Mistery Circle

2017-08

《 星とほおずき 》 - 2012.07.02 Mon

《 星とほおずき 》

 著者:ココット固いの助








私の家には昔から丁度大人の背丈くらいの鬼灯の木があった。

夏でも冬でも赤い実を灯す綺麗な鬼灯の実。

その枝の下で遊ぶのが私はとても好きだった。



そこは、闇。

昼間はしゃぎ過ぎた私は母の膝枕で眠りの陛をさ迷っていた。

「この子は今夜にでも閉じてしまおうかと思うんやけど」

「お母さん」

「あんたの時は私の左の目1つで済んだ、けど代変わりともなるとな」

「伏見の家はどうするつもり?それもこれも私の我が儘から出た話だけど」

「なに、最初からあんたを東京の大学にやった時から私は心に決めていました。あんたにも、あんたの娘にも人並みの幸せを選んで欲しいと」

「でも、伏見の家は…神さんは誰が…」

「弟子の愛子がおる。あの子を正式にうちの養女にする、元々は私らと遠い血縁のある子、あの子も納得してくれてる」

「愛子姉さんが」

「あんたら昔から血の繋がりはなくても、ほんまの姉妹みたいに仲良しで」

「愛子姉さんとお母さんが犠牲になって私ら家族だけが、のうのうと暮らせる道理がありません」

「どうせ老い先短い命、孫のためになるなら、あんたが私でも必ずそうすると思うわ」

「でも、お母さん」

「愛子もあんたと家のためにと言ってくれてる」

そんな母と祖母の会話を夢うつつに聞いた気がする。

「人は人らしい呪の中で生きるのが一番の幸せ、この子は今夜閉じてしまおう」

祖母の言葉は何時しか微睡みの中で祝詞に変わる。

母と祖母の両方の手が私の髪を撫でる心地よさの中で私は深い眠りに落ちた。

暗闇の中に落ちて行く私はそこで星のように赤く光る沢山の鬼灯を見た。

「幸せになるんやで澄香」

それが私が聞いた祖母の最後の声だった。


SECAND NO丁E
【隅田澄香】

祖母の葬儀から帰った私は庭で一人遊びをしていた。喪服を持たない私は襟に白いレースの飾りがついた黒いサテンのワンピースを着ていた。

いつもするみたいに遊び友達を呼ぼうとスカートを両手で、ぽんぽん叩く。ぽんぽんぽんぽん。

「ねえ!どうして誰も来ないの!」

私はむきになってスカートを叩く。

私の肩に誰かが優しく手をのせる。

振り向くと母がそこに立っていた。

「もう誰も来ないのよ」

「どうして、どうして誰も来ないの?」

「それは、澄香が大きくなったから」

私は明日から小学校に入学する。

小学校に入学すれば小学校のお友達が沢山出来る。

「澄香が今まで遊んでいた子たちは伏見のおばあちゃんの家にみんな帰ったの」

母は私に説明した。

「今まで澄香が見たり触れたりしたものは他の人には見えないものなの」

母は腰を屈めて私の目線に合わせるようにして言った。

「人に見えないものが見えるという事は私やおばあちゃんや御先祖様から受け継いだ大切なもの。でも、それは澄香を幸せにしてくれない」

「幸せ」

「将来勉強して、やりたいお仕事を見つけても、お母さんみたいに結婚してお母さんになりたいと思ってもなれない」

「そんなのいや」

「そう、だから見えないものが見える澄香はおばあちゃんが閉じてしまったの、代わりに澄香は自分で幸せになる道が開いたの」

見えないものが見えると幸せになれない。

好きな人のお嫁さんになる事もケ-キ屋さんにもなれないんだ。

他の人が見えないものを私は見てはいけないんだ。

母の言葉は私の心に深く刻まれた。

