Mistery Circle

2017-08

《 リトルコンプレックス 》 - 2012.06.30 Sat

《 リトルコンプレックス 》

 著者:辻マリ






僕には9歳離れた姉が居る。
子供の頃、僕は彼女に髪をといてもらうのが好きだった。
まだ小学校に上がる前、保育園のお遊戯で人数が会わなくて、女の子の列で一緒に踊る事になって、泣きそうだった僕に、彼女は笑いも怒りもせず、
「じゃあ、誰にも負けないくらい、おめかししようね」
と言いながら僕の手を握った。
それから毎日丁寧に僕の髪を彼女はとかして
僕は発表会の日に向けて頑張って振り付けを覚えて
フリルの付いたスカートを履いて、髪をリボンで飾って、女の子の隣でダンスを踊りきった。
記念にと撮影した写真は、今も家のリビングに飾ってある。
満面の笑顔で女の子と一緒に踊る子供の姿を写したものだ。
家に来る来客は皆、その写真を見つけると僕にこう問いかけてくる。
これ、お姉さん?と。
種明かしをするとややこしいから、僕はいつも、その問いかけに笑ってうなずいている。







僕は子供の頃、とても身体が小さくて
小学校に上がる前後くらいの頃は、姉と一緒に歩いていると、よく姉妹に間違えられた。
姉が小さな子供だった頃の写真を見てみるとそれが良く分かる。
僕達は、幼い頃の顔が良く似ていた。






中学に上がった歳に髪を切った。
理由は単純で、部活動に本格的に打ち込みたかったというもので、規則ではないけれど、髪を伸ばしたままだと怪我の原因になったりして危険だと思ったから、自発的に床屋に行った。
襟に届くほどあった髪は丸坊主に近いほど短くなって、しばらくは鏡を見るたびに違和感を覚え続けた。
大学に進学するため実家を出ていた彼女がそれを知ったのは五月の連休で、駅の改札で出迎えた僕に荷物を預けて開口一番、
「すっきりしたやんか」
と言った。
方言丸出しで感想を言った、と言うことは、平然としてるつもりで、多分それなりに驚いていたんだろう。
後になってから尋ねた時、正直残念に思ったと、彼女は少しだけ寂しそうな顔で話していた。
その時点では、まだ僕は彼女より背が低く、部活動でも、クラスでも前から数えたほうが早いほど身体も小さかった。
運動部に入部した一番の理由は、そのコンプレックスを覆したかったから、だった。
別に、周りに見下ろされるのが辛かったと言う訳じゃないんだけれど、背が伸びれば、身体が大きく、たくましくなれば、なんとなく違う世界が見えてくるような気がする。
僕たちの両親は、どちらもそれほど大柄じゃなく、成長期を迎えても背が伸びるかどうかの保障は無い。
けれども、食事を改善すれば、運動を取り入れれば、少しは遺伝子に反した成長が出来るんじゃないかと思っていた。
そして、僕のその目論見は見事に成功する事になる。
最初は成功の実感は中々湧いて来なかった。
部活動を始めて二年目、中学二年の夏休み頃から急に背が伸び始めて、その年の暮れには家族の中で一番背が高いのが僕、と言う状態になって
大学生から社会人になった彼女は、年末年始に家に帰って来て、出迎えた母の隣で荷物持ちを買って出た僕を見上げてこう言った。
「成長期はすごいねえ」
初めて、見下ろす位置に来た姉の顔は、並んだだけじゃ頭に手が届かない僕を見て、少し残念そうな表情を浮かべていた。
ほんの少し前まで僕は姉よりも身体が小さく力も弱かったけれど、これからはその力関係が逆転する。
家族仲が悪いわけではないけれど、月日の流れと共に何かが少しずつ変わっていっている実感だけは有った。







高校に進学してからも僕は中学生の頃と同じ部活動を続けた。
僕の身長は中学生の頃よりも更に伸びて、学年でも背の高い部類になった後更に伸び続けている。
髪の毛は伸ばさないでこまめに切り続けているせいで、すっかり固い毛質になってしまった。
姉は8月の半ばと年末にだけは地元に戻ってくるが、仕事が忙しいのか年々連絡をよこす頻度が落ちてきている。
最近、携帯電話を新調したらしく、両親の携帯電話に連絡が有ったらしい。
僕はまだ携帯電話もPHSも持たされていなかったので、学校から帰って初めてその話を聞かされた。
少しだけ、一番に連絡をもらえなかったことが残念だった。
そう言えば、随分と話したい事が溜まっている。
五月の連休に、久しぶりに電話で姉と会話する機会を得た。
姉は電話の向こうで相変わらず優しい口調で僕の名前を呼ぶ。
そろそろ進路は考えたのか、とか、最近学校で面白いことは有ったのか、とか、色々な事を彼女は問いかけてきて、僕も、社会人生活とはどんな感じなのか、とか、テレビ番組で面白い物はあるか、とか、色々と質問をした。
「部活のほうはどうなの?」
彼女の問いかけに、僕は言葉を濁さないで素直に答える。
「副部長になったよ。あと、隣のクラスに、部活に誘いたい奴が居るんだ」
学校であったことを細かく報告するほど頻繁に電話しているわけではないので、報告や質問は一気に溜め込んで長時間話し込んでやりとりをする事が多い。
「誘いたい子ってどんな子なの?」
「姉ちゃんも知ってると思う。吉田だよ、ほら算盤塾の先生とこの」
つっこんで質問してきた彼女に、僕は顔と名前は知っているけれど小学校からずっと同じクラスになった事が無い彼の名前を出す。
「吉田?算盤って言ったら・・・ああ、もしかしてカナウ君?そっか、アンタと学年一緒だっけ」
あの子も、もう高校生かあ、と、受話器の向こう側で姉がため息をつくのが聞こえた。
歳をとるのがいやだとぼやく彼女の声は少し疲れているように感じる。
「姉ちゃん、仕事きついの?」
心配になって尋ねた僕に返ってきた言葉は
「あんたが気にする事じゃないよ」
と、苦笑混じりのものだった。
姉は家族と電話で話すとき、体調や休日に何をしただの話はするけれど、仕事の話は一切してくれない。
もしかすると僕にしてくれてないだけなのかもしれないけれど、彼女の仕事がどれくらい辛いのか、忙しいのか、僕は想像することは出来ても実際どうなのか知ることは出来なかった。
その、姉が仕事のため一人暮らしをしている街で、大きな電車事故が有ったのは、五月の連休が明けてすぐのことだ。
僕はその時学校で授業を受けていたので、後で知ったのだけれど、朝、僕と父が家を出てから、一人家で家事をしていた母がまず最初にニュース速報でその事故のことを知ったらしい。
同じ番組を見ていたのか、速報が流れて数分もしないうちに、隣町に済む祖父母から電話がかかってきた。
勿論、姉の安否を確認するように、だ。
時間帯も使っている路線も姉がいつも乗っていると話す電車とは全然違うから、と母はさほど心配はしてなかったのだが、せかす祖母に根負けして姉の職場に電話を掛けると、電話に出たのは事故の事を全く知らない姉だったらしい。
姉の職場にはテレビやラジオの類は置いてなく、結局事故の事を知ったのは僕と同じ、夜のニュースを見てからだったそうだ。
心配性の家族に苦笑しながら、それでも姉はありがとう、と言った。









「・・・それで?」
其処まで話したところで、いい加減僕の話に飽きてきたのか、背中を合わせるように座っていた池谷が問いかけてきた。
「それでって?」
何故問いかけてくるのか、僕は彼の真意が良く分からずに問い返す。
問い返した先で池谷は汗で少しずれた眼鏡の位置を直しながら言葉を続ける。
「お前の姉ちゃんが一人地元から離れて働いてるってのと、お前の家の居間に有るあの写真が実は子供の頃のお前の女装写真だってのはわかった。それで、その情報を踏まえたうえで、この話の落としどころは一体何処にあるんだって話だ」
池谷は僕と同じ学年で、同じ部活仲間で、僕に比べれば優等生の部類に入る奴だ。
少し頑固なところもあるけれど、こうやって僕の家族の話にも付き合ってくれる良い奴で、正直なところ僕よりも池谷の方が副部長に向いてるんじゃないかとも思う。
ちなみに今の話はオチなんて特につけるつもりの無い単なる家族自慢なんだけど、それを隠す事無く伝えたら、池谷はため息をついて、
「・・・素子の奴がな」
と、付き合ってると聞いた事がある彼女の名前を出した。
「時折、お前みたいにオチの無い話をするんだ」
高校が違うから顔を見たことは無いけれど、どうやらこの頑固な池谷を口でやり込める凄い女子らしい。
「そういう話をして、あいつはいっつも【どう思う?】って感想を求めてくる」
オチの見つからない話に感想を求められて、答えられない場合は機嫌を損ねてしまうそうだ。
「結構面倒だね」
異性と付き合うのも大変なんだなと、池谷の話を聞くたびに思う。
僕は今のところ恋人と呼べる相手が居ないのだけれど、もしかして姉にも住んでいる街に恋人が居たりするのだろうか。
恋人と会話するときの姉はどんな話をするんだろう。
きっと、僕や家族とはしない話なんだろうなと考えたところで、姉について知らない部分がいつの間にか多くなっている事が、少しだけ悔しく感じられた。











姉は二日や三日の休みでは帰ってくることの困難な遠方に住んでいる。
朝6時の始発電車で出発しても、家に帰りつくのは昼過ぎくらいで、日帰りでの行き来は不可能と言っても過言ではなかった。
切符代も高いし、往復するだけで無駄に疲れるから、と彼女が帰省する回数を減らし始めてから数年。
来年の春くらいには、僕が小学生の頃から続いていた高速道路の拡張工事が終るから、少しは行き来も楽になるかもしれない。
それでも、姉は向こうの街の方が馴染んでしまって中々帰ってこないのかもしれないけれど。
「社会人か・・・」
人はいつか大人になって、働いて家族を養う事を覚えていかなければならない。
学校に通っている間と言うのは、それまでの猶予期間であり、社会に出るために必要な知識や常識を学ぶ期間なのだと、手酌でビールを飲みながら親父が話していたことがあった。
猶予期間なのだから、いつかは終わりが来る。
終らないものなんて、そうそうこの世界には存在しない。
その証拠として、僕はそろそろ将来の進路を考えなくてはいけない時期にさしかかっている。
ホームルームの時間に配られた進路調査票を見つめ、僕は開け放たれた道場の縁側から野球部のグラウンドを見ていた。
一学期の期末テストが近いからだろうか、いつも練習熱心な野球部が今日は活動を休んでいる。
マウンド近くでユニフォームと制服の二人連れがなにやら騒いでいるのが見えているけれど、あれは多分、池谷と同じクラスの坪井と吉田だ。
吉田は背が高いから、遠目でもかなり目立つ。
未だにどこの部活動にも参加してない帰宅部らしいけれど、勿体無いなあと思う。
あれだけの体格で、体育の実技もそんなに成績が悪いわけじゃないと池谷も言っていた。
まだ二年の一学期だし、今から運動部に参加しても良いとは思うんだけど、駄目だろうか。
「やっぱり、スカウトしたいなあ」
ぼそりと呟くと、冗談にしても笑えないからやめてくれ、とすぐ近くで池谷が顔をしかめた。
そういえば池谷は吉田のことが苦手らしい。
吉田の評判はたまに聞くけれど、そんなに悪い奴じゃあ無いように思う。
僕自身は彼とまともに会話した事は無いけれど、少なくとも僕の周囲で彼を嫌いだと言う意見は聞かない。
唯一、池谷は吉田の事を苦手だと公言している。
悪い奴ではないのだけれど、放っておくと何をしでかすか分からないのが苦手なんだそうだ。
多分、池谷は中学生の頃から吉田を知っている分、良い所も悪い所も見てきたんだろう。
人は良い所と悪い所の両方をあわせると、どうしたって悪い所の方が目立ってしまうんだよ、と話していたのは姉だった。
きっと彼女が言うように、池谷の中では吉田の良い所より悪い所が幅を利かせているに違いない。
それでも彼を悪い奴じゃないと評価する池谷はきっと人を見る目は有るんじゃないか。
今度機会が有れば、吉田と言葉を交わしてみたいと思っている。










「それで、結局どうなったの?」
夏休みの後半、盆休みと称して一週間ほどの予定で姉が家に帰ってきた。
久しぶりに家に居る人の数が増えて、ほんの少しだけ賑やかに感じる、
少し前までは当たり前だった、姉が居る毎日が一週間だけ復活したのかと思うと、とても嬉しい。
「何が?」
部活動の後、家に帰って夕飯を食べて、二人で縁側に座って茹でた唐黍を食べている時に、姉が少し前に話した事を思い出したと言って持ち出してきた。
「ほら、算盤塾のカナウ君、部活に誘いたいって話」
隣で豪快に唐黍をかじる姉は、去年と比べて少し痩せたように思う。
「誘いたいんだけど、池谷に止められて出来なかったよ」
結局、一学期の間に吉田を部活動に誘う計画は実現しないまま夏休みに入って、帰宅部の吉田は学校に来なくなった。
多分、夏休みの補習授業にも来ないだろう。
そうなることは半ば分かっていたのにどうして一学期の間に吉田に声を掛けなかったのかと自分で自分を問い詰めてみようとはした。
結論として、池谷が嫌がるのも有ったけれど、僕も僕で、吉田と会話する機会を作ろうとしなかったと言うのが理由としてしっくり来た。
面倒だったわけじゃない。
ただ、なんとなくだ。
「部員増強しなくて大丈夫なの?」
問いかけてくる姉に、大丈夫だよと返して空を見上げる。
空に浮かぶ大きな月のその手前に、一夜干し用の網が軒先にぶら下がっているのが見えた。
この季節だけじゃなくて、庭先は年中、家族の誰かが作ろうとしている干物や干し柿がぶら下がっている。
年の暮れには家族で餅つきもするけど、その時には庭先じゃなくて床の間から廊下までいっぱいに新聞紙を敷き詰めて餅を乾かすために並べていく。
まるで、家全体が全て台所になってしまうような光景に、この時期に友達を家に呼ぶわけにはいかないな、と毎年考える。
「部活は・・・本人の合う合わないも有るし、戦力は今でも十分だから、大丈夫だよ」
家中に敷き詰められた掌大の餅を思い出しながら、僕は先程の姉からの質問に答えをもう一度返す。
姉は僕のその言葉に、だろうねえと笑った。
「頑張って来なよ」
「うん」
今度の土曜日、僕の所属する柔道部は、全国大会に出場する。
勝ったら今度こそ、吉田を部活に誘ってみようと思いながら、僕は粒をかじり終えた唐黍の芯を軽く吸った。



《 リトルコンプレックス 了 》



【 あとがき 】
小学校までは小さかった男の子が、中学校からぐんぐん成長するって良く有るよなあと思いながら。
相変わらずの山なしオチなしは、波乱を嫌う書き手の性質が出てしまったかな、と。


【 その他私信 】
春先よりはマシになりましたが、綱渡りは相変わらずです。
最近好きなものと言えば、日曜朝の特撮と土曜夜中の某歴史コントでしょうか。あとサッカー。歪み無くサッカー。欧州選手権2012楽しかったですエジルとポドルスキは体育館裏に来い。ケディラとゴメスは許す。
(※サッカードイツ代表が大好きです)


辻マリ
mixiアカウント 
http://mixi.jp/show_friend.pl?id=5098176

《 baby-G 》 «  | BLOG TOP |  » 《 眠り姫の睡眠不足 》

プロフィール

MC運営委員会

Author:MC運営委員会
このブログの八割は、カボチャで構成されております。

カテゴリ

Mistery Circle(メインカテゴリ) (39)
寸評 (29)
MCルール説明 (1)
お知らせ (35)
参加受付 (23)
出題 (34)
メールフォーム (3)
内藤クンのおもちゃの部屋 (9)
天野さんの秘密の部屋 (8)
Ms.伍長の黙示録の部屋 (0)
伊闇かなでの開かずの部屋 (4)
未分類 (27)
亞季 (2)
いつき (1)
伊闇かなで (2)
空蝉八尋 (4)
黒猫ルドラ (12)
ココット固いの助 (21)
桜井 (1)
桜朔夜 (1)
鎖衝 (11)
知 (21)
しどー (12)
瞬 (3)
白乙 (12)
すぅ (13)
すずはらなずな (29)
田川ミメイ (2)
辻マリ (14)
夏海 (3)
七穂 (1)
氷桜夕雅 (30)
ひとみん (4)
松永夏馬 (12)
望月 (8)
幸坂かゆり (21)
李九龍 (13)
りん (3)
ろく (1)
Clown (12)
MOJO (1)
pink sand (9)
rudo (8)
×丸 (4)
MC参加者に聞け (7)
Mistery Circle ヒストリー (1)

最新記事

最新コメント

最新トラックバック

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

検索フォーム