Mistery Circle

2017-08

《 劇場版・終焉の騎士 DEAD END LINE 》 - 2012.07.29 Sun

《 劇場版・終焉の騎士 DEAD END LINE 》

 著者:氷桜夕雅







窓の外から見える景色、それはどこにでもあるような高校生のマラソン風景。
一周二キロの校庭を走る生徒達の姿を窓際でじっと見つめていたのはもう走ることができない一人の高校生。
先頭をゆうゆうと軽快なリズムで走っているのは陸上部の生徒だ。普段から部活動で何キロと走らされている彼等からすればさして大した距離ではないのだろう。
そして最後尾をフラフラともはや走っているのか歩いているのかわからないのは文化部の生徒達。
それでも諦めない限り、足を止めない限り彼等もゴールへとたどり着けるはずだ。
そんな四角い窓枠から見える世界は彼───新堂景一にはそのどちらも二度と手に入らない世界でもある。
「新堂、おい新堂景一、聞いてんのか」
新堂がそんな声に教室へ目線を戻すと教壇で仁王立ちの英語教師、夏目が大きくため息をついた。
「全く、一般クラスに入ってからというものの、君はまるでやる気が感じられないが勉強する気はあるのかね?」
夏目は丸めた教科書で自分のメタボ気味な腹を叩きながらねちっこく新堂を罵る。
そこで新堂は気づいた。この夏目という教師が英語の授業をするよりも授業を聞かない生徒に対して嫌味を重ねて自分のストレスを発散させることを生きがいにしている教師だと言うことに。
「ん~やる気あるのかと聞いてるのだよ新堂景一」
「……ありますよ」
「ほうほう、じゃあこの問題を」
「わかりません」
夏目の言葉を遮るかのようにして新堂が即答すると教室中に小さな笑い声がいくつかあがる。
この教師が嫌がらせでとりわけ難しい問題を出してそれが答えられないと調子に乗ることはクラスの全員が知っていたから先に手を打ったのだと誰しもが思ったが当の新堂は再び窓の外を見つめるだけだった。
「くっ、新堂お前は……」
そこまで夏目が言いかけたちょうどその時だった、授業の終わりを告げるチャイムが鳴ったのは。
「……っ!もうお前はスポーツ特待生でもなんでもないんだからな!!」
他の生徒達が教室から散っていく中、そんな捨て台詞のような言葉を吐いて夏目は地団駄を踏むようして教室から出ていく。
「んなこと言われるまでもねぇよ」
誰に言うこともなく新堂は呟く。見つめていた窓からの景色にはもう誰も走ってはいなかった。

新堂景一はこの城川高校に陸上のスポーツ特待生として入学した。
彼が自分の才能を見出したのは中学入ってすぐだった、それまでは特に部活に入るわけでもなくダラダラとした日常を送っていたがふとした切掛で陸上部に入ったことで一気にその才能が爆発したと言ってもいい。
確かに元々彼は走るが早かったがそれが活かされるのはせいぜい運動会のリレーだとかその程度だったのが陸上部に入りその時の上級生のエース相手に圧倒的な差をつけて100メートルを走りきった時に自分には他の誰にもない、才能があると新堂自身気がついたのだ。
それから彼はのめり込むようにして走ることに夢中になった。
それまで大して好きではなかった走るという行為が好きになっていった。
勢い良く流れる景色、地面を力強く蹴る音、そして誰よりも一番にゴールして賞賛されること、全てが彼に希望と夢を与えた。
そしてそれは高校にスポーツ特待生として入学した後もずっと続くと思っていたのだ。
世界大会だの、オリンピックだのそんな言葉が飛び交い、その中心に自分がいるのも夢ではないのかもしれないと。
「……もう昼か」
気がつけば教室に人はまばらで、いる生徒達も弁当を囲んだり購買で買ったパンを片手に談笑している。
新堂はそんな光景を横目にゆっくりと、実にゆっくりと腰をあげると教室から出る。
陸上部にいたころは違った、昼休みにもなればどこから湧いてきたのか知らないファンに囲まれチヤホヤされていた。
食べきれないような数の差し入れの弁当に「いや、こんなにくえねーから」と笑っていたのが今はどうだ?
もはや誰も新堂の存在に見向きもしない、もう誰しもが知っているのだ『新堂景一の物語は終わった』のだと。
「早く校庭いこうぜ!俺の必殺シュート見せてやるわ!」
「おいおい、走るなって」
新堂の目の前を物凄い勢いで走っていく生徒に目もくれず壁に手をつき足を擦り、歩く。
数歩歩いて壁から手を離し軽く足をあげてようやく普通に新堂は歩く。
そう、彼はもう走ることができない。
正確には走ろうとすると左足に激痛が走り、立っていることも不可能になってしまうようになったのだ。
それは高校一年生の夏休みに入ってすぐのことだった。
彼は夏休みの部活動の帰り道、交通事故にあい走ることができなくなった。
その時の記憶を新堂はあまり覚えていない。三日間病院のベッドで眠りっぱなしだったということは親から聞いたがどうやって事故にあったとかそういうことは一切覚えていなかった。
警察は部活動帰りで疲れていて信号を見ていなかったのだろう、そんな憶測を立てていたがそれが事実なのかどうかもわからない、人通りの少ない道であったし、目撃者もいない。運転手の方が自らの保身のためにそういうことにしたのかもしれないし、実際そうだったのかも知れない。
だが新堂にとってそんなことはどうでもよかった。
それでも最初こそすぐ治るだろうと思い、夏休み中は部活動に出た。先輩にドジだのなんだの言われても声出しやマネージャーの手伝いをし、いつかまた走れることになると思い込んでいた。
だが現実は残酷だった。
原因は不明だが新堂の足は二度と走れるようになることはないと医者に通告された。
その言葉を聞いた時、新堂は初めて目の前が真っ暗になるということが実際にあることなのだと気が付かされる。
そして夏休み明け、彼は特待生のクラスから一般生徒のクラスへと編入することが決まったのだ。
「……ふぅ」
新堂は屋上への階段を見上げて小さく息を吐く。
以前ならこれくらいの階段なんて一段飛ばしで軽快に登っていたというのにもはやそれすらも叶わない。
「ああ、面倒くせぇ」
吐き捨てるようにして言うと渋々手すりに捕まり階段を登っていく。
明かりのついていない屋上への扉をゆっくりと開けると耳元を強い風が吹き抜け眩しい光が目に飛び込んでくる。
少し眼を顰め、構わず屋上へと出る。するとそこには見慣れた一人の女子生徒が呆然と空を見上げていた。
「こりゃ珍しい、教室にいないと思ったらこんなところでおさぼりですか保坂唯香さん」
新堂は少し嫌味っぽく言うが保坂と呼ばれた女子生徒は風に靡く長い黒髪を軽く抑えるだけで反応はない。
「おいおい、無視するなよ幼馴染だろ」
そんなことを言いながら保坂の横に並び立つとようやくそこで彼女は新堂を一瞥し、ふぅと小さく溜め息を付いた。
黒い長髪に前髪を目元でぱっつんとカットした髪型はどこか幼く見えるが切れ長の瞳がそれを打ち消すかのような力強さを感じさせる。
「景一だってどうせ教室で外ばっかり見てたんでしょ、サボっているのと変わらないじゃない」
「まぁそうなんだが、俺ははいいとして学年一位のお前がいないのはマズイんじゃないか?」
「あの人の授業は聞く価値がないから。ただ自分の知識をひけらかしてストレスを発散したいだけ」
「そこはかなり同意するな。珍しくお互いの意見があったな」
お互いの意見があったことに新堂は少し嬉しく思ったが保坂の方は変わらず空を見上げたままだ。
新堂景一と保坂唯香は付き合いは幼稚園の頃にまで遡る。
家が隣同士というのもあって家族同士で付き合いがあり、結局その都合で新堂と保坂はよく一緒くたにされていた。
とはいえ二人の好みはまるで図ったのかのように真逆で好きなものから趣味、休日の過ごし方まで合うことなんてほとんどなく、恐らく幼馴染でなければお互いまるで接点なく生活していたのだろう。
だからたまに意見が合うと新堂は嬉しく思うのだが保坂の方はそうではないようだった。
「なんだよ、なにか嫌なことでもあったのか?」
「……別に」
「ふぅん」
いつからだっただろうか、保坂がこんな風になってしまったのは。
冷たく言い放った保坂の脇を抜け、新堂はフェンスに倒れるようにして凭れ掛かる。
いや昔から保坂唯香は物静かであまり喋ることをしなかったがそれでもここまで人を寄せ付けないような冷たく暗い性格ではなかったはずだと、最近よく新堂は思う。
「なんだもしかしてまだ小説が終わらない病でも発症してんのかよ、なんだったらたまにはカラオケにでも行って気分を変えるとかしてみたらどうだ?どうせ俺も暇だし付き合ってやるぜ」
その言葉に保坂の視線が初めて新堂の顔を捉えた。
保坂唯香は小説を書くのが趣味で、小学生の頃から新作ができると新堂の元へ見せに来ていたがそれがある日を境にピタリとなくなってしまっていた。
見せに来なくなった原因を新堂は知っている。
保坂の小説は登場人物やストーリーの造詣が奥深く、素人の新堂でもまるで話の中に放り込まれたようになる錯覚を感じるほどに出来が良かったのだが急に最後の最後で話が終わらせることができなくなってしまった。
作品のクオリティをどうあげるとか話がまとまらないというのではなく、文字通り『終わることができない』
まるで呪いのようにして文字が書けなくなる、そんなことが保坂には時折おとずれるのだ。
そこの原因は全くわかってはいないのだがおそらく保坂の精神的な面に問題があるのではないかと新堂は思っている。
「景一には関係ない……」
「んだよ、昔は話ができる度に俺のところに持ってきてたじゃないか。幼馴染としてお前が暗いのは……」
「幼馴染とか、関係ないし」
話を切るようにして保坂ははっきりとそう言い放ったことに新堂は思わず口ごもった。
その表情は明らかに怪訝そうで嫌悪の感情が読み取れたのでそれ以上の言葉を言うことができなかったのだ。
お互いもう高校生だ、『幼馴染』という言葉に縛られているのは嫌なのかもしれない。
「そうかよ、そりゃ悪かったな」
吐き捨てるように呟く。
あと一滴で、コップがいっぱいになる。感情という名のコップに心のなかにくぐもったやりきれない感情が積み重なり自分を苛めている。
出したくない言葉、出すべきでない言葉がわかっているのに抑えきれなくなっている、いつかコップの水があふれるようにして全ての関係をぶち壊しかねない、そんな状況に新堂は嫌気差した。
「お邪魔してすいませんでした、ずっと一人でそうやってろよ」
そう言葉を残して屋上を去ろうとした時、ちょうどのタイミングで屋上の扉がバンッと勢い良く開き、一人の女子高生が飛び込んできた。
「あっ、やっぱりここに居たんだ唯香。ついでに新堂君も」
走ってきたのだろうか大きく息をきらしてショートボブの髪をかきあげ、真っ赤なフレームの眼鏡を直すその女子高生は同じクラスの結城紗希。保坂の親友で、また新聞部の所属でありまた新堂が陸上部に居たときにはよく取材に来ていたので珍しい共通の友達であった。
「どうしたの紗希ちゃん」
「いやねぇ、夏目先生が急に課題出すって言いだして、唯香に手伝って欲しいから呼んでこいって。まぁったく、誰かさんが変な挑発とかするからねぇ、お勉強が捗ってしまいますわぁ」
そう言って結城がチラリと新堂を見るが新堂はそっぽを向く。
「俺のせいだっていうのかよ」
「うん、自覚してないなら自覚したほうがいいよぉ。って、新堂君もここにいるってことはもしかして逢引中だった?スクープしちゃうぞー」
「……そういうのじゃないから、早く行こう」
両手でカメラのポーズをとりだす結城の腕を半ば強引に掴む形で保坂が引っ張る。
「わわ、ちょっと唯香息切れてるからちょっと待って欲しいんだけどぉ」
「急いでるんでしょ」
振り返ること無く去っていた二人に、屋上に取り残された新堂は大きく息を吐くと再びフェンスに背を預けるしかなかった。
「ん、なんだあれ?」
ふと下がった視線に見慣れないものが映る。新堂がゆっくりと近づいてみるとそこには一枚のカードのようなものが落ちていた。
それは少し縦に長いトランプくらいの大きさで銀色のプレートアーマーを身に纏った中世の騎士が油絵の具のようなタッチで描かれている。
「ゲームのカードかなにかか?唯香のやつの……?」
新堂の知る限り保坂はあまりゲームやるイメージがないのだが、拾い上げたカードはちょうど保坂の立っていたところにあった事と、全く汚れていなかったのが妙に気になった。
「なんのゲームかは知らないけど届けてやるか。だが今は……」
すぐに届けようかとも思ったところで保坂が今、夏目のところにいるのを思い出して思いとどまる。
ただでさえ目の敵にされている夏目にさっきの様子からして相当不機嫌な保坂の所にすぐ行くほど愚かな行為もないと新堂は判断する。
「ま、後でもいいだろう」
カードをポケットにしまいこみ新堂はその場を後にする。
こんな些細なことが後にとんでもないことを引き起こすなどとその時新堂は全く思ってなどいなかった。



