Mistery Circle

2017-10

《 オブザデッド・メイキング 》 - 2012.07.02 Mon

《 オブザデッド・メイキング 》

 著者:辻マリ








がちり、と音を立て錠は開いた。
鍵穴に手製の道具を差し込んで数秒、音が聴覚神経に届くまでコンマ数秒。
短い時間の出来事だが、いとも簡単に起きた現象、と言うわけではない。
そのコンマ数秒遅れて耳に届く音と手応えにたどり着くまでに、彼らは少なくとも3回は言い争いの末に取っ組み合いの喧嘩に発展したし、練習用と称してピッキングガン二挺と針金五十本をゴミ箱送りにして、缶ビールの箱も3箱はゴミ箱へ送り出した。
場所は都市銀行の一番奥、巨大な金庫を更に守るための鉄格子の前。
彼らは今から鉄格子の奥に待ち構える金庫と格闘するために、錠前破りを決行したのである。
監視カメラや、巡回に来る警備員と言う問題は既にクリアした。
最新鋭のハイテク機器に守られたその奥に眠る、実にシンプルなアナログ式の鍵。
開けた先に保管されているであろう大金を夢見て、それを手にした後の野望を目指して彼らは技術を磨いた。
決して褒められたものではない、世間に知られたと有れば手が後ろに回る行為だが、実行に移そうと決意した段階で、彼らは良心の呵責にひとまず蓋をして、現実から目を逸らした。
後に残ったのは探究心と、一攫千金の野望へと突き進むある意味一途な情熱だった。
そして、今この瞬間、彼らは目的を達成しようとしている。
夢にまで見た、彼ら自身の手に大金を掴むシーンが、現実になろうとしているのだ。
まるで少年のように瞳を輝かせ、罪人達は人一人では開けることの困難な思い扉に一斉に手をかけ、外へ向かって開いていく。
中に収められているのは札束か、金塊か、はたまた証券の山か。
期待に胸を膨らませて、彼らは金庫の中を覗き込む。
「・・・?」
が、待っていたのはどちらかと言うと期待にはそぐわない光景で、思わず首を傾げてしまった。
其処に広がっていたのは、闇。
確かに今は深夜と呼んで差し支えない時間帯では有る。
錠前破りには手元の明かりが必要だが、必要最小限のライトだけを装備していたために、金庫室全体の照明は落とされていた。
だが、装備したライトで照らしても其処に黒一色の闇しか無いのはどういう事か。
「なんでだ?」
仲間のうち誰かがそう呟いたが、それが誰の発した言葉だったのか、彼らにそれを考えるための時間は与えられなかった。
かろうじて、先頭に立った錠前破りの実行者の頭が、闇の中から伸びてきた大きな掌で包まれるのを最後尾の一人が視認する。
「え」
何が起こったのか。
理解する前に彼らは全員、思考するための時間をその命ごと剥奪された。















