Mistery Circle

2017-05

《 十二方姫の奴隷騎士 》 - 2012.07.28 Sat

《 十二方姫の奴隷騎士 》

 著者:氷桜夕雅








いつから、一体いつから自分が特別じゃないと気がついた?
小さい頃は確かに自分が主人公、どこまでも自由で世界の中心であったはずだ。
でもいつかどこかで気がつくんだ、自分は主人公じゃないってな。
自分はゲームや漫画の中の主人公みたいに変身できるわけでもないし、魔法が使えるわけでもない、
特殊能力があるわけでもない、ましてや毎朝起こしてくれるカワイイ幼馴染もいない。
与えられた役目はよくて戦隊ヒーローで言えば街を破壊する怪人から逃げ惑う一般人ってところ。
そして皆が『主人公』であることを忘れて普通の、ごくごく普通の生活を送っていくんだ。
舞台の上で演じる主人公ではなく、その舞台を見る観客になってしまう……果たして俺、不知火英志にもそんなことに気がつく日がくるんだろうか?
俺は、俺にはまだ夢のあるアニメや漫画の主人公である可能性は残っていないのだろうか?
「なんかこう、ある日突然異世界に飛ばされて無双できねぇかなぁ」
学校の帰り道、そんな荒唐無稽なことを呟きながら歩く俺、不知火英志はそんじょそこらにいるごくごく普通の高校生ではない!!
一般市民には見た目も普通だし、学校の成績も普通だし、とりわけ運動ができるわけでもない……ごくごく普通の男子高校生のように見えるだろうがこれにはその、色々とだな、訳がだな、あるんだよ!!
言うなればとある組織からのエージェント“終焉の騎士”であり、本当は容姿端麗、成績優秀、運動神経も抜群な能力者なんだが学校で目立つわけにはいかないからな、並な所に留めているのだ。
まぁその組織からの任務、とある能力を持った女子生徒の護衛……となる予定だが、まだその女子生徒は現れてないしその任務も来てないからこうなんていうか普通の生活を送っているだけなんだ。
「しかし三学期からはキャラ変えてくかなぁ」
冬休みの宿題がたんまりと詰め込まれた学校指定の鞄を後ろ手に持ちながらとぼとぼと歩く。
今日は終業式、教室では「冬休みどこに行く?」だとか「この後カラオケ行こうぜ」なんてセリフが飛び交っていたなぁ。
そんな楽しそうな喧騒を背に俺は一人教室を出て、こうして寂しい帰路となっている。
「いやこれは任務のために友達を巻き込まないようにするためだから、うん」
なんとなしに慰めのフォローを入れてみるがいやもうなんか苦しくなってきた、そろそろわかってきただろうか不知火英志は『ぼっち』であるという悲しい現実を。
そして更にたちの悪いことに俺を全国民に見てもらって「この人どういう人ですか?」ってアンケート取ってもらったら七割はこう答えるだろう……『中二病』と、因みにあとの三割は無回答だ。
もちろん組織なんてものもないし、守るべきヒロインもいない、終焉の騎士なにそれ?……全部俺の中の設定だ。
なお、この俺が小さい頃物覚えついた頃から脳内で育ててきた中二病設定で中学校までは上手くいっていたんだ。
自己紹介でこの脳内設定を語れば周りは「こいつ面白いやつだ」みたいな感じになってそこそこ友達がいた。
だがそれが許されていたのはどうやら義務教育期間までらしくてね、高校の入学式で同じことをやった結果が今の状況だよ。
「フフフ、皆俺の魅力に気づいていないとはまだまだだな……」
そしてこの俺の中二病というのは相当な重症である、ついついこんなセリフがでてしまうくらいにな。
今更キャラクターを変えることなんて到底無理な気がするというか、これが今まで普通だったんだから仕方ないだろ。
しょうもないボヤキを続けてそのまま帰路につくであろうと思っていた、まさにその時だった。
「おう、兄ちゃんこんにちわぁ~」
スッと二人の男が俺の前に割り込んできたのだ、唐突に、本当に唐突にだ。
「えっ、あっ……?」
それは思わず終焉の騎士である俺もたじろぐような出来事……、いや終焉の騎士はいいか。
いやいやいや、そんなことを言っている場合ではない!!
「どうする金春兄?こいつでいいかな?」
「んーまぁいいんじゃない?」
俺の進むべき道を塞いでなにやらお話中の二人、なんていうか見た目からしてヤバイってもんじゃない。
二人してハゲ……じゃなかった剃り上げたスキンヘッドに黒いスーツ、そしてその素顔を隠すサングラス……これはまずい人達とエンカウントしてしまったのではないだろうか?
待て待て待て、落ち着け俺、しかしこれこそ待ち望んだ物語の序章としてピッタリなんじゃないのだろうか?
こういう不良?ヤクザ?的なのからヒロインを救ってって、そこからラブロマンスな……ああ違う、今なんか救われたいのは俺か、はは……これどうするの?乾いた笑いしかでやしないんだけ……
「んじゃまぁさくっと眠らせますねぇ」
脳内でくだらない妄想を繰り広げているところに一人のハゲがなにかを俺に突きつける。
「えっ、あ……ぎゃ!!!!!!!」
瞬間、電撃が俺の身体を通ると膝から崩れ落ちるようにして倒れ込む。
ハゲが俺に突きつけた物がスタンガンって奴だってのに気づいたときには遅かった。
意識はある、なんとか……だが全身の筋肉が硬直して言うことを効かない、え、いや……これ本当にまずいんじゃないの?
「よっしゃ、じゃさっさと運んじまうか」
「あいよ金春兄!」
身動き取れない俺の身体をまさに慣れた職人芸といわんばかりの手腕であれよあれよと言う間に口には猿轡、手首には手錠がハメられ身体は全身荒縄でグルグル巻きにされる。手早い、この人達手早い、まるでまさに日頃からこれをやっています!長年これで食べてます!そんな感じだ。
「んじゃまぁ袋につめちまえ、さっさとお嬢様のところにいくぞ」
そんな折、よくわからない袋にまるでゴミクズのように放り込まれながれどこかへ連れ去られる俺……いやちょっと待てなんだその送られる先、お嬢様とか言っていたような?
しかしなんていうかこんな酷い状況なのに俺自身はどこか楽観視というか淡い期待すらしていたのだ、
連れ去られた先は悪の秘密結社でそこで改造人間にされてぇ、脳改造前に脱出!そして悪の秘密結社を相手に戦いを繰り広げるってそんな展開……そんな展開はない?
ないか、ないとすればそのお嬢様?お嬢様って人のところに連れて行かれるのか?
このご時世お嬢様とかいるの?実在するの?なんて言っている間に身動き取れない俺は男たちに担ぎあげられて……
「えっさほいさ」
「ほいさえっさ」
得も知れぬ掛け声とともにそのどこぞと知らないお嬢様の元へと運ばれていく……って、歩きかよ!!
人さらっておいてこの街中を徒歩でそのお嬢様ってところにいくのか?
色々とツッコミたいところが沢山有るんだけど今の俺、身動き取れない上に口も聞けないこんな状況じゃなすがままなのが辛い。
「そういや銀次、この辺にぃ美味いラーメン屋あるとか言ってたけどどこよ?」
「金春兄、それいつの話っすか?そのラーメン屋ならとっくに潰れたっす」
「潰れたんかーい!まぁ潰れたってことはたいして旨くなかったんだろうな」
「いや、普通に旨かったっすけどねぇ」
人をさらっている途中とは思えないほどの呑気な会話。あのハゲ二人、金春と銀次っていうのか……どっちがどっちかはよくわからないけど。
しかしこの白昼堂々とした中で人を担いでいるなんて誰か怪しいと思わないのか、いやまぁうん、悪の秘密結社で改造人間にされるのもまたいいものだとは思うが現実的なことを考えて普通に助けてほしいのは山々なんで。
「あーちょっとそこの二人、止まって」
そんな俺の願いが天に届いたのかこのハゲ二人を止める声がする。ああ、この感じは間違いない、なんていうか声の感じからして正義感の強そうなこれはまさしくお巡りさんの声だ!
「サツっすよ、金春兄ぃ」
「うむ、まさしくお巡りさんだな」
警察官を前にして意外にもこのハゲ二人は冷静だった。
今ここで袋の中身=俺の存在が見つかったらただじゃすまないだろう、どう切り抜ける?いや切り抜けては欲しくないんだけど。
「先ほどですねぇ、白昼堂々男子高校生が誘拐されたとかいう通報がありまして」
明らかにそれ俺、間違いなく俺だ。はーい、俺でーす!
あの短い時間で通報が入って警察が来てくれるなんてなんて日本は安全国家なんだろう。
いやぁ、短い間だったけど誘拐されるなんて経験そうそうないだろう。これちょっと学校に行ったときに自慢できるかもなぁ……いや、そんなこと言ったらまた中二病が発症したと思われるかな。
しっかしなぁ、このまま連れ去られてたら変身ヒーローとしての物語が万が一にでも始まっていたのになぁーもったいないなー。
「ああ、それなら俺たちのことっすね金春兄ぃ」
「そだなぁ、黒烏家の依頼とはいえ目立ちすぎた感はあるかもなぁ」
黒烏家、それが俺を誘拐してこいなんて命令したお嬢様の名前……なのか?
お嬢様な名前といえば古いけど白鳥ってイメージの俺からすれば全くの真逆だけどまぁ残念だったなぁ。
「あっ、黒烏家様の方でしたか。それは失礼しました!」
「ぬぐ!?」
警察官の思わぬ反応に袋の中で俺は無意味な反応を見せる。いやいやいやいや、ちょっと待ってこれって助かる流れじゃないの!?
「こちらこそすいません、黒烏家の方とわかっていればこのようにお呼び止めしませんでしたのに」
ちょ、ちょっと!なに敬語で喋ってるのこの警察官……まさかこのままスルーってことなのか?
いやそうだろう、驚くべきはこの黒烏家が国家権力にすら影響を及ぼすヤバイお家ってことだよ。
そんなお家に目をつけられて誘拐されるってことはやっぱり俺って特殊能力とかそういうのがあるんじゃないのか!?
「それじゃお気をつけて!!」
「へいへーい」
警察官にそんな軽い返事をしながらハゲ二人は俺を担いでその場を去っていくようだ。
そんなわけで、ああ……結局助けてほしいのか、誘拐されたいのかはっきりしないまま曖昧な感じで連れ去られていくんだな俺。