「全く、夏目のやつ滅茶苦茶な量の課題出しやがって」
そう吐き捨てながら新堂は鞄を片手に教室を出る。周りは夕方を通り過ぎて真っ暗になっていた。
夏目が出した課題はまともに勉強をしてこなかった新堂を疲弊させるのには充分な量であり、その上他の生徒が家での宿題になったところ新堂だけこうやって教室で一人残されて課題をやらされることになったことの疲れも大きかった。
「もう八時かよ、さっさと課題を出して帰らないと」
スマートフォンで時間を確認しながらゆっくりと職員室へ歩きだす新堂を呼び止めるかのようにしてスマートフォンのバイブレーションが震える。
「ん、母さん?驚かせるなよ……もしもし?」
ロックをスライド解除し電話にでる。課題で家に帰るのが遅くなるとはメールしておいたがここまで遅くなるとは予想していなかったのだろうか?
「ちょっと景一、あんた今どこにいるの?」
「どこってまだ学校、もう帰るところだよ」
「そう、それならちょうど良かったわ」
母親から出た「ちょうど良い」なんて言葉に新堂は困惑を隠しきれなかった。
「ちょうど良いってどう意味だよ」
「今、唯香ちゃんのお母さんから連絡があってね、唯香ちゃん家に帰ってないみたいなのよ」
「はぁ?」
保坂が家に帰っていない……その瞬間、新堂の脳裏に昼休み屋上で黄昏れていた保坂唯香の姿がフラッシュバックする。
呆然と空を見上げ物思いにふける保坂、その時はただただ自分に対して不機嫌なだけだと思っていたのがこんな時間になってまで家に帰ってないということを知ると途端に不安が襲う。
「なにやってんだよあいつ……携帯繋がらないのか?」
「繋がってたらこんな電話しないわよ、あんた何か知らない?幼馴染でしょ」
「幼馴染だからってあいつの動向なんでもかんでも把握してねぇよ」
そこまで言って新堂自身もやたらと幼馴染幼馴染と保坂に言っていたことを思い出し保坂も同じ気持ちだったのかと少し反省する。
「兎に角、唯香ちゃんを探してきて。じゃないと家に入れないから」
「は?無茶苦茶言うな……ちっ、切れやがった」
文句を言うよりも早く通話は途切れたので渋々通話ボタンを切って制服のポケットに突っ込む。
そこで昼休みに拾ったカードに手が触れ、ふと取り出してみる。
「まさかこれ探してるなんてことないよな?」
昼休みの後の保坂がどんな様子だったか思い出してみようとするが夏目に出された課題の多さのことばかりが頭をよぎってまるで思い出せなかった。そしてこの謎のカードについて聞く事もしなかったことを少し悔やむ。
「面倒くせぇが虱潰しに屋上から探すか……」
もうこんな時間になっているため大凡部活もやっていない保坂が学校内いるとは思えなかったがこのカードを探しているとすればもしかしたらという予感が過り新堂は職員室とは反対方向の屋上へ向かってゆっくりと歩きだす。
昼間と違い、夜の学校は電灯がついているとはいえどこか無機質で恐怖心を煽る。
普段大勢の人がいるところに人が居ない、それだけで人の心はこんなにも弱くなるのかと新堂は痛む足に少し表情を険しくしながらも少し早歩きで屋上へと向かう。
屋上への階段は電灯もついていなく、なおさら足が止まりそうになるのをなんとか抑え一気に上がりきると屋上への扉を開ける。
「唯香、いるかぁ……っているわけないか」
開けた視界に保坂の姿はなかった。新堂は嘆息するとちょうど昼休みに保坂がいた辺りにまで歩く。
「さてどうするか、もう一回電話かけてみるか」
そう思い、新堂がポケットからスマートフォンを取り出そうとしたまさにその時だった。
まるで地響きかのように大気が震え、耳を劈くようなナニカの鳴き声が聞こえ思わず振り返る。
「なっ……!」
新堂は息を止め、ソレの姿を目を見開き確認した。
まるで夢かなにかかとも思ったが、だが冷たく吹き抜ける風が頬をなぞり、それが現実であるとはっきりと知らしめる。
ちょうど屋上への出入り口の真上、そこに鎮座していたのは大凡この世のものとは思えないような数十メートルはする巨大な化物の姿であった。
まるで水蛇のように長い銀色の身体に鶏冠のように真っ赤な鬣を揺らす、それは図鑑で見た深海魚、『リュウグウノツカイ』に似ていたが新堂の頭ほどある巨大な眼と異常に発達した下顎はそれにはない。
そしてなによりそんな巨大生物が我が物顔で宙を浮いているのだ。
「なん、だよ……あれ」
小さく呟き後ずさる。一体いつからあんなのがいた?突然の非現実に新堂の額に汗が滲む。
すぐさまここを去りたいが出入り口は化物の下にしかない、今は新堂のことを気にも留めない様子ではあったがいつそれがこちらに向かいその牙をむくとも限らない。
「おい、新堂!お前こんなところでなにしてるんだ課題は終わったのか?」
新堂がどうするべきか悩んでいると静寂を破って出入り口から夏目が姿を現す。そしてその声に反応したのか化物が動き出し戦慄が走った。
「先生、化物がっ……」
「ば・け・も・の?お前何を言い出してるんだ?勉強のし過ぎで頭おかしくなったのか?はは………」
軽口を叩きながら夏目がこちらに近づいてくる。夏目にはまだ、自分の後ろに化物がいるなんて気がついていない、否応なしに新堂は叫び声を上げる。
「後ろだよ、いいから逃げろよ!!!」
「は?お前何を言って……」
夏目がそう言って後ろを振り返る、だが時既に遅かった。化物が大きく口を開き───
「な、なんだこ───」
夏目の叫び声は途中でかき消され、思わず新堂は目を背けた。
残ったのはバタリと倒れ込んだ物言わぬ首のない身体と化物の口からボタボタと垂れる血の音。
「く、食いやがった……」
あまりの出来事に足が震え、動くことができない。そして最悪なのは叫び声を上げたことで化物が新堂のことを認識したということだ……当然、餌として───
「……くそっ!」
吐き捨てる。考えたこともない『死』という現実が目前に迫っている。
(こんなところで終わりか?俺の人生)
そう諦めかけたその瞬間だった。
すぅっと制服のポケットに入れていたはずのカードが新堂の目の前をフワフワと浮き上がったのだ。
「ガアアアアアアアアアッ!!!」
だがそれがなにを意味するのか理解するよりも早く、化物が気勢の叫び声を上げて突撃してくる。
それはカードに気づいてのことのようかにも見えたがそれに対応するかのようにしてカードから赤い光がほとばしり障壁のようなものを作り出す。
「ぐはっ!」
化物の突撃とカードから出た障壁が勢い良くぶつかり、ドンッという激しい音と共に新堂の身体を吹き飛ばしフェンスに叩きつける。
「かはっ……」
衝撃波だけで全身が悲鳴を上げるほどの勢いだったが、あのカードからでた障壁のようなものが新堂の身体を守ってくれたようであった。
化物の方は障壁に弾かれ屋上の出入り口の方まで吹き飛ばされている。だがあの程度で死ぬわけがなく、今にも体勢を戻しこちらに襲い掛かってきそうだった。
「って、なんだこれは!?」
そんな化物の動きに気を取られているといつの間にか、自分の両足に文字の書かれた包帯のようなものが巻き付いていた。
それは宙を浮く、カードから伸び光が強くなるにつれて新堂の足を締め付ける。
「がっ、ぐぅ……!」
化物から自分の身を守ってくれたものと新堂は思っていたが勘違いだったのだろうか?そう思わせるほど強く、骨を砕かんとばかりに包帯は足を締め上げていく。
「くっそ、離し……やがれ!!!」
地面を這うようにして力任せに足を引き抜くとビリビリと包帯は破れカードは光を失いはらはらと新堂の目の前に落ちる。
「なんとかして逃げねぇと」
フェンスを掴み無理矢理身体を起こす。そこで初めて新堂は自分の足に起こった変化に気がついた。
「これは……?」
足には先程まで履いていた上履きではなく銀色をした金属製のレガースが装着されていたのだ。
「グアアアアアアッ!!!」
「ちぃ!次から次へとわけのわからねぇことばかり!」
自分の足に何が起こったのか、それを悠長に考えている時間などなかった。
突撃してくる化物に対して無我夢中で横っ飛びに地面を蹴る。
「なっ……!?」
一瞬新堂は自分の身になにが起こっているのか理解できないでいた。
化物はフェンスを薙ぎ倒し空中を旋回している、それを遥かに離れたところで見ていたのだ。
(跳んだ?この距離を?)
助走もせずに跳んだにしてはその距離は異常だった、普通なら2~3mと言った所……足にダメージがある新堂なら精々その半分、ギリギリで化物の突撃を避けたつもりだったのが現実は先程までいたところから10mも跳んでいた。
「この装備の力……なのか?」
跳んだときも、そして着地したときも新堂の足には痛みがなかった。重そうに見える金属のレガースはを上げてみるとまるで羽のように軽い。それを感じて新堂は一つの決心をした。
「逃げるのは止めだ」
物言わなくなった夏目の死体を横目に一瞥し、化物へと向き直す。
「確かに大嫌いなやつだった。いけすかねぇし、馬鹿にするし、無茶苦茶な量の課題は出すし……だが死んでほしいとまでは思わなかった。こいつを好いている奴もいたし、てめぇみたいな化物に訳も分からず殺されたとあれば悲しむ人もいるだろう」
すぐ後ろには屋上の出入り口があるがこのまま逃げて、この化物を放っておいたら次は誰が襲われる?
クラスメイトか?学校の関係者か?この街の人間か?幼馴染の保坂唯香か?
そう考えた時、新堂の頭の中から逃げるという選択肢は消えた。
「てめぇがどこから湧いてきたのか、何の目的があるのかそれは知らねぇ。本当はこのまま逃げたい気持ちで一杯だがこの力はてめぇを倒すためにあると俺は確信した!!だったらやってやるぜ!!」
まるで闘牛士に威嚇する闘牛のように足で地面を前掻きすると新堂は化物を睨みつけ叫ぶ。
化物にその意味など伝わっていないだろう、だがそんなこと新堂にはどうだってよかった。
「うおおおおおっ!」
「ガァァァァァァッ!」
向かってくる化物に合わせて地面を蹴り、走り出す───
風を切り、景色が流れる───
化物に向かって一気に跳び上がり、中空で一回転すると大きく開いた化物の口の直上、眉間を足が捉える。
現役の時でさえここまで疾く高く跳び上がることなどできなかった。
「てめぇは下だ、墜ちろっ!」
「ガカァッ!」
新堂の足が化物の頭蓋骨を砕き、ぐちゃりと言う鈍い音が足を通じて耳に届く。
だがそれでも速度は落ちるどころか更なる加速を遂げ、一気に化物をフェンスへと叩きつける。
「ガ……ガガッ!」
化物の瞳がギョロリと新堂を捉えたところで化物の全身に罅が入り、次の瞬間にはその身体は文字の破片のようなものと化し宙に霧散、消え去った。