「三番街の銀行で門番が出たぞ」
「マジか。勘弁してくださいよ」
電子レンジで暖めたミートソーススパゲティにフォークを突っ込もうとしたその瞬間、上司に言われた一言は余りにも絶望的だった。
大手コンビニチェーンで先週発売されて以来、あまりの人気に入手困難と話題のプレミアムミートソース。
やっと買えてさあ食うぞと思って行動に移したタイミングで通報が入るとはなんとも理不尽だと、一条ミハルは自らの不運を嘆いた。
「所長、これ食ってから出動しても良いですか?」
冷めて伸びたパスタとミートソースをもう一度温めなおすのは辛い。
フライパンで炒める事が出来ればまだマシなのだが、この部屋の中には残念なことに電子レンジしかないため、電子レンジで再度温めた水分の飛びすぎたスパゲティが出来上がるのがほぼ確定的だ。
せっかくいつもよりやや高い金を払って買った食い物をそんな残念な状態にしたくないと考えて、駄目で元々で頼み込んでみたのだが、
「駄目だ、すぐ出動しろ」
デスクワーク一辺倒ではなく、時には自らも前線へと赴く事も有るミハルの上司は、ロッカーから自前の武器を取り出しながら彼の方を見もせずにそう言った。
「ですよねー」
仕事熱心な彼の言葉に、若者は肩を落としながら、せめてラップは掛けていこうと、今が食べごろのスパゲティを恨めしそうに見下ろす。
この仕事を選んだ自分に思うところがあるわけではないが、食べるのを楽しみにしていた分別れが名残惜しかった。
「所長」
まだ湯気を立てているスパゲティを容器ごとラップで覆いながら、ミハルは装備を整えているのか事務所内をあちらこちら歩き回っている上司に声をかける。
「なんで人間って、最終的に手に負えないものに頼っちまうんですかね?」
「さぁな」
念には念をと、ラップで覆った後綺麗なタオルを上から被せたスパゲティに後ろ髪を引かれつつ、ホルスターに収めた銃の残弾を確認する彼に、防刃仕様のジャケットを羽織ながら、男は短く答えてからため息をついた。
彼らは今から、気を抜けば命を落としかねない場所へと向かう。
今しがたミハルが言った、最終的に人間が頼ってしまった、手に負えないものを、何とかするために。







セキュリティシステムとそれを非合法に解除しようとする挑戦者とのいたちごっこはいつの時代も終る事無く繰り返され、ついに今世紀の中頃、ある一人の生物学者がとんでもないことを思いついた。
「鍵だから、突破されるんじゃないか?」
と。
元々は門外漢であるはずのその学者の提案は、パターンの読めないセキュリティの開発だった。
曰く、鍵は決まった形の量産品だから攻略されるし、セキュリティコードは突き詰めれば英数列の限りあるパターンの中から組み合わされた羅列なのだからいつかは解き明かされてしまう。
天文学的数字を限りあると言い切ってしまう時点でその発想は何かがおかしいのだが、数字で表すことの出来るゴール地点が存在する以上、そのいつかは必ず来るのだと言うのが、学者の主張だった。
そこで、何時の日か来るであろう鍵が破られる瞬間を防ぐために、セキュリティ自体が考え、自律した意思を持つのはどうか、と生物学者は考えた。
機械では感情の機微が無い。中間点の答えを出すことが出来ないために極端から極端に走る事も考えられるからと、その生物学者は人工知能に知識と学習能力を持たせるような案をまず選択肢から消し、本来の自分の得意分野、生命体に関する部門からセキュリティに足るものを開発することを考え始める。
何度か立ち止まり考え直し、最終的にいきついたのは
【開けさせてはいけないという発想自体を覆す】
事、だった。
つまり、セキュリティを解除した瞬間発動するセキュリティシステムを考え付いたのである。
箱を開けるまで居るか居ないかわからない猫、と言うわけではないが、正しい処置を施さなければ、解除してからさほど間をおかずに、開錠したものを襲う番犬役を設置することを、生物学者は提案し、何をどう間違えたのか、その案は採用されてしまった。
大型の金庫や、機密保持用の区画への出入り口。
其処に配置されるのは、複製が難しいとされる電子錠と、毎時間ごとに変化するパスワードと、それらが突破されたときに目を覚ます生物兵器。
生物と言っても餌は必要ない。
ただひたすら、その鍵が正しい方法以外でこじ開けられる瞬間まで従順に眠り待ち続けるそれは、生命反応を持たなかった。
生物の死体を遺伝子レベルで改造し、それらの本来持つ身体能力を兵器レベルにまで高めたのだ。
見た目は扉の内側に貼り付けられた動物の剥製としか認識できないそれは、種類によっては愛らしくすらある外見に背いて、ひとたび目覚めれば不届き者を後悔させる暇すらろくに与えず葬り去る門番として動き出す。
中々良いアイデアだろうと生物学者は自画自賛したが、唯一つ厄介な問題が残った。
生物兵器を配置するまでは良かったのだが、その生物兵器が動き出した後、初期配置に戻すのが非常に難しい。
難しいと言うより、ほぼ不可能で、一度でも解除されたが最後、生物兵器はその身体が腐敗しきって動かなくなるまで、もしくは改造の段階で脳に埋め込まれた装置を機能停止させるまで稼動するように作られていた。
どうして後のことを考えなかったのか問い詰められた生物学者は、悪びれる事無くこう答えたらしい。
「一度突破された鍵をもう一度施錠するところまでは、考えろとは言われなかったからねぇ」
かくして、人類のやるべき理不尽な仕事がひとつ増えることとなった。
その仕事は通称【門番狩り】
セキュリティを解除され、野に放たれた生物兵器が、鍵を開けた無謀な犯罪者以外の人間を襲う前に、迅速に無力化させる事を目的とした業務である。