「いやぁ疲れましたねぇ金春兄ぃ、徒歩だと屋敷まで辛いっすね」
「うむ、公共交通機関を使うなとの命令だからな」
「あれ、金春兄ぃって免許持ってましたよね?俺は三十連敗中ですけど免許の試験」
「……この前、スピード違反で捕まって免停になってんだよ」
「あ~そういうことなんすね」
警察官の職務質問をあっさりかわしてかれこれ数時間、袋に入れられたままの俺はこの相変わらずツッコミ満載なハゲ二人、えっと金春と銀次だっけかに連れ去られたままであります。
いやぁこの間色々あったんですよ、大きな荷物が動かなくなったおばあちゃんを家まで送ったり、迷子の子供をお母さんの元にまで探して送ったり……。
んなわけで猿轡なんかもう唾液で湿ってきて気持ち悪いんですよ!
というかなんかこう誘拐されたら次の瞬間にはやめろシ○ッカーな展開が来ると思ってたよ。
いやぁ人間ってなかなか気絶しないものなんだねぇ、当て身とかクロロホルムとか大体あれ気絶するくらいまでやったら死ぬとは言われてるけどぐるぐる巻きにされた状態で時折放置されたり結構苦しかった、うん。
「んじゃまぁお嬢様のところへさっさとは運んでしまうぞ」
「うぃーす」
ここに来るまでも何回かその名前がでた黒烏家のお嬢様ってのは一体どんな人なんだろう?
この俺を選んだと言うことはそれなりに先見の明があると言っていいだろう、この俺自身でも気づいていない特殊能力だとか秘密の血筋とかを知っていて誘拐したんだからな、うん!
でもなぁ、俺をさらったあのハゲ二人を見る限りとんでもなく恐ろしい人のような気がしなくもない。具体的に言うなれば背中に綺麗な模様が入ってそうだし胸にサラシ巻いてそうだし、ついでに機関銃ぶっぱなしてカ・イ・カ・ンとか言ってそうな……
「お嬢様つれてきましたぜ」
「はぁーい、入って入って」
ハゲのどっちかの声にやたらと可愛い声が返ってきて扉の開く音がする。
いつのまにか目的のお嬢様の部屋ってのについた……んだよね?
えーなんだろ、半とか丁とか叫び声もしないし恐らくお嬢様であろう声の往生せいや!!!な低い声でもなかった。むしろ可愛いにゲージマックス振りきっているそんな感じの声だ。
「この方が例のアレですの?」
「ええ、今袋から出しますからちょっと待ってくだせぇ」
お嬢様とやらの言葉におハゲが袋の口を開けるとボトリと俺の身体は地面に叩きつけられる。いや、もうちょっと丁寧に扱ってく……れ?
「むぐぐ!?」
視界がひらけた先、そこの光景に猿轡をされたまま変な声をあげてしまった。
きっと猿轡されてなければ俺は叫んでただろう「なんじゃこりゃああ!!」ってな。
辺りはメルヘンチックと言えばいいんだろうか、一面ピンクの壁紙に真っ赤な絨毯、そして天井にぶら下がったシャンデリアが暗闇から出たばかりの俺の眼を痛めつけるくらいに輝いている。
それよりなにより驚いたのは俺を誘拐したおハゲ二人の間に立つ天使の存在だ。
まるで金剛力士像の間に立つランスの聖母のような彼女、可愛らしいフリルのついた白いブラウスに濃紺のハイウエストのコルセット付きスカート、あっいやこれはあれじゃないのか彼女の格好ってかのいう『チェリーボーイブレイカー』って奴なんじゃ、ヒィィ!
そして整いすぎじゃね?ってくらいに色白で乙女な顔立ちに毛先が少しウェーブかかった栗毛のロングヘア……この世に天使が、いや上級天使来ちゃってるよ!!上級天使が童貞殺しに来ちゃってるよ天界から!
「あっ、えっとえっと」
くりっとした眼が俺を捉えると上級天使はなにやら慌てた様子で手元にもった紙きれを確認する、そして……
「おっ、オーホホホホホホホホホホホホホホホ」
唐突に何とも言えない棒読みな高笑いをし始めたのだった、いやなんだ棒読みな高笑いってのは。
「ホホホホホホホ……ホホ、ホ……あの、金春さんこれって何回ホって言うんでしたかしら?」
「お嬢様、オーホッホッホが正しいです。ホの回数じゃありません」
「あららですわ、最初が肝心ともいいますしやりなおしたほうがよろしいかしら?」
小首をかしげながら金剛力士像共と上級天使が相談をしているが、いやなんだこの天界?いや展開は!
どうやらヤバイ事務所でも悪の秘密結社でもここはなさそうだけど、というかやり直すってまさかこの展開やりなおすのか?
「むぐ!むぐぐぐっ!!」
とりあえずさっさとこれを解けってのと最初からやり直すことはないんじゃないかなぁ?的な意味を込めて唸ってみる。
「あら、奴隷さんもこうおっしゃってますし続けることにしましょう」
さすが上級天使様、俺の心を読んだのかなんか話が通じ……あれ、なんか今聞いてはいけないワードが出てきたような?
「では気を取り直してですわ」
すぅと上級天使様は息を吐くとその細い指を俺に突きつけまたもや芝居がかった口調で叫ぶ。
「ようこそ奴隷さん、黒烏家へ。私が黒烏姫乃(くろがらすひめの)ですわですわ」
へぇ上級天使様黒烏姫乃って言うんだぁ……じゃない、やっべ間違いないこの人、人のこと奴隷って言ったよ。
「…………。」
「…………次は奴隷さんのセリフですわ」
変な沈黙が流れると姫乃に唐突にそんなことを言われる。いやちょっと待て、セリフってなんのことだよ!
その前に喋れる状態じゃないことに気づけっての!
「むぐぐ!」
「あ、やべ!猿轡外すの忘れてましたわ。すいませんお嬢様」
「あららなるほどですわ、道理でこの後の辛辣な言葉を浴びることがなかったのですわ」
姫乃は納得したかのかポンと手をたたく。え、なに気がついてなかったのか、大丈夫かこの子?
「ぶはっ、死ぬかと思った」
まぁそんなわけでハゲの弟の方、銀次に猿轡と手錠、身体を縛っていた縄を解かれようやく自由の身となれたわけだけど。
「じぃーですわ」
「あの、えっとぉ……」
早速ただでさえ女慣れしてないのにそんな童貞殺しの服来た美少女上級天使にちょっと前かがみで見つめられるとこちらとしてはすごく恥ずかしいんでできれば止めていただきたいのだが。
「奴隷さん、辛辣な言葉をどうぞですわ」
なんでいきなり奴隷さんなんて呼ばれているのかもわらかねぇし、それよりいきなり辛辣な言葉どうぞって言われても
「くそっ!ここはどこなんだ!お前ら俺をどうするつもりだ!!」
と言いつつなんかつい中二病的なノリでお望み通り辛辣な言葉を叫んでしまっている俺もどうかと思うな、うん。
「わぁ、素晴らしい辛辣な言葉ですわね金春さん、銀次さん」
「確かに素晴らしいです」
「やるじゃないか坊主」
姫乃とおハゲ二人はなにか俺の言葉に拍手とかしはじめたんだけど正直これ、どう反応すればいいんだよ。
「それで、あの本当にこれなんなんですか?」
流石にいきなり誘拐されてこの小芝居は全くの理解ができないの気を取り直して率直に聞いてみる。
「わかりましたわ、ご説明差し上げますので……金春さん、銀次さん」
「あいわかりました、では失礼します。行くぞ銀次」
「へい金春兄ぃ。坊主、お嬢様に手を出したら死海に沈むことになるからなぁ」
姫乃が目配せすると顔に見合った物騒なことを言いながら去っていくおハゲ二人。死海には沈まないと思うけど、まぁそこはいいか。
「ふぅ、これで二人っきりですわね」
意味深にそう言うと姫乃は真っ赤な絨毯にしゃがみこみずずいっと俺に近づいてくる。近い、なんていうか近い……!
こんな可愛い子に近づかれると嬉しいよりもなんていうか痴漢冤罪を警戒して両手を上げてしまう辺りが悲しいところだ。
「あの、そんなに近づかなくても大丈夫じゃないですかね」
「あら?秘密のお話をするときは相手の吐息が感じられるくらいに近づくのがマナーと仰っていましたのに」
「いやいや本当、そこまで近づかなくていいですから」
フワリと香るシャンプーのいい匂いに惑わされそうになりながら顔を近づける姫乃を両手で遠ざける。
―――まるで女郎蜘蛛だ。水辺に棲む妖怪。美しい女性の姿で男を惑わし、巣穴に誘い込むと言われている。
しかも恐らく姫乃は無自覚、危うく欲望に身を任せてしまいそうになるじゃないかそんなの。
「それで本当なんで俺、ここに連れてこられたんですか?」
「それは私が十二方美人になるためですわ」
「はっ……?」
やたらと張りのある胸を更に突き出して言う姫乃の意味不明な言葉に思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。
え、なに?じゅうにほうびじん?俺の質問に対して全く回答になってないんだけど。
「十二方美人って、なに?」
「八方美人の上位互換ですわ、ありとあらゆる方向で美人を目指す言葉とことみんに教えていただきましたの」
やっべぇ、どこからツッコんでいいのかわからん。というかそのことみんって奴は何を間違った知識教えてるんだ?
「いや、なんていうか意味違わなくないですか?そもそも八方美人ってのは」
「大丈夫、みなまで言わなくてもわかっておりますわ」
姫乃は言葉を遮って俺の口元に指を当てる。無意識なんだろうけどちょっと童貞殺し力が高いんじゃありませんこと?
「十二が八の1.5倍ということくらい私でも知っていますわ!」
わかってねぇ!!!全然わかってねぇ!!というかあれか、この手のボケ?にいちいちツッコんでたら身がもたない気がしてきたぞ。
「それで、昨今の美人は奴隷の一人や二人持っているのが当然とことみんに教わりまして、貴方を連れてきた次第ですの」
ことみーん!そのことみんとやらー!なんかよくわからないけどそのことみんって奴のせいで俺とんでもないことに巻き込まれてるんですけどぉ!
いやいやいやさっきからチラチラ出てたけど、それにしても奴隷ってなんだよ、選ばれし俺が奴隷?もうこれ現実逃避か、戦争に敗れたナイトだけど仕方なく奴隷って設定なら……
「いや、そうだなそれならなんとかナイト、俺はナイト……奴隷になったナイ」
「内藤さんとおっしゃるのですか?でもでも私つけたい名前があるのですわ」
「は、名前?」
あまりの非現実に妄想が爆走してた俺に姫乃がとんでもないことを言い出す。
「はい!奴隷さんには『ああああ』って名前をつけようとおもいますの」
「ちょっと待って、そもそも内藤じゃないし、なんですかその名前は」
「ああああ様はいろんな世界を救った英雄の名前だとことみんに教えていただいたのです!なのでぜひ私の奴隷さんにもその名前をつけようと思っていましたの」
おいおいおい、待ってくれよ。それってただロールプレイングゲームとかで名前つけるのが面倒くさいやつが付ける名前じゃん!そりゃ確かに名前つけるゲームみんなその名前つけてればなんか世界救ってる感あるけどさぁ!
「とりあえず俺には不知火英志って名前があるんで、その『ああああ』ってのは勘弁してもらいたいんだけど」
そもそも奴隷ってのも勘弁してもらいたいんだけどな。
「あらそうでしたの、わかりましたわ」
そう言って小首をかしげながら微笑む姫乃は意識していなくてもとても可愛らしい。
しっかし同時にあっさり引き下がる事に若干不安を抱くんだけどな。