「はぁはぁ……」
新堂は息を切らし逃げるようにして校舎から飛び出す。
先程まであったことが夢であって欲しい、そんな淡い願いもレガースの無くなった足からする痛みがどうしようもないくらいに現実を突きつけてくる。
あの化物はどこから現れたのか、他にもいるのかまとまらない考えに動悸は今も激しく収まることを知らない。
「くそこんな時にどこほっつき歩いてるんだよ唯香のやつは」
「私がどうしたの?」
「うわぁぁぁぁぁっ!」
背後から突然した声に新堂は悲鳴にも似た声をあげ、腰が抜けそうになるのをなんとか堪え振り返る。
そこには探していた保坂唯香が関係ないといったばかりに無表情でじっと新堂の顔を見返していた。
「ゆ、唯香!?お前何処行ってたんだよ!」
「どこって、図書室……」
「図書室ぅ?まぁいい、呑気やってないで帰るぞ!」
新堂は保坂の手を掴み足早に歩き出そうとするが保坂は全く動こうとする気配を見せずに軽く溜息をつくと小さな声で反論の声を上げる。
「別に、一人で帰れる」
「そうじゃなくてだな、化物がいるんだよ!まだ仲間がいるかもしれないし」
「化物?なにを言っているの景一」
化物という言葉に保坂の表情は更に険しくなる。
そこで初めて新堂は自分の言っていることが普通の人間からしたら冗談にしか聞こえないだろうことに気がついた。
「いや、本当に化物がいて夏目のやつが喰われて……兎に角ここは危険だから早く逃げるぞ」
「夏目先生が喰われた?酷くつまらない冗談ね」
「───っ!だから冗談じゃなくて、本当に……いや、もう信じなくてもいい。俺が怖いんだ、唯香お前が家に帰ってないって母さんに言われて探しに来たけど何が起こってるのかわけがわからないし足だって震えてる、だから一緒に帰ってくれ」
新堂のその言葉に保坂は何も言わずに手を握り返すとゆっくりと歩きだす。
「唯香?」
「帰るんでしょ、景一がなにを言っているかはよくわからないけど」
「あ、ああ……ありがとう唯香」
新堂は礼を言うと保坂の横を並ぶようにして歩きだす。保坂の歩調は新堂の足のことを考えてかゆっくりではあるがそれでも一人でいるよりかはずっと気が楽で呼吸も落ち着きを取り戻してきていた。

 校門を抜けて住宅地をしばらく歩く。
普段ならまだ人の気配のする帰り道も今日だけは暗く、人が消え去ったかのように静まり返っている。電球の切れ掛かった外灯がチカチカと明転するのを見て新堂は心の中で「まるでホラー映画だな」なんて思っていたところだ。
「それでなにがあったの?」
そんな静寂を破るようにして保坂が喋りかけてきた。表情こそ変わらないが横目に新堂が見る限り、昼間屋上で会ったときよりも柔和な風に見える。
「どうせ言ったって信じないだろ」
「信じるかどうかは景一の話が上手いかどうかによる」
冗談っぽく言う保坂に「作り話じゃねぇし」と呟きながら先程あった悪夢を語りだす。
保坂を探して屋上へ行って、そこで出会った闇夜を月明かりに照らされて我が物顔で泳ぐリュウグウノツカイに似た化物の姿。
そして夏目が目の前で頭を喰われて死んだこと、そしてカードからレガースが取り付いて化物を倒したこと。
「それはリュウグウノツカイじゃなくて多分ホウライエソね、深海魚の」
話を最後まで聞いてでた保坂の感想は化物の容姿についてだけだった。
いや、恐らく夏目が死んだことや新堂の足にレガースが取り付いて化物を倒したという後半の部分は初めから信じて無く聞き流したといった感じ。
「リュウグウノツカイでもホウライエソでもどっちでもいいよ。どのみち深海魚が空を飛ぶかよ」
そう嘆息する新堂に保坂は口元を手で抑えクスリと笑う。
「後半は作り話にしても酷いわ。そもそも景一は夏目先生が死んでたところで化物に立ち向かうなんて無いと思うもの、嫌いでしょ夏目先生のこと」
「それは、そうだけど……」
「私も嫌いだもの。もし本当に死んだとしても多分、きっと悲しまない……涙一つ出ることはないと思う」
キッパリと言い放った保坂に新堂は同意できず首を横に振る。
「いや唯香、俺もあいつのことは嫌いだけどさすがに死んだら悲しいよ」
それは心からの本心だった。そしてできることならばアレが夢であって、明日学校へ行ったら「おい新堂、昨日課題出さずに帰ったな!」と怒ってくれないかと今でも思うのだ。
「……そうね、景一はそれで良いと思う」
保坂は消え入るような小さい声でそう言うと強く、新堂の手を握る。
「唯香……?」
「なんでもない。それでカードがどうとか言ってたけどそれ持ってるの?」
「ああ、持ってる」
先程の言葉が気になったが新堂としてもあの謎のカードのことは聞いておかないと思い制服のポケットからカードを取り出し保坂に見せる。
「これだよ。これ、昼休みにお前の傍に落ちてたんだぜ」
「そう……でも私のではないわ」
「そうか、これから変な包帯みたいのがでて足にレガースがついたんだぜ。これがあったからこそ化物に立ち向かえたんだ」
騎士の描かれたカードは化物と対峙したとき、明らかに意思を持って動き障壁を出したり新堂の足に具足を取り付けたりした。
ただのゲームかなにかのカードなら保坂の物だとしてもまだ新堂も理解できたがあんなことがあった手前このカードが一体なんなのかはわからずじまいだ。
「小道具まで用意するなんて周到ね」
「ま、信じられないだろうな。俺だって今にしてみりゃ半信半疑だ」
「でも明日になればわかるでしょ」
そう言って保坂は握っていた手を離すと新堂の一歩前を歩く。気がつけばお互いの家の前まで帰ってきていた。
「景一の言うことが本当なら明日には大騒ぎになっているはずよ」
「そうだな……」
あんなことを警察に言ったとしても信用してくれると到底思えない、いやしかしもしかしたら警察とか国はこういうことを実は知っていて情報規制しているのではないのかという取り留めのない邪推も新堂の中に芽生えてくる。
「今日は、送ってくれてありがとう景一、面白い話も聞けて少し楽しかったわ」
礼儀正しいのか嫌味なのかわからないが保坂は丁寧に新堂の目の前で頭を下げる。
「いや、別に母さんに頼まれただけで……」
「でも、私にはもう構わないで」
新堂の言葉を遮って保坂はそうキッパリと言い放った。
それが決別の言葉だと理解するのに少し時間がかかった。
「えっ……構うなって、なんだよそれ」
「言葉通りの意味よ、私に近付かないで私に話しかけないで」
なんて言葉を返せばいいのかわからないでいると保坂は踵を返し自分の家へと歩きだしていく。
幼馴染だからって馴れ馴れしくしたからか?
それとも化物がでたなんて信じられない話をしたからか?
「……さよなら、景一」
振り返ること無く保坂が言った別れの言葉が胸に突き刺さり、結局声をかけることも駆け寄ることもできないまま───
「なんだよ……今日はとんだ厄日だ」
残された新堂には手に薄っすらと残った保坂の温もりを逃さないようにして握りしめ、天を仰ぐことしかできなかった。