三番街の銀行と言えばこのあたりでも特別大きな金庫を備えていることで有名だ。
地下に有る金庫室には、当然のように頑丈な錠前と、それを表側から守る警備員が常駐しているはずなのだが、どうやら金庫破りを仕掛けた連中にとってその二つは大した問題ではなかったらしい。
警報装置が作動するよりも早く警備員を出し抜き、金庫の鍵を開けたところまでは鮮やかな手腕であると評価してもいいが、その後が不味かった。
「あそこの門番、何タイプでしたっけ?」
「霊長類型」
「マジか。一番厄介じゃないっすか」
現場へと向かう車の中、ミハルは自分の質問に対し返って来た言葉に溜息をつきながら銃に弾丸を装填していく。
生物兵器型セキュリティ、通称【門番】にはいくつかタイプが有る。
最も人気が有るのは番犬よろしく犬を改造したタイプだが、【門番】としての機能を最大限に発揮する事が出来るのは犬型ではなく霊長類型、チンパンジーやゴリラなどを改造したタイプなのだが、同時にそれは稼動後の無力化が最も困難なタイプでもあった。
身体能力を兵器レベルにまで高めるための改造を施されているうえに、どういうわけだか霊長類型は行動パターンが複雑怪奇であるという報告が何例も挙げられている。
他のタイプ同様無差別に暴れるものも居れば、捕獲しようとする【門番狩り】からひたすら逃走しようとするものも居たり、中には特にこれと言った行動を起こさず、セキュリティを突破した錠前破りすら無視してぼんやりしていた個体の報告例も有り、此処最近は霊長類型の全機種破棄の意見も出ている始末だ。
どうしてそうなってしまうのか、生物学の側面からも未だに明確な答えは出ていない。
ただ、無差別に暴れるタイプの霊長類型もそれはそれで厄介であり、【門番狩り】達の中でも常日頃一番相手にしたくないと話題には上っている。
「霊長類型はなー・・・知恵が回るからなー」
「愚痴ってる暇があるなら図面頭に入れろよ」
上司からの注意に、ミハルは金庫付近の図面にチェックを入れながら溜息をつく。
「所長、俺逃げても良いっすか?」
「じゃあ、お前と一緒に俺も逃げる」
「・・・ですよねー」
やりたくないのは皆同じ。
治安維持のためという大義名分も有るが、稼ぎが欲しければ命がけで人工の怪物に挑まなければならないのが彼らの今置かれている立場だった。
金庫破り達を返り討ちにし、今現在は再封鎖された銀行内に留まっていると言う【門番】は一体。
それに対し、現場へと向かっている【門番狩り】はミハルとその上司の2名。
数では辛うじて勝っているが、相手は最も厄介な霊長類型である。
事務所で刻一刻と冷めていっているであろう食事の事を思い浮かべ、せめて早く終らせて帰りたいと彼は考えていた。