他の人が見えないものが見えると幸せにはなれない。

幼い頃の私はそんな事、微塵も考えたりはしなかった。

だって私の身の回りには生きている人間よりも、そうでない物の方がずっと沢山いた。

そういう物に囲まれて暮らしていた。

ある日スカートの中から肢が出ていた。

「いやあ、毛虫」

それは毛虫というにはあまり大きな毛むくじゃらな物体で、猫の前肢だった。

黄色い目を光らせた牛くらいの猫がニタニタ笑いながらスカートの中から飛び出した。

首が三連に繋った、けたたましい声で鳴く黒鳥。

おびだたしい数の魚の顔。不思議な事に彼らはどの角度から見ても私に正面から見た魚の顔を見せるのだ。

全身が緑の裸の女。

見上げるほどに背が高く電信柱みたい。

でも2本の腕はとても長くて地面について直角に折れ曲がっていた。

次から次へと不思議な造形のものたちが飛び出して来る。

「見かけんと思ったら、あんたらこっちに来てたんか」

振り向くと和服姿の祖母が立っていた。

「おばあちゃん」

私は祖母に駆け寄る。

そして祖母の背中に隠れるようにして庭を覗き込んだ。

庭に集結した変な物たちは、じっと大人しくして私と祖母につぶらな瞳を向け立っていた。

「悪いもんやないよ」

私の頭を祖母の手が優しく撫でる。

菩薩様みたいな笑みを浮かべて私を見下ろす祖母の左の目は黒い皮の眼帯で隠れていた。

物心がついた時私は祖母の眼帯がとても怖かった。

「こわないよ」祖母はある日私に眼帯を取って見せた。

祖母の左の眼球があった場所にはガラスの義眼が収まっていた。

義眼の真ん中には鬼灯が星のように赤く光っていた。

「おばあちゃんちに咲いているのと同じやで」

鬼灯は秋になると赤く色づく。

けれど祖母の家には1年中鬼灯があった。

京都の伏見にある母の生家。

石段を登った先には百日紅の手摺があって玄関の表札に描かれた家紋も鬼灯。

外灯にも屋敷の中の襖にも調度品にも鬼灯の絵があしらわれていた。

暮れかけた庭で祖母は私に言った。

「この子らはな、なりはこんなんでも私らを守ってくれる神さんの使い、眷属なんよ」

「ケンゾク」

私と祖母が彼らを見ると彼らは恭しく頭を垂れて膝まずいた。

「みんな神さんの御使いや」

「神さんてどこにいるの?」

祖母はそっと絣の着物の袖を空に翳した。

祖母が指指した先には夕暮れ時の星もない空に1つだけ輝く光があった。

「ほら、あれ」

私は空を見上げてその明るい星を見た。

「あれがうちらの神さんや」

それは金星だった。

「神さんの星」

私はうっとりしながら祖母と暗くなるまでその星を眺めた。

息をひそめて。

庭には私と祖母と彼らしかいなかった。

空にあるあの星は神様の星でいつも私たちを見守ってくれている。

祖母はその星を守りお祀りする星の巫女だと初めて、私はその時知った。

「お母さん、昨日送ってもらった蝦名芋炊いてみたんだけど」

母が玄関から顔を覗かせ、祖母に声をかける。

「ちょっと味みてくれる?」

はいはいと祖母は愛想よく返事を返すと庭を後にする。

「澄香もご飯だから家に入りなさい」

「ご飯やて、行こか」

祖母の言葉に頷いて私はちらりと庭を見る。

そこには何もいなかった。

濃さを増した夕闇の塀や庭木の影の中に皆溶けてしまったかのように。

「みんな、どこに消えたの」

玄関までの短い距離を歩く祖母の足に追いつくと私は囁いた。

自然に小声になってしまうのは、あの子たちが私らにしか見えないから?それとも本当は見えてはいけないものだから?

