったが、女の子は懸命に話してくれた。
友だちと一緒に雪だるまを作ったこと、崩れないように見守ろうと約束したこと、そしてその雪だるまがどこにも見当たらないこと。

話を聞いている間も雪は絶え間なく降り続いていた。髪の毛に雪が付き、体温で溶けるより前にさらに雪が重なり、私の頭を少しずつ白く染めていく。
でも何故か気にならなかった。雪を払うこともできたはずだが、それよりもこの子の言葉に耳を傾けることが何より優先すべきことだと感じていた。

とはいえ雪なのだから時間の経過で消えてなくなってしまうのは仕方ないと思った。ましてや春も間近、この時期に作る雪だるまの寿命の短さはシーズン真っ只中の比ではないだろう。
だがそれは大人の道理だ。全ての子どもにそれが通用するわけではない。大事なものを失う無念さがどうにもならないことを私は、知っている。


「雪だるま、私と一緒に作ろう?」
気づいた時にはそんな言葉が口をついて出ていた。言ってからしまったと思わなかったといえば嘘になる。
でも何故だか後悔はなかった。先ほどまでの焦燥感が嘘のようになりを潜め、代わりに根拠のない使命感が全身をめぐる。

さながら真っ新な雪を見ると誰よりも早く足跡を付けたがる子どものように。

この提案がこの子の望むものだったか一瞬不安に駆られたが、どうやら杞憂だったらしい。
私の言葉を聞いた女の子は途端に表情をパッと明るくする。その変化は、もしやさっきまでの様子は私の言葉を引き出すためだったのかと思うほどに。
そして女の子は私の手を引いてどこかに向かって歩き出した。急に動いたため、私の頭に降り積もっていた雪がパラパラと落ちてくる。

ごめん、里桜、と私は一人待つ彼女の名を心の中でつぶやく。
まつ毛にかかる雪を繋いでいないもう片方の手で振り払いながら、私はぴょこぴょこと揺れる女の子の長い黒髪を見つめていた。


連れてこられたのは住宅とアパートの間にぽっかりと空いた空き地だった。
そこに入るなり、女の子は振り返って言う。
「あたしが上ね! で、下!」
私を指差し、笑顔で雪だるまの作る部分の担当を決める。その姿はさっきまで泣きじゃくっていたものとは思えないほど元気だった。

決して広いとは言えないが、平坦な地形が続くこの場所は雪だるま作りに最適といってもよかった。
降り積もった雪も、この時ばかりは有り難かった。
少し押すだけで周りの雪を巻き込んで一回り、また一回りと大きくなっていく。この調子なら相当な大きさのものを作ることだってできるかもしれない。

まるで雪だるまを作るためにこの雪が降ってくれたかのよう。
久しぶりに雪に触れる感触も相まって、童心に帰るような思いになる。


だが、そんな気持ちもほんの数分で萎れてしまう。
当然ながら雪だるまを作る予定のなかった私の素手は、既に冷たさからほとんど感覚がなかった。

そこそこの大きさになった雪玉は、押し進めようにも思うように力が入ってくれない。
一歩踏み出すたびに吐く息で手を温め、少しずつ雪玉を大きくしていく。

たまらず一息つき、上を見上げた。止む様子のない雪が私の顔に一粒当たるたびに、ヒヤリとした感触を与える。
不快というほどではないが、かつて感じていた心地よさや高揚感が遠い昔のよう。それが良いことなのかどうなのか、私にはわからない。

チラリと女の子の方に視線を向けた。
その手は私と同じ手袋も何もはめられていなかったが、その子は見た限り一度も休むことなく雪玉を転がしていた。
ジャンパーは着ていたものの、寒さや冷たさをまったく意に介さないようなその姿がどこか羨ましかった。


ほどなくして二つの雪玉が出来上がった。やはり最後には女の子の雪玉の方が私を上回り、当初の予定とは反対になってしまった。
私のものだって決して小さいわけではないのに、どこにそんな力があるのか。しかも私の作ったのは丸とは程遠い歪なもので、もはや何もかもが負けていた。女の子はそれすらも楽しいと言わんばかりに笑う。

自分で作った方の雪玉を崩さないよう慎重に持ち上げ、もう一つの雪玉の上に静かに載せる。
どっしりとした体に変てこな形の頭。それだけのシンプルなものだったが、それでも立派な雪だるまが完成した。

ここまで来ると目や鼻もしっかり付けたくなってくるのが性というものだろう。
そう思い立って辺りを見回すが、枯れ枝一本すら落ちているように見えない。

女の子のために作っていた雪だるまのはずだったのに、少し勿体ないなと思ってしまう自分がいた。


「――大丈夫だよ」

そんな時だった。女の子の声が私の耳に届いたのは。
口にしていないはずの私の心を読み取ったかのように、女の子はポケットから何かを取り出す。

それはビー玉だった。どこにでもありそうな、中にマーブルの模様が入った赤いビー玉。
女の子は雪だるまに近づき、つま先立ちになりながらもポンと顔の真ん中にそれを付けた。たちまち立派な鼻が出来上がる。


