Mistery Circle

2017-10

《 メイド服とおまじない 》 - 2012.07.30 Mon

《 メイド服とおまじない 》

 著者:氷桜夕雅








人はどう生きるのが正解なのか考えたことがあるだろうか?
オレ、神楽坂恭治は二十歳になるまでなんていうか恥ずかしいことなんだがなにも考えずに生きてきた。
人生は一度しか無いと言うのにただなんとなく親の言うことを聞いて、やることもなく大学に入り漠然と過ごしていたのだ。
ただ周りの友達がやりたいことや夢を語り、それに向かって歩きだしているのに対して全く不安を感じていなかったわけじゃない。
夢を持った人間は輝いて見えた、そしてその眩しさがなにもない自分には強い影となって心を苛めていた。
だから焦って色んなことに挑戦をし、若さゆえか、無知ゆえか痛い目にも結構あった。
まぁ痛い目ってレベルではなかったんだが……いや詳しくはここでは語らないでおこう。
そんな紆余曲折を経てオレは一人の男性、いや漢に出逢う。

その人の名前は天城仁、オレの住んでいる桜花町では知らない人はいないと言われるほどの有名人で人は彼のことを『硬派のカリスマ』と言う。
その性格は漢の中の漢と言っても過言ではなく、寡黙でありながらも仲間想いでそしてなにより強い。
天城さんの使う中国拳法と古式暗殺術を合わせた全く新しい格闘技、天神拳は無類無敵であまりの強さに高校三年間で全国の番長を全員倒し仲間にしてしまったとか関ヶ原の古戦場で三百人対天城さん一人で喧嘩をして無双しただの伝説じみた逸話がいくつも残っている。
そしてその嘘くさい伝説の殆どが事実であるからとんでもない。
オレはそんな天城さんに憧れ、そして今は弟子として天城さんが店長をしている喫茶店『リチェルカーレ』で住み込みとして働きながら硬派な男、いや漢になるべく修行をしているのだが……
「神楽坂さん、起きてください!朝ですよぉ~」
「ぬ、むぅ……」
優しくオレに呼びかける女性の声とそれに反してけたたましく鳴る金属を叩く音に顔を顰めながら近くに転がっているスマートフォンを掴み、アラームを止めようと指をスライドさせるが音は止まらなかった。
「あと、五分寝かせて」
「駄目ですっ!今日はミーティングがある日ですよ、神楽坂さん起こしてこないと私が怒られちゃいます」
「ミーティング……」
オレは寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと目を開けると窓から差し込む眩しい朝日とそれをバックに立つ女性が目に入る。
綺麗で長い黒髪を二つ結びにし少し幼い感じと気品のある雰囲気を併せ持った彼女の姿は黒のワンピース型のドレスに純白のエプロンドレス、頭には特徴的なヒラヒラのついたカチューシャ、人それを簡単に言うなればメイドさんと言うな、うん。
そしてその手にはフライパンとおたまが握られていて、ああ鳴っていたのはアラームじゃなくてこの子がフライパンとおたまで鳴らしていたのか、今日日そんな起こし方される人滅多にいないだろうなぁ、なんて思った所で
「うわっ!今日ミーティングの日!?」
思わずオレは布団を吹き飛ばし起き上がる。その勢いや目の前にいたメイドさん、もとい同居人である音瀬五葉が目を見開いて驚き後ずさるほどだった。
「って、まだ十時か……よかった。起こしてくれたんだな五葉ありがとう」
「どう致しまして。最近お寝坊さんですね神楽坂さん」
スマートフォンの時間を確認しながら言うと五葉は優しく微笑むと丁寧にお辞儀をして答える。
オレ相手にそんな畏まらなくてもいいのだけども五葉は仕事の癖か礼儀が正しく、その笑顔は寝起きのオレを一気に覚醒させるほど可愛らしく、こんな子に起こされる奴は幸せ者だろうとか逆にこんな子に間抜けな寝顔を見せてしまったことは失態だとかつい色んなことを思ってしまう。
音瀬五葉は先程も言ったがオレと部屋を共にする同居人、もっと言えば同僚である。
わかってる、なにかがおかしいってことには。
硬派を目指しているオレが、硬派のカリスマと呼ばれた天城さんの店で働いているオレがこんな可愛らしいメイドさんと同じ部屋で過ごしていることはおかしい、嘘つきだ!ペテン師だ!軟派者だ!と言われそうだがこれには本当マリアナ海溝より深い事情があるので少しづつではあるが説明する時間をくれ。
「とりあえず顔を洗ってきたほうがいいですよ。寝癖もついてますしね、ふふっ」
クスリと笑いを抑えながら出て行く五葉に少々恥ずかしさを覚えながら急いで黒のカフェベストに着替え洗面台へと向かうことにする。
喫茶店「リチェルカーレ」は一階部分に喫茶店その奥にキッチン、事務所とあり事務所の横の階段から上にあがると風呂場やら洗面台、従業員の部屋なんかの居住区になっている。
元々リチェルカーレは天城さんが知り合いから買い取った喫茶店で木造の古いつくりになっているが度重なる改装と普段からの五葉の丁寧な掃除が行き渡っているおかげで実に綺麗だ。
まぁ最も別の意味で大きく変わったところがあるので店を売った方もそれを知ったら相当驚くことになるだろうが……
「いったぁーい!」
そんなことを考えながら歩いているとちょうどオレの腰のあたりに誰かがぶつかり甲高い声を上げる。
オレは「ああ、またやってしまったか」と反省し、目線を下にすると小学生かと間違うような身長の小さな女の子が尻餅をつきながらこっちを睨んでいた。
「ごめん、四葉さん前見てた」
「まったくもう!いつも言ってるでしょ下見て歩きなさいって!ああもうせっかく決まった前髪崩れちゃったじゃない」
ちょっとおかしな会話をしながら四葉さんは起き上がり小さな身体を大きく動かしながらオレに抗議する。
切れ長の瞳に地面につきそうなくらいに栗毛の長いツインテール、五葉とは違うオレンジ色を基調としたミニスカタイプのメイド服を着た彼女、音瀬四葉さんは小学校のランドセルを背負っていても違和感がないほどに小さい身体をしているがこれでもオレより一つ年上で更に言えば名前でもわかるだろうが五葉のお姉さんだ。
「恭治、今私の事『小さい』とか『これでも五葉のお姉さん』みたいなこと思ってたでしょ!」
「い、いや!そんなこと思ってませんよ!オレ、今起きたばかりなんで寝ぼけてぶつかってすいません」
まるで心を読んだかのような図星に一瞬焦ったがなんとか表情には出さずに謝る。
「いつものことだし気にしてないわよ。でももう一回鏡見て前髪直さなきゃ」
「いや本当すいません」
そう言って踵を返し歩きだす四葉さんの後ろを今度はちゃんと下を確認しながらついていく。
なんていうか前見て歩いていると視界に外にいるからちょくちょくさっきみたいにぶつかるんだよなぁ。
「というか今起きたって夜更かしでもしてるの?寝癖も相当酷いし」
「最近天城さんのトレーニングに付き合ってるんですよ、といっても準備運動で精一杯ですけど……っていうかそんなに寝癖酷いですか?」
「うん、なんていうか硬派というよりも昇天ペガサスMIX盛り?みたいな?」
「なにかよく知りませんけど相当酷いのはわかりました」
自分で髪の毛の弄ってる感じじゃそこまで酷い感じはしないんだけどどうも凄い髪型になっているらしい。
「ほら恭治、鏡見てみなさいよ」
「どれどれ……って、なんだこれ」
洗面所に着いて四葉さんの言われるまま鏡を覗き込むとそこには怒髪天を衝くの言葉通りに髪の毛が天に向かって遡って異様な形を作り出していて思わず呆れた声がでてしまった。
「なにをどうしたらこんな寝癖がつくんだ。というかこれちょっとやそっとで直りそうにないかも」
四葉さんの言っていたペガサスなんちゃら盛りっていうのがどういうのか知らないがまぁそれに準じる髪型になっているのは間違いない気がする。
「まず顔を洗って、それからとりあえず濡れタオルでも頭から被っときなさいな、はい」
「あ、ありがとうございます」
あまりの自分の髪型に呆然としている間に四葉さんが濡れタオルをつくって手渡してくれる。
なんていうか小さいけどこういうところは気が利くというかしっかりお姉さんしているんだよな四葉さんは。
顔を洗い、濡れタオル頭に載せると歯ブラシを口に咥える。四葉さんはつま先立ちでようやく顔が映る鏡を前にして一生懸命前髪を弄っていた。
「ん~なかなか前髪決まらないなぁ」
「そんなに大事ですかね前髪、あんまり変わらないような」
「まだまだね恭治は、女の子はこういう細かい所に気がつく男性に惹かれるものなのよ。現に店長なら気がつくわよ、前に仕事中に髪直してこいって言われたことあるし」
「へぇ、やっぱり天城さん凄いな……」
つくづく天城さんの凄さには驚かされる。これを言うと絶対に四葉さん怒るから言わないけどいつも頭頂部ばっかり見えてあんまり前髪が見えないんだよなぁ。
「そういうわけで私は前髪完璧にするまでここをテコでも動かない動かないから恭治は先に事務所に行ってて」
「ええ、わかりました」
四葉さんの言葉に甘えてオレはそそくさと歯磨きを終了し事務所へと向かうことにする。
あの感じじゃどうなれば完璧なのかはわからないけどかなり時間がかかりそうだ。
オレは濡れタオルを頭に載せたまま洗面所から一階へと至る階段、通称『苦役の道』を降りていく。
この辺からオレの元々知っていたシックで大人な雰囲気のリチェルカーレではなくなっていくんだ、『苦役の道』なんて言うのはオレが勝手につけてオレが勝手に言っているだけなんだが硬派を目指す者としてこの階段はかなり精神的にくるものがある。
階段の両脇にびっしりと貼られたアニメのポスター群、とんがり帽子に変身ロッドを携えた魔法少女やらこれで戦うのか?守る気あるのか?な感じのビキニアーマーに身を包んだ女剣士、はてや明らかになにも身にまとってない幼女の姿などなどなどと……そしてこれをあの硬派のカリスマと呼ばれた天城さんが律儀に貼っているから更にオレの心は苛まれる。
いやまぁ最近は昔お昼にやってた番組のグラサン司会者みたいに「これ、貼っとけ」と言われてオレが貼ってたりもするのだが、とにかくこれを苦役と言わずになんていうんだ。
そしてそろそろ気が付かれただろう、五葉と四葉さん……メイド服の女の子と出会ったあたりでとっくにバレバレだとは思うが、リチェルカーレはそのえっと、メイド喫茶だ。
いや、まて!硬派のオレがメイド喫茶の店員とか嘘つきだ!ペテン師だ!軟派者だ!訴えてやる!またメイドかよかの作者!とか思われても仕方ないのだがオレが初めて天城さんに出会ったときは普通の!ごくごく普通の!!シックな雰囲気が似合う大人な喫茶店だったんだよ!
なんていうか天城さんに言われて一年間全国の滝に打たれる修行の旅に出て、戻ってきたらこうなってたんだ。
なにか一応、この萌えとか言う文化が金になり昨今の桜花町の過疎化を危惧して町おこしの為にメイド喫茶をやっていると説明は受けたが……いや、本当これはメイド喫茶じゃなくてもいいんじゃないかなぁって感じだ。
そんな苦役の道は事務所まで続く、いや正確には事務所に置ききれなくなった物が溢れに溢れて階段まで侵食してきたと言った方が正しいだろう。
「ふぅ、とりあえず深呼吸っと」
いつになっても事務所に入るのは、いや天城さんと会話するというのは緊張するものだ。
事務所の扉の前で一度オレは大きく息を吐く。扉の前にはええっと名前はなんていったか法人所得税だったか固定資産税だったかそんな変な名前の二人組アイドルの等身大ポスターが貼られている。
古いアイドルのようなピンクのヒラヒラのついた衣装に頭に算盤乗せてる緑髪の子が前田利家で、もう一人のゴスロリパンクに真っ赤なツインテールで頭に十字架付けてる方が……えっと、誰だっけ?
「いやまぁそんなことどうでもいいか」
以前に天城さんにずらりとアイドルの写真並べられて「三日で覚えろ」と言われた時に必死こいて覚えたはずなんだがやはり使わない知識というのはすぐ消えてしまうものだ。
「失礼しまぁす」
そんなポスターを避けて扉をノックし、少し上ずった声とともに事務所の扉を開けて中に入る。
八畳ほどの事務所には苦役の道から続くポスターが至る所に貼られ本棚にはどこの本屋だってくらいにきっちりと五十音順に同人誌が並べられその上にはクリアケースにこれまたびっしりと美少女フュギュアが飾られている。
そしてその中央、ガラスのテーブルを前にして黒革のソファにどっしりと深く座り込みタバコを吹かすのが天城仁さん、オレと同じベストの制服にオールバックが今日も完璧すぎるほど決まってる。
……そして、その横で天城さんの腕に手を回して部屋の中なのにフリルの付いた黒傘を差しているゴスロリ服を着た色白でウェーブ髪の女性が音瀬三葉さん、名前から分かる通り五葉や四葉さんのお姉さんだ。
「おう、恭治!おはよう」
「……おはよう恭治君」
「おはようございます天城さん、三葉さん!」
ありったけの元気を出して頭を下げるとともにオレは挨拶する。するとどうだろう?当然のごとくオレの頭に乗せていた四葉さんからもらった濡れタオルがぼとりとソファの上へと落ちるのは必然である。
硬派な男を目指すオレとしたことが、完全に失念してたな、うん。
「いや、これはあはは……どうも寝癖がひどくって、すいません」
「気になる買い取り価格は…28000円おめでとう!!おめでとう!!そしてありがとう!!」
壁にかけられた42型ワイド液晶テレビの画面内で金髪の少女がレトロゲームの買い取り価格を叫ぶ中、オレは慌ててソファの上に落ちた濡れタオルを拾い再度頭に乗せる。
「まぁいい、座れ。あと少ししたらミーティングを始めるぞ」
「は、はい!」
天城さんに言われるままオレは向かい側のソファに座る。部屋には天城さんと三葉さんしかいないあたり、どうやらオレが寝坊した割には一番のようだ。
「……凄い寝癖、昇天ペガサスMIX盛り?」
「いやまぁ、あはは……」
そう言う三葉さんに乾いた笑いとともに言葉を返す。流石姉妹というべきか、表現が四葉さんと同じじゃないか、そんなに言われると妙に気になるな、そのペガサス盛りっての……あとで検索でもしてみるか?
「俺の修行に付き合うのはいいが仕事に支障を出すんじゃねぇぞ恭治」
「だ、大丈夫ですよ!いや、でも準備運動だけで精一杯って所なんでもっと鍛えないと」
なにせ準備運動で30kmほどランニングだからな、なんとか走りきれただけでもオレ的には凄いのだけど天城さんはそこから更に数時間のハードなトレーニングを毎日しているんだから恐ろしい。
「わかっているならいい。お前用の修行は考えてあるから無理はするな」
「えっ!?オレ用の修行考えてあるんですか!?」
思いがけない天城さんの言葉にオレは身を乗り出して驚く。
それもそうだ、オレは一応天城さんの弟子ってことになっているが実際のところ天城さんが乗り気ではないのか修行らしい修行なんて今までなかったんだ。
あったのと言えば弟子になった初日に全国の滝に打たれてこいってのと、帰ってきてからの五葉と同じ部屋で過ごすと言うのだけだ。
だからこそ天城さんに近づくために自分から天城さんのトレーニングについていったのだけど、まさかオレ用の修行を天城さんが考えてくれているなんて朝からなんて吉報なんだ!
「天城さん!オレ、どんな修行でも耐えますんでよろしくお願いします!!」
「ああ、だから無理して俺の修行についてこなくていい」
「そうそう、仁の修行になんて付き合ってたら身がもたないよ」
天城さんの言葉を繋ぐようにそんな言葉を口にしながら一人の男性が部屋に入ってくる。
「あっ、一葉さんおはようございます!」
「やぁみんなおはよう」
グレーのスーツ姿に爽やかを具現化したかのような人の良さそうなこの男性が音瀬一葉、五葉達の兄であり、また天城さんの親友で巷では結構有名なプロデューサーをやっている。
その手腕は凄いものでテレビとかで見る有名なイベントや、事業を独自の感性で次々と成功に導いている天城さんとはまた違ったカリスマ。まぁその独自の感性って奴のせ……おかげでリチェルカーレもメイド喫茶になってしまったのでオレとしては辛いところなんだけどな。
「天城店長、それに三葉ちゃんに恭治さんおはようございます」
そんな一葉さんの後ろに隠れるようにして挨拶したのが音瀬二葉さん。一葉さんと同じグレーのスーツ、長い黒髪をポニーテールにして真っ赤なフレームの眼鏡をし小脇にノートパソコンを抱えた彼女は一葉さんの秘書であり、また双子の兄妹でもある。
なんていうかそこはかとなく漂う雰囲気は言い方は古い気もするがキャリアウーマンといった感じなんだけど普段はあんまりリチェルカーレに来ないからイマイチまだどんな人なのかオレ自身あまり把握していない。
「おはようございます~って、わわっ!私達が最後だよ四葉お姉ちゃん早く早く!」
「ちょっとぉ五葉、押さないで前髪崩れちゃうって」
そして最後の事務所にやってきたのが五葉と四葉だ、二人は慌てて入ってくるとオレを挟むようにしてソファに座る。
いや、これはミーティングのときはいつもこうなんだけどなんていうかメイドさん二人に挟まれているという非現実が硬派なオレの立場を危うくしている……今更言っても遅い気がするけど。
「よし、全員揃ったな。ミィーティングを始めるぞ」
煙草を灰皿に押し付け天城さんが言う。
ともかく、そんなわけで天城さん、そしてオレ神楽坂恭治に音瀬兄妹達で今のリチェルカーレは成り立っているのだ。



「と、いうことで売上自体はかなりの好調ですが客数自体は先月よりも若干減っています。客単価による個人的な消費額は大きくなっているものの、この上客がいなくなると一気に売上が下がる危険性があります」
「ふむ、うちの客は特性上流行りものには弱いからな」
二葉さんが流暢な文字でホワイトボードに書いた売上金額を見ながら天城さんが呟く。
「本当本当、新しいメイド喫茶ができただけで売上がくっとさがったりしたもんね」
そう言う四葉さんにその場に居た全員の視線が集まる。
まさになにを他人事のように言ってるんだって、そういう視線だ。
なぜならば実際一度この糞田舎である桜花町にリチェルカーレとはまた違うメイド喫茶カンツォーナがいきなりできてその時リチェルカーレは数日とはいえ売上ががくっと下がったというよりものの見事に0になったことがあるのだ。
そしてそのメイド喫茶カンツォーナで働いていたのがまさに四葉さんなんだからそりゃ皆の視線が注目するさ。
「あれ?私、なにか変なこと言った恭治?」
「いやまぁ気がついてないんであれば気にしなくていいかと」
不思議そうな顔で尋ねてくる四葉さんに俺は軽く頬を掻きながら答える。
なんていうか今でこそカンツォーナはリチェルカーレの傘下に入ってメイド喫茶ならぬメイドバーに変わり住み分けができているものの、あの一件は本当大変だったからなぁ。
「とにかくうちの客は流行に敏感だ、新作のアニメやゲームには目を光らせておけ……恭治、お前もだぞ」
「は、はい!」
天城さんに言われて思わず返事をしたがオレはキッチン担当だし、ゲームはほどほど、アニメは殆ど見ないんだよなぁ。
「あとは新規客の取り込みだね。リチェルカーレはメイド喫茶というこの辺では珍しい形態の商売で最初は物珍しさはあったけど最近は良い意味でも悪い意味でも街に溶け込んでしまっている」
一葉さんの言葉は最もだった。さっきからちょくちょく言っているがオレの住んでいる桜花町はそこそこの田舎町だ。
どれくらい田舎町かと言えば最近になってようやく駅が自動改札になって大騒ぎになり町長がドヤ顔で自動改札を通る所が写真に撮られて地元の至る所に張り出されるくらい。
そんな町にできたメイド喫茶リチェルカーレはそれはもう最初は驚かれ興味本位で来る客もそこそこいただろう、まぁオレとしてはその時の状況はあまり知らないけど。
けど今となってはかなり町に溶け込んでいるという一葉さんの言葉通りでメイド服なんてある意味奇抜な衣装に身を包んだ五葉や四葉さんが駅前でチラシを配ったりしてもそこまで驚かれることもなくなっているみたいだしどこか目新しさというものは必要だとは思う。
「そこでこの前都市部に行った時に面白いものを見つけたから、動画を撮ってきたんで見てもらえるかな?二葉、準備してもらえる?」
「はい、兄様」
一葉さんに言われて二葉さんがテーブルに置かれた小型のプロジェクターに自分の持っているノートパソコンを繋げると素早い動きでキーボードを叩く。
「一葉、面白いものはいいがうちの店でできるようなことなんだろうな?」
「まぁまぁ仁、見ればわかるよ。多分これはきっとみんな驚くから」
天城さんがサングラスを外して問いかける中、一葉さんは部屋の照明を暗くし、電動スクリーンを降ろすリモコンを操作しながらニッコリと微笑む。
なんていうかメイド喫茶なんてやることになっているのも一葉さんのせ……おかげだからな、唐突にとんでもないことをやりだすってことに関しては天城さんも、ここにいる皆も警戒するのは無理もない。
「兄様、準備できました」
「そうか、じゃあ再生して二葉」
「はい」
二葉さんがキーボードを叩くとスクリーンには今時見ないフィルム映画風のカウントダウンが始まる。
「……仁、暗いから変なことしちゃう?」
「するわけないだろ三葉、始まるぞ集中しろ」
三葉さんの軽口をスルーして天城さんが嘆息する中、その場にいる全員がスクリーンに注視する。
一体一葉さんの言う面白いものというのはなんなんだろう?奇抜なアイディアで様々なヒット作を生み出してきた一葉さんだからな、きっととんでもないものがでてくるんだろう。
そんな淡い期待と少しの不安が入り交じる中スクリーンにでてきたのは……
「わぁ猫さんだ!うふふ、可愛いですね神楽坂さん」
スクリーンに姿を表した可愛らしい白色の子猫の姿にオレの隣りに座る五葉が嬉しそうな声を上げる。
子猫はカメラに向かって小首をかしげたり興味津々な様子で小さな前足でレンズを突っついたりと楽しそうだ。
「ああ、確かに可愛いけど……けど猫?」
画面いっぱいに映っている子猫は確かに可愛らしい、けどなんだ?まさかシックで大人な雰囲気だったリチェルカーレを一葉さん、今度はメイド喫茶じゃなくて猫カフェにでもしようとしているのか?
『あらら~そんなにカメラに近づいちゃダメですよ~猫ちゃん』
そんなことを考えているとどこかで聞いたような声が動画から聞こえてくる。
「あれ?この声って?」
既視感を覚えるその声に四葉さんも少し驚いた反応を見せる。
普段のイメージとは違う、でもはっきりとわかるその甘えた声の正体。次の瞬間スクリーンには猫ちゃんをカメラから離して抱きかかえるスーツ姿でポニーテールを女性の姿が映り、えっと、あの……。
『もふもふできゃわいいですね~ほっぺたでスリスリしたくなりますよぉ~』
「あわ、あわわわ………」
声にならない声を上げているのは二葉さんで画面の中でイメージと全く違う様子を見せているのもなんていうか二葉さんであった。
「それでこの映像が面白いものなのか一葉?確かに面白いものといえば面白いものだが」
「うん、これはこれで面白いんだけどこれは間違って二葉が猫カフェで遊んでる様子……」
「ふぇぇぇぇぇっ!!ちょ、ちょっと見ないでくださぁぁぁい!!!」
呑気に状況を説明する一葉さんの言葉を遮って二葉さんが机に飛び乗り身体でプロジェクターに覆い被さる。
まさにその姿は卵を温める親鳥のようにも見えるけどまぁなんていうか……
「こ、これはなにかのま、間違いでして!!だからその、見ないで……」
『お持ち帰りしたくなりますねぇ~きゃわわですね~』
「ふえぇぇぇぇっ!一葉兄様とめぇてぇ~」
いくらプロジェクターに覆いかぶさってスクリーンに動画が流れなくなっても動画が止まっているわけではないので二葉さんが猫カフェで甘い声を出しているのが止まるわけではない。
双葉さんは完全にパニクっていて動画を止めればいいってことにさえ気がついていない。なんていうか普段のクールなイメージが今の一件で音を立てて崩れ落ちたわけだけどこれはこれで可愛いので、いつもあんな感じにしてればいいのにとは思う。
ああ、いやプロジェクターに覆いかぶさってる状況のことではない、ってのは言うまでもないか。
「えっと、とりあえず二葉机から降りようか?そうしないと動画止められないから」
「ふえぇぇ、でもそうしたら動画見られちゃうぅぅ~」
『にゃんにゃん、にゃんにゃん、楽しいにゃん』
「あああああああっ!長女としての威厳があああああ!」
自分の猫なで声に発狂する二葉さんにその場にいる全員が笑いを抑えて見守るしか無い。
いや、この格好で長女の威厳もくそもないとおもうんだけどな。
「ふむ、恭治と五葉。お前たちは朝飯まだだろう、用意してあるからとりあえず食べてこい」
「あっ、はい!」
さすがにこの状況を芳しくないと判断したのだろう、天城さんは煙草に火をつけ口に咥えながらそう言う。
「わかりました、神楽坂さん行きましょう」
「あ、ああ……それじゃあ先に失礼します」
長女の痴態?をいつまでも見てるのも末っ子としては申し訳ないと思ったのだろう、そそくさと席を立つ五葉にオレも慌てて事務所から出る。
実はもうちょっとだけ見ていたかったなんてのは全くもってして硬派じゃないので言わないでおこう。


「いやぁ、まさか二葉さんに可愛らしい一面があるとは思わなかったよ」
事務所を抜けてビビットピンクの壁紙が目に痛い店内へと入るとオレはカウンター席に座り思わず呟く。
人は見かけによらないとは言うが朝から結構強烈なものを見た気がするな。
「二葉お姉ちゃんは長女はしっかりしてないとダメって思ってるんでいつも無理してるんですよ。あっ、飲み物はティーパックのしかないですけど紅茶でよかったですか神楽坂さん」
そう言いながらラップに包まれた天城さん特製のハムカツサンドの皿を用意する五葉にオレは頷く。
「うんそれでいいよ。というか五葉も朝飯まだだったんだな、てっきりオレだけだと思ってた」
「一人で食べるよりも二人で食べた方が美味しいですから」
紅茶を入れながら五葉はこちらを見て優しく微笑む。朝からこんな可愛い子と朝食を一緒に食べられるなんてこれほどの幸せはないと常々思う。
「はい神楽坂さん紅茶ですっ、熱いから気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう」
紅茶の入ったティーカップをオレの前に差し出すと五葉も隣に座りハムカツサンドを手にする。
「それじゃ頂きまぁす……うんうん、いつ食べても店長のハムカツサンドは美味しいです」
「うん、この味は何度真似してもなかなか出せないんだよなぁ」
天城さんの作るハムカツサンドはいつ食べても美味い。なんだろうハムカツの味付けもそうだけど間に入る粒入りマスタードの絶妙な辛さがアクセントになって食欲を一気に引き出してくれる。
オレ自身このリチェルカーレでキッチン担当をしているのでこのハムカツサンドには何度か挑戦しているんだけどなかなかこの味に近づけないんだよな。
「そうだ、神楽坂さんと一緒に朝食食べるの久しぶりですしアレやりませんか?」
「アレ?」
ハムカツサンドを咥えながら五葉の方を見ると、五葉はスッと人差し指をオレの前に出しニッコリと微笑む。
「少し幸せになるおまじない、やりたいです」
「えっ、うおっ……やる、のか?ま、まぁいいけど」
ちょっとどきまぎしながらもオレは五葉の出した人差し指に自らの人差し指を合わせる。
“少し幸せになるおまじない”
それは五葉がとても大事にしているちょっとした儀式のようなものでよく普通のメイド喫茶なんかにある『おいしくなーれ萌え萌えきゅん』みたいなおまじないとは少し違う。
そういった類いのおまじないなら五葉や四葉さんでも頼めばすぐやってくれるし営業中に何回も見るのだけど五葉の“少し幸せになるおまじない”は滅多なことでは客にはやらない本当に特別なものなのだ。
とはいえオレはなんか初対面の時からやってくれたんだよな、おかげでそれからオレは客に相当敵対視されることになったわけだけど。
「えへへ、やってくれるんですね。てっきり『オレは硬派な男だからやらない』とか言われそうでドキドキでした」
「いやまぁうん、硬派な男だからこそ拒否しないんだぜ」
まるで見透かされたような五葉の言葉に強がりで答える。いやまぁ確かに昔のオレだったらそう言ってたというか今でも硬派な男を目指すオレがおまじないなんてちゃんちゃらおかしいぜ!とは思っているんだけどなんだろうな、五葉とするおまじないは言葉にできない想いが込められていて拒否する気にならないんだ。
「それじゃいきますよ神楽坂さん」
「あ、ああ……」
五葉がスゥっと息を吸うのに合わせてオレも息を吸うと合わせた指をメトロノームのように左右に振りながら不思議なおまじないの言葉を二人で口にする。
『クオーキ クオーキ キワラケチ ラサキト ラサキト サイケスタオ』
いつ呟いても不思議なおまじないだと思う。その言葉にどういう意味があるのかはオレは知らないが呟くとどこか心の奥底が温かくなるようなそんな不思議なおまじない。
「ありがとうございます神楽坂さん、うふふっ」
「あ、あれ?オレなにか間違ってた?」
指を放してくすりと笑う五葉になにかおまじないを間違って言ってたのかと不安になる。
「あっ、ごめんなさい。おまじないは間違ってないですよ。ただ神楽坂さんの頭の上のタオルを見てたら温泉入ってるみたいだなぁって思っちゃって」
「あ、ああ……なんかこう寝癖が酷いみたいでさ。三葉さんや四葉さんにペガサスなんたら盛りだって笑われたんだよね」
そう笑いながらオレはハムカツサンドに齧りつく。
しかし温泉かぁ、全国の滝に打たれる修行中は一人でよく旅館に泊まったり温泉に入ったりもしたがやっぱり五葉みたいな可愛い子と二人っきりで温泉旅行とかは憧れる。



───人里離れた知る人ぞ知る秘境の温泉宿に五葉と二人で歩く。
「神楽坂さんと二人っきりで旅行なんてドキドキします」
烏の濡れ羽色の長髪を揺らし愛おしそうにオレの腕に手をまわし五葉はそう言う。
いつものメイド服……いや、メイド服はおかしいな……ええっと私服だ私服。なんだろな、五葉は仕事じゃないときも大体メイド服だからあんまり私服のイメージがないからこういうときに困るんだよな。
ああ、えっとコホン修正修正。
そんなこんなで旅館にたどり着き部屋に案内されるわけですよ、とても落ち着いた雰囲気のいい、ほらなんか耳をすませば滝の流れる音が聞こえるよ的な?
「あの、神楽坂さん……早速ですけど温泉行きたくありませんか?」
「ああ、行こうか五葉」
オレは優しく五葉の頭を撫でると肩を抱き寄せ有名な効能高血圧、痛風、冷え性、関節痛にリウマチその他諸々な温泉に向かうわけですよ、温泉はもちのロン混浴だよな!
そんな温泉でここでは言えない第一ラウンドがあった後はお部屋に戻って今度は和御膳ですよ!
新鮮採れたての魚介類に舌鼓を打ちながら、んでんで今日だけは無礼講な感じで五葉もお酒を飲んじゃうわけ。
そうしたらね、普段の見慣れてないお酒のせいで五葉はコテンと小首をオレの肩に寄せてくるわけですよ、そりゃもう当然だよな!?
「神楽坂さん……ごめんなさい、私ちょっと酔ってしまったみたいです」
少し着崩れた浴衣から覗く五葉の薄い桃色に染まった肌がオレの劣情を煽り立ててくるわけ!
もう女将さんー!!布団くっつけておいて!!くっつけておいてね!!!って言う暇もなく第二ラウンドに───


「あの~神楽坂さん?」
「いやっさすがにそんな大胆な格好……って、ふぁっ!?」
五葉の声に意識が一気に引き戻される。というかなんだ今の妄想をしたのは誰なんだ!?
誰って言うかオレなんだけど、硬派を目指す漢のしていい妄想じゃなかったぞ。
「ぼぉっとして大丈夫ですか?あの、新メニューの試作をお願いしようと思ってたんですけど」
「あ、ああ大丈夫!!新メニューね、仕事終わりにでも作っておくよ。いやぁぼうっとしてたのは温泉行きたいなぁって思ってただけだから」
五葉の言葉に思わず後ろ首を掻きながら新メニューの書かれたメモ紙を受け取る。
「そうですね、皆で行きたいですね温泉」
「そ、そうだな皆で行きたいよな温泉」
温泉に行きたいってのは合ってるが二人っきりを想像してたオレと皆でって思ってる心優しい五葉じゃ天と地との差がある。
「さ、さてと今日も元気に仕事だ仕事!」
いろんなことを誤魔化すようにして残りのハムカツサンドを口に放り込むと一気に紅茶で流し込む。
なんていうかあんな妄想をしてしまうなんてオレもまだまだ修行が足らないぞ、神楽坂恭治!
「よし、そろそろ開店するぞ」
そんなことを思っていると我らが硬派のカリスマ天城さんが四葉さんと三葉さんを引き連れてホールへと入ってきた。
「はぁい、それじゃ今日も元気に頑張ろぉ~っと、あれ?二葉お姉ちゃんは?」
「……完全にノックダウンして一葉兄さんが連れてお帰り」
「まぁあの様子じゃ当分は復帰無理そうだしね」
五葉の疑問に三葉さんと四葉さんがお互いの顔を見合わせ苦笑いを浮かべながら口々にそう言う。
まぁ無理もないか、あんな恥ずかしい姿を兄妹だけじゃなくてオレや天城さんにまで見れられてるんだからな。
「この店の問題点に関してはとりあえず今は忘れろ、ついでに二葉のこともな。さぁ開店するぞ」
「「はい!!」」
天城さんの言葉に全員が口を揃え返事をする。オレも頭に乗った濡れタオルを外し、紺色のハンチングを被り覚悟を決めて大きく息を吐く。
今日も始まるのだ、ある意味リアルな戦場より熱くて激しい戦いが、な。


『頼朝様のためなら……そんなふうに考えると、死ぬことがちっとも怖くないん───』
「オーダー入ります!黒き魔女の呪い、砂漠に落ちた紅の宝玉に氷山の崩壊各一、お願いします!」
「あいよっ!!」
ホールで流れている謎ドラマのセリフをかき消して五葉のよく通る声がホールに響き、それをオレは中華鍋を振るいながら答える。
リチェルカーレのメニューはなにかどこか中二病入っていて一瞬でなんのことかわからないが黒き魔女の呪いがホットコーラで砂漠に落ちた紅の宝玉がピリ辛チャーハン、そして氷山の崩壊がかき氷だ。
本当これを覚えるのには苦労した、なにせリチェルカーレはメニューが兎に角多い上にこのように全部よくわからない中二病なネーミングをしている。
そしてなにより普通のメイド喫茶なら出来合いのオムライス辺りをレンジでチンして適当にケチャップで文字でも書いてればオッケーなんだろうがリチェルカーレは元々普通の喫茶店だったこともあってそういった甘えは許されない。
いや、天城さんのこだわりで普通の喫茶店よりもメニューに関しては本格的だ。正直、ホットコーラとかかき氷はまだ良いとしてメイド喫茶でピリ辛チャーハンを頼むのはどうかと思ったりもするがな。
「恭治、黒炎に抱かれし姫君一つに水の巫女の祈り二つね!」
「あいさ、紅の宝玉あがるよ!!」
四葉さんのオーダーを受けながらピリ辛チャーハンを皿に盛り付ける。
もちろん大変なのはキッチンを担当しているオレだけじゃあない。 
「いやぁ今日も四葉ちゃん可愛いね」
「べ、べ、別にあんたの為に可愛くしているんじゃないんだからネー」
四葉さんは凄く下手くそ……あーコホン、特徴的なツンデレ演技で対応しているし
「私もうそのゲームクリアしちゃいましたよぉ~」
「ええっ!?この前でたばかりなのに!?いや、あのボスが倒せなくてさ~」
五葉は五葉で得意のゲームの話で客達と楽しそうに談笑している。
リチェルカーレはたまに他の店舗から応援が来たりもするが基本、五葉と四葉さんの二人しかメイドさんはいない。その分色んな客の趣味や好みに対応できるように、なおかつ飽きが来ないように新しい知識を入れたりしているのは流石だと思う。
しかも二人ともどんなに忙しい状態でも笑顔を崩さない、当たり前といえばそれまでなんだけどこれは鍋を振るいながら鬼の形相で料理を作っているオレには真似出来ないことだと思う。
「ええっと、次はぁかき氷か!三葉さん、お願いしてもいいですか!?」
オレはオーダーに紙を確認しながらキッチンの端、最近導入された業務用かき氷機の隣で優雅に本を読んでいる三葉さんに声をかける。
なんていうかですね、自分の姉妹が頑張っている中この人だけは変わらずのマイペースである。
オレが知ってる昔のリチェルカーレでは三葉さんがウィトレスをやっていたんだけどこの人オタクが嫌いだからな、今では全くもって手伝ってはくれない。
「……意地悪しないで。もし指を切り落としてしまったらどうするの?」
「いや、意地悪というか普通に手伝ってほしいだけなんですけどぉ。指なんて切れませんから電源ボタン押すだけでいいんでやってくださいよ」
「……しょうがない」
渋々本を閉じてかき氷機のボタンを押す三葉さんを横目にオレは次の料理へと手を付けだす。
キッチンじゃなくていいから三葉さんもホールに出てくれればもっとリチェルカーレは人気になるんじゃないかなとはちょくちょく思う、でも天城さんが言ってもテコでも動かなかったからな美人姉妹三人揃い踏みな光景は当分見れそうにない。
「しかし店長殿が今度の黒ミサに参加してくださるとはこの陸奥、感激ですぞ~」
「今、一番勢いがあるイベントだからな黒ミサは」
(黒ミサ……?黒ミサってなんだ?)
恋人がかき氷機の前で氷が削られていくのを死んだ目で見ている中、天城さんはカウンターでリチェルカーレ一番の上客である陸奥啓介と何やら怪しい会話をしている。
小太りな身体を真っ赤なセーターで包み分厚い黒縁眼鏡をした陸奥啓介はオレと同じ桜陵大学の生徒でこのリチェルカーレに来る客で唯一まともにオレと会話をしてくれる客だ。
他の客はなんていうかオレと五葉が仲良く話しているのを見てコロス!とかノロウ!!とかそんな目で見てくるのでそんな中、オレの硬派な漢になる夢を馬鹿にしない珍しい客であると言っていい。
「そうですぞ、今度の黒ミサに神楽坂殿も一緒に行きませぬか?」
「黒ミサは恭治にはまだ早い……」
「えっ、まだ早いとかあるんです?というかそもそも黒ミサってなんですか?」
黒ミサって言うとサバトとかいうアレとは違うのか?サタン崇拝の儀式、だよな?
なんでそれを天城さんと陸奥がやるのかはさっぱりもってわからないのだけど。
「まだまだ勉強が足りませぬぞ神楽坂殿!黒ミサと言えば“羽田ミサちゃんオンリーイベント”のことに決まってますですぞ!!」
「羽田、ミサ?」
やばい、聞いたことない名前だ。一応五葉に連れられて深夜のアニメとかを嫌々……じゃなかった勉強の為に見ているんだがそんなキャラクター聞いたこともないぞ、というかその名前からどっから黒がでてきた?もしかして渾名が黒ちゃんとかそんな感じなんだろうか?
「まだまだ修行が足らないな恭治。羽田ミサに関する同人誌、グッズのみを取り扱う即売会のことを知らないとは」
「うっ、すいません」
天城さんの言葉にオレは頭を下げる。いやでもチョット待ってくれ、なんでオレはその羽田ミサって子を知らないだけで謝罪するハメになってるんだ。
「いいでしょう神楽坂殿!!小生が羽田ミサちゃんの魅力についてこれから五時間ほど熱く語りま……」
「うぉぉぉっ!?なんだこの美人!?」
陸奥の頼んでもない解説が始まろうとした所で店内が急にざわつきを見せる。
「な、なんだ?」
「辺りの喧騒に小生、陸奥啓介は『やれやれまた揉め事でござるか?』と呆れながら振り返ると店の入口にはとんでもない美人がそこにいた……なんですと!?」
「なんで訳の分からない語り口調なんだよ」
陸奥の言葉に文字通り呆れながらオレも美人がいるらしい入り口に視線をやる。
ここに来る客はアイドル好きもいるがほぼほぼ二次元好きな奴ばかりだからな、ちょっとやそっとのことで現実の女性に対してそんな感嘆の声なんぞあげないとおもうのだが……?
「はっ?」
入り口に居たその女性の姿に思わずオレも唖然としてしまった。
「お帰りなさいませお嬢様、今日はお一人でご帰宅でしたか?」
「ええ、そういうことになるのでしょうね」
五葉の出迎えにその女性は落ち着いた口調で答える。艶のある黒い長髪に出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいるナイスボディ、氷の彫刻のような美しい顔立ちはアニメの世界からでてきたと言っていいほどの美人だ。
そしてなによりその格好、本格的で高級そうな紺色のメイド服に包まれている。スカートなんてミニじゃなくてロングだ、しかもベルベット生地!
普通メイド喫茶にメイド服着てくる人間いるか?って感じだが、その立ち振舞いはそこらのハロウィンのコスプレとは違い完全に堂に入っていて五葉や四葉さんに勝るとも劣らない感じだ。
「それではお席にご案内しますね」
「それはありがたいのですが、ところで五葉さん……店長、天城仁は今いらっしゃるでしょうか?」
「あっはい!店長ならカウンターに……って、あれ?私の名前ご存知なんですか?」
「ええ、職業柄そういうのには詳しいので」
五葉にそう返して美人なメイドさんは優雅な足取りでこちらに向かってくる。その姿を店内にいる全員が目で追ってしまうくらい素敵な人だけど天城さんの名前を知っているということは知り合いなんだろうか?
「お隣よろしいでしょうか?」
「しょ、小生の隣でございますですか!?ど、どうぞですぞ!!!しょ、小生三次元には興味ありませんので」
完全に目をキラキラさせて言う陸奥に美人なメイドさんは「では失礼します」とドライに告げ座る。
「深雪か、ここに来るのは久しぶりだな」
「ええ、仁も相変わらず面白そうなことしているのね」
天城さんに深雪と呼ばれたこの美人メイドさん、ただお互いの名前を呼びあっただけだってのになんかこう如何にも過去に色々ありましたな雰囲気を醸し出している。
でもオレの天城さん硬派のカリスマ武勇伝にこんな美人の存在あったか?
「……ちょっと恭治君」
「うわっ、三葉さん!?」
美人の存在を思い出そうとしてるといつのまにか三葉さんがオレの腕に手を回してきていた。
この人、いっつも人の腕に手を回してくるんだが……なんだその、いつもそのゴスロリ服に似合わない胸がグイグイと当たるから気が気でないんだよな。
「……あの人、誰?」
「えっ、三葉さん知らないんですか?一応自称彼女なのに」
三葉さんはまさに怒っていますと言った感じの語調でカウンターで談笑している天城さんと深雪さんを睨みつけている。
いやでもオレが知っている限り天城さんと三葉さんは高校時代からの恋人同士のはず、その三葉さんが知らないこの深雪って人は一体誰なんだろう?
「……一応でも自称でもない、公認ラブラブカップル。だから浮気ダメ絶対」
「公認ってどこの……あっ、ちょっと三葉さん!?」
オレが止めるよりも早くオレの腕からスルリと抜けてカウンターに近づいていく。
「お客さんと揉め事は困りますよ!」
決して三葉さんの胸の感触が離れていくのが惜しかったわけではない、ってそんなこと言ってる場合か!
以前にも天城さんと女性客が仲良く話してたら普段見ない勢いですっ飛んで来て喧嘩になったからなぁ。
その時はなんでもオレと天城さんのBL本を描いたから見てほしいとかいう子だったなぁ。BL本というのがなんなのかはわからないがその時の三葉さんのお怒り具合は凄まじかったから今回もそんなことになるんじゃないかと危惧してしまう。
「……仁、この女誰?浮気は許さない」
だがオレの注意も全く聞かずに三葉さんは天城さんの腕にこれは私の所有物!な勢いで手をまわし深雪さんを威嚇する。
「誰とか言っているが七年坂、七年坂深雪だ。三葉、お前もよく知ってるだろう?」
「……七年坂?」
「学生時代は鉄仮面と呼ばれていたことが多かったですからね、無理もないでしょう。お久しぶりですね私が知ってる限り1-C組の音瀬三葉さん」
「あ、あ~。これはどうもです、ごゆっくりぃです」
深雪さんの言葉に三葉さんは思い出したように変な声をあげるとすぐ天城さんにまわしていた手を離し後ずさりしながらこちらに戻ってくると……なんでか再びオレの腕に手をまわす。
「なにやってるんですか三葉さん」
いつもならもっとこう噛みつきまくるんだけど七年坂さんに対してはなにか過去にあったのか三葉さんはあっさりと引き下がったな。
「誰なんですか、あの美人のメイドさん?」
「……七年坂深雪、桜花高校で生徒会長してた人」
それだけ言うとまわしたオレの腕にぐぐいっと力を込める三葉さん。やはりなにかあったっぽいが三葉さんの胸の感触カムバックは素直に嬉し……いや仕事の邪魔だな。
「相変わらずのようですね仁、貴方の彼女は」
「まぁな。そちらの鈴鳴探偵事務所の方はどうなんだ?」
た、探偵?今天城さん、探偵事務所って言ったよな?ってことはこの人探偵さんなのか?
いやまさかでも、じゃあなんでメイド服着てるんだこの人?
「まぁまぁ……と言っておきましょうか。オーナーの意向でこんな格好までしなくてはいけないのは大変不服ですが」
「いや、よく似合ってると思うぞ。是非暇な時にでもここで働いてもらいたいものだ」
「ふふっ、探偵に暇な時間なんて本来ありませんが仁が言うのなら考えてもいいかもしれませんね」
珍しく天城さんが人を褒めてると、それと同時に三葉さんが苦虫を噛み潰したような暗い表情を浮かべている。
あんな美人にメイド服を着せて探偵させるってそのオーナーって人はなにを考えているんだろう?街を闊歩してるだけで注目の的だろうし尾行とかできるんだろうか?なんてことをオレは思ってしまう。
「それで今日は俺に用があって来たんだろう?」
そう言って天城さんがコーヒーを出すのと同時に七年坂さんも一枚の封筒をカウンターに取り出す。
「これは……?」
「確か仁がこれ好きだというのを聞いていたからチケットを手に入れておいたの」
「チケット!?」
慌てて天城さんが封筒からチケットを取り出すと驚きの声を上げる。
「これ、明日の法人所得税のライブチケットか、しかもプラチナ席じゃないか」
法人所得税ってのはあの事務所の扉にも貼られている前田利家と後オレが名前をど忘れしている真っ赤なツインテールのもう一人からなるアイドルグループのことだ。
その法人所得税ってアイドルグループがどれくらいの人気なのかはオレはあまり知らないがあの天城さんがあれだけ驚くってことは相当なレア物であることには違いない。
「しかしよく手に入ったな深雪、ただでさえ取るのが難しいというのに更にプラチナ席とは」
「知り合いに掛け合って抑えてもらったの。明日ここは定休日でしょう?よければ一緒に行きませんか?」
「ああ、勿論だ」
滅多に笑うことのないだろう二人が笑いあっているのを見るとやはりただならぬ関係を想像してしまう。
「……ちょっと恭治君、包丁借りるね」
「い、いいですけど何する気なんですか三葉さん」
そして明らかにそんな二人を心よく思っていないの三葉さんは棚から包丁を取り出し不敵に笑う。
「……ちょっと恭治君のお手伝い、包丁をピッカピカに研ぐの」
そう言うと三葉さんは包丁と近くにあった砥石を手に取りキッチンの隅で包丁を研ぎ始める。
「……フフフ、磨き上げれた銀色の刀身は今宵も血を求めて空を舞うのよ」
やばい、やばいな……なに言っているのかさっぱりわかんねぇ。
わかんないがとりあえず今の三葉さんに近づくのは止めたほうが良さそうだ。
そんなことを思いながらオレは再び中華鍋を手に取り調理をし始める。
……結局、その日三葉さんは閉店まで謎の言葉を呟きながら永遠と包丁を研ぎ続けたのであった。



「ふぅ、これで今日も終わったか」
オレは洗い終わった食器を一人片付けながら小さく息を吐く。
喫茶店「リチェルカーレ」は一応水曜日休みのお昼十二時オープンの夜六時閉店……なのだが、盛り上がり始めたオタク達を止めることなど誰にもできること無く、大体気がつけば時計が夜の十時をまわっているなんてことはザラだ。
いやまぁ天城さんも五葉も止めるどころか一緒になって盛り上がってるんだから別に問題はないんだけど。
「って、いかん五葉に頼まれてた物作らないと」
あまりにも遅くなっていたのでそのまま部屋に戻ろうとしたが五葉に頼まれ事をされていたことを思い出しポケットからメモ紙を取り出す。
「偉大なる白き世界の黙示録か、相変わらずなんのメニューだかさっぱりだけど……」
メニュー名がぶっ飛んでいるのはいつものことだから気にしない、とりあえず五葉の可愛らしい字で『材料は全部冷蔵庫にありますっ(∀`*ゞ)エヘヘ』と可愛らしい顔文字つきで書かれているのに従い業務用冷蔵庫から材料を取り出し並べていく。
「ええっとカスタードクリーム、ホイップクリームにチョコソース、果実の砂糖煮にクレープの生地、ああこれクレープなのか」
そういえば最近天城さんが本格的なクレープマシンを導入したからそのメニューを増やそうってことか。
オレはクレープマシンに火を入れるとバットに水を入れてそこにクレープを伸ばすトンボを放り込んでおく。
自分で言うのもなんだけどオレはクレープ作りなら天城さんにだって負ける気はしない。
なんていうんだろう、たこ焼きを作ったりするのが得意なやつは結構ザラにいると思うんだけどクレープを作れる奴はなかなか居ないと思うんだよ、まぁ家で作るものかと言われたら微妙な所な感じもするけどな。
まぁオレがこんなに自信満々になるところには勿論オレの腕だけじゃなくてこの天城さんが取り寄せてくれた本格的なクレープマシンのおかげってのもある気がする。
『素人こそ道具は良いものを使え』
天城さんがそう言ってやったらめったら高いクレープマシンを導入したときはさすがに一つのメニューに揃える道具としては高すぎるんじゃないかと思ったんだけどそれはオレの思い過ごしだった。
ちょうど鉄板が温まった真ん中の辺りにサラダ油を薄く塗り、クレープの生地を落とすと先程湿らせたトンボで綺麗に円を描いていく。
使っていくとクレープマシンを売りに来た業者さんが熱く語っていた『鉄板は絶対研磨仕上げがいいですよ!』とか『うちの鉄板は厚みが違うんですよ!!9mmなんですよ、9mm!』なんて言葉の意味がわかってくる。
「そろそろか……」
パレットナイフを手に取り生地の端からそれを通し剥がし取ると鉄板の上に裏返し、時間にして二秒で完成だ。
慣れてくるとこの作業が楽しくてつい何枚も焼きたくなってしまうのだが今回は試作品だからこれで生地を焼くのは終わりだ。
後は生地の上に具材を並べて巻くだけなんだが……
「なんか多くないか、これ?」
五葉のメモ紙の通りに具材を並べていくがなんかこれが普段のクレープよりか圧倒的に具材の数が多い気がする。
バナナにイチゴにメロンにパイナップルとこれ、いったいいくらで売るつもりなのかってくらいだが試作なんで気にせず具材を乗せると生地を半分に折りたたみ、端からクレープを巻いていく。
「まぁいいか、チョコソースをかけてカラースプレーを振りかけたらこれで完成だ」
クレープ袋に入れてみた感じ、我ながら完璧な仕上がりのクレープだとおもう。
「あとは五葉が気にいるかどうかだな」
五葉も天城さんと変わらないくらいに味にはうるさいからな、自信はあるとはいえこれだけは試作を作る度に緊張する。
オレは早速試作クレープ『偉大なる白き世界の黙示録』を持つと急いで五葉の部屋へと向かう。
キッチンを抜けて苦役の道を駆け上がり五葉とオレの部屋の前につくと一つ深呼吸をして扉をノックする。
「五葉、今部屋に入っても大丈夫か?」
「えっ神楽坂さん!?は、はい!大丈夫ですよっ!」
扉の向こう側からなにやら少し慌てた感じの五葉の声が聞こえる。
その反応に一瞬本当に入っていいのか迷ったところだが本人が良いっていうんだ、流石に着替え中でしたなんてオチはないだろう。そう踏んでオレは扉を開けると中に入る。
八畳ほどの部屋に簡素なベッドとクローゼット、小さなテレビに周りにはゲーム機とぬいぐるみがいっぱい並ぶ五葉の部屋はごくごく普通な女の子の部屋であり、一応その隅っこにたたまれた布団の上がオレのリチェルカーレでの住処だ。
「お仕事お疲れ様です、神楽坂さん」
そう言って出迎えてくれる五葉の格好はお店に出ている時とは少し差異があるもののメイド服だ。
なにか少し頬を赤らめているがなにかしていたのだろうか?
理由はよく知らないが五葉は仕事が終わってプライベートの時でさえメイド服でいることが多い。私服姿でいることも見たことがないわけじゃないんだけど専らメイド服でいることが多すぎてたまに私服を着てたりすると一瞬誰だ?ってなることも多いくらいだ。
「五葉もお疲れ。朝言ってた新メニューを作ってみたんだけど食べてもらえるかな」
「もう作ってくれたんですか!?食べます食べますっ!」
オレの言葉に五葉はパッと花が咲いたような明るい表情を見せると駆け寄ってくる。
「わぁ、私のイメージ通りに作れるなんて神楽坂さんすごいです!」
「味の評価はお手柔らかに頼むぜ」
褒められるというのは実に嬉しいものだがまだ見た目だけだ、安心はできない。
「うふふっ、大丈夫ですよ神楽坂さんが作ったものならきっと美味しいですっ」
オレからクレープ『偉大なる白き世界の黙示録』を受け取った五葉は期待に胸をふくらませているのがこちらからでもはっきりわかる。その様子はなんていうか苦役の道に貼られてる食べる前に楽しそうに音符出してる美少女のポスターを思い出させる可愛らしさだ。
「……味の方はどうだ?」
黙々とクレープを食べている五葉に恐る恐る尋ねるが、五葉はクレープを口に咥えたままじっと上目つかいでこちらを見るだけ。いやなんていうか可愛いけど無言は怖いな、なにせオレ自身は甘いものがそこまで好きじゃないからどうも好みってのがよくわからないし、なにより今回は材料が全部揃ってたこともあって味見もしてないもんな。
「んっぐ……えっとですね神楽坂さん」
口元についたクリームを指ですくい、それを図らずも色っぽく舐め取ると五葉は───
「ボツですね♪」
と、さらっと本当にさらっとそう言った。
「えっ、ボツ!?」
「はい、ボツです」
思わず聞き返してしまったがやはり返ってきたのはボツという二文字の言葉。
「その、なんだ……本当にボツなのか?」
材料とかも間違ってないはずだしなにが悪かったんだ?オレ的には完璧ではないにしろそこそこいけると思ったのだがボツと言われるとなにが悪かったのか非常に気になる所。
「本当にボツですよ、だって……」
頭の中でボツの原因を考えていると五葉はくるりとその場で回ってみせ、ベッドに腰掛ける。
「神楽坂さんのつくったクレープ美味しすぎるのでボツなんです」
「美味しすぎる?」
「はい、美味しすぎるから他の人に食べさせたくないんです、独り占めしたいんです」
クレープに口をつけながらそう言う五葉はとても嬉しそうだ。
まぁボツなのはアレだけど、五葉のこんな笑顔が見れたのならボツでもいいかなと思ってしまう。
「五葉が気に入ったのなら何時でもつく……」
そう言いかけた所でポケットに入れていたスマートフォンから地味な着信音が鳴り出す。
「ん、こんな時間に電話……四葉さん?」
スマートフォンの着信画面には可愛く映るまでしつこく撮り直しを要求された四葉さんがメイド服でピースしている。
「四葉お姉ちゃん、今日緑河さんと合コンって言ってましたけどなにかあったのかな?」
「そういえば七時くらいから姿を見ないなぁとは思ったけど」
営業時間過ぎてたから特に気にしていなかったけど合コンに行ってたのか。
「あ~もしもし四葉さん、どうしました?」
『あっ、神楽坂さんですか!?』
スマートフォンから聞こえてきたのは四葉さんの後輩でリチェルカーレの姉妹店、カンツォーナの店長ミントさ、いや緑河空さんの声だった。
「緑河さん?四葉さんの携帯からかけてくるなんてなにかあ……」
「神楽坂さん助けてくださあああああい!」
思わずスマートフォンから耳を遠ざけたくなるほどの緑河さんの悲鳴。
「落ち着いてください、どうしたんですか?」
「ええっと、その……と、とにかく来てくれませんか?今、駅前の居酒屋『花鳥風月』にいるんですけどぉ……わわっ、ちょっと四葉先輩落ち着いて───」
詳しいことを聴く前に通話は途切れてしまう、なにか四葉さんにあったみたいだな。
「どうかしたんですか神楽坂さん?」
「ん~よくわからないけどとりあえず駅前まで今から行ってくるよ」
「そうですか、気をつけてくださいね」
「ああ、まぁ大したことじゃないとは思うけどね」
そう告げるとオレは壁に掛けてある紺色のウインドブレーカーを羽織り部屋を飛び出す。
五葉の前ではそう言ってみたものの普段のんびりしている印象の強いの緑河さんのあそこまでの取り乱しようにオレはただならぬことが起きているのではないかと少し不安な気持ちになりつつ足早に駅前へ向かうことにした。




 リチェルカーレのある桜花町はまぁずっと言ってきてるがクソがつくほどの田舎町だ。栄えているのは駅前のみで五分も歩けばあるのは一面緑の田んぼだらけ、街灯もろくにないので夜出歩くには懐中電灯が必須だ。
けど桜花町も数十年前は近くに大きな銀鉱があり、出稼ぎを目的に都会から多くの人がやってきていた。
まぁその頃はオレは産まれていなかったんだけどその頃は今の人口の数倍から数十倍だったと言われているくらいだ。
だが今は銀鉱も廃坑となり、高齢化と少子化の重なりもあって多くの人達が桜花町から都会へと流出している。
実は天城さんや一葉さんがリチェルカーレを普通の喫茶店からメイド喫茶にしたのにはここら辺りが大きく絡んでいる。
その理由とは、一言で言ってしまえば町おこしである。
萌えというのは金になる、とは天城さんの言葉だ。元々の喫茶店リチェルカーレの売上が悪かったわけではないがそれでもメイド喫茶になってからの売上は比べ物にならないくらいに多い。
今じゃわざわざ遠征と称してチェルカーレにやってくる客がいる、その事実だけでも普通の喫茶店ではありえないことだというのがわかるだろう。
そして一葉さんはそのリチェルカーレで大きく稼いだ売上でどうやらアニメを作ろうとしている……勿論、そのアニメの舞台となるのはここ、桜花町だ。
言うなれば聖地巡礼というのを目指してアニメを制作しているらしいが、まぁまだその聖地になるような場所はない……かな。
とまぁ、話が大分それてしまったがその町おこしの少なからず影響があったのかなかったのかはわからないが桜花町の駅前に最近できたのが全国チェーン展開もしている居酒屋『花鳥風月』である。
「ごめん、ちょっと遅くなった!」
「あっ!神楽坂さん!」
オレが少し息を切らしながら到着すると『花鳥風月』の明るい看板の下にいた緑河さんが慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。
「よかったぁ神楽坂さんが来てくれて」
カジュアルなジャケットにパンツスタイルの緑河さんは涙目でそんなことを言う。なにがあったのかは知らないが一悶着があったのは間違いないようだ。
「緑河さん、なにがあったんですか?というか四葉さんは?」
「四葉先輩ならそこに……」
そう言って緑河さんは暗がりの電信柱を指差す。一瞬そこには誰も居ないように見えたが視線を下げるともう一瞬幽霊か何かかと思うような暗い表情をした四葉さんが体育座りでブツブツとなにかを呟いていた。
しかもその隣には一升瓶が置いてあり、もう知らない人が見ればそれが事故現場のお供え物にさえ見えて怖すぎる。
「うおっ、一体何があった?」
「今日はここで桜陵大学の医学部の人達と合コンがあったんですけど、その人達が四葉先輩のことを小さい小さいって散々バカにして喧嘩になったんですよ」
「な、なるほど」
四葉さんに小さいなんてこと言えば一番気にしているんだから怒るのも無理はない。
「それからお店のお酒を呑み尽くして、あそこでずっと座り込んでいるんです。『恭治を呼んで』って私にスマートフォンを渡したっきり動かないんです」
「そう言うことか、ごめんね緑河さん後はオレがなんとかするよ。というかもう遅いし、なんだったら緑河さんも近くまで送っていくけど」
嘆息しながら緑河さんから四葉さんのスマートフォンを受け取るとそう提案するが緑河さんは小さく首を横に振った。
「あっ、私なら大地君……彼氏がそろそろくるので大丈夫です。あのえっと、だから四葉先輩のことよろしくお願いします」
「そっか、じゃあ気をつけて」
オレの言葉に深々と頭を下げてから踵を返し返っていく緑河さんを尻目にオレは地元の幽霊スポットと化した四葉さんの元へとゆっくりと近づく。
「四葉さん、お待たせしました帰りましょう?」
四葉さんはオレの言葉に膨れっ面で視線だけを上げる。いつものツインテールを下ろしオレンジのパーカーに真っ赤なミニスカートでこちらを見る彼女は、うん……言っちゃ悪いが確かに小学生にしか見えない。
絶対に口が裂けても言わないけどな、オレは。
「もう遅いですし、そんな所で座ってたら自慢の髪が地面について汚れちゃいますよ」
「おんぶして、恭治」
「はい?」
四葉さんから出た言葉に思わず聞き返してしまう。いや、おんぶって聞こえたけどそんなことしたらますます小学生に見え……いや、止めておこう。
「お、ん、ぶ!!して!!」
「わかりました、わかりました!」
大声を上げる四葉さんに渋々オレは背中を向けてしゃがみこむと四葉さんが勢い良く背中に乗ってくる。
「しぁ~行くわよ恭治!」
「はいはい」
すっかりご機嫌な四葉さんを背中に乗せてオレは歩き出す。あの酒をいくら飲んでも殆ど素面な四葉さんがここまで酔っているのも珍しいなと思いながら───


 少し肌寒くなった帰り道を四葉さんをおんぶしながらゆっくり歩いて行く、四葉さんの身体は本当に軽くて全く重さを感じない……勿論言うと怒りそうだから言わないけど。
「本当、最悪なのよあいつら。人のことをチビだと小さいとか……」
「それは確かに酷いですね」
背中の上で愚痴る四葉さんを慰める。なんていうか帰りながらこのやり取りをずっとしている気がするが酔っているんだから同じ会話の繰り返しになるのも仕方ないとオレは諦めている。
「恭治、私ってそんなに魅力ない?」
「そ、そんなことないですよ四葉さんはとても魅力的な女性です」
「お世辞じゃないでしょうねぇ、恭治ぃ!」
オレの首に回した腕を強く締めながら言う四葉さん、ああ……やっぱり酔っぱらいって面倒だななんて思ってしまう。
「正直に答えなさい!」
「いや、なんか答えたら怒りそうですし」
「怒らないからいいなさい!」
そう四葉さんは言うがこれって完全に怒らないと言って正直に言ったら怒るやつじゃないか。
「ま、まぁ四葉さんは見た目は一見その、小柄で可愛らしいですけど……一緒に仕事してるとよくわかるんです、凄く面倒見がいいですし、気も利くから大人の女性って感じですよ、本当」
今の四葉さんの状況で言葉を選び間違えたらとんでもないことになる、それは間違いなくわかっているのでオレは慎重に言葉を選びながら答える。
「ふぅん、結構見る目あるじゃない恭治」
「は、はは……」
不機嫌と上機嫌を行ったり来たりな四葉さんに苦笑いで答える。なんていうかリチェルカーレまでの帰り道がいつもより長く感じるぜ。
「そう言えば恭治、私前から思ってたんだけどね」
「はい?」
急に神妙な口ぶりで話しだした四葉さんに思わず身構えると次に出た言葉は想像の範疇を遥かに超えた言葉だった。
「恭治の耳ってなんか美味しそうだよね、食べても良い?」
「はい!?いや、いいわけないでしょ!!」
思わずなにを言い出すんだってツッコミを入れてしまったが四葉さんは止まらない。
「御馳走を前にして我慢できるわけないのよね~はぁむっ!」
「───っ!!」
制止も聞かず四葉さんがオレの耳に甘噛みをすると、オレの背中に電撃のようなゾクっとした感覚が走る。
「ふぁ……れろっ、じゅる……」
「ちょ、ちょっと四葉さん!」
「んっ、じゅるる、はぁふむ……」
四葉さんの舌先が耳のくぼみを沿うようになぞり、吐息が耳の穴にかかる度に心臓が跳ね上がりゾクゾクが全身に駆け巡る。
「んっ、ふぅ~、恭治ってもしかしてASMRの才能あるのかもね」
「え、えーえす?いや、ちょっとよくわかんないですけど」
聞いたことのない言葉に戸惑っていると四葉さんはわざとらしく耳元で囁くようにして言葉を続ける。
「ふふっ、耳フェチみたいな感じね、耳元で囁かれたりすると気持ちよくなれる人ってことよ。だってさっきから恭治の背中を通してゾクゾクってしてるの私にも伝わってくるもの……はぁむっ!」
「ふむふむご鞭撻痛み入ります……じゃない!!いい加減にしないと怒りますよ」
「えぇ~?気持ちよかったくせにぃ」
不満そうな声を四葉さんはあげるがオレは答えない。いや、そのえーえすなんたらかどうかは知らないが気持ちよかったなんて言葉を口に出したら硬派を目指す漢としては負けだ。
「ほらリチェルカーレに着きましたよ、降りてください。ほらスマートフォンも持って」
「はぁい」
気がつけばオレの視界にリチェルカーレの特徴である蔓の巻きついたアーチ上の門構えが見える。
「ふぅ、楽ちん楽ちんありがとね恭治」
オレの背中から降りると四葉さんは軽い足取りで店の裏、通用口の方へと歩いていく。なんていうかその足取りからして完全に酔いが覚めてるじゃあないか。
「よぉし、それじゃ呑み直すわよ恭治!」
「は、はい!?」
通用口の扉を開けながらそう言う四葉さんに唖然としながら後をついていく。いや、この人居酒屋の酒呑み尽くしたみたいなことさっき緑河さんから聞いたような気がするんだが?
「いやあの、まだ飲むんですか四葉さん?」
間接照明の淡いオレンジ色の光だけが店内を照らす中、業務用の冷蔵庫を漁る四葉さんに後ろから問いかける。
「あったりまえでしょう?あんな最低な奴らと飲んだ酒なんてカウントに入らないのよ」
カウントには入らなくてもその小さな体、腹には入ってるんじゃないのか?なんて思うんだけど本当この人の酒の消化能力は凄まじいな。
「ほら恭治、座って!どうせ明日は休みなんだから付き合ってよ」
「いやまぁそうなんですけど、一杯だけですよ」
テーブル席の椅子を引いてここに座れと指差す四葉さんに一応の忠告と前置きをしておいてから仕方なく席に着く。
まぁこんなの酒が入ってしまったらあっという間に消え去ってしまいそうな忠告だけどしておかないよりかはましだろう。
「それじゃ、私もよっこらしょっと」
一体どれだけの酒を付き合わされるのか、明日確実に二日酔いなんだろうなぁなんて思っていると四葉さんはオレの膝の上に向かい合うようにしてその小さな体を乗せてくる。
「は!?ちょっとなにやってんですか四葉さん!?」
「ん、これ恭治の分」
「あっ、どうも……って、そうじゃなくてですね!」
四葉さんから蓋の開けられた缶ビールのロング缶をなんとなく受け取ったが、いやちょっと待てこの状況は何だ?
これはあれだ対面なんちゃらとかいう奴であり、大人の行くお店でやる奴じゃないか!!……いや、知らないぞ、硬派なオレはそういうの全然知らないけど!!
「おつまみになりそうなの探したんだけど目をつけていたフルーツの砂糖煮なくなってたからね」
「ああ、あれは五葉の新メニューに使ったんでないですよ……って、それとこれは関係ないじゃないですか」
「関係あるわよ、おつまみがないから今日は恭治が私のお・つ・ま・み」
四葉さんはビール缶に口をつけながらニッコリと微笑む。やっぱり酔ってるんじゃないのかこの人?
この体勢だと普段見下ろしてばかりな四葉さんの顔がちょうどオレと同じ目線にあり、間接照明の影響なのか普段ツインテールな髪がおろされているからなのか、なにかわからないけど凄く大人っぽく見える。
「勿論恭治も私をおつまみにしてもいいわよ、なんだったらおかずにしてもいいけど」
「訳の分からないこと言わないでくださいよ」
冗談を言いながらじっと見つめてくる四葉さんにオレはそっぽを向いて缶ビールを口にすると舌の上に強い炭酸と苦味だけが強く残る。
二十歳過ぎてからちょくちょく酒は飲んできたがビールはどうも苦手だ、まぁカクテルばっかり飲んでたのもあるのだけどこの苦いのが美味しいとかいうよくわからない理論というのが未だに馴染めない。
『大人になったら自然とわかるわよ恭治君でも』なんて昔バーテンダーをやっていた先輩に言われたこともあったっけか?
それを考えるとオレはまだ子供、ということなんだろうか?
「恭治って、近くで見ると案外格好いいわよね。恭治から見て私はどう?」
「どうって、なんていうか……こうして見ると前髪決まってますね」
チラリと横目に四葉さんの顔を見てそう告げる。なんだろう、朝言われた時にはさっぱりわからなかったけど今こうして近くで見ると確かにこの位置じゃないと四葉さんっぽくない……という謎の感覚がある。
「ふふっ、そう言われると冗談でも嬉しいかな。でもなぁ、恭治って五葉のことが好きなんでしょ?」
「ぶほっ!な、なんでそこで五葉の名前がでるんですか」
思わず吹き出しそうになった口元を抑えて反論するが四葉さんは余裕そうな笑みを浮かべてじっとこちらを見ているだけ。
「そうなのぉ?でも仕事中とかいつも五葉のこと見てるような気がするんだけど」
「み、見てませんよ!お、オレは硬派な漢を目指してるんですよ、色恋沙汰なんてのはまだ早いですって」
「ふぅん」
口早に言うオレに対して四葉さんはやっぱり余裕の表情でビールを口にする。というかオレって仕事中にそんなに五葉のこと見ているのか?全然自覚なかったんだけど……。
「それじゃ、五葉のこと好き普通、嫌いでいうならどこの辺?」
「そりゃもう普通ですよ、至って普通……普通の仕事仲間です」
「じゃあ私は?」
「よ、四葉さんだって普通です!先に言いますけど三葉さんや二葉さんも普通ですから!」
自分でも何を言ってるのかわからない言葉を吐いてからビールを喉に流し込む。
確かに五葉も四葉さんも、三葉さんや二葉さんも綺麗だし美人だ……こんな子が彼女だったらなぁなんて思わないこともないけども、とにかく色恋沙汰なんてオレにはまだ早い!硬派な漢を目指すオレには───
「へぇ~みんな普通なんだ、それじゃ……まぁだ私にもチャンスあるのね」
「いやいやチャンスって、なんのチャ…………んんっ!!」
そう言って向き直した所で四葉さんの唇がオレの唇を塞ぐ。
───、一瞬何が起こったのか理解するのに時間がかかった。
「ちょ……四葉さ、んっ……」
言葉を挟む余地さえオレには与えられない。四葉さんはオレの消えかかった言葉に一瞬だけ薄目を開けたがすぐに目を閉じお構いなく小さな舌先をオレの舌に絡めてくる。
はぁ…んっ、ちゅっ…れろ……ちゅぅ
それは四葉さんの言葉なのか絡み合う二人の舌先が奏でる卑猥な旋律なのかよくわからないが先の帰り道で耳を舐められた時よりももっと強く全身が痺れ、脳が蕩けて理性が消えていく。
なんでオレ、四葉さんとキスしてるんだ?
四葉さんとは仕事仲間であり、そういった関係じゃないはず、それにオレは硬派を目指す漢であって、こんなことしてはいけないはず……はずなのに。
しかし気がつけばオレは手に持った缶ビールをテーブルにそっと置いて四葉さんの小さな身体を抱きしめていた。
四葉さんはキスが上手だ、こちらがなにもしなければ嫌というほど唾液と舌を絡めてくるのにいざこちらが攻めようとすると舌を引っ込め焦らすようにオレの唇をなぞってきたりする。
唾液はまるでどんな果実の蜜より甘く、濃厚で……それでいて麻薬よりも脳をおかしくさせる。
「んっ……んっ、はぁっ。ふふっ、意外と奥手じゃないんだ恭治って」
四葉さんは唇を離して微笑みながらそう言うと最後に軽くキスをしてオレの身体から離れる。
どれくらいキスをしていたのかわからない、それは数秒にも数分に感じられるような不思議な時間だった。
「五葉とはまだしたことないんでしょ?それじゃ私が一歩リードってことね」
「いや、あの……その四葉さん」
「いいおつまみありがとう恭治。私、夜風に当たりながらもうちょっと飲むわね、おやすみ」
オレの返事を聞くまでもないといった感じでそれだけ言うとビールを片手に外へ出ていってしまう四葉さん、そして残されたのは呆然とするしか無いオレだ。
「うわはぁ、オレなにやってんだ」
先程もまでしてきたことを振り返って思わず我に返ってオレは頭を抱えた。
思えばオレがキスした相手って振り返ってみれば今まで全員酔ってた人ばかりじゃないか、なんとも恥ずかしい限りだよ。
これはきっと普段飲まないビールのせいだ、そう酒のせいにしてしまおうとテーブルに置いた缶ビールを手に取るが缶ビールは半分と減っていなかった。
「ま、まぁいい……明日は休みだ」
オレは先程の失態を忘れようと呷るようにしてビールを一気に喉へと流し込んだ。




「んぐっ……がぁ、頭いてぇ」
頭の締め付けられるような痛みに目が覚める。
わかっていたことだが休日の朝に二日酔いで目覚めるなんてこれほど最悪な寝起きもない。
突っ伏していたテーブルから身体を起こして一つ背伸びをする。
辺りはもう朝、というよりも昼間のようだ……随分と周りが明るい。営業日じゃなくて本当に良かった、これが営業日なら今頃天城さんに殴り飛ばされててもおかしくないからな。
「しかしこんなところで寝てしまうとは全くダメだな……ん?」
ふとテーブルの上に紙切れが置かれているのに気が付きそれを開いてみる。
『七年坂と出かけてくる。酒を呑むのはいいが、程々にしておけ』
そこには天城さんの流暢な文字でそう書いてあった。
なんとも身につまされるお言葉である、しかしながらオレ自身そんなに呑んだ記憶はないんだけど……
そう思ったんだけど、ぼ~っとした頭でカウンターの上の辺りを見て思わず「あ~」という間抜けな声が出た。
呑んだ記憶がない、もとい呑んだ記憶がなくなるくらいに呑んだってわけか。
「すごい量、後で片付けないと」
オレはふらつきながらカウンターに何十個と置かれた空の缶ビールをとりあえず流し台に放り込んでいく。
さすがにこれだけの数はオレ一人では呑んでない、半分……いや、八割は四葉さんだとは思うんだけどその辺の記憶が全く抜け落ちている。
「変なこと、してないだろうな」
自分自身に問いかけてみるも、ことこの神楽坂恭治という男は普段は硬派硬派と宣うものの酒が入るとてんでダメだからな。我ながら昨日のことは色んな意味で忘れてはいけない教訓である。
忘れてはいけない……その言葉に一瞬昨日の四葉さんとの情事が思い浮かび咄嗟に頭を振る。
「いかん、酔い覚ましに頭冷やしてこよう……」
流し台に一杯に山積みされた缶ビールを前に嘆息すると風呂場のある二階へと向かうことにする。
どうでもいい話だがリチェルカーレは古い喫茶店を天城さんが改装した店であり、一番最初に手を掛けたのが二階にある風呂場だったそうだ。
一階が店舗になっているから二階にあるのはまぁわかるとして、なぜだかリチェルカーレの浴室の広さはなんか無駄に広く、大人でも二、三人は余裕で入れる浴槽は今時珍しい24時間風呂である。
「だが今のオレは悠長に風呂に入りに来たわけではない!」
着ている服を洗濯かごに押し込めながら全裸になると大きく息を吐く。
「よし、中には誰もいないな」
磨りガラスの向こう側に誰もいないことを確認し、浴室の中に入る。
ここで風呂場に五葉辺りがいて「きゃー神楽坂さんのえっちー!」な展開にならないようにチェックは怠らない。
なにより今から始まるのは硬派な漢の修行だからだ、煩悩に苛まれた悪しき心を律する時にそんな展開はいらないのである。
「よしっと」
オレは風呂椅子をシャワー台の前まで持ってくるとそこの上で座禅を組む。
リチェルカーレに帰ってくるまでの一年間、硬派な漢になるべくオレは全国の滝行巡りをしてきた。
それをやり終えリチェルカーレに戻ってきたオレだったが昨日の愚行を見るにまだまだ修行が足りないようだ。
「簡易滝行の開始だ!!」
背中側に手を回し一気にシャワーの水を全開にする。本物の滝行とはいかないが頭から一気にかかる水が身も心もぎゅっと引き締めていく。
「邪念を振り払うんだ、邪念を」
夏ならまだ気持ちいいいで済むこの修業も秋の終わりかけにやるとさすがに数分で止めたくなる行為ではあるが邪念を消し去るためには致し方ない。
「……お邪魔するね恭治君」
「んっ、誰だ?って、いかんいかん集中集中」
シャワーの水の音でよく聞こえないが誰が浴室に入ってきたようだ。だが、そんなことで一々気を乱していては硬派な漢になるにはほぼ遠い……ほぼ遠いんだけど。
天城さんって出かけてくるってさっきメモ紙に書いてあったよな?ええっと、じゃあ誰が浴室に入って来たんだ?
リチェルカーレにいる男性といえば、オレと天城さんだけで後は全員うら若き女性ばかりのはずなんだけど?
「……水冷たいけど、なにしてるの恭治君?」
「滝行ですよ、卑しい心を清め……て、いるんで、す、けど」
思わず返事をし、目を開いてみるとそこにはなんということでしょう!いつものゴスロリ服ではなく、一糸まとわぬ姿をした三葉さんの姿がそこにあるではな───
「うわぁぁぁっ!み、三葉さん!?なんでいるんですか!」
「……お風呂入りに」
素っ頓狂な声を上げて視線を外すオレに対して三葉さんはあっけらかんとした様子で答える。そりゃそうだ、浴室なんだから風呂に入りにくるのは当たり前であって滝行始めるやつのほうが異常というかそんなことは今はどうでもいい!
「いやいやいや、流石にマズイですよこの状況は!」
「……なにか問題ある?」
「大有りですよ!その、ほらですねお互い裸じゃにゃいですか!」
しどもどろになりながらオレは訴えるが三葉さんはその裸体を隠す様子はない。
「……仁とはいつも一緒にお風呂に入ってるけど、綺麗な身体だって褒められる」
綺麗な身体という言葉に視線がつい三葉さんの方を向いてしまうがその大きく柔らかそうな乳房にしゅっとくびれた腰を目の前に慌てて目を閉じ背中を向ける。
これが天城さんの見ているアニメなら普通湯気とか謎の光で見えないだろうが!DVD買わないと見えないところだろうが!とわけの分からないことを考えている辺り、オレはもうダメな気がする。
「……はい、それじゃ雨の日に捨てられた子犬ごっこもう終わり」
「いやこれ滝行なんで……」
オレの小さな抵抗も虚しく、三葉さんはシャワーの水を止めるそっと背後に周ってくる。
「……折角だから、身体洗ってあげる」
「いや、いえ、うえぇ、まずいですってこれは!」
「……このまま出たら風邪引いちゃうよ」
立ち上がろうとするオレの肩を抑えてスポンジにボディソープをつけて背中を洗い出す三葉さんにオレはもう見を縮こませるしか手立てがなかった。
「……ふぅん、恭治君の背中結構逞しくなってるね」
「そ、それはどうも……って、やっぱりマズイですよ天城さんにこんなこと知れたら」
鼻歌交じりにオレの背中を洗う三葉さんに消え入るような声でオレは言う。いやだって、三葉さんは天城さんの彼女であって、こんなこと知れたら文字通り宙に浮かされて即死コンボを決められるに違いない。
オレは何度も見ているからな、誇張なしに人って浮くんだぁってシーンを。
「……仁はきっと今は鉄仮面とお城のようなホテルで疲れるご休憩中、だからいいの」
「いやぁ、三葉さんが良くてもオレ的には大変厳しいというか」
さっきから気になるんだけどちょくちょく、その……三葉さんの胸が当たってるのが気持ちいいとかどうやったら背中洗いながら胸が当たるんだとか言いたいことが山ほどあるんですけどぉ。
「あ、あの……やっぱり七年坂さんでしたっけ?その人のこと気になるんですか?」
呆けた心でつい、そんな言葉を吐き出していた。
余計なお世話、そう言われたらそれまでなんだろうけど昨日見たあの七年坂深雪って人は確かに物凄く美人だったしスーパードライなメイド探偵な雰囲気だった割に天城さんの前では屈託のない笑顔を見せていた。
それは天城さんも一緒だったし、気にならないと言ってしまっては嘘になる、なにか今オレの背中を洗っているのもそれを必死で忘れようとしているんじゃないかという邪推までしてしまった。
「……鉄仮面は私の知らない仁を知ってるから少し妬けちゃう」
「三葉さんも知らない天城さん?」
「……恭治君は仁の小さい頃の話は知ってる?」
「あっ、いや……」
三葉さんがシャワーの温水を背中に当てながら言う言葉にオレは首を横に振ることしかできなかった。
温かいお湯が冷たい体に当たると凄く気持ちがいい、ついでに三葉さんの胸も当たっていてとても気持ち……いやそれはいい!
オレが知っている天城さんの硬派な武勇伝ってのは大体高校時代に入ってからのものばかりで、多少聞きかじったことがないわけではないが小さい頃の天城さんについてはほぼ知らないと言っていい。
「……私も恭治君とあんまり変わらない、仁は昔のことをあまり喋りたがらないし。でも鉄仮面、あの七年坂深雪って人は仁とは本当に小さい頃からの知り合いだから、私よりもずっと仁のことを知ってるの。どうやったらあんな風に仁が笑ってくれるのかとか、小さい頃なにが好きだったのかとか、全然私は知らない」
少し寂しそうに三葉さんは言う。あのいっつも天城さんの側にいて見た目はともかく正妻感バリバリな三葉さんでもこんなことで思い悩んでるんだなぁと思うと少しだけ胸が苦しくなる。
「大丈夫ですよ三葉さん。別に古い知り合いだからって今は三葉さんが彼女なんですから、自信を持ってください」
「……うん、そうなのはわかってる」
「天城さんも言ってました『男は船で、女は港』だって。天城さんは硬派のカリスマですよ、そんな浮気とかするわけないじゃないですか」
どこかで聞いたことのあるような言葉がつい口から出た。いやまぁ実は全然天城さんの言葉じゃないんだけど少しでも三葉さんが元気になるならこれくらいの嘘だってつくさ。
「……恭治君は優しいね」
「うひぃ!?ちょ、ちょっと三葉さん!」
耳元で囁かれる言葉にゾクリと背中に電流が走ったような刺激と、それを打ち消すかのような強く押し当てられた柔らかな感触が同時に襲いかかる。いやその、思いっきり当たってるんですけど!
「……それは仁の言葉じゃないけど少し気持ちが楽になった。だからお礼に今度は前を洗ってあげる」
「いやいやいや!!それはいいです!まずいです!色々と!」
必死に前を向かせようとする三葉さんにオレは全身を強張せて抵抗する。
さっきから目を閉じ心頭滅却をもってしてなんとか冷静に振る舞ってきたつもりだけどももはやオレの愚息に巡る血は最高潮に達し、熱り立ってしまっているのだから。
───そして、この最高に幸福で危機的状況は更に悪化する。
「いやぁ昨日は呑んだ呑んだ」
「あっ、ちょっと四葉お姉ちゃん、洗濯するからその辺に脱ぎ捨てないで」
四葉さんと五葉のそんな声が脱衣所から聞こえてきたのだ。
「げっ、まずい……」
「……これは大変なことになりそう」
目を開いて出入り口を見やると磨りガラス越しに四葉さんと五葉が服を脱いでいるご様子、これは数分、いや数秒もしないうちにここに入ってくるのは間違いない。三葉さんとオレがいるこの浴室に、だ!
オレは瞬時に浴室の壁側にある小さな窓を見るが……いや、無理だ!
だってここ二階じゃないか、しかも全裸で飛び降りるなんてのほぼほぼ自殺行為に近い。
かと言ってこのまま四葉さんと五葉に出会ってしまったら社会的にはほぼ死んでしまうことと同義なんだが。
「……私にいい考えがあるよ」
半ばパニックになっていると、どこぞの司令官のようなことを言い出して三葉さんはオレの手を引きお湯のの入った浴槽へと入っていく。
「いや、呑気に風呂入ってる場合じゃないですって」
「……上手く逃してあげる。だから今はしゃがんで?」
「ほ、本当に大丈夫なんですかぁ」
我ながら情けない言葉を吐きながら渋々浴槽に身を沈めるとその上から三葉さんが蛇腹になった浴槽の蓋をオレの頭の上に掛け、同じように浴槽に身体をゆっくりと入ってくる。
「うっ、これ大丈夫なのか?」
三葉さんが浴槽に入ったことで水位が上がり蓋と水面との隙間はオレの鼻が辛うじて出るほどにしかなく熱気と湿気で息苦しい。
もう少し体勢をなんとかしたいところだが目の前には三葉さんがいるわけで変に動くとその、そそり立った愚息が触れてしまいそうでソッチのほうが大変危険だ。
というか煩悩を消し去る為に滝行しに来たってのになんでこんな状況になってんだオレは……
「んぁ、三葉ねぇじゃん。というか中途半端に蓋なんて締めてなにしてるの?」
浴室に入ってきた四葉さんに早速ツッコまれてるし本当に大丈夫なのかこの作戦?
「……おっぱいは重いからこうやって蓋の上に置いておくと疲れないの。四葉にはわからない悩みね」
「余計なお世話っ!ったく、よくそんな大きなものぶら下げて生きていけるわ。というか三葉ねぇもだけど五葉もちょっと胸大きくなってない!?」
「そ、そんなことないよぉ」
浴室に響くいつもの聞き慣れた声、だけれどもここは風呂場だ。服を着て風呂場に入るのは掃除のときだけであって、ここからは殆ど見えることがないけども四葉さんも五葉も当然服を着てないってことになるわけで……
声だけでも想像すればするほど頭の中がどうにかなってしまいそうだ。
「むむ~っ、嘘を言ってもお姉ちゃんにはバレバレなのよ五葉」
「ちょ、ちょっと四葉お姉ちゃん胸揉まないでっ」
四葉さんが五葉の胸を揉んでいる、だと!?くそっ、見えないことが余計がオレの煩悩を刺激するじゃないか……
釈迦は悟りを開く時に悪魔マーラの娘達の数々の誘惑に耐えたと言うらしいがこんなことで動揺しているオレには悟りなんて到底開けそうにないな。
「やぁっぱり大きくなってる。これはあれでしょこっそり恭治に揉ませてるんでしょ~」
「そんなわけないでしょっ!というか、四葉お姉ちゃん触り方が……んっ、いやらしいってばっ!」
「……二人共その辺にしなさい」
五葉の嬌声に三葉さんがさすがに窘めに入る。個人的にはもう少し聴いていたか……なんでもない。
「もうっ、怒られちゃった。今日は四葉お姉ちゃんの髪洗ってあげないよ」
「えぇ~ごめんって五葉。今度美味しいパフェ奢るから」
「しょうがないなぁ、ほらほら四葉お姉ちゃん座って!」
いつもは丁寧な口調な五葉だけどやはり姉妹だけだと普段とは少し違った感じで喋るんだなぁなんて思っていると三葉さんが立ち上がり、指でこちらに合図をする。
「……それじゃ、私は五葉の髪を洗ってあげるね」
「わぁっ、やったぁ!」
三葉さんの合図……えっとつまり、この姉妹が仲良く髪を洗っている後ろを通って出口に行けってことだよな?
確かに四葉さんも五葉も髪を洗っているところなら急に後ろを振り向いたりはしないだろうけど、これ無理あるだろ!?
「四葉お姉ちゃんの髪はいつも長くて綺麗~でもシャンプーすぐなくなるから大変だよね」
「……そうね四葉は長く綺麗な髪しているんだからおっぱいは諦めなさい」
「意味わかんないしっ!」
そんな三姉妹の会話を聞き流し、オレは小さく息を吐くと決意を決めて浴槽からゆっくりと出る。
どの道このまま浴槽に沈んでたっていずれはバレるんだ、それならまだ確率の高い方に賭けるしかないだろう。
「それでね昨日お客さんが~」
「へぇ、なかなか面白いこと言うじゃない」
五葉と四葉さんが会話している中、その後ろをゆっくりと歩く。どうやら二人は会話に夢中でオレのことには気がついていないようだ。
このまま行けばこの幸福的且つ危機的状況をなんとか抜け出せる、そう思ったんだが……
(あ、あれ……?)
磨りガラスの折りたたみ式の引き戸が開かなかった。ここで慌ててガタガタと戸を揺らせば元の木阿弥だ、鍵がかかっているんだろうと冷静に確認してみるが……鍵は別段かかっていない。
(なにかがおかしい、いや……おかしいのはオレか?力が全然入ってないじゃないか)
それに気がついた時、オレの視線が歪みそのままその場にバタリと倒れ込んでしまった。
「えっ……か、神楽坂さん!?」
「ちょ、ちょっとなんで恭治がいるのよ!!」
五葉と四葉さんの声が凄く遠くに聞こえる。ああ、終わったオレのリチェルカーレでの生活、さようならさようならさようなら……。
意識が朦朧とし、身体の自由が効かない、これはあれか?のぼせてしまったということなんだろうか?
「……大変、五葉ちょっと手伝って部屋まで運ぶから」
───むにゅん、と頬になにか柔らかい感触が触れている気がする。
「う、うん……なんでこうなってるのか、よくわからないけど」
───むにゅん、もう片方の頬にも柔らかい感触が当たってる……朦朧としていてよくわからないけど、これはなんていうか男子的にはかつて無い僥倖な状況になっているのではないであろうか?
ああ、神様……全く硬派なオレとしては頼んでない状況だけどありがとう、ありがとう、そしてありが……
「恭治ぃ、なにおっ立ててるのよ!!この変態っ!!」
「あがっ!!!」
しかしもう少し、このままで居たいというオレの微かな望みは四葉さんの男子的に致命的で壊滅的な一撃によってあっさりと終わりを告げたのだった。




───懐かしい匂いがする。
これはどこで嗅いだ匂いだったか?
少し雨に濡れた稲穂に吹き抜ける風の香り、そしてそれに淡く混じる甘く温かいミルクのような香り。
恐らく小さい頃母親に我儘を言って膝枕をしてもらった時に嗅いだ懐かしい香りに似ていた。
太腿の温かさとオレの頭を優しく撫でる少しひんやりとした母親の手はとても気持ちよく、ずっとこうしていたいと
よく思っていたものだ。
「んぁ……」
「あっ、神楽坂さん気が付かれたんですね」
そんなずっと甘えていたくなるような夢心地から目が覚めるとそこには覗き込むようにして五葉の顔があった。
オレが目覚めたのは五葉の部屋、窓から差し込む緋色の光に結構な時間が経っているようだ。
そして気がついた、さっきまで朧気に感じていた懐かしい感じは五葉が膝枕してくれていたからだってことに。
「五葉……?あれ、オレどうしてたんだっけ」
「お風呂で倒れたんですよ。最近店長のトレーニングに付き合ったり昨日一杯お酒呑んでたりして疲労が溜まってたんじゃないかって、三葉お姉ちゃんが言ってました」
少しホッとした様子で五葉は言う。
「そうだ、オレ風呂場で倒れ……うわあああああっ!」
少しづつはっきりとしてくる意識と共に倒れた時の状況がいかに恥ずかしかったか思い出し慌てて起き上がる。
「えっ、あ……服着てる」
「三葉お姉ちゃんが着替えさせてくれました。看護婦さんの免許持ってるからこういうのは慣れてるって」
「そ、そうなんだ……」
自分の体を見てみるといつもののシャツにジーパン姿に着替えていた。
しかし気を失ってたとはいえ女性に全裸を見られた上に服まで着せてもらうなんてなんたる失態だ。
「その、私も色々見ちゃいまして……ごめんなさい」
「いやあのそれはその、こっちこそごめん。なんであの場にいたかと言うとこれには深い事情があって」
「三葉お姉ちゃんがなんにも確認せずに急に入ったから、出るに出れなくなったんじゃって言ってました……だから大丈夫です」
「あ、ああ……うん、そうなんだ」
頬を赤らめ視線を外してそう言う五葉につい話を合わせて頷く。事実とは少し違うがどうやら三葉さんがなんとか誤魔化してくれた……ようだ。
どうにも少し胡散臭すぎて五葉の『大丈夫』なんて言葉からしても半信半疑って感じはするけども。
そんなことを考えていたせいか不意に会話が途切れ、妙な空気が部屋の中に流れる。
五葉の姿はいつものメイド服ではなく黒のタートルネックにモノクロチェック柄のスカートでいつも少し雰囲気が違い、窓から差し込む夕陽が影となりあまり表情が伺えない。
なにか言わないと、そう頭の中ではわかっているのだけれどもオレにはその上手い言葉を生み出す語彙力も無く表現しきれぬ自分が情けない。
そんなことを思っているとスッと五葉が立ち上がる。
「あの、えっと五葉?」
「あっ、私……お水、持ってきますね」
口早にそう言って五葉が一歩踏み出したその瞬間、ぐらりと五葉が後ろに倒れそうになる。
「あ、あれ……私?」
「五葉、危ないっ!」
咄嗟に身体が動いていた。オレは素早く立ち上がると直ぐ様五葉の体を支えるように手を伸ばす。
「っと、危なか……あ、ダメだこれ」
倒れそうになった五葉の身体を抱きしめたところまでは良かった、だが中途半端な体勢で支えたせいで体を持ち直すことができずにそのままベッドにボフンっと倒れ込む。
「いてて……だ、大丈夫五葉!?」
ベッドには五葉の長い髪が広がり、ふわりとシャンプーの甘いローズの香りが鼻を擽る。
「あ、はい……。結構長い間膝枕してたから足が痺れちゃってたみたい、です」
顔を背けながらそう言った五葉を見て、今のオレのこの状況が思いっきり五葉に覆いかぶさってしまっていることに気がついた。
「わわわわっ!ご、ごめん五葉!」
「待ってください神楽坂さん!」
体を離そうとしたオレの服を五葉がギュッと掴む。
「五葉……?」
「あの、えっと神楽坂さん……」
潤んだ五葉の瞳がじっとオレを捉える。何かを言おうか言わまいかと緊張している様がひしひしと伝わってくる。
「私、見ちゃったんです」
「えっ……?」
見た?何を?風呂場での話はさっき終わったよな?じゃあなにを?
その言葉をいうよりも前にオレの中でなにか凄い嫌な悪寒が走る。
「神楽坂さんと四葉お姉ちゃんがキスしてるところ、です」
その言葉にドスンと胸に鉄杭が打ち込まれたような衝撃が走る。予感が的中、しかもど真ん中もど真ん中……弓道で言えば正鵠、図星、ダーツで言えばダブルブルな大命中だ。
「いや、あのそれは……」
「それを見ちゃってから私、おかしいんです。胸の奥がザワザワするというかとても辛くて……上手く言葉にできないんですけど、あの……だから」
一つ一つ言葉を選ぶようにして口にする五葉に自分でも動悸が激しく高鳴っていくのがわかる。
「私と完全版のおまじないをしてほしいです。それで、その後神楽坂さんが私の事嫌いじゃなかったら、そのしてほしい……です」
そう言う五葉の顔は夕陽に照らされてなおはっきりとわかるくらいに真っ赤に染まっている。
さすがの恋愛無知なオレでも『なにをしてほしい』なんて聞き返さずともわかる、わかるんだけれども!
オレはどうしたらいいんだ?
硬派な男はここでどうすればいいんだ?
四葉さんとのことはアクシデントだからと断るべきなのか、それとも五葉の想いに応えてやるべきなのか……?
くそぅ、これがゲームならばポーズボタンを押してセーブして、Wikiで攻略情報を検索したいところだ。
だけれども現実にはそんなものはない、そして沈黙の時間が長ければ長いほどいけないこともわかっている。
「わかったよ、五葉」
オレは意を決してそう答えた。天城さんには「五葉に手を出したらぶっ飛ばす」とは言われている、そりゃそうだ五葉と同じ部屋で過ごしているのは硬派な漢を目指すための修行なんだから。
でも引っ込み思案で恥ずかしがり屋の五葉が先の言葉を口にするのにはそれこそ物凄い不安と決意があったのは間違いない。
だから今目の前にいる五葉の表情を見ていたらその気持ちに応えてやるのが一番いいと思ったんだ。
「それじゃ、完全版のおまじない……するよ」
「……はい」
オレは服を掴んでいた五葉の手をぎゅっと握る。そしてゆっくりと顔を近づけ、五葉の額と自分の額をそっと合わせる。
完全版のおまじない、本来のおまじないは五葉とその母親美樹とでやっていたものでお互いの額を合わせて行う。
「それじゃ、いくよ」
「はい……お願いします」
じわりと額に感じる汗の感触に口元にかかる五葉の息遣いに全身の血の巡りが早くなる。
『クオーキ クオーキ キワラケチ ラサキト ラサキト サイケスタ』
静寂に包まれた部屋に静かに呟かれる不思議なおまじない。
五葉はこのおまじないにどんな想いを描いているのかはわからない、けれどもそれを望んでいるというのならしてあげるというのがオレにできること。
オレはおまじないの後、じっと目を閉じる五葉にそっとキスをした。
それは小鳥の啄むようなほんの軽いキスだった。だが思えばオレはいっつも酔っぱらいから半ば無理矢理な感じでのキスならしたことがあるが素面の状態で、しかも自分からしたことはこれが初めてなわけで……
いわば能動的ファーストキス、ほんの一瞬唇が触れただけだというのに言われもない感情が溢れ出してくる。
「……しちゃいましたね、キス」
そっと唇を離すと五葉が目を開き、そう言う。どこかその表情は色っぽく、そして幸せに満ち溢れていた。
「あの……私から誘っておいてこんなこと言うの、あれですけど……私、初めてなので、優しくしてください」
五葉の言葉に小さく頷く。頷いたのはいいけどそれってあれだよな……いや仔細な説明なんて必要ないのだけれども、いや流石にそこまでするのはダメなんじゃないだろうか?
「あ、ああ……善処する」
とはいえ頭の中でこれはマズイと思っている割には体は自然と五葉の服を脱がそうとしているし!!
いや、いやいやいやよく考えろ神楽坂恭治!オレはこのまま五葉とこんなことをしていいのか?
「……恭治君、いる?」
そんな優柔不断のシャトルランを繰り返しているところに部屋の扉がノックと共に三葉さんの声がする。
「は、はい!!起きて、ます!!」
扉から聞こえてきた三葉さんの声にオレは慌てて五葉から体を離し答える。
いや、これがちゃんとノックする三葉さんだったから良かったものの、四葉さんならいきなり部屋に押し入って来ていてえらい事になっていたところだ。
「……そう。恭治君、仁が呼んでるから来て」
「えっ、あ……はい!すぐ行きます!」
天城さんが呼んでる?天城さんって今は七年坂さんとライブに行っているんじゃ?そう思ったがよくよく考えれば部屋には夕陽は差し込んでるし、オレが気を失っている間に結構時間が経っているのか?
「ごめん……その天城さんが呼んでるから」
「あっ、はい……」
名残惜しそうに掴んでいた手を離し、見るから悄気返ってる五葉に言われもない罪悪感を感じたがオレはどこか救われたような気がしていた。
なにかこのまま流れで五葉としてしまうことによって取り返しのつかないことになってたんじゃないかと。いや、そういう世界線があるのかもしれないが、今は止めてくれた三葉さんと天城さんに感謝するほかがない。
意気地がないとか硬派じゃないと言われてしまうのかもしれないが、オレにはまだそんな踏ん切りがつかないんだ。



「すまないな、恭治。休みのところに呼び出して」
事務所に来たオレを天城さんはいつも通り黒革のソファに座り、煙草を口に咥えて出迎える。
そしていつも通りに横には腕に手を回しているゴスロリ衣装の三葉さんがいる。
「天城さん帰ってきてたんですね、えっとオレを呼んでるって聞いたんですけど」
「ああ、かなり早くライブが終わったんでな。とりあえず立ち話もなんだ、座れ」
「は、はい」
言われるがままにオレはソファに腰掛ける。
五葉との行為が中断したときは助かったなんて思ったんだけど、天城さんに呼び出されるなんてどういうことなんだろう?
天城さんに呼び出されることなんてそうそうないからな、そももそも天城さんが休みの日に事務所にいること自体が稀っていうか大体いつもイベントやらなんやらで出かけているからな。
『休みの日に仕事のことを考えるな』
なんて天城さんは常々言ってるし、どうみても仕事のことではない……と思う。
じゃあなんだ?昨日の四葉さんとのことか?それとも隣に三葉さんがいるし今日の風呂場でのこと?それともさっきの五葉とのやり取りか……って、なんか呼び出される罪状が多すぎる気がして頭が痛くなってきた。
「……恭治君、顔赤いけど大丈夫?」
「えっ、ああ!全然、全然大丈夫ですよ」
事務所に入る前に散々深呼吸をして気持ちを落ち着かせたつもりだったがまだ顔から血の気が引いてはいないようだ、オレはとりあえず三葉さんの問いに後ろ首を掻きながら戯けてみせる。
「ならいいが無理はするな、俺がいない間に色々あったらしいじゃねぇか」
「は、はい……」
オレの誤魔化しなど全く聞かないと言ったばかりにサングラス越しに鋭い視線を向けてくる天城さん。
これは、なんだ……?もしかして天城さん全部お見通しってやつなのか?
ならいっそ自分からしたことを告白したほうが罪が軽くなるというか十割即死が九割瀕死くらいにはなりそう、なりそうじゃないか?
いやしかし、ここで変なことを言って墓穴を掘るのが一番怖い気もする。
「恭治、悩み事があるなら遠慮せずにオレに言え」
「えっ……?」
自分の蛮行を責め立てられるのかと思っていたところに来た天城さんの言葉は意外な言葉だった。
「酒をたいして呑まないお前があんなに呑むなんてなにか悩み事があって酒に逃げてるとかそういうことじゃねぇのか?」
「え、ええぅっとそれは……」
そう言えば起きた時に天城さんの書き置きがあったのを思い出した。あのビールの山を見て天城さんはオレがなにかに悩んで酒に溺れていたと思い心配してくれた、ってことなのか?
「三葉がいるのが邪魔なら席を外させるが」
「……仁、酷い。私はいつも一緒」
天城さんの言葉に三葉さんがぎゅっと掴む腕を強めるが今はまぁそれはいい。
あの天城さんがオレを心配してくれた、ってことはとても嬉しいことなんだけど実際に急に言われてそんなに悩みはないというか相談できないことが多すぎるというか。 
「あのビールの山は一緒に飲んでいた四葉さんが殆どでして、オレは全然呑んでないですよ」
「そうか、ならいい。お楽しみ中に呼び出して悪かったな戻っていいぞ」
天城さんはそれだけ言うと煙草を咥え直し、考え込むようにソファに深く背中を預ける。あれ、今『お楽しみ中』とか言いました天城さん?
「え、えっと、それじゃあ一つだけ悩み事と言うか質問いいですか?」
そのまま部屋に戻っても良かったが天城さんに何かを相談する機会なんてあまりないのだからオレは一つ尋ねることにした。
昨日から今日にかけてのことを天城さんならどうするか、なんてことではない……終わったことはどうしようもないのだから聞くのはこれからの自分の為になることだ。
「質問か、あまりくだらない質問なら断るぞ」
「は、はい!」
くだらない質問なら断るか、いやこの質問はオレにとっても天城さんにとっても大事なことのはずだ。
「天城さんにとって、『硬派』ってなんですか?」
意を決して放ったオレの質問に天城さんは煙草を灰皿に押し付けるとぐっと身を乗りだす。
「くだらん質問はするなと言ったはずだぞ恭治」
「え、ええぇ……くだらなかったですか今の質問!?」
硬派と言えば天城さん、天城さんと言えば硬派なくらいに大事なワードだと思ってたんだが。
「そんなものを言葉にすればそれは途端に陳腐なものになる。それくらいは恭治、お前でもわかってると思ったんだがな」
「す、すいません」
慌てて頭を下げるオレに天城さんは煙草を口に咥え、大きく息を吸う。
「だが、あえて言葉にするのなら硬派ってのはな五葉のおまじないみたいなもんだ」
「五葉の……おまじない?えっ、どういう意味ですか」
突如として天城さんの口から出てきた五葉のおまじないというワードに思わず困惑する。
おまじないと硬派になんの関係があるっていうんだ?
「『クオーキ クオーキ キワラケチ』、恭治はこの意味を知っているか?」
「意味、ですか?いえ、意味までは……というか意味あるんですかあの言葉に?」
あのおまじないに意味があるなんて知らなかった。なにかそう、小さい頃に見た魔法少女辺りが使う語感だけの意味のない言葉だと思っていたからだ。
「あれは『すこーし、すこーし、しあわせに』という意味があるそうだ。これは五葉自身も知らないがな」
「……私は知ってたけどね。でも大事なのは言葉の意味ではなくて五葉がその言葉自体を信じているということなの」
天城さんの言葉を継ぎ足すように三葉さんが続ける。
「……あれは本来の意味だと五葉とお母さんだけのおまじないだけど、五葉は少し幸せになれるおまじないとしてそれをずっと信じ、大事にして色んな人にやってあげている。だからそこに本当の意味なんて必要なくて、私も四葉も説明はしていないの」
言葉の意味ではなく、その言葉自体を信じてる。それは正直、理解できそうな深く考えると途端にわけがわからなくなりそうだった。
「『硬派』っていうものの言葉の意味が知りたきゃ辞書でも開けばいい。だがそれは俺の『硬派』とは違うし、それは俺が俺の心の中でわかっていればいいものだ。人に説明するもんじゃねぇ」
「な、なるほど。……でもオレは色んな局面で硬派な漢ならどうするかって考えるんですけどそれがいまいちつかめなくて」
昨日の四葉さんとのことや今日の三葉さんや五葉とのことを思うと硬派ってなんだって思ってしまうのだ。
「そりゃ恭治、お前の中で『硬派』が定まっていないからだ。だからくだらねぇ質問をする、それを他人に問いて答えが返ってきたらお前はそれを真似るなりなぞるなりするつもりだったんだろうがそれこそ俺の『硬派』に反するんだよ」
天城さんは煙草を一息に吹かすと灰皿に押し付ける。
天城さんの言葉は完全に図星だった。自分で探そうとせずに人に答えを求めるなんて実に愚かな行為じゃないか。
「本来自分で見つけるものなんだが、仕方ねぇ……恭治、お前に一つ標を提示してやる」
「……仁、優しい」
三葉さんの言葉に一つ咳払いをすると天城さんはじっとこちらに鋭い眼光を飛ばす。
「恭治、お前は『小さな幸せを守るために全力で行動をしろ』。これは当然答えじゃない、だがお前が迷った時にちったぁ助けになるだろう」
「は……お、押忍!!天城さん、ご指導ありがとうございました!!」
オレは頭を下げると共に力いっぱいの声で感謝の言葉を告げる。
「わかったならいい。戻っていいぞ」
「押忍!!失礼します!!」
踵を返し事務所を出る。なんていうか天城さんの今の言葉はドスンと胸の奥に重く収まった感じがする。
『小さな幸せを守るために全力で行動しろ』、小さな幸せという言葉ですぐ脳裏に浮かぶのは五葉のおまじないだけれどもこれはきっとそれだけを意味しているんじゃないのだろう。
「だがこれでオレの進むべき道は決まったな」
言葉の意味を探るのではなく言葉自体を信じる、そしていずれは自分自身で見つけ出すんだ自分の『硬派』ってのを。
目指すものがはっきりするとこう満ち足りた気分になるものなんだな。いつもは左右の肌色ポスターに悶絶しながら通る苦役の道でさえ目に入らず軽快に階段を登っていく。
「あっ!恭治じゃない!」
「四葉さん?」
二階に上がるといつものオレンジ色のメイド服を着た四葉さんがちょうど五葉の部屋を覗き込んでいるのが目に入り、思わずオレは駆け寄る。
「なんで休みの日にメイド服を着てるんですか?じゃなかった、さっきは風呂場ですいませんでし……」
「そんなことはもういいわよ。それよりもちょっと恭治、何とかなさい!!」
「んっ?どうかしたんですか?」
慌てた様子というかちょっと引いてる感じで言う四葉さんにオレも五葉の部屋を覗き込む。
「世界なんて滅びればいいんだ、無くなれ無くなれ……」
そこには何やらベッドの上でゲームのコントローラーを持ちながら虚ろな目でヤバそうな言葉を呟いている五葉の姿があった。
「私、これからカンツォーナのヘルプに行くからって言おうとしたらなんかずっとこうなのよ。全然私の声聞いてないみたいだし心配で行くに行けないじゃない」
ああ、だから四葉さんはメイド服を着ていたのか。しかし、オレが天城さんのところに行っている間になにがあったんだ?
……いや、これはどっちかというとオレが天城さんのところに行ったからこうなったって感じなのか?
「とりあえずオレがなんとかしますよ」
そう告げると部屋の中に入り、ゆっくりと五葉に近づき声をかける。
「五葉大丈夫か?」
「貴方のいない世界なんて必要ない、ハルマゲドン、アポカリプス、カトストロフィ……滅びろ滅びろ」
オレの言葉も届かず、なにか凄くヤバイことを呟いている辺り、その様子は昨日の三葉さんと似ている。さすがに姉妹というだけはあるなって、感心している場合じゃなかった。
「五葉?おーい、五葉ってば」
強硬手段で五葉の肩を掴むと無理矢理自分の方へと向き直させる。
「無くなれ無くなれ滅びろ滅び……ひゃっ!か、神楽坂さん!?」
オレの姿に五葉の手からコントローラーが落ちると同時に五葉の顔に生気というか明るさが戻る。なんだこのコントローラーは、呪いのアイテムかなにかかよ。
「なにか危なそうな言葉呟いてたけど大丈夫か五葉?」
「ふぇっ!あ、あれはその!すごくゲームが楽しくて夢中になってて……」
どう見ても呪いの言葉のようなものを虚ろな目をして呟いてたような気がするんだけどどうやらご機嫌だったようだ。
「そうか何かあったんじゃないかと心配したよ」
「ごめんなさい。それで店長とお話は終わったんですか」
「ああ、終わったよ」
「そ、それじゃあ……あの、神楽坂さんさっきの続き、しませんか?」
「えっ!?」
頬を染めてそう言う五葉に思わず驚きの声を上げてしまう。あの五葉がこんなことを言うなんて衝撃も衝撃なんだけど……いやはやタイミングが悪すぎる。
「さっきの続きってなにをしてたのかしら五葉?」
「ふぇっ!?四葉お姉ちゃん、いつからいたの!?」
オレの肩越しに姿を現した四葉さんの姿に思いっきり動揺する五葉。いやまぁ全然気がついてなかったんだろうな四葉さんの存在に、だから急にそんなことを言われると別の意味でこっちまで動揺するじゃないか。
「これはえっとぉ、ゲームの話で……」
「いいのよ五葉、知らない間に結構大胆になったのね」
「うううっ……」
四葉さんに頭を撫でられながら誤魔化しきれないと察したのだろう、なんとも言えない恥ずかしさに顔を顰める五葉。
「でもこうなったら気になるじゃない五葉?恭治がどっちが好きなのかってこと、はっきりさせたほうがいいとおもうのよ」
『えっ!?』
その提案に思わず五葉だけじゃなくてオレも変な声がでてしまった。
だがそんなことお構いなしにオレの体をポンと押して突き放すと四葉さんは五葉をぎゅっと抱きしめてこちらを見やる。
「勿論最終決定じゃなくていいわ、今の恭治は私と五葉どっちが好き?」
「神楽坂さん……」
じっと二人の視線がこちらに向けられ、究極の選択を迫られる。
まさかいきなりこんな展開になるなんて全くの予想していなかったぞ。
「え、えっとぉ……」
思わず口ごもってしまう。さっきまでの満ち足りた進むべき見つかったぜ!なオレの勢いは一気に失速し地に落ちようとしている。
正直なことを言えばどちらも選べない。四葉さんも五葉もどちらも魅力的で、かと言ってじゃあ二人共オレの嫁にしてやるぜ!なのは全くもって硬派な気はしない……。
『小さな幸せを守るために全力で行動しろ』天城さんに教えられた標で考えれば、どちらを取っても選ばれなかった方の小さな幸せを守れなくなってしまう気がして、ああ!結局優柔不断で迷いまくってるじゃないかオレは!
となれば、もうオレに出せる答えなんて一つしかなかった。
「わかった、オレが好きなのは───」
オレの言葉、口の動きに二人が注目する。だがオレは二人の小さな幸せを守るために別の道を取る、そのことを許してくれ。
「オレが好きなのは天城さんだ!」
はっきりと言い放った言葉に四葉さんと五葉はお互いの視線を合わせる。優柔不断の結果第三者を出して逃げるというのは硬派ではないのかもしれないが二人を傷つけさせない為に仕方なく選んだことなん……
「やっぱり店長を選んだわ、ほら言ったでしょ五葉」
「う、うん……そうだったんですね神楽坂さん」
「え?あれ?」
まるでオレがそう答えるのがわかっていたかのような口振りの二人になんのことかと疑問符が頭に浮かぶ。
「神楽坂さんって、その……男の人が好きな人だったんですね」
「えっ!?いや、そういう意味じゃなくてだ!その立ち振舞だとかが憧れであって格好いいなぁってそういう意味で……」
ホモ扱いとかいう全く見当違いの展開に慌てて訂正するもなにか話が嫌な方にしか転がっていかない。
「でもさっき店長が呼んでるって言われた時に凄く嬉しそうな顔してました」
「うぐっ、それは……」
違う、あれはあの状態から抜け出せてホッとしたって感じであって、決して───
「証拠だってあるのよ」
「は、はぁ!?証拠!?」
証拠なんてあるわけないだろ、そう言う意味じゃないんだからと思っていると四葉さんがスマートフォンを取り出しなにやら操作をする。
『いいれすかぁ四葉さん!オレはですねぇ、天城さんが大好きなんですよ!!抱かれてもいい、掘られてもいいですねはっきりと言いますけど!!』
『わかった、わかったからもう離しなさい恭治!』
『いんや!ここはきっちりとさせてくだしゃい!』
ざわざわとした音の後に出てきたのは紛れもなく酔っ払ったオレの声とそれを窘める四葉さんの声で、内容はどう良く見てもホモ扱いが妥当なセリフでございました。
「な、なんなんですかこれ!」
「夜風浴びて帰ってきたら山ほどビール呑んだ恭治がベロンベロンに酔っ払ってて、しつこく言うから録音したの」
最悪である。山ほどのビールを呑んだのはやっぱりオレだった……じゃない、酔った勢いでとんでもないことを口走っていた挙句それを録音までされているとは。
「こんな可愛い姉妹を放っておいて男に走るなんてまさに硬派なホモね恭治」
「私、そういうのあまり知識が浅いですけどこれから理解していったほうがいいのかな」
「いや、ホモじゃない!断じてホモじゃないぞオレは!」
小馬鹿にしている感じの四葉さんとなんか一生懸命理解を示そうとしている五葉に必死に抵抗するが全く話にならない。
それどころか……
「……大丈夫恭治君。ここにそういうの治る薬があるから」
「お、お邪魔します!ちょ、長女の威厳を保つために私もここはひと肌脱ぎます。あっ、いえ実際に脱ぐわけじゃないですけど脱いでもホモになってしまった恭治さんには関係ありませんでしたね」
「三葉さんに、二葉さん!?」
扉が開き入ってきたのはまさかの三葉さんと二葉さんで、しかも二葉さんの手にはやたらぶっとい注射器が握られているのが見えて思わず血の気が引く。
「あの、えっと三葉さんそれは……?」
「……これは『ホモナオール』というお薬。人間嫌いの魔術師に作ってもらったの、あ……魔術師って呼んだら怒るんだったあの人」
「人間嫌いの魔術師ってなんですかぁ!しかも『ホモナオール』とかふざけた名前ですし、さっきから言ってますけどオレはホモじゃないですし!」
「大丈夫です恭治さん、実際は我が社で開発した試作品で『ホモナオールα』という名前ですので」
「そこはどうでもいいですっ!!」
赤いフレームのメガネを指でクイッと押し上げて言う二葉さんとそんな押し問答をしているといつの間にか五葉と四葉さんがオレの両腕に手を回しぎゅっと体を押し付ける。
うん、これが胸を押し当てて誘惑しているわけではないことくらいすぐにわかる。
「さぁブスっとやっちゃって二葉ねぇ!」
「お、女の子が好きな男の人に戻ってください神楽坂さん!」
「お、おい!ちょっと目を覚ませ、覚まして覚ましてください二人共!」
オレは腕を振り払おうとするもがっしりと二人に抑えられていてはびくともしやがらない。
「……頑張って二葉姉さん」
「ええ、昨日のミスはここで取り戻します、ついでに長女の威厳も!」
「いやいやいや!威厳とか全然関係ないじゃないですかぁ!」
じわりじわりと注射器を持って近づいてくる二葉さんに必死に声をかけるが全くもって聞いちゃいない。
一体全体なんでこうなった?しかもなんで二葉さんに任せる?滅茶苦茶手が震えてるじゃないか!
「そ、それでは恭治さん!お覚悟を!」
「やめてくれえええええええ!」
リチェルカーレに響くオレの哀しい叫び。
オレ、神楽坂恭治が『小さな幸せを守るために全力で行動できる』硬派な漢になれる日はまだまだ遠いのであった。





《 メイド服とおまじない 了 》





【 あとがき 】
最近ブログで八年くらい放置していた作品が読み直されだした上にお絵描きしてくれだしたので久しぶりに書きました。
その人に媚びに媚びた内容なのでMC用ではない気がするしなんかたいしたオチもないけどいいや、あはは
本編がタイトルの割に暴力、拉致監禁、ドラッグ(誇張なし)とやたらと暗くてアウトローな話なのでここではちゃんと当初のイメージ通り卑猥な内容に仕上げました、書いてて辛み。
そして書いてて相変わらず主人公とヒロインの性格が面倒くさいわ、あはは……どっかの童貞と超絶美少女とは違うね!違うね!(5pss
そして書いてた当時はスマートフォンがまだメジャーじゃなかったので登場人物が持っているのが携帯だったんですが今や「えーガラケー?キモーイ!ガラケーが許されるのは小学生までだよね~キャハハ!」みたいな流れなのでスマートフォンに持ち替えてます、時代の流れ怖いね

【 その他私信 】
テーレッテー!!
黒烏家お料理大会決勝に進んだ恭歌ちゃんを待っていたのはなんと以前圧倒的敗北をきした硬派のカリスマでしたの
圧倒的料理力に苦戦を強いられる恭歌ちゃん!
負けないで恭歌ちゃん!ここで負けたら黒烏家のコック長がメイド喫茶の店員にされてしまうのですわですわ!
食材はまだ残ってる。ここを耐えれば、硬派のカリスマに勝てますわ!

次回十二方姫の奴隷騎士第三話「ご飯にする?ライスにする?それともチャーハン?裸エプロンもあるよ!」にお料理スタンバイ!ですわですわ!


Icy cherry  氷桜夕雅
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