Mistery Circle

2017-09

《 眠り姫の睡眠不足 》 - 2012.06.30 Sat

《 眠り姫の睡眠不足 》

 著者:ひとみん






僕はたまらなく娘に、妻に会いたくなった。


ひとつの仕事が終わった後、畳に敷かれた布団の上で強烈な欲望が沸き起こった。

娘と妻がどこにいるかは知っている。自分の血を分けた娘だけれど、今は赤の他人だ。
おいそれと気軽に会えない。

でも。それでも。







暦では誕生日でも祝日でもなんでもない日だ。でも今の僕にとって、この日は人生の起点日だ。

離婚記念日。






















「秀一、貴一が交通事故に巻き込まれて・・・」

母からかかってきた電話。急いで駆けつけるも、兄は既に亡くなっていた。
突然の訃報に皆泣いて、泣いて。悲しんで、悲しんで。

そして葬儀が終わって現実を見たら、実家の寺の跡継ぎがいないという現実が問題になった。

僕の実家は寺の住職で、長男が継ぐ世襲制が慣例になっていた。僕は次男だったので、何の期待もされず、とある中小企業のサラリーマンになって嫁さんを貰って、娘を一人授かった。

平凡な、けれどそれなりに幸せな毎日だった。

しかし、兄貴が亡くなってそんな毎日が崩れた。
「宗憲」というものがある。坊さんの業界での憲法みたいなもので、基本的に破ることは許されない。寺の規則には

「住職は宗憲により、桐生姓を名乗る男子たる教師が継ぐべし……」

という一文がある。つまり他の人には家の寺は継げない。あとは養子をとって継がせるか、
生きている次男を後釜に据えるか、どちらかだ。


当然のごとく、次男の僕に白羽の矢が当たった。




「実家を継ぐことになりそうだ」
「え・・・」

妻は驚いた顔をした。そして、何かを言おうとして言葉にならず、すぐに口を閉じた。

「君と綾は僕についてこなくていい。僕の実家に縛られることはないよ」

妻が今の仕事を好きで、一生続けていきたいと思っている事を僕は誰よりもよく知っていた。僕と共に寺に来れば、住職の妻として檀家さんとのやりとりや接待、法事にお金の管理等で忙しく、とてもじゃないが今の仕事を続けていくことは不可能だった。

毎日楽しそうに仕事をしている妻についてきて欲しいなんて、言えなかった。

「・・・しばらく、考えさせて」















この年の夏、僕らは離婚することになった。
子供の親権は、話していた通り、妻が持つことになった。

愛した妻と子供は、ただの他人になった。

たった一枚の紙切れの約束によって、今まで築いてきた絆はすっぱりとなくなってしまった。
離婚したと言う事実は、僕の胸に事実としてはあっても、実感として湧かなかった。
















仰々しく包まれた、薬が手元にある。離婚した直後に、友人から貰ったものだ。

薬の名前は「Sleeping Beauty」。男だし眠り姫なんて柄じゃないが、今全てを忘れて眠りたい気分だった。

離婚して一年がたった。
この一年でめまぐるしく状況が変わった僕は、疲れていた。

もういっそ何もかも忘れて住職として暮らしたほうが、心の安定を図れるのではないかと思ったくらいに。











そんな休みもろくに取れない中、交通事故で無くなった方の葬儀の予定が急遽入った。
葬儀の話し合いをするために、寺に来た顔を見て驚いた。
兄の事故の原因となった人間の母親と娘さんだったからだ。

兄の事故は、飲酒運転をした車に巻き込まれた信号無視による事故だった。





内心の動揺を押し隠し、いつもどおり葬儀の手順を話し合い坦々と段取りが決まっていく。
喪主は母親だったが、母親は暗い顔をして思い出しては涙を流し見ていられない落胆振りだった。そのかわりというか娘がとてもしっかりしていて、葬儀の話し合いはほぼ娘さんと一緒に決めたと言っても過言ではない。
泣いて嘆いている母親を見て、私は心がざわつくのを感じた。

あってはならないことだが、私の兄を死に追いやった人間の葬儀をやることに、どこかで憤りを感じている自分がいる。


なんとか話し合いも終わり、部屋から出て行くと入り口に親子がいた。案の定娘が母親を慰めていて、母親は娘にすがり付いている。近づくと声が自然と聞こえてきた。

「お母さん、大丈夫?」
「ええ、ええ。明日はしっかりやってみせるわ」

青ざめた顔で必要以上にこくこくと自分に言い聞かせるように何度も頷く母親に、更に不安そうな顔になっている。見つめすぎたのか、母親から視線をはずした娘と顔があった。

「――お母さん、わたしちょっと住職さんとお話したいことがあるから、先に家に戻ってて」
「あら、じゃあ私も」
「ううん、個人的に聞きたいことがあるだけだから」
「そう・・・じゃあ先に帰っているわね」
「うん、気をつけて」