銀行前はそれなりに騒々しかった。
建物内部からは負傷した警備員含め生きている人間は全員撤退しており、封鎖された建物内には、先行した警官達がスイッチをつけたのか明かりがついている。
「被害はどれぐらい?」
「金庫破りが三人。それと、最初にその連中に撃たれた警備員が肩を負傷して病院に運ばれましたが、そっちは生きてます」
「三人は?」
「監視カメラのほうで死体が確認出来ています」
ハンドルを握っていた上司が運転席の窓だけ開けて警官の一人と会話している間に、ミハルはトランクから装備品の入った鞄を運び出していく。
「なんで死体だってわかった?」
「普通の人間は首と胴体引きちぎられたら死ぬでしょう」
「・・・そうか」
耳に入る情報を聞く限り、【門番】は随分力が強い霊長類のようだ。
これで足りるだろうかと考えながら、彼は上着の内側に吊り下げたホルスターの拳銃以外に手持ちサイズのグレネードを鞄から取り出す。
「所長、【門番】のサイズはどれぐらいっすか?」
更に道具を取り出しながら質問すると、上司に代わって彼と会話していた警官が返答した。
「体長約180cm、体重170kg級、ゴリラ属を使用した【門番】です」
「マジか。いくら元が死体でも特定動物改造すんなよな」
身長も体重も自分より上回るデータを聞かされて、ミハルは心からRPGを車に積んでこなかった事を悔やむ。
アレは本来、牛や犀と言った大型の草食動物用だが、身体が大きく、こちらが予期しない行動に出る可能性の高い霊長類相手に使用してもいいのではないかと彼は考えている。
「グレネードで足りっかな」
溜息混じりに取り出した装備の再確認をするミハルの隣に上司がやってきて、同じように鞄から武器を取り出し装備していく。
「中の調度品に被害が出る前に片付けるぞ」
「・・・了解っす」
何か一言、励みになる事でも言ってくれるかと思えば、損害を最小限に抑える事が第一らしい。
この男は自分達がやっている仕事に対して何か思う事は無いのだろうかと不思議になるくらい無表情な上司の横顔を一瞥すると、彼は普段より一発多くグレネードの弾丸を取り出し、鞄を車のトランクにしまいこんだ。