「今はここにおるよ」

祖母は着物の帯の下をぽんと1つ叩いた。

「澄香とおばあちゃんは血がつながっている、あの子らは血の道を通って澄香のところに来れる」

「お母さんのとこにも?」

「お母さんは随分前に道を閉じてしまったから、あの子らは見えんよ」

「そうなんだ」

「見えないものの中には良いもんもいれば悪いもんもぎょうさんいてはる」

それは幼い頃から薄々感じてはいた。

夜寝ていると、いきなり手で口を塞いだり階段で背中を押したり、振り向くと大概そいつは真っ暗な体をしていて、にたにた笑っていた。

「人様の目に触れんのをいい事に悪さをしようとするものには澄香みたいに見えてしまう子が邪魔なんよ」

祖母の手が優しく私の頭を撫でる。

「そういう子は大きくなると悪さをされて困っている人を助ける事をするので連中には目障りなんよ」

祖母はそうした人たちの相談を受けて払う仕事をしていた。

先祖代々から続く生業。

【伏見の鬼灯の館の婆様】と言えばそのすじではかなり有名だった。

「あんたは、あの子らが守ってくれる、あの子らはとても強い、それでもあんたに悪さしようとするもんがおれば」

祖母は私に悪い物を追い払う秘密のおまじないと、いくつかの訓示を残して京都に帰った。

眷属であるあの子たちを表に出す事は家以外ではしてはならない。

けして家の敷地内から外に連れ出してはならない。

「その変わりあんたにこれをやる」

そう言って祖母は鬼灯の絵が描かれた御守り袋を私にくれた。

「これを持っていれば家の中でも外でも悪いもんは寄って来ない」

そして、祖母と話した神さんや眷属の話は秘密にしなければならないという事だった。

「うちらの事をよう守ってくれはる神さんやけど怒らしたら大変や、それだけは忘れたらあきまへん」

私は祖母と指切りをした。

子供心に祖母と交わした指切りは近所の友達とする約束や指切りよりはるかに重いものだと私は感じた。

私は家の中や庭で誰も周りに人気がないのを確認してからスカートを叩く。

出て来た彼らは寡黙で私に話しかけたりはしないものの皆従順だった。

言葉を交わす事はなくても彼らの眼を見ていれば私を好いていてくれるのが見てとれた。

私は彼らに1つ1つ名前をつけて、実によく遊んだものだ。

私は小さい頃から活発で、ものおじしない子供であった。近所に友達も沢山いた。

私はある日祖母との約束を忘れ彼らを連れて外に出た。

家来を大勢従えたお姫様になった気分で近所を歩いた。

彼らの姿は人には見えないはずだがその日は路地で人に出くわす事はなかった。

いつも遊んでいた近所の公園に行くと幼稚園の友達が3人砂場で遊んでいた。

女の子が2人に男の子が1人。

「澄香ちゃんだ!」

公園に入って来た私に気がつくと砂遊びの手を止めて私の方に駆け寄って来る。

「澄香ちゃん」

「今砂場でトンネル…」

私の前にいち早く着いた男の子が目の前で昏倒した。

ばたばたと後ろにいた女の子2人も地面に倒れた。

倒れて、それっきり目を覚まさなかった。

駆けつけた大人の人が救急車を呼んでくれて子供たちは病院に運ばれた。

大人が駆けつけ騒ぎになる前に私は彼らをスカートの中にしまいこんでいた。

怖くなって、その場から逃げ出した。

心の中で友達の名を呼びながら詫びた。

一刻も早く家に戻って母親に抱きついていたかった。

息を切らして家の玄関の扉を開けると母は電話で誰かと話をしていた。

「お母さん!」

「澄香、京都のおばあちゃんから電話よ」

私は靴を脱いで、恐る恐る受話器を耳にあてる。

「もしもし、おばあちゃん?」

「澄香、あんた約束破ったらあきまへんえ」

祖母の口調はいつも通り穏やかで優しかった。

「おばあちゃん、ごめんなさい」

涙が自然に目から溢れ出た。

「葵ちゃんが…翔太君が…」

「大丈夫、もう元気で家に帰れる頃や、うちの子ら小さい子には少々毒気が強いようやから会わせたらあかんの、はっきり言わんかった私のせいや、ごめんな、澄香」

「私約束破って…神さんにしかられる」

「澄香が破ったのはおばあちゃんとの約束で神さんの事は誰にも言うてないから大丈夫」

「本当に?」

「ああ大丈夫や…」

母が私の手からいきなり受話器をひったくると。

「お母さん、澄香に何をしたの!?」

受話器に向かって噛みつくようにまくし立てた。

電話の様子から尋常ではない気配を察したのか母の声は声高に喧嘩ごしになっていった。

言葉もいつも使わない関西の言葉になっていた。

顔面は蒼白では唇は震え、母は明らかに怯えていた。

「澄香はまだ大丈夫って言うてくれはりましたよね!兆候…兆候ってなんですか…」

私は大好きなおばあちゃんとお母さんが私の事で喧嘩するのが悲しかった。

気持ちを上手く言葉に出来なくてただ「お母さんちがうの」そう言って泣きながら母の服の袖を引っ張る事しか出来なかった。

「…わかりました。後で澄香に聞いてみます」

母は受話器を置くと、私に聞いた。

「澄香いつから怖いものが見えるようになったの」

「覚えてない、ずっと前から」

「髪を引っ張られたり悪さをされた?」

私は頷いた。

「なんでお母さんに言わないの」

「お父さんに言ったら「そんなものはいないよ」って、だからお母さんにも見えないと思ったの」

「そう、澄香は小さい頃のお母さんと一緒やね」

「おばあちゃんがお守りくれたから大丈夫になった」

ケンゾクの子たちも…それは言いかけて止めた。

「おばあちゃんにちゃんとお礼言った?」

私は頷いた「だから、お母さんもおばあちゃんとケンカしたら」

母が私を急に抱きしめたりするものだから私は息が苦しくて言葉の続きが上手く言えない。

ケンカしたら、あかんの。



図書室のエアコンは故障したままだった。

6月半ばだというのに昼間の気温は28℃、湿度は70%を記録していた。夕方になっても涼しくならなかった。

蒸し暑くて作業中の身にはこたえる。

気まぐれに動き出しはしないかとエアコンのリモコンのボタンを押してみるがカビ臭い空気が吐き出されただけだった。

全国的にインハイの予選が終わり今は県大会の真っ最中だ。

運動部に所属している図書委員はレギュラーでも補欠でも、この時期顔を出さない。

OBの方で古書店を営む方から書籍の寄付があった。

なんでも父親の代から続いていた古書店をたたむ事になったので母校に寄付したいとの事だった。

あまりに沢山の本が学校に届けられたため学校では空いている教室に本を保管した。

半年前の事だ。

そもそも、うちの高校には現在は使われていない旧校舎というものが存在していた。

あまり借り手のない古い本などはそちらの教室を利用して手厚く保管されていた。

しかし私が1年生の終わり時の春休みに旧校舎は老朽化して危険という理由で取り壊された。

春休み旧校舎から新校舎の空き部屋へ書籍の移動が行われた。

勿論図書委員の仕事である。

本というのは1冊なら大したこと事ないが荷物になると存外重い。

春休みのあの労働は図書委員全員の骨身を軋ませ記憶に染みついているはずだ。

本は重い。もう2度と運びたくない

。部活の方がよっぽどマシだ。

そもそもレギュラーじゃないやつなんて大会に合わせた練習では殊更お呼びではないはずだが。

全員逃げた。

さっきからしゃがみ込んで古書店から届いた希少本を目敏く見つけ目を輝かせて読み耽るこの男、音無悠斗を除いて。

「隅田サンリオSF文庫って知ってる?」

「サンリオってキティちゃんとかマイメロの?」

「そう、そのサンリオが昔出版社を立ち上げてさ。海外の未発表のSF小説や有名無名作家の作品を売り始めたんだ」

「あまり聞いた事ないけど」

「およそプロのバイヤーなら契約しないような玉石混合ぶりで実に面白いんだ、まさにカオスだよ」

「今音無君が目の前の現実から逃避して読み耽ってるのが、それなわけね」

「だってこれ、ゼラズニーとKディックがリレー式に書いた【怒りの神】だよ、あり得ないだろ普通」

「コラボなんて音楽だって小説だってお互いの持ち味を殺し合うだけで面白かったためしがないわ」

「こっちはナボコフ…【枯れ草熱】もある!今日僕これ借りて帰っていいかな!?」

「誰も読まないから好きなだけ持って帰りなさい。でも、その前に現実を見て」

目の前の現実、書籍を詰め込んだ段ボールの山。

「大体今になってなんでアニメ研究会なんて部が発足するわけ?ほんと意味分かんない」

うちの高校は規則で、がんじがらめという訳ではなく比較的自由な校風で知られている。

だからと言ってけしてリベラルという訳ではない。

それは文化部の分布を見れば分かる事だ。

茶道に書道に歌留多、ブラバン…昔からよくある古典的な文化部の名前はあるものの軽音や漫画といった今では普通にどこの高校にもありそうな部は存在しない。

同好会すら認めてもらえないのが現状だ。

過去にそれらの部を発足しようとした先輩方もいたようだが認められなかったらしい。

現校長の教育方針で。

「そういったものはあくまでもサブカルチャーであって文化とは言えないし本校の校風にはそぐわない」

随分アナクロな話だ。

昭和も遠くになりにけり…その時代は軽音部とかあったらしいが、そこがいつしか不良の溜まり場になり…何がしか事件でもあったのかも知れない。

それが突然【アニメ研究会】の部活承認とは我が校にとっては石器時代から産業革命なみの進歩だ。

「遊井先生の功績だね」

音無君は本のページをめくりながら言った。

遊井先生は昨年赴任した物理の先生でこの学校のOBだ。

「ソロモンよ私は帰って来た」という謎の挨拶と共に我が校に赴任して来た、新任の物理の先生だ。

一体どんな手段と、どれだけ情熱を傾けたのか想像もつかないが。

保守的な文化部の中にアニ研は誕生した。ぱちぱち。

アニ研の使う予定の空き部屋には沢山の蔵書が保管されていて、それを急遽図書室に移動させなくてはならない。

全ての本に図書番号を貼り付け図書カードを付ける。

古書店から寄贈された本は値札を外して…。

「音無君、さっきから気になってたんだけど」

私は書籍が詰め込まれた段ボールの横に置かれた棺桶みたいな長方形の段ボールを指差して言った。

「これは一体何!?」

「ああ、それは本棚だよ」

「自分たちで組み立てろって事?そこまで、まる投げ?信じられない」

「組み立てないで配送するから安いらしいね」

とても1日で終わる作業ではなかった。

そう言えば音無君は今日は家族と用事があるんだった。

早く帰して上げないと。

口では文句を言っていた私だけど、この作業自体ちっとも嫌ではなかった。

どうせ他の委員たちは何くれとなく理由を拵えては来ないだろうし。

私は放課後のゆっくり流れる時間を彼と過ごしていられる。

その時間を幸せだと思う。

いつか必ず失われてしまう…だから大切にしたい。

気がつくと音無君は、さっきまで夢中だった文庫本を置いて窓際に立っていた。

黄昏時のその光景が何時も私を憂鬱にさせる。

日頃軽口を叩いたり、ふざけあったりして少しだけ彼との距離が縮んだ。そう思える時があっても結局は彼が心の奥底で何を求めているか知ってしまうからだ。

魔法の呪文とは音だ。

本人は気づいていなくても音無君の言葉には力がある。

発する言葉で場の空気を変える事は誰にも出来る。

私は音無君が物語について話す姿を見るのが好きだ。

次第に熱を帯びて桜色に紅潮する頬や指先、時々髪をかき上げる仕草とか…ちゃんとご飯食べてるのか心配したくなる細い足とか。

彼の口元から発せられた言葉や文字が私のいるつまらない世界を変容させる。

けれど、いつの間にか文字や言葉の1つ1つが1人の女の姿を象作り始めた時私の心は乱れた。

彼は心の奥底に大切しまい込んで思い、 慕い、恋焦がれていた。

彼はそれを死神と呼んだ。

虚であれ実であれ、昔彼が幼い頃に何度となく死線をさ迷った事は間違いない。

その中で出逢った少女が死神だというなら彼は死そのものに恋をしたのだ。

彼を死に近づける訳には行かない。

死人を甦らせる事は出来なくても人が死を呼び寄せる事など簡単な事だ。

応身を持たぬ死神ならば尚の事。

私は積み上げた言の葉の積み木に毒の欠片を混ぜる。

乾電池とか…現代の日常的な普段私たちが使い慣れ親んだ世俗的な言葉。

それを音無君に使わせるだけで忌まわしい積み木は崩れ落ちる。

目に見えない柊の枝を振るい邪を払ってあげる。

音無君、私本当は1800年続く星の神様の巫女なの。

なっていたかも知れないけれど、ならなかった。

なれずに良かった、と今は思っているの。

小学校に入る前におばあちゃんについて伏見の家に行ってたら音無君には逢えてなかった。

何1つ修行もしてないし何も出来ないけど、私音無君を守りたいの。

この場合に限って言えば、香りはよくないものだ。

香りには反魂の力が宿る。

何処かの馬鹿が持ち込んだ香りが…とてもいけない。

その証拠に、ここ最近の音無君の様子が変なのは、今窓の外に車を停めてる、あいつらのせいだ。

「いいわね、お金持ちって…私もお金持ちになりたいなあ」

私は音無君の背中越しに語りかける。我ながら本当に俗っぽい台詞だと思う。

だけど、こっちを向いて欲しいの、音無君。

呆れた顔で私の事を見てくれたら、私今日も安心して家に帰れるから。

でも、やっぱり、こちらを向かなくていい。

図書室の入り口の扉に目をやる。

音も立てず気配すら醸さず死神はもう、そこに来ていた。

随分とまあ、ふざけた格好をした女だ。

これが死神だっていうの?