「ではでは~これから黒烏家で生活する奴隷さんにお屋敷を案内しますわ」
どこまで続くんだっていう長い長い廊下を歩きながら姫乃が笑い掛ける。
「それであのぉ、姫乃さんこの首についているのは?」
「もちろん首輪ですわ」
いやぁ、うん。わかってた、そういう回答くるのわかってたよ。
茶色の革製の首輪ですね、鎖がついてますね、それをなんで俺がつけないといけないのか?ってことなんだけど。
「あのぉ、まだ俺君の奴隷になるって決めたわけじゃないんですけど」
「ええっ!?そうなんですの?」
案の定と言うか俺の言葉に姫乃は驚き振り返ると……
「私の、姫乃の奴隷になってくださらないのですか?」
ぐいっと俺の首輪に繋がれた鎖を引っ張り思いっきり顔を近づけてくる。吐息のかかるほどの距離、だから近いって。
「ことみんの奴隷さんは奴隷になられた時に泣いて喜んだと伺ってましたので喜んでもらえると思ってましたのに」
奴隷にされて泣いて喜んでるのか、それってただのドMじゃないか。
「あらあらですわ、困りましたわね。それではお帰りになられます?」
「え、いやそれは~」
悄気返ってる姫乃に少し戻って俺は考え込む。いや、確かにいきなりこんなところに連れてこられていきなり奴隷になれって言われたことに困惑する、いや困惑しない方がおかしいだろう。
だが、だがだ……このまま帰ってもいいものか、どうみたってこれ俺が普段望んでいる『普通じゃない生活』ってやつだよな。
しかも眼の前にいるのはヒロイン属性満載の美少女ときたもんだ、なんていうかこのまま帰ってしまうのは惜しい。
いやでもなぁー奴隷ってのが奴隷ってのがなければなぁ。
だって奴隷だよ?今のこの首輪に鎖つけられているだけならともかく、なんかこの後地下室に連れていかれてよくわからない回転棒を回すはめになったり、どっかの王族の墓を石で作らされたりするかもしれないじゃないか……そんなことを考えたら背筋に悪寒が走る。
「と、とりあえずまだここのことよく知らないし、奴隷になるとかそういうのはもうちょっと待ってもらってもいい?」
仕方なく、優柔不断秘奥義『先延ばし』を発動。いやむしろこんなことを即断するやつは早死すると思うよ。
「そうですか、ではでは何か気になることがありましたら是非是非私に聞いてくださいね!」
両手を合わせてそう言う姫乃は実に嬉しそうだ。
「私、いろんなことに詳しくなって『知っているのか姫乃!』というのをやってみたいのです」
「あ、ああ……うん」
何を言っているのかは俺にはさっぱりだが猶予が与えられるというのはかなりの温情だなと思う。
「では行きましょうか」
踵を返し歩きだす姫乃に俺はしぶしぶついていく、首に鎖ついてますからね。
しかし気になることかぁ、そりゃ気になることと言われれば色々ある、っていうかありすぎる。
どこまで続くんだっていうくらい長い廊下をぼんやりと外を眺めながら歩いて行く。そもそもここどこなんだろうな、外に見えるのはどこまでも続くのどかな山と森でビルや町並みは全く見当たらない。
「そういえばここってどこなの?」
だからこの質問は最初にしてはまぁまぁ上出来だななんてその時は思ったんだけれども。
「それは存じ上げませんわ」
「ええっ!?」
予想外の回答にいきなり面食らってしまった。
「いやいやいや、ここ君の家というかお屋敷だよね?」
「そうですけども、私生まれてから一度もこのお屋敷から出たことがありませんの」
「はっ……!?」
それは思いもよらない言葉だった。『この屋敷から出たことがない』、そんなことが現実的にありえるだろうか?
いや、自分のあの狭い家ならまったくもって考えられないがこの無駄に大きい屋敷ならそういうこともある……のか?
お嬢様な格好と雰囲気なのはなんとなくわかっていたがここまでくると桁違いのお嬢様度だ。
「なんかすごいお嬢様なんだね」
「そんな、私はただ世間を知らない小娘ですわ」
背中を向けたまま姫乃の言葉はなにかさっきまでのフワフワほわほわ~な感じとは違って凛としてちょっとドキっとしてしまった。
「でも私、昨日で十八歳になりましたの」
ってことは、姫乃は俺より年上なのか。俺の誕生日なんて対して誰にも祝ってもらえなかったが姫乃くらいになるとそれはなんかすごいことになりそうだな、きっと豪華なホールでとびきりの御馳走と大勢の人に祝われたのだろうというのは想像に難くない。
「そしてその日はお母様の命日でもありますの」
「命日……!?」
思いがけずにでてきた命日なんて言葉に少し俺は驚きを隠せなかった。姫乃の誕生日とその母親の命日が同じ……つまりそれは姫乃が産まれたときにその母親が死んでしまった、そういうことなんだろう。
「だからなのかお父様は私のことをとても大事に、いえ……言うなれば過保護というほど愛してくれました。必要なもの、望むものは全て用意され、その代わり決してこのお屋敷から出ることは許されず生活してきました」
淡々と語る姫乃に俺は上手く返す言葉も見つからず押し黙っているしかなかった。
「ですがこのままでは私の人生はお父様の言うとおりにするだけで終わってしまうのでしょうか?それを考えてことみんに相談しましたら自分の目指す道を行くべきであると教えてもらいましたの!」
ここででてくるかことみん……いやなんかこれだけ聞いていると今まで聞いていた噂からすれば結構良いことを言っているような?
「だからこれからはお父様の言うことに従わずにことみんと十二方美人を目指しますの!お父様がしばらく海外でお仕事なので帰ってくるまでに十二方美人になって見返してさしあげるのですわ」
「へぇ、なるほどぉ」
つまるところ今まではお父様の言いつけを守ってきたけどこれからは自由に生きていく、そんなところか。
中二病主人公マインドを持った僕の超速理解を持ってすれば容易いのだけれどもそれでやることが奴隷を従えるって何を考えているんだか、そのお父様が卒倒しそうだな。
いや、こんなことになってるのは元を辿ればそのさっきからチラチラと名前がでていることみんとやらのせいか。
「そういえばそのことみんってのは誰なの?」
「お聞きになりたいですかことみんのこと!?」
俺の言葉に急に振り返り嬉しそうな声を上げる姫乃。いや、ちょっと危うく鎖が引っ張られて転がるところだったぞ。
「ええ、まぁちょっとさっきから気になってはいたので」
俺がそう言うと姫乃は可愛らしい眼を輝かせてまたもやぐぐいっと近づいてくる。やめてくれ、それは俺に効く。
「ことみん、えっと化屋敷琴美ちゃんは昨日初めて会ったすごい人ですの」
「へぇ…………へっ?」
思いがけない言葉につい変な声が出てしまった。いやちょっと待てよ、やたらと影響受けているみたいだし、ことみんことみん言ってるから長いこと知り合いなのかと思ってたら会ったの昨日!?十二方美人とかいうのを目指しだしたのも昨日って話だし、全てが急すぎる。
「昨日は私の誕生日会がありまして、そこで色々な方とお話する機会がありましたの。その中でもことみんのお話は今まで聞いたこともないような話ばかりでとても興味深く……」
立て板に水で話す姫乃にはちょっと驚かされるがそれだけ影響をされているってことなんだろうこのことみんとやらに。
しかし姫乃の誕生日会ってそりゃそんじょそこらの誕生日会というのとは規模が違うんだろうなぁ。
「『伝説の勇者だって十六歳で魔王を倒しにお母様に起こされている』というのをことみんの言葉に感銘を受けましてですね……」
ところどころ変なことを言っているのがアレだけれどもな。
「ちゃんと聞いてらして奴隷……いえ、奴隷予定さん!」
「き、聞いてますって。というか奴隷予定ってなんか奴隷よりも酷い」
「やっぱり奴隷さんの方が良かったですか?」
「いいわけないじゃんっ!……って、あっごめんなさい」
ついノリでツッコミで大きな声をだしてしまったことに気がついて慌てて口を手で抑えたが時既に遅しってやつだ。
いや、今まで脳内で収まってたのがあまりにツッコミどころが多すぎてやってしまったが、これお嬢様である姫乃なんてツッコミ慣れしてないんだから突然怒り出して市中引き回しの上打ち首獄門になっても仕方ないぞ。
「うふふ、今のがツッコミというやつですわね。私、ツッコミされるというのは初体験なので面白いですわ」
先程と変わりなく笑顔を浮かべている姫乃に少しだけ安心する。俺の心配は杞憂だったようだが、正直言葉を深読みすれば顔が笑ってないようにも見えるし、言葉に怒気が含まれているような気もしないでもない。
「それでは少しは打ち解けてたところですしお屋敷案内再開ですわですわ」
これ、打ち解けたっていうんだろうか……?
楽しそうに歩きだす姫乃にため息を一つつくと俺は渋々ついていく、首輪に鎖ついているしな。
しかしなんていうか、俺は未だにこの黒烏姫乃って子の性格がいまいち掴みきれていないのであった。


「ええっとこちらが病院であちらが銀行ですわ」
「はぇぇ……」
姫乃の説明を呆けた声を上げながら俺は手元の『黒烏家ガイドマップ』に目線を落とす。
黒烏家はかつて江戸時代には黒烏財閥とも言われて日本における造船関係を主に様々な事業に手を広げており、総資産は10兆を超えるとか超えないとか……なんていうか黒烏家なんて初めて聞いたけどとんでもない家柄のようだ。
と、そこまで語っておいてそれでも黒烏家は日本で言えば二位のポジションらしい、一位はなんでも五臓六腑家とかいうところ?ますます聞いたこと無いがとんでもない名字だな、おい。
どうやらガイドマップは来客用らしいがどうやらここは俺が思っていた以上に広大な屋敷だってことがわかった。
なんというのだろうか屋敷内?にはありとあらゆる企業が入っているのだ、スーパーにコンビニ、牛丼屋はもちろん信じられないことだけどテレビ局やら大学までこの広大な『黒烏家ガイドマップ』には記されている。
おそらく一日じゃこの屋敷を周りきれないだろう、なにせ規模にすれば東京ドームが何十個も入るようなそんな大屋敷、そしてその全てがこの目の前を歩いている黒烏姫乃のためだけに存在するというのを先程聞いたところだ。
さすがにこれだけの企業が入っていれば姫乃がこの屋敷から一歩もでたことがないというのも満更嘘でもないようだ。
「それでそれでこちらがゲームセンターですわ」
「ゲームセンター、そういうのもあるのか」
気がつけば目の前は大きく開けた広間になっており、ゲームセンター特有の独特な暗さの中にとんでもない数のゲーム機の筐体がずらりと並んでいる。
ここまでくるともう壮観というのを通り過ぎてどこかの企業の展覧会といった感じだ。
近所のそこそこ大きなゲームセンターだってこんなに品揃えはよくないぞ。
「こりゃすごいな、遊びたい放題じゃないか」
「お父様にプリントシール機をやってみたいと言ったらここまで用意してくれたのです。奴隷予定さんはやったことありますか?」
振り返すこと無くそう言いながら姫乃はポケットから古びた手帳のようなものを取り出す。表紙にはさり気なくプリントシール機で取ったであろう写真が貼られているがそこに写っているのは姫乃一人だった。
「いや、ないなぁ……あれって男だけじゃ使えないんだよね」
昔は違ったけど最近じゃゲームセンターのプリントシール機のコーナーはナンパ目的の男を排除してか基本男一人で近づくことさえもできない領域になっていることが多い。
まぁ昔ほど流行ってもいないのであまり気にしたこともなかったのだが……。
「そうなのですか。でもこちらって一人でやってもあまり面白くありませんのね。やっぱりこういうのは学校とかの仲の良い友達とワイワイガヤガヤしてこそ楽しいのでしょうね」
そう言う姫乃の表情はなにかを想うかのようにじっと遠くを、どこか寂しそうにも見える。
その言葉に「もしかして姫乃も俺と同じで友達がいないのかな?」なんてそんな考えがフッと湧いて出た。いや、いやいやいや俺と同じなんてのは失礼なことかもしれないけど。
友達がいないのはともかく、少なくとも姫乃の親とは違って俺のところは完全放任主義だからなぁ。恐らく俺が奴隷になったことを知っても「ふーん」で済ますのがオチだろう。
「うぉぉぉぉっ!金春兄ぃ!右です、右から敵が」
「わかってる、わかってるから耳元で騒ぐな」
そんなことを考えていると奥の方からおハゲ二人の騒がしい声が聞こえてきた。
「うふふ、なんだか楽しそうな声が聞こえますわ。行ってみましょうか」
「ああ、そうだな」
姫乃の落ち着いた声に頷くとやたらと騒いでいるおハゲ二人の元へと歩く。
「くお?!! ぶつかる?!! 金春兄ぃ!ここでアクセル全開、インド人を右に!」
「よし!!!ザンギュラのスーパーウリアッ上っ!」
なんのことやらよくわからない奇声をあげながらおハゲ二人がやっているのは画面に表示された敵キャラを手元の銃型のコントローラーで倒していくというシンプルなガンシューティングゲームのようだ。
「お二人とも頑張ってくださいませませ」
「おっ、お嬢様!?任せてください、やるぞ銀次!!」
「あいですっ!!!」
姫乃の声援におハゲ二人の動きは一瞬だけこちらをちらりと見るとすぐさま向き直し歴戦の戦士のような動きで画面上の敵を次々と仕留めていく。
このゲーム自体、俺はやったことはなかったけどそれでもこのおハゲ二人が相当ゲームをやりこんでいるというのが素人目からしてもはっきりとわかった。
まぁでも真っ先に思ったのはおハゲ二人の格好から「まるでマフィアの抗争だな」ってところなんだけどそこは黙っておくことにしよう。
「よし、全エリアクリアーっすね!今度はいけたでしょう」
「ああ……俺達のコンビネーションは完璧だったと言わざるをえない」
しばらくしてそんな言葉とともに一仕事やり終えたと言った感じで少し息を切らしながら二人は構えていた銃を下げる。画面上にはでかでかと血しぶきを上げて崩れ落ちていくボスキャラらしきものの姿が写り荘厳なBGMとともにスタッフロールが流れていく。
うーむ、あんまりゲームセンターとかいかないからアレだけどゲームセンターのゲームをエンディングまでクリアデキる人っているんだなぁ。なんていうかインカム目的なところがあって難易度高いんだよね、ゲームセンターのゲームって。
「おめでとうございます金春さん、銀次さん」
「いや、クリアー自体なら簡単っすよお嬢様、問題はこの後っす」
銀次の言った『問題はこの後』という言葉になんのことだろう?クリアしたならそれでいいじゃないかと思ったんだけど。
「くっそぉ、またハイスコアランキング二位かぁ!」
「ありえん、一体どういう動きをしているんだ……一位のSEXってやつは」
「ぶふっ!えっ、今なんて……?」
落胆の声と共にその場に崩れ落ちるおハゲ二人をよそになにやら聞いてはいけない名詞がでてきて思わず画面を覗き込んでみると……。