 ───それから一週間が過ぎた。
「ああ~ええっと、次の問題を……」
あの日のことなど嘘だったのかのように新堂景一の周りにはごくごく普通の日常が戻っていた。
だがそれが偽りなものだということを新堂は知っている。
「そうだな、じゃあ結城……」
「わかりませーん。あ、今の誰かの真似ね」
指名された結城紗希が戯けてみせるとクラスに笑い声が上がる。以前ならこんなことをしたら教壇に立っている男───夏目は怒り狂っているところなのだが
「そうかぁわからないか。なら仕方ないな、それで答えは」
気の抜けた声とともに夏目は黒板に向き直し問題の答えを書き出す。
一体何がどうなっているのか新堂には全く理解できなかったが化物に喰われ死んだと思っていた夏目は生きていて今もこうして教壇に立っている。
それだけではない、あの日化物が暴れまわって破壊した屋上も次の日来たときにはまるで何事もなかったかのように元通りになっていたのだ。
化物がいたなんてことがまるで嘘で夢、本当にそうなら新堂もこの状況を受け入れていただろう。
その方が新堂にとって都合のいい話であるからだ。
新堂はノートの上にポケットからカードを放り出す。
あの日、新堂の身を助けた騎士の描かれたカードこれがある以上あの出来事は夢でもなんでもないことを意味している。
だがそのカードも今は何の動きも見せない。
こんなことを話したところで信じてくれる人間がどれくらいいるのだろうか?
そしてこの状況をわからないままで、このまま放置していていのか?
もしかしたら自分が知らないだけで今にも被害者が増えているのではないのか?
考えれば考えるほど頭はこんがらがり苛立ちがつのるばかりであった。
「ああ、じゃちょっと早いけど後は自習で」
まだ終礼のチャイムが鳴る二十分も前だというのに夏目がそう言って教室を出て行くとクラスメイト達は歓声をあげて各々席を立ち談笑し始める。
「全く、こんな時にみんな気が楽なもんだぜ」
「んー?新堂君は嬉しくないの?勉強熱心になったんだねぇ」
新堂が独り言を呟くといつのまにか側に来ていたクラスメイトの結城紗希が顔を覗き込むようにしてそう告げる。
「って、ノート真っ白じゃない新堂君!次のテストのことで気が重いのかと思ったけどそうじゃないみたいね」
「結城はおかしいと思わないのか?」
「夏目先生のこと?」
結城の問いに新堂が頷くと結城はくるりとスカートを翻し新堂の前の席に腰を下ろす。
「急に変わったよね夏目先生。前はウザイくらいだったのに最近は妙にやる気がないというか大人しくなったし」
「ああ、まるで別人みたいだ」
「でも変わったのは別に夏目先生だけじゃないみたいよ」
結城の言葉にふと視線があがる。目の前に座る結城紗希は新堂の目を見るとなにか思うところがあるのか小さく頷いて答えてみせた。
「夏目だけじゃない?それってどういうことだ?」
「これ以上は新聞部のスクープだからロハでは教えられないなぁ~」
「結城、お前まさかなにか知って───」
そう言って立ち上がろうとする新堂を結城は手で制する。新堂自身気がついていなかったがあまりに大きな声を上げていたことでクラスメイト達の視線が集まっていた。
「新堂君、声が大きいって」
「いや、あのすまん」
新堂が座りなおすと周りに再び喧騒が戻る。それを確認したところで結城は囁くように小さな声で語りだす。
「私も確信があるわけじゃないんだけどね。気になることがあって色々調べてるの」
さすが新聞部というべき好奇心に探究心と新堂が感心していると結城は机に置かれたカードを手に取る。
「これについて私も情報まとめてくるから新堂君、今日の夜開いてる?」
「ああ、開いてる」
「それじゃ決まりね、場所は後でメールするから」
それだけ言うと結城はカードを机に戻し軽く手を振り去っていく。
思っても見なかった助け舟に少し驚いたが今思っている不安感をどうにかするにはちょうどいい申し出だった。
「しかしこれ本当に何なんだろうな」
机に残されたカードを手に取り太陽にかざしてみる。
あの時取り付いたレガースは騎士の絵に描かれたものと全く同じものだったように思える。
そう考えると鎧や兜、篭手も装着することができるのかもしれない。そんなことを考えているとふと誰かの視線を感じ新堂は慌てて後ろを振り返る。
「唯香……?」
その視線は教室の一番後ろの席に座る保坂唯香からしたような気がしたが新堂が振り返った時、当の保坂は新堂のことなど気にしていないかのように本を読んでいる所だった。
「気のせいか……」
大きくため息をついて新堂は前を向き直す。
あの日の一件から結局新堂は保坂と一言も会話ができていない。
化物のことも気になってはいたがもっと現実なところの悩みも解決していないことを思い出し机に突っ伏す。
今までも喧嘩なんてのは星の数ほどしてきたがここまで長引いたこともない。
幼馴染と言うだけでずっと一緒にいるわけじゃない、それは新堂もわかってはいたが原因もわからないままこんな風に疎遠になっていくのはどうしても耐えることができなかった。


そんな新堂の様子を教室の後ろから保坂唯香はじっと見ていた。
先程不意に新堂が振り返った時、慌てて視線をそらしたことが保坂にはバカバカしくて笑ってしまいそうだった。
いつもは鈍い新堂なのにこういうときだけ勘がいい、それは昔からそうだったと保坂は記憶している。
どうしてこんなことになってしまったんだろう?
保坂はノートにペンを走らせながら考える。
書かれた文字はすぐさまに羽虫の幼虫のように蠢き、宙に霧散していく。
これが運命と考えるならこんなに酷なことはない、けれどもこれは自分に対しての罰なのだと考え、保坂は頭の中で必死に迷いをかき消す。
自分の中にあるどす黒い感情が日に日に増して強くなり、抑えきれなくなる日も近い。
自分が自分でなくなっていくのを保坂は感じていた。
そうなればきっとそのうち忘れるだろう、大切な人のこと、大事な人のことを。
そう思い保坂は必死にノートにペンを走らせる。
自分の生み出す終わらない物語をこの世界に具現化させるために。





