Mistery Circle

2017-10

《 隣人はすれ違う 》 - 2012.07.01 Sun

《 隣人はすれ違う 》

 著者:辻マリ








初めて聞かされた時、この土地にしては随分風変わりな名前だと思った。
実際生まれた土地は海の向こうらしい。
「彼の名付け親の、一番好きな小説に出て来た名前らしいわよ」
情報を開示するだけの感情の無い解説に生返事をして、俺はもう一度、目の前の男を足元から頭の天辺までよく観察する。
異邦人。
一言で言うなら、そういう風体の男だ。
この狭苦しい島国の人種とは異なる肌の色に髪質、そして体型。
ただし身なりは整っていて、何処かでお屋敷勤めでもしているのかと問いたくなるような燕尾服を着こなし、足元には綺麗に磨かれた革靴を履いている。
「必要ならいつでも呼んでくれてかまわないよ。ああ、勿論、用が無くても遊びの誘いは大歓迎さ」
黒い肌とは対照的な白い歯を見せて笑い、そいつは陽気に笑う。
それが、俺の持つイメージとは真逆を地で行く死神、ヘイゼルとの初対面だった。








俺は高校を卒業するまでは普通の人間と同じ地域で、人間と同じ生活様式の中で暮らしてきた。
俺はいわゆる【怪物】に分類されるはずの存在なんだが、人間にとっては非常に残念な事に、この土地の人間が抱える宗教的な概念や生活の中に取り込まれた儀礼的慣習は、俺達の一族にとって何の効果も無いものだったから、暮らしていく分には全く苦労しなかったので、居つくには便利だったんだろう。
この国は昔から、足りない物を補うために色々な国の色々な風習を取り込んで、それをそのまま残すんじゃなくて自分達が使いやすいように改造して生きてきた文化を持っている所為で、宗教やオカルトの部分において沢山の知識を生活の中に取り入れている割には正しい理解には乏しく、だからだろうか宗教儀礼にアレルギー反応を示す【怪物】の種族のいくつかは近代以降、ひっそりこっそりこの国に移住して平和に暮らしているらしい。
そんな太平洋の片隅、特に海底火山が集中する場所の上に浮かんだ小さな島国の、恐らく屈指に雑多だろう都市に俺の先祖は移り住み、兄貴と俺はその都市の片隅、狭苦しいアパートに住む家庭で生まれ、物心が付くくらいまでは、自分達は近所の子供達と同じ人間だと思い込んで生きてきた。
実際、人間と一緒に暮らすのも全く苦にはならない。
特に俺は家族の中で唯一(俺達の種族から見て)変な食嗜好が有って、そのおかげでどちらかと言うと人間の文明の中で生きていく方が楽だったくらいだ。
なのに俺達の種族が本来抱えているらしい本能の部分は家族の中で誰よりも強かった俺は、高校卒業と同時に家を出て一人暮らしをはじめた。
一応二ヶ月に一回くらいは実家にも顔を出している。
その本能の部分が大分薄らいでいるらしい兄貴や両親は、移り住むなんて考えもしないらしく今でもあの狭苦しいアパートに住んでいるんだが、多分あの家族の構成が次に変わるタイミングは、兄貴が結婚した時くらいなんじゃないだろうか。
どういう本能かって?
野生動物に良くあるアレだ。
いわゆる【巣立ち】の本能。
俺がその本能に目覚めたのは随分早くて、小学校の最上級生になった頃には家に帰るのがなんとなく辛かった。
多分あの本能は本来は思春期頃に訪れるものなんだろう。
人間で言うと二次成長期。身体が子供から大人へと変化していく頃に、俺達の種族は独り立ちを覚え、親の元を離れて自分の力で生きていくように出来ていたんだろう、きっと。
変なところだけ先祖がえりしやがってというのは、地下鉄を乗り換えて電車のローカル線で一時間半走った先の田舎に住んでいる爺さんの台詞だ。
夏は暑く冬は随分と雪の降る土地で、爺さんは婆さんと、それと親父の妹家族と一緒にみかん畑を管理して生活している。
子供の頃、夏休みを利用して爺さんの家に旅行に行くのが好きだった。
あの辺りの近くには海水浴場や動物園が有って、俺も兄貴も小さい頃は夏になるたび爺さんの家で泊まってパンダを見るのを楽しみにしていたもんだ。
今でもパンダは可愛いと思う。
あれが、親父が生まれる少しくらい前までは俺達と同じ【怪物】のくくりに入っていただなんて信じられない。
法律にさえひっかからないなら飼いたい程度には俺はパンダが好きだった。
それを打ち明けた相手の女は何か残念なものを見る目で俺を見てため息をついた。
「あんた・・・いや、なんでも無いわ。確かにパンダ可愛いし」
何でも無いならなんでため息ついて目を逸らすんだよ畜生。
それでも、前々から付き合いは長かった俺達はそれまで以上に会話が増えて、共通の趣味も打ち明けあうようになった。
基本的に尊大で冷たい雰囲気かもしれないが、そいつの部屋に沢山の動物のぬいぐるみがあって、中でもお気に入りはパペット仕様の犬と、人間の赤ん坊ほどの大きさのパンダだと言う事を俺は知っている。
俺と、その女はたまに二人で出かけてはペットショップや動物園のふれあいコーナーなんかに足を運ぶ。
可愛い動物が好きと言う点で実に話が合うからだ。
犬の毛並みは黒柴が最高だとか、猫は洋種ならアメリカンショートヘアだとか、いや雑種の靴下模様のえもいわれぬ愛らしさも捨てがたいとか。
いい年こいた男と女が何の話をしてるんだと、周りから見たら思われるに違いない。
君達は恋人同士じゃないのかい?と
尋ねたのはあの黒い死神だ。
恋人じゃないよと俺達は声をそろえて言った。
種族が違うからじゃない。
趣味の点では凄く気が合うけれど、俺と彼女とではどうしても相容れない一点が存在する。
食べ物の問題だ。
俺は【怪物】で、その種族は本来肉を食べて生きている種族のはずなんだが、俺はどう言う訳だか生まれつき肉が嫌いで仕方が無く、未だに野菜メインの食生活を送っている。
彼女も【怪物】で、本来は生き物の血を糧とする種族なんだが、どういうわけだが食べることが大好きで(本当は固形物は食べなくても大丈夫なのに)肉や魚、精のつく物が大好きと来た。
なんでも、食べなきゃ気合が入らないらしい。
健康的で素晴らしいことだが、どちらかにあわせるような生活は多分出来ないから、俺達は生涯、友人同士で居ようと誓い合っている。
ヘイゼルも含め、周りはそれが凄く不思議らしい。
他の仲間達も、このエピソードを聞くたびに首をかしげる。
そもそも男と女が生涯いい友人同士で居ようと誓い合うことがおかしいんだとか。
多分、俺は一つだけ本能が突出した代わりに、他が全部機能停止してしまっているに違いない。
それを良いとも悪いとも言われないから、悩む必要すら感じないだけで。
社会に適合できてるんだから、悩む必要はこれからも出てこないだろうなと考えて俺は今日も生活している。
そんな、享楽的というわけでもない、毎日働きながらちゃんと社会の一部として生きている今に満足している俺は、高校を卒業して一人暮らしの道を選んだ。
場所は大阪の片隅。
本来なら普通の人間は入り込めない秘密の世界。
俺は今、総称として【怪物】と呼ばれる種族の連中がこの国に移り住む時にまず利用する、人間社会への入国管理を行う機関で、宿舎の管理人をして生活している。










少し話を巻き戻す。
ヘイゼルが大阪に来た日の話だ。
その日、俺が普段詰めている宿舎の管理人室に連絡が来た。
「新人研修?」
「そうよ、日本に駐屯予定の新人の研修を大阪でやりたいから、しばらく宿舎を使わせて欲しいって」
内線電話越しにやや投げ遣りな口調で聞かされた報告に、まず真っ先に思ったのは、死神と言う種族が意外に現代の生活様式に沿って生きているんだな、って事だった。
それまで俺の中では、死神と言う種族は神出鬼没で不可思議な能力を持っていて、俺達【怪物】の中でも生物じゃなくて神や仏なんかの世界に近いものと言う思い込みがあったから、と言うのも大きい。
新人研修っていう辺り、なんだか種族と言うよりも組織のようなイメージなんだが、その辺りどうなんだろうか。
「で、そいつら何時来るんだよ?」
あれこれ妄想しながら問いかけた先で、受話器の向こうの女は知らないのかと呆れた口調で言い放ってから、
「あと五分くらい」
と告げた。
馬鹿か。
そういう重要なことは前日に言え。
せめて朝一番に通達しろ。
思わず罵ってやろうかと思ったんだが、やめておいた。
どうせアイツに口で勝てる見込みなんで無い。
とりあえず、毎日宿舎の掃除をこまめにしておいて良かった、とは思った。
備えあれば憂いなし。
普段から習慣づけるってのは大事だ。
別に、掃除以外やる事無くて暇だからってわけじゃないぞ、断じて。
それでも事務的な書類やなんかは全然そろってないわけで、慌てて準備している俺のところにそいつはやって来た。
「管理人室って、こっちで良いのかな?」
随分と明るい、よく通る声が宿舎の正面玄関から入って来て、管理人室の中から正面玄関を直接覗けるように作られた小窓を握りこぶしが軽くノックする。
黒い手袋をしているのかと一瞬思ったけれどそれは違っていて、相手が黒い肌の人種なのだとわかった。
それと一緒に、宿舎の玄関辺りで足音がする。
足音は小窓をノックした手の持ち主以外に三つ。それを追いかけてもう一つ。
追いかけてくる足音は良く聞くリズムの持ち主だったから、多分さっき内線電話で話したあいつなんだろうなと考えながら、俺は管理人質の小窓から外を覗く。
「俺が管理人だが」
顔を出して名乗った先には、一瞬此処が日本の大阪だと言うことを忘れそうになる光景が広がっていた。
「やぁ」
小窓を覗いたすぐ傍に居たのは、真っ黒な髪に真っ黒な肌の男。
そのすぐ後ろに、金髪碧眼って単語をそのまま人の形にしたような美形が一人。
で、其処から一歩離れた位置に、アントニオ=バンデラスとルーシー=リューみたいなのが居た。
「初めまして管理人君。僕は、今日から此処でお世話になる死神一行の引率のヘイゼル=クロアトアン、気軽にヘイゼルと呼んでくれて構わないよ」
随分と国際色豊かな連中だが、最初に挨拶してきた黒人は流暢な日本語を喋っている。
連中は全員デザインは違うが同じように黒服を身に着けて、ヘイゼルと名乗った黒人以外はドラマに出てくるSPみたいにびしっと姿勢を正して立っていた。
まるで、このまま洋物のサスペンス映画の撮影が始まりそうだな、と俺が考えていると、宿舎の入り口に追いかけてきた足音の主がようやく追いついてきたらしく、書類が入っているんだろう封筒を抱えてやってくる。
「あら、もう挨拶してたの?」
事務員の制服に黒い縁取りの眼鏡をかけた女は、俺と結構付き合いの長い吸血鬼だ。
「まだ彼の名前は聞いてないし、新人達は名乗ってないよ」
黒人がその顔に振り返って、多分笑顔を振り向いているんだろう、身振り手振りを交えて話す。
ジェスチャーはでかいのに随分日本語が上手だ。
その所為か、爽やかな笑顔なのに何処か胡散臭い。
「そうなの?じゃあ、簡単でいいから自己紹介は済ませておいてね。必要書類は此処に有るから」
手に持った茶封筒を管理人室宛のメールボックスに放り込みながら帰ろうとする女に、俺は物のついでだと話しかける。
「香奈、今度の休み空いてるか?」
呼び止められて、吸血鬼の女はやや煩わしそうな顔で振り返った。
「空いてるけど何?とうとう中華とイタリアン付き合う気になった?」
今は関係のない話だが、野菜しか食わない俺に、コイツは暇さえあればあちこち案内して肉を食わそうとしてくる。
子供の頃から頑なに肉と魚を避けてきた俺だったが、最近とうとう肩膝を屈して焼き鮭を食うようになった。
「違ぇよ。インテックスのペット博、チケット手に入ったから行かね?」
「仕事中にそう言う事を言わないの。真面目に働きなさい」
流石に怒られたが、このやり取りに関しては後で携帯にメールが来て、予定と集合時間と昼飯の指定が有ったんでよしとする。
「あはは、振られちゃったのは僕たちが居たからかな?ごめんね」
そんなわけで、ヘイゼルはまだ後から届くメールの事は全く知らないわけで、俺に対してにこにこ笑って謝罪に聞こえない謝罪をした。
「気にすんな。今のは流石に俺が悪かった」
俺も、この時点ではまだメールが届くことを知らないから、ちょっとわきまえなかった自分を恥じて首を横に振って、改めて全身真っ黒の死神に向かい直って自己紹介をする。
「管理人の尾崎徹だ。研修の間よろしくな」
俺からの自己紹介に、ヘイゼルは改めて名乗って、後ろに従えた新人だという三人を紹介した。
金髪の美形男はロック、バンデラス風のラテン男はレグルス、中華系の女はネイ(寧、と書くらしい)と言う名前で、研修後はそれぞれ日本各地の駐屯地で勤務するらしい。
改めて、国際色豊かな連中だ。
「日本に勤務するのにアジア系が一人しか居ないってのはどういうわけだ?」
純粋に疑問に思って俺はヘイゼルに質問する。
木を隠すには森の中と言うし、日本なんだからネイのようなアジア系を多く集めた方が良いんじゃないだろうか。
その質問に対し、白目と歯だけがやけに白い死神は笑顔のままこう返してきた。
「ある日突然、就学や就職のシーズンでもないのに知らない人間が街に増えた場合さ、同じ人種だと却って胡散臭いと思わない?その点、全然自分と違う人種なら、最初こそ目立つけどその内【文化が違うから仕事のシーズンも違ってて当たり前】って思われやすいんだ。それに、変に怪しまれないように海外企業の日本支社って事に表向きはしてあるし」
「なるほどな。あくまで仕事でやって来たって事にして堂々としてろ、と」
「そう言う事だよ。コソコソ隠れるよりは大声で【此処で仕事してます】って宣伝した方が変な目で見られないで済むんだよね」
納得できるかどうかはさておき、合理的な考え方では有るな、と思う。
「で、研修内容ってのはどんな物なんだ?」
「普通だよ。死神としての実地研修と、日本の生活様式の勉強。簡単な日本語の講義」
確かに普通の研修内容で、実際茶封筒の中身の書類にもそう書いてあった。
日本語の講義が有る、というのだけ少し引っかかったが、新人三人が何か話すときはある程度ヘイゼルが通訳してくれるだろう事を期待しようと思いつつ、俺は早速宿舎の部屋を死神たちが寝泊りできるように窓を開けて換気してこようと考える。
何事も起きない平穏な研修でありますように。
ヘイゼルと言う死神に出会った最初の日、俺はどうしてだか、その研修の当事者でもないのにそんな事を考えていた。









死神のイメージと言うのは世間一般だと大体、青白い肌(もしくは骸骨)に黒いマントやローブを羽織って、大きな鎌を持って死者の魂を刈り取る、と言うものだろう。
それをヘイゼルに直接言ってみたところ、確かに昔はそういうスタイルだったと答えが返ってきた。
「昔はそういう制服だったんだよ。今は鎌の形もそれぞれだし、制服も無くなって黒服であればなんでもOKになって来てる」
そう言うヘイゼルは黒手袋に屋敷仕えの執事かと言いたくなる燕尾服に黒シャツを着ている。
「人種があれこれ居るのは?」
次の質問にはやや不思議そうな顔をされた。
「世界中色んな人種が居るのに、死神だけ単一人種じゃおかしいと思わないかい?」
まあ、確かにその通りだ。
実際俺の種族にもアングロサクソンが居ればラテン系アフリカ系も居るし、香奈の種族も肌の黒い奴や白い奴、金髪赤毛なんでもござれだと聞いた事がある。
日本に駐屯地があるということは世界中に有るのかという質問には、
「世界中の死者の魂を回収しないといけないのが僕たちの仕事だからね。昔は一々専用の馬に乗って移動してたらしいんだけど、流石に時代に合わせないと辛くなってきてさぁ、大航海時代の辺りからかな?各地に屯所を作ることにしたんだ。勿論、その頃はまだ屯所ごとにその地域の人種に合わせてたよ。色んな人種を配属するようになったのはここ50年位の事だね」
と、笑顔で返された。
聞かされる話になるほどと頷いていると、今度はヘイゼルのほうから質問がやって来る。
「徹、君はもう新人達とは何か話したかい?」
なんでも、今回ヘイゼルが研修を担当するあの三人は、自分達から望んで日本にやってきたのだという。
まだ個人的な話はした事がないと答えると、
「無理強いはしないけど、暇なときにでも話し相手になってやってくれないかな?彼ら、日本語はちゃんと話せるから」
と言われた。
話す事が無いわけじゃないが、【怪物】とは言え俺はほぼ一般市民に近いわけで、日本の一般市民は割りと外国人に話しかけるのを躊躇する人種なわけで。
(下町や田舎の年寄りやおばちゃんは別だ。あれは何か違う人種だと思え)
ネイはまだ良い。アジア系だし。小柄だし。警戒は余りしていない。
問題は後の二人だ。
絵に描いたような美形と自分より図体のでかいバンデラス風(わからない奴に説明すると、要するに強面でフェロモン系のチョイ悪って奴だ)に話しかけるような勇気はあんまり持ち合わせてないんだがどうしようか。
自慢じゃないが俺はヘタレだ。
さて、何て話しかけようか。









新人死神三人衆に話しかけろといわれて、さて誰に話しかけようかと考えてみたわけなんだが、考える前に向こうからやって来た。
「管理人さん、ちょっと良いですか?」
一番最初に会話の機会を得たのは、出来れば一番最後に話しかけたいと思っていたネイだった。
理由は、同じアジア系だから。
色素が近い分割と親しみやすさを持っていた分、一番最初と言うのは後を考えると辛いかもしれないと思ったんだが、良く考えると一人一回しか話してはいけないなんてヘイゼルは言わなかった。
思い込みは良くない。
考え直してネイの質問に耳を傾ける。
質問自体は、香奈が居る事務所の方に出す書類の書き方とか、割と普通の他愛ない話題だった。
そこで事務的に終らせるのもなんだったので、ついでに話しかけてみる。
「研修はもう慣れた?」
「・・・・・・」
物凄く逡巡している様子の間が置かれた。
なんだろうか、俺は何か変なことを質問してしまったのだろうか?
「あの・・・」
たっぷり10秒くらい置いてから、ネイはようやく口を開いた。
「生活リズムが自分に馴染んだのかと言う意味で言えば、一時的に緊張しているから順応できているような気がしているだけで、慣れては居ないと思います」
「なるほどなぁ」
結論。
ネイは面倒くさい。
ある意味一番最初に会話できて良かったのかもしれないが、残念なことにこれ以上俺のほうから何か関わろうという気になれなかった。
全ての若い男が、女と会話できるなら何でも良いだなんて思うなよ。
どんだけ美人でも可愛くても好みのタイプでも、一緒に時間を共有できないなと肌で感じる相手って言うのは居るもんなんだ。
そんなわけで、ネイとの会話に失敗した俺が次に顔を合わせたのはロックだった。
俺の友人知人にも人間怪物問わずそれなりに顔立ちの整った奴っていうのは居るけれど、此処まで綺麗だと近づいて話しかけに行ったり、真正面から向き合うのがなんだか申し訳なくなってくる。
なので丁度、日課にしている掃除の最中に顔を合わせたんで話しかけてみたんだが、
「はぁ?」
実にそっけないこの一言。
一言と言うか言葉として意味を成しているかどうかすら怪しい。
別に俺が変な質問をしたわけではないと思う。
軽く、調子はどうだと(本当にそれだけ)言っただけなんだから。
だから最初はロックが単純に聞き間違えたのかと思って、
「あぁ、聞きづらかったか?」
と尋ね返したところ、
「別に」
と返って来た。
その上、それ以上会話が続かずロックはさっさと立ち去っていった。
短い休憩時間に廊下で呼び止めたのは確かに俺が悪かったが、あそこまで怒らなくたっていいんじゃないだろうか。
結論。その2
ロックも面倒くさい。
もしかしてあれだろうか。
ヘイゼルがこいつらに話しかけてやってくれと言ったのは、俺への嫌がらせかそれともこいつらのコミュニケート能力障害っぷりをなんとか矯正してやってくれという願いがこもっていたのか。
残念なことに俺はカウンセラーでも教師でもないので他人の性格を矯正したりはできない。
新人はまだあと一人残っているが、正直レグルスに話しかける前に俺の心は折れかかっていた。
話しかけて前二人のような反応がきたらどうしよう。
まあ、レグルスは見た目がアレな分まだダメージは少なそうなんだが。
アジアンビューティーとイケメンが無愛想なのは心にダメージが来るが、バンデラスが男に話しかけられて無愛想な返しでもまだ納得がいく。
頑張れ俺、まだ大丈夫だ俺!
そう自分に言い聞かせながら、夕食時にさりげなくレグルスを呼び止めて話しかけてみようとして、
「あら、お兄さんトマト嫌いなの!?駄目よぉ残しちゃ、それぐらい食べちゃいなさいな身体大きいんだから!」
「・・・すみません・・・」
食堂のおばちゃん(ドワーフ族・48歳)に叱られてしょぼくれていたので話しかけるのを遠慮せざるを得なかった。
てかトマト食えないとか信じられ無ぇ美味いのに。
野菜好きの俺としては野菜を嫌う奴には種族問わず小一時間説教をかましたいところなんだが、肉を食えない身としてそれは諸刃の刃なのであのでかい図体を正座させるのはやめておいた。
結局、新人三人とはろくに会話も出来ないまま、死神たちの新人研修が始まってから、あっという間に一週間が経過してしまった。











「あぁ、新人達と会話が出来ないって?だろうねえ、僕だって無理だもん」
あっけらかんと。
新人死神トリオとのコミュニケーションに試行錯誤していた俺に、ヘイゼルは野菜ジュースを飲みながらニコニコ笑ってそう言ってのけた。
「・・・あんた自分で出来ないこと他人に振るなよ」
廊下掃除用のモップに顎をつけてボソボソと愚痴をこぼしていた俺に、壁にもたれてジュースを味わう死神は申し訳なさのかけらも見せずに笑顔を保っている。
「まあ、他人、それも多種族とのコミュニケーションなんて死神には必要ないからねぇ」
「そうなのか?」
気になる一言に顔を上げた先で、ゴミ箱にジュースのパックを放り込んでヘイゼルはゆらゆらとドレッドヘアを揺らす。
「死神だからね。人間も【怪物】も、死を迎えたものの魂を迎えに行くのが仕事なんだ。其処に特別な感情を挟んじゃいけないし、感情を挟んで魂を取り逃したり、生き続けさせたり、死後の魂を審議する時に個人的感情を挟んだりなんて事になったら大問題になる。詳しい原理や仕組みは説明できないんだけど、自分で選んでいるようでも人の生き死にって言うのは結構世界が関わっているものなんだよ」
仕事道具だと聞いた掌に隠れるほどの大きさのスイッチを弄びながら死神は語る。
「だから、極力自分の意思で誰かとのかかわりは避けないといけないんだ。もしくは関わりを嫌う性質の方が、死神には適している。そういう点では、あの中じゃちょっとずれてるネイと、関わるのが厭わしいロックが死神として長くやっていける資質が有りそうって事になるんだろうね。レグルスはどうかな?・・・まあ、まだ若いから、これからどうとでもなるよ、きっとね」
そう話している間のヘイゼルは、少しだけ笑顔が弱かった気がした。
「あんた、誰かと関わりを持って仕事をためらったことでも有るのか?」
だから、今度も俺は純粋な好奇心でそう質問していたのだけれども、
「・・さあ、どうだろうね?」
いつもとは違うけれども、笑顔ではぐらかされた。
俺の主観だけれども、その笑顔だけはいつもの貼り付けたようなものではなくて、痛みをこらえているような寂しそうな笑顔のように見えた。












研修開始から二週間経過し、もうそろそろ各地へ配属になるよとヘイゼルから聞かされた頃。
最初に何事も起きませんようにと願っていた俺の杞憂は何処へやら、比較的平穏に終ろうとしていた研修だったが、最後の最後にトラブルがやって来た。
街の外に出て実地研修を行うと報告があり、だから夕食は遅い時間に頼むと話していた四人が、その予定時間になっても戻ってこない。
宿舎の玄関入ってすぐの管理人室で、俺は連中の帰りを待ちながら段々心配になってきていた。
短い付き合いで、ヘイゼル以外とは本当にろくな会話も出来ていないけれど、それでも二週間毎日顔を合わせていれば多少は気にもなってくる。
一体何があったのか。
心配が苛立ちに変換されて、帰ってこない四人に怒りを覚え始めた頃、宿舎の扉が勢いよく開いた。
「ヘイゼル!?・・・って」
小窓から思わず顔を出した俺は、其処に居るのがあの黒尽くめの死神だと思い込んでいた分、たっていた人物の顔に思わず声を詰まらせる。
「お前がオザキか?」
其処に居たのは随分と目つきの悪い赤毛の男だった。
初めて見る顔だけれど、その口ぶりと着ている黒いスーツ、手に持った武器で俺は直感でそいつが死神だと判断する。
「ああ、俺が管理人の尾崎だ。・・・アンタ死神か。ヘイゼル達は?」
管理人室から出てきて詰め寄ると、男は扉の外を親指で差して顎をしゃくる動作を見せた。
「あいつらなら、外で待たせてる」
「え、じゃあどうして」
どうして宿舎の中に入ってこないのかと更に問おうとした俺の顔を、男がきつく睨み付けてくる。
「研修は中止だ。明日の午前中に、あいつらは引き上げさせる。事情説明は必要か?」
相手は見返すだけでこっちの心臓に穴が開きそうなほどの眼力だったが、俺はためらわずに頷いた。
それを聞く権利が俺にあるのかどうかすらわからなかったけれど、何も判らないままある時突然何かが終ってしまうのは嫌だった。
「ヘイゼルだ。死者の魂を組織を通さず直接転生させた」
「・・・」
研修が中止になった原因が誰なのか聞かされて、俺は驚いたと同時に、ああやっぱりなとも思う。
微妙に様子がおかしかったのはわかっていた。
何か思うところあるのも気付いていた。
けれども何かしでかすほど思いつめていたかどうか判断するほど長い付き合いでも深い関係でもなかったから、俺はそれ以上、ヘイゼルの内面に踏み込んでいくことをしなかった。
「オザキ」
「何だ」
何処と無く悔しい思いを抱いた俺に、赤毛の男は、
「勘違いするな。お前が居ようと居まいと、ヘイゼルはいつかそれをやっていた」
止めてやればよかったと思うこと事態が間違っていると
そう、突き放すように言い放つ。
心の内を見透かされて、俺は宿舎の外へと出て行く男の背中に、何の反論も言えなかった。











「仕事道具は全部没収されるってさ」
翌朝、宿舎を出て行く手続きで顔を合わせたヘイゼルは顔に絆創膏を貼っていた。
実際のところ何が昨夜起こったのかは俺は説明してもらえなかったが、どうやらこの上から下まで真っ黒な死神は組織の一員として居られなくなってしまったらしい。
俺はどう対応していいかわからず、生返事を返しながら、事情を聞かずに引き上げを手伝う。
「新人の手前、先輩らしく仕事をやりきろうって思っては居たんだけどね、やっぱ、僕もまだまだ若かったって事なんだろうなあ」
明るい、いつもの作り笑顔で話す死神は、痛々しさのかけらも無く、どちらかと言うとさっぱりしたような雰囲気で書類を書いている。
「これから、どうするんだ?」
仕事道具を没収されて、組織から外されても、種族としてヘイゼルが死神であることには変わりない。
死者の魂を回収することが出来ない死神はこの先どうなるのだろうか?
「どうしようかなあ・・・古本屋でもやろうかな」
「唐突なチョイスだな」
名前の由来以外に、こいつが本に関わっている場面は見たこともないし、本が好きだというエピソードもこの二週間全く耳にしなかった。
それなのに何故古本屋なのかと尋ねると、
「名付け親が本が好きな人だったんでね、家に腐るほど本があるんだ」
「売り物にするのか?」
更に問うと、真っ黒な死神は真っ白な歯を見せて笑う。
「置いてたってしょうがないよ。僕は本読むの趣味じゃないし」
「なんだそりゃ」
本を読むのが苦手な本屋なんて聞いた事が無い。
けど、読まないよりは読んでくれる誰かに持ってもらったほうが本も喜ぶよと話すヘイゼルは楽しそうだったから、それでいいんじゃないだろうかと、俺は思った。








追伸
その後、管理局の宿舎で死神の新人研修は二度と行われなかったが、ヘイゼルからは今も時折俺宛に葉書が届く。
それなりに幸せにやっているそうだ。
黒尽くめの死神は、最近ネットの都市伝説掲示板なんかで時折見る。
変に人情家の奴がいたり、口が悪いとか、喋らないとか、諸説紛々なのを見る限り、連中もどうやら変わりないらしい。
俺は、相変わらず肉が嫌いで、食堂のおばちゃんと香奈に叱られている。
今日も、世界は平穏だ。





《 隣人はすれ違う 了 》





【 あとがき 】
新人研修中に突然先輩が消えるとかリアルにあるから困る。
肉が嫌いな主人公ですが書き手は肉もトマトも大好きです。だがレバーお前は駄目だ。


辻マリ
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