一位 SEX 2548999667POINT
二位 G&S 2377798546POINT

なんていうか思わず呆れるような展開が広がっていてつい、落胆する二人には悪いけど吹き出しそうになった。
G&Sってのが恐らく金春と銀次だろう、金と銀だからか?まぁそこは妥当なところだと想うんだけど問題はその上!
いるんだよなぁ、ゲームセンターのネームエントリーでそういう名前を入力するやつ。
なんだろう、黒烏家なんていう超金持ち級のお屋敷にあるゲームセンターの筐体でまさかこの文字列を見ることになることになるなんて思っても見なかったぞ。
「まさか、あの方が私のお屋敷に来ていたなんて……」
あまりの陳腐さに呆れても物も言えなくなっていた俺とは裏腹に驚きを隠せないといった様子の姫乃。
ここはあれか、一度お望み通りのセリフを言っておくべき、なのか?
「知っているのか姫乃!?」
「はい!この一位の方はスーパーえらいこっちゃマンX様ですわ!」
「はいぃ!?」
つい、ノリで話を振ってみたらとんでもない答えが返ってきて思わず唖然としてしまった。なんだその……えっ?スーパーえらいこっちゃ、マン?
「あのぉ、なにそのスーパーえらいこっちゃマンってのは」
「スーパーえらいこっちゃマンXですっ!全国のゲームセンターにあらわれてはハイスコア一位を次々と塗り替えていき、お名前入力で自分の名前を略してSEXと入力するすごい人らしいですわ」
いや、いやいやいや……力説する姫乃には悪いけどそれ略称でもなんでもないっての。
そりゃ全国いろんなところでこういう文字列入力するやついるだろう、ただそれはそれだけおバカが多いってことで決して一人のプレイヤーその、スーパーえらいこっちゃマンX?とかの仕業ではない。
「なんと、そんな凄腕のプレイヤーがこのお屋敷に来ていたとは」
「実は金春兄ぃ、このゲームだけじゃなくて他のゲームのハイスコアもそいつに塗り替えられているっす」
ってお前たちもその話に乗るんかい!!
しかしこうなるとどう説明していいかちょっとわからなくなったぞ。ここで三人に割って入ってそれ略称でもなんでもなくて卑猥な言葉ですよ!!なんて切り出しにくい。
ここはあれかなんか俺もそういう風なノリで合わせるしか無いか。恐らくこのおかしな知識もきっと、ことみんとかいうのの仕業に違いないと思うし。
「まぁそういうわけで一発アレをキメたら仕事に戻るか、銀次」
「そうっすね」
なにがそういうわけなのかはわからないが金春の言葉に銀次は懐からなにやらチャックのついたポリ袋を取り出す。
あのよく刑事ドラマとかで証拠品を入れているようなそんな袋の中にはなにやら白い粉のようなものが……
「金春さん、銀次さん……あの、私もご一緒してもよろしいかしら?私、もうそれがないと禁断症状がでることがありますの」
「はは、もうお嬢様もコレの虜になっちまってるな」
楽しそうにおハゲと姫乃は談笑しているが、さっきからアレとかソレとかキメるとか白い粉とか……その、大変まずいのではないだろうか?
「奴隷予定さんもいかがですか?」
「え、いや……」
姫乃はあれだ、きっとお嬢様だからこういうものの悪い物だってのを知らないんだ。
学校でも習ったぞ、こういうとき誘いにははキッパリとノーと言える大人になろうって、うん!
なんていうかすごく一般人的だがそういうところで中二病感を出したっていいことはないのだ。
「いやこれはダメだよ。姫乃……さんはあんまり知らないんだろうけどこういうのって世間一般的には、危険なものでして中毒になると幻覚を見たり、幻聴を聞いたりしてしかも一度中毒になるとなかなか社会復帰は難しく……」
「あらあらまぁまぁ、そんなに危険なものだったのですか酢昆布の粉というのは」
「え、は?酢昆布、の粉?」
学校で習ったことを一生懸命語っていたところなのに急に出てきた『酢昆布の粉』というワードに思わず言葉が詰まる。
酢昆布ってあれだよな、駄菓子の……あのすっぱ美味い感はあるけど正直一枚食べれば満足なアレ。
「えっと、そのその袋の中身って酢昆布の粉なの?」
「そうですわ、でもそんなに危険なものでしたとは存じておりませんでした」
「あ、いや……それならさっきの言葉は気にしないでガンガン食べてくれその酢昆布の粉とやらを」
心配そうな姫乃に頭を抱え首を横に振る。なんていうか今のはどっと疲れたぞ、ていうかなんて紛らわしいことをしやがるんだ、あんな会話の流れじゃ誰だってヤバイ薬だと思うだろうがあああああ!
「坊主、あれだろ?『なぜ酢昆布の粉だけを袋に入れているんだ?』そう思ったんだろう?ん?」
「えっ、いやまぁちょっとは思いましたけど」
顔を覗き込みながらそう言う銀次に、少し後ずさりしながら答える。つうかここの人間みんな顔を近づけすぎ!
姫乃ならともかくハゲのおっさんに顔を近づけられても全然嬉しくないっての。
「じゃあ特別に聞かせてやろうじゃないか俺達兄弟のサクセスストーリーを」
そんな語り口で始まった銀次の話に「いや、酢昆布の粉の話とかいいです」とも言えなかった。
結局ノーと言える大人になってないじゃないか俺は。
「俺と金春兄ぃは小さい頃とても貧乏だった。親父は仕事にも行かずに昼間から飲んだくれ、母親は男を作って何処かに行っちまった」
「へ、へぇ……大変だったんですね」
この話妙に語り慣れているのか芝居がかった様子で話す銀次に、なんとなく話に相槌を打つがもう最初っから俺は興味が無いんだよなぁ。
「日々食うものにさえ困っていた俺達は親父がたまにパチンコで取ってきた景品である酢昆布で飢えをしのいでいたのさ、少ない酢昆布を二人で分け合ってな」
「懐かしいなぁ……」
銀次の話に隣で金春がしみじみと昔を思い出すようにしてうんうんと頷いている。どうやらこれ作り話でも嘘でもないようだ。
「けど、いつ次に酢昆布が食べれるかなんてわからないから袋についている酢昆布の粉を捨てるのは勿体無いって金春兄ぃが言い出して俺達は小さいポリ袋に粉を集めて保存してたのさ。そう、今こうやっているようにな」
そこまで言ってなぜかドヤ顔でポリ袋を銀次は天にかざすが、いや全然決まってないですよそれ。
「そして運命のときが来たのはとても熱い夏の日だった……。俺達が公園でいつものようにしてこの酢昆布の粉をちまちまと舐めていたらな、現れたんだよ……いかにも裏社会で生きてますって男がな」
今、目の前にいる貴方達もいかにも裏社会で生きてますって感じだがな。
「そしてそいつは虚ろな目で俺達の前でこう言ったのさ、『それを俺に十万円で売ってくれ』ってな」
「へ……?」
思わず変な声が出てしまった。ただの酢昆布の粉が十万円の価値がある訳がない、じゃあ一体それってもう理由は一つしか無い気が。
「後から知ったことだがこの白い粉はマンニットと呼ばれる昆布の旨味成分の結晶化したものらしい。まさかそれがこんなに価値のある物だとは小さい頃の俺達にはわからなかったがな」
しみじみと金春が的外れな解説を追加するが、そうじゃない……どう考えたってそうじゃないだろ。
マンニットとか初めて聞いてへぇーなんて思ったけど、その人、完全に酢昆布の粉とヤバイクスリと間違われてるんじゃねぇーか!!!!
「それから俺達はその金を元手に酢昆布を仕入れ、粉をそいつに売りまくってのし上がってきたのさ」
「なんて素晴らしい話なんでしょう……まるでわらしべ長者のようですわ」
姫乃が感嘆の声をあげるがいやいやいや、どこをどう考えても感動するところじゃないって姫乃さん!
ていうかとんでもないことをしているなこの二人も、ちょっとでもそれが偽物だってバレたら命だって危ないだろうに。
いや、もう酢昆布の粉とヤバイクスリとの区別がついてなかったってことなんだろうかもしれないな。
「まぁそんなわけで人生どこで逆転があるかなんて、わからないってことだ頑張れよ坊主」
よくわらかないまとめと共に銀次は俺の肩をポンと叩くとその手に酢昆布の粉の入った袋を握らせる。
いや、なんていうか慰めのつもりなんだろうけど全然いらないんだよなぁ……。