月が綺麗だった。
新堂は結城に指定された城川高校の帰り道にある公園を歩きながらそんなことを思っていた。
少し肌寒くなった九月半ばの夜、制服の上に着たウインドブレーカーもそろそろコートに変えないといけないかなと身を縮こませる。
「新堂君、こっちこっち!」
「んあ、悪い」
結城に声をかけられて慌てて振り返る。呆けながら歩いていたためかベンチに座っていた結城に気がつくことなくスルーするところだった。
「もう、こんな可愛い子をスルーするなんて隅に置けないねぇ」
茶色のダッフルコートを着た結城は膝元のノートパソコンを弄りながら言うのに対して返事代わりに新堂は横に座るとウインドブレーカーから缶コーヒーを取り出し差し出す。
「微糖でいいんだっけか?」
「そうそう、新堂君私の好きな味覚えてくれてたんだねぇ」
「まぁなんとなくだけどな、で何見てるんだ?」
新堂はウインドブレーカーからもう一本の缶コーヒーを取り出し蓋を開けると結城のノートパソコンを覗き込む。
画面には動画が流れていた。
それを見ると音量は流れていないというのにあの時のことが新堂の脳内に一気にフラッシュバックする。
うだるような暑さと割れるような歓声、そして氷のように冷たい緊張は今も新堂の身体に染み付いている。
「これは中学の最後の大会か」
「そう、センゴで三分四十秒を出しとき、クラス全員で応援に行ったんだよね」
「あったな、そんなこと」
缶コーヒーに口をつけながら感慨深く呟く。センゴ、1500m走で全国大会に出ると決まった時、夏休み中だってのに保坂と結城がクラスメイト全員を誘って新堂の応援に来てくれたのだ。
「初めて新堂君の走りを見て惚れ込んでからずっと追いかけてきたけどここまで来たときは本当に嬉しくて涙がでたんだよ。自分のことでもこんなに涙がでるくらい嬉しかったことなんてないのに」
少し興奮気味に話す結城の話を新堂は何も言わずずっと聞き入る。
「いつもは飄々としているのに走ってる時の横顔は格好いいんだよね」
動画にはちょうど新堂が後続に圧倒的な差をつけてゴールする様子が映し出されていた。
マネージャーにタオルをかけられ、監督やチームメイトが集まる中画面の新堂が映像を撮っているであろう結城に向かって手を振りながらなにかを叫んでいる。
その時自分が言った言葉、それを新堂は思い出すことができなかった。
たった一年ほど前の話なのにあまりに遠い、はるか昔のことに思えてならなかったのだ。そして、恐らくその言葉は未来である新堂にはもはや叶えることのできない輝かしい希望の言葉だったはずだ。
「あっ、ごめんね!こんな話をするために呼んだんじゃなかったよね。あはは、久しぶりに新堂君と二人っきりだったからつい、うん!ちょっと待ってね」
慌てた様子で結城は赤いフレームの眼鏡の蔓を直すと、ノートパソコンを操作しブラウザを立ち上げる。
「実はここ最近、夏目先生みたいに無気力になってしまう人が結構いるみたいなの。そしてその被害者の付近ではよくこの世のものではないような化物の姿が確認されてるの」
結城がキーボードを叩くとブラウザの真ん中にパスワードを求めるポップアップが表示される。
「そしてその全てが今年の夏休み明けからで、今のところ私の知ってる限り三十件ほど」
パスワードが結城によって入力されるとブラウザには画像を貼ることができるような掲示板が表示される。
「こ、これは……」
列挙されている画像に新堂は言葉を失った。ほとんどの画像が遠くから撮られているが確かにこの世のものではないような創作上の生き物が何体も画像の中には存在していたのだから。
「それでね、ええっと確かこの辺に……」
「あ、ちょっとストップ!待ってくれ!」
結城が画面をスクロールさせていく中、新堂の目の前に見覚えのある化け物の姿が写り思わず制止の声を上げる。
「この化物……」
中空を舞う巨大なホウライエソの化物の姿、それは他の写真と違いはっきりと真ん中に写っており思わず画像から飛び出してくるのではないかと思うくらいに迫力があった。
そして新堂の反応に小さく「やっぱりね」と結城は呟くと画像をクリックし拡大する。
「実はこの写真を撮ったの私なの。一週間前の学校でね、そして夏目先生が無気力になったのもちょうど一週間前ってことは」
「ああ、俺が見ている前でこのホウライエソの化物に頭からガブリさ」
「死んだの?」
「そりゃ普通死ぬだろ、頭からいったんだから。それで次の日にはあんな感じさ、壊れたフェンスとかも全部元通りになってたし……しかしよく撮れてるなこれ」
「えっ、ああ~やっぱ新聞部としては常に決定的瞬間に目を光らせているものなのよ」
なにかを誤魔化すように後ろ首を掻きながらそう言う結城に新堂は当然の質問を投げる。
「じゃあ大スクープと思ってマスコミとかには?」
「マスコミにも警察にも言ったけど、全く信じてもらえなかった。うーん、というよりは既に知っていて黙殺しようとしているといった感じの方が強いかな、勘だけど」
「そうか……」
こうはっきりと姿が写った化物の写真があったというのにも関わらずこの対応ということは証拠もなにもない伝聞だけの新堂では尚の事信用なんてしてもらえないだろう。
「だからこのアングラな掲示板に投稿してみたの。ここ、普段は事故とか事件の現場の写真が匿名で投稿されてたりするところなんだけどそうしたら『俺も見た』って感じに何件か画像が投稿されたのよ。まぁ、ほとんどはからかい目的の合成写真だったりしたんだけど、間違いなくこの化物の仲間だろうってのもいくつかあったわ」
結城はそう言うとブラウザを閉じ別のフォルダを開く。
そこには結城が保存したであろう掲示板の画像が四枚並べられている。
「この辺のは本物だと思う」
「本物って、合成じゃないってこと?」
新堂の問いに結城は首を横に振る。それを見て改めてフォルダに入っている画像を新堂は見てみるが特別共通点のようなあるようには見えない。
漆黒の瘴気をまとった騎士───
ボロ布を被った人形の兵隊達───
巨大な鎌を携えた髑髏の死神───
そして新堂が見たホウライエソに似た中空を舞う水蛇───
「合成とか合成じゃないとかじゃなくて新堂君も読んだことあるはずだからわかると思ったんだけど、この四体の化物達は全部唯香の書いた小説にでてくるものなの」
「なっ、なんで急に唯香の名前がでてくるんだよ!」
新堂は動揺を隠せず叫ぶが結城はノートパソコンを閉じるとなにかを決意したかのように息を吐く。
「私だってこんな化物を生み出していたのが親友の唯香だなんて思いたくないよ。でも決定的だったのは新堂君が持っている騎士の描かれたカード」
結城の言葉に新堂は制服のポケットからカードを取り出す。
「その騎士の名前は『終焉の騎士』、己の主を持たず全ての歪んだ物語を終焉に導くことのみに剣を振る騎士」
「終焉の騎士……」
その名前に新堂は確かに心当たりがあった。
保坂唯香の書いていた話の中に登場する終焉の騎士。色々な物語の世界を旅し、終わらなくなった物語の原因を探り終わらせていく、ちょうどスランプに陥っていた頃の保坂が書いていた小説だ。
「新堂君は、『キャラクターが勝手に動く』って言葉聞いたことない?」
「ああ、たまに唯香も言ってたな。作者の予想を超えて勝手にキャラクターが動き出すとかなんとか」
「この四体の化物も本来ちゃんとしたストーリーの中にいて、その役は必ずしも人間に危害を加えるような存在ではなかったの、でも今はその役目がなにかに歪められ被害が増えていってる。その化物に殺されたとしても実際には死んでいないみたいだけど被害者が皆、生気というか生きる気力を奪われていることからすればこのままにしておくのはとても危険だわ」
「でもなんで唯香の奴、こんなことを……」
なにがどうしてこうなったのか?
保坂唯香に何の目的があるのか?
新堂が考えても全くその答えは掴むことができない。
そんな時だった、新堂が手に持っていたカードが手元から離れ、淡く光だしたのは。
それと同時に辺りにざぁっと強い風が吹き次の瞬間には新堂達の周りをボロ布を被った人影が取り囲む。
「人形の兵隊……」
「こいつら、俺達を狙ってきたのか?」
新堂は結城を庇うようにして立ち上がると騎士のカードが兵隊達を牽制するように新堂達の周りを飛び回る。
だがそんなことも意に返さず人形兵達はフラフラとした足取りをしながらもじわりじわりと近づいてくる。
「少し、離れてろ結城。俺がなんとかする」
「し、新堂君!?」
「この人形達の物語が歪められているというのならその悪しき物語の命を終わりに導くのが終焉の騎士の役目ってことだろ」
そう言いながら新堂は人形兵達に睨みをきかすと飛び回っているカードに手を伸ばす。
カードを手にした瞬間、今までにない強い力が新堂の身体に流れ込み頭の中に一つのワードが浮かび上がる。
「───元素展開、再結合!」
脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口から走らせると騎士のカードから文字の書かれた包帯のようなものがぶわぁっと一気に飛び出し新堂の身体に纏わりついていく。
「新堂君!?」
「だ、大丈夫だ……ぐぅ、これはきっと───」
新堂の言葉を遮り顔面から足先までを包帯が覆い、締め上げるようにしてその身体を宙に浮かす。
「ガァァァッ!!」
それに気づいたであろう兵隊達の内の一体が勢い良く飛び出してくる。
ボロ布が宙を舞い、隠れていた両刃の特大剣を包帯に包まれた無防備な新堂に向かって叩き込む。
「きゃぁっ!」
結城が目を逸らした瞬間に、ガキィンという激しい音が辺りに響き渡り斬りつけられ包帯が破れた。
「し、新堂君……!?」
包帯が全て外れ、浮かび上がっていた新堂の身体がゆっくりと地面につく。
結城の目の前には先程の新堂とは違う銀色のプレートアーマーに包まれた騎士───終焉の騎士の姿となってそこにあった。
アーメットヘルム、ガントレット、プレートアーマーそしてレガースそれらの全てがカードに描かれたものと同じ姿で現実に存在していた。
「ガァッ!?」
その姿、そして攻撃が通じなかったことに人形兵も驚きを隠せないようで再び特大剣を振り上げるが───
「そう何回も喰らってやるかよ!」
新堂の右手から放たれたストレートパンチが人形兵の顔をえぐるようにして入り、その身体を一気に吹き飛ばす。
「ちっ、普通変身中は攻撃しないもんじゃないのかよ」
「新堂君、大丈夫……なの?」
「ああ、ガシャガシャ言う割には異常に軽くて動きやすい。これなら戦える………おい!」
宙に浮かんでいるカードに新堂が声をかけると、カードは意思を持ったように回転しながら新堂の元へと近づく。
「騎士なんだから剣とかないのか、剣と───」
そう言いかけた瞬間、カードから勢い良く剣が飛び出し新堂の足元すぐにドスンと突き刺さる。
「あっぶね!ったく、当たったらどうすんだよ!もう少しおとなしく出せ!」
新堂の文句にもカードは全く反応せずにクルクルと宙を舞うだけ、そんな様子に結城は乾いた笑いと供に溜息をつく。
「はは……意外と順応が早いんだね新堂君。私が言うのもなんだけど私まだこの状況についていけてない」
「俺だってまだ夢なんじゃないかと思うくらいだよ、だけどこれは現実だ……やるしかない」
吐き捨てるように言うと新堂の身長とほぼ同じくらいの長さをした大剣───クレイモアを引き抜くと構える。
それに合わせるようにして人形兵達もボロ布を脱ぎ捨て一気に新堂へと突撃してくる。
「とろくさいんだよっ!!」
人形兵の振り下ろしを避け掬い上げるようにして斬りつける。その勢いのまま回転し遠心力を乗せて二体目の人形兵の胴を水平斬りで真っ二つにし、三体目を真っ向から叩き伏せる。
その動きは重厚そうな鎧包まれているというのにまるで流水のように滑らかで鮮やかな騎士の動きであった。
「はっ、大したことないじゃないかビビって損し……」
そう言いかけた矢先、崩れ落ちていた人形達の身体がまるで糸で吊られたようにゆっくりと立ち上がる。
「グ……ガッ……!」
「っ!」
バキバキと音を立てながら振り下ろされた人形の一撃を新堂は剣で受け止める。
「この力、不死身かよ!」
振り下ろした衝撃で身体が崩壊しそうになっているものの、人形の繰り出した一撃は重く受けた新堂の足元が軽く沈むほどの威力があった。
ふらついてはいるため避けることは容易いが攻撃を受けることは得策でないと瞬時に新堂は把握する。
「新堂君!あの話には人形を操る傀儡師がいるわ、だからどこかにいるはず」
「傀儡師だって?そんな奴、どこに……!?」
人形の剣を弾き足で胴体を吹き飛ばすと辺りを見渡す。
「あれか!?」
噴水前に傀儡師と思われるフードをかぶった人物が両手に吊り手を持って立っているのが見えた。
「くっ、いくしかねぇ!」
あっさりと傀儡師が見つかったことに一瞬不安を感じたが次々と人形達が立ち上がってくるのを見て居ても立ってもいられず傀儡師に向かって走り出す。
「いっけええええ!」
一気に距離を詰め、平に返した剣を傀儡師の腹に突き刺すとその瞬間、噴水が吹き上がり傀儡師の手からあっさりと吊り手が落ちる。
その時新堂は思った、よくよく自分の嫌な予感は当たるんだ───と。
「唯香……なんで、お前が……!?」
フードから顔を覗かせたのは新堂の見知った保坂唯香であった。
「け、景一……」
保坂はか細く新堂の名を呟き、ふらつきながら噴水の縁へと倒れ込む。
化物が現れ、自分が終焉の騎士になりわけのわからないこと続きだったが今の現状はそれ以上に新堂を混乱させた。
なんでここに保坂がいるのか、なんで傀儡師になって自分や結城を狙うのか?
なんであんな目立つ場所にいたのか、新堂が近づくまで全く抵抗を見せなかったのか?
保坂は初めからこうするつもりだったのではないかという憶測すら頭をよぎる。
「ふ……くっ、やっぱり景一は紗希の方が私なんかよりも……大事なんだね」
「うっ、あ……俺は」
新堂は狼狽えるしかできずに剣から手を離し後ずさる。まさか大切な人を自ら手にかけることになろうなんて現実を直視できず、思考回路が完全に断線していた。
「痛いよ、死にたくないよ……景一」
苦しみの声を上げる保坂に新堂の血の気が一気に引いていく。
「唯香、俺は───」
俺は───その次の言葉を紡ぐより前に結城の叫び声が割って入る。
「新堂君騙されないで!!!唯香は私を呼び捨てで呼んだりしないよ!!」
「なっ!?」
気が付かなかった結城の指摘に唖然として保坂の顔を見るとさっきまでの苦しそうな表情から一転、まるで「ご名答」と言わんばかりに口元が残忍に歪む。
「てめぇ、まさか偽物!?」
「気がつくのがおせぇんだよダボが!!!」
保坂唯香、いや傀儡師が手をかざすと地面に落ちていた十字の吊り手が瞬時にその手に戻り、高速で回転する。
「ぐっ、こいつら!?」
気がつけば人形兵達がまるで磁石に吸い付く砂鉄のように新堂の身体に次々と取り付いていく。新堂は必死にそれを剥がそうとするが終焉の騎士になっている今でさえ人形兵達はびくともしない。
「無駄無駄、俺の糸はアラクネの糸を何重にも撚り合わせている設定だ、逃れることは不可能!そのまま爆ぜろ!!」
「くっ、くそおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
傀儡師の声に合わせて人形達は次々と赤熱を帯び、次の瞬間には大きな土煙と爆音を伴い新堂の声をかき消した───
「そんな、新堂君!」
巻き上がる炎と土煙、結城はそれを唖然と見上げるしかできなかった。
「無様ねぇなぁ終焉の騎士!御大層な名前しやがって俺の『物語』を読んでなかったのか?それとも適当に流し読みして『大変面白かったです』なんて小学生のガキでもできるおざなりな感想放り投げてたかぁ?」
土煙の中からケラケラと笑い声を上げながら傀儡師はゆっくりと姿を現す。その顔立ちは未だに保坂唯香のままだったが完全に口調は男のものになっていた。
「俺の『物語』は商売道具である人形を粗末に扱っていた傀儡師が最後の最後、自分も実は人形だったことに気がつく話、つまりは俺も人形……顔を挿げ替えるくらいのこと造作もないんだよぉーん」
「ああ、確かにそんな話だったな。随分と話が歪んでしまってるようだけど」
「ひょ!?」
身体を結城に向けたまま傀儡師の首が180度後ろに回転し───かけたところで新堂の左ストレートが見事に顎に入り錐揉みしながら傀儡師の身体は吹き飛ぶ。
「ば、ばかな!?あの爆発の威力で生きているはずが」
「ちっ、そんなこと俺が知るか!」
土煙を払いながら新堂は不服そうに吐き捨てると右手に持ったクレイモアを傀儡師に向かって投げつける。
「ごほっ!」
投げられた剣は傀儡師の喉元に突き刺さり、その勢いのまま噴水にまるで昆虫採集のように張り付けられる。
「偽物とはいえ、唯香の顔を殴らせやがって許さねぇからな!」
新堂は一度足で前掻きして走り出す。
その速度は屋上での時よりも確実に速く加速し、終焉の騎士の身体は一瞬で紅い光の軌跡となって宙を舞う。
「でやぁぁぁぁっ!!!」
「がはっ!」
光の軌跡となった終焉の騎士が突き刺さった剣を通り激しい爆発を引き起こす。
「そ、そんな……この俺がああああっ!」
その言葉を最後に傀儡師の身体から文字列が吹き出し、最後には爆発四散する。
新堂が無意識にやったこの行動、それは保坂唯香が書いた終焉の騎士の『物語』に出てくる『カーマインクラッシュ』、光の軌跡となった終焉の騎士が赤熱を纏いクレイモアを通じて敵内部で解放、爆発を引き起こす技と同一の物であった。
「新堂君、大丈夫!?」
「ああ、なんとかな」
駆け寄ってくる結城を前に新堂の姿はレガースを除いて元通りの制服姿に戻る。
元の姿に戻った途端に酷い倦怠感が新堂を襲い、思わず膝から崩れ落ちそうになるが気合でもたせた。
「だけどこれで唯香の奴がなにかに関わってるというのは本当ってことなんだな」
「そう、だね……」
新堂の言葉に結城は静かに頷く。結城自身が言い出したことではあったが実際それが現実になるのを望んでいたわけではなかったのだろう、その表情はどこか暗い。
だが保坂唯香が作った人形兵に傀儡師の『物語』、そして傀儡師が新堂をはめる罠として保坂の顔を模していたこと、これらの事実は保坂唯香がこの事件に関わっているという証拠に他ならなかった。
「だったら俺が、終焉の騎士としてあの馬鹿を止めないとな。おい、そこのカード!」
新堂の声にカードは宙をクルクルと回転しながら近づく。
「今すぐ唯香の所に案内しろ。終焉の騎士の物語の一部であるお前ならそれができるはずだ」
その言葉にカードは回転を止め、まっすぐに空を飛んでいく。
「っと、いうわけだ結城。俺は今からあいつを止めてくる……本当は送ってやりたいんだが唯香が関わってるのがわかった以上居ても立ってもいられない」
「うん、大丈夫……新堂君、唯香をお願いね」
「ああ、結城もすぐ家に帰るんだぞ。まだこの街にはあんなのがウジャウジャいる可能性だってあるんだから」
そう言って新堂は一度大きく息を吸い込むと一気に走り出す。
「新堂君気をつけてね!!!」
その後ろ姿に結城は声をかけると手に持ったノートパソコンを開く。
動画プレイヤーやらブラウザを一つ一つ消していくとデスクトップが現れ、そこには新堂、保坂、そして結城の三人が楽しそうにカラオケをしている写真が壁紙として設定されていた。
「ふふっ、やっぱり私じゃ勝てないなぁ……ま、この気持ちはお墓まで持っていくかな」
少し寂しそうに独り言を呟き、結城はゆっくりと天を仰いだ。