手を振って母親を見送った娘は、改めて私に向き直ると深く頭を下げた。

「一昨年は私の兄が、お兄さんの件でご迷惑をおかけしました」























「皮肉ですよね、交通事故で住職さんのお兄さんを死に追いやった私の父が、同じように交通事故で命を落とす結果になってしまうなんて」
「いえ・・・、心中お察しします」
「あ、こんなこと言われても困りますよね、すみません」

しばらく風鈴の音と麦茶の中の氷が溶ける音だけが私と娘さん―望美さん―の間に響いた。
お互いに無言だった。

「このお寺で兄の葬儀をしようと言い出したのは、私の母なんです」
「それは・・・」
「住職さんもお気づきでしょうが、私の母は兄があなたのお兄さんを交通事故で死に至らしめたことを覚えていません。忘れてしまったんです。薬で」

薬、と聞いてピンとくるものがあった。

「その薬は、もしかして最近話題の」
「ええ、「眠り姫」という薬です」






元はレイプされた忌まわしい経験から悪夢を見るようになった女性が、医師に処方された睡眠薬を用いて眠ること数週間後、副作用でその記憶が薄れ正常性を取り戻したという結果が出たことに始まる。その後この薬は多くの学者によって研究され、戦争に行った帰還兵の後遺症が表れた場合の安定剤にも用いられるようになった。



この薬を、僕はずっと捨てずに取っておいてある。

薬の名前を聞いて、僕は心臓が跳ね上がった。
僕の内心の動揺を他所に、望美さんは話し続けた。

「兄が事故を起こした後、母親は精神的に参ってしまい、度々・・・」

「薬を飲んだ母は、一時期よりとても落ち着きました。薬には感謝しています。母親の精神的安寧をもたらしてくれましたし。でも、今回兄が亡くなってまた不安定になってしまい、葬儀を行う際、ここで葬儀をやると言い出したときは、とても驚きました。そして、忘れることって怖いことだ、とも思いました。誰かを傷つけてしまったことまで忘れて、忘れたことによってまた誰かを傷つける可能性もあるんだってことに気づいたんです」

「兄と疎遠になっていた私は、兄が死んだ実感が湧きませんでした。でも、今日葬儀のことを話していて、ああ、本当に死んだんだなと思いました。やっと、実感が湧いてきたんです。そして思いました。会えるうちに、生きてるうちに会ってもっと話しておけば良かったって。今更遅いですよね、もう・・・」




















娘さんの話を聞いて、たまらなくなった。
元娘に、そして元妻に会いたい。

会いたい。会いたい。会いたい。


湧き上がった気持ちは抑えきれず、葬儀が無事終わった後すぐに東京行きの深夜特急に駆け込んだ。

僕らは嫌いあって分かれたわけじゃない。大人の振りをして、自分の気持ちを押し隠して、物分りよくしていただけだ。

突然会えなくなる喪失感を知っている。
会えるなら、会って今の僕の気持ちを伝えたい。
もういちど、切れた縁を繋ぎ直したい。


駅のホームのゴミ箱に、ずっと捨てられなかった薬を放り込んだ。
忘れる上書き保存の人生より、忘れずに自分の糧にしてこんなこともあったと笑い話に出来る人生の方が魅力的だ。



電車の中から後ろに通り過ぎて行く景色見る。街頭の光がまるで僕の心に宿った小さな希望のようで不安半分、期待半分。

ゴトン、ゴトン、という規則的な電車の揺れが気持ちいい。
皮肉にも眠り姫を捨てた今こそ、生まれて初めてこの世の眠りというものを授けられた赤ん坊のように今日は眠れそうだ。



《 眠り姫の睡眠不足 了 》



【 あとがき 】
最近暑くて眠りが浅かったことをヒントにちょっと長い文章を考えてみたら、まとまりががが。

ぐぬぬ。

ぬぬぬ。

ぬぬ。
ぬ。

そうだ、京都へ行こう。

間違えた。

そうだ、暑さのせいにしておこう。

そういえば、職場の上司にまっっっっっったくプライベートの話をしない他部署の室長がいるんですが、その人にどんなにプライベートの話をして欲しいと言っても頑なに拒むので、最近では同僚とゲイ説が有効になりつつあります。

前回不覚にも参加できなかった思いのたけをぶつけてみました。
参加できずホントに申し訳なかったです・・・。


ひとみん
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