「はぁ~とても楽しいお話が聞けてとても有意義な時間が過ごせましたわね奴隷予定さん」
「そ、そうだね」
俺の目の前を揺れる鎖がシャランシャランと軽い音を立てている中、俺は姫乃の楽しそうな言葉にため息混じりで返答する。
屋敷内のゲームセンターを後にしてしばらく歩いているがなんていうか俺が思うことが一つある。
『俺って一般人なのかも』
頭によぎったその言葉を否定するように頭を振るが、少なくとも俺にはあのおハゲ二人のようななんか色々とツッコミどころはあるが壮絶な人生なんて未だに送ってないからな。
「あ、申し訳ございません奴隷予定さん。私、少しお花を摘みに行きますので待っていてもらってもいいですか?」
「えっ、ああはい……」
そんなことを考えていたら不意に姫乃が振り返りそんなことを言う。ええっと、なんだっけ適当に答えたけど花を摘みに行くってなんだっけそれ?
「はい、すぐ済ませてきますので待っていてくださいね」
その言葉の意味を思い出すよりも前に姫乃はやたら豪華な入り口の元に立つと近くにある柱に俺を繋ぐ鎖を縛り付ける。
まぁそこまでだったらまだ良かったんだがその言葉の意味を理解して一瞬俺の背中に悪寒が走った。
ああ、そうかやたらと豪華な金のレリーフなんかが装飾されているからここがどこかさっぱりわからなかったが『お花を摘みにいく』ってトイレのことじゃなかったか?……って、言ってる場合じゃない!
「えっ、ここトイレ!?いや、あのちょっと!」
そんな言葉も中に入っていく姫乃には届かず俺は一人、取り残されてしまった。
いやいやいや、なんかこれって道徳的に社会的一般常識的にとても危険な状態な気がする!!!
ただでさえ女子トイレの前を男性がうろついているっておかしいし、その上なんか首輪をつけられて鎖でつながれている奴がいたら尚の事怪しい……。
姫乃がいればまだ説明がつくんだろうがいない今の状況じゃ本当ただの変態だよ!
「さっさと戻ってきてくれないかなぁ」
俺に今できることは姫乃が帰ってくることを待つだけ、いやなんか自分で鎖を外したところでどこにいけるわけでもないしからな。
さっきまで特に使用人っぽいのには出会ってないし、このまま誰も来なければいいけど……なんてまぁ人生そんなに上手くできてないことくらいはなんとなく俺でもわかっていた。
「いちたすーにーたす、いちたす、にーたす、さーんばるかーん♪」
頼んでもないのに待ってましたとばかりに微妙に音程の外れた歌を口ずさみながらなにやら女の子が廊下を歩いてくる。
遠目に見てもわかるこの屋敷に不釣合いの上下緑のジャージ姿に地面につきそうなくらい長い黒髪がゆらゆらと揺らしながらこちらに歩いてくるその女性は女子トイレの前で鎖につながれた哀れな少年を見捨てて、見逃して……
「おやおやぁ?なんか君、面白そうなことしてるね」
当然のごとく見逃してくれるわけもなくジャージ姿の女性はまるで極上のスイーツに群がる女子高生の如く勢いで俺に近づいてくる。
「…………。」
なんとかスルーしてくれないかなぁなんて淡い期待と共に話なんて聞こえてませんよぉ~な雰囲気を醸し出すがそううまくなんていきそうにはない。
「むむむ、その制服、君は城川高校の生徒だね?しかしなんでこんなところで鎖につながれているのか?むむむー?」
小首をかしげて頭にハテナマークでも出しているかのように悩みだすその女性は近くで見るとこれまた姫乃に負けるとも劣らない美少女だ。
切れ長の瞳にスレンダーなその身体、身長は俺よりも少し高くて多分女子としては高いモデル体型と言うべきか、出るところは出て、引っ込むところは引っ込むというそんな理想形のような体型をしているのはその辺にあるようなジャージ姿をしていてもはっきりとわかる。
姫乃をフワフワ系お嬢様と言うなれば、この子は颯爽と現れるクールビューティーそんな感じだ。
「ふむふむ、城川高校一年生の不知火英志君というのだね」
「って、うおおおい!俺の生徒手帳いつの間に!?」
美少女の手にはなぜか俺の胸ポケットに入っているはずの生徒手帳が握られている。
「ほうほうなかなかこれは」
「ちょっと返しなさ……ぐえっ」
少し後ずさりする美少女に手を伸ばそうとして首が絞まり身体がそれ以上前に進まないことに気が付かされる。
完全に間合いを把握されてますね、これは。自分の首に鎖が付けられていること、んで自分で鎖を解けばいいってことわかってはいるんだけど突然のことに脳の処理が追いついていない。
しかしまるでこれじゃスーパーの前に繋がれたワンちゃんのようで少し恥ずかしい。
「へぇふむふむ、なかなか興味深い」
「な、なにが興味深いんだよ!」
生徒手帳なんて貰ってから特に開いたこともなかったはず……なんだが、そうも意味深に頷かれてるとなにやら変なことを書いてしまってたんじゃないかと不安になるだろうが!
「いや、実に興味深いのだよ本当に。この名家と呼ばれる黒烏家にこんなごくごく普通の男子高校生が女子トイレの前で鎖につながれているという状況はね」
「くっ……別に好きでこんなことになってるわけじゃない!」
苦し紛れの反論を俺は返すが目の前のジャージ姿の美少女はにこやかに微笑みを返すだけだ。
ごくごく普通の高校生なんてのは中二病末期患者には一番言ってはいけない言葉だってのに平然と言ってくれる。
うつ病の人に頑張れ頑張れ言うくらいの大罪だぞ!
ま、まぁその感じからしてどうやら生徒手帳には変なことは書いてないみたいでひとまず安心。いや、俺自身なにか中二病的な衝動でとても口に出せないような恥ずかしいポエムやら書いている可能性も否定できなかったからな。
「『別に好きでこんなことになってるわけじゃない』か、まぁでも君はじつについている。なにか長い付き合いになりそうなそんな気がするよ」
「いや俺としては全然そんな感じはしないんだけど、そもそも君は一体誰なんだ?」
この屋敷の使用人?それとも姫乃の親族かなにかなのか?この屋敷の中をジャージ姿みたいなラフな格好で歩ける人間なんてそうはいないと思うんだけど。
「私か?私はこの物語のヒロインだよ」
「あのそういうのは紛らわしいんでいいです」
ドヤ顔で言ってやった感を出している美少女に思わず冷静にツッコミを入れるが彼女は自らの口元に指を当てながら余裕の笑みを崩さない。
「あら残念、まぁ私についてはそのうちわかるだろうし、またすぐ会えるさ。では私はこれにて失礼~♪」
俺に向かって生徒手帳を投げて返すとその美少女はまた鼻歌交じりに廊下を歩いて行ってしまう。
「結局誰なのかさっぱりわからなかったな」
そんなことをぼやきながら改めて生徒手帳を確認するがさすがに中には変な妄想を書き記したりはしていなかった。
万が一にもそんなものが書いてあったら散々いじられていいたんだろうな正体不明の彼女に。
「お待たせいたしましたわ奴隷予定さん」
その正体不明の彼女と入れ変わるようにして姫乃がトイレから出てくる。さっきの彼女のこと、姫乃なら知っているんだろうか?そう思ったんだけど、その前に……。
「えっとあの姫乃さん、なんですかそれ?」
姫乃はトイレに入っていったときとは明らかに違っていた。腕に下げられたバスケットには大量の花が積まれている。
いやだからなんで?この子はこの子で俺の予想を斜め上に軽く超えてくることをするんだ?
「お花のことですか?確かお花を摘んでくると言ったと思うんですけど」
「ああ、それは間違いない。確かに俺もそう聞いたけどここっとトイレなんじゃないの?」
花を摘みに行くってそう言う意味だよな?キジを撃ちに行ったり、横浜に行ったり、録音しにいったりするあれだよな?
「ここはトイレではないですわ、ここはお花畑ですの」
「ま、紛らわしい……」
いやまぁトイレ前で鎖で繋がれているというどう中二病マインドを持ってしても美化できない業を背負う所だったからまぁいいとしておこう。
「鎖を外してっと、ではでは~次の場所をご案内いたしますわ。えっとぉ次は恭歌ちゃんの部屋ですわ」
「え、ああ……はい」
俺の安堵もどこ吹く風で柱につながれていた鎖を外すと再び姫乃は歩きだす。
一瞬強化の部屋?なにを強化するんだなんて思ったけどガイドブックを見て気づいた、恭歌って人の部屋のようだ。
しかしなんだガイドブックにわざわざ書いてるってことは偉い人か何かなのか?
「それで恭歌って誰なの?」
「黒烏家のコック長さんですわ、これからは奴隷予定さんのえ……ご飯も用意していただくようにお願いしに行こうかと」
「へぇ、コック長なんだ……」
さらっとそんなことを言いながら姫乃の後をついていくが、あのなんていうかちらっと餌って言いかけましたよね姫乃さん?
しかしコック長ってどんな人なんだろう?なんとなく今までの流れからしてなんかまたとんでもない人な気がするのだけど大丈夫かなぁ。
「こちらですわですわ」
「うわぁ、なんだこれ」
姫乃に案内されて入った部屋を見て思わず感嘆の声を上げてしまった。
黒烏家の屋敷内はこんなにも大きいってのにどこも綺麗に清掃されていて目を見張るものがあったがこの部屋はそれよりも更に清掃がされていてコレ本当に使ってるの?ってくらいだ。
ピカピカに磨かれた床に白い壁にきっちりとかけられた調理器具達がまるで銀細工のように光り輝いている、またコック長の部屋ってこともあって大きな冷蔵庫がいくつも並んでいて、そして……
「め、メイドさん?」
その一番奥、レシピ本を片手に鎮座していたのはこの屋敷にいそうでいなかったメイドさんだった。
真っ赤に染められたツーテールに紺色のロングスカートタイプのメイド服はこの白い部屋では異常に目立つ。
(んでしかしなぜ腰に刀を差しているんだ?)
あっれぇ?ここにいるのはコック長だって聞いたんだけどなんだろ、これどうみてもメイドサムライじゃん?
メイドサムライってなにかも自分で言っててよくわかんないけど。
「ごきげんようですわ、恭歌ちゃん」
「んっ、誰かと思ったら姫乃のお嬢と……なんだその隣のチンチクリンは?」
レシピ本から視線を外して恭歌がこちらを怪訝そうな顔で睨む。その顔は凛としていて怪訝そうにしていなければ多分きっと可愛いと思う。
「私の奴隷……予定ですわ」
「姫乃が年頃の男と一緒だからちょっと驚いたけど奴隷予定?へぇ、またなにか変わったことを始めたみたいじゃないか」
「よ、よろしくお願いします」
怪訝そうな顔を崩して嘆息する恭歌に俺はなんとなく頭を下げる。いや、よろしくお願いされるかなんてまだ決めてもないんだけど、一応。
「恭歌ちゃんのご飯はとても美味しいですの、今日のおゆはんも楽しみにしておりますわ」
「へぇそうなんだ、でもなんでメイド服なんですか?コック長って聞いてたからコックコートか……」
「め、メイド服じゃない!!!」
俺の言葉を遮って恭歌がレシピ本を机に叩きつけると叫び声を上げる。思わずその声のでかさに心臓が止まるかと思ったぞ。
「これは乙女の特攻服であってメイド服なんてもんじゃ断じてない!!」
恭歌が真っ赤なツインテールを揺らして口早にまくし立てるが、どうみたってメイド服じゃん。しかもなんかコスプレみたいな奴じゃなくてガチなやつじゃん。
「奴隷予定さん、恭歌ちゃんはここに来られる前は早朝のレディだったのですわ」
「レディースの総長だっての、なんだよ早朝のレディって」
「へぇ、それは意外」
今のツインテールにメイド服の姿からはレディース時代の恭歌はまるで想像できない、唯一名残っぽそうと思えるのが髪が真っ赤なところくらいしかないからな。
「それで恭歌ちゃんはとても可愛らしい物が好きで、メイド服を特攻服と言って誤魔化しているので特攻服って呼んであげてくださいね」
「あ、はい……」
そして姫乃さん、天然でかつ親切に今ので全部ぶちまけてくれました。そうなのかなにか会っていきなりだけど恭歌さんの弱点みたいなのを教えてもらってしまった。
「あのすいませんでしたメイド服とか言って、可愛い特攻服ですね」
「おまえ、わざと言ってるだろ」
俺の言葉に恥ずかしさから口元を抑え狼狽える恭歌さんは妙に可愛い。
「けどレディースの総長からコック長ってすごい変わりようですね」
「う、うるさいな……別にいいだろアタシがコック長でも」
「恭歌ちゃんは早朝のレディだったときには『よく切れるナイフ』と呼ばれていまして、同じ女性だけではなくて強そうな男の人とも喧嘩をよくしていたそうですわ」
人差し指をピンと立てなぜか自慢げに話し出す姫乃。というかこと恭歌のことに関しては詳しいのか、喋りたくてしょうがないといった感じなのだろう……目の前の恭歌は全然喋ってほしくないって風だけども。
「ですがある日、コーラのカリスマさんとの喧嘩で負けてからは人を傷つけるナイフから食事で人を喜ばせるナイフに持ち替えたんですわ。すごい人なんですよ」
そこまで姫乃が語る頃には恭歌の顔はその髪の毛と同じくらいに真っ赤になっていた。
「姫乃のお嬢……コーラのカリスマじゃなくて硬派のカリスマですって」
消え入るように呟く恭歌には悪いけどこの人もまたすごい人生経験を持っているんだなぁと俺的には関心せざるを得ない。
「それで姫乃のお嬢はそれをそのチンチクリンに話すためにここに来たのかい?」
チンチクリン、はい俺のことですね。まぁ首輪つけた変な男になっている現時点で言い返す言葉もまるでありゃしない。
「いえ今日から奴隷予定さんのえ……ご食事も用意していただけるようにお願いしに来ましたのですわ」
「はぁ、まぁいいですけどぉ。その辺の草とかでいいんじゃねぇかなぁ」
心底嫌そうに恭歌は答える。まぁ本人が嫌そうにしてた話を語られた後じゃそうなってもおかしくないけどその辺の草は止めていただきたいことろだ。
いやいやいや、でも俺まだ奴隷になるって決めてないってこれ何回言わすんだよ!!
いかんいかんこれは否定しておかなければズルズルと奴隷にされる流れだぞ。
「あ、あのでも俺はまだ……」
まだ、奴隷になるなんて言っていないと言おうとしたその矢先だった。
「いやぁ、むぐむぐ。コレはなかなかいけるハムですな」
俺達の背後からそんな気の抜けた声が聞こえてきたのだ。
「ちょ、ちょっと!なにやってんだよ化屋敷のお嬢!」
「ん、化屋敷?」
恭歌の口からでてきた化屋敷というワード。あれ、それってもしかして?と振り返るとそこにいたのは……
「あ、あんたはさっきの!」
「ことみん!」
冷蔵庫を全開にしてしゃがみ込みながらお歳暮用かってくらいでかいハムにかぶりついているジャージの美少女。
そう、姫乃がお花を摘みに行っている間に出会ったあの謎の美少女が……本日俺の運命を悪い方に持っていった原因、化屋敷琴美だったのだ。
「あら?奴隷予定さん、ことみんにお会いになられてましたの?」
「あぁ、いやさっきちょっとね」
「というか冷蔵庫を閉めろぉ!電気代かかるだろうがぁ!」
さっきまでの恥ずかしそうな表情から一転して恭歌はズンズンと足音を踏み鳴らすようにして琴美に近づくと冷蔵庫の戸を閉める。ふむ、こんな大屋敷でもそういうこと気にするんだな……ってそんなことどうでもいいか。
「えぇ~まだビール飲んでないのに」
「ていうか人の屋敷の冷蔵庫を勝手に漁るな!しかも生で食べやがって!言えば私が美味く調理するってのに!」
怒る所そこなんかい!っと言っている間に化屋敷琴美は恭歌の脇をスルリと抜け俺達の前にやってくると
「いやはや、ひめのん昨日振り、ヌイヌイはさっき振り」
ケラケラと笑いながらハムに齧りつく。
いやちょっと待って、ヌイヌイってもしかして俺のことか?いやまぁ奴隷予定よりかは幾分かはましだけど
「ことみん、早速遊びに来てくれましたのね!それでもしかしてその格好は伝説の防具ジャージというものでして?」
「おっ、流石に気づくのが早いねぇ~。そうこれが女の子が着てから売ると買値よりも高くなるジャージという伝説の防具、しかも顔写真がつくと更に値が上がるというね」
「まぁなんてすごい防具なのですわ、メモっておきますわ」
「ちょ、ちょっとなに変なことを吹き込んでいるんだよ!というか姫乃さんもメモとらない!」
ドヤ顔で危険な情報を話す琴美となぜか真剣にメモを取り出そうとしている姫乃に同時にツッコミを入れる俺。
ああ、そうだこの化屋敷琴美が姫乃にいろんなことを吹き込んだおかげで俺が奴隷として連れてこられて来る羽目になったんだ気をつけないと。
「ことみんにご紹介しますわ、こちら私の奴隷の不知火英志さんですの」
「ほう、やはりヌイヌイはひめのんの奴隷だったのだな。さっき会ったときに言ったと思うけど、君はじつに憑いている……。私は見える気質の人なの。でもってここにも、そういうのがいるのよ。私はその姿が見えるし、声も聞こえるの」
そう言いながら琴美は適当なのか本気なのか知らないけど見えない宙を指差して回る。
「って、ついているってそういう意味なのかよ!!というかまだ奴隷になるって一言も……」
「ちょうどいい、昨日の今日でひめのんの屋敷に来たのも。昨日話していた私の奴隷を紹介しようと思ってね」
俺の言葉を遮って琴美が指をパチリと鳴らす。
「ひめのんもすぐに奴隷を用意するなんてなかなか勤勉だねぇ、共に十二方美人を目指すものとして心が滾るよ」
「ですわですわ♪私、頑張って十二方美人をめざ……」
そこまで言いかけて姫乃が固まる。どうしたんだろう?と思って姫乃の視線の先、琴美の後ろを覗こうとしたその時だった。
「ひゃああああああ!」
悲鳴を上げながら恭歌さんが物凄い勢いでこちらに走ってき、俺の腕にしがみつく。何だこの驚きようは、というか恭歌さんってレディースの総長だったんじゃ……?
「あわわ、あわわのあわわですわ」
気がつけば姫乃も俺の腕にしがみついている。なんだこの両手に花な状況は……って!?
「えっ、まじかよ」
俺もそいつが部屋の中に入ってきたのが見えて思わず後ずさりしそうになった。
ヌラリ、ノッソリどう表現するのが一番いいだろうか。廊下から部屋に入ってきたそいつ、化屋敷琴美の奴隷の姿を見れば誰しも姫乃や恭歌みたいになるのは否めない、否めなすぎる。
「ふごーふごー」
声にならない声を上げているのは真っ赤なボールギャグをつけているからだ、ギャグっていっても面白くもなんともないぞ。
そこにいたのは少し小太りで、四つん這いになってて、首輪をつけた白ブリーフ一枚のお兄さんだった。
うん、間違いなくコレはヤバイタイプの人間だな。
「これが私の奴隷だ、よろしくな」
「ふごー」
琴美の言葉に奴隷が返事なのか唸り声をあげる。
「よ、よろしくできるかぁー!というか私の部屋に入れるなーよだれを垂らすなー!」
肩をガチガチに震わせて指摘する恭歌の言葉は最もだ、こんなのにエンカウントしたら中二病騎士の俺でも真っ先に逃げるよ。
「に、人間の尊厳というのはここまで蔑ろにできるものなのですわね」
もう片方の姫乃はというと妙に達観しているというか、なにを言っているのかわかっているのだろうか?
これを君は俺にやろうとしていたんですよぉ。
まぁ多分知らなかったんだろう姫乃は奴隷ってものがどういう扱いになるかってのを、でもこの現実を見て目が覚めたはずだどんなに姫乃がお金持ちのお嬢様であっても中身はやはり普通の人間。
人をこういう風に扱ってはいけませんよってことがわかっ……。
「が、頑張りましょうね奴隷予定さん!」
「うんうん、やっとわかってくれ……って、わかってねぇ!」
ぎゅっと俺の腕を掴んで姫乃が決意めいたことを言う。
「えっ、あのちょっとわかってます奴隷っての姫乃さん?」
「ちょっと驚きましたけど私も一度決めたことを曲げませんわ、覚悟を決めますわ!」
いやいやいや曲げてくださいよその信念、というか覚悟決めるのはこっちじゃないですかぁ!
「さてはて、自己紹介も済んだところだしお互い奴隷の実力というものを見定めようじゃないか」
俺の動揺を見抜いているのか琴美は不敵な笑みを浮かべ、そう提案する。
ああ、なんてことになってしまったんだ。
俺はこれから起こるであろう碌でもないことを想像し、どうせこんなことになるなら胃薬持ってきておけばよかったなぁなんてできもしない後悔をするのだった。



そんなわけで俺と姫乃、そして琴美とその奴隷は黒烏家の多目的ホールへとやってきたわけなんだが、ここがまたとてつもなく大きいホールだった。
言うなれば演劇や音楽の発表会で使うような舞台タイプの大型ホールで最大収容人数は約八千人ほど、とまぁガイドブックには書いてあった。
因みにコック長の恭歌───フルネームで橘恭歌さんはここにはいない。なんでも琴美の奴隷が這った数歩を消毒するとかなんとかでやたら薬品やら化学防護服を持ち出して大掛かりなことをしていたので置いてきた。
「んであるからして、この世界において奴隷を所有しているということは極めて稀であり、持つものにはとても品位が求められるわけだな」
そう言いながら琴美が奴隷を椅子にし、そこに腰掛けながらプロジェクターに映し出されたグラフを指示棒でポンと叩く。
そこには『ジム帰りの二十代女性に聞きました。あなたは奴隷を所有してますか?』という題目で円グラフがあり、ものの見事に98%がNOであると回答がされている……って、どうしてジム帰りの二十代女性に聞いた!?そしてなぜか2%奴隷を所有しているやつがいるってそっちのが気になるよ!
「そして勿論奴隷も主人に恥をかかせぬよう優秀でなければならないのだよ」
足を組み替えながら琴美は力説するがその尻に敷かれているブリーフ一枚の奴隷が優秀とはとても思えないな。
「そしてこれから切磋琢磨するためにひめのん&ぬいぬいコンビと勝負するわけだが……無論昨日今日できた急造コンビが歴戦の私達と勝負すると決着は目に見えているだろう。けど、それは自らが目指すものとの差を認識するということだわかるね、ひめのん?」
「わかりますわことみん。でも、別に私が勝ってしまっても構いませんよね?」
よくわからないが琴美と姫乃の間で激しい火花が飛び交っているような気がする。いやでもちょっとまって、なんで姫乃さんそんなに自信満々なんですかね?
「ふむふむ、凄い自信だね。けどそこのぬいぬいは奴隷になりたくないような雰囲気だったけど?」
琴美の指摘に姫乃がぐいっと俺に顔を近づける。というかあれ、さっきから言いそびれてた感はあったけどなんだろう、いつの間にか琴美には伝わっていたみたいなわけでありまして……
「じぃーですわ、奴隷予定さん」
「いやだから、その顔近いっていうか最初に言ったけど俺はまだ奴隷になるなんて言ってないわけでありまして」
「北の国からはどうでもいいですわ。しかし私が見るに、もう奴隷予定さんは今日一日で奴隷にランクアップしていますの!」
「えっ、は!?」
一体今日俺はなにをしたんだろうが?姫乃の言葉に少し考えてしまうが、いや俺っていきなり連れてこられて屋敷の中案内されただけだってのになんでランクアップしてるの?いや、奴隷予定から奴隷じゃランクダウンじゃないのか!?
「いいねいいね、もっともーっと強くなろうぜ君たちもーってなわけでさっそく勝負といきましょうか」
琴美の言葉に姫乃が頷くとなにかもう俺の意思とは関係なくその切磋琢磨な勝負は始まってしまったのでありまして……あ、この北の国からもういい、そうですか。
「勝負は簡単、ひめのんと私がお互い書いた『今欲しいもの』を何も見ずに奴隷が買ってこれるか」
「なにも見ずに?」
って、そんなこと心でも読まない限り無理だろ。椅子になってるそこの白ブリーフならともかく、俺は姫乃のことなんか未だに対して知らな……
「大丈夫ですわ、私の奴隷予定……いえ、奴隷さんならなんとかなりますわ!」
「いやいやどっか来るんですかその自信は?もしかして俺って実は選ばれた者でなにかすごい能力秘めたりするんですか?」
「いえ、奴隷さんを選んだのはなんていいましょうか適当なんですけどそこは主人公補正で頑張ってくださいですわ!」
「適当かよ!!いや、薄々わかってたけど!」
主人公補正で頑張れってどういうあれだよ。さらっと奴隷予定呼びから奴隷に変わってるしこれで勝てってのが無理だろ
しかし主人公って言う響きはいい、やっぱり人生は自分が主人公だからな!と釣られそうになる自分が悲しい。
「ではこの紙にお互いの欲しいものを書いて、奴隷は出発よ!」
「ふごー!」
琴美の言葉に見事な四足歩行で駆けていく琴美の奴隷を尻目に正直俺は動くに動けないでいる。
当たり前だ、本当にいきなり勝負は始まったわけだけど姫乃が今欲しいものなんてすぐに出てくるわけがない。
「奴隷予定、いえ奴隷さんもとい……ぬいぬいさん!」
「あっ、はい!」
あっ、そこは英志さんとかじゃなくて渾名なのね~なんて思って俺が振り返ると姫乃は急に俺の手をぎゅっと掴む。
柔らかくてまるでまるで赤ちゃんかと思うくらいのスベスベ感、女の子に手を握られた機会なんてそうない俺なんかはその感触に心臓の鼓動が激しく高鳴るのを抑えることなんてできない。
「今から私が書く物は今日一日私と一緒にいればきっと分かるものですわ、だから頑張ってください!」
「わ、わかった……善処してみる」
俺は小さく頷くと、名残惜しかったが姫乃の手を離し踵を返し走り出す。
なんていうかここであーだこーだ言っていてもなにも始まらないからだ。
かと言って、姫乃の欲しいものなんてわからないしただただ『そこまで言われて走らないわけにはいかないだろ?』そんな気持ちだけが俺の足を進ませていた、それだけなんだ。