全身素肌に枕花を身に纏った、弔いの花で作られた人形じゃないか。

表情はない。

死に行く者の苦悶や嘆きを聞く耳と姿を見通す2つの瞳はあっても言葉をかける口は必要ないからか。

子供の姿と聞いていたけど今は様子が違うみたいね。

音無君が言ってた鎌は持っていない。やはり記憶違いか。

鎌なんて持ってなくても、あんたが此処にいちゃいけない禍々しい存在だって事は分かるけどね。

幼い頃に閉じてしまった私。

そんな私の視界に入って来るあんたは相当にやばい。

けして逢ってはいけないもの。

なのに、逢いたい人に逢えない場所から逢いに来たのか。

だけど。

「やだ!スカートのホックが外れちゃった」

怖かった。けれど私は精一杯すっとんきょうな声で叫んだ。

「音無君、今私スカート落ちそうだから、こっち見ないでね」

「ええ!?分かったよ」

「窓に映るから下も向いてて」

「隅田のパンツなんか興味ないよ」

でしょうね。

背中を合わせると音無君の体温が私の背中越しに伝わる。

私は前を向く。真っ直ぐに目を反らさずにそいつを見返す。

そいつは私なんか最初から見ていない。

黒くて吸い込まれそうな瞳は音無君だけ見つめていた。

そっと音無君の右手にポケットから取り出した物を握らせる。

「それ、持ってて」

「なにこれ?」

「大切な御守りなの」

おばあちゃんが亡くなる前に「澄香に」と残してくれた形見の大切な御守りだ。

おばあちゃん私と音無君を守って。

一歩前に出る。

「隅田、もういいか?」

「もう少し」

また一歩、前にでる。

足元に漣みたいに花。

辺り一面に咲く花が、懐こい猫みたいに踝を撫でる。

何も持たない、バルサ板1枚割る力もない。

お願い開いて。

1度は開いていたものならば。

もう1度だけ、開いて。

目を閉じて拳を握りしめ祈る。

神様、お願い。お願い-

がちりと胸の奥で開く錆びた錠前の音を私は聞いた。

スカートの中から足元を風が吹き抜ける。

そっと目を開ける。

懐かしい。懐かしくて涙が出そうになる。

私と死神の前に堰を作るようにして居並ぶ、私の眷属たち。

黒鳥も猫も魚もいる。

緑さんは私が最初に名前をつけた背の高い裸の女。

いつもそうしていたように今も、ぼかんと口を開けたまま虚ろな目をして虚空を見ている。

「…上がり」

私はおばあちゃんが教えてくれた、たった1つの呪文を囁いた。



「おばあちゃん、いただきます」

「はい、よろしゅうお上がり」


校舎の外、グランドの野球部の誰かの金属バットが芯を食った音がした。

髪の毛1本残すな。

静寂の中で刃のような犬歯を剥き出しにした子たちが一斉に女に襲いかかる。

緑さんだけが、じっと動かず立ちつくしたまま。

藪蚊を払うような仕草だった。

ほんの一瞬女は右腕を左の肩先まで上げた。

それで全ての私の眷属は切り裂かれ四散した。

身の丈よりもさらに半身ばかり長い大鎌。

女の腕はいつの間にか鎌に変わっていた。

高々と差し上げた大鎌は夜空に浮かぶ無慈悲な三日月のように見えた。


刃が音も立てず反転して内向きに戻る。まるで、からくり人形だ。

女は眉1つ動かさない。

散り散りに四散した我が眷属は赤い光珠となって宙を漂う。

けれど死神、お前に彼らは殺せない。お前の持つ大鎌は生者の魂と肉体を分かつもので、彼らは最初から命など持たない。

他國に眠る神の息吹から生じた者達。

六道輪廻の道を辿らず神様の御元に祭礼の巫女は辿り着く。

神様の息吹きに触れ眷属となり現世に舞い戻る。端から死神如きに切れる筈がない。

戯れに何処かの神が拵えた人形、足元に咲く命の花を刈るだけの存在。

神々の農夫ですらない案山子。

それが、あんたの正体だ。

間違って、この世に迷って出て来たなら今すぐあの世に帰してあげる。

緑の体がゆるりと傾く。こちらに顔を向けて、にっこりと微笑む。

その笑顔があんまりチャ-ミングなので私の不安はたちまち霧散した。

緑さんは静静と中央に進み出て長い両腕を水平に持ち上げる。

幾つも枝が体の皮膚を突き破り生え出る。赤い光珠が彼女の枝に梢に集う。

辺りが闇に包まれると珠は尚一層光を放つ。

闇夜の鬼灯。宙にある星ではなく、この世にある星。瞬きすらしない瞳を持つ者。

それが私たちの先祖が代々祀る鬼灯の神様。

その神威をもってお前を消し去る。


天神、経津主神・武甕槌神を遣して、葦原中国を平定めしむ。

時に二の神曰さく、「天に悪しき神有り。

名を天津甕星と日う。

亦の名は天香香背男。

請ふ、先ず此の神を誅ひて、然して後に下りて葦原中国を撥はむ。
 
「天津甕星を私たちの先祖は神として祀って来たの。

天津甕星は金星の神。

西洋ではサタン。

アステカではケツアルクアトル…これはマヤのククルカンと同一神ね。