無人のはずの銀行内に踏み込んだ瞬間、軽い地震でも起こったかのように、足元がぐらりと揺れる。
「近いな」
銃を構え、壁に背中をつけて警戒する上司に、ミハルも同意を示す。
【門番】として改造を施された動物の死体は、蘇生直後より無差別に暴れるように脳或いは神経細胞が細工されているため、時には傍に居た人間だけでなく、建造物そのものに体当たりをして壊そうとする場合がある。
もう一度、先程よりも微妙に強い衝撃を感じ、二人は【門番】がこちらへと移動しているのだろうと判断した。
「壁にぶつかりながら来てるんですかね?」
背中を付けた壁越しに伝わってくる揺れに眉をひそめるミハルに、彼の上司も難しい顔をして頷く。
恐らく、今回の【門番】は無差別に暴れる目測を見失い、壁に身体をぶつけながら徐々にこちらへと接近しつつある。
そうでないだろうか、と同じ予測を二人が立てた次の瞬間、彼らの目の前で、銀行の奥、窓口に来る客には見せる事の無い金庫や行員の休憩室の有る区画へと続いているはずの扉が衝撃に耐え切れずに吹き飛んでいった。
吹き飛んだ扉はそれなりに重量の有る素材で出来ていたもので、吹き飛んだ衝撃で銀行窓口の人の目線の高さほどに設置されたガラス付のパーテーションを粉砕して、正面玄関のシャッター近くまで飛んだあとようやく慣性の法則に従い大人しくなる。
扉を吹き飛ばした犯人はと言うと、扉が吹き飛んで素通りできるようになった入り口に片手をかけるような格好で、のそりとミハル達にも見える位置に顔を出したところだった。
「・・・所長、アレ確かゴリラっすよね、元?」
「そう言ってたな」
自分達の目で確認した【門番】の姿に、彼らは思わず構えていた銃口を下げてしまう。
報告では【門番】は霊長類型であり、ゴリラの死体を改造したものだと言う事だったのだが、今二人の目の前に居るそれは、生物のありのままの姿をしていなかった。
腰を大きく曲げ、長い両腕が地面につくほどの姿勢は確かにゴリラ属のそれなのだが、どういうわけだか動物の姿ではなく、胴体には照明に照らされても光を反射しない艶消しの黒い装甲が見え、頭部はホッケーマスクのようなものを被っている。
両腕両足に至るまで全身装甲で覆われたそれは、ゴリラではなくむしろ、
「おっかしいなー・・・俺達が倒さないといけないのって、武装したジェイソンじゃなくてゾンビゴリラっすよね?所長?」
「開発主に対しての事情聴取が必要だな」
ほぼ全身を鎧に覆われた【門番】の姿に、男二人はそろって銃口を構えなおし、最初の一発目を撃ち込むべく発砲した。
が、案の定その弾丸はそれが身に着けた装甲にはじかれてしまう。
「マジか。あーやっぱRPG持ってくりゃよかった・・・」
後悔先に立たずと言う言葉の意味をかみ締めながら溜息をつくミハルの隣で、彼の上司はもう一発弾丸を撃ち、効果がないと見るや泣き言と愚痴の多い部下を叱り飛ばす。
「言ってる場合か!来るぞ!」
その言葉通り、発砲した二人を発見したらしい【門番】が、生前持っていたであろう本来の能力のおよそ数倍に高められた跳躍で、一気に窓口の席を飛び越えて突進してきた。
「おぉっと」
まともにぶつかり合えば骨折ではすまない勢いを見せるそれに対し、ミハルは壁を蹴って三角跳びの要領で【門番】の背後に跳躍し、彼の上司は真横に飛んで回避する。
「所長、とりあえず俺が何とかしてみるんで、外に逃げといてください」
「一人で大丈夫か?」
「大丈夫っす」
問いかけに、彼はジャケットの中から先程装備してきた道具を一つ、相手に見せるように掲げて見せた。
「俺にはコイツが有るんで、所長は外の警官に、避難するように言っといてください」
目と鼻の先に生物兵器が居るという事を全く意識していないかのような喋り口調に、彼の上司も平然と頷く。
「なら、任せたぞ」
そのまま踵を返し、シャッターの隙間からどんな仕事の時も冷静さを崩さない男が出て行くのを確認すると、ミハルはまず出入り口側を向いている【門番】に、その辺の机の上に有った帳簿を一つ投げつける。
「其処のゾンビ、俺が相手だからこっち向け」
声をかけてから、彼が予測するよりもワンテンポ遅いタイミングで【門番】がこちらを向く。
ホッケーマスクに首から下を覆う装甲と言ういでたちは、何かの映画に出てきそうだ。
けれどもあのマスクを被る有名なホラー映画の怪物は、人間離れした身体能力でパーテーションを飛び越えたりなどはしてこない。
「武装ジェイソンっつーか、ハルクだなこれ」
思わずタイトルを思い浮かべて苦笑いを浮かべてから、ミハルは先程扉の失われた金庫室方面への出入り口に向けて走り出す。
【門番】の脳には生命反応を感知した上で、最も近い位置に居る生命体を追跡するように脳からの命令信号に似た電波を肉体に向けて発信させる装置が埋め込まれている。
この装置があるからこそ、【門番】は生きている人間を主に狙う形で暴れる事が出来るのだが、その信号だけでは錠前破りと通りすがりの一般人を区別する事はできない。
勿論、【門番狩り】も遺伝子や細胞レベルで定義づければ普通の人間である以上、【門番】のセンサーによって追跡対象に分類される。
「ちゃんと追いかけて来いよ」
階段を駆け上がりながら、ミハルは自分の後ろをついてくるテンポの速い重低音を聞いていた。
狙い通り、彼の生命反応を感知し、追跡対象として認識してくれているようだ。
これのために彼は先程上司を建物の外へと逃がし、自分一人がこの銀行の中に存在する【生きた人間】であると言う状況を作り、現在進行で生物兵器から距離を保ちつつ逃げている。
途中でつかまってはいけない。
勿論、距離を取りすぎて向こうがこちらを見失ってしまってもいけない。
死後改造を受け、兵器レベルにまで身体能力を高められた生物と言うのは、移動スピードに関しては下手な車より早いので、直線通路ではまず普通の人間に勝ち目は無く、障害物の多い空間か、今ミハルがやっているように階段や曲がり角の多い区画へと誘い込むのが定石とされている。
「階段じゃなかったらマジ終ってんな」
目的の場所までさほど距離は無いとは言え、少しでもタイムロスがあれば追いつかれてしまいそうだと、彼は背後に聞こえる物音で判断した。
一度でもつまずけば自分の命が危うい。
人間には武器を使う知恵があるが、全てを兼ね備えては居ないがために、走るスピードは相手に劣る上に、真っ向から力比べをしたら確実に負ける。
距離を詰められてつかまったら最後だと肝に銘じて彼は階段を駆け上がった。