「はぁ……」
勢い良く多目的ホールを飛び出してきて今、現在俺がいるのは黒烏家の展望台。
これまたどでかく高い展望台で全面ガラス張りの綺麗な所だった。
誰もいない夕陽の差し込む真っ赤な展望台で黄昏れながらため息をつく、そんないきなり姫乃の欲しいものを買ってこいなんて言われたってわかるわけがないじゃないか。
そうさ、俺はただ姫乃の……可愛い女の子の前で見栄を張りたかっただけなんだ、中二病的な感覚で。
「それで結局俺はどうすりゃいいんだよ」
「どうやらお悩みのようですね同士」
「えっ!?」
気がついて振り返るとそこにいたのはカーキ色のトレンチコートを着た……琴美の奴隷さんだった。
一瞬気が付かなったのはさっき見た白ブリーフにギャグボールな姿じゃなかったからだ、というかいつのまにか着替えていたのか。まぁあの格好のままで屋敷の中を彷徨けるとも思わなかったけど先程の白ブリーフの上にそれだったら逆に変態度がましているような気がしないでもない。
「あっ、えっと琴美さんの奴隷さん……ですよね?あっ、いや奴隷って言い方失礼ですよね、すいません」
「はい、小生は琴美様の奴隷です。それ以外の名前は持ち合わせておりませんので奴隷で結構ですよ」
「えっ、あっ、はい……」
確かに初対面での印象がアレだったわけだけど一応見た感じ年上っぽいし、ちょっと萎縮して頭を下げる。
「そう緊張しないでください奴隷同士なんですから」
奴隷さんは柔和な表情でかつ、爽やかイケメンボイスで話すがいや奴隷同士ってのにはちょっとまだ抵抗があるぞ。
「お話を聞く限りまだ奴隷になられて緊張しているご様子でしたので、小生が多少アドバイスをしようと思いまして」
「アドバイス?」
俺の正直半信半疑の言葉に奴隷さんは頷く。この主人の望むものを買ってくるという行為にアドバイスとかあるんだろうか?
「ええ、恐らく奴隷になったばかりで主人のことなどわからないのでしょう?ましてやなんで自分が奴隷などに?と考えているのでは?」
「うっ、確かに……」
まるで見透かしたかのような口ぶりに驚かされるが、いや……よくよく考えればいきなり連れてこられて奴隷にされたら誰だってそう思うだろう。
「琴美様から切磋琢磨させろと言われているので小生も多くは教えられませんが一つ言えることは『主人をよく観察せよ』ということですね。出会って今日が一日目だとしてもそれまでの会話に必ずヒントは隠されています」
「観察って言われても……。そういう奴隷さんはなにを買うかもう決まってるんですか?」
「ええ、勿論です」
あの無理難題とも言える出題に奴隷さんは自信満々で頷く。なにをどうしたらそこまで自信が持てるんだ?
「今日の琴美様の指先には微かに塗料の匂いが染み付いていました。恐らくその匂いの成分からして色は黒、恐らく幻惑迷彩のプラモデルかなにかでしょう。後は最近琴美様がハマっているアニメから察するに……」
まるでテレビドラマの探偵役のように小さなことから推理を広げていく奴隷さんになんていうか驚きを隠せないとと共にあのギャグボールを付けて白ブリーフ一枚の奴隷さんがちょっとばかし今はかっこよく見えてしまっているから困惑するじゃないか。
「そんなわけで不知火君も今日あったことをじっくりと思い返してみればきっと答えに辿り着くとおもいますよ。では僕も急ぎますのでこれで」
「あっ、はい。ありがとうございました奴隷さん」
頭を再度下げる俺に奴隷さんは軽く手を振りながら去っていく。その後姿に「なんであの人、奴隷なんてやってんだろ?」なんて疑問が湧き出るくらいには思っていたより随分と格好良かったな。
「さて、どうするんだ俺?」
去っていくイケメン奴隷のことは置いておいて俺は自問自答しながらじっと考え込む。なんていうか物語において絶対的ピンチを切り抜ける発想を即座に思いつくのが主人公のはずなんだけど。
「今日の姫乃を思い出すだろぉ?うむむむむ」
奴隷さんの言われたとおりどこぞと知れない夕日に照らされた景色を見ながら今日の出来事を思い出す。
俺、不知火英志は学校の終業式の帰り道にいきなりいかにも強面のハゲ二人、金春と銀次に誘拐される感じでこの黒烏家へと連れてこられた。
黒烏家はえっと日本で二番目の大富豪で、まぁ想像を絶するほどの広大な敷地に様々な店やら施設が入り込んでいるがその全てがこの黒烏家の令嬢にして俺を奴隷にしようと連れてこさせた張本人、黒烏姫乃のために存在している。
そして黒烏姫乃はこれがまたアイドル顔負けのとんでもない可愛さなのだけれども完全に箱入り娘でこの屋敷からでたことはなく、なんていうかどこか抜けているところがあるんだよな。
それでそれで天然ほわほわなお嬢様である姫乃は化屋敷琴美の差し金で今現在十二方向美人とかいうこれまたツッコミどころしかないものを目指しているんだ。よくわからないけど確かなにか色んな方向においても美人であることみたいなニュアンスだったと思う。
俺が奴隷として連れてこられてのも昨今のお嬢様は奴隷の一人、二人従えていて当然とかいう琴美のいらぬ入れ知恵のせい……いや、本当碌な事しないなあの子。
それから姫乃に案内されて屋敷の中を案内された。銀行、病院にゲームセンターで、次はどこだったか?
「ん、ゲームセンターと言えば……」
俺の思考はそこでピタリと止まった。
微かな記憶に一つの出来事が妙に残っていたのだ。
黒烏姫乃は顔立ちもよく、童貞殺しな綺麗な服装をしていたがそこでみたそれは少し古ぼけていて異質を放っていた。
詳しくは聞いていない、けど姫乃が持っていたあの手帳にはきっとなにか思い入れがあるんじゃないかと今になってみては思う。
「それにあのプリントシール……」
手帳に貼ってあったプリントシールには姫乃ただ一人が写っていた。
この馬鹿でかいお屋敷にいるにも関わらずにだ……。
「つまりそれって……」
俺の中で一つの推理が点と点を結びこれではないかという薄氷とも言える淡い解答を導き出す。
果たしてこんなものが正解であるかなんて自信はない。とは言え、今の俺にはそれに賭けるくらいしかないのが現状だ。
フラフラとこの展望台についたときには『いっそこのままバックレてしまうか』なんて意識がなかったとは言えない。
「でもま、一応戻るか……あのお嬢様の元へ」
正直、勢いでまぁ奴隷の勝負なんてのに巻き込まれているがその後どうするかはともかくこの勝負を終わらせないことには始まらない、そう思うのだった。