メソポタミア文明の神イシュタルも金星神…日本では星神信仰はとても珍しいの。」…そう母が教えてくれた。

母方の血筋は天津甕星を祀る一族と代々言い伝えられて来た。

天津甕星はまつろわぬ神々の中でも取分悪神邪神と恐れられ大和の神でさえ力による調伏は遂に叶わなかった。

「しかし天津甕星は人であった」というのが母の考えである。

多くの神話を研究する学者が指摘する通り大和の朝廷に滅ぼされた豪族の1人、時を経てまつろわぬ神と呼ばれるようになった者達の1つであろうと。

所詮は人間。

私たち先祖は天津甕星を隠れ蓑にして生きて来た。

母の旧姓は狩鹿。如何にも天津甕星の別名天香香背男の縁の家系を匂わせているが。

カガは太古の言葉で輝く星を意味する。

けれど別の意味もある。

母は大学時代に古代神話と山岳信仰についての研究を進めていた。

論文を発表する段になって祖母からストップがかかったらしいが。

母と祖母との間でどのような取り引きが為されたかは不明だ。

しかし母は自分の望む未来を手に入れ祖母は片目をなくした。

祖母が亡くなるまで2人の間に確執はなかった。

まだ国稚く海葦牙の如く萌え騰つ頃。私の先祖は神と出会い盟約を結んだ。

大陸から神を名乗る一族が渡来しこの国を治めた時代よりも遥か昔の話だ。


黒鳥の翼は目の前を常闇に変える。

三日月の形をした山猫の口と爪。

魚の鱗が閃くと無数の鬼灯を灯す枝がたわむ。

まるでサ-チライト。

暗がりの中で無限の命と鎌首を持つ大蛇の蒼黒い体躯が、ぞろりと床を這う。

瞬きする間さえ与える事なく大蛇は目の前の女の四肢に絡みつく。

鎌を振る事はおろか差し上げた右腕を降ろす事すら叶わない。

「隅田」

「まあだよ」

音無君、ごめんね。目の前にいる貴方の初恋の女の子今から粉々になって食べられてしまうけど。

私は可笑しくて可笑しくて仕方ないの。

さあ早く、もうあまり時間がない。

締め上げて全部の骨を砕いたら、そいつを腹の底に拡がる彼岸に落とせ。

目の前に女の素肌から剥がれ落ちた無数の花弁が宙に舞って金属のような蛇の鱗と混ざり合う。

女のか細い体を蛇の腮が一呑みにする。

もはや踝の先しか見えない。

それもやがて消え失せ。

案外と呆気ない。

「終わった」

思わず安堵の溜め息を吐いていた。

守れた。

私大切な人を守れたんだ。

辺り一面に花。

足元だけでなく壁のように空間も重力も無視して私と音無君は四方を埋め尽くす花の壁に囲まれていた。

まるで棺の中に閉じ込められたように。

「音無君」

彼がぼんやりとした顔で振り向く。

背後の花の壁を突き破り白い女の腕が延びる。

「隅田」

花の壁が目の前で吹き飛ぶ。

舞い落ちる花弁は床に触れる事なく降り注ぐ。やがて大気に溶けるようにして消えた。

香りだけが残った。

ああ…この香りか…音無君が言ってた初恋の女の子の残した香り…。

体を支えている両足から力が抜ける。

「音無君、今見た?」

「見たって隅田のパンツか?」

「見たでしょ?」

「全然見てないよ」

「そうなの?他には?」

「他にって何だよ」

音無君は気づいてない。彼が手にしている御守りが赤く光っている。

御守りの中は開けた事はないけど中身は多分おばあちゃんの義眼だ。

ありがとう、おばあちゃん。

御守りの中の光は消えた。

「隅田」

音無君が真剣な顔で私の顔を覗き込む。近いってば。

「何かな、音無君」

手を伸ばして私の髪に触れる。

「何処で、つけたんだ」

「何が?」

「隅田の頭の上に白い花弁」

私はそれを見た途端に力が抜けて倒れ込む。

「隅田大丈夫か?!」

生まれて初めて彼の腕に抱かれた。

最初で最後かも知れないと思った。

音無君が私を抱き止める時指先から離れた花弁が雪みたいに溶けるのが見えた。

「今日はその御守り持って帰ってね」

「何言ってんだ隅田!?大丈夫か!?」

「今日は音無君女難の相が出てるみたいだから…気をつけて」

私はそれだけ彼に言い残すと気を失った。


小野瀬繭が帰った後の図書室に私はいた。

トランプみたいに綺麗に並べられた紅茶のティ-パック。

そこから音無君の好きなダ-ジリンを1つ抜いて彼のために紅茶を入れたのだった。

今そこには先程まで無かった筈の祖母の御守りが置いてある。

黒く乾いた血がこびりついて指先で触れると中の硝子玉は粉々に砕けていた。


「面白い余興だったかしら音無君?」

彼の席には音無君が座っていた。彼は私たちの話なんて最初から聞いていないようだ。

うっとりと夢見るような眼差しを隣に座った死神に向けている。

死神は微笑んでいた。

歪な微笑み…それは音無君の…私は思わず舌打ちをする。奪う者と奪われる者…天の摂理に反した捕食者と被食者。命が短い蝉が焦がれたのは花の姿をした蟷螂か、まったく癪に障る。