そして次に取り出したものを見て、私の口から「あ……」という声が漏れる。
今時見かけるのも珍しくなったジュースの瓶の王冠。それが、ちょうど2個。

脳裏によぎるのは、かつての幼き風景。
あの子のお家で出してもらった瓶のオレンジジュース。隣り合ってコタツに辺りながら飲んだそれは乾いた喉に爽やかな潤いをくれた。

一人1本ずつ。合わせて瓶は2本、だから王冠が2個。
陽の光でキラキラと光るそれは、私たちの宝物だった。私たちの確かな繋がりだった。

王冠は目になった。丸が三つ並ぶだけの、少し間抜けな顔の雪だるま。


そう、私はそれを覚えている。
あの時も確か、私の方が雪玉が小さかった。私たちの作った証を残すために、秘密の宝物だったビー玉と王冠を顔にした。

崩れてしまわないか、一日に何度も何度も確認しにいって、そのたびに安堵して笑いあった。

ずっと大事にしようねって、約束した。
春も間近な季節のささやかな、でもとても大切な思い出。


保育園の先生から、あの子は遠い所へ旅立ってしまったと聞かされたのは、それから何日経った日のことだったろうか。

その時不意に強烈な風が全身に吹き付ける。雪を伴ったそれは吹雪となって辺りを白で覆う。
目も開けられないほどの白色の奥で、かつて聞いた声が反響して聞こえてきた。

『すぅちゃん、覚えててくれた? ……約束、守れなくってごめんね。もう姿も見えないし声も届かなくなるけど、でも……』


私は手を伸ばす。伸ばせば伸ばすほど、雪が、遠ざかっていく――




携帯のバイブレーションがカバンの中で激しく主張する。
その振動で我に返ると、いつの間にか私は一人で道で佇んでいることに気付いた。
辺りを見回しても女の子の姿はおろか、雪だるまもどこにもない。
それどころか空は快晴で、あまつさえ積もっていたはずの雪すら全く残っていなかった。

まさに春の陽気と呼ぶにふさわしい天気。先ほどまでの雪景色が夢か何かだったかのように。

でもきっと夢なんかじゃない。痛いほどに冷え切った手にはまだ雪の感触が残り、そしてポケットには三つの丸が入っていたのだから。


慌てて携帯を取り出し、電話に出る。案の定、その電話の主は里桜だった。
その声を聞くまでもなく、私は彼女に謝り倒す。
ただでさえ寝坊したというのに、短くない時間を女の子との雪だるまつくりに費やしたなんて、どう言い訳しても取り繕えるものじゃない。

しかし電話の向こうで、里桜はキョトンとしたように言う。
『さっきから何言ってるのよ澄玲。まだ約束の時間まで1時間はあるじゃない』
「……へ?」
彼女が口にする言葉が一瞬理解できず、気の抜けたような返事をしてしまう。

澄玲――すみれ、というのが私の名前だということはもちろん分かる。
でも約束の1時間前? だって私が起きた時には既にその約束の時間をオーバーしていたはず?

携帯を耳から離し、ディスプレイを確認する。すると確かに里桜の言う通りの時刻がそこに表示されていた。
つまり私は寝坊も遅刻もしていなかったのだ。
それならアパートを出た時の彼女の反応も頷ける。おそらくあの時点で、彼女は起きたばかりだったのだろう。


『起きたらいきなり謝られるだもん。もしかして澄玲寝ぼけてるのー?』
「いや、その、…ごめんね」
悪戯っぽく笑う里桜にいまいち釈然としない気持ちだったが、それよりも彼女との約束を守ることができたことの安堵の方が大きかった。


そう、きっとあの子も私との約束を守りたかっただけなのだ。
崩れてしまった二人の雪だるまを見届けられなかったことを後悔して、また一緒に作りたいと願った私の叶わぬ想い。

それはあの子も同じだったのだ。だから雪を連れて、時と場所を越えて私に会いに来てくれた。

体を揺らすたびにポケットの中でチャラチャラと音がする。
そのことがなんだか無性にうれしかった。




そして季節は廻り、冬の名残も春風が連れ去っていく。
それは同時に、新たな息吹の始まりでもあり、私がまた歳を一つ重ねるということでもある。

幼き日の思い出からまた一つ遠ざかっていく。でもきっと、あの子も私の新たな門出を喜んでくれることだろう。


大学をつつがなく卒業できた私と里桜は、社会人となったことを一つのきっかけとして同棲することになった。
これからは彼女が私の隣にいてくれる。友だちとして、ということにしておこう。こればかりはあの子も両手離しに祝福してくれるか分からないし。


でもいつか、きっと言える日が来ると思うから――
あの子の言葉にしばしの思いを馳せ、今日も私は道を歩いていく。






《 忘れ雪の知らせ 了 》





【 あとがき 】
皆さんお疲れ様です。
そしてあけましておめでとうございます(今さら)。

最後まで読んでくださりありがとうございました。
本当は長い応募期間を利用して長編を書きたいと思っていたのですが、現実はそううまくいきませんね……
色々粗があるのは否めませんが、それでもちゃんとした一篇を書けたと思います。


今回の話も百合かと言われれば微妙なところなのですが、個人的には『女の子同士が心を通わせたり、交わらせたりしているか』というところが百合か否かの線引きだと思っているのでとりあえずこの話も百合です。
恋愛感情を自覚するより前の幼き日に芽生えた、あの子への友情とは違った想い。そんな風にとらえていただけると幸いです。

もちろんガッツリ、ドロドロな百合もいつかお届けできたらなと思うので、これからも精進していきます。
長くなりましたが、ここまで読んでくださったこと、今一度感謝いたします。

今年もよろしくお願いします。


風の記憶簿  ×丸
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