多目的ホールへと戻ってくると舞台上では姫乃達はまさに貴族のお茶会といった感じでお茶会を開いていた。
俺が飛び出したときにはなかった白いテーブルの上にはマカロンやらクッキーやらが山のように並べられ、甘い紅茶の匂いがここまで漂ってくる。そして……
「ふむ、やはり銀次……先に帰ってきのはあいつだったようだな」
「いや金春兄ぃ、あの化屋敷の奴隷のほうが俺はヤバイとおもますがね」
「普通、自分の主人を応援するもんじゃないのかねぇ。あ、あの奴隷がヤバイのは同意するけど」
勝負の行く末を語るのはおハゲ二人の金春と銀次、そしてコック長の恭歌さんがいつのまにかその場にきていた。
しかもなにやらおハゲ二人に至ってはこの勝負で呑気に賭け事をしているっぽいな。
「ほう、これは意外な展開がありえるかもなひめのん」
「おほほのほですわ!どうですかことみん、私の奴隷だってやりますでしょう?」
「ふむ、だが正解しなければ全く意味がないのはわかってるのだろうね」
「勿論ですわですわっ」
最初に戻ってきたのが自分の奴隷ではなく俺だったことに驚きを見せる琴美に対して満足そうに姫乃が微笑むと逸る気持ち抑えきれないといった感じでこちらに駆け寄ってくる。
さながらそれは最後の闘いを終えて戻ってきた俺を出迎えるヒロインのようだ。
「奴隷予定、いえ!奴隷さん、お待ちしておりましたわ。それで私の望む物を買ってきてくださったのですね」
「ああ、もちろんだ。終焉の騎士である俺に、不可能はない」
「しゅ~えん?」
よくわからないといった様子で小首を傾げる姫乃に俺は黙ってサムズアップを決めるとコホンと一つ咳払い。
「物語を終焉に導く騎士のことさ、姫乃さん。そしてやはり俺は君の奴隷にはなれそうにはないよ」
「奴隷さんの言っていることがよくわからないですわ」
てっきりすぐに姫乃は望む物が手に入って勝利宣言と行きたい所なんだろうがまぁ待て、俺がここから華麗に説明をし君を勝利へと導くんだから。
「姫乃さん、貴女が望む物は正確には物ではない……」
俺はまるで犯人を追い詰め推理を展開する探偵のようにして姫乃の周りをゆっくりと歩きながら少し芝居がかった口調で話し始める。
「貴女は日本でも有数のお金持ちのお嬢様だ、望む物なんてものはこの広大な屋敷がある時点で全て持っていると言って過言ではないでしょう」
今まさにこの多目的ホールにいる皆の視線が俺に集まっているのがひしひしと感じられて実に心地が良い。
今日の俺は黒烏家にいきなり連れてこられて挙動不審というかコミュ障というか「あ、ああ……」とか「う、うん」としかほとんど喋ってこなかったけどこれなら本来のお調子者で人気者な俺を取り戻せそうだ。
「でもそんな貴女が手にしていない物、それがあるとするならなにか?……そしてその答えはゲームセンターを案内してもらったときにありました。姫乃さん、貴女がもっているその古びた手帳がそのヒントだったんです」
「私の手帳に?」
姫乃が取り出した手帳、その表紙に貼られたプリントシールには一人で寂しそうに笑っている黒烏家のお嬢様の姿がある。
俺と姫乃にまさかこんな共通点があるとは思わなかったけどな、いやだからこそ俺はここに召喚されたのだろう。
そうつまりこの出会いも運命だったのだ!
「俺がその悲しい物語を終焉に導いてやるよ姫乃」
ちょうどぐるりと姫乃の周りを一周したところで俺はキメ台詞と共に姫乃を指差す。
「正解は『友達』だ。そして俺が奴隷になれない理由はただ一つ、今から君と友達になるからだ」
決まった、完全に決まってんぞ今の俺!!!そうさ正解は友達という意外な答えだったのだ!!
「あらまぁ、なんてことでしょう」
驚きのあまりに姫乃の手元からスルリと手帳が落ち、俺に駆け寄るとぎゅっとその手を両手で掴む。
その時点で俺は勝利を確信した。俺の推理は間違いなかったってことにな!
「不知火英志さん……よくここまで私のことを考えていただきましたわ」
今日初めてだ、姫乃が俺のことを名前で呼んだのは。ああ、でもそれが正しい……君とは奴隷と主人ではなく友達として歩みよりたかっ……
「……でも全然違いますわ」
姫乃のその言葉とほぼ同時だっただろうか、この多目的ホール中に堰を切ったように皆の笑い声がこだましたのは。
その笑い声で俺は気がついた。つまりなんだ、俺はとんでもない失敗をしてしまった、ということにな。



「はぁ、私……今日ほど恥をかいたのは初めてですわ。初体験すぎて心臓がドキドキですわ」
「す、すいません」
深い溜め息をつきながらボヤく姫乃に俺は正座のままただただ、頭を項垂れているしかなかった。
一世一代の決め台詞を大失敗した俺にやれることなんて猿でもできる反省をするしかない。
いやなんていうか日本でも二位に位置するらしい金持ちの家のお嬢様に恥をかかせたわけなので下手すれば俺はどこぞ知らない海の底に沈んでいた可能性もあるのでまだいい方なんだとは思う。
でも俺もここ、姫乃の部屋に帰ってくるまでに恭歌さんの料理してくれた夕飯が美味しかったとか風呂場でおハゲ二人に滅多くそに笑われたとか色々あったんだけど全くもって生きた心地はしなかった。
因みに勝負はあの俺の大失態の後にさらっと戻ってきた琴美の奴隷さんが見事に正解して俺達は初陣を敗北と言う形で終わることとなった。
『いやでも試合には負けたけど勝負には勝ってるようなものなんじゃないかなプププ』
ああ、そう言って爆笑しながら帰っていった琴美の姿が今でも目に焼き付いている。
穴があるなら入りたいというのはこういう状況のことを言うんだろうなぁ。
「そもそも友情はお金では買えないんですよ英志さん」
「はい、姫乃さんの仰る通りです」
姫乃の言葉は至極当然なお言葉である。もうね、これね、ぐうのねも出ないね!!
いやいやいやでもね、真面目な話お金で買えない物が正解だと思うじゃないですかぁ!!!
だってこんなお金持ちで金で買える物はどんなものでも買えちゃうんだからそこは金で買えない物が正解ってのが普通じゃないの?
一応俺の考えでは『友達』という解答の他にもう一つ『母親』なんてのもあったのだが、これもお金では買えないし正解ではないのだろう。まぁ、それが正解だとしても俺は友達にはなれても母親にはなれないのだが。
「えっとそれで結局正解はなんだったんですか?後学のために教えていただきたいなぁなんて思うのでございますけども」
「ダメですわ。ことみんが言っていましたもの、『うぃきに頼って見たエンディングは虚しい』って、うぃきってなんのことかわかりませんけどきっとお猿さんかなにかのことですし、とにかくダメですわですわ!」
小さな頬を膨らませていまいち的を射ていない姫乃の解答に心の何処かで「やっぱり友達で正解だったんじゃないかなぁ」なんてことを思ったりしてみるがこの状況で言えるわけもない。
思えば多目的ホールでの一件以来、奴隷じゃなくて名前で呼んでくれるのは実は照れ隠し 、なんてことはないか。
「ウサギにお角でこれから英志さんにはきっちり私の奴隷になっていただくので覚悟してくださいませ」
「あー、はい」
なんていうかもう奴隷予定だとかそう言うのはいつの間にかすっ飛んで奴隷としての生活が確定してるんですね、はい。
「とりあえず私のことをもっと知ってもらうために今日は一晩一緒に夜を過ごしてもらいますわ」
「へっ!?」
「私、着替えてきますので英志さんもそこの箱の中身に着替えてお待ち下さい、ですわっ!」
俺の思考の定まらないまま、姫乃は矢継ぎ早にそう言い放って部屋を出て行く。
一緒に夜を過ごす!?いや、それってあの、普通にご褒美のような……?
だってあれですよ、可愛い女の子と一夜を過ごすってもうこれはアレでしょ!?
レベルで言えば中二病を超えて高二病レベルですよ、ベッドシーンなんてやってしまっていいんだろうか?
「それでこの箱の中身に着替えろとか言ってたけどなんだろ?」
あんなことからこんな状況になるなんて正直思っても見なかったので今現在、心臓の鼓動が激しく波打っているのを抑えきれないまま恐る恐る俺は箱の中を開ける。
着替える、夜を過ごす、奴隷……もしかしてこれ次に姫乃が部屋に入ってきたら女王様みたいな格好になっていて俺は鞭でペチペチ叩かれながらロウソクをたらされたりして最後には耐えたご褒美なんてものががががが
ある種、そんな希望的観測を抱きながら箱からなにやらモコモコとした茶色いモノを取り出す。
なんだろうね、このモコモコ?
SMプレイ的なモノには全く関係ないのでそれを横に置いて箱の奥を覗くとそこで可愛らしい熊さんの顔と目があった。
ある日、お屋敷の中、熊さんに、出会ったみたいな?
「……あっれぇ、これってあれだよな。どうみてもきぐるみってやつだよな?」
どういうことだ?俺はこの後始まる淫靡で背徳な未知なる世界に夢を馳せていたのだが箱の中にあったのはまぁどう転んでも熊のきぐるみだった。
「これに着ろってこと?」
自問自答してみるが答えは当然返ってこない、いやでもそういうことなんだろう。
渋々俺はさっきどけた茶色いモコモコに手を伸ばす。
どうやらこれはきぐるみの胴体部分なんだろう。全くもってお金持ちのお嬢様にどんな意図があるのか知らないがまぁ拒否権なんてものは奴隷にあるわけないので仕方なく俺はそれに袖を通す。
「ご準備できましたか英志さん」
ちょうど胴体部分のきぐるみに身体を通し、頭の被り物をつけたタイミングで姫乃が部屋へと戻ってきた。
その格好は今までの童貞殺しな服から変わってなぜか琴美が着ていたような緑のジャージ姿。しかも胸のところにはしっかりと平仮名で「ひめの」って書いてある拘りようだ。クラスに一人こんな可愛い子がいたら学校生活も楽しいだろうなぁって、そんなことよりやっべ、ますますわからなくなってきたぞ。
「初めてじゃーじと言うものを着てみましたが意外といいですわ」
「それであのぉ、これでなにをするんですかね?」
ジャージ姿の姫乃と熊のきぐるみを着た俺、これらが意味するものはなんだ?さっぱりわからないぞ。
「なにをするって勿論、決まっております……わっ!」
「うわっ!」
突然姫乃は大声を上げると思いっきり俺の身体に体当りする。か弱い女の子の体当たりとは言え視界もよく見えないきぐるみ状態の俺はその一撃にふらつき、思いっきり後ろに倒れこむ。
ぼふっとという感触にそこが床じゃなくてベッドの上だということに気がついたときには更なる追撃が俺を待っていた。
「とりゃぁぁぁぁっですわっ!」
「ぐへっ!」
ベッドに倒れ込んだ俺の上にまるでフライングボディプレスの如く姫乃が飛び乗ってくる。
もうこの時点で俺の思考はパニック状態だ。これはなんだ?普通なら胸が当たってるとか顔が近いとか髪の毛のいい匂いがするとか、そんなご褒美タイムのような気もするけどきぐるみの中じゃ全然わかんねぇ!
「覚えておいてくださいませ、これが私の夢の一つ。熊さんと一緒に寝るですわですわ」
ああなるほど、本物の熊を使うわけにはいかないからきぐるみで我慢しているわけか……って、別にこれ実践しなくてもいいじゃないですか!
「むにゃむにゃですわぁ」
「って、もう寝てるし!普通この状態で寝るか!?……というか、これは!」
そこで俺は気づいてしまった。きぐるみの中って思った以上に熱気と湿気できついぞこれ、ああ・・・・
「フッ、もうすぐこの身は滅びるだろう。だがこの魂は、あの女と共に此岸に留まる」
って、そんな中二病なこと言ってる場合じゃない、このままじゃ俺は脱水症状で死ぬんじゃないのか、これ!?
「ちょっと姫乃さん、寝るなら上からどいてほしいんですけど」
「もふもふですわぁ、むにゃむにゃ」
あっ、ダメだこれ完全に熟睡してやがる。というか数秒で寝れるとかどんな能力者だよ全く。
さて、これからの生活の前に俺は今日、この夜を無事過ごすことができるのか?
明日の新聞記事の隅っこに『中二病奴隷騎士の高校生、きぐるみの中で脱水症状で死す』と書かれないことを祈りながら朝が来るのを待つしか無いのであった。





《 十二方姫の奴隷騎士 了 》





べ、べつに好きで書いてるわけじゃないんだからね!  氷桜夕雅
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