Mistery Circle

2017-05

《 オレが読むから 》 - 2012.07.01 Sun

《 オレが読むから 》 (一作目)

 著者:松永夏馬







 年齢も性別も境遇もまったく違うが、同じ本を好きになる人間は似たような感性を持つのかもしれない、と友人が言っていた。その言葉に共感はできたがそれを実感することになるとは、望月充吾はその時露ほどにも思わなかった。

 東京へ出て数年でストレスによって見事に体調を崩した望月充吾は、仕事を辞め田舎へと戻ってきていた。一旗挙げるほどの仕事でもなかったが、都会に憧れていた充吾にとってそれは敗北であり、体調は回復に向かっているものの気力の回復は依然進んでいない。

「小学校の夏休みでもとうに終わってるぞ」
 平日の午前中。ぼんやりとテレビを見ていた充吾に父親が言った。真面目か不真面目かよくわからない父親で、嫌味というよりも軽口を叩いているようだ。
 充吾の父は地元の小学校の教員であったが、定年を早めてこの春退職し家にいる。児童向けの小説を書きたいという理由で母を呆れさせた。
「無収入の親父に言われたくはないな」
 それなりの退職金と蓄えがあるうえ、市内の児童福祉施設でボランティアを始めた父に偉そうなことを言えるわけでもないが。
「冷たいアイスコーヒーでも飲みたくないか?」
「いいねぇ」
「じゃあ頼む。オレの分はミルク多めでな」
 子供の頃からよく聞くパターン。初めてのおつかいも「アイスが食べたくないか?」から始まった。充吾は苦笑しつつキッチンへと向かい、父は書斎へと戻った。
 父の書斎兼寝室には大きな本棚がある。もともと読書家だった父は蔵書も多いが、最近はその本棚の中身も様変わりしてきていた。その一画が資料として児童向けの小説や絵本で埋まってきている。学校図書の廃棄本や、古本屋で買ってきたものだ。
 アイスコーヒー二つを手に書斎に入ると、父はパソコンに向かってキーボードをカタカタ鳴らせていた。
「おう、ありがとう」
 振り向いてグラスを受け取る。
「……ホントに書いてんだね」
「あたりまえだろう。夢は実写映画化だ」
「壮大すぎる」
 宝くじが当たったらどうする、みたいな顔で父は笑う。充吾は羨ましいとさえ思う。
「いいよな、好きなことできて。学校の先生だって好きでやってたんだし」
「あのな充吾。好きなことだけでメシを食えるヤツなんていないぞ。教員だっていろいろあった。それなりに苦労して勤めてたんだぞ」
「そりゃまそうだろうけど」
「何度教頭を刺そうかと」
「そこまで」
 温和な父が言うと逆に怖い。
「お前もそれなりにいろいろあったんだろ?」
 再びパソコンに向かう父の背を見て、充吾は頭を下げた。子供の頃にはわからなかった親の偉大さが身に染みる。

 邪魔をしてはいけないと、部屋を出ようとしたところで、本棚から1冊本が落ちているのに気づいた。コーヒー片手にそれを拾い上げてみると児童向けの冒険小説らしい。資料のひとつなのだろう。タイトルに覚えは無いが、時代を感じさせる表紙のイラスト、黒いドラゴンと対峙する少年剣士の表情に、充吾はどこか見覚えがあった。ちらりと父を見ると、小気味良くカタカタと音を鳴らせている。声をかけるのがはばかられた息子は父愛用のカウチに腰を下ろし、サイドテーブルにコーヒーを置いた。
 表紙を捲る。挿絵を描いていたのは今アニメ映画で脚光を浴びている有名アニメーターだ。若かりし頃の仕事なのだろう。作家は外国人らしい名前。いや、訳者が書かれていないことを見るに、ペンネームなのだろう。なんの気なしに次のページを捲る。
 自分に記憶が無いのでもともと我が家にあった本ではなさそうだ。蔵書印などもないので図書館や図書室でもない。おそらく父が古本屋で仕入れてきたものだろうと充吾は判断する。そしてなんの気なしにページを捲った。