この銀行は地上四階、地下一階と言う構造になっていて、最上階である四階の更に上には屋上が設置されている。
勿論階段は地下一階から屋上までをしっかり繋いでおり、現在進行形でそれを駆け上がっているミハルの視界の先には、屋上へと続く最後の踊り場と、開ければ屋上に出られるドアの姿が見えていた。
背後に迫る足音に焦る気持ちを何とか押さえ込んで、彼は目の前のドアを開くと同時に、懐に忍ばせていた道具の端をそれに引っ掛ける。
屋上に飛び出すと、一瞬だけ外気が頬にぶつかり、ひゅっと襟元を冷たい風が撫でていく。
思わず空でも仰ぎたくなるような、気持ちの良い夜風だったが、そんな場合ではないと反復横跳びの要領で横に飛ぶ。
懐から取り出し手に構えた道具から、中身が一気に引き出されていく音が耳に届くのと同時に、屋上と建物内部を結ぶドアからほぼ90度の角度に逃げたミハルの視界には、ホッケーマスクと艶消しの装甲スーツで全身を覆った大型霊長類が直線方向に突進していくのが見えた。
その胴体には、先程彼がドアノブに引っ掛けておいた細いワイヤーが引っかかっているのがわずかな光の反射で確認できる。
とりあえず下準備の段階は成功と確信すると、ミハルはワイヤーの摩擦で自分の指を持っていかれないように注意しながら、次の道具をポケットから取り出す。
それのボタンを押し、2mほどの長さに伸ばしてからワイヤーを巻きつけて、それ以上は引き出されないようにワイヤーケースの固定スイッチを押した。
途端に、一気に両腕へ負荷がかかる。
顔を上げると、自分の胴体にワイヤーを引っ掛けたままの【門番】が、屋上の縁まで到達してその壁をよじ登ろうとしているところだった。
「ちょ、やべぇ」
どうやら距離を取りすぎたのか、ミハルの生命反応よりも隣のビルや外に待機しているはずの人間達の生命反応が近いと【門番】の脳に埋め込んである装置が判断してしまった様子の大型霊長類は、屋上から外へ出ようとしている。
まずい。それは非常にまずい。
このままでは胴体にワイヤーを引っ掛けている関係上、銀行の屋上から【門番】ともども地上に落下して周囲を巻き添えにしてしまう可能性がある。
この場所で決着をつけるためにわざわざ屋上まで連れ出したと言うのに、失敗するわけには行かない。
ジャケットの内ポケットから小さなつぶてを取り出すとそれを思い切り力を入れて【門番】めがけて投げつけると、後頭部までを覆うマスクの表面でそれは軽い音を立てて破裂した。
「余所見すんな、こっちだこっち!」
元々死んだ後の動物を改造しているため、音声を認識するほどの知識があるかどうかは定かではないが、とりあえず大きな声を出して【門番】がこちらを向いてくれるよう試みる。
だが、彼の行動も空しく、大きな身体の動く死体はこちらを認識の外に置いたまま、壁の縁に手をかけようとしていた。
アレが屋上から飛び出してしまえば、被害が拡大する。
「あぁくそ」
両腕にかかる負荷から判断して、恐らくあの【門番】とまともに力比べをした場合、ミハルに勝ち目は無い。
本当ならそれに引っ掛けたワイヤーを使って応戦する予定だった彼は、両腕の関節が外れる前に作戦を変更する事にした。
引っ張られる力にそのまま従い、自分自身も屋上の壁に向かって走り出し、コンクリートで舗装された足元を思い切り蹴る。
制限する事無く動き、自分の身体ごと巻き込む相手の筋肉の力にそのまま素直に従い、ミハルは手に構えたままの2mほどの【槍】の先端を、まっすぐ進む方向へと向けた。
その先に有るのは背骨のラインに沿って綺麗にそろう装甲の継ぎ目。
突入する角度を一瞬だけ確認すると、彼は躊躇う事無くその継ぎ目、【門番】の首の付け根辺りめがけて【槍】を突き立てる。
生物的な肉と骨を貫く鈍い感触に重なって、なにか固い人工物を貫く手応えが掌を通して腕全体に伝わり、それに続いてすぐ目の前の肉の塊から甲高いアラーム音が聞こえた。

-キノウヲテイシシマス-

続いて聞こえた電子音声で、ミハルは【門番】の脳に埋め込まれた電波発信装置が機能を停止させた事を確認する。
活動させるための司令塔たる装置を失った大型霊長類の身体は力を失って屋上の壁にもたれるようにずるずるとへたり込み、彼は念のため、とそれから距離を取るため【槍】を引き抜き飛びのいた。
数秒様子を見るが、それが活動を再開させる気配は無い。
ようやく終わりかと、一つ溜息をついて、彼はそれから銀行の外で待機しているだろう上司に通信機で連絡を入れた。











「実験的に投入されたタイプだったそうだ」
銀行の【門番】を倒して三日ほどしてから、出勤してきたミハルに上司がそう告げた。
「従来のタイプでは関節を砕けば無力化出来たりで防御面に不安が残る。だから、より完璧な【門番】として機能するように、装甲を皮膚に貼り付けて、多少の攻撃では無力化できないように開発してみたんだと」
パソコンの電源を入れてサインイン画面でパスワードを打ち込みながら、彼は斜め横に席を構える上司の言葉に溜息をつく。
「余計な仕事増やしてくれんなよって感じっすね」
「そうだな」
あの後、無力化させた【門番】は死体処理のため搬送され、翌日にはまた新しい【門番】が銀行に届けられた。
あれがまた錠前破りによって起動させられれば、明日にでも彼らに出動要請が出るようになっている。
「所長」
「なんだ」
後もう少しで仕上がる報告書をワード機能で打ち込みながら、ミハルはふと思いついたことを口にする。
「そのうち【門番】が軍事投入、とか、人間の死体も活用・・・なんて話にはなりませんよね?」
彼の発言に、上司はうっすらと髭の剃り痕の残る頬に掌を当てて考えてから答えた。
「そうなったら、俺は真っ先に逃げる」
「ですよねー」
書き終えた報告書を上書き保存してから提出のためメールに添付し、それでもこの上司は口ばかりで逃げないんだろうな、とか、逃げるって言っても何処に逃げるんでしょうね、などという文句を思い浮かべつつ、彼は送信ボタンをクリックした。
今日も、彼らの仕事が始まる。





《 オブザデッド・メイキング 了 》





【 あとがき 】
もしもリアルに考えてゾンビとか開発できたとしたらこんな感じじゃないかな的な発想と、バイオでハザードなクリーチャーを倒す主人公って書けたらいいな的な願望が混ざり合ってこんな感じになりました。
主人公の名前はぶっちゃけ考えるのがめんどk(略)
学生時代に書いたあの話とは無関係です。一応念のため。


【 その他私信 】
人生チキンレースですがなんとか生きてます。


辻マリ
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