見えないものが見えると幸せになれない…か。

「あんたは何なの?本当にただの死神?」

金色の光に包まれて微笑む女は答えない。

「あんたたち、一体何をするつもりなの!?」

我ながらよくこの凄まじい障気の中で耐えられたものだ。

こちらが誘導したとは言え小野瀬が言の葉の扇で場の空気を撹拌してくれたからだ。

あの子には音無君と同等の力がある。しかし影響も受けやすく感受性も強い。

小野瀬の事が心配だ。

小野瀬、私はあんたに「幽霊やもののけの類いは見ないし信じない」

そう確かに言った。でも見えないとは言ってない。

フェアじゃないかも知れないけど、あんたを巻き込むわけには行かないから。

「音無君、不本意だけど私にも守らなくちゃいけないものがあるの」

かつてゲーテは言った。

「全ての植物の根本は1つである」

それは半分間違いで半分は正解。植物の根本は1つではない。

しかし同種の植物は意識を共有する。

つまりね、あなたがタンポポの花を苛めるのならタンポポは全てあなたの敵となるって事。

窓の外を見る。子供の頃ずっと目にしていた景色が広がる。

そこかしこに鬼灯の木が電波塔のように立ち並ぶ私の原風景。

全ての赤く輝く鬼灯が死神、お前を見ている。

刈れるものなら刈ってごらん。

死神が微笑む。

死神と音無悠斗君の姿が夕暮れの景色の中に消えて行くのを私は見ていた。

「さようなら、音無君。出来れば星になって遠くから私たちを見ていてね」

私は机の荷物をかき集め鞄に詰め込んで放課後の図書室を後にした。

なにさ、机の下で仲良く手なんか繋いじゃってさ。

涙が出た。

夏休みは愛子さんのいる母の実家を訪ねてみよう。

私は自分自身について知らない事が多すぎる。

見えない事から目を背ける事は不幸にならない、たった1つの道ではないと今の私は思うの。

たとえそれが間違った選択であっても私はそれを自分で選びたい。

ついさっき私にそれを伝えて部屋を出て行った女の子がいた。

それはもう生意気でいけすかない女だけど。

「小野瀬」

私は彼女の名前を呟きながら3階の廊下を息を切らせ走った。

あの日一度は閉じた古い錠前は、音を立てて開いた。

そして今は影も形もなく粉々に壊れてしまった。

私が自分の意思でそうしたから。

それは、目の前に、どんな怖い事や悲しい事があっても、けして目を逸らさないと、この日私は心に誓ったからだ。





《 星とほおずき 了 》





僕が君の右手をずっと握っていてあげる。

そしたらもう君は誰も殺さなくて済むはずだから。





【 あとがき 】
 
星とたんぽぽ

青いお空のそこふかく

海の小石のそのように

夜がくるまでしずんでる

昼のお星はめにみえぬ

見えぬけれどもあるんだよ

見えぬものでもあるんだよ

ちってすがれたたんぽぽの

かわらのすきに、だァまって

春のくるまでかくれてる、

つよいその根はめにみえぬ

見えぬけれどもあるんだよ

見えぬものでもあるんだよ

金子みすゞ  星とたんぽぽ

前回に引き続き音無悠斗と隅田澄香のお話におつき合い下さいましてありがとうございますm(__)m

初めて続編と言うものを書かせて頂きました。

個人的には新鮮で楽しい体験でありました。

読まれた方は既にお気づきだと思いますが前作は香りに関する物語で今回は「見る」がテ-マになっております(*^^*)

3に残しておく予定のエピソードを結構放り込んだので…最終話は、以降修正、再構築せねばと。

「死神とか匂わす程度でよかったよね~」

等のご意見も真摯に受け止め次回作品に挑みたいと思います(*^^*)
蛇足ですが今回の作品のタイトルは前作のタイトルを日本語に変えて「除光」というタイトルでしたが、このようになりました。

金子さんの詩からインスパイアされたというよりかは…多分根っこは合体ロボとかだと思います(+_+)

次回は記念MCなので新作…頑張ります。

ああ、楽しかった(*^^*)


【 その他私信 】
最近というか昔から神父様が主役の映画をよく見ます。大概は酷い目に合う映画が多いです・・・


ココット固いの助
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