 表面的なストーリーはむしろ王道だ。事件に巻き込まれて冒険の旅に出る主人公は、魔女の娘を助け、ドラゴンに気に入られる。子供にとって爽快な冒険譚。しかしその合間に兵士長や盗賊の頭、魔女などの大人達の苦悩や葛藤が隠すように描かれていてハッとする。大人になったからこそ理解できる深みがある。おそらくこれを読む子供達はその小さな違和感を受け止めつつ、成長とともにひとつひとつ気付いていくのだろう。

 面白い。そう思った時にはすでに物語の半分以上が過ぎていた。引き込まれるように一気に読み進めてしまったようだ。アイスコーヒーの氷もすっかり溶けきってしまっていた。それほど長い物語ではない。ひらがなが多いのが逆に読みにくくもあるが、さほど時間もかからないだろうと、充吾は読み切ろうと速度をあげた。

「ちょっとまだそこ読み終わってないのに」
「ああ、ごめん」
 慌ててページを一枚戻し―――

 充吾はその声の高さに気付いて振り返った。家にいるのは自分と父親だけだ。そして父の声はもちろんこんなに幼くない。

 振り返ったそこには。

 パジャマを着た少女が。

 浮いていた。―――目が合う。

「うわぁ!」
「うきゃぁ!」
 充吾の耳には自分と少女の悲鳴が重なって聞こえる。父が驚いて振り向いた。

「どうした!?」
「いや、ちょっとアレ!」
 充吾は本棚の前で揺れる少女を指さした。少女は口に人差指を当てて「しーっ」というジェスチャ。
「本棚がどうした? ゴキブリでも出たか?」
「そうじゃなくて、あの、それ……」
 席を立った父が本棚に歩み寄り、本に顔を近づけて確認している。父の体が少女の体と重なる。
 ぎょっとした充吾が声を上げそうになるのを、「お願い、驚かないで」と少女が両手を合わせて止めた。ふわりと揺れながら父の体をすり抜け充吾に近づく。
 父には見えていない。声さえも聞こえていないらしい。充吾は後ずさりながらも、真剣な表情の少女に向けて頷いた。
「逃げたか?」
 ゴキブリか何かと勘違いしている父が振り返った。
「あ、いや、えっと。なんでもなくって。うん。……じゃ、執筆がんばって」
 とにかく部屋を出よう。冷静になって考えよう。コーヒーのグラスを掴んで、ぎこちなく充吾は立ち上がった。