月明かりだけが街の中を支配する───
街は人が消え去ったかのよう静まり返り、そんな中を新堂は先を飛ぶカードを追いビルからビルへとさながら怪盗か忍者かのように風を切りながら跳んでいく。
「ったく、どこまで行くつもりなんだ?」
光りながら真っ直ぐ飛んでいくカードを見失わないように視界に入れながボヤく、カードを追いかけ始めてから既に数十分が経とうとし、位置的にいえば普段新堂達が住んでいる地区よりもだいぶ離れているところまできていた。
「ん、止まった?」
不意にカードはその動きをピタリと止め新堂の手元にまで戻ってくる。
「ここは……図書館か?」
カードを制服にしまいながらビルから下を見下ろすとそこには市でも一番大きいと言われる桜花市中央図書館があった。
「こんなところに唯香が?」
本来こんな夜、こんな場所に保坂がいるとは思えないのだが今となってはなにが起ころうとしても新堂は動じることはない。
ビルから一気に飛び降り辺りを警戒しながら新堂は図書館の入り口へと進んでいく。
普段ならこの時間は閉館時間で施錠がなされているはずだが門も入り口の扉も完全に開放されまるで新堂を招き入れようとしているようにも見える。
「警備員に捕まっておしかり受けるくらいで済めばいいんだがな」
図書館の中に人気はなく、天窓から差し込む月の光だけを頼りに奥へと進む。
「ここには確か一度だけ唯香と来たことあったな」
それは中学入ってすぐの夏休みのことだった。
全く夏休みの宿題をしていなかった新堂を見かねて保坂が引っ張ってきたのだが本を探している間にはぐれ、お互い再開するまでに一時間もかかるほどこの図書館は広い。
「それから迷子になったら総合案内の所で待つようにって決めて……それから行ってないか」
そう呟きながら新堂の足は図書館の中でも一番開けたエントランス、総合案内へとたどり着く。
総合案内の両脇には緩やかなカーブを描いて二階への階段があり、さながらそれはどこか貴族の屋敷かのような造詣を醸し出している。
「だからそこにいるのかよ唯香!」
新堂は暗闇に向かって叫ぶ。姿は見えない、だがそこにいるという確信がなぜかはっきりとあった。
「私に構わないで、そう言ったはずだよね景一」
「はぁ?俺に頼んでもねぇ終焉の騎士の力を与えるわ、ご都合良く図書館の扉は開けてるわ、俺には構ってくれって言ってるようにしか見えねぇぜ」
暗闇に向かって言葉を返す。
何を言えばいいのか新堂自身でもよくわかっていない。ただ、保坂唯香と話をするということだけが今一番したいことだった。
「そうね、心の何処かでは助けてほしいのかもしれない……けど、ここに来てはいけなかった!」
「なっ!?」
保坂の声に一気に辺りの景色が暗い図書館からなにもない、真っ白な世界へと染まっていく。
そこには新堂と保坂の二人しか居ない。姿を現した制服姿の保坂はすぅと一度息を吸うとじっと新堂を見つめる。
「私はね、景一に助けてもらうような人間ではないの」
「はっ、そんなの俺の幼馴染ってだけで充分理由になるぜ」
「ふふっ、優しいんだね。でもね、これを聞いたらきっと幻滅する………こんな奴助ける価値なんてないって思う」
「唯香?」
その時保坂唯香は笑っていた。
しかしそれは普段新堂や結城の前では見せない哀しい笑顔───
「なっ……!?」
次の瞬間、新堂の目の前にボトリとなにかが落ちる。それが人間の手だと気がついた時、新堂の血の気が一気に引く。
人間の手だけではない、ボトリボトリと新堂と保坂の間が広がっていき、そこに人間だったモノの一部が次々と雨のように落ち白い世界を真っ赤に染めていく。
その中には新堂の見知った夏目や結城、そして新堂景一自身のものもある。
「なんだこれは、止めろ唯香!!!」
山のように積み重なっていく死体の山に新堂は叫ぶ。
気がつけば新堂と保坂の距離はお互いの顔が豆粒に見えるほど遠く離れていた。
「私は気に入らない人間、嫌いな人間を自分の小説に登場させて殺すの。身動きを封じ、口を封じ、羽虫の羽をもぐように足をちぎり、手をちぎり、もう助からないんだろうなぁって虚ろな目をさせて全ての希望を踏み躙る」
遠くにいると言うのに保坂の声だけがはっきりと聞こえる。
「皆の前では優等生ぶって、裏では皆を惨たらしく殺していた。夏目先生を紗希ちゃんを、景一……貴方を」
「はっ、そりゃ悪趣味なことで……だけどそれがどうした?」
「どうしたって……こんなことしてる人間嫌いになるでしょ、助けようなんて思わないでしょ!?」
悲鳴にも似た保坂の叫びにも新堂は意に返さない。
「人間誰しも心に闇なんて抱えているもんだ、俺だってノートに嫌いなやつの名前書いたことくらいある。それの酷い版みたいなもんだろ、つまり今見せてるこれも現実じゃない……こんな幻影を見せたくらいじゃ俺は諦めないぜ」
新堂の言葉に死体の山が一瞬にして消え元の白い世界に戻る。
「ったく、どこでこんな芸当覚えたのか知らないがすぐ助けてや───」
「来ないで!!」
一歩踏み出そうとした新堂の足が保坂の声で止まる。
「んだよ、まだ抵抗するつもりか?」
「来ないで、景一……これ以上来るのなら私は貴方を殺すことになる」
その言葉と共に新堂の目の前に真っ赤な線が引かれる。
「その線よりこちらにきたら私はもう抑えきれない、物語の中ではなく、現実で景一貴方を殺してしまう」
「まだなにかあるってことかよ。だがな唯香、お前は大きな間違いをしている」
そう言い放ち新堂はゆっくりと線の前に立つとクラウチングスタートの体勢を取る。
「俺はランナーだぜ?スタートラインを引かれた以上勝負から逃げるわけにはいかないぜ」
「景一……」
「俺がその悲しい物語を終焉に導いてやるよ唯香!!!」
その言葉を皮切りに新堂は線を超え走り出す、保坂唯香というゴールを目指して。
「景一はやっぱり優しい、優しすぎるよっ!!」
保坂の叫びに地面からは新堂が倒した水蛇や人形兵達が行道を塞ぐようにして次々と姿を現す。
「はっ障害物競走かよ、そりゃ聞いてねぇぜ」
そう言いながらも制服のポケットから飛び出したカードを掴み構える。
「元素展開、再結合!!」
走りながらキーワードを叫ぶとカードから呪文の書かれた包帯のようなものが新堂の身体に巻き付いていく。
「うおおおおおおおおっ!」
雄叫びを上げながら巻き付いた包帯を引き千切り、終焉の騎士と化した新堂が化物の群れへと躍り出る。
「再生怪人共で俺が止まるかよ!!」
飛びかかってくる人形兵の剣を躱し渾身の右ストレートを顔面に打ち込み、吹き飛ばす。
次に人形兵から奪い取った剣を大口開けて突撃してくる水蛇の眉間へと投げつけ、切り裂く。
そうしている間にも新堂の進行上には無数とも思える化物達が増え続ける。
「グガッ!」
「ちぃっ!」
背後からした人形兵の一撃に新堂の動きが鈍り、そこを砂糖に群がる蟻のように化物達が攻撃を仕掛けてくる。
「ぐっ、止まるわけにはいかねぇんだよぉ!!」
足に力を込め群がる化物達の中心から飛び出し一気に距離を離し走り抜ける。
「唯香っ!!!」
走り出したときには小さく見えていた保坂の姿が今ははっきりと見える。
だが後数十メートルというところでまるで最後の難関とも言うべきか、一人の騎士が新堂の前に立ちはだかる。
全身を漆黒の鎧を纏い巨大な剣を構えた騎士、それは結城の集めた情報にあった漆黒の騎士と同じだった。
「姫を守るナイト様気取りかよ!悪いが呑気に決闘してる暇はないんでな、一気に決めさせてもらう!」
新堂は走る速度を更に上げ跳ぶと、紅光の軌跡となると漆黒の騎士へと突撃する───しかし
「なにっ!?」
光の軌跡は漆黒の騎士を貫くこと無く構えられた剣によって受け止められる。
「終焉の騎士、破れたり!」
光が収束し、元の終焉の騎士に戻った所で初めて漆黒の騎士は口を開くと力任せに剣を振り払い新堂ごと吹き飛ばす。
「くっ、勝手に終わらせるんじゃねぇよ!」
新堂は吐き捨てると起き上がりカードから剣を召喚し構える。
「無駄だ終焉の騎士。貴公では私には勝てない、無駄に命を枯らすことを彼女も望んではいない」
「だから勝手に決めるんじゃねぇ!」
クレイモアも真っ向から叩きつけるが漆黒の騎士はそれをいともたやすく剣で受け止める。
「くッ……!」
「無駄だよ景一、終焉の騎士で漆黒の騎士は倒すことはできない。今ならまだ間に合う、私のことはいいから帰って───」
「できるかよ!!」
保坂の声をかき消しクレイモアで何度も斬りかかるがその度に簡単にいなされ吹き飛ばされる。
「く、くそぉ!」
幾度なく地面を転がり、その度に立ち上がり漆黒の騎士に向かうがその力の差は新堂自身でも絶望するほど理解していた、だがそれを知ってなお止まることなどできなかったのだ。
「やめて、もうやめてよ、私は……私は景一の夢を奪ったのに」
「俺の夢を……奪った?」
「そうよ、景一は覚えてないけど……あの日、景一が事故にあって走れなくなったのは私を庇ったからなの!」
「な、なんだって……?」
保坂の言葉に新堂は頭を金槌かなにかで叩かれたような衝撃が走る。そして、それを聞いたと言うのにその時のことが思い出せないことに苛立ちがつのる。
「俺が走れなくなったのは唯香を庇ったから……?」
「おばさまには黙っておくように言われたけど、私はこんな辛い想いを抱えたまま生きるのが苦しくてしょうがなかった。大切な、大好きな景一の夢を奪った私はもう傍には、一緒にはいれない……」


───だから、私は私自身を物語の中で殺した


「その瞬間からね、砕け散った私の心の代わりに別の……ドス黒いモノが入ってきてそれが次第に大きくなっていくのがわかるの。これは私への罰、心の闇がどんどん私を私じゃなくしていってきっと、そのうち景一のことも忘れてしまうと思う。だから私はもういいの、景一は元の世界に戻って幸せに───」
そう語る保坂の頬を一筋の涙が伝う。
「だったら!!だったら尚更引けるかよっ!大馬鹿野郎!!」
ふらつきながらも剣を構える新堂に対し漆黒の騎士が行く道を塞ぐ。
「わかったであろう終焉の騎士よ、この娘の心はいずれ闇に飲まれる。無駄な足掻きは死期を早めるだけだ」
「てめぇをナイト様呼ばわりしたのは大間違いだったようだな、女を悲しませるやつはナイトじゃねぇ!」
「フッ、炎に飛び込む誘蛾のように哀れなものだな。希望という名の光と愛という名の温もりに憧れ、そして無残にその翅は業火に沈む」
「よくわかんねぇことほざきやがって、偉そうにできるのもここまでだ!」
漆黒の騎士が剣を平手に構えるのに合わせて新堂はあえて左半身を晒し剣先を後ろに下げる陽の構えをとる。
一瞬の静寂は永遠とも思えるほど長く感じ、瞬きをすれば次に見える景色で勝負が決するのはその場に居た誰もが理解していた。
『はぁぁぁっ!!!』
終焉の騎士と漆黒の騎士が叫びあい、その刹那二人の距離は瞬時にして縮まり攻撃の制空権に入る。
漆黒の騎士が繰り出した片手平突きを終焉の騎士はあえて避けなかった。
切先が銀色の鎧を砕くその瞬間、終焉の騎士は足に力を込め下から掬い上げるようにして斬りあげる。
終焉の騎士が振り抜いた剣と漆黒の騎士の斜めに斬りつけられた上半身が落ちたのはほぼ同時であった。
「ああっ、景一!!」
肉を斬らせて骨を断つとは言うが漆黒の騎士の最後にはなった一撃は完全に終焉の騎士の胸を穿ち、致命的な一撃をもって貫いていた。
「私を倒すために自らの身体すらを犠牲にするとは、見事だ」
その言葉を最後に漆黒の騎士は全身が文字の欠片となって砂煙のように消え、残された終焉の騎士が前のめりに倒れ込む。
「そんな景一、私なんかのために……私なんかの」
「勝手に殺すなよ唯香」
「えっ!?」
保坂が背後からした声に振り返るとそこには制服姿の新堂が幻ではなく確かに立っていた。
「やつの攻撃が当たる前に終焉の騎士の鎧から抜け出しただけだ。こいつに勝つにはそれしかなかったし、終焉の騎士の『物語』も歪んでいる以上いつかは終わらせないといけないからな。まぁ思いつきでやったからできなかったらやばかったけど」
そう言うと新堂の手に持っていた終焉の騎士のカードが灰色に変色し、次に文字の欠片となってボロボロに崩れ落ちる。
「だから、お前を救うのは終焉の騎士の『物語』じゃなくて新堂景一の『物語』だ』」
後ずさる保坂の腕を掴み強引に引き寄せ抱きしめる。
「悪かったな唯香、なんか俺のせいでこんなにもお前を苦しめちまって」
「で、でも私は!!私は景一の夢を!」
「唯香、もし俺の足が無事だったとしてもお前が居なきゃ意味が無いんだ。だからお前の命を守るためにだったら足の一本や二本動かなくなったって俺は構わない」
「景一っ……ごめん、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
保坂は新堂の胸に顔を埋め大声で泣いた、必死に抑えていた心の箍が外れ感情が涙となって溢れ出す。
それを新堂はじっと黙って優しく頭を撫でる。
気がつけば白い世界は元の図書館に戻り、月明かりがスポットライトのように抱き合う二人を照らしていた。
保坂の身体から黒い靄のようなものが抜け出し空へ霧散───しなかった。



───なに『ハッピーエンド』にしようとしてるんですかねぇ?



黒い靄から頭に響くような声がするとゆっくりと靄が『物語』の姿を形成していく。
灰色をしたローブをすっぽりと被った髑髏の顔に、手には大きな鎌を携えまさに死神といった出で立ちであった。
「なんだあれ!?」
「あれはアンチマター!?私が嫌いな人間を物語の中で殺させていた化物。でも私はなにもしていないのに!」
保坂の声に形を成した死神、アンチマターはカタカタとむき出しになった歯をかき鳴らす。
「保坂唯香、お前は私に心を捧げた供物だってことを忘れないでほしいですねぇ。だというのにくっさいセリフを吐いてクッサイ演技でなにハッピーエンドにしようとしてるんですかぁ、ケケケ!!」
その声は男のようでもあり女のようでもある。複数に人間の声が合わさった合成音声のようであった。
「ちっ、いいところだってのに邪魔するんじゃねぇよ」
「良いところだから邪魔するんだろぉぉん?終焉の騎士でないお前なんてサクッとやって貴方達の『物語』はバッドなエンドで終わらせて差し上げましょう」
「くっ!逃げるぞ唯香!」
「えっ、景一!?」
アンチマターから発せられたドス黒い邪気に新堂は保坂を横抱きにすると走り出す。
「ぐっ!!」
終焉の騎士でない今、素の新堂の足では走ろうとすれば激痛が走る。だが構わず二階への階段を駆け上がる。
「景一、その足で走るのなんて無理だよ!」
「無理でもなんでも走るんだよ、こんなところまできてバッドエンドになんてゴメンだからな」
新堂は苦悶の表情を浮かべながらも走る速度をあげていく。
「唯香、あいつについてなんか弱点とか無いのか?あいつの『物語』はお前しか知らないんだから」
「アンチマター、反物質の名を冠したあれはマイナスの属性を持った物語における負の感情を集合体みたいなものなんだけど弱点なんてないよ」
「さらっと言ってくれる、全く使えない作者さんだな」
「そ、そんなこと言われても……あっ、一つだけ方法があるわ」
そう言うと保坂は後ろを振り返る。アンチマターが狩りを楽しむかのようにゆっくりと追いかけてくるのを確認するとそっと新堂に耳打ちする。
「景一、もう少しだけ引き離して。私がなんとかする」
「かはっ、結構限界なんだけどな。いいぜ、何か策があるっていうのならやってやろうじゃないか」
痛みでどうにかなりそうなところを堪えて新堂は口元を緩めると更に速度を上げて走る。
それに合わせて保坂は胸ポケットからペンを取り出しじっと目を閉じると宙に向かってその手を動かす。
「唯香、これは……?」
「静かにして、集中しているんだから!」
「お、おう」
保坂のペンが宙で何かを書いていくとそれは小さな光となって二人の背後へと流れていく。
新堂が走る速度をあげていくのと同時に保坂のペンも異常な速度で加速する。
「諦めの悪いカップルですねぇ、いくら懸命に逃げた所で私からは逃げられないというのに」
「なっ!?」
背後にいたはずのアンチマターが突如として目の前に現れ大鎌を振るう。
「今、執筆中よ!邪魔しないで!」
保坂が声を上げるとアンチマターに向かって素早くなにかを書く。宙に浮いた文字は赤い障壁をつくりだし大鎌を防いだだけではなく強い衝撃を伴ってアンチマターを吹き飛ばす。
「なんですとぉ!?」
アンチマターが勢い良く後ろに吹き飛び本棚を薙ぎ倒していくのを見て新堂の足は思わず止まる。
「唯香、そんなのできるなら最初からやってくれよ」
そんな言葉をかける中、保坂は目の前の赤い障壁を生み出した物を掴み取り新堂の目の前に差し出す。
それは漆黒の騎士との戦いの後消え去ったのと似たような、だが新しい騎士の描かれたカードだった。
「これって、もしかして!?」
「時間がないから短編だけど今、即興で新しい『物語』を書いたわ。歪んだ物語を終焉に導く新しい騎士の『物語』を」
「新しい物語……?あの短時間で書いたのかよ」
新堂は保坂を降ろすと騎士のカードを受け取る。
するとカードは力強く温かい光を放ち始める、それは前の終焉の騎士のときとは違う力強さであった。
「お願い景一、アンチマターを倒して。あれがいればいつか私の心はまた闇へと沈んでしまうかもしれない」
「ああ、任せろ!」
保坂を後ろに下がらせ新堂は一歩前へと踏み出す。
「まぁったく図書館では静かにしないといけませんよぉ?さぁお二人とも物言わぬ死体となって静かにしてくださぁい」
ゆらゆらと起き上がってくるアンチマターを前に新堂は大きく息を吐き目を閉じる。
「アンチマター、お前の歪んだ物語も終わらせてやるぜ。これが最初で最後だ、ありがたく拝んでいけ!!」
目を見開き、カードを宙へと投げる。
「元素展開、再結合───変身ッ!!!」
その言葉にカードから光の帯が伸び新堂の身体に巻き付いていく。以前とは違う、締め付けるのではなく優しく包み込みながら武装へと変化していく。
「これが新しい終焉の騎士……?」
光の中から現れた終焉の騎士は今までの銀色の装備に蔦のような金色の装飾が施され、アーメットと背にはそれぞれ深紅の房とマントが携えられている。
「名前は終焉の騎士エヴォリューションフォーム、私が作った最強の騎士よ」
「エボリューションだがレヴォリューションだか知りませんが首をはねてしまえば死ぬのですよっ!!」
アンチマターの姿が瞬時にして新堂の前まで移動すると大鎌を振り下ろす───
「まぁ当たればの話だがな」
「なにぃ、そんな私の一撃を!?」
大鎌は新堂の指先一本であっさりと止められ、更に力を入れると呆気なく文字の欠片となってバラバラになった。
「馬鹿な、この私は!!アンチマターの『物語』で私は絶対的存在であるはず……!!」
「お前の物語はここで終わりだ、バッドエンドでな!!」
新堂はカードからクレイモアを召喚するとアンチマターへと投げつけ、それと同時にマントを翻し走り出す。
軽く投げた剣は手から離れた途端に神速をもってアンチマターの腹部に突き刺さり、アンチマターごと一気に奥の壁面に叩きつけ張り付けにする。
「がはっ、つ……つよいっ!」
「これで終わりだああああっ!!!」
「馬鹿な……この、私が!?」
アンチマターが最期に見た光景はまばゆいばかりに輝く紅の光の軌跡となった終焉の騎士が飛び込んでくるまさにその瞬間であった。



「いやぁ実に青春、青春してますねぇ」
少し肌寒くなった秋のグラウンドを陸上部の生徒が走るの見ながら、結城紗希はカメラを片手に歩く。
結城が取材した限り今年の陸上部、秋の大会の準備は順調ともいえる。
これなら大会でも何人かは一位を狙うことはできると結城は内心嬉しくなる。
「誰を一面に飾るかなぁ、やっぱり王道の100m走か走り幅跳びか」
大会が始まる前から捕らぬ狸の皮算用でそんなことを考えながら歩いているとちょうど見慣れたクラスメイトがベンチに座っているのが見え、小走りに近づく。
「新堂くん、唯香!ちゃんとマネージャーの仕事頑張ってる?」
「おう結城か、頑張ってるぜ……俺はな」
陸上部のジャージを着た新堂が洗濯物であろうタオルの山を畳みながら横に座る同じく陸上部のジャージを着た保坂を見る。
「私だってちゃんとやってるわよ」
そう言いながら手に持ったノートを後ろに隠す保坂に結城と新堂は思わず苦笑いを浮かべた。
新堂景一はあの事件の後、陸上部に復帰した。
そして奇跡……とも言うべきだろうか。医者も匙を投げたという怪我だったはずが何が起こったのかあれから新堂の足は徐々にだが回復しつつある。
あれほどもう一生走れないと新堂は思っていたというのにだ。
軽いランニングくらいならもう痛み無く走ることができるほどで、今はマネージャーということで陸上部に所属しているが、いずれ以前のように走ることも可能になるらしい。
そして保坂唯香もあれから陸上部にマネージャーとして所属した。したのだが結城の知る限り保坂は陸上部で大した働きをしていないようだ。
───新堂景一の側に居たいから
それは所属した経緯からして真面目な部員からすれば不純であることと、そもそも文系である保坂に陸上部のマネージャーが務まるとは親友の結城でも思ってはいなかった。
「唯香が全然働いてないって噂は本当だったんだね。マネージャーの仕事せずに小説ばかり書いてるって」
「だ、誰よ!そんな噂を流してるの!」
「そりゃ唯香の隣の彼氏がよく愚痴ってるから」
結城が口元を抑えながらそう言うと新堂はそっと視線を外し、保坂が顔を真っ赤にさせて新堂に詰め寄る。
「ちょっと!け、景一ぃ!」
「な、なんだよ事実だろ!ちったあ真面目に働けよ!」
そんな二人の様子を結城は微笑ましく見つめる。
そして、どうかこれが夢でありませんように、と願っていた。





《 劇場版・終焉の騎士 DEAD END LINE 了 》





【 あとがき 】
「この度はクロガラスシアターへご来場いただき、誠にありがとうでございますわ。まもなく劇場内が明るくなりますのでえっと注意してくださいですわ」
姫乃の声と共にゆっくりと周りが明るくなる。ここは日本第二位の金持ち黒烏家内にある映画館。
客は俺、不知火英志と黒烏姫乃、ゆるふわで童貞殺しの服が特徴的なお嬢様の二人しかいない。
つーか、いなくて良かったというかなんていうか……
「あの、これなんの映画なんですか?」
「劇場版終焉の騎士ですわですわ」
俺の隣で楽しそうにポップコーンをほうばりながらそう言う姫乃。うん、そうだよねこれ終焉の騎士だよね。
俺の脳内中二病妄想の終焉の騎士だよね!!
タイトルにそう出てたし、登場人物も多少の差異はあったけどまんまだったし!
出演者も豪華でMC49『永遠を意味する言葉』にでてた俺のお気に入り女優結城紗希ちゃんもいる。
興行収入歴代第一位!全米が泣いた!女子高生がCMでサイコー!とか叫んじゃうような出来だった!
だが問題はそこじゃない!
なんで俺の中二病妄想が知らないうちに勝手に実写映画化されとるんじゃあああああああああああああああああああ!!!
しかもなんか作者である俺の知らないエヴォリューションフォームなんてのもでてきてやたらと興奮してしまったぞ!
おかしい、あのノートは家の俺の部屋でエロ本よりも探し出すのが見つけにくい場所に隠していたはずなのに!
なんていうか嬉しいよりも先に恥ずかしいのが先に来て素直に喜べないぞ、これ。
「えっと姫乃さん?映画は大変面白かったのですけどこれの原作はどこから?」
「このまえ英志さんが言っていた『しゅーえんのきし』というものがなんなのか気になっておりまして、金春さんと銀次さんに探してきてもらいましたの」
そう言って姫乃が取り出したのはごくごく普通の数学と書かれたB5サイズのノート。
だが紛れもない、それは俺が中二病妄想を書き綴った禁断の書ネクロノミコン(タイトル)じゃないか!
あのハゲ二人ぃ!!!!!というかあれか、俺が奴隷勝負で盛大に恥ずかしいセリフ言ったときのこと覚えていたのかよ!
「でもなかなか内容が難解でした。専門用語もたくさんでていましたし……」
フッ、そりゃそうだろう、中二病マインドを持たぬ物には到底理解できない物……って、そんなこと言ってる場合か。
「でも中に『いつかアニメ化、映画化したい』と書いてあったのでもしかしたら映像にしてみたらわかるのかもと思い著名な映画監督さんにお願いしまして、映像化してみましたの」
「は、はぁ……それはすごい」
もはや何も言うまい。そしてそんなことを書いてしまった俺はナイスというかやらかしやがったなというか。
そんなわけで図らずも俺の中二病妄想最大の夢はこっそりと姫乃に叶えられてしまったのであった。
「ではでは、次々回『十二方姫の奴隷騎士』第三話!」
「ちょ、ちょっと待って!?これ二話なの!?というか次回じゃないの?」
「『ご飯にする?ライスにする?それともチャーハン?裸エプロンもあるよ!』にご期待ですわ。因みにこの映画は全国で放映される予定ですわ!」
「どんなタイトルだよ!っていうかそれはさすがに勘弁!!!」

【 その他私信 】
こういうの書くとなんか場違い的な感じするんだよね
そんなわけでどうもワンパターンコメディ作家でっす。
三人称で書くと途端に国語の授業みたいになって辛み、故に習作。
二十年ほど前に設定だけ書いてたのをリメイクしました。書いてる方は楽しいけど多分読んでる方はすっごい冷めた目で見てそうないつもより不親切な作品です。
まぁ主人公とヒロインの名前、あと終焉の騎士の設定をちょっとくらいしか使ってないんですけどね、初見さん。
なんか書いててメインヒロインよりもサブヒロインのほうが好きになってしまったし、もうこれ意味わかんない。
あの頃はやたらと主人公とヒロインが幼馴染で制服で変身するヒーローに憧れたなぁ
多分ウイングマンとかメガレンジャーの影響ですね、はい。
本来4クールやる話を短くしたので劇場版ってつけました、はい


Icy cherry  氷桜夕雅
http://maid3a.blog.fc2.com/


● COMMENT ●


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック:

http://misterycirclenovels.blog.fc2.com/tb.php/503-73ba87d2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

Mistery Circle Vol. 44 «  | BLOG TOP |  » 《 魂の消滅 》

プロフィール

MC運営委員会

Author:MC運営委員会
このブログの八割は、カボチャで構成されております。

カテゴリ

Mistery Circle(メインカテゴリ) (39)
寸評 (29)
MCルール説明 (1)
お知らせ (35)
参加受付 (23)
出題 (34)
メールフォーム (3)
内藤クンのおもちゃの部屋 (9)
天野さんの秘密の部屋 (8)
Ms.伍長の黙示録の部屋 (0)
伊闇かなでの開かずの部屋 (4)
未分類 (27)
亞季 (2)
いつき (1)
伊闇かなで (2)
空蝉八尋 (4)
黒猫ルドラ (12)
ココット固いの助 (21)
桜井 (1)
桜朔夜 (1)
鎖衝 (11)
知 (21)
しどー (12)
瞬 (3)
白乙 (12)
すぅ (13)
すずはらなずな (29)
田川ミメイ (2)
辻マリ (14)
夏海 (3)
七穂 (1)
氷桜夕雅 (30)
ひとみん (4)
松永夏馬 (12)
望月 (8)
幸坂かゆり (21)
李九龍 (13)
りん (3)
ろく (1)
Clown (12)
MOJO (1)
pink sand (9)
rudo (8)
×丸 (4)
MC参加者に聞け (7)
Mistery Circle ヒストリー (1)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム