Mistery Circle

2018-11

《 カボチャでも書ける小説講座 》【 第五回目・小説ってどう書くの? その② 】 - 2017.11.03 Fri

【 第五回目・小説ってどう書くの? その② 】


初号機





 さて前回は、台詞ばかりの内容のものから始まって、小説と言う文体にまで持って行った方法について語ってみた訳なんだけど。
 まぁ正直言って、これは結構慣れも必要とするものなので、最初の内は柱やト書き部分を外したような形でも充分かも知れないね。
 それではちょっと話を戻して、“脚本に必要なものとは何か?”について語ってみようかな。

 まず、台本(脚本)とは、“柱”、“ト書き”、“台詞”の三つから成り立っているものなんだよね。
 で、最初の“柱”って言うのは、場所と時間の指定だね。
 前回の脚本形の例題をもう一度見てみると良く分かるかも知れないね。

柱 真夏の午後。走る貨物列車のコンテナの中。

 次は“ト書き”ね。これはまんま描写の事であり、地の文に相当する所。

ト書き 樽の上に腰掛け、葉巻を吹かしながら内藤を見降ろす天野。彼の背後のコンテナのドアは大きくひらかれ、見渡す限りの荒野が見えている。
ト書き 内藤の後頭部にショットガンの銃口を突き付け、薄笑いをする伍長。その声は低く、絶えず鳴り響くレールの音で、彼の言葉は聞こえにくい。
ト書き 上半身を縄で縛られ、あちこちに青あざを作りながら座らされている内藤。


 分かるかなぁ? ちょっと難しいかなぁ?
 つまりは、柱と台詞を取り除いた他の全てだと思ってくれてもいいかもね。
 柱が“いつ”と、“どこで”なら、ト書き部分は、“誰が”、“何を”、“どうやって”なんだね。
 つまりは、柱とト書きで、5W1H

 Who 誰が
 What 何を
 When いつ
 Where どこで
 Why なぜ
 How どうやって


 これだけの情報を、物語のなるべく始めの方で、簡潔に分かりやすく、盛り込む事。
 よほど文体の変わった小説だったり、敢えてこう言う情報を避ける作風でない限り、必ず必要となって来るのが小説と言うものなんだね。
 じゃあどうして物語の冒頭でこれらの情報が必要なのか。
 ちょっと自分が読者であると仮定して考えて欲しい訳なんだけど、これらの情報が何も無いままでスタートした場合、読者は自分自身の脳内で足りない部分を補完しなければいけなくなる訳だよね。
 実はもうこの時点で、読者は選択をする事になる。「補(おぎな)って読み進めるか」と、「ここで投げ出すか」。
 もう最初からサービス悪いってのが分かる作品を、頑張って読もうとしてくれる読者さんはあまりいないよ。最初から説明的過ぎる物語も敬遠されがちだけど、最初から何も与えられない物語も、かなりきついものがあるからね。
 更に言えば、「脳内補完」をして読み進めて行ってくれた読者に対し、後から5W1Hを付け足された場合、読者は読むのがもっと嫌になるんだよね。
 一度、「内藤はハンサムでスリムで知性的な若い男性」と位置付けて読み進めたのに、後から、「内藤は下種でデブで頭の悪そうなカボチャ」って説明されたら、放り投げられる可能性はもっと高くなる。
 つまり、物語の冒頭である程度の情報は与えておかなくてはいけないってのは、そこだよね。


 蒸し暑い真夏の午後。見渡す限りの荒野の中を駆け抜ける十二両編成の貨物列車。その貨物の一両に、三人はいた。
 彼らの背後のコンテナのドアは大きくひらかれ、焼けた熱い風が容赦なく吹き付けて来る。
「どうする、コイツ。作戦の内容は全部聞かれちまったぜ」
 樽の上に腰掛け、ポンチョとメキシカンハットで変装を施した天野は、憐れな男を見降ろしつつ、葉巻の煙を吐き出しながらそう言った。
「迷う必要なんざねぇ」と、カウボーイ姿の伍長は薄笑いをする。「いざとなったらこの脳天、吹き飛ばしちまえば何も問題はねぇだろう」
 その声は低く、絶えず鳴り響くレールの音で、彼の言葉は聞こえにくい。
 身ぐるみを剥がされ、ほとんど下着姿のようになった内藤は、上半身を縄で縛られ、あちこちに青あざを作りながら座らされている。
「頼む……やめてくれ」伍長に突き付けられたショットガンの銃口を後頭部に感じながら、内藤は尚も懇願する。
「許してくれよ。俺はあんた達の邪魔をするつもりは無かったんだ」



 例文では5W1Hの内のいくつかしか補われていないけど、とりあえず冒頭では時間と場所とキャラクターの容姿等を説明出来ていれば構わないと思うよ。
 特に容姿は必要だね。5W1Hには含まれてないけど、これがあるのと無いのとじゃかなり大きく違って来るから注意してね~。
 叶うなら、顔の作りや特徴なんかも盛り込むのが良いかもね。但し、あまりやり過ぎないように。自分の中に「これ」と言ったモデルがいたとしても、それを読者に押し付けるのはマイナスにしかならないので、例え書き手が広末涼子をイメージしていたとしても、ショートカットでボーイッシュな女の子(ツッコミ無用)程度に留めておくのが望ましいと思うよ。

 さて本当はこの例文を使って一人称と三人称について語ってみようかと思ったけど、まだ基礎知識編なのでやめとくねっ!
 次回は、書き方のルールね。次号からはなるべく、要チェックだよぉ!



【 第六回目・小説を書く上でのルール その① 段落の空白編 】に続く。



● COMMENT ●

当たり障りないことなんだろうなぁと最初は思ってたけど中々興味深い。
自分が我流でやってるから、上手く言葉に
できず説明しにくいなぁっと思っているところがちゃんと解説してあって思わず「そうそう、そうなんだよなぁ」とうなづくことしばしば
と、コメントしたので続きを書くように

MCではキャラの容姿を殆ど書かない俺参上
(理由はそれを考え出すと冒頭を書くのに時間がかかるからという)

容姿については私も手抜きかもしれないです。いつものあのキャラこのキャラ「顔」は細かに書いたことが無い気が・・・。

氷桜さんへ
ありがとうだよ、ありがとうだよっ!
とりあえず第九話まで出来上がってるけど、ここからは小出しにするねっ!
……だんだん、自分の首を絞めている気分になって来たよ。ふしゅしゅしゅ。

知ちゃんへ
それはそれでいいと思うよぉ。それで冒頭もたつくよりは、いっそ何も無しってのも全然アリだからね。実際、容姿等には一切触れずに始まる商業作品だって多いし。
ただ、読み手としてそこで一瞬止まっちゃうのは確かって言うだけの事だからねぇ。

なずなさんへ
知ちゃんへのコメントでも書いたけど、無しなら無しでもそこは大丈夫だと思うよ。
ただほんのちょっとでも、「おさげ頭の女の子が」とか、「端正な顔立ちの男性が」とか、「苦労を重ねただろう事が知れる顔の皺の多い老婆」とかそう言う描写があるだけで、読者がポンっと苦労なくそのキャラクターを自分なりに想像補完する事が出来るんだよね。
”容姿等は読み手にお任せ”ってのはオッケー。でも、お手伝いしてあげると読者はとても助かる。
年齢、性別、性格が、ほんのちょっとでも分かるような描写ね。
面白いので、これはまた後で他でもやろうねっ!

ここまでずいーっと読ませていただきました。
うん、とてもよくわかる。わたしも天然嘘つきだしときと場所にかまわず、わずかなきっかけで妄想があふれ出るタイプだから。
でも妄想も連想もほっとけば空に飛ばしたシャボン玉と同じではじけて消えておしまいだよね。そしてそれをきちんと形にして人に読んでもらうときの最初の法則、5w1H はほんとに大事。
私が最初、相当な強引さでMCに突っ込まれたとき、(あえてそう書くぞ。だって凄い腕力だったんだもん)ふしぎな集団だなあ、と思ったんです。
書くことが好きで好きでたまらない、というどマニア集団でもないし、切磋琢磨あっての文芸修行じゃ!というがしがしストイックな厳しさもない。他人の作品に対する容赦ない突っ込みもない。そのわりにみんな、締め切りもらったらきちんと書いて、読んでる。寸評もすごく丁寧で、なにより、愛がある。
でも、これ、……悪いけど、何か書きたかったんだろう?小説として咀嚼して読んでいいんだろうか?
と戸惑うときも、たまにその、ありましたが……
表現は自由でいいんだけど、自由は素晴らしいんだけど、一応小説というものには、あるべき基本形と形と、伝えるべきものを伝えようとするときのルールなんかは、やはり必要なのでは。
でもそれって、「白い紙の前で私は自由だ!何を書いても無限に許されるんだ!」と羽広げる時の自分の興奮と矛盾する。うーん、難しい。
だから今回の、カボチャ氏の講義はすごくありがたいものでございました。優れた書き手の皆様には今さらな話だろうけど、改めて確認するのもまた大事だよね、なにより、自分にとって。再度言います、自分にとって。だから、再感謝。ありがとうございます。
そういえば、なぜ小説を書くのかそして読むのかについて、あのノーベル賞作家、カズオ・イシグロ氏が、講義の中で言ってましたよね。
自分は日本人だから自分の描く日本はリアルなものと思われがちだけど、ほんとに幼い頃しか滞在していないので、自分の中で日本というのは追想の中で熟成させたイメージであり想像の世界に近い。でも字にすれば自分の世界を、日本という国に感じている情緒をそこに保存できる。自分の心や頭の中にある内なる世界を、人が訪れることが出来るような具体的な世界にして外に出せる。それが小説だ。
私達には別世界に行きたいという希求がある、そして読み手は、矛盾するようだけど物語の主人公を自分に重ねたがる。また個人であれ集団であれ記憶が人をだますことがある、そして人間は最も大事な時に嘘をつく、と。
わたし自身は、優れた書き手の物語あるいはその登場人物には、自分の絶望や悲しみを相対化してくれるのではないか、あるいは理解し寄り添ってくれるのではないか、さらに解放してくれるのでは(贅沢!)と期待してしまうところがあります。
たとえば、虚構の世界の中で足がかりを得ようとあがく登場人物が心の中で自分に問いかける勇気と苦悶、絶望、知恵。そこに花開いていく「嘘」の中には必ず書き手の後ろ姿があるはず。
「自分の苦しみを相対化してほしい」と願うと同時にそういう「後ろ姿」に思わずニヤリとしてしまうときもあります。
いつどんな風に、なぜなんのために、登場人物が或は作者が「自分をだまし読者をだまし、大事な時に嘘をついたか」を読み解くのも、小説読みの醍醐味の一つなんです。
長々と、すいませんでした。小説もこの調子でいつもちょっとのつもりが長文に。悪い癖なんだこれが(ぺこり)

桃砂さんへ
ありがとうだよ! ありがとうだよっ!
ざっと見、長文だったんで、お小言かなと思ってゾクゾクしたよっ!(ドM)
MCに強引に誘った覚えは全く無いんだけど、多分いつも通りだったからノーマルの方には刺激が強かったかもだよねっ! ぷすすっ♪
そうなんだよねぇ~。例えば自分が見た夢を人に語る場合、よほど特殊で面白い展開じゃない限り、聞かされる方はとても苦痛なんだよね。
でもって、他人の目を意識しないで書かれた文章と言うものは、その夢の話に良く似ているんだよね。読み手が興味持てない場合、読むのも聞かされるのもとても苦痛でしかないから。
だから僕がこの講義を通じて語りたい事は、「こうすれば良い小説を書けるよ」じゃないんだよね。単に、「他人に読まれる事をもっと意識しようよ」って部分。
だから、「そんなの意識してるよ」って言う人は、こんなの全然、読み飛ばしてくれていいんだよ。
これからもっと「こうるさい」講義になって行くと思うけど、桃姐もバンバン意見してねぇ~。とりあえず大真面目なコメント、どうもありがとうだよっ!


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