「お願い! この本持って!」
 少女が叫ぶように言った。

********************

 面白い物語だった。小学生向けの児童小説で感動してしまうとは思わなかった。ただ、他人の読むペースに合わせるのは難しい。
「あぅぅ……」
 ぐずぐずと鼻をすする少女の幽霊が自分の部屋の中央にふよふよと浮いている。
「やっぱいいわぁ……何度読んでも」
 充吾も鼻の奥がむずむずしたが、さすがに年下の女の子(幽霊だが)の前で感涙を見せるわけにもいかず我慢していたのは内緒だ。
「ありがとう。読みたかったの、ずっとずっと」
「いや、それはそれとして、とりあえず現状説明っていうか、幽霊とか基本信じないタチなんだけどオレ」
 信じたくはないが、目の前にいるのだから仕方が無い。むしろ自分の頭がおかしくなったのではないかという不安を払拭する為に幽霊を認めている感じがする。
「砂原スズナっていいます。浜浦中学2年……あ、キョーネンですけど。幽霊になって4年くらい、かな。ちゃんと会話できる相手ってオジサンが初めてなんですよぅ」
 短く切りそろえられたばっさりショートに、くりくりとした目。幽霊の割に健康そうでテンションが高い。
「オジサンて。これでもまだ20代なんだけど」
「じゃぁオニーサン」
「望月充吾」
「ジューゴさん」
 すずなは床に正座してかしこまるとペコリと頭を下げた。
「ありがとうございます、本。私、どうやらこの本に憑いてるみたいなんですけど、自分では物を動かしたりできないから、誰かがページを捲ってくれないと読めなくて。でも誰にも気づいてもらえなくて。ホント」
「じゃぁこの本」
「私のです。4年生の時に買ってもらったの。すっごい好きだったんだけど、私こうなっちゃったから。で、従兄弟に貰ってもらったんだけど、やっぱ死んだ人の物って嫌なんだろね、すぐ売られちゃって。まぁマリちゃんはあんまり本読む子じゃないしなー」
 ははは、と小さくスズナは笑った。よく喋る子だなと充吾は思う。ますます幽霊らしくない。
「その、マリちゃんには見えなかったの? 君の姿」
「はい。全然ダメでした。マリちゃんのママもぺらぺら捲って読んでたけどダメだったし、古本屋のおじさんも。買ってくれたおじさんだけは、なんとなく気づいてくれたんじゃないかって思う時もあったんですけどねぇ。だから、ほんと、ジューゴさんが初めてなんです。なんだかもう嬉しくって」
 話し相手が4年間もいなかったとしたら、それは死ぬほど(死んでるけど)退屈で寂しかったろうに。やたらとハイテンションで喋るのはそういう理由もあるような気がした。なんだか急にスズナがかわいそうになって、充吾は彼女を見つめた。
「こうして知り合っちゃった以上は何か力になってやりたいんだけど。せめて、その成仏できれば」
「そうですね……。ずっとこのままってわけにはいかないですよね。家族も待ってるでしょうし」
「え」
 聞き捨てなら無いセリフが出た。
「ご両親も?」
「あ。えっとぉ……その。ちょっとした事件だったんですよ」

 ちょっとどころではない事件だった。被害者の名前は知らなくとも、その浜浦市で起きた強盗殺人事件は一家4人が殺されるというもので、地元を離れていた当時の充吾も事件があったという記憶は残っていた。中学生だった姉スズナと小学生の妹世莉は2階の子供部屋で寝ていたのだが、犯人の凶行はその二人の命さえも奪っており、その残虐性からただの強盗とは一線を画していた。
 そして、未だに犯人は捕まっていない。
 
 ここまではネットで過去の新聞を拾い読みしたものだ。もし犯人が逮捕されていたのなら、少しは救われたのかもしれないのに。そう思ってスズナに目をやると、充吾の視線に気づいて真一文字に結んでいた口元を無理に上げるのが見えた。
 
********************

 スズナとの共同生活は、若干やりにくさはあったものの、別に困るようなことはなかった。食事や風呂もスズナには必要ないわけで、あとは個人のプライベートな部分だけだが、『本』からあまり遠くまで離れられないので、本ごとスズナを連れて一緒に出かけることも、1人で出かけることも自由だ。ちなみに一軒家の中くらいの距離なら行動可能範囲らしく、本の定位置は基本的に父親の書斎に戻してある。

 あとはテレビを見る時間がやたらと増えたというくらいだろうか。父はともかく母親は息子が最近音楽番組やドラマをよく見るようになったで不思議に思っているかもしれない。
「古本屋さんNHKばっかりですっごい退屈だったの。おかげでお相撲さんに詳しくなっちゃった」
 バラエティを見て笑う幽霊がいるなんて。充吾はそれがおかしかった。

 なんとか成仏させてやりたい、と充吾は思っていた。死後の世界がどういうものかもわからないし、スズナにとってどちらが良いのかもわからないけれど、死んでいることは事実だし、生き返らせることも摂理に反するとしたら、それしか向かうべき道はない。なによりも家族と同じ場所へと行かせてあげたい。
 しかし方法がわからない。もともと幽霊も信じていない人間だったから、霊媒師や霊能力者は眉唾ものだ。それに正直なところスズナのことを誰彼構わず話すことも躊躇われる。

 そこで彼女のやりたいことをなんとか手助けしてあげようと思い、そう告げた。幽霊になったのはこの世に未練があるからだろう。ならばやりたいことをさせてあげることが一番だろう。
「なんでもってわけにはいかんけど、見たいものとか行きたいとことかあったら。まぁほら、オレも時間はあるし」
「知ってる、ニートっていうのでしょ? おばさんが言ってたよ」
 決心が鈍りそうだと充吾は思う。

 図書館に行きたいと、彼女は言った。児童文学を借りるのも気恥ずかしかったが、それも最初だけで慣れた。あとは家で合図に合わせてページを捲ればよいのでさほど難しくもない。
「これって続きが出てたんだ」
 スズナが憑いている『本』の、その続編を見つけ、彼女は何度も何度も読んでいた。当然自分も読むが、やはり面白いし感動した。驚いたことに前作から引き継がれた伏線もあり、あの1冊から始まった壮大な世界が広がっていくのを感じた。次回に繋がるような記述があったが、3作目は図書館にもなかった。ネットで調べたところ現在執筆中らしい。どれだけ遅筆なんだこの作家は。
 実際彼女はなかなかの読書家だった。絵本や児童文学を好んで読んだが、しばらくすると充吾の持っている小説も読みたがった。自分が薦めた本を読ませると気に入ってくれるので充吾も満更でもない。特に本の好み、作家やジャンルに関しては共通するものが多いようだ。
 充吾だけがスズナの姿をこうして見ることができるのも、もしかしたらその所為かもしれないな、と彼は思った。 


「遊園地! ディズニーランド行きたい!」
 スズナがそう言い出した時は正直困った。さすがにここは1人では行きにくい。
「デートじゃあるまいし」
「いいじゃんデートで。ジューゴさん連れてってよ」
 中学生の分際でデートとか無邪気に言う。
「中学生が遊園地でデートすんな。保護者と行け保護者と」
 スズナはにっこりと笑って自分を指差す。
「中学生」
 そして今度は充吾を指差す。
「保護者」
「誰が保護者だッ」
 結局のところ充吾が折れる形で、地元からさほど遠くない場所にある小さめの遊園地で妥協してもらった。

********************

 回転木馬に乗った笑顔のスズナに、充吾は手を振る。同じように柵の外から手を振りカメラを構える男達も多いので、不自然ではないから平気だ。一度ケータイのカメラを向けては見たものの、やはり彼女の姿は映らない。複雑な想いで充吾はスズナに手を振り続けた。
 スタッフに見えない幽霊なので、空いているアトラクションはタダで乗れる。物体をすり抜けるし動かすことができない彼女が『乗っている』感覚を得られるのかどうかよくわからないけれど、少なくとも彼女は嬉しそうではしゃいでいる。連れてきて良かった、と思いかけたところで。

「あれ! あれ乗りたい!」
 見上げれば頼りないくらい細いレールと骨組みが、まるで塔のようにそびえている。
「うん。いや、一人で行ってこい」
「やだよ。怖いもん。それに本から離れすぎちゃう」
 憑いている『本』から一定の距離までしか彼女は離れられない。ジェットコースターとなると回転木馬やコーヒーカップの距離とはスケールが違う。
「怖いなら乗らなきゃいいのに」
「乗りたいもん。ジューゴさんひとつも一緒に乗ってくれないし」
 傍から見て20代後半の男が1人でメリーゴーラウンドで揺られている姿は異様のはずだ。
「連れていくことは承諾したが、アトラクションに乗るまでは聞いてないッ」
 そう。充吾にも結果はわかりきっている。

 ベンチにぐったりと座った充吾の横で、スズナが心配そうに訊ねた。
「だ、大丈夫?」
「あたりまえだ」
 ため息と一緒に吐き出された強がり。
「ただ、まぁ……あんまりこう、高いとことか、重力がぐりぐりかかるとことか、得意じゃなくて」
 吐かないだけマシだと充吾は思う。
「うぅ……ごめん」
「気にすんな。次はどうする?」
 スズナは目を輝かせて辺りを見回す。充吾はパンフレットの見取り図を広げてやった。

「あんまり動かないようなのがいいよね」
 一応気を使ってくれているらしい。ありがたい。
「じゃぁ、ここ!」
 前言撤回。

「……一応スズナってお前、幽霊だよな」
「え、ダメ? いいじゃんお化け屋敷」

 デートで遊園地に来たことは無いが、もし彼女が出来ても遊園地に行きたがる女は止めようと充吾は心に決めた。


 弁当は持ってきていないので、売店で焼きそばを買って食べた。スズナが欲しがったのでソフトクリームもひとつ。
「……ていうか、お前食べれるの?」
 クリームを舐めようとしてもすり抜ける。むろん食べられないしお腹も空かないようだ。
「うーん。気分だけでも」
「まぁ、それなら別に。オレも食べるぞ」
 ひとつのソフトクリームを舐めては差し出し、舐めては差し出す。彼女も舐めるふりをして、ただそれだけ。それだけでも楽しそうだ。
「……なんかオレだけ食べてるみたいだけど」
「いいのいいの、気分だから。デートっぽくない?」
「中学生が生意気に」
 ふくれるスズナに充吾は思わず笑った。

 小さな動物園のようなコーナーがあった。ウサギやヒツジに触れ合えるという場所。目を輝かせるスズナを見て、充吾はやはり複雑だった。触れたくても触れられない存在。幽霊という不完全な状態でここにいるスズナに、生と死の境界線をはっきりと刻みつけてしまう瞬間だ。
「……ちょっと。試してみよう」
 充吾はスズナに手を重ねるように言った。沈み込むように自分の手の中にスズナの白い手が重なる。
「ゆっくり動かすぞ」
 そっとその手を持ち上げる。スズナもそれに合わせて手を動かし、そのままヒツジの深い毛の上へと。弾力ある軟らかさとふかふかの毛の奥の温かさが感じられる。自分の感覚を少しでも分けてあげることができたのなら。

 息を呑む音が聞こえた。スズナの顔が驚き、そして。
「ふかふか……」
 温かい体。鼓動。彼女の表情が泣きそうなほど和らいだ。

********************

 年の離れた妹ができたような思いが自分の中にあるのか、充吾は就職活動を再開した。カッコつけたいというか、命のある今をもっと必死にならなければ、スズナに申し訳が立たないような気がしたのだ。ただ、がむしゃらになったところでなかなか仕事が見つかるわけもなかったけれど。

 スズナと出会って半月ほど経ったある日。いつものように彼女を連れ今日は映画を見に行くことにした。(傍目には)一人であちこち行くこともだいぶ慣れた。それに映画なら見てるだけだからページを捲ったりしないだけ本よりも手間はない。
 
 電車で二つ隣の大きな街はデパートが並ぶ繁華街で、地元とは違う賑やかさにスズナも物珍しそうに店のウィンドウを眺めている。着替えることのないパジャマ姿のままの彼女だが、やはり女の子。服や装飾品への憧れは隠せないようだ。
 映画を見終えた帰り道、朝に彼女がずっと眺めていた店の前で立ち止る。
「入るか?」
「いいの?」
 正直充吾には敷居が高い。女の子か、もしくはカップルしかいないような店だ。
「……笑うなよ」
 そう言って充吾は店内へ。充吾よりも若いくらいの女性店員が一瞬いぶかしげに、そしてすぐ笑顔で寄ってくる。
「いらっしゃいませー」
「ああ、えっと。プレゼントを探しに」
「彼女さんですかぁ?」
「えええ、まぁ、そんなところです」
 ちらりと見るとスズナは笑いを堪えている顔で。充吾は彼女をひと睨み。
「た、誕生日はまだちょっと先なんで、とりあえず見てどんなんがいいかなーってはい」
 早口でそうまくしたてると、店員から逃げるように店内を回る。
「……5分だけだぞ」
 小さな声で充吾はスズナにそう言った。
「ありがとジューゴさん」
 店内を漂いながら、飾られた服や雑貨を真剣な顔で見て回るスズナの姿。しばらくするとまた充吾の元へと戻ってきた。
「どした?」
「あの。私の誕生日って先月おわっちゃったとこなんですけど」
「はい?」


 結局店内で20分ほど過ごし、可愛らしく包まれた袋を下げて充吾は店を出た。
 秋の夕暮れは日の落ちるのも早い。
「そろそろ帰るか」
「プレゼント買ってもらっちゃった」
「まぁ、別にあのくらいなら」
 中学生が選ぶようなものだ、金額はたいしたことはない。ファンシーなクマとウサギの人形が踊る立体的な壁掛け。ハガキ大のレリーフ。
「満足です」
 嬉しそうに笑うスズナの顔を、充吾は照れくさくて見ることができなかった。

 
 金曜の夕方は、繁華街に人があふれる時でもある。駅から吐き出される人波に逆らうように充吾は歩いていく。通行人と重なるのが嫌なのか、スズナの充吾の後ろ、少し浮いた位置で。そして、その男を見つけた。

 充吾は目つきの悪い短髪の男とぶつかりそうになり、身をかわした。スタジアムジャンパーを羽織った男は舌打ちしながら充吾をにらみ、また歩き出す。

「ヒッ」
 息を飲む音が聞こえ、充吾は振り向いた。スズナが地面に座り込み、その上を通行人がすり抜けている。
「どうした!」
 通行人を押しのけるようにしてスズナを抱き……するりとすり抜けてしまう両手に充吾は奥歯を鳴らす。
「大丈夫かスズナ」
 周囲の人は突然しゃがみこんで一人声を荒げる充吾の姿に不信感をあらわにし、人波が避けていく。
「ジューゴさん」
 顔色が悪い。幽霊なのに血色の良かったはずの顔が青白い。
「大丈夫か? 何が、どうかしたのか?」
 ふるふると首を振る。本もたくさん読んだ。遊園地にも行ったし映画も見た。たぶん、デートもした。充吾はスズナの手に手を重ねる。
 異変。彼女の中に異変が起きているのかもしれない。彼女が帰るべき場所へ帰る時が来ているのかもしれない、そう充吾は思った。
「あの人」
 振り返って指をさす。
「あの人が、世莉を」
 世利。スズナの妹の名前。同じ子供部屋で、スズナと共に殺された少女。指の先にはさっきすれ違ったスタジアムジャンパー。あの男が、世莉と、そしてスズナを。

 それを悟った瞬間、充吾は地面を蹴った。驚いて振り向くその男の横面を、充吾は渾身の力で殴り倒した。
「きゃあ!」
「うわァ!?」
 周囲から悲鳴が上がる。しかし充吾は気にしない。
「いッ……テェなオッサン」
 男は怒りを露わに立ち上がる。
「スズナ、コイツなんだな。こいつがやったんだな!」
 充吾が吠えた。
「なんだよオッサン。何言ってんだ、アァ?」
「間違いないよ! コイツが、コイツが世莉を! 私の目の前で!」
 男の怒声とスズナの泣き声が重なる。
 
 状況から世莉、スズナの順で殺されていると記事にも出ていた。

 充吾の視界が白くなり、がむしゃらに男へと殴りかかる。
「4年前! 浜浦の強盗殺人事件の! お前がスズナを!」
 充吾に殴られながらも男は充吾の足を蹴飛ばし転倒させる。腰と後頭部をしこたま打ったが、痛みは感じない。立ち上がり、もう一度。

「ジューゴさん!」

 立ち上がったところに、男が突進してくるのに気付いた。その手には折りたたみ式のナイフが。
「テメぇ死ねコラ」
 
 そのナイフを充吾の腹めがけ突き立てる―――直前に、スズナが充吾の前へ。彼女の体にナイフが、そして男の腕が突き刺さり。


 そしてそこで止まった。

「ジューゴさん!」
「スズナ!」

 ナイフを持った腕を伸ばした姿勢で、男が驚きを隠せない顔。
「お、おい、なんだよ、動かねぇよ、おい。なんだよコレ」

 スズナが、体ごと男の腕をつかみ、止めている。他人からは見えず、触れることもできない体で。

 周囲でまた悲鳴があがる。男が取り落としたことで凶器に気付いたのか。いつのまにかできていた遠巻きだった人垣がもう一回り広がる。

「警察を! こいつは強盗殺人犯だ!」

 充吾はそう叫んで、ナイフを蹴飛ばし、無我夢中で男に飛びかかる。

********************

 パトカーのサイレンが近づいてくる。警官によって取り押さえられた男は半分錯乱状態で、幽霊がどうとか喚いていた。

「スズナ。大丈夫か?」
 腹を刺された、というか腕から貫かれていたのだが。やはりスズナの体には傷もない。すり抜けたとしか思えなかった。
「うん。ジューゴさんは?」
「オレは、大丈夫だよ。助けてくれてありがとう」
 腰と後頭部が今になって痛みだしていたが、それくらいは我慢する。
「あのさ。ジューゴさん」
「どした?」
「なんか、成仏しそう」
「え?」
「あの男。捕まえたんだよ。世莉のこと、守れなかったけど、せめて、捕まえることできた」
「……うん。そうだな。スズナが捕まえたんだぜ。すげぇよ」
 スズナの体が光を帯びていることに充吾は気付いた。淡く黄色い光。そうか、今がその時なのか、と充吾はわかった。
「これで行けるな。お父さんとお母さんと、世莉ちゃんに胸張って会えるな。お姉ちゃんカッコいいでしょって」
 スズナが頷く。
「急でごめんね。もっとジューゴさんにお礼したかったのに」
 くしゃくしゃの顔で、スズナは充吾を見つめる。
「中学生が気ぃ使うなよ」
「また子供扱いして」
 充吾はスズナの頭に手を載せる。温かい光を感じる。その温かさと反比例するように、少しずつスズナの体が希薄になっていくようだ。
「せっかくもらったけどプレゼント、ジューゴさん持ってて。あのクマ、ジューゴさんっぽいし」
「そういやウサギはスズナに似てるな」
「でしょ?」
 スズナは両頬を涙で濡らしながら、それをもう拭うこともしない。
「あの本」
「ああ。記念にこいつももらっとく」
 充吾が鞄を軽くたたく。
「そうじゃなくて、続き、読めないのがちょっと残念」
 まだ完成していない3作目のことか。光が強くなり、充吾の手が熱くなる。
「安心しろ。本が出たら、スズナの墓の前で読んでやるよ。ちゃんと声にだしてオレが読むから」
「うん。楽しみにしてる」

 スズナが笑う。充吾も微笑んで頷いた。



 ―――そうして充吾の前から、少女は消えた。アスファルトに落ちたいくつかの滴を残して。

「オレが読むから」





《 オレが読むから 了 》





【 あとがき 】
ラブコメ未満で甘めの、こっぱずかしいものを急に書いてみたくなりました。
後半にむかって乱雑さと詰め込みっぷりが目立ちますが。

当初の締切にまったく間に合わなかったのはもしかしたら初めてかもしれません。


Missing-Essayist Evolution  松永